「……は?」
「いや、だからさ、君の格闘術を教えてほしいんだよ」
「弟子を募ったつもりはないんだけど」
「そこをなんとか!!」
「めんどくさい」
「えぇ~……じゃあ、御給金全然使ってないから、街で甘いものでもおごるよ」
「……何で甘いもの?」
「え……?だって女の子ってみんな甘いものが好きじゃない?
あ!!もしかしてアニ甘いもの嫌いなの?
じゃあ、払える範囲ならなんでもいいよ」
「……いや、別にそれで構わないよ」
「それって承諾ってことだよね!?」
「いいよ、のった。
それにしても、アンタみたいな頭でっかちがどうしたの?」
「ハハ……頭でっかちって……
単純に……少しでも強くなりたかったからかな。
それには教えるのがうまい人に師事するのが一番だし、それに、アニの足技って相手の力を利用して投げ飛ばしてるみたいだから、力のない僕でも身につけられるかなって思って」
「つまりこれぐらいなら簡単にいく、と」
「いやいやいや!生半可じゃないってのはわかってるよ。
それに以前エレンが格闘術を教わった時に、立体機動がとてもうまくなってたんだよ。
多分、格闘術を教わった時に身についた体捌きとか体幹がしっかりして、空中での姿勢制御がしやすくなったんだと思う」
「へぇ、それは気づかなかったよ」
「僕はいつもエレンやミカサに守られてばかりでね、情けなかったんだ。
せめて自分の身は自分で守れるようにならなくちゃ、と思ってさ。
それに調査兵団に入るんだから立体機動は少しでもうまくならないといけないからね」
「まあ確かに、アンタのそのお粗末な動きじゃ囮にも使えそうにないからね。
それにしてもアンタ、調査兵団に入るつもりなんだ」
「まあね」
「やめた方がいいんじゃない。
才能の使い方、間違ってるよ」
「教官にも言われたなぁ、それ」
「じゃあなんで?」
「僕の夢のためだよ」
「夢?」
「うん。
僕は壁の外を旅するのが夢なんだ」
「バカじゃないの、死んだら元も子もない」
「ハハ……それはそうなんだけど、
アニって結構優しいんだね」
「はぁ?私が?」
「うん、優しいよ。
現にさっき僕のことを心配してくれたじゃない」
「たったそれだけで……
こっちはアンタが意外とバカだってことがわかったよ」
「なかなか手厳しいね……
じゃあ、明日の対人格闘の時からお願いね。
それじゃあお休み」
「はいはい」
アニの足技については全て自己解釈です。
私は格闘技を習ってないのであってるとは思ってません
翌日
対人格闘訓練
「それじゃあ、レオンハート師範!!
本日よりご指導よろしくお願いします!!」
「……なにそれ?」
「こっちとしては教わる身だから、形から入ろうと思って」
「そういうのはいいからさ、普通にやるよ」
(レオンハート師範、か……パパのこと思い出した……)
「そう?じゃ、改めてよろしく、アニ」
「それでいいんだよ。
まずは一発受けてみることから、だね。
はい、アンタが暴漢役ね」
「わかった、行くよ!!」
「フッ!!」
「うおっ!?
グフッ!」
「どう?なにかわかった?」
「世界が回った」
「真面目に答えな」
「ん~……実は早すぎてちょっとよくわかんなかったんだ。
悪いけどもう一回やってくれる?
……よっと」
「ああ、約束したからね。
何度でもつきあってやるよ」
「やっぱりアニは、優しい、ねっ!!」
「冗、談!!」
「グッ!!」
「どうだい?
バカなことばかり言ってないでなんかわかった?」
「相手の顎をおさえて少し後ろに傾けてたってことかな」
「へえ、鋭いじゃん。
流石は座学一位ってことかい?」
「違うよ、痛みによる経験だ。
こればっかりは、聞いてやるより実際に受けた方が早いからね。
……よっと、もう一度お願い」
……………………
「う……ん?あれ?ここは……医務室?
あ、誰か来た」
「あれ?起きてたのか」
「あ、アニ。そうか、僕、受け身取り損ねて気絶したのか……情けない……」
「いや、こっちこそ悪かったよ。
あんだけ投げ飛ばしたんだから、アンタの様子ぐらい見とくべきだった。
それにしてもアンタ、意外と根性あるんだね。
結局、弱音1つあげなかった。
あと、今日はここで安静にしてろってさ」
「ハハ、ありがとう。
少しでも時間が惜しいからね、弱音なんかあげてられないよ。
あ、ここまでアニが運んでくれたんでしょ?ありがとね」
「どういたしまして、それにしてもアンタ軽すぎ。
ちゃんと食べてるの?」
「一応皆と同じ量を食べてるんだけどね……
僕は筋肉とかが付きにくい体質みたい」
「本当は女子なんじゃないの?」
「ヒドいなあ……これでも結構気にしてる「アルミン、起きてるか~?」」
「あ、エレンも来てくれたの?」
「当たり前だろ。
お、アニも来てたのか。
晩飯、パンだけだけど持ってきたぞ」
「そっか、もうそんな時か「アルミン、大丈夫?」あ、ミカサもありがとう」
「……アニ、あなたはここで何をしているの?」
「え?ミカサ?」
「見てわかんない?見舞いだよ、お・見・舞・い」
「アニにはこなくていいと言ったはずだけど」
「なんで私がアンタの言うことを聞かなくちゃいけないの?
第一、私がやったことなんだし、来て当然でしょ」
「私はあなたがアルミンにした仕打ちを許さない」
「だから、それはさっきも「ミカサ、アニには僕から格闘術を教えてもらうように頼んだんだ」」
「アルミン?」
「今回僕が気絶したのだって、僕が技をくらう直前にフラついたのが原因だ。
だからアニは悪くないよ」
「そう、だったの……
アニ、ごめんなさい。
私は早とちりをしてしまったみたい」
「さっき同じこと言ったよね、私……」
「アルミンは昔からイジメをよくうけてた。
だから心配だった。ごめんなさい」
「だから言ったろ、今のアルミンはそんな心配いらないって」
「それはいいんだけど、アンタってソイツだけじゃなくて、アルミンに対しても過保護なんだね」
「エレンは家族、アルミンも家族同然、ので、心配しないわけがない」
「別にアンタらの間柄はどうでもいいんだよ。
問題は今回アルミンは自分の意志で強くなりたいって私のところに来た。
家族だなんだって言ってあまりアルミンを束縛しないほうがいいんじゃない?」
「アニ、私はアルミンがあなたの元で強くなる事に関して何も口出ししていない」
「あ……」
「それにアルミンはたまに無茶をするけれど、いつもは私よりしっかりしている、ので、束縛しているつもりはない」
「……そう」
「おいミカサ!俺は!?」
「エレンは目を離すとすぐに危ないことをする」
「何でだよ!!」
「そういえばアニ、お礼の件なんだけど」
「ああ、そのこと。
……じゃあ、次の休日空けといて」
「え!?」
「……エレン、もう出ましょう」
「え?まだ来たばっかりじゃねぇか」
「いいから」
「ちょっ、ミカサ押すなよっ!
アルミン、また明日な」
「アルミン、アニ、ごゆっくり」
「あ~、ミカサ絶対変な勘違いしてるよ……
アニ、あまりああいう言い方はよくないよ」
「なんで?」
「なんでってそりゃ、今はミカサだけだからよかったけどね、他の人に聞かれたら絶対僕なんかと噂になっちゃうよ。
まあ、エレンが気づかなくてよかったね」
「別に噂ったってそんなの気にしなければいいんだよ。
それになんでエレンなの?」
「え?だってアニ、エレンのこと好きでしょ?」
「は?何でそうなるの?」
「え?違うの?
ま、いいか。アニが気にしないんだったら。
それと、あの足技のことなんだけど」
「ああ、結局どれくらいわかったの?」
「間違えてたら訂正してほしいんだけど、
まず、手で相手の顎を後ろにそらして、重心を足の上からどかす。
これで相手の体勢が崩れるんだよね。
それで傾いた相手の膝を蹴る。
この時のポイントは膝の横からじゃなくて、膝の斜め後ろから若干すくい上げるようにして、足を素早く振り抜く。
で、最初の時以外に相手の重心をずらさないようにすれば、そこを軸にしてひっくり返る。
僕がわかったのはこんなところかな、どう?」
「すごいね、正解だよ。
アンタは身体が頭について行かない奴の典型だね。
身体ができあがってれば相当強くなるんじゃない?」
「あれだけ叩き込まれたら嫌でも覚えるよ。励ましてくれてありがとね。
じゃあ、もう遅いしアニも帰りなよ。
僕もパン食べて寝るからさ」
「ああ、お休み」
「暗いから気をつけてね」
「いらない心配だよ、私は強いから」
「それでもだよ、アニは女の子だからね。
お休み」
「……そ。忠告ありがとう。
それと……私はお世辞なんか言わないよ」
「……やっぱり優しいじゃないか」
次の休日
~食堂~
「アルミン、準備できたよ」
「アニ、さあそれじゃ行こうか」
ザワザワ アニトアルミン? ドコニイクンダ? デートカ? ナンデアルミンナンカト オイ、オチツケ ザワザワ
「やっぱりこうなったか、ベルトルトには悪いことしたかな……」
「何か言った?」
「ん?いいや、何も。
アニはなにが食べたいの?」
「そうだね、無難にクッキーなんかでいいんじゃない」
「ぐぅっ、お菓子とはなかなか高い物を……」
「ケチケチするな、どうせ使わないお金なんでしょ?」
「まぁそうなんだけどね~」
「あとさアルミン、せっかく女の子が私服で来たんだから感想の一つでも言うのが礼儀ってもんなんじゃな、い、の!」
「ちょっ、待っ!脛!脛蹴らないでよ!
ふぅ、ごめんね。
ん~……アニの私服ってなんかアニの雰囲気とマッチしてて、凛としてるというか……こう、綺麗って感じだよね。
うん、すごく似合ってるよ」
「……そう、ありがと。
じゃあ、早く行こう」
「あっ!待ってよ、アニ!」
~街中~
「アニ、このカフェでいいんじゃない?」
「そうだね、ここにしようか」
「すいません」
「いらっしゃいませ。
二名様ですか?」
「はい」
「では、あちらのテーブル席へどうぞ」
「僕はコーヒーだけでいいや、アニは?」
「私は……紅茶と、この5枚セットのやつでいいよ」
「あれ?それだけでいいの?
