宥「玄ちゃん、あったかい?」 (28)

夏の終わり

私、松実宥はこの季節に複雑な想いを持っている。

朝晩の空気が冷え始める。

普通の人より寒がりの私は、これからやってくる秋、そして冬を思って憂鬱になる。

でも一方で、この季節を楽しみにしている私もいる。

夏の間は「暑いからごめんね」と、一緒に寝てくれない妹が同衾をしてくれるようになるのもこの時期だからだ。

大好きな彼女と寝ていると、体だけじゃなく心まであったかくなれる。

そこを加味して考えると、ちょっとくらい寒くなってもお得な季節といえるかもしれない。



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姉妹百合期待


妹の松実玄。

彼女もこの季節には複雑な想いを抱いているらしい。

以前に一度話してくれたことがある。

朝晩の気温が下がると朝露が結露するようになる。

毎朝日課の庭掃除する玄ちゃんは、朝露が日に輝く美しい時間を愛しているそうだ。

だけどその時間は同時に悲しくもあるという。

朝露は美しいが、儚い。

その姿が今は亡き母、松実露子を思い出させるから悲しい、と。


まだ暑さが残るこの時期に、早くも彼女が同衾を許すのはもしかしたら寂しさゆえなのかもしれない。


だとしたらせめて、私も彼女の心を暖めてあげたい。

そうして少しでも癒して、満たしてあげられたらと、そう思う。



私は小さい頃から、父に定期的に病院に連れて行かれている。体調を精密に検査するためだ。

私は夏でも冬服に、マフラーと手袋がなければ寒さにがたがた震えているような異常体質である。

母に病で早世された父の気持ちを考えると、そんな私の健康に少々神経質なるのもしょうがないことだ。

しかし検査の結果はいつも異常なし。

それどころか、生まれてこのかた風邪の一つすらひいたことがない私に、父も少しあきれ気味だ。

とはいえ、私は寒がり以外は健康体、玄ちゃんは昔から明るく元気ということで、父が安心できていることは幸せなことといえる。

これからも家族3人、支えあって生きていけたら。

今日は阿知賀女子麻雀部のみんなでお泊り会。みんなが松実館に来てくれた。

さっきから玄ちゃんは、みんなをもてなすためにお茶を準備したり、お布団を敷いたり甲斐甲斐しく働いている。

手伝おうかと訊いても、「じゃあみんなの話し相手をお願い」と、いつもの柔らかい笑顔でそう答える。


玄ちゃんはいつもそう。

誰よりも気が利いて、奉仕を惜しまない。ただ、みんなが快適に過ごせることを喜んでいる。

そんな玄ちゃんに、私は申し訳なさと、それ以上に誇らしさを感じる。

誰より優しく、本当の意味で強く、魅力に溢れる自慢の妹。

小さいころから私を助け、励まし、叱り、受け入れてくれる大切な妹。

たくさんの『あったかい』を私にくれる彼女に、私はなにをかえせるのだろう。



きれたお茶の交換に立った玄ちゃんがいない間に、みんなにちょっとだけ妹自慢。

「玄ちゃんは本当に優しい」

「とってもあったかい。しかも可愛い」

「世界妹選手権があったら絶対一位」

一生懸命話してるのに何故かみんなからは生温かい視線。

憧ちゃんに「玄の良さは知ってるけど、宥姉ももう少し動こうね」って言われちゃった。


ぐぬぬ、ごもっとも。



だって炬燵が離してくれないんだもん。

なんて情けないことは当然言えずにいると、穏乃ちゃんが話題を変えてくれた。

「でもインハイ終わって玄さんもなんだか少し大人っぽくなってません?」

灼ちゃんもそれに同意して

「確かに少し宥さんたちのお母さんに似てきたとおも・・前は宥さんのほうがお母さん似だと思ってましたけど」

その言葉たちに拗ねかけてた心があったかくなった。

記憶の中の母はとても綺麗で暖かで、母に似ているというのは私たち姉妹には最大の賛辞だから。

玄ちゃんがお母さんに似ている。確かにそうかも。なんだか、嬉しい。



でも本当は、母に似ているというその意味を、この時深く考えるべきだったのに。


つづく

期待


初秋、穏やかな陽光をうけて午後の授業を受けていた私の眠気は、けたたましいサイレンの音に吹き飛んだ。

窓から見ると校門で救急車が赤いランプを回していて、救急隊員やら先生やらがせわしなく動いているのが見える。

混乱でざわつく教室の外、廊下の方からバタバタという足音とともに灼ちゃんが飛び込んできた。

「宥さん!すぐ病院に向かってください、玄が!」

え?なに?黒?

