ジャン「よう、死に急ぎ野郎」 (84)
なんだぁ、そのツラは?
俺が来たら悪いってのかよ。
ったく、毎日毎日飽きもせず隣にミカサを侍らせやがって。
その上、お前に一目会いたいって物好きが後を断たないそうじゃねえか。
いいご身分だな、英雄さんよ。
……つうか実際のとこ、ミカサに会いに来てるようなもんなんだぜ、俺はよ。
じゃなきゃこんなとこ、誰が好きこのんで来るかってんだ。
ようミカサ、こいつに飽きたらいつでも俺のとこに……
冗談だよ、そんな顔すんなって。
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ほんと腹立つぜ。
英雄の称号と一緒に、ちゃっかりミカサまでかっさらっていきやがって。
てめえのそういうところが気に入らなかったんだよ、俺は。
他には何も要らない、巨人さえ殺せればそれでいい。
なーんてツラしながら、他の連中が欲しがっても手に入れられないものを、山ほど持っていきやがる。
……世の中不公平だよなぁ。
なんでお前みたいな死に急ぎ野郎ばっかが持て囃されんだか、俺にはいまだに理解できねえ。
お前と会ってもう七年にもなるってのに、いまだにさっぱりだ。
あーあ、酒でも飲まなきゃやってらんねえぜ。
やってらんねえから、飲むことにするか。
……ん、どうした、そのツラは。
ははーん。
欲しいのか。
飲みたいのか。
最近ご無沙汰だったのか。
俺の酒が欲しいってのかぁ、エレン?
はっはっは!
無理もねえよな、こんな場所じゃロクな酒も手に入らねえだろうからな!
飲みたいか?
どうしても飲みたいのか?
くっくっく。
考えてやらねえでもねえが、それなら相応の誠意を見せてもらわなきゃなぁ。
そうだな、差し当たってはミカサを一日、ってだああっ!!
冗談、冗談だ!
ほんっっとにお前らって冗談が通じねえよな!
……ちくしょう、いいじゃねえかよ一日ぐらい。
お前ら、互いに互いを独占できるとこにいんだから、たまには新鮮さを求めたって、なあ?
ん?
ああ、そうだよ、言ったことなかったか?
……そういえば、結局一度も言えなかったのか。
ならせっかくだし、この場を借りて言っちまうかな。
っと、その前に一杯もらうか。
ミカサ、お前もどうだ?
エレン、てめえにもついでにくれてやるから感謝しな。
……ふー。
よし。
「ミカサ。俺はお前に惚れてた」
……なんで、って言われてもな。
基本的には一目惚れだよ。
その艶のある黒髪と、すっとした目鼻立ちに一発でやられちまった。
ああん?
悪かったな面食いで。
実際、俺はミカサの全人格に肯定的だったわけじゃあないからな。
むしろ人格構造だけ見れば、エレン以上に馬が合わなかったのかもしれねえが……まあ、そこは惚れた弱みか。
良くも悪くも俺にとってのミカサ=アッカーマンは、死に急ぎのエレン=イェーガーとセットだった、ってことなのかもな。
一個の人間としてのミカサを見れるようになったのも、調査兵団に入ってからだった気がするぜ。
あのあたりから割と俺、お前にキツイこと言うようになったよな。
エレンの巨人化能力のこととかよ。
でもあれは正論だっただろ?
逆に言えば訓練兵時代の俺は、至極まっとうな正論ですらミカサにはぶつけてなかったんだよな。
ひたすら、お前の前では格好つけることしか考えてなかった。
ガキだったんだな。
認めたくはないが、死に急ぎ野郎よりよっぽど、な。
そんなんじゃ、振り向かれなくても当然だよなぁ……
あん?
そんなこと言ったって、お前……もうしょうがないことだろうが。
口に出すのも忌々しいが、お前とエレンがこういうことになっちまった以上、俺の出る幕はもうないんだよ。
けっ、死に急ぎ野郎の勝ち誇ったツラが見えるようだぜ。
ムカつくことこの上ねえ。
酒も尽きちまったことだし、今日はこのへんにさせてもらうか。
おいエレン、てめえが飲んだ分はツケだからな。
いつか必ず返せよ、わかったか?
「はっ、じゃあな。気が向いたらまた来てやるよ、死に急ぎ野郎」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よう、死に急ぎ野郎」
……てめえ、いきなりご挨拶じゃねえか。
いい度胸だ、もう一度言ってみろ。
違え。
馬面じゃねえ。
馬面じゃねえ、っつってんだろうが!
