梓「嘘つきは恋のはじまり」(96)

  

〈中野side〉


人は嘘をつく生き物です。
最初に嘘をついたのはいつだったでしょうか。
歯医者さんが怖くて「歯なんて痛くない」と言った時でしょうか。
それとも、除夜の鐘を聴いてみたくて、「まだ眠くない」と強がった時でしょうか。
幼い頃から大人になっても、小さな嘘を積み重ねて生きていくのが人間というものです。

こんな話をするのには理由があります。
今日、部室にいくと唯先輩がやる気を出していたのです。
なんでも昨日家でとても上手く弾けたらしく、それを私達に聴いて欲しいということです。
律先輩も唯先輩につられてか、やたらやる気を出してくれたみたいで、今日は存分に練習できそうです。

でも困ったこともあります。
今日は朝から風邪気味で、熱っぽいんです。
でも、それを口にするのは野暮というもの。
やる気になっている唯先輩に申し訳ないですし、私自身練習したいという気持ちもあります。
だから、澪先輩が私の顔を見て、「ちょっと赤いけど大丈夫か」と訊いてくれたとき、
「唯先輩が練習する気になってくれて、感慨深くて……」と小さな嘘をつきました。

練習はかなり長い間続きました。
かなりきつかったですが、ここまで熱の入った練習は久しぶりでした。
体調が悪かったからこそ、頭を空っぽにして演奏に集中できたのかな?
私のギターもいつも以上に走っていた気がします。

楽しい練習も終わり、帰り道。私はなんとか平常を装っていました。
まず律先輩と澪先輩が離脱。
それから唯先輩とムギ先輩と別れる場所につきました。
お別れの挨拶をしようとしたとき、ムギ先輩が言いました。

「私、ちょっとこっちに用事があるんだ。
 唯ちゃんは先に帰ってくれる?」

唯先輩はちょっと寂しそうにムギ先輩を見た後、「バイバイ」と言って去っていきました。
ふたりきりになった後、ムギ先輩に「何の用事ですか?」と聞きました。
ムギ先輩は無言で私のおデコに手をあてました。

「やっぱり……大丈夫?」

キモい

先輩は心配そうに私の顔を覗き込みました。

「気がついてたんですか?」

「家まで送っていくわ」

家につくまで会話はありませんでした。
ひどく居心地が悪かったのを覚えています。
嘘を暴かれた後って、たいていこうです。
気まずくて、居た堪れない気持ちでいっぱいでした。
黙々と歩いて行くと、すぐに家に着きました。

「おうちの人はいるの?」

「……いないみたいです」

「そう。じゃあ、あがってもいいかしら」

「……はい」

私は自分の部屋までたどり着き、ベッドの上に倒れ込みました。
それから数時間の記憶が、私にはありません。

 

〈琴吹side〉


梓ちゃんの体調が良くないことは最初から分かっていました。
澪ちゃんに顔が赤いことを指摘されたとき、梓ちゃんは嘘をついた。
嘘をついた理由もすぐにわかった。唯ちゃんとりっちゃんがやる気を出していたからです。

嘘をあばこうかとも思いました。
でも、思いとどまりました。
張り切る唯ちゃん達を見る梓ちゃんが、あまりに嬉しそうに見えたから。
それに高校生にもなれば、自分の体調ぐらいわかっていると思ったからです。
ある意味私の予想どおり、梓ちゃんはベッドまで無事たどり着きました。

私は心のなかで「お疲れ様」と呟きました。
それから俯けに倒れている梓ちゃんを仰向けにしてあげました。

梓ちゃんの顔は真っ赤になっていて、顔や手から汗が滲んでいます。
制服の下に手をいれると、じんわりと湿った感触が伝わりました。

汗を放置して置くと、気化熱で体温を奪われてしまいます。
このままではいけないと思い、着替えさせてあげることにしました。

まず、押入れのなかから替えの服を探しました。
無事に寝具と下着を見つけた私は、梓ちゃんを抱きかかえるように持ち上げました。
梓ちゃんの体は思っていた以上に軽くて、無理な体勢でも制服とシャツを脱がすことができました。
パンツを脱がすのはやめておきました。
合宿のお風呂で見たことはありましたが、勝手に脱がすのは申し訳ない気がしたからです。

パンツだけになった梓ちゃんの体を優しくタオルで拭ってあげました。
それからサッと下着と寝具を着せ、布団をかけました。
濡れタオルを頭の上にのせて、私の仕事はお仕舞いです。

梓ちゃんの顔は相変わらず赤くて、息は少し荒かったとおもいます。
この時になって、私は少しだけ後悔していました。
嘘をあばいていれば、こうはなかったかったはずなのに、って。

