須賀を鶴賀に放り込む (201)


闘牌描写はナシ。
淡々と部の様子の予定。



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桜の花が散りまして。

風の匂いが変わる頃。

通学路をのそりと歩く金髪の男が一人。

遅刻を危ぶむ時間でもなく、校門をさらりとくぐる。

門には鶴賀の二文字がある。


須賀京太郎は麻雀をよくは知らない。

全国、あるいは世界的に流行していることは知っている。

それに部活として盛んであることも知っている。

しかし、ロンだのツモだのは聞いたことがあるが、ルールとなるとさっぱりである。

端的に言って須賀京太郎は麻雀そのものにあまり興味を持ってはいなかった。




入学式を終え、クラスメイトとの顔合わせも済んだ。

次に考慮するのは部活のことである。

運動部にしようか文化部にしようか。

クラスメイトたちもちょろちょろとそういった話を始めている。

須賀京太郎が中学生だったころ、鶴賀の名前は部活関連ではあまり聞いたことがなかった。

全ての学校がなんらかの部活で名を馳せるなんてことはありえない。

運動部なんかは特定の学校がやたらめったら強いなんてことはざらにある。

だから鶴賀学園という学校は部活が強い学校ではないのだろう、と須賀は思っていた。

その事実は、高校から新しく部活を始めようと考えている一年生にとっては魅力的なものだった。

楽しくやる部活、というのも間違いなく高校生活の過ごし方の一つである。


各部活がチラシを配ったり、新入生に声をかけている様子が目に映る。

見学や仮入部の期間である。

メジャーなものからマイナーなものまで様々だ。

なるほど高校になると登山部なんてものもあるのか、と須賀は驚く。

さすが長野、と言ってもいいものだろうか。

いや入らないけど。入らないけど。




部活見学の期間が始まって二週間。

もう入部届けを出す時期が近づいてきた。

入る部活を決めているやつはもう提出している。

須賀京太郎もいろんな部活を見てきた。

どの部活も良いと思える点はあった。先輩方も優しい。

しかし、なにかひとつ決定打に欠けるような気がしていた。

そのひとつとは何か、と問われたところで答えられるようなものでもないが。

裏返せば、どの部活に入ってもきっと楽しい高校生活を送れるとも取れる。

でも部活に入るきっかけなんてそんなもんかもな、とも思う。

もうそれなりに仲良くなったクラスメイトと軽口を叩きながらそう思う。

そんな放課後だった。


がらり、と須賀のいるPCルームの戸が開いた。




開いた戸の先には美人が立っていた。

なんと形容すればいいのだろう。ひやりとした? 違う。凛とした、だ。

須賀は自分の頭が導き出した修飾に満足しながら、その凛とした美人を見る。

あの登場の仕方だ。きっとなにかある。

そういうちょっと下品な興味を持って、須賀含むPCルームにいた者は戸のほうを見つめる。

一拍おいて、美人が口を開く。



のちに 「加治木ゆみ乱入事件」 と呼ばれるその騒動に、須賀京太郎は居合わせた。



事件の内容は語られない。当人から口止めがされているのだ。

ただわずかながら感想を述べるとすれば、星組だの月組だのいうあの有名な歌劇団ってあんな感じだろうか、というものである。

その乱入事件の目的はもちろん須賀京太郎ではなく。

どこから現れたのか黒髪の女の子が美人の傍でうれしそうに涙を流していたというのがどうやら事件の終わりだったらしい。




「よし、そうと決まれば善は急げ、だよな」

須賀京太郎は事件の起きたPCルームから麻雀部の部室を目指して歩き始める。

事件のあまりの唐突さに放心している間にどうやら当事者たちはさっさと行ってしまったらしい。

部室の位置は新入生のしおりで確認できる。

階段を上がり、廊下を進み、普段は使われていない教室の前にたどりつく。

なんだか中から楽しそうな声が聞こえる。

さっきのアレが成功したからなのだろうか。

女子のきゃあきゃあと騒ぐ声がとぎれなく続く。

自分が入るとこの空気を壊してしまいそうな気もする。

それでも、と須賀は思う。

こちらだって決心してきたのだ。

きっかけは何、と聞かれたらものすごく困るけれど。

それでも須賀京太郎の手は、麻雀部の戸へと向かっていた。





とんとん、と戸を叩く。

戸を引きながら、失礼します、と頭を下げる。

「やあ、珍しいな。来客かー?」

わはは、と小柄な女の子が笑う。

「あ、あのっ!今日はこちらに入部させていただきたく馳せ参じましたっ!」

須賀の声に部室の女子たちが目を見合わせる。

もともと鶴賀学園麻雀部は部員の人数が足りていない。

女子が三人と、男子がゼロである。

実は女子の方は一人だけ都合がついているのだが、そんなこと外部の人間は知らない。

そこではなく、男子の麻雀部員がいないことが彼女たちの戸惑いの原因である。

「あー、君、見ての通り私たちの部には男子がいないのだが……」

「構いません!」

かくして鶴賀学園麻雀部唯一の男子、須賀京太郎の入部が決定した。




半ば勢いで入部を決めた須賀は、改めて部室を見まわす。

部員は三人だろうか。

先ほどPCルームに来た凛とした美人。

目がくりっとおおきく毛先にすこしクセのある小柄な女の子。

切れ長の目に片側の前髪を垂らしたポニーテールの女の子。

あれ、さっき涙を流していた黒髪の女の子は……

「同じ日に入部とは妙な縁かもしれないっすね」

ぽん、と肩を叩かれる。

「ああ、よろしくな。俺、須賀京太郎ってんだ」

隣にいたのに気付かなかったことに少し申し訳なさを感じながら挨拶を返す。

「たった今自己紹介を終えたばかりなのだが、まあいい。須賀君も来たことだし」

「そうだなゆみちん。別に減るもんじゃないし、めでたいからな」





「それでは私から。蒲原智美だ。よろしくなー。部長をやっているぞー」

なるほど、部長さんだったのか。

「加治木ゆみ。三年生だ」

さっきの事件もあわせて加治木先輩の名前は忘れられないだろう。

「津山睦月です。二年生です。よろしく」

ということは二年生は一人なのだろうか。

「私は東横桃子っす。一年生っすよ」

口癖なのだろうか。特徴的だな。

須賀京太郎は頭を下げる。入室したときより深く。それこそ規律の厳しい運動部がそうするように。

「一年、須賀京太郎です!よろしくお願いします!」





「それで、須賀君はどれくらい打てるんだ?」

「いえ、打てないです。せいぜい名前知ってるくらいです」

須賀は正直に話す。見栄をはってもしょうがない。

「ふむ。初心者か。なんにせよ興味をもってくれたのはうれしいことだな」

「じゃあ今日は須賀くんに麻雀を教えるぞー」

わはは、とさらりと言ってのける。

「えっ、いいんですか?」

大きな目をした部長は卓の方に向かいながら言う。

「覚えることはけっこうあるしなー。何よりわからなかったらつまらないだろー?」

須賀以外の四人の部員はもうそのつもりで動き始めている。

素人に対しては当たり前の行動なのかもしれないが、それでもやっぱり、うれしかった。




素人・須賀のための麻雀教室は基礎的な部分から始まった。

まず牌には種類が四つあること。すなわち萬子、索子、筒子、字牌である。

その四つのどれかしらで面子というものを作る。

面子には、順子と刻子という二種類がある。

順子は五六七のように数字の階段を指し、刻子は三三三のように三つ揃えたものを指す。

その面子を四つと雀頭 (これは同じ牌を二つ揃える) が出来ればアガリ、というわけである。

その完成形の難易度に応じて点数が変わる、というのが須賀の理解できた範囲であった。

これ以上の細かいことは口だけだと混乱するから実戦を見たほうがよい、というのは加治木先輩の弁であった。

それなら教えるのが上手なゆみちんのを見たらいい、というのは蒲原部長の弁であった。

ちなみに津山先輩もそれにはうなずいていた。

東横さんはむずかしい顔をしている。どうしてだろうか。

須賀京太郎はこれから初めて目の前で麻雀を見ることになる。

漠然と、面白そうだなという期待を彼は持っていた。




席決め、親決めを経て山から手牌を作っていく。

先輩方が逐一説明してはくれるもののサイコロの目のあたりで須賀の頭はパンクした。

須賀はそんな細かいルールより目の前の麻雀に集中することに決めた。

手牌を見やすいように整理する。これを理牌というらしい。加治木先輩が教えてくれる。

先ほど決めた親からツモを始める。

山からツモり、必要なら手に入れ、不必要なものを切る。

基本的には麻雀はこの流れで進行していく。

徹頭徹尾そんなに気楽なものであるわけがないのだが。

卓についている四人を見てみると、他人の捨て牌をきちんと確認している。

巡目が進むにつれてそれぞれの考える時間が少し長くなったように須賀は感じていた。

加治木先輩に尋ねると、捨て牌から相手の手を考えているのだと言う。

手牌と捨て牌のあいだにどんな関連性があるのか須賀にはまだわからなかったが、なぜか納得はいった。






次第に空気がぴしりと引き締まっていく。

単純な話だ。やる以上は勝ちたい。負けたくない。

相手の待っている牌を避け、自分の手を完成させる。

必然、情報源となる河から考える。

押してもいいのか。それとも引くべき手なのか。

須賀京太郎は四人の考えている内容こそ理解はしていないものの、四人がそれぞれ考えているという事実を受け止めていた。

ふつりと小さな感情が起きた。

「それっすよ!タンピンドラ1で3900っす!」

東横桃子が声を上げる。

蒲原部長から点棒をもらってうきうきしている。

「それじゃあ東二局いくっすよー」

そういえば麻雀というのはこの一連の流れを何回やるのだろう。須賀は本当に何も知らなかった。




「とまあ、これが麻雀というゲームの流れになるな」

東風戦、これは親が一人一度まわることを指す、を終え加治木先輩が口を開く。

「すごいですよね。自分の手のこと考えながら相手の捨て牌見て考えて……、って」

須賀は思っていたことを素直に口に出す。

「うん。まあ、慣れみたいなものもあると思うよ」

津山先輩が返す。

慣れであんな作業を当たり前のようにこなせるのか、と小さな感情がうねりを増す。

「自分の手が思い通りになったとしても相手がいるから難しいんだよなー」

そうだ。さっきの対局中にも何度も渋い表情を見た。

できる限りの知恵を絞ってなお、運という要素に振り回される。

「そこで工夫を利かせるのが麻雀の面白いところだと思うっす!」

須賀京太郎は東風戦を一度見ただけではあるが、ひとつの確信を得た。

麻雀は、面白い。

技術と運と二つを揃えてはじめて勝負になるのだ。

それまで麻雀に興味のなかった男は、たった数十分で麻雀に強い興味を抱いた。




そのあと、麻雀部員たちは東風戦と東南戦の違いを教え、現在は東南戦、半荘が主流であることや

ポンとチーの鳴きを教えた。

「そうだな……。須賀君、パソコンは持っているか?」

本当に教えてくれるのは加治木先輩で決定したらしい。

「はい。パソコンならありますよ」

「それなら家に帰ったあとネットで役を調べてみてくれ」

「役、ですか」

「ああ。かなりの数があるから覚えきるのは難しいだろうが、目は通しておいたほうがいい」

「それが終わったら符計算とかも覚えないとなー」

フケイサン? まったく耳慣れない言葉もまだまだあるものだ。

それから半荘四回戦を見学し、須賀京太郎の初の麻雀部としての活動は終わりとなった。

明日から女子部員がもう一人増える、と部長が言っていたがそんなことよりは宿題が頭を占めていた。

役やルールを覚えれば卓につけるのだろう。同じ土俵に立てるのだろう。

須賀は、純粋に部員と卓を囲んでみたかった。



おしまい。
続きはのんびり。
妹尾さんには悪いことをしてしまった。

期待してる

乙ー

乙乙
なんか地の文が独特で好き

乙ー
鶴賀で嬉しい

乙ー
次の投下楽しみにしてる


書けるうちは書いていくスタイル
よろしくお願いします



パソコンへと向かう。

夕飯は済ませたし、部屋着にも着替えてある。

パソコンのスイッチを入れると同時に飲み物を準備に向かう。

ブラウザを立ち上げ、検索ワードを打ちこむ。

“ 麻雀 役 ” と検索をかけるとずらっとページが表示される。

須賀は特に考えることもなくもっとも上に表示されていた 「はやりんの麻雀教室!!」 をクリックする。

色鮮やかな画面に項目別のリンクとやけにスタイルのいい女性が映っている。

はじめての人のための役講座、というページがある。おそらく須賀にぴったりとあてはまるのがこれだろう。

クリックすると、” タンヤオから覚えよう! ” とある。

読んでみるとそこまで難しくなかった。要は2から8の数牌を使えばよいのだ。

次のピンフという役には星のマークがついていた。




須賀京太郎は眉間にしわを寄せる。

あまりにもピンフという役が複雑だからである。

役の高さとしてはもっとも低い一翻である。したがって単純な役であるべきだった。少なくとも須賀の中では。

星マークがついていた理由は、ピンフが完全に理解できれば他の役は簡単だという補足説明があったからである。

理解しきれないものはしょうがない。明日部活で聞いてみよう。

別の役を見始める。

なるほどピンフより複雑なものは確かになさそうだ。

どんどん翻数があがっていく。

そうして役満の場所までたどりつく。

須賀も男子である。役満にはやはりロマンを感じ、少しだけ見方が丁寧になった。

 「四暗刻とかってそんなにむずかしいのか……?」

麻雀未経験者が陥りやすい勘違いに見事にはまっていた。





朝のホームルームを待ちながら、クラスの友人と挨拶を交わす。

話題は昨日のテレビであったり、今日の授業についてであったり様々である。

担任が時間通りにやってきて出欠をとる。

担任が出ていけばそろそろ授業が始まる。たしか一時間目は数学だったか。

授業そのものを楽しむことはできなくても、友人たちと一緒ならなんのその、である。

こどもっぽい要素を含んだ小さな団結は当人たちにしかわからず、そのことも彼らの気分に繋がっていた。

まだ肌寒い長野の春のなか、授業は進行していった。


授業が終わり、ふたたび担任がやってくるのを待つ。

自宅へ持ち帰る教科書やノートをかばんに入れ、他愛もない会話で時間をつぶす。

やがて担任が来て、連絡事項があればその話、なければ放課後。四月も半ばになればリズムもできあがってくる。

今日はとくに連絡事項があるわけではないらしかった。




教室を出て、廊下を歩く。

頭の中はピンフでいっぱい。質問したくてしょうがない。

あんなに複雑なのにどうやら基本の役らしい。

ひょっとしたら理解してしまえば簡単なのかもしれない、と埒もない想像を膨らませる。

そうこうしているうちに部室の前へとたどりつく。

こんちはー、と軽めの挨拶をしながら中へと入る。

実は須賀からするとこの挨拶がけっこう曲者だったりする。

なにせ自分以外の部員は全てが女子である。

どういったものが適切なのかわかるわけがない。さすがに “ チィース!” はダメなんだろうと思うけど。

中へ入ってみると津山先輩がいた。

 「うん。こんにちは須賀くん。早いね」

 「そんなこと言ったら先輩はもっと早いじゃないですか」

須賀京太郎は人見知りをしない。

会って二日目だろうがなんだろうが、知り合ってしまえば話をするのは当たり前と考えている。

知らない人でも話しかけるのは別に普通じゃないだろうかと思っているフシすらある。

生来の気安さというか人懐っこさというか、そういったもののおかげで人間関係で苦労したことはとくにない。

 「ふふ、そうだね。そうだ、宿題の方はどう?」

 「あ、それでひとつ先輩に聞きたいことがあるんですけど」




ピンフがちょっとわかりにくいという話をすると、そうだよね、と先輩は笑い、牌を準備してくれる。

実物を使って説明してもらうとよくわかる。

津山先輩も教えるのが上手い。順序よく教えてくれる。

実際に卓について使うのはまだまだ難しいだろうけど、それでも知識としては手に入れられそうだ。

先輩の講座が始まって10分も経たないうちに加治木先輩、東横さんがやってくる。

 「感心だな。自分から人に尋ねられるのは立派なことだ」

 「向上心があるのはいいことっす!」

褒められるのもうれしい。本当にここの人たちは自分のことを気にかけてくれている。

そしてもう一度部室の戸が開く。

 「揃っているかー? みなの衆」

わはは、と部長が入ってくる。

ぱっと見た限り昨日と表情に違いはないと思うのだが、心なしかいいことがあったように見える。




 「我らが鶴賀学園麻雀部の六人目の戦士がついにくるぞー」

そういえばそんなことを部長が言っていた。昨日。

なんにせよ部員が増えるのは歓迎すべきことである。きっとその方が楽しいだろう。

 「さ、入っておいで。かおりん」

部長の後ろからおずおずと顔を覗かせる。

下半分の赤いフレームの眼鏡にゆるやかな金髪をサイドに垂らしている。

怯えっぷりからすれば、部長がどっかから拉致してきたんじゃないかと勘ぐってしまうくらいである。

 「え、えっと、妹尾佳織です。よろしくお願いします……?」

 「かおりんは私の幼馴染権限で麻雀部に入ることになった」

 「え!? そうなの!?」

今の驚き方からすると何も聞かされていなかったのはマジなのだろう。

拉致もあながち間違っちゃいなかった。





はじめ驚いていた割には落ち着いてみればにこにこしている。

すごい大物なのかもしれない。

というかほとんど無理やり連れてこられたようなものなのに怒らないのだろうか。

 「あの、蒲原に無理に言われたのなら強制するつもりはないぞ?」

 「いえ、大丈夫ですよ。智美ちゃんとは仲良しだし、協力してあげたいんです」

ふわっとより一層笑顔を深めて妹尾さんは言う。

部長と彼女のあいだにはきっと、強い絆のようなものがあるのだろう。

幼馴染というものには有無を言わさぬものがあると聞いたことがある。

そういうことなら、と部員たちが自己紹介を始める。

二日連続三度目である。




 「それで蒲原、妹尾さんはどれくらい打てるんだ?」

 「何を言ってるんだゆみちん。かおりんは麻雀なんて知らないぞ」

事も無げに言う。妹尾さんが打てないのは問題ではない。須賀だってド素人にうぶ毛が生えた程度である。

幼馴染とはいえ、麻雀を知らない人を部に連れてきているのはどうなのだろう。

わはは、といつもの表情は崩れない。

加治木先輩はため息をついている。

またか、といった感じを受けるため息である。

それでもなんだか許してしまいたくなるような雰囲気を持っているのが我らが部長、蒲原智美である。

たぶんクラスとかでもなんだかんだのうちに中心にいるような人なのだろう。

 「まあ、かおりんには私が責任をもって教えるよ。勝手もわかってるからなー」

須賀としては文字通り一日の長があるだけなので、一緒に教わってもよかったが別段止める理由もないのでそのままにしておいた。




 「じゃあそろそろ須賀君も打ってみた方がいいっすよね」

ぴくりと須賀の体が反応する。

確かに昨日、はやく卓を囲んでみたいとは思った。

だが、いざ言われてみるともういいの? という気持ちが起こらないでもない。

初めてプールに飛び込む許可をもらったときのように。

有り体に言えば、須賀京太郎はビビったのである。いきなりだったから。

 「え? もう俺打っていいの?」

 「役もそれなりに理解したら実戦っすよ!間違えちゃったらちゃんと教えてあげるっす!」

ぐっ、と。黒髪の横に小さなこぶしが握られている。

 「そうだな。じゃあさっそく席に着こうか。津山、いいか?」

 「はい。構いません」

外堀が順調に埋まっていく。

別に逃げたいとか考えているわけではないけれど。




娯楽に対する人間の追求というのは決して侮れるものではなく。

それは世界的に流行しているとはいえゲームである麻雀にも波及している。

全自動卓というやつである。

自分たちで洗牌をしなくても勝手に混ぜてくれるし、手で山を積まなくても下からせり上がってくる。

手積みだと失敗してしまうことや、あるいはイカサマの可能性を排しきれないために全自動がよいという側面もある。

無論、手積みで積み込みなどおよそ一般が関わるレベルの話ではないので触れないのが通例である。

須賀京太郎も昨日の見学で全自動卓を見てはいる。

ただ、自分の座った目の前に山がせり上がってくるのには小さな感動をすらおぼえた。

 「今回は席決めはしないことにしようか。もう座ってしまっているし」

とにかくこれから須賀にとって人生で初の麻雀が始まる。




結果そのものは四着ではあったものの、須賀にとっては大きな半荘だった。

役の申請を二度ほど間違えただけで大きな失敗をしなかったのである。

点棒計算はまだ勉強していないのでやってもらうことにはなったが、和了ることもできた。

麻雀そのものができたという事実が彼にとって何よりの収穫であった。

これから覚えるべきことはいくらでもあるのだろうが、打ってもいいのだ。

邪魔にはならない、と胸をはって言うにはまだ時間がかかりそうだが、麻雀部員として一歩踏み出した気がした。

