ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」 (71)


某ガンダムSSを読んで、自分でも書いてみたくなった。

お目汚し、失礼する。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1379074159

ケージには、重苦しい空気が立ち込めている。どのパイロットも暗い表情で、虚ろな目で地区司令官の演説を聞いていた。

連邦軍がここ、ア・バオア・クーへ侵攻中、との情報が入ってから2日。常時警戒体制だった俺たちの緊張と恐怖は、もう、ピークに達していた。

学徒動員、なんて、前世紀の悪習だと思っていたが、まさかこの宇宙世紀でこんなことになっちまうなんてな…

俺は周りにいる同世代のやつらを憐れんだ。俺のように、研究所でこう言うときのためにあれこれと実験を受けてきた人間は、そもそもが戦うために生かされてきた。

いつ 、戦場に投入されてもおかしくはなく、その覚悟はいつだって持ってきた。想像していたよりもずっと早い召集だったが、まぁ、早い遅いの問題ではないだろう。

司令官の演説が終わった。あとは、モビルスーツに乗り込んで待機になるはずだ。

「よっ、アレク曹長!気分はどう?」

解散になったとたん、明るい声が俺の肩を叩いてきた。振り返るとそこには、俺の所属する学徒隊の指揮を執る、若い女性士官がいた。

イレーナ・バッハ中尉。きれいなブロンドを短く切り揃えた美人だ。この部隊の、精神的支柱。

「はっ。殊更、動揺はありません」

俺はそう報告する。すると中尉はニコッと笑った。

「嘘付きね、あなたは。こんな事態ですもの、緊張して当然よ」

中尉はそう言って俺の手を握った。

「あなたのことは、頼りにしてる。みんなを守ってあげてね」

「…は、はっ!」

「来て」

中尉は俺の手を引いてそのまま、俺が登場する予定だったザクへと飛んだ。

コクピットへ俺を押し込んで、自分も俺に詰め寄るようにして乗り込んでくる。

「いい?危ない、と思ったら、逃げてね。積極的に攻撃なんてしなくていいわ。自分の身を守ることを最優先に」

中尉は、俺にヘルメットを取り付けながらそう言ってくる。何が、緊張して当然よ、だ。

俺は、中尉の手を握り返した。その手もまた震えていた。

「中尉こそ、気を楽に。あいつらは俺が守ります。中尉は、戦場の状況判断をお願いします」

柄でもないのに俺はそんなことを言って、彼女に笑いかけていた。彼女の表情が緩んだ。

「上官を勇気づけてくれるなんて、大人ね」

「俺はもう15です。中尉とは5つしか違わない」

「その差は大きいと思うのだけど?」

「…生意気でしたか?」

「…いいえ、ありがとう」

中尉はそう言うとヘルメットの取り付けの手を休めて、俺に唇を押し付けて来た。

張り詰めて、体温を失っていたはずの唇に温もりが伝わり、モビルスーツの関節用の油の臭いが充満していたはずの空気に、彼女の柔らかな香りが漂う。

どれくらいの時間だったか、中尉は俺から体を離した。

「生きて、また会いましょう」

「えぇ、必ず」

そう言葉を交わして、中尉はコクピットを出ていった。

俺は微かに残った彼女の香りと体温を感じながら、その姿を見送っていた。


ソロモンが陥ちた。その報を、俺は研究所から引き払って移動中だった輸送船の中で聞いた。

アステロイドベルトへ撤退予定だったこの船も、その影響で進路をサイド3に変えていた。

目的は単純。研究所から輸送するつもりで持ち出した兵器のいくつかをサイド3が徴発したことと、そして俺達合格組を引き取るため…。

聞けば、軍部はすでに本土決戦を覚悟し、学徒動員まで行って戦備体制を整えようとしているらしい。

俺達のように戦闘の訓練を積まされた人間は、重宝されるんだろう。

「戦いたくなければ、逃がしてもやれる」

そう言った俺の身の回りの世話をしてくれていた人の良い担当の技術研究員の申し出を俺は断った。

逃げたって他に行く先もない。遅かれ早かれ、こうなる運命だったんだ。

船はサイド3についた。船に勲章を山ほど付けた軍人が乗り込んで来て、俺達について来るように言った。

俺の他に三人は、偉そうなそいつの後ろに黙ってついていく。車に乗せられ行き着いたのは、軍の営舎とらしい施設だった。

そこで俺達は別々にされた。一番年下の、ウリエラが半分涙目になって不安がる。

「大丈夫だ…また、すぐに会える。怖かったら、呼びかけてこい」

俺は彼女にそう伝えて、一瞬だけ意識を集中して彼女と感応した。

少し安心させてやれたのか、ウリエラは落ち着いた表情に戻ってうなずき、中年の男性士官に連れられて営舎の奥に消えて行った。

「貴様は…アレックス・オーランド、か。オーランド曹長、貴様の上官はこのイレーナ・バッハ中尉だ」

勲章の軍人が、若い士官を紹介する。

肩より長いブロンドを纏め、青い瞳に、薄く広い唇の、きれいな人だった。

「オーランド曹長。これより先は軍務であり、戦場です。甘えは許されません。良いですね?」

彼女は厳しい表情と同じように、厳しい口調で言った。

「はっ」

俺はそう答えて敬礼をした。彼女も敬礼を返してきて、それから

「営舎へ案内します、こちらへ」

と俺を先導した。集められていたホールを出て狭い廊下に差し掛かると、彼女はふぅ、とため息をついた。

「あぁ、ごめんね、あんな言い方で。戦況が苦しくなってきてから、いろいろと厳しくてね…上官がいないときは、楽にしてて良いわ」

「は…了解であります」

彼女の言葉に俺はそう返事をした。彼女がそう思いながらあんな言い方をした、ってのは感じ取れていたから別に驚きもしなかった。

「改めてまして、私はイレーナ・バッハ中尉。第一学徒部隊の第2小隊の指揮を任されているわ。歳は、二十歳で出身はサイド3。趣味は、古い映画を観ることと、読書。あなたは?」

中尉は思っていた以上に砕けた感じでそう聞いてきた。聞かれて、正直、戸惑った。

俺は研究所生まれで、語れるようなことはない…話せるとしたら、歳のことくらいか…

「自分は、アレックス・オーランド…今年で15になります…出身は、サイド6…」

「そう、よろしくね、アレク!」

俺の、そんな味気ない自己紹介に、そう言って満足そうな笑顔を見せてくれた。

なぜか、その笑顔が、強烈に脳裏に焼きついた。

とりあえず、思いついた分だけ。
続き掛けたら、張り付けて行きます。

どうぞよしなに。

乙でした。

続きを楽しみにお待ちしています。

期待乙
ガンダムシリアス系はエタるのが常だけど頑張って下しあ

レス感謝。

エタらないように頑張ります。

 


 翌日から、コロニー内でのモビルスーツの訓練が始まった。俺の隊は、イレーナ隊長と俺に、学徒兵のエリック・デックス伍長の三人。研究所から一緒にここへ連れてこられた連中も、一緒になっての合同演習だ。

昨日あれだけ不安げにしていたウリエラも、一緒だってことに安心しているのか、研究所でやってたようになれた様子でモビルスーツを動かしている。

 「うっ…うわっ!」

エリックのうめき声が無線越しに聞こえてくる。

「エリック、ゆっくりでいいわよ。まずは、歩くことから。バランスは自立制御されているから、怖がらなくて大丈夫」

イレーナ中尉の優しい声が聞こえてくる。この程度の訓練、退屈には違いないが、だからと言って手を抜くわけにもいかない。だた歩くだけに、手の抜き様もあったものではないのだが…

 俺たちはその日半日を掛けて、コロニーの中を往復し訓練を終えた。その晩、営舎の食堂で夕飯があると言うので、俺はシャワーを済ませて、食堂へと出て行った。

「あ、アレックス!」

俺を呼ぶ声がした。呼んだのは、すでにテーブルについていたウリエラだった。

「元気そうだな」

訓練のときは声を掛けられなかったので、改めてそう言ってやる。ウリエラは

「うん、心配してくれてありがとう。隊長が良い人で、いろいろ面倒を見てもらってるよ」

と笑顔を見せた。元気でやっているんなら、それでいい。

「そっちの部隊、もう一人はどうなんだ?」

訓練のとき、ウリエラの部隊は、比較的スムーズに移動が行えていた。こっちのエリックよりも、慣れの早いパイロットがいるらしい。

「あー、オスカーさんね。彼は、落ち着いてる人、かな。操縦の飲み込みも早かったよ」

「へぇ。まぁ、お前の盾になってくれそうなやつなら良いんだけどな」

「私はそんなヘマしないから、大丈夫」

「良く言う。昨日は半分泣いてやがったくせに」

俺がそう言ってやったら、ウリエラは言い返してくる言葉がなかったようで、代わりに頬を膨らませて俺の肩を平手でたたいて来た。研究所にいた頃にも同じようなやりとりを何度もしたな、と言うのを思い出して、ひとりでに笑いが漏れた。

 「お、いたいた、アレックス」

声を掛けて、わざわざ俺のところにやってきたのは、エリックだった。エリックは俺の隣に座ると、なぜだか仰々しく

「今日は、すまなかったな…脚を引っ張ちまって。もう少し、ちゃんとマニュアル読み込んでおくから、今日のところは許してくれ」

と謝ってきた。別に、どうも思ってなんかいない。あれくらいで当然だ。むしろ、学徒動員でもモビルスーツ部隊に配備されているくらいだ、それなりに適正があったんだろう。そうでもなきゃ、姿勢制御が効いていたって、転倒で全身打撲になり死んでたって不思議ではないんだ。

「気にするな。最初は誰だって、うまくはいかないものだ」

俺が言ってやると、エリックは安心したように、表情を緩めた。エリックとは同室だし、わざわざ関係をこじらすもの面倒だ。それに、特段悪いやつとも思えない。モビルスーツの操縦に関していえば不器用な奴だが、こうして話している分には、気の利く、いいやつだ。


「そっちの女の子とは知り合いなのか?」

「あぁ、紹介するよ…同郷の、ウリエラだ」

研究所の出身、だなんて言ってしまうといろいろと問題があるが、これなら構わないだろう。

「ウリエラです。エリックさん、だったっけ?」

「さん、なんてよしてくれ。同じ釜を食う仲間だ。適当で構わないよ」

エリックとウリエラが言葉を交わすのを聞きながら、俺は食堂を見回していた。

 総勢、20人ほどがいるだろうか。そのうち、研究所から来たのは俺たち5人。学徒動員でここに連れてこられたのは、15人、ってことになる。二人一組にして、その上に経験のある小隊長が乗っかるわけだから、10小隊が出来上がるってことか。第1学徒MS部隊、ね。今日の訓練の様子じゃ、どう考えても、無事じゃすまない。この中で、運が良くても4、5人が生き残れば上出来だろう。

俺は、せめてウリエラくらいは守ってやって、その枠に入り込めさえすればいい。戦う訓練は積んできたし、連邦は敵だ、と教育もされてきた。だが、生き死にの話は別問題だ。誰に何を言われようが、ジオンだかっていう、縁もゆかりもないもののために命を捧げるほど、ストイックになってやるつもりはない。
 

 「気を付け!」

食堂内にそう叫ぶ号令が響いた。反射的に、俺たちは立ち上がって背筋を正す。食堂には、例の勲章いっぱいの将校が、小隊長達を従えて入ってきた。

「諸君。今日の訓練はご苦労であった。諸君らは、故郷ジオンより選ばれた、若き精鋭部隊である。私は、残念ながら適性がなく、モビルスーツに搭乗することはかなわず、今もこうして後方の訓練所の人事などを担当している。だが、諸君らは、最新鋭の兵器に搭乗し、憎き連邦への先鋒となり、スペースノイドの悲願である独立と自由のために戦うことができる。これは、栄誉である!必ずや諸君らの手で、我がジオンの、いや、全スペースノイドの未来のために、連邦を打倒してほしい!諸君の活躍に期待している!ジークジオン!」

「ジーク、ジオン!」

将校の、演説らしい言葉に合わせて、学徒兵達が敬礼をする。もちろん、俺も、だ。将校は満足したのか、笑顔を見せてひとりひとりの顔を見回し

「それでは、食事とする。ひとときの息抜きだ。存分に楽しみたまえ」

と言い残し、まるで機械のように向き直ると、食堂から出て行った。

 「さて、それじゃぁ、配給するわ。各自、カウンターで受け取って、あとは自由にしていいわ」

イレーナ中尉がそれまでの空気を打ち壊すような口調でそう言い、笑顔を見せた。食堂の雰囲気もガラッと和み、学徒兵たちがガヤガヤとカウンターへと並びだす。

「アレックスの隊の隊長さんも、良い人そうだね」

テーブルから離れ、カウンターに向かう間に、ウリエラがそんなことを言ってくる。

「あぁ、まぁ、そうだな。ガチガチの軍人様より、付き合いやすい人だよ」

「あはは、そっかそっか。アレックス、いつも難しい顔してるから、ああいう優しそうな人と一緒に居た方が良いよ!そのうち、顔もほぐれてくるかもしれないし!」

「余計なお世話だよ」

 
肘で小突いてやったら、ウリエラは嬉しそうに笑った。

 言われないでも、分かってる。あの人は、いい人だ。どういう経緯でこの部隊に配属されたかはわからないが…少なくとも、あの勲章だらけの将校とはわけが違うのは分かる。そのうち機会があれば聞いてみるもの良いかもしれないな。この先のことは、雲行きが怪しい。願わくばあの中尉も、生き残りの枠に入れると良いんだが…な。

 俺は、他の小隊長と笑顔で話している中尉を見ながら、そんなことを考えていた。



 「気を付け!」

食堂内にそう叫ぶ号令が響いた。反射的に、俺たちは立ち上がって背筋を正す。食堂には、例の勲章いっぱいの将校が、小隊長達を従えて入ってきた。

「諸君。今日の訓練はご苦労であった。諸君らは、故郷ジオンより選ばれた、若き精鋭部隊である。私は、残念ながら適性がなく、モビルスーツに搭乗することはかなわず、今もこうして後方の訓練所の人事などを担当している。だが、諸君らは、最新鋭の兵器に搭乗し、憎き連邦への先鋒となり、スペースノイドの悲願である独立と自由のために戦うことができる。これは、栄誉である!必ずや諸君らの手で、我がジオンの、いや、全スペースノイドの未来のために、連邦を打倒してほしい!諸君の活躍に期待している!ジークジオン!」

「ジーク、ジオン!」

将校の、演説らしい言葉に合わせて、学徒兵達が敬礼をする。もちろん、俺も、だ。将校は満足したのか、笑顔を見せてひとりひとりの顔を見回し

「それでは、食事とする。ひとときの息抜きだ。存分に楽しみたまえ」

と言い残し、まるで機械のように向き直ると、食堂から出て行った。

 「さて、それじゃぁ、配給するわ。各自、カウンターで受け取って、あとは自由にしていいわ」

イレーナ中尉がそれまでの空気を打ち壊すような口調でそう言い、笑顔を見せた。食堂の雰囲気もガラッと和み、学徒兵たちがガヤガヤとカウンターへと並びだす。

「アレックスの隊の隊長さんも、良い人そうだね」

テーブルから離れ、カウンターに向かう間に、ウリエラがそんなことを言ってくる。

「あぁ、まぁ、そうだな。ガチガチの軍人様より、付き合いやすい人だよ」

「あはは、そっかそっか。アレックス、いつも難しい顔してるから、ああいう優しそうな人と一緒に居た方が良いよ!そのうち、顔もほぐれてくるかもしれないし!」

「余計なお世話だよ」

 
肘で小突いてやったら、ウリエラは嬉しそうに笑った。

 言われないでも、分かってる。あの人は、いい人だ。どういう経緯でこの部隊に配属されたかはわからないが…少なくとも、あの勲章だらけの将校とはわけが違うのは分かる。そのうち機会があれば聞いてみるもの良いかもしれないな。この先のことは、雲行きが怪しい。願わくばあの中尉も、生き残りの枠に入れると良いんだが…な。

 俺は、他の小隊長と笑顔で話している中尉を見ながら、そんなことを考えていた。







 それから、一週間は休まず訓練が続いた。この営舎へやってきて十日目。

コロニー内での基礎訓練が終わり、次回からは宇宙空間に出ての実戦訓練に入る。その前に十分に英気を養いたまえ、という勲章の将校の言葉で、今日は学徒兵全員に休暇が付与された。

 休暇、と言ったって、この訓練のためのコロニーに娯楽施設なんてありはしない。もちろん、軍の保養施設なんてのもあるにはあるが、そこは、チンピラ紛いの若手兵士や飲んだくれた中年ダメ兵士のたまり場になっていて、俺たち学徒兵が行けば、絡まれるのは目に見えていた。

 せっかく頂戴した休暇だ。連日の訓練でも大した疲労感はなかったが、こういう時は、休むに限る。

 俺はベッドに横になって、研究所から持ち出していたポケットコンピューターの画面を触っていた。通信が出来ない機種だが、それは大きな問題ではない。ここには、研究所で過ごした日々の写真が残っている。

2、300枚はあるだろうか。俺の、これまでの人生のほとんどが、ここに収まっている。良しととるか、悲しいととるかは人それぞれだろうが、少なくとも戦争が始まるまでは、あの研究所での生活も悪くはなかったと、俺は思っている。友達もたくさんできたし、現場にいた研究員のほとんどは優しくて、親切な人たちだった。

 どたどたと足音が聞こえてきたと思ったら、部屋のドアが勢いよく開いた。

「お、おい、アレックス!ケンカだ、ケンカ!」

エリックが息を切らせてそう言ってくる。

「ケンカ?誰と、誰が、だ?」

「第一小隊のオスカーと、第四小隊のカイルだ!すげーことになりそうだぞ!」

エリックは目をらんらんと輝かせてそんなことを言ってくる。俺はPDAをポケットに突っ込んでベッドを降りた。巻き込まれてんのが本当にそのオスカーだとしたら、一応止めておかなきゃならない。あいつはウリエラの隊の人間だ。騒ぎがあいつに飛び火しないとも限らないし、な。

 エリックの先導で食堂に駆け込んでみると、そこには睨み合ったまま微動だにしない、オスカーとカイルの姿があった。

 そばに、ウリエラが居たので近づいて行く。

「おい、何があったんだ?」

「いやぁ、それが…」

ウリエラはモゴモゴと言いにくそうに言葉を濁すばかりか、もじもじと体をくねらせ始める。なにやってんだ、こいつ?

