佐久間まゆ「群青日和」 (23)
このSSは以前たてた同名のスレッドと同じ内容を加筆修正したものです。
また、「佐久間まゆ『星屑サンセット』」の続編にあたります。
読んでいない方はPとままゆがしっとりといちゃついてるということだけわかってくれればOKです。
では、投下させていただきます。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1382258510
事務所の窓から私は外を見つめる。
ざあざあと盆をひっくり返したように雨が降り続ける。
あの人は今日もきっとアイドル候補探しや営業のために駆け回っているのだろう。
ちくりと胸が痛む。
その情熱を普段の私に一片でも分けてくれたら良いのに、と。
互いに気持ちを伝えたとはいえ私は彼の担当アイドルで、彼は私のプロデューサー。
スキャンダルを起こせばたちまち私も彼も芸能界の闇に葬られてしまう。
だからこそ私は行動を起こせない。
どこに目や耳が隠れているのかわからないのだから。
凛ちゃんも幸子ちゃんも今日はお休み。
事務所にいるのはちひろさんと私だけ。
私は手近なソファに座ってテレビを見つめる。
アイドル総選挙の結果が、大々的に放送されていた。
中間発表では5位だったのに、最終的には惜しくも6位、CDの発売圏外になってしまった私は、穏やかに笑みを浮かべることしかできない。
悔しいのは山々だが、これで終わりではない。
きっと次は見返して見せる。
そんな意気込みを一人誓っている最中にちひろさんが私に声をかけた。
「まゆちゃん、駅までプロデューサーさんを迎えに行ってくれないかしら? あの人ったら傘を忘れたみたいなの」
「わかりました。では、行ってきます」
以前とは違う晴れやかな笑みで、私はちひろさんに言葉を投げる。
ちひろさんも笑みを浮かべながら、私を送り出してくれる。
私は2つの傘を持って、私は事務所から雨の降る町に足を踏み出した。
雨は激しく、傘の隙間から雨粒が吹き込む。頭に振りかかった雫が、私の体温を奪う。
冷たい、冷たすぎる雨。
まるで誰かの悲しみが降り注いでいるよう。
そんなことを考えて、たまらず私は笑みを浮かべる。
そんなこと、あるわけない。
「高い無料の論理」と同じくらい意味のわからない考えに、たまらず私は自嘲気味に笑みを浮かべた。
駅の屋根の下には彼がいた。
どこか落ち着かないそわそわとした表情の彼が。
彼が私のプロデューサー。
彼が私の、運命の人。
彼も私に気付いたのか、ぱぁっと明るい笑みを浮かべるとまるで子供のようにぶんぶんと大きく腕を振る。
私も穏やかに笑みを浮かべ大股に彼の元へと歩く。
距離は縮む。
「お待たせしました、プロデューサーさん」
「ごめんな、アイドルにこんなことさせるべきじゃないとは思ったんだけど」
その言葉に、私は首を横に振った。
「最近プロデューサーさんが私をかまってくれないから、その罰です」
いたずらっぽく私が言うと、彼は驚いたように目を見開いて、そして笑みを浮かべた。
「最近忙しくてさ。近々休みが取れると思うから、その時はまた二人でどこかに行こう」
「ふふ、ありがとうございます」
私は演技をしている。
恋人の感情を封じ込めてただのアイドルとしての演技をしている。
それは二人の秘密。
二人だけの秘密。
どちらとも無く手をつないで歩き出すと温もりが私の胸を満たす。
それはまるでショッピングモールの暖房と冬の外気の混ざった温度のよう。
「そうだ。まゆにプレゼントがあるんだ」
ビジネスバッグひとつの身で彼はそんなことを言う。
私が困惑を浮かべたまま彼の瞳を見つめると、彼は一息でプレゼントの正体を述べた。
「CDデビューが決まったよ。総選挙では惜しくも6位だったけど、まゆはこんなところで満足しないだろ?」
彼の言葉を理解するのには時間がかかる。
常に回りくどい言葉を話す彼の言葉は、どこか詩的で幻想的だ。