起きるまで傍にいようかと思っていましたが、梓ちゃんの御母様が帰ってきました。
私は事情を話して、家に帰ることにしました。

梓ちゃんから電話がかかってきたのは、その夜のことです。

期待

ほう

『もしもし』

「あずさちゃん?」

『はい。今日はありがとうございました』

「体の方はどう?」

『だいぶよくなりました。ただ、大事をとって明日はお休みさせてもらおうと…』

「そう。それがいいわ」

『ひとつお願いがあるんです』

「お願い?」

『はい。体調が悪かったことを隠してたの、他の先輩たちには言わないで欲しいんです』

「言わなくても澪ちゃんあたりにはバレちゃうかもしれないわ」

『それは仕方ないです』

「誰にも言わなければいいのね」

『約束…してくれますか』

「ええ、約束」

『ありがとうございます。そして、おやすみなさい、ムギ先輩』

「どういたしまして。ぐっすりおやすみなさい、梓ちゃん」

頑張れ

支援

待ってる

次の日、電話で聞いたとおり、梓ちゃんは休みました。
梓ちゃんが休みだと知って、唯ちゃんは明らかにテンションを落としましたが、お菓子を食べると元気になりました。
それから唯ちゃんは、このお菓子をもって梓ちゃんのお見舞いに行こうと提案しました。

私達4人はお菓子を持って梓ちゃんの家に行きました。
梓ちゃんはだいぶ元気になってくれたようで、私のお菓子を美味しそうに食べてくれました。
しばらく5人でお話をして、何事もなかったように帰宅。
昨日の話はひとつも出ませんでした。


あの日のことは私と梓ちゃんだけの秘密。
不謹慎かもしれませんが、それが少しだけ嬉しかったんです。
しかも、嬉しいことはこれだけでは終わらなかったんです。

 

〈中野side〉


嘘をついてから3日間。ムギ先輩のことばかり考えていた気がします。
裸を見られたのはたいしたことじゃなかったはずです。
合宿のときだって見られていますし、見ています。

それでも、弱っているところを一方的に見られたというのは、少しわけが違うのでしょうか。
それとも嘘をあばかれて、弱みを握られてしまったからでしょうか。
お見舞いにきてくれたムギ先輩と、私は目を合わせることができませんでした。

先輩たちがお見舞いに来てくれた次の日から、私は学校に戻りました。
普通に純や憂とおしゃべりして、先輩たちと部室でおしゃべりする日々。
ただ、ムギ先輩とは相変わらず目を合わせることができませんでした。

そんな私のことをムギ先輩は気づいていたようです。
しかし、そのことをムギ先輩が気にしている様子はありませんでした。
鋭いムギ先輩のことですから、私の気まずさを察してくれていたのでしょう。

ムギ先輩は私に何も求めませんでした。
いつものように紅茶をいれ、優しく話かけてくれました。

頭ではそれが嬉しかったですが、心では少し嫌でした。
一方的に何かをしてもらっているだけというのは、居心地が悪いんです。

だから私はムギ先輩に何かお礼をしたいと考えました。
でもムギ先輩がよろこんでくれることってなんでしょうか。

私はムギ先輩の笑顔を思い浮かべました。

ムギ先輩は何よりお茶をいれているとき輝いています。
誰かに奉仕するのが好きなんでしょう。
しかし、私がお茶を入れてもらったのではお礼になりません。

ムギ先輩にはたくさん夢があるらしいです。
焼きそばを食べにいくこと、アルバイトをすること。
他にもいくつもあるみたいです。
そのうち幾つかは叶ったみたいですが、幾つかは叶っていないみたいです。
単純に考えれば、その1つを叶えるのが手っ取り早い。

けれども、私はムギ先輩の夢をあまりよく知りません。

続きに期待

ニヤニヤする

支援

ムギ先輩。
いつも微笑みかけてくれる優しい先輩。
軽音部のお茶係で、いつも楽しそうにしてる人。
おっとりしていて、それでいてちょっぴり鋭い人。

私はムギ先輩のことが好きです。
恋とかそういう意味ではなく、人として好きです。

だけども私は全然知りません。

ムギ先輩の家族のこと。
普段していること。
好きな食べ物のこと。
嫌いなこと。

色々考えた結果、私はムギ先輩とお出かけすることにしました。
お礼のために。
そして、ムギ先輩をもっと知るために。

電話で誘うと、ムギ先輩は二つ返事で承諾してくれました。

ムギ先輩と二人だけで遊びに行くのはこれが初めてです。
明日着ていく服のことを考えながら、私はベッドに潜り込みました。

淡路震災お祝いします
息を吸うように嘘を吐くジャップ

>>26
今一度いう
死ね
氏ねじゃなくて死ね
あと嘘吐くののお前等だから

あずにゃん明日が楽しみすぎて眠れなかったりして

>>27

俺らまで巻き込むな

続きを待ってる

>>27ネトウヨうんこ食って脱糞してうんこ食って脱糞wwwwwwwwwwwwwwwwww

   

