一ノ瀬志希「キミという特効薬」 (30)

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また志希「Happy Birth」(志希「Happy Birth」 - SSまとめ速報
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乙女志希にゃん&砂糖成分過多注意。
それでは次から投稿していきます。

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◆◇◆

 ブーブー

 そんな携帯の着信音があたしを夢の世界から現実へと引き戻す。
 すぐに音が止んだから恐らくメッセージが来たのだろう。

 寝惚けまなこで携帯の在処を探る。二、三回空振りして、ようやく手に入れることができた。
 電源を押すと画面に表示される時刻。仕事なら起きるには良い時間だが、昼まで惰眠を貪る予定のオフには早すぎる時間。

 一瞬そのまま閉じて二度寝しようかと考える。しかし通知欄の送信者が目に入った途端、一気に意識が覚醒された。

『元気か、志希? そっちの時間では今は朝か? おはよう』

 そんな挨拶から始まるメッセージ。単なる文字の羅列なのに何故か心がジワっと暖かくなる。

『こっちはそこそこ元気にやっている。厳しい上司にビシバシと鍛えられてるが、あの自由奔放なギフテッドと一緒にいた頃に比べれば、まぁ大したことはないさ』

 ふふっ、なにそれ~。志希ちゃんはそんなに手間がかかる子だったって言いたいのかな?
 まぁ、どうせキミのことだ。大方、あたしを心配させないために、わざとおどけてるんだと思う。
 手間がかかる子だったのは否定しないけど。

『そういや、お前の活躍はこっちでも見ているよ。また一段と腕を上げたんじゃないか? 流石志希だな。帰るのはまだまだ先だけど、俺が帰るまでそのまま活躍してくれてると嬉しい』

 あ、ちゃんと見てくれてるんだ。ホントは目まぐるしいくらい忙しいだろうに。
 でも、遠くの場所にいてもあたしを見てくれている、という事実を認識すると、途端にたまらなく嬉しくなる。

 他にも何か書いてないかとスッ、スッ、と画面をスクロールするがここで止まる。どうやら次が最後の一行らしい。

『それと、誕生日おめでとう、志希。直接祝ってやれなくて、すまない……』


 そう、今日五月三十日は二十一回目のあたしの誕生日。
 だけども、隣にキミはいない。あの時青い液体を選んだキミ。あたしを幸せにしてくれると言ってくれたキミ。
 そんなキミは今、あたしの手の届くところにいない。匂いを嗅ぐこともできない。

