クラスの変わり者が揉め事を起こして始まる一次創作 (81)

「あんたさぁ、ムカつくんだよね」

この多様化を肯定するご時世、クラスにひとりくらいおかしな生徒が混じっているのが普通になっているが、ご多分に漏れず、あたしのクラスにもおかしな生徒が存在している。

「聞いてんのかよ、田中ァ!」

田中、なんといっただろうか。あたしを含めてそいつの下の名前を知っているクラスメイトは少ない。というか誰もいないかもしれない。そのくらい地味で存在感のない生徒だ。

「ちょっとちょっと、朝からなにキレてんのさ? しかも相手は田中ってどゆこと?」

怒鳴り散らしているのは山田。山田とよくつるんでいる佐竹が事情を聞く。クラスメイトも聞き耳を立てて、この騒動の原因を探る。

「どうもこうもないっての。こいつ、裏でコソコソ高橋先輩と会っててさ。昨日キスしてるとこを見たんだよ。気持ちわりー」

衝撃的な事実にクラスがざわめく。高橋先輩ってのは下級生から絶大な人気を誇るイケメンな先輩だ。山田がその高橋先輩に惚れているというのは周知の事実で、会えばよくきゃあきゃあ言っていた。そんな山田がよりによって愛しの高橋先輩のキスシーンを目撃してしまった。これは絶対絶命、どうする田中。

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「マジ? 田中、それほんと?」
「……はぁー」

佐竹が事実確認すると田中はため息を吐いて辟易した様子でやれやれと首を振りながら。

「高橋先輩にも困るよね。僕は誰かに見られたら困るからやめてって言ったのにさ」
「っ!? てめっ……!」
「ちょ、ちょっと山田ストップストップ!」

殴りかかろうとする山田。それを止める佐竹。そんな2人を眺めながら、田中は煽る。

「高橋先輩さ、山田のことは眼中にないんだって。良かったじゃん早めに知れてさ。いつまでも告白しないで片想いしてんのは疲れるでしょ? むしろ感謝して欲しいくらいだよ」
「うっせぇ! この、男女!!」

男女。その響きにクラスがしんとなる。だんじょ、ではなく、おとこおんなという響き。
田中は変わった生徒だ。男子の制服を着ている女子。しかし、実際のところどうだろう。
女顔の本物の男子生徒かも。定かではない。

「高橋先輩はさ、どっちでもいいんだって」
「っ……きしょいんだよ!」
「うん。そうだね。だから振ってやったよ」
「は……?」

冷や水を浴びせられたように鎮まった山田に向かって、田中はこう吐き捨てた。

「どっちでもいいとかきしょいですねって」

意味がわからん。誰にも理解出来なかった。

「また僕のことを観察してたの?」

放課後、帰り支度をしていると田中にそう囁かれた。普段からお喋りをする間柄ではないけれど、揉め事があるといつも絡まれる。

「田中って山田が高橋先輩のこと好きって知ってたでしょ?」
「そりゃあ、あれだけ好き好きオーラ出してたらね。もちろん知っていたよ」
「あんたさ、いつか刺されるよ」
「一応キスも寸止めだったんだけど……」
「そんなの関係ない」

帰り道に率直な感想を述べると、田中はさも困ったように腕を組みつつ、提案してくる。

「明日からスカート穿いたほうがいい?」
「その辺、こだわりないんだっけ?」
「まあ、どっちでも。本来、今日みたいな諍いを減らすためにズボン穿いてるわけだし」

どうだか。結果的に拗れて悪化しているとしか思えない。素直に女生徒として登校していれば、反感を買うこともないだろうに。

「まあ、僕はかわいいから仕方ないね」
「その僕ってのやめな。きしょいから」
「でもこれが男連中には効くんだよね」

知らんがな。げんなりしていると、不意に。

「心配してくれて、ありがとう」

こいつは本当に。確かに田中は可愛かった。

「あの、高橋先輩。遅刻しちゃいますよ?」
「頼む、田中! もう一度だけ!」

翌朝。登校中にコンビニの裏から声がして覗いてみると、今度はあたしが田中のキスシーンを目撃しそうになった。

「……何やってんですか」
「うわ!? な、なんでもねーよ!」

思わず口を挟むと、高橋先輩はびっくりして立ち去った。まるで発情期の犬や猫だな。
今日はスカートを穿いている田中に訊ねる。

「先輩のこと振ったんじゃなかったの?」
「なんかしつこくてさ。今度はぶん殴る」
「強らなくていい。震えてんじゃん」
「だって、スカート……寒いから」

飄々としていてもわかる。怖かっただろう。

「女子の制服だからムラムラしたとか?」
「あーたしかに。やっぱ着替えてくるよ」

来た道を引き返す田中。久しぶりのスカート姿。田中はかわいい。高橋先輩が発情してしまうのも納得だ。眼福とばかりにその後ろ姿を目に焼き付けてから、登校した。

「今朝はありがとう」

遅刻してズボンを穿いた田中に感謝を告げられたので、あたしは尊大な態度で応じる。

「ん。以後、気をつけたまえ」
「有栖川って、カッコいいよね」
「まあな」
「苗字がね」
「羨ましいのか?」
「お嫁さんにして欲しいくらいには」

あたしの苗字はカッコいい。田中は可愛い。

「有栖川、一緒に帰ろう!」
「ん。よかろう」

あれ以来、田中との距離が縮まった。もともと人間観察するあたしから、田中は自分が客観的にどう見えているのかを聞き出すことはあったが、別に友達ではなかった。

「田中、お前は暖かそうだな」
「予備のスラックスがあるから有栖川も穿いて登校する?」
「あたしは生足に自信あるからいい」

現在繰り広げられているこの頭の悪い会話も以前とは距離感が縮まった証拠と言えよう。

「おそろがいいよ、ね? 穿いてきて」
「生足を隠すなんて人類の損失だ」
「誰も有栖川の生足なんて興味ないよ」
「なん……だと……?」

親しき中にも礼儀あり。というか傷ついた。

「田中も興味ないの?」
「へ? ぼ、僕はまあ……それなりに。えへ」

なんで焦る。なぜ照れる。あたしも照れる。

「や、休みの日とかなら……考えてもいい」
「マジで? いいの? 休日ズボンデート?」
「デ、デートじゃないし!」
「スカート禁止だからね! 絶対だよ!!」

なんだろうこれ。とにかく週末が楽しみだ。

「お、おまたせ……」
「田中、あんた遅すぎるって……え?」

休日デート当日。振り返るとそこには肩出しニットワンピースを着た美少女が佇んでおり、そんな童貞を殺すような服を着ているのが田中であると脳が認識した瞬間、あたしはスマホを取り出して激写した。

「うっわ! うっわぁー! えぐっ! えぐすぎる! なんなんその格好! 下手したら捕まるってか、通報するよ!? おまわりさーん!!」
「あ、有栖川、騒ぎすぎ。ほら早く行くよ」

自然に手を取って歩き出す。ドキドキする。

「あ、有栖川もその格好……カッコいいね」
「そ、そう?」

不意打ちで困った。オーダー通りにパンツルックで適当にジャケットを合わせただけだ。
髪をアップにしてるのが新鮮かもしれない。

「うん。苗字だけじゃなく、カッコいい」
「……アホか」

くそかわいいなもう。まずいよ落とされる。

「ていうか、あんた寒くないの?」
「寒いけど……こないだ、有栖川の生足論を聞いたからね。今日は痩せ我慢してみるよ」
「ふーん」

ニット自体はあったかいんだろうが、露出が多すぎる。映画とか飯を食ってる時は平気そうだけど、外を歩くには寒かろう。

「ほら、羽織って」
「いいの?」
「周囲の男どもにとって目に毒だからな」
「ありがとう」

ジャケットを貸すと嬉しそうな田中可愛い。

「あ、あのさ……」
「ん?」
「ほんと、有栖川って……カッコいいよね」
「べ、別にそんなことないって」
「そんなことあるよ」

照れて鼻をかくあたしを見つめて田中はいつになく真剣な表情と声音で語り始めた。

「仲良くなる前から気にしてくれたでしょ」
「そりゃあ、田中は変わってたから……」
「僕が何か問題を起こすたびに、心配そうに見てくるのは有栖川だけだった」

そうだろうか。ただの野次馬だよあたしは。

「別にあたしは田中を助けたわけじゃない」

そう。何もしてない。助けたわけじゃない。

「あんたが困っててもただ見てるだけだった。あんたがあたしに話しかけてから、会話をするような薄情者だ」

自分で言って惨めになる。初めて口にする。

「……ごめん」

謝罪するとすっきりした。すると、田中は。

「有栖川は何もわかってない」
「……え?」
「僕は別に普通に過ごそうと思えば出来た。山田の好きな高橋先輩に色目使って騒ぎを起こしたのは僕の意思だよ」
「んん? どゆこと?」
「有栖川の人間観察の対象になるために、他人の恋路を利用したってわけ」

利用したのか。それは良くない。でも何故。

「あ、有栖川と、仲良くなりたかったから」
「あー……なるほど」

それならあたしが悪いな。なんたるこった。

「ま、まあ、経緯はどうあれ、結果オーライじゃん? そういうことにしとこう、うん」
「嫌いにならない?」

そんな風に上目遣いするな。卑怯だぞ田中。

「……嫌われないように、気をつければ?」
「うん……わかった。ありがとう」

そんな風にほっとするな。可愛いぞ、田中。

「今度はあたしがその格好するから貸して」
「ええ~えっち」
「なんでよ!?」

うちのクラスには田中という変わった生徒がいる。あたしはこいつが気に入った。これからはちゃんと助けてやろうと思う。だって。

「……あたしもあんたに嫌われたくないし」
「ん? 何か言った、有栖川?」
「別に。ていうかあんた結局、女なの?」
「ふふふ……内緒だよ」

どっちでもいいなど詭弁だ。どっちも好き。


【結局、あたしは下の名前を知らない】


FIN

結局何が言いたいのかさっぱりな自己満足の駄文やん
無理に捻り出すよりも死ぬまでうんこにまみれたものを
書き続けている方がお前にはお似合いだよ

おつおつ

悪い事言わんからこんな所より他の所で書いた方がいいよ。

登場人物の本名が判明しないとか、お前が散々汚してきた
ハルヒのモロパクりやん。これで一次創作名乗るとか笑わせんな

「有栖川、ちょっといい?」
「ん? なに?」

僕のクラスには変わった人がいる。僕自身もかなり変わり者である自覚はあるけれど、目の前でその鋭い眼光を話しかけてきた山田に向かって飛ばしている有栖川は変わり者だ。

「あんたさ、最近田中と仲良すぎない?」
「は? だからなに?」
「そんなおとこ女、ほっとけばって話」

おーおー。よくもまあ、本人の前で村八分の相談をするものだ。お昼休憩の和やかな雰囲気が台無しじゃないか。すると、有栖川は。

「おーい、佐竹。山田引き取って」
「ご、ごめんねー有栖川さん。ほら、席に戻るよ、山田。ていうか、喧嘩売る相手は選びなさいよ」
「チッ……なんで同級生にさん付けする必要あんの? 有栖川なんか大したことないし」

