黛真知子「だから論理ロンリー!」古美門研介「……なんのつもりだ?」 (8)

何故弁護士になったのかと問われて、私は「真実を追求したいから」と答えた。
それに対して師事している古美門研介は。

『自惚れるな。我々は神ではない。ただの弁護士だ。真実が何かなんてわかる筈がない』

このように述べ、ばっさりと切って捨てた。

『神でもない我々にそんなことがわかる筈もない。正義は特撮ヒーローモノと少年ジャンプの中にしかないと思え。自らの依頼人のために全力を尽くして戦う。我々弁護士が出来ることはそれだけであり、それ以上のことをするべきではない。わかったか、朝ドラ!』

先生は私のことを『朝ドラ』と呼ぶ。よく似ていると言われる女優の新垣結衣は朝ドラに一度も出演したことがないのに。不可解だ。

「わかったことがひとつあります」

けれど、ひとつだけ明白なことを宣言した。

「私は先生のようにはなれない。なる必要もない。私は先生が絶対になれない弁護士になります」
「面白い」

不敵に口角を曲げる横分け小僧を論破する。

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「先生は正義を履き違えています」
「履き違えてなどいない。正義とは立場によって変わる。当事者それぞれに都合良くコロコロと。まるで悪のように。違うかね?」
「違います。多角的に物事を見定め、客観的に良し悪しを判断すれば、正義は不変です」
「監視社会など流行らんよ」

監視社会。全国各地の監視カメラを初めとして昨今SNSが急速に普及し、まるで秘密警察のように国民が国民を相互監視する時代。

「少なくとも、悪事は減ります」
「その代わり自由も減るだろう」

先生は自由を用い人権問題へと発展させる。

「いいか、朝ドラ。我々は公務員だ。公務員たる我々は法を執行する。その法の上に成り立つのが憲法である。君こそ履き違えるな。法を重視するあまり憲法に記された基本的人権をおそろかにしたその時点で、法的根拠など何もなくなる。それどころか、胸に付けた弁護士バッジを返納しなければならない。君にそれだけの覚悟があるのか?」

そうじゃない。論点をずらされた。だから。

「先生こそ、おこがましいですよ」
「なんだって?」
「弁護士が憲法を語る資格はありません」
「ほう。少しはマシになったようだな」

マシになれただろうか。強く賢く。狡猾に。

「では今度は私から訊ねよう」

相手の土俵に立てば勝てる裁判にも勝てない。なんとか敗訴を回避してほっと息を吐く暇もなく、古美門研介は仕掛けてきた。

「君は真実を追求したいという。正義か悪かをはっきりさせるためにね。その結果、その果てに君は何を得る? 何を満たしたいんだ」

あくまでも利己的な先生らしい質問。私は。

「私は別に自分が何も得られず、何も満たされなくても構いません。ただ、真実を……」
「つまりただの知りたがり屋なわけだ」
「違います。そうじゃなくて、私は……」

知りたがり屋。挑発だ。動揺するな。でも。

「いえ……そうかも知れません。何が正しいのか間違っているのか、私はそれが知りたい」
「やはりそうか。ならばやめておけ」

素直に認めると先生はそこに漬け込むことはせず忠告としか思えない口調で諭してきた。

「この世界には知らなくていいことが沢山あり、知れば後悔することだらけだ。弁護士を続けたければ片目を瞑る事を心がけたまえ。可視領域とは我々を守る為に存在している」
「それは……私のためですか?」

先生は答えない。応えない。片目を瞑って。

「じゃあ、私が先生の片目になります」
「……君が?」
「先生が見たくないものを私が見ます」

それが私の見たい真実。知りたい真実だ。

🇳‌🇹‌🇷‌

「先生は私が見たくないものを見て下さい」
「何故私がそんな真似を……」
「私たち弁護士が神ではないからです」

先生の言葉を持ち出すと、じっと見つめて。

「君ごときが私の目になれると?」
「私以外では先生に論破されます」
「なるほど。最低限、論理的だな」

論理的な人間は孤独。つまり論理ロンリー。

「だから論理ロンリー!」
「……なんのつもりだ?」
「つい歌っちゃいました」

テヘペロと舌を出すも、論点は違っており。

「歌? てっきりお経かと思ったぞ」
「それほど有り難みがありました?」
「有り難み!?」

古美門先生は大袈裟に驚いてため息を吐き。

「よくわかった……いいだろう。君の認識をこの私が補足してやろう。目ではなく耳で」
「私、耳は良いほうなので」

再びため息を吐いた先生は脈絡なく訊ねた。

「黛君。君は私を"先生"と呼ぶ。何故だ?」

何故って。そんな理由考えたことすらない。

「私が弁護士だからだ。そして君もまた弁護士の端くれだから先生と呼ばれる。医者も作家も政治家も、その肩書きは非凡なのだよ」
「何が言いたいんですか」
「人間は平等ではない。つまり"先生"と呼ばれる我々と平民には価値観の隔たりがある」

