妹「引き篭もり楽しいですか?」 (47)

妹「いつになったら出てくるんです?」

「・・・」

妹「今日も反応なしです・・・。」

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兄と呼べるものが部屋から出なくなってから二年が経った。

いわゆる引き篭もりらしい。

そんな兄がすごく嫌いだった。

母「妹ちゃん?なにしてるの?」

母親が心配そうに見つめてくる。
その目が嫌いだった。
その目は誰に対してなのか時々、わからなくなるからだ。

妹「引き篭もりのお兄ちゃんに説教してたの」

母親は困った顔をする。
その顔も嫌い。
母親が嫌いではなく何か後ろめたさがあるような顔がとてもいやだった。

妹「お兄ちゃん。時々・・ううん、窓から外に出てるよね?」

母「っ!」

心底驚くような母親に苛立ってしまう。
気づかないと思ってたならこの人は本当に家族なのだろうかと疑う。
それでも私は、あえてその苛立ちを出さずに平静を装う。これでもおとなしく生きてきたつもりだ。

妹「へんだよねー。でも、お兄ちゃんにも事情?があると思うから仕方がないよね?」

私はあえて逃げ道を用意する。
どうせ聞いたっていつものように言い訳をするってわかってるからだ。

母「そ、そうよね。兄君にも事情があるから気にしないでいいと思うのよ」

妹「うん。あ、お母さん今日の夕食は私が作るよ!」

母「あら本当?妹ちゃんの料理おいしいから助かるわ」

母親の笑顔にはいつも影があるように感じ始めたのはつい最近。
なんてことない怪我が元で働けなくなるなんて思わなかった。
階段を踏み外して転んだだけで一ヶ月も入院。その間も兄は外には出てくることはなく私が身の回りの世話をしていた。
母親を責めてるわけではない、ここまで育ててもらったと高校に入って二年目で思うようになった。

妹友「それって引き篭もりなの?」

翌日、最後まで残しておいたから揚げを頬張り、大きかったのか頬を膨らませながら友人は幸せそうに言った。

妹「んー、どうなのかな?家から一歩も出ない=引き篭もりって言うのが一般?とは聞いたけど」

妹友「どっちかというと部屋から一歩も出ない方が一般だと思うよー」

妹「部屋から出ないって不便じゃないの?お風呂とか」

妹友「あー!それもそっかー」

会話の内容はどうでもいいのか、ちゃんと聞いているのか不安になる。
これでも結構深刻な問題だからこそ、学校で一番の友人と思える妹友に聞いたのに、私よりもから揚げを取った。

今度、から揚げがあったら取ってやる。

期待した進展もなく、ただいたずらに時間は過ぎていく。
こういう時は窓側でよかったと思う。
退屈な授業を受けながら外を見ていた。
雲を見ては何かに似せようと頭の中で想像し、から揚げを思い出した。考えることをやめた。むかついたから。

そんなことをしているうちに授業は終わり、友人が笑顔で話し掛けてくる。

妹友「えへへ、数学の授業ってさっぱりだよー」

妹「殴りたいこの笑顔」

妹友「えっ!?」

しまった。つい本音が出てしまった。

妹「だって、受ける以前に寝てたじゃん・・・。」

そう、友人は授業を受ける態度すらとらずにむしろ馬鹿にするような態度で一時間を無駄にしていた。
教科書を壁にして隠れるように寝る。
あたかも授業を受けてますよとアピールしながら、本当に教科書を見れてるのかと思うぐらい机に顔をくっ付けていた。
実際見えていたのは机のシミぐらいだろう。寝てたのだから真っ暗だったと思うけど。

妹友「そ、そんなことないよ?」

妹「・・・」

妹友「ごめんなさい」

謝るのは先生でしょうといいたかったが、とりあえず頭をなでてあげた。

妹「えへへ」

正直、妹がほしかった。こんなかわいい妹が。私ではない。

担任「おーい、お前ら仲がいいのはわかるがさっさと席に着け。帰りたくないなら特別な授業をしてやろう。性的な意味でな」

何いってんだこの担任、今年で三十路だから男は無理と女に走るとは。
なんて思いつつ、友人をさっさと机に戻させる。
といってもすぐ隣だったりする。怒られたことを気にしてないのか私に笑顔で怒られちゃったね、なんて言った。持ち帰れないだろうか?