山田はわかってない。有栖川はすごい人だ。

「別にさん付けなんかする必要ないのは確かだけど、山田はあたしに喧嘩売ってんの?」
「だったらどうする?」
「上等じゃん」

おもむろに席を立った有栖川は高い身長で山田を見下す。威圧感が半端ない。その美貌も含めて目立つ存在の有栖川は、入学して早々に先輩に目をつけられて、その悉くを返り討ちにしたという伝説的な喧嘩番長であった。

「へー山田って案外根性あるんだ」

胸ぐらを掴まれても怯まなかった山田に対して有栖川は感心して、こちら振り向き呼ぶ。

「田中、そろそろ山田と仲直りしな」
「あ、はい」

事の発端は自分のせいだった。顛末は有栖川に明かしてあるけれど山田にはあれ以来無視されていたので話せていない。良い機会だ。

「ごめんね、山田。僕が悪かったよ」
「い、今更謝ったって……!」
「山田、あたしも悪かった。ごめん」
「な、なんで有栖川まで謝んのよ!?」

詳しく説明すると拗れるので今は謝罪のみ。

「まーまー。とりあえず謝ってくれたんだし、この件はもう水に流そ? 山田だって、今のままじゃこの先やりにくいでしょ?」
「わ、わかったって……もう怒ってないし」

佐竹の仲介もあり、ひとまず丸く収まった。

「良かったじゃん、田中」
「うん。ありがとう、有栖川」

ポンポンと僕の頭を撫でながら微笑む有栖川にドキリとする。有栖川は滅多に笑わない。
怖いイメージで近寄り難い。深窓の令嬢だ。

「有栖川、今日はごめんね」
「ん? なんのこと?」

帰り道に騒動に巻き込んだことについて謝罪すると、有栖川は本当に心当たりがないかのようにキョトンと首を傾げた。

「山田のこと」
「あー……あれはまあ、あたしにも責任あるって言うか、原因みたいなもんだから」

仲良くなって知ったことだけど、有栖川はお人好しすぎる。将来サギにでも引っかからないか心配だ。もっとも、この冷たい印象の美人を騙すのは勇気が必要だろうけど。

「有栖川はさ」
「ん?」
「僕が小細工なしで友達になってって言ったら、仲良くしてくれた?」

そう訊ねると顎に手をやって有栖川は考え始めた。その横顔が綺麗で僕はドキドキする。

「わからん。いきなり田中が友達になってとか言ってきたら、たぶん何を企んでるのか疑ってたと思う」
「だよね」

やっぱり僕は正しかった。山田には悪いけどこのアプローチでしか有栖川に近づくことは出来なかった。けれど有栖川はこう続ける。

「でも、なんだかんだ仲良くなってたと思うよ。うん。それはきっと間違いない」
「な、なんでそう言い切れるの……?」
「田中はありがとうとごめんなさいを素直に言えるから。それが出来れば仲良くなれる」

なんだそれ子供か。美人の癖にかわいいな。

「有栖川」
「なに山田。昨日の続き?」
「違う違う!! 山田も一緒にお弁当食べたいんだって! もちろん田中も一緒にね?」

翌日の昼休み。お弁当箱を持った山田と佐竹と一緒にお昼ご飯を食べることになった。

「ところで、山田」
「なに?」
「まだ高橋先輩を狙ってんの?」

会食早々にぶっ込む有栖川。ヒヤヒヤする。

「もういいし。どっかの誰かさんによると、眼中にないみたいだから」
「そっか。それは賢明な判断だと思う」
「ところで有栖川」
「ん?」
「あんた、最近めっちゃかわいい女の子と休みの日にデートしてるって噂になってるよ」
「げほっ!?」

噴き出した有栖川。レア顔だ。顔が真っ赤。

「な、なにそれ!?」
「まるで彼氏彼女みたいだったって」
「全っ然違うし!!」
「ちなみにあんたが彼氏ね」
「はあ!? あ、あたしだってたまに田中からかわいい服を貸して貰ってるし!!」

貸すのはいいけど伸びるんだよ。デカくて。

「ほほう? となるとやっぱりデート相手は田中なんだね? おふたりさんはラブラブだね」
「うん。僕と有栖川はラブラブなんだよ」
「うるさい佐竹! 田中も悪ノリすんな!!」
「有栖川って趣味悪くね?」
「ほっとけ!」

佐竹の発言を肯定すると、有栖川はめっちゃ照れていた。山田はそんな僕らを呆れたように眺めている。仲直りして良かったと思う。

「田中、なんでひとりで帰んの?」
「有栖川……」

放課後。靴を履こうとしていたら、昇降口で有栖川に見つかってしまったので説明する。

「なんか噂になってるみたいだからさ」
「噂って、昼休みの話?」
「うん。僕らが付き合ってるって噂」

僕は変わり者の自覚がある。有栖川は無自覚だろうけど変わり者である。そんな僕らが余計なことをするとめちゃくちゃ目立つのだ。
というか、ぶっちゃけここまで早い段階で噂が広まるとは思ってなかった。もっとゆっくりと浸透する筈が完全に予想を上回ってる。

「暫くは距離をおいたほうが良いかなって」

今日だってお弁当を囲む僕たちは相当目立っていた。つい先日喧嘩した山田とその子分の佐竹。僕と有栖川。それぞれ別々に行動している分には目立たないが、集まると目立つ。
こんな筈ではなかったのだが、こうなってしまっては致し方ない。それにこれは他ならぬ有栖川のためでもあった。

「有栖川もまた停学にでもなったら大変でしょ? 僕のせいで何か問題に巻き込まれたりしたら申し訳ないし」

有栖川は入学早々に先輩に絡まれた件で暴れた際、停学となっており、前科一犯である。
なのでやはり距離を取るべきだと思うけど。

「ん。あんたの言い分はわかった。それで、あたしはこれからどうやって田中と接すればいい?」
「いや、だから距離を……」
「教室では話さず、帰りも別々で、休みの日も会わなければいいの?」
「うん……しばらくはそうしたほうが……」
「そんなの嫌だ」

漢らしい台詞とは裏腹に、有栖川は涙声で。

「せっかく仲良くなれたのにそれは寂しい」

僕はこの日、有栖川も泣くんだと学習した。

「有栖川、もう平気?」
「なにが? 別に全然、なんともないけど?」

あれから慌てて全言撤回して有栖川を泣き止ませて、ようやく帰路についた頃にはすっかり夕暮れだ。野次馬にジロジロ目撃されたので、噂は更に大きくなっていることだろう。

「有栖川、目が真っ赤っかだよ」
「ふん。ウサギみたいでかわいいでしょ?」

ウサギは寂しくて死ぬらしい。それは困る。

「やれやれ。有栖川は寂しがり屋だね」
「仲良くなったあんたの自業自得だし」

違いない。とはいえ自得が大きすぎるので。

「よし。今度のデートは僕が彼氏役になる」
「そ、そういう問題か……?」
「こう、顎をガッと掴んでぶちゅーって!」
「そ、それはいくらなんでも早くない!?」

僕のクラスには変わり者がいる。目をつけたのは僕のほうだ。これからは有栖川を泣かせないように気をつけよう。だって約束した。

「有栖川に嫌われないように、頑張るから」
「ん。キスはまだ早いからな」
「下の名前を呼ぶのは?」
「それも……まだ早い」

ひとまず鼻声の美人の手を握るに留めよう。


【結局、僕は下の名前を呼ばない】


FIN

続き感謝!

おつー

「いい加減許してよ有栖川」
「うるさい田中あっちいけ」

はい! ということで本日も始まりました変わり者が起こす揉め事。実況はわたくし、佐竹でお送りさせて貰います。解説は山田です。

「いやー喧嘩するほど仲が良いとは言いますが、近頃は田中と有栖川さんが揉めている姿をよく見かけます。山田はどう思う?」
「どうでもいい」
「ふむふむ。基本的に有栖川さんは正論しか言わないので、恐らく田中が何かやらかして怒らせたのではないかという見解ですね。なるほどなるほど。はいはい。私も同感です」
「佐竹……なんでそんな楽しそうなわけ?」

楽しんでいるのは私だけではありません。クラスメイトという観客の皆さんも固唾を飲んで決着の行く末を見守っています。ああ、場内の写真撮影は禁止なので控えてください。

「音痴なの?って訊いたのは謝るからさぁ」

ふむふむ、有栖川さんは音痴と。これは意外や意外。天性の喧嘩センスのおかげか、運動神経抜群で尚且つ成績優秀な才媛である有栖川さんによもやそのような弱点があるとは。

「だからあたしは別に音痴じゃないし」
「じゃあ帰りにカラオケ寄っていこうよ」
「無・理!」
「それはやっぱり音痴だから?」
「だから違うって!」

ははあん。僭越ながら私はその理由とやらに見解がつきましたぞ。そのことを田中に耳打ちすれば事態は収まるでしょうが、さてどうしたものか。おや? 解説の山田さん、何か?

「さっさと行ってくれば」

はいはーい。仰せのままに。ガキ大将閣下。

「はい、有栖川さん。コーラで良かった?」
「あたしは炭酸苦手で……」
「じゃあ僕のストレートティーをあげるよ」
「……ありがと」

というわけで無事に事態を収拾して、放課後にカラオケボックスまでやって参りました。
メンバーはわたくし佐竹と有栖川さん、田中、そして嫌々山田がゲストで来ています。

「山田はメロンソーダだっけ?」
「あー……マジだるい」
「え? 好きでしょ、メロンソーダ」
「なんであたしまでカラオケに……」

文句を言いつつも山田はリモコンを手に取って曲を入れ始めます。この子は誘うのが大変なだけで来れば誰よりも歌う変わり者です。

「はい、有栖川さん。お次どうぞ」
「あ、あたしは歌わないぞ」
「じゃあ僕が次に入れるよ」
「それなら有栖川さんはとりあえず山田と田中のメドレーを聴いてから、もし気に入った曲があったら歌ってみてね」
「……考えとく」

断固歌うのを拒否する有栖川さん。どうやら最近の流行りの曲を知らないらしい。だからそもそも歌う曲がないので、カラオケの誘いを断っていたとのこと。それならそうと言ってくれればいいのに。なにせ、こいつらは。

「田中、採点勝負から逃げんなよ」
「ふふふ。上等じゃん……なんてね」

歌唱力もさることながら、驚異的な音楽センスとリズム感でボーカル・ギター・ドラムスなんでもござれのメスガキ歌姫山田と、96猫を彷彿とさせる魅惑的なハスキーボイスで老若男女問わず誰もを虜にする男女田中のカラオケバトルの火蓋が今、切って落とされた!

ていうかこいつら、今すぐYouTuberになれ。

「チッ……なんだよ同点とか。つまんねー」
「100点以上は表示されないからね」

勝負は引き分け。いやはや耳が幸せですわ。

「どう? 有栖川さん、歌えそう?」
「ん。なんとか」
「あ、じゃあ僕と一緒に歌おう有栖川!」
「まあ、やぶさかではないというか……」

田中にリードされながらデュエットする有栖川さん。やれやれ。素直じゃないんだから。
ていうか、うま!? 今聴いたばっかなのに。
まるでおん湯が歌う帝国少女だ。え、本人?