〈琴吹side〉


梓ちゃんから電話がかかってきた。
休日にお出かけのお誘い。
はっきり言って、このお誘いはとても嬉しい。
高校に入って唯ちゃん達と仲良くなったけど、二人で出かける機会はあまりない。
もちろんみんなで出かけるのも楽しいけど、ふたりきりというのはまた違うと思う。

ふたりきりなら、みんなの違う顔を見ることができると思う。
私だって、みんなと一緒にいるときと、菫とふたりきりでいるときでは全然違う。
きっと他のみんなも、ふたりきりのときにしか見せない顔があるはずだ。
私はそれを見てみたいと思っていました。

だから梓ちゃんからのお誘いは素直に嬉しい。
でも、喜んでばかりもいられません。

梓ちゃんがなぜ私を誘ってくれたのか。
梓ちゃんに嫌われてるわけではないけれど、休日に遊びに誘ってくれるほど親しい間柄でもありません。
あの嘘に負い目を感じている梓ちゃんが、謝罪のため、そしてお礼のために誘ってくれたのでしょう。

きっと梓ちゃんにとって、今回のことはあまり楽しくないはず。
それでも、私との関係を元に戻したいと思って誘ってくれたのです。

少しだけ気を引き締めます。
できるだけ、梓ちゃんのことをわかってあげよう。
できることなら、楽しい休日にできるように頑張ろう。
そう決意して、ベッドに潜り込んだんです。

当日。
天気予報では晴れでした。
でも私と梓ちゃんが駅前に集まってすぐに、雨が降りだしました。
私たちは急いでコンビニに駆け込み、ビニール傘を手に取りました。

値段は500円。
私はまだ金銭感覚が身についていないので、安いと思ってしまいました。
でも梓ちゃんはその価格設定に文句を言いました。
そして「私が買いますから、ムギ先輩は買わなくていいです」と言ってくれたんです。

生憎の雨ではなく、相合傘の雨。
実は、相合傘をするのは私の夢でした。
菫から読ませてもらった漫画で見て「いいなぁ」と思っていたんです。

だけど、相合傘をするのはこれが初めてではありません。
学校の帰り道、傘を忘れた唯ちゃんをいれてあげたことがあったから。

安っぽいビニール傘。
梓ちゃんの手はちょっと震えています。
二人が濡れないように、傘を懸命にコントロールしているのが見て取れます。

唯ちゃんの時とは違う、ちょっとぎこちない感じ。
あの時のような立派な傘ではなく、外が見えるビニールの傘。
その事実に、私はなんだか無性にわくわくしちゃったんです。

きっと梓ちゃんはいたたまれない気持ちだったと思います。
そんな時にわくわくしていた私は先輩失格なのかもしれません。

更新乙です
ビニール傘でワクワクしちゃうムギちゃんかわいいなw

乙!

いいぞいいぞ

続きを楽しみに待ってます

 

〈中野side〉


傘を思うところに持っていくのがこんなに難しいなんて知りませんでした。
できるだけ濡れないように右に左に微調整しますが、二人共傘に収まるようにするのは難しくて。
歩幅も少しだけ違うから、左右だけじゃなく、前後にも気を遣わなくてはいけなくて。

