P「アイドル屋…?」 (114)
春香「知らないんですか、プロデューサーさん?」
千早「『ファンのハートはがっちりゲット』が信条の」
春香「表の顔は、今をときめくアイドル集団」
千早「しかして裏の顔は、社会に巣くうゴミの掃除屋」
春香「そう。私が、天海春香!」
千早「私が、如月千早!」
春香「瞬間視聴率(ほぼ)100%のアイドル屋」
春香「IDOLM@STERS(アイドルマスターズ)とは私達のことです!」
P「…………」
春香「…………」
千早「…………」
P「…………」
春香「…あの、コメントとか無いんですか?」
P「…ごめん、どう反応していいかわからなかった」
読んでるこっちも反応に困った
ζ*'ヮ')ζ
うっ
うぅ
P「『奪還屋』に『黒猫』に『新宿の種馬』…、よくもまあこんなに揃えたもんですね、音無さん?」
小鳥「そりゃもう。資料は必要だろうと思いまして」
小鳥「765プロのアイドルみんなを主役にしたドラマ企画、その内容は裏稼業もの」
P「番組制作ディレクターと酒の席で盛り上がっちゃった結果、いわゆる『もしもシリーズ』のノリで行こう、なんて決まっちゃったんですよね」
P「…色んな漫画とかゲームとかからのパクり、アレンジ、オリジナル満載で」
P「普通ならあり得ないはずの展開ですよね、ほんと」
小鳥「アイドルが普段と違うことをやるというのは前にもありましたしね」
P「『ゼノグラシア』ですか」
春香「あれは名前だけが同じで性格が違ったんですよね」
P「そう。だから今回は名前も性格も普段のそれと同じで行ってみるんだとか」
千早「正直、これが成功するかなんて半信半疑ですけれど」
小鳥「とか言う割には結構ノリノリだったわよ、千早ちゃん?」
千早「あ、あれは音無さんや春香がやれと言ったから…!」
P「普段はアイドル、裏では依頼を請け負うスイーパー。で、その武器は異能力」
春香「バトルものですよ、バトルもの!」
P「いやはや、よくもまあこんな企画が通ったもんだ。酒の勢いというものは恐ろしい」
春香「設定とかの案は、いくらかはこっちで考えていいというのも凄い話ですよね」
春香「…だからでしょうか、小鳥さんのあの張り切り様は」
P「アイドルだけじゃなく、俺や音無さんまで出演が決まったというのも凄い話だ」
P「こんなことを聞くのは今更だけど、2人は嫌じゃなかったのか? ほとんど音無さんの妄想に付き合ってるようなもんだぞ?」
春香「私は全然OKですよ! 面白そうじゃないですか!」
千早「まあ、私もたまには、こういうのに参加してもいいかと…」
P「…そう言ってくれるとこっちも助かるよ」
小鳥「というわけでこれが第1話の案なんですけど」
P「仕事早いなオイ…」
裏稼業ものってのが散漫としすぎたな
キャッツアイあたりに絞った方がよかったんじゃね
――都内某所
車の排気ガスをふんだんに吸った砂埃が舞うこの都会。
その都会のある所に、私達がほぼ毎日顔を見せに行く建物がありました。
建物の名前はたるき亭ビル。その上の方にある「765プロ」というアイドルプロダクション事務所が、私の所属する仕事場。
私の名前は天海春香。何を隠そうアイドルです。今はあんまり仕事はありませんが…。
アイドルとしての仕事が無い間、私達所属アイドルは自らを磨くためにレッスンに励みます。
今日はもうレッスンはおしまい。今からはほとんど自由行動。
都会の人混みの中、私はある女の子と一緒に散歩することになりました。
隣を歩くのは、私の知る中でも一番「クール」という言葉が似合う女の子。私の親友、如月千早ちゃん。
体の力を適当に抜きながら歩くその道中、私はふと思ったことを口にしてみました。
春香「ねえ、千早ちゃん…」
千早「なに、春香?」
春香「ちょっと思うところがあるんだけど」
千早「言わないで。私も言うの我慢してるのよ」
春香「…お腹空いたね」
千早「やめて。私もなのよ」
つづけたまえ
春香「私達ってさ、アイドルだよね?」
千早「ええ、そうね」
春香「確かにそんなにお仕事は無いけど」
春香「だからって、生活ができない程度に仕事が無いなんておかしくないかな?」ランクガヒクイトハイエ…
千早「…こないだは『依頼』があって、それで何とか報酬は貰えたけれど」
春香「あの報酬、どこに行っちゃったのかな?」
千早「…いつだかの春香のせいでしょ」
千早「よりによってテレビ撮影スタジオの機材の近くで転ぶなんて」
春香「のヮの」
千早「あの『どんがらがっしゃーん』のおかげで貴重な報酬が全部弁償に使われちゃったんだから」ヨクケガシナカッタワネ…
春香「マジすみませんでした…」
春香「はぁ~、それにしても…今をときめくはずのアイドルが」
春香「まさか実際はお金が無くて貧乏暮らしをしてるなんて…」
春香「普通は誰も思わないよね…」
千早「…まあね」
春香「うう…アイドルで活躍して、『依頼』もしっかりこなして夢の生活」
春香「なんてのを想像してたけど…」
千早「現実は世知辛いものよね…」
春香「…やっぱり、バイトとかもした方がいいのかなぁ」
春香「そうじゃないと、ちょっとこれは生活が…」
千早「…私達にそんなの、できるわけないじゃない」
春香「そうだよね。もしそんなことができるなら…」
千早「ええ。私達は今頃、少なくとも『裏稼業』なんて初めてはいないわ…」
春香・千早「だって私達は『普通』じゃないから」
私達はプロダクションに所属するアイドル。でもそれは、いわゆる「表の顔」
当然表の反対、つまり「裏の顔」も持っています。
生まれた頃から私達には、不思議な現象が身の回りで起きていました。
多くの人が言うところのそれは、
例えば超能力
例えば特異体質
例えば神通力
例えば魔法、異能、霊力や妖力、等々。
色んな言い方があるけれど、明確にこれだと断言できるものはありません。
少なくとも言えることは、ただ1つ。
普通の人間なら持っていない変な力を、私たちは持っています。
生まれた時から、私の体からは桜の花の香りがしていたそうです。
春を象徴する花の香りがする女の子、ということで「春香」と名付けられるほどに。
年を重ねるにつれて香りだけじゃなく、桜の花びらが私の周りを自然と舞い散るようになりました。
夏も秋も冬も常に舞い散る桜は見る人を魅了してきましたが、その花びらは触った人の体を剃刀で切ったかのように傷つけました。
一方で体から漂う香りを吸い込むと陰鬱とした気分が吹き飛び、香りを身に浴びると体の傷がふさがりました。
そんな私の周りから人がいなくなるのは、当然の事でした。
…今でこそ、香りも花びらも自分の意志で自由にひっこめたりできるようになったんですけどね。
春香「裏稼業を始めてからは、この力で色んな人を倒してきて、色んな人を治してきたっけ」
千早「ただ春香の『治す方の力』を知ってるのは、意外と少ないのよね」
春香「花びらのカッターの方ばっかり注目されちゃって…」
千早「そうやっていつしか裏の世界から付けられた呼び名が…」
千早「『春閣下』だなんて、本当、冗談みたいよね」
春香「好きで呼ばれてるんじゃないもん!」
春香「せっかく『チェリーブロッサム・天海春香』ってかっこいい二つ名も考えたのに!」
春香「どうしてみんなあんな変な呼び方するの!?」
千早(戦ってる最中のあのドS顔のせいだなんて、言えないわね…)
千早「というか、あなたはまだマシな方じゃない」
春香「えぇ? 可愛さからかけ離れたあの呼ばれ方のどこがマシなの?」
千早「…春香、あなた私が裏で何て呼ばれてるか忘れたの…?」
春香「あっ…」
千早ちゃんは昔から怪我をしない子だと言われてきました。
道端で転んでも、何かにぶつかっても、着ている服は破れたりするのに体には傷1つつかなくて、
そのせいか「不死身の如月千早」などと呼ばれていたそうです。
そんな千早ちゃんが自分の力を完全に理解したのは小学生の頃。
正確には、弟の優くんが亡くなったあの交通事故の日だそうです。
弟さんと一緒に事故に巻き込まれ、車に跳ね飛ばされた千早ちゃんを発見した救急隊の人達が見たものは、
ボロボロになった服から覗く「鋼鉄の皮膚」でした。
その当時まで無自覚に発動されてきた力の正体とは「首から上を除く自身の体の表面を鋼に変える」というものだったのです。
鋼鉄に変わった皮膚は、日本刀による攻撃や10tトラックの体当たりさえも受け止める防御力を誇り、彼女は言わば文字通りの人間の鎧。