そんな彼が要点だけを掻い摘んで述べるのは珍しい。
「嘘……まゆが、CDデビュー?」
「本当さ。そんな残酷な嘘なんてつかないよ」
プロデューサーさんの言葉に私は笑みをこらえ切れなかった。
今すぐにでも歓喜を表現したい衝動をこらえて、悪戯っぽく彼を見遣る。
「……今度のお休みには、またあの展望台へ連れて行ってください。星の綺麗な夜に、二人だけで」
キスをしそうなほどに顔を近づけて言うと、彼は笑いながら私の髪をなでた。
数日後、山頂の展望台へと至る車の中で私達は他愛も無い会話を交わす。
他の事務所のアイドルの話、自身のアイドル活動、そして、ライバルでありかけがえのない友人である二人のアイドルについて。
渋谷凜と輿水幸子。
CDデビューを成し遂げた偉大な先駆者であり、以前私が勝手に恋敵だと思い込んでいた二人である。
話に花が咲き、やがて車は展望台の駐車場へと至る。
相変わらず駐車場の2台の車は草に埋もれている。
背の高い草も冬が来れば枯れ果て、埋もれた車がその姿を現すのだろうか。
あるいはその車の周りだけ時が止まったように草が茂るのか。
どちらであっても不思議ではないような、そんな奇妙な雰囲気がその一角から漂っていた。
駐車場のアスファルトは隆起してひび割れ、秋の冷たい風がその亀裂をなでるように吹いている。
「ほら、毛布をかぶって。冷えないように」
いつかと同じ言葉とともに私はすっぽりと毛布で包まれる。
事務所の仮眠室から失敬した毛布は寒い外気をものともせずに肌を包み込んでくれる。
「(ハロウィンの仮装でこれをやったら、流石にしらけますよね)」
顔も体も見えない毛布のお化けに成り果てた私は一人笑みをこぼす。
相変わらずプロデューサーさんは堅苦しいスーツのまま。
柔らかな芝に植えられた街灯は時折ちかちかと瞬いているが、それはヴァージンロードのように展望台へと続いている。
その表現に、たまらず私は喉を鳴らして笑う。
ヴァージンロード、得てして妙な例えだ。
あの展望台で私達の思いは結ばれ今日に至る。
それがたとえ傍から見ればどんなに些細な出来事であろうと、私にとっては大きな一歩であった。
あれ以来私の繕っていた凶暴性はすっかりとなりを潜め、本来の『臆病な佐久間まゆ』として生活ができている。
もっとも、あの『病んで狂った佐久間まゆ』のほうが好きだという意見も少数ではなく存在するため、私は苦労を強いられているのだが――。
毛布が地面につかないように軽く持ち上げながら私は芝を歩む。
満天の星空の海に街灯の薄明かりに照らされた展望台が浮かび上がり、幻想的な光景を作り出していた。
プロデューサーの後を半歩遅れで歩みながら私は展望台を登る。
ペンキの剥がれた錆びた展望台は以前と変わらずに私たちの体重を支え続ける。
展望台を登りきってから、もう一度私は空を見上げる。
星が私たちに瞬く。
プロデューサーさんは以前のように手すりに体を預けて眼前の景色を見つめている。
私も彼と同じように手すりに体を預け、彼と同じ景色を見つめる。
眼前には人口の明かりと暗闇のコントラストが映え、眼下には人々の営みが煌々ときらめいている。
「きれいな景色ですね」
独り言ともとれるような調子で私はつぶやく。
「あぁ。いつまでも見ていたくなるような景色だよ」
互いに、言葉はいらない。
眼前の光景とこの空気が2人を結びつけているのだから。
時間を忘れて、私たちは景色を眺め続ける。
二人だけの時間をいつまでも楽しむように。
星屑を抱く夜空と町の明かりのコントラスト、群青色のその夜をいつまでも見つめながら、私はいつの間にか笑顔を浮かべていた。
――――FIN
投下してみたら短くて驚きました。
後日談で事務所の様子とか書いたりしたいのでHTML化は少し待っていただけるとありがたいです。
お目汚しを失礼しました。
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