担任「えーっとな、学校に関しての連絡事項は特にないんだけどさ。最近この辺で若い男が全力で走って女子高生を追い抜いたって事案があったらしい。分けわかんないな」

確かにわけがわからない。そもそも何の事案なんだろう?

担任「でもまぁ、ただ単に急いでただけで通報されたんじゃこの若い兄ちゃんも大変だよな」

三十路前の担任がうれしそうに話しているのは、ばかばかしくてさっき大笑いしたからだろう。
そのせいで怒られてたと別の女子グループが話していたのを聞いてたから。

>>1は早歩きの書いてた人?

担任「まぁなんだ。青春しろよ!お前ら!」

相変わらずよくわからなかった。それなのに生徒から人気があるのはその解らなさが面白いのだろう。

担任「ところで妹、今日空いてるか?」

妹「起立、礼。」

連絡事項が終わったのだからこれ以上教室に残ることはない。
困ったような顔をする友人の手を引き、一部始終を見ていたクラスの笑い声を背に教室から出て行く。
身の危険を感じたら誰もがするだろう。きっと。

帰り道、見上げた空は夕焼け。
いつもの帰り道なのに、この夕焼けだけは好きだった。何度見ても飽きない。

妹友「きれいだねー」

妹「うん」

何も言わなくても考えを酌んでくれる友人を持って幸せだと思う。
たぶん、こんな考えすら友人には伝わってるのだろう。先ほどの憎い敵よりもいい笑顔だ。

妹友「から揚げのことはいい加減忘れてよー」

ここまでくるとさすがに怖かった。エスパーだと思った。

なんでもない帰り道、いつもと同じ、それでも毎日は変わらない。
むしろ変わってほしいと思ってもいない。
何事もなく友人と詰まらない会話につまらなすぎて笑いあえればいいと。

妹友「そろそろお家だねー」

家が見えてきた。憂鬱だ。
あの家には悪魔が住んでいる。引き篭もりで気持ち悪く、何を考えてるのかわからない気持ち悪い兄と呼ばれる気持ち悪い存在が。

妹友「あはは・・・きゃっ!」

「ごめん!急いでて!」

友人の短い悲鳴と同時。横を何かが通った。それも一瞬とはいえ目で追いきれなかった。
人だと理解したのは振り返りながら謝罪をするどこか懐かしい。

妹「お、お兄・・」

私の声は届いたのだろうか?
私の帰るべき家の塀を乗り越え、窓を開けて靴を脱ぎながら部屋に入っていく。窓から脱いだ靴を出して靴底についた泥を落とした思えばすぐに窓は閉められた。

>>8さん
初(投稿?)書きですよ。

人だと理解したのは振り返りながら謝罪をするどこか懐かしい。

ここがよくわからん

妹友「すごい身のこなしだったねー。忍者さん?」

忍者だろうが侍だろうがどうでもよかった。それほど衝撃的だった。
二年も会っていなかった兄が拍子抜けするぐらい、たった今、見ることになったからだ。
でも今はそれすらどうでもよかった。
今は家にいる。その事実だけが私を動かせた。

妹友「了解であります!私は窓から部屋をのぞいていればいいのですでありましょうか!」

言いたいことはあるが今はいい。友人には外で中の馬鹿を封じてくれればいいのだから。
そして今、私はドアの前にいる。
二年間どうがんばっても開かなかったドアが目の前にある。
がんばったとは言っても、物理的にではなく話しかけること、ただずっと、本当に中にいるのかもわからない存在に。
いくら話しかけても助けてくれなかった存在に。