まるで私の片目のように先生は世界を見る。

「多様性を受け入れろと言う者こそが、唯一性を認めないのはなんとも皮肉なものだな」

当たり前だ。正反対の主張は、交わらない。

「その点、君はその矛盾を上手く回避した。ひとりの人間が、つまりは個人が異なる主張を掲げることは出来ない。だから正反対の我々がそれぞれの視点でひとつの真実を追求することには確かに意味があるのだろうね」
「もしかして、褒めてるんですか……?」

先生は答えない。応えない。片目を瞑って。

「君はもう私を"先生"と呼ぶ必要はない」

そうだろうか。私たちは特別なのか。違う。

「私たちは弁護士である前に人間です」
「つまり?」
「だから尊敬する相手を先生と呼ぶんです」

私が先生を先生と呼ぶのは尊敬してるから。

「だから私は先生を"先生"と呼び続けます」
「……好きにしたまえ」

私の主張は先生にとって都合の良いものだ。

「先生も私を"先生"って呼んでいいですよ」
「調子に乗るな。同じ弁護士という立場でも君は後輩であり私は先輩だ。つまり呼んで字の如く、私のほうが先を生きているわけだ」
「なるほど。じゃあ私は"後生''ですね」
「字面のイメージが良くないからタンスの奥からセーラー服でも引っ張り出して女子"後生"とでもしてみたらどうだ? 無論冗談だ」

笑い話を口にする古美門先生は機嫌が良い。

「さて、"後生"」
「はい、"先生"」

古美門研介は前を歩みその足跡を私は辿る。

「君に話さなければならないことがある」
「なんですか、改まって」
「別に大したことはない。先程君が突然読経した際に衝撃を受けた私が心身喪失状態に陥り脱糞してしまったわけだが、どう思う?」
「別に、どうも。ただ汚い"便"護士だなと」
「フハッ!」

また基本的人権を持ち出されては敵わないので素っ気なく断罪すると、悪党が哄笑した。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

何故だろう。悔しい。私は負けてしまった。

「ふぅ……私に勝ったと思ったか? 脱糞していただけだ。一度次期惑星探査機はやぶさ2に括り付けられて数年間小惑星を探査してくるといい。少しはマシになるだろう。成層圏で燃え尽きなければねぇえええwwwww」
「私、何がいけなかったんでしょうか……」
「旅人のコートを脱がせたぐらいで勝てると思うな。太陽をやるなら灼熱地獄でパンツに染み付いた下痢便を乾かせ。それぐらいでなければ理想で現実を変えることなど出来やしない。もっともっと強く賢くなれ朝ドラ!」

切なくて、壊れそう。先生の優しさが辛い。

「……私の完敗です」
「ふん。悔しいか?」
「はい。漏らす程に」
「フハッ!」

もっともっとズルく、賢く。狡猾になろう。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「私、汚れちゃいました……」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

人権とは何か。尊厳とは。正義と悪は何か。

「私を悪に貶めてそんなに愉しいですか?」

悔し紛れに恨み言を口にすると口角を曲げ。

「私を追って漏らしたバカを誇らしく思う」

酷い台詞だ。だけど私はこの人を尊厳する。

「先生はロンリーじゃありませんから」
「論理とは破綻しても成立するものだ」

矛盾する理論は破綻している。それが真実。
多様性と唯一性。善悪。そして正義の結論。
異なる立場だからこそ、その果てが見える。
私たちは神ではない。コンビの"便"護士だ。


【リーガル・トイレハイ】


FIN

一部訂正があります
>>2レス目で

「いいか、朝ドラ。我々は公務員だ。公務員たる我々は法を執行する。その法の上に成り立つのが憲法である。君こそ履き違えるな。法を重視するあまり憲法に記された基本的人権をおそろかにしたその時点で、法的根拠など何もなくなる。それどころか、胸に付けた弁護士バッジを返納しなければならない。君にそれだけの覚悟があるのか?」

と書きましたが、正しくは

「いいか、朝ドラ。我々は公務員だ。公務員たる我々は法を執行する。その法は憲法のもとに成り立っている。君こそ履き違えるな。法を重視するあまり憲法に記された基本的人権をおそろかにしたその時点で、法的根拠など何もなくなる。それどころか、胸に付けた弁護士バッジを返納しなければならない。君にそれだけの覚悟があるのか?」

でした。確認不足で申し訳ありません

最後までお読みくださりありがとうございました!

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