【ミリマス】佐竹美奈子「いらっしゃいませ~」 (45)

突然だが、あなたの初恋はいつだろうか。

幼馴染の女の子、近所のお姉さん、席替えで隣の席になった女子、幼いころに読んだ絵本の中の女の子、日曜の朝からやっているアニメの主人公……まあそれぞれの初恋というものがあるだろう。
そして、残念(?)なことに、僕は初恋というものを経験することなく、この年まで生きてきた。


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こう言うと結構歳を喰っているように思われるのだろうか。あいにくだが僕はまだ高校生だ。現役バリバリ高校生、決して童貞をこじらせたおっさんではない。高校生の時間間隔とはそういうものなのだ。
しかし僕も思春期真っただ中の健全な男子高校生。人並みに性欲はあるし、異性に対する興味もある。だが積極的に彼女が作りたいだとかそういった願望を持っていたわけではなかったし、男友達とと下世話な話をしているほうが気が楽だったので実際の女性経験というものは皆無だった。俗にいう彼女いない歴イコールなんとやら。


まあ、こんな感じで今まで生きてきたので特に積極的に彼女がほしいだとか、かわいい女の子と付き合いたいだとか、そういった欲望には従順ではなかった。というよりもそこまで積極的になる意味がわからなかった。
そんなわけで、僕はいままで初恋、ひいては恋というものを経験したことがなかった。そう、したことが『なかった』。過去形なのだ。




☆★☆★☆★☆★



高校に入って初めてのクラス替えが行われた高二の四月。
誰とまた同じだとか、誰と別れてしまっただとか、今度の担任は誰だだとか、アイツは嫌だだとか、そんなことを話のタネに、仲のいい友達のしゃべりながら一年間お世話になった教室を後にして、これから一年お世話になる新しい教室に向かう。

クラスが変わっても変わらない顔もいれば初めて見るという顔もいる。僕の通っている学校は人だけはたくさんいるので同じ学年でも名前のわからない人がいるということはなにも珍しくなく、同じクラスになって初めて誰だコイツとなることもある。

まあいずれ打ち解けるだろうとさして気にも留めず、友達との会話に話を咲かせる。



「あ、隣だね」


すると自分の隣から声がした。隣の席の子だろう、声からして女子のようだ。友だちに向けていた体をねじるように声のした向き、反対側へと向ける。

さっきも言ったがこの学校は生徒数だけは無駄に多いので、一年経った今でも誰だコイツとなることは珍しくない。
去年の間に聞いたことのない声だったのでおそらく僕は初対面の女子だろう。そもそも面識のある女子が何人いるのかという話でもあるのだが。

「私、佐竹美奈子っていいます。よろしくね」

佐竹美奈子、そう名乗った彼女はにっこりと微笑んだ。


……なんだろう、すごくかわいい。
振り向いた先にいたのは髪をポニーテールでまとめた子だった。
一目ぼれ、というのだろうか。微笑んだ彼女を見たときドキッとした。
こちらもなにか返さなければ……!せめてかっこよく見えるように……

「う、うん……こちらこそ。よ、よろしく……!」

なにやってんだ、思春期丸出しじゃないか。いや、思春期真っただ中だけど。
しどろもどろになりつつも佐竹さんに返事を返した。

「……うーん」

「………どうしたの?」

すると佐竹さんが僕のことをじろじろと見てきた。
ちょっと目を細めて、顔を近づけながら。
え?どいういうこと、ちょっと待って。
突然の出来事にとまどう僕をしり目に佐竹さんはそのままじろじろと僕のことを観察する。
に、匂うのかな…だったら最悪だ……