「あー、あんた、確かアレックス、って言ったっけ?」

そう声が掛かったのでウリエラの向こうに居た女の学徒兵を見やる。

「あぁ、そうだけど」

「良かった、間違えちゃってたらどうしようかと。あたしは、ウリエラと同じ部屋のキリ・グルンデンっていうんだ。あんた、ウリエラの同郷なんだよな?」

「だからどうした?」

「あぁ、いや、それならあんたもあれに参加しておいた方が良いんじゃないか?」

キリはそう言って睨み合っている二人を顎でしゃくる。

「ちょ、ちょっと!キリ!アレックスは違うんだって、そう言うんじゃないんだって!」

キリの言葉を聞いたウリエラが真っ赤になって何かを否定している。何のことか意味が分からないが…何を言ってるんだ、こいつらは?どういうことなんだ、と聞いてやりたくて反対側に居たエリックの顔を見る。するとエリックはニタニタと変な笑い顔で

「どっちがウリエラに告白するかでモテてるらしい」

と言って、野次を飛ばしだす。

 はぁ、なるほど、そう言うことか。ウリエルのことは、まぁ、とりあえず置いておくとしても…これは、止めないとまずいだろうな。

「カイル!やっちまえ!」

「ちょ、やめなよー」

「オスカー、構うな!叩きのめせ!」

「いけいけ!どっちも頑張れ!かっこいいぞー!」

まったく、野次ってる場合じゃないだろうに…と、周りにいる連中を見渡して、俺は思わず吹き出した。

 「ちょっと!野次ってないで止めてくださいよ、中尉!」

学徒兵に混じって、イレーナ中尉が野次を飛ばしていたのだ。


「なんだ、オーランド曹長?貴様、堅いな。マジメか?」

そのすぐ隣には、ウリエラの隊の小隊長で、この学徒部隊を率いる中隊長も兼任のクレイグ・ハック少佐までが居た。

「ぶ、部隊長!?」

「まぁだ若いんだ、ケンカのひとつくらい、見逃してやれ」

「うぅっ、燃える青春!はかない恋を賭けてぶつかり合う、二つの若さ!いけいけ!」

 急に周囲から雄叫びが聞こえだす。振り返ったら、オスカーとカイルが殴り合いを始めていた。あぁ、おい、どうすんだよこれ…まったくもう…!

 「いけ!そこだ!」

「中尉!部隊長も!責任者でしょう!?止めるべきです!」

俺は二人に声の限りに訴えた。しかし、二人はきょとんとして顔を見合わせる。

「お前、いいやつだな。だが、若い頃にはこういうことも必要だ」

部隊長が言う。

「戦争のせいで、こんなところに引っ張られて来ちゃっているんだもの。私たちにはもとの生活に戻してあげることはできなくても、せめてこんなときくらい、年頃らしいことをさせてあげたいじゃない?」

中尉も、マジメ顔で言う。でも、そんなだからって…これはケンカだぞ!?だぁっ!くそ!

 俺は振り返って、殴り合いを繰り広げている二人の間に割って入った。オスカーを突き飛ばして、カイルに掴み掛る。

「おぉ!アレックスも参戦だ!」

「さすがにウリエルの兄貴分!我慢できなかったのか!?」

「ちょちょ、ア、アレックスまで…!」

周囲の騒ぎが、一段と大きくなる。

「邪魔すんじゃねえよ!」

組みついたカイルが体勢を変えて、俺の腹を蹴りつけてくる。くそ、こいつ、完全に頭に血が上ってやがる…!目を覚めさせようと思って右腕を振りかぶった瞬間、俺は背後から別の強い力で横に吹き飛ばされた。何事かと思ったら、突き飛ばしたオスカーが戻ってきていて、俺を弾き飛ばして、また、カイルに殴りかかっている。

「あっはは!なんだよ、アレックス、もう終わりか?だらしないなぁ!ウリエラがどっちかに取られっちゃうかもしれないよ?」

キリがそう言いながら俺のそばにやってくる。

「うるせえ!そう言う問題じゃないだろ!」

「まぁったく、遊び心のない奴だな」

俺は言い返したが、キリはあきれ顔で俺を見下ろすばかりだ。

「ね、ねぇ、キリ!なんとかしてよ!」

ウリエラが半べそをかきながら、キリに頼み込んだ。

「あ?いいじゃねえか、モテモテだぞ、あんた今さ」

「こんなのでモテてもちっとも嬉しくないよ!私はどっちに告白されたって困るんだから!」

ウリエラの言葉に、キリはピクッと表情を変えた。それからニヤっとして俺を一瞥してから

「あー、なーるほど、ね。そらぁ、まぁ、乙女心は大事にしないとだな」

とつぶやいた。

「おし、そう言うことならあたしに任せな!」

キリはそう言うが早いか、ものすごい勢いでオスカーとカイルに飛びかかった。


「あちょー!」

ふざけているのか本気なのか、キリはそんなことを叫びながらオスカーの脇腹に蹴りを入れ、ひるんだその隙にカイルから引き離してもう2発、鋭く腹と胸を蹴り上げて床に吹き飛ばした。一瞬、何が起こったのか理解できていなかったカイルの方を向き直ったキリは、腰を落とした体勢から全身のバネを使って低い体勢のまま、カイルの腹に拳を突き出した。キリの拳がカイルの腹にめり込んで、カイルは崩れるようにその場に倒れ込んだ。

 「うぉ!キリが勝ったぞ!」

「おい、待てよ、女同士だぞ?キリが告白するのかよ?」

「バカ、お前、男がするよりもこっちのが興奮すんだろ!」

「意味分かんねえよ、バカ!おい、キリひっこめ!」

「黙れ!外野ども!」

キリは周囲の野次にそう言い放ってウリエラを指差した。それから大声でのたまった。

「ウリエラ、好きだ!あたしと付き合ってくれ!」

「ごめん!キリ!私そう言う趣味はない!」

間髪入れずに答えたウリエラの返事が、あたりに一瞬の沈黙を呼ぶ。次の瞬間、キリは顔を覆って

「うわーん」

と、芝居がかった口調で叫びながら、食堂を走って出て行った。

食堂のメンツはあまりの急展開にしばらく呆然としていたが、勝負がついてしまったことで興がさめたのか、野次馬連中はてんでバラバラに食堂から出て行く。ケンカをしていたオスカーとカイルも、別々の出口から出て行った。

 あいつらが暴れたせいで、めちゃくちゃになっているテーブルとイスを元に戻していたら、キリが食堂に戻ってきた。

「あ、キリ、ありがとう!」

ウリエラがそう言ってキリに飛びつく。

「なに、いいってことよ!」

キリは満足そうな顔をして、ウリエラに笑いかけている。

「なんだよ、告白して玉砕したってのに、ずいぶんと仲良いんだな」

エリックが俺の手伝いをしてくれながら、二人にそうたずねる。いや、エリック、どう考えてもさっきのは…

「あんなの芝居に決まってんだろう?あたしは、そう言う趣味はないんでね!でも、あれなら、どこにも角が立たなかったろ?我ながら良い案だと思ったよ」

キリがそう説明して高笑いを始めた…まったく、とんでもない思考の奴だが、今回は助けられたな。

「すまなかったな、キリ。礼を言う」

「あぁ?それはウリエラを守ってやったことへの礼か?」

キリは相変わらずニヤニヤと俺を見つめてそう言ってくる。

「違う。騒ぎを収めてくれたことについて、だ」

俺はそんなキリの態度を一蹴して、部屋の片づけを続ける。俺とウリエラとは、そう言うんじゃないんだ。あいつは確かに守ってやりたいやつだけど…好きだ、とか、そう言うのじゃないんだ。

 と、そんなとき、どこからか視線を感じた。なんだ…?気配のする方を振り返ると、そこには、中尉と少佐が居て、なんだか楽しそうに俺たちのことを見ていた。

「なにかご用ですか?」

俺は不機嫌そうな顔を見せて、そう言ってやった。しかし、二人はそんなこと気にも留めない、と言った様子で

「いやぁ、いいよね、さっきのケンカもなかなかだったけど、そう言うののあとに集まる、少年少女の仲間グループ、って感じ?」

「違いない。こうもまっすぐに育っている子どもがいれば、ジオンの未来も明るいってもんだ」

とわけもわからずに笑っている。ったく、なんだってんだ、この大人たちは。まるで俺たちを見て、ただ楽しんでいるだけじゃないか。部隊長ってことは、監督責任があるんじゃないのかよ。こんな勝手を許してて良い筈がないだろう?そう思って、何か言い返してやろうかとしたが、結局は口をつぐんだ。

何を言ったって、通じないだろうな、という確信があったからだ。こういう、のらりくらりした大人はいつだってそうだ。こっちの気持ちを考えもしないで…


「あ、そうだ!トランプ持ってるんだけど、みんなでやらない?」

俺の気も知らないで、ウリエラがそんなことを言いだした。

「お、いいね!賭けポーカーでもしようか」

「ははは、面白そうだな!俺は乗った!」

キリとエリックがそう声を上げる。俺が整えたテーブルについて、さっさとカードを配りだした。まったく、イライラするもの疲れてきた。もうなにも考えたくないな…部屋にでも戻るか…

「アレックスもやるでしょ?」

そう思っていた俺に、ウリエラが声を掛けてきた。あぁ、くそ。お前に誘われたら、断りづらいだろうが…。俺は仕方なしに、テーブルへ着いた。俺とウリエラでポーカーだなんて、最初からイカサマみたいなもんだが…仕方ない。最終的にうやむやにして、勝敗を分からなくしてしまえばいい、か。

 「あ、中尉と部隊長もやります?」

俺がそう思っていたのに、ウリエラはとんでもないことを言いだした。

「あら、いいの?じゃぁ、混ぜてもらおうかな!」

中尉はワクワクした笑顔でそう言いながら、早々とテーブルに着く。

「俺は見学で構わん。若いモンで、楽しんでくれよ」

部隊長も特に止める気はないようだ。

 本当に、この人たちは…今が戦時だってのが分かっているんだろうか?俺たちは、明日から、宇宙での訓練に入る。それが終われば、実戦に投入されるんだ。いつ死んでもおかしくはないんだぞ…緊張感がなさすぎる。

 そんな俺の気持ちをよそに、滞りなくゲームは始まった。屈託のない笑顔で笑うウリエラと、彼女に絡むキリ。その二人と一緒になって、エリックを弄り回す中尉。まるで、映画で見たハイスクールの昼休みだ。そんなことを思いながら俺は、手元に4枚のエースを残して、追加の一枚を引いた。

「…20枚、ベット」

「え!?」

「なっ!?」

「ホントかよ?!」

「ハ、ハッタリでしょう!?」

全員が俺の顔を、見やる。

 俺は手元に来たジョーカーに顔がにやけそうになるのをこらえて、これまで通り、つとめて不機嫌なふりをした。



「うわっ!わわわっ!」

「エリック、大丈夫?!」

「落ち着け、エリック。AMBACは不完全だ。姿勢制御だけに頼らないで、自律航行システムを連携させろ」

「そ、それってどうしたらいいんだ?!」

「止まらずに、動け。動きながら姿勢を安定させろ」

「わ、分かった」

モニターの向こうで、エリックの機体が不器用に動きやがて姿勢を整えて、編隊に復帰してきた。

「ふぅ…すみません、隊長」

「大丈夫よ、行程にはまだ余裕があるわ。落ち着いて行きましょう」

中尉の穏やかな声が聞こえてくる。エリックも少し落ち着いたようだ。

俺達は、コロニー内での訓練を終えて、今日初めて宇宙空間に出た。遠心力がかかっているコロニーの中と宇宙空間では勝手はかなり違う。もともとパイロットだった中尉や、研究所で訓練を受けてきた俺とは違い、一週間前にモビルスーツに乗り始めたばかりの学徒兵のエリック・デックス伍長には簡単な訓練ではないだろう。

「バッハ隊、良いペースだ。次の撃破目標に迎え」

無線から教官の声が聞こえてくる。

「了解、アレク、エリック、行くわよ」

「…了解」

「りょ、了解!」

中尉のザクFZタイプが先頭を行く。研究所でそこそこの数のパイロットを見てきたが、中尉の操縦はその中のやつらと比較しても上等な部類だと言って良い。鋭く、メリハリのある機動と、力強い旋回性。小隊とは言え、さすが、学徒部隊の指揮を任されるだけのことはある。

「目標視認。前方3時方向」

俺は、研ぎ澄ませていた感覚に微かに引っ掛かったそれを報告した。

「3時方向…?…いた!」

中尉の声が聞こえる。

「一端、下方12時方向へ降下してから攻撃をかけるわ。ついてきて!」

そう言うのと同時に中尉の機体が降下していく。Gが体にのし掛かる。エリックは…ついてきているな。

「上昇する、一気に叩くわよ!」

「了解、エリック、遅れずに、ついてくることだけ考えろ」

「よ、よし、分かった!」

中尉の機体を追って目標のダミー目掛けて上昇する。レーダーが目標を捉えた。

「撃て!」

中尉の合図で俺は操縦捍の引き金を引いた。ザクのマシンガンが火を吹き、曳光弾の破線が目標に突き刺さった。バルーンの目標があっけなく弾けて消える。

「バッハ隊、目標の失陥を確認。良くやった。帰還せよ」

無線から教官の、抑揚のないお褒めの言葉が聞こえた。それとは対照的に

「ふぅー!けっこう行けるじゃない、二人とも!」

という、安堵と嬉しさの混じったような中尉の声が聞こえてくる。別に得意がる気もないが、彼女にそう言ってもらえるのはまんざらでもない。


「帰還待て、バッハ隊!」

教官の慌てたような声が響いた。

「訓練中のハック隊が敵の斥候部隊と接触、交戦中の模様。座標データを送る、援護に向かい、敵を撃破せよ!」

「クレイグ隊長が!?」

中尉が叫んだ。部隊長の小隊が…!?待てよ、部隊長の隊には…ウリエラがいる…!ピッとコンピュータが音を立てて、座標が表示される。近い…!

「ウリエラ!ウリエラ、無事か!?」

俺は感覚を研ぎ澄ませながら、無線でウリエラに呼び掛けた。

<アレックス!敵が…!敵が、撃って来る!>

「すぐに行く!避けることだけに集中していろ!」

ウリエラに伝えながら、周囲の空間へと意識を広げる…敵は8機?いや、違う、3機は味方だ。5機いるのか?元は6機、2個小隊ってことか。連邦め、数ばかり揃えて来て…!

「見えた!」

中尉の声が聞こえた。真っ暗な宇宙空間に、閃光がほとばしっている。

「く、くそっ、実戦…戦争するのかよ…!」

「エリック!とにかく、アレクのそばを離れないで!」

「りょ、了解!アレク、頼んだ…!」

「あぁ…止まるなよ、動き続けろ!」

「来る…見つかった!」

連邦機が撃って来た。実弾兵器だ。こんなものに当たると思うなよ!俺はペダルを踏み込んで加速する。

「クレイグ隊長!イレーナです!援護に来ました!」

「中尉か!気をつけろ、敵は手練れだ!」

モニターに部隊長のドムが写り込む。戦っているのは、連邦の量産機だが、新型のコマンドタイプの方だ。こいつは、俺の型落ちのF型なんかで相手するには厳しいが…せめて、ウリエラだけは…!


 俺はマシンガンの照準を合わせた。引き金に指を掛けた瞬間、連邦機が右へ逸れて行くイメージが脳裏に沸く。ほとんど無意識に、俺は照準を右にズラしていた。引き金を引いて伸びて行った曳光弾に連邦機が重なって弾ける。当てた!

<アレク、もう一機をお願い!>

中尉の声がした。とっさに、モニター上で別の一機を探す。その刹那、今命中させた連邦機にザクが急接近して、ヒートホークで機体を切り裂いた。あれは、中尉の機体…!

 不意に頭上から嫌な気配がした。

「エリック!左へ回避しろ!」

俺はそう怒鳴りながら自機のバーニアを全開にして機体を回避させる。それと同時に、スラスターで姿勢を変えて上方を向いた。モニターにマシンガンを構えた連邦機が写る。

―――喰らえっ!

 俺は再び、引き金を引いた。弾が連邦機のボディをめくり上げ、ちょうど鳩尾辺りに直撃弾があって動かなくなった。

「一機、撃墜!」

<了解、アレク!>

<隊長!>

俺と中尉の無線に、そう叫ぶ声が割って入った。ウリエラの声だ!

 俺は視線を、隊長達の方へと走らせた。そこには、連邦機二機に密着して挟まれたリックドムの姿があった。ドムのボディからは、ピンク色の光の筋が漏れている。ビームサーベル…!部隊長、まさか…!

 ドムは、それでも動いていた。握っていたマシンガンを正面に居た連邦機に押し付けて発砲する。まるで粘土が削れていくように、連邦機のがバラバラになっていく。背後に一度っていた連邦機が動いて、ドムの体をサーベルで引き裂いた。

<あぁ、ちきしょう…!>

部隊長がうめく声が聞こえたと思ったら、ドムは眩い閃光を放って、爆発した。

<隊長!!!!>

中尉の叫ぶ声が聞こえる。まさか…部隊長が、やられた…?!

<ウリエラ!>

次いで、オスカーの声。

 別の方に視線を向けると、ウリエラ機に向かって、連邦機が突進していた。

「ウリエラ!回避だ!」

俺は思わず叫んだ。ウリエラ機まではまだ距離がある。マシンガンも届かない…くそ、くそ!!!目一杯にペダルを踏み込んで加速するが、次の瞬間、ウリエラ機の陰から、別のザクが飛び出してきて、連邦機と正面衝突した。

<オ、オスカー!>

<逃げろ、ウリエラ…!>

距離が詰まった…衝突で、連邦機はコントロールを失いかけている…やれる…!俺は引き金に指を掛けた。だが、次の瞬間、まったく別の角度から、もう一機、連邦機が現れて、オスカー機に組み付いた。いや…組み付いたんじゃない…!オスカー機からは、部隊長の機体から見えていたのと同じ、ピンク色の光の筋が見えた。

<ああっ…あぁぁぁぁぁ

オスカー機が、爆発した。連邦機は2機とも、軌道を変えて遠ざかっていく。

<オスカー!>

ウリエラの叫び声がする。俺は、やっとのことでウリエラ機のそばまでたどり着いた。しかし、敵が見えない…どこだ…!?どこからくる!?もはや、研究所で訓練した感覚など、これっぽっちも働いていない。胸の奥から込み上げてくる切迫感が、俺の胸を締め上げる。

<…こちら、バッハ中尉…。敵の撤退を確認…>

不意に中尉の声が聞こえた。撤退、って言ったのか、今?あいつら、逃げてったのか…?

