ほむら「お茶会をしましょう」(179)
ほむら「まどか……」
杏子「ん、誰だ? まどかって」
さやか「転校生の知り合いの名前? どっかで聞いたような……」
ほむら「……」
マミ「暁美さん、よかったら聞かせてもらえないかしら?」
ほむら「……聞いても、信じてもらえないわ」
マミ「話してみないとわからないでしょ?」
ほむら「……」
マミ「……そう。そんな子がいたのね」
さやか「あたしたちも会ったことがあるって言われてもなあ、知らないけど」
杏子「会いに行ったりはできねーのかよ?」
ほむら「無理よ……すごく、すごく遠いところにいるもの」
杏子「あー……そっか」
マミ「……」
マミ「それじゃあ、お茶会に呼んでみましょうか」
ほむら「え?」
マミ「その鹿目さんっていう子は、いつも私たちを見守ってくれてるんでしょう?」
マミ「だったらきっと、鹿目さんの席を用意すれば一緒に参加してくれると思うの」
杏子「はあ……マミらしいけどな」
さやか「いいんじゃない? 転校生も気分転換になるでしょ」
ほむら「……」
マミ「じゃあ今日は鹿目さんの好きなメニューを用意しましょう。教えてくれる?」
ほむら「……ええ」
――マミホーム
マミ「イチゴショートね?」
ほむら「ええ、それが一番好きだったと思うわ」
マミ「ちょうどイチゴは買ってあるし……さっそく準備しましょうか」
杏子「なんであたしらまで作るんだ?」
さやか「まあまあ、そう言わないの。どうせ暇でしょ?」
杏子「……まあ、食えるんならいいけどさ」
マミ「まず無塩バターを溶かしておくわ。レンジを使ってもいいけど、沸騰させたりしないように注意してね」
杏子「へいへい、ちゃんと見てますよー」ブーン
マミ「薄力粉はふるいにかける。この工程をちゃんとやらないとダマができたり、仕上がりがふんわりしなくなるわよ」
さやか「責任重大ってことですね? そんな部分をさやかちゃんに任せるなんて……んー、マミさんわかってるなあ!」
ほむら「言ってなさい」
マミ「はいはい、暁美さんはこっちね」グイ
マミ「ボウルで湯煎しながら卵を泡立てるわよ。混ぜ具合に応じてグラニュー糖を何回かに加えていくの」
ほむら「……」カシャカシャカシャ
マミ「はい、一回目」サラサラサラ
ほむら「……」カシャカシャカシャカシャ
マミ「はい、二回目」サラサラサラ
ほむら「……」カシャカシャカシャカシャカシャ
ほむら「……っ」カシャカシャカシャカシャカシャ…!
杏子「バター用意できたぞ……って、あれ? マミ、あれ使わねーの? ギュイーンてやつ」
ほむら「ぎゅいーんって、何……?」ゼイゼイ
マミ「これのことかしら?」カチッ ギュイーン
ほむら「自動泡立て器があるなら最初から出しなさい……!」プルプル
マミ「ハンドミキサーっていうのよ?」
ほむら「どっちでもいいわ……!」
ほむら「……」ギュイーン
マミ「機嫌直してちょうだい、暁美さーん」
ほむら「……」プイ
杏子「はは、ほむらも案外ガキっぽいな」
ほむら「誰が……!」ブブブブブ
マミ「はいはい、ハンドミキサー使ってる時はよそ見しない! あんまり浅い所で回してると飛び散るわよ!」ギュ
ほむら「あ……」
ほむら(いつぶりかしら……こんなふうに、巴さんに教わるのって)
さやか「粉ふるい終わったよー……って、何この雰囲気」
マミ「そろそろいいかしら」
さやか「わー……卵と砂糖だけでもこんなに膨らむんですね」
マミ「ええ、このふわふわがスポンジケーキを膨らませるのよ」
マミ「こんなふうに爪楊枝を刺しても倒れないくらいの泡立ちなら合格ね」プス
さやか「おおー」
マミ「さ、ここからはコツがいるわよ」
マミ「薄力粉を少しずつ加えながら、ヘラで生地を底から持ち上げて被せるように混ぜるわ」
さやか「ほい」サラサラ
杏子「よしきた」グリン
マミ「ボウルは回しながら、満遍なくね。偏りがあると粉っぽいうえに上手く膨らまないわよ?」
杏子「わかってるって。ほむら、ちゃんと回せよ」