春香「いつかの依頼でマシンガンの攻撃を受けたのに、完全に無傷だったんだよね」
千早「首から上は変化させられないから、さすがにその分怖かったんだけれど…」
春香「そうやって攻撃を受け止め続けた結果…」
春香「『壁』とか『まな板』とか、挙句の果てには『人間バ○ュラ』って呼ばれるようになったなんて、本当、ひどいよね」
それはひどいな(棒)
千早「くっ…!」
春香「せめて『鉄の女』くらいにはしてほしかったよね…」
千早「わ、私だって…、好きでこんな体型してるんじゃないわよ!」
千早「せめて…、せめて72じゃなくて、もうちょっと数字があれば、こんな変な呼ばれ方は…!」
春香(こういう話をするたびに、神様って残酷なことするなぁって思うんだよね…)
春香「どっちにしても、私達は普通の人間じゃない。だから普通の人と同じ生き方はできない」
千早「プロダクションに所属してアイドルができるだけ、はっきり言って恵まれているのよ、私達は」
春香「それはそうなんだけど」
ふと視線を横にずらせばコンビニから出てくる学生さんの姿。
その手には肉まんやおにぎりが収まっていました。
春香「私はね、千早ちゃん」
春香「ああやってコンビニに入って遠慮無く買い食いできるような生活がしたいんだよ!」ゼイタクデスヨ、ゼイタク!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ -||8
千早(何でかしら…頭の上をトンボが飛ぶのが見えるわ…)
春香「でも真面目な話、このままだと私達、本当にご飯食べられなくなっちゃうよ?」
春香「最悪、伊織が助けてくれるって言ってるけども、それに頼るのも悪い気がするし」
千早「…私達はこの後空いてるのよね?」
春香「うん」
千早「となると、選択肢は1つしか無いわ」
春香「…だね」
千早ちゃんが言う選択肢、それは「裏稼業の人間として依頼を受ける」ことです。
そもそも私達がアイドルとして活動するきっかけとなったのは、765プロの社長、高木順二郎さんのスカウトを受けたことです。
高木社長はどういうわけか、私や千早ちゃんのような普通じゃない「力」を持つ人ばかりスカウトして、アイドルとして活動させています。
本人は
「深いことは考えていなかったのだが、何となくティンと来たのだよ」
としか言ってくれませんが、
いずれにせよ、普通じゃない私達に生活できる場を提供してくれたのは間違いありません。
そんな私達は――何人かを除いて――社長が用意してくれたアパートで集団生活を営んでいます。
建物の管理は社長が何から何までやってくれているらしく、どちらかといえば寮扱いのこのアパートは、
力を持ってしまったばっかりに家族にさえ見放された私達にとっての最後の拠り所。
「もし稼げなかったとしても、気にせず住んじゃっていいからね」
と社長はおっしゃってくれましたけど、
その言葉に甘えていつまでも売れないアイドルのままでいては社長に申し訳が立ちません。
そこで私達はある1つの計画を立てました。
それが「自分達の持つ『力』を使って裏稼業をしよう」というもの。
そういう経緯があり、私達はアイドルとしての表の顔の他に、
社会の腐ったゴミを掃除するアイドル屋――IDOLM@STERS(アイドルマスターズ)という裏の顔を持つようになったのです!
千早「困った時の何とやら。アイドルとしての仕事が無いなら」
春香「アイドル『屋』の仕事を貰えばいい。というわけで…」
私達が向かった先は765プロの事務所。
ここには私達が頼りにしている「あの人達」がいます。
私達がアイドルとして活動できるように日夜頑張ってくれているプロデューサーさん。
そしてアイドル屋としての仕事を斡旋してくれる765プロの事務員、音無小鳥さん。
今から私達が頼る小鳥さんは、通常の事務作業の他に裏稼業の依頼の仲介まで請け負ってくれているのですから頭が上がりません。
たま~に、よからぬ妄想にふけっていることもありますが、まあそれはご愛嬌という事で…。
765プロのドアを開けて元気にあいさつ!
春香「ただいま戻りました!」
小鳥「あら春香ちゃん、千早ちゃん、お帰りなさい」
千早「音無さん、ただいま戻りました」
小鳥「レッスンも無事に終わったみたいね。お疲れ様」
小鳥「プロデューサーさんは、今は営業ね。戻ってくるのは結構遅くなっちゃいそうよ」
春香「そうですか…。プロデューサーさん、いつも大変ですね」
千早「私達が不甲斐ないばかりに、プロデューサーには迷惑かけてしまいます…」
小鳥「何言ってるのよ千早ちゃん。私達スタッフは迷惑かけられてなんぼなの。そんな辛そうな顔でうつむいてちゃダメ」
小鳥「前を向いて笑ってる顔の方が何倍も可愛いんだから、シャンとしてなさいな」
千早「…ありがとうございます」
支援は紳士のつとめ
小鳥「…で、こういう世間話をするためだけに帰ってきたのかな?」
春香「あはは、やっぱりわかっちゃいました?」
小鳥「2Xのお姉さん、馬鹿にしちゃいけませんよ~。XYZってやつでしょ?」
春香「そうなんですよ! 後が無いんですよ、後が!」ピンチデスヨ、ピンチ!
小鳥「いつかの『どんがらがっしゃーん』が響いてるみたいね…」
春香「うう、面目ない…」
小鳥「ま、そんなドジなところも春香ちゃんの魅力の1つってね。よし、お姉さんが一肌脱いじゃいましょ!」
言いながら小鳥さんはどこかに電話をかけ始めました。
話してるその内容から、どうも今回の依頼主さんに対する呼び出しのお電話のようです。
すでに依頼を受理していたんですね。さすが敏腕事務員!
それから数十分後、私達の目の前には1人の女性の姿がありました。
身なりに気を使っているのか一般的な洋服ではなく、どちらかといえばフォーマルな感じの小奇麗な服装で、
顔には化粧をしていて、髪も整えたちょっとした美人さんが、どうやら今回の依頼人さんのようです。
765プロの応接室に通されたこの女性は涙ながらにこう訴えてきました。
自分の娘を取り戻してほしい、と。
春香「取り戻す、ですか?」
女性「はい」
春香「それって、つまり…誘拐…っていうことですよね…?」
女性「…厳密には誘拐というわけではないのです」
千早「というと…?」
女性「…お恥ずかしい話ですが、実は私共には多額の借金がありまして」
女性「お金を借りたところが、どうもいわゆる『闇金』の類だったらしく…」
千早「…借金のカタに娘さんを?」
女性「はい…」
金融屋からお金を借りて、借金が膨らみ過ぎて返せなくなり、その分を子供を売って返済に充てる…。
映画なんかでは割とありがちな話ですが、こういう事は意外と現実にもあったようです。
子供をヤクザに取られ、旦那さんとは離婚。二進も三進もいかなくなっていたところ、私達アイドル屋の噂を聞きつけたそうです。
せめて娘にもう一度会いたい。会ってこれまでのことを謝罪したい。だからヤクザから娘を取り戻してほしい、というのがこのお母さんの願いでした。
確かに私達の力をもってすればヤクザの組の1つや2つ潰すのは簡単です。真正面から乗り込んでも十分どうにかなるでしょう。
とはいえ…怖いものはやっぱり怖いんですよね…うぅ…。依頼を受けたいのはやまやまなんですけど…。
女性「娘の名前は『柳原 恵美(やなぎはら えみ)』。16歳で、背格好はあなた方と同じくらい…。どうか、助け出してください!」
千早「…少し、よろしいでしょうか」
女性「はい、何でしょう?」
千早「娘さんを取り戻してほしいというのはわかりましたが、生憎、私達はボランティアでこの仕事をしているわけではありません」
千早「つまり、それ相応の報酬を頂くことになるわけですが…」
千早ちゃんの疑問はもっともです。
多額の借金がある人に、裏稼業の人間に報酬を払えるだけの余裕なんてあるのでしょうか。
女性「それは大丈夫です。アイドル屋の皆様のお噂を聞きつけてから、報酬としてお支払できるだけの金額を揃えてきました」
千早「…………」
女性「さすがに今、手元にはございませんが、娘を家に連れて来てくれた際にその場でお支払いいたします」
千早「…わかりました。それからもう1つ…」
千早「…借金の理由について、お話しいただけませんか?」
女性「…!」
春香「…?」
何だろう…、千早ちゃんのその質問を聞いて、この人、一瞬表情がこわばったような…?
