鎮守府生まれの提督さん (13)
360度見渡す限りの海。
入道雲が昇る青い空も相まって、水平線はぼやけて見えた。
「こちら吹雪。問題ございません」
15分おきの連絡も終えたころ、吹雪は欠伸を噛み締めていた。
横にいる睦月もその様子を横目に見て、つられて口を押える。
ここは深海棲艦から奪取した鎮守府近海。ごくたまに小型の駆逐艦が現れるが、日々鍛錬を積んでいる二人からすれば恐れるに足らない。
それもあってふたりはリラックスと程よい緊張感の狭間で任務をこなしていた。
ふたりは鎮守府でも有名なほどに仲が良いが、景色も変わらない海を延々と進んでいれば流石に会話のラリーも減る。
「そろそろ戻ろうか」
「そうだね」
そうこうしているうちに警備範囲の限界まで来た。ここから先は二人だけで進むのは万が一のことを踏まえて禁止されている。
何事もなく折り返し地点まできた二人の頭の中には昼食の献立が浮かんでいた。
「今日のデザートは何かな?」
「昨日はチョコパフェだったよね」
散歩の感覚で進めるいつも通りの警備任務。二人はつかの間の平穏を満喫していた。
そんな変哲もない日常が崩れたのはそのあとだった。
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「……ん?」
話のネタも兼ねてあたりを警戒していた吹雪だったが、進行方向のぼやけた水平線上に影を見つけた。
艦娘といえども視力は限界がある。はっきりとはわからないが、かろうじで人型であることはわかった。
「睦月ちゃん。あれ、なんだろう」
「え……どこ?」
「どこって…ほら、正面。遠くになにか見えない?」
先ほどよりも大きくなった影に指をさす。先ほどよりも近づいている。
あきらかにこちらへ近づいてきていた。
「……どこ?」
今や目を細めなくても目視できる『それ』が彼女には見えていないようだ。
その反応を見た吹雪の背筋に冷たいものが走る。
「え?吹雪ちゃん、どこ?」
「目のま――」
目の前だと伝えようとした吹雪は固まる。『それ』は表情が見て取れるほどの近さまで迫っていた。
薄汚れた真っ白の装束が存在を却って目立たせ、口角をつり上げよだれを垂らしているものの口からは何も発していない。
見開かれた目は焦点が合ってないにもかかわらず、こちらをめがけて猪突猛進してくる。
これが深海棲艦であればよかった。『それ』の正体がわからない吹雪は足がすくみ動けないでいた。
「吹雪ちゃん!?どうしたの?」
吹雪の異変に気付いた睦月だがもう遅い。吹雪にしか見えていない『それ』はすでに彼女の目と鼻の先で――
「……なるほどなぁ」
報告書に目を通した男が口を開く。十数枚に渡るそれを一気に目を通したことで疲労感が生まれたのだろう。欠伸と溜め息が混ざったものが漏れる。昼間といえども関係ない。弱った体があれば睡魔は襲いかかってくるのだ。
「姿勢が悪いですよ」
「おっと、失敬」
執務室で彼専用の椅子に深くもたれていたことを横の秘書官に咎められた彼は、気と姿勢を取り直す。年期の入った椅子は小さく鈍い悲鳴をあげた。
「まったく…人使いが荒すぎる。人が足りないってのに……」
「それは私ではなく上官にお話してみては?」
「顔を合わせる度に3回は言ってるさ。この前なんか敬礼の前に言ってしまった」
「……それが原因では?」
「いやいやまさか」
「私であればそんな無礼な人の頼みは聞きませんね」
「それは流石にないだろ…………いや…でも、え?」
「今度謝ってみてはいかがですか?」
「逆に引かれて距離置かれそうなんだが」
実際のところ、彼らの上官である元帥にとっても彼らの人手不足は最大の課題であった。
仕事の性質上、簡単に動員できるものがいないというのが正しい。
さらに正しくは、彼らはここへ来る者を減らすために日々仕事に明け暮れているのだ。
「……で、これはどこまでが本当なんだ?」
「さぁ?」
先程まで一瞥もせずに熱心に読んでいたそれを机の上に軽く放る。表紙には『中将の護衛任務依頼』と記されていた。
「とうとうこんな任務も来たか……」
男は鼻で笑い、天を仰ぐ。
鎮守府の指揮官であればなんらおかしいことは無い護衛任務。
問題は"誰が"、"何から"護衛するかだ。
「この依頼書を受け取った際に被害にあった子から直接聞いたのですが、そこに書いてあることそのままでした」
「……いつも思うんだけど、なんでお前が俺宛のものを全て管理してるの?」
「いつも言ってますが、提督がだらしないからです。私、一応秘書官なので」
「指示って上から順に下りてくるものだろ?なんで俺飛ばして秘書官が上層部からの窓口になってるの」
「私の仕事なので」
「確かに俺がいないときは頼りにしてるが……でも納得いかんなぁ」
今度は純度100%の溜め息が出る。秘書官は彼のぼやきを無視した。
「で、どうするんですか?」
「受けるしかないだろ……っと」