 ゴォーっと、どこからか飛行機の通りすぎる音が聞こえた。
 あの飛行機に、彼は乗っていない。


◆◇◆

 あれから二度寝を試みるも、妙に意識が覚醒してしまったので諦めることにした。
 それだけではなく、心もなんかゾワゾワしてる。

 仕方がないので、暇つぶしに事務所に足を運ぶことにした。

「おはよーございまーす」

「あれ? 志希ちゃん? おはよー。どったの? 今日はオフで昼過ぎまで寝るって話じゃなかったっけ?」

 ドアを開けると周子ちゃんがソファでだらしなく横になってた。
 周子Pさんがいる時も、態度も姿勢も変えないくらいだから、中々肝が据わってるよね。

「ん~……。ちょっと、ね。偶々朝早く目覚めちゃって、やることもないから事務所に来てみただけ~」

「ふーん、ますます珍しい。志希ちゃんは空いた時間が出来たら、なんかアヤシイ実験でもしてそうなのに」

「にゃはは~、確かに実験する時もあるけどね~。今日はそういう気分じゃなかっただけ~」

「むっ……。なんかあったと見た!」

 そう言うと共にソファから起き上がり、姿勢を正す周子ちゃん。
 こういう目聡いところが周子ちゃんの良いところであり、悪いところでもあると思う。


 朝から騒めいているあたしの心の中。それを誤魔化すために『特に何でもないよ』と答えようとしたところで、ドアが開く音がする。

「おい、周子! そろそろ起きろ! ……って、あれ? 一ノ瀬さん?」

 そんな大声と共に入ってきたのは周子Pさん。

「一ノ瀬さん、今日はオフじゃなかったっけ……? もしかして何か問題でも?」

「い~や、何でもないよ~。ただ暇だったから周子ちゃんに構ってもらいに来ただけ~」

「あー、そういうこと。なら、うちの周子くらい、いくらでも使ってくれ」

「ちょっと、Pさん! 人をモノみたいに扱わへんでよ!」

「冗談、冗談。ま、そういうことなら周子との打ち合わせは後でにするよ。特に急ぎじゃないしな」

「えー! Pさん! 急ぎじゃないのにこんな朝からあたしを呼んだの?!」

「なに言ってんだ。今日は一ノ瀬さんの方が大事だろ? なんたって、お誕生日様なんだから」

「いや、それはそうだけど……。それにしたって言い方ってものがあるとは思わない?」

 その後も暫くてんやわんやする二人。お互い言いたいことを言い合ってるけど、そこに険悪な雰囲気はない。
 きっと積み重ねてきた年月がそうさせるんだろうな。この二人の仲にあたしは入り込めない。
 あたしにもこういう風に言い合える相手が……と思ったところで頭を振る。それは今、考えても仕方ないことだ。

 まだまだ言い合いが終わりそうにない二人を横目に、あたしは過去に思いを馳せることによって、その思考から逃げるのであった。


◆◇◆

 そもそもあたしがキミと出会ったのは偶然だった。
 キミが撮影ロケに立ち会っているところに偶々遭遇し、その匂いに魅かれたことがきっかけだ。
 『キミの匂いが近くで嗅げるなら……』と思い、言われるままアイドルになったのが大体三年前。十八歳になる前の春だった。

 そこからキミに言われるまま、レッスンを受けてみたり。
 いつもの癖で失踪したら、何故かいつもキミに見つかったり。

 最初に仲良くなったフレちゃんに十八歳の誕生日を祝われたり。
 キミとフレちゃんに絆されて、少しアイドル活動に前向きになってみたり。

 そしたらいつの間にか事務所に友達が増えて、十九歳の誕生日はみんなが祝ってくれたり。
 段々大事な仲間となってしまったみんなと共にアイドル活動を楽しくやってたら、アイドルとしてステップアップしていったり。

 記念すべき二十歳の誕生日では沢山のファンに囲まれたバースデーライブをやったり。
 そこでキミのド肝を抜くようなサプライズをやってみたり。

 そうしていく内にキミと触れ合う時間が大事なものになっていったり。
 あたしの中に募ってきた、よくわからないモヤモヤな気持ちが"恋"であることに気が付いたり。
 キミにプラシーボの話をして伏線を張ったり。
 痺れを切らしちゃって、キミに理不尽な二択を選択を迫ったり。
 キミがあたしを幸せにしてくれると約束してくれたり。

 この数年間、キミと一緒に濃厚な時間を過ごしてきた。
 それはあたしにとって、正直、人生で一番楽しい時間だったりもした。
 そして、それは未来永劫続くと勘違いしていた……。


 そんな時間が唐突に終わりを告げたのは今年の三月の終わり。

 『お前と仕事した成果もあって、有能なプロデューサーと認められ、四月から一年間の海外研修を命じられた』 

 『あの例の専務直々のご指名らしい。お前のことも心配だが、今後を考えると行かないわけにもいかない』

 『その間はLiPPSでも一緒の塩見さんのプロデューサーに面倒を見てもらうように頼んだ。ユニットでの活動も増えてきたし、そこまで支障はないと思う』

 『大丈夫だ、ちゃんと1年で戻ってくる。勿論、"あの約束"を違えたりしないさ』

 『だって、俺はお前に惚れ込んでいるんだからさ。アイドルとしても。……一人の女性としても』

 そんな風に言いたいことを言うだけ言って、キミは機上の人となった。
 こっちは言いたいこと一つ、言えなかったと言うのにさ……。
 失踪されるのって、結構心にクるな。される側になって、初めてそんなことをボンヤリと感じた気がする。


◆◇◆

「ん、じゃあ、次のオフはPさんの全奢りってことで決まり! 楽しみにしてるからねー」

「はいはい、精々お気に召す所を探しておきますよ……って、あれ? 何でこんな話になったんだ?」

「お話は終わった~?」

「うん、終わったよー。Pさんから賄賂を貰ったから思う存分あたしに構うと良いよ、志希ちゃん」

「あれ~? 何でいつの間にそんな話になってんの~?」

「良いから、良いから! ほら、天気も良いことだし、どうせならカフェテラスに行ってお茶でもしばこうよ」

 ズイズイとあたしの背中を押す周子ちゃん。あれ? あたしがちょっかいをかけるはずだったのに、いつの間にかに立場が逆転してる……?
 部屋から連れ出される直前に周子Pさんの方を見ると、彼はニッコリと笑った。くそ~、グルかぁ……。


