――おしゃれなカフェテラス――
高森藍子「――あんなに暑かった毎日がいなくなってしまって、秋が来て……けれど温度は、ぐんぐんと下がっていくばかりです」
藍子「こうしてテラス席でのんびりできるのも、あと何回――」
藍子「ううん、今日が最後かもしれませんね……」
藍子「そう考えると……今という時間は、とても楽しい時間のはずなのに」
藍子「なんだか、切なくなってしまいます――」
北条加蓮「……おーい、藍子ー。そのセンチメンタルごっこ、いつまで続けるつもりー?」
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レンアイカフェテラスシリーズ第92話です。
<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「秋のカフェテラスで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「お客さんの増えたカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「膝の上で ななかいめ」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「思い浮かべるカフェで」
藍子「ごめんなさいっ。なんとなく、つい――」
藍子「あっ……。もしかして、加蓮ちゃん。寂しがらせてしまっちゃいましたか?」
加蓮「違うっ」
藍子「もしそうなら、ごめんなさいっ」
加蓮「違うって」
藍子「何か聞いてほしいお話があるのなら、何でも聞きますよ。それとも、私がお話した方が――」
加蓮「違うって言ってるでしょうが!」ペシ
藍子「痛いっ」
藍子「切なくなってしまう、なんていうのは、ちょっと大げさすぎたかな……?」
加蓮「大げさっていうより、何かの役にでもなりきってるのかな? ってくらい」
藍子「そうかもしれませんね……。最近、公演に参加させてもらったり、いつものLIVEでも、いつもとは違うことをさせてもらったり」
藍子「今でも、毎日が発見の連続です。だから……いつもの光景にも、何か違うものを求めてしまったりして」
加蓮「ふふっ。女優魂だ」
藍子「そ、そこまで大げさなものではありませんよ?」
加蓮「そう?」
藍子「でも、ここにいる間は、いつも通りの私ですよね。いつも通りの私と、加蓮ちゃん」
加蓮「そだね。あんなにアイドルを嫌がってた藍子ちゃんがいつの間にかアイドルバカになってたのは私的に嬉しいことだけど――」
藍子「まって、まってっ。いろいろと待ってください!」
加蓮「でもそれじゃ寂しいもんね。最近お仕事が続いたけど、今日は久々のオフ。そして久々のカフェ」
藍子「聞いて~っ」
加蓮「肩の力を抜いて、ゆっくりしよう? ほらほら、いつも通りのコーヒーでも飲んで……」
藍子「……」ズズ
加蓮「ね?」
藍子「……はいっ。ふふ。いつもは私が、加蓮ちゃんにリラックスしてって言っているのに。今日は、加蓮ちゃんから言われてしまいました」
加蓮「私だって言う時には言うもんねー」
藍子「私がアイドルになっていたように、加蓮ちゃんも、いつの間にかカフェのお客さんになっていたんですね……」
加蓮「……いやお客さんなのは最初からじゃない?」
藍子「もうっ。そういうことじゃなくて……」
加蓮「分かってる分かってる」
藍子「ずず……ふうっ。ごちそうさまでした♪」
加蓮「あっ、店員さんだー。いつも藍子が飲み終えるとすかさずやって来るよね」
藍子「今日もありがとうございます、店員さん」
加蓮「……えっ。なんでそこで困った顔すんの」
藍子「今のは、加蓮ちゃんが悪いですよ?」
加蓮「なんで!?」
藍子「それは――あっ。また注文する時にはお願いしますね。……同じコーヒーを飲む時でも、加蓮ちゃんが飲み終わっている時、私はまだ飲み終わっていないことの方が多いですよね? 私、のんびりしちゃうから……」