<こちら、教導艦隊。こちらの光学測量でも撤退する敵機を捉えた。バッハ中尉、損害をしらせよ>

俺は、爆発して消えた、部隊長のドムと、オスカーのザクの破片をただただ、眺めていた。あの二人に、何があったんだ…?どこへ、行っちまったっていうんだ…?なあ、おい…部隊長…オスカー…どこへ、どこ行ったんだよ…?

<はっ…。敵量産機、改良タイプを3機撃墜。我が方は…クレイグ・ハック少佐機、オスカー・エルヴィン伍長機、撃墜。両名とも、戦死しました…>

呆然とするしかない、俺の耳に、中尉の、そんな声が聞こえてきた。


今日はこの辺りまでで。

途中、連投しちゃいました、すみません。

乙です


これはおもしろい


レスありがとうございます。

おもしろいと言っていただけるのはうれしいですね。


お待たせしていたら、申し訳ない。続きを投下していきます。

 


 営舎内は、一昨日の騒ぎが嘘のように、沈痛な沈黙に包まれていた。昨晩、戦闘で生き残った俺たちは、士官用の営舎に通され、そこで一晩過ごすように言われた。普段の物よりもすこし上等な食事を出され、やたらにふかふかのベッドで寝かされた。同じ晩、営舎の他の連中には、部隊長とオスカーの死が通達された。

 今朝、学徒兵用の営舎に戻った俺たちを迎えたのは、どう声を掛けて良いのかわからないのだろう、部隊の連中の沈んだ表情だった。唯一、キリだけが大声を上げウリエラに飛びついてきて、憔悴した彼女を抱きすくめてくれた。

 ウリエラだけではなく、キリは俺とエリックにも、大丈夫か、と一通り声を掛けてきた。俺もエリックも、大丈夫だとは答えたが、どうもキリには、そうは見えなかったらしい。キリは自分の隊の小隊長に許可を得て、営舎の中にある応接室を借り切り、俺たちを元気付けようとあれこれ気をもんでくれる。

 ウリエラもエリックも、そんな彼女に励まされていたようだが、俺は、と言えば、ずっと上の空だった。昨日の夜までは、部隊長やオスカーの身に起きたようなことが、俺自身や、ウリエラの身に、近い将来起こりうるだろうことに恐怖していたが、それも今朝、目を覚まして、士官用の営舎で朝食を摂るまでのことだった。その席で俺が見たのは、イレーナ中尉の顔だった。

 彼女は、絶望していたわけでも後悔していたわけでもなかった。部隊長達の死に恐怖しているのでも、悲しんでいるのでもなかった。だけど、何を感じてあんなに落ち込んだ表情をしているのかが、俺には分からなかった。俺は、なぜかそれが気になった。いや、そのことを考えることで、自分の中の恐怖を忘れようとしていたのかもしれない。

 とにかくその晩、俺は、イレーナ中尉の部屋のドアをノックしていた。

「はい…待ってください」

ドアの向こうから声が聞こえた。ほどなくして、目に隈を作ったイレーナ中尉が、顔を出した。彼女は俺を見て、少し意外そうな顔をした。

「アレク…どうしたの、こんな時間に?」

中尉は、そんな当たり前のことを聞いてくる。俺は、単純に、理由を話すことにした。

「中尉の様子が気になって。少し、話をしませんか」

そう言うと、中尉はまた意外そうな顔を浮かべて、それから少し戸惑って様子を見せてから

「少し、待ってて」

と言って、ドアを閉めた。3分も経たないうちに、再びドアが開く。

「どうぞ、入って」

中尉は、静かにそう言って、俺を室内に招き入れた。

 中尉の部屋は驚くほど質素だった。作りこそ、俺たち学徒用が使っている部屋とは違う物の、飾り気のない、殺風景な部屋だ。まだ、俺たちの暮らしていた研究所の部屋の方が植物が置かれていたり、写真が張ってあったりして、いろどりがあったように感じられる。

 中尉は、俺にイスを勧めた。

「コーヒーくらいしかないんだけど、いいかな」

冴えない顔つきでそう言った中尉は、ぎこちない笑顔を見せて小さなキッチンの棚を覗き込んだ。

「あぁ、いえ、お気遣いなく…」

そう答えたが、中尉はそのまま二人分のコーヒーを淹れてくれた。

 ベッドに腰掛けた中尉は、ズズっとコーヒーをすすってからため息をつき

「それで…私を慰めにでも来てくれたの?」

と聞いて来た。

 中尉はやっと、すこし自然に笑った。その笑顔は少し悲しかったけど、さっきのぎこちない笑顔にくらべたら、まだマシだった。

「まぁ、そんなところです」

「ふぅん、優しいんだね、アレク曹長は。見かけによらず」

この感じは、強がりか?いや、少し違う、か。心配を掛けさせまいと、気を張っている感覚だ。小隊を率いるものとして、部下の前ではそうやって自分を保とうとするのは自然だろう。それでなくては、士気にかかわる。だけど、俺はそうは思いつつ、中尉がその下で何を考えているのか、知りたかった。

ただ、部下への配慮を欠かさない中尉が、それを話してくれる保証はない。いや、むしろ避けると考えた方が自然だろう。なにか、聞き出す方法はないのか…そう考えた俺は、一計を案じた。


 「中尉。実は、中尉にお聞きしたいことがあって、伺いました」

「私に、聞きたいこと?」

中尉は首をかしげる。

「はい。個人的なことです。ですが、それはきっと、俺にはあまり話したくない事柄かと思っています。ですので…ポーカーでもしませんか?」

「え、待って。どうして急に?」

「俺が勝ったら、中尉に質問させてください。内容を聞いてお答えになりたくなければ、そう言っていただいても構いません」

「ふぅん、私のリスクは、最低限、ってことね?で、もし私が勝ったらどうしたらいい?」

「そのときは、俺が中尉の言うこととなんでも一つ聞きます。もちろん、無理なことは拒否させていただきますが…」

そこまで言うと、中尉は昨日と今日とで、初めての、ちゃんとした笑顔を見せた。

「なんだかわからないけど、まぁ、口車に乗せられたつもりで相手してあげるわよ」

「良かった」

そう返事をした俺自身も、顔が緩むのを感じた。

 中尉がデスクの引き出しからトランプを出してきて、手慣れた様子でシャッフルし、5枚ずつ配る。

「6回勝負で、10クレジット。勝負するときはオヤがレートを決める。降りる場合はレートに関わらず1クレジットのペナルティ。6回終了した時点で、手持ちのクレジットが多い方が勝ちね。オヤは、交互で3回ずつ」

「了解です。最初のオヤは中尉からで」

お互いにルールを確認して手札を見た。

 俺の手札は、2のワンペアで他はバラバラ。中尉の手札は、どうだろう?俺は意識を集中させて、中尉のイメージを感じ取る。脳裏に、中尉の手札が浮かんできた。4と10のツーペア、か。中尉がカードを変える。手元に来たのは…残念、クイーンか。俺も3枚のカードを捨てて山から新たに3枚取る。6、キングと…2だ。

 「とりあえず、手始めに…レートは2枚で。どうする?乗る?降りる?」

中尉がこっちの顔色をうかがいながらそう聞いてくる。2のスリーカードで俺の勝ち。降りる選択肢はない。

「乗りますよ」

俺はそう告げて、手札をテーブルに並べた。それを見た中尉は渋い表情をして

「ちぇっ。甘かったか」

とカードを広げた。まぁ、知っているから確認するまでもないが…俺は一応、カードを覗くしぐさをしてから喜んで見せた。

 テーブルに広げられたカードをまとめて、今度は俺がシャッフルし、5枚ずつに配る。さて、次は…と。
 カードは、バラバラのブタ。辛うじてクラブが3枚揃っている。フラッシュ狙いが妥当だろうが…中尉の方は…3のペアに、ジョーカーがあるな…この手札からスリーカード以上の役を作るのは難しそうだ。

 そう判断して、適当に3枚カードを選んで捨て、山から新しい3枚を引く。手元にあったクラブの4と、今引いた中にあったダイヤの4でワンペアだが、中尉のカードにはかなわない。中尉がカードを交換する。引いたのは、6を二枚。フルハウス、か。

「…これは、ダメかも。降りておきます」

俺はわざとらしくならないように気を付けながらそう言った。すると中尉はムスっと頬を膨らませて

「なによ、臆病ね」

と怒っている。せっかく良い手が出来たのに降りられたら、そうも言うだろう。

「慎重なんですよ」

俺はそれを軽くあしらって、カードを伏せた。今度のオヤは中尉。また中尉がカードをシャッフルして配り始めた。

 次のゲームは、ツーペアの中尉に対して、俺がスリーカード。その次は俺がツーペアで中尉もツーペアだったけど、俺の方が数が大きくて俺の勝ち。さらにその次は、中尉がスリーカードで俺は降りるつもりだったが、取り換えたカードでフルハウスが出来たので、レートを5に上げて勝負に臨んだ。ハッタリだと見越したらしい中尉はそれに乗ってきて、5クレジットマイナスだ。

 「ねぇ、イカサマとかしてないよね?」

中尉はいっこうに勝てないのが気にくわないのか、ジト目で俺を睨み付けてくる。イカサマもイカサマ。この手の感応は、能力次第では4歳か5歳のときに訓練される。視覚情報の共有は、案外に易しい。

 中尉の質問にあいまいに笑顔を返して、次のゲームにうつる。この辺りが、仕掛けどきだろうな。
 配られたカードを確認してから、中尉を見やる。中尉は俺をジッと見据えていた。俺の不正を暴こうとしているらしいが、普通の感覚では無理な話だ。
 


「中尉は…ニュータイプ、って言葉を知ってますか?」

俺は、カードを取り換えた中尉に聞いた。

「知ってるわよ。その研究所から来たんでしょ、アレク達は」

なるほど、言葉の概念だけで実際がどんなことなのかは知らなかったか。

「ニュータイプっていうのは、他者との感覚共有を行える能力を持つ人間のことを言うんです」

「へぇ、感覚共有、ね」

中尉はそう相槌を打ちながら、相変わらず俺の顔をジッと見つめてくる。話をそらして、何かする、と思われているらしい。なら、イカサマの方はタネ明かしだ。

「そうですね。たとえば、今、中尉は、クラブの3と9、それからスペードの2と3。それから、ダイヤのキングを持ってますよね」

中尉の目を見つめ返してそう言ってやった。中尉は、まさか、と言わんばかりの顔をして自分の手札に目を落とし、信じられない、って言いだしそうに俺を見つめてきた。

「どういう、ことなの?私の頭の中が、読めるの?」

「それはちょっと違います。そこまで高度なことはできません。いや、もちろん、能力の高いニュータイプ同士は、ある種の会話もできるんですけどね…この力は、読むのではなく、感じる力なんです。俺は、中尉がカードを見た際の中尉の感覚を、読んだのではなく、感じ取ったんです」

中尉は俺の説明を半ば呆然としながら聞いている。

「だから、俺には中尉が何を考えているのかはわかりません。ですが、なにか考えていることがあり、それについてどう感じているのかは、うっすらとわかります。中尉は、苦しんでいますよね。本当は誰かに話してしまいたいのに、それができない。どうしようもなく苦しい何かを…俺はそれを、罪悪感に似た何かだという風に感じてますが、とにかくそれを、無理矢理押し殺して平気な顔をしようとしている。俺たちに、なんとか明るく振る舞おうとしている。俺にはそれが分かります。だから、中尉の話を聞きたいと、そう思いました」

中尉は黙っていた。微かに、瞳を潤ませているのに俺は気づいていた。どれくらいの沈黙が続いたか、しばらくして、中尉が口を開いた。

「誰にも言わないって、約束してくれる?」

「えぇ、誓って口外はしません」

俺はそう答えると、中尉はまたしばらく黙ってから、ふぅ、と深いため息をついた。

「私にはね、妹が居たの」

「妹?」

「ええ。生きていれば、ちょうどあなた達と同じくらいの歳だわ」

そう言って、中尉は語り始めた。
 


 「5年前になるかしらね…私は15歳だったから。その日私は、家族と一緒に旅行先のサイド2から戻る最中だったわ…。小さなシャトルで、乗員乗客合わせて43人が乗っていた。月の衛星軌道に乗る直前に、連邦軍の戦闘機に停船勧告を受けたの。当時はもう、連邦とジオンは政治的にも軍事的にも対立状態にあって、そういうことも日常茶飯事だった」

「でも、その日は少し様子が違ったの。シャトルは勧告に従わなかった。それもそのはず、そのシャトルにはジオン側の議員と、それを護衛する諜報員が数名乗っていたからよ。今考えれば、彼らはサイド2でなにかの工作を行った帰りだったのかもしれないけど、とにかく、シャトルは止らなかった。連邦軍の威嚇射撃が始まっても、ね」

俺は話を聞きながら、中尉の顔を見つめていた。中尉は、これまで俺がうっすらと感じてきていた、あの後悔とも自責ともとれる、そんな表情をしていた。

「威嚇射撃でも止まらなかったシャトルを、連邦機は撃って来た。隔壁が破壊されて、エアーが抜けて、ひどいありさまだった。それからすぐに、機内で爆発が起こって、父さんと母さんがそれに巻き込まれたの…機体の破片だったのか、別のものだったのかはわからないけど、金属の破片が体中に突き刺さっていて、致命傷だってことはすぐに分かった。母さんが言ったの。『妹を守ってやってね』って。だから私は、妹の手を引いて、機内を走って、脱出ポッドへ向かった。動かし方なんてわからなかったけど、とにかく、シャトルに残っていちゃ、助からないって思ったから」

「ポッドを見つけて、登場するためのハッチを開けて、あぁ、これで大丈夫だって、思ったときにね、シャトルのエンジンが爆発を起こした。私はそのまま、脱出ポッドの中に吹き飛ばされていた。1メートル後ろのT字の廊下に居た妹は、もういなかったんだ…爆風と炎に巻かれてしまったんだと思う。運が良かったのか、悪かったのか、ハッチもその爆風で閉まって脱出ポッドは爆発の衝撃でシャトルから切り離された。私ひとりを乗せて、ね…」

それが、自責の理由?いや、今の話の中に、中尉に落ち度があるかどうかは、分からないが…いや、そもそも、この話と、昨日の出来事になにかつながりがあるのか?そう考えながら聞く俺を気にせず、中尉は続ける。

「そのあとすぐにやってきた救助艇に助けられて、私だけ生き残って、サイド3へ戻った。行く先も当てもない私は、自分たちを撃って来たのが連邦だった、ということだけを理由に、軍への入隊申請をしていたわ。15だったから、そのまま士官学校に入って、その寮で生活してた。入隊して、しばらくしてからの開戦だった。緒戦は、サイド3の警備班に配属されていて、戦線が拡大してから、私は地球へ降下する友軍の防衛のために、衛星軌道上を巡回する任務に就いてたの。そこで知り合ったのが、クレイグ隊長だった。ジャブローへの侵攻が失敗した直後から始まった地球からの撤退で、その第一便のHLVを軌道上で拾い上げて、サイド3へ戻ってきた。そこで聞かされたのが、この学徒部隊の指揮官募集について」

そこまで話して、中尉はぐっと手を握った。いったん黙った中尉は、話を続けようとして口を開いたが、声が出てこなかった。言葉よりも、気持ちが膨れ上がっているのが感じられる。

「中尉…ゆっくりで大丈夫ですよ…ちゃんと、聞いてますから」

俺は、見かねて中尉にそう伝えた。彼女は、目に涙をいっぱいに溜めながら、力強くうなずくと、また、大きくため息をついた。それでも、震えて掠れた声で

「私は…あの日のことを忘れたことはなかった。そして、まだ幼さの残るあなた達のことを思ったときに…私は、あの日をやり直せるのかもしれないってそう思った…。だから、この隊に志願したの。あの日守れなかった妹の代わりに、あなた達を守ってあげなきゃいけないんだって。あなた達を守って、あの日の苦しみから、解放されたいって…だけど…だけど、そんなの甘いよね…」

中尉は、そう言って全身の力を抜いた。俺の顔を見て、力なくほほ笑む。

 中尉の話は、分かった。この人は、大切なものを失った悲しみと戦えなかったんだ。そして、その代わりをずっとずっと探していた。時には連邦への憎しみに変えながら。そして、たどり着いたのが、この隊。ここで彼女は、俺たちを守ることで、忌まわしい記憶と決別したいと、そう考えたんだ。だけど、おそらく、部隊長とオスカーが戦死して気が付いてしまったんだ、現実に。

 この隊が大規模な戦闘に出て、普通に考えて、どのくらいの数が生き残れるか…5機がせいぜいだろう、と俺は常々思ってきたが、それも希望的な観測だ。全滅したって、なんの不思議もない。彼女は、過去から逃げようと思ったばかりに、こんな絶望的な状況の場所へと紛れ込んでしまったんだ…。

「ねぇ、アレク。エリックの操縦は、どう思う?」

不意に、中尉はそう聞いて来た。

「動かせるだけマシだと思っています」

「そうだよね…。彼の成績はね、上から数えた方が早いんだよ。もちろん、あなた達、研究所出身の子達を含めた順位で、ね」

そうだろうとは思っていた。訓練の最中は、全部の小隊の動きを見ることはできなかったが、オスカーにしても、キリにしても、エリックに似たり寄ったり。でも、二人はまだ良い方だ。キリの隊のもう一人は、歩く操作が出来る様になるまで、半日かかった。そいつはまだ宇宙には出してもらえず、シュミレーターでの訓練を指示されているらしい。そんなやつらがまだごろごろしている。そいつらが生存できる可能性は…あまり、想像したくない。

「来る場所を間違えたと、思っているんですか?」

俺は中尉に聞いてみた。しかし、彼女は首を横に振り

「甘えていたのは、事実。だから、そのことに後悔はしていないの。だけど…だけど…」

とそこまで言って中尉はうつむき、黙り込んでしまった。俺は無言で先を促す。中尉は、それを感じ取ってくれたのか、顔を上げ、震える唇で言った。

「クレイグ隊長の後任が、私に決まったの。これまでのように小隊だけじゃない、この部隊全体を私が守らなきゃいけなくなった…私は、それが怖い…。私の命令で、彼らは出撃する。死地へ送り出すのは、私。そして、きっと私は彼らを守れない。操縦がロクに出来ない子達だけじゃない。エリックも、キリも…ウリエラや、アレク、あなたでさえ…みんな子どもなのに…平和なら、ハイスクールに行って、友達とバカ話したり、ケンカしたり、遊んだりさ…私もそう言うことできなかったけど、そうやって暮らしてたはずなのに、どうしてこんなところで、戦争なんてやらせないといけないの…!?」
 


 そうか…あのとき、オスカー達のケンカを止めなかったのも、それが俺たちにとっては在るべきものだったって思ってたからなんだな。あのとき、この人は、俺たちに少しでも、本来やれるはずだったことをさせてやろうって、そう思っていたんだ。そんな俺たちを、戦場で指揮しなきゃいけない…その想いが、この自責にも似た感覚の正体だったんだ。中尉は、分かっている。ほとんどのやつらが死ぬだろうってことが。そしてそれを食い止めることができない自分を、責めているんだ…。

 俺は…俺はこの人に、何を言ってあげられるんだろう?俺に、なにか彼女を助ける手だてがあるとして、それは一体なんだ…?