てめえ、痛い目見ねえとわかんねえらしい……ああ、いや。
ミカサの前だからな、まあ、それだけは勘弁してやる。
……ああ、せっかく上等な酒が手に入ったんだがなあ。
一人じゃ飲みきれないと思って途方に暮れてたんだがなー。
そう。
そう、そうそう、まずはそういう態度だ。
いいか死に急ぎ野郎、まずは上下関係ってもんを弁えろ、話はそれからだ。
じゃ、開けるぜ。
「……ぷはぁ」
まったく、いつになるまでこんなことやってんだかな、俺も。
気が付きゃもう、三十路も手前だってのによ。
っていうかよ、この際だからはっきりさせておくがよ、俺は馬面じゃねえ。
ああ!?
ねえったらねえよ!
だいたい、てめえ以外のヤツから馬呼ばわりされたことなんざ……ねえんだ。
あ?
ねえよ、ねえ。
なんつうか、ちょっと昔のことをな。
クリスタを覚えてるか?
そう、馬術がな、抜群でな。
女神でな。
馬面は関係ねえ。
ああ、お前は知らないんだったか……それ以外にもちょっと、馬とクリスタっつうとエピソードがな……それはいいか、別に。
いや、そういうことじゃねえよ。
クリスタは元気だ、元気なはずだ。
今日も元気で女神なはずだ。
俺もこのところ会っちゃいないんだがな、内地で頑張ってるらしい。
いや、もう内地って言い方もおかしいのか……
なあエレン。
壁って、なんだったんだろうな。
俺たちを守る砦だったのか、俺たちを捕える檻だったのか。
それとも……
とにかく、クリスタは元気だ。
まあ、上手くいくことばかりじゃないだろうが……
あいつは今、人類と壁との関係を変えようとしてる。
贅肉ばかり柔らかいくせして、肝心の頭が固くていらっしゃる、お偉いさん方相手によ。
もしかしたらクリスタは、壁の外で飛び回ってる俺たちより、よほど辛い戦いをしてるのかもな。
ああ。
誰か、側にいてやれればな。
……ん。
俺も、そうだ。
確かに俺も今、ユミルの顔が浮かんだ。
訓練兵時代、一番付き合いのあったあいつなら、って思わないでもない。
もしかしたらそんなのは俺の思いすごしで、それでもクリスタは一人を選ぶのかもしれねえが。
でもあいつが、ユミルが側にいてくれるって選択肢さえあれば、ってそう思わずにはいられないんだよな。
あるいはライ……なんでもねえ。
「ふぅ……うめえ」
ユミルは……ああ。
俺たち104期訓練兵団の中で、行方がわかってないのはあいつ一人だ。
死んでない、とは思う。
消えた時の状況的にもそうだし、何よりあいつ個人の性格とか、資質とか、そういうことを考慮してもな。
それを抜きにしたとしても、個人的に生きていてほしいと、そう思う。
ちっ、なんか余計なことまで喋った気がするな。
そろそろ行くぜ、おう、ミカサも元気でな。
次に会う時はあの二人も引っ張ってくるぜ。
どうせユミルの奴、壁外のどっかにいるに決まってんだからよ。
それじゃあ………………ああいや、なんでもない……ちょっと、な。
エレン、このあたりは、お前の生家があった場所なんだよな。
ん。
ああ。
そうか。
……別に、なんでもねえ。
「じゃあな。気が向いたらまた来てやるよ、死に急ぎ野郎」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よう、死に急ぎ野郎」
おい、笑ってんじゃねえよ死に急ぎ野郎!
み、ミカサまで!
くっそ、そんなに俺の髭面は似合わねえってか!?
仕方ねえだろ、俺にも立場っつうか、威厳みたいなものが求められてんだからよ!
……ああ、そう、そういうことだ。
まったく、思い返してもみれば奇妙な人生だぜ。
指揮官適性じゃあ俺よりマルコの方がはるかに評価されてたし、そもそもアルミンなんかは頭の出来が違う。
なのにいつの間にか、五百人からの大部隊を率いる隊長サマときたもんだ。
何か一つ歯車がズレてりゃあ、今頃は内地でぬくぬくと……ゆっくりと、腐っていけただろうによ。
ん?
いや、作戦の立案がアルミン、俺が現場の指揮だ。
……はっきり言っておくが、俺はお前たちを絶対に前衛じゃあ使わねえぞ。
当然だろうがバカども!
何が悲しくて視野の狭い死に急ぎ野郎を先鋒で突っ込ませなきゃなんねえんだ!
他人のふりしてんなよミカサ、お前もだ!