加蓮「うん、まぁそうだけど……」
藍子「加蓮ちゃん。考えてみてください。片方のお客さんがまだ飲み終わっていないのに、もう片方のお客さんのお皿だけを片付けに来るのは、失礼ではないでしょうか」
加蓮「……あー、確かに」
藍子「そういうことです。なのに加蓮ちゃんが、文句みたいに言っちゃうから……店員さんも、困ってしまったんですよ」
加蓮「……後で謝っとこ」
藍子「私も一緒に謝りますね」
加蓮「藍子は悪くないでしょー」
藍子「ところで、加蓮ちゃん。私、アイドルを嫌がったりしたことはありませんよ?」
加蓮「そこ戻るんだ。んー、私が言いたかったのは、ほら。さんざんアイドルらしくないとか自信がないとか言ってた藍子がってこと」
藍子「あ~……」
加蓮「なのにいつの間にかアイドルバカになっちゃって? ちょっと間ができたらシリアスな演技を始めちゃうし」
藍子「もう、加蓮ちゃんっ。人に言われたら嫌なことは、人に言っちゃ駄目って言われませ――」
藍子「……人に言われたら駄目なことは、人に言っちゃ駄目なんですよ?」
加蓮「……あのね。いくら私でも、その言い回しくらいで不機嫌になったりしないって」
藍子「つい。加蓮ちゃん、学校の先生のお話とかって、その――」
加蓮「まーそうだけど。それはそうとして、"アイドルバカ"?」
藍子「はい。前に、モバP(以下「P」)さんに言われたこと、楽しそうに怒っていたじゃないですか」
加蓮「……楽しそうにしてたっけ? 私」
藍子「はい。とっても楽しそうにしていましたっ」
加蓮「あの後なんかアイドルバカって言い方もいいかなって思っちゃって。それに他にいい言い方も思いつかなくってさー」
藍子「う~ん。すごいアイドル、とかはどうでしょうか?」
加蓮「ほう? 藍子は自分のことを、すごいアイドルだって思ってるんだ。そっかー」
藍子「えっ……そ、そうじゃないです! って、加蓮ちゃん。自信を持てって言っているの加蓮ちゃんじゃないですか」
加蓮「まあね。藍子は実際すごいアイドルだし、自分でそう思ってるなら私はからかわないよ?」
藍子「もう……」
加蓮「ところですごいアイドルの藍子ちゃん」
藍子「からかってる~っ」
加蓮「藍子がはっきりしないのが悪い」
加蓮「演技って言えば、ラジオの即興劇? あれ聴いたけど上手かったねー」
藍子「聴いてくれていたんですか? ありがとうございます♪」
加蓮「1回目のはいつも通りの藍子といつも通りの未央って感じだったけど、2回目で役を交換してみようってなったじゃん?」
加蓮「藍子の演じてる未央っぽいキャラクター、すごくいい感じだったよ。……逆に未央の演じた藍子っぽいキャラクターは悲惨なことになってたよね」
藍子「あはは……」
加蓮「明らかに慣れてないゆっくり喋りとか、そこスタッフかPさんにカンペとかで指摘されてからかな、そしたらなんか妙なお嬢様口調みたいなのまで入って。藍子を何だと思ってることやら」
藍子「あははは……」
藍子「あれでも、あの収録は何回か撮り直したんですよ?」
加蓮「あれで?」
藍子「はい。でも、その不慣れな感じが逆に面白いってなって、未央ちゃんが役をマスターする前に録音は終わってしまいましたけれど」
加蓮「あー。未央、怒ってた?」
藍子「怒ってはいませんでした。しょうがないな~、みたいな感じで、みなさんを笑わせていましたね」
加蓮「怒っては、ね」
藍子「……後でこっそりと相談されちゃいました。ちょっぴり、気にしているみたいで」
加蓮「あぁ、うん。じゃあ私からってことで答えといて」
藍子「? もしかして、何かアドバイスとか――」
加蓮「諦めろ♪」
藍子「!?」
加蓮「そして諦めて身を引いて藍子を私によこしなさい、って。ちゃんと伝えておいてね?」
藍子「伝えません、というより伝えられません!」
加蓮「えー」
藍子「そういうことは、加蓮ちゃんが未央ちゃんに直接言ってください!」
