千早「満月の夜に」 (13)
千早「あれ……?四条さん?」
貴音「おや、千早ではありませんか。こんな所で会うとは奇遇ですね」
千早「ええ。四条さんも帰りですか?」
貴音「『四条さんも』という事は、千早もですか」
千早「はい。さっきレコーディングが終わって、今は帰る途中なんです」
貴音「わたくしもです。折角ですから、ご一緒しても?」
千早「どうぞ。私と居て楽しいかどうかは分かりませんけど……」
貴音「それならば大丈夫です。では、参りましょうか」
千早「はい」
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千早「…………」
貴音「…………」
千早「……今夜は月が綺麗ですね」
貴音「確かに綺麗ですが……いきなりどうしたのですか?」
千早「いえその……黙ったまま歩くと言うのも何なので……」
貴音「それで、月の話ですか」
千早「はい……すみません」
貴音「おや、どうして謝るのです?」
千早「あの……とりあえず月の話題だったらいいかなって……その……」
貴音「ふふ……千早は正直ですね」
貴音「でも、いいのですよ。実際、今宵は満月なのですから」
貴音「こんなにも綺麗な月を見て、その感想を言い合えるというのは素敵な事ではありませんか?」
千早「……そうかもしれませんね」
貴音「それにしても珍しいですね」
千早「えっと……何がですか?」
貴音「こうして千早と帰る事が、ですよ」
千早「そういえば、そうかもしれませんね」
貴音「貴女はいつも春香とばかり一緒に居ますから」
千早「そういう四条さんは、いつも我那覇さんと一緒ですね」
貴音「確かに。けれど、千早と帰るのも心地よいものですよ」
千早「私は……我那覇さんのように、明るくありませんよ」
貴音「それを言うなら、わたくしは春香のように朗らかではありませんが……」
貴音「今、千早は退屈ですか?」
千早「それは……違いますけど」
貴音「ならば、わたくしも楽しいという事です」
千早「そうですか……」
貴音「ええ、そうですよ」
千早「四条さんは、いつも月を見ていますよね」
貴音「ええ。月を見ると、何だか落ち着くのです」
貴音「きっと、一人ではないと分かるからなのでしょうね」
千早「一人ではない、ですか?」
貴音「そうです。この月を……形は違えども、同じ月を……故郷の人々も見ていると思うと、寂しさが薄らぐのです」
貴音「千早は、そうは思いませんか?」
千早「私は……少し、不安になります」
貴音「どうしてですか?」
千早「月はこんなにも綺麗で明るい……都会のネオンにも負けず、輝いているけれど……」
千早「私の歌は、そういうものになっているのか……とても不安になるんです」
貴音「千早の歌は、誇ってよいものだと思いますが……」
千早「まだなんです。まだ、あの子に届いていない気がして……」
貴音「あの子、というのは……千早の弟の事ですか?」
千早「はい。私が歌手になろうとしているのは、あの子の為……」
千早「あの子が好きだと言ってくれた歌を、もう一度届けなければ……」
千早「そうするには、月のように誰からも認められる存在にならなければならないんです」
千早「でも、月は近くて遠い……手が届く事はない」
千早「そんな月と自分を重ねると、自分が酷く小さい存在に思えてしまうんです」
千早「……なんて、馬鹿馬鹿しいですね。忘れてください」
貴音「……これは、何の根拠もない話ですが」
千早「何ですか?」
貴音「千早も、千早の弟も、同じ月を見ているのならば……」
貴音「それを綺麗だと思っているのならば……」
貴音「きっと、二人の気持ちも同じです。貴女の想いは、彼に届いているでしょう」
貴音「ですから、そう気を落とす事もありませんよ」
千早「四条さん……」
貴音「それに」
千早「はい?」
貴音「そんな悩みがあるのなら……不安を抱えているのなら、わたくし達に相談してくれてもいいのですよ?」
千早「それは……迷惑に、なってしまいますから……」
貴音「千早」
千早「はい?」
貴音「今、貴女と月を見ているのは誰ですか?」
千早「四条さんですけど……」
貴音「では、いつもの風景を共に見ているのは誰ですか?」
千早「あの……どういう事か、いまいち分からないのですが……」
貴音「答えは事務所の皆です」
貴音「わたくしは先程こう言いましたね。『月を見て、その感想を言い合えるのは素敵な事ではないか』と」
千早「ええ……」
貴音「しかし、それは楽しい事に限りません。月を見て――あるいは日常の中で見るものに、恐れや不安を抱いたならば……」
貴音「わたくし達を頼ってください。貴女の恐れを、不安を……わたくし達に言ってください」
貴音「それが、仲間と言うものだと思うのです……違いますか?」
千早「それは……」
貴音「一人で抱え込む前に、もう少しだけ周りを見てください。春香以外にも、貴女を支える人は居るのですよ」
千早「……ありがとうございます」
貴音「……足が止まってしまいましたね。そろそろ、行きましょうか」
千早「そうですね、行きましょう」
千早「…………」
貴音「…………」
千早「……さっき」
貴音「はい?」
千早「さっき、四条さんは言いましたよね。『わたくし達を頼って欲しい』と」
貴音「……改めて言葉に出されると、恥ずかしいですね」
千早「あの言葉、嬉しかったです。でも……」
貴音「でも?」
千早「私がそれを聞き入れるにあたって、一つ条件があります」
貴音「……珍しいですね。千早がそんな事を言い出すとは」
貴音「して、その条件とは?」
千早「簡単な事です。四条さんも私達を頼ってください」
貴音「……え?」
千早「話を聞いていて思ったんです。四条さんも誰かを頼ったりしないな、と」
千早「私が頼るばかりでは不公平ですから……駄目ですか?」
貴音「それは……真、嬉しい事ですが……」
千早「遠くの親戚より近くの他人……と言うと、少しおかしいかもしれませんが」
千早「月を見て、遠くに想いを馳せる前に……私達を見てください」
千早「私達だって、寂しさを紛らわせるぐらいはできる……筈です」
千早「……いや、やっぱり忘れてください!何だか恥ずかしい事を言いました……」
貴音「いえ、忘れられませんね。あの千早から、このような言葉を貰うとは……」
千早「四条さん、結構意地悪ですね……」
貴音「意地悪はどっちですか。夜風が心地よくなってしまったではありませんか」
千早「え?それはどういう……」
貴音「何でもありません。しかし、そうですね……千早に請われては仕方ありませんね」
貴音「もう少し、自分をさらけ出してみるのもよいかもしれません」
貴音「その時は、どうか受け止めてくださいね?」
千早「私でよければ」
貴音「ありがとうございます」
貴音「そろそろお別れですね」
千早「ええ」
貴音「千早と歩く時間も、これで終わりですか」
千早「機会なんていくらでもありますよ」
貴音「おや、またご一緒して頂けるのですか?」
千早「四条さんが嫌でなければ」
貴音「それは嬉しい話です」
千早「また、月の綺麗な夜に会いましょう」
貴音「そして、心が不安な月夜でも……でしょう?」
千早「ええ。それでは、さようなら」
貴音「はい、さようなら」
――END――
ほわぁぁぁぁぉぉぁどぁぁぁぁぁぉぁ
爆発!
乙
以上で完結となります。お楽しみ頂ければ幸いです
中秋の名月が話題に上っていたので書きました。短いですがご容赦ください
というか、私は何を書いているんでしょう……やたらポエミィになってしまいました
若干キャラがおかしいかもしれません。申し訳ありませんでした
乙
好きな雰囲気
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