◆◇◆

「で、一体志希ちゃんは何を悩んでるのかなー?」

「特に、何でも、ないよ」

「嘘だー。長い付き合いのあたしは騙せないよ。目出度いはずの誕生日にそんな顔してたら、悩みがあるってすぐ分かるよ」

「ホント何でもないよ。ただ朝早く目が覚めちゃって、ちょっとダルいだけ~」

「……志希ちゃん知ってる? 志希ちゃんが嘘つく時は上着の裾を口に当てるんだよ?」

「それ、古典的なカマかけじゃん。そんなのにあたしは釣られないよ」

「ちっ、ちっ、ちっ。志希ちゃん、そこは『嘘なんてついてないよ?』ってキョトンとした顔をするとこだよ。今の答え、語るに落ちてる」

 そんなこと言いながら、ニマニマとした目でこっちを見てくる周子ちゃん。その姿には耳と尻尾が生えてるように見える。このキツネめ……。

 ふぅ、っと溜息をつく。どうやら周子ちゃんには全部お見通しらしい。
 こういう目聡いところが周子ちゃんの悪いところであり、良いところであるのだ。
 なら、そんなとこに甘えるのも良いかもしれない。

「ほら、あたしのプロデューサーがアメリカに行っちゃったでしょー」

「あぁ、うん、そうだね。それで?」

 周子ちゃんは、その話題しかないよねって顔をしながら話の続きを促してくる。目敏いのは良いけどなんかシャクにくる。
 ……それか今のあたしはそんなに分かりやすいのだろうか?

「……それで、もうそろそろ丸二ヶ月でしょー。その間お互いずっと連絡取ってなくてさー」

「えっ?! そうなん?! 電話やメールも無し? 今だったらネットで話したい放題だし、テレビ機能使えば顔だって見えるじゃん?」

「だって、それじゃあ匂い嗅げないし」

「…………何という志希ちゃんらしい理由」

 ふーん……とひとまず何か納得した様子の周子ちゃん。でもまだまだ聞きたいことがあるらしく、すぐに口を開く。

「でも匂いがネックなら、直接会いに行ったりしないの? 昔の志希ちゃんだったら、会いたくなったら、その足で高飛びしちゃいそうな勢いだったのに」

「いかない。だって海外に行けるほど休みも取れないし、お仕事に穴を空けるわけにも行かないしねー」

「あの失踪常習犯だった志希ちゃんが……アイドル活動に真摯になってる……!」

「だって、彼に見っともない姿を見せられないしね。だから我慢してるんだ~」


 言った瞬間、自分の言葉にハッとさせられる。
 我慢、がまん、ガマン。

 それは昔のあたしには一番縁遠い言葉だった。
 やりたいことをやり、やりたくないことはやらない。興味は三分しか持たない。嫌になったら失踪なんかもしてみる。
 そんな自由奔放、悪く言えば堪え性が全くないこのあたしが、我慢。

 先ほどの連絡を取らない理由も、一度声を聴いてしまえば、顔を見てしまえば、直ぐにでも会いにいって、ハグして、匂いを堪能したくなるに決まってるからだ。
 でもそんなことができる時間はない。だから我慢しているのだ。

 ……今のあたしは昔のあたしからすっかり変わってしまった。
 それはアイドル活動がそうさせたのかもしれないし、周子ちゃんを始めとした事務所のみんながそうさせたのかもしれない。
 でも決定的にあたしを変えたのはキミなんだ。キミという特効薬が志希ちゃんの悪癖を治してしまったのだ。

 ……いいや、違うかも。単にあたしがキミのために頑張りたくなっただけなのかも。
 褒めてもらいたくて、喜んでもらいたくて、頑張るキミの隣に並びたくて。

 そんな風に自分から飛び出た"我慢"という言葉が少し意外過ぎて、ついつい内省してしまった。周子ちゃんを放置してる。
 あれ? でも周子ちゃんの声が全然聞こえないな? 一体どうしたんだろうと、意識を頭の中から周子ちゃんの顔へ移す。

