小鳥「はぁ……死にたい」 (29)
「めっ!」
スパンッと
新聞の優しい打撃が私の頭を叩いた
「………………」
「冗談でも怒りますよ?」
「もう怒ってるわよ……はぁ辛い」
「熱出してるんですから、それはそうですよ」
やよいちゃんはそういうけど
実際は平熱
ただなんとなく仕事をサボりたかっただけ
ううん、ちょっと疲れすぎたのかもしれない
そうじゃなきゃ、やよいちゃんの検温を誤魔化すわけないわよね
プロデューサーさんや律子さんにも迷惑かけちゃうなぁ
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「昨日は何時に寝たんですか?」
「あっ、ちょ、待っ」
「え?」
やよいちゃんが薄い本を持ってる
それは素晴らしいことかもしれないけど
自分のやつを片付けられてるっていうのはちょっと
「ダメですよっ、横になってて下さい」
「いや、でも……本」
「本がどうかしたんですか? あっ、読みたい本があるんですか?」
「いや、ないないないっ!」
やよいちゃんに本を手渡されるとか
いくら私でも恥ずかしい
「そうですかー? なら、安静にしていて下さい」
いつ中身を見られるのかとヒヤヒヤしたものの
やよいちゃんは何も気にすることなく本棚に並べていく
いや、いつもは普通の本棚に並べてないんだけど
そこはやよいちゃんに言えないし
やよいちゃんは知らなくていいことよね
「小鳥さん、お粥作るんですけど……」
「やよいちゃんのお粥!?」
「は、はいっ。それで、どんなのが良いかなって」
どんなのがいいかって?
やよいちゃんの手料理なら何でも良いけど
「ごめんね、あるのは卵くらいよ」
「じゃぁ卵雑炊ですね、栄養満点ですーっ」
「う、うん……」
春香ちゃんたちなら
小鳥さんの卵ですか? とか、産地直送?
とか、色々言ってくれそうなのに……
いや、ゲテモノ食べさせられたり
家が火事になったりする心配のない
やよいちゃんだし、そこは……ね
「……はぁ」
またため息
自分でも多いとは思うけど
なんだか我慢できないのよね
あれかしら、うつ病
仕事は多忙、結婚できない、お付き合いもできない
……はぁ。
いや、仕事は忙しくても楽しいし
恋愛は……かふっ
ま、まぁ、仕事が恋人だし?
でも、なんでやよいちゃんは来てくれたのかしら
記憶によれば
今日はオフだから仕事上の心配はしてないけど
もしかして、事務所に来ていたのかしら
それでプロデューサーさんから聞いて
心配だから来た?
家にまで来てくれるとはおもってなかったけど、
「やよいちゃんだものね、ありえなくないか……」
「小鳥さーん、あとちょっとで出来ますよーっ」
いつもは私一人しかいない家
でも今は、やよいちゃんがいる
なんだか心がちょっと温かくなった……気がする
「誰かといるって、そういうことなのかしら……」
この歳になってそんなことで悩むなんて
どうしたのかしら、本当……
「小鳥さん、お待たせしました」
そんな声と共に開かられる扉
廊下からの明かりを背中に受け
部屋の中へと影を伸ばす天使……じゃなかった
やよいちゃん
その姿があまりにも愛らしかったからか
「……やよいちゃん、うちに嫁がない?」
そんなことを思わず口走っていた
「はい?」
「なんでもない」
やばい、ちょっと血迷った
「えへへっ、私はまだ子供ですよ?」
「年齢的にはね。でも、色々な意味で、大人よりも優秀じゃないかしら」
「そう言って貰えると、凄く嬉しいかなーって」
満面の笑み
やっぱり、天使ちゃんだわ
「とにかく、まずはお食事です」
「はーい」
「あははっ、小鳥さんなんだか子供みたいですよっ?」
「いいじゃない、病気の時くらい……」
なんだろう。
なんで、ちょっと悲しくなったんだろう
大人でいなくちゃいけないとか
そういうことはないはずなのに
「……別に良いと思いますよ?」
「え?」
「小鳥さん、いっつもお姉さんですから」
そういったやよいちゃんは
ほんの少し寂しそうな目をしてさらに呟いた
「……お姉さんですから」
やよいちゃんは高槻家長女
だからこそ
やよいちゃんは私の気持ちを……
私でさえ気づかないことに気づくことができる
「ずっとお姉ちゃんでいることは、疲れますよね」
「………………」
「悲しさも、痛さも、辛さも、苦しさも、全部見せられない」
お粥をすくい、私の口元へと運ぶ
その表情は哀愁を感じさせた
「そうよね……んっ、いい塩加減だわ」
「……私は、事務所では妹みたいなものですから。その分甘えられます」
「ふふっ、あの中でお姉ちゃんにはなれないわよ。あずささんに貴音ちゃんたちもいるもの」
「でも、小鳥さんはいつもお姉さんじゃないですか。甘えられる人、いないじゃないですか」
地味に大ダメージなんだけど……それ
やよいちゃんはそんなつもりないだろうけど
恋人いないじゃないですかって意味に聞こえた私って……
「だから」
そんな卑屈な考えを
やよいちゃんの声が呼び戻す
「甘えても、いいんじゃないですか?」
再び差し出されたスプーン
「やよいちゃん……」
私は仮病なのになんでだろう?
なんでやよいちゃんが別人に見える?
勝手に脳味噌が妄想してる?
いや、違う……
「私はこう見えてお姉ちゃんなんですよーっ」
えへへっとやよいちゃんは笑う
可愛いだけじゃない
このやよいちゃんは私よりも上に見えた……
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