お金ならあるから結構な数買えるよ?」
「アンタは私をなんだと思ってるのさ、サシャじゃあるまいし。
それに、楽しみは長い方がいいだろう?」
「え、それって……」
「もちろん、基本的に休みのたんびに何かしら奢ってもらうつもりだから」
「やっぱりか……よかったね、僕のお金達。
使い道が決まったみたいだよ」
「ま、そういうことでよろしく」
「ハハハ……あ、きたみたいだ」
「お待たせしました」
「うん、やっぱりクッキーは美味しそうだね」
「……一枚、いる?」
「え?僕がアニに奢ったんだからアニが全部食べなよ」
「遠慮すんな、って!」
「むぐっ!?…………もうアニ!急に口の中に突っ込まないでよ!」
「アンタが意地張るからだよ。
で、どう?おいしかった?」
「うん、まあみた目通り甘くて美味しいよ、ほら、アニも食べなって」
「そうだね…………うん、まあ美味しいんじゃない?」
「アニは素直じゃないね~……
美味しいなら美味しいってはっきり言いなよ」
「……久しぶりに食べたから……美味しかったよ」
「ならよかった」
「……ねえ、あんたらってどういう関係なの?」
「僕とエレンとミカサのこと?」
「そう」
「うーん……僕らの関係ねぇ……
説明しづらいからやっぱり『家族』って形に落ち着くかな」
「そう、その『家族』なんだけどさ、エレンとミカサは家族なの?」
「彼らはちょっと特殊な事情があるから僕の口からは言えないけど、家族だよ。
エレンのとこにミカサが養子に来たと思ってもらえればいいかな。
僕は長く一緒にいたから家族同然って感じかな」
「ふーん、ミカサってさ、エレンに対する感情を家族愛だって言ってきかないんだけどさ、あれって確実に恋愛感情だよね」
「ミカサもあれで頑固だからね。
こっちもやきもきしてるんだよ」
「昔から?」
「うん、僕が初めて会ったときからそういう感情はあったと思うよ」
「一途なんだね」
「そこがミカサのかわいいところなんだよ。
もう5年目だね、エレンは恋愛に関しては意外とヘタレなんだよ。
ホント……早くくっつけばいいのに……
一々相談される身にもなってよ……」
「アンタも大変なんだね。
それとさ」
「なに?」
「アンタ、ミカサのこと、好きでしょ」
「っ!!?…ゲホッゴホッゴホ…
アニ、いきなり何を言い出すのさ……」
「やっぱり、今の反応でバレバレだよ」
「あ~……うまく隠してたつもりなんだけどね……
うん、まぁミカサは初恋の相手、かな。
あんなにかわいい子としょっちゅう遊んで時間を共にしてたら、そりゃあ恋の1つでもするさ。
まあ、好きになる前から彼らが両想いだってことはわかってたから、不毛以外の何物でもないんだけどね……」
「それで、相談なんか受けてんだ、アンタ。
ホント…バカみたいにお人好しだね……」
「ん~……やっぱり、エレンとミカサには幸せになってもらいたいからさ、そのために出来ることならなんだってするよ、僕は」
「……損してばっかだね」
「違いないね。
それでもやっぱり、彼らの幸せが僕の幸せだから」
「じゃあ、例えばアイツらが結婚したとする」
「うん」
「悪い言い方をするけど、2人と1人になるわけでしょ。
そしたらアンタはどうするの?」
「そうだね……そういうことは考えたことなかったな……
うん、エレン達の近くで本を読みながら暮らしてるんじゃないかな、多分」
「……そん時アンタは1人なの?」
「僕が結婚するイメージができないよ」
「そっ……か」
「頭ではミカサのこと諦めてるつもりなんだけどね……心の方は難しいもんだよ」
「両想いだってんならアンタから言っちゃえばいいじゃない。
アイツらがつきあえばアンタの未練も残らないんじゃない?」
「そうかもしれないけど……当人同士の問題だからね、助言ならするけどあまり直接的なことは言わないようにしてるんだ」
「……やっぱ損してるよ、アンタ」
「彼らがなるようになってくれれば、僕からは何の文句もないよ」
「私なら耐えられないね、好きな人から恋愛相談を受けるなんて。
こっちを見てくれれば直ぐにでもつきあうってのにさ……」
「確かにそうだけど……
でもね、エレンの前では絶対に言えない弱音とかを僕だけに吐き出してくれるから……
それだけで僕はミカサの支えになれてるんだって思えるんだよ」
「……私には……一生わかりそうにないね」
「いいんだよ、他の人にはわかってもらえなくても、それが僕だから。
さ、そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
「あ、この事は……」
「わかってるよ。秘密にしておくから安心しな」
「ならよかった」
「クッキー御馳走様、次の休日は何をおごってもらおうかな」
「払える範囲なら何でもいいからね」
「まあ考えとくよ」
~男子寮の部屋~
アルミン、エレン、ライナー、ベルトルトが同室
「なあアルミン、今日はアニとどこ行ってたんだ?」
「格闘術のお礼にクッキーを奢っただけだよ」
「ふーん、そっか」
「そっちはどうだったのさ?」
「ああ、今日街でクレープ買って一緒に食べたんだよ。
やっぱミカサも甘いもの好きなんだな、顔がこう、ヘニャっとしてたよ。
かわいかったな~……」
「ならよかった。
あ、僕これから外行くからさ、消灯後に帰ってこれるように窓の鍵開けといてよ」
「別にいいけど……こんな時間になにすんだ?」
「ただの自主練だよ」
「明日も訓練あんだからほどほどにしとけよ」
「わかってるよ、それじゃいってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
「……」
~女子寮の部屋~
アニ、ミカサ、ミーナが同室
「ねえアニ?」
「なに?」
「今日のアルミンとのデートはどうだった?」
「はあ?別に、ただ格闘術のお礼されただけだよ」
「いや~?アルミンの方はわからないよ?」
「それこそありえないね」
「そう、アルミンにそんな下心はない」
「きゃっ!?」
「アンタ、いきなり出てくるの止めなよ……」
「別にそんなつもりはない」
「なんでミカサはアルミンに下心がない、って断言できるの?」
「アルミンはとても真面目で誠実、
それにアルミン自身、それほど女性に興味がないように見える」
「あ~……確かにそうだね~」
「アンタがそれを言うのか……」
「?アニ、何か言った?」
「いいやなにも。
それよりアンタこそ今日はエレンとデートだったんだろ、どうだったのさ?」
「デデっデ、デートではない!!」
「いいじゃん、ミカサももう認めちゃいなよ~」
「私とエレンは家族、ので、そういうのではない」
「もう鬱陶しいからさっさとエレンに告白するなりしたらいいんだよ。
もしエレンに好きな人ができたりしたらアンタ、どうすんの?」
「な!!そ……れは……」
「ほらミカサ、涙ぐむくらいなら言っちゃえばいいんだよ、きっとエレンも喜ぶよ?」
「でも、もし断られたら……」
「……もう勝手にしな、私はもう寝るよ。
お休み」
「アニお休み~」
「……お休みなさい」
翌日
対人格闘訓練
「アニ!今日もいい?」
「アルミン、約束してるのに悪いんだけど、今日はエレンと組みたいんだ」
「そっか、じゃあ、僕は他の人と組むよ」
「悪いね」
「いいよいいよ、あ!マルコ~!!
一緒にやろうよ」
「アルミンか、いいよ」
「……勝負の時……ってね」
別の場所
「エレン、今日は一緒に組もう」
「は?イヤだよ、お前オレに手加減するじゃん。
おいライナー!組もうぜ!」
「でも、エレンに怪我をさせるわけには……」
「ねえエレン、話があるから今日、やるよ」
「アニ?アルミンと組むんじゃなかったのか?」
「話がある、って言っただろ。
いいからやるよ、アンタが暴漢役ね」
「おう、行くぞ!!」
「……ライナー」
「わかってる……」
「おわっ!
やっぱアニはつえぇな、全然かなわ、グェッ!?
な、なにを!?」
「寝技かけるフリして話すから黙って聞きな」
「……わかった」
「よし、アンタさ、何時までミカサのことを待たせるわけ?」
「は!?お前なに言ってウグッ!!」
「今は否定の言葉はいらないんだよ。
別にアンタらがくっつこうがくっつくまいが、私にとっちゃどうでもいいんだけどさ、それで傷ついてる奴がいるわけ。
だからさ、ヘタレてないでさっさとミカサに告白するなりしなよ」
「アニには関係ないだろ……」
「だから……!?」
「グホァッ!!!」
「ライナー!?なんでお前が降ってくるんだよ!!?」
「きたか……」
「ねえアニ……あなた一体、何をしてるの……?」
「ただコイツに寝技かけてただけだよ」
「そう……私にもその技、教えてくれない?」
「あいにく、この技は人間用なんだ。
でも、言いたいこともあったしちょうどいい、化け物にも通用するか興味があったんだ」
~食堂~
「今日アニと対人格闘組んだんだ。
珍しいね」
「アニが私に話があったみたいだから……」
「でも途中でキース教官が来ちゃったんでしょ?」
「そう、周りの人たちが観戦に乗じてサボってたみたいだから」
「それで決着がつかなかったわけか」
「ミカサ、話がある。ちょっと外行かないか?」
「もちろん、アルミン、席を外す」
「わかった、いってらっしゃい」
~人気のない森の近く~
「……この辺でいいか」
「エレン、話ってなに?」
「ミカサ、これからちょっと驚くこともあると思うけど、最後まで聞いてくれ」
「わかった」
「……よし。
ミカサ、オレはお前のことが好きだ。
もちろん1人の女として……
お前にとっちゃオレは家族の1人だから、急にこんなこと言われて気持ち悪いと思うかもしれない。
でも、オレはいつの間にかお前を女としてしか見れなくなっていたんだ。
返事は今すぐでなくていい、だけど、どうか真剣に考えてほしい」
「エレン……そんな事……考える必要なんてない」
「っ!!……そうか……そりゃそうだ……悪いなミカ「違う!!」……へ?」
「違うの、そうじゃない……
私が言いたいのは、考える必要がないのは……私もエレンがずっと好きだったから!!」
「う……そ……」
「本当。
だから……エレンが私のことが好きだってわかって……本当に……本、当に……うれしい!!!」
「そう……か。
ミカサ……」
「な……に?」
「訓練兵団を卒業したら結婚しよう。
オレの妻になってくれ」
「うん……」
~エレンとミカサが去った後の食堂~
「ねえアニ」
「……なんだい、アルミン」
「アニにお礼を言っておこうと思ってさ」
「こっちにはお礼をされる筋合いなんてないんだけど……」
「そう?
てっきりエレンになにか言ったんだと思ったよ」
「残念だけどそれはアンタの勘違いだよ。
私はいつも通りアイツを蹴り飛ばしてただけだよ」
「僕は対人格闘の時なんて一言も言ってないよ、アニ」
「!……チッ、墓穴掘ったか」
「だから、ありがとう、アニ」
「……どういたしまして」
~男子寮の部屋~
「~♪(鼻歌で紅蓮の弓矢熱唱中)」
「ねえエレン、ミカサとはどうなったの?」
「うお!?……やっぱアルミンにはバレバレか~」
「いや、今の君を見れば僕じゃなくても気づくよ……
で、ようやくかい?」
「おう!ミカサに告白して成功した!!」
「うん、おめでとう!僕も嬉しいよ!!」
「アルミンも今まで相談にのってくれてありがとな!!」
「こっちとしても、肩の荷がようやく降りた気分だよ」
「今日も自主練行くのか?」
「うん、窓の鍵開けといてね。
それじゃあ、行ってきます」
「ほどほどにな~」
~女子寮の部屋~
「ねえミカサ、何かいいことでもあった?」
「エレンと恋人同士になった。
そして、訓練兵団を卒業したら結婚しよう、とも言われた」
「は?」
「え!?プロポーズ!?
エレンって大胆だね~……」
(確かに待たせるなとは言ったけど……
これじゃあ死に急ぎ野郎というよりも、行き急ぎ野郎の方がしっくりくるね)
「ようやくか、よかったね。
じゃあ私は寝るよ、お休み」
「ありがとう、アニ。
お休みなさい」
「お休み、アニ」
翌朝
~食堂~
「ほら、エレン。
私が食べさせてあげる、口を開けて」
「ちょっ、止めろ!皆見てるだろ!?」
「それの何が問題なの?」
「いや……さすがに恥ずかしいというか……」
「テメェ!!!いつもいつも羨ましいんだよっ!!!!
この死に急ぎ野郎がァ!!」
「やめろよ!服が伸びちゃうだろ!!