加蓮「いいけど1週間くらい険悪になるの覚悟しといてね?」
藍子「……………………」
加蓮「ん。じゃあやめとく。そこまでしたい訳じゃ……うーん。……まぁ、やめとこっか」
藍子「言い合いになるのは仕方ありませんけれど、あまり熱くなりすぎると、他の子もびっくりしちゃいますから……」
加蓮「かもねー。未央、色んなとこと仲良くしてるし」
藍子「もう。加蓮ちゃんもですっ」
加蓮「私は……まーほら、また加蓮ちゃんか、って見られそうじゃない?」
藍子「そんなことないと思うけどな……」
加蓮「テラス席でのんびりできるのも最後……。そんな言い方されると、こっちまで切なくなっちゃうね。そんなこと、ぜんぜん意識してなかったのに……」
藍子「これまで続いていた日常がなくなってしまうのは……とても、寂しいことですよね」
加蓮「うん……」
藍子「……」
加蓮「って、別に一生のうち最後って訳じゃないでしょ。また来年になったら暖かくなるんだから。そしたらまた、ここに来ればいいでしょ?」
藍子「……くすっ♪」
加蓮「……何」
藍子「そうですね。また来ましょうね、加蓮ちゃん♪」
加蓮「……アンタ、これを言わせたいがためにセンチメンタルごっこしたの?」
藍子「最初はそういうつもりでは。途中から、加蓮ちゃんに「また来よう」って言わせ――言ってもらいたいな、って」
加蓮「今言わせたいって言いかけなかった!?」
藍子「き、きのせいです」
加蓮「言ったでしょ!」
藍子「言ってはいませんっ」
加蓮「じゃあ言おうとした!」
藍子「い、言っていないので大丈夫です!」
加蓮「そういうことじゃ……。……!」
加蓮「ふふっ。そっかそっか。藍子ちゃんは、そういう疚しい気持ちとか、黒い気持ちを隠しちゃう女の子なんだねー♪」
藍子「そういうつもりでは……!」
加蓮「ほらほら、他にどんな気持ちを隠してるの? どうせだし全部言っちゃいなさいよー?」
藍子「そんな……気持ちを隠してなんて……!」
加蓮「でも本当はー?」
藍子「ほ、本当は……って、何もありません!」
加蓮「そう? でも、ほんのちょっぴり思っていたりするんじゃない?」
藍子「おもってないもんっ!!」
加蓮「わっ」ミミフサグ
加蓮「……わかった、分かったから落ち着きなさい。未央の次は茜にでもなりたいの? そうじゃないでしょ。ほら、すぅー、はぁー……」
藍子「すぅ~、はぁ~……」
藍子「……落ち着きました。騒いじゃってごめんなさい、加蓮ちゃん」
加蓮「いいよー。いや良くはないけどね……。ほら、店員さんがすっ飛んで来ちゃったし」
藍子「店員さんも、ごめんなさい……。うるさくしてしまって」
加蓮「……迷惑とかじゃなくて心配した? あー……。特に何もないよ。ただ私がちょっとからかったら藍子が暴走――はい、私を睨みつけない。悪いのは私じゃなくて暴走した藍子なんだし」
藍子「ごめんなさいっ」ペコッ
加蓮「お詫びじゃないけど何か注文しよっか。藍子、何か食べる?」
藍子「それなら、ホットケーキがいいかな……?」
>>!5 申し訳ありません。1行目の藍子のセリフを修正させてください。
誤:藍子「……落ち着きました。騒いじゃってごめんなさい、加蓮ちゃん」
正:藍子「……落ち着きました。騒いでしまってごめんなさい、加蓮ちゃん」
……。
…………。
加蓮「……店員さん持ってこないねー」
藍子「加蓮ちゃん。まだ、5分も経っていないと思いますよ?」
加蓮「え? そう?」
藍子「時間を正確に測った訳ではないので、絶対って言いきれはしません。でも、たぶん3分くらいしか経っていないんじゃないかな?」
加蓮「……」
藍子「もしかして……お腹が空いていたんですか? だから加蓮ちゃん、焦っちゃったんですね♪」
加蓮「……別に、っていうか藍子の体内時計なんてアテにならないわよ。ホントは30分経ったんじゃないの?」
藍子「30分も経っているのに、店員さんが持ってきてくれないなんてこと、ありえませんよ」