「中尉…聞いてください」

考えながらではあったが、気が付いたら俺はそんなことを口にしていた。

「俺は研究所で、普通の人生とは、きっと全然違った生活をしてきたんだと思います。親もいないし、学校なんて行かずに、実験に参加してばかりでした。それにこの能力のこともあって、俺たちは仲間意識だけは殊の外強いんです。俺にとっては、特にウリエラは、妹みたいな存在で、絶対に守ってやりたいって、そう思っています。俺は、優しくなんてないし、誰に何をしてやれるかはわかりません」

「ですが、俺は死にません。ウリエラも死なせません。他のやつらも、中尉、あなたのことも、きっと俺が守って見せます。だから一人で抱え込まないでください。俺は、部隊の指揮なんてできないし、面倒をみることもできないけど、だけど、戦闘でなら、少しは役に立てるはずです。それ以外のところでも、なんとかできる限りのことをしてみます。中尉一人で、この隊を守ろうだなんて、する必要ありません。俺にできることがあれば、言ってください。俺を頼ってください。俺はあなたをひとりで戦わせるなんてことは、絶対にしませんから…」

中尉は、俺を見ていた。頬にいっぱい涙をこぼしながら、まっすぐに俺を見ていた。

 パサッと床にカードが落ちる音がした。次の瞬間、中尉は俺の腕をつかむと、思い切り引っ張ってきて、テーブル越しにすがりつくようにして俺の胸に顔をうずめた。腕を回してあげようと思って、ふと、間にあったテーブルが邪魔だったので脇へずらし、俺は中尉を抱きしめた。大きく見えていたのに、こうしてしまうと、まるでウリエラと体の大きさが変わらないように感じた。ブルブルと小動物みたいに震えている。

 中尉、任せてください。たぶん、モビルスーツの操縦だけは、俺の方が中尉よりも上手です。中尉は、隊全体のことを見ていてください。俺は、局所戦で他の研究所の連中と協力して、可能な限り味方を守ります。だからもう、ひとりで悩まないでくださいね…。

 そんな俺の想いが届いたのか、中尉はそのまましばらく、俺に抱かれながら、声を殺して泣いていた。

 しばらくして泣き止んだ中尉は、腕の中で俺を見上げて

「アレクは、優しいね」

と言ってきた。これが優しいというんならそうなのかもしれないが、本音を言うと、もっと独りよがりな理由なんだ。

「ニュータイプは感じられる生き物です。誰かが苦しんでいたり、悩んでいたり、悲しんでいたりするのは、痛いほど良くわかるんですよ。それこそ、まるで自分がそう感じているんじゃないかって思うくらいに。だから、です」

「そう言う風に言えるところが、また、優しいんだよ」

その言葉の意味は良くわからなかったが…中尉は嬉しそうにしていたので、まぁ、良かったと思っておこう。

 俺は中尉から腕を離した。しかし、中尉は俺との距離感をほとんど変えずに、まだ、俺を見ている。

「ポーカーは、私の勝ち、ってことで良いよね?」

「なんでですか、どう見ても俺が勝ってたじゃないですか」

「だって、イカサマしてたんでしょ?反則負けだよ」

中尉は、クスっと笑ってそう言った。まぁ、そう言うことにしておいてやっても良いが…問題は、だ。

「俺が負けたとして、何をしてほしいんです?」

そいつを聞いてみた。まぁ、最初に言ったとおり、無理難題を押し付けてくるようなら、拒否してしまえばいい。中尉のことだ。また、俺たちの年ごろらしい罰ゲームでも行ってくるんだろう。そうタカを括っていたが、中尉の“お願い”は意外なことだった。

 彼女はまた、俺の胸ぐらをつかんで顔をうずめてきた。それから小さな声で

「今晩は、ここに居て」

と言った。妙なもので、胸の内に言葉にならない、暖かな感覚が灯るのが分かった。まんざらでもない…いや、素直に、頼ってもらえて、嬉しいとさえ感じた。

「中尉のご命令とあらば、断るわけには行きませんね」

その気持ちをそのまま言えばいい物を、どうしてか口にするには抵抗があったので、そうとだけ返事をして、俺もまた、中尉に腕を回した。

 人の体温が、こんなにも心地良いなんてな。ふと、そんな思いが、頭をよぎった。
  


以上です。

次はまた週末くらいに貼り付けできたらいいなと思います。

よろしくお願します。
 

乙です
しばらくチェックせずまとめて読みたいような
でも1レスが多めだから更新ごとに読んでないと辛くなりそうな……

レスありがとうございます。

張り付けしようと思ったのですが、
続きを書いたデータの入ったUSBを職場に忘れて来ちゃいました。

連休明け火曜日に大量貼りつけしますので、
どうかご容赦ください。

こういうパターンは珍しいなwwww


USB確保しました。

続き貼り付けていきます。
 


 「こちら、バッハ機。各機、状況を知らせよ」

中尉の声が無線越しに聞こえる。

「こちら、オーランド曹長。異常ありません」

「ウリエラです。こちらも問題なし」

俺が返答したのに続いて、ウリエラの無線も入ってきた。

「こちらエリック・デックス。やっと宇宙にも慣れてきました」

次いで、エリックの、緊張とも安心とも取れる声色の無線が聞こえる。

「了解。何事もないと思うけど…気を緩めないで」

中尉はそういって、先導してこの宙域を進んで行く。俺たちも遅れないよう、慎重に彼女の後ろについていった。

 俺たちは訓練の一環で、サイド3の周辺宙域の哨戒活動を任されていた。先日の、訓練地域への敵の偵察のこともあって、本国も危機感を抱いているらしい。もちろん、この任務についているのは俺たち学徒訓練兵ばかりではなく、サイド3防衛軍の本隊からも出ている。俺たちは敵を発見したら、位置情報を発信するだけでいい。

しかも、今日は2個小隊を1ユニットとして作戦行動をとっている。万が一敵に鉢合わせしても、数の利はこっちが有利か、イーブンくらいにはなるだろう。

 部隊長たちが戦死して、部隊内の編成がわずかに変更された。新しく部隊長に任命されたのが、イレーナ中尉。俺とエリックはそのまま、イレーナ中尉の率いる小隊に残り、そこにウリエラが引き取られる形で配属された。

ウリエラを守らなければならない俺にとっては、好都合だった。どこかよその部隊で戦闘に参加されるより、同じ部隊でくっ付いていてやったほうが、守りやすいし、安心だ。

 「こちら、ケイス隊。イレーナ隊長、防衛軍からの出張連中が、B3エリアの確認漏れだそうです」

無線から別の声が聞こえてきた。うちの隊と一緒になって哨戒を行っている小隊の隊長、ケイス・フォスター中尉だ。

「了解です、ケイス。まったく、地元でしょうに、どうして抜けがでるのかしら」

中尉はため息混じりにそんなことを言ってから

「進路を変えるわ。ポイント340に合わせて。このまま、X45、Y60へ進路変更」

と指示を出してきた。コンピュータのモニタで座標を確認して、無重力に影響されない汎用絶対水平器を見ながら、モビルスーツの軌道を修正して行く。

 「コンラッド、ついて来てるか?」

ケイス隊に所属するキリの声が聞こえた。

「なんとか。キリは器用でうらやましいよ」

さらに別の声。彼も、ケイス隊に所属するパイロットで、コンラッド・イステル。エリックと同じく、操縦はあまり上手くはないが、それでもなんとかなってはいる。

「ははは。褒めるなって、照れるだろう?」

キリは、操縦に関しては学徒兵の中でも、俺たち研究所出身の連中を除いたら、トップクラスの成績だ。戦闘機動はまだ未修得だろうが、それでも、コロニーやなんかを修理するリペア隊の操縦よりは様になっている。

 「無駄口を叩くな、じき、B3エリアだ。バーニアの噴射を抑えて、目を凝らせよ」

ケイス隊長が指示を出す。俺もそれを聞いて、感覚を研ぎ澄ませた。でも、別になんのことはない。これといって、なにかの気配があるわけでもなかった。

 俺たちはその宙域をぐるりと一周して、もとのコースへと戻る。この先は、サイド2があった位置に程近い暗礁空域になる。ジオンも連邦も、近寄りたがらない危険区域だから、俺たちの哨戒飛行はこのあたりまで。あとは、引き返して何事もなく訓練場の港へとたどり着けるはずだ。

「異常なし、ね。各機、方位100へ。港に戻るわよ」

中尉の声が聞こえた。ふぅ、と思わずため息が出た。

 しかし、そのとき、なにかが感覚に触れた。これは…?俺は、あわてて緩ませた感覚をまた集中させる。これは、べっとりとした粘っこい感覚…敵意、だ。位置は…下方か!?

「中尉!下方!敵機と思しき反応あり!」

「数は!?」

「おそらく、三つ!」

俺は報告しながら機体を傾かせる。下方には、小さなデブリが浮いている。あれの裏に隠れてるのか…?

「ケイス、本隊に連絡をお願いします。バッハ隊各機は、戦闘態勢で待機。撃ち落す必要はないわ。ここで待機して、監視を続けましょう。味方の増援が来るまで、やつらを逃がさなければ、問題ないからね」

中尉は、落ち着いた様子で指示を出してくる。内心、ハラハラしているのが伝わってくるが、こんな声色なのは、俺たちを焦らせないため、落ち着かせるため。この人のやり方は、良く分かってきていた。

 


「エリック、ちびるなよ」

俺もエリックにそう言ってやった。過度な緊張は、それこそ反応速度を鈍らせる。戦闘で重要なのは、どれだけ柔軟でいられるか、だ。

「ば、馬鹿言うな!まだ大丈夫だ!」

まだ、な。エリックの返答に俺は思わず笑ってしまった。万が一戦闘になったら、やりかねない、ってことか。そうだな、俺も、戦闘はごめんだ。

「ケイスより、イレーナへ。本隊の掃討班が近くにいた。到着まで、あと5分」

「5分、か。けっして短い時間じゃないわね。注意してね」

ケイス隊長の報告を聞いて、中尉がそう、警戒を促してくる。俺は、モニターにデブリを写しながらそこに意識を集中させる。行動の変化より気持ちの変化の方が先に来る。今の感触が変化すれば、その直後には攻撃に来るだろう。

万が一、攻撃されるようなことがあっても、その一瞬の間に一声は掛けられる。迎撃体制を整えるには、時間的には十分だ。もっとも、エリックやコンラッドにそれが出来るかどうかはわからないが…。

 ふと、感覚が変化した。やつら、こっちに気づいたか!?

「中尉、気をつけて!来ます!」

「…!各機、散開!」

俺が報告したのを聞いて中尉が怒鳴った。次の瞬間、デブリの影から、モビルスーツが現れた。あれは…なんだ、あの機体?!

 改修型の量産機ではない濃緑にカラーリングされた機体…メインカメラの上部にバイザーのようなものがついていて、やけに長い銃身の兵器を搭載している。

「新型か!?」

ケイス隊長が怒鳴っているのが聞こえる。

「性能がわからないわ、警戒して!ケイス、報告入れておいてね!各機、攻撃は待って!敵の出方をみるわ!」

中尉がそう言ってから

「コンラッドはケイスに着いて!エリックとキリはウリエラと一緒に編隊を組んで!アレク!」

と俺に声を掛けてきた。分かってるよ、中尉。

「ええ、俺とあなたで、陽動を掛ける…」

「出来る?」

「落とさなくていい、って言うなら、そう難しいことじゃありません」

「良かった。一緒に来て」

「了解」

俺と中尉はそう言葉を交わしてモビルスーツを駆った。今日の俺の機体は、この間乗っていた初期のF型とは違う。統合整備計画後の回収されたFⅡ型だ。機動性やパワーは段違い。新型が相手でも、こいつなら、ある程度はやれる。

攻撃を避け続けて、時間を稼ぐくらいはどうとでもなる…!

 俺は最初に飛び出てきた一機にめがけてバズーカを打ち込んだ。当たる軌道ではないが、こっちに気を引ければそれでいい。濃緑のモビルスーツの脇で、砲弾が爆発する。その機体はすぐに方向を変えて俺のほうに突っ込んできた。敵機の抱えていた兵器の銃口が光った。俺は背中に強烈な悪寒を感じて機体を急旋回させる。

その兵器から放たれたのは、ビームだった。

「ビーム兵器!」

中尉の声が聞こえる。

「中尉、気をつけて!こいつら、こないだの斥候部隊とはわけが違う!」

俺はそう怒鳴りながらさらに機体を旋回させる。これは…逃げてばかり、が通用するようなやつらじゃない。数を減らさないと、囲まれたら危険だ…!

 俺はバズーカをさらに撃ち込んだ。敵機が鋭い機動でそれをかわす。だが、それは予測済みだ。俺はその位置にも連続してバズーカの弾を発射していた。直撃させられなくても、相当なダメージは残せるはず。しかし、敵機はそれすらも紙一重で回避する。性能だけじゃない、このパイロット、戦いなれてやがる…!

 また、強烈な寒気…!次の瞬間、肩に担いでいたバズーカがビームで撃ちぬかれた。とっさにそれを投げ捨てて距離をとる。パッと光って、バズーカが爆発した。

「アレックス!」

そう叫ぶ声が聞こえた。ウリエラだ。心配してくれてたのかと思ったら、違った。俺の真後ろに敵機がいた。

しまった!機体を翻そうと思った瞬間、ザクがその敵機に突っ込んだ。ザクは敵機と衝突したかと思ったら、そのまま通り抜ける。敵機が突然火を噴いた。

「アレク、まだ来る!」

中尉の操るザクだった。手にはヒートホークを握っている。助かった…俺は深いため息をついて、残りの敵機を探す。
 


 「う、うわっ!こっちに来た!」

エリックの声だ!

「エリック、あんたは逃げな!」

「キリ、援護頼める?!私がやる!」

続いて、ウリエラとキリの声。俺は残りの一機に注意を払いながら、ウリエラたちの援護に向かう。ウリエラは、能力こそ強いものの、モビルスーツの操縦はそれほど錬度がない。急がないと…!

 「ケイスだ!イレーナ、俺がウリエラ班の援護に回る!お前たちで、残りの1機を頼んだ!」

「了解!アレク、来て!」

くそ、またウリエラを放っておけってのかよ!?分かってる、それが一番、全員にとって安全だってのは分かってる…くそ、ウリエラ、死ぬなよ!

 俺はペダルを踏み込んで中尉の機体に追従する。最後の1機はすぐに見つけた。ケイス班を追尾していて、隙をうかがっている。こっちには、無警戒だ。

「うわぁぁ!ひ、被弾した!」

エリックの叫ぶ声が聞こえる。まさか…エリック!

 ウリエラ達のほうを見やると、片脚をもぎ取られたザクを、二機のザクが援護している姿が見えた。

「まったく!グズなんだから!流れ弾にあたるなんて、なさけないよ!」

キリがそう怒鳴った。狙われたわけでは、ないんだな?俺は一瞬、安堵した。そして正面に視線を戻したとき、さっきまでケイス班を追いかけていた敵機が向きを変えて、俺に迫ってきていた。慌ててレバーを操作したのと、敵機の銃口が光ったのと、ほぼ同時だった。

ビームはなにもない空間を飛びぬけていく。俺はさらにこっちに照準を合わせようとしている敵機の正面から逃げるように機体を滑らせる。

「中尉、俺が突っ込みます。援護お願いします!」

俺は中尉に言った。バズーカはさっき破壊されてしまったから、俺に残っている武器はヒートホークのみ。近接戦闘を仕掛けるには、距離を詰めるほかない。

「了解。行くわよ!」

中尉はそういって、バズーカを乱射し始めた。照準を合わせようとしていたのをやめて、敵機は砲弾をかいくぐる。俺はその動きに全神経を集中させた。視界がスローがかり、モビルスーツの動きと、機動が、感じられる。次の砲弾を、左にかわす!

 俺はその地点に向けて機体を加速させた。中尉の放った砲弾を避けた敵機が正面に現れた。もらった!