女性「…………」
春香「…………」
千早「…………」
女性「…それを話さなければ、お受けいただけないのでしょうか」
千早「…………」
千早ちゃんがそんな質問をした意味も分からなければ、依頼人さんが話してくれない理由も分からず、
私はただ交互に2人を見回すだけでした。
千早「…わかりました」
そうして沈黙が数秒ほど続いた後、口を開いたのは千早ちゃんでした。
千早「それでは、娘さんの写真とお名前、それから娘さんがいるヤクザの組の場所を教えて下さい」
春香「…千早ちゃん!」
千早「ええ、やるわよ、春香!」
女性「そ、それでは…!」
春香・千早「IDOLM@STERS、この依頼、私達が引き受けました!」
それからの行動は素早いもの。
渡された写真と簡単な地図を頼りに、私達は夜の街を駆け抜けます。
アイドルとしてレッスンは欠かさない分、体は一般の人よりも鍛えられているからどれだけ走っても苦にはなりません。
更にそれ以外にも自主トレをしてることも手伝って、歩いている人の上を飛び越えるなんて芸当までできちゃいます。
そんな派手な事をしたら人の注目を集めるんじゃないかって?
なんの! そうなる前に走り去っちゃいます!
そうして走ること約30分。私達は目的のヤクザの組があるらしい建物に到着しました!
千早「さて、ここがその目的の場所ね」
春香「うわ~、広いね~。それに塀も高いし」
春香「うぅ…、怖~い人達もたくさん見えるね…」
千早「あんまり関わり合いにはなりたくないわね…」
春香「で、どうするの千早ちゃん? 真正面から乗り込んで大暴れ?」
千早「建物が広い分、中にいる人数が多いでしょうからそれは賢明とは言えないわ」
千早「大体にして相手はヤクザよ。当然、銃を持ってるでしょうし」
春香「あ、そっか。千早ちゃんならともかく、私は撃たれたらアウトだもんね」
千早「私でも頭を撃たれたらさすがに厳しいわよ。首から上は鉄にできないんだし」
春香「じゃあ…こっそり忍び込む?」
千早「ま、それが妥当なところよね。よっ、と…」
言いながら私達は事務所の塀をよじ登り、こっそり敷地内に侵入を果たします。
入ってみてわかるのは、とにかくこの建物は広い!
765プロのあるビルと比べて、もう何倍あるか分かりません!
春香「こんな中から、どうやってターゲットを見つければいいのかなぁ…」
千早「全部の部屋を虱潰しに、というわけにもいかないわよね」
春香「案内板でもあったらいいのにね。『人質の部屋』みたいな」
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千早「…そんなのあったら、色々疑うわ。感性とか神経とか」ゲームジャナインダカラ…
春香「そういえば千早ちゃん?」
千早「何、春香?」
春香「さっき事務所でさ、どうしてあんな事聞いたの?」
千早「あんな事って?」
春香「どうして借金したのか、って…」
千早「…ああ、あれね」
千早「あの人は、借金して娘を売り飛ばさざるを得なくなった」
千早「逆に言えば、売らなければならなくなるほどの借金を抱えることになった、という事よね?」
春香「うん」
千早「そんな借金を抱えてる割に、それを感じさせない程度に綺麗な服装だったのが怪しかった、というのが1つ」
千早「もう1つは、そもそも借金返済を考えているのか、という事かしら」
春香「どういう事?」
千早「私も詳しくは知らないけれど、借金って、条件次第で踏み倒すことができるらしいのよ」
春香「それって『自己破産』ってやつ?」
千早「そう。まずはそれで借金を帳消しにして、次に『生活保護』かしら」
千早「それで少なくとも路頭に迷うことは無くなるわ」
春香「…じゃあ、あの女の人は」
千早「少なくとも、そういう対策が取れないような状況にあるか」
千早「擁護するなら、対策をとる前に娘さんを取られたか、といったところかしら」
春香「…………」
千早「借金の理由を聞いたのは『人には言えないようないかがわしい理由が無いかどうか』を探るため」
春香「…それに答えなかったという事は」
千早「あまり、考えたくはないのだけれど、ね…」
春香「千早ちゃん…」
千早「っと、雑談はここまでね」
千早ちゃんが立ち止まり、私を連れて物陰に身を潜めます。
しばらく隠れていると、ヤクザの男の人が2人並んで歩いて行くのが見えました。
「しかし今日は大変だよな」
「ああ、なんたって大事な取引だもんな」
「裏ルートからの銃の仕入れで上客が来てるんだっけ」
「そう。それで俺らがこうして見回りやってるってわけよ」
「ふぁぁ…。大事な役目だからって、こりゃ退屈だわ」
「組長はいいよな。退屈しのぎに女を抱いてあっはんうっふんだぜ?」
「いつだか借金のカタに手に入れた女だっけ。そういやあの女、今どこだろうな」
「組長の部屋で寝てんじゃね? さっきまで声も聞こえてたしよ…」
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春香「…聞いた、千早ちゃん?」ナントイウセツメイテキナカイワ…
千早「…これ以上は無いってくらいに、情報が手に入ったわね」アリエナイワ…
春香「っと、ここがその」
千早「組長の部屋、かしらね」
春香「意外と簡単に辿り着けたね。待ち伏せとかされてないかなぁ…」
千早「その時はその時よ。…入るわね」
音をたてないようにドアをゆっくり開けて中の様子を窺いながら、私達は部屋に忍び込みます。
部屋の中は暗く、下手すると何かに躓いちゃいそうですが、窓から入ってくる月明かりのおかげで歩くのには不自由しません。
春香「…いた、あの子だ」
そしてその月明かりは私達にとって重要なものも見せてくれていました。
部屋のベッドに腰掛けて窓の外を眺める1人の女の子。
依頼主の女性から貰った顔写真と全く同じ顔をしたその子こそ、今回のターゲットです!