加蓮「いやいや。実はそれがありえる状態だったりして。今、店内では――」
藍子「店内では……?」
加蓮「店員さんが外に出れないほどの大事件が……!」
藍子「そんな! 様子を見に行った方が……? でも、もしとても危険なことが起きていたとしたら……!」
>>16 ……申し訳ありません。>>!5は>>15です。言うまでもないかもしれませんが……
加蓮「危険なこと。……例えば?」
藍子「例えば――他のお客さんのところに注文されたメニューを持っていったところ、お話がすごく盛り上がってしまい、時間を忘れてしまった……とかっ」
加蓮「……それ危険なこと?」
藍子「……あまり危険ではありませんでした」
加蓮「藍子。もっと真剣に考えなきゃ! 危険が迫ってるんだよ。その危険って何? 店員さんや店長さんは何をしちゃったの!?」
藍子「そ、そうですね。例えば……そう。ホットケーキを作るための材料が、すべてなくなってしまっていたんです」
加蓮「それは大事件だね……!」
藍子「その犯人は――」
加蓮「その犯人は?」
藍子「なんと……店長さんだったんです!」
加蓮「なっ……!」
藍子「店員さんの作るホットケーキがあまりにも美味しすぎたので、店長さんは、こっそり材料を食べてしまったんです。何を使えば、それほどまでに美味しいホットケーキを作れるのか、どうしても知りたくて……」
加蓮「ふんふん。……あっ」
藍子「でも、店員さんと店長さんはとても仲良しです。店員さんは、店長さんを疑うことができないんです……」
藍子「それに、今はホットケーキをどうやって作るかの方が大事です。このままだと、加蓮ちゃんがホットケーキを食べることができません」
藍子「考えた店員さんは……。……う~ん。どうするんだろう……?」
藍子「そうだ。加蓮ちゃんを呼ぶことにしました。一緒に作れば解決――」
加蓮「あー、藍子。藍子ちゃん?」
藍子「あ、はい。何ですか? ……あっ、確かに、材料もないのに一緒に作れば解決というのはおかしいですよね」
加蓮「うん。それもおかしいんだけどさ。後ろ。後ろ」チョイチョイ
藍子「へ?」クルッ
藍子「…………」
加蓮「店員さん、すっっっっごく困った顔してる」
藍子「……あ、あは、あははははは……」
加蓮「ホットケーキありがとー。今の話? さあ、なんの話だったんだろーね」
藍子「あううぅ……」
加蓮「店長さんはそんなことをする人じゃないって? うん、そうだね。知らないけど知ってる……。うんそうだよね、レシピくらい普通共有してるよね」
藍子「ち、違うんです!」
加蓮「お、何か思いついた」
藍子「今のは、ええと……ち、違うカフェのお話なんです!」
加蓮「あっ」
藍子「ここのみなさんとは関係のないお話です――へ? そのカフェはどこなのか、って……。あの、店員さん? どうして、顔が少しひきつっているんですか? ……ずるい? なにが……?」
加蓮「……藍子。ホットケーキ、食べよ?」
藍子「?????」
□ ■ □ ■ □
加蓮「もぐもぐ……」
藍子「もぐ、もぐ……♪」
加蓮「うん、やっぱり美味しいっ。ふっくらしてて、いい感じに甘くて……甘いだけじゃなくて、これお茶系の何かかな? の味もする。凝ってるよねー」
藍子「ごくんっ……。美味しいですよね。牛乳がなくても、どんどん食べられちゃいそう♪ それに、お茶の風味で、大人っぽさを感じちゃいます」
加蓮「メニューにも、大人な気分の――とか書いてあったもんね」
藍子「ですね♪」
加蓮「これなら材料を食べちゃうのも納得ー」
藍子「……加蓮ちゃん。改めて考えてみると、いくらホットケーキが美味しくても、材料を食べたりはしないと思います」
加蓮「いやそれ藍子が言ったことだからね?」
藍子「あっ。そうでした……」
加蓮「もぐもぐ……。そう。さっきの話なんだけどさ」
藍子「もぐ、もぐ……?」
加蓮「危険が迫ってるー、みたいなネタから、店員さんは何をやらかしたのか、ってネタにすり替えたじゃん。私」