ほむら「これ、三人がかりでやるものなのかしら……」クルクル
マミ「それじゃあ仕上げは私ね」
マミ「粉が全部混ざったら泡を潰さないようにゆっくりと混ぜる」スッ スッ
マミ「それから溶かしバターを加えて、切るようにサックリと!」サッ サッ
マミ「これで生地の完成よ!」
杏子「それでバターを塗った型に入れて焼く、と」
さやか「さっきから思ってたけど、なんか杏子詳しいよね」
杏子「まあその……昔ちょっとな」
QB「やあマミ、いい匂いがするね」ヒョコッ
ほむら「出たわね害獣」ゲシッ
QB「きゅっぷい!?」ムギュ
マミ「暁美さん!? キュゥべえ、大丈夫!?」
さやか「ちょっとちょっと、いきなり踏んづけることないんじゃない?」
杏子「まあ、ほむらのキュゥべえ嫌いは今に始まったことじゃないけどな」
ほむら「こいつのせいで、こいつのせいでまどかは」ブツブツ グリグリ
QB「痛い痛い! まどかって誰だい!? 身に覚えがない、わけがわからないよ!」ジタバタ
マミ「気を取り直して……今のうちにラム酒のシロップを作るわよ」
マミ「水、グラニュー糖、レモン汁少々をひと煮立ち」クツクツ
マミ「一度火を止めてラム酒を適量、もう一度煮立たせてアルコールを飛ばす」サッ クツクツ
QB「マミー、ブラシを貸してくれないか! 僕の尻尾に足跡がくっきり……」
杏子「こら、毛が入るからお前は大人しくしてろ!」
ほむら「そうよ。ブラッシングなら責任を持ってやってあげるわ」ユラリ
QB「ま……マミ! 助けてくれマミー!!」
マミ「そろそろ焼き上がったかしら。取り出して、と」
さやか「おおっ! 焼きたてもいいもんですね……いい香り!」
マミ「このまま荒熱を取って、冷ましたらスライスして断面にシロップを塗るのよ」
さやか「……」ジュルリ
QB「痛い痛い! 地肌に当たってるよ! もっと優しく!」
ほむら「うるさいわね……こう? こうがいいの?」ガシガシ
QB「ひいいっ! 削れる! 削れちゃうよ!」
杏子「お前らって案外仲いいよなー」
QB「杏子、見てないでほむらを止め……ちょ、痛いってば! 毛が絡まってるのに力任せにとかないで!」バタバタ
マミ「さあ、いよいよデコレーションね。生クリームを泡立てるわよ」
さやか「待ってました!」
マミ「生クリームは湯煎の逆……ボウルを冷やしながら泡立てていくわ」
マミ「角が立つ……泡だて器で立たせた部分が戻らなくなる一歩手前くらいの固さで止める」
マミ「ハンドミキサーを使うなら固くなりすぎに注意よ。こまめに状態を見ながらにすること!」
ほむら「意外と気を使うのね……」
マミ「そういうものよ。イチゴのスライスとクリームを挟んで、その上からクリームでコーディング。あとは好みの飾りつけね」
さやか「ふふーん、さやかちゃんのセンスの見せ所だね!」
ほむら「引っ込んでなさい、美樹さやか。これは私がまどかに贈るケーキなのよ……」
さやか「転校生こそ不器用そうだし、失敗するよりあたしに任せた方がいいんじゃないのー?」
ほむら「……」イラッ
マミ「二人とも、 仲 良 く ね ?」ジャコッ
さやほむ「「はいっ!」」ビシッ
マミ「よろしい……あら? そういえば佐倉さんとキュゥべえは……?」
杏子「へへ……これこれ。スポンジケーキのこんがり焼けたとこの切り落とし!」
杏子「マミの奴、クリーム塗る前にこの辺りは切り取っちまうからな……相変わらずだぜ」
杏子「言うなればカステラの黒いとこ! これがまた美味いんだよなあ……」
杏子「……!? 誰だ!?」
QB「杏子……それは僕のものさ、誰にも渡せない」
杏子「ほお、あたしに食い意地で張り合おうってか? 面白い」
QB「僕が何年マミのお菓子作りに付き合ってきたと思ってるんだい? ほんの短い間の居候でしかなかった君に負けるわけにはいかないね」
杏子「おーし、いい度胸じゃねーか……どっちが食うにふさわしいか思い知らせて」
マミ「……」ジャコッ