 俺はレバーを引いて、敵機にヒートホークをたたきつけた。機体全体に鈍い衝撃が走った次の瞬間には、敵機は上半身と下半身を半分に分離させて、程なくして爆発した。

 まだだ、ウリエラ達のほうの敵が…俺は機体をさらに翻らせて方向を変える。しかし、そこには、戦闘の様子はなかった。あったのは、動かなくなった敵機が宇宙空間にフワリと漂っていて、それを見守るようにウリエラ達が停止している姿だった。

「ケイス、やったのね?」

「あぁ…まったく、とんだやつだった…」

ケイス隊長のため息交じりの声が聞こえる。

 それにしても、そうか。今回は、勝ったんだな。誰も落とされずに、誰も死なせずに、俺は、やれたんだ。
 そう思ったら、俺も大きくため息をついていた。全身から力が抜けていくのを感じて、俺はシートに身を委ねた。

「こちら、サイド3防衛軍第18遊撃隊。哨戒中の部隊、無事か?」

「こちら、第1訓練部隊。一機被弾しましたが、乗員は無事です。その他、機体、パイロットに問題ありません」

「了解した。すぐにムサイ級ヴィクトールが来る。貴隊はヴィクトールに着艦せよ。あとは引き継ぐ」

「了解、18遊撃隊。お願いします」

中尉の安堵した声が聞こえる。良かった、この人も、無事だよな。俺は内心でそんなこと思って、うれしく思っていた。営舎に戻ったら、ねぎらいの言葉を掛けてやろう。

俺や、ウリエラや、キリにエリックを励まし、見守り続けてくれているこの人を守ってやれるのは、この隊ではただ1人、俺くらいなものなのだから。

 


 営舎に戻った俺たちは、残っていた連中に拍手で出迎えられた。部隊長とオスカーの仇討ちをしたことと、連邦の新型を撃破し、うち1機を不完全な状態ながら鹵獲できたことが伝えられていたからだった。

だが、俺はそれがあまり面白くはなかった。それを聞いた営舎のバカな学徒連中の一部が、連邦打倒の気運をいきまいていたからだ。もともと、ここに来た連中の中には、国を守るため、連邦を倒すため、という政治的なプロパガンダに乗せられているやつも少なくはない。

俺たちの戦闘が、そいつらと、その周辺のやつらに、活気を与えてしまったのは、喜ばしいことではなかった。中尉にしてみたら、そいつらを含めて守りたい、と思っているに違いない。だが、この様子なら、上層部の思惑通り、モビルスーツは撃破できなくても、隙を見て敵戦艦に特攻するくらいのことはやらかすだろう。

まったく、こっちの気も知らないで、いい気なもんだ。俺は胸のうちに湧き上がる不快感を押し込んで、全員が集まっていた食堂をあとにした。

 「アレックス!」

廊下に出た俺を呼ぶ声がした。振り返ったらそこには、ウリエラの姿があった。

「なんだよ、キリと一緒にいたんじゃなかったのか?」

「うん、でも、アレックスでて言っちゃったから、追いかけてきた」

俺が聞くと、彼女はそういって笑った。それから突然俺に抱きついてきて、ささやくように言った。

「爆発見たとき、死んじゃったのかと、思った…」

そう言った彼女の体は微かに震えていた。あぁ、あのときの、か。心配かけたみたいだな。すまない、ウリエラ…。

 俺はウリエラの肩に手を置いて、反対の手で頭をなでてやった。

「大丈夫だ。お前をおいて死んだりはしない」

そういうと、ウリエラは無言で、コクっとうなずいた。

 そんなウリエラを抱きしめてやりながら、しばらく彼女の気持ちが落ち着くのを待った。ウリエラは、臆病で、誰にでも優しくて、普段は明るい、いい子だ。研究所でも、他の子どもたちや研究員からは格別に好かれていた。俺も、ウリエラのことが好きだ。いや、彼女をきらいなやつなんて、いやしない。いるとしたらそいつは、どこかで人格が歪んでいるに違いない。

 しばらくして、落ち着いたのか、ウリエラは俺から体を離して、ニコッと微笑んできた。

「やぱり、アレックスはやさしいね」

「はは。まぁ、性分だろうな」

俺は苦笑いしか出なかったが、それでもウリエラは満足したように笑っていた。

 「あ、ここにいたのか、ウリエラ!」

そう声がかかって、キリが姿を見せた。

「あ、キリ!ごめんね、ちょっとアレックスと話があって…」

申し訳なさそうに口ごもったウリエラの言葉に、キリがイヤらしくニヤついた。それから俺を見つめて

「悪かったね、邪魔しちゃったかな?」

となにか言いたげに謝ってくる。別に、なにも問題はないけど。

「ね、ねぇ、ほら、キリ!部屋に戻ってシャワーの準備しないと、時間になっちゃう!」

ウリエラはなんだか焦った様子で、キリをグイグイと引っ張ろうとする。

「あー、はいはい、わかったよ。んじゃぁ、な、アレク。今日はお疲れ!ゆっくりやすめよ!」

キリはそんなことを言って、俺の前からウリエラに連れられて立ち去った。なんだ、あいつ?やっぱり、なんだか少し、変わったやつだ。
 
 俺はそんなことを思いながら、廊下を歩いた。士官用のエリアに入って、ドアのひとつをノックすると、中尉が顔を出した。

「遅くなってすみません」

俺が言うと中尉は笑って

「あ、いいのいいの。入って」

と部屋に招き入れてくれた。
 


 今日は、私情ではなくて、仕事。今日の戦闘の報告をまとめなければならない。俺は、帰ってくる戦艦の中で作った書類を保存させたデータメモリを中尉のコンピュータに差し込んだ。コンピュータを操作して、書類の一部をコピーする。

 作業をしていた俺の横に中尉が立ったと思ったら、コトっと、コーヒーの入ったカップを置いてくれた。

「この書類の…ここに貼り付けておいて」

中尉がモニターを指さしてそういった。俺は言われたとおりに、データを貼り付けて体裁を整えてから書類を保存しなおした。

 これで、仕事は、終わり。あとは消灯までの自由時間だ。

 俺は席を立たずに、中尉の淹れてくれたコーヒーをすすった。苦いよな、これ。それでも、精一杯背伸びするつもりでそれを飲んでいた。そうしたら、中尉がクスっと笑い声を漏らした。

「なんです?」

「ブラックを飲むなんて、15歳とは思えないな、と思って」

「せっかく出してもらったのに、いらない、とはいえませんからね」

俺が言ったら、中尉はまた笑った。

「ブラックは飲むし、私を励まそうとするし、戦闘では私を落ち着かせてくれるし…本当にあなたは、大人みたいだね」

「みたい、ってのは気に入らないですけどね」

特にそうは思っていない。大人だろうが、子どもだろうが、関係ない。俺は俺の思ったことをするだけだ。子どもだといわれて怒るわけでもないし、大人だといわれて浮かれるわけでもない。でも、この手のやり取りのほうが、中尉は楽しんでくれるだろう。返答には、そんな思いがあった。

 思ったとおりに、中尉は楽しそうな笑顔のままだ。そんな中尉を観察していたら、彼女は持っていたコーヒーカップとソーサーをテーブルに置いた。なんだ?と思っていたら、そのまま俺に近づいてくる。俺の手からもコーヒーのカップをむしりとった。

「なんです?」

俺が聞くと、中尉はニヤっと笑った。

「それなら、本当に大人なのか、試してみないとね…」

彼女はそういうと、ためらいなく、俺の口に、唇を押し付けてきた。そんな感覚は感じていたが、まさか、こんなタイミングでされるとは思っていなかった。少し驚いて身を引きそうになってしまったが、なんとかこらえて、彼女を受け入れる。イスに座っていた俺にもたれかかるようにして、中尉の体が俺を包む。悪くない…いや、悪くない、どころか、これは…

 中尉はそのまま俺の首の後ろに腕を回した。俺も中尉の体に腕を回して抱きしめる。こんな経験は今までないが、それでも、体が勝手に動くのは遺伝子に組み込まれているからなのか。

 俺は体格の大して変わらない中尉をいったん押し戻して立ち上がると、そのまま彼女の体を抱いてベッドに倒れ込んだ。そこでも、やはり中尉が上。子ども扱いされようがなんだろうが関係はないが、組み敷かれてしまうのはどうにも悔しい。俺は体勢を入れ替えようと中尉の体を引き寄せて身をよじるが、彼女は頑として抵抗し、俺を押さえつけてくる。

 彼女の柔らかな体を俺に絡みつき、口から離れた彼女の唇が、俺の首元を這い回る。ブロンドの髪から、香水のような香りが漂ってきて俺の胸をくすぐる。

 彼女が体を起こした。俺の腰の上に馬乗りになるようにして座り込むと、そのまま、無造作に着ていた軍支給のスウェットの部屋着を脱ぎ捨てた。下着をつけたまま、俺の制服に手を掛けて、ジッパーを引き下ろし、上着を脱がせて、肌着も奪い取るようにして剥いだ。そこからまた、俺の両手首を掴んで体重を掛けてくる。

まるで無理やりに襲われているようだ。彼女の唇が上半身を這い回り、素肌が触れ合う。

 不意に、両腕が開放された。彼女は俺を押さえつけていた手を放して、俺の腰のベルトに手を掛けている。俺は体を起こして、中尉の喉元に噛み付くくらいの勢いで顔をうずめた。中尉がしていたように、口で吸い付きながら、局所を舌でくすぐる。
 


「んっ…」

中尉から、声が漏れた。俺はそのまま自由になった両手を中尉の背中に回して、金具のついていない、スポーツタイプの下着を脱がせる。中尉も抵抗せず、されるがままに腕を抜き、協力してくれる。そのまま俺は彼女を押し倒した。

 首に、胸に、と舌を這わせ、体を支えていない開いているほうの腕で、胸と耳を焦らすように触ってやる。

「んっ…あっ…」

また声が漏れる。その間に、中尉は俺のベルトを外し終えていた。両足を俺の腰に絡めてきた彼女は、ズボンと下着を下へとずらして行く。俺もまた抵抗せずに、彼女に合わせて腰と膝を浮かせて、最後には足で自分のズボンを脱ぎ捨てた。中尉のスウェットはベルトを外す手間もなく、簡単に脱がせられた。

 上にのしかかっていた俺を中尉が抱きしめてくる。俺も彼女に口付けをしながら、頭に腕を回してしがみつくように抱きついた。彼女の肌は暖かく、うっすら汗をかいているのか俺に吸い付いてくるようで、俺の中の高まりが増す。唇を話して、そのままの体勢で耳に舌を這わせたら、彼女は体をビクンと波打たせた。

「まって、そこは、ダメ」

「ダメって、なにがですか?」

俺は聞き返しながら、さらに耳に口付けをする。そのたびに、彼女の体が激しく波打ち、もだえる。声を出さないようになのか、手の甲を自分の口に押し付けていた。

 俺は彼女の首の後ろに片腕を回して彼女を抱きしめながら体を支えるともう一方の手を下へと伸ばした。足の間の微かな茂みに触れて、さらにその奥の“湿地”を探り当てる。そこに触れ短瞬間、彼女は下唇をかみながら俺にしがみついてきた。指先でその淵をなぞるようにくすぐってから、その淵のてっぺんにあった“つぼみ”に触れ、少しだけ指先に力を込めた。

 彼女の腰が跳ね上がる。そんな彼女も反応も、体温も、香りも、微かにもれる声すら、俺の胸を締め付けてきて、とてつもない衝動を駆り立ててくる。俺はそれに突き動かされるように、彼女の体に、体を重ねた。勃ち上がった“俺”の先端が、彼女の“湿地”にぶつかる。俺は彼女の顔を覗き込んだ。

 頬を紅潮させ、熱い吐息の彼女は、目に涙をいっぱいためて、静かな声で言った。

「ご、ごめん、そこは、ちょっとゆっくりがいい」

「あんなに大胆だったのに…そうなんですね…」

俺が言うと彼女は笑った。

「あなたは?」

「ビデオ学習で、手順は知ってます」

俺はそう言って笑ってやった。

 腰をゆっくりと沈めていく。潤沢に湧き出た潤滑液で湿った彼女の中に突き進む。想像をしたことは何度もあった。だが、腰を打ち壊すようなこの快感は、想像以上だった。まるでなにか、違う生物に吸引されているような、そんな感触だ。

 「あ、うっ…」

イレーナがうめいて顔をしかめた。俺は、侵入をそこで止める。彼女は、俺の首に両腕を回してしがみついてくる。俺の目を見つめた彼女は

「来て」

とささやいた。彼女からは期待と恐怖と不安がごちゃまぜになった感情が伝わってくる。俺はうなずいて、彼女に口付けた。なるべく優しく、安心してもらえるように。彼女の中から、怖さが薄れた。それを確認してさらに奥へと進めていく。

微かな抵抗を感じた。次の瞬間、プツっと言う感触が伝わってきた。イレーナは、俺に回した腕に力を込めてくる。さらにゆっくりと進ませて、根元までが彼女の中に沈んだ。

「すこし、このままで」

「うん」

言葉少なな彼女に、俺もそうとだけ答えた。

 腕を緩めた彼女の顔が見えるようになる。相変わらず、目に涙を溜めて、頬を真っ赤にしていたが、そこには、今まで見たことのないような笑顔が浮かんでいた。

 俺はそのまま、彼女と体を重ねて口付けをする。胸の内に、そこはかとない温もりが湧いてくるのが感じられる。それが俺自身のものなのか、彼女の気持ちが能力で感じられているのか判別がつかない。その奇妙な一体感が不思議と何にも代え難いと思うくらいの幸福感に変わって俺を満たしていた。
 


 どれくらい経ったか、イレーナが耳元で囁いた。

「ね、もう、大丈夫」

「はい」

俺も小声で呻くような返事を返して、僅かに体を動かす。

「んっ…」

イレーナはそう声を上げて、俺の首にしがみついた。

「痛みます、か?」

そう聞いたらイレーナはブンブンと首を横に振ってから

「敬語、やめて…」

と懇願するような目つきで俺に言ってきた。ムラムラと、俺の中で理性が弾けた気がした。

 返事の代わりに、俺は腰を動かした。得も言われぬ快感か俺を包む。だが、それ以上に、意識が溶け合うような感覚が、俺を恍惚とした何かに引きずりこんでいた。

 動くたびに、イレーナが喘声を上げ、俺を抱く腕に力がこもる。弾けそうになるのを抑えるために、自然と両脚の付け根には力が入っていた。それでも、イレーナは俺に絡みつき、締め付け、俺を受けいれてくれる。

 不意に、イレーナが俺の唇に熱いキスをしてくる。彼女の昂った感情が、ダイレクトに脳に反響した。その瞬間、全身の力が抜けるのを感じた。

 あぁ、くっ…いくらなんでも、まずい…!

 そう思って、腰を引こうとした俺の体を、イレーナは抱きしめた。両脚で俺の体と脚を絡めてくる。

「イ、 イレーナ…!」

「ダメ…欲しい…!」

次の瞬間、腰を打ち砕くような甘美な快感が、断続的に押し寄せてきて、腰から背中へと駆け抜けていった。

 「あぁ…はぁ…」

俺は訪れた気だるさに身を任せて、そのままイレーナの上にのしかかるように倒れ込んだ。そんな俺を彼女は優しい手つきで抱きしめてくれる。

 ヌルっと言う感触とともに、俺たちはまた、二つに分かれた。イレーナにキスをしながら、彼女の横に崩れるようにして倒れこむ。どちらともなく、そのままの姿勢で息が整うのを待った。

 「良かったんですか…これじゃぁ、中尉…」

呼吸が整ってそう言いかけた俺の唇を、またイレーナはキスで塞いだ。それから

「今は、イレーナって、そう呼んで…。私がそうして欲しかったから、良かったのよ」

と笑顔で言った。

「だけど、もし、子どもが…」

「そのときは」

それでも聞きたかった俺の言葉を、彼女はまた遮る。

「そのときは、アレクにお父さんになってもらうからね。だから、絶対に、死んじゃダメだよ…」

イレーナの目に、涙が光った。

 そうか…そうだな。そのために、生きて戻るって約束するのも、悪くない。この人と、夫婦、か。法律的にどうなるのかはわからないが…そんなことを気にするようなご時世でもないかもしれないな。戦争が終わったら、どこかで一緒に、のんびり暮らそう。できるだけ多くの隊のやつらを死なせずに戦闘から遠ざけて、俺たちも生き残るんだ。

 そう思って、俺はイレーナを抱きしめた。そうしながら彼女に伝えた。

「ああ、約束する。約束するよ、イレーナ…」

イレーナも俺をさらに強く抱きしめてくれる。そうして俺たちは、そのまましばらく抱き合ったままベッドに横たわっていた。

 それからおよそ1時間後。営舎内に、緊急警報とともに、アナウンスが流れた。

「ア・バオア・クーより緊急入電。連邦軍の大艦隊接近をキャッチ。学徒隊はだたちに出撃準備。2200時に点呼を行い、そのままア・バオア・クーへ出撃する。繰り返す…」
 


以上、今日はここまでです。

すみません、性描写があります、苦手な方は戻るで戻ってくださいw
 


「生きて、また会いましょう」

「えぇ、必ず」

そう言葉を交わして、中尉はコクピットを出ていった。俺は微かに残った彼女の香りと体温を感じながら、その姿を見送っていた。

 あの晩、彼女は、出撃の報を聞いて俺と別れてすぐに、身支度を整える意味で、長くてきれいだったブロンドをバッサリと切った。点呼のときに見た彼女を見て驚いたのは言うまでもない。どうしたのかと尋ねたら、気合いを入れた、と笑顔で言ってきた。一瞬、死ぬ気かとも思ったけど、そういう感触ではなかったので安心は出来た。

 とにかく、今は、戦闘のことに集中しよう。ウリエラと、中尉…イレーナだけは守らないといけない。幸い、ここでも編成に変更はなく、所属は同じ小隊。注意力さえ切らなければ、十分に守り切れる自信はある。研究所から来た他の連中も、うまくやってくれよ…。

 「こちら、アレックス・オーランド曹長。各機、調子はどうだ?」

俺は、なるべく平静を装って無線に呼びかけた。

<お、イレーナのところの小僧か。気が利くじゃないか>

キリの隊の、ケイス少尉からそう声が聞こえてくる。

<こちら、ウリエラ。機体、オールグリーン>

「緊張するなよ。まずは避けることを考えろ」

<了解>

ウリエラの、落ち着いた返事が聞こえてくる。ウリエラはまだ、大丈夫そうだ。

「エリック、そっちはどうだ?」

<震えが止まらない…ど、どうすりゃ良い?>

「焦るな。ウリエラにくっ付いて行け。俺と中尉で援護するから、くれぐれも迷子にはなるなよ。今日ばっかりはちびっちまっても、内緒にしておいてやるからよ」

<ト、トイレには行ってきた!そっちは大丈夫だ!>

エリックは…まぁ、いつも通り、か。変に意気込んじまうよりは、安心できる。

 <よぉ、アレックス!ウリエラのこと、頼んだぜ!>

キリの声がする。こいつはまた、相変わらずだな。特にビビっている様子もない。

「そっちこそ、ウリエラともう一度会いたきゃ、生きて帰ってこいよ」

<なぁに、もしものときは機体を捨てて、泳いでサイド3まで帰ってやるよ!>

キリはそう言って高笑いする。こいつのこういうところは正直頼もしい。空元気でも構わない、そうやって明るいまま、他の連中にも声を掛けてやってくれよな…。

<オーランド曹長、お前、やるじゃねえか。小僧なんて言ってすまなかったな>

ケイス隊長の声だ。

<その歳で士気を上げようなんて余裕があるのは、見上げた。励みになったぜ…感謝するよ>

「ケイス隊長こそ、ちゃんと仕事をお願いしますよ。キリ達と別れる準備なんか、俺はしてないんですから」

<ははは!任せておけ。これでもルウム以前からの古参だ。ずる賢いやりかたの数手は身についてる。もしものときは、なんとか逃げおおせるさ>

「頼みます」

頼むよ、ケイス隊長。そっちまで俺の手を回せるかは、正直自信がないんだ。あなたに頼るしかない…キリとコンラッドを、守ってやってください…!