「うーん、ちょっと細いかなあ」

「えっ?」


「しっかりご飯食べてる?もっと食べたほうがいいと思うよ?」

「そ、そう?」

「うん!やっぱり男の人ってたくさん食べてどっしりしてたほうがかっこいいよね!」

そう言って佐竹さんはまたにっこりと笑った。その笑顔にまたドキッとしてしまう。

……これはもしかして僕のことを気遣ってくれてるのか?いや、初めて話てまだ数分だぞ。でももしかしたら……。

「あ、あの!」

「みなこー!」



僕が佐竹さんに声をかけようとしたその時、廊下から佐竹さんを呼ぶ女子の声がした。
佐竹さんの友だちだろうか。

「あっ!ゴメンすぐ行く!……じゃあ、これからよろしくね♪」

そう言い残して佐竹さんは廊下で待っている友だちのほうへと言ってしまった。
佐竹さんが席を立つ前に残した笑顔は、また僕のことをドキッとさせた。

「…………」

「どうしたぼーっとして。あれ、おまえ佐竹さん知らなかったっけ?」

背後から聞こえた声。当然僕の背後にいるのは佐竹さんがやってくるまで話していた友人諸氏しかいないわけで、その一人の声である。

「知ってんの?」

「ああ、そっか。去年クラス違ったもんな。ははーん、さては佐竹さんに一目ぼれしたな?」

「うっ……」

速攻で図星をつかれた。わかりやすかっただろうか。

「まあ、仕方ないか。可愛いもんな佐竹さん。隣でラッキーだったな。彼女のファン、結構多いぞ」

「そうなの?」

学校内でも顔の広い友人氏はそれなりの情報網を持っていたりする。
確かに、あんなことをされたら誰でも惚れる。

「ま、隣でよかったな。頑張れよ」

始業のチャイムが鳴って話はそこでお開きとなった。




☆★☆★☆★



佐竹美奈子。
身長はおよそ女子の平均くらい。結構細身なので見る人によれば小柄かもしれない。まあ、胸も……うん、大きい。
そりゃあ僕だって思春期真っただ中の男子だ。気にならないと言えば嘘になってしまう。
……話を戻そう。街にある大衆向けの中華料理店、佐竹飯店の娘でよく店の手伝いもしているらしい。
そして天性の世話焼き体質。他人を気遣うことが多く、そこに惚れる男子は少なくないとか。……僕もその一人であるが。
贔屓の力士は大盛山。……大盛山!?力士!?

「マジで?」

「マジで。俺がガセネタ言ったことがあるか?」

ない。ご丁寧に友人氏はスマホで大盛山の画像を見せてくれた。なるほど、これは大盛だ。
好角家とは意外な一面だ。野球やサッカーが好きな女子というのはよく聞くが、相撲の女性人気も高まっているのだろうか。

「ふくよかな男性が好みなんだってさ」

「ふくよか……」

自分の体を見る。ガリガリでもないけど、ふくよかというには程遠い。

「ま、頑張って太りな」

「無茶言うな」

友人氏はケラケラと笑った。


新学期にはいってしばらくが経った。

佐竹さんはあの笑顔と気づかいで、僕以外にもクラスの男子にファンを次々と作っていた。うん、あれは反則だよね。

一方、僕は隣の席という最大のアドバンテージを最大限活用して佐竹さんとお話をしようと試みた。

……結論から言ってしまおう。ダメ、全然ダメ。
まず佐竹さんが教室にいないのである。休憩時間になるとだいたい佐竹さんは教室からいなくなる。別のクラスにいる佐竹さんの友だちのところに行っているらしい。逆に佐竹さんの友達がこっちの教室まで来ることもあるにはあるが、考えてみてほしい。女子三人が会話に花を咲かせているところにぽっと出のよくわからない男子が突っ込んでいけるだろうか。いや、無理である。
というわけで、現在僕はもちろん、佐竹さんのファンはみんな手をこまねいていた。

もっとも、僕もただ何もしない分けではなく佐竹さんについての情報をいくらか仕入れていた。主に友人氏から。


「で、どうするんだ?」

「なにをさ」

「おまえ、全然佐竹さんと話せてないじゃん」

「うっ……」

「もっと積極的にいかないと取られるぞ?ただでさえファン多いんだから」

「そうはいってもさあ」

誇れることでもないが初恋である。いきなりグイグイいくのも酷だろう。

「仕方ないかか、じゃあまずは行ってこい。スマホ貸せ」

「行って来いってどこにだよ」

友人氏にスマホを渡すと友人氏はマップアプリを開いてある場所をマッピングする。隣町だった。

「決まってるだろ?―佐竹飯店だよ」



佐竹飯店。

隣町、といっても学校から自転車を走らせて20分くらいのところにある小さな大衆向けの中華料理店。
有名店、といったわけではないけど、近くの住民からの人気は厚くてリピーターも多く、昼時や休みの日は結構繁盛しているらしい。
そして、佐竹さんの実家でもある。

「あいつ、何が『俺はいい』だよ……」

佐竹飯店の場所を示したスマホを友人氏から返され、次の休日にそこに行くように言われた。当然だが一人では心細いので友人氏にもついてくるように頼んだがきっぱりと断られた。曰く「お前みたいに佐竹さんに興味があるわけじゃないから」だそうだ。