ようやく事態を理解したのは、混乱する頭のまま灼ちゃんに引きずり込まれたタクシーの中でのことだった。



玄ちゃんはその時、体育の授業でグラウンドをジョギングしていたそうだ。

玄ちゃんの前を走っていた灼ちゃんが、急に苦しそうにして速度を落とした私の妹に気づいて走り寄った途端、激しく咳き込んで、吐血し、倒れた。

いまだランプの消えない集中治療室の前で、お父さんと私に灼ちゃんが泣くのを我慢しながら教えてくれた内容は、大体そんなことだったと思う。

激しい咳き、血を吐く。

全くおんなじ症状を、私は知っている



・・・・お母さん。



「えへへ、この度はお騒がせをして大変失礼をば!」

病院のベッドの上で、いつもと変わらぬ笑顔の玄ちゃんは言った。

血を吐いて倒れたにも関わらずおどけて見せる妹の態度は、しかしそれほど意外なものでもなかった。

そういう子なのだ。

自分のことで人が落ち込むのを嫌がる。例え自分がどんなに苦しくても。

「玄ちゃん・・」

思わず抱きしめると「わわっ」と驚いた声がしたけど

すぐに頭をなでてくれた。

見えないけど、玄ちゃんすごく優しい表情をしているんだろう。



集中治療室のランプが消えると、お医者さんが出てきて妹のとりあえずの無事が伝えられた。

私はお父さんと泣いて喜んだ。

しかし、その後部屋を移して伝えられた内容は受け入れがたいものだった。


母と同じ病気・・・余命、2カ月。

えらく急だな
たしかに玄って薄命なイメージあるよね

ドキドキする
続き期待


突然の死の宣告を受けたその日、どうやって松実館に帰りついたのかは覚えていない。

覚えているのは、父が母の位牌の前で土下座して泣いていたこと。

父をなだめた後、今度は2人で思い切り泣きはらしたこと。

玄ちゃんに、このことを伝えるかどうか決めたことくらいかな。

お父さんは最後まで難色を示していたけど、強く願って、私の口から伝えることにした。

せめて、この役目を果たしてつらさを共有したいから




玄ちゃんの指が私の髪の間を流れていく。優しく優しく、繰り返し繰り返し。

玄ちゃんの肩に押しつけた鼻から、彼女の匂いが入ってきて、私を満たす。

あったかい陽だまりみたいな香りだ。

この香りが、ぬくもりが、永遠に失われるなんて。

そう思うと悔しくて、悲しくて、涙が出そうになる。

でも、我慢。泣くわけにはいかない。

泣く権利は玄ちゃんのものだから。

これから何も知らない妹に真実を告げ、どん底に突き落とす私のものではない。


唇をきゅっと結んで、覚悟を決める。

「玄ちゃん」

起き上って姿勢を正し、妹の目を正面から見据える。

「なーに?お姉ちゃん」

玄ちゃんは穏やかな笑顔を崩さない。

「あ、あのね、大事な話があるの」

ニコニコ笑って「うん」という。

「あのね、あの・・・・」

言葉が出てこない。

玄ちゃんは微笑みながら私の言葉を待っている。

きつく結んでいたはずの唇がぷるぷる震えて、発声の邪魔をする。

「くろ・・ちゃ、は」

くやしい、情けない、どうしても伝えなきゃいけないのになんでなの。なんでなんでなんで


「お姉ちゃん」

玄ちゃんがくすっと息を漏らして笑った。


「・・・あーあ、長生きしようと思ってたのになぁ。でもお母さんと同じ病気なら仕方ないかぁ」

え?玄ちゃん、今なんて?

「やりたいことも沢山あるのに!来年のインハイでリベンジして、大学行って、松実館を大きくして」

なんで、玄ちゃん・・

「あ、お姉ちゃんと世界中のおもちを巡りに行く計画もおじゃんかぁ、あーあ」


「玄ちゃん、なんで」どうして知っているの?

玄ちゃんは笑って、でも少し寂しそうに言う。「わかるよぉ。症状が天国に行く直前のお母さんと一緒だもん。かなり悪いんでしょ?」

言いたくない。言いたくないけど

「うん・・あと・・・2か月って」

「!・・そっか、思ってたより早い、ね。」

「ごめんね」無力な姉で

「ううん、お姉ちゃんは何も悪くないよ」

「でも、ごめんねぇ玄ちゃん。ごめんなさい、玄ちゃんごめんなさい」

ごめんごめんと謝りながら、ボロボロ零れる自分勝手な私の涙に嫌気がさす。

それなのに玄ちゃんはこんな時まで、こんな私をふんわり抱き寄せてギュッとしてくれるのだった。



その2日後、玄ちゃんは退院して松実館に帰ってきた。

お母さんがそうだったように、玄ちゃんもまた、限界までこの家で過ごすことを希望したんだ。

いつ倒れるかわからないから学校にはもう通えないけど

最後のお別れに、明日一度だけ登校することになった。

つづく

おつ


死ぬなクロチャー



引き込まれる文章やな
続き期待

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