 「これから猛練習が必要になるな」

加治木先輩がクールに笑う。

 「えっと、次は符計算かな、捨て牌かな」

津山先輩は思案している。

 「ほら、打ってみた方がいいって言ったっすよね?」

東横さんは若干ドヤ顔をしている。

いくらでも練習しましょう。符計算でもなんでも覚えます。これからもどんどん打たせてください。

もっと和了りたい。振り込みたくない。




 「よし、そろそろお終いにして帰ろうか」

あれからもう半荘打ってもらったあたりで部長が声をかける。

二度目の麻雀はときどきヒントをもらいながらのものだった。

確度はまったく頼りないが、それでも危険牌らしきものがどういうものかは少しわかった。

言われてみればなるほどとは思うものの、自力じゃ気付けないのが初心者の証である。

次からはもっと自分で考えてみようと須賀は決心する。

 「今日はみんなで帰ろうか。せっかく勢ぞろいしたんだしなー」


部室の鍵を閉めて職員室に返し、みんなで校門まで歩いて行く。

夕日の差す中、家の方面やら何やらを話しながら六つの影が進んでいく。

須賀京太郎は徒歩で通っている。一山越える必要があるけれど。

部長と妹尾さんは歩いて帰れる距離らしい。

加治木先輩、津山先輩、東横さんは電車で高校に通っているそうだ。

校門を出てわりと早い段階でひとりぼっちになってしまうことが判明したが寂しくない。決して。



今日はここまでです。
レスくださってありがとうございます。励みになります。

楽しみにしてるぜ

乙ー

初心者同士、妹尾さんと仲良くなれそうだな。これは期待

おつー
独特な文体で面白いね

乙ー
楽しみ

よろしくおねがいします



妹尾先輩が麻雀部に来て一週間が経った。五月も間近である。

麻雀部の活動は単純なものである。何はともあれ対局が中心だ。

ただし六人の部員であるため二人ほど余ってしまう。

初心者ふたりが余ってしまうと練習にならないため、そこには気を回してもらっている。

つまり初心者のどちらかは常に卓に入ることになっている。

練習的な観点からするとちょっと申し訳ないような気もする。

だが、そこは自分がはやく成長すればよい、と須賀は前向きに考えることにした。


一週間とはいえ打ち続ければ色々と見えてくる。

以前に比べれば冷静に局を見ることができる。

素直に打つ限りにおいていらない牌の順位づけもできるようになってきた。

あとは手をどのように進めていくかの判断基準を作ることが課題になるだろう。

加治木先輩から出されている宿題もやらねばならない。

符の暗記である。

複合しまくるからこれがなかなか敷居が高い。

経験者が言うにはこの細かい理解が勝負を分けることが多々あるのだそうだ。

じゃあ満貫以上を和了り続ければいいのでは、と言ったらチョップされた。




卓に着いていないときは後ろから見せてもらう。

もう一人余った人に打牌や鳴きの説明をしてもらう。実はこれがけっこう面白い。

人によって考え方がずいぶんと違う。

当然どの考えにも理があり狙いがある。

しかし絶対の正解などないらしい。

場面に応じておそらく適切であろう動きは絞られてくるが、それでも正しいとは限らない、と言う。

もとより運に支配される部分のある種目である。理不尽と言ってしまえばそれまでだろう。

そこにも魅力を感じた須賀は考える。

ならば麻雀における強さとは何を指すのか。

麻雀の名門校どころかプロリーグまで存在する世の中である。

ほぼ間違いなく強弱はあるのだろう。

しかし、今の須賀には答えの出せる問題ではなかった。




ゴールデンウィークの始まりを週末に控えたある日、部長が口を開いた。

 「京太郎はどうする? 個人戦に出るかー?」

話題の振り方がものすっごい唐突なのはもう慣れた。

ちなみに呼び方は部員なのによそよそしいのはイヤだからだそうだ。

 「個人戦ですか?」

女子は団体も個人も出るらしい。

かおりんが来てくれたから団体も出れるんだー、という声を聞いて妹尾先輩がびくっとする。

これはまた聞かされていないパターンなのだろう。

智美ちゃん智美ちゃん、と裾をひっぱる姿がいじらしい。

 「そうだ。県予選が六月の終わりにある」

県予選。勝ちあがれば全国大会が控えている。

全国ともなれば各県の代表が一堂に会し、しのぎを削る。

麻雀を始めたばかりの須賀にとってはなんとも胸の躍るイベントである。




 「勝てるかどうかは別だが、いい経験になると思う」

加治木先輩がさらに続ける。

 「麻雀って運ゲーな部分もあるから勝っちゃうこともなくはないっすよ?」

そういう話を聞いてしまうと俄然やる気が出てきてしまう。

須賀は自分を漫画の主人公だとは考えていないが、そこはまだ高校一年生。夢だって見たい。

理不尽が自分に味方するなんてことだってあってもおかしくない。

運も実力のうち。

勝つどころかまだ登録すらしてないけど。

うんうんと頷いて妹尾先輩を落ち着かせている部長に声をかける。

須賀京太郎の長野県予選への出場が決まった。


鶴賀学園がダークホースだの台風の目だの言われるのはもうちょっと先の話である。




その日曜日。

運動部そこのけ麻雀部だって練習である。

しかも部室は独占だから一日中やってもまったく問題ナシである。

グラウンドとか体育館を使う部は譲り合いしないとならないから大変だよな、などと須賀は思う。

その裏には成長したいという願いから来る感謝のようなものがあったりする。


吸収がよいのか初心者二人も次第に打牌に意図が見えるようになり、その成長を三年生たちはほほえましく眺める。

ツモったら手を止めてきちんと考える。基本的なことである。

その基礎ができない限り、余計な技術は意味を成さない。文字通り余計になる。


鶴賀には麻雀に関して導いてくれる先達がいなかった。

三年生二人は自力で道を拓く必要があった。

顧問も名義貸しであり、積極的になにかをしてくれるということはなかった。

なにせ初めは二人、学年が変わって三人という有様である。

練習試合も組むことはできなかった。

それでも試行錯誤しながら練習を続け、しっかり上達していった。

別にそのことを吹聴することはなかったが、彼女たちの指導に安心感があるのにはその背景が関係しているのかもしれない。




日曜練習が始まってしばらく経つ。そろそろお昼ご飯を考えてもいい時間である。

揃ってお弁当を持ってきてはいたが、どうしてか飲み物を忘れてきてしまったものが数名いる。

蒲原智美、津山睦月、東横桃子、須賀京太郎の四名である。

 「仕方ないなー。コンビニに行くぞー」

自販機でもよかったのだが、品ぞろえとおやつのことを考慮したらしい。夕方まで練習するから、と。

よく誤解されるが、たいていの場合コンビニというのは学校に近いところにある。

田舎だのなんだのというのはあまり関係がない。

単純に生徒を客層と捉えれば、近くに出店するのは当たり前のことと言える。

鶴賀学園もその例に漏れず、歩いて五分くらいのところにコンビニがある。


二人だけ部室で待つというのもアレなので六人全員でコンビニのドアをくぐる。

それぞれ思い思いの場所に散らばっていく。

学校の近くであるために知り合いが中にいたりする。

須賀も友人と軽く挨拶を交わし、飲み物とおやつを探しに移動する。




うむむ、と唸る。

眼前にあるは、おせんべい。

唸るは鶴賀学園麻雀部二年生、津山睦月。

傍目にはおやつを何にしようか悩んでいる少女にしか見えないだろう。

否。何を買うかなどとうの昔に決まっている。

彼女にとって重要なのはどの袋を手に取るか、というただ一点である。

何を隠そう津山睦月はこのおせんべいについてくるプロ雀士カードのコレクターなのだ。

それならいくつか買っちゃえば? と言われれば彼女は反論する。

このおせんべい、けっこう美味しいのである。

あればついつい食べてしまう。それはなんというか女子高生としては、いけない。

だから買うなら一袋。だから吟味に吟味を重ねる。

吟味したところでレアカードが出るわけではないのだが、心情としてそうせざるを得ないのだという。

切れ長の目は真剣そのものであった。




おせんべいハンターの手が動く。

標的を決めたようだ。

がっしと袋をつかみ、レジへと向かおうとする。

はて、と須賀が声をかける。

 「あの、津山先輩、飲み物はいいんですか?」

はっと手元を見つめ、ぎぎぎ、と固い動きで振り向く。

 「う、うむ。そうだったな」

そそくさと飲み物のある棚へと向かっていく。

意外とうっかりさんだったりするのだろうか。

何にせよ須賀も飲み物を調達しなければならない。おやつはまあ、ぴんと来たら。




学校へ戻ってお昼休憩。

お弁当を食べたらのんびりとした時間がやってくる。

顧問も練習に付き合うわけではないため、こういうときは相当に融通が利く。

ちょっと面白いものを見せるぞ、と蒲原部長がパソコンを立ち上げる。

ちょっと面白いものとは部員の戦績表である。

これまでの勝率、和了率、放縦率などさまざまなデータがそこにある。

驚くなかれ、なんと部長が自分で打ち込んでいるのだという。

 「こればっかりはゆみちんにも譲れないなー」

部長としてずーっとやってみたかったらしい。

東横と須賀の両名が入部するまでは四人打ちすらままならなかった部活である。

無理に察しようとするのは無粋なのだろう。

ちなみにその他の部に関する実務は加治木先輩が請け負うのは暗黙の了解となっている。




須賀としては一番気になるのは自分のデータ。

全体として勝率が低いのは仕方ないだろう。

他の部員のデータと比較すると放縦率が高いことがわかる。

つまり相手の待ちに振り込んでしまうのだ。

妹尾先輩も同様に放縦率が高い。まだまだ二人とも読みが甘いのだろう。

 「いいかー? それでこうすると」

週間の成績に切り替わる。なんと丁寧な仕事だろう。

よく見ると全体のものより今週の成績のほうがちょびっと良い。

なるほどこう見ると多少は成長しているであろうことが読み取れる。

他の人のを見るとまだまだだなあ、なんて思ってしまうが。

ちなみに妹尾先輩の平均打点は心臓に悪いから見ない方がいいぞ、とご忠告をいただいた。




練習を再開して、たまに休憩をはさんで、日が傾いて。

たまには牌でも磨こうか、と提案が出る。

部活で使う道具を大切にする。青春といえばそういう映像を浮かべる人もいるという。

幸い鶴賀学園麻雀部にはそういったことをないがしろにする人はいなかった。

卓から全部の牌を取り出す。

きゅっきゅっと柔らかい布で丁寧に拭いていく。

案外この作業は集中してしまう。

誰一人として声を発することなく牌を磨く。

やわらかい時間が過ぎていく。

なぜかほとんど同じタイミングで全員が牌を磨き終わって。

須賀はちょっと恥ずかしいセリフの一つでも言ってみたい気分になった。


今日はここまでです。
早く書ければそのときに。

乙ー

乙乙

おつおつ、なんか雰囲気の良いSSだな
期待してる

期待

美的センス に ふれてはいけない

よろしくおねがいします



蒲原智美を知る人間に彼女がどういう人間かを尋ねてみるとなかなか面白い。

いつも笑顔を絶やさないだとか、細かいことを気にしないだとかは共通の認識としてあるらしい。

だが共通する意見がもう一つある。

蒲原智美を中心に据えるとなぜか物事がうまくいくような気がしてくるのだという。

そこにどういう理屈があるのかは誰も知らない。

本人はそもそも効果を及ぼしていることに気がついていない。

だが、かつて行事と名のつくもので彼女が関わって失敗したものはひとつとしてない。

麻雀部設立には実は彼女が一年のときの文化祭が大きく関わっていたりするが、それはまた別の話である。

そんな蒲原智美が目に見えてわくわくしている。

ゴールデンウィーク中の月曜日、時刻は午前十時である。

須賀は部長のわかりやすい表情の変化って何気に珍しいな、などと考えている。


 「部員の親睦を深めるために、明日みんなでお出かけしよう」




鶴賀学園麻雀部は全員あわせて六人である。

内訳は女子が五人、男子が一人となっている。

女子はぎりぎり団体戦に登録することができるが、男子はまあしょうがない。

活動そのものは真剣にやってはいるが、当初の目標は女子団体出場だったため達成が確定している。

さらに言えば、よその麻雀部からは存在していることを知られていないため練習試合も組めない。

よって対外的には自分たちの実力がどの程度なのかがわからない。

必然的に、まあ記念出場になるだろう、くらいのノリになる。

ならば記念出場の前にだって思い出を作っておきたい。

このメンバーで過ごす季節は最初で最後なのである。

だからこそのお出かけなのである。

こういった事情を共有しているから、加治木ゆみも何も言わない。

なんてったって高校生である。楽しいことは大好きである。

一年生も二年生も反論なんて初めから考えていなかった。




遠足気分を味わおう、ということで翌日は駅前に集合となった。

須賀は待ち合わせの三十分ほど前に到着した。もちろん意図してのことである。

慕っている先輩たちを待たせたくはないし、何より女性を待たせるなんて忍びない。

時間通りに来れば別に問題ないでしょ、という女性も多数いるが、そういう話ではないらしい。

とにかくあとは女性陣を待つだけである。


約束の時間の十五分前に到着したのは加治木ゆみ。

アイボリーカラーの細めのパンツに黒を基調としたアーガイル柄のベストを白のシャツに合わせている。

ベストは胸元の開きがなかなか深いところまで来ている。

足首がはっきり見える足元はわずかにヒールのついたサンダル。

須賀のイメージ通りアクセサリの類は何もつけていないが、不足を感じさせるわけではない出で立ちであった。

あとで部長に加治木先輩ってどれくらいモテるんですか、なんて聞こうかなあと思う須賀であった。


加治木先輩と朝の挨拶を交わし、雑談を始める。

少しすると津山先輩がやってくる。

胸元にパンクな書体でななめに書かれた白色の英語がタイトな黒のTシャツに映える。

スキニージーンズの裾をちょっとまくり上げており、パンプスがきれいに見えるかたちになっている。

また首元のチョーカーが彼女のシャープな印象をうまく補助している。

普段の制服だとわからないがポニーテールという髪型は首筋がはっきり見える。

女性の武器はどこにでも転がっているものだ、と須賀は驚嘆していた。




待ち合わせ場所に三人となり、またすこし経つ。

次に来たのは東横桃子である。

上は短めの白の半そでのTシャツにかわいらしい黒のキャミソールを合わせている。

下は色のうすいジーンズのミニスカートからは膝下まで黒いレギンスが伸びている。

さりげなく左の手首には革のアクセサリが巻かれている。

いつも自分はカゲが薄いだの目立たないだの言っているが、そんなもん却下である。

街中で耳目を集めたっておかしくないレベルである。スタイルの良さも含めて。

もし東横さんを地味だとか言うヤツがいるのなら、正座させて説教しようと須賀は決心した。


予定の時間の五分前。残った二人がやってくる。

ほらみんな待ってるよ、とか時間通りだから大丈夫、などと聞こえてくる。

妹尾先輩は白のシンプルなワンピースにパステルピンクのカーディガンを羽織っている。

バスケットなんて持たせたら一気にドラマのワンシーンになりそうなくらいのハマり具合である。

蒲原部長はビビッドピンクのTシャツにオーバーオールを着ている。

腰をベルトで絞っているぶん、下半身部分のゆったりさが際立っている。

おそらくそのままだと長すぎるのだろう、すねの半分くらいまで裾を折り返している。

くるぶしまでの靴下に動きやすそうなスニーカーで完成した姿は控えめに言って超似合っていた。

鶴賀学園にこれ以上この服装が似合う人間がいるとは到底思えない。下手すれば長野で一番似合っている。


須賀は冷静に考える。

今日、街中で名も知らぬ男に刺されてもおかしくないな、と。




六人揃って向かうはショッピングモール。

それはそれはデカい。

なにせ長野中の若者が買い物しに行こう、となったら全員が全員やってくる。

ショッピングモールの名を冠してはいるが、中にはなんでもござれ。遊ぶ施設も充実している。

一回や二回来た程度ではとても全部を回ることなんてできない。

常連でもこんな店があったのかと新たな発見をすること請け合いの規模なのである。


お昼にはまだ早いから適度に時間を潰そう、ということで。

一行はさまざまな運動が楽しめるアミューズメント施設へと足を運んだ。

まだやったことないものをやってみたいとの声があったため、ダーツをやってみることにした。

カウントアップというゲームはおよそダーツを知らない人がイメージするダーツである。

真ん中の点数が高く、中心を除けば放射状に点数が配置されている。

また同心円状に細く二倍や三倍のゾーンが存在するが、初めての人にとっては運の要素が大半を占める場所である。

それは経験者からみればほとんどギャグみたいな点数だったが、きゃあきゃあと楽しそうな声は絶えなかった。




ダーツに続いて選ばれた種目はボウリングである。

ダーツに比べて全員こちらの方がまだ慣れがある。得意かどうかは別にして。

ならば二チームに分かれて合計点で勝負しようじゃないかと部長が提案する。

負けた方が昼食後のデザートおごりというルールが決められた。

 「かかってくるんだなー。新入りどもー」

わはは、と部長が腕を組み構える。

チームAは、蒲原智美、加治木ゆみ、津山睦月の麻雀部を支え続けた三人。

対するチームBは、妹尾佳織、東横桃子、須賀京太郎の最近入部した三人。

全員が全員の実力を把握していない真剣勝負が始まる。


誰か一人が投げようとするたびに嬌声にも似たヤジが飛ぶ。

なんとも平和な争いである。

スペアだろうがガーターだろうがやいのやいのと大騒ぎである。ストライクは出ない。


低次元な激闘の結果は、最近入部した三人の勝利で終わった。


蒲原智美の敗因は計算違いであった。

なんでもソツなくこなしそうな加治木、津山の両名が予想以上にボウリングが下手だったのである。

まあ蒲原的には二人とも予想以上にかわいかったのでよしとする。




さんざん騒いでお腹の減り具合もちょうどよくなる。

フードコートだけでも相当の大きさなのだが、さすがにゴールデンウィーク、席が埋まっている店もちらほら見える。

六人テーブルとなるとそこかしこにあるサイズではなくなってくる。

また高校生である自分たちのお財布事情のことも考慮し、ファミレスに落ち着いた。

もちろん三人は勝者としてデザートをおごってもらった。


午後はショッピングがしたい、と東横さんが言うと女性陣が大賛成。もちろん仰せのままに。

 「須賀くんもいずれこうやって女の子のショッピングに付き合うようになるんすかねえ……」

 「この状況は無視なの!?」

何気に東横・須賀の掛け合いは麻雀部の名物になりつつあったりする。

当人同士もけっこう楽しんでいる。

一行は服やアクセサリが売っている場所を目指して歩いて行く。




須賀はさしてファッションに詳しくない。

というかこれまであまり興味を持ってこなかったため、服に傾向というものが存在することを知らなかった。

今回のお買い物でそういったものがあることを知ったのが収穫の一つだったろう。

入る店によってこれは誰に似合いそう、というのが変わるのである。

当然女性の洋品店に入ったことのない須賀は自分の知っているのとまったく別の世界にたじろぐ。

服を手に取り、姿見で自分の前に合わせて確認する。

もうこの段階が須賀にはないため、なるほど時間がかかるわけだ、とひとり納得する。

これは? これは? と衣装を変え、あるいは女性陣に尋ね、あるいは店員に聞く。

もはや見ている以上の手が打てそうにない。

みんな楽しそうにしているので全然構わないけど。

 「さあ次行くっすよー!」

なんて言いながら何も買わないのをみてびっくりしたのは内緒の話である。




ショッピングモールの中心にある広場。

一行はそこで休憩している。

それぞれ満足のいくお買い物ができたらしくホクホク顔である。

そろそろ陽が傾き始める時間。女の子の買い物は時間がかかるというのは嘘偽りのない事実であるらしい。

みんなで何かもうひとつ遊んで終わりにしたい。

満足度的にも時間の余り具合的にも全員の意見は一致していた。

となればそこは高校生。

カラオケに行くのは自然な流れなのである。


それは今日一日でさらに近づいた麻雀部の確認の儀式のようなものだったのかもしれない。

みんなで盛り上げて、笑って。

先輩後輩もなくふざけあって。さすがに敬語は崩さなかったけれど。

ドリンクバーですさまじい飲み物を作られたりもしたけれど。

須賀は帰り道で今日のことを振り返って、笑みがこぼれるのをおさえられなかった。



今日はここまでです。
全国出ようかどうしようか。

文句の付けようがない青春の一幕。乙です。

乙ー

投下乙、無理に全国行かなくてもいいとは思う。

行ってもむっきーが悲惨な目にあう未来しか見えんしな

シロ「ちょいタンマ」

小蒔「Zzz…」

漫「ウチかてそろそろ爆発するはずやし」

辻垣内「面白い奴が出てきたようだな」

むっきー「」


(アカン)