毎度毎度何でつっかかってくんだよ!!」
「服なんてどうでも「ジャン」……お、おう……なんだ、ミカサ?」
「あなたは、私の夫に……何をしているの……?」
「おまっ!」
「おっ…………と?」
「そう、昨日私はエレンからプロポー「ミカサちょっと黙れえええぇぇぇ!!!」」
「エレン!?僕そんなこと聞いてないよ!?」
「キャー!!ユミル!!プロポーズだって!!
ミカサ羨ましいな~」
「おいおい、クリスタには私がいるだろ?」
「そういうことじゃなくて~」
(結婚しよ)
(おいこのクソゴリラ、私のクリスタに色目使ってんじゃねえよ)
(コイツ、直接脳内に……!?)
「ねえ、エレン!!本当なの!?」
「お、おう、本当だよ……」
「は……はは……死に急ぎ野郎とミカサが、ふ……ふふ、夫婦?
一体なんの冗談だよ?
マルコ……オレはもう、ダメみたいだ……ガフッ……」
「ジャーーーン!!!!!」
「なぁ、アルミン……」
「なに、エレン?」
「もしかしてジャンって……」
「うん、ミカサのことが好きだよ」
「……そうか……
だからいつも羨ましいってつっかかってきてたのか……
今度から少し優しくするわ……」
「やめておいた方がいいよ。
多分傷口を抉るだけだから」
「そうか……」
「エレン、ミカサを幸せにするんだよ」
「わかってる」
「もし不幸になんかさせたりしたら……「わかってるよ!お前怒ると怖いんだよ!!」ならよかった、ミカサ」
「何?アルミン」
「男はプライドが高いバカな生き物だからさ、一方的に助けられるのは嫌なんだよ。
だからさ、エレンのことも頼りにしてあげてね、夫婦は支え合って生きていくものなんだから」
「わかった。……?アルミン、何で泣いてるの?」
「え……?……本当だ」
「何か……嫌なことでもあったの?」
「ううん、嬉しいんだよ……
ずっと、誰よりも君たちを近くで見ていたから……こうなってくれて、本当に嬉しいんだ。
おめでとう……ミカサ」
「ありがとう、アルミン」
「じゃあ僕、ちょっと顔洗ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
「……」
「……ハァ~……」
「手洗いはこっちにはないよ」
「!?
……アニ……か……」
「何か文句でもあるの?」
「いや、他の人に見られなくてよかったと思ってね」
「……誰も近くにいないよ」
「そう……」
「食堂から離れてるし、むこうは騒がしくて」
「だからこっちに来たの?」
「……例えば、ここで誰かが泣き喚いたとしても食堂までは届かない」
「……」
「だからさ……今ぐらい、無理に笑わなくたって……いいんじゃないの」
「………………。
好きだったんだ、愛してると言ってもいいぐらいに」
「知ってる」
「いつからだったかわからないぐらい前からずっと」
「聞いたよ」
「エレンと同じぐらいミカサのことを愛してる自信もある」
「熱烈だね」
「エレンよりも、僕を見てほしい!って思ったことも何度もある。
そのたんびに自己嫌悪に陥ったよ」
「それが普通だよ」
「でも、エレンのことも大好きなんだ」
「それも知ってる」
「今まであの2人はとても幸せと言えるような人生じゃなかった」
「そうみたいだね」
「そんな2人がやっと幸せになってくれて……心から嬉しいんだ」
「……」
「それなのに……今、僕は……悲しくて、哀しくてしょうがない……
あの2人が、こうなるのを誰よりも願ってたのは他でもない僕なのに……
誰よりも祝福してあげなくちゃいけないのに…………笑えないんだ。
ねえ、さっきの僕は、ちゃんと……笑えてたかな」
「私以外は……誰も気づいてないんじゃないの」
「なら……よかった……
……ミカサ……ミカサァ……
何で僕を選んでくれないの!?
エレンに向けるその眼で!その顔で!!
何で僕を見てくれないんだ!!
僕だって……僕だって君を幸せにできるのに!
相談してくるそのたびに言ってしまいたかった!
君が好きだって!!
僕だけを見てほしいって!!!!
でも、そんなことはできなくて、君にその顔をさせられるのはエレンだけだって知ってたから、わかってたから!
言えるわけがないじゃないか……
ねえアニ、どうしたらこの胸の張り裂けそうな苦しみがなくなるの?
こんなんじゃ……エレンたちに会えないよ……」
「大丈夫、アンタなら少し落ち着けばまたいつも通り振る舞えるようになる。
愚痴を聞くことぐらいしかできないけど、壁に向かって話すよりは良いでしょ、ストレスがたまるんなら私のところにくるといい」
「ありがとう……ねえ……アニ……何で……君は…………そこまで……僕に…………スウ」
「寝たか……。
理由……か……、それこそ、何で……だろうね」
とりあえず書き溜投下完了
誤字があったら書いてくれると嬉しいです
あと、わかりにくいところも
書き溜次第、また投下しに来ます
すみません、夜に書き直して再投下します
「アニ、君の格闘術、僕に教えてくれないかな?」
アニが夕食の固いパンを一人でもそもそと食べていると、不意にそんな言葉が聞こえた。
女のものではないが、男にしては少し高い、声変わり前の声だ。
アニはほぼ相手がわかっているものの、声をした方を振り向き、
「……は?」
信じられないことを聞いたかのように聞き返した。
なぜならその相手は座学はトップだが、他は軒並み平凡以下の劣等生、
アルミン・アルレルトだったからである。
そんなアルミンは聞き返したアニの真意に気付かず、律儀に言い直した。
「いや、だからさ、君の格闘術を教えてほしいんだよ」
アニはそんなアルミンを見て、諦めさせるように言葉を発する。
「弟子を募ったつもりはないんだけど」
「そこをなんとか!!」
アニの皮肉めいた言葉にもめげずにアルミンはなおも食い下がる。
「めんどくさい」
ならば、と直接的に拒否の意を示すが、
「えぇ~……じゃあ、御給金全然使ってないから、街で甘いものでもおごるよ」
アルミンは交換条件を提示してきた。
しかしこれは効果があったようで、
「……なんで甘いものなの?」
今度はアニが何かを確かめるように食いついてきた。
「え……?だって女の子ってみんな甘いものが好きじゃない?
あ!!もしかしてアニ甘いもの嫌いなの?
じゃあ、払える範囲ならなんでもいいよ」
アルミンの言い様に心なしかアニの雰囲気が和らいだように見えた。
「……いや、別にそれで構わないよ」
「それって承諾ってことだよね!?」
そして根負けしたかのようにため息を一つつくと、
「いいよ、のった。
それにしても、アンタみたいな頭でっかちがどうしたの?」
最初から気になっていた、アルミンが固執するわけを聞いた。
「ハハ……頭でっかちって……
単純に……少しでも強くなりたかったからかな。
それには教えるのがうまい人に師事するのが一番だし、それに、アニの足技って相手の力を利用して投げ飛ばしてるみたいだから、力のない僕でも身につけられるかなって思って」
確かにアニの技術は、女の力でも身長180を超える大男を軽々とひっくり返せるものだ。
しかしこの言い方では暗に、
「つまりこれぐらいなら簡単にできる、と」
言ってるように聞こえてしまう。
瞬時に和らいでいたアニの雰囲気がまた刺々しいものに戻っていき、それを見たアルミンが、慌てたように弁明する。
「いやいやいや!生半可じゃないってのはわかってるよ。
それに以前エレンが格闘術を教わった時に、立体機動がとてもうまくなってたんだよ。
多分、格闘術を教わった時に身についた体捌きとか体幹がしっかりして、空中での姿勢制御がしやすくなったんだと思う」
事実、アニの指導を受けていたエレン・イェーガーの成績は以前と比べ物にならないくらいに上がっていた。
「へぇ、それは気づかなかったよ」
しかしアニは全くそれに気づいていなかったようで、心底意外だ、という顔をしていた。
「僕はいつもエレンやミカサに守られてばかりでね、情けなかったんだ。
せめて自分の身は自分で守れるようにならなくちゃ、と思ってさ。
それに調査兵団に入るんだから立体機動は少しでもうまくならないといけないからね」
「まあ確かに、アンタのそのお粗末な動きじゃ囮にも使えそうにないからね。
それにしてもアンタ、調査兵団に入るつもりなんだ」
「まあね」
「やめた方がいいんじゃない。
才能の使い方、間違ってるよ」
「教官にも言われたなぁ、それ」
彼の目指す調査兵団は、壁外調査における新兵の死亡率が3割強という、104期訓練兵のある男には『死に急ぎ兵団』とまで呼ばれるような危険な場所である。
もちろん、現状のまま彼が入るようなことになれば、よっぽどのことがない限り3割の方に入ることは逃れられないだろう。
しかし彼は、その類稀なる非凡な発想力において教官から直々に技巧班への推薦がなされている。
それを蹴ってまでなんで態々?
他人に特に関心がないアニがそう思うのも仕方がないことであった。
「じゃあなんで?」
「僕の夢のためだよ」
「夢?」
「うん。
僕は壁の外を旅するのが夢なんだ」
「バカじゃないの、それで死んだら元も子もない」
この男は夢のために死ぬのだと言う。
それは、周囲の所謂『普通の人間』のように流されても、『人間』として思われていたいアニには、到底不可解なことであった。
「ハハ……それはそうなんだけど、
アニって結構優しいんだね」
「はぁ?私が?」
いきなり何を言い出すのか、といった様子でアニがアルミンを見上げた。
「うん、優しいよ。
現にさっき僕のことを心配してくれたじゃない」
「たったそれだけで……
こっちはアンタが意外とバカだってことがわかったよ」
アニには人には言えない秘密があった。
それはとても残酷な真実で、それにくらべたらこの程度の気紛れで優しいなどとは口が裂けても言えない。
しかし、それをバカ正直に伝えるわけにもいかず、お茶を濁すしかない。
「なかなか手厳しいね……
じゃあ、明日の対人格闘の時からお願いね。
それじゃあお休み」
「はいはい」
去っていく自らの持つそれより明るい金髪を見送りながら、
彼の言葉に乱された心には見て見ぬ振りをした。
一応もう一度注意書き
アニの足技については全て自己解釈です。
私は格闘技を習ったりはしていないのであってるとは思ってません。
なので間違ってるとは思いますがご容赦ください。
翌日の対人格闘訓練
頭の上には雲一つない青空と爛々と輝く太陽。
そして目の前には、太陽みたいな金髪と、空色の瞳。
屈託のない笑顔で少年は近づいてきて、唐突に頭を下げた。
「それでは、レオンハート師範!!
本日よりご指導よろしくお願いします!!」
「……なにそれ?」
呆気にとられたアニは、疑問をそのまま口にしていた。
「こっちとしては教わる身だから、形から入ろうと思って」
「そういうのはいいからさ、普通にやるよ」
アルミンの言葉に、どこか遠くの景色を思い出していたかのようなアニは、頭の中のイメージを消し、その独特な構えをとった。
「そう?じゃ、改めてよろしく、アニ」
「それでいいんだよ。
まずは一発受けてみることから、だね。
はい、アンタが暴漢役ね」
この時アニは、一回痛い目にあえば諦めて、後は付き合ったお礼としてクッキーでも奢ってもらうつもりでいた。
しかしアニはわかっていなかった。
アルミンという少年の本質を……
「わかった、行くよ!!」
「フッ!!」
「うおっ!?
グフッ!」
実際、その動き自体はお粗末なもので隙だらけだった。
エレンやライナーのように軽々と投げ飛ばし、頭から落ちたアルミンに声をかける。
「どう?なにかわかった?」
「世界が回った」
どうやら冗談を言えるほどには元気なようだ。
「真面目に答えな」
「ん~……実は早すぎてちょっとよくわかんなかったんだ。
悪いけどもう一回やってくれる?