女の子に近づいて、私は写真を手に話しかけました。
春香「柳原恵美、さん?」
恵美「!?」
春香「ああ、大丈夫だよ。私達は怪しい者じゃないから」
千早「いや、いきなり現れられたら普通怪しいに決まってるじゃない」
春香「のヮの」
千早「突然ごめんなさい。私達は、あなたのお母様に頼まれてあなたを助けに来たのよ」
恵美「…お母さん、が?」
千早「ええ」
恵美「…そう」
春香「…? あんまり嬉しそうじゃないね?」
恵美「そりゃそうだよ。だって…、逃げられっこないもの」
春香「どうして?」
恵美「ここはヤクザの組事務所だよ。逃げたって、すぐに見つかっちゃう…」
春香「なんだ、そんな事かぁ」
恵美「『そんな事』って…!」
春香「大丈夫だよ。要は見つからずに脱出できればいいんでしょ? だったら簡単にできるじゃない」
春香「だって私達、誰にも見つからずにここまで来たんだし」
恵美「あ…!」
春香「そう。そういうことなのです!」
千早「とにかく行きましょ。いつここに誰かが入ってくるとも限らないし」
千早「動きやすい服に着替えて私達について来て。来た時と同じようにこっそり脱出するわよ」
恵美「う、うん…」
春香「いやぁ、それにしても今回は簡単だったね千早ちゃん」
千早「まだ安心はできないわよ。帰る時に見つかったらアウトじゃない」
春香「あ、それもそうか…」
千早「最後まできっちり送り届けてこそ、よ」
春香「…だね!」
恵美「あ、あの…!」
春香「ん、どうしたの?」
恵美「実は…、ここから出るのって簡単なの」
春香「えっ!?」
恵美「ここってすごく広いでしょ? だから実は誰も使わないような扉とかがあったりするの」
恵美「それを使えば、簡単に出られるよ!」
春香「やった! だったらすごく楽に終わっちゃうね、千早ちゃん!」
千早「…ええ、そうね」
春香「よしっ、じゃあ恵美ちゃん、案内頼めるかな?」
恵美「うん、任せて!」
春香「いや~、誰かに見つかる心配が無いっていいよね!」
千早「確かにね。本当に楽だわ」
恵美「えっと…、うん。ここが最後だね」
春香「えっ、もう着いちゃったの?」
恵美「思ったよりも楽だったね。後はここを抜けたら外だよ」
春香「よし、それじゃさっそく――」
千早「柳原さん」
恵美「っ…! え、何?」
千早「申し訳ないんだけれど、念の為に扉をこっそり開けて、奥の様子を確かめてみてくれない?」
春香「えっ、千早ちゃん、どうして…?」
千早「誰も使ってないとは言っても、万が一という事もあるでしょう? あくまでも念の為よ」
恵美「…………」
千早「柳原さん?」
恵美「…うん、わかった。ちょっと待ってね」
春香(千早ちゃん、どうしたんだろう…。いくらなんでも慎重すぎないかなぁ…?)
恵美「…うん。大丈夫だよ」
千早「ありがとう。じゃあ、お先にどうぞ」
恵美「え…?」
千早「大丈夫よ。私達もちゃんと行くから」
春香「…?」
恵美「う、うん…」
春香「…………」
千早「…………」
千早「…行ったわね」
春香「ち、千早ちゃん…?」
千早「じゃあ春香、行きましょうか」
春香「ね、ねえ千早ちゃん…?」
千早「何かしら?」
春香「一体、何考えてるの…? いくら安全だからって、恵美ちゃんだけを行かせるなんて…」
千早「…そうね。普通なら、ありえない事よね」
春香「え…?」
千早「今からその答えを教えるわ。だから春香」
春香「う、うん」
千早「私の後ろから離れないで」
そう言って千早ちゃんは、恵美ちゃんが通っていったその扉を思い切り開けました。
千早ちゃん越しに見えたその光景に、私は目を疑いました。
扉の先は何となく倉庫のような雰囲気の広い部屋でした。奥にも扉があって、そこからも出入りできるようです。
それだけなら問題はありませんでした。
問題は、その部屋に怖い男の人が10人以上もいた事。
取り引きの最中だったのでしょうか部屋の真ん中で札束と、何か黒光りするものが入ったケースが開けられていた事。
そして真ん中にいる男の人のすぐそばに…恵美ちゃんが残念そうな顔で立っていた事です。
恵美「あ~あ、ばれちゃった」
春香「へ…?」
恵美「惜しかったなぁ。もう少しでこっちにおびき寄せることができたのに、本当に残念。演技には自信あったんだけどなぁ」
千早「…生憎、演技ならこっちも負けていないのよ。春香は騙されたみたいだけども」
春香「ち、千早ちゃん…、これって、どういう、こと…かな?」
恵美「簡単な事よ。私はね、この人――組長の女なの」
千早「念の為に聞くわね。あなた、本当に柳原恵美さん?」
恵美「ええ。正真正銘、私は柳原恵美よ」
春香「? …? !?」
千早「春香、ドアを閉めて鍵をかけて」
春香「え…?」
千早「早く。開けっ放しにしてたら面倒なことになるわ」
春香「う、うん…」
千早「最初からこれが目的だったのね。私達2人を、人が集まっている所におびき寄せて…」
恵美「そ。邪魔なあんた達を袋叩きにしてやろうというわけ」
恵美「にしても、よく気づいたね。助かろうとする人間の言う事だからすぐに信じると思ったんだけど」
千早「ここに捕まった人間の割には、随分と心に余裕があるように見えたのよ」
千早「普通なら助けに来た人の言う事を素直に聞いて、黙ってついてくるものよ」
千早「それが『脱出経路を知っている』だなんて、嬉しそうに言うのだからどうしようかと思ったわ」
千早「ここから逃げたいなら、さっさとそれを使えばいいものを。ベッドに腰掛けて暢気に窓の外を見上げて」
千早「囚われのお姫様は、随分とここがお気に召していたようね」
恵美「…結構、カンがいいんだね」
千早「悪意には敏感なだけよ」
組長「おう恵美、何じゃこのメスガキ共は?」
恵美「さあ? よくわかんないけど、どうもうちのババアに頼まれて私を助けに来たみたいよ?」
組長「ガハハハハ! そりゃご苦労なこって!」
組長「残念だがお嬢さん方、恵美は家に帰るつもりは無いそうだぞ。わざわざすまんのう!」
春香「…どうして」
組長「うん?」
春香「どうして…、どうして帰ってあげないの!? 恵美ちゃんのお母さんは、私達に必死でお願いしてきたんだよ!?」
春香「恵美ちゃんが連れて行かれたのを悲しんで、涙まで流して!」
恵美「…………」
春香「それなのに、あんな優しそうな人をババアですって!? どうしてそんな事を――」
恵美「ああ、そりゃ涙流して悲しむのも当然だわ」
春香「え…?」
恵美「当然、金ヅルがいなくなったら悲しむに決まってるよね」
春香「ど、どういう、こと…?」
恵美「…あんた、あいつがどうして借金してるか知ってる?」
春香「え、それは…知らないけど」
千早「…聞こうとしたけど、黙秘されたわ。あなたは…知ってるのね?」
恵美「そりゃもう」
恵美「あいつね、ホストに貢いでたんだ」
春香「ほ、ホスト…?」
恵美「ホストクラブにお気に入りの男がいるみたいで、その男の為に何万、何十万と金をつぎ込んでたってわけ」
恵美「その金は当然、色んな金融屋から借りてきたもの」
恵美「それが原因でお父さんはどこかに行っちゃった。…まあ、そもそもあの男は甲斐性無しだから、それはどっちでもいいんだけど」
恵美「笑っちゃうのはその後。あいつ、こともあろうにこの私に金を稼いでこいとか言ってくるんだよ!」
恵美「学校行かずに朝から晩まで一生稼いでこい、だってさ! それもバイトじゃなくて援交で、だって!」
恵美「もちろん嫌だった。それを言ったら何度も殴られた! 毎日毎日何度も何度も!」
恵美「そうこうしてる内に取り立て屋が来て、自己破産が間に合わなくて私は借金のカタに貰われてったってわけ。もうマジウケる!」
春香「…………」
恵美「わかる!? あいつにとって娘というのは、金を稼いでくる道具なんだよ!」
恵美「腹を痛めて生んだはずの実の子に、あいつは愛なんて持っちゃいなかった!」