杏子「よしキュゥべえ! 今日の所は休戦ってことで、半分こしようじゃねーか!」
QB「奇遇だね杏子、僕もそう思っていたところさ!」
マミ「まったく……最初からそうすればいいのよ」
マミ「さ、お茶が入ったわ。ケーキも切り分けたわよ」
さやか「待ってました! んー、さすがマミさんの紅茶……いつ来てもいい香りですなー」
QB「黄色いスポンジに白のクリーム、赤いイチゴ……まったく君たち人間の食文化というものは素晴らしいね。わけがわかるよ」ジュルリ
ほむら「……どうしてこいつの席まで用意されてるのかしら」
マミ「キュゥべえとはいつも一緒にお茶してるもの。仲間外れにはできないわ」
QB「というわけさ、ほむら」
ほむら「ぐぬぬ」
杏子「いいからさ、早く食おーぜ? もう我慢できねーよ」
マミ「はいはい……ここが鹿目さんの席ね」コトッ
マミ「それじゃ、みんな席について」
「「「「「いただきまーす!」」」」」
さやか「お……おおお! 何これ、スポンジの弾力がすごい……!」
ほむら「クリームの甘さは控えめなのね……生地に染み込ませたシロップの甘みがあるから丁度いいわ」
マミ「ふふ、お気に召したかしら?」
ほむら「……ええ。まどかもきっと絶賛したと思うわ」
マミ「そう、よかった……作り方は覚えた?」
ほむら「……え?」
マミ「鹿目さんが一番好きだったケーキなんでしょう? コツを押さえれば簡単だから、暁美さんもすぐに作れるようになるわ」
ほむら「……」
マミ「よかったら、これからもお茶会しましょう? レシピを伝授してあげるわ」
ほむら「……ええ、お願いするわ」
さやか「マミさん! あたしもあたしも!」
マミ「ふふっ……ええ、みんな一緒にね」
杏子「へへっ、もーらい」ヒョイ パク
QB「ああっ、僕の楽しみにしてたイチゴを! 君たち人間はこんなふうに無意味に意地悪をする……わけがわからないよ!」
――数週間後
杏子「ふう……強敵だったな。さやかのあれがなかったら危なかったぜ」
ほむら「……」
杏子「ん……さやかは? オイ、さやかはどうした?」
ほむら「……」
マミ「行ってしまったわ……円環の理に導かれて」
杏子「……」
杏子「あの馬鹿野郎……やっと友達になれたのに」
ほむら「……?」
――絶対、無意味じゃなかったと思うの。 だから……
ほむら「……まどか?」
杏子「何だよオイ……こんな時に、また『まどか』かよ」
マミ「佐倉さん」
杏子「ほむら……あんたは一緒に戦ってきたさやかよりも、そのまどかってのの方が大事なのかよ!」
杏子「行っちまったばっかだってのに、こんな時まで……!」
マミ「佐倉さん……!」
杏子「……っ」
杏子「……悪い、取り乱しちまった」
ほむら「……さやかは」
ほむら「さやかは、一緒に行ったんだわ」
ほむら「まどかが迎えに来て、連れて行ったのよ」
杏子「……はあ?」
マミ「……そう」
マミ「じゃあ、またお茶会にお招きしましょうか」
――マミホーム
杏子「……あたし、そんな気分じゃねーんだけど」
マミ「そう言わずに。今日用意してたのは美樹さんのリクエストだったのよ」
杏子「……」
ほむら「用意はいいわ、進めていきましょう」
マミ「ええ。佐倉さん、休んでても大丈夫よ?」
杏子「……いいよ、あたしもやるよ」
マミ「……よろしい」
マミ「佐倉さんにはこっちでチョコレートを湯煎してもらうわ。よく溶かして混ざったら、今度は冷ましておくこと」
杏子「チョコ使うのか? わ……溶かすとすげー匂いだなあ」
マミ「カカオのいい匂いでしょう? 慣れないとむせるくらいかもしれないけど……頑張って」
マミ「暁美さんには卵白を泡立ててメレンゲを作ってもらうわ」
ほむら「ハンドミキサーの出番ね」ギュイーン
マミ「ええ。グラニュー糖を少しずつ加えて、きめ細かいメレンゲにするわよ」
マミ「卵黄もグラニュー糖を加えて白っぽくなるまで混ぜておくわ」カシャカシャカシャ
杏子「マミー、このくらいでいいか?」
マミ「どれどれ……よさそうね」ピト