……よっと」
まさかの発言に流石のアニも動揺したようで、
「え?あ、ああ、約束したからね。
何度でもつきあってやるよ」
柄にもないことを口走っていた。
「やっぱりアニは、優しい、ねっ!!」
「冗、談!!」
「グッ!!」
こんな自分を優しいなどと……
何も知らないアルミンに吐き捨てるように言った、
「どうだい?
バカなことばかり言ってないで今度はなんかわかった?」
「相手の顎をおさえて少し後ろに傾けてたってことかな」
「へえ、鋭いじゃん。
流石は座学一位ってことかい?」
「違うよ、痛みによる経験だ。
こればっかりは、聞いてやるより実際に受けた方が早いからね。
……よっと、もう一度お願い」
どうもアルミンは満足するまでやり続けるらしい。
アニは諦めたように昨日に引き続き2度目のため息をついた。
しかしその心は、とことんまでやってやる、という意思で満ちていた。
……………………
アルミンが目が覚ますとまず、最近は見ることの少なくなっていた白い天井が目に入った。
「う……ん?あれ?ここは……医務室?」
訓練が始まり1年が過ぎた今では、体力に自信のなかったアルミンも医務室のお世話にならない程度には周りについていけるようになっていた。
カツカツ、と足音が聞こえる。
どうやらここへ向かってきているようだ。
ガラッ、と扉の開く音がすると、アルミンより色の薄い、月色の金髪が目に入った。
「あぁ、やっと起きたの」
訪問者アニはぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、こわばっていた顔を少し和らげた。
「あ、アニ。そうか、僕、受け身を取り損ねて気絶したのか……情けない……」
どうやら、アルミンが医務室へ運ばれたことに責任を感じていたようだ。
反対にアルミンはここに至る経緯を思い出したようで、落ち込むように顔が暗くなっていった。
「いや、こっちこそ悪かったよ。
あんだけ投げ飛ばしたんだから、私もアンタの様子ぐらい見とくべきだった。
それにしてもアンタ、意外と根性あるんだね。
結局、弱音1つあげなかった。
あと、今日はここで安静にしてろってさ」
アニが励ますように言うと、
「ハハ、ありがとう。
少しでも時間が惜しいからね、弱音なんかあげてられないよ。
あ、ここまでアニが運んでくれたんでしょ?ありがとね」
アルミンは少し元気を取り戻したように笑った。
「どういたしまして、それにしてもアンタ軽すぎ。
ちゃんと食べてるの?」
「一応皆と同じ量を食べてるんだけどね……
僕は筋肉とかが付きにくい体質みたい」
「本当は女子なんじゃないの?」
「ヒドいなあ……これでも結構気にしてるんだよ……」
そんな会話をぽつぽつとしていると、不意に小走りの足音が聞こえてきた。
「また誰か来たみたい」
「どうせ死に急ぎ野郎でしょ」
「多分ね」
そうアルミンが笑いながら言うと、タイミングを見計らったように扉が開かれた。
「アルミン、起きてるか~?」
「やっぱりエレンだったね」
「やっぱり?
お、アニも来てたのか。
晩飯、パンだけだけど持ってきたぞ」
「そっか、もうそんな時間だったんだ……」
自分がどれくらい寝ていたのかようやく気付いたようだ。
そして扉が何の前触れもなく突然開いて、夜の闇よりさらに黒い見慣れた黒髪の女が入ってきた。
「アルミン、大丈夫?」
「あ、ミカサもありがとう」
「そう、よかった……アニ、あなたはここで何をしているの?」
ミカサはアルミンが大丈夫そうなのを見るとホッと息をついて、そこで初めてアルミンの傍に彼が倒れる原因となった少女がいることに気付いた。
「え?ミカサ?」
アルミンはアニに詰め寄っていくミカサを見て、困惑しているような声を出した。
「見てわかんない?見舞いだよ、お・見・舞・い」
「アニにはこなくていいと言ったはずだけど」
「なんで私がアンタの言うことを聞かなくちゃいけないの?
第一、私がやったことなんだし来て当然でしょ」
「私はあなたがアルミンにした仕打ちを許さない」
「だから、それはさっきも」
「ミカサ、アニには僕から格闘術を教えてもらうように頼んだんだ」
口論している2人の言葉を遮るようにアルミンが言い放った。
「アルミン?」
今度はミカサが不思議そうな声を発する。
「今回僕が気絶したのだって、僕が技をくらう直前にフラついたのが原因だ。
だからアニは悪くないよ」
アルミンはあくまで自分が原因だ、と譲らない姿勢を見せた。
「そう、だったの……
アニ、ごめんなさい。
私は早とちりをしてしまったみたい」
それを見たミカサが素直に謝るとアニは納得がいかない様子で、
「さっき同じこと言ったよね、私……」
とため息をついた。
「アルミンは昔からよくイジメをうけていた。
だから心配だった。ごめんなさい」
「だから言ったろ、今のアルミンはそんな心配いらないって」
「それはいいんだけど、アンタってソイツだけじゃなくて、アルミンに対しても過保護なんだね」
「エレンは家族、アルミンも家族同然、ので、心配しないわけがない」
アニの疑問にミカサは至極当然とでもいうように肯定する。
「別にアンタらの間柄はどうでもいいんだよ。
問題は今回アルミンは自分の意志で強くなりたいって私のところに来た。
家族だなんだって言ってあまりアルミンを束縛しないほうがいいんじゃない?」
「アニ、私はアルミンがあなたの元で強くなる事に関して何も口出ししていない」
「あ……」
妙な勘違いをしてしまったことによりアニの顔が少し赤くなる。
「それにアルミンはたまに無茶をするけれど、いつもは私よりしっかりしている、ので、束縛しているつもりはない」
「……そう」
「おいミカサ!俺は!?」
「エレンは目を離すとすぐに危ないことをする」
「何でだよ!!」
エレンが納得いかないというように憤慨する。
「そういえばアニ、お礼の件なんだけど」
アルミンが思い出したように口にすると、
「ああ、そのこと。
……じゃあ、次の休日空けといて」
と、アニは何でもないことのように答えた。
「え!?」
「……エレン、もう出ましょう」
ミカサが何かを察したように帰ろうとする、もちろん勘違いではあるのだが……
「え?まだ来たばっかりじゃねぇか」
エレンはミカサの発言の意味がわからずなおも残ろうとするが、
「いいから」
「ちょっ、ミカサ押すなよっ!
アルミン、また明日な」
ミカサの力技で医務室の外へと押し出された。
「アルミン、アニ、ごゆっくり」
彼らが去った後もエレンが騒いでいるようで、断片的に声が聞こえる。
「あ~、ミカサ絶対変な勘違いしてるよ……
アニ、あまりああいう言い方はよくないよ」
「なんで?」
アニはアルミンの言っている意味がわからないという風に聞き返した。
「なんでってそりゃ、今はミカサだけだからよかったけどね、他の人に聞かれたら絶対僕なんかと噂になっちゃうよ。
まあ、エレンが気づかなくてよかったね」
「別に噂ったってそんなの気にしなければいいんだよ。
それになんでエレンなの?」
「え?だってアニ、エレンのこと好きでしょ?」
「は?何でそうなるの?」
アニは照れる様子もなく聞き返した。
「え?違うの?
ま、いいか。アニが気にしないんだったら。
それと、あの足技のことなんだけど」
「ああ、結局どれくらいわかったの?」
「間違えてたら訂正してほしいんだけど、
まず、手で相手の顎を後ろにそらして、重心を足の上からどかす。
これで相手の体勢が崩れるんだよね。
それで傾いた相手の膝を蹴る。
この時のポイントは膝の横からじゃなくて、膝の斜め後ろから若干すくい上げるようにして、足を素早く振り抜く。
で、最初の時以外に相手の重心をずらさないようにすれば、そこを軸にしてひっくり返る。
僕がわかったのはこんなところかな、どう?」
「すごいね、正解だよ。
アンタは身体が頭について行かない奴の典型だね。
身体ができあがってれば相当強くなるんじゃない?」
「あれだけ叩き込まれたら嫌でも覚えるよ。励ましてくれてありがとね。
じゃあ、もう遅いしアニも帰りなよ。
僕もパン食べて寝るからさ」
「ああ、お休み」
「暗いから気をつけてね」
アニの後ろ姿に向かって声をかけた。
「いらない心配だよ、私は強いから」
確かにアニを襲えるような男子は104期訓練兵団にはいないだろう、
しかしそんなことは関係ないとでもいうようにアルミンは言い返した。
「それでもだよ、アニは女の子だからね。
お休み」
「……そ。忠告ありがとう。
それと……私はお世辞なんか言わないよ」
そういってアニは扉を閉め、医務室にはアルミンだけが残った。
「……やっぱり優しいじゃないか」
誰もいなくなった医務室でアルミンはそう一人ごちた。
約束していた次の休日。
昼前の時間にもかかわらず今日は人が多い、街に出かける人が少なかったのだろうか。
そんな中食堂でアルミンは一人でアニを待っていた。
いつもの幼馴染2人は街へ出かけたようだ。
そこにおさげの少女が現れ、アルミンに声をかけた。
「あれ?アルミン1人?珍しいね」
「あ、ミーナ、僕は今日用事があってね、二人で街に行かせたんだ。
いい加減あの2人も僕なしで出かけられるようにならなきゃまずいからね……」
「うんうん、どっからどう見ても両想いなのになんで付き合わないのかな~」
おさげの少女、ミーナは納得したように頷く。
「あの2人はちょっと特殊だからさ……
お互いに相手が自分のことを異性として好きになるわけがない、って思ってるんだよ」
「へぇ~、そういうもんか~……」
ミーナがわかったのかわかってないのかわからない声を出すと、
アルミンの待っていた少女、アニが現れた。
「アルミン、準備できたよ」
「アニ、さあそれじゃ行こうか。ミーナ、またね」
「あれれ~?アニとアルミン、今からお出かけなのかな~?」
ミーナが茶化したように言っても、アニは意に介さず、
「ただお礼されるだけだよ」
と言って、アルミンと街へ出かけて行った。
その後の食堂は騒然となっていた。
なんせあのアニが男と二人でデートに行ったのだ。
しばらく食堂はこの話題で持ちきりとなった
「やっぱりこうなったか、ベルトルトには悪いことしたかな……」
食堂の外に出たアルミンはポツリと呟いた。
彼自身は何も言ってないが、彼がアニを盗み見ているのに気付いている者は何人かいる。
普段が寡黙な分存外わかりやすい。
「何か言った?」
幸か不幸かその相手であるアニには気付かれていない。
「ん?いいや、何も。
アニはなにが食べたいの?」
彼には僕もエレンもお世話になっているし、彼が現状をどうにかしたいと言うのであれば手伝うのも吝かではない。
「そうだね、無難にクッキーなんかでいいんじゃない」
「ぐぅっ、クッキーとはなかなか高い物を……」
「ケチケチするな、どうせ使わないお金なんでしょ?」
「まぁそうなんだけどね~」
「あとさアルミン、せっかく女の子が私服で来たんだから感想の一つでも言うのが礼儀ってもんなんじゃな、い、の!」
そう言いながらアニはアルミンの脛を執拗に蹴りつける。
「ちょっ、待っ!脛!脛蹴らないでよ!