 <アレク>

俺を呼ぶ声が聞こえた。中尉だ。
 


「はい、中尉」

<個別通信だから、畏まらなくっていいわよ>

おどけようとしている口調ではあるが、いまいち不安が隠しきれていない。

「そうは言われましても、中尉。上官に対しては、相応の接し方があると心得ておりますので…」

<もう、かわいくないよ、そう言うの>

イレーナのふてくされる声が聞こえてくる。少しは、気を紛らわせてやれただろうか。

「はは、悪い。で、なにか用事が?」

<約束、覚えてるわよね?>

俺が聞くと彼女は、穏やかな口調で俺にそう聞いて来た。

「あぁ、覚えてる」

忘れるわけはない。あんな経験も含めて、だ。

「戦争が終わったら、地球にでも逃げよう。宇宙じゃどのみち、追われる身だ」

<そうね…ウリエラも連れて、地球で暮らす…楽しそうね>

イレーナの無邪気な声が聞こえてきた。大丈夫そうだ。

<地球でね、行方不明になった友達がいるの>

イレーナは急にそんな話を始めた。

<私のあとから、士官学校に入ってきた人で、ちゃんとハイスクールも出てるから、少し歳は上の人だったんだけど…優しくて、いい人だった。私、彼女が地球降下作戦に参加するときに、彼女の部隊の護衛についていたわ。無事に降下して、活躍してたみたいなんだけど、ジャブロー降下作戦以降、音信不通でね。死んじゃっているかもしれないけど、地球に行ったら、その友達を探したりしてみたいかなって、思ってたの>

「そうか…無事だと良いな、その人も」

俺はそうとだけ答えてやった。イレーナは、その友達についてさえ、悔いているのかもしれないと感じた。地球降下後、ジャブロー攻略作戦なんてずいぶん期間があったし、イレーナが直接関係ないことくらいは明白だが、それでも、彼女は、その友達ってのを守ってやりたかったんだろう。きっと、俺たちと生きてここを切り抜けられれば、あるいは、過去の苦しみからイレーナは一歩踏み出せるかもしれないんだ。

そんな微かな希望の光が生まれればもしかしたら、おそらくもう死んでしまっているだろうその友達も無事かもしれない、と思えるってことを、彼女は感じてるんだ。
 そうだ。俺は俺自身のためにも、ウリエラのためにも、そして、イレーナと、イレーナの過去のためにも未来のためにも、こんなところで死ぬわけには行かないんだ。

 <学徒MS隊、聞け>

不意にそんな無線が聞こえた。これは、基地の管制室か?

<こちらは、貴隊の管制を行う、サムエル・ジョーンズ大尉だ。貴君らの勇姿には、こちらも目がくらむ思いだ。間もなく、出撃命令が出る。祖国のために、ここで連邦を撃破せねばならない。諸君らの健闘に期待する>

こんなところまで来て、そう言う良い方での士気高揚か。いけ好かない。だがもっといけ好かないのは、こんなのに乗ってしまう隊員が少なくないことだ。無線の中で、バカの連中が威勢よく返事をしている。良いように乗せられているだけ、と思えば、目を覚まさせてやりたいとも思うし、守ってやりたいとも思う。

だが、現実的にはそんなこと、今の状態では不可能だ。頼むから、戦場を混乱させるようなことだけはしないで欲しい。そうすればお互い、生き残れる可能性があがるだろう。特攻とか、無茶なことだけは、くれぐれもしてくれるなよ…

 俺は心の中で祈る他はなかった。

 ケージハッチが、警報音とともに開いて行く。やがて音は聞こえなくなり、赤色灯だけがグルグルと回転しているようになる。

<よし、では、出撃シーケンスに入る。第1小隊、カタパルトへ移動せよ>

管制塔から指示が聞こえてきた。俺はモビルスーツを射出カタパルト場へと移動させる。

「こちらオーランド機。カタパルトへの搭乗完了」

<こちらウリエラ。こちらも大丈夫!>

<了解、二人とも。エリック、そっちはどう?>

<済みました!>

<了解。こちら第1小隊、バッハ隊。管制塔へ、準備完了しました!>

中尉が管制塔にそう報告した。

<了解した、第1小隊。射出する!>

<第1小隊、出撃します!>

中尉の合図とともに、カタパルトが加速して、機体が宇宙に放り出された。前方にはすでに、火線が飛び交っているのが見える。戦闘だ…俺は息を飲んで、レバーを握りなおした。

 イレーナも、ウリエラも、死なせはしない…死なせるもんか!俺はそう、自分に言い聞かせながら、固く胸の内に誓った。
 


つづきは明日の夜になります。

クライマックス?

 

すみません、二日酔いぐるぐるで続きが思いの外進みませんでした。

貼りつけもう数日お待ちください…!

 <各機、状況の報告を!>

「こちら、アレク。射出完了」

<こちらウリエラ!アレックス機のすぐ後ろについています!>

<エリックです!こちらもなんとか、発進できています!>

俺の報告に続いて、ウリエラとエリックの声も聞こえた。それに続いて

<こちら第6小隊!こっちも全機問題なしだ。訓練通り、よろしく頼むぜ!>

と、ケイス隊長の声が聞こえてきた。以前の訓練と同様、キリの小隊と班を作ることになっていた。

この7機でなら、俺も戦いやすい。少なくとも組んだことのないやつとやるよりは、動きも予測しやすいし、連携が取れるのが明白だ。

 彼方に、無数の光点が見えてきた。あれは、星なんかじゃない…敵意だ。

<敵部隊を目視!>

中尉の声が聞こえる。

<こちらケイス機。確認した>

<こちら管制室。接近中の敵編隊の解析が完了した。ソロモンで確認された突撃機だ>

<あのミサイルを抱えたやつだな>

管制室の声に、ケイス隊長が反応する。

<その通りだ。敵機は、3発の大型ミサイルを抱えた機体だ。

 ソロモン攻略に使用された機体と同じならば、特殊加工されたミノフスキー粒子を積載したミサイルを発射、爆破し、

 粒子を拡散させることでこちらのビーム兵器を無力化するのが目的た。学徒隊各機は、これを迎撃せよ。

 なお、味方砲台によるビーム砲発射体勢も整っている。これによる被弾には、警戒せよ>

<了解、管制室。第1小隊、私に続いて!>

「了解です!」

俺たちは返事をして中尉の機体に続いた。光点の正体がはっきりと見えてくる。

確かに、大きなミサイルを3発、抱えるようにして腹の下に搭載している航宙機だ。だが…かなりの速度が出ている…

速度で攻撃も追撃も振り切って、あのミサイルを発射したら一目散に逃げるって算段なのだろう。まさに、突撃機だ。

<要塞対空砲、座標、B0からB190に固定。学徒隊、第5小隊、進路を下方へ変えろ。その位置は巻き添えを食う>

<こちら第5小隊、了解した>

<第5小隊の退避を確認。ビーム砲、発射!>

管制室の声とともに、太いビームの柱が敵機目がけて伸びて行く。一瞬にして、無数の爆発が起こる。

それでも、接近してきている機体のほんの一部にすぎない。連邦め、どれだけの数をそろえているんだ!?

戦闘前に、こっちの戦略兵器で相当数の戦力を削いだって話だったのに、まだ、これだけ余力を残しているなんて。

<来るわよ!各機、編隊を維持しつつ、各個で敵を撃破!>

俺は中尉からの無線を聞いて、すぐさま火器管制をオンにした。モニター上に写る無数の敵機を、コンピュータがロックする。

俺はレバーの引き金を引いた。ザクに装備されたマシンガンが火を噴く。宇宙空間に破線が伸びて行って、小さな爆発が確認できる。

これだけいれば、数を打てば下手でも当たる。だが、効率よくやらないと、たちまち弾切れだぞ…

「エリック!無駄弾を撃つなよ!この数だ、一発必中させるくらいに注意して行け!」

<無茶言うな!こっちはビビリまくってどうしようもないんだ!そんな器用なマネ、出来るかよ!>

エリックはそう言いながらも、慎重に狙いを定めているのが分かる。エリック機がマシンガンを掃射した。長めに撃ち出された弾丸は、曳光弾の破線を引いて、敵機の編隊に襲い掛かり撃墜する。

<や、やったぞ!初戦果!>

<エリック、喜ぶなよ。こんなの、的当てと同じじゃないか>

キリの呆れたような声が聞こえてくる。

 大丈夫だ、みんな、落ち着いている。敵の主力が出てこないうちは、問題はない筈だ。

このビームかく乱用の兵器を投入してくるということは、連邦側の戦艦砲も使えなくなるはず。

だとすれば、敵の主力はMS部隊で、最終的には接近戦を挑んでくるに違いない。ア・バオア・クーを直接選挙するつもりなんだ。

そうなれば、おそらく乱戦になる…そこに持っていかせないように、ここで敵を確実に叩いて、戦況を有利にしておく必要がある…!

 <ウリエラです!1機が左翼から突破しました!>

左翼!?あっちは確か、第4小隊と第3小隊の担当エリアだぞ!?やつら、なにやってんだ!

<任せろ、アタシが行って叩いてきてやる!>

<待て、キリ、持ち場を離れるな!1機抜けたくらいでどうということはない。1機を漏らしても、次に来る10機を確実にしとめるぞ!>

<了解です、隊長>

ケイスさんの声に、キリは編隊に戻ってきた。俺たちは、まるで本当に訓練の機動標的射撃のように、とにかく迫りくる敵機だけを狙って撃墜を続ける。

さらには、後方の要塞から撃ちこんできているビーム砲が、敵機編隊を薙ぎ払う。戦線は、こちらが有利だ。

見る限り、ビーム兵器が妨害にあっている様子はない。何発かはこの宙域に打ち込まれて破裂しているようだが、影響は今のところなさそうだ。

 この状況なら、たとえ敵のMS部隊が突っ込んできたところで、こっちの対空砲が機能して叩き落としてくれる。

ずっとこの調子なら、良いんだろうけど、な。

 <敵、第二波接近!>

再び、管制室の声がする。爆発の収まった煙の向こう、新たな光点が無数に浮かんでいるのが見える。

<光学分析完了…敵は、MS部隊、繰り返す、敵はキャノン付きポッドを主体としたMS混成部隊!>

<へっ!キャノン付きポッドってのは、あれか、あの目玉みたいなやつのことか>

ケイス隊長の声が聞こえる。

<ええ、おそらく。各機、長距離砲撃に注意して。精度も機動性もない相手だけど、あれだけの数よ。弾幕を張るには、十分すぎるわ。

 弾幕の隙をついて、MS部隊が強襲を掛けてくる可能性が高い。敵のポッドは味方砲台に任せて、こっちへ突っ込んできた敵MS部隊を狙うわよ!>

中尉の的確な指示が飛んでくる。良い読みだ、おそらく、その通りだろう。俺は少しだけ安心して胸をなでおろした。

中尉はまだ冷静だ。部隊の他の連中にも、この落ち着いた感じは伝わるはず…

ウリエラも、エリックも、キリも、他の小隊の連中も、この中尉の指示で落ち着いてくれると良いが…。次の瞬間、彼方で閃光がほとばしるのが見えた。

<敵、発砲!着弾に注意して!>

中尉の叫び声が聞こえる。宇宙空間に放たれた砲弾が、煙も光跡も引かずに猛スピードでこちらに接近してくる。

「測距、300、275、250、225、200…!」

俺はコンピュータに映し出される砲弾の距離を咽んで読み上げていく。距離が詰まる。だが、砲弾が爆発する気配はない。どうするんだ?!

もし、時限信管がこっちの防衛ライン直上で炸裂させるのに十分な時間にセットされていたら、弾幕どころの騒ぎじゃない。

大打撃を食らうぞ?それとも、要塞を直接砲撃するつもりなのか?!

「175…150…!中尉!」

<各機、接近する砲弾を攻撃!>

中尉もおなじことを考えていたようだった。俺が叫ぶのと同時に、彼女の指示が響く。俺は迷わずに引き金を引いた。

曳光弾が、漆黒の暗闇へと伸びていく。砲弾に気銃弾を当てるなんて、いくらなんでもむずかしずぎる…

だが、あの量だ、一発でも当たれば、周囲の砲弾を一気に誘爆させることも出来る…頼む、当たれ…!

<こちら管制室。ビーム方を発射する。射線に注意せよ!…3、2、1、てっ!>

管制室からの無線だ。カウントダウンと同時にビームが延び、真っ暗な宇宙に一瞬光が灯ったと思ったら、その光が辺り一帯を包むように広がっていく。や、やったのか!?

<こちらケイス機!敵の第二射来るぞ、備えろ!>

「了解!」

俺は緊張を保ったままモニターを見つめる。だが、モニターの先は砲弾の群れが一気に誘爆してたちこめた爆煙が広がっていて、敵部隊の姿が隠されていた。
 


 <各機、警戒を怠らないで!管制室、ビーム砲の再度の発射を要請!>

<了解。同じ軌道で発射する。カウント、3、2、1、発射!>

再びビームが発射され、煙の雲の向こう側で再び大規模な爆発が起こった。

 ま、まだ来るか?それとも、MSの突撃が来るのか…

<こ、こちら第3小隊!敵MSが爆煙を突っ切ってきた!>

<第3小隊、迎撃急げ!>

<こっちにも来るわよ!火器管制を再チェック!照準準備!>

第3小隊と管制室の会話を縫って、中尉の声が聞こえた。俺はその声にハッとして、火器管制をチェックしてレバーの引き金に指をかける。

煙からなにかが突き抜けてきた。赤いボディに白い四肢!連邦の量産機!

<き、来た!>

エリックの声がした。あいつ、焦ってヘマをやらかすなよ…!

<掃射!>

中尉の号令で、第1小隊とキリ達、第6小隊がいっせいに射撃を始めた。それと同時に背後の要塞からも、対空兵器が撃ちあがってくる。

 俺たちの放った機銃弾と、無数のビーム砲、ミサイルによって、連邦機が次々と爆発し、弾け飛んでいく。

<や、やった!俺の弾で、1機撃墜!>

「浮かれるな!まだ来るぞ、エリック!」

嬉々として叫んだエリックにそう釘をさしてやる。油断は、命取りだ…この気配…!第3波か!?

「第3波警戒!来るぞ!」

俺も無線にそう叫ぶ。今度突っ込んできたのは、さきほどと同じ量産型のMSとあのキャノン付きのポッドだ。あのキャノンは、厄介だぞ…!

<敵の砲撃に気をつけて!今度のは、撃ってくるわよ!>

<こ、こちら第8小隊!トビーがキャノンの直撃を受けた!>

くそ、やっぱりか!いくらあのポッドに機動性がないとしたって、こっちはそれと大して変わらない程度にしかMSを動かせない連中もいる。頼む、みんな…被害が出ないようにしてくれよ…!

<あわてないで!編隊を乱さずに撃ち続けて!敵はただつっこんでくるだけ!弾幕を張れば落とせるわ!>

中尉の言葉どおり、敵はなにも考えてないバカなのか、勇敢なのか、次々と煙を突っ切って突っ込んでくるものの、ほとんどがこちらの対空砲とマシンガンの餌食になっている。

くそ、お前らも、異常だろ!?いったいなにを考えてるんだ…!

俺は頭の中に響き渡る悲鳴に耳をふさぎながら、なおも引き金を引く。目の前で次々と爆発が起こって、さらに悲鳴が聞こえる…くそ、くそ!くそ!!やめろよ、もう、もう来るなよ!!!

 俺の叫びは、敵であるやつらに届くはずもなかった。次々と爆煙を突破してきた敵のMS部隊は、半数以上が突破した瞬間にこちらの攻撃で散っていく。
残った機体も、俺たちの防衛線を無視して要塞に飛び掛っては、直掩のMS部隊や対空砲に撃ち落されていた。

 どれくらい時間が経ったか、敵の突撃がやんだ。俺は、いつの間にか呼吸を荒げて、ノーマルスーツのヘルメットのバイザーをあけていた。

<各隊、現在までの損害、消耗率の報告をお願いします>

中尉の、冷たいほどに落ち着いた声が聞こえた。

<こちら、第2小隊。機体損害なし。ただし、残弾僅かのため、帰投して再出撃を必要とする>

<こちら、第3、第5小隊混成班。第3小隊の1機が被弾、すでに要塞へ帰還させました。こちらも残弾に余裕はない>

<第7小隊だ。同班の弟9小隊は、隊長機、2番機が撃墜された。第9小隊の3番機はこちらで引き取っている。こっちは機体の消耗が激しい。補修作業のための帰投を要請したい>

次々と他の小隊から報告が入ってくる。大きな損害が出ているわけではないが…それでも、確実に3人は死んでいる…想像はしていたが…これが、戦争なんだ、な…。

 <各隊へ、了解しました。管制室、こちら第1学徒隊。現在、敵の攻撃は小康状態。現在までに3機の被撃墜あり。また、機体への損傷、弾薬数の不足から、補給修繕のための帰投を要請します>

<こちら管制室。了解した。後方の防衛部隊を前進させる。入れ替わりに、貴隊は帰還し、武器弾薬を再装てんせよ>

管制室からの声が聞こえた。それを聞いて、俺は安堵せずにはいられなかった。とりあえず、ひとまず、戦闘は終わったんだな…

少なくとも、敵の攻撃の前面にさらされている場所からは離れられる。

攻撃対象になっているだろう、あの要塞の中に戻るというのに、俺は全身から力が抜けてしまうほどの脱力感に襲われていた。
 



つづく。


今夜また、貼り付けられれば貼り付けたいと思います。
 

 ケージに機体を到着させた。ヘルメットを脱いで、待機用に準備されていた仮設のラウンジに向かおうとして、俺は、コクピットを出、ケージの中を漂う。

ふわふわとした感覚に体を委ねた次の瞬間、俺は胸の置くから込みあがるなにかを感じた。

異が裏返り、胸元が裂けるんじゃないかと思うような痛みとも苦しみとも取れない、猛烈な吐き気に襲われて、思わず両手で口を覆った。

そのまま俺は、床面に衝突して止まったが、身動きが出来なくなってしまった。

どうしたって言うんだ、いきなり…あの、声を聞いたせいか?それとも、単純に緊張していたからなのか…?