 するとそこには、驚きでこれでもかというくらい目を見張った顔が目に飛び込んできた。


「我慢……。志希ちゃんの口から……我慢……! そんな言葉が飛び出てくるなんて……?!」

 失礼な。周子ちゃんはあたしを一体どんな人間だと思っているんだ。
 まぁ、あたしも自分に驚いているのは確かだけど。

「だってあの志希ちゃんが我慢してるんだよ! 正直、自分でも驚いているんじゃない?」

 どうやら最近のキツネはテレパシーも使えるらしい。ユッコちゃんが喜びそう。それとも泣いちゃうだろうか?

「ふーん。人ってのは変わるもんだねぇ……。やっぱ、愛の力は偉大だね」

 周子ちゃんの言い方がシャクに障ったので何か言い返してやろうと思った。
 けど、実際その通りなのだから何も言えない。それより下手に言い訳してこのキツネに揚げ足を取られる方が不味い。
 すぐにそのような判断を下した脳が口に黙っているよう命令する。有能な脳に感謝。

「ま、それはいいとして……。で、それでどうしたの? ちゃんと我慢してて偉いじゃん。あー、もしかして我慢の限界が来ちゃったとかー?」

「うん」

「いやー、志希ちゃんも可愛いところあるよねー。いつもは周りを振り回す小悪魔でも、意外と乙女な一面がある……って、え?」

「今朝、メッセージが来てて。誕生日をお祝いしてくれた」

「え? え?! ホンマ? ホンマなん?!」

「でもやっぱり会えないって書いてあって。そしたら心がギューっとなって、それからずっとゾワゾワしてる」

「……」

「あーあ……。こんな気持ちになるならメッセージなんて貰わなきゃよかったのかな? でも貰って嬉しかったのは事実だし」


 会いたい、会いたい、会いたい。
 今すぐキミに抱き着いて、キミの声を、体温を、そして何より匂いを感じたい。
 キミの匂いを思いっ切り嗅いでトリップしたい。脳内麻薬をドバドバ出したい。

 完全に禁断症状だ。あたしはキミ無しでは生きられなくなってしまった。そんな身体に変えられてしまった。
 あの例の赤いおクスリを飲んだわけでもないのに、感情が爆発してしまってる。

「そ、そうなんだ……。……あ、ああ、そういやメッセージには返信したの?」

「うぅん、まだ。メッセージ貰ってから心がずっとそんな感じだから、ね。返信なんて書こうとしたら感情が爆発しちゃいそうで、どんなこと書くか自分でも分かりそうにない」

「お、おおぅ……」

「だから志希ちゃん、今日は我慢の子なのだ~。にゃはは~……」

 一連の話を聞いた目の前の周子ちゃんは妙に神妙な顔をしている。こんな志希ちゃんが珍しいのかな?
 そりゃそうだよね、あたしだって自分でおかしいと思うもん。恋心に翻弄される一ノ瀬志希なんて。
 それでも周子ちゃんが直ぐに反応をしないのは、きっとあたしにかける言葉を丁寧に探しているのだろう。
 周子ちゃんは聡いし、優しいからね。

 そうして明るいカフェテラスに似つかわしくない沈黙が暫く場を支配した後、周子ちゃんはこう一言だけ呟いたのだ。

「なんつーか……。乙女になったね、志希ちゃん」


◆◇◆

 その後は河岸を変えて周子ちゃんと一緒に昼食を摂った。さっきまでの悩みが嘘みたいに二人とも食事にがっつく。
 心が悩んでもお腹は空くのだ。むしろ悩んでいるからこそ、お腹が空くのかもしれない。

 腹ごしらえをしたら午後にレッスンのある周子ちゃんとはお別れ。さて、次は誰に構われに行こうか?