マミ「チョコレートが人肌くらいまで冷めたら、卵黄と合わせていくわ」
マミ「円を描くようによく混ぜていく……お願いね」
杏子「おう」カシャカシャ クルクル
ほむら「ふう、メレンゲはこんなものかしら」
マミ「そうね……じゃあこれを一すくいだけチョコと合わせて」ポチョン
マミ「チョコレートはさらに薄力粉と合わせてよく混ぜていくわ」
杏子「なんか忙しいケーキだな」
マミ「その分手順も少なくてすむから、手軽なレシピだと思うわよ?」
マミ「さ、ここからはスピード勝負よ」
マミ「泡立て直した残りのメレンゲをチョコレート生地に投入!」
ほむら「はい」サッ サッ
マミ「今度はゴムベラで、底からひっくり返すように手早く混ぜる! 混ぜすぎないこと!」
杏子「よしきた」グルン
マミ「生地が均一な茶色になったら型に流し込む! 表面を平らにしたらオーブンで焼いて出来上がりよ!」
杏子「おお? もう終わっちまったのか?」
マミ「ええ、簡単でしょう?」
QB「香ばしくていい匂いがするね」フラフラ
ほむら「出たわね淫獣」ゲシッ
QB「きゅぷっ!? ほむら、意味もなく蹴るのはやめてくれって言ってるだろう!?」
杏子「食い物の匂いで誘い出されやがって……本当に犬猫と変わんねーな、お前」
QB「失礼な! 僕たちは君たち人間よりも遥かに高い次元にいるんだ、ただ君たちがそれを理解できるだけの文明を持ち合わせていないだけさ!」
マミ「あら……じゃあ、私たちみたいな低次元の存在の食べ物はいらないかしら?」
QB「犬でも猫でも好きな方にしてくれて構わないよ」キリッ
杏子「おい」
マミ「さ、お茶も入ったわ。席について」
QB「待ってたよ! 茶色の生地が白く包まれてて、これまた素晴らしいね!」ジュルリ
マミ「ええ、冷ました後に全体に粉砂糖を振ってあるのよ」
ほむら「これは……ガトーショコラというやつかしら」
杏子「ふーん、これがさやかのリクエストか……」
マミ「全員分あるわね? それじゃあ」
「「「「いただきまーす」」」」
ほむら「んっ……表面はさくっとして、ふわふわね」
QB「内側にいけばいくほどしっとりしてるね! 半熟ってやつかい?」モフモフ
ほむら「まあ、間違ってはいないわね……」
杏子「……うん、あんまり甘くなくって美味いな」
マミ「それならよかったわ……これ、佐倉さん向けのケーキだったから」
杏子「は? どういうことだよ、オイ」
マミ「美樹さんのリクエストだって言ったでしょう? 」
マミ「チョコレート菓子をいつもくわえてる誰かさんにって、頼まれたのよ」
杏子「……そうか」
杏子「……」パク
杏子「美味い……けど、苦いなこれ」
マミ「そうね……でも、きっと美樹さんも喜んでるわ」
杏子「……だといいな」
――数年後
ほむら「……」
マミ「あら、暁美さん……なんだか随分久しぶりね」
ほむら「ええ、あなたこそね」
QB「僕もいるよ、マミ」ヒョコッ
マミ「ええ、キュゥべえも久しぶり。暁美さんとも上手くやってるみたいね」
マミ「それにしても、私より先にあの子が行ってしまうとは思ってなかったわ」
QB「さやかがいなくなってから、杏子のソウルジェムは目に見えて穢れを溜めやすくなっていたからね」
ほむら「ええ……むしろよく保った方だと思うわ」
マミ「そうね……うん、わかってる」
マミ「それでも、後輩を見送るのって複雑な気分よ」
マミ「佐倉さんは手もかかるけど出来のいい子だったから、特にね……」
ほむら「……」
QB「……」
ほむら「お茶会をしましょう」
マミ「え?」
ほむら「杏子の好きなケーキを作って、またあの時みたいに」
QB「そうだね、僕も久しぶりにマミのケーキが食べたいよ」
マミ「二人とも……」
マミ「そうね、佐倉さんの大好物を作りましょう」
――マミホーム
マミ「丁度パイ生地が冷凍してあってよかったわ」
ほむら「パイまで自分で作れるの?」
マミ「ええ、薄力粉と強力粉で作った生地でバターを包んで、何度も伸ばして折り込んでいくの」