こみ上げる熱いものを必死でこらえながら考える。

「アレックス!」

そう呼ぶ声が聞こえた。見ると、すぐそばにウリエラが飛んできていてくれた。

「大丈夫?!」

「あぁ、少し気分が悪いだけだ…」

俺はそう言ってみるが、とても大丈夫だとは思えない。なんとか、トイレか汚物処理用のユニットのある箇所に行かないと…

「ほら、これ使って」

そう思っていたら、ウリエラがノーマルスーツの胸元からビニール袋を取り出した。どうしてそんなところにそんなものをしまっておいたのかは…

だいたい想像はつく…ウリエラは俺より能力が強い。あの感じをもろに受ければ、吐き気のひとつやふたつ催して当然だろう。

これはきっとそのための備えだ。そう考えると、俺のもやはり、同じなのか…?

 そう思いながらも俺は、礼もそこそこに、ウリエラの手からビニール袋を奪い取るようにして受け取り、

ケージの隅へ行って、せりあがってきていた胃の中身を開放した。無重力化でのおう吐は悲惨だ。

鼻にも入るし、つらいことこの上ないのだが、そうも言ってはいられない。俺はとにかく呼吸だけを確保しながら、気分が軽快するまで、その場ではき続けた。

 しばらくして、やっと胸元のムカムカが収まってきた。ビニール袋に封をして、ノーマルスーツの袖で口元をぬぐう。

くそ、なんて姿だ…ウリエラや中尉を助ける、なんていいながらこのざまじゃぁ、助けるものも助けられないじゃないか。

 俺は、拳を握って、床を殴りつけた。しっかりしろ…こんなので参ってる場合じゃぁ、ないんだ!

 「アレク、大丈夫?」

不意に声がしたので振り返った。そこには、中尉が居た。

「すみません、中尉。心配かけて…」

「ううん…ずっと気を張っていてくれて、ありがとう」

中尉は、そういって笑ってくれる。それから

「移動は出来そう?」

と聞いてきた。出るものが出たら、すこしはすっきりした。俺がうなずいて見せると、中尉はまた笑顔で笑いかけてくれて

「良かった。仮設ラウンジにいるから、来てね」

と言い残して、俺に気を使ったのか、さっさとラウンジの方へと飛び立っていった。まぁ、確かにそうしてくれるのは助かる。

こんなビニール袋を持った状態のままに一緒にいられても、申し訳ないやら恥ずかしいやらで、苦しくなる一方だったはずだ。

 俺はとりあえずトイレに向かい、備え付けのエアシューターの中に袋を放り込んでスイッチを押した。

ヒュゴっという音と共に、宇宙空間へビニール袋を投棄された。それから洗面台で口をゆすぎ、仮設ラウンジへと向かった。


 ラウンジはもともと倉庫だったところに用意されていて、チューブに入った飲み物や流動食なんかが置いてあった。

だが、ほとんど誰もがそれに手をつけることなく、思い思いの場所に身を縮こまらせていた。ほとんどどの顔も、恐怖と疲労にくぐもっている。

 「アレク!」

中尉だ。彼女は、イスに腰掛けてうなだれている学徒兵の一人一人に声を掛けているところだった。その作業を中断して、彼女は俺のところにやってきた。

「大丈夫?」

彼女は俺の顔色を伺うように聞いてくる。

「はい、ご心配おかけしました」

あえて、丁寧に敬語で言ってやったら、彼女もニヤっと笑ってくれた。

「そう、なら、他の隊員のケアをお願いできるかしら?」

「ええ、任せてください」

そう言葉を交わして、向きを変えようとした刹那、彼女は俺の肩をポンと叩くのと同時に、人差し指で微かに俺の唇に触れた。

とたん、枯れ果てそうになっていた胸のうちに、あたたかなものがともるのを感じた。まったく、あの人は…本当に人の心に余裕を滑り込ませるのが上手い人だ。

この部隊の精神的支柱を立派に果たしてる。俺も、うかうかしていたら、またあの人を1人で戦わせることになってしまう。

宇宙酔いなのか、感覚酔いなのか分からない吐き気にやられている場合ではない。

 俺も中尉にならって、うなだれるほかの隊員のあいだを回ることにした。だが、とりえずはウリエラ達だ。

 ウリエラは、エリックとキリと一緒にいた。3人は、思っていた以上に消耗した様子はなかった。

「あ、アレックス!もう大丈夫なの?」

「あぁ、すまなかったな。ちょっと気を張りすぎていたみたいだ」

俺がなんでもない、という表情を見せて言ったら、ウリエラは嬉しそうな表情をして笑った。

「お前の方こそ、大丈夫かよ?あんな戦闘で、気持ちがやられてないのか?」

俺が聞くと、ウリエラは苦笑いを浮かべて、

「能力が強いとね、割とこういうことは良くあるんだよ。だから、そういうのを遮断する方法ってのも、自然と身についていたりするんだよね」

と言って肩をすくめた。そうか…まぁ、ウリエラがあの悲惨な声を聞いていないのなら、それに越したことはない

「そうか…それなら、良かった。お前は大丈夫かよ、エリック。漏らしてないか?」

今度は俺はエリックに話を振る。エリックはすこし興奮した様子で

「ア、アレク!見たかよ!俺、3機、3機やったんだぞ!モビルスーツ1機に、ミサイル艇2機だ!」

と言ってくる。まぁ、恐怖と絶望で押しつぶされているよりはいいが…これはこれで、問題だな。

調子に乗って飛び出して、戦線を乱せば…防衛ラインの自壊のきっかけになる可能性だってある。ここは釘を刺しておく必要がある、か…。

「バッカ!まぐれ当たりで喜んでんじゃねえよ!あいつらはまだ、戦闘もろくに知らない、アタシらとおんなじような連中だ。

 これから本隊が出てきてみろ、同じ調子でやってたら、一瞬であの世行きだからな!」

俺が言う前に、キリがそう言ってエリックを小突いた。キリ、お前は本当に、頼りになるよな。


「まぁ、キリの言うとおりだな。エリック、これからは多少、チビッとくくらいの心がけの方が、返って丁度いい。思う存分、漏らせ」

「な、なぁ、この際だから言っておくけど、俺のそのおもらし設定はほんとにどうにかならないのか?漏らしたのは最初の戦闘の一回だけなんだぞ?」

「やっぱり一回漏らしてたのかよ!」

その言葉を聞いたキリが、そう叫んで大笑いを始めた。それを聞いたエリックが急に顔を真っ赤にして怒り出す。

「お、おい!キリ!今のは、ちが…違わないけど…!おい、そんな大声で!」

「ははは!おい、みんな!こいつやっぱり漏らしてたんだってよ!」

キリはわざとらしくさらに大声で、ラウンジに響き渡るようにそう叫ぶ。

俺は、ラウンジにいたほぼ全員に、安堵とそしてかすかな笑みが広がるのを見た。

キリ、お前…

「お前!ふざけんなよ!」

エリックがいきり立ってキリに掴みかかった。キリはそんなエリックの両腕を捕まえてケタケタ笑いながら器用にいなしている。

「エリック、やめなよ!」

「まったく、落ち着けって」

俺とウリエラで後ろからエリックを羽交い絞めにしてキリから引きはがす。

「ふざけんなよ!お前らだって今日はオムツはいてるんだろうが!」

まぁ、確かに、今日みたいに長丁場の戦闘や訓練が予想されるときは、ノーマルスーツの下にオムツをはくのはパイロットとしてごく一般的な常識だ。

それと、漏らすかどうか、はまた別問題だが…

「はいはい、そこまで。エリック、気にしないでいいのよ。さっきアレクも言っていたけど、怖さを知っている人間でないと戦闘で生き残れないわ。

 あなたの恐怖感は、戦場においては毒であると同時にあなたを生かすための薬でもあるんだからね」

中尉が見かねたのか、そういってエリックをいさめた。エリックは、恥ずかしいのかなんなのか、顔を真っ赤にしながらシュンとして

「わかってます…すみません…」

と肩をすぼめた。うーん、ちょっとこれは、やりすぎなんじゃないか、キリ。

「まぁ、気にすんなって。こんなときだ。まずは、生き残ることを考えよう」

「あぁ、すまない、アレックス」

俺がそういってやったら、エリックは本当に申し訳なさそうに、俺にも言ってきた。

こいつはまじめなんだかなんなんだかわからないが、戦闘が始まるまでには復調してくれることを願ってるよ。

 俺はそう思いながら、中尉をチラっと見やった。彼女も俺の視線に気が付いて、目が合う。彼女はニコッと俺に笑顔を見せてくれた。

そう、そうだな。今はとにかく、明るさを保つことだ。運よく前線から一時的に離れることができている。

この機を生かして、士気を高めて、生存率を上げておかないと、恐らくこの後の戦闘は連邦のモビルスーツ部隊の本隊が出て来てさらに厳しくなるだろう。
ここにいる連中のどれだけが生き残れるか…先週、中尉との話でも言ったが、3、4人がいいところ、という俺の見方は変わっていない。

ウリエラに、中尉に、エリックにキリ、か。これで、4人。こいつらだけでも、なんとか生き延びさせてやりたい…

4人の中に、俺が入っている必要は、ないのかもしれない。中尉、あなたとの約束を果たせなくても…。


<ガッザザッ!司令部より緊急入電!司令部にて…ギレン総帥閣下が戦死!繰り返す、ギレン閣下が、戦死!

 以後の指揮は、キシリア中将閣下が執る!総員、司令部の指示に従い戦闘を続行せよ!繰り返す…>


つづく。

進行が遅くて、すみません。
 



 「くそ!なんて数だ!」

補給と補修を終えた俺たちは再び、戦場へと戻っていた。だがそこは、先ほどの統制され、組織的に敵を迎撃出来ていた戦場ではなかった。

総大将の戦死が、こうも簡単に戦場を揺るがすなんて…いや、これは、後任のキシリア閣下の手腕の程度だと言わざるを得ない。

有機連携と兵器の特性、完全にコントロールされていた戦闘エリアが、もはやめちゃくちゃだ。上からの指示も場当たり的。

そのうえ、敵はさっきの旧式の量産型や戦闘ポッドなどではない。連邦でも最新鋭に近い、モビルスーツ部隊が展開してきている。

<ケイス!左翼に敵機!警戒して!>

<やつら、こっちを狙ってる!隊長!回避していいですか!?>

<あぁ、ダメ、コンラッド、間に合わない!>

<コンラッド!下へ逃げな!アタシが相手をしてやる、連邦め!>

<アレク!キリを援護!ウリエラはアレクのバックアップに回って!エリックは私のそばを離れないように!>

「了解!行くぞ、ウリエラ!」

<うん!>

俺はコンラッドめがけて突進してくる敵のモビルスーツへ威嚇射撃を行いながら接近する。

敵機は俺の銃撃をさらりとかわすと、照準をこちらに合わせてきた。よし、食いついてくれたか!

「ウリエラ!頼む!」

<任せて!>

俺は敵の照準をすれすれでかわしながら自分にさらにひきつける。もっと、もっとだ、こっちへ視線を向けろ!

俺の軌道を追って、敵のモビルスーツがマシンガンを構えて方向を変えた。今だ、ウリエラ!

 俺がそう意識した瞬間、ウリエラのザクがマシンガンを発射した。連邦機は機銃掃射をまともにくらって、装甲を引き裂かれて完全に動かなくなった。

<敵、撃墜!>

<た、助かったよ、アレックス!>

「ウリエラ、ナイスだ!コンラッド、すぐに次が来るぞ!編隊を組みなおして備えろ!」

 <ちっ!下方から新手3!>

ケイス隊長の声が聞こえた。

くっ…連邦が底なしなんて、上手く言ったもんだ…落としても落としても沸いてきやがって…この物量は、確かに底なしだ…!

 俺の機体のそばを、ピンクのビームが飛びぬけていく。くそ!ビーム兵器を携行してやがる!

<敵のビームに気をつけて!>

中尉が叫ぶ。応戦しようにも、敵との距離はかなりある。これで撃ち合ったところで、射程も弾の速度も遅いマシンガンで対抗できるようなものではない。

「中尉!敵との距離を詰めないと危険です!」

<…ダメ!持ち場を維持して!でないと、戦場が余計に混乱する!>

分かってる、だが、そんな悠長なことを言ってる場合でもないだろうに!撃たれてるんだぞ、こっちは!俺はそう思いながらも回避行動を維持する。

こっちから撃ったところで無駄弾になる。やつらがこっちの有効射程内に入ってくるまでは、逃げの一手を取るほかにない。

敵はそれでも、当てる気があるのかないのか、無造作とも取れるひどい精度でこちらへの射撃を続けてくる。

 …おかしいぞ、あいつら?なんだ、この感触。あいつらからは、敵意は感じられるが、もっと別の何かも感じられる。

こいつら、俺たちを落とそうって気はないのか…?それなら、なんのためにここまで執拗に撃ってくる…?!
 


 俺は、気づいた。同時に、全身に強烈な殺意を感じて、背中を突き抜けた。俺は声の限りに無線に叫んだ。

「気をつけろ!こいつらは、陽動だ!」

<…!さ、散開!回避行動!>

同時に中尉の叫び声も聞こえた。俺はそばにいたウリエラ機を抱えて機体を急旋回させる。俺たちのいた場所を、白煙を引く何かが通り過ぎた。

バズーカの砲弾だ。位置は、上方!?しまった、挟まれてる!

「中尉!挟撃だ!敵は上方!」

<キリ!コンラッドと一緒に回避行動に専念しつつ、上方へ!アレク!私と先行して上方の敵部隊を叩くわよ!>

「了解…!ウリエラ、お前もついて来い!」

<うん!>

俺は夢中で機体を駆った。

 最初に接触した敵を近距離からマシンガンで撃ちぬき、旋回して別の一機に背後から突っ込んでヒートホークで切り裂く。

残りの一機は、中尉がヒートソードで真っ二つにしていた。だが、まだだ!下からの3機を!

 俺はマシンガンに新しいマガジンを装てんして機体を翻らせる。相変わらず、雑な銃撃でこっちをかく乱しようとしているのが見え見えだ。

俺は、胸に込みあがる緊張感を飲み込んで、ペダルを踏み込んだ。

「中尉、ウリエラの援護を頼む!エリックも中尉のそばを離れるな!ケイス隊長!俺の援護をお願いします!」

<待って、アレク!>

中尉の声が聞こえる。なんだ、なにをそんなに焦って…

<部隊長、アタシが援護に行く!コンラッド、あんたも部隊長にくっついてな!>

キリの声がする。どういうことだ?俺の援護を、キリが?ケイス小隊長はどうしたんだよ…!?

 俺は、脳裏に沸いた一抹の不安を頭を振って消し去った。今は、あいつらをやるのが優先だ!俺の接近に気付いた敵は、今度は俺に照準を合せ始めた。

今度は、陽動のためじゃなく、落しに来る。集中しろ、気を抜いて読み違えれば、一発でデブリになっちまうぞ!

「キリ!回避行動を取りながら、威嚇射撃頼む!」

<了解、任せな!>

キリが俺のそばを離れる。ビーム兵器は連邦の中でも使っているやつは少ない。

あえてそれを使っているっていうことは、その特性と有用性を正しく理解して運用している、ある程度以上の錬度と経験のあるパイロットだ。

そんなやつらの相手をキリにさせるわけには行かない…!

 俺は、ザクの腰につけていたハンドグレネードを敵めがけて投げつけた。敵部隊は慌てない。

それもそうだろう、ハンドグレネードを近接で炸裂させるには距離がある。

だが、今回はそれでいいんだよ!俺のはるか前方でハンドグレネードが爆発した。爆煙が無重力の宇宙空間に雲になって漂う。視界を奪った。

俺は機体を急旋回させた。敵部隊の横っ腹に位置取って、最高速度までバーニアで加速しながらマシンガンの引き金を引く。

敵部隊は、俺が爆煙を突っ切って奇襲をかけると思っていたのか、てんで違う方へ機体を向けていた。

その3機を俺の放ったマシンガンの弾が蹂躙し、装甲を削り、機体を弾き飛ばしている。コンピュータに警告が映った。

弾を撃ち尽くした…あとは…!俺はヒートホークを装備してそのままの速度で敵部隊に切りかかった。一機目を横になぎ払い、次の機体の胸めがけて振り下ろす。

速度が出すぎて、機体の反応が間に合わずに最後の一機は空振りに終わってしまうが、マシンガンで致命傷を負わせられていたようで、

爆発することもなく、3機目は、他の2機の爆風にあおられて宇宙空間に漂っていった。
 


 <ははは!やったな、アレックス!>

キリの高笑いがきこえる。

「あぁ、なんとかなったよ」

<ははははは!隊長!アレックスが仇を取ってくれたぞ!>

仇?どういうことだ?おい…キリ…?

 たずねようと思った俺は、キリが常軌を逸していることに気がついた。声の限りに、無線の中で高笑いしている。

ケイス隊長の死を、見たのか、こいつは…。いつだ?ビームを撃ちあげてきたときか?それとも、上方からのバズーカで、か?