ちょうどお昼時に来たからか、中にはかなりの人がいて、ここの人気ぶりを伺い知れた。

「いらっしゃいませ♪何名様でしょう……あっ!」

「こ、こんにちは……」

伝票とペンをもった姿でこちらを向いたのは佐竹さんだった。


「ウチのこと知ってくれてたんだ」

「う、うん。友達から聞いて……」

白黒のボーダーが入ったオフショルダーシャツから覗かせる肩や、ショートパンツの先から見える太ももがとても健康的だった。そいうえば佐竹さんの私服見るの初めてなような……。

「どうしたの?」

「……っ!な、なんでもないよ!」

貴女に見惚れてましたなんて言えるはずがない。
佐竹さんに案内されて向かって右手のカウンター席に座る。
内装はいかにもといった感じで、年代物の電話機や、木の板で作られた壁がいい味を出していた。

「ご注文が決まったらまた呼んでくださいね♪」

「う、うん」

「美奈子ちゃーん!」

「あっ!は~い。今行きまーす!」

他の客に呼ばれて佐竹さんは奥のテーブルの方に行ってしまった。

とりあえず注文を決めるか。壁に貼り付けられているメニュー一覧を見る。
オムライス、卵丼、五目チャーハン、チャーハン、みそラーメン……。一般的な中華料理屋にありそうなメニューはすべて抑えているようだった。


「よう坊主、初めてか?」

隣の席から声をかけられた。つるっぱげの人の好さそうなおじさんだった。

「え、ええ」

「そうかそうか。じゃあしっかり食べてきな。……っとああ、すまねえな。俺は近くの八百屋で店主やってんだ」

話を聞くとどうやら隣の席のおじさんは近所で八百屋をやっていて、この店にも野菜を卸しているらしい。

「ここの店主が若いころからの付き合いでよお、よく世話になってんだよ」

豪快に笑いながらおじさんは僕に語り掛ける。

「ところでよお。どうせ目当ては佐竹ちゃんだろ?」

「え、ええ!……えーっと…?」

次は一転、ひそひそと、僕だけに聞こえるように聞いてきた。だけど顏は完全にニヤニヤしていた。

「いやいや、気にすんな。ここに来る若い連中の大体は佐竹ちゃん目当てだからよ。全員考えることは同じってこった。まあ、気持ちはわかるけどな。なんたって可愛いからな!」

どうしてあなたが得意げなんですか。とは僕には言えなかった。
ここの店主、つまり佐竹さんのお父さんと若いころからの付き合いだ、ということは佐竹さんのことも佐竹さんが小さかったころから知っているのだろう。


「それはそうと早く注文選びな。食べに来たんだろ?」

八百屋のオヤジはニヤニヤした顔のまま僕にそう促す。
おっと、そうだった。どれにしようかな。とりあえずチャーハンにするか。

「佐竹さん!オーダーお願い」

「は~い!」

伝票とペンを持った佐竹さんがこっちにきた。

「チャーハンひとつ、おねがい」

「はーい!チャーハン一つですね。かしこまりました♪」

「佐竹ちゃん、俺はいつものお願い」

僕の隣からおじさんも何かを注文した。

「はーい♪おじさんはいつものですね、かしこまりました♪」

「オーダー入りました!」と佐竹さんは元気よく厨房に伝える。教室で見せる表情と変わらない、佐竹さんらしい笑顔だった。

「で、坊主は佐竹ちゃんとはどんな関係なんだ?」

「え、えーっと。その、クラスメイトです。佐竹さんの、隣の席の」

「てことはあそこの高校生か。ま、初めては大変だろうが頑張れよ」

「?何をですか?」

頑張れ、とはなんのことだろうか。


「それは来てからのお楽しみだ。ま、坊主くらい若けりゃ楽勝か」

そいういっておじさんはカッカッカっと笑い飛ばした。なにか嫌な予感がする。
そういえば、僕以外の佐竹さんのファンも当然ここのことは知っているはずだ。おじさんも言っていたけど僕と同じ考えをもってここに来るやつは他にもいるだろう。
だが、どういうわけか同じ高校の連中は一人もいない。休日の昼間だから誰か来ていてもおかしくないと思うけど……。