 まず向かったのは奏ちゃんのところ。行ったら丁度奏ちゃんが担当プロデューサーさんのことを誘惑していた……、から邪魔してやった。
 他人の恋路には厳しい志希ちゃんなのであった。他人に厳しく自分に甘く、な~んちゃって。

 奏ちゃんはムッとするかと思ったけど、澄ました顔であたしを迎え入れてくれる。一方奏Pさんはあからさまにホッとした顔をした。
 この様子を見ると、奏ちゃんはもしかしたらいつでも堕とせると思っているのかもしれない。強者の余裕。なにそれ、ズルい、羨ましい。

 駄弁って、じゃれて、揶揄って。一通り構ってもらって、奏ちゃんのところを後にした。
 御礼として良い感じの雰囲気になるアロマを渡してあげた。他人の恋路には厳しいが、友人の恋路は応援するのが今の志希ちゃん流である。

 奏ちゃんが「誕生日の娘からプレゼント貰うなんて、これじゃあ逆じゃない」って言ってたけど、言葉とは裏腹にしっかりとポケットにしまってた。
 グットラック、奏Pさん。運が良ければ生き残れるよ。運が悪くても奏ちゃんなら文句ないでしょ。

 その後はフレちゃんのところに向かう。部屋で一人で待機中だったフレちゃんとバッタリ会うと、お互いの奇跡的な再会を涙して喜び合った。
 感激したまま言葉を交わしていくと、なんとまさか、あたし達は生き別れの姉妹であったことが発覚する。
 お互いの運命を感じたあたし達はもう二度と離れ離れにならないよう、これからずっと一緒に生きていくのを誓ったのだ……!

 と、そんな風に茶番を繰り広げてるとフレPさんが戻ってきた。
 入ってきた瞬間は怪訝な顔をしたものの、すぐに"なんだ、いつものことか"といった顔をする。
 その上、待機中のはずのフレちゃんに『一ノ瀬さんと遊んできなさい』との言葉をかけてくれる。志希ちゃん、有能な人は大好き~。

 フレデリカ隊員を引き連れた一ノ瀬隊長が次に向かう場所はもう決まっている。
 というか、この流れからして、もうあそこに向かうことは確定事項なのだ。


「フレデリカ隊員、突入の準備は出来ているか……?」

「イエッサー! 一ノ瀬隊長! いつでも準備OKであります!」

「よろしい! では突撃!」

 突撃目標は今まさに担当プロデューサーさんと喋ってて、幸せそうな顔している美嘉ちゃん。
 そんな無防備な目標に二人同時にダイブ!

「えぇぇ!! なに! 一体なに! 何なの!」

「えへへ~。美嘉ちゃん、今日もいい匂いしてるね~。クンカクンカ」

「ちょっと志希ちゃん! アンタ、何しにきたの! 夜のパーティで沢山構ってあげるから今は大人しくしてなさい!」

「えへへ~。美嘉ちゃん、いい子いい子~。いつも良い子の美嘉ちゃんにはフレデリカ特製の良い子ポイントをあげちゃお~!」

「ちょっとフレちゃんまで! あーもうー! 一体なんなの! アンタ達!」

 有能な人は好きだけど、それ以上に美嘉ちゃんのことが大好きな志希ちゃんなのであった。
 えっ? 美嘉ちゃんの恋路? うーん……だってお互い奥手なだけで、もう手伝うことなんて何もないでしょ? だからこうやって構ってもらうんだ~。 

 美嘉ちゃんの絶叫はあたしの誕生日会が開かれるまで続くのであった。


◆◇◆

 今年の誕生日会は大盛況だった。色んな人が祝ってくれた去年よりも参加者が多い。
 年を経る度にどんどん祝ってくれる人が増えていっている。昔は誕生日なんてロクに祝われることのなかった志希ちゃんが、だ。

 そして、それを嬉しいと感じる自分もそこにはいる。志希ちゃんも大分変わったものだ。こんなに沢山の人に祝われて幸せだと思う。


 ただ、いつも隣にいてくれたキミは、今年はいない。


◆◇◆

 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、誕生日会もすぐに終わりを迎えてしまった。
 沢山のプレゼントと共に自宅へ着いたあたしは、ふぅ、と一息つく。
 あたしは今、きっと幸せなんだろう。沢山の人に祝われ、沢山の人に愛されているのだから。

 だから、この心の奥底で微かに過る一抹の寂しさは勘違いに違いない。

 ……あ、そうだ。そういや、今朝来たメッセージにまだ返信してない。もう誕生日が終わってしまう時刻なのに。これ以上放置するのも流石に可哀相だ。
 今、向こうではお昼くらいの時間だろう。ならちょっとくらい邪魔したって平気なはずだ。