恵美「あいつが愛していたのは、自分を甘やかしてくれるイケメンと、そのイケメンを買うための金!」
恵美「だから私、ここに来られて最高に幸せなんだ」
恵美「だってこの人が私を愛してくれるんだもの…」
組長「おほう! こんな所でプロポーズなんて恥ずかしいじゃないか」
恵美「あら、これくらい私はいつでもどこでも言ってあげるよ?」
春香「…………」
千早「…………」
恵美「というわけで…、あんたらは最初から用無し」
恵美「ご理解いただけましたか? 理解したら、さっさと帰ってねぇ~」
千早「…帰してくれるなら嬉しいけども、そういうわけにもいかないんじゃなくて?」
千早「ねえ、組長さん?」
組長「…まあ、お察しの通り、かな」
組長「見ての通り、この部屋は拳銃の取引で使っていてのう」
組長「それを見られたからには、生かして帰すわけにはいかんのでなぁ」
千早「…殺すの?」
組長「ああ」
その言葉に反応したのか、部屋の中にいる男達が騒ぎ出しました。
「ちょっと組長、そんなもったいないことやめて下さいよぉ~」
「そうですぜ! こんな上玉なのに!」
「しかもアレ、よく見たらどっかの舞台に出てたアイドルじゃね?」
「うおっ、マジかよ!」
「アイドルとヤれるなんて最高だぜぇ~」
春香「千早ちゃん…!」
千早「…大丈夫よ、春香」
私のすぐ前にいる千早ちゃんが腕を軽く広げます。私を、前から飛んでくるかもしれない銃弾から守るために。
男達が嫌らしい笑みを浮かべる中、組長と話してた1人だけ雰囲気の違う男の人が口を挟みました。
服装や話しぶりからどうやら銃の密売をやってる商人のようで、組長や他のヤクザにも劣らない嫌らしい笑みを浮かべてきます…。
商人「おやおや組長さん、どうやら私はおこぼれにあずかれないようですねぇ」
組長「ん? 女2人を犯すのは嫌でしたかな?」
商人「いえいえ、せっかくなんで目とか内臓とか、いいお金になると思ってるんですがねぇ…ヒヒヒ…」
組長「ああ、なるほど…。まああいつらが飽きたら捨てるつもりでしたし、その時はお譲りしますよ」
商人「おお、それはありがたい…」
恵美「クス…残念だね。どっちにしてもあんた達は地獄を見る破目になりましたとさ」
恵美「あのクソババアに関わりさえしなければこうはならなかったのに…」
春香「…て…!」
恵美「ん?」
春香「もうやめてよ! どうしてそんな事が言えるの! 家族って、そんなものじゃないよ!」
恵美「…………」
春香「確かに恵美ちゃんは酷い目に遭ってきた。それは私にだってわかる。でも…!」
春香「あの人が…、あの人が流した涙は嘘なんかじゃない! あの人は苦しんでるんだ! あの人は、恵美ちゃんに…!」
恵美「謝りたいとか、寝言ほざくの、やめてくれる? くっだらなぁい」
春香「…!」
恵美「あんたがどんだけ幸せな人生送ってきたかなんて知らないけど、ババアを擁護するようなマネ、やめてよね。吐き気がする」
恵美「…まあ、でも…そうだね」
恵美「これであのババアが死んでくれたら、その時は感謝してやろうかな」
恵美「葬式の時は組のみんなと一緒に参加してやってもいいかもね」
恵美「赤いバラの花束を手向けに、なんて華やかでいいよね!」
「アッハアッハハハハハハハハッハッハアアッハハハハアハアアッハハハハハハハ!!!」
春香「…………」
千早「…………」
組長「まあそういうわけだ、お嬢さん方…。この後、あの世であの奥さんに会ったら伝えといてくれ」
組長「あんたの娘さんは最高だ、とな!」
組長「おう、お前ら。もういいぞ。遠慮無くやれや」
春香「…千早ちゃん、私、もう…!」
千早「…そうね。さすがに私も、我慢の限界よ…!」
「へっへっへ、お嬢ちゃ~ん、痛くしないからこっちにおいでよ~」
「そうそう、俺らと楽し~い事しましょぉ…ねぇ…?」
「ん、何だこれ…? 花びら…? さく、ら――ギャアアアアアァァァァッ!!」
…何かが近づいてきたようだけど、そいつは私に触ることはできなかった。
だって気づいたらそれは、急に血まみれになって倒れたんだもの。
春香「…クス」
「な、なんだ!? 花びらが見えたと思ったら!?」
春香「見えるだけじゃないよ…。桜の花びらはね、こうやって…」
春香「あなた達を襲う事だってできるんだから」
両手から生み出した花びらを飛ばして左の方にいた男を飲み込む。
何枚もの鋭利な剃刀は、たったそれだけで全身に傷を作り、生まれた傷の上からさらに傷を作る。
花びら1枚1枚の殺傷力は少ない。でも、その数が多くなれば、人間なんてあっという間に動けなくさせる事だってできる。
「な、何だこのガキ! バケモノか!?」
「も、もう1人だ! もう1人をまず狙え!」
千早「…ッ! ハァッ!」
「グボオッ!」
飛びかかってきた男の顔面に千早ちゃんのパンチがめり込む。握りしめられた拳は鋼鉄に変化して黒光りしていた。
骨や歯の砕けるメキメキという音が私の耳にもはっきり届いた。吹っ飛ばされた男は、これからしばらくジュースも満足に飲めなさそう。
千早「残念だけど、こう見えてケンカは慣れているのよ」
春香「千早ちゃん、もう遠慮しないでいいんだよね?」
千早「そうね…大暴れ、しましょうか!」
「こ、このアマァ!」
春香「近寄らないでくれる?」
「いぎいいいいいッ!?」
次に飛び込んできた男を正面に見据え、跳ね上げるようにキックを放つ。
花びらを纏わせた足は、それが直接当たらなくとも立派な凶器となり男を赤い雑巾に変える。
「調子に――!」
千早「ふ――っ!」
「おぐうッ!」
反対側では千早ちゃんが男の鳩尾に右の蹴りを叩き込んでいた。
でもそれだけでは男は倒れない。蹴られてひるんだ隙を逃さず顎に左のアッパー、浮いたところで叩き込んだ右のパンチが男を床に叩きつける。
後ろから千早ちゃんの両肩を男が掴む。
それを視界に入れた私はすぐさま飛び込んで、右のこめかみのところに回転を入れた飛び蹴りをぶつける。
千早「ありがと――! 春香、右後ろ!」
春香「邪魔」
「ぐ、ふ…ッ!」
千早ちゃんが指示した方向に右の肘を打ち込む。
後ろから来た男はそれで数歩下がり、私はその隙を逃さず左手を突き出した。
広げた掌から無数の花びらが塊になって飛び、男はズタズタに傷つきながら吹っ飛んでいった。
しえん
そうして私達が何人もの男を再起不能に追い込んでいく光景に恐れをなしたのか、密売商人が急に騒ぎ始めた。
そりゃそうだよね。ただの2人の女の子だと思っていたら、いつの間にかヤクザを相手に大暴れしだすし、
その上、屈強なヤクザの方がどんどん倒されていくんだもの。きっと顔も青ざめているだろうね。
商人「く、組長さん!」
組長「…商人さん、せっかくの上玉ですけど、もう始末して構いませんかね?」
商人「か、構いませんとも! もう臓器なんて無くても構いませんとも!」
組長「んじゃあ…、いい機会なんで試し撃ちさせてもらいますかね」
さらに襲い掛かってきたヤクザを叩きのめした私の視界に入ったのは、
千早ちゃんの背中に銃を向ける組長の姿だった。
春香「千早ちゃん、後ろ!」
千早「!」
私がその言葉を言い終えるかどうかという所で、鋭い破裂音が聞こえた。
しえしえ
おそらく私は絶望しただろう。大切な親友が撃たれたことに。
おそらく彼らは喜んだだろう。邪魔者を1人殺せたことに。
…「カキン」という金属音が聞こえなければ。
組長「…………」
春香「…………」
千早「…………」
その他全員「…………」
千早「…今、何かしたかしら?」
組長「…し、質問してもいいかな? 今、タマ、当たりました…よね?」
千早「…ええ」
組長「それで…何事も無かったかのように平然としてるのは…どうして?」
千早「だって…全然効いていないんだもの。ほら…」
しえんしえん
目を丸くする組長に向けて、千早ちゃんは自分の服の裾を掴んでパタパタと揺さぶる。
少し揺すると、服の下から鉛の塊がコロンと転がり落ちた。