「おまたせしましたー!佐竹飯店特性チャーハンです!」

ちょうど佐竹さんが料理を運んできた。さて、お待ちかねのチャーハン…だ……。

「……え?」

佐竹さんが運んできたチャーハン。うん、確かにチャーハンだ。だが待ってほしい、僕は大盛、いや、特盛を頼んだ覚えはない。
運ばれてきたのはドンッという擬音が一番似合うだろう、文字通り山盛りのチャーハンだった。とてもじゃないけど小腹がすいたから何か食べよう、という量ではない。

「ま、普通はその反応だよな」

「はーい♪おじさんはいつものですよー」

「おお!ありがとう、佐竹ちゃん。相変わらずうまそうだぜ」

「えへへ♪それじゃ、ごゆっくりどうぞ!」

そう言って佐竹さんはまた厨房に引っ込でいった。

「これ、並盛ですよね……?」

「ここの基準じゃ並盛だな。ま、これくらい食えねえと佐竹ちゃんには気に入られないだろうな。とりあえず食ってみな」

僕はレンゲを手に取って山のてっぺんを切り取った。香ばしいにおいが鼻腔をくすぐって僕の食欲をを煽る。
まずは一口。レンゲを口の中に入れた。



☆★☆★☆★☆★


「うっぷ……ごちそうさまでした…」

なんとか食べ切った。山盛りだったチャーハンは見事に皿の上から姿を消した。

「おー、よく食い切ったな坊主」

おじさんも感心したかのように言う。

「すごい…ですね……」

これでわかった。学校の連中はみんな来てないんじゃない、この量を食べ切れないから大半の連中は二回目は来ることを躊躇するんだ。
正直、小腹がすいたからといって足を運んでいい場所ではない。

「初めて来た連中はみんな受ける洗礼だな。ま、美味かっただろ?」

「ええ。それは……」

おじさんの言う通り、味は申し分なかった。正直、今まで食べたチャーハンのなかで一番おいしかった気がする。


「味は信用していいぜ。俺が直々に野菜卸してる店だからよ。いい野菜はいい店にしか卸さねえ。俺のポリシーだ。初めてここの店主がが俺の店に来たときは……ってそれは関係なかったな。それはそうと、坊主。学校では佐竹ちゃんとはどうなんだ?」

「え、えーっと佐竹さんとは隣の席同士で……まだ全然話せてないですけど……」

「はーん。それで佐竹ちゃんと話したくてここに来たわけか」

「どうしてわかるんですか」

「そりゃあ似たような連中がしょっちゅう来るからな。考えることはみんな同じってこった。安心しろ坊主。だれもまだ佐竹ちゃんとはくっついてねえよ」

おじさんは豪快に笑い飛ばす。向こうで接客している佐竹さんに聞こえるんじゃないかとひやひやする。

「にしても坊主、残念だったな。この時間帯は佐竹ちゃんずっと接客してるから話せねえぞ。あっちを見て見な」

おじさんは顎でテーブル席の方を指す。

「はーい♪玉子丼とチンジャオロースですね。少々お待ちください!」

「ご注文が決まったらいつでも呼んでください!」」

「お待たせしました!佐竹飯店特性ホイコーローです♪」

「あっ!お子さん食べづらいですよね。取り皿持ってきますね!」

「すみません、ただいま満席ですのでちょっとだけ待ってもらえますか?」

接客で店内を駆けまわる佐竹さん。
一人ひとり丁寧に対応してお客さんを捌いていく。
注文を聞きながら時折ニコっと微笑む佐竹さんの表情に僕はドキッとしてしまう。
元気に接客をする佐竹さんを見ているとこちらも自然と元気をもらえそうだった。
それを周りの客もほほえましく見守る。