ムギ先輩だけ雨にあたらないようにしようかとも思いました。
けど、そんなことをしても喜んでくれる人ではありません。

私はムギ先輩の心の内を考えるのが億劫でした。
傘を買わないように言ったのは私です。
だから、今こんなふうに二人が濡れているのは私のせいです。

でも、そういうわけにもいきません。
今日はムギ先輩との関係修復のためにきたのだから。
私は覚悟を決めて、おそるおそる先輩の顔を見ました。

ムギ先輩はほんのすこしだけ俯いていました。
視線を斜めに落として、なんだか愛おしそうに。
地面を楽しそうに見つめながら、軽快に歩いていたんです。

笑っているのでも喜んでいるのでもない、その顔の意味するところはきっと「期待」。
今日のお出かけをよほど楽しみにしてくれていたのでしょう。

私が見ていることに気づいたムギ先輩がこっちを向きました。
傘を差したまま、目があって、無言のまま。
そのまま、3分ぐらい歩きました。

いつの間にか、二人の歩幅は綺麗に重なっていました。
肩は相変わらず濡れていましたが、さっきまでの嫌な感じはもうありませんでした。

私はいつもムギ先輩がするように、微笑んでみました。
すると先輩も真似して微笑んでくれました。

歩いて10分ほどで目的の場所につきました。
私達がきたのは東急ハンズ。6階建てで、日用雑貨の類なら何でも揃うお店です。

先輩は身の回りにあるちょっと変わったものが好き。
だからハンズです。

思った通り先輩は目を輝かせてくれました。

1回の特設手帳コーナーから真剣に見入っています。

ムギ先輩はゆるキャラが表紙の手帳を指さして、「このキャラクターは何かな?」と訊きました。
私はケータイで素早く検索してあげました。
キャラクターの来歴を話してあげると、先輩はふむふむと真剣に聞いてくれました。
それから次の手帳を見て……。

どれも熱心に見ていましたが、先輩が特に注目したのは黒柴の手帳でした。
表紙で2匹の黒柴がじゃれあっていて、365ページにそれぞれ違う黒柴の写真が白黒で印刷されています。
値段は少し高めの3000円。

手帳をひととおり見てから2階の食器雑貨コーナーへ。
白鳥を象った銀のフォークや象がデザインされた木製のスプーンなどを先輩は興味深そうに見ていました。

3階、4階、5階も同じように時間をかけてまわりました。
ムギ先輩がはしゃいでいるだけなら退屈だったかもしれません。
でも、先輩は何かと私に質問してくれたので、私は色々教えてあげることができました。
このやりとりを通じて何か信頼関係のようなものが芽生えている気がして、私は嬉しかった。

5階でカレンダーをみているとき、私は嘘をつきました。
「お手洗いに行くから、ここで見ていてほしい」と伝えて、お手洗いには行かずそのまま1階へ降りました。
ムギ先輩へのプレゼントとして、あの黒柴の手帳を買うためです。

5階へ戻るとムギ先輩はレジに並んでいました。
手には和紙と細いリボンを持っていました。
何に使うのか聞いてみると、「押し花で栞を作ろうと思って」と教えてくれました。

6階を制覇する頃にはすっかり夜になっていました。
当初はハンズ以外もまわる予定だったのですが、雨だったのでハンズ一本に絞ったんです。
時間が余ることを危惧していた私としては、嬉しい誤算でした。

ハンズから出ると、もう真っ暗でしたが、雨もやんでいました。
私は先輩を連れて夜ご飯を食べに、ネットで調べたイタリアンレストランへ。

オーダーを済ませ、料理が出てくるまでの間に、私は黒柴の手帳をムギ先輩に渡すことにしました。

「あの、これを受け取って欲しいんです」

「あら、これは?」

ハンズの袋に入ったそれを見て、ムギ先輩は不思議そうな顔をしています。
今更になって、ムギ先輩にまた嘘をついてしまったことを後悔しました。

「ごめんなさい。さっきトイレに行くって嘘をついて買ったんです」

でもムギ先輩は笑ってくれました。

「そういう嘘なら、私は好きよ」

「……開けてもらえますか?」

「うん‥…あら、これ……」

「はい。ムギ先輩が見てたあの手帳です」

「手帳……ありがとう梓ちゃん」

口で「ありがとう」と言ったムギ先輩。
でもどこか違和感がありました。
なんだか嬉しそうな、そうでないような……。

「あの、ムギ先輩。何か気に入りませんでしたか」

「どうしてそう思うの?」

「ちょっと言い淀んでいたように見えたので」

「……梓ちゃんに嘘はつけないね」

「えっと……」

「実は来年の手帳はもう買ってあるの」

「そうでしたか……」

「あっ、そうだ! いいこと思いついちゃった!」

「なんですか?」

「手帳交換しない? 
 私が使う予定だった手帳をあずさちゃんが使うの。
 ……もし良かったらでいいんだけど」

「えっと……いいんですか?」

「もちろん!」

「それじゃあ、お願いします」

「なら、明後日学校にもっていくから」

こうして私とムギ先輩は手帳を交換することになりました。

ご飯を食べ終わった後、ムギ先輩と別れました。
この日のお出かけはこれで終わりです。


ハンズって無駄に高級志向の物とかたまにあるよね
そっちの方がムギには馴染みの物だったりして

いいぞもっと

  

〈琴吹side〉

 
ハンズと言ったっけ。
あんなお店があるなんて私は知りませんでした。

私は知っていました。
この街にはハンズのように、宝石箱みたいな場所がたくさんあるって。
でも、世界をどんどん広げようとは思わなかった。

だって一人で広げるより、誰かと広げたほうがずっと楽しいと知っていただから。

今回の梓ちゃんとのお出かけは、最初からとても楽しかった。
二人で一本の傘を使って歩いたこと。
ハンズを一緒に見て回ったこと。
おいしい夜ご飯を食べて、手帳までもらってしまったこと。