 沢山のプレゼントに囲まれながら、部屋で一人、ウンウンと返信する文章を考える。
 言いたいことは沢山ある。伝えたいことも沢山ある。でもそのどれもが、文字にしようとすると途端に色あせてみえた。

 結局は書いたのは、
 『こっちは元気。誕生日祝ってくれてありがとう。そっちも元気でね』
 という簡潔な文章。素っ気なさ過ぎるけど、今はこれ以上書きようがない。

 忙しい彼のことだ。返事が来るのに時間がかかるかもしれない。
 あたしの文章も微妙だったし、もしかしたらこれ以上返事もこないかも。


 ブーブー

 と思っている矢先に携帯が鳴る。ほぼ即レスに近い返信。
 返信が来たことに安心しつつ、メッセージの内容を見る。

『そうか、元気で良かった。安心したよ』

 短い文章。まぁ、あの文章じゃこれくらいしか書けないか……。
 でも即レスをくれたってことは時間に余裕があるのかもしれない。少しぐらいならあたしに構ってくれるかな?
 そう思ったあたしはすぐに返事を書いてメッセージを送る。

『すぐに返事してありがとう。もしかして今、休憩中なの?』

『えぇっと……。うん、まぁ、ある意味そうだな』

 ある意味? ある意味って何? どういうこと?
 お昼休憩とかじゃないの? それともアレ? もしかしたら今日は貴重な休日だったとか?
 理由はわからないけど、あっちは時間に都合がつきそうな感じだ。なら、丁度良い。ちょっと構ってもらおう。

『そうなんだー。じゃあ、今、こうやってやり取りしてても問題ない感じ?』

『あぁ、そうだな。今日は志希の誕生日だし、いくらでも付き合うよ』

『いくらでも、ってことはないでしょ。キミだって忙しいんだし』

『あぁ、忙しいな。でも今日はお前の誕生日なんだから、お前の望みくらい叶えてやるよ』

 そんな無慈悲な言葉。キミは分かってるのかな?
 そんなこと言うなら"じゃあ……"

 ……その後に思い浮かんだ言葉を書かずに飲み込む。
 "誕生日を一緒に過ごして"なんて、ただのワガママだ。それ以上に物理的に不可能だ。
 向こうからこっちに来るまでに一体何時間かかることか。アメリカから日本に来たあたしならよく分かっている。


 ブーブー

 あたしが感情と理性の間でせめぎあっている中、追撃のようにキミからのメッセージが来る。

『……どうした? 何かして欲しいことがあったりするんじゃないか?』

 …………。もう、知らない。
 あたしも自身のことを自分勝手だと思ってたけど、キミはそれ以上らしい。
 なら、もう構うことはない。キミの都合なんて知るもんか。

『祝って。あたしの誕生日を祝いに来て。今すぐ来て。会いたい』

 自分だけの都合を考えた一言。ワガママなあたしにいかにもふさわしい一言。 
 こんなことを言われてキミは困るだろう。トコトン困ればいい。キミが相手にしている女はこんなメンドクサイ女なんだよ。


 ブーブー

 ほとんど間を開けず、携帯が鳴る。さてさて、どんな言い訳が書いてあるやら?
 "無理だ"の一言かな? それはそれで構わない。ワガママを言うこと自体が目的だったのだから。
 そう思いながらメッセージを見ると僅か一言だけ記してあった。……驚愕の一言が。

『分かった』

 分かった? 分かっただって? もしかして本当に来てくれるの……?

 そう思った瞬間、ピンポーンとインターホンが鳴る。
 まさか……まさか……! 
 焦る気持ちそのままに確認もせずにドアを開ける。


「よう、志希。約束通り、会いに来たぞ」

 そこにはあたしが待ち望んでいた人物が、前と変わらぬ笑顔で立っていた。


◆◇◆

「ね? どうやってここまで来たの?」

「ん? どういうことだ?」

「いやだって、忙しかったんじゃないの? 連休なんて早々取れないでしょ」

 帰ってきて早々、キミに抱き着いた。
 あたしが全く離れないのを察してか、キミは早々に引きはがすのを諦めてベッドへと腰掛けた。
 とりあえず一通り匂いを堪能。それから暫くして、最初に疑問に思ったことを口に出す。