「あの笑顔が見れるだけでここに来る価値があるってもんだ」

そう言って佐竹さんを見る八百屋のおじさんの目は優しい目立った。

「……みんなから愛されてるんですね。佐竹さん」

「そりゃそうよ。ここに来る連中の大半は佐竹ちゃんのファンだからな。坊主もそうだろ?」

明るく元気で、みんなを笑顔にする佐竹さん。家でも、学校でもそれは何も変わらなかった。
佐竹飯店の看板娘としての佐竹さんはまるでこの店限定のアイドルのようだった。
 
「じゃ、そろそろ出るぞ坊主。外で待ってる客もいるからな」

おじさんは席を立ってレジの方へ向かう。僕もおじさんの後についていった。

「ごちそうさま佐竹ちゃん。勘定、坊主のも一緒に付けといてくれ」

「はーい」

「いいんですか?」

「知り合ったのもなんかの縁だ。今日は奢ってやるよ」

そういっておじさんは二人分のお代を支払った。


「じゃあまた来るぜ、佐竹ちゃん」

「はーい!いつでも来てくださいね♪」

「ご、ごちそうさま」

「どうだった?」

「美味しかったよ。それで、その……また来てもいいかな」

「本当!?うん!いつでも来て!お料理、いっぱいつくるから!」

佐竹さんは本当にうれしそうに、満面の笑みで僕に答えてくれた。
だけど、その言い方は危ない。危うく勘違いしてしまいそうだ。

取り方によっては、僕にその気があっておもてなししてくれるのだと思ってしまいそうだけど、きっと佐竹さん的にはお客さんにまた来てねと言うのとそんなに変わらないのだろう。
だけどそんな勘違いしてしまいそうなことを言われると嫌でもまた来ないといけないじゃないか。嫌なわけがないけど
僕はまた来ようと心に固く決めた。




☆★☆★☆★☆★



初めて佐竹飯店に入ってから暫くが経った初夏。佐竹飯店には定期的に通うようにしている。
通ううちに他の常連客とも顔なじみになった。八百屋のおじさんもそうだったけどみんないい人で、佐竹さんと話すこととは別に、この人たちと会うことも密かな楽しみになっていた。

「こんにちはー」

そして今日も佐竹飯店の暖簾をくぐった。最初のころは入るのにも緊張していたけどすっかり慣れてしまった。
今日は平日の放課後、ピークの時間帯とかぶっていないため店の中はガランとしていた。

「いらっしゃませー♪」

厨房から佐竹さんが出てきた。お客さんがいない間に食材の下準備をしていたようだ。
佐竹さんと話すのにもだいぶ慣れた。今では普通に友達と話す感覚で話すことができる。

案内されるまでもなく、カウンター席に着く。
カウンター席の一番真ん中。誰もいないときは僕がそこに座ることが常になっていた。


「じゃあチャーハンお願い」

「はーい!」

いつも通りチャーハンを頼む。これも僕が来た時の定番メニューになっていた。
ちなみにこれは豆知識だが、机に置かれているメニュー表には『大盛全品無料!』という文言が書かれている。非常にお得だと思うので胃袋に自信がある人は挑戦してみてはいかがだろうか。僕はいまだに挑戦したことがない。今後挑戦することもない。

しばらくすると佐竹さんがチャーハンをもって厨房から出てきた。相変わらず凄い量だ。

「今日は一人?」

山のようなチャーハンを崩しながら厨房にいる佐竹さんに話しかける。慣れというものは怖いもので、初めて目にしたときは恐怖の対象でしかなかったが、今では臆することなく食べることができる。むしろほかの店のチャーハンが少しだけ物足りなくなってきた気がする。

「うん、二人とも隣町の商店街のお肉屋さんに行ってくるって。帰ってくるまでは料理も全部私が作るよ」

「へえ、すごいなあ」

接客とかならともかく、客に出す料理まで任せてもらえるってことはきっと両親からも相当信頼されているのだろう。
僕は続けてチャーハンを口に運ぶ。


実は僕はこのだまってチャーハンを食べている時間が一番好きだ。何故なら―。

「~~~♪」

カウンターから僕が食べる姿をニコニコと眺める佐竹さんを見ることができるからだ。

初めて佐竹飯店に来たあの日、帰り際におじさんに言われたのが「放課後にでもに来てみるといい」ということだった。
言われたとおりに月曜日の放課後、その足で再び佐竹飯店に足を運んだのだが、おじさんが言っていた意味が分かった。
放課後なら、お昼のピークもすぎて、誰もいないのだ。おかげで、佐竹さんと話すことができたり、こうやって佐竹さんの笑顔を独り占めすることができる。

本人はきづいているのだろうか。佐竹さんは何もない時は厨房から僕たち、客が食べている姿を幸せそうに眺めている。
今日みたいな誰もいないような日は、僕がその視線を一手に引き受けるので、僕もずっとこちらを見てニコニコとしている佐竹さんを眺めることができる。