>>73,74
これはむっきールート確定ですな

よろしくおねがいします



遊びにも行ったし、たくさん練習もしたゴールデンウィークも終わって学校が始まって。

次に控えるは、テストである。

学生たるもの学業をおろそかにしてはならない、と言葉にせずにプレッシャーを発している。

真面目に勉強している学生には別にプレッシャーでも何でもないのだが、そこは世の常、人の常。

お勉強が苦手な人種だってたしかに存在するのである。

我らが須賀京太郎はどちらかといえば苦手なタイプの人間である。


テストの一週間前に部活は活動休止に入るため、多くの生徒はそこから本腰を入れるのが通例となっている。

お気楽さんや謎の自信を持つ人々はこれに含まれない。

ちなみに一年生は受験が終わって以来のテストになるため気が抜ける確率が上がったりする。

気が抜けなかった一年生は初めが大事、ということでけっこう頑張る。

さて、麻雀部の面々は勉強の方は大丈夫なのだろうか。




東横桃子は自称目立たない人間である。

だから授業中は真面目にノートをとり、話を聞く。

麻雀においてもハイレベルなデジタルを使いこなす彼女は頭の回転も早く。

いわゆる “できる子” に分類される。

騒ぐことなくノートも丁寧、提出物も完璧。

教師陣からの評価も良好である。

所属が運動系の部活ではないため体育は得意ではないが、そこはご愛嬌。


津山睦月は良くも悪くも普通である。

基本的にはきちんと授業を受ける。

だが、授業中になんだか退屈で窓の外を眺めることもあるし、前日夜更かしすれば眠いこともある。

友達とこっそり手紙を回したりなんかすることだってある。

飛びぬけて得意な科目もなければ苦手意識を持っている科目もない。

常に平均点の十点くらい上を行ってきた。

津山睦月は良くも悪くも普通である。地味だなんて言ってはいけない。




妹尾佳織はけっこう得意不得意がはっきりしている。

文系のほうが得意で、理系のほうが苦手である。

しかし彼女の周りには助けてくれる人が大勢いる。だからそんなに困ることはない。

妹尾佳織ににっこり笑顔でありがとうなんて言われた日には男女問わず顔がほころぶ。

誰にでもやさしく、あたたかく。

場合によってはおろおろしてる様子も評判がよかったりするが、それは信頼の別の形でもあるのだ。


蒲原智美と勉強はかなり相性が悪い。

部活を引退してしまえば受験一直線のはずなのだが、それを感じさせないくらいに勉強に類する単語は出てこない。

小学校のころ、男子と外で走り回るほうが性に合っていたため、勉強はイヤなものと刷り込まれてしまったらしい。

別にじっとしているのが苦手とかいうわけでもない。それだと麻雀はできない。

でも、なんだか、机に座ってノートをとっているとどこからか睡魔がやってくるのだという。

そして終わりのチャイムと同時に目を覚まし、次は頑張ろうと決意を新たにするのだという。常に。

どれだけ集団全体を見渡す力があっても、どれだけ人望があっても、それとは関係なくテストは行われる。

世間話程度にテスト近いですねー、なんて須賀が言ったらちょっと遠い目をしたらしい。

それでも逃げ続けるのはいけないと思っているらしく、対策を立てているのだそうだ。




加治木ゆみは蒲原智美専用の講師である。

正確には、その予定である。

 「ゆみちんには手がつけられないなー」

わはは、と部長が拗ねるくらいに勉強ができる。

もともと理解力の高い頭脳に加え、妥協を許さず研鑽を積む彼女は控えめに言ってもすごい。

試験の成績は学年トップを争う。

才色兼備を地で行っている、ともっぱらの評判である。

その他振る舞いなどを含め、クラスメイトからは頼れる姐御みたいな扱いを受けている。

本人としては女子高生の身空でそんな扱いはさすがに困ってしまうらしいが、同調圧力というものは怖ろしい。

だがまあ、心配する必要のない御方なのである。


そんな麻雀部員たちが試験に直面するにあたって、悲鳴をあげるのは二名である。




さて、日付はテストの八日前。

明日からは部活はお休みである。

 「ゆ、ゆみちん? 助けてほしいんだけど……」

まさかのしおらしさを帯びた救助要請に一年二人はびっくりする。そんな状態が存在するのか。

 「蒲原、お前そろそろ一人で勉強することを覚えないとまずいんじゃないか?」

初めのあたりは軽くあしらう。

ここまでを津山睦月は何度も見ている。

普段ならば、つれないこと言うなよー、くらいの返しがあって加治木ゆみが折れる。ため息つきで。

だが今回はいつもと様子が違っていた。

笑顔を絶やさぬことで内外に知られる蒲原智美の顔が青ざめている。

かたかたと細かく震えているようにすら見受けられる。

 「あんまりこういう言葉は使わないけど、今回はいわゆるマジ、ってやつ、かも……」

わはは、と力なく笑う。歯切れも悪い。

加治木ゆみはこの瞬間、ここから先の一週間が自分の勉強どころではなくなることを悟った。

妹尾佳織は如来のような微笑みを浮かべて、幼馴染のお世話確定の先輩に慈愛の視線を送る。

 「あ、あの、頑張ってくださいね……」




目の前の展開を一部始終ながめていた東横桃子が口を開く。

 「須賀くんはテスト大丈夫っすか?」

 「最初の中間くらいどうにかなるさ」

 「……範囲ちゃんと知ってるっすか?」

須賀はそんなもの知らない。たぶんテストの三日くらい前にやっと知るはずなのだ。

だから同い年の女の子の問いかけに顔を引きつらせるのだ。

さて、これで須賀は勉強せざるをえなくなった。

だってテスト範囲について聞いちゃったから。

知らなかったぜ!なんて甘ったれたことは言えなくなったのである。

梅雨も近づく曇り空。

気分はなんだか沈んでいく。

部長とは比ぶべくもないけれど。




須賀京太郎は知っている。

麻雀初心者である自分がいきなりヒーローになれないことを。

積み重ねを跳び越えることを許されるのは天才だけであるということを。

須賀京太郎は知っている。

自分が非才の身であることを。

自分には積み重ねがまだまだ足りないことを。


だから目の前の試験の結果が芳しくなくても仕方ないのである。

そうやって自分を納得させることにした。

次からは頑張ろう、とそう決心した。

その決意が続くかどうかは精神力次第。頑張れ。

一つの経験をした若者は大きく成長する。

男子三日会わざれば刮目して見よ。

 「いやそんな疲れた笑顔で言われても説得力ゼロっすからね?」




ただまあ、もうちょっと深刻な人がいて。

がくがくがく、と手元が震えている。

両手に握られた紙の内容を見るのはむずかしいだろう。

たしかにだんだん気温が上がってくる時期ではあるが、まだ汗をかくレベルではない。

しかし部長の顔からは汗がだらだらと流れている。

加治木先輩が額に手をあて、やれやれと首を振る。

 「最善を尽くしたつもりだったのだが……」

積み重ねは学年を上げるほどに牙を剥く。

牙を剥いて蒲原智美に襲いかかったのだ。

言い方を変えれば自業自得ということである。仕方ない。

今日この日、部内に蒲原と須賀の両名に妙な絆のようなものが生まれた。

その絆はどう見ても不名誉なものだったけれど、当人たちは楽しそうなのでよしとする。




結果はどうであれ、テストが終われば気持ちはどうしたって県予選へと向いてくる。

あと一ヶ月と少しすれば、鶴賀学園麻雀部の最初で最後の大会が始まる。このメンバーで、という但し書きは入るが。

練習にも熱が入る。

最近は須賀と妹尾先輩の二人が卓から離れていても場が回るようになってきた。

外から見てても勉強になるほど成長しているのである。

やっぱりすごいねー、なんて呑気なひとことでまとめてしまうことも多々あるけれど。


実力がついてはじめて見える領域がある。

これまで当たり前のように見てきた打牌が途端に当たり前に見えなくなってくる。

局後に東横さんに聞いた場合は説明してもらうとわかる。

彼女の思考はデジタルであり、受けの形や打点の期待値など普遍的な理があるからだ。

津山先輩も近い思考の持ち主である。

部長は意外と守備的な戦術をつかうのだが、こちらもきちんと説明はつく。

冒険しない、というのは精神が強くないとそれはそれで難しいのだろうと須賀は推察する。

残る加治木先輩だが、実は彼女が初心者二人にとって不可解な打ち方をしていた。

部内ではもっとも戦績がよい。

なのに理不尽な打牌がときおり目につく。

直接聞いてみると、なんとなくそうした方がいい気がしたんだ、と事も無げに言う。

事実その理不尽な打牌は結果的に正しい選択になっているから不思議である。




加治木ゆみはデジタル的な麻雀もしっかり理解している。

基本的には牌効率も打点の期待値も計算はされている。

しかし、そうではない領域が確かに存在することを実感している。

身も蓋も無い言い方をすれば勘の一言で片付いてしまうが、そこを彼女はバカにしない。

もっとも効率のよい打ち方は、もっとも効果的になりやすい。

だが、最善手でない場合ももちろんあり得る。

誰だって次に引く牌のことなんてわかりはしないのだから。

もちろんのこと、加治木ゆみだって次の牌などわかるわけがない。

ただ、まれにあるのだ。

ひょっとしてこの手はこうなるんじゃないか、という薄い可能性の虫の知らせが。

この牌は切ってはいけないのではないか、という小さな確率の警鐘が。

その勘に頼るかどうかは時と場合による。

彼女の得難い才能は、それらの勘を信じると決めた場合、最後まで心中できる精神にある。

部内における戦績はその裏付けでもあるのだ。




長野の勢力図は極端であり続けた。

特に女子団体においては風越女子が絶対的な地位を築いていた。

どの学校も打倒風越を掲げ、毎年毎年散っていった。

その勢力図が、昨年塗り替えられた。

蒲原、加治木、津山の三人は会場に見学に行っていたため、目の前でそれを見ていた。


龍紋渕。


絶対を覆したその面々は、全員がまだその伝統を知らぬであろう一年生であった。

その事実は長野における高校女子麻雀界を震撼せしめた。

彼女たちが卒業するまでは他の学校に出番はないのではないかと恐怖した。

それほどまでに圧倒的な点差で風越女子を叩き潰したのである。

当然のことながら風越は去年のリベンジに燃えるだろう。

疑うべくもなく龍紋渕はさらに成長を遂げているだろう。

少なくとも決勝までいけば、この二校とあたることになるだろう。

決勝の前にあたる可能性もあるし、勝ち残れない可能性も十分にあるけれど。

やれるだけはやってみよう、というのが部長の方針であるらしかった。



今日はここまでです。

乙ー

乙ー
細かいが龍門渕だね

なにかいかついと思ったわけだ
恥ずかしいZE

筆が進まないのかな

よろしくお願いします



しきりに雨が降るうっとうしい季節のはずなのだが、どうしてか綺麗な青空が広がっている。

さすがに湿度は高いものの、長野の六月末には珍しいくらいの快晴である。

夏が来るまであと少し。暑さは相当なものだが、梅雨の過ごしにくさに比べれば待ち遠しい。

その夏をさらに燃え上がらせるために、東京へ行くために、今日から予選が始まる。

日程としては、女子団体予選→男子団体予選→女子個人予選→男子個人予選となり、

それ以降は予選の文字が決勝に変わり進行していく。

この大会は八日間連続して行われるものであり、当たり前のように平日にも食い込む。

会場側にとっていちいち麻雀用のセットを整えるのが非常に厄介なためそのような措置がとられている。

場内には四つの卓が設置されており、その全てがカメラにより撮影されそれぞれ別会場のスクリーンへと流される。

これは競技者、観客への配慮とイカサマの防止が目的である。

当然だが常に注目を浴びるのは強い学校と相場は決まっている。

出場校からすれば研究材料になるし、ファンからすれば知らない学校など見るに値しない。

長野県においてそれらのアンテナに引っかかるのは龍門渕と風越の二校をおいて他にない。

ちなみに一般には麻雀とは運の絡む種目であるため、長野はシード校を作らないという方針をとっている。

初戦からそれらの高校と当たるところはご愁傷様、せいぜい引き出しを開けてくれ、といった具合である。




鶴賀はというと、龍門渕とも風越とも違うブロックにいた。

予選は競技の性質上、四つのブロックに分けられる。

決勝を狙うのなら完璧といっていい配置である。

くじを引いて帰ってきたときの部長の褒められっぷりといったらなかった。

須賀を除く全員から頭なり顔なりを撫でくりまわされていた。

三人くらいは間違いなく後輩のはずなんだけどなんだかされるがままである。

とにかく、鶴賀の初陣の相手が決まったのだ。

応援しかできないけれど、なんとか力になりたい、と須賀はそう思った。


鶴賀学園の出番は会場の関係上、一つめの試合が消化されてからになる。

第一試合に出てくる風越の試合を見るのだろうかと先輩に尋ねてみる。

 「そもそも事前調査もロクにできていないからな。付け焼刃というのもあまりよくないだろうし……」

加治木先輩のこの発言は須賀にとってはちょっと驚きだった。

決勝でぶつかるかもしれないからしっかり研究するぞ、くらい言ってもおかしくない。

まあそんなものか、と受け入れはするけれど。

そういう事情もあって、会場から出なければ自由に行動してよい、という方針が決まった。




須賀はいったん会場内をうろうろしてみることに決めた。

なにしろ対局室にスクリーン会場、控室までそれぞれ四つを内包しているのだ。

内部の構造を把握しなければならないほどに広い。

場合によっては試合中の買い出しなどのサポートをする機会があるかもしれない。

さすがにこの年齢で迷子が出るとは思わないが、念のためそういった配慮も込みである。

それに一つめの試合までもまだ時間がある。


それにしても女子の比率が非常に高い。

今日は女子団体であるのだから当然とも言えるのだが、事情を踏まえてもそう思わざるを得ないほどだ。

たしかに須賀も普段は女子に囲まれて部活をしており、一般男子に比べれば慣れているとは言える。

だが数そのものが違うのはどうしようもなく大きな差となるのだ。

今日ここを訪れている男性は女子部を応援に来た男子部か、余程の麻雀好きに違いない。

あとは彼女が出場してる連中くらいか。

なるべく人には気を払わないようにして須賀は歩き始めた。




歩を進めていると向こうの方から甲高い笑い声が聞こえてくる。

ちょうど須賀がイメージするようなお嬢様然とした音声である。

音量から推察するに、曲がり角の向こうからこちらへ歩いて来ているようだ。

どのみちすれ違うことになるのだから、気にすることはなかろうと須賀も歩みを進める。

曲がり角から四つの人影が現れる。


まず目についたのはきらびやかな金髪。

須賀京太郎も頭に金色を戴いてはいるが、それは少しくすんでいて、目に飛び込んできた輝く金色とは質が異なる。

腰まで届こうかという長さの髪は下に向かうにつれてゆるやかなウェーブを形成している。

頭のてっぺんにはみょんみょんと動く角?のようなものが鎮座している。

続いてすらりと長身の女性、だろうか。

失礼な話だが、一目では性別を判断するのが難しい。

ただどちらにせよ、顔立ちは整っており、その出で立ちは人目を引かずにはいないだろう。

次に目についたのは頬に星をつけた女の子。

肩口にかかるくらいであろう黒髪をつむじのあたりで無造作に結んでいる。

手には鎖?

ファッションなのだろうか。この前みんなと買い物に行ったがそれでは修行が足りなかったのか。

最後に前髪をぱっつんと切りそろえた眼鏡の女の子。

こちらも髪は長いが櫛がすっと通りそうなストレートである。

終始表情が変わらないため、少し冷やかな印象を受ける。

四人は仲睦まじそうに話しながら歩いている。

もし団体に出場するのならあと一人いないとおかしいはずだがどうしたのだろう。

トイレでも行っているのだろうか、と益もないことを考える。




すれ違うこと自体は会場内では当たり前にあるため、須賀はとくに気にせず通り過ぎることにした。

あまりじっと見つめて難癖をつけられても面倒になってしまう。

すると、あちら側から声をかけてくる。

 「あら、そこのあなた。少しよろしくて?」

なんと言葉遣いまでお嬢様のイメージ通りである。

当然無視するわけにもいかないので、足を止めて向き直る。

 「あ、はい。どうかしましたか?」

できるだけ丁寧に返そうとするが、現状これが精一杯である。

 「この辺りで小さな子を見かけになりませんでした?」

 「小さな子、ですか」

 「ええ、そうですわ。ちょうど頭がわたくしの胸に来るぐらいの身長で、大きな赤いリボンが目立ちますわ」

妹さんでも連れてきているのだろうか。

 「すみません、俺は見かけてないですね」

 「そうですか。お時間を取らせてしまって申し訳ありません、それでは」

浅く一礼をするとその集団はさきほど須賀が歩いてきたほうへ進んでいく。

須賀も一礼を返し、見つかるといいななんて思いながら前へと歩いていく。

尋ね方に必死そうなものを感じたわけではなかったので、きっとすぐ見つかるのだろう。




ゆらりゆらりと歩き続けて。

一階を全て回って広場に戻って。

すると入り口付近の広いスペースの様子が変わっているではないか。

同じ制服に身を包んだ少女たちがわらわらと集まっている。

パッと見では人数が把握できないほどの盛況ぶりである。

ひとつ大きな声が上がる。

そうすると同じ制服の少女たちがハイ、と一斉に叫ぶ。

なんだか軍隊のような統率の取れ方だ。須賀はそら恐ろしく思う。

それにしてもあの人数だ。さぞや名門なのだろう。

はて、女子の名門。なるほど風越女子なのかもしれない。

だとするとあの軍隊式もおかしくないような気さえしてくる。

全国を目指す部というのは得てしてああいうものなのかもしれない。

そうして思うのは自分の所属している部のこと。

苦笑しながらああいう雰囲気とは正反対だな、などと思う。居心地は最高なのだが。

誰かがにゃあ、と悲鳴を上げたような気がした。

そろそろ予選の第一試合が始まる。

せめてどこかの試合くらいは見ておきたい。

予選とはいえ誰もが必死にぶつかるのだ。それはきっと須賀にとって多くの意味で勉強になるはずだ。

足がスクリーンのある会場へ向かう。




はたして入ろうとしたスクリーンのある会場は満杯の人であった。

須賀はとくに組み合わせを見ずに適当に入ったので、そこが風越の試合を映すとは思っていなかった。

座れないことは須賀にとって気になるようなことではなく、立ち見で済ませることに決めた。


一つの試合にかかる時間はどう少なく見積もっても二時間はかかる。

試合の開始は十時であるため、第一試合が終われば昼食休憩に入ることになっている。

そしてなんとこの予選、アナウンサーとプロの解説がついている。

たかが予選と侮ってはいけない。これは近年高校麻雀のレベルが上がっているためである。

練習後に書店で読んだ麻雀雑誌によると二年前にとんでもない怪物が現れて以降、続けざまに怪物が出てきているらしい。

これまでは何年かに一度はそういった選手が出てきていたようなのだが、最近は頻出と言っていいレベルである。

そんなこともあってかプロの解説が聞けるため、それも風越女子の、勉強になること請け合いなのだ。


さてスクリーンには四人の選手が映っている。

既に席に着き、今は親決めをしているようだ。

さきほど見た制服の生徒が一人いる。やはりあの制服は風越のものであったようだ。

加治木先輩に聞いたところによると先鋒にはエースが配置されることが多いらしい。

先に大差をつけると士気にかかわるのが大きな理由である、とのこと。

ということは風越のエースはきっとあの人なのだろう。

ぜひ参考にしてみたい。あまりにも自分とかけ離れた技術でなければ、だが。




須賀から見ると風越のエースの麻雀はとくに派手というようなものではなかった。

ぶち抜けた打点をたたき出すどころか普通に振り込むことさえあった。

たしかに振り込んでいるときは点数が低かったような気はするが。それはきっと偶然だろう。

当たり前のように区間トップをとってはいるものの、それも気がついてみればというレベルである。

となりに東横桃子なり加治木ゆみなりがいれば、度肝を抜かれるような技術だと説明してくれるのだが。

須賀がそれに気付くにはまだまだ修行が必要なようである。

プロの解説があったのだが、観るのに熱中し過ぎて聞いていなかったのはご愛嬌。

続く次峰戦、中堅戦、副将戦すべて区間トップを風越女子はとってみせた。

怖ろしいほどの安定感である。

部員総勢八十名を超える中のトップ5とはここまで強いものなのか、と須賀は感心する。

なんと言えばよいのか、嗅覚のようなものが発達している。

それは和了りに対するものであり、相手の当たり牌に対するものである。

聞けばあの中には一年生もいるのだという。尊敬の念を禁じ得ない。

次に出てくるのは大将である。

試合を決するものとしてもっとも重い責任を持つ位置だ。

先鋒に次ぐ、あるいは本物のエース級が出てくるかのどちらかだ。

この大将戦を観戦することで、須賀ははじめてわかりやすい形での才能というものを目撃する。




大将戦は圧巻としか言いようがなかった。

満貫より下の手で和了ったことがはたしてあっただろうか。

一度か二度は須賀でも首をひねるような打牌はあったものの、振り込んだというわけではない。

テンパイ速度、打点の高さ、張ったあとの即ツモなどが須賀には異次元にしか見えない。

あんな選手を擁してなお全国に届かなかったのか。

あるいはこの一年で急成長した可能性も否めないが、それより龍門渕に興味が湧いてしまう。

どうやってこの盤石の風越を去年打ち倒し、また今年打ち倒すのだろうか。

会場内を見渡してみると出場校であろう生徒たちは懸命に牌譜を起こしている。

麻雀ファンであろう人たちはしきりに今年の優勝予想について話し合っている。

もう放映は終了し、時間はお昼休憩に入っている。

だが即座に席を立つ人は少なく、その場で風越の余韻に浸っている人が大勢を占めていた。

もれなく須賀もしばらく立ち尽くしていたが、少しの空腹を感じ、ドアをくぐっていった。


場内には食堂もあるのだが、なにせ今日は来ている人の数が尋常ではない。

したがって買うにも席を取るのにも一苦労となるため、食事の持ち込みが奨励されている。

鶴賀の面々も前もって持ち込みにすることを決めているので問題はない。

それにこういう場合、加治木先輩が集合の連絡をくれるので一安心である。

そんなことを考えていると須賀の携帯が震える。

観戦する時のマナーとして音は出ないようにしてあるのだ。

着信画面を見てみるとやはり予想通りの名前がそこにはあった。


今日はここまでです

乙、続きが楽しみにだぜ

乙乙

マダー?