妹「いま、帰ってきてるよね?お兄ちゃん、ドア開けてよ」

反応はなかった。
握り締めた手は痛かった。

妹「どうして開けてくれないの?」

反応なし。
時間だけがただ空しく過ぎていく。私は今、冷静なのだろうか?外で部屋の様子を見てもらってる友人を気にし始めていた。

妹友「捕まえたよー!」

その一言で私は走っていた。玄関から靴も履かずに外に出て窓側へと。

「ちょ、ちょっと君はだれ!それよりも離してくれ!俺は妹に会うわけにはいかないんだ」

妹友「だめだよー!妹ちゃんにここを任されたということは命を投げ出してでも変態を捕まえるのです!」

背中から腕を回して友人は部屋からの脱走者を捕まえていた。

「変態ってだれ?!」

妹「お兄ちゃん・・・だよね?」

肩で息をしながら、私はなるべく冷静に言った。

>>11さん
なにぶん初投稿なので理解に苦しむことがあると思います。
申し訳ないです。
ちなみにそれは後で話につなげる部分なので余計にわかり辛いと思います。

「俺は変態じゃないけど」

妹「それはどうでもいいです」

私が聞きたかったのは今まで想像とか空想すら思えてきた兄の存在が、今目の前にいる事実を確認したかった。

兄「…久しぶり」

妹「っ!妹友離れて!」

全力だった。力のすべて、体全体で。とにかく思いっきり蹴った。今までのことと、私自身のために。

兄「…ごめんな」

それは何に対してなのだろう?
怒りが込み上げる一言なのに私はそれ以上、後ろから蹴られて情けなく前のめりに倒れた兄に対して何かすることはなかった。

それは部屋のせいでもあるのだろうか?
今まで話しかけていた部屋は何もなかった。
何もないと言ってもあるものはある。
数枚の折りたたまれた服、布団となにかの布でくるまれたよくわからない物、それと靴。
ただそれ以外は何もなかった。
本棚、机、テレビ、パソコン。どれかひとつ位は人の部屋にはあるもの。私の常識でだが。

妹友「びっくりするぐらいお兄さんの部屋、何もないねー」

兄「あはは・・」

妹「…」

兄は居心地が悪そうだった。
睨んでるつもりはない。会話よりも二年ぶりの兄の顔を見ていた。
二年前と変わってるのは背と顔つき。大きな変化ではないが少しだけ違和感を感じる。

妹友「お兄さんは引き篭もりーなんですか?」

兄「引き篭もりかどうかはわからないけど家にはあまりいないね。そういう点では引き篭もりでもないのかな?」

妹友「部屋からでないのにー?」

兄「そういわれると引き篭もりなのかな?」

違和感の正体はわからないまま、相変わらず友人と話している兄はどこか。

妹友「疲れてますよねー?今日はもう寝ますかー??」

兄「え?」

妹友「だって三日間寝てなそうな顔ですから」

辛そうだった。

兄とはもう少し話して居たかったが友人に促され部屋から出て行く。出て行く際にドアには後付で付けられた鍵が二個ほどあった。
それほど拒絶されてたのだろうか?
それほど私は、家族は兄から拒絶されていたのだろうか?
そう思うと何か納得できる気がした。

兄「起きたら話そうな・・・。久しぶりに」

どうやら違ったらしい。その言葉で振り返った私が見る兄の顔は笑顔で。

妹「当然です。今まで何をしていたのかちゃんと答えてもらいますよ」

不思議と憎さがない、懐かしい笑顔だった。 

妹友「なんだかすごいことになっちゃったねー」

妹「うん」

私の部屋で私以上に寛ぐ友人。
私は椅子に座り、友人は私のベットの上でうつ伏せで寝ながら私に話しかけてきた。

妹友「えへへー、今日はこのままここで寝ちゃおうかなー」

お泊り気分なのだろう。足をばたつかせうれしそうに言った。
でもそれは、むしろ歓迎するべきだ。
なんでもない毎日のはずだった。
後数時間で今日は終わる。
そして明日が来て着慣れた学校の制服に袖を通して、友人と登校する・・・のはずだった。

私の部屋の隣には存在しないはずの兄がいる。もう存在すら疑い始めていたはずの兄が。
窓を開け、そこから存在をなくそうとする兄に何度も話しかけようとした。
どうして私たちをほっとこうとするのか?
私はドアの前で話しかけることしかしない意味を理解してくれてるのか。

妹「ちゃんとお風呂入ってからね」

妹友「一緒に入ろうー」


お風呂での会話は意外と少ない。というのも友人は結構な頻度で遊びに来ては一緒にご飯やお風呂を共にしていた。
だからこそ今まで私は耐えられた。もう家族として一緒に居たらどんなにうれしいだろう。
体を洗い鼻歌を歌いながら上機嫌な友人の横で、湯船につかりながら私は友人を見ていた。

妹友「そんなに見つめられたら照れちゃうよー」

妹「なにが?」

勘違いしないでほしい、私はただ単に友人として成長を見ていただけだ。胸とか胸とか。自己主張の激しいその胸に。

照れくさそうに友人は再び鼻歌を歌う。会話はそこで終わった。
さすがにずっと見ていては友人に悪いので私は風呂場の天井を見つめた。
シミはない、特に深くなくそんなことを考えた。
この家には友人と私、そして今、兄が居る。
母親は病院に出かけてるのかこの時間は居ない。いつもはメモが残してある、それなのに今日はなかった。