「佐竹さん、いつもニコニコしながら食べてるのを見てるよね」

「えっ?もしかして顔に出てる?」

「うん」

「あうう、ちょっと恥ずかしいなあ。でもそうだね、食べている人を見るのは好きかな」

「どうして?」

「美味しそうに食べてる姿をみるとこっちも幸せな気持ちになっちゃうから」

佐竹さんは満面の笑みを浮かべてそう言った。


「料理は愛情だってお父さんがよく言うんだけどね。私の料理で誰かが喜んでくれたら、私の愛情が伝わってくれたのかなって。そう思うとすごく嬉しくって」

心の底から幸せそうに言う佐竹さん、きっと本心なのだろう。だから誰に対しても分け隔てなく接するし、無償の愛を届けることができる。そこが佐竹さんの魅力なんだ。

それから、佐竹さんの両親が帰ってきたところでお開きとなった。帰り際に佐竹さんのお母さんからおすそわけとして頂いた、コロッケはとても美味しかった。




☆★☆★☆★☆★



「で、進展は?」

「進展ってなんの?」

ある日の昼休み、僕は友人氏と話していた。
適当な会話をしていたと思ったらいきなり僕に向かって聞いてきた。


「佐竹さんとだよ」

「え?まあ、佐竹飯店には通ってるけど」

「それだけ?」

「うん」

「……はあ」

友人氏は大きくため息をついた。なぜだろうか。

「いいか?お前の目的は佐竹飯店に通うことか?違うだろ?」

「そうだけど……佐竹さんとは話しできてるし」

実際佐竹飯店に通うのは楽しい。ご飯は美味しいし、他の常連客はみんないい人たちばかりだし、佐竹さんは可愛いし。とても居心地がいいのだ。


「はあ……いいか?佐竹さんのファンはお前以外にもたくさんいるんだぞ?ぼやっとしてたら取られるぞ?」

「とは言ってもさ……」

現状の関係が楽しいのだ。佐竹飯店に行って、佐竹さんや常連さんと話をして、ご飯を食べて帰る。ときたま佐竹さんと二人きりの時間を過ごす。大きく前進しているわけではないけど、僕はこの時間が好きだった。

「少しずつ佐竹さんとも親しくなれてるし、大丈夫だよ」

「そういうならいいけど……気づかないうちに遠くへ行かれないように気をつけろよ?」

友人氏はそう僕に忠告をした。
実際、佐竹さんとの距離は縮められている気がしたし、佐竹飯店で直接喋れるというせっかくのチャンスを無駄にしている学校の男子連中に取られるとは思わなかったから、友人氏の忠告をほどほどに聞いていた

……もっと真剣に聞いておけばよかったものを。




☆★☆★☆★☆★




佐竹さんが泣いていた。


それは週末の放課後、月曜日までの課題を教室に置いてきてしまったことに気づき、一人教室に戻っていたときのことだった。

教室の前まで着くと、まだ教室に誰かが残っていることに気がづいた。
陽もだいぶ落ちて、明かりのついていない教室は影に覆われていたが、窓側の席は夕日に照らされてそこに人がいることを示していた。

教室を覗くと、そこにいたのは佐竹さんだった。
自分の席に座り、その前に立つように女子生徒がいた。おそらくいつも佐竹さんとグループを作っている女子だろう。佐竹さんはうつむいていてこちらからその表情はうかがえない。

向こうはこちらに気づいていないようだった。
流石に今教室に突っ込んでいく度胸は持ち合わせていないし、少し申し訳なさを感じながらも、廊下から覗いていることにした。


しばらくすると佐竹さんも立ち上がった。何かを話しているようだったけど、ドア越しにはその内容はわからなかった。

そして見てしまった。涙を、佐竹さんが肩をふるわせて涙を流す姿を。
どうやらほかの二人も泣いているようで、三人は肩を抱き合って涙を流していた。

三人が涙を流す理由は僕にはわからない。だけど、あの佐竹さんが涙を流すということは、よっぽどのことがあったんだろう。
それ以上は、勝手に覗いていることがいたたまれなくなり、僕はそそくさとその場を後にした。

なお、当然課題を忘れてしまい、僕は先生にこっぴどく叱られた





☆★☆★☆★☆★




次の日、僕はいつものように佐竹飯店に顔を出した。
昨日の放課後に見た光景は、まだ少し頭の中に残っていたけれど、あまり気にしていなかった。

「こんにちはー」

いつものようにガラガラと引き戸を開けてのれんをくぐる。
いつもはガヤガヤとしている店内だったけど、今日は少し違った。
中にいる人たちはだいたいいつもいる常連客だった。
だけどみんな席に座っておらず、カウンター席のところに誰かを取り囲む用意集まっている。誰だろうか。
僕も気になってその輪に加わる。みんなに取り囲まれた中心にいるのは佐竹さんだった。