報告書を整え立ち上がる。急に動いたために少しふらついてしまった彼を、秘書官は横目で見て小言を吐いた。
「鍛練が疎かになってませんか」
「仕方ない。確かに以前よりかは鍛える時間は減ったさ。日々実践のみだ」
「……私たちがサポートできていないと言いたいのですか?」
先ほどからの軽口とは異なり罪悪感の乗った重い返事がきたので男はひとつ咳払いをした。
「嫌味を言うなよ……十分助かってるさ」
男は逃げるように廊下への扉を開いた。
「じゃあ後は頼んだぞ。現場は近いし明日には帰ってくる」
それだけ言い残して部屋を後にする。
「ちょっと!」
少女が男の後を追って扉から顔を出すも、返事すら待たずに飛び出した後ろ姿はすでに玄関から出ていくところだった。
「……まったく…」
1人残された彼女はそんな男を呆然と見送り、少し笑って机上の書類を整頓し始めたのだった。
お盆暇なので徒然と書きます。
たんおつ
「はい…どちら様でしょうか」
門を叩き数秒もしないうちに紫髪の少女が顔を出した。
「中将殿から依頼を受け参りました。大本営直属特殊部隊のものです」
男が挨拶をしたが、少女――睦月は数秒固まった。
「……あっ、失礼しました!」
「全然大丈夫。それよりも中将殿は?」
申し訳なさそうに頭を下げるのを手で制して案内を促す。大本営直属とはいえ公の部隊ではない。
特に提督でない艦娘にはこのような反応もされることも珍しくなかった。
「案内します」と言われ彼女についていく。
さすが戦果を挙げている鎮守府といったところか。廊下はゴミ一つ落ちておらず、管理が行き届いていることが見て取れた。
「……艦娘ではなくて驚いたかい?」
「ふぇっ!?……はい」
先頭を歩きつつもチラチラ振り返ってくる睦月に問いかけると、図星だったため睦月の肩は跳ね上がった。
「『そういうもの』に対抗する部隊があると聞いていたもので、てっきり…」
「わかるよ。他の鎮守府でもみんな同じような反応だった」
「……あのっ」
「心配するな。俺がなんとかするさ」
堂々とした返事に睦月は安堵よりも不安がよぎる。
彼はどこから見ても人間だ。たしかに他の人間と比較したところ腕っぷしは頼りになりそうだ。
だが、それだけ。
海を走れないし深海棲艦に立ち向かう術を何も持ち合わせていない。
吹雪は睦月の目の前で気を失った。容体は日に日に悪化しており、今は布団の中で震える日々を過ごしている。
情報としては提督伝いで聞いたものの、そんなものは見なかった。見えなかった。
睦月自身が見ることすらできなかった存在に、人間が立ち向かうことが可能なのか。
「……こちらです」
色々と考えていると執務室の前までたどり着いていた。
「ありがとう。あと、君からも話を聞きたいから同席してもらえないかな」
「それはかまいませんが……」
助かる。彼は爽やかな笑みを返し執務室の扉を叩いた。
結局話を一通り聞いた彼は「その場所に行きたい」と言い出したので睦月がその場まで案内することとなった。
「悪いね。結局道案内まで頼んじゃって」
小型の船を操縦しながら男が頭を下げる。
先ほどの話し合いの場で男はTと名乗っていた。コードネームのようなものらしい。
現在船内にはTと中将、そして気を奮い立たせてついてくることに志願した吹雪がいる。
「近海を抜けなければその先の海域を奪還できない。私も直接出向き指示を出せるようにしているんだが……」
「司令官…そんなこと言わないでください」
力を振り絞って中将を励ます吹雪。出港したときよりも弱っており、現場に着々と近づいていることがわかった。
「いや……すまない」
中将は申し訳なさそうに言葉尻が弱くなる。自身の行動に対して罪悪感を感じているようであった。
中将の熱意がここまでなければ必要以上の警備は無く、吹雪が『なにか』と遭遇することもなく、Tが出向くこともなかったのも事実。
「大変すばらしいことだと思います。ただ、今回は運が悪かっただけだと思ってください」
Tは本心からそう思っていた。悪いのは中将でも吹雪でもない。むしろ――
「吹雪ですが、諸悪の根源を絶つことでよくなると思います」
「本当ですか!?」
睦月が振り返る。Tは力強く頷いた。
「実はほかの鎮守府でも同等の被害が出ていたらしい。ある一区間で、一部の艦娘が突如気絶。そんなことが起こっているんだ」
「被害者は全員口をそろえて『赤いワンピースを着た少女に気を取られた』と言っているが……」
「……私が見たのは違います…」
「そう。君だけ一致しないんだ」
どうして、と言いたげな目を向ける吹雪にTは答える。
「おそらく、奴らからしてもイレギュラーなことだったのだろう。こういう類のものは、各々のルーティーンに忠実に動くことで現象が起こる。例えば花子さん」
「花子さんって、あの怪談のですか?」
無関係な怪談話が出てきたため思わず睦月は聞き返す。
「花子さんは
①学校の校舎3階のトイレで扉を3回ノックし、『花子さんいらっしゃいますか?』と尋ねる行為を一番手前の個室から奥まで3回ずつやる。