「なんだ、音痴なら笑ってやったのに」
「山田も歌いかたを教えてあげたら?」
「やだよめんどくさい。それよりあたしらも一緒に歌うぞ、佐竹。今度こそ勝つんだ!」
「私をチーム対抗戦に巻き込まないでよ」

結局、チームで分かれてのど自慢合戦となってしまった。有栖川さんはめきめきと上達して、平凡な私が足を引っ張ったことにより、最終的にこちらのチームは負けてしまった。

「よし! あたしらの勝ちだ!」
「ふたりは無敵! プリキュアだね!」

ハイタッチするふたり。結果は見えていた。

「あーあ。負けた。だからやだったのに」
「別に……勝敗なんかどうでもいいし」
「私が足引っ張ったこと、責めないの?」

訊ねると、山田はおもむろに席を立って。

「有栖川」
「ん?」
「佐竹に感謝するべきじゃないの?」

いきなり矛先を向けられた。何か言う前に。

「佐竹、ありがとう。おかげで楽しかった」
「あ……いえ。お気になさらず」

有栖川さんの貴重な笑顔を向けられて、ちょっとだけ田中の気持ちがわかった。これはたしかにいいものだ。マジで惚れそうになる。

「いや~なんだかんだ楽しかったね」
「別に」

帰り道、田中たちと別れてから山田と一緒に帰路につく。山田は私の幼馴染で家が近所なのだ。とはいえ仲良くなったのは最近だが。
昔はチビの癖にやたら凶暴なガキ大将だった山田によく虐められていたものだ。とほほ。

「まだ悔しいの?」
「は? なにが?」
「田中の歌声に高橋先輩が惚れちゃって、取られちゃったこと」

高橋先輩は中学から軽音部で、歌やベースが上手かった。休みの日にはライブ活動をしていて、そこで中坊山田は高橋先輩と出会い、憧れて独学でバンドの知識を学んでいった。
同時に洒落気を出して伸びなかった低身長も功を奏し絶世のメスガキへと成長したのだ。

「あとちょっとだったよね……」

あとちょっとで、バンドのメンバーに加えて貰えたかも知れない。ていうかそもそも勇気を出して軽音部に入部していれば、今頃は恋が成就していたことだろう。今は昔の幻だ。

「あたしの声はあの人の耳に届かなかった」

たまたま合コンみたいな形で高橋先輩とカラオケに行き、人数合わせで呼んだ田中がハスキーボイスで魅了した。その瞬間、負けた。
山田のアニソン系の歌声では勝てなかった。

「あの時先輩は田中を選んだわけだし……」

しかしどうだろう。私はそうは思わないな。

「田中はこの前、高橋先輩が山田のことなんて"眼中にない"って言ってたけどさ。あんなの別に気にしなくていいんじゃないの?」
「でも、眼中にないならあたしは……」
「そもそも目と耳は違うじゃん」

ただの屁理屈。眼中になくても聴こえてる。

「私は山田のれをる様っぽい歌声好きだよ」
「れをる様って……まあ、もういいけどさ」

諦めるなとは言わないしウジウジするくらいなら玉砕覚悟で告ったほうがいいのかも知れない。このまま思い出にするのもまたよし。
そう言えば、昔はお互い名前で呼んでたな。
それもまた今となっては思い出でしかない。

「山田って、先輩の下の名前知ってる?」
「……佐竹の下の名前なら知ってる」
「私も山田の下の名前、知ってるよ」
「まあ、呼ばないけど。今更恥ずかしいし」
「山田って、結構かわいい名前だったよね」
「有栖川と田中の前では絶対に禁句だから」
「はいはい。仰せのままに。ガキ大将閣下」

昔のようにへりくだると、そっぽを向いて。

「ふん。ていうか、その……今日は嬉しかった。あたしの歌声、好きって言ってくれて」

おやまあ。昔からは考えられない。進歩だ。

「れをる様の【ヒビカセ】歌ってくれる?」
「いいけど……田中たちがいない時限定で」

やったね。変わり者の幼馴染は役得ですわ。


【結局、私も幼馴染を下の名前で呼ばない】


FIN

「ねえねえ、山田」
「なに?」
「田中、朝から元気ないね」

佐竹に肩を叩かれそう囁かれてから田中のほうを見ると、奴は机に突っ伏して寝ていた。
あいつが有栖川とつるむようになる前はよく見かけた光景だが、この頃は寝ていることは少なく、いつも有栖川に絡んでいるので、佐竹の言う通り、元気がないのかもしれない。

「気になるなら様子見てくれば?」
「なんで? 私は別に田中を心配する理由なんてないし。皆無だし。それに朝から有栖川さんが声をかけても変わらずあのままじゃん」

そんな薄情なことを口にする佐竹を見つめると目の奥が笑っているのがわかった。きっとあたしをけしかけようとしているのだろう。

「その手には乗らない」
「え? なんのこと? ていうか山田は田中のこと嫌いなんだから、気にする必要ないって」

佐竹さぁ。あたしよりも性格悪いよなお前。

「いいから行ってこいって」
「嫌だよ。田中は私の幼馴染を傷つけたんだからいい気味だよ。山田もそう思わない?」

あーもう。こうしてあたしらが言い合ってると周囲の野次馬がひそひそ話を始める。また揉め事の中心になる。佐竹め、覚えてろよ。

「チッ……行ってくる」
「はーい、いってらー」

重い腰を上げて、嫌いな奴の席に向かった。

「田中。おい、田中」

机に突っ伏している田中のつむじを見下ろすとふわふわの髪の毛を鷲掴んでやりたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえて肩を揺する。

「ん……なんだ、山田か」

なんだとはなんだ。やっぱこいつは嫌いだ。

「僕、眠いからそっとしといて」

また机に突っ伏す前に手の甲で頬に触れる。

「冷た。やめてよ。山田は手も心も冷たい」
「黙れ。熱があんなら帰りな」
「……熱なんかないよ」

いや絶対あるね。熱いし。机に散乱している勉強道具を横に引っかけてある鞄に詰める。何してるかって? 強制退去に決まっている。

「ほら、さっさと帰れ」
「酷いや……イジメだ」

寝言を抜かしながら席を立った田中に、鞄を手渡す。そこで田中の背中に手を置いて支えてる自分に嫌気が差して、有栖川を睨んだ。

「有栖川、あんたのツレでしょ」
「あ……うん。でも田中は大丈夫って……」
「大丈夫じゃないことくらい見抜け」
「……ごめん」

有栖川が怯んでいた。てか、まさかこいつ。

「はあ? 嫉妬してる場合?」
「っ……嫉妬なんて」
「有栖川って、やっぱり大したことないな」

吐き捨てるも応答がない。佐竹が仲介する。

「はいはい。喧嘩はそこまで。有栖川さん、田中をさっさと保健室まで送っていって」
「ん……わかった……いこ、田中」

有栖川に手を引かれた田中がこちらを睨み。

「……有栖川は悪くない」

いいや悪いね。佐竹と同じくらい悪い奴だ。

「有栖川さん、もう放課後だよ」
「ほっとけ、そんな意気地なし」

結局田中は早退して、それから今度は有栖川が机に突っ伏していた。その態度にもイライラする。もっと強いやつだと思ってたのに。

「私は田中のことはどうでもいいけど、有栖川さんのことはほっとけないよ。友達だし」
「佐竹……お前って本当に酷いやつだよな」

自分の幼馴染に呆れたら、肩の力が抜けた。

「有栖川。ちょっと話があんだけど」
「……あたしも山田に話がある」

ようやく顔を上げた有栖川だが好戦的な言葉とは裏腹に目を合わせない。そんな態度を見てるとまたムカムカする。すかさず佐竹が。

「じゃあ帰りにどっか寄っていこう! 有栖川さん、パフェ好き? 美味しいお店あるんだ」
「うん……パフェ好き」
「山田もパフェ大好きなんだ。そこで話そ」
「佐竹、余計なこと言うな」
「ほんとのことじゃん。照れてんのー?」
「照れてない!」

お気に入りのパフェなのに絶対不味くなる。

「どう? 美味しい? 有栖川さん」
「うん……美味しい。ありがとう、佐竹」

結論から言って、パフェは変わらず美味かった。これはきっとこの店のパフェの美味さが上限突破してるからに違いない。ていうか。

「有栖川近い。さっきから肘が当たってる」
「あ……ごめん」

テーブルを挟んで対面のソファなのに、何故か佐竹が座ってる向こう側でなくこっちに座り、しかもやたら近い。嫌がらせだろうか。

「向こう行ってよ」
「いや、佐竹はなんか……いまいち」
「がんっ」

ショックを受ける佐竹。いい気味だと思う。

「山田はこう……頼りになるというか」
「頼りにすんな」

と言いつつも満更でもない自分に嫌気が差した。なんなんだこのふわっとした気持ちは。
佐竹への優越感かそれとも田中に対する劣等感が解消されたのか。ろくなもんじゃない。

「まあ、たしかに意思が強くて頑固だけど、山田なんて私がいなきゃとっくに退学だよ」
「佐竹、そういうところだ。お前のそういう腹黒さが、全てを台無しにしてるんだ」
「うるさい山田。私は田中よりはマシだし」
「まあ、たしかにあいつよりはマシか……」

そうやってより酷い例をあげて自分を棚に上げているのも佐竹の腹黒さを証明しているわけだけど、そこで何故か有栖川が挙手して。

「どうしたの、有栖川さん。お手洗い?」
「いや、あたしも今日、結構性格悪くて」

有栖川はずるい。こうやって認めんのかよ。

「山田と話したかったのもそのことについてで、モヤモヤしたままだと寝れなくなりそうだったからちょっと聞いて欲しいんだけど」

そう前置きしてから、有栖川は吐き出した。

「まずは田中に触るのをやめて欲しい件」
「んなっ」
「あんな風にベタベタ触んないで欲しい」
「おまっ」
「そもそも山田は田中のこと嫌いな癖に不意打ちで優しくするなんて卑怯だ。田中は最後まで恨み節を呟いてたけど普通ならあの瞬間に惚れてる。あたしだって惚れそうだった」

なんの話だ。言いたいことは山ほどあるが。

「そもそもあれはあんたの役目でしょ!? あたしだって佐竹に言われて嫌々やってやっただけだし! それなのに勝手なこと言うな!」
「うん。だから悪かったと思ってる。ごめんなさい。これからは気をつけるから。だからもう田中に馴れ馴れしく触らないで欲しい」

ダメだこいつ。ていうか有栖川わかってる?

