如月千早がブスなワケ (24)
如月千早と言う少女は、なるべくしてその立場に甘んじていると言うか、
アイドル候補生として事務所に所属していたものの、どうにも垢抜けない少女であった。
いいや、ここは心を鬼にしてハッキリ言おう。
彼女は酷くブスであった。
毎朝鏡を見ないのか、それとも鏡が家に無いのかもしれない。
肩ほどまで伸ばした長髪は手入れの後が一切なく、いつでも枝毛が飛んでいたし、
人を容易には寄せ付けない鋭さを持った眼光の上には無造作な眉が鎮座してる。
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同年代の天海春香が――あれはあれで愛嬌のある顔をしているが――
少しでも自分を良く見せようと後ろ髪の跳ね具合に悪戦苦闘している様に、
冷ややかな視線を投げつつ本日も変わりばえのしない襟付きシャツを着てやって来る。
……そうだ。彼女は私服のバリエーションも乏しかった。
大体三日のローテーションで同じ服を登板させるのだ。
これは彼女が十五歳の年頃である事実を加味して緊急対策案件である。
だが、そこまでお洒落に無頓着で、
容姿に難ありの千早が事務所に拾われたのにはワケがある。
実は、彼女は歌手志望であった。
要するに歌が凄く上手い。
恐らく事務所で一番の、ひょっとすると業界でも上位に位置付け出来る程に千早は歌が上手だった。
まだ候補生なのでステージに立った経験は無いが、
彼女に稽古をつけていた先生曰く「発声練習で鳥肌が立った」レベルのモノらしい。
実際同じ意見である。
何故ならレッスンが終わった直後、僕達はお互いに鳥肌を見せ合ったのだから。
だから、どうにか上手く売り出したかった。
しかし、それには分かりやすすぎる問題がある。
――そうだ。前述した通りの無頓着さと、おまけに愛想の悪さが酷かった。
特に笑顔を見せないのが致命的だ。
アイドル業はサービス業、笑顔と笑顔で回っている。
基本的に、客受けが良い人間ほど業界じゃあ成功しやすい。
親しみやすさが肝なのだ。
その点、千早は歌と言う武器を持ちながらも、
他のステータスは軒並みザコザコキャラであった。
「……そんな事、歌の良し悪しには関係ないんじゃありませんか?」
そうしてある日の事である。
呼び出した千早に先のような説明をすると、彼女は目に見えて分かる程度に不機嫌そうな顔になって
(最もいつも不愛想な顔をしているので、呼び出した時から機嫌は悪かったかもしれない)
呆れを隠そうともせず嘆息した。
当然、生意気め! なんて思いもしたが、逆に可愛げなのだと自分を落ち着かせる。
「だからちょっとした実験をしてみようよ。実はここに、昨日出来たばかりの君の歌声の入ったCDがあります」
言って、僕はデスクに置いてあったCDの詰め合わせを見せる。
千早の眼の色がすぐ変わった。「それって――」彼女が身を乗り出す。
「この前収録をしに行った」
「そう、これが記念すべきデビュー曲になるね」
「……今すぐ聴かせて頂いても?」
「お金を払ってくれるならね」
僕からCDを渡されると、千早は新しい玩具を受け取った子供のようにそれを眺めた。
レッスン用の曲であるとか、他の子の為のデモであるとか、
彼女は歌に関係する物や事柄と向き合った時だけ今のような表情を見せる。
そこにプロデューサーとしての意見を添えるなら、
その顔をもっと色んな人や物に向けられればまずまず合格なのだけれど。
「それから、これは春香君の分」
続いて僕は、この場に呼び出していたもう一人、春香にもCDを差し出した。
「あっ、私の分もあるんですか!」
「あるんですかって――おいおい、一緒に収録したじゃないか」
「そうですけど、えへっ、夢みたいで。……そっかぁ、私のデビュー曲かぁ」
CDを受け取った彼女が感慨深げに呟く中、僕はこれからの予定を二人に告げた。
それは今から街に繰り出して行って、実際に曲を流しながら商品を売ろうというお仕事の話だった。
===
アイドルが行う路上ライブ、と書けば随分聞こえは良さそうだが、
実際は立ち止まる気配も稀な通行人に延々アプローチを続ける作業である。
そもそも現代人には時間が無い。
通りを歩くという事は、何か目的意識を持って行動しているワケであり、
その意識を遮ってまで注意をこちらに向けさせると言うのは並大抵のコトではない。
……並大抵じゃあできないのだ、普通は。
「千早ちゃん……って、やっぱり凄いですね」
路上販売を始めて十数分、僕の隣では並べかけのCDを持った春香が固まっていた。
いや、周りを見渡せば彼女だけじゃない。
通りを歩いていたあの人、この人、その人だって
――おっと、あれは僕らとは別のパフォーマーだ――
誰もが一度は歩みを止め、そうでなくても視線で千早を追っていた。
それぐらい、彼女の歌は鋭かった。
音響何てあったものじゃない屋外の、
それも雑踏と隣接する場所でも聞き取りやすい千早の声は予想通りに聴衆の興味を引いた。
スマホを構えている人の姿も見える。
彼女は今、間違いなくこの場の中心に立っていた。
自分を中心としたステージをここに作っていた。
……逆に春香が歌う番になると、これが見事なまでに人の流れを留めることが出来なかった。
なぜなら彼女の歌唱力は、良くても一応聞けるかな? 程度の実に平凡レベルな代物であり、
むしろこれが本来の駆け出しアイドルの路上販売、その実態であると僕に見せつけているようでもあった。
「だからってめげちゃあいけないぞ。君の歌声はきっと誰かに届く」
「そうして好きになって貰う……ですね!」
「そうだ。最初から順風満帆な道なんてないんだから」