②これによって3番目の個室からかすかな声で「はい」と返事が返ってくる
③そしてその扉を開けると赤いスカートのおかっぱ頭の女の子がいてトイレに引きずりこまれる
この一連の動作が言わば召喚の儀式で発生させる要因なんだ」
睦月にはこの男が何を言っているのかがあまり理解できていなかった。
「だからこそ吹雪は軽傷で済んでいる。やつも力を十分に発揮できなかったのだろう」
だが、そう結んだ言葉は先ほどと同様に力強いもので、未知の理論が却って腑に落ちた。
「……あれか!」
突如Tが叫ぶ。その指の先に顔を向けると、吹雪が顔をこわばらせた。
「間違いありません…!」
吹雪とTの目には『そいつ』が映っていた。むこうも気づいたようで一直線にこちらへ向かってくる。
「中将殿。すみませんがハンドルを変わっていただけないでしょうか」
席を変わったTは船から上半身を乗り出し、構えを取った。
両手を向こうからくるそいつに狙いを定め・
「破ぁ―――――!!」と叫んだ。
するとTの両手から青白い光弾が飛びだし、『そいつ』にぶつかった。
その瞬間、青白い光に包まれたそいつは風に吹かれた灰のように形を崩して消えた。
「これで安心だな…」
そう呟いて片手でタバコに火をつけるT。
一瞬のことに立ち尽くしていた睦月だったが、
「睦月ちゃん!」
という声に我に返る。
船内には笑顔で手を振る吹雪がいた。
「吹雪ちゃん!」
睦月は吹雪のもとへ駆け寄り、思わず立ち上がりバランスを崩しそうになった彼女を抱きしめた。
「司令官…これは?」
「…彼は表向きには知られていないが、深海棲艦…もっと言えばそこも含めた怪異へ対抗すべく軍が育て上げた……らしい」
「……はい?」
「私も詳しくは知らないのだが、艦娘の存在が確認される前から、軍が秘密裏に研究を重ねて、結果彼が誕生した……まぁ、そういった噂が流れているんだ」
「そんなでたらめな…」
「だが、実際どうだ?これが海軍最終防衛ライン、鎮守府生まれのTさんだ」
噂の真偽・その力は何なのか。そもそも怪異とは何なのか。そこへの対抗策に着手した軍は…言いたいこと、聞きたいことはたくさんあった。
だが、睦月にとってそんなことはどうでもよかった。
彼女の頭にあったもの。それは鎮守府生まれってすごいという感嘆であった。
あとはエピローグ書いて第一章〆
ひとまずおやすみなさい
「……で、どうなりましたか?」
「どうもこうも……念のため巡回して問題がなかったから帰ってきただけだよ」
あれからTは念のため近海を周り、完全に消滅したことを確認して帰ってきたのだった。
あまりのあっけなさに最初は面食らっていた中将たちだったが、帰艦するころには何度も頭を下げられた。
「とくに吹雪…被害者な。彼女に関しては目が合うたびにお礼を言われたよ。夕食もご馳走になってきたんだが、お酌してくれてな」
「で、そのまま泊まらせてもらって帰ってきたと」
「言ったじゃないか。明日までに帰ってくるって……何か問題でも?」
現在Tは報告書をまとめながら秘書官の横槍を受け流していた。昼に帰ってきて以降ずっと眉間にしわを寄せている。
こうなった彼女は少し面倒なことをTは重々知っていた。
いわゆる初期艦であった彼女――大井は、仕事に関しては優秀だが少々生真面目なところがある。
どんなに些細なことでも、改善点は即座指摘し正す。Tにとっては慣れたものだが、だからと言って扱いが上手いわけではなく、受け流し方が身についただけであった。
「もしかして一人で寂しかったのか?」
「なに言ってるんですか……手が止まってますよ」
半笑いで尋ねたが真顔で返されるT。返答の速度に苦笑していると大井からまたもや鋭い言葉が飛んできた。
「はいよ……まぁ、たしかに昨日はお前ひとりだったもんな」
手を動かしつつ、Tはここ1か月のことを思い返していた。
Tを入れて5人という少人数で運営している一方で、大井が一人になることは意外にも珍しいことだった。
「……今回は皆さん遠い先での任務ですからね」
言葉につられ、大井も昨夜の孤独をしみじみと思い出していた。
「一度運営を見直さないといけないかもしれないな……」
またすべきことが増え、Tはため息を吐いた。
それに呼応すように何かを思い出したのか、大井は書類を持ってTに近づいてきた。
「……実はですね。昨夜に新たな任務が…」
「……はぁ」
仕方ないとはいえ5人でこれを捌ききれるのだろうか。
今度また上官に人材補充をお願いしてみよう。Tは決意して依頼書に目を通し始めたのだった。
某コピペを元にサクサク書いていくつもりでしたが、意外とかかりますね。
プロローグが終わったので、ここから本気出します。
おやすみなさい。
おつおつ
このSSまとめへのコメント
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