すいません
頑張ります



おや、と加治木ゆみの声があがる。

時刻は十二時のニ十分を少し過ぎたころ。

状況は鶴賀学園の面々が食事をとっているものである。

そこで話をしている内容は、先ほど見ていた予選のこと。

須賀が風越女子の試合を見ていた、というと女子部員たちは目を見合わせる。

 「なるほどなー。結局全員あの会場にいたのかー」

話を聞いてみればそういうことであったらしい。

ああは言ったものの風越の研究をしようとした加治木先輩。

それについていったという東横さん。

せっかく観るなら強いところ、と津山先輩。

人がたくさんいて面白そうだから、という理由の蒲原部長。

それに引きずられていった妹尾先輩。

まともな理由を持っているのはたった二人である。

物事をポジティブに捉える人ならそれは絆の強さだなどと言うかもしれないが、須賀はそこまでは考えない。

それでも麻雀について共通の話題があるというのは素敵なことだった。

なにせ風越の先鋒はエースであるはずなのに須賀には不可解な闘牌に見えたから。

加治木先輩なら、あるいは東横さんならあれを解説してくれるだろう。





 「あれはね、いわゆるサシコミってやつっすよ」

初めて聞く単語に疑問符が浮かぶ。

 「あのときの他家の手は覚えてるっすか?」

すらすらと淀みなく言葉が流れてゆく。

確かに言われてみれば別の人がダマハネを張っていた。

東横さんが言うにはその人に和了られるのを嫌って風越はわざと振り込んだのだという。

論理的な説明を聞けば聞くほど、たしかにそうとしか考えられない捨て牌なのだが。

それでもはいそうですか、と信じるわけにはいかない。

要は他家の手牌が透けて見えるようなヨミがなければそんなことは到底できないからである。

まだ初心者とはいえ、外から見ていた須賀が気付かないようなことを実戦でやってのけている。

それこそが名門と呼ばれる風越のエースと呼ばれる絶対的な存在なのだ。

須賀は自分の居る位置を改めて知る。

本当に麻雀とは奥が深いのだ。

あらゆる競技において奥が深くないということはありえないのだが。

そういう、えらく真面目な話をしながらとる食事を、須賀だけでなく鶴賀学園のメンバーは初めて体験した。





食事が終わって真面目な話も一息ついて。

ふと脇に目をやると津山先輩ががくがくがくと震えている。

 「ちょっと!津山先輩!?大丈夫ですか!?」

ふふふ、と投げやりな目をしながら薄く笑う。

話を聞けば、さっきの風越の話題が原因なのだという。

なぜ、って津山睦月は先鋒である。

仮に鶴賀が決勝まで残れば、さっきの怪物とやり合う役回りなのだ。

うふふふ、と暗い笑いをまだ漏らしている。

放っておけば部屋の隅で膝を抱えて指で壁をつんつんしてしまいかねない状態だ。

 「私が最初にやられちゃったらコトだよね……」

 「大丈夫ですよ、先輩。」

 「なにを根拠にそんな……」

 「だって皆がいるじゃないですか」

ぽかん、と津山睦月が口を開ける。

また彼女の口から笑いがこぼれるが、さっきまでのものとは質が違う。

明るく、暖かい、なにか慈しむような笑いである。

 「須賀くん、君は、ふふ、ホストになれるかもしれないね」

なんでまたそんなことを。

ふと須賀は視線を感じ、周りを見てみると。

部員全員がどうしてか自分を見ていることに気がついた。

視線は言う。お前のセリフくっせーよ、と。

彼女たちはこれから初めての予選のはずなのだが、それを感じさせないほどに和らいでいる。

ある意味で言えば、須賀が緊張を解いたのかもしれない。





結論から言って、初戦は簡単に突破してしまった。

区間ごとの順位は以下のとおりである。

先鋒・津山睦月、区間二位。

次峰・妹尾佳織、区間四位。

中堅・蒲原智美、区間一位。

副将・東横桃子、区間一位。

対象・加治木ゆみ、区間一位。

彼女たちの試合を映す会場にはあまり人はいなかった。

注目されるような学校は長野には二つしかなかったから。

今の時間帯には龍門渕が別会場で試合に出てきている。

したがってほとんどの観客は龍門渕へと流れていくのである。

長野大会初出場の鶴賀学園の初勝利は、とても目立たないかたちで達成された。

今大会最大のダークホースと後に呼ばれることになる学校が、ついに動き出した。


その初勝利を達成した鶴賀の部員たちは、控室で鳩が豆鉄砲くらったような顔をしていた。

 「……勝ってしまった」

加治木先輩が嘆息している。

妹尾先輩は安堵のせいか目に涙を溜めている。

津山先輩はぐっと拳を握っている。

蒲原部長は……、いつもとあまり変わりがない。

東横さんはなぜかドヤ顔をしている。

須賀はというと五人のうち妹尾先輩以外に頬をつねられたため、顔を抑えている。

余談ではあるが、夢かどうかを確かめるために他人の頬をつねるのはあまりオススメしない。





東横桃子は極めて冷静な思考ができる人間である。

それはこれまでの人生で人と接する機会がほかと比べて極端に少ないことを原因とする。

彼女は目立ちにくいという特性上、常に人間集団を一歩引いた場所から眺めつづけてきた。

それは彼女に決定的な打撃を与えた。

多感な時期にいることを認識さえしてもらえないということは、想像を絶する孤独であった。

生来の内気な性格も相まって、彼女の接する人間は家族とネット上の匿名の人間だけだった。

しかし皮肉にもその打撃が東横桃子に武器を与えた。

すなわち、認識されないことと、冷静さ。

高校ではどうしてだろう、ゆみ先輩に見つかり、麻雀部に連れられて。

そこでは当たり前に話し、話しかけられ(!)、笑うことさえできるのだ。

今まで孤独だったぶんを取り返せると自身で思うくらいに彼女は今満たされている。


その東横桃子がどうしてドヤ顔をしているのかというと、彼女には確信があったのだ。

鶴賀学園は、強い。

ネットに棲みついて長く、そこで麻雀に興じてきた彼女は一通り名の通った打ち手ですらある。

麻雀部に入ったときは失礼ながら自分がいちばん強いんじゃないかと思っていたこともある。

しかし蓋を開けてみれば結果は違っていた。

部員相手にステルスはそんなに使わないとはいえ、普通に負ける。

もちろん百戦して百勝する麻雀なんてありえないのはわかっている。

それでももっと勝てると思っていた。

自分が体験したからこそ言えるのだ。鶴賀は強いのだと。

そしてその確信が現実に証明されているのだからドヤ顔にもなろうというものなのだ。

どうやら自分以外はそう思っていなかったみたいで須賀くんの頬をつねって現実を確かめている。

面白そうだから私も参加しよう、指の形をつねるものにして彼のところへ。





いまだヒリつく頬を抑えながら、須賀はコンビニの袋をぶらさげて歩いている。

コンビニの袋には飲み物と軽くつまめる甘いもの。

なぜ須賀が買い出しに行っているのかといえば、自己申告。

初戦突破を讃えようということで、なにか飲み物でも買ってきますよと。

甘いものはサプライズ。心からのプレゼント。

そういう優しさを込めた行動ではあるが、あの場から離れたかった思いもある。

なにせあそこにいたらほっぺが伸びるどころか千切られるとさえ思えたから。

そんなに痛いのなら抵抗してもよさそうなものなのだが、相手が悪い。

あの魅力的な女性陣を前に抵抗できるものならしてみろ。四人だぞ。

こぞって俺のほっぺを狙ってくるんだぞ。ニヤけるのを我慢しただけ表彰もんだろう。

というか外暑いな。今朝も思ったけど本当に天気がいい。


コンビニから会場へと向かう途中、ちびっこが走っているのを目撃した。

歳のころは十やそこらだろうか。薄いワンピースの肩ひもが外れかけている。

頭に目をやれば、どこかで見たきらびやかな金髪に真っ赤なリボン。

あ、ひょっとしてあの人の探してた妹さんか。

これだけ元気に走り回っていればそれははぐれちゃうのも納得だ。

なにかの縁だ。一緒に連れて行ってあげようか。

きっとこの子のお姉さんもまだ会場にいるだろう。探しまわってるに違いない。





おおい、と声をかける。

自分に声をかけたのだろうと気付いた少女がぴくりと振り返る。

 「衣になにか用か?」

 「あー、えっと、君のお姉さんが君を探してたからさ、それで声をかけたんだけど……」

 「笑止千万!衣に姉などおらぬ、衣がおねえさんなのだ!」

ちびっこ特有のものの考え方なのだろうとその辺はスルーすることにした。

それにしてもショウシセンバンってなんだろう? 小学校で流行っているのだろうか。

 「ふむ、それにしてもとーかが衣を探していたか。さっき終わったばかりだというに」

ぶつぶつとひとり言をつぶやく少女の目の前で太陽に焼かれながら待つ須賀。

 「よい。貴様、衣をとーかのもとへ案内する命を授けよう!」

言い方はあれだがちびっこだし、結局やることは変わらないので命を受けることにする。

甘いもののなかにアイスがないことを確認し、部員へ連絡をとる。

こういうときは部長よりも加治木先輩だ。

 「あ、もしもし先輩ですか? これから迷子の相手するんでちょっと遅れますね」

 「貴様!衣を迷子などと!」

加治木ゆみは電話の向こうの声を聞いてほほえましい映像を想像したという。


会場へ向かいがてら、ちょろっと会話してみる。

例えば名前。天江衣というらしい。なんだかどっかで聞いたことのあるような。

あと会話してわかったことだが、話し方がなんというか、少し古臭い?とでも言えばいいのだろうか。

それ以外に特筆する内容はなかったと須賀は認識している。振る舞いも歳相応だろう。

まあぴょんこぴょんこ元気なこと。こんな暑い天気のなかよく飛び跳ねる。

話し方の印象と違って、かなり人懐こいところがあるらしい。うれしそうに話すなあ、と須賀は思う。





会場に戻って人工の涼しい空気に触れてため息ついて。

さて会場は広いため、やみくもに探しても効率はよくない。

 「なあ衣、“とーか”さんがどこにいるか分かるか?」

 「皆目」

ちなみに呼び捨てにすることは本人から許可を得ている。

須賀は個人的にあまりちゃん付けで呼ぶのは好きではないらしい。

ヒントがないとわかった以上、もう動くしか選択肢はない。

午前中に “とーか” さんとすれ違ったあの廊下でも行ってみるか。

可能性としては高くないだろうけど、ノーヒントよりはきっとマシだと判断することにした。

はて、と立ち止まる。衣は迷子になってここにいる。

つまりはぐれたからこそ迷子なのだ。

会場にはこれから試合をしたり観戦したりする人々でごった返している。

くわえて衣はちびっこである。

総合的にそれらを考えて、須賀はすっと手を衣のほうへ伸ばす。

 「きょーたろー、これは何だ?」

 「はぐれると面倒だから手ぇ繋ぐぞ」

完全に兄妹の絵面である。二人とも金髪だし。

話好きのおばさんとかいたら 「兄妹でおでかけなんてよかったわねー、うふふ」 なんて言うこと請け合いである。

少女の手を引き引き、周りを見渡し、金髪兄は歩を進める。

手を引かれ、歩幅が合わないためにちょこちょこ小走りになる金髪妹。

歩幅に気を配れないあたり、須賀はまだ男として成長する余地があるようだった。





さきほどの廊下へ近づくとあっさりと目的の人が見つかった。

さっきの集団のなかでいちばん背の高かった人がペットボトル片手に歩いていたのだ。

 「おお!純!」

 「ん? ああ、衣じゃねーか。それと……、アンタは?」

午前中の話に当てはまる子を見つけたから連れてきた旨を伝える。

すると長身の女性は感心したように礼を述べる。

 「いやー、ありがとよ。まさかあんなちらっと話しただけの内容覚えててくれるたーな」

 「純!感謝など無用!きょーたろーは衣を迷子あつかいしたのだぞ!」

ははは、と純と呼ばれた女性は笑い、手招きをする。

 「えーっと、きょーたろーって名前でいいんだな? 来いよ、礼に茶くらい出してやるからさ」

おおっと。はやく差し入れを届けに行きたいのだが。

こういうのを無碍に断るような育てられ方をしていない。

ちゃんと遅れる連絡もしてあるし、まあそんなに長くはかからないだろうと須賀は判断した。


やはり彼女も選手なのだろうか。足は控室のほうへ向かっている。

その道中でしゃべってて、須賀は彼女に男子みたいな印象を持った。失礼だとは理解しながら。

さて一行の足が止まる。ここの部屋なのか。

ちら、と目を脇に振るとある文字が目に飛び込んできた。


龍門渕高校控室。

長野最強の高校の名前がそこにあった。




書いてみたら案外書けました
長い間すいませんでした