……ふぅ、ごめんね。
ん~……アニの私服ってなんかアニの雰囲気とマッチしてて、凛としてるというか……こう、綺麗って感じだよね。
うん、すごく似合ってるよ」
「……そう、ありがと。
じゃあ、早く行こう」
アルミンが思ったことを素直に口に出すと、そう言ってアニは顔をほのかに赤く染め、早足で進みだしてしまった。
「あっ!待ってよ、アニ!」
出遅れたアルミンはアニの後を小走りで追っていく。
街に出て30分ほど歩いていると、角にカフェが見えた。
トロスト区にクッキーを取り扱ってる店なんて数えるほどしかなく、アルミンは指をさして言った。
「アニ、あのお店でいいんじゃない?」
「そうだね、ここにしようか」
アニも同意の意を示すと、アルミンが扉を開き立ち止まった。
「入らないの?」
「え、アニが入るのを待ってたんだよ」
「は?なんで態々そんなことしてんの?」
「レディファーストって言うじゃないか」
「そう、でも次からはしなくていいよ。
アンタもめんどくさいだろうし」
「ん、わかった」
扉についてる鈴が揺れ、カランコロンと音を鳴らし入っていく。
「すいません」
「いらっしゃいませ。
二名様ですか?」
「はい」
「では、あちらのテーブル席へどうぞ」
席に促されたアルミンとアニはメニューを見た。
「僕はコーヒーとサンドイッチでいいかな、アニは?」
「私は……紅茶と、この5枚セットのやつでいいよ」
「あれ?それだけでいいの?
お金ならあるから結構な数買えるよ?」
「アンタは私をなんだと思ってるのさ、サシャじゃあるまいし。
それに、楽しみは長い方がいいだろう?」
「え、それって……」
嫌な予感に冷や汗が垂れた。
「もちろん、基本的に休みのたびに何かしら奢ってもらうつもりだから」
「やっぱりか……よかったね、僕のお金達。
使い道が決まったみたいだよ」
これからのことを考えてアルミンは涙を流した。
「ま、そういうことでよろしく」
「ハハハ……あ、きたみたいだ」
「お待たせしました。
お砂糖、ミルクの方は別料金となりますので、ご利用の際はお声をかけてください。
それではごゆっくりどうぞ」
サンドイッチはもちろんハムなどはなく、ポテトサラダとレタスが挟まった小さいものの6つ入り。
塩は高級品なため、味はとても薄い。
クッキーは貴族などが食べるような色とりどりなものではなく、何の変哲もないただのバタークッキーだ。
しかし普段は絶対に食べれないものなので、より一層美味しそうに見える。
「うん、やっぱりクッキーは美味しそうだね」
「……一枚、いる?」
アルミンの言葉が物欲しげに感じたのか、アニは一枚差し出してきた。
「え?僕がアニに奢ったんだからアニが全部食べなよ」
アルミンは当然断ろうとするが、
「遠慮すんな、って!」
そう言ってアニはアルミンの開いた口に無理やり突っ込んできた。
「むぐっ!?…………もうアニ!急に口の中に突っ込まないでよ!」
「アンタが意地張るからだよ。
で、どう?おいしかった?」
「うん、まあみた目通り甘くて美味しいよ。
ほら、アニも食べなって」
「そうだね…………うん、まあ美味しいんじゃない?」
そっけなく言ってはいるが、クッキーを食べた瞬間頬が緩んでいた。
「アニは素直じゃないね~……
美味しいなら美味しいってはっきり言いなよ」
アルミンはアニの言い方に呆れたように言うと、
「……久しぶりに食べたから……美味しかったよ」
諦めたように素直な感想を口にした。
「ならよかった」
アルミンはそれに満足したように笑っていた。
2人とも食べ終わって飲み物を口にしていると、不意にアニが口を開いた。
「……ねえ、あんたらってどういう関係なの?」
アルミンは突然のことに驚いたが、すぐに発言の意味を理解し確認するように
「僕とエレンとミカサのこと?」
と言った。
「そう」
それにアニが肯定すると、アルミンが言葉を選ぶように口を開いた。
「うーん……僕らの関係ねぇ……
説明しづらいからやっぱり『家族』って形に落ち着くかな」
アルミンには自分たちの関係を表す的確な言葉が存在しないように思えた。
「そう、その『家族』なんだけどさ、エレンとミカサは家族なの?」
ミカサがいつも私とエレンは家族、などと言うので訓練兵の間では彼らの関係に色々な噂が立っていた。
実際のところ、簡単に話せるような内容ではないので、アルミン以外に真実を知っている者はいない。
「彼らはちょっと特殊な事情があるから僕の口からは言えないけど、家族だよ。
エレンのとこにミカサが養子に来たと思ってもらえればいいかな。
僕の場合は長く一緒にいたから家族同然って感じかな」
「ふーん、ミカサってさ、エレンに対する感情を家族愛だって言ってきかないんだけどさ、あれって確実に恋愛感情だよね」
ミカサはあれで隠しているつもりなのだろうが、バレバレだ。
気付いていないのは、エレンと見て見ぬ振りをしてるジャンだけだろう。
「ミカサもあれで頑固だからね。
こっちもやきもきしてるんだよ」
「昔から?」
「うん、僕が初めて会ったときからそういう感情はあったと思うよ」
「一途なんだね」
「そこがミカサのかわいいところなんだよ。
もう5年目だね、エレンは恋愛に関しては意外とヘタレなんだ。
ホント……早くくっつけばいいのに……
一々相談される身にもなってよ……」
「アンタも大変なんだね。
それとさ」
「なに?」
「アンタ、ミカサのこと好きでしょ」
「っ!!?…ゲホッゴホッゴホ…
アニ、いきなり何を言い出すのさ……」
アニの突然の言葉に驚いたアルミンは、顔を真っ赤にしながら零れたコーヒーを処理している。
「やっぱり、今の反応でバレバレだよ」
今のアルミンの反応で確信を得たアニは問いただすような視線を投げかけた。
「あ~……うまく隠してたつもりなんだけどね……
うん、まぁミカサは初恋の相手、かな。
あんなにかわいい子としょっちゅう遊んで時間を共にしてたら、そりゃあ恋の1つでもするさ。
まあ、好きになる前から彼らが両想いだってことはわかってたから、不毛以外の何物でもないんだけどね……」
観念したように話したアルミンを、
「それで、相談なんか受けてんだ、アンタ。
ホント…バカみたいにお人好しだね……」
呆れた、とでも言わんばかりにアニは肩をすくめた。
「ん~……やっぱり、エレンとミカサには幸せになってもらいたいからさ、そのために出来ることならなんだってするよ、僕は」
「……損してばっかだね」
笑顔で言い切るアルミンにアニは何も言えなくなった。
「違いないね。
それでもやっぱり、彼らの幸せが僕の幸せだから」
そこでアニはふと疑問に思ったことをアルミンに投げかけた。
「じゃあ、例えばアイツらが結婚したとする」
そう、エレン達が幸せになった後の話だ。
「うん」
「悪い言い方をするけど、2人と1人になるわけでしょ。
そしたらアンタはどうするの?」
「そうだね……そういうことは考えたことなかったな……
うん、エレン達の近くで本を読みながら暮らしてるんじゃないかな、多分」
どうやらこの3人は離れる気がないらしい。
「……そん時アンタは1人なの?」
「僕が結婚するイメージができないよ」
「そっ……か」
「頭ではミカサのことを諦めてるつもりなんだけどね……心の方は難しいもんだよ」
その時のアルミンの顔は確かに笑ってはいたが、その瞳はどこか遠くを見ているようで、はるか昔に置いてきた気持ちを懐かしんでいるのだろう。
「両想いだってんならアンタから言って、気付かせればいいじゃない。
アイツらがつきあえばアンタの未練も残らないんじゃない?」
「そうかもしれないけど……当人同士の問題だからね、助言ならするけどあまり直接的なことは言わないようにしてるんだ」
「……やっぱ損してるよ、アンタ」
自分だけが辛い思いをしてでも幼馴染2人の幸せのために動くアルミンを見ると、
アニの胸の奥がチクリと痛んだ。
「彼らがなるようになってくれれば、僕からは何の文句もないよ」
「私なら耐えられないね、好きな人から恋愛相談を受けるなんて。
こっちを見てくれれば直ぐにでもつきあうってのにさ……」
「確かにそうだけど……
でもね、エレンの前では絶対に言えない弱音とかを僕だけに吐き出してくれるから……
それだけで僕はミカサの支えになれてるんだ、って思えるんだよ」
それもまた、紛れもない本心なのだろう。
「……私には……一生わかりそうにないね」
私はそんなに強くないから……
「いいんだよ、他の人にはわかってもらえなくても、それが僕だから。
さ、そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
話し込んでるうちに食べ終わったので店を出ようとすると、
「あ、この事は……」
「わかってるよ。秘密にしておくから安心しな」
「ならよかった」
アルミンが念を押すように言った。
「クッキー御馳走様、次の休日は何をおごってもらおうかな」
「払える範囲なら何でもいいからね」
「まあ考えとくよ」
訓練所に帰り、時々チラチラと見られたりもしたが、アニに目をつけられるリスクを犯してまで態々質問しに来る者もいなかったのでいつも通り夕食を食べ、各自寮に戻った。
男子寮アルミンの部屋
幼馴染のエレンと、同郷で幼馴染だというライナー・ブラウンとベルトルト・フーバーの4人部屋である。
部屋に戻るとエレンが興味津々といった風に尋ねてきた。
「なあアルミン、今日はアニとどこ行ってたんだ?」
正直ベルトルトがいるこの場で聞いてくるのは勘弁してほしい。
無言の圧力が加わってくるようでとても不気味だ。
「格闘術のお礼にクッキーを奢っただけだよ」
「ふーん、そっか」
「そっちはどうだったのさ?」
特別な気持ちは何もないといった意味を言外に込め、早々に話題の切り替えをする。
第一、アニの提案に乗ったのだってこの二人だけで街に行かせるためだ。
なにかしらの進展がないとこちらもどうしようもなくなってくる。
「ああ、今日街でクレープ買って一緒に食べたんだよ。
やっぱミカサも甘いもの好きなんだな、顔がこう、ヘニャっとしてたよ。
かわいかったな~……」
惚気られた、そしていつも通りだ。
昼間にはああ言ったが、最近はいい加減強行策も必要なんじゃないかと思い始めてる。
「ならよかった。
あ、僕これから外行くからさ、消灯後に帰ってこれるように窓の鍵開けといてよ」
しょうがないのでおざなりに返す。
昨日ようやく下準備が完了したので、今日から自主練開始だ。
「別にいいけど……こんな時間になにすんだ?」
「ただの自主練だよ」
「明日も訓練あんだからほどほどにしとけよ」
「わかってるよ、それじゃいってきます」
体力がないのは自覚してるが、それに甘んじるわけにはいかない。
訓練に支障が出ない程度に頑張るつもりだ。
「ああ、いってらっしゃい」
そんなアルミンの後ろ姿をベルトルトは生気のない目で黙って見つめていた。
女子寮アニの部屋
アルミンの幼馴染のミカサと、女子の中では最も話す回数の多いミーナ・カロライナとの3人部屋である。
部屋に戻ってすぐに寝ようとしたアニに、そうは問屋が卸さないとばかりにミーナが話しかけてきた。
「ねえアニ」
「なに?」
この話好きの聞きたいことなどわかりきってはいるが、一応聞き返してみる。
「今日のアルミンとのデートはどうだった?」
予想通りだ。
ミーナの頭の中では、
男と女で出かける=デート
の方程式でも成り立っているのだろうか。
「はあ?だから、ただ格闘術のお礼されただけだよ」
昼にも同じことを言ったはずだが、とも思うがミーナは聞く耳を持たない。
「いや~?アルミンの方はわからないよ?」
「それこそありえないね」
アルミンが好きなのはミカサなのだから。
「そう、アルミンにそんな下心はない」
「きゃっ!?」
「アンタ、いきなり出てくるの止めなよ……」
冷静を気取ってはいるが内心かなりビックリする。
コイツは常に気配を消してるのか?