加蓮「まぁそれはいいんだけど……誰々が何をやらかしたのか、っていう質問。心理テストっぽく考えるなら、それってその人、藍子が思いつく悪事なんだってさ」
藍子「ええと……?」
加蓮「こういう時に思いつくのって自分がやりそうなこととか、もしくは自分が昔やらかしたことだって」
加蓮「つまり藍子は、こっそりホットケーキの材料を食べちゃう卑しい子ってことだねー」
藍子「……!? わ、私そんなことしてませんっ」
加蓮「本当に?」
藍子「本当ですっ」
加蓮「愛梨やかな子と一緒にお菓子を作った時につまみ食いをしたことないの? 本当に? 1回も?」
藍子「うっ……。あ、あれは、一緒に味見しようってなったお話で……」
加蓮「それにさ。よく考えてみてよ、藍子」
加蓮「店長さん……のことは、確かに私たちあまりよく知らないけど、ホントにホットケーキの材料をこっそり食べるような人だと思う?」
藍子「……しないと思います」
加蓮「でしょー? 藍子だってそれは分かってるの。無意識的に」
加蓮「ってことは、やっぱり藍子が想像していたのは店長さんじゃなくて、自分の姿」
加蓮「自分なら何をやらかしてたかな? って思って、藍子はそれを口にしたの」
加蓮「それが、"ホットケーキの材料を食べる"っていうことだった」
藍子「そんな……!」
加蓮「くすっ。いやしんぼー」
藍子「そんなつもりはない……ハズなのに、でも、加蓮ちゃんの言う通りに考えたら、私、ホットケーキの材料を食べてしまう人ってことになってしまいますね……!」
加蓮「あははっ。……まぁこれもちょっと誘導かけさせてもらったけど」
藍子「ふぇ?」
加蓮「材料を食べるのと、お菓子作りの途中でできた試作品をつまみ食いするのってまた別の話だし? それにお菓子を作ってる時につまみ食いをしたことない人なんてこの世にいないでしょ」
藍子「…………」
加蓮「ひひひひっ」
藍子「…………」プクー
加蓮「ほらほら。藍子? 膨れてたらホットケーキが美味しくなくなるよ?」
藍子「……ホットケーキ、おいしいですもん」
加蓮「うん。美味しいよね。ホットケーキ」
藍子「おいしいですもんっ」
加蓮「分かった分かった。ごめんね? ちょっと意地悪したくなっちゃった」
藍子「…………」プクー
加蓮「ふふっ。……じゃあ藍子が機嫌を治すまで私も藍子のこと見つめてよっと」
加蓮「じー」
藍子「……」プクー
加蓮「じー」
藍子「……」
加蓮「あ。ほっぺた元に戻った」
藍子「……!」プクー
加蓮「ふふ。無理しちゃってるー」
藍子「……」プクー
加蓮「藍子」
藍子「……なにですか」
加蓮「ごめんね。意地悪しちゃって」
藍子「……」
加蓮「一緒にホットケーキ食べよ?」
藍子「……加蓮ちゃん」
加蓮「うん」
藍子「はい」ズイ
加蓮「?」
藍子「あ~ん」
加蓮「……こういうのって普通、お詫びに食べさせろーとかなるものじゃない?」
藍子「あ~ん」ズイ
加蓮「もう。わかったから。あーん」モグ
藍子「……」アーン
加蓮「美味しー♪ ……あ、やっぱり食べさせろーとはなるんだ。はい」ズイ
藍子「あむっ……。……うん、美味しいですっ」
加蓮「よかった」
……。
…………。
「「ごちそうさまでした。」」
加蓮「そしてすぐにやってくる店員さんでした」
藍子「いつもありがとうございますっ」
加蓮「今日はホントにすぐ来るね。お客さん、あんまりいないの?」
藍子「……加蓮ちゃん。だから、店員さんを困らせるようなことを言っちゃ駄目ですよ?」
加蓮「あ。……ごめん。さっきまで藍子への意地悪モードになってたから――どうしよう藍子。店員さんがすっごいジト目でこっち見る」
藍子「あはは……。そのことは、加蓮ちゃんにもう謝ってもらいましたから。大丈夫ですっ」
加蓮「……ふう」
藍子「お疲れさま、加蓮ちゃん」
加蓮「別に疲れた訳じゃないんだけどねー……」ジー
藍子「?」
加蓮「ううん。さっき藍子とちょっとだけにらめっこしたでしょ? もうちょっと藍子のこと見ていたいなーって」