待ってたぞ

面白い
ゆっくりでいいから完結させてほしいな

手が動くうちはできるだけ書く
よろしくお願いします



扉を開けた途端に感じたのは、初めての匂い。

質の良い茶葉をそれに適した温度で淹れたときにしか達成されない香り。

なにか別の世界にでも迷い込んでしまったのかと思うほど。

ほのかに甘さを感じさせる透き通った世界から我に帰ると、てててと赤いリボンが走り出す。

さきほど見た四人のなかに衣が混じることはとても自然で、むしろ衣のためにその空間が存在するかのような錯覚を覚えた。

一座の中心に少女が舞い、三対の視線が須賀と純、主に須賀に注がれる。

 「あら、あなたはたしか午前中に……」

純は須賀に対してよく覚えていたと言ったが、お嬢様然とした金髪の彼女も大概である。

あのときは人探しをしていたから、きっと須賀以外にも声をかけていただろう。

それでも一声かけただけの人間をきちんと覚えている。

 「ええ、あのとき探してたんで、まだ探してるかなと思って」

 「それは助かりますわ。衣ったらちょっと目を離したらすぐにいなくなってしまって」

おそらく “とーか” と呼ばれている金髪の少女はやさしい目をしながら揺れる赤いリボンを見やる。

ぶつくさと衣がなにかを言っているがそんなことはお構いなく。

その礼のために連れてきたんだ、と純が告げる。

ふむ、と一度ちいさくうなずき指をぱちんと鳴らす。

するとどこからともなく燕尾服を着た長身の男性が現れる。

ひらりと燕の尾がはためいて、それでも音はせず。

召喚魔法か何かかよ、とツッコミを入れたくなるくらいにスムーズに完成された動きだった。

 「ハギヨシ、お茶をもう一つ」

 「は」

お嬢様っぽいっていうかこれマジモンのお嬢様じゃないのか、と須賀はこのときやっと思ったのだという。





 「ということは今日は須賀さんは応援に?」

自己紹介をそれぞれ終え、紅茶をいただきながら世間話に興じる。

どうにも話を聞いていると彼女たちは龍門渕のレギュラーであるらしい。

まあ、透華さん、純さん、沢村さん、国広くん( これは純さんにこう呼ぶよう指示された ) だと一人足りないが。

残りの一人はどこかをふらついているのだろう。

つまり去年全国に出たメンバーだ。それも全員一年生にして。

そう認識するとドキドキの対面である。

鶴賀学園からすれば最大の敵ではあるが、それはぶつかってからの話。

ただの迷子を連れてきた学生同士の出会いですぐさま敵対する必要もないだろう。

どうやらあちらさんもそう考えているらしく、呑気に話しかけてくれる。

よく衣と初対面で話ができただの、腕相撲しようぜだの、ほんとうにさまざまに。


なんとまあ性格もおもしろいくらいに違っており、飽きることはなさそうだ。

それでもなんだか不思議とまとまりがあるのはなぜなのだろう。

須賀には知れぬ事情があるのかもしれない。

しかし手品を見せてもらったりパソコンのゲームについて話したりしているうちに、そんなことはどうでもよくなっていた。





これが大会期間中でなければ、もっと長居してもいいのだが。

あいにくとこの身はいちおう鶴賀の身。

ずーっといるわけにもいかない。

よく考えたら部のみんなに差し入れを買っている。アイス買わないでよかった。

そろそろ戻ると伝えると。

それは仕方ありませんわね、と透華さんは答える。

 「できれば決勝でお会いしたいものですわね。負けてあげるつもりはございませんが」

 「ウチも負けるつもりはないですよ」

なんだかマンガにありがちな台詞を吐く。

そうして何が楽しいのかわからないが、ふふ、と笑う不思議な共感覚。

扉を開けて去ろうとすると、後ろからまた声が投げられる。

 「あの、須賀さん? もしよろしければ、また衣と遊んでやってくださいませんこと?」

時間が合えばいつでも、と返事をすると透華さんはほっとしたように表情をやわらかくする。

妹さんのことがすごく大事なんだな、と納得して須賀はその場を後にした。


会場内にある時計にちらりと目をやると、なんと三十分も経っている。

さすがに怒られるようなことはないだろうけど、ちょっと罪悪感めいたものが。

気持ち早足で鶴賀のみんなのもとへと向かう。





 「あ、おかえりっすー」

いざ控室に戻ってみると、女性陣はいつもどおり須賀を迎えてくれる。

どうやら蒲原部長が津山先輩にちょっかいを出している最中だったらしい。

妹尾先輩がにこにこしている以上、それは微笑ましいものなのだろう。

津山先輩は力なくやめてくださいー、なんて言っている。

ああいうモードの部長が相手のときはもうちょっと強気に出てもよいのではなかろうか。

そんな二人のどうのこうのを横目に見ながら、須賀は差し入れを袋から出し始める。

実は龍門渕のお世話になっていたときに冷蔵庫を借りて差し入れはきちんと冷やしてある。

これだけ気温の高い日に飲み物を三十分も放置していればぬるくなってしまう。

常温の飲み物をありがたがるような日柄ではないのだ。

頼まれていた飲み物を次々と手渡し、さらにおやつをテーブルのうえに広げる。

わあ、と歓声があがる。

そこは女子高生。甘いものは大好きで。

いや神経や頭を使うからこそ糖分が重要だという面ももちろんある。

要するに、状況に完全にマッチしているのだ。

いつの間にやらテーブルが囲まれている。

さきほどふざけあっていた二人もそんなことなかったかのようにお菓子の袋に手を伸ばす。

どうやら須賀のチョイスはみんなのお気に召したようだった。





県予選では一位抜けの方式を採っている。

したがって出場校のそこまで多くない長野では三連続で一位を獲れば全国大会へ出場することができる。

現時点において鶴賀学園はその一回目を達成している。

午後に行われる二回戦を抜ければ、決勝戦へと駒を進めることとなる。

おそらく二強の待つであろう卓である。

もうじき二回戦が始まる。

四つの会場で同時刻に行われるため、やはり龍門渕と風越に観客は集まる。

だが、いわば二回戦は準決勝でもあるため一回戦ほど極端な割れ方はしない。

つまるところ鶴賀の試合もそれなりに目につくということだ。

台風の目が、ついに会場に知れ渡ることになる。

場内にアナウンスが響き、先鋒の選手が呼びだされる。

各校の先鋒が卓へと向かう。

津山睦月は立ちあがり、少しのあいだ目を閉じてから開き、一つ頷いた。

 「まあまあむっきー、そんなに気負うなよー。最終的にゆみちんがなんとかしてくれるさ」

部長のエールににこりと微笑み、鶴賀の先鋒は戦地へ向かう。





津山睦月の持ち味は強者に対してどう凌ぐかを知っている点にある。

これまでほとんど格上としか打ったことがない。

数少ない例外は同じ部活の初心者二人である。

できる限り隙をなくし、大きい手を和了られる前に早さで勝つ。

麻雀という競技をプレイする以上、大きな手を自分も和了りたいと思う気持ちは持ってはいるが。

当然だが読みにはまだ未熟な部分があり、正確に打ち込みを避けきるような芸当はできない。

それでも彼女はできることをしっかりやることで役割を果たしていた。

さっき部長はギャグのような感じで加治木先輩に任せろと言っていたが、津山睦月にとっては心のよりどころである。

きちんと先鋒戦を凌げば、先輩が、桃子がなんとかしてくれる。

だからこそエース級の出てくる場所で戦える。

戦法がきれいにハマれば、ほとんど完封に近いことさえやってのける。


そんな思いは露知らず、部長にみえない部長に加治木ゆみは説教をかましていた。

 「応援するにも私をダシに使うんじゃない、まったく……」

 「わはは、それでもいちばん効果のあるエールだったと思うぞー」





蒲原部長の応援のおかげか、津山先輩はみごとに一位で区間を突破した。

須賀はあれだけ集中している彼女を見たことがない。

それはとてもかっこいい姿で、ともすれば憧れてしまいそうになるものだった。

チームの一番手を担い、あとに続く仲間を信じているからこそ。

団体戦でしか生まれない責任、信頼。

控室へ向かうために津山睦月が席を立ったとき、スクリーンのある観客席では拍手がわき上がった。


控室へ戻ると、女子部員全員が津山先輩に抱きつく。

須賀も抱きつきたかったがそういうわけにもいかない。

熱い抱擁のなか、津山睦月は妹尾佳織に想いを託す。

 「妹尾さん、あと頼んでいいかな?」

 「うん、私もがんばるね」

おそらくは今大会一番の初心者が二人目の代表として歩き出す。

あるいはこの選手がこの長野大会最大の衝撃だったのかもしれない。

少なくとも鶴賀学園が注目されるきっかけをつくったのは妹尾佳織で間違いないだろう。

長野県大会女子団体二回戦次峰戦、開始。





須賀が以前、役を覚えるために麻雀初心者用サイトを眺めていたころ。

もちろん役満にあこがれを持ち、案外やれるんじゃないかと思ったこともある。

実際に先輩方に役満ってそんなに難しくないんじゃないかと聞いたこともある。

聞いたところでそれはないよ、とすぐさま否定はされたが。

たとえばもっとも和了りやすいとされる役満として大三元という役がある。

これは白、発、中を刻子にすればよいというものである。

もちろん鳴いても構わない。

しかし三元牌のうち二つ鳴かせた状況で、三つめをわざわざ鳴かせる相手がいるだろうか。

それならば暗刻で揃えてしまえばよい、というかもしれない。

はたして狙った牌を三つ手に収めることは簡単なのだろうか。

答えは否。それができるなら役なんぞ作り放題である。

つまり役満はほとんどできないと考えるのが自然なのだ。

同様に翻数が上がれば上がるほど難しい手作りを要求される。


その論理を軽々と飛び越える存在が鶴賀の次峰である。

東一局、清老頭、これも役満のひとつだ、をさらりとツモ和了ってしまう。

にわかに観客たちがざわつく。

印象を決定的にしたのが親としての東二局。

配牌時点で清一色二向聴。まだ役も複合しそうだ。

ありえない配牌だとは言い切れない。それこそ運がよければどんな配牌もありえる。

ただしそれは理論上は存在する程度の確率であり、めったに見られるものではない。

この時点で多くの観客は未だ手つきのおぼつかない彼女を異質な存在だと認識し始めた。





蓋を開けてみれば圧倒的な収支。

もちろんまだ打牌に甘い部分があるため振り込みはしたものの、妹尾佳織の一撃は重い。

他の三校の戦意を奪うほどの点差を次峰戦でつけてしまった。

残る鶴賀の三人は蒲原智美、東横桃子、加治木ゆみ。

その圧倒的な点差を守りきれないわけがない。

なんの苦もなく鶴賀学園は決勝戦の卓へ着くことを許された。

スクリーンを眺めていた観客はどよめく。

これまで名前を聞いたこともない学校がまた長野の勢力図を塗り替えるのかと。

龍門渕と風越女子のあいだに割って入るような学校があったのかと。

すこし経つとまた別のどよめきが生まれる。

データの存在しない学校。

なにせ二か月前にやっと女子が五人揃った部である。

麻雀部が存在していることすら知られていなかった伏兵中の伏兵。

一躍名前が長野県の麻雀関係者に知れ渡ることとなる。

ちなみに試合時間が二回戦のなかではいちばん短かったため、決勝卓に最初に名乗りをあげてたりもする。


驚いているのは本人たちも変わらないのだが。





須賀はその瞬間、膝をつき土下座の体勢から両の手を握り頭の上へ突き出した。

それはあたかも神への祈りかのようで。

別にポーズは五体投地でもなんでもよかった。

それはなにかに対する感謝。麻雀の神とかそういうものではなく、部員のみんなの頑張りやそういったものに対しての。

画面に映っている加治木先輩以外が同じ控室に揃っているというのにどうしてそんな真似ができるかといえば、

単純な話、全員画面に食いついていたのである。須賀のほうなど誰も見ちゃいない。

勝利した学校の名乗りがあげられると同時に女子全員が抱きあって飛び跳ねて叫び声を上げる。

もうしばらくは収まる様子もなさそうだ。

ほんのすこし時間が経って加治木先輩が控室へ駆け込んでくる。

部屋へ入るなりへたりと膝から崩れ落ちる。目の焦点もあやしげだ。

決勝進出が信じられないのは我らが大将でもそう変わらないらしい。

そんな様子の大将に、東横桃子がこっそり耳打ちをする。

 「夢か現実かわからないときにはどうしたらいいっすか?」

ぎぎぎ、と加治木先輩の顔がこちらをむく。

他の部員の目線も後を追う。

ぎらり、と女子たちの目が光る。

もはや抵抗はすまい。犠牲はこの俺のほっぺだけだ。

いっせいに頬がつねられる。あれ、妹尾先輩まで!?