「それって結局さ、あんたの嫉妬でしょ?」
「うん。そう。あたしは、山田に嫉妬した」

認められたら何も言えない。あたしもそう。

「山田も嫉妬で田中を嫌ってるからね。有栖川さんの言い分はわかったと思うよ。でも不思議だよね。なんで嫉妬した人の隣に座って寄り添ってるの? 知りたいな、有栖川さん」

佐竹に言われて近さに気づく。何故だろう。

「山田に言われないとあれが嫉妬って気づけなかったから。これからも似たようなことがあったら落ち度を指摘して欲しいから。だからあたしは山田から離れようとは思わない」

たぶんあたしも有栖川とそうありたいんだ。

「パフェ美味しかった。今度また、誘ってくれたら嬉しい。それじゃあ、また明日」

言いたい放題言って有栖川は帰っていった。
すっきりした顔だったので今夜は熟睡出来るだろう。あたしはどうだ。寝つけるのかな。

「すごい人だね、有栖川さん」
「別に……大したことないし」
「山田もあんな風に毅然と振る舞える?」

あたしだけじゃない。誰だって無理だろう。

「……あたしにはあたしのやり方があるし」
「うん。そうだね。今日は山田の勝ちだね」

勝ち負けじゃないと言えなかった。だって。

「山田の満足そうな顔、久しぶりに見たよ」
「……ふん」

勝利の充足感。征服感。また、味わいたい。

「有栖川さんに気に入られて良かったね」
「はあ? いいや、違うね。それは逆だし」
「え? 山田のほうが気に入ったってこと?」

ニヤニヤとわかりきった顔の佐竹を睨んで。

「あたしは頭を下げさせるのが好きなだけ」
「あはは。さすが我らがメスガキ大将閣下」
「ちょっと、余計なのが増えてんだけど!」

誰がメスガキだ。おのれ佐竹め。普段からそんな風に見てやがったのか。ていうか仕方なくない? 背が低いなら武器にするだけだし。

「そもそもあんなデカ女よりもあたしのほうがかわいい。メスガキだろうと勝ちは勝ち」
「はいはい良かったね。かわいいかわいい」
「てか佐竹。あんたはとしてはどうなん?」
「んー? なにが? なーんのことかなー?」
「"学校いちの美少女"のあんたとしてはさ」

あたしの幼馴染はかわいい。学校いちの美少女と言われている。そんな連中は大抵腹黒さに気づいていないだけだがルックスはいい。

「私は会社的にも有栖川家とは敵対したくないし、なにより他に明確な敵がいるからね」

親は国内有数の大企業の経営者。恵まれたルックス。有栖川を上回る、学年主席の成績。
絶対読めないキラキラネームの幼馴染は腹黒さを隠しもせずに、敵に向かって毒を吐く。

「私は、私よりかわいい田中なんて大嫌い」
「あー……やっぱり、それが本音なんだ……」

夢のあるキラキラネームが台無しなので本性を知ってからは下の名前で呼べなくなった。
あたしとつるんでいるのは家が近いからだけではなく、熱狂的な"歌い手好き"だからだ。そうした特殊な技能を佐竹は尊び好んでいる。
あたしの幼馴染は変わっている。あたしと同じくらい性格的に終わっている。てかここは幼馴染のあたしを傷つけた田中を許さないという"嘘"を貫いて欲しかった。だけどまあ。

「……それでこそ佐竹か」
「安心して。"ついで"に仇を討ってあげる」

何をするつもりなのやら。期待しておこう。


【結局、あたしも下の名前を呼べない】


FIN

「はい、はい……いつもお世話になっております。調査報告書の件、承りました。事実関係の確認と精査の上、折り返し今後の調整についてご相談させて頂きたく……はい、よろしくお願いします。では、失礼いたします」

お初にお目にかかります。有栖川家で使用人をしているカヤと申します。以後、お見知りおきを。先程、お嬢様の通う学校に放った密偵から報告書が届きました。まるで監視しているかのようで心苦しいのですが、有栖川家の次の当主が再び停学の憂き目に遭わぬようお嬢様の身に降りかかる火の粉は排除せねばなりません。だからこれは仕方ないのです。

「ただいまー」
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「カヤ、仕事が終わったら話がある」
「かしこまりました」

このところお嬢様は感情の浮き沈みが激しいというか、落ち込んだり浮かれたりしていて心配しておりました。調査報告書によると田中何某という不届者がお嬢様をたぶらかしているとのこと。不肖、このカヤ。父が有栖川家の家令という関係もあり幼少期よりお嬢様のお側に仕え、信頼を勝ち得ていると自負しております。近頃はお嬢様もお年頃で、一緒に湯浴みなどはしてくれませんが、それでも仕事終わりに気兼ねなく近況を聞き出すくらいは造作もございません。仲良しですから。

「よーし、今日の仕事終わり! ちかれたー」

定時になったのでタイムカードを押して缶ビールを片手にお嬢の部屋へと向かう。最近色気づいてやがってるから色々注意しとくか。

「うーす。来たよ、お嬢」
「ん。待ってた。お疲れ様」

最低限の礼儀を守ってノックするもお嬢は色気のないジャージ姿で出迎えた。まあ、いいんだけどね。でも本当にいいんだろうかね。

「そろそろお嬢も可愛いパジャマ買えば?」
「え? なんで?」
「だって彼氏できたんでしょ?」

まずは軽いジャブを打ち込んで反応を伺う。

「いや……彼氏というか、なんというか……」
「なにその反応ウケる。どんな人か見して」
「ん。実は見せびらかすのが楽しみだった」

歯切れの悪い反応を見せたお嬢にせがむと、あっさりとスマホで撮った写真を見せてくれた。報告書通り、かわいらしいお顔立ちだ。
うん。いいじゃないの。可愛い子は好きだ。

「こりゃあ随分と別嬪だねぇ。さすがお嬢」
「うん。田中はめちゃくちゃかわいいんだ」
「きっとこの子のほうが可愛いパジャマ持ってるだろうな。お泊まりにきたら大変だな」
「ジャ、ジャージだと不味いかな……?」
「ありえないね。有栖川家の恥だよ全く」
「わ、わかった……早急に準備しておく」

ひとまずその舐め腐った思考を正しておく。
寝所は女の主戦場だ。戦支度は万全にする。
そうしたら有栖川家も跡継ぎには困らない。

「んで、お嬢はその子のどこが好きなん?」
「顔。それから田中はありがとうとごめんなさいを素直に言える。あたしも見習ってる」
「顔がよくて礼儀も知ってると。あとは?」
「あとはなんか、意味がわからないところ」

ミステリアスな部分に惹かれたと。典型的なあとから苦労するタイプだ。報告書によると短期間でかなり揉め事に巻き込まれているらしいし、ここはいっちょ揺さぶってみるか。

「てか、そもそもその子は本当にお嬢のことが好きなのかね? ちゃんと告白されたん?」
「や。そういうの……なんか恥ずかしいし」

かーアホか。ウブすぎて酒がうめぇ。畜生。

「そういうのはちゃんとはっきりしといたほうがいいよ。気がついたらとか、今更あとには引けなくなって、なんて後悔するからさ」
「そうなの? カヤもそういう経験あるの?」
「あるある。仕事柄、あんまり外出も出来ないし、屋敷に男連れ込むわけにはいかねーからさ。距離を置いても関係性で縛んないと」

お嬢だって今は自由に放し飼いしているけど本質的には籠の中の鳥だ。会える機会も減っていくだろうし今のうちに手を打たないと。

「だいたいその可愛い顔面ならその子は相当モテるだろ。ちゃんと首輪嵌めておかないと、そのうち誰かに取られちゃうかもよ?」
「そう。実はそのことについて相談があって。こないだ山田ってクラスメイトが……」
「ふむふむ」

山田ねぇ。報告書には上がってないな。まったく佐竹のところのガキめ。調査報告書を偏向するなんて舐めた真似してくれんじゃん。

「……というわけでカヤの見解が聞きたい」
「あーはいはい、かしこまりましたよっと」

はてさてあの小賢しいガキは何が狙いかね。

「お嬢の話を聞く限り、その山田って子には田中ちゃんに対する恋愛感情は無さそうだからひとまず浮気される心配はないと思うよ」

ただどうもおかしい。佐竹が山田をけしかけた理由はなんだ。てめーが田中を介抱すりゃ済んだ話だ。わざわざ山田をお嬢に接近させて、お嬢の至らない点を指摘させた。ある種の信頼関係を築いた。となるとその狙いは。

「まあ、お嬢にタメ張れるような奴が現れたことは良かったと思うね。また入学したての時のように暴走されたらこっちも大変だし」
「わ、若気の至りだから……反省してるし」

山田の有能さを有栖川家に認識させることで無礼な態度には目を瞑ってくださいってか?
見え透いてんだよ。所詮はガキの浅知恵か。
まあ、いいぜ。ある程度は見逃してやるさ。
もちろん、度が過ぎたら、そこで仕舞いだ。
せいぜいてめーが手綱を握って踏ん張れや。

「それにお嬢を含めてその面子で行動している限り、余計な虫がつくのを防げるでしょ。当面は浮気に関しちゃ心配する必要はない」
「そうか! それなら安心だ! あー良かった」
「でも、だからって気を抜くなよお嬢。今の関係性はかなり不安定だ。はっきりしとけ」
「そっか……わかった。はっきりさせとく」

あと、はっきりしないのは田中の有能さだ。

「ちなみにこれは気の早い話だけど、その子は旦那様に気に入られるくらい優秀なん?」
「そう言われると困るな……優秀なのかな」

報告書を読んだ限り成績は並。顔が良くて歌も上手いらしいからどっかの事務所にでも入れば売れるかもしれないがそれだと弱いな。

「いっそのこと使用人にでも雇ったら?」
「え? なにそれ。そんなこと可能なの?」
「いや、流石に仕事に私情を挟まれると困るから旦那様付きの秘書にでもどうかなって」

そこで有能さを見せつける。完璧な作戦だ。

「それは……嫌だ」
「は? なんで?」
「田中はあたしのものだから嫌だ」

へえ。これは予想外だ。そして良くない傾向だ。なんだよ佐竹のガキ。これが本当の狙いかよ。これを知ったからには看過出来ない。

「依存してんのは良くないな、お嬢」

嫉妬するなとは言わないし独占欲を持つなとも言わない。ただ依存してるなら離す必要がある。もっと広い視野を持つべきだからだ。
すっかり酔いが冷めた。お説教を始めよう。

「恐れながらお嬢様はまだ学生であらせられます。そのようなわがままで将来の選択肢を狭めることは容認致しかねます。ご理解を」
「学生に将来の話をするのは野暮だと思う」
「今だからこそ、幅広く交流するべきです」

ダメだ。気兼ねなくなど無理。将来の為だ。
佐竹のガキめ。よく考えたら田中に関係する最初の騒動の時点で潰しにかかっている。事情を知っている癖に素知らぬふりをすることで一気にクラスで悪評を広めるその手腕は見事と言える。思ったより侮れないが、残念ながら思い通りにはさせない。丁寧に応対する使用人がお嬢に喧嘩殺法を教えた元ヤンだとは流石に気づけまい。あたしを舐めんなよ。

「これは、お相手の方のためでもあります」
「田中のため……?」
「有栖川家の当主の秘書として実績を積めばどこへ行っても通用するスキルが身につく筈です。なのでどうか何卒ご理解を頂きたく」
「それまで田中には会えなくなるのは困る」
「今すぐではありません。まだ先の話です」

悪くない話の筈だ。本人の意思次第だけど。

「ん……わかった。今度田中に聞いておく」
「ご理解感謝します……よーし飲み直すぞ。もっと田中ちゃんについて聞かせてくれ」
「うん。田中はこんなかわいい顔をしてても意外とスケベであたしの生足をチラチラ見てくるんだ。もちろん触らせたりなんかはしない。でも田中はずる賢いから「肩車しようか」なんて言ってくる。本当にスケベなんだ。もちろん断ったというか、あたしは背が高いからそのぶんどうしても重くて田中に「痩せろデブ」なんて言われたらまた暴れて停学処分になるかも知れないし、そもそも太ってないし。だからあたしが田中を肩車して……」