ハンズで少しだけ心配だったのは、梓ちゃんが楽しめているかということでした。
私が手帳を見ている時、梓ちゃんは一歩下がってそれを見ていました。

私は色んな手帳を見れて楽しかったけど、
梓ちゃんは私なんか見て楽しかったわけがない。

でも、ハンズにいる間、私はそのことを考えないことにしました。
今回は梓ちゃんが私のために計画してくれたお出かけだから。
精一杯楽しむことこそ、私のやるべきことだと思ったから。

ただ、そんな心配は杞憂に終わりました。
最初こそ一歩下がって見ていた梓ちゃんでしたが、
四階の文房具コーナーに着くことには、私と一緒に熱心に品定めを楽しんでいました。

さっきまで緊張していたのか、遠慮していたのか、単純に興味の持てる商品があったのか。
そのどれかは分かりませんが、こうやって友達と一緒に買物するのは私の夢だったので、とても嬉しかった。

それからディナー。

ここで梓ちゃんからサプライズがありました。
手帳をくれたんです。
黒柴が印刷された、あのかわいらしい手帳。

ただ、困ったことがありました。
私は既に来年用の手帳を持っていたんです。

毎年、私はおじいさまから頂いたカタログから手帳を頼んでいるんです。

そこで閃きました。
手帳を交換しようって。
梓ちゃんはこの提案を快く受け入れてくれました。

もちろん梓ちゃんと食べるイタリアンはとても美味しくて、
最初から最後まで、とっても最高に素敵なお出かけになったんです。

月曜日。
私は梓ちゃんに手帳を渡しました。
手作りの栞を挟んで。

以前作ったスイートピーの押し花を古紙に糊付けして、小さなリボンをつけただけの簡単な栞。
お出かけのお礼として、私にできる精一杯としての栞。

梓ちゃんは栞と手帳。その両方をとても喜んでくれました。

唯ちゃんが栞に興味を持ちましたが、
梓ちゃんは「あげませんよ」と言いました。

私はそのことをとても嬉しく思ってしまったんです。

いいぞぉ

盛り上がってまいりましたぁ

今回の投下でおしまい
では、

 

〈中野side〉

 
あのお出かけの後、特別何かが変わったわけではありません。
強いていうなら、元通りに戻ったというところでしょうか。
私とムギ先輩の距離はこの前までのぎこちないものではなく、ただの仲の良い先輩後輩に戻りました。

それから月日は流れ、12月。
私は軽音部での日々を楽しんでいました。

以前より唯先輩と律先輩も積極的に練習してくれるようになり、
部活は楽しいだけではなく、やり甲斐のあるものに変わっていきました。

唯先輩が変わったことはもうひとつあります。
練習を始める少し前に、唯先輩はかじかんだ手をムギ先輩に差し出します。
するとムギ先輩は両手でその手を温めてあげます。

ぬくぬくと気持ちよさそうにする唯先輩。
最初は気にならなかったこの習慣ですが、
いつも気持ちよさそうにしちえる唯先輩を見ているうちに、気になって仕方なくなりました。

あの右手と左手に包まれたら、どれくらい暖かいんでしょうか?

そんな疑問を持っても、実際にムギ先輩に頼む勇気はないですし、
2人の邪魔をするのも悪い気がします。
だから私は、ムギ先輩がいれてくれた紅茶のカップを両手で包み込み、かじかんだ手を温めました。

12月も過ぎ、1月。
ムギ先輩から貰った手帳を本格的に使いはじめました。
赤い表紙の立派な手帳。

純が手帳を見て「高そうな手帳だね」って言ってました。
実際高価なものだと思います。
私には少し不釣り合いなくらい。

使ってみると髪質からして普通の手帳とは全然違っていました。
ボールペンが滑るように走ってくれるんです。

手帳に書いていったのは、純や憂と遊びに行く約束、テストの予定、親との約束。

ある日、部活で手帳を出す機会がありました。
冬休みにみんなで何度か集まらないかという話。
私が赤い手帳を出すと、ムギ先輩はそれに気づいて、こっちを見て笑いました。
それから、私があげた黒柴の手帳を取り出しました。

ムギ先輩とはずっと部活で一緒です。
笑顔だっていつも見ています。

でも、ストレートに私にだけ向けられた笑顔は、あのお出かけ以来で。
私の顔はみるみる真っ赤になってしまったんです。

赤くなったとことを律先輩にからかわれましたが、その場はやり過ごしました。

その日、家に帰ってからムギ先輩について考えました。

確証は持てませんが、私がムギ先輩に感じているこの気持は恋ではないと思います。
私自身、恋なんてしたことありませんが、
恋ってもっと恋焦がれて相手のこと意外考えられなくなるものだと思います。