「あぁ……それだけどな、偶々仕事がポッカリ空いて、暇な日が出来ちまったんだよ」

「嘘、でしょ」

「嘘、じゃないさ」

「……ねぇ、キミ、知ってる? キミが嘘をつく時って頭の後ろを掻くクセがあるんだよ?」

「えっ?! 嘘だろ?!」

 思わず後頭部に手をやるキミ。その焦り具合がおかしくって、つい大爆笑してしまった。

「…………そんなに笑うことないだろ」

「だ、だって……! こんなにもあっさり引っかかるとは思わなくってさ!」

 大笑いするあたしと苦笑いするキミ。
 そうそう、こういう光景が今までずっと繰り広げられてたんだ。
 やっぱりあたしとキミはこうでないと。


「それで、どうやってここまで来たの?」

 感傷に耽るのもそこそこにして、キミへの追及を再開する。

「その……上司に言ったんだ。休みたいって……」

「そんなんで休ませてくれる程、暇じゃないんでしょ? 一体どうやってだまくらかしたの?」

「だまくらかしたって、人聞きが悪いな……。いや、確かにそれくらいじゃ普段は休ませてくれないんだけどさ……」

「そうでしょ? どうやって説得したのさ! 言わないとハスハスの刑だぞ~!」

「それはもう現在進行形でやってるじゃんか……」

 呆れ顔のキミ。だけど、あたしの真剣な眼差しを見て、表情を変える。
 目が合った瞬間、プイっと目を逸らすキミ。逃がしたくないから、逸らした先に顔を向けて目を合わせる。またキミが目を逸らすからそっちに顔を向ける。
 これを何回か繰り返した後、キミは観念したように自白する。

「それはー……あー……そのー……」

「うんうん!」

 期待の眼差しを向けるあたし。対して気まずそうな顔をするキミ。
 さてさて、キミは一体どんな魔法を使ったのかな?


「…………フィアンセの、誕生日だって言ったんだ」

「…………へっ?」

「だから……日本に残したフィアンセの誕生日が今日だって言ったんだ」

 いや、向こうの時間では昨日の出来事だから、正確には"明日"って言ったんだけど……。
 そんな風にキミが付け加えた情報はあたしの耳には全然入らなかった。

 フィアンセ? フィアンセってあのFiance? つまり……日本語にすると……婚約者……?
 思わずキミにもう一度確認する。

「ねぇ! キミ、今、フィアンセって言った?! 言ったよね!!」

「……あぁ、言った言った!! そう言ったんだよ、志希!!」

 ……まずい。顔がニヤけるのが止まらない……!
 体が熱くなってる。頭がフワフワしてる。
 きっとあたしの頭の中では脳内麻薬がドバドバ出てるに違いない。

「志希へのメッセージを打った後に、上司から何してるか聞かれたんだよ。んで、さっきの言葉を言ったら上司が目の色を変えてさ。『仕事なんかしてる場合じゃないだろ! 肩代わりしてやるからすぐに会いにいけ』って言われてな……。その場で飛行機のチケットを取らされて、空港に向かわされたんだよ……」

「……つまり?」

「つまり……まぁ……その上司のおかげってわけ」

 キミはそんなことをほざくから、思いっ切り腕を抓ってやった。

「イテテテ……! 何すんだよ! 志希!」

「聞きたい言葉はそうだけど、そうじゃないの! はい! もう一回チャンスあげるから、今度はビシッと決めて!」

「……」

「……」

 あたしはキミの言葉を待つために沈黙する。キミは覚悟を決めるために沈黙する。
 沈黙がその場を支配する。
 暫くしてキミは真剣な表情であたしを見つめる。ふと目と目が合う。


「…………志希、会いたかった」

「…………あたしも」

「それと、誕生日おめでとう、志希」

 その言葉を聞いて、キミの体に更にギュッとくっつく。
 久しぶりに感じるキミの匂い。キミの匂いに全身包まれる。生きていて、生まれてきて良かったと感じる。

 暫くそうやって匂いを堪能していると、不意にキミが口を開く。その表情は少し曇っていた。

「えーっと……志希……。その……あのな……。実はプレゼントが用意できてないんだ……。急いで来たし、夜も遅かったから買いに行けなくて……。…………すまん」

「んーん。いいよ」

 キョトンとするキミ。キミも有能な割に結構鈍感だよね。なら、ちゃんと口で言って分からせてあげないと!