なされるがままの須賀は途中、こうやってつねられる仕事ってねーもんかな、と真剣に考えたそうだ。

存分に現実かどうかを確かめたあと、鶴賀学園の面々はハイタッチで喜びを分かち合ったという。



今日はここまです
書ければ書く、という感じでよろしくおねがいします

乙ー
更新早くて嬉しい

乙ー

よろしくお願いします



実は傘をさすにも巧拙がある。

雨が降っても足元がそこまで濡れない人とすぐにびしゃびしゃになってしまう人がいる。

須賀京太郎はどちらかといえば後者よりで、現にローファーがやられてしまっている。

昨日の快晴とうってかわって今日は雨。

目指すは学校。部室で練習。

長野の大会は八日間で行われるため、土曜にはじまって日曜に終わるのだ。

したがって初日の昨日は土曜であり、それゆえに今日は日曜なのだ。

授業そのものはないから、そこに憂鬱を感じることはないけれど。

なにせ雨が降っている。

湿度は高いし気温も高いし、一人でテンションが上がるような天気ではない。

誰かに会えれば話でもして盛り上がることもできるのだろうけれど。

そうそう都合よく雨降る日曜の朝、それも通学路に人などいない。

梅雨は続いて、明ける様子もなく。

今朝の天気予報ではもうしばらく安心して洗濯物は干せませんね、なんて言っていた。

一人でぼけーっと歩いているとどうでもいいことしか頭に浮かばないもんだな、なんて思う。

そんなことを考えているうちに、学校が見えてきた。





いざ部室へ向かってみると、すでに話し声が聞こえてくる。

これは鶴賀学園麻雀部にとっては当たり前のことで。

驚くなかれ、部室にいちばん初めに来るのは部長たる蒲原智美が常となっている。

基本的には妹尾先輩も同時に来てはいるが。

なにかの拍子に、部長って来るのいつも早いですよねー、なんて軽口を叩いてみたところ、

頬をぽりぽりとかきながら、こういうの憧れてたんだぞー、だなんて言う。

もちろんわはは、と笑うのも忘れない。

こういうセリフはきまって妹尾先輩か須賀に言うらしい。

まあ、他のみんなはそれを肴にイジったりする可能性があるからなのかもしれない。

そういうときは絶対に目を合わせてくれないので、それ以上は須賀には追求できない。

そんなこんなは置いといてドアを開く。

どうやら今日は須賀がいちばん遅くに到着したようだ。

これでも予定時間よりは早めに来ているのだけれど。

それも昨日の興奮冷めやらぬ部分が大きいのだろう。

長野県大会初出場にして決勝進出。

それだけでも快挙には違いないが、今はもうひとつ先が見えているからこそ。

全国大会出場が、手の届くところにあるのだ。

もちろん最後の壁がいちばん分厚いことは重々承知している。

昨日、会場から出る前の一幕が思い出される。






それは、全ての二回戦が終了してしばらく時間が経ったころ。

鶴賀学園の面々がやっと落ち着きを取り戻したころと時を同じくする。

やっと現実であることを確かめて、帰り支度を整えて。

それでもうきうきしながら会場の出入り口へと向かう。

一行を待ちかまえていたのは龍門渕。

腕組みをし長い脚を肩幅より少し開いて、龍門渕透華が立っている。

右に純さん、左に国広くんと沢村さんをしたがえてこちらを見据えている。

相変わらず衣はいない。どこかをふらふらしているのだろう。

同様に龍門渕の五人目も見当たらない。

どうやら須賀たちを待っていたのだろう。

透華がやっと口を開く。

 「宣言通りに決勝まで残ったことは褒めてさしあげましょう」

発言を聞くと同時に声をかけられた彼女たちはいぶかしげに声の主を見る。

なにせ相手は去年の長野覇者。

対するこちらはそもそも名前を知られているわけのない初出場校。

どうして宣言通り、なんてセリフが出てくるのかまったく見当がつかない。

あちらさんはそんなことお構いなしにまくしたてる。

 「それに二回戦では派手な勝ち方をして、たいそう目立ったそうな……」

 「よろしいですわ!宣戦布告、お受けいたしましょう!」

あんぐり、である。

須賀を除く全員がまさに口を半月の形にしている。

 「それでは鶴賀の皆様、ごきげんよう。決勝が楽しくなることを期待しておりますわ」

おっほっほ、と身を翻し、優雅としか言いようのない動作で会場を出ていく。

対照的に眉根にしわを寄せ、立ちつくす四人。

ああ、これは俺が説明しなきゃならないな、と須賀は一人思った。

目立ってナンボですわ!なんて声が遠くから聞こえる。





 「なんで私たちが龍門渕に声をかけられなきゃならないんだ?」

当然の疑問を加治木先輩が口にする。

出入り口のロビーに立ちつくしたまま。

 「あ、あのー、実は……」

須賀がおずおずと話し始める。

迷子を届けた先が龍門渕であったこと、届けてお礼にお茶をごちそうになったこと。

その場でけっこう仲良くなって、さっきの話の原因となる話をしたこと。

その際、負けませんよ、なんてことを団体戦に出ない身でありながら言い放ってしまったことなど多岐にわたって。

驚愕したのは去年ここで龍門渕の勝利を見届けた蒲原、加治木、津山の三名。

じかに話してみればそんなことはないのだが、優勝者という肩書が持つ威圧感は相当のものがある。

彼女たちからすれば、そんな鬼神のごとき連中とふつうの会話なんぞできっこないというのが人情というものだろう。

それを須賀が仲良くなったなんて言うものだから、呆れるというかなんというか。

まあそれでも同じ決勝の卓にあがる同士なのだから変に緊張するのも損な話。

話を聞いてみればやっぱり龍門渕だって女子高生で。

自分たちと同じというにはいささか向こうがお嬢様すぎるけれど。

しっかし五人目ってどんな人なんですかねー、なんて言ってる須賀を加治木ゆみがチョップしてから一行は帰ることを決めた。





時間は戻って雨降る日曜日。

しとしとと続く雨は空を低くして。

ふと窓から目をやれば、紫陽花が濡れている。

鶴賀学園麻雀部の部室は二階の奥まったところにある。

そのため梅雨時はあまり手入れの行き届いていない地帯が上からよく見える。

紫陽花って土が変わると色が変わるんだって、なんて昨日のテレビで聞きかじったのだろう知識を妹尾先輩が披露している。

なんで聞きかじりとわかるかって、その番組は須賀も見ていたし。

放っておけばこのままゆるゆると過ぎていってしまいそうな時間。

そんなときに立ちあがるのはやっぱり加治木先輩で。

 「明日は個人予選だが、私たちとしては団体のほうに注力すべきだろう。このメンバーでは最初で最後だからな」

対策を立てられるとすれば、それは風越女子。

偶然とはいえ、鶴賀の部員はみんな観ていたから。

一度の観戦での対策なんて付け焼刃以外のなにものでもないけれど。

それでも三人よれば文殊の知恵。今は六人いるからその倍の知恵である。

たとえば大将に出てきた選手にだって隙はあった。

彼女の気持ちが攻めに逸っているときであれば、加治木ゆみなら撃ち落とせる。

先鋒は別格にしても、そこでなければ戦いにはなる。

もちろん強いことに変わりはないが。

津山先輩が視界の端で震え始めたのを須賀は見なかったふりをした。





それはそれぞれの昨日の夜。


たとえば須賀は考えた。

もし鶴賀が全国へ行けたなら、自分になにができるだろうと。

程度は知れているかもしれない。

日数は限られているし、そもそも須賀京太郎はひとりしかいない。

牌譜くらいは集められるだろうか。うまくいけば対策なんか練れたりしないだろうか。

なんとかみんなの役に立ちたい。

自然とそう思うくらいには須賀はこの部に愛着を持ち、また感謝している。

それを本人が意識しているかどうかは定かではないが。


東横桃子は自室の窓から夜空を見上げた。

ひどく落ち着いた様子で、やっぱりどこか誇らしげで。

もちろん決勝進出が決まったときはめちゃくちゃに嬉しかった。

麻雀はどうしたって運が絡む部分がある。だから確実なんてことはありえないし、あってはならないからこそ。

聞かれるまでもなく、明日だって勝ちにいく。

自分がいるし、部長もいる。むっきー先輩もかおりん先輩もいる。なにより、ゆみ先輩がいる。

完全無欠かどうかは知らないけれど、東横桃子の見る限り、やっぱり鶴賀は強い。

高校に入った当時は、いや、中学生のときから部活に入るつもりはなかったから他校のリサーチはしていない。

だから龍門渕や風越の地力は知らない。

しかしどちらも強いのだろう。

それでも、と夜空を見上げる。雲が出てきた。

東横桃子は、知ったことかと空をにらむ。

全国に行くのは、自分たちだ。





妹尾佳織は家族に話をしていた。

麻雀部に入ったことは告げていて、それは妹尾家にとってひとつの笑い話のタネであった。

両親からすれば自分たちの娘に麻雀なんて似合わない。

智美ちゃんの頼みに付き合った程度だろうとタカをくくっていた。

ただ、その娘は今となっては鶴賀学園になくてはならない存在となっている。

二回戦では試合そのものを決めてしまう奮闘を見せるほどに。

事実を話したところで両親は信じてはくれないが。

だから妹尾佳織はいつものようにこう言うのである。

今日も部活楽しかったよ、と。


津山睦月は頭を抱えた。

部のみんなと別れたあとにひとりで道を歩きながら。

さすがに家族と顔を合わせる時間は控えたが、ひとりのときはずっと。

いやだって先鋒だし。

去年見た怪物とお手合わせなんて願ってもないような出来事だがそもそも願っていない。

いやむしろネガっている。

妙な自虐をしてみても津山睦月が先鋒である事実は変わらないし、鶴賀が決勝に出場することも変わらない。

だから自分にやれることをせいいっぱいやろう、という結論に達することになるのだ。

きっと、いつもよりちょっと長めの入浴のあとに津山睦月の迷いは晴れるだろう。

具体的には二時間ほどあとに。





蒲原智美は変わらなかった。

たしかに驚かなかったと言えばウソにはなる。

ただそれでも少し時間が経ってしまえば、まあそんなもんかと納得できた。

大物なのかもしれない。

それにほら、自分は部長だから。

そういう立場の人はでんと構えていないといけないのだとなにかのマンガで読んだような気がする。

だから決して揺るがない。

こういうところがあるから、彼女を中心にするとものごとがうまく回るのかもしれない。

チームを鼓舞して支えるのはゆみちんの役目だし。

自分はいつもどおりに笑っていれば、きっとみんながなんとかしてくれる。

信頼、なんて言葉は照れくさいような気もするけれど、この感覚はわるくない。


加治木ゆみは想いを馳せた。

一年のときの文化祭で麻雀に出会わせてくれた蒲原 ( カードだが )。

まともに活動できないことを理解しながら入部してくれた津山。

ぶっちゃけ思い出したくないくらいに恥ずかしい真似をして誘い入れたモモ。

蒲原に半ば強引に連れてこられたものの、一生懸命がんばってくれている妹尾。

彼がどうして入部したのかは知らないけれど、献身的にサポートしてくれている須賀くん。

誰一人欠けてはならないメンバーで、そんなメンバーに囲まれている私は幸せなのだと思う。

なにかひとつ歯車が狂ってしまえば今の状況なんてかるく吹き飛んでしまっていただろう。

だから自然と感謝の念が湧いてくる。

まあでもまだその言葉は言ってやらない。

全部終わってしまいそうな気がするし、なにより恥ずかしい。

姐御みたいな扱いをされていようが高校三年生なんてまだまだシャイなものなのだ。

だからこの夏を終わらせたくないな、などと思う。

名前も知らない虫が遠くで鳴いている声を聞きながら。



今日はここまでです
がんばります

おつ


この雰囲気好きだなあ

乙です

またひとつ巡回スレが増えてしまったな……

乙! 楽しみにしてます

まだかな

よろしくお願いします



長野県男子個人予選を通じて、須賀京太郎は麻雀をより深く激しく愛するようになった。

結果としては惨敗だった。

一度だけ二着をとることができたが、それ以外は三着四着の嵐だった。

それは麻雀と出会って三ヶ月に満たない選手にとっては厳しい負け方でもあった。

須賀が鶴賀学園の選手であることがひとつの大きな原因となっていた。

警戒されたのである。

まったくの無名から派手に決勝進出を決めたダークホース。

そんな学校の男子とあれば他校からは注目を浴びるのは仕方のないことで。

実力にそぐわぬ歓迎をその身に受けて。

しかし、それでも須賀京太郎は麻雀への愛を深めた。

面白い、と感じたのである。

すべての試合を終えて笑顔でもどってきた須賀を見て 「新たな性癖に目覚めたのだろうか」 と東横桃子が思ったのは内緒の話。

とにもかくにも、こうして須賀の初めての試合は幕を閉じることとなった。





時間は一日だけ前に戻って。

女子の個人の予選が行われた。

鶴賀学園の選手としては団体に出ることが最大の目標であったため、そこまで力を入れるつもりはなかったのだが。

まず団体で決勝のテーブルに着く四校のレギュラーがほとんど予選を突破した。

例外としてはそもそも個人戦に出場していない天江衣と、安定した結果を出すことに向いていない妹尾佳織。

それと団体では惜しくも予選で敗れたものの、各校のエースクラスや上位陣が個人決勝へと駒を進めた。

個人レベルでの小さな番狂わせはあったのかもしれないが、おおむね順当と言える結果となった。

その結果に対して鶴賀の面々は、というと。

 「まあ、まず私たちは団体だからなー。おまけくらいに考えていいんじゃないかー?」

部長のこの発言に、とくに異論は出なかった。

もちろん明日は須賀のデビュー戦だからそこはしっかりと応援するつもりではあったが。


日付は、女子団体決勝へと進む。

決勝からはローカルとはいえテレビでライブ放送されるため、開始時刻は午後からとなる。

長野県は日本のなかでは広大な部類に入るので、移動時間を考慮すると選手的にはありがたい。

もちろん準備やらなにやらがある以上、ちょっと早めに会場入りする必要はあるけれど。

これから試合を行う四校のなかから、全国大会へと進める学校が決まる。

おおかたの予想は、龍門渕。

長野の麻雀ファンは去年の衝撃を忘れられない。

ただ、その多くの予想のなかに、鶴賀の名前がちらほらと混ざっているのも事実だった。





団体決勝に出場する四校がそれぞれの控室へと入り、声がかかるのを待つ。

すでに対局室にはカメラが設置され、室温などの環境も整備されている。

スクリーンを備えた観客席はそのすべてが今は無人の卓を映している。

観客たちは気楽なもので、多くのひとが飲み物片手に話に興じている。

内容こそ麻雀が中心とはなっているが。

ちなみに暗黙の了解として観客席では食べ物は禁止となっており、マナー違反者はいないようだ。

長野の団体決勝ともなると雑誌の記者も多く会場に入ってくる。

龍門渕を、あるいは龍門渕を倒す学校を取材するために。

去年の全国大会でもそれだけの衝撃を与えたのである。


緊張状態でなにかが始まるのを待っていると時間が流れるのが遅々として進まないように感じるのだという。

鶴賀学園先鋒、津山睦月はまさにその状態にあてはまっていた。

 「ま、まだですか? そろそろ30分くらい経ちましたよね?」

 「まあまあ落ち着けむっきー。5分くらいしか経ってないぞー」

くどいようだが鶴賀学園は初出場なので、経験が浅い。

こういった緊張状態にはあまり馴染みがないのである。

ふてぶてしかったり傍若無人であればあるいは問題ないのかもしれないが、あいにく津山睦月はそうではない。

でも実際に始まってしまえば彼女は乗り越えるだろう。

目の前のことにきちんと集中できるのが彼女の美点のひとつである。

それにきっとこの経験が来年以降、鶴賀学園麻雀部にいい影響をもたらすだろうから。

だから蒲原智美と加治木ゆみは先鋒を彼女に任せたのだ。

試合開始時刻が、近づいてきている。





県予選における団体決勝のルールは全国で統一されている。

先鋒から大将までそれぞれ半荘を二回行う。

そのなかで10万点の持ち点をやりとりするというものだ。

端的に言って、半荘一回ずつよりシビアになったというわけである。

対局回数が増えれば増えるほど実力は如実に表れる。

おそらく決勝に出るような学校からすれば、望むところだ、くらいのものなのだろうが。


場内アナウンスが入る。

対局室が開放されたらしい。入室が許可される。

つまり10分後に長野県予選団体決勝先鋒戦が始まるのだ。

津山睦月へ向けて激励の言葉が飛び交う。

一年生コンビはもうなんていうか騒いでるだけにしか見えないけど。

そこに松岡修造とかいても遜色ないくらいの熱い熱いエールを送っている。うおおおお、とか言ってる。

妹尾佳織は手を握って上下に振っている。相も変わらずいじらしい。

加治木ゆみはクールに。やれるだけやってこい、と。

そこでバチコンとウインクでも決めたら同性でも惚れるんじゃないか。

蒲原智美はわはは、と笑う。

このわけのわからない安心感はどういうことなのだろう。

とりあえず津山睦月は膝の震えが止まったので、対局室へ向かうことにした。





お茶の間のテレビ用のアナウンスとして四校の紹介が始まる。

各校それぞれの注目ポイントを簡潔にまとめたものをアナウンサーが読みあげていく。

おそらくは下馬評の順なのだろう、龍門渕、風越女子、鶴賀学園、今宮女子。

選手名のコールもされているのだが、実は対局室にはなんの音も入らない。

対局中に実況やら解説やらが入ってしまえば集中できない以前に麻雀にならないからである。

つまり外界とは完全に隔離された世界で少女たちは対局する。

もちろん対局室の音声も外には流れない。映像だけである。


 「よう、一年振りだな。またアンタとやることになるとはね」

純が淡い金髪の選手に声をかける。

 「ええ、今年もよろしくお願いします」

風越の選手が柔らかな笑みを浮かべて返す。

彼女に関しては桃子がとんでもない技術の持ち主だ、と最大級の警戒をしていた。

この二人がいわば先鋒戦における龍虎なのだろう。