「キリ、キリ。落ち着け、頼む、落ち着いてくれ」

俺はキリの機体を捕まえて無線越しにそう言う。それでも収まらない彼女の笑い声に焦りを感じて、思わず機体を揺さぶってしまう。

<うっ、うわっ…わ、分かった、アレックス、お、落ち着くからやめてくれっ>

キリの悲鳴が聞こえた。思わず、キリも機体からマニピュレーターを離す。すると無線からキリの消え入りそうな声が聞こえてきた。

<大丈夫だ…すまん、ちょっとビビっちまっただけだ…>

「そうか…」

彼女の言葉にため息が出た。恐い、か。あのキリでもそう思うんだ。俺の全身にのしかかるようなこの重さも、おそらくそれと同じ物なんだろう。

出来るだけ表に出さずに、押し込んではいるが、それでも体の反応も、能力の知覚も十分に働かない。これが、恐怖、ってやつなんだ。

「キリ、ビビってんなら、漏らしてもいいんだぜ?」

俺はなるだけ明るい声でそういってやる。すると、今度はキリの、いつもどおりの明るい笑い声が聞こえた。

<ははは!そうだな、おい、エリック!さっきはからかって悪かったな!アタシも今日ばっかりは、チビっちまいそうだ!>

<だろう?先輩って呼べよ、お漏らしの>

キリの言葉にエリックもそう答えている。エリックも、キリの状態が心配だったんだろう。まったく、自分はついてくるだけで精一杯だってのに、良く頑張ってるよな、おまえも。

そう思ったら俺も落ち着いてきて、不思議と顔が緩むのを感じた。だが、こんなことをしている場合ではない。

編隊に戻って、状況を確認しないと…

キリの機体を引き連れて、俺は中尉達の方を目指して進路を替えた。次の瞬間、モニターがパッと明るく光って、辺りの視界が一瞬奪われた。

今のは…爆発!?でかいぞ、なんだ、なにがやられた!?

<ド、ドロス級、ドロワ!ご、轟沈!轟沈します!!>

無線から、誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。ドロワが?あの大型空母が沈んだのか?

<ダメだ、もう終わりだ!>

<て、撤退だ…誰か、撤退の支持をくれ!>

あちこちから、そう言う無線がきこえてくる。くそ!ダメだ、この混乱じゃ、戦線の維持は難しいぞ…?!

「中尉!」

<…ア、アレク!?>

俺は中尉のすぐそばに取り付いて無線で彼女を呼び出す。

「落ち着け、中尉!周りが後退をはじめてる。このまま俺達だけでここを維持するのは不可能だ!すぐにでもラインを下げさせないと!」

<分かってる…!学徒隊!残存機は至急報告を!>

<こちら第4小隊のデイビット、隊長とモーリスは戦死。今は、第3、第9小隊の残存機と3機で編隊で戦闘を続行中>

<こちら第5小隊!第3小隊とは敵の強襲で分断され、孤立している。現在はエリアB9。被撃墜はないが、一度撤退してそっちに合流したい>

無線が返ってきた。たった、2機分…うちは、小隊が12もあったんだぞ…?36人居たんだ。

それが、それが、やっぱり…今は、たったの、11機だってのかよ…?研究所で一緒だったやつらも、もう、やられちまったってのかよ…!

 ダメだ、このままじゃ…このままここに居たら、みんな死んじまう!ウリエラも、居れ―ナも、キリもエリックも、守れない…撤退だ…撤退を…
 


<了解。各隊、各機へ…もう学徒隊は維持できないわ。身近な指揮官に従って作戦を続行してください。お願い、どうか、死なないで…!>

中尉は、搾り出すようにそうとだけ言って、無線をきった。分かってたことだろうに…俺も、中尉も…隊のやつら全員を助けてやれないことくらい。

仕方のないのことだって分かっているのに…くそ、くそ!

<アレク…ウリエラ。キリに、エリック。私達は、ここを離脱するわ。もう、これより後には戦線はないけれど…それでも…>

中尉は今度は俺達に言った。そうだな、そうするしか、おそらく生き残れない…逃げよう、戦場ではない、どこか、静かなところへ…

 <アレックス!>

声がするのと同時に、機体が強烈な力で弾き飛ばされた。今の声、コンラッドか?

スラスターで姿勢を整えた俺の目に映ったのは、ピンクのビームにコンラッド機が胸部を貫かれる瞬間だった。

「コンラッド!!!」

俺はビームの飛んできた方向に目を向けた。何か、来る。俺は、激昂した気持ちが一瞬にして押しつぶされるのを感じた。

なんだ、なんだこの感覚は…まるで、胸が押しつぶされるような…体が締め付けられるようなこの感覚は…!

いったい、なんなんだ、このプレッシャーは…!?

<あれは…!アレク、ダメ!交戦しないで!>

中尉の声が聞こえた。モニターに一機の機影が映りこむ。青いボディに、白い四肢。

量産機とは違うカラーリング…あれは、まさか…連邦の、白い悪魔!?

<中尉!ここ、まずいです!>

ウリエラが叫んだ。別の方向からも、ビームが飛んでくる。これは、ジオン側のビーム砲!?なんだ!?別のプレッシャーが、もう1つ…!?

 俺が見たのは、大型のモビルアーマーだった。まるでムチのような長いケーブルの先にマニピュレーターのようなものをつけ、

それが周囲の連邦機を次々と破壊して行っている。これは、サイコミュ兵器か?!

 <キリ、エリック!ここは危険だわ!付いてきて!アレク、ウリエラを見ていてね!>

「了解だ、すぐに移動しよう!」

俺はウリエラ機をコンピュータ上でマークして機体を滑らせた。俺達に戦意がないことが伝わったのか…

いや、違う、あいつは、ジオンのモビルアーマーに導かれるようにして、戦闘を開始していた。

 奇妙な感覚があった。まるで、意識をその戦闘に引っ張っていかれるような、そんな手触りだった。

この感じ…強烈なニュータイプ能力だ!このパイロット達は、相手の動きを二手、三手以上のレベルで読みきるのか…?!すごい、なんて戦いだ…!

<貴様ら、待て!>

不意に、そう怒鳴る声が聞こえた。モニターの正面に視線を戻すと、そこには3機のゲルググがいて、俺達の進行方向をさえぎっていた。

ゲルググの肩には、親衛隊のものと思しきマーキングが施されている。

<こちらは第1学徒部隊の残存兵力です。この状況では、戦線の維持は困難です。退避して体制の建て直しを…>

<不要だ!>

中尉の言葉を、ゲルググのパイロットがさえぎった。

<この場に残り、戦闘を継続せよ。後退すれば敵前逃亡とみなし、撃墜する!>

撃墜、だと!?俺はその言葉に怒りを隠せなかった。こいつらは状況把握が出来ていないのか?!

この状況でこの場にとどまれば、間違いなく全滅だぞ!まだ覆せると思っているバカなのか、あるいは、俺達を捨て駒にするつもりか…!?

 「ふざけるな!この戦況が見えていないのか?!」

<キシリア閣下のご命令だ>

そうかよ、どうしたってあんた達は、俺達を戦場で殺したいらしいな…それなら、分かったよ。それなら、こっちだって、やってやる!
 


 こうなったら、キリと一緒に、こいつらを潰してでも前に進むしかない。俺はレバーを握る手に力をこめた、

次の瞬間、俺達のすぐそばを、ビームが横切った。くそ!後ろからは敵が来る!

 <あぁっ…当たった…当てられた…!>

エリックのうめき声がする。俺はとっさにモニターでエリックの機体を確認した。エリックのザクは片脚の膝から下を吹き飛ばされている。

「エリック、落ち着け!脚の一本くらいなくても、機動性に大きな影響はない。AMBACとスラスターの一部が機能しないから、そのことだけに気をつけろ!」

<ダメだ…こ、殺される…!>

声をかけたが、エリックの動揺は収まらない。

<エリック!あんた、しっかりしろ!アレックスや中尉の荷物になるんじゃない!そんなことになったら、二人がウリエラを守れないだろうが!>

キリがエリックの機体を蹴りつけた。

<わ、分かった、分かったよ…!落ち着け、落ち着くんだ…あぁ、くそ!ダメだ、震えがとまらない!>

<アレク!敵が来る!私が食い止めるから、エリックを援護して、離脱しなさい!>

<離脱すれば、撃墜する!>

くそ!くそ!!くそ!!!どいつもこいつも、俺達を殺そうって言うんだな!?そうはさせない…俺は、こいつらを守るんだ!

たとえ、俺の身に何があっても…!

 俺は、そばにいたエリックの機体からヒートホークを毟り取った。

そのまま、バーニアを吹かしてキリの機体の脇をすり抜けて、ゲルググに肩の強化装甲でショルダータックルをかけた。

体が揺さぶられるような衝撃と共に轟音がして、ゲルググが吹っ飛んでいく。機体が無事でも、中のパイロットは無事じゃすまないだろう。

そのまま、自分のヒートホークも装備し、両方の腕で、左右に並んだゲルググを切りつける。左のヤツはコクピットを切り裂いた。

右のヤツは、反応が早く、装甲の一部を掠めただけに終わってしまう。

<き、貴様!抵抗する気か!?>

「黙れ!俺達は、お前らが好き勝手するからこんなところにいるんだ!俺達は!みんな子どもなんだぞ!

 やりたいことも、いっしょにいたい人も捨てさせられてこんなところにつれてこられたんだ!もうお前らなんかの言いなりにはならない!

 俺達は、自分の意志でここから出て行く!邪魔をするな!」

俺は、回避したゲルググを追った。速度ではかなわない。だか、相手は俺を迎撃する気で居る。ビームナギナタだろう?

近接戦闘には自信があるつもりでいやがる。教えてやるよ、俺達は戦争の道具として生み出された。

だがな、道具は使うやつにその器がなければ、ただのモノと違いはないんだよ、お前の持ってる、その武器と同じようにな!

 俺はヒートホークを振りかざして、ビームナギナタの柄をぶった切った。

ゲルググはシステムに組み込まれたナギナタの攻撃コマンドに入っていて、それを避けることが出来ないようだった。

俺は、無我夢中でゲルググにヒートホークを振り下ろした。胸部の真ん中が裂けて、ゲルググは機能を停止した。

 <キリ!ウリエラを援護!>

<あいよ、中尉!ウリエラ、アレックスが道を開いてくれた!行くぞ!>

中尉とキリの声がする。中尉は、エリックをサポートする気だな…なら、俺は露払いだ!

<右から来る!>

エリックの声がした。気付いたとき、敵の高起動型の量産機が、エリックの機体をビームサーベルで貫いていた。

「エリック!」

<あぁ…なんでだよ…!なんでこんなことになるんだよ…!>

エリックの震える声が聞こえる。だが、エリック機はそれでも、その腕を動かして、マニピュレーターで敵のモビルスーツの装甲を掴んだ。

<アレックス…アレク…逃げろ…逃げろよ…!>

エリックの機体は、敵を捕まえたままもう一方の手で、腰部に取り付けていたハンドグレネードを握った。
 


 「やめろ、エリック!!!」

そう叫んだ俺の声は、エリックの絶叫にかき消された。まばゆい閃光が走って、エリックの機体は、敵のモビルスーツと共に爆発の炎の中で砕け散った。

 エリック…エリック…なんでだ、お前らしくないじゃないかよ、そんな勇敢な最期なんて…!

なんでもっと一目散に逃げなかったんだよ、恐かったんだろう?!チビりそうだってずっと言ってたじゃないかよ!

本当は戦いたくなんかなかったんだろう!?それなのに…それなのに…!

 ゲルググ3機と戦っている間に、連邦機がさらに接近してきていた。逃げるんだ…逃げろ、ウリエラ!逃げろ…イレーナ!!

「逃げろ!」

俺は声の限りに叫んで、ザクを駆った。2本のヒートホークで、機動力だけを頼りに連邦機を斬りまくる。

機体がきしんで、Gで意識が飛びそうになることすら忘れていた。

<貴様らか!敵前逃亡を図っているのは!>

また、別のパイロットの声。見ると、先ほどとは別のゲルググが3機、また、親衛隊のエンブレムをつけたやつらが、ウリエラ達の進路をふさいでいた。

 <ちっ!しつこいんだよ、あんた達さぁ!>

キリが怒鳴って、ゲルググに向けてマシンガンを発射した。ゲルググは持っていたシールドでそれを受け止めると、一直線にキリの機体へ突撃する。

回避行動に入ったキリの機体をさらに追いかけ、高速でシールドをキリのザクへ衝突させる。

<うぐっ…!>

キリの声が漏れた。しかし、ゲルググは、もう片方の手に、ナギナタを装備していた。

「やめろぉぉぉ!」

<キリ!>

ザクをキリの元へと向けた俺の叫び声と、ウリエラのキリを呼ぶ声が重なった。だが、ゲルググはキリのザクにナギナタをつきたてた。

<ウリ…エラ…>

かすかにそんな声が聞こえて、キリの機体が弾けとんだ。

<うわぁぁぁ!!>

気付いたら、ウリエラがゲルググの下方からマシンガンを乱射しつつ接近していた。

中尉は、もう2機のゲルググの注意をひきつけるので精一杯で、ウリエラをカバーする余裕がない。

「ウリエラ、やめろ!」

マシンガンの弾を浴びて、装甲を引き剥がされたゲルググに、ウリエラが撃ち切ったマシンガンを投げ捨てて掴みかかった。

ヒートホークがゲルググを横に薙いで、爆発を起こす。ウリエラの機体は、その爆風にあおられて宇宙を舞った。

 そんなウリエラ機を、上方から飛んできたビームが貫いた。

<あっ…アレックス…>

ウリエラの、微かな声が漏れた。

 閃光が走って、ウリエラ機が爆発した。機体の、面影すら残さずに…

<ウリエラぁぁ!>

中尉の叫び声が響いた。

死んだ?ウリエラが…殺されたのか…?一瞬、頭の中が真っ白になった。

だが、それもつかの間、俺の胸の内には得体の知れない、熱くて黒い感情が爆発した。今のビーム、あいつか、あのゲルググか…

なんで、よりにもよって、キリも、ウリエラも味方機なんかに落とされるんだ…あいつら、あいつら…殺してやる…殺してやる!
 


 連邦機が俺を狙って撃ってきた。俺はそれを避けなかった。マシンガンの弾が機体にはじける鈍い音がする。

それでも俺はまっすぐにゲルググに突っ込んだ。ゲルググが、回避するつもりか、機動を変えた。だが、俺にはそれが手にとるように把握できていた。

 俺は加速したままにその機動に機体を合せて、ヒートホークをつきたてた。

援護に来たつもりらしいゲルググに、斬り付けたほうを投げ飛ばして2機一緒に蹴りつける。

「うわぁぁぁ!」

俺は2機をまとめて何度も何度もヒートホークで斬った。あちこちから、まるで血を噴出すように、蒸気や、油圧が吹き出てくる。

それでも、俺の気持ちは納まらない。

 気付いたとき、俺は、中尉にゲルググから引き離されて、連邦が撃ってくる射線の中を飛んでいた。

<アレク!アレク、聞いて!>

「イレーナ…」

<お願い、落ち着いて…あなたは死んじゃダメ…!約束したでしょう!?>

イレーナの声は、涙でくぐもってきこえた。だけど、イレーナ…ウリエラが、死んだんだ。ずっと一緒だったのに…

妹みたいに可愛くて、ずっと俺をしたってくれていたのに…あいつが、あいつが、殺されたんだ…!

 連邦機の射撃が、イレーナの機体を捉えた。ビームが機体の表面で弾けて、バランスを崩す。

「イレーナ!」

<だっ、大丈夫!直撃じゃないわ!まだ動ける!>

イレーナの力強い声を聴いて、俺は少しだけ、気持ちが整うのを感じた。そうだ、まだ、俺たちは生きてる…逃げるんだ、ここから…!

「イレーナ」

<何?>

「逃げよう…どこか、戦いのない場所へ…」


<うん…>

「もうこんなのはたくさんだ。誰も守れず、大事な人が死んでいく…こんな場所、俺にはもう、耐えられない…」

<ええ、私も…。行きましょう。戦いの要らないところへ…>

 再び、イレーナの機体にビームが弾けた。イレーナ機が、制御を失うのが分かった。

バーニアをやられたのか、宇宙空間に黒煙を吹きながら不規則な回転を起こしつつ、俺から遠ざかっていく。

「イレーナ!」

そう叫んだ俺の機体にも、ビームが襲い掛かってきた。直撃を避ける操作をする暇も、心の余裕もなく、表面を弾け、脚を貫き、腕をもぎ取っていく。

 イレーナ機が、暗闇の中に微かな光を放って爆発するのが、ひび割れて、ノイズの激しいモニターに映った。

 もう、自分が何を感じているのか、何を考えているのかすら分からなかった。

俺はただただ、胸の奥から湧き上がる激情に、全身を振るわせることしか、出来なかった。

「うぅ…ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

そう叫んだのと、俺の機体をビームが貫いたのは、ほとんど同時だった。

 




おしまいです。

うつエンドでごめんなさい。

お読みいただいてくれている人がいたら、ありがとうございました。
 


バッドも嫌いじゃないよ
また書いて

>>62
最後まで読んでくださっている人がいて安心しましたw
ありがとうございました。

続編みたいなものも考えているので、良かったらまた見に来てください!

途中、向こうと全く同じ文章構成があって、一瞬どっち読んでるのかわからなくなった。

話は面白かったから、丸パクリにならないよう気をつけて。

>>64

あなたのような読者様をどれだけ待ち望んでいたことか…幸せでございます。

続きに行こうかとも思いましたが、あえて、焦らします。

ヒント:IDと日付。
 


というわけで、新スレ建てました。

機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争― - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1381238712/)

こっちを読んでいただいた方で、あっちを読んでもらってない方には、
申し訳ありませんが頑張って読んでくださいw
 


64だが







完全にだまされた!!

>>67
謀ってごめんなさい。
でも、レス嬉しかったですw


こちらのスレもボチボチHTML化依頼だしますです。

ありがとうございました!

ものすげー野暮な突っ込みだけど、ソロモン陥落が12月24~25日でアバオアクーは12月31日じゃなかった?

>>70
まじでか、と思って調べたらマジだった…12月14日~15日だと勘違いしておりました。
ソロモン陥落は、訓練所に来てからだったってことで脳内補正をお願いします。
船の中で聞いたのは、地球方面軍完全撤退の報、ですね。
アレク達は訓練所で2週間ほど過ごしているつもりですので…

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