私よりも少しだけ長湯な友人を残し、私は兄の部屋の前に立っていた。
この部屋に兄が居る、このドアを開けたら兄が居るはずなんだ。先ほどは鍵が開いていた、開かずの扉が先ほどまでは開いていたのだ。気づいたときには私はドアノブに手をかけていた。開くつもりなのか、自問自答。

結果は開かずに終わる。

私は部屋に戻りベットの上に腰をかけるとまだ少しだけぬれた髪を触る。そうすることで落ち着くのだ。


妹友「お風呂いただきましたー」

ノックをしないで入ってきた友人に少し驚く、友人は不思議そうに私を見た。
でも、何かを理解したのかすぐに笑顔で私の隣に腰を下ろした。
少しの沈黙のあと、友人は窓の外を見ながら呟いた。

妹友「雨だねー」

そういわれて気付く、窓の外には水滴が付いていた。気付かないうちに雨が降ってきたのだろう、カーテンを閉めると私は再び友人の隣に座る。
雨の音は心地いい、悩み事を考えなくていい時間をくれる。登下校の時の雨は嫌いだけど。

妹「雨は好き」

妹友「私はー?」

妹「好きだよ」

友人の顔は見てないがきっと先ほどよりも笑顔だろう、聞いたことのない日本語を話している。唯一聞き取れた「大好き」と共に抱きついてきた友人の頭を軽くたたいた。「いたいー」なんて言ったけど、痛くないはずだ、音もしないほどに軽く叩いたのだから。

妹友「ちっちゃいねー」

戦争だ。その喧嘩買う。今度は音を鳴らしてやろう、盛大に。
終戦後、背中の後ろでベットにうずくまる友人を尻目に、机の上に明日の予定を確認していた。

妹友「悲しい事件だったね」

なんでかちょっと笑った、悔しい。許さないつもりだったけどこういう時は友人のほうが一枚上手だ。笑いの沸点は低いほうではない、けして。誰に言い訳してるんだろう。

遅めの明日の準備が終わって、後は寝るだけ、いつもは簡易ベットを用意して友人とは別に寝るのに、友人は一緒に寝たいと言った。別段珍しいことではなかったけど。今日は積極的に思える。
電気を消して向かい合わせで横になる。

数分お互いを見つめる。確認するように、何かを伝えるように、相手の目を見つめるだけ。
友人は無言のまま左手を差し出す。笑顔はない。ただの真顔は怖いが彼女の顔は不安そうだ。
私は答えるように差し出された手を両手でつかんであげる。
これは儀式でもある。彼女の寂しさを紛らわせるための儀式。
友人はクラスの中では明るいほうだ、むしろ明るすぎる。反面、私には弱さを見せる。
酷く寂しがり屋、もし私がこの手を掴まなかったら友人は世界の終わりのような顔をするだろう。

否定される怖さは私にもわかる。だからこそ掴む。お互いの不安を共有するために。

妹友「…」

妹「…」

雨の音が聞こえる、二人の息遣いが聴こえる。もう少し集中すれば、時計の針の音も聞こえるだろう。
でも今この時だけは、目の前の友人に意識を集中させる。淋しがり屋は些細な変化に弱いのだ。

数分、数時間経ったのか。友人の寝息と共に、私は深い眠りについた。

次の日、今日も一日が始まる。この地球上のどこかではすでに働いてる人はいる。きっと勉強をしている人もいる。
抱き枕にされて起こされている人も居るはずだ。私のように。
がっちりと拘束されて離れられない、もがいても拘束は解けない。
胸の枕にされる私はどうなんだ。顔には凶悪な魔物二匹。世界の男が何千、何億とやられてきたのか。
だが私は女勇者。そんなものには負けない。右手と左手に世界を破滅させるほどの力を今この手に。私は中二病患者の魔王になるーーー違う勇者。