千早「攻撃の際に『力』を使ってたから、薄々は気づいてたんじゃないかと思ったけど、改めて言うわね」
千早「私、自分の意志で、自分の体の一部を鋼鉄に変える事ができるの」
千早「あなたに撃たれる瞬間、自分の背中を鋼鉄に変えることで防弾チョッキ代わりにしたというわけ」
千早「残念だったわね。私を殺したいなら、首から上を狙わなきゃ駄目なのよ」
組長「…へ?」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ -||8
組長「えええええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーー!?」
部屋内に組長の絶叫が響き渡った。
うん、そりゃ驚くよね。普通の人間なら今の1発で下手したら死んでるんだもの。それがピンピンしてるなんて、普通ありえないよね。
そしてその大きな隙を見逃すような千早ちゃんじゃなかった。組長が思い切り怯んだ瞬間、両腕で首から上をガードしながら一気に突進する。
その事にさらに怖くなったんだろうか、組長は手に持った銃を撃ちまくる。
飛んでくる弾は腕、肩、脚に当たるけど全部弾き飛ばされる。
今の千早ちゃんには「走るために鋼鉄に変えられない」膝や股関節を狙うべきなんだけど、そんな事を考える余裕は組長には無かったみたい。
組長に接近した千早ちゃんは大きくジャンプし、右足を振り上げ、勢いをつけて蹴り上げる。
蹴り上げた足は組長の口の中に突っ込まれ、組長は歯を粉々にされながら宙に舞う。
一旦着地し、さっきよりもさらに高くジャンプして、千早ちゃんは組長の顔面に渾身のかかと落としを叩き込んだ。
千早「ハァッ!!」
組長「――!?」
叫び声を上げる事もできず、床に叩きつけられたヤクザのボスはそのまま動かなくなっちゃった。
商人「ひ、ひぃっ! お、お助け…!」
近くにいた密売商人が恐怖のあまりに情けない声を上げる。
それが彼の運命を決定づけた。
声に気づいた千早ちゃんは右手の指をかぎ爪のように折り曲げ鋼鉄に変化させる。その状態で密売商人の顔面を引っ掻いた。
文字通りのアイアンクロー。鋼の爪は勢いをつければ人間の顔面を簡単に引き裂く事ができる。
右手に付いた血を振り落とし、今度はひねりを加えた右後ろ回し蹴りを右のこめかみに叩きこむ。
顔面の痛さのあまりに悲鳴を上げていた商人はその一撃で完全に沈黙した。
「ひ、ひいいぃぃぃッ!」
「うわあああ! に、逃げろおおおお!!」
組長と密売商人がほぼ変わり果てた姿になったのに恐怖して、残っていたヤクザがその場から逃げ出そうとする。
春香「ふふ…。だぁめ、もう遅いんだよ♪」
そんな彼らを見逃す私じゃない。逃げ惑う彼らに向かって私は花びらを広範囲に飛ばす。
その場で踊るように体をひねって花びらを生み出せば、花びらはまるでダンスを求めるように男たちにまとわりつき、瞬時に真っ赤なタキシードを着せた…。
「…………」
…落ち着いて周囲を見回せば、そこには地獄絵図がありました。
ええ、わかっていますとも。これが誰の仕業なのかなんて誰よりも理解できていますとも!
一言で言うなら、そう、
あ、間接は生身なのね
春香「ぶっちゃけ、やりすぎました」
千早「あなたはいつもの事でしょうが」
春香「ち、千早ちゃんだってそうじゃない! 組長さんとか息してるかわかんないよ!?」
千早「…この際しょうがないでしょ。下手に動かれたらそれこそ」
春香「ズドン、だもんね」
千早ちゃんがそう言うのは理解できます。私だって綺麗事を言うつもりはありません。
アイドル屋として、裏稼業の人間として私達はいろんな人と戦い、またいろんな人を打ち倒してきました。
それもほとんどは勝負に勝った負けたという程度の話ではなく、それこそ場合によっては何人も…。
でも、やっぱり…、誰かが死ぬというのは、気持ちのいい話ではありません。
千早「それはそうと、大事な人が1人残ってるわね」
千早ちゃんが目を向けた先には、腰が抜けちゃったのか床にぺたんと座り込んだ恵美ちゃんの姿がありました。
地獄を見せられるはずだった2人が、逆に地獄を見せに来たんですから、怖いのも当然ですよね。
私達2人の視線を受けて、恵美ちゃんは恐怖で顔を引きつらせました。
千早「後は彼女を依頼人の所まで連れて行けば、今回の仕事は終了。私達は報酬を受け取って、それでおしまい」
千早「…まあ、素直に応じてくれるとは思えないけれど」
春香「…………」
千早「どうしたの、春香。なんだか不満そうね?」
春香「…ねえ、千早ちゃん」
千早「何かしら?」
春香「これで…、本当にいいのかな…?」
千早「…………」
春香「正直、恵美ちゃんの言ったことは信じたくない…」
春香「だって、こんな所に閉じ込められて、怖い人達にずっと囲まれていたんだよ?」
春香「そんな中にずっといたら、あんな風に自分の家族を悪く言うしか無かったと思う…」
春香「でも…」
春香「でも、もし恵美ちゃんの言った事が、全部本当だったら?」
春香「私達は恵美ちゃんにまた辛い思いを味わわせることになっちゃう」
千早「…そして、それを思わせるだけの疑惑がある」
春香「うん…」
またシティハンター読み返したくなった
千早「それは、私達には関係無い事よ」
春香「そんな…!」
千早「私達はあくまでも裏稼業の人間。依頼を受けて、それを果たして、ただそれだけ」
千早「他人の家族の問題に首を突っ込むのは…、余計な事よ」
春香「…本当に、それでいいの?」
千早「…………」
春香「…………」
千早「…はぁ、しょうがないわね」
春香「…!」
千早「報酬が無くなったらあなたの責任よ。ちゃんと埋め合わせはしてもらうから」
春香「千早ちゃん!」
千早「さて、柳原さん」
恵美「…!」
千早「そういうわけだから、ひとまず私達と一緒に来てもらおうかしら?」
恵美「…あのクソババアの所には」
千早「大人しく帰れなんて言わないわ。ただここでじっとしてると面倒なのよ」
恵美「…………」
春香「…大丈夫だよ」
春香「IDOLM@STERSはね、アフターサービスも万全なんだよ!」
言いながら私が手を差し伸べると、恵美ちゃんはしぶしぶといった感じで手を握り返し立ち上がります。
銃の発砲音を含め大暴れした音を聞きつけたらしい他のヤクザがやって来るのを受けて、私達はそそくさとその場から脱出しました。
ヤクザの組事務所から出ると、外はもう暗くなっていました。いつの間にか夜になっていたようです。
春香「それで千早ちゃん、これからどうするの?」
千早「とりあえず事務所に行きましょ。服も着替えたいし…」
言いながら千早ちゃんは携帯電話を取り出しどこかに電話をかけます。
千早「音無さんですか? ちょっとお願いしたいことが…」
夜も更けて今は午後10時を過ぎた頃。良い子のみんなはもう寝る時間です。
こんな時間に私は千早ちゃんと一緒にあるお宅の前にやってきていました。
そう、今回の依頼人である柳原さんのお家です。
ここに来たのはもちろん、依頼についての報告の為です。
インターホンを鳴らして来たことを告げると、恵美ちゃんのお母さんはそれはもう満面の笑みで玄関のドアを開けました。
女性「…娘は、どこですか?」
…その笑みはすぐに「疑惑」の顔に変わりました。
それもそのはず。今この場にはターゲットである恵美ちゃんがいないのですから。
それでヒロインのPにいつ照準の狂ったリボルバーを渡すんですかね
春香「…ご安心ください。ちゃんとヤクザ達から取り戻しました」
女性「では、なぜここにいないのですか。私は娘を家に連れてくるようお願いしたはずですよね?」
春香「娘さんを連れてきたら、その時に報酬を頂く…。そういう約束でしたね」
女性「わかっているのなら早く娘をここに連れてきたらどうなんですか。それとも」
女性「所詮あなた方は裏稼業などに身を落とした小娘に過ぎないということですか」