まあ、どのみち先の話だ。とりあえずはスパルタ教育で良い大学にぶち込んで、それからうちに就職。そのあとは好きにすればいい。

「……なので結論として、田中はきっと良いお嫁さんになる。そこはあたしが保証する」
「それだと、お嬢はお嫁さんになれないな」
「そんなことない。そんなことない……筈」
「お嬢」
「ん?」

キョトンと首を傾げる姿が記憶と一致する。

「自信持ちな。奥様に似て、お嬢は綺麗だ」

あの小さかったお嬢がスクスク成長して、ちょっと手足は伸び過ぎた感はあるけれど、ちゃんと恋をしている。それは喜ばしいことだ。今は亡き奥様の代わりに不肖このカヤが全てを観察……もとい見守って差し上げよう。

「カヤ、今夜は一緒に寝たい」
「はいはい。もちろん喜んで」

役得ってやつだな。悔しかったら今回みたいな佐竹のガキの妨害にめげず早くうちに就職して家族になりたまえ。さすれば恐れ多くも我らが麗しのお嬢様の御名を寝所で囁く栄誉を賜ることに……あ、そん時はあたしも混ぜてもらおっと。お嬢様のお世話は仕事だし。


【結局、使用人もお嬢様を名前で呼べない】


FIN

「ねえねえ、ヒマならオレらと遊ばない?」
「てか、歳いくつ? どこ中? 彼氏いる?」

すっかり秋めいて、街路樹の色づいた葉が落ち始めてきた今日この頃。皆様は如何お過ごしでしょうか。僕は有栖川に連絡を貰って、指定された待ち合わせ場所で中学生の坊やたちに絶賛ナンパされています。困ったなぁ。

「え? まさか小学生だったとか? まじ?」
「うは。やべーよ。オレら捕まっちゃうw」

何を仰っているのかさっぱりわかりませんね。やれやれ。草食系の先輩方が蔓延っていた反動で、こんな新人類が誕生するなんて世も末だと思う。まあ、いいけど。無視無視。

「なんで無視すんのー? 彼氏待ちとか?」
「え? この見た目で経験済み? まじかよ」

誉めんのか貶すのかどっちかにして欲しい。
今に見てろよ。すぐに有栖川が颯爽と現れて、「失せろ、餓鬼ども。焼き払われたいのか?」って日輪刀を抜刀して、ギタギタに。

「おうおう。保育園児ども。まだ毛も生え揃ってないガキの癖にナンパの真似事なんかしてんじゃねーぞ。帰ってアニポケ鑑賞してサンゴちゃんに恋してんのがお似合いだぞ?」
「んな!? なんだこのキレイな姉ちゃん!」
「サンゴちゃんに恋をして何が悪いんだ!」

突如現れたお姉さん。高級ホテルのコンシェルジュのような身なりで優雅に嘲笑いながらサンゴ信者共を煽りだした。何者だろうか?

「言葉も通じない動物園児は嫌いだよ。あたしはサンゴちゃんに恋するのを推奨してんだ。今お前らがナンパしてるこの子のどこにサンゴちゃん要素がある? ん? サンゴちゃんに似てるのはこの子を毛嫌いしてる山田ってガキだからナンパすんならそっちに行きな」
「チッわけわかんねーこと言いやがって!」
「ちょっとキレイだからって調子乗んな!」

喚き出した子供たちにずいっと顔を近づけ。

「ほらこのデコの傷。聞き覚えはあんだろ」
「あーっ! そ、その傷は!? まさか!?」
「あわわわわ……! かつて、この辺の中学の頂点に君臨していた、伝説のスケバン!?」

かき上げた前髪を払い退け、鼻息をひとつ。

「あたしが茅葺。"カヤの姐御"たぁ、あたしのことよ! 頭が高い! ひかよろぉーお!!」
「ははーっ!!」

すごいプリキュアみたいな人が実在してる。

「ふぅーやれやれ。あ、田中様でいらっしゃいますね? お迎えにあがりました。どうぞ」

完璧な笑顔。上品な声音。伸びた背筋。ほんとうに何者なんだろうか、このお姉さんは。
誘われるまま、すごい高級車に乗せられた。

「安全運転を心がけますのでご安心下さい」

滑らかに走り出す車。魔法の絨毯みたいだ。

「あの……すみません。どちら様ですか?」
「ああ、申し遅れました。有栖川家で働いているカヤと申します。以後お見知り置きを」

有栖川の知り合い? 知り合いというよりは。

「てっきり有栖川のお姉さんなのかと思いました。有栖川みたいにカッコよかったです」
「んがっ!」
「うわっ!? お姉さん、前! 前見て!?」

運転していたお姉さんがいきなりハンドルに額をぶつけて、プァーンッ!とクラクションが鳴り響いた。ところがそのままの体勢で。

「申し訳ありません。このようなにやけた顔を田中様にお見せするわけにはいきません」
「いいから前見て! ぶつかっちゃうから!」
「ご心配には及びません。不肖、このカヤ。峠にてブラインドアタックは習得済みです」
「なに言ってんの!? 前を見て運転して!」
「お楽しみ頂けてるようでなによりです。先程の田中様のお言葉、大変嬉しかったです。お礼にドリフトと片輪走行を披露致します」
「普通に走ってよ!? うわっ……な、なにこれ楽しい! カヤさんすごいもっともっと!」
「はい。安全運転で、かっ飛ばしますので」

安全運転という概念がこの日上書きされた。

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「はぁー楽しかった。ありがとうカヤさん」
「気に入って頂けたなら幸いです。そろそろお屋敷に到着します。ようこそ有栖川邸へ」

閑静な住宅地の丘の上に僕らの暮らす街を見下ろすように有栖川のおうちが建っていた。
立派な門を潜り敷地内に入ってもまだ建屋には辿り着かない。広い庭園が迷路のようだ。

「はえー……ここが有栖川のおうちかぁー」
「どうでしょう。お気に召されましたか?」
「気に入るも何もただただすごいなとしか」
「そのうち、田中様のお庭になるのですよ」
「へ?」
「到着しました。足元にお気をつけて降車下さい。本日の運転はカヤでお届けしました」
「あ、はい。運転ありがとうございました」

広い玄関口の前に降ろされて、半ば途方に暮れていると、カヤさんがテキパキとスリッパを出してくれて、それに履き替えた、直後。

「ついに来たか。最愛の娘を私から奪い去ろうという愚か者が。この時を待っていたぞ」

カツンカツンとタイタニック号のような大階段から聞こえる足音。声だけで伝わる圧倒的強者の威厳、風格、圧迫感。ごくりと喉が鳴り、手が震える。土下座の準備は出来てる。

「父親として一度は言ってみたかったこの台詞! 貴様なんぞにうちの娘はやら……ん?」

目が合った。優しい目だ。ぱちくりしてる。

「あー……カヤちゃん、ちょっとちょっと」
「はい、旦那様。如何なされましたか?」
「あの子がうちの子の彼氏? かれぴっぴ?」
「はい。田中様がお嬢様のかれぴっぴです」
「なんかイメージと違うんだけど……?」
「はい。別人の写真をお見せしましたので」
「だよね!? いかにもチャラそうでオレ、バンドやってますウェーイ!みたいな写真だったよね!? この子とまったく違うじゃん!」

きっと高橋先輩だろうな。僕とは全然違う。

「こほん。あーまあ、なんだ。君みたいな子なら大歓迎だ。ゆるりと寛いでいきなさい」
「田中様。お嬢様がお部屋でお待ちですよ」
「ちょっと待ってカヤちゃん。お父さんとしてはもっとこの子と話してみたいというか」
「旦那様と歓談して万が一、田中様が孕むこととなればお嬢様に妹か弟が出来てしまいます。そうなればこのカヤが介錯することに」
「わかった! 行っといで! 2階の1番奥の部屋だよ! お父さん介錯されるの嫌だから!」
「旦那様、お覚悟!」
「ぎゃー!?」

2階の1番奥の部屋。そこが、有栖川の部屋。

「有栖川、僕だよ」

ノックして訪ねる。すると内側から開いた。

「お、おかえりなさいませ……だんにゃ様」
「は?」

愕然とした。有栖川が猫耳だった。しかもメイド服。あ、尻尾までついてる。なんだこれは。不思議の国のアリスガワか? いやいや。

「か、噛んでしまった。あんなに練習したのに! 田中! 扉を閉めてもう一回やり直せ!」
「いやいやいやいや。そんなの困るよ。さっきの1回でも心臓が止まるかと思ったもの」

ドキドキしている。ドキドキがとまらない。

「そ、それは困る。心臓、大丈夫か……?」
「へ?」

ぽすっと、有栖川が僕に抱きついて心臓の音を聞いている。なんだこの状況は。夢だろうか。夢なら覚めないで欲しくて抱きしめた。

「田中……あたしの家に来てくれて嬉しい」
「うん。僕も呼ばれて嬉しい。ありがとう」

強烈に自覚した。僕は有栖川が好きなんだ。

「有栖川、僕は有栖川のことが……!」
「失礼します。お茶とお菓子をお持ちしました。田中様はミルクと砂糖が必要ですか?」
「あ、欲しいです……」

完璧なシチュエーション。完璧なムード。そして完璧なタイミングで邪魔をされた。怒りよりも虚しい。有栖川が代わりに激怒する。

「カヤ! どうして邪魔をするんだ!?」
「お嬢様、一旦冷静になられてください。このカヤが考案したシチュエーションとムードは我ながら完璧だったと自負しております。しかしながらたった一度きりの愛の告白。ありきたりな台詞でよろしいのでしょうか?」
「はっ……なるほど、たしかに一理あるな」

我に返る有栖川。僕としても耳が痛い指摘だ。たしかに僕はさっきありきたりな告白をしようとした。それは相応しくないだろう。

「カヤさん! どうか、僕にご助言を……!」
「甘えてんじゃねー!」
「ぐはぁーっ!?」
「田中ー!? カヤ、どういうつもりだ!?」

ワンインチパンチで吹っ飛ばされた僕に駆け寄る有栖川。そのまま僕を庇うように立ち向かう、有栖川の後ろ姿に悔し涙が出る。庇われるだけ自分はあまりにも情けない。立つんだ。立ち向かうんだ。有栖川を押し除けて。

「カヤさん。少しだけわかった気がします」
「ほう? ならば見せてみろ。愛の告白を!」

言われなくとも。有栖川の肩に手を置いて。

「有栖川。僕は君を恋人にする。いいね?」
「……いいよ。あたしを田中の恋人にして」

誰かに選ばれるんじゃない。僕が君を選ぶ。

「おめでとうございますお嬢様、若旦那!」

こうして、僕たちは晴れて、恋人となった。

「んじゃ、車に乗りな。帰んぞー」
「あ、はい。よろしくお願いします」

あの後、祝賀会だと言われて豪勢な晩餐を頂いて、有栖川のお父さんの手酌をなんとか躱しながら、テーブルの下で有栖川と手を繋いだりなんかしてイチャついて、夜9時くらいに僕の恋人がおねむとなったのでお暇した。

「カヤさんって二重人格なんですか?」
「んなことねーよ。あたしは仕事はきっちりやる。社会人としてのケジメってやつだよ」

行きとは違いやたら車高が低い車だ。マニュアル車でいかにもスポーツカー。カヤさんの愛車なのだろうか。キョロキョロしてると。

「かっけーだろ、RX-7。旦那様のポルシェやマセラティよりもあたしは断然こいつだね。行きのロールスロイスよりは乗り心地は悪いだろーが、あいにく勤務時間は過ぎてるからあたしの趣味に付き合って貰うぞ。いいな」