藍子「はあ。いいですよ。でも、その代わりに、私は加蓮ちゃんを見ることにしますね」
加蓮「もう1回にらめっこやっちゃう?」
藍子「久しぶりに、やってみましょうか。負けませんよ~っ」
加蓮「へー。やる気だね? 言っとくけどね、藍子。演技力が上がったのは藍子だけじゃない。私だってレッスンやお仕事をやりまくったんだからね!」
――3分後――
加蓮「~~~~っ!」フイッ
藍子「あ、加蓮ちゃん、目をそらした! だから、私の勝ちっ♪」
加蓮「だってさぁ……」
藍子「だって?」
加蓮「……。なんかほしいものある?」
藍子「じゃあ、今の"だって"の先を教えてくださいっ」
加蓮「……」
藍子「♪」
加蓮「……変顔とかしてくるならまだ勝ち目あるのにさぁ。藍子、ずーっと微笑んだまま私を見続けるもん。無理だって……」
藍子「……むぅ」
加蓮「何」
藍子「加蓮ちゃん。そんなこと言われたら、傷ついちゃいます……」
加蓮「……あぁごめん。そういう訳じゃなくてね?」
藍子「くすっ。知ってます♪」
加蓮「む」
藍子「加蓮ちゃん、そんな人を傷つけることを言う子じゃありませんもんね。加蓮ちゃんの言いたいことって、真顔で見られ続けると恥ずかしい、ってことなんですよね?」
加蓮「恥ずかしいとは言ってないでしょ! ムズムズするってだけ! ……しかもこう、なんかしたくなっちゃうしさー……」
藍子「なにかって?」
加蓮「……別に」
藍子「加蓮ちゃん」ズイ
加蓮「何……って、急に近づいてくるなっ」
藍子「にらめっこに勝ったのは、私ですっ」
加蓮「景品なら今あげたでしょ。"だって"の先、言ったでしょ!」
藍子「加蓮ちゃんのしたくなってしまうことのお話だって、"だって"の先に含まれてますっ」
加蓮「含まれてないよ。別の話!」
藍子「同じお話です」
加蓮「別!」
藍子「おなじ!」
加蓮「っていうか今日の藍子はなんなの。いつもみたいにほけっとして私に騙されてなさいよ!」
藍子「加蓮ちゃんには、さっき誘導されてダマされました。だから今度は、私の番です!」
加蓮「ぐぬ……!」
藍子「ほらほら、加蓮ちゃん。私の顔を見てやりたくなってしまうことって、何ですか?」
加蓮「……。アンタ、なんか分かって言ってたりする?」
藍子「?」
加蓮「あぁマジでわからない奴ね。そうだよね……。って言っても、私もよく分かってないから答えようがないの。何かしたいなーって思うだけ。ホントだからね?」
藍子「……」ジー
加蓮「……今見つめてくるのはやめてよ」
藍子「あっ、ごめんなさい。でも、本当のことみたいですね」
加蓮「前から嘘はつかないようにしてるでしょ……」
藍子「そうでした。でも、加蓮ちゃん、たまに気持ちや本音を隠してしまうから」
藍子「ううん、たまに、ではありません。何回も、ですっ」
加蓮「そこで怒られても困るよ。もともとそういう人間なんだしさ……」
藍子「……」
加蓮「……はぁー。私、いつになったら藍子ににらめっこで勝てるんだろ」
藍子「練習してみますか?」
加蓮「にらめっこの?」
藍子「にらめっこの」
加蓮「それどうやって練習するの。誰かと見つめ合えばいいの? 藍子は勝負相手だから、他の誰か――」
藍子「それか恥ずかしくならない練習にしてもいいかもしれませんねっ」
加蓮「? なんか急に早口……」
加蓮「恥ずかしくならない練習かー。普段恥ずかしいことに挑戦してみて、それに慣れるみたいな?」
藍子「それなら……。普段は恥ずかしくて言えないことを言ってみる、というのはどうでしょうか」
加蓮「お、いいねそれ! って、やるの私じゃん……」
藍子「はい。加蓮ちゃんがやるんですよ?」
加蓮「ハードル高いんだけど?」
藍子「普段できないことに挑戦しないと、練習の意味がありませんっ」
加蓮「スパルター。私そういうキャラじゃないもーん。藍子、代わりにやってよ」
藍子「え~っ」