「美奈子ちゃんおめでとう!」

「みなちゃん、応援するよ!」

「テレビ出るんだよね?絶対見るから!」

「佐竹飯店のアイドルがみんなのアイドルになっちゃうのか……ちょっと寂しいけど、美奈子ちゃんなら応援するよ!」

「え、えへへ♪ありがとうございます……!」

佐竹さんの目は少し赤くなっているように見えた。

口々に佐竹さんに応援の言葉を投げ掛ける常連客。

「どうしたんですか?」

隣にいた八百屋のおじさんに尋ねる。

「受かったんだとよ、アイドルのオーディションに。佐竹ちゃんが」

「えっ?」

なんでも、佐竹さんは友達と一緒にアイドルオーディションを受けていたらしい。
それで、佐竹さんはそのオーディションに合格して、晴れてアイドルになることができたのだという。もっとも、受かったのは佐竹さんだけで、ほかの人たちは全員落ちたそうだ。むろん佐竹さんの友達も。
なるほど、昨日教室で彼女が友達と話していたのはこのことだったか。


なんだ、結局僕は何もわかってなかったんじゃないか。馬鹿だ、とんだ大馬鹿者だ。

なにが佐竹さんと親しくなれているだ。
僕たちはあくまでも同級生で、佐竹飯店に通う常連客と看板娘で、それ以上でもそれ以下でもないじゃないか。
現に昨日の涙を流していた理由だって、佐竹さんがアイドルになりたがっていたことだって、僕は何も知らなかった。結局はちょっと仲良くなったからって、僕が最初から最後まで勘違いしていただけなのだ。

友人氏の言っていた通り、佐竹さんは遠くへ行ってしまっていた。僕の気づかない間に。

いや、心のどこかで僕はわかっていた。
実らない恋であることを、それ以上にこうして常連客として佐竹さんと関わっていることに満足していることを。
ただ、それが表面に出たのが今回というだけだったのだ。だったら―


「おめでとう!」

でも、だから僕は祝う。佐竹さんの夢がかなったことを。
同級生として、佐竹飯店の常連客として、佐竹飯店のアイドルのファンだった一人として。
きっと佐竹さんだから、みんなから愛されるアイドルになるんだろうなあ。ファンに愛情を与えてくれて、ファンからもまた、それと同等の愛情を注がれる。そんなアイドルに。
そういえば、学校の連中でもう知っている人はいるのだろうか。友人氏ならオーディションを受けたことぐらいは知っていそうだけれど。


「いいのか坊主?」

隣にいた八百屋のおじさんが僕のことを気遣ってか聞いてくる。いつになく真剣な顔だった。
なにについてかは聞かなくてもわかる。

「ええ。佐竹さんが決めたなら僕は応援します」

「そうか……ま、いい経験したな坊主。にしても佐竹ちゃんがアイドルか。この店も寂しくなるな……」

おじさんは寂しそうにつぶやくと、それ以上何も言ってこなかった。
こうして、ひとめぼれから始まった僕の初恋は、ついに実ることなくおわりを迎えた。

その話題もそこそこに、佐竹さんを取り囲んでいた輪はバラけ、それぞれが定位置と言ってもいい席に戻っていった。佐竹さんは事務所にあいさつに行くと言ってそのまま出て行ってしまった。
僕はやっとあいたカウンター席に腰を下ろして注文をする。今日注文するものはもう決めた。

「すみません、チャーハンひとつ、大盛で」

その日、僕は初めて佐竹飯店で大盛を頼んだ。
出てきた大盛チャーハンはいつものチャーハンよりふたまわりは大きい山だった。




☆★☆★☆★☆★



佐竹美奈子。
18歳で身長は158cmの体重45kg。誕生日は3月22日、血液型はO型。スリーサイズは上から86、54、82となかなかのグラマー体質。
特技は料理で得意料理はホイコーローと肉じゃが。食べたい方は是非佐竹飯店へ、とは本人の談。
趣味の格闘ゲームはなかなかの腕前で、並みの格ゲーマーなら返り討ちにされるほどの実力だとか。余談だが一時期音ゲーもめちゃくちゃうまいと噂された。
好きなものは友達との長電話。友だちとは今でもよく遊びに行ったりする間柄らしい。