春香「…………」
女性「早く娘を出しなさい。脅すつもりならこちらにも考えがありますよ?」
千早「…警察でも呼ぶつもりですか」
女性「それ以外に何だとお思いで?」
千早「呼んでも構いませんけど…」
千早「それはそれであなたも困るんじゃないんですか?」
女性「…!」
女性「…何の事でしょう?」
春香「答える代わりに、これを聞いてください」
言いながら私はポケットから小さな機械を取り出します。
それは声を録音し、また再生できる――いわゆるボイスレコーダーでした。
『私、柳原恵美はこの場ではっきりと証言します――』
レコーダーから聞こえてきたのは、恵美ちゃんの言葉…。
自分のお母さんがホストに貢ぐために借金を重ねた事。
そのため自分のお母さんから売春で金を稼ぐように強要された事。断ると虐待された事。
自分がヤクザの組長に買われた事。
もし自分が母親の元に戻ったら、間違いなく同じことの繰り返しになるであろう事。
それは、自分の家族を告発する内容でした…。
女性「…………」
千早「本人から全て聞きました。ついでに裏も取れてます」
春香「あなたが借金した金融屋とその金額、あなたが貢いだホストがいるクラブ。全部リストアップしてます」
千早「恵美さんが通っていた学校に問い合わせれば、彼女がどんな目に遭っていたか、追加で証言が得られるでしょうね」
春香「恵美ちゃんは、警察や児童相談所でも同じ内容を話せると言ってます…」
女性「!!」
し
春香「…どうして、ですか」
女性「…………」
春香「どうしてあなたは、自分の娘にそんなひどい事ができるんですか」
春香「恵美ちゃんにとっては、あなたとお父さんが唯一の親なのに…」
春香「あなたにとっても、恵美ちゃんは唯一の子供なのに…!」
春香「あなたは、どうして――」
女性「いくらよ」
春香「え?」
女性「いくら欲しいのかって聞いてんのよクソガキッ!」
春香「…!?」
いおりんが出てこない
女性「口止め料が欲しいならさっさとそう言いなさいよッ! 今はさすがに払えないけど、すぐにでも払ってやるわよッ!」
女性「10万? 20万!? それとも100万!? いくらでも払ってやろうじゃないのよ!」
女性「所詮は金が欲しいだけなんでしょ!? こんな貧乏人から金を巻き上げようとするくらいだものねッ!」
女性「ほら早く言えよッ! こっちが下手に出てりゃ図に乗りやがって! ガキの脅迫ぐらいでこっちがビビりあがると思ったら大間違いよッ!」
春香「あ、あなたは! 恥ずかしくないんですか!?」
春香「自分の娘の事なのに! それをあっさりとお金で解決しようだなんて、親として情けないと思わないんですかッ!」
女性「知るか、あんなゴミのことなんてッ!」
春香「!?」
女性「あんな可愛げの無い生意気なゴミクズ風情が! あんな奴が血の繋がった娘だという方が情けないわ!」
それからというもの、優しいお母さんだったはずの人はひとしきり騒ぎ続けました。
自分の娘に対する罵倒はもちろん、目の前にいる私達にも似たような言葉を浴びせてきました。
そして気がつけば私は、千早ちゃんに寄りかかるようにして立っていました。あまりの出来事に体から力が抜けていたようです。
女性の叫びもどうやら落ち着いたらしく、肩で息をする姿が目に映りました。
千早「…ホストの男性は、優しいですか?」
私を支えながら千早ちゃんは女性に向かってそう聞きます。
女性「何を急に――」
千早「あなたが多額の借金をしてまで関係を築き上げていったホストの男性は、あなたの理想の男性ですか?」
千早「自分の娘や夫をないがしろにしても構わないほどに、その人は素晴らしい人ですか?」
女性「ハン! 当然じゃない!」
千早「…そうですか」
千早「春香、悪いけど…」
春香「…うん」
千早ちゃんに言われて、私は再びボイスレコーダーの音声を再生します。
今度は恵美ちゃんの声ではなく、私達の全く知らない男性の声が流れ出しました。
このぐらいアフターサービスが完璧ならいくらでもつぎ込むのに
『柳原さん? ああ、あのオバサンね』
『…そうだなぁ。正直、もう勘弁してほしいかな』
『俺って、いわゆるホストじゃん? という事はさ…まああんたに向かって言うのも変な話だけど』
『俺らみたいなのを目当てにやって来る女の人から金を巻き上げるのが仕事なわけよ』
『上客ではあるんだよ? 毎回俺を指名してくれるし、高い酒を注文してくれるしさ』
『でもさ、あの人絶対勘違いしてるって』
『俺らホストはやって来るお客さんに甘い言葉をささやいてその気にさせる』
『ここに来るような女の大半は馬鹿だから、それだけで大金を落としてくれるわけ』
『でも中には行き過ぎた大馬鹿者がいてさ。俺らはあの甘い言葉を本心から言ってるとか思っちゃうんだよ』
『あのオバサンはまさにそれ。ホストを相手に本気で恋愛してるカワイソ~な人』
『もうホント、あの人のせいで他のお客さん逃げちゃってるんだわ。俺に近づく他の女を本気で睨んでるの』
『噂で聞いたんだけど、あの人ここに来るために借金してるんだってさ。もうマジ無理、本気でやめてほしいわ、気持ち悪い!』
『しかも旦那には逃げられて、娘はどっかに売り飛ばされたらしいしマジありえね~!』
『金が無くなってここに来なくなって、俺にもう関わらなくなってくれたら嬉しいんだけどね…』
『…あ、この話、本人には聞かせないでよ? 聞かれたら俺絶対あの人に殺されるわ、ハハハ!』
アイドルとして顔を晒して
裏稼業してて大丈夫なのかと思いつつ
面白いから支援
>>87
765主演のドラマだからそこはね
ホストの声が流れるこのボイスレコーダーは、小鳥さんが貸してくれた物です。
ヤクザの組事務所から抜け出した後、千早ちゃんは小鳥さんにあるお願いをしていました。
1つは「裏の情報網を使って柳原夫人の借金の理由と、借金した金融屋を突き止める事」、
そしてもう1つは「柳原夫人がご執心のホストから、夫人に関する発言を録音する事」。
小鳥さんの働きのおかげで、こうして全てが明るみになったというわけです。
ホストの生の声を聞かされた柳原さんの顔は、完全に血の気を失っていました。
女性「…………」
俺もいおりんの生の声を聴かされると血の気を失うかもしれん
千早「あなたは当然聞いたことのあるはずの声です」
女性「嘘よ…」
千早「…これが、現実です」
女性「嘘よ…!」
千早「あなたの言う男性は、所詮ホストに過ぎないんです」
女性「嘘よ!」
千早「ホストである以上、客を本気で愛することはあり得ないんです」
女性「嘘よッ!」
千早「まして、借金にまみれ、人として大事なものを自ら捨てたような人になんて…」
女性「嘘よ嘘よウソヨうそようそうそよ嘘うそウソ嘘ウソ」
「ウソヨオオオオオォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーッ!」
夜中の近所中に響き渡る叫びを背に、私は千早ちゃんに支えられながらその場を後にしました…。
これから、あの女性はどうなるんでしょう…。
これから、レコーダーに入っていた声の主さんはどうなるんでしょう…。
これから、恵美ちゃんはどうなるんでしょう…。
気がつけば私は、泣いていました…。
千早ちゃんに支えられながら、どうやら私は事務所に無事辿り着く事ができたようです。
「ようです」というのは、事務所のソファーで、隣に座る千早ちゃんに寄りかかって泣きっ放しのまま、小鳥さんの会話が耳に入るまでの記憶が無いからです。
小鳥「…恵美ちゃんだったかしら。あの子、児童相談所にお世話になることになったわ」
千早「そうですか…」
小鳥「虐待されていたという話だし、下手したら警察沙汰、裁判沙汰ね…」
小鳥「自分のお母さんが裁かれるというのが、あの子にとって幸せかどうかはわからないけど」
小鳥「…少なくとも、これまで以上に酷いことにはならないと思うわ」