とはいえ、応援しても二人の実力差は歴戦。
だが数時間後、「潮時だな」と撤収を決めた僕に喰ってかかったのは千早の方だ。
「納得いきません。私はまだまだ歌えます!」
言って、怒りを露わにする彼女は怖い。
歌を歌っている時の厳しい顔とはまた違う、今にも噛みついてきそうな激情の表情。
……だからこそ僕は、ここぞとばかりに用意していた鏡を見せてやった。
それは百円ショップで買えるようなちっぽけな手鏡だったけれど。
「ご覧、今の自分の顔を」
言われた彼女が押し黙る。
「酷いもんさ、怖い顔だ。自分自身で考えてごらん。
こんな強面の店員が並んでるレジに君は商品を持って行きたいかな?」
それは今日の売り上げについての話だった。
客観的に比べてみると、千早の方が春香より歌も上手く、人の関心だって引けただろう。
これが技術だけを競う大会のような場所だったら、勝っていたのは間違いなく彼女の方だ。
しかしながら、今日、僕らがここに来た理由は通行人に歌を聴かせる為じゃあない。
CDを買ってもらいに来たのだ。
一枚でも多く、一人でも多く、
これから自分を支えてくれるであろうファンを作りに来たのである。
「今日、君は春香君に負けた。売り上げの数もそうであるし……
何よりも君は、自分に興味を持ってくれた相手に一度でも笑顔を見せてあげれたのかい?」
「それは……! それは、できてません……けど――」
「けどじゃあない、事実なんだ。ここで披露した君の歌は確かに凄かったよ。でもそれだけ。
パフォーマンスが終わった後の呼び込みが拙いのは仕方がないさ。
でもね、わざわざ興味を持って寄って来た人が君の前には並ばなかった理由」
ここで、千早が春香を見た。
一瞥をくれ、それから少し、悔し気に唇をギュっと閉じて。
「……愛想ですか?」
「分かってるなら直すべきだ。……それに気づいて欲しくて酷な事をしたのは謝るよ」
だが、彼女は顔を上げない。
まだ怒りが収まらないのかも……と僕が春香と目配せした後で、どうもそうでは無い事に気がついた。
「でも、そんなこと、言われたって……」
千早が自分の腕を抱く。
吐き出す声が怯えていた。
彼女は顔を伏せたままで、恥じるように肩を震わせて言った。
「やり方だって、分からないのに」
……それは助けを求める声だった。
それでも幸いだったのは、僕らが問題の解決方法を知っていたって事だ。
「プロデューサーさん」と春香が僕の方を向いた。
お節介焼きの眼差しだった。
だから僕の方はと言えば、彼女に頷き返すだけで良かったのだ。
===
翌日、事務所で出会った千早は驚くべき変身を遂げていた。
髪はしっかり整えられ、眉も手入れをしたのかスッキリとし、
肌にも何か塗ってあるのか普段よりも瑞々しく生気に溢れて見える。
おまけにやっぱり襟は付いていたが、これまで見たことの無い新しいシャツとベストだった。
そんな彼女が春香と一緒に鏡を見て、前髪を弄っているのである。
……たった一日で凄い進歩、いや、元々やる気はあったのだ。
今までは自分の全力を、歌の為だけに使っていただけで。
「おはよう千早君、見違えたな。春香君も協力ありがとう」
挨拶しながら近づくと、二人は同時に顔を上げた。
「おはようございますプロデューサーさん。
でも私、大したことはしてませんよ? だって千早ちゃんって元が美人さんで――」
「そ、そんなことない……。私、容姿を褒められたことなんて、一度も」
「それは、今までお手入れをサボってたからだよ」
プロデューサーさんもそう思いますよね? と訊かれたので潔く頷き返しておいた。
ついでに自分の目がどれ程節穴だったかを説くと、千早はみるみる顔を真っ赤にして。
「そういう冗談、不快ですっ!」
決まりが悪そうに言い返してくる。
……どうやら千早の変わりようは見た目だけとどまらないらしい。
「それじゃあ次は、僕がプロデューサーらしい指導をしないとな」
言いながら僕は千早の前に鏡を置いた。
小さく手を叩いた後で、「はい、笑顔!」と声をかける。
「笑顔……?」
不思議そうに訊き返して来た千早に「その練習だよ」と応えてもう一度。
僕の意図を汲み取った春香がすぐさま笑い顔になった。
千早もようやく分かったようで、三度目の拍手に合わせてギュっと頬を上げたけれど。
「……不気味ですね」
彼女の自己評価は正しい。
鏡に映る千早はちっとも目の笑っていない、ぎこちない笑顔もどきを浮かべている。
その、ピンと無理して張ったような顔。
それはまるで、そう、まるで――。
「今から慣らしていけばいいさ。笑い方を忘れてるってワケでもないだろうし」
すると千早はちょっとだけ、ちょっとだけ悲しそうな顔になって。
「……いいえ、プロデューサーの仰る通り、忘れているかもしれません」
だから、僕はこう返した。「なんだ、だったら大丈夫」と。
「忘れてる事なら思い出せる、知らないなら教わることもできる」
「そうだよ千早ちゃん、笑顔だって私が教えてあげる!」
そうなのだ。ここには二人のお節介がいるのだから。
その事を再確認したのか、千早は観念したように息を吐いて。
「……確かに」
今度は合図が鳴る前に、小さな笑みを浮かべて言った。
===
以上おしまい。
お読みいただきありがとうございました
訂正>>11
〇とはいえ、応援しても二人の実力差は歴然。
×とはいえ、応援しても二人の実力差は歴戦。
面白かった
続きが読みたいです
>>22
これ
は?千早のことバカにしてんの?ふざけんなks
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