安心してほしい、これらはすべて佐竹さんの公式プロフィールに書かれてある内容や佐竹さん本人の談だ。決してストーカーの成果とかそういうものではない。断じてだ。


アイドルになった佐竹さんを僕たちは変わらず応援している。ほかの常連客も一緒だ。
みんなで集まって店で佐竹さんが出る番組を見ることもあった。近所の人なんかはこぞって店に来るからさながら大応援団のようだった。
当然、店に出ている佐竹さんはみんなからかわいいだのなんだのと口々に言われるから顔を真っ赤にすることになる。

そうそう、アイドルになってからも佐竹さんは変わらず店にでている。曰く、お店のみんなの笑顔を見るのが好きだからとかなんとか。佐竹さんらしい。
当然、以前よりも店にいることは少なくなったが、それでも暇を見つけてはお店で接客している。テレビで見ると遠くに行ってしまったと思ってしまいがちだけど、そういった依然と変わらない佐竹さんの姿をみると、佐竹さんは佐竹さんだなと改めて実感できる。

おかげで、佐竹さんの名前が売れていくにつれて、『佐竹美奈子が接客をしている店』ということがファンの間でも有名になり、佐竹飯店に出入りする人の数も増えた。
以前はほとんど貸し切り状態だった放課後もそれなりに人がいるようになった。あの隠れた名店といった雰囲気が好きだった僕としては少し寂しい気もするけれど、それだけ佐竹さんの人気があるというわけでもあるから、一ファンとしては喜ばしいことだ。


夜六時半、今日も僕は佐竹飯店にいた。
例のごとく佐竹さんが出演する番組があるのでみんなで見ようとのことだった。
店内は近所の人たちや、近くの工事現場で働いてる人たちといった常連客でいっぱいだった。

「いらっしゃいませ~!」

今日は佐竹さんもいるようだった。ということは今日は佐竹さんが恥ずかしがる姿を見ることができるのか。
僕はなぜかぽつんと空いている、カウンター席の真ん中に座る。近くには最近佐竹さんが貰ってきたという大盛山のサインが飾られていた。
そういえば佐竹さん、アイドルになる前から大盛山に会いたいって言っていたよな。


「よう坊主。元気か?」

隣に座っていたのは八百屋のおじさんだった。相変わらず元気そうだ。

「佐竹さん、いつもので」

「じゃあ俺もいつもの頼むぜ、佐竹ちゃん」

「はーい♪」

大体チャーハンしか頼まないおかげで、僕もおじさんと同じようにいつもの、というだけで通じるようになってしまった。というか昔からの常連客は大体いつもの、で通じてしまうとか。ついに僕も常連客の仲間入りか。


番組が始まった。
店内のあちらこちらで歓声が上がる。それを見て佐竹さんは恥ずかしそうにしていた。

まあ、僕の初恋は実らなかったわけだけれど、今はこれでよかったんじゃないかなと思っている。
結局佐竹さんに一度も思いを伝えることなく終わり、ただの同級生、常連客といった関係までだったわけだけど、そこで終わってしまったからこそ、今でもこうして親しい関係を続けていられるのだと思う。
だからこうして純粋にアイドル、佐竹美奈子を応援することもできる。

番組が始まった。店内のあちらこちらで歓声が上がる。
ちょうど佐竹さんが僕とおじさんの料理を持ってきたところで、佐竹さんは恥ずかしがっていた。
運ばれてきたチャーハンは相変わらずの量だった。

「え、えへへ……ぜんぜん慣れないなあ…」

照れ臭そうに佐竹さんは言うけど顔は嬉しそうだった。


さて、僕の恥ずかしい、だけど大切な経験だった青春の一ページの話はこんなものだけどどうだっただろうか。ま、いつかやる同窓会の席での肴にでもなればいいかな。
よし、佐竹さんの番組も始まったことだしちょうど区切りのいいところで終わりにしようか。といってもこれ以上何か続きがあるわけでもないけどね。

僕はレンゲで山盛りのチャーハンを削り取った。

おしまい

普通の男子視点の話親近感があっていいね
苦い結末だけど良かった、乙です

佐竹美奈子
http://i.imgur.com/z4vSPEa.jpg
http://i.imgur.com/7L2eJqW.jpg

おわりです。
佐竹さんのクラスメイトになりたかったので書きました。

それではお目汚し失礼しました。

最近>>1が書いたやつです。よかったらどうぞ

【ミリマス】チハヤ「理想郷を目指して」【EScape】
【ミリマス】チハヤ「理想郷を目指して」【EScape】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1551010956/)

【ミリマス】P「美奈子をお世話したい」
【ミリマス】P「美奈子をお世話したい」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1553121221/)

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