マミ「少し手間はかかるけれど、バターの香りと食感が全然違うわよ」
ほむら「そう……杏子も喜ぶでしょうね」
マミ「……ええ」
QB「マミ、鍋が暖まったよ」
マミ「ええ、始めていくわ」
マミ「バターを溶かした鍋にスライスしたリンゴ、三温糖、レモン汁、塩少々」ザッ
マミ「しんなりするまで炒めたら、仕上げにシナモンパウダーを一振り」ジュワー サッサッ
ほむら「三温糖?」
マミ「加熱を繰り返して作った、粒の大きな砂糖の結晶よ。カラメルになってる部分もあって、煮込み料理に相性がいいの」
ほむら「へえ……砂糖にも色々あるのね」
マミ「バターを塗った型にパイ生地を被せて土台を作るわ。タルトみたいなイメージね」
マミ「冷まして汁気を切ったさっきのリンゴを並べて、上から煮汁を煮詰めたシロップを一垂らし」トローリ
マミ「残りのパイ生地で蓋をして、整形していくわ。フォークの背中で跡をつけたりするのもいいわね」
ほむら「……」チョイチョイ
QB「ほむらは意外にそういう細かい作業が好きだよね」
ほむら「ええ、性分かしらね……」
マミ(……本当、仲良くなったものね)
マミ「あとは表面に溶き卵を塗って、焼き上げれば完成よ」ペタペタ
マミ「さあ、焼き上がったわ」
マミ「相性を考えるとあまりお勧めはしないけど……佐倉さんの好物ってことで紅茶もアップルティー。リンゴ尽くしね」
ほむら「甘酸っぱくて香ばしい匂い……なんだか落ち着くわね」
QB「パイの表面がツヤツヤしてるね! たまらないよ!」ジュルル…
マミ「はいはい、切るまでちゃんと待ってなさいね」ザクッ ザクッ
QB「おお……! 切り分けるとさらにリンゴの香りが……!」
マミ「さ、二人とも席について」
「「「いただきます」」」
サクッ ザクザクッ サクッ
QB「焼きたてのパイに勝るものはないね……素晴らしいよ!」
ほむら「はふっ……ええ、リンゴの甘酸っぱさと相性抜群ね」
マミ「もう、二人ともがっついちゃって……」
マミ「なんだか、佐倉さんと会ったばかりの頃を思い出したわ」
マミ「あの子、ケーキなんてほとんど食べたことなくって。がっつきすぎてアップルパイで焼けどしちゃったのに、それでもおかわりしてくれたっけ……」
ほむら「……」
ほむら「きっと、杏子もさやかと同じよ。まどかの所で待っていてくれてるわ」
マミ「……ええ、ありがとう」
――さらに数年後
ほむら「……」
QB「……」
ほむら「……」
QB「……お祈りは終わったかい?」
ほむら「ええ、もう済んだわ」
QB「ついにマミも行ってしまったか……早いものだね」
ほむら「そうね、長い間一緒に戦ってきたはずだけれど……やっぱり短い」
――マミホーム
QB「この部屋ももう使えなくなるね」
ほむら「ええ……残しておきたいのは山々だけど、知らない人間の手が入るよりは私の手で後始末をしたい」
QB「こうしてマミの部屋にいると、まだマミがキッチンの所にいる気がするよ」
ほむら「そうね……こうやって座って」
ほむら「こっちが杏子、あの角にはさやか」
ほむら「マミが向こうから紅茶のポットとケーキを運んできて……」
QB「……」
ほむら「……」
ほむら「お茶会をしましょう」
QB「……え?」
ほむら「今までみたいに、マミの分も用意して……もうこの部屋を使えるのも、最後だから」
QB「それはいいけど、ほむらは一人でお茶を淹れたりケーキを作ったりできたのかい?」
ほむら「……少し」
QB「……」
QB「まあいいや、やってみようじゃないか」
ほむら「けほっ……」
QB「粉を高い位置で振るいすぎだよ! もっと優しく振るわないと……」
ほむら「砂糖の量ってこのくらいかしら……?」
QB「マミはレシピを暗記して改良してたからね……こればっかりはわからないよ」
ほむら「オーブンの温度は……?」
QB「確か170度が基本だってマミは言ってたよ」
ほむら「わかったわ」
QB「カップとお皿はお湯で暖めて……」
ほむら「茶葉は人数分プラス1って言ってたわね」