やっぱり愛車らしい。嬉しそうに運転する。

「あの、今日はありがとうございました」
「ん? なにが?」
「おかげで有栖川と恋人になれました」
「え? あたし、なんかしたっけ?」

全く心当たりがなさそうな顔がそっくりだ。

「本当に有栖川のお姉さんみたいですよね」
「それマジで脳汁出るから。もっと言って」
「怒った顔とか、笑った顔がそっくりです」

キッと路肩に停まる。なんだろうと伺うと。

「……お嬢、滅多に笑わないだろ?」
「ですね。だからこそ貴重なんです」
「お嬢が小さい頃に奥様が亡くなってな。それからあまり笑わなくなった。でも今は昔みたいに笑うようになった。お前のおかげだ」

そう言って深々と僕に向かって頭をさげた。

「ありがとな、田中ちゃん。いや……本当にありがとうございます田中様。カヤはこのご恩に報いるべく今後誠心誠意、尽力します」

ハザードの音が響く。返答は、間違えない。

「有栖川のために、よろしくお願いします」

見透かすような瞳を見据えると逸らされた。

「あの告白……正直あたしもドキッとした」
「ふふ。そう言われると照れちゃいます。ていうか有栖川もそうですけど、カヤさんも意外とああいうのが好きなんですね。いやそもそもあのシチュエーションやムードがカヤさんの発案なら実は意外でもないのかも……」
「っ……へ、減らず口閉じないと舌噛むぜ」

急発進で誤魔化すカヤさんは真っ赤だった。
疼くのか額の傷をゴシゴシとこすっている。
横目で伺っていると「田中ちゃんに色目使われたってお嬢に言いつけてやる」と言われたので慌てて前を向いた。破局するのは嫌だ。

「そう言えばカヤさんって苗字なんですね」
「ああ、そうだよ。苗字が茅葺だからカヤ」

僕の周りには、苗字を名乗る人が多すぎる。


【結局、僕は使用人の下の名前を知らない】


FIN

「あーもう! こんな筈じゃなかったのに!」

放課後、佐竹が頭を抱えて何やら叫んでいる。学校一の美少女の乱心をひと目見ようとよそのクラスや違う学年からも野次馬が集まり、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。

「山田。佐竹どうしたの? まるで"FXで有金全部溶かした人"みたいになってるけど……」
「いいや違うね。あれは"満を持して正体を明かした黒幕が実は噛ませ犬だった"みたいなもん。期待して損した。佐竹にはガッカリだ」

発狂している佐竹を心配するでもなく切って捨てた山田は、ひとりで帰ろうしている。あたしはその背中を追いかけて、呼び止めた。

「山田。ちょっと相談があるんだけど」
「はあ? めんどくさいからやだ」

あたしは友達が少ない。でもこれまで積み上げてきた人間観察のスキルを活かしてめんどくさがりの山田の興味を引く言葉を放った。

「相談に乗ってくれたらパフェおごる」
「……メロンソーダは?」
「もちろんメロンソーダもつける」
「チッ……しゃーねーな」

山田はパフェとメロンソーダが好きなのだ。

「んで、なんだよ相談って?」

最近知ったことだけど、山田はパフェを食べている時に無意識に微笑んでいる。あたしもあまり笑わないほうだけど、山田もほとんど笑顔を見せないので、微妙な表情の変化がより映える。スマホで写真を撮ると怒られた。

「帰る」
「山田はパフェを食べて、メロンソーダも飲んだ。その代金分は相談に乗る約束じゃん」
「ならさっさと話せよ」

イライラしながらガジガジとストローを齧る山田。そんな幼い一面も写真に収めたいところだが、ぐっとこらえて本題を切り出した。

「これはあくまでも友達の話なんだけどさ」
「え? 有栖川って友達いたの? マジで?」
「たしかにあたしは友達が少ない。だから数少ない友達の山田に相談してるわけで……」
「嫌味もわかんねーのかよ。いいから続き」

おや? パフェを食べ終わりメロンソーダも飲み終わったのに山田が微笑んでいる。珍しいこともあるもんだと思いつつ、続きを話す。

「その友達には実の姉のように慕っている人がいる。小さい頃から仲良しで大切な人だ。だから友達は恋の悩みを打ち明けた。するとその人は「依存するのは良くない」と咎めた。なのである程度距離を保ちつつ、交際することにした。しかし付き合ってみると恋人と過ごす時間が少なく感じて寂しい。なんなら姉のように慕っている人のほうが家庭教師という名目で恋人と頻繁に逢瀬を重ねている。それを聞いたあたしはこれはもう浮気なんじゃないだろうかと思った。どう思う?」

これは実話だ。あたし自身のエピソードだ。
せっかく田中と恋人同士になれたのに毎日毎日勉強勉強。今日だって放課後になったらいつの間にか田中の姿がなく、校門からカヤの愛車のRX-7が走り去るのが見えた。前にあたしと彼氏しか乗せないって言ってたのに。

「そいつは浮気だな。間違いなく。完璧に」
「やっぱり!?」
「ああ。依存するのは良くないってのも、横から掻っ攫うつもりで言ったんだろーよ」
「ぐぬぬ……カヤのやつめ! 絶対許せん!」

悔しい信じてたのに。カヤのバカバカバカ。

「友達のことでなんでそんなにキレんの?」
「あ、いや。なんというか……もしも自分のことだったらと思うと、すごく嫌だなーと」
「あたしにはわかんねーな。そいつはそいつであってあたしじゃない。当たり前だろ?」

言われて気になる。山田ならどうするのか。

「ちなみに、山田ならそんな時どうする?」
「あたしならとりあえずブチギレる。浮気相手を徹底的にボコして恋人は捨てる。以上」

山田は凄まじい。だけど参考にならないな。

「でもさあ、恋人のことは好きなんだよ?」
「よそで女作るような野郎を好きでい続ける意味あんの? その時点で終わりでしょ普通」

たしかに正論だ。正論だけど、もっとこう。

「優しく、言って欲しいんだけどなあ……」

お願いすると山田は深いため息を吐き呟く。

「とりあえず、会って話す。話はそれから」

目から鱗が落ちた。それこそ求めた答えだ。

「ねえ、山田。そっちに行っていい?」

思えばこれまで悩みを打ち明ける相手はカヤしかいなかった。もちろん田中も恋人なので相談出来るけど当事者たちに今回のような悩みを相談することは出来ない。だから山田は貴重な存在だ。もっと仲良くなりたかった。

「は? 普通に嫌なんだけど」
「数少ない友達……」
「わかったって! たく……勝手にすれば」

許可が下りたので席移動。ふと思いついた。

「山田、あたしの膝の上に乗って」
「は、はあ!? 意味わかんないし!」
「いいから、早く」
「ぜってーやだ!」
「ケチ。じゃあ、あたしが乗るし」
「え? あ、ちょ、ちょっと……!?」

横抱きに膝に乗って写真を撮る。送信する。

「……いつまで乗ってんの?」
「あ、ごめん。重かった?」
「や、別に、重くはないけどさ……」

手が上がったり下がったり。その手を取る。

「腰押さえてて、もう何枚か撮りたいから」
「もぉ……有栖川は卑怯だ」

ベストショットを狙って、田中に送信送信。

「あれ? カヤからだ……なんだろう?」

メッセージを開くと、田中を膝に乗せるカヤの写真。こうしちゃいられない。山田に言われた通り、会って話そう。話はそれからだ。

「カヤ! さっきの写真、なんのつも、り?」
「おかえり有栖川!」
「おかえりなさいませ、お嬢様」

即座に帰宅すると田中とカヤが出迎えてくれてふたりはケーキを手に持っていた。上に乗ったチョコレートに"お誕生日おめでとう"と書いてある。そこでふと思い当たる。そういえば、そろそろ自分の誕生日だったことを。

「え? でもだって、さっきの写真は……?」
「ふふ。あれは仕返し。それにああすれば有栖川はすぐ帰って来るってカヤさんが……」
「役得でございます」

怒りはなくならない。でもあたしが先に田中に嫌な思いをさせたのかも知れない。ならば仕返しされても文句は言えない。涙が出た。

「有栖川、大丈夫?」
「うう、ごめん……ごめんね、田中」
「いいよ……僕もごめんね。さあ、ケーキを食べよう。カヤさんに教わって僕も手伝ったんだ。だから味の保証は出来ないけど……」
「いい……嬉しい。大好き」
「僕も有栖川のこと大好きだよ」

会って話せばわかり合える。そう実感する。

「カヤ。ケーキを食べる前に話がある」
「はい。何なりとお申し付けください」
「田中と過ごす時間が足りない」
「お勉強のあとに、田中様と一緒にお食事をして、歓談するだけでは物足りませんか?」
「ふたりきりの時間がたっぷり欲しい」
「では、おやすみの日を設けましょう」
「いいの?」
「田中様の頑張り次第にはなりますが……」
「僕、頑張るよ。有栖川のために、頑張る」

ただ、これだけの話だ。これだけで済んだ。

「カヤ。今回の一件、あたしは情けない」
「良い機会だったと思います。お嬢様が成長なされたことカヤは嬉しく、誇らしいです」
「ただあの写真はやりすぎだぞ」
「お嬢様は知らないのです。山田様に抱かれたお嬢様の写真を見た時の田中様の悔しそうなあのお顔を。それでもまだ怒りが収まらないのでしたら、このカヤに提案があります」

そう言ってカヤは、ケーキを指差しながら。

「このお誕生日ケーキはどうぞ田中様のお膝の上で美味しくお召し上がりくださいませ」
「よし! ならば全てを赦そうじゃないか!」

結局、なんだかんだ最高の誕生日になった。


【結局、ケーキにも下の名前は書かない】


FIN

にやにや
おつおつ

「有栖川さんってほんとスタイルいいよね」
「直視できない……女に生まれてよかった」

はいどうも。今回は現在、不人気キャラ投票ダントツ1位を独走中の佐竹でお送りします。
有栖川家の使用人に完全敗北を喫した私のエピソードなんて誰も興味がないと自覚していますので、女子更衣室からレポートします。

「足長い、腕長い、首長い、腰細すぎだよ」
「顔も小さいし……ありがたやありがたや」

ご覧の通り、有栖川さんの生着替えは一部の生徒にとって信仰の対象と化していますね。
たしかにモデル並みのスタイルの良さです。
下着の色も純白で、白のオーバーニーソとナース服を合わせれば世界は平和になります。

「てかちょっと見て、あれ……」
「あ、ネックレスつけてる……」

そんな羨望の眼差しを集める有栖川さんの胸元に光る、ブルートパーズ。11月の誕生石。
ピンクゴールドのチェーンが、可愛らしい。
恋人の田中からの誕生日プレゼントですね。