私の中でムギ先輩は特別になりつつありますが、
ご飯の時もお風呂の時もムギ先輩を考えてる、なんてことはありません。

だからこれはきっと恋じゃない。
頭のなかでそう整理しました。

そして2月が終わり、3月。
3年生の卒業式も終わり、私も数週間後には2年生になります。

ある部活のない日。
私は部室に行きました。

ちょっと感傷に浸りたい気分だったんです。
あと1年でこの日々も終わってしまうんだって。

楽しい時間も、後1年しかないんだって。

部室には先客がいました。
ムギ先輩です。

先輩は私があげた黒柴の手帳とにらめっこしていました。
なぜ部室にいたのか聞いてみると、先輩も後1年でこの日々が終わってしまうと思うと、
部室に行きたくなってしまったそうです。

ムギ先輩も同じことを考えてるんだってわかって、私はなんだか安心しました。

先輩はそれから「やることがなかったから、バイトのシフトを考えてたんだ」と教えてくれました。
ムギ先輩の手帳を覗いてみると、びっしりと予定で埋まっています。
結婚式に出席とか、パーティーに出席とか、きっと家の用事なんでしょう。
家の用事がない日は、バイトが沢山。

私は自分の手帳を見せて「先輩は大変ですね」っていいました。
「遊びに行く暇もないですね」って。
「そうだね。また遊びにいきたいのにね」とムギ先輩は少し淋しげに笑いました。

ちょっと疲れた感じの寂しそうな笑顔。
先輩のこんな笑顔を見たのははじめてです。
ムギ先輩といえば、大人っぽく微笑んでたり、子供っぽく笑ってるイメージがありました。

なんとなく、なんとなくですが、
こんなムギ先輩を見れるのは自分だけのような気がしました。

だから私は、赤い手帳を差し出しました。

「……なぁに?」

「あの……私の予定のない日で空いてる日はないですか?」

「どうしてそんなこと聞くの?」

「空いてる日があったら、遊びにいきませんか?」

「いいの?」

「はい」

「と……それじゃあ……」

ムギ先輩は少し考えるそぶりをしました。
それから、

「直接書いちゃっていいかな?」

「はい」

「じゃあ、ここに……と」

先輩は素早く書いて、手帳を閉じて、私に返しました。

「ムギ先輩?」

「私、もう帰るから」

なんだったんでしょうか?
先輩は逃げるように帰ってしまいました。
手帳を開くと……ありました。

4月1日のところにデート。
え? デート?

私はその日からムギ先輩のことしか考えられなくなりました。
ご飯を食べていても、お風呂に入っていても、
先輩のことしか考えられなくなってしまったんです。

 

〈琴吹side〉

 
お出かけしたあの日から、梓ちゃんのことが気になって仕方ない。

以前と変わらないように私に接してくれる梓ちゃん。
多分、無理とかはしていなくて、あれが梓ちゃんの自然体なんだと思う。
梓ちゃんの中で、もう貸し借りはないということなんだろう。
普通のちょっと仲の良い先輩後輩。
それが梓ちゃんの決めたちょうどいい距離なんだ。

でも、私には未練があった。
梓ちゃんともっと仲良くなりたい。
自然にお出かけできる関係になりたい。
もっと一緒に遊びたい。

けど、私と梓ちゃんは先輩と後輩だ。
私が何かを頼めば、梓ちゃんは頷いてくれるかもしれないけど、
そこには年上と年下という力関係が働いてしまう。

梓ちゃんだって同じ学年の憂ちゃんや純ちゃんと遊ぶほうが気が楽だろう。
だから、私は良い先輩になろうと決めたんです。

11月になってから、唯ちゃんと2人でお出かけする機会があった。

私と唯ちゃんは波長が合っていると思う。
一緒にいると安心できる。
自分の思ったとおりのことをしても受け入れてくれる。
それは唯ちゃんも同じみたいで、やっぱり波長が合っている。