おそらく私じゃ打倒はできない。

それでも食らいつくぐらいはしてみせないと。

レベルがどれだけ違ったって相手は人間だからどこかに隙はあるはずだ。

 「ええと、よろしくお願いします」

とりあえず津山睦月はあいさつだけはしておいた。

 「同い年なんだろ? そんなに緊張しないでいこうぜ」

なんだか龍門渕はフレンドリーだ。

どうやら今宮女子の選手も二年生らしい。門松さんというそうだ。

 「あら? 私だけ三年生なのかしら」

どうしてか風越はおろおろしている。なんというか名門のエースっていう印象じゃないなあ。

まあでも試合とはいえ麻雀を打つのにギスギスする必要があるとも思えないのでちょうどいい。

負けてあげるつもりはないけれど。





局後に津山先輩に聞いてみるとたったひとつの答えしか返ってこなかった。

 「よくわからなかった」

龍門渕が鳴くと、なんだかツモが悪くなる。

それに対抗したのかはわからないけど風越が鳴くと、もっとぐちゃっとした感じになる。

麻雀やってて流れなんてのは確かに感じることはあるし、それに乗った経験もある。

けれどあの二人はそれが物理的に目に見えてるんじゃないか、っていう動き方をする。

風越は理論派で鳴らしたって聞いてたんだけど、あれも理論に基づいたプレイングだったのかな。

津山先輩は終始首をひねっていたけれど、観戦してる側はもっと驚いていた。

手牌が透けて見えてるような打牌の応酬だったのだから。

とはいえ、その二人が警戒しあっていたおかげで点差はそれほどつくことはなかった。

まだまだ食らいつける。

現在は風越女子、龍門渕、鶴賀学園、今宮女子の順となっている。


次峰戦が始まるにあたって、にわかに観客席がざわついている。

その話題の中心は妹尾佳織。

先日行われた二回戦で圧倒的な収支を見せつけたからである。

それも役満を平然と和了ってのものだ。

それ以外を見てもとにかく打点が高い。

当の本人は自分が注目されていることにまったく気が付いていない。

まあ控室と観客席に繋がりはないのでそれを知ることはまずないのだが。

彼女は頑張ってくるね!なんてかわいらしい気合いを入れている。





解説は麻雀によって生計を立てているプロであり、そのなかでも通り名がついているレベルである。

名を藤田靖子という。

その藤田プロにさえ首をひねらせる。

そうなることが当然であるかのように翻数が上がっていく。

現象としては不可思議。

しかし目の前で展開されているのは現実。

もちろんプロの目から見て打牌は危なっかしい部分が多い。

だがそれ以上にその打点は魅力的で、見ている者を惹きつけてやまない。

観客席のボルテージがわかりやすく高ぶっていく。

これを偶然と片付けてしまうこともできるだろう。

しかし、頭の奥でこれは別物なのではないかと声がする。

観客どころかプロまで巻きこむくらいに妹尾佳織の麻雀は派手なものであった。


派手、というのはもちろん和了り続けることができるのなら一番なのだがそうもいかない。

手つきを見ればおおよそわかるが、彼女は牌に触れておそらく日が浅いのだろう。

そんな選手に的確なヨミなどを要求するのも酷なもので、だから当然というのもなんだが振り込んでしまう。

ぽんぽん振り込んで、重い一撃を食らわせる。

これは果たして肉を切らせて骨を断つ、と言ってもいいものなのだろうか。

場内の人々はそれぞれ色々なことを考えていたが、少し麻雀に覚えのある人たちは共通の考えを持っていた。

もし彼女が技術を身につけたらどうなるのだろう、と。

未来のことなど誰にもわからないため、あくまでふわふわとした空想ではあるが、それはなかなか楽しいものであった。





和了りもしたがそのぶん振り込んでしまったため、大きくプラスにすることはできなかった。

だが決勝に出てくるような強豪を相手に妹尾佳織は収支をトップで帰って来た。

二回戦に続いて大健闘である。

控室はやいのやいのと大騒ぎ。

現在の順位は二位。後ろからは風越と今宮女子が追ってきている。

次に出るのは我らが部長。考えてみれば早くも女子団体決勝も折り返しが近づいてきている。

 「蒲原、大丈夫だな?」

 「わはは、別にトばしてしまっても構わんのだろう?」

それは識者のあいだではフラグと呼ばれるものである。


中堅の選手にコールがかかる。

どの学校であれ、ここの位置は後ろ二つに繋ぐために極めて重要なポイントとなる。

それこそ点数の多寡にかかわらず、順位だけでも気分はだいぶ違ってくる。

たとえば僅差の二位と三位の精神状態の違いはおそらく体験しなければわからないだろう。

それは後に控える人が少なくなればなるほど牙を剥く。

そういった意味で中堅がどう乗り切るかというのは非常に大きいのだ。

聞くところによれば、中堅にエースを配置する学校もあるのだという。

画面に選手たちが映り始めた。





 「なあ、東横」

 「なんすか?」

 「勝てそう?」

いつの間にか呼び捨てするようになった麻雀初心者は、私にある意味究極的な質問をする。

 「技術的には負けるつもりはないっすけど、麻雀ってそれだけじゃないっすからね」

 「だよなあ。やっぱ出たとこ勝負になるよな」

 「どうしたんすか。そういう聞き方なんてめずらしい」

 「先輩たちにはお世話になってるからさ、全国行ってもらいたいじゃん」

ほほう。教えるという意味でならけっこう私もお世話をしているのだが。

 「でもほら、俺はここで応援しかできないし、ここからだと声は届かないし」

 「まあ、それは仕方ないっすよ、うん」

 「そうなると俺が託せるのって東横だけだからさ」

画面では部長が奮戦してはいるが、狙われている感がある。

龍門渕からすれば二位は叩き落としたいし、風越と今宮女子からすればトップに近づくための踏み台として見られている。

 「須賀くんからのお願いともなると叶えてあげないといけないっすねえ」

 「ははー!東横大明神様、お願いします!」

 「お賽銭は千円でいいっすよ」

 「金取るの!?」

私としても先輩方にお世話になっているのは本当のところだから、初めからやることなんて決まっている。

まあついでに須賀くんの望みも叶えてあげよう。





 「ぬうう。けっこうやられてしまったなー」

三校から狙われ続けた結果、鶴賀学園は三位へと落ちた。

現在トップとの点差はおよそ35,000。

差は開いたとはいえ十分に取り返せる範囲のものであり、どちらかといえば三校を相手にしてよく凌いだというべきだろう。

加治木先輩が声をかけている。

部長はふつうに応対している。

それでいいのだと須賀は思う。精一杯やったのは画面を見てればわかったし。

ああやって朗らかに話せるということは、きっと東横と加治木先輩を信頼している証拠なのだ。

これくらいの差ならその二人でひっくり返してきてくれるとの確信があるのだ。

 「部長、お疲れさまでした」

 「お、京太郎。ちゃんと応援してくれたかー?」

わはは、といつものように笑う。

須賀京太郎はこの人を強い人だと思った。


すでに対局室には各校の副将が揃っていた。

龍門渕の副将、龍門渕透華が声をかけてくる。

 「鶴賀の……、そう!東横さんとおっしゃいましたわね、お手柔らかにお願いしますわ」

輝く金髪を戴いた彼女の発言は堂に入ったものであり、嫌味のようなものはなかった。

こちらこそ、と挨拶を返す。

須賀くんから聞いた話なのだが、この人は少し特殊な思考の持ち主らしい。

目立ってナンボ、というのがその思考の根源にあるそうだ。

東横桃子からすれば、なんだかなあ、という感想を持たざるを得ない。

それは羨望なのかもしれないし、あるいは嫉妬なのかもしれない。

そういった道はこれまで歩いてこなかったから。

でも今はそれは関係ない。

副将戦開始時刻が迫る。





経験者から見た印象は、ハイレベルなネット麻雀そのものだった。

速度と打点のもっとも効率のいい兼ね合いを目指したきわめてデジタルな戦い。

上手い鳴きというものはその局だけに影響を及ぼすものではなく。

相手の動きをたった一巡遅らせることがいかに大きいかを熟達した打ち手は知っている。

もはや龍門渕透華と東横桃子のたたき合いに他二校はついてくることができなかった。

高いレベルに保たれた集中力は互いのライバルだけではなく、卓についている全員に向けられている。

並大抵の罠ではひっかけるどころか逆に食い物にされかねない。

風越と今宮女子の二校はなんとかツモで大きく巻き返したいところではあるのだが、いかんせん速度が尋常ではない。

一方、その早い展開に持ち込んでいる二人はまた別の辛さを感じ取っていた。

 「厄介極まりない相手っすね (ですわ) ……」

打ち始めて三局が経過するころには互いの力量を把握していた。

ほぼ同じレベルの同族。

長所も短所も同じ。互いに自分のプレイスタイルは理解している。

理解しているからこそ、自分のやり方では弱点を突いて崩すことができないこともわかってしまう。

デジタルは効率を無視した打点重視の打ち方などできない。終局間際などであればまた話は変わるが。

そのスタイルの影響もあって副将戦ではほとんどが満貫に届かない和了となっていた。


半荘二回を経た末、軍配は東横桃子に上がった。

だがそれは龍門渕に追いつけるほどの大きな勝利ではなく、二位の風越を追い抜いてあと一歩欲しいというところまでだった。

具体的にはおよそ27,000の差。

もうこの時点でおおよその結果は会場全て、出場者も含めて見えていた。




今日はここまでです
ありがとうございました

乙ー

乙です

うーむ相変わらず硬派な文体。乙です

乙ー
そうか清澄いないのか。どうなるんだろ

清澄は京太郎が居ないと咲ちゃんが入部するきっかけが無いからなぁ

よろしくお願いします



海の底。

深く深く音も届かず光も無く。

馬鹿げた圧力と静かな対流が支配する世界。

地上の生物と比べ、異形の怪物としか言いようのない生物の棲むところ。

およそ人の手の届く領域ではない。

天江衣は、ひとりぼっちだった。

手を伸ばせば海の底に手が届き、月さえつかめそうになる感覚を誰も理解してやれなかった。

それはかけがえのない友達であっても、である。

もちろん友達と遊ぶのは楽しかった。

麻雀以外の遊びを教えてくれたことに感謝もしている。

それでも衣のいる場所は海の底だった。

衣の他には誰もいなかった。

だから衣は暴れることにした。

そうしてたどり着いたのが去年の全国大会だった。

そこで衣はいくつもの意味で興奮した。

同じ場所にいる人間が何人も見受けられたから。

残念なことに彼女たちと卓を同じくすることはできなかったが、それでも満足していた。

また来年があるから、と。

今度こそあの人の領域を踏み外したものたちと打つために、衣は全力で長野県大会を制する気になっていた。





 「あーっ!あれ衣じゃねえか!迷い込んだのか!?」

もう本当になにも知らない須賀はまるで子猫が対局室に入り込んだかのように焦る。

場合によっては対局室に乗り込んで連れだしそうな勢いである。

 「京太郎は何を言ってるんだー? その天江衣が龍門渕の大将じゃないか」

蒲原智美の一言に須賀がぴくりと反応を示し、ぎぎぎ、と振り向く。

 「え、だってあれ、インハイ予選って高校生しか出られませんよね……?」

 「天江はあれでも高校生だぞー。というか二年だから京太郎よりは先輩だなー」

わはは、と目の前の後輩にいたずらっぽく視線を向ける。

津山睦月は去年に先輩二人と予選を見に来ていたので知ってはいたものの、新人三人は信じられないような顔をしている。

 「え?智美ちゃん、あの子って小学生とかじゃないの?」

 「あれ発育とか問題ないんすか!?」

などなど失礼な発言を連発している。

控室が合同じゃなくてほんとうによかった。

というか麻雀部のくせに情報収集すらしないとはいい度胸をしている。

 「別に見た目と麻雀の腕は比例しないからなー。ちなみに天江は去年全国大会で記録作ってるぞー」

新人三人のリアクションのタイミングが全く一緒で面白い。

画面をちらっと見たかと思えばすぐに振りかえって蒲原智美に視線を投げる。なんか練習してんのかお前ら。

反応こそ愉快ではあるものの、三人の胸中はやはり明るいとは言えない。

そんな選手を相手に加治木ゆみは勝てるのか。

勝てるか勝てないかで悩んでいたのはおそらく会場内でこの三人だけだったろう。





旅行やらなにやらに行ったあとに話を聞くと、よく耳にする言葉がある。

やっぱり実物を見ると違うよね。

加治木ゆみはまさにそれを実感していた。

それこそ小学生くらいにしか見えない体からほとばしるのは驚異的なプレッシャー。

お前たちのことは知らないし知ろうとも思わない。要はどうでもよいのだ、と言わんばかりの。

彼女はつまらなさそうに手を進めていく。

加治木ゆみも手を進める。どうしてだろう、一向聴から先が重たい。

あと一牌だけ有効牌を引けば和了の準備が済む。

裏返せばその一牌が入らなければなにが起ころうと和了ることはできない。

周囲を見渡せば、今宮女子は狐につままれたような不思議な表情を浮かべている。

風越の大将はなにかに怯えるような表情だ。

加治木ゆみは推測する。

風越の大将は去年と同じだ。つまり既に天江との対戦を経験している。

そのうえで怯えているということは、この現象に覚えがあるということなのだろう、と。

なにがどうなっているかは理解できないが、この一向聴から動けない現象は偶然から離れた位置にあると判断する。

表情こそ変えないものの、加治木ゆみはどうしたものかと頭を悩ませる。

その推測が正しいにせよ間違っているにせよ、麻雀というゲームの性質からいって対策がとれない。

基本的に麻雀は山から牌を引いてきて手を作る。

そこには偶然以外のなにものも立ち入ることはできず、したがって流されるままでは手の打ちようがないのだ。

いや打ち破る方法がないわけではない、と加治木ゆみが頭の整理を終えた第一局の終盤。

リーチ、と鈴のような声が響いた。





このリーチに会場がざわめく。

ただしざわめきには種類が二つある。

一つは天江衣を知らぬもの。

となれば当然もう一つは天江衣を知るものである。

彼女が牌を曲げたタイミングは極めて奇怪なもので最後のツモを一度残しただけのものである。

通常の判断基準からすればあと一回のツモで都合よく引けるはずもない、というのが妥当なところだろう。

まあうまく引ければリーチ一発に海底までつくためそれだけで翻数が稼げるけれども。

だから天江衣を知らぬものはそのリーチをバカにする。

なんだ大したことないじゃないか、とため息さえつく。

知るものは総毛立つような感覚を覚える。

またアレが見られるのかと。

天江衣に海底を引かせてはいけない。

これは去年の全国大会の後、彼女と対戦した選手たちが口にした言葉である。

それは海底を引けば和了る可能性が高い、とかそういう領域を遥かに超えて。

海底ツモで和了るために手作りをするような領域なのだ。

海底にどの牌が眠っているのかがわかっていないとそんな芸当はできないが、実際に試合を見たものはもはやそれを事実として疑わない。

長野どころか全国最強の呼び声すらある小さな高校二年生は、海の底に棲んでいる。





まるでそうなることが当然であるかのように天江衣が海底ツモで和了るのを見届けて加治木ゆみは再認識する。

信じがたいことだが、どうやらそういう相手だと思っておかないと勝負にならないらしい。

どんな反則だと叫びだしたくなるが、そんなことに意味はない。

どういう相手なのかを理解して、そのうえで対策を立てて乗り越えるしかないのだから。

加治木ゆみのなかで対策そのものは立った。簡単なものである。

ただ、それと鶴賀の優勝を両立させるには相当骨が折れる。

海底をツモらせないようにするには、単純にずらしてやればよい。鳴けばよいのだ。

しかし鳴けば点数が上がりにくくなってしまう。

打点を稼がなければ龍門渕には届かない。

意識しないうちに苦笑がこぼれる。

やりがいがある、と言えば聞こえはいいがこれから厳しい挑戦をせざるを得ない。

そこに後ろ向きな気持ちはないけれど。

もう少し、もう少しだけでいい。やっと揃ったんだ。

せめて夏のあいだだけでも一緒に、チームとしてやっていきたい。

加治木ゆみのこの願いは心の底からのものであったし、間違いなく強いものでもあった。

もちろん風越も今宮女子もそういう思いを持っていた。

しかし。

しかしそれでも、天江衣は絶対的であった。





各校の選手ももちろん気付いていた。

鳴いてずらせば天江に海底を引かせなくて済むことに。

だが当然のことながらそういった対策を立てられることくらい本人も理解している。

鳴いてツモ順をずらされたのなら鳴いて戻せばよい。

それにロン牌が出たなら和了ってしまえばよいし、海底でなくてもツモったら和了ればよい。

ことはそこまで単純ではないぞ、と天江衣が妖しく笑う。


暴力的と言ってもいい天江衣の麻雀ではあったが、完璧というわけでもなかった。

いや和了り方はそれこそ異常に違いなく、天江自体が振り込むこともなかったが。

ただ一向聴が続くのも確実ではなかったし、テンパイがとれなければ海底で和了ることもできない。

だが、そこまでだった。

たしかに隙は見える。しかし致命傷を与えられない。

確実ではないにせよ基本的には天江衣が場を支配していることにも変わりはない。

加えて彼女はさらなる遊び相手に会うために手を抜くつもりも毛頭ない。

もう天江衣を止められるプレイヤーなどこの会場のどこにも存在しなかった。

そうして龍門渕の全国行きが決まった。





憔悴しきった様子で加治木ゆみが鶴賀の控室へと戻ってくる。

耳をすませていなければ聞こえないような声で、すまない、とつぶやいた。

蒲原智美がちらりと須賀に視線を向ける。

 「俺ちょっと飲み物とか買ってきます!悪いけど東横、手伝ってくんねーか?」

 「っとと、手が四つじゃ足りねーな。津山先輩、妹尾先輩、すいませんけどついてきてもらっていいッスか?」