ほむら「お湯は高い位置から注ぐといいって……」ドポポッ
QB「あちっ!? ほむら、こぼれてるよ! 慣れないうちはそーっとやろうよ!」
ほむら「そうね……面目ないわ」
ほむら「……」
QB「……」
ほむら「できたわね……」
QB「うん、ほむらが初めて習ったイチゴショートだね」
ほむら「自分で言うのもなんだけど、見た目はよくできたと思うわ」
QB「問題は味か」
ほむら「ええ……それじゃあ」
「「いただきます」」
ほむら「……」
QB「……」
ほむら「……駄目ね。美味しくできたけれど、やっぱりマミには遠く及ばない」
QB「……」
ほむら「生地とクリームの甘さのバランス、生地の弾力、紅茶の香り、ケーキと紅茶のバランス……」
ほむら「難しいものね、本当に……」
QB「いや……美味い! 美味いよほむら!」
ほむら「……キュゥべえ?」
QB「ほら、もう僕のお皿は空っぽだ! マミたちももう味わったと思うし、みんなの分も食べていいだろう?」
ほむら「……」
ほむら「……」クス
ほむら「ええ、召し上がれ」
QB「ありがとう、ほむら!」ガツガツ
――そして、さらに数年後
ほむら「……」
QB「やあほむら、久しぶりだね」
ほむら「……ええ、そうね」
QB「体の調子はどうだい?」
ほむら「よくないわ……そろそろ、駄目でしょうね。わかるんでしょう?」
QB「……」
ほむら「いいのよ。新しい魔法少女たちもしっかり育った」
ほむら「もう私がいなくてもやっていける子たちばかり」
ほむら「私がいなくなっても……まどかの愛したこの世界を、あの子たちが守ってくれる」
ほむら「……そろそろ、私の戦いも終わりにしていい頃だわ」
QB「……」
QB「……そうか。うん、そうだね」
QB「ほむら、今日はお土産を持ってきたんだ。これを」
ほむら「……珍しいこともあるものね」
ほむら「……」パカ
ほむら「あ……」
ほむら「これ、イチゴショート……」
ほむら「あ……」
QB「ほむら?」
ほむら「そう、私も……」
QB「ほむら、そこに誰かいるのかい?」
ほむら「ええ。寂しかったけれど……約束したもの。信じてたもの」
ほむら「やっと……また会えたね」
パア…
QB「……」
QB「お土産は喜んでもらえたかい?」
QB「……おやすみ、ほむら」
――気の遠くなるような年月の後
QB「……魔法少女に代わるシステム?」
『そうだ。魔獣の出現の前兆である歪みを感知し、出現する空間ごとエネルギーへ変換するシステム。ようやく運用できる段階までこぎつけた』
QB「なるほど……僕の役目は終わったんですね」
『そうなるな。今までよく働いてくれた。速やかに個体を放棄し、本部へ帰還したまえ』
QB「……いえ、それはお断りします」
『何?』
QB「この体にも随分ガタがきてまして……おそらく、別個体へ正常に引き継ぐこともできなくなっています」
『!? 馬鹿なことを! 個体の運用期間を大幅に過ぎている……いつからメンテナンスを受けていなかった!?』
QB「……もう、覚えてませんよ」
『……仕方ない、迎えをよこそう。その老朽化具合では、君の存在自体の存続に関わる』
QB「いいんです、本部……もう新しい体はいらない」
『何を馬鹿な……死ぬというのかね!? 考え直したまえ、インキュベー』
QB「本部」
『……』
QB「僕はもう、インキュベーターではありません」
QB「僕は、キュゥべえです」
『……それが君の選択かね』
QB「はい。インキュベーターとしての役割が終わったのなら、本部……接続を切ってください。僕はこの星で」
『……わかった』
『もういくらも時間は残っていないだろうが……ゆっくり休みたまえ』
――――――プツン――――――
QB「……」
QB(体が、重い)
QB(体の外の情報が、何一つ入ってこない……)
QB(今まで何度も体を取り替えてきたけれど……なるほど、これが本当に死ぬってことなんだね)