「だって、あたしが一番欲しかったプレゼント、もう貰えたもん!」

 キミの腕の中に包まれながらそう言ったあたしは、きっと世界一幸せな顔をしていたことだろう。


◆◇◆

「……まさか、本当に一晩中抱き枕にされるとは思わなかったよ……」

 翌朝、荷物を旅行鞄に詰めながら、キミはそんなことを呟いた。

「……手を出してくれてもよかったんだよ? ほら、据え膳ってやつ?」

「なに言ってんだ。お前がアイドルで、俺がプロデューサーの間はそういうのはナシだ」

「ちぇ~」

 キミはそういうとこはしっかりしている。ホント我慢強いというかなんというか……。
 ちょっとは欲望に素直になってもいいと思うんだけどな。

 チラッとキミの顔を伺うと目の下に酷いクマが出来てた。きっと理性と欲望が一晩中せめぎ合ってた証拠だろう。

 こんなことならあの理性を溶かす赤いおクスリでも盛っておけばよかったかな?
 まぁそんなもの作れないんだけどさ。けど、そう思ってしまうほどのお堅さだった。

「……さて、もうそろそろ時間か」 

「もう行っちゃうの……?」

「あぁ……。最低限の休みしか取れなかったからな……。上司も申し訳なさそうにしてたが、これが限界だって」

 トンボもビックリの弾丸トラベルだ。あたしも空港まで付いて行きたいが、生憎今日は仕事がある。
 付いていくにはブッチするしかないが、キミはそれを許してくれないだろう。
 それにあたし自身、それじゃダメなんだっていう意識が芽生えている。


「そっか……。仕方ないよね……。次はいつ会える?」

「……多分、次に日本へ帰ってくるのは研修が終わった後だと思う。お前も長期オフはきっと取れないだろ? ……だから、きっと研修が終わるまでは、会えない」

「そっか……。そうだよね……。うん、仕方がないよね」

 この時ばかりは自分が人気アイドルであることを恨んだ。
 ……でも、アイドルにならなければ、キミと出会うことはなかったのだ。その方が絶対に辛いに決まっている。
 だから、出会えなかったことを思えば、ちょっとの間、会えないことなんて仕方がないことなのだ。

「……辛い思いをさせて悪いな。正直言えば、俺だって辛い」

「にゃはは~、だったら最後にあたしのワガママ聞いてくれると嬉しいな」

「もう……しょうがないやつだな。いつものアレか? ほらよ」

 そうやって両手を広げるキミ。あたしが抱き着きやすい姿勢をとってくれている。
 あの中に飛び込めば、きっと君の濃厚な匂いに包まれ、それを堪能することができるだろう。

「うん、ありがと」

 だからあたしは、キミに思いっ切り抱き着く──



 ──フリをして頬にキスした。

「…………へっ?」

「にゃはは~。騙されてやんの~! どう? 驚いた?」

「志希、お前な~!」

 そういうキミの顔は真っ赤っか。サプライズで驚かされたんだ。こっちだって、サプライズをしても許されるだろう。

「……志希、顔が真っ赤だぞ……」

 そういう指摘はしなくていいから……。

 お互い恥ずかしさで俯いてたら、いつの間にかに出発時間を過ぎていて、二人して大慌てしたのはあたしとキミだけの秘密だ。


◆◇◆

 ゴォーっと、どこからか飛行機の通りすぎる音が聞こえた。
 あの飛行機に、きっと彼が乗っているのだろう。
 キミは今、あたしの手の届くところにはいない。匂いを嗅ぐこともできない。

 でも、それを悲しむあたしはもうここにはいない。
 だってあたしは二十一歳の誕生日にあることを知ったからだ──


 ──例え、どんなに落ち込んでいたって会っただけであたしは世界一幸せになれる。そんなキミという名の特効薬があることを。

以上です。ありがとうございました。

恋焦がれた志希ちゃんがPと離れ離れになったらどうなるのかな?っと思ったらいつの間にかSSが出来てました。
乙女な志希ちゃんですが、ご堪能いただければ幸いです。

乙女な志希ちゃんと誕生日にイチャイチャしたい人生だった…

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