お前らみたいなのはな、一番自由に遊ばせちゃあならねえタイプなんだよ。
んん?
そうだな……仮に同期で組むなら……おっと、その前に酒、酒。
まずは威力偵察兼前列にコニーとサシャと……いや、サシャ。
あいつらは各々理由こそ違えど、「死」ってものに対して極めて敏感だ。
要するに臆病なんだな、意外な気もするが。
そして臆病であることは時に、兵卒としての美徳になる。
そのことはお前だってよく知ってるはずだ。
索敵能力、戦闘能力、機動力、どれをとっても水準以上だしな。
あの二人ならなんだかんだ生き残って、生きた情報を持ち帰ってくれると信じてる。
贅沢言うなら二人をまとめられて、時に鼓舞できて、その上戦闘能力も高い、そんなリーダー役が欲しいところなんだが……
「ぷ、はぁぁ」
ないものねだり、だな。
中衛か。
主力の指揮にマルコと、そのサポートにクリスタ、ユミルってところだな。
前二人は改めて説明するまでもないだろ。
マルコの指揮官適正は同期でもトップクラスだった。
そんなあいつが何を持って俺の素質を見極めたのか、今もってわからねえが……ま、さすがに炯眼だったな。
う、うるせえ!
自分でもちょっとアレだと思ったところだ今!
……ごほん。
クリスタは、あれはもう天然かつ天性のモチベーターだな。
それでいて統率力にも秀でてるってんだから、あいつ何気に結構な反則スペックなんじゃねえのか?
今さらだけどよ。
ユミルもまあ、わかるだろ。
分隊レベルの指揮をさせるならあいつだ。
能力からいって成績10番に入らなかったのが、当時は不思議でしょうがなかったが、聞けばクリスタにその権利を譲ってたそうだ。
なんというか、あいつらしいよな。
何よりクリスタの側に置いとかないと、あいつもあいつで何しでかすかわからんしな……
あとは後方司令部に俺とアルミン。
指針を決めて、我らが軍師殿が具体策を練って、最終的な決断は俺が下す。
まあ今現場でやってることだな。
エルヴィン団長一人分の仕事を二人がかりでこなしてるようなもんだ。
それですらあの人の超人ぶりから考えると、おこがましい話ではあるがな。
で、お前らは司令部の視界に入るところから始まって、各方面への遊撃だ。
なんでもクソもあるか、いい加減に自覚しろ。
お前たちはな、目的意識があまりにもはっきりとしすぎてるんだ。
エレンは巨人を殲滅する。
ミカサはエレンを守る。
双方そのためなら死も厭わない。
コニーやサシャとは真逆で、「死」への恐怖感が薄すぎた。
そのくせ戦闘能力じゃあ右に並ぶもんがいないときた。
誰かに手綱握らせてねえと、危なっかしくてしょうがないんだよお前らは……
その時々で指揮官が状況を見極めて、つぎ込むべきとこにぶち当てるのが、お前たちの正しい使い方だと、俺はそう思う。
は?
バカお前、俺は実際に偉いんだよ。
おう、調査兵団の志望者もだいぶ増えたぜ。
今じゃあ規模は……そうだな、俺たちが入団した時の、優に十倍以上には膨れ上がってる。
俺が率いてる大隊だけで、かつての調査兵団まるまる一個分を超えるぐらいだ。
その分練度も落ちたが、これは時代の流れだろうな。
ある意味じゃあ、お前の吐いてた胸糞悪くなるほど正しすぎる、あの正論の通りに時代は動いてるわけだ。
ちょっとばかし気に入らねえがな。
人間が家畜であり続ける時代は、もう終わろうとしてる。
人間は、自由になろうとしてる。
どれ、小難しい話はこのへんにしとくか。
今日はそこそこいい酒が手に入ったんだぜ、ミカサ。
ああエレン、毎度のことだがお前は立場を弁えろよ。
お前はあくまで、俺とミカサのおこぼれを頂戴する立場なんだからな。
どうした?
……んなこと言われたって無理に決まってんだろ、ミカサ。
歳は関係ねえよ。
おじっ……だから歳のことは言うなって!
たとえいくつになろうと、こいつと仲良し小良しなんざごめんだっつってんだ!
「――ン!」
ん?
この声は……
「ジャン、ジャーン!」
「こっちだ、アルミン」
「ああ、よかったジャン。やっぱりここに来てたんだね」
「やっぱりってなんだ、やっぱりって」
「やあエレン、久しぶりだね。ミカサも」
「おい、ナチュラルに俺を無視してんじゃねえぞ。俺の副官のくせして」
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