QB(ここまで保ってくれてよかった……見届けたよ。君たちの戦いは、確かにエントロピーを凌駕した)
QB(……)
QB(……ああ)
QB(ようやくわかったよ)
QB(僕は今、嬉しいんだ)
QB(……けれど、それを分かち合う相手がいない)
QB(なるほど、これが寂しいってやつなんだね……)
QB(……)
QB「……」
QB「……ん?」
QB「おかしいな、僕を引き継ぐ個体はもういないはずなんだけど……ここはどこだ?」
QB「随分文明の遅れた……いや、自然の豊かな所だ」
ほむら「あら、ようやくお目覚めかしら」
マミ「キュゥべえったら、相変わらず寝ぼすけなのね」
QB「え……?」
杏子「おー、本当に来てやがる。よく連れてこれたな?」
さやか「やっほーキュゥべえ、久しぶり!」
QB「杏子にさやかまで……いったい何がどうなってるんだい? わけがわからないよ」
まどか「ようこそ、キュゥべえ」
QB「……君は?」
まどか「初めましてだね。私は鹿目まどか」
QB「君がまどかか……じゃあ、ここは」
まどか「そう。役目を終えた魔法少女たちの場所」
QB「そうか……みんなここに来ていたんだね。よかった……それで、どうして僕がここにいるんだい?」
QB「僕は君たちを魔法少女にした張本人だ。恨まれる側のはずなんだけど……」
杏子「ま、もういいんじゃねーの?」
さやか「そ。ここにいる魔法少女……まあ死んじゃってるけどさ、みんな後悔してないよ」
マミ「ずっと見てたわ。本当に長い間、頑張ったわね」
QB「……」
QB「……」
QB「じゃあ……じゃあ、僕もここにいていいのかい?」
まどか「うん。そう思ったから連れてきたんだよ」
ほむら「しばらく会わないうちに随分弱ったものね。あなたが目に涙を溜めているところなんて、初めて見たわ」
QB「……っ」ブワッ
さやか「あーあー、ほむら悪いんだー、キュゥべえ泣かせちゃったぞー」
ほむら「さあ? 身に覚えがないわ。というか涙腺あったのね」
杏子「それよりさ、キュゥべえも来たんだからもういいだろ? 早く行こうぜ」
QB「行くって、どこへだい?」
まどか「へへ……お茶会の準備ができてるんだよ!」
マミ「ケーキもたくさん焼いてあるわ。キュゥべえ、好きだったでしょう?」
QB「……」グスッ
QB「イチゴショートはあるのかい? もちろん、端っこのこんがりした部分もだ」
マミ「もちろんよ」
QB「ガトーショコラは? アップルパイもかい?」
マミ「ええ、用意してあるわ」
QB「……ほむらが焼いたイチゴショートも、あるのかい?」
ほむら「……もの好きね。あの頃よりは、少しは上達したつもりだけれど」
QB「……ああ。ああ! 大好きさ!」
QB「でも長いこと食べてなかったからね! 味もあんまり覚えてないし、お腹もぺこぺこだよ!」
マミ「あらあら、じゃあ一切れずつくらいおまけしてあげようかしら?」
杏子「えー? キュゥべえだけずりーぞ!」
さやか「あんただって初めて来た時は特別メニューだったでしょ? わがまま言わないの!」
ほむら「いいからほら、早く席につきなさい」
まどか「みんな揃ったかな? それじゃあ、キュゥべえの到着を祝って」
「「「「「「いただきまーすっ!」」」」」」
≪おしまい≫
何か過去作とかあんの?
>>153
阿部「やらないか」QB「えっ」
まどか「魔法少女クッキングバトル!」
まどか「おいでませ、ラーメンQB!」
さやか「奇跡も、魔法も、ないんだよ」
ほむら「まどか、好き嫌いはよくないわ」
などを書いていました。
このSSまとめへのコメント
ああ、料理の人か…
この人、ただ毎回レシピ紹介だけなら飽きるんだが、なんかしらんが内容うまいしあったかなんだよ
あと、料理って誰がつくったかでも味に大きくかかわるってのがよくわかってるよ、この人
乙です
なんども米ってウザインボルトかもしれんが、
あの「いただきます」のカギかっこがだんだん少なくなっていって本当さみしかったんだが、最後6人ぶんになっててほんと嬉しかったよ