千早「…………」
小鳥「…依頼、残念だったわね」
千早「…いえ」
春香「…………」
小鳥「ま、終わっちゃったものは仕方ないわ。それに、今回は依頼人の方が圧倒的に悪かったんだし。次、また頑張りましょ、ね?」
千早「…そうですね」
>>89
気にしないで―
ドラマだから―
小鳥「…さて、そろそろ事務所閉めちゃうわね。千早ちゃんも春香ちゃんも、そろそろお帰りなさい」
小鳥「明日は朝から事務所待機だけど…午後からでもいいから」
千早「わかりました。ほら、春香…」
千早ちゃんに促されて、私はのろのろと立ち上がります。
さすがに涙は止まりましたけど、暗い気分はそう簡単には消えてくれなさそうです…。
小鳥「お疲れ様。ゆっくり休んでね」
千早「お疲れ様でした」
春香「…お疲れ様でした」
事務所の前で小鳥さんと別れ、私達は帰路につきます。
完全に落ち込んだ私に千早ちゃんは何も言いません。ただ優しく手を繋いで、ゆっくり隣を歩くだけ。
今は、それがすごく、ありがたいです。
そうして歩くこと十数分、ふと思い出したように千早ちゃんが口を開きます。
千早「…そういえば」
春香「…?」
千早「結局、プロデューサーとは入れ違いになっちゃったみたいね」
春香「…………」
千早「あの人だったら、こういう時何て言うかしら」
千早「やっぱり『危ないことはするなと、いつも言ってるだろ?』かしら」
春香「…………」
千早「褒めてはくれないのよね。アイドル屋の活動は」
千早「…まあ、当然よね。裏稼業なんて、いつどんな目に遭うかわかったものじゃないんだもの」
千早「…あ、音無さんにボイスレコーダーを返すのも忘れてたわね。明日でいいかしら」
春香「…ねえ、千早ちゃん」
千早「…なあに、春香?」
春香「…これで、よかったのかな?」
千早「…………」
春香「恵美ちゃんの気持ちはわかるよ。だって…、私達だって『そう』だから…」
春香「私だって、大事な家族に見放されたんだもん。大事な人に見捨てられる気持ちは、誰よりもわかるつもり」
春香「でも…、それでも、こんなのって…!」
千早「…そうね」
千早「…私は、これでもよかったと思うの」
千早「弟が亡くなった後、私はあの人に何度も叩かれた。私の頭を優しくなでてくれていたはずの、あの手で」
千早「私が765プロに入って、アパートに住む事が決まった時、あの人は厄介払いができると喜んだ…」
千早「…恨んでないと言えば、嘘になるわ」
千早「だから、実の親を告発するというのも、ある意味では正しいと思うのよ」
春香「…………」
千早「でもね、これはあくまでも私の考え」
千早「私の家とは違って、実の子供との別れを惜しんだ人もいるはず」
千早「そうでしょ、春香?」
春香「…!」
千早「…だから、それでいいのよ」
千早「あなたの考えもまた、正しいのよ」
千早「形としては『見放された』のだとしても…」
「あなたが『信じたい』と思い続けていれば、それでいいのよ」
春香「…そう、だね」
そう、私は確かにあの時、家族に見放されました。
春香の持つ力が怖いと。春香がいつ自分達を傷つけるか恐ろしくてたまらないと。
でも確かに私は覚えています。
私が765プロに入り、アパートに住む事が決まった時、あの人達は私を抱きしめて…泣いていた事を。
あの時の涙は決して嘘じゃないんだと、私は知っています。
そうだよ恵美ちゃん。家族って、そんなんじゃないんだよ。
家族って、本当はとても暖かいんだよ。
あなたは信じてくれないかもしれないけど、私は信じてるんだよ。
アイドルとして、アイドル屋としてずっと活動し続けていれば…、
きっと、あの頃に戻れる日が来ると、私は信じてる。
春香「千早ちゃん」
千早「なに、春香?」
春香「…帰ろっか!」
だから恵美ちゃん。
あなたにも、いつかきっと、そんな日が来るよ。
xien
こういうアニメがあってもいいと思います
後もう数レスだというのにさるさん食らっちまったぜ・・・
・ ・ ・ ・ ・ ・
小鳥「とまあ、ほとんど『奪還屋』の1話そのまんまなんですけども」
P「最初の話にしては、なんか、重くありませんか…?」
小鳥「考えれば考えるほど、ギャグからどんどん遠ざかっていっちゃったんですよね…」
千早「後日談的にオチをつけるなら、裏の情報料と、ホストから言質を取るのに使ったお金が多過ぎて」
春香「で、律子さんからきっつ~い1発を貰う、と!」
小鳥「ピヨォ…やっぱりそんなオチかぁ…」
P「ってことは『100tハンマー』を律子が振り回すのか」
春香「律子さんだけに、ハンマーじゃなくてハリセンでもいいかもしれませんね」
小鳥「ひ、『100tハリセン』…!?」
鉄扇か
春香「それにしても、ちょっと私の扱いがひどくありません?」
小鳥「え、そう? モノローグ部分は春香ちゃんだし、完全に主人公ポジションよ?」
春香「バトル中のあの変わり方は無いですよ! あれじゃ完全にドSじゃないですか!」
春香「せっかく『千本桜』みたいに花びらを飛ばす能力なんですから、もっとこうカッコよく、なおかつ可愛くですね!」
P「…無理じゃね?」
春香「どうして!?」
P「だって、ねえ…」
小鳥「ですよねぇ…」
千早「ええ…」
春香「え、何ですかその『何言ってんのこいつ』みたいな目は?」
千早「だってあなた…」
千早「『時々笑顔が恐ろしいほど黒いことがある』って、関係者の間で有名じゃない」
春香「…………」
なんだ黒春香サンか
>>9
読んだこと無いだけだろ
P「まあこの際、それもギャグの1つなんだと考えればいいんじゃないか?」
P「重いハードボイルドな世界において、主人公春香の黒さが逆に場を和ませる。みたいな?」
春香「納得できませ~ん!」
小鳥「ま、まあ第2話以降に期待、という事で!」
P「ところで、この続きもこんな感じで話が進むんですか?」
小鳥「そうなると思いますよ。基本はパクりによるパロディドラマですし」
小鳥「場合によっては876プロの子達とか、961プロ、あるいは最近できたCGプロとか」
小鳥「あの辺にも出演要請が行くかもという話ですよ?」
小鳥「特にCGプロは人数がやたら多いですからね。依頼人役には困らないだろうと」
P「…人数が多い分、敵役にも困らなさそうですね」
春香「それって、全員が能力者とかそういうのですか?」
P「いくらなんでもそれは無いだろう。そこまでネタが浮かぶとも思えん」
千早「エキストラとかチョイ役のゲストとか、そういうのが多くなるんじゃないかしら?」
春香「あ、そっか。そういうのもあるんだね」
小鳥「さてさて、後はこれを先方に送信して、判断待ち…と!」
春香「それにしても小鳥さん、本当に生き生きしてますね」
P「この手の仕事で音無さんが直接関わるなんてのはほとんど無いからな」
千早「それも、自分の妄想をほぼそのまま形にできるんですものね」
P「それもまたあの人のテンションを上げてるんだろうな」
春香「まあでも、楽しみになってきましたよ! このドラマ、本当に面白くなりそうですよ!」
千早「…そうね。たまには、こういうのもいいかしら」
P「あの案が通ったら本格的に収録だ。…俺も出演だから、頑張らないと…」
春香「プロデューサーさんの演技、期待してますよ!」
P「あんまりプレッシャーかけないでくれると嬉しいな、はは…」
というわけで>>1からはここまで!
お付き合いありがとうございました
・・・これで何かしらネタが浮かんだなら、このまま参加型で書いてくれると嬉しいかなーって
乙なの
顔以外とかじゃなくて全身鋼鉄で良かったと思う
バトル物だったらそれでも倒す方法いくらでもあるだろうし
手の甲だけだったのが
腕→上半身→全身に広がる
「私…人じゃなくなっちゃった…」とか
妄想が捗る
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