「別にそんなつもりはない」
そうではないらしい、意識せずにこれなら一種の才能か。
「なんでミカサはアルミンに下心がない、って断言できるの?」
案外コイツはアルミンの好意が自分に向いてることに気付いてるのか?
いや、それはないか。
「アルミンはとても真面目で誠実、
それにアルミン自身、それほど女性に興味がないように見える」
「あ~……確かにそうだね~」
そりゃあアルミンはアンタ以外に興味はないしね、子供の頃からなら気付いてなくても不思議じゃない。
けど……
「アンタがそれを言うのか……」
「?アニ、何か言った?」
「いいやなにも。
それよりアンタこそ今日はエレンとデートだったんだろ、どうだったのさ?」
そう、問題はこいつらだ。
「デデっデ、デートではない!!」
「いいじゃん、ミカサももう認めちゃいなよ~」
「私とエレンは家族、ので、そういうのではない」
「もう鬱陶しいからさっさとエレンに告白するなりしたらいいんだよ。
もしエレンに好きな人ができたりしたらアンタ、どうすんの?」
アルミンはああ言ってたが、こいつらには間接的なことは意味がない気がする。
「な!!そ……れは……」
「ほらミカサ、涙ぐむくらいなら言っちゃえばいいんだよ、きっとエレンも喜ぶよ?」
「でも、もし断られたら……」
話にならないね。
ならコイツじゃなくもう一人のヘタレの方をどうにかすべきか……
……あれ?
なんで私がこんなことを真剣に考えてるんだ?
……あぁ、流石にアルミンが不憫でかわいそうだと思ったのか。
まだ私にも”かわいそう”なんて思うような心が残ってたんだね。
少し安心したよ。
続きは明日考えるか、もう寝よう……
「……もう勝手にしな、私はもう寝るよ。
お休み」
「アニお休み~」
「……お休みなさい」
対人格闘訓練か、アイツと邪魔が入らず話ができるチャンスだね。
「アニ!今日もいい?」
「アルミン、約束してるのに悪いんだけど、今日はエレンと組みたいんだ」
「そっか、じゃあ、僕は他の人と組むよ」
「悪いね」
「いいよいいよ、あ!マルコ~!!
一緒にやろうよ」
「アルミンか、いいよ」
アルミンには悪いけど、こうでもしないとアイツらは何も変わらないと思うよ。
……さあ、
「……勝負の時……ってね」
その頃別の場所では……
「エレン、今日は一緒に組もう」
「は?イヤだよ、お前オレに手加減するじゃん。
おいライナー!組もうぜ!」
必死にエレンに近づこうとするが、逃げられるミカサの姿が……
「でも、エレンに怪我をさせるわけには……」
まあ男が女、それも好きな相手に手加減されるなんて嫌だろうし、しょうがないとは思うけど、断り方ってもんがあるだろう。
前にも言ってやったってのに何にも進歩してないね……
「ねえエレン、話があるから今日、やるよ」
「アニ?アルミンと組むんじゃなかったのか?」
「話がある、って言っただろ。
いいからやるよ、アンタが暴漢役ね」
「おう、行くぞ!!」
「……ライナー」
「わかってる……」
ライナー、悪いね。
多分アンタ、今日飛ばされるよ。
「おわっ!
やっぱアニはつえぇな、全然かなわ、グェッ!?
な、なにを!?」
「寝技かけるフリして話すから黙って聞きな」
「……わかった」
「よし、アンタさ、何時までミカサのことを待たせるわけ?」
「は!?お前なに言ってウグッ!!」
「今は否定の言葉はいらないんだよ。
別にアンタらがくっつこうがくっつくまいが、私にとっちゃどうでもいいんだけどさ、それで傷ついてる奴がいるわけ。
だからさ、ヘタレてないでさっさとミカサに告白するなりしなよ」
「アニには関係ないだろ……」
コイツ話を聞いてたか?
流石にアルミンの名前を出すわけにはいかないけど、ヘタレとまで言われてなんとも思わないのか?
「だから……!?」
「グホァッ!!!」
「ライナー!?なんでまたお前が降ってくるんだよ!!?」
「きたか……」
「ねえアニ……あなた一体、何をしてるの……?」
「ただコイツに寝技かけてただけだよ」
ここで”エレンがアンタに告白するよう言い聞かせてたんだよ”なんて言えたらどんなに楽なんだろうね。
「そう……でも私にはすでに決着がついてるのに技をかけ続けているように見えた。
これ以上エレンに危害を加えるなら、私が相手になろう」
「そうかい?こっちとしては真面目にやってたつもりなんだけどね。
でも、言いたいこともあったしちょうどいい。
受けて立ってやろうじゃないか」
あとはコイツにも言い聞かせておけば……
その晩の食堂にて、
「今日アニと対人格闘組んだんだ。
珍しいね」
「アニが私に話があったみたいだから……」
ミカサに? エレンのところに行ったはずじゃ……
「でも途中でキース教官が来ちゃったんでしょ?」
「そう、周りの人たちが観戦に乗じてサボってたみたいだから。
それもあって話は結局聞けなかった」
「それで決着がつかなかったわけか」
「ミカサ、話がある。ちょっと外行かないか?」
「もちろん、アルミン、席を外す」
「わかった、いってらっしゃい」
エレンが? 珍しいな……
まさか……
どうしようどうしよう、どうしよう!!!
とりあえずミカサを人気のないところまで連れ出したものの……
こっからどうすりゃいいんだ!?
このままじゃただ散歩するだけになっちまう!!
それにしてもアニの奴……どうして俺がミカサのこと好きだって知ってんだ?
しかもヘタレなんて言いやがって……
あああああぁぁ!! 埒があかねェ!! よし!! 腹くくるか。
「……この辺でいいかな」
「エレン、話ってなに?」
「ミカサ、これからちょっと驚くこともあると思うけど、最後まで聞いてくれ」
告白の最中に断られたりなんてされたら立ち直れない気がする……
「わかった」
「……よし。
ミカサ、オレはお前のことが好きだ。
もちろん1人の女として……
お前にとっちゃオレは家族の1人だから、急にこんなこと言われて気持ち悪いと思うかもしれない。
でも、オレは気付いたらお前を女としてしか見れなくなっていたんだ。
返事は今すぐでなくていい、だけど、どうか真剣に考えてほしい」
「エレン……そんな事……考える必要なんてない」
あぁ……ダメか……
「……そうか……そりゃそうだ……悪いなミカ……」
「違う!!」
「……へ?」
ミカサにしては珍しく声を荒げたな。
いや、それよりも”違う”ってのは何のことだ?
まさか……期待してもいいってのか?
「違うの、そうじゃない……
私が言いたいのは、考える必要がないのは……私もエレンのことが……ずっと前から好きだったから!!」
「う……そ……」
夢じゃないよな?
ずっと前から?
なら俺たちはずっと両想いだったのか!?
……あ! ヘタレってそういう意味かよ……
「本当。
だから……エレンが私のことを好きだって言ってくれて……本当に……本、当に……うれしい!!!」
「そう……か。
ミカサ……」
「なに……?」
「訓練兵団を卒業したらさ、結婚しよう。
オレの妻になってくれよ」
「うん……」
あぁ、なんてきれいな夜空だ。
まだ戻らなくていいかな。
しばらくはミカサと二人きりでいたい……
エレンとミカサが去った後、アルミンは席を立ち、ある少女の下へと向かっていった。
「ねえアニ」
「……なんだい、アルミン」
「アニにお礼を言っておこうと思ってさ」
「こっちにはお礼をされる筋合いなんてないんだけど……」
「そう?
てっきりエレンになにか言ったんだと思ったよ」
「残念だけどそれはアンタの勘違いだよ。
私はいつも通りアイツを蹴り飛ばしてただけだよ」
アルミンはクスッと笑って言った。
「僕は対人格闘の時なんて一言も言ってないよ、アニ」
「!……チッ、墓穴掘ったか」
アニが恥ずかしげに視線をそらす。
「だから、ありがとう、アニ」
「……てっきりアンタは怒ると思ってたよ」
アニがばつが悪そうに言うと、
「どうして?」
アルミンが意味がわからないといった顔をして聞き返してきた。
「私が勝手なことをしたからさ」
すると顔をゆっくりと横に振りながら、
「いいや。
誰が何をしたって結局あの2人はそうなる運命なんだよ」
と朗らかに言った。
「そうかい」
それにアニは苦笑まじりに返すことしかできなかった。
アルミンが自主練のため、外に出ようと思っていた頃、ちょうどエレンが帰ってきた。
鼻歌を歌って上機嫌な様子なので、しっかりと告白できたのだろう。
「ねえエレン、ミカサとはどうなったの?」
わかってはいるが、エレンの口から聞いておきたかった。
「うお!?……やっぱアルミンにはバレバレか~」
「いや、今の君を見れば僕じゃなくても気づくよ……」
自分の今の様子がわかっていなかったのだろうか。
「で、ようやくかい?」
「おう!ミカサに告白して成功した!!」
「うん、おめでとう!僕も嬉しいよ!!」
「アルミンも今まで相談にのってくれてありがとな!!」
「こっちとしても、肩の荷がようやく降りた気分だよ」
わかりきっていた結果だし、お互いがほんのちょっと素直になるだけに何年かかったのか……
少し苦労が報われた気がする。
「今日も自主練行くのか?」
「うん、窓の鍵開けといてね。
それじゃあ、行ってきます」
「ほどほどにな~」
ミカサが帰ってきた。
ミカサは無表情だが、1年も一緒にいればちょっとは雰囲気の違いもわかるようになる。
あの様子では、死に急ぎ野郎はちゃんとできたようだ。
「ねえミカサ、何かいいことでもあった?」
ミーナもミカサの様子に気づいたようで理由を尋ねていた。
「エレンと恋人同士になった。
そして、訓練兵団を卒業したら結婚しよう、とも言われた」
「は?」
聞き間違いか?
確かに待たせるなとは言ったけど……
これじゃあ死に急ぎ野郎というよりも、行き急ぎ野郎の方がしっくりくるね。
「え!?プロポーズ!?
エレンって大胆だね~……」
「ようやくか、よかったね。
じゃあ私は寝るよ、お休み」
「ありがとう、アニ。
お休みなさい」
「お休み、アニ」
これで何かが変わるのかね……
翌朝の食堂では一部の集団の中で衝撃が走っていた。
なぜなら……
「ほら、エレン。
私が食べさせてあげる、口を開けて」
「ちょっ、止めろ! 皆見てるだろ!?」
「それの何が問題なの?」
「いや……さすがに恥ずかしいというか……」
ミカサの世話焼きに対するエレンの反応が違う。
今までのエレンはキレるようにミカサに反発していたが、
今日のエレンは、
恥ずかしがっている!!
まるで出来立てほやほやのカップルを見ているみたいだが、そんな状況を許しておけない人物がここに1人いた。
「テメェ!!!いつもいつも羨ましいんだよっ!!!!
この死に急ぎ野郎がァ!!」
もちろんジャン・キルシュタインその人である。
ミカサに絶賛片思い中でなおも諦めきれていない彼はエレンとミカサの間に漂っている甘ったるい空気に敏感に反応し、その空気を霧散させようといつもの調子+80%増しぐらいの勢いでエレンに喧嘩を吹っ掛けた。
「やめろよ!服が伸びちゃうだろ!!