須賀が三人を引きつれて控室から出ていく。


 「……気の利く後輩だな」

額に手をやり、うつむきつつ首を横に振る。

 「わはは、将来はいい男になるかもなー」

タイプの違う笑顔を浮かべ、鶴賀学園麻雀部を立ち上げた二人が言葉を交わす。

近くの長椅子に二人は腰を下ろす。

 「ゆみちん、私たちにしては出来すぎだったかもなー」

 「……かもしれないな」

二人は目を合わせない。一人は真正面を、一人は床を見つめている。

 「最初は私と蒲原だけで、次に津山が来てくれて」

 「しばらく経ったらモモと京太郎が来てくれたなー。そんでかおりん」

 「団体戦に出られると思って喜んでたら決勝まで来てしまった」

 「ゆみちん、私たち長野で二位になったんだよ」

 「……そうだな。精一杯やった結果だ」

 「ホント、私たちなりに頑張ったなー」

わはは、と変に慰めることもなく言葉を返していく。

 「……これだけ精一杯やったんだ。悔い、などっ、な、な……」

ぱたぱたと床に水滴が弾ける。

肩がひくひくと動いている。

最後の意地なのか手で顔を覆うようなことはしていない。

 「悔しいなー、ゆみちん。私たち負けちゃったからなー」

話すこともままならなくなった加治木ゆみの頭をやさしく撫でながら、蒲原智美は言葉を続ける。

 「大丈夫だぞ、ゆみちん。鶴賀にはむっきーがいるし、モモがいる。かおりんもきっと頼りになるし、京太郎までいるからなー」

やはり外からどう見えようと、鶴賀学園麻雀部の部長は蒲原智美以外にあり得ないのだった。

なかなか泣きやまない加治木ゆみにさらに声をかける。

 「まったくゆみちんはしょうがないなー。そうだ、夏休みにみんなで旅行にでも行かないかー?」

 「……受験勉強は?」

 「……わは」





 「おーい須賀くーん、そろそろ質問に答えてほしいんすけど」

控室から出て、かなりの早歩きで会場のロビーへと向かう途中で東横から声をかけられる。

ぴたりと立ち止まって振り返ると、なぜか妹尾先輩は小走りでついてきていた。

 「だいたいいつもの須賀くんなら飲み物の十や二十くらい平気で持てるじゃないっすか」

津山先輩はそういえばそうだな、みたいな表情を浮かべている。

ひょっとして俺がみんなを連れだした理由わかってないのか、と初めてその可能性に行きあたる。

そのままその可能性をぶつけてみると、なんと誰もわかっていなかった。

なので端的に説明することにした。

 「あのですね、いいですか? 先輩っていうのはカッコつけたいもんなんですよ」

妹尾先輩と東横の頭からクエスチョンマークがびゅんびゅん飛んでいる。

津山先輩はなんとなくわかるかも、と返してくれた。

 「たぶん今、加治木先輩はすっげーきつい状態のはずです。そんなところ見られたいか、って話でして」

 「えっ、でも、つらいならなおさら近くにいてあげないと……」

妹尾先輩はやさしく、とても正しい。

でもきっと、そうやってみんながやさしくすると先輩は責任を感じてしまうだろうから。

 「大丈夫ですよ、部長もいますし。それに加治木先輩はすぐに立ち直ってくれるはずですから」

だからそのためにちょっとだけ時間をかけて買い物に行くことを伝える。

加治木先輩のためだと理解するとみんな快くOKしてくれた。

結局、控室に戻ったのはたっぷり三十分は経ってからのことだった。





少し目が赤くなっているのは見なかったことにして、ちゃんと買ってきた飲み物を差し出す。

できる男はスル―スキルだって磨くものなのだ。

ただそれとはまったく関係なしに三年生二人が目を丸くしている。

飲み物の分量が半端じゃない。

鶴賀学園麻雀部は全員で六人である。

しかし目の前にある飲み物の山はゆうに二十本を超えている。(なぜか持ってきたのは須賀一人だった)

いったい誰がこんなに飲むというのか。

目線を買いだし班に向けてみるとどうしてか須賀がドヤ顔をしている。

 「種類豊富ですからね!どれ飲んでもいいですよ!」

気の遣い方を間違っちゃあいないだろうか。

それにお金もどこから出したのか。

 「私たち四人がそれぞれ愛を込めて選んだっす!たぶんどれもおいしいっすよ!」

たぶんて何だ、たぶんて。

しかもなんかちらほらヤバそうな味が見える。ハッカ味は飲み物としてダメなんじゃないのか。

それでもさっきまで本気で悔し涙を流していたのがウソみたいに、加治木ゆみから笑みがこぼれた。

そんな彼女の内心を正確につかむことなどできないが、きっと良い感情で満たされているに違いない。

蒲原智美が飲み物を口からぶちまけている。すでに妹尾佳織はハンカチを準備している。

津山睦月はせんべいを食べている。いつの間に買ったんだそれ。

一年二人は謎の飲み物を押し付け合って、加治木ゆみはそれを見てため息をつく。

鶴賀学園麻雀部はこういう集団で、これでいいのだと加治木ゆみは思う。

帰りにラーメンでもおごってやろうか、なーんて。



今日はここまでです。
ありがとうございました。

さあここから何を書こうか(震え声)

うむ

そういえば阿知賀はどうなるんだろう

よろしくお願いします



季節柄しかたのないことではあるのだが、雨は続く。

いま差している傘の連続出動記録はいったいどこまで伸びるのだろうか、と須賀はため息をもらす。

湿気のせいで髪があらぬ方向へと跳ねようとするせいで朝の支度にいつもより時間がかかった。

けっこう須賀の髪の毛は頑固だったりする。


長野県予選の全行程が終わってから二日。

今日は火曜日で、とくに何があるというわけでもない普通の日常。

時刻は八時二十分。

このペースで歩いて行けばまあだいたいチャイムの鳴る五分くらい前には教室に着く。

徒歩で通っているとその辺の融通がきくのが素晴らしい。

本当にやばいときは走ったり自転車に乗ればなんとかなるし。


ふと周囲を見渡せば多くの傘の花が咲いている。

それは群青だったり黒だったり水色だったり透明だったりと色とりどりである。

番傘みたいに骨の数が多いやつなんかちょっとオシャレだな、なんて思ってみたり。

須賀が今歩いている道はこの時間はほとんど学生しか通らない道であり、進行方向は同じである。

だから傘のおかげで誰の顔も見ることはできない。

視点を変えれば須賀の後ろを歩いている生徒が須賀の顔を見ることもできない。

それは下駄箱まで続いてやっと終わる。

傘立てに傘を入れて、須賀が自分の下駄箱に向かってみると東横桃子がいた。

彼女はすでに上履きに履き替えていたようで、軽く手をあげてあいさつするとそのまま階段を上っていってしまった。

ちなみにクラスは違う。





教室の引き戸を開けながら適当極まりないあいさつをする。

たまたま近くにいたクラスメイトがこれまた適当にあいさつを返す。

須賀は自身でクラスの連中とはうまくやっていると思う。

いつものメンバーみたいなのも出来ているし、けっこう誰にでも冗談を飛ばしている。

割とみんな気軽に須賀に話しかける。男子も女子も気がねなく。

 「なあ須賀!お前大会どうだったの!?」

 「あー、はは、俺こっぴどくやられちまってよ」

 「まあ、初心者だしな。しょうがねーよな。でも団体すごかったんだろ?」

 「すっげえ惜しいとこまでいったよ。団体は長野で二位だぜ?」

少し誇らしげに答える。

全国大会出場こそ逃したものの、鶴賀学園麻雀部の成立過程を考えれば事実とんでもない結果と言えるだろう。

 「あらためて聞くとマジすげーよな! あれ、じゃあ個人はどうだったんだよ」

 「団体に出てない学校からもすげー強いのが出てきてさ、そいつらがな……」

個人戦で全国大会に出るには三位までに入らなければならない。

結果だけ述べてしまえば彼女たちは三位までに入ることがかなわなかった。

順位だけで見ればじゅうぶん上位のうちに数えられるが、全国出場かそうでないかの線引きは大きい。

つまり三年生二人の麻雀部としての活動は終わったのだ。少なくとも公的には。





ううむ、と須賀は頭をひねる。

現時点で鶴賀学園麻雀部の部員は女子が三人に男子が一人。

団体戦には数が足りない。

来年入ってくる新入生は麻雀部に入ってくれるだろうか、と考える。

最悪の事態を考えて今からでも帰宅部を拉致って鍛えておくべきだろうか。

実は女子団体の活躍もあり、来年は入部希望者がわらわら来るのだがそれはまた別の話。

授業中に答えの出ない問題に頭を悩ませ続けた結果、黒板に書かれた問題を解くよう指名され赤っ恥をかくことになった。

先生はやれやれとかぶりを振って、それを見た須賀は解けない生徒を指したアンタが悪い、と心中でつぶやく。

とんでもない八つ当たりをしたあとはちゃんと授業を聞く。

前回のテストで悲鳴を上げたことを須賀は忘れない。

後ろの席のやつからメモが回ってきて、開いてみると “ざまぁwwwwww” とか書いてあった。

授業後にお話をせねばなるまい。

チャイムが鳴るまであと15分。

別に眠いわけでもないのだが、妙に時間の進みが遅く感じる。

時計をちらちらと見てみるものの、やっぱりゆっくりに感じる。

朝の慌ただしい15分と授業中の15分はどうしてこんなに差があるのだろう。

これひょっとして哲学の問題なんじゃね? とかどうでもいいことを考えている間に15分はきちんと15分で過ぎていった。





四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、さあ昼飯だと教科書をロッカーに入れにいくと校内放送が入る。

お昼の放送はもう少しあとに始まるのが通例だし、それ以前にピンポンパンポーンとか鳴らない。

よってこれは何がしかの連絡事項なのだろう。

聞こえてきたのは耳慣れた音声。

いつだって明るく健やかな笑い声が校内中に流れる。

 「えーと、麻雀部はこれから部室に集合するように。あ、別に購買とか寄ってからでいいぞー」

わはは、と笑う声の主は今や鶴賀学園で知らぬ者はいないであろう蒲原智美。

存在していることすら知られていなかった麻雀部を県で二位まで連れて行ったとされる人物として。

須賀は昨日そのあたりについていろいろ聞かれたが巧妙にごまかしつつ、部長の名誉を守っていたりする。

とまあ、部長のお達しがあったため部室へとまっすぐ向かう。

今日は母上がお弁当を作ってくれたのでそのまま行っても問題ないのだ。


しかし気になる点がある。

まだ部長の引き継ぎ作業が完了していないとはいえ、とりあえず引退自体はしたはずだ。

それがお昼休みに集合をかけるとは何かあったのだろうか。

二十一世紀枠で全国出場とか? 春のセンバツじゃあるまいし。

部長決めにしたって津山先輩しかいないだろう。入部時期的にも。

まあ部室に行って話を聞いてしまえばそれですべて分かるからいいけれども。





部室のドアを開けると三年生二人、蒲原部長と加治木先輩だ、がすでに待っていた。

あとはまだ来ていないらしい。

 「わはは、よく来たな須賀少年。ここで貴様の命は絶え ―― 」

ぺしん、と頭に加治木先輩のチョップ。かいしんのいちげき、ってやつか。

 「ひどいぞー?ゆみちん。せっかくこれから感動の一大巨編が始まるところだったのにー」

 「なにを馬鹿なこと言っているんだ。そんなことで呼んだのかと勘違いされてしまうだろう」

 「わはは、いいじゃないか。まだ揃ってないんだから」

グリズリーの戦闘態勢のようなポーズのままの部長とため息混じりの加治木先輩。

さて俺はどっちに乗るべきだろうか。

とか考えていたら津山先輩と妹尾先輩と東横がそろって部室に入ってきた。

これで鶴賀学園の麻雀部は全員。

話が始まるのかな、と思って部長のほうを見てみる。

 「さ、ご飯の時間だな。みんなで食べるぞー」


みんなでわいわいと仲良く食事をとる。

この部は学年の違いとかをかなり無視して仲がいいのですごく居心地がいい。

さらに言うと全員がいじりスキルといじられスキルを持っているので会話も楽しい。

少しお行儀わるい感じでぎゃあぎゃあとお昼を楽しんでいると。妹尾先輩が口を開く。

 「そういえば智美ちゃん、なんでここに集合したの?」

 「わは、いけないいけない忘れてた。皆の衆、練習試合を申し込まれたぞー」





部長が言うには、奈良の県代表である阿知賀女子からの申し込みであったらしい。

なんでも全国出場校同士では練習試合が連盟によって禁止されているから、その穴を突いたのだろうとのこと。

それで部長が部員のみんなをここに集めたのは、この申し出を受けるかどうかの相談だった。

お返事はできるだけ早めがいいということで放課後でなくお昼休みにしたそうで。

俺からすると別に部長が決めちゃってもいいんじゃないかな、って感じはしたけど。

それはひとつの思いやりなのかもしれない。

 「これは蒲原と私の意見だが、受けてはどうだろうと考えている」

ちなみに受けた場合、今週の土日に向こうさんからいらっしゃるそうだ。

 「要はインハイレベルと練習できるってことっすよね? 私は前向きに考えたいっす」

東横は団体戦以降なにか思うところがあるらしく、以前より強さに対して貪欲? っていうのか? になった。

これまでそんなに熱心じゃなかった牌譜を見るだとかそういうことも積極的にこなしている。

 「私も……、そうですね。是非やってみたいです」

 「わ、私ももっと色んな人と打ってみたいかな、なんて……」

津山先輩も妹尾先輩も同じ意見だったみたいで、なんだか無性にうれしくなった。

なんか、そう、みんなで同じ方向を見つめてるみたいで。

 「わはは、なんだみんなやる気マンマンじゃないかー。で、京太郎はどうするんだー?」

 「あ、もう混ぜてもらえるんならぜひぜひ」

ちょい卑屈な言い方になってしまったが仕方ない。だって基本は女子なんだもの。阿知賀女子、でしょう?





満場一致で練習試合を受けることになって。

ひとつ疑問が湧いたから聞いてみる。

 「あの、その阿知賀女子ってインハイ出るくらいですし、名門ですよね? 人数とかって……」

 「んー? いや、どうも少数精鋭らしいなー。選手五人と引率の先生で来るみたいだ」

少数精鋭。それで県を制してインターハイ。まるでマンガみたいな展開。

いやそれを言うなら龍門渕は去年それこそシンデレラストーリーやってるし、場合によっては鶴賀だって。

そう考えるとちょっと胸が痛んだ。

だからそのぶん強くなりたいって気持ちが大きくなった。

今日はまだ外は雨が降っているけれど、たぶん週末は晴れるはずだ。

天気予報を見たわけじゃないけれど、なぜだかそうなっている気がした。

 「練習試合でその阿知賀ってとこボコボコにやっつけたら代わりに全国出れないっすかね?」

 「馬鹿なことを言ってるんじゃない、モモ」

いたずらっぽい笑顔を浮かべながら東横が加治木先輩とじゃれあっている。

俺もこないだの個人戦で (やられたけど) 一皮むけた気がするし、これはチャンスだ。

津山先輩も妹尾先輩も停滞なんかしちゃいない。

練習試合とはいえ相手をやっつけるくらいの意気込みは持たねば。

こっそりテンションを上げて家へ帰る。

帰り道に一人になったときに気合い入れに叫んだら近所の犬に吠えられた。





いざ週末。

噂の阿知賀女子が来る日取り。

須賀は今週の練習にはけっこう身が入ってたな、と自省する。

今週からは練習に三年生は出ないことに部員みんなで決めた。もちろん当人たちも納得のうえで。

いつまでもおんぶにだっこではいられない。

だからひたすら決まった四人で打ち続けた。

打ち続けることでやっとうすぼんやりとした何かが見えてきた。

それは須賀だけの収穫ではなく、妹尾佳織も津山睦月も東横桃子も領域は違えどはじめて見えたものがあった。

それくらいに打ち込んだ。

今日は自分たちの練習もあるが、なにより阿知賀女子の練習試合でもあるため三年生の参加がある。

きっとそれもあって須賀のテンションはけっこう高い。

道をぶらぶら。やっぱり雨は降っていなかった。

聞いたところによると阿知賀女子のみなさんはもう昨日の段階で長野に来ているらしい。

そのため今日はわりと早い時間帯に来られるということで鶴賀勢もいつもより早出だったり。

お掃除ちょっと丁寧にやっておきたいな、なんて昨日ぼそっと呟いたのも原因のひとつ。

麻雀部の部室はけっこう奥まったところにあるためお出迎えも必要である。

普段より起きる時間も早くなっているため、歩きながらあくびも。

お客様が来たらこんな失礼な真似なんぞできないなあ、なんて考えながら。





早めに集合した部室で話しあったのは、誰がお出迎えに行くか。

まず除外されたのは三年生の二人。ここで頼ったら今後に響いてしまう。精神的に。

次に須賀が外される。女子の部活のみなさんを男子が迎えにいくのもどうだろう、ということで。

続いて東横桃子。なぜか目立ちにくく、もし見つけてもらえなければお出迎えにならないから。

残った二人は津山睦月と妹尾佳織である。

決して妹尾佳織が頼りにならないという意味ではなく、自然と津山睦月が行く流れになった。

よく考えれば次期部長が行くのは礼儀としても外せないところだろう。

そうこうしているうちに指定の時刻が近づいてきて。

もし先方が早めに着いていたらよろしくない、と津山睦月が駐車場の方へと向かっていった。


唐突にドアが元気よく開いた。

 「おっじゃまっしまぁーすっ!!」

 「こらシズ!あんたもうちょっと礼儀ってもんをねー!」

 「うぅ……。長野って、やっぱり寒い……」

 「わ、すごいかも。お姉ちゃん、見晴らしよさそうだよ」

 「……ハァ。うちの部員が申し訳ない。今日はよろしくお願いします」

 「はっはっは。よろしくね!」

ドアの向こうには津山睦月とそれこそ色鮮やかな面々がいた。

監督であろう人を除けば一見しただけでは誰がどの学年かすらまったく判別のつかない少女たち。

阿知賀女子の麻雀部が、鶴賀学園にやってきた。



今日はこんなもので。
手が動くうちは頑張ります

乙です

阿知賀を鶴賀に放り込む

続きはよ

保守だねぃ

落ちちゃう

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