加蓮「藍子が恥ずかしいって思うことに挑戦すれば、練習になるよね。例えばどんなのがいいかな?」
藍子「そうですね。例えば――」
藍子「って、加蓮ちゃん」
加蓮「……チッ」
藍子「舌打ち!?」
加蓮「いやいや舌打ちなんてしてないよー。なにかなー藍子ちゃんー」
藍子「加蓮ちゃん、また私のことを誘導しようとしていましたよね?」
加蓮「してないしてない」
藍子「……嘘はつかないようにしているんじゃなかったんですか」ジトー
加蓮「あー、そこ言われると弱いね。うん。嘘ついちゃったね。私。……ごめん」
藍子「ううん。加蓮ちゃんなりの冗談なのは分かったから、それは気にしなくていいですよ」
加蓮「あはは……。ほら、譲れないものがある的な?」
藍子「なるほどっ。それなら、次から嘘はつかないようにしましょ?」
加蓮「そうするね」
藍子「私も、冗談なのに本気っぽく言っちゃって、ごめんなさい」
加蓮「それこそマジになって謝らなくっていいってー」
藍子「そうですか?」
加蓮「うんうん。そうそう」
藍子「お話を元に戻しましょう。加蓮ちゃんにとって恥ずかしいことは――」
加蓮「待って。そもそもなんだけど、私別に恥ずかしいから目を逸らした訳じゃないよ?」
藍子「そうなんですか?」
加蓮「うん。そう。加蓮ちゃん、嘘つかない」
藍子「その言い方をする方って、だいたい何か隠し事をしていたり、嘘をついたりしていますよね……」アハハ
藍子「それなら、どうして加蓮ちゃんは顔を赤くして目を逸らしたんですか?」
加蓮「……いやアンタ、それはさすがに分かってて聞いてるでしょ」
藍子「……まあ、なんとなくは」
加蓮「藍子を見続けるのは何分でもできるんだけどね。見つめられるのは……なんだか、ずっと慣れないなぁ」
加蓮「相手が藍子だから、っていうのはもちろんあるよ」
加蓮「でも、それ以上に……昔、周りの人が誰も見てくれない場所にいたから。そういう女の子だったから、私」
藍子「…………」
加蓮「アイドルになって、見られることや撮ってもらうことには慣れたつもりだけど……。たった1人の女の子から見られ続けるのも慣れないなんて、変な話」
藍子「……加蓮ちゃん――」
加蓮「あはは……なんてっ。さっきの藍子の真似じゃないけどさ。ちょっとセンチメンタルになっちゃった」
加蓮「ほら、テラス席にいられるのもこれで最後なんだし? そういう気分も、ちょっとはさ?」
藍子「……もう。冬が終わって、春になったら、また来れるんじゃなかったんですか?」
加蓮「そうだけどそうじゃなーい。藍子、女心が分かってなーい」
藍子「むぅ……。加蓮ちゃんだって、ときどき分かってないですっ」
藍子「それよりも、加蓮ちゃん……」
加蓮「何?」
藍子「……、」
藍子「…………」
加蓮「……? いいよ? もうちょっとだけシリアスタイムを延長しても」
藍子「……」
加蓮「いいのー? 今を逃すともう言えなくなるかもしれないよ?」
藍子「それもテラス席と同じのハズです。今言えなかったことだって、きっといつか言える時が来ますから」
加蓮「どーだかね。テラス席だって、来年になったら加蓮ちゃんが自由に歩けなくなってもう来れなくなるかもしれな――」
加蓮「……ごめん。空気とかあっても言っちゃ駄目だよね、こういうの」
藍子「……。はい。言っちゃ駄目です、加蓮ちゃん」
加蓮「だよねー……。ごめんね。建前、作っちゃってた」
藍子「それなら……お詫びとして、さっきの"加蓮ちゃんが私にやりたかったこと"の続きを、」
加蓮「だからそれは言わないし、そもそも私にも分からないって言ったでしょっ」
藍子「本当ですか? 本当は、分かっているのに分かっていないふりをしているだけじゃないんですか~?」
加蓮「ホントだから! ……今日の藍子はなんなの、ホントに!」
藍子「……。えへ♪」
加蓮「もうっ」
【おしまい】
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