「ねえ、あれ。ずるくない……?」
「有栖川さんなら校則違反も許されるの?」

おっと。こりゃいけねぇ。きっとうっかり体育の前に外し忘れていたのでしょう。ならばこの佐竹が、この場を丸く収めようとして。

「あたしもつけてるけど?」
「げ、山田」
「あんたも外しなさいよ!」
「チッ……うっせーな」

山田に先を越された。私は知っている。有栖川さんに自慢されて山田も同じネックレスを買っていたことを。普段は隠しているけど。

「有栖川。お前もそれ外しとけよ」
「あ、忘れてた。それより、山田」
「あん?」
「その黒の下着、えっちすぎない?」
「ばっ……ばっかじゃないの!?」

私は知っている。私のいないところで2人が仲良くなったことを。私は気づいている。もう仲介する必要もなく私は要らないことを。

「なあ、あの子誰? もしかして転校生?」
「でもあの席、佐竹の席だよな……?」
「まさか佐竹、転校したのか? そんな!」

転校していません。今ここに座っているのは正真正銘の佐竹です。朝起きて、ふと髪を切りたくなったので、キッチンバサミでジョキジョキ切りました。毎日手入れを欠かさなかったとぅるとぅるの髪をゴミ箱に放り込み、昨日のかわいい私とは、おさらばしました。

「え? もしかして、あれ佐竹のすっぴん?」
「嘘、だろ……さすがに変わりすぎだろ……」

せっかくさっぱりしたのに周囲の雑音がうるさいので、ノイキャンのイヤホンを装着してお気に入りの歌い手の曲を流していると、誰かがそのイヤホンを耳から抜き取りました。

「佐竹」
「山田、おはよ」
「なに、その髪と格好」
「もうかわいいのやめたの」

コンタクトやめて部屋用のデカ眼鏡着けて、スカートの下にジャージを穿いて、髪切ったら寒かったから昔おばあちゃんが編んでくれたマフラーを巻いた私は完璧なモブ1号です。

「ちょっと来い」

山田は席に鞄も置かずに、私の鞄をひったくり、二の腕をつかんで連行します。私はされるがまま、教室から連れ出されました。そもそも拒否権なんて、モブ1号にはありません

「山田、どこ行くの?」
「美容室」
「授業は?」
「サボる」

学年主席で優等生の私には初めての経験だ。
そもそも優等生になったのも、めちゃモテ委員長の影響だったなあ。くだらない憧れだ。

「山田、腕……痛いよ。もう離して」

ずっと二の腕を掴まれていて、さすがに鬱血しそうだったので、そう訴えると、山田は立ち止まってキッ!とこちらを睨んで吠えた。

「佐竹が危なっかしいから掴んでんだよ!」

そんなつもりはない。丁度、街に向かう途中に掛かっている橋の真ん中だから、ひょいと欄干を乗り越えたら、寒中水泳が楽しめそうだなとしか思ってない。健康第一だからね。

「なんで何も相談しないんだよ!?」
「相談って、有栖川さんみたいに?」

口答えしてしまった。山田は何も言わない。
そのまましばらく無言で見つめ合っていると、1台のロールスロイスが路肩に停車した。

「何かお困りでしょうか?」

私は知ってる。彼女が有栖川家の使用人だ。

「は? あんた誰?」
「あの人は有栖川さんの家の人だよ」

山田の誰何に私が答えた。あの人のせいでこうなったとは言わない。ただ私は、あの人と話してみたい。話さなくてはならなかった。

「カヤと申します。以後、お見知りおきを」

以前、近所の中学生を金で雇い、嫌がらせ目的で有栖川さんと待ち合わせしていた田中に差し向けたことがあった。そこに現れたのがこのカヤと名乗る使用人。間違いなかった。

「橋の上はお寒いのでどうぞお乗り下さい」

山田が目でどうするか訊ねてきたので私は頷いて、車に乗り込んだ。不思議と怯まなかった。それは山田と一緒だからかもしれない。
音もなく発進する車。静かな車内で訊ねる。

「カヤさんはどうして停車したんですか?」
「本日、お嬢様がお弁当をお忘れになったので、それを学校まで届けた帰りにたまたまご学友と思しきおふたりを見かけて、もしも何かお困りのようなら手助けをしようと思い至り、失礼ながら声を掛けさせて頂きました」
「それは嘘ですよね……カヤの姐御さん?」

バックミラー越しに見つめると、すっと目を細めてカヤの姐御さんは、上品に微笑んだ。
ぞくりとした。震える手を、山田が握った。

「おい。あんた、佐竹になんかしたのか?」
「あたしが? 身に覚えはねーな。そっちのほうはあるみたいだけどな。なあ佐竹のガキ」
「わ、私は……ただ田中が嫌いだったから」

震える声で、そう絞り出すと、嘲笑された。

「その結果がそのザマかよ。ざまあみろとはこのことだな。田中様はもう有栖川家の庇護下にある。今後一切、手出し無用だかんな」

念入りに釘を刺されて敗北感が身に染みる。

「もういい。降ろせよ。歩いていくから」
「お前が山田ってガキだな? お嬢から話は聞いてるぜ。随分親しくなったみたいじゃん」
「だったらなんだよ。あんたには関係ない」
「今度うちに遊びにこいよ。歓迎するぜ」

皮肉なのか本気なのかわからない。山田も判断がつかないようで答えあぐねていると返事を待たずカヤさんは私に行き先を確認した。

「そのザンバラ髪を見ればだいたい予想はつくけど、行き先は美容室でいいんだよな?」
「あ、はい……よろしく、お願いします」
「心配しなくても、山に埋めたりしねーよ」

これは冗談なのだろうか。冗談だといいな。

「それにしても山田ちゃんはあたしの学生時代にそっくりだな。その生意気そうな目つきと口調。たしかにお嬢が気に入るわけだぜ」
「はあ? なにそれ。全然嬉しくないし」
「何せあたしはお嬢のお気に入りだからな。山田ちゃんも精進しろよ。ほら、着いたぜ」

美容室に着いてカットして貰う。何故か山田も髪を切ると言い出してお揃いのインナーカラーにして貰った。かわいいのやめたのに。

「おー似合う似合う。双子姉妹みたいだな」
「……まだ居たのかよあんた。仕事しろよ」
「せっかく学校サボったんだから楽しまないと損だ。バッセンいこーぜ。ボウリングも」

待っていてくれたカヤさんに連れられて、バッティングセンターとボウリング場を梯子した。久しぶりに運動したからヘトヘトだ。帰りの車内で山田が寝てしまうのも仕方ない。

「なんだよ、山田ちゃん寝ちゃったのか?」
「たぶん精神的にもキツかったと思います」
「若いのにだらしねーな。もっと遊べよな」

元気なカヤさんにげんなりしつつ確認する。

「カヤさんは今日、有栖川さんにお願いされて、私たちを探しに来たんですよね?」
「ああそうだ。友達思いのお嬢に感謝しな」

友達。山田はそうだけど私は違う。モブだ。

「ちなみにどうして嘘をついたんですか?」
「佐竹の嬢ちゃんを試すために決まってんだろ。どのくらいの知力と洞察力があるのか見極めないと込み入った話なんか出来ないし」

会話が続いてるので、合格点だったらしい。

「カヤさんは舞台装置って知ってますか?」
「あん? なんだそりゃ」
「要は都合の良い便利屋なんですよ、私は」

私は舞台装置。物語が展開するための装置にすぎない。田中と有栖川さんが親しくなるまで。山田と有栖川さんが親しくなるまでの橋渡しをするのが役目だ。別に珍しい存在ではないと思う。むしろ主要な登場人物になれるほうが珍しい筈だ。主人公枠は限られてる。

「それはあれか? たとえば学級会で意見が割れた時に取りまとめるような奴ってこと?」
「まあ、簡単に言えばそんな感じです」
「ふーん。つまんない役目だねぇ」

つまらない役目かもしれないけど私はそれにやりがいを感じていた。誰にも感謝されなくたって良かった。自己愛が満たされるから。

「私は周りが上手くいってればそれで満足なんです。他人のためではなく自分のために。自分が1番かわいい、自己肯定感の塊です」

私がそう言い切ると寝ていた山田が呟いた。

「そんなの……あたしだってそうだし。みんなそうじゃねーの? 誰だって自分が1番で、自分が可愛いだろ。それの何が悪いんだよ」
「それは山田が主人公だから許されてるの」

主人公にはわからないこの気持ち。カヤさんならわかると思った。全てを見透かすゲームマスターなら舞台装置の気持ちがわかる筈。

「佐竹の嬢ちゃんがだいぶ拗らせてるのはよくわかった。だからこそ適任かもしれない」
「適任ってなんのことですか?」

訊ねると、カヤさんは使用人の顔に戻って。

「こほん。佐竹様には、田中様の家庭教師のお目付け役を、是非とも依頼したいのです」

お目付け役。たしかに私は学年主席だけど。

「でも私は田中のことが大嫌いだから……」
「しかし佐竹様はもう可愛いのをやめたと伺いました。ならば断る理由はない筈ですが」

かわいいのをやめた今なら嫌う理由もない。

「そのお役目……謹んでお受けいたします」
「おい、いいのか佐竹? そもそも家庭教師のお目付け役って、どういう意味なんだよ?」
「私がカヤさんを、見張るってことだよ」
「はい。佐竹様の仰る通りでございます」

私も驚いたけど、間違いない。カヤさんは。

「あたしが粗相しないように見張ってくれ」

きっと田中に魅了されている。惚れている。
どうしてそうなった。いや、ざまあみろか。
だから私は警告したのに。田中の危険性を。
とにかくこの役目は、私にしか務まらない。
ジョブチェンジをして、非常勤講師になる。


【結局、私たちは使用人の名前を知らない】


FIN

最後に【】で囲まれたタイトルっぽい締めにFINって文体がスカトロ原作レイプスレを彷彿とさせるな

フハッ

「佐竹のすっぴんがあんなもんだとは……」
「もう俺、女子を信じられない……」
「邪魔」

朝登校すると、自分の顔を鏡で見たことのない馬鹿どもが教室の入り口にたむろしていて邪魔だったので蹴りを入れやった。失せろ。

「うわっ! な、なんだ山田かよ」
「小さすぎて気づかなかった……」
「あ?」
「ひぃっ!?」
「お、おっかねー……」

おっかないのはてめーらの脳みそだ。佐竹のすっぴんでガッカリするようなら、今後一生彼女なんかできねーよ。あの日、佐竹は明らかに寝不足だったし、髪も自分で切ったせいか輪郭も変わって見えた。てめーらも丸坊主にすりゃわかるだろうよ。佐竹はかわいい。
それにしても、馬鹿男子共の香水の臭いが不快だ。無意識にあたしは良い香りを探した。

「おはよ、山田。もう気にしなくていいよ」
「佐竹……本当にもう大丈夫なの?」
「うん! もう大丈夫だから……ありがとね」

佐竹はあれから立ち直った。今は有栖川家の使用人のお目付け役として日々励んでいる。
あの時の佐竹に必要だったのは新しい役目でそれをあたしは用意出来なかった。無力だ。
佐竹に役目を与えて立ち直らせたのは有栖川の使用人。あいつが全て解決した。悔しい。

「それより聞いてよ。カヤさん、思ったよりヤバくてさ。あとちょっとで田中が妊娠するところだったよ。紙一重とはこのことだよ」
「へーそりゃ惜しかったな。めっちゃ残念」
「あはは。山田は相変わらず田中嫌いだね」