毎度毎度何でつっかかってくんだよ!!」
「服なんてどうでも……」
「ジャン」
しかしその喧嘩はいつも通りミカサに止められた、かのように見えた。
「……お、おう……なんだ、ミカサ?」
彼にとって、要件がなんであろうと、例え眼中になかろうと、ミカサに話しかけられるというのは紛れもない幸運であって、若干頬を赤く染めている。
がしかし、
「あなたは、私の夫に……何をしているの……?」
「おまっ!」
このミカサの言葉にジャンはフリーズした。
実際はジャンどころではなく、周囲にいたアルミン含むほぼ全ての人達が固まっていた。
「おっ…………と?」
そして認めたくない事実を、”嘘であってくれ”という一縷の望みにかけて再確認するように聞き返す。
「そう、昨日私はエレンからプロポー」
「ミカサちょっと黙れえええぇぇぇ!!!」
後半はエレンに掻き消されてうまく聞き取れなかったが、あのエレンの反応からすると事実なのだろう。
「エレン!?僕そんなこと聞いてないよ!?」
親友からの突然の告白に流石のアルミンも声を荒げる。
「キャー!!ユミル!!プロポーズだって!!
ミカサ羨ましいな~」
「おいおい、クリスタには私がいるだろ?」
「そういうことじゃなくて~」
(結婚しよ)
(おいこのホモゴリラ、私のクリスタに色目使ってんじゃねえよ)
(コイツ、直接脳内に……!?)
食堂の片隅ではいつも通りの光景が繰り広げられていた。
「ねえ、エレン!!本当なの!?」
アルミンは事の真偽をなおも問いただす。
「お、おう、本当だよ……」
照れながらもとうとうエレンもミカサとの婚約を認めた。
「は……はは……死に急ぎ野郎とミカサが、ふ……ふふ、夫婦?
一体なんの冗談だよ?
マルコ……オレはもう、ダメみたいだ……ガフッ……」
ジャンは現実を受け止めきれなかったようだ。
「ジャーーーン!!!!!」
それを見たマルコは悲鳴を上げた。
その様子を見たエレンが何かに気付いたようで、
「なぁ、アルミン……」
「なに、エレン?」
「もしかしてジャンって……」
「うん、ミカサのことが好きだよ」
「ミカサを幸せにするんだよ」
「わかってる」
「もし不幸になんかさせたりしたら……」
「わかってるよ!お前怒ると怖いんだよ!!」
「ならよかった、ミカサ」
今度はミカサに向き直る。
「何?アルミン」
「男はプライドが高いバカな生き物だからさ、一方的に助けられるのは嫌なんだよ。
だからさ、エレンのことも頼りにしてあげてね、夫婦は支え合って生きていくものなんだから。
きっとエレンは君を世界一幸せにしてくれる」
「わかった。……?アルミン、何で泣いてるの?」
ミカサに言われて目に手を当てる。生暖かい感触が寒気を覚えさせた。
「え……?……本当だ」
「何か……嫌なことでもあったの?」
「ううん、嬉しいんだよ……ずっと、誰よりも君たちを近くで見ていたから……こうなってくれて、本当に嬉しいんだ。」
嘘だ、涙の理由はそれだけじゃない。
でもそれを言うわけには、いかない。
「おめでとう……ミカサ」
必死に笑顔を作り、精一杯祝福の言葉を継げた。
「ありがとう、アルミン」
気付かれていないか確認することが怖い。僕は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「じゃあ僕、ちょっと顔洗ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
それを見たひとりの人物が後を追っていった。
鐘の音が頭に響き、深い眠りから呼び起される。
目を開けると青空が見えた。
「ん……あれ?」
なんで僕はこんなところで寝ているんだろう?
キョロキョロと辺りを見回しても誰もいない……
とりあえず直前の行動を思い出そう。
確か今日は朝にエレンとミカサがすごいことを言い始めて……
ああそうだ、僕は一人になりたくてこんなところに来たんだった。
でもアニが来て、目一杯泣いたんだっけ……
そこで泣き疲れて寝たわけか。
で、たった今鐘の音に起こされた……と……
鐘?
朝食の後の鐘って……
「ヤバい!!遅れる!!!」
言うが早いか僕は全速力で走りだした。
そうだ!あと20分で訓練が始まるじゃないか!!
しかもよりによって準備に時間のかかる『立体機動訓練』だよ!
早く部屋に戻らないと、時間的にもギリギリだ。
あぁもう!アニも戻るんなら声くらいかけてってくれよ!!
部屋に戻るとエレンはほとんどのベルトを着け終わっていた。
ライナーとベルトルトはもういない。先に行ってしまってるのかな。
「お、アルミン!時間危ないぞ!!」
「わかってる!」
エレンの言葉に返事をしながら、箱から急いで立体機動装置とベルトを取り出す。
装備をつけるのも手慣れたもので、5分ほどで終わるようにはなった。
今はベルトの点検だけして、装置本体は訓練場についてからにしよう。
などと考えているとエレンに声をかけられた。
「なあアルミン、さっきどこ行ってたんだよ。
止めてくれる奴誰もいなくて大変だったんだぞ」
僕は手を止めずそれに応じる。
「そりゃあ、いきなりプロポーズした、なんて言ったら誰でもびっくりするさ。
僕だって驚いたよ」
どこに行ってたかは、答えない。
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
「そうか~」
それを最後にしばし無言になる。
カチャカチャと僕のベルトを着ける音が部屋にこだまする。
エレンは準備が終ったようで、手持無沙汰なようだ。
不意にエレンが口を開いた。
「なぁアルミン」
「何?エレン」
「お前、好きな奴とかいんの?」
「!?……何をいきなり……」
まずい、動揺が顔に出ないようにしなくちゃ……
「いやさ、訓練兵になってから俺が相談したことは何度もあるけど、
アルミンからそういう話は一度も聞いたことがないな~と思ってさ」
「……はるか昔に失恋して以来それっきりだよ」
胸の痛みがなくなってる……
泣いていくらかスッキリしたのかな?
「ふぅん、そいつ見る目ねえのな」
よかった、その様子じゃ気づかれてなさそうだ。
「ううん、別に告白したわけじゃないんだ。
それにその子が好きな人は僕なんかじゃ敵わないぐらい凄い人だよ。
さ、僕も準備終わったし行こうか」
話を切り上げ立ち上がってエレンを促す。
「おう。
でも、『僕なんか』なんて言うなよ、お前だって良いところ一杯あるんだからな」
「はは、ありがとう」
ついさっきまで醜く嫉妬に狂っていた僕にそんなことを言ってくれる君の方が何千倍もかっこいいよ。
そんなことを考えながらエレンと一緒に訓練場に向かって走り出す。
よかった、なんとか集合時間前に装備の点検も終えられた。
ん?あそこにいるのはアニかな。
「ねえアニ」
「?……あぁアンタか。訓練に間に合ってよかったじゃないか」
「気付いてたなら起こしてってくれればよかったのに……」
「なかなかの間抜け面さらして気持ちよさそうに寝ていたからね。
少しぐらいは吹っ切れたかい?」
「お陰様でだいぶ楽になったよ。
なんだかアニにはお世話になりっぱなしだね」
「それじゃあ今度の座学の課題でも手伝ってくれよ」
「お安い御用さ」
「整列!!!!」
いつの間にか来ていたキース教官の怒号が飛び交う。
さあ、また今日から頑張ろう!!
その日の晩のアニ達の部屋では、寝ようとしているアニを尻目に、ミカサとミーナがガールズトークに花を咲かせていた。
そこにコンコンと部屋の扉をノックする音が響く。
「はいは~い、どちら様~?」
とミーナが軽快に応えながら扉を開いた先にいたのはクリスタとユミルだった。
なんでここにクリスタが……
と思うアニだったが、お喋り好きの彼女が今日ここに来る理由なんて一つしかない。
「ねぇミカサ、エレンからのプロポーズってどんな感じだったの?」
ああやっぱり。付添いであろうユミルも心なしかうんざりとした表情をしているように見える。
あ、目があった。
え、こっちに来るんじゃないよ、私はもう寝るつもりなんだ。
「ようアニ、私はエレンなんかにゃ興味ねえから逃げてきたんだ。
お前もそのクチだろう?」
私はゴロンと寝返りをしながら答える。
「わかってるならゆっくり寝させてほしいもんだね。
第一アンタもクリスタに付き添ったりしなきゃいい話だ」
「いいや、私はクリスタと離れてたら死んじまうからしょうがない」
「あっそ」
何がしょうがないのかさっぱりわからない。
もうコイツを無視してさっさと寝よう。
…………?
何だ?違和感を感じる……
とりあえず私は体を起こし、辺りを見回す。
そんな様子の私を不審に思ったのか、ユミルが私に尋ねてくる。
「おいアニ、どうしたんだよ」
そうだ、この感覚は……
「……見られてる」
「は?」
監視されてるんだ。でもどうして?私の正体がバレたのか?
もしそうなら監視してるやつを見つけ出して始末しないと……
「アニ、ちょっと外でるぞ」
「悪いけどたった今やらなきゃいけないことができたんだ、後回しにしてくれない?」
「……外の連中のことで話がある」
まさかこいつもグルだったのか!?
仕方ない、とりあえずついてくか……
「……わかった」
「ここらへんでいいだろ」
ユミルに連れられたのは人気のないところだった。
しかし、窓ガラス越しに視線を感じた方向とは寮を挟んで反対側だ。
おかしい、仲間から離れるのは何故だ?
ならこいつは最初から仲間じゃなかったってことか?
まあいい、とりあえず……
「説明して、もらおうか」
「まあまあ、それにしてもお前は警戒心が強いとは思ってたけど、ここまでとはね。
恐れ入ったわ」
ユミルの飄々とした態度が気に食わない。
まあ今はそんなことどうでもいい、問題は私を監視してた理由だ。
幸いここは人気もないし、殺そうと思えばすぐに殺せる。
「何で私を監視してたんだ?」
「ブッ、ハハッ!!アニさんよ、お前それは勘違いってやつだぜ」
何がおかしいんだ?それにしてもやっぱりコイツは気に入らないな……
「あいつらが見てたのはクリスタだよ。
クリスタ見てたらたまたま視線がお前に移っただけだろ。
だから安心しな」
「いや、ちっとも安心できないんだけど。
それにしても意外だね、アンタがそんなストーキングみたいな真似を許すなんてさ」
「あいつらは壁教の奴らだから手出しできないんだよ。
まあ、あまり詮索しないでやってくれ。誰しも知られたくない事の一つや二つあるもんだろ?
じゃあ先に戻ってるぜ。
あ、このことは他言無用だ、わかってるよな?」
壁教……か。
クリスタは壁について何か知ってるのか?
ユミルはなんだかキナ臭いし、次の会合でライナー達に話しとくか。
あんな監視されてる部屋に戻りたくないな……
クリスタが帰るまで少し散歩でもしてよう。
そろそろ消灯時間か、部屋に戻ろう。
そう思った矢先に視界の端に最近見慣れた金色が見えた。
あれは……
「アルミン?」
一体どうしたんだ?
あの優等生然としたアルミンがこんな夜中にどこに行くのか興味が湧いた私は、こっそりと後をつけることにした。
どこまで行くのだろう?