冬になってから、唯ちゃんは練習の前、
かじかんだ手を私に温めて欲しいと頼んでくれるようになった。

私はそのお願いが嬉しかった。
ひんやりとした手を暖めると、唯ちゃんの心も元気になっていくのがわかる。
私は、それがうれしい。

ただ、気になることがある。
梓ちゃんの視線をたまに感じるのだ。

いつも梓ちゃんに抱きついている唯ちゃんが、私にくっついているから面白くないのか。
それとも単純に混ざりたいのか。
私にはわからない。

わからないけど、私は梓ちゃんの手を温めてあげたいと思った。
先輩想いの後輩の手を、私の手で温めたいと思ってしまった。

いつの間にか、梓ちゃんは私にとって特別な存在になっていたみたいです。

この気持ちが恋かはわかりません。

唯ちゃんの手には触れられるのに、梓ちゃんの手には触れられない。
唯ちゃんとはお出かけできるのに、梓ちゃんとはお出かけできない。

近寄れないか欲しくなる。
そういう「ないものねだり」に近い気持ちかもしれません。

ただ、それでも、あの視線を感じるたび、私の頭は梓ちゃんのことで埋め尽くされてしまうんです。
もう一度、あの日みたいに一緒にいられたらいいのにな……。

幸いなことにチャンスは巡ってきました。

先輩たちの卒業式も終わった頃。
部室で予定を立てていると、梓ちゃんがきてくれました。
そして、お出かけの約束をしました。

私は大胆にも梓ちゃんの手帳に「デート」なんて書いてしまったんです。
4月1日のところに書いたから、冗談で済ませてもらえるとは思います。

でも、梓ちゃんはきっと戸惑ったことでしょう。
実のところ、自分自身、どうしてデートなんて書いたのか、はっきりした理由はわかりません。

でも、たぶん……梓ちゃんに私を見て欲しかったんだと思います。
好きな子に意地悪せずにはいられない子供みたいに、
私は梓ちゃんにかまって欲しかったんです。

 

〈中野side〉

 
ムギ先輩は女の子同士が仲良くしているところを見るのが好きです。
そんなムギ先輩ですが、ただ遊びに行くことをデートとはいいません。

デートと言えば、キスのイメージがあります。
ドラマや映画の見過ぎでしょうか?

けど、私とムギ先輩のキスというと、モヤがかかってしまい、うまく想像できません。

そもそもムギ先輩が私を好きになったとは、とても思えません。
感傷的になっていたとき、空気を変えたくて、デートなんて書いたんだと思います。
4月1日のところに書いたから、あとから冗談にできるからって。

それでも私は、そうでない可能性を考えずにはいられません。

たとえばもし、本当にムギ先輩が私のことを好きだったら、
私はどうすればいいのでしょう?

告白されたら?

いきなり唇をうばわれたら?

考えても考えても、考えはまとまりません。

はっきりわかってることもあります。
先輩の泣いてる顔は見たくないと思います。
それに付き合ったとして、一緒にいるのは楽しいと思います。

けど、そんな消極的な理由で付き合うことはできません。
先輩に失礼ですし、きっと長続きはしません。

考えても仕方ないのに、私は考えることをやめられません。
本当に先輩のことで頭がいっぱいになってしまったんです。

デートの前の夜になってもそれは同じで、私は全然眠れませんでした。

ふと、自分の右手を見つめました。
掌を見つめているうちに、あの時の気持ちを思い出しました。
あの2つの手で、この手を温めてもらったら、どんな感じなんだろうって。

私はその状況を鮮明に想像することができました。
少し赤くなって、俯き加減で手を握るムギ先輩。
ムギ先輩の手はほんのり湿っていて、私の手はすぐに温かくなる。
「もういいかな」と言うムギ先輩に、私は左手を差し出す。
今度は左手を大事そうに包み込むムギ先輩。
左手が暖かくなっていく中、私の意識は微睡みの中に消えました。

 

〈琴吹side〉

 
朝9時の待ち合わせでしたが、梓ちゃんが来たのは10時でした。
何度も頭を下げる梓ちゃんに、私は言いました。
「待ってないって言うのも夢だったから」って。
すると梓ちゃんはクスっと笑って「待った? なんて聞いてないです」と言いました。

今日は私がエスコートする番です。
本当はテーマパークに遊びにいくつもりでしたが、予定変更して大きな公園に行くことにしました。

梓ちゃんの顔を見て、私はすぐにわかりました。
今日は寝不足なんだって。
たぶん私が「デート」だなんて書いたから、色々考えてしまったのでしょう。
嘘が許される日だからいいなんて私は考えてしまいましたが、
梓ちゃんは真剣に受け止めてしまったのでしょう。

だから、せめて梓ちゃんにゆっくりしてもらいたいと思い、公園に目的地を変えたんです。

私はちょうどいいベンチを見つけると、梓ちゃんにベンチで待ってもらって、クレープを買って来ました。
梓ちゃんはやっぱり眠たそうです。
クレープを食べてゆっくりしていると、そのまま眠ってしまいました。