「…ん」

よし負けた。私の負けでいい。だからそんな悩ましい声を出さないでほしい。
両手で掴んでみただけじゃないか、押し離すためにと、残り少ない酸素のために。

妹友「…すーすー」

妹「…」

胸から少しだけ離れて見上げた先、目が合った。視線を交わした。
目を必死に閉じ、わざとらしく寝息を立ててやがる。可愛いけど、そっちがその気なら。

妹友「ひぃいいい!」

本気を出した私の前に友人は息を荒げる。もう白旗すら上げられないぐらいに疲れ果てさせた。
ベットの上で乱れた服装を直すこともできずに息を整えるのに必死。
私の指先はわきの下の敏感なつぼを正確に刺激する。するとどうだろう、相手は活きのいい魚と一緒、よく飛び跳ねる。
しかし魚は陸上では生きてはいけない。酸素がないのは地獄だ。人間にもそれは当てはまる。

私は勝ったのだ、多くの人類を倒してきた魔物に。

レベルが上がった。
指先の器用さが三つ増えた。瞬発力が二つ増えた。通り名が指先の匠から巨匠になった。朝から全開だ。


「…」

懐かしい夢を見ていた。妹手を握り、離れないように強く握る。春だったか夏だったか。とにかく暑く、少し汗ばむ暑さだったのを覚えている。
振り返るたびに妹は笑っていた。何が楽しいのかわからない。
でもその笑顔を見るたびに守るべき者を守ろうとする兄としての自覚があったに違いない。
小さな手で自分よりももっと小さな手を握る。突然の妹。戸惑いはあった。

夢だと理解しながら夢の感触を感じられる気がする。夏の匂い。暑さ。感触ーーー

兄「…すー、はー」

目を開けて、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。疲れはまだある。
気だるさでまだ寝て居たかった。足元にはドア、目の前、天井。兄は右手を天井に向かって伸ばした。
あの時とは違う手。大きくなり、今はこれと言って特徴がない。しいて言うなら指先の傷が多い。袖をまくれば腕にも傷がある。

右手を下ろし、両腕で支えながら上体を起こした。今日は少し肌寒い、夏が近いのに。
兄は立ち上がると少しだけ差し込む光を頼りに、カーテンに向かって歩く。ああ、肌寒いわけだと、雨を見て思った。
と同時、明日は雨が降るから今日中に終わらせると無理をした結果が、昨日の事態だと思い出していた。

雨は嫌いだとカーテンを再び閉める。今日は平日だ。

「お兄ちゃん、起きてますか?」

妹の声だ。ノックはしない、いつからだろう。

兄「…ああ、うん。起きてるよ」

少しだけ間を置いてから兄は答えた。ドア越しの会話、意識をして話しているのは約二年ぶり。昨日は突然のことで動揺していた。
思わず久しぶりに話そうと言ってしまったことは今では後悔している。
兄はドア一枚の壁の厚みが巨大なコンクリートの壁に思えていた。壊すことのできない壁。今この部屋にあるものでは絶対に壊せない壁だ。


待ってくれてる人がいたんですね。
いないと思ってたのでのんびり考えてました。

一日でこれほど変わることがあるのだろうか?
返事すら諦めていたのに簡単に返答があったことに少し驚く。
兄の声、少し変わった気がする。でもそれは久しぶりに聞いたからで実際には変わってない。
ーーかもしれない。

だけどこれほどまでに高揚するのはなんだろうか?

嫌いだったはずなのにどうして安心してるのだろう。

妹「朝ごはん、出来ましたよ」

自分自身に疑問に思いながらも、朝ごはんが出来たことを伝えた。

「うん、今出るよ」

昔から兄と話すときはどうしても敬語になる。
出会った時から、だから仕方がないとしても、やっぱり変だと思う。

ドアをゆっくりと開けた兄を見て少し安心する。
それを顔に出さないようにしながら。

妹「おはようございます」

兄「おはよう」

じっと見つめる。兄は照れたように目をそらした。

正直、少し傷ついた。
目をそらされただけなのにどうしてだろう。
照れ隠しでそらしたと思ったのに。

兄「・・・」

妹「・・・」

兄は何も話さないし、こっちを見ようともしない。
やましい事でもあるのか、それとも言い訳を考えているのか。
私には何一つ分からない。なにも話してくれないから。

妹「・・・ごはん、出来てますよ?」

兄「あ、うん。そうだね」

結局、私を見ずに兄はダイニングへと歩いていく。
声を掛けられない私も、兄と同じなのだろうか?

妹「・・・」

短いため息と一緒に私はダイニングの方へと歩いていく。

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