どうだろう。あたしは今でもあいつが嫌いなのだろうか。目を向けると、田中は有栖川と仲良く喋っている。だけどあたしの目に映るのは有栖川だけ。田中なんかどうでもいい。

「カヤさんが早く山田を連れてこいってさ」
「ふん。あいつの言いなりなんて癪だし」
「やれやれ。山田もそろそろ変わりなよ」

そう言い残して、佐竹は席に戻っていった。
佐竹は変わったと思う。もう学校いちの美少女ではない。それでも以前のような腹黒さがなくなった今の佐竹のほうがかわいい。
素直に本音を言えるほうが、自然だからだ。

「あたしも、そうなれるのかな……?」

佐竹は佐竹。あたしはあたしだ。だからその法則があたしに適応されるかはわからない。ただ最近、目を背けている事実に、気づいているのに気づかないふりをしている真実に、そろそろ、向き合うべきなのかもしれない。

「田中。ちょっと話がある」
「え? なんだ山田か。なに? 僕は今、有栖川と楽しくお喋りするのに忙しいんだけど?」

なんだとはなんだ。イラつくけどぐっと堪える。有栖川がキョトンと首を傾げて見てる。
肩に流れる髪から漂う香りが、さっきの馬鹿男子どもの下品な香水の臭いを消していた。

「あの日……あたしは、間違っていた」
「あの日っていつのこと?」
「おとこおんなって言って……ごめん」

敗北の屈辱。屈服の恥辱。今日を忘れない。

「あの日、あんたが言った言葉の意味がようやくわかった。大事なのは対象なんでしょ」
「ふふふ。気づくの遅いけど、よかったね」

目を背けていた。気づかないふりをしてた。

『どっちでもいいとかきしょいですねって』

あの日、田中はそう言った。たしかに、きしょいと思う。対象を指定していないからだ。
その意味がようやくわかる。大きな一歩だ。

「田中、なんの話?」
「僕は有栖川のことが好きで、有栖川は僕のことが好きってこと。ただそれだけの話さ」
「なんだ。そんなの当たり前のことじゃん」

当たり前の事実に、ようやく気づけたのだ。

「言いたいことはそれだけだから……じゃ」
「あ、山田。今日の放課後って予定ある?」

敗北を乗り越えて立ち去ろうとしたあたしに有栖川が声をかけた。思わず期待してしまう自分に嫌気が差す。でも今日だけは。いや、これからは素直になろう。だってあたしは。

「田中たちが勉強してる間、暇でしょうがないから山田にもうちに来て欲しいんだけど」
「うん……わかった。行く」
「ほんと!? あのさ、出来ればなんだけど」

素直に頷いたあたしに有栖川はこう囁いた。

「明日学校休みだし、泊まっていかない?」
「……ふぇ」
「え? なに? よく聞こえないんだけど?」
「わ、わかったって言ってんの! バカ!」
「そ、そんなに怒ること……? まあ、いいけと。それじゃあ、放課後、カヤを迎えに行かせるから、荷物とかを用意して待っててね」
「……待ってる」

有栖川とお泊まり。どうしよう。顔が熱い。心臓が張り裂けそう。なんなら、吐きそう。
たまらずトイレに駆け込んで溜息を吐く。

「はあー……しんどいなぁ」

わかってる。何もかも。この感情には覚えがある。前の対象は高橋先輩だった。そして今の対象は有栖川。その相手と、お泊まりだ。

「個室……誰も入ってないよな?」

トイレの個室をチェックして中に入りかけて我に返る。今、あたしナニしようとしてた?
ダメダメそんなの。ポッケに入れてるブルートパーズのネックレスを取り出して握りしめる。石言葉は"誠実"と"友情"。だからダメ。

「あたし、マジで有栖川のこと……もぉ~」

認めよう。あたしは有栖川のことが好きだ。

「あ、お風呂上がった? じゃあ次はあたしが入ってくる。ちゃんと寝ないで待っててね」
「ご、ごゆっくり……」
「はあ? なに山田。まだ緊張してんの? あ、喉乾いたでしょ。はい、お水。じゃあね」
「あ、ありがと……行ってらっしゃい」

ダメだ。全然ダメだ。わけわかんない。高橋先輩にきゃあきゃあ言ってた時とおんなじ。
こんなのあたしじゃない。あたまおかしい。

「ぷはぁー……あー……あたし寝れんのかな」

ごくごくペットボトルの水を飲みまくり、ひと息つくと、そこは有栖川の部屋。夢かな?
ほっぺをつねってみると、痛い。泣きそう。
田中たちはもう帰った。あとは寝るだけだ。

「あれが、有栖川のベッド……ごくり」

部屋中が有栖川の良い匂いがするけど、その大元は、クイーンサイズの大きなベッドだ。
このいけない香りがあたしを狂わせるんだ。
元凶がわかっているなら、対策をしないと。

「よ、よーし……今にみてろよ、とぅっ!」

覚悟を決めて元凶にダイブ。弾む弾む。転がる転がる。匂いを上書きしつつも、自分に有栖川の匂いを擦り付ける。めっちゃ幸せだ。
くんかくんかしてると、突然ドアが開いた。

「なーにやってんだよ、山田ちゃん」
「うひゃあっ!?」

ニヤニヤと優雅に嘲笑う使用人。見られた。

「発情したメスガキの匂いを嗅ぎつけてみればとんだ醜態晒しやがって。現行犯逮捕だ」
「み、見んなよ! あっちいけ! 消えろ!」
「やだね。ほーら捕まえた。こちょこちょ」
「さ、触んな! やっ! 手、入れんなよ!?」
「え? 山田ちゃんってそっちじゃないの?」
「違うし! 勘違いすんな! あたしは違う!」

誰でもはよくないし。有栖川だけしかヤダ。

「ひゅー青春してんねー」
「そう言うあんたこそ、どうなんだよ?」
「あん? なんのことかさっぱりわからん」
「田中が好きなんだろ? 早く寝取れば?」
「それが出来ない理由、知ってんだろ?」
「チッ……あー……まじめんどくさいなぁ」

そしたら有栖川が悲しむ。だから出来ない。

「そんなに好きならうちで一緒に働けば?」
「はあ? なにそれ、どゆこと?」
「あたしの部下として、こき使ってやんよ」
「……考えとく」
「んじゃあな。夜更かしすんなよ、青少女」

有栖川家で働く。その未来は魅力的だった。

「え? 何この惨状。ベッドがぐしゃぐしゃ」
「……お前んとこの使用人がやった」
「まったく、カヤのやつめ。怪我はない?」
「紙一重だった」

大怪我はしたけどまだ生きてるから大丈夫。

「あー喉乾いた。山田、水貰うね」
「え? あ、ちょっと! それはあたしの……」
「ちょっとくらいいいでしょ?」
「別に、いいけどさ……」
「ありがと。あーお水美味しい」

あ、間接キス。ベタすぎるけどそれがいい。

「んじゃ、そろそろ寝よっか」
「よ、よし……大丈夫。覚悟は出来てるぞ」
「電気消すよー」

電気を消して布団に潜り込むと、囁かれた。

「あたし、友達と一緒に寝るの初めて」
「……有栖川は友達少ないからな」
「山田くらいしかいないのは間違いない」

山田くらいでよかった。良かった、山田で。

「じゃ、おやすみー」
「お、おやすみ……」

何も起きない。そりゃそうだ。友達だしな。

「……また誘ったら泊まりに来てくれる?」
「まあ……飯は美味いし、風呂も部屋も広いし、断る理由がないから来てやってもいい」
「偉そうだな……まあ……山田らしい、けど」

そう呟いて、有栖川は寝た。え? 早すぎる。

「……お母、さん」

寝言だろうか。寝ながら泣いてる。可哀想。

「母親には、なれないけど……傍にいるぞ」

そう囁いて、涙を拭うと、すやすや眠った。
あたしは当分寝れそうにはないけど。少なくとも、一晩中、悶々としなくて済みそうだ。

「好きだよ……有栖川。ほんとうに大好き」

どうかこの想いが永遠に続くことを願った。


【結局、あたしは寝所で御名を囁けない】


FIN

「坊ちゃま! 速く走ると転びますよ!」
「ふふふ! 僕を捕まえてみろ、ヤマ!」

あれから暫くの時が過ぎた。あたしは卒業後、有栖川家に就職して、今は坊ちゃまのお世話係だ。両親である奥様とその他1名は、カヤ先輩を連れて、お仕事に出掛けている。

「おー! 大きくなったね!」
「こんにちは!」
「はい、こんにちは」

あんよもお上手となって走り回る坊ちゃまは来客の佐竹にご挨拶している。外見的特徴は全て有栖川から受け継いでるが、この礼儀正しさだけは、その他1名から受け継いでいた。

「うわーほんとに有栖川さんそっくりだね」
「だろ? あたしはもう可愛くてたまらない」
「山田は今でも有栖川さん大好きだもんね」
「う、うっせ! 佐竹のバーカバーカ!」
「あーそんな言葉遣いしちゃいけないんだ」
「いけないんだー」
「むぅ……申し訳ございません、坊ちゃま」

坊ちゃまに咎められて謝ると佐竹は微笑み。

「変われて良かったね、山田」
「……ありがとな、佐竹」
「ちょっとやめてよ。感謝なんて」
「あんたは別に感謝を望んでないだろうけど、今のあたしがいるのはあんたのおかげ」
「今の私がいるのも山田のおかげだよ」

そうだろうか。それならあたしは嬉しいな。

「山田は今、幸せ?」
「あたしは……」

わかりきった答えを遮って坊ちゃまが仰る。

「ヤマのことは、僕が幸せにするの!」
「はぅ……坊ちゃま、ヤマは感無量です」
「ヤマはお歌も上手いし可愛いから大好き」

なんて良い子なんだろう。さすが有栖川の子供。その他1名の悪影響なんて一切跳ね除けて、これからも天使のまま成長して欲しい。
思わず涙ぐむと坊ちゃまは爆弾発言をした。

「ヤマはね、僕のお嫁さんになるんだよ」
「ふぇ!? あ、あたしが坊ちゃまの……?」
「うーん。でもその時に山田は40代で……」
「佐竹。お前さ……そういうところだぞ」
「あははは。そのくだり、懐かしいなー」

学生時代のように釘を刺すと佐竹は笑った。
あたしも笑うと、お坊ちゃまはキョトンと首を傾げた。その仕草がまた有栖川そっくりで愛おしい。学生時代は佐竹からメスガキ大将と呼ばれたあたしだ。40代でも若くいよう。

「ヤマ。僕が大きくなったら結婚しよーね」
「はい。その時を、心待ちにしております」

有栖川に対する想いを帝国少年に捧げよう。


【結局、その御名は40過ぎまで呼べない】


FIN

>>65
彷彿も何も同一人物だからな
HTML化依頼スレで「終わりました」なんて
ふざけた表現使ってるのこいつだけだし

末尾0がわざわざ安価つけてまでマウントとってると自演を疑うわ
証拠もないのによく誹謗中傷できるよな

いや冤罪だとしたらここまでガン無視するの無理だろ

むしろこれを証拠がないから別人とか言えるのって
うんこ本人以外に有り得んわな

内容読んでないけど、散々板のローカルルール無視しといて今更「スカトロ要素無い一次創作書いたので、正当に評価して下さい!」は虫が良すぎだろ
反省とかしなさそうだし「謝罪とかどうでもいいから他所行って書けウンコ野郎」としか思わんわ

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