アクマと僕と,ときどき友達 (4)

ある日,僕の席の隣に座っていた男の子が,登校しなくなった,

名前はシゲル.シゲル勇者ゴルディオスの物真似.僕は魔王ベランドロンの役をやって,ヨーコが女神シュランの役でよく戦った.プラスチック製の剣を振り回して戦っている間は莫迦みたいに楽しくて,よく門限を破った.

でも.その日からそんな生活が突然おわった.

その頃は九九も満足にできないほど幼くて,なぜ来なくなったかは分からなかった.

でも,そのことを口にしてはいけないことは分かった,

普段,店前で言葉を張り上げている両親は尋ねられると言葉を濁して,ただ憐憫の表情を浮かべた.

頭がつるつるしたいかめしい先生は,一言,転校したと僕に告げた,

共通の友達であったユーコは,目の端に涙を貯めて,僕だけに言うけれど,私のせいだと言った.

「本当に,アクマに食べられちゃったんだよ」.

「食べられたら,どうなるの?」

「もう,会えないよ」

彼が死んだ.という感覚が頭をかき乱していく.


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「私のせいなんだ,あんなことを言ったら,こんなことになったんだ」

「でも,おかしいよ.シゲルは勇者だから,魔王の手先のアクマなんかに負けないよ.

だって,シゲルは強いもん」.

「バカ,あんなのげーむだよ.本当はもっと怖いんだ,大きな口に牙もたくさんあって,それでみんな食べられちゃうんだ」

ヨーコはとうとう泣き始めた.僕はそれになんだか罪悪感を覚えて,提案する.

「じゃあ,それがほんとうかどうか,確かめるよ.たしか裏山にある,昔巫女様が済んでいた寺だよね?これから行ってみるよ.きっとシゲルだっている」

「やめて!」

ヨーコが,僕の制服の裾を握りしめて,声を振り絞るようにして言った.

「なんでバカなことするの?ぜったいやめて.今,村のひとたちが,探しに行ってくれてる.『僕』はここにいて」

僕は,裏山の方角を眺める.

夕焼けに照らされた山は三又のようないびつな形をしておりその谷に,寺が存在するはずだった.

巫女様が亡くなって以来,村民で,一部を除き山には誰も立ち入ろうとしない.

小鳥のさえずりや葉の音で騒がしかった山は,今や恐ろしいほどに静まり返っている.

それは,アクマが棲んでいるからだと,僕の両親は言っていた.

アクマは恐ろしく残酷で,狡猾であるそうだ.なにより,絶望した人を食べることを至上の喜びとしている.

魔王が放った,人類最悪の敵.主である魔王が討たれた今でも,闇の中で,人の破滅を虎視眈々と狙っている.

僕は,アクマを見たことがない.でもそれを聞いたとき震えあがった.

それを二人に話すとシゲルは真剣な表情で.山の中に子供を入れないための嘘なのだと言った.

一方ヨーコはどちらにせよ,あの山には何か秘密があるのだと言った.

三人は顔を見合わせた.

僕は,二人の顔に好奇心となにか悪いことをするときのにやにやが広がっていくのを見て,顔の筋肉が強張った.

「今度,山の中に入ってみようぜ」

シゲルの提案は,みんしゅしゅぎのぼーりょくによって可決された.

僕はそれ以来,二人が機会を見つけては山の中に入ろうとするのを,あれこれ理由をつけて逃げることになった.

そして,今のヨーコの話では,とうとうしびれを切らし,一昨日,シゲルとヨーコで山の中で入ったそうだ.

散策しながら,巫女の家に到達したとき,突然,生臭い突風が吹き,黒い影が目の前を通り過ぎた.

それから気づいたら,傍らにいたはずのシゲルが居なかった.

恐ろしくなったヨーコは山を下りて,助けを呼んだらしい.

けれど,シゲルは見つからず,許可なく山に入ったヨーコは激しい折檻を受けたようだ.

彼女の細い手足や唇には赤い蚯蚓腫れがいくつもの筋となって残っている.

それでもヨーコは,丸1日の謹慎を受けてから学校へ向かったのだった.

ヨーコはこのことを他言してはいけないと強く言われていたが,シゲルのことを僕に話してくれた,

事情を理解すると同時にいくつか疑問がわいてくる.

一つ目,シゲルの捜索はどうなっているのだろう.担当の先生が『転校した』と表現した理由はなんだ?

すでに見つかっているのか,あるいは諦めているのだろうか.

二つ目,シゲルをさらったのは一体何者だろう.巫女の家は現在使われていない.果たしてそこに棲むのはアクマなのだろうか.
    
とても嫌だけれど,もっとアクマについて調べないといけないだろう.

三つ目,なぜヨーコを山から無事に返したのだろう.こんなときにヨーコの無事を疑うのは気が引ける.でも,どうして?

超常的な力を持つなら,彼女を捕らえるなんて容易なはずだ.それはシゲルを攫ったときのように一瞬でできたはずだ.

ああ,考えることが多くてなんだか頭が熱くなってきた.

でも,シゲルを見つけようとする意志は固まってきた.

勇者役のシゲルは力が強くて勇気があった.それは僕にないものだ.

だからその対極である僕は魔王役となった,身体が弱くて,臆病者だ.

その僕が,シゲルを守りたいと思っていた.後で考えれば,恐ろしく幼稚な考えだった.

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