立体機動の訓練に使う森に入って大分奥の方まで来た。
にもかかわらず道が歩きやすかったのは、アルミンが何度も通っているからなのか。
訓練の時はいつも上から見下ろしているから、下を歩いてると新鮮で方向がわからなくなる。
そうだ、確かこの先に少し開けた場所があったはずだ。
手近にアンカーを刺せる木がないので1年目の時に怪我人が続出した魔の地帯。
まあ、2年目に入った今じゃ3割ぐらいの人は勢いをつけて飛び越えることができるようになったから、ショートカットに使われたりしているのだが。
「よしついた」
静かな森にアルミンの声がこだまする。
何を始めるのか興味があるし、出て行かずにもう少し様子を見ていようか。
そう思い木の陰に身を隠しながらアルミンの様子をうかがう。
アルミンは布らしき物を巻いた、周りの木に比べると少し細身な切り株に相対していた。
と思うと、いきなりアルミンは切り株を蹴りつけた。
バシン!と鈍い音がする。
そういえばお父さんにあんなことやらされてたな。
不意に懐かしさがこみ上げてきた。
もともと格闘術は好きではなかったが、上達していくたびにお父さんに褒められるのが嬉しくて、頑張っているうちに妙な愛着がわいてしまった。
無駄だと思いながら練習していたが、今の自分の力を考えると、格闘術も無意味ではなかったのかもしれない。
世の中どう転ぶかわからないものだ。
それにしてもアイツはこんなことしてたのか、道理で最近蹴りに重みがついてきたと思った。
でもまだまだだ。
そうだな……アドバイスついでにちょっと驚かせてみようか。
アニは小さく咳払いをして、わざと足元に落ちてる枝を踏み鳴らし、普段よりだいぶ低い声をあげた。
「アルレルト訓練兵。貴様ここで何をしている……?」
「ハッ、ハイ!申し訳ありません教官!!……ってアニ!?なんでここに?」
ビクリと震えた肩が予想以上に面白かった。
頭のまわるコイツが心底わからないといった顔をしているのもなんだか新鮮だ。
「なんかコソコソしてたからつけてきたんだよ。
それにしてもまだまだなってないね。
軸足の上に重心をしっかりのせな。
芯がブレてちゃライナーみたいな巨体は崩せないよ」
「あ、うん。
意識はしてるんだけどなかなかうまくいかなくて……」
「……やっぱりアンタは技よりまず体だね。
いくら力が必要ないとは言っても、最低限の筋肉はつけないと」
「あ、うん。じゃあしばらくは筋トレメインでやろうかな。
あとアニ、もうすぐ消灯時間じゃない?送ってくよ」
「それはアンタもでしょ。
それに態々送ってもらわなくても道は覚えたよ。一人で帰れる」
「そうじゃなくてさ、前にも言ったけど女の子が一人で夜に出歩くもんじゃないよ」
「ふ~ん、だったらこんな時間にアンタと二人で歩く方が危ないんじゃない?
もう私たち以外に外に出てる奴なんていないだろう?」
「う、まあそれはそうなんだけど……」
「……まあ、少し話したいこともあるし、そうさせてもらうよ」
そう言いながら、アニはもと来た道を歩き出していく。
その後をアルミンは少し笑いながらついて行った。
「ねえアニ、話したいことって何?」
アニは顔をアルミンの方へ向けず、前を向いたまま答えた。
「アンタよくこんなこと続けられるね」
「え?だって上達が遅くて君に愛想を尽かされたりしたら困るもの」
「そいつは師匠冥利に尽きるってもんだけど、私は約束は守る主義だよ」
「ん~まあそれとは別に、エレン達に追いつくためには普通にやってちゃダメだしね」
「そこまでするのをアイツらが望んでるの?」
「いいや、これは僕のエゴだよ」
「ふぅん、アンタ弱いくせに根性あるね」
「はは、ありがとう」
……会話がなくなった。
そうだ、ついでにあれも聞いとくか。
「前にエレンとミカサが結婚したらって話をしただろ」
「ああ、それでも僕は彼らの傍にいるだろうな。って言ったやつか」
「そう、それで今そうなったわけだけどさ、まだアンタは一人でいるとしか思えないの?」
「うん……今回のことでわかったことが一つあるんだ」
「わかったこと?」
「僕の世界にはエレンとミカサがいる、ただそれだけ十分なんだ。
そしてそれ以外に大事なものなんていらない、僕自身もそう思ってる」
いやに冷たい声だった。
普段温厚なコイツがこんな声を出すところは見たことない。
「それは、どうしてだい?」
「前にも僕は彼らのためならなんだってするって言ったけど、僕は弱すぎるんだ。
だから万が一僕が二人を守らなくちゃならなくなった時、何かを捨てでもしなきゃ僕では手が届かないかもしれない。
例えば、自分自身だったり仲間だったり……
だから僕はその時に判断を鈍らせないためにも、それ以外に大事なものなんて持っていられないんだ。
実際は僕が守られる側なんだけどね……」
「驚いた、アンタってそんな物騒なこと考えてたんだ……
でも、あの2人よりアンタの方が先に死にそうじゃない」
「まあ、そうなればいいけどね……
でもアニも似たようなものでしょう?」
「……どういうこと?」
「こうして君と話してると周りが言ってた印象とは随分違う、多分アニって結構話す方だよね。
なのに君はいつも一人だ、たまにミーナがいたりするけど決して心の内側には踏み込ませない。
だったらそこには理由があるはずだ。
一人でいなきゃならない理由が。
アニも僕と同じように優先順位をつけてるんでしょ?
一番大事なものを取りこぼさないように、情に流されないように」
アルミンがこっちを見てくる。
ああ……コイツのこの見透かしたような眼が私は大嫌いだ。
「それが……どうしたってのさ」
「別にどうも?
大事なものを守りたいって気持ちは普通のことだよ。
ただ僕らはその気持ちが特別強いってだけで。
それにミカサも同じだし、ベルトルトも多分そうじゃないかな。
あとはユミルもそうだね。
ほら、結構いるもんでしょ?
だから別に恥じることじゃないよ。人間はなんでもかんでも守れるわけじゃないんだからさ」
コイツの前ではあまり余計なことは喋らない方がいいか。
ライナー達に報告することが一つ増えたな。
「それじゃあアンタはミカサが一番で死に急ぎ野郎が二番ってわけか」
「いいや、一番はエレンだよ」
「は?」
「ミカサはきっと……エレンのいない世界じゃ生きていけないだろうから。
それに、好きな人の愛した人を守りたいって気持ちは普通だと思うけど?」
「……そう、相変わらず健気なもんだね」
そこから暫く無言で歩いてるうちに雨が降りだしてきた。
冷たい……
「まずっ!アニ、寮まであと少しだし走ろう!!」
そう言われて私とアルミンは走り出す。
パシャッパシャッと水をたたく足音。
パラパラと葉に当たる雨の音。
そして何よりも、頬を伝う雨の冷たさ。
すべてが心地いい。
私は……
「雨が好きだ」
「へ?」
いつの間にか屋根のあるところまで来ていたらしい。
途中から口に出ていたのか……
そこから暫く無言で歩いてるうちに雨が降りだしてきた。
冷たい……
「まずっ!アニ、寮まであと少しだし走ろう!!」
そう言われて私とアルミンは走り出す。
パシャッパシャッと水をたたく足音。
パラパラと葉に当たる雨の音。
そして何よりも、頬を伝う雨の冷たさ。
すべてが心地いい。
私は……
「雨が好きだ」
「へ?」
いつの間にか屋根のあるところまで来ていたらしい。
途中から口に出ていたのか……
「アニは雨が好きなの?」
「そうだけど……」
「へ~、どういうところが好きなの?」
「…………アンタは……この雨が冷たいと思う?」
「え?どうしたの、いきなり」
「いいから答えて」
「……そりゃあ冷たいと思うよ?」
「ならよかった……私はさ、この冷たさが好きなんだ」
「珍しいね」
「そう?」
「そうだよ」
「そう……」
アンタにはわからないだろうけど、他の奴らと同じように冷たいものを冷たいって感じられることに私はひどく安心する。
巨人体の時私たちは異常な高体温のせいか暑さはおろか、寒さ冷たさも感じられない。
だから、冷たいと感じられる間はまだ形だけでも人間でいられてる。
自分が巨人であるという現実を忘れさせてくれるから……
せめて……次の侵攻までは人間の振りをしてでもこいつらと一緒にいたい……
「アニが今日来てくれて助かったよ」
「は?」
唐突に何を言い出すんだこいつは?
「だってアニが来てくれなかったら、僕は雨が降りだしてから帰らなくちゃいけなかったんだから。
流石のベルトルトの天気予報も夜まではわからないからな~」
「ああ、そういうこと……」
ん?なんか今こいつ変なこと言わなかったか?
「ベルトルトが……なんだって?」
「え?あぁ、毎朝ベルトルトがものすごい寝相をしてるんだよ。
で、それを毎日観察してたらその日の天気との法則性に気付いたんだよ。
それからの的中率はなんと98%!
神がかってるとしか思えないよね~」
「へ、へぇ……」
何やってんだアイツ?
それに開拓地時代はそんなに寝相悪くなかったはずだけど……
「でも心配なんだよね……」
「何が?」
「前にエレンの家で読んだ医学書にはね、寝相が悪いのは極度のストレスがかかってるから、って書いてあってさ。
訓練兵になりたての頃は寝相も普通だったし、関わりを持とうとしないことがストレスになってるのかな……って思っちゃって」
「ふぅん、そう」
そういえば、2年目入ったあたりからライナーの様子がおかしいなんて言ってたな……
その時には別に気にしてなかったけど……アイツ大丈夫か?
次の会合は話すことが多いな……
「さ、そろそろ戻ろうか……!?」
アルミンが外に向けていた視線をこちらによこすと途端に後ろを向いた。
どうしたんだ……?
「アニ……そのパーカー、白いから、濡れて……ガッ!!」
そこまで言われて気づいた私は反射的にアルミンを蹴り飛ばしていた。
後ろを向いていたせいでろくに受け身をとれていないようだ。
あぁ、でもそれより今の格好だ。
寝る準備をして外に出たもんだから、上に羽織るものなんて持ってきていない。
消灯時間も少し過ぎてるし急いで戻れば大丈夫か?
そこまで考えたところで声が聞こえた。
「いつつ……ねぇアニ、これも濡れてて悪いんだけど僕の上着貸すよ」
立ち上がったアルミンが後ろを向きながら手だけを後ろに回して上着を差し出してきた。
「いや、いいよ。急いで戻れば大丈夫だろうし」
「いやダメだよ、今のアニは、なんていうか……その、すごく扇情的っていうか……」
耳まで真っ赤にして何を言い出すんだこいつは!?
「へ、へぇ……アンタがそんなことに興味があるなんて思わなかったよ」
「そりゃ僕だって男だからね、そういうことに関しても少なからず興味はあるよ」
今こいつ『男だからね』の部分強調したな、やっぱり女顔はコンプレックスなのか?
「そっそういうことならこれは借りていくよ、ありがとね」
「う、うん。じゃあお休み」
「はいはい」
そのまま私はアルミンと別れた。
それから私は見張りの目をかいくぐって何とか寮に到着した。
ミーナとミカサも既に寝ているようだ。
私も着替えてさっさと寝よう。
そう思いながら着ていた上着を脱ぐ。
……ヤバい、これどうしよう……
アルミンの上着が手元に残ってしまった……
いや、別に普通に返せばいいんだろうけど、誰か、特にミーナなんかに見られたら最悪だ。
恋愛脳に拍車がかかるだろう。
言えはしないけどアイツはミカサがまだ好きなんだから、アルミンにも迷惑がかかると思うし……
『今のアニは、なんていうか……その、すごく扇情的っていうか……』
なんで今思い出した!!
……もう寝よう、きっと今日は色々なことがありすぎて疲れてるんだ。
今日はここまで
そういえば、このssは原作と違う終わり方にするのを言ってませんでした。
申し訳ないです。
あと、この先っていうかラストの展開で他のssと若干のネタかぶりが発生してしまいましたが、
書くつもりなので先に謝っときます、すいません
このSSまとめへのコメント
続き 待ってる。
これはアルアニですか?
続き期待です(^^)