すーすーと寝息をたてる梓ちゃん。
私が嘘の日に書いたイタズラが、梓ちゃんを苦しめてしまったのかもしれない。
そう思うと少し心苦しい。
でも、それ以上に嬉しく思ってしまう。
梓ちゃんが私のことで、本気で悩んでくれたんだって。

しばらくすると梓ちゃんが倒れてきました。
私は梓ちゃんのほうに身体を寄せて、支えてあげた。
肩がぴったりくっついて、腰のあたりも少し触れています。

触れている部分から、梓ちゃんの体温が伝わってきて、
とても愛おしい気持ちになる。

ふと、梓ちゃんの右手が目に入りました。
無造作にベンチに置かれた、梓ちゃんの右手。
その右手に触れてみたい、そう思った。

なんで触れたいと思ったのか考えているうちに、分かってしまった。

私は梓ちゃんに恋してるんだって。
もっとこの後輩に触れていたいんだって。

気づいてしまうと、もう止まらなかった。

顔が急に熱くなって、心臓の鼓動がどんどん高まっていく。
鼓動が肩越しに梓ちゃんに伝わらないか心配になる。

熱くなった頭で私は必死に考える。
これからどうすればいいんだろう。

このまま帰ってしまうことだって考えました。
照れくさくて、まともに遊びに行けないと思ったから。
もちろん考えなおしました。
いくらなんでも梓ちゃんに失礼だから。

この気持をストレートに伝えることも考えました。
でも、それは梓ちゃんにとってどうなんでしょうか。
梓ちゃんは先輩後輩の距離を選んだんです。
もし私が告白したら、この距離は永遠に失われてしまうかもしれません。

それでも、左肩から伝わる熱が愛しすぎて、気持ちを隠し通せそうになかった。

時計を見ると11時30分。
エイプリルフールは4月1日の午前中だけだと聞いたことがあります。

私は覚悟を決めて、梓ちゃんの肩を優しくさすりました。

私の嘘を聞いてもらうために。

「……ムギ先輩?」

「起きてくれた?」

「ごめんなさい……私寝ちゃって……」

「いいのよ。いい天気だもの」

「はい。暖かくて、いい気持ちです」

「ね、梓ちゃん、私ね」

「……?」

「梓ちゃんのこと、なんとも思ってないんだ」

「え……」

「あ、うそうそ。可愛い後輩だとは思ってるから」

「……」

「梓ちゃん?」

「今、何時ですか?」

「11時43分」

梓ちゃんの嘘からはじまった恋。
私は私の嘘で終わらせることにしました。

頭を切り替えて、お昼御飯のことを考え始めたそのとき、
梓ちゃんの右手が、私の左手に重なったんです。

  

〈中野side〉

 
人は恋をする生き物です。
最初の恋はお母さんのおっぱいでした。
夢中でしゃぶりついていたのを今でも覚えています。
積み木やジグソーパズルに恋をした時期もあります。
ギターへの恋はまだまだ続いています。

食べ物、玩具、音楽、人間。
あらゆるものに恋をして、やがて忘れていくのが人間というものです。

私の目の前にはムギ先輩がいます。
先ほど先輩は私に告白しました。
4月1日に「梓ちゃんのこと、なんとも思ってないんだ」って。

なぜムギ先輩がこんな遠回りな告白をしたかはわかりません。

嘘をついてみたかったのか。
それとも直接言うのは怖かったのか。
理由はわかりませんが、間違いなく告白です。
自惚れではないと断言できます。

ふと、ムギ先輩の白い手が目に入りました。
その手は小さく震えています。

私はその左手に、自分の右手を重ねました。
先輩の鼓動が私に伝わってきます。
とても早くて熱い鼓動。
きっと私の熱と鼓動もムギ先輩に伝わっていることでしょう。

この熱が恋なのかわかりません。

最近の私はムギ先輩のことばかり考えています。
先輩のことをもっと知りたいと思います。
一緒にいたいとも思います。
でも、これが恋かはわかりません。

私は恋なんてしたことないですから。

きっと先輩も同じなんでしょう。
だからあんなへんてこな告白をしてしまったんだと思います。

時計を見ると、12時5分。
エイプリルフールはもう終わりました。

私は恋の味をまだ知らないけど、
どうせなら、この人で知りたいと思います。

だから、私は覚悟を決めて伝えます。
私のほんとの気持ち。




「ムギ先輩、私と恋、はじめませんか」




終劇ッッ!!

けいおんSS=旬の過ぎた芸人がいつまでも同じネタで芸を披露する

>>1乙!!

俺は好きだぞ


よくやった

いい話だった乙

気がついたら終わってた
面白かったよ

素晴らしい紬梓をありがとう!
乙乙乙乙乙!!!

ほう


これは良い紬梓

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom