・バンドリとけいおんのクロスオーバーSSになります。
・ゲーム内に登場する5バンド25名とけいおんキャラ5名+αのお話となり、かなり長いものとなってます
・章立てで展開していきます(合計9章+α
・書き溜めは既に完了してますが、こちらの状況如何では投下スピードが変動することもあります。
・誤字、脱字はお見逃し下さい。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1570013673
#1.放課後の予兆
――『出会いは一瞬、繋がりは一生』
昔、誰かがそんなことを言っていたような気がする。
人と人の出会いは一瞬で始まり、そこから生まれた縁は一生続くのだと、その人は言っていたっけ。
私が彼女達と過ごした時間は、数時間にも及ばない程僅かなものだったけど……。
それでも、確かに私は彼女達と出会うことが出来た。
その縁があったからこそ、この奇跡は起きたんだ。
あの日、あの時、みんなに出会えていなかったら……きっと奇跡は起こらなかったよね―――。
【ライブハウス CiRCLE】
その日、CiRCLEには5人の少女達が集まっていた。
開催を来週に控えた大型ライブ、『ガールズバンドパーティー』その最終打ち合わせである。
今回のライブの企画立案であり、総責任者である月島まりなの元、代表バンドのメンバー5名が集まり、当日のスケジュールや手伝いの配置など、細かい部分の最終チェックが行われていた。
まりな「それじゃあ、お客さんの誘導はポピパのみんなと、受付はパスパレのみんなにお願いするよ、当日はよろしくねっ」
香澄・彩「はーい! まりなさん、任せてください!」
まりなの声に2人は元気良く返す。彼女達と同じく、CiRCLEに集まった全員が来週のライブに向け、その期待を高めていた。
彩「いよいよこの日が来たんだね……みんなに負けないように、私も頑張るよっ」
香澄「今回のライブ……私達の他にも数多くのバンドも参加するって話ですから……すっごく楽しみですね!」
友希那「ええ……朝から夜まで続けられる程の、未だかつてない規模のライブね……私も楽しみになってきたわ」
蘭「はい……みんなの力で、最高のライブにしましょう」
こころ「そうね、来週が待ちきれないわっ♪」
順調に打ち合わせは進み、CiRCLEの中はいつの間にか、和気藹々とした女子会にも似た空気で満たされていた。
そんな彼女達の顔を安心の眼差しで見つめるまりなの元に、1本の電話がかかる。
まりな「……はい、あ、どうもー………うん、うん…………え?…… えええぇぇーーーっっっ!!!???」
一同「……?」
突如としてまりなの絶叫がライブハウス中に響き渡り、辺りが水を打ったように静まり返る。
まりな「うん……そっか……うん、いやいやいや、でもそれはしょうがないよ……うん、こっちの事はなんとかするから、お大事にして……ね?」
気落ちしながらも優しい声で電話の主に告げ、まりなは電話を切る。
……その顔は、期待と安心に満ちた先程とは一変し、戸惑いの色で溢れていた。
そんなまりなの様子を心配し、香澄達が声をかける。
香澄「まりな……さん? どうかしたんですか?」
蘭「すっごい声してたけど……」
友希那「何か、トラブルでもあったのかしら?」
不安気に問う香澄達に向け、俯きながらまりなは告げる。
まりな「実はね……ライブの当日にスペシャルゲストで呼んでたバンドのメンバーが怪我で入院して……それでその、ライブの参加をキャンセルしたいって話で……」
彩「え、えええーーー??」
香澄「だ、大丈夫なんですか? その人たち?」
まりな「幸い、大事にはならなかったそうだけど、ドラムの子が腕を骨折しちゃったらしいんだよね……」
蘭「よりによって、腕……ですか……」
まりな「うん……そのバンド、ドラムの子が凄く評判良くってさ……。ドラムがいないとバンドが成り立たないし、せっかくのライブが台無しになっちゃうって事でね……」
申し訳なさそうに言うまりなの言葉に香澄達は息を呑み、困惑の表情を浮かべていた……。
まりな「事情が事情だし、私も無理に出てくれとはさすがに言えなくってね……」
友希那「そんな事があったのね……」
香澄「残念……だね、ライブ直前になったのに、怪我で参加できないなんて……」
憂鬱さ露わにしながら香澄は呟く。その感情は次第に他のメンバーにも伝播して行き、ライブハウス内に先程とは真逆の空気が広がり始める。
しかし……そんな陰鬱になりつつあった空気を、弦巻こころの一声が変えた。
こころ「みんな、落ち込む事なんてないわっ♪ ケガでライブに出られなくなってしまったのは確かに残念だけど、ケガなら治してまた参加したらいいのよ!」
香澄「こころん……」
彩「……うん、確かに、こころちゃんの言うとおりだね」
蘭「別に、もう二度と演奏ができなくなったってわけでもないんでしょ。その人達には気の毒だけど、今ここであたし達が落ち込むのは違うと思う……」
友希那「美竹さんの言う通りね、今私達がするべき事は、抜けたゲストの穴をどう埋めるのかを考える事だと思うわ」
常に前だけを見つめるこころの声が、気落ちしかけていた香澄達の心を持ち直させていた。
まりな「こころちゃん、ありがとうね……」
こころ「どういたしまして♪ それよりも、これからどうするの?」
香澄「もう、ポスターもフライヤーも刷っちゃったんですよね?」
まりな「うん、予備も含めて大量に刷って告知もしちゃったから、今更ライブの内容を変更することは難しいね……」
まりなが今回のライブの告知フライヤーを見ながら言う。
そこには、各出演バンド名の他『○時より、スペシャルゲスト登場!』という、見る側の興味を強く引きつける一文が大きく書かれていた。
彩「う~ん……スペシャルゲスト登場って、バッチリ書かれてるね……」
まりな「そうなんだよ、だから……どうにかしてライブ当日までに他のバンドを見つけて、参加して貰えるようにしなくっちゃ……」
蘭「じゃあ、各バンドでセトリ変えて時間調整してみるって事もできないか……難しいね、来週までに参加してくれるバンドを探すってことでしょ?」
友希那「ええ、それも……『スペシャルゲスト』として、ね……」
香澄「うぅ……それって、すっごくハードル上がりそう……」
蘭「うん……小規模なライブならともかく、今回みたいな大型ライブだと特にね……」
蘭の言う通り、これが通常のライブならさほど問題視する程の事ではなかっただろう。
……だが、招待された側は、“ガールズバンドパーティー”という、既に幾度もの成功実績があり、もはやガールズバンドのライブとしては一大イベントと言っても過言ではない程昇華されたライブに“スペシャルゲスト”として参加するのだ。
であれば、無条件に観客は期待する。その名が伏せられていれば尚更だろう。
「ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストって、どんなバンドが来るんだろう」「どんな盛り上がりを見せるのだろう」と、多くの観客がゲストに期待をする……。
当然、出演するゲストはその期待を一身に背負い、観客の最大限満足の行く演奏をすることが義務付けられる。
……尋常ではない程のプレッシャーがゲストにかかる事は、既に明白であった。
友希那「半端な実力では却ってお客さんの期待を裏切ることになるわね……当然、その日来てくれた人達全員の期待に応えられるだけの実力が求められるわ」
蘭「このタイムテーブルを見ると、ゲストの演奏も比較的長めに設けられてますね……」
彩「これだと、MC入れて少なくとも5曲は歌う計算になるね……」
まりな「あははは……問題山積みだねー……」
生半可な腕前では却って期待して来てくれた人達を失望させかねない……同様に、せっかくのゲストの演奏を短時間で終わらせてしまう事もまた、観客からすれば拍子抜けしてしまう事になるだろう。
それは即ち、ライブ全体の失敗を意味する……出演者としても、また主催者としても、それだけは何としても避けたいことであった。
まりな「つまり、スペシャルゲストの条件は、こうなるって事だよね」
今現在ここにいるバンドに匹敵するか、もしくはそれ以上の実力を持ち、MC込みで最低5曲もの演奏をこなし、かつ観客の期待とかかる重圧に十分応えられる“女性”で構成されたバンド。
それが、ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストとして参加する為の、最低条件だった。
まりな「みんなに聞きたいんけど、そんなバンドに心当たり……ある?」
香澄「あははは……、ど、どうかな~……一応、私もポピパのみんなに相談してみますね」
友希那「仮にいたとしても、来週までにライブができる状態に仕上げるのが大変ね……」
彩「セットリストもそうだし、当日の衣装の用意とか、練習の時間も組まなきゃいけないもんね……」
蘭「うん、正直……すごく難しいと思う……」
まりな「やっぱり、そうだよね……」
…………。
…………………。
……再び、彼女達の間に沈黙が漂い始める……それは先程以上に深刻な上、重く冷たい空気だった。
これまで真面目にバンドで音楽活動をしている彼女達だからこそ、『そんな都合の良いバンド、そうそういる筈がない』と思ってしまう。
そんな不穏な空気を察してか、またもこころの声が周囲の雰囲気を一変させた。
こころ「大丈夫よ♪ みんなで力を合わせれば、きっと何とかなるわ♪」
蘭「こころ、何か良い考えあるの?」
こころ「ん~~……そうね♪」
目を瞑りながら腕を組み、頭を2~3回ほど揺らし、こころは考える仕草をする……そして、何かを閃いたのか、声を上げた。
こころ「そうだわ! ゲストにはミッシェルに来てもらいましょう! ミッシェルと私達でサーカスをやれば、きっとお客さん達も笑顔になるわよ♪」
蘭「それ、もう演奏とかゲストとか関係ないじゃん……」
彩「あはははははっ、……こころちゃんらしい提案だね」
友希那「なんだか、弦巻さんを見ていると、真剣に悩む気持ちも薄れていくわね……」
香澄「こころん~、私、サーカスなんてできないよ~~」
蘭「って香澄、まさかやる気なの……?」
こころの破茶滅茶な提案に二度、場の空気が好転する。
一気に雰囲気が和んだその時、まりなが真剣な面持ちで皆に告げた。
まりな「あはははっ、みんなありがとうね……うん、ゲストのことは私に任せてくれないかな? 必ず条件に合うバンドを連れてくるからさ」
優しい笑顔を浮かべながら、まりなは続ける。
まりな「いざとなったら出演料たくさん積んで、プロの人に来て貰えるようにするよ、こういう時に何とかするのが私の役目だもん」
具体的にどうするのかは分からない、確実な名案が浮かぶ訳でもない……。
だがそれでも、眼前のトラブルに立ち向かい、打開策を見出すのが主催者の務めであり、大人として果たす義務でもある。
実際今日に至るまで、彼女達は十分過ぎる程頑張ってくれていた。学生として忙しい時間の中で予定を作り、このライブの為に多くの時間を費やしてくれた。
全てはライブ成功の為。だからこそ、今は彼女達の頑張りに報いるために、大人である私が頑張る時なんだと、まりなはそう思っていた。
まりな「だからみんなは心配しないで、目の前のライブのことに集中してて……ね?」
香澄「まりなさん……」
彩「……分かりました、まりなさん、よろしくお願いします」
友希那「私達にできることは確かに限られてるわ……それなら、今は私達が出来る事に向け、全力を費やすだけね」
蘭「でも、何かあったらいつでも言ってください、私達も全力でサポートしますから」
こころ「まりな、応援してるわね!」
まりな「うん、みんな、ありがとうね!」
彼女達の期待に応えるべく、まりなは強く返す。
そして話は纏まり、その日の打ち合わせは終了となった。
――その翌日。
まりな「さてと……みんなにもああ言ったんだし、頑張ろう!」
早朝からまりなは各方面に電話をかけ続けていた。
思いつく限りの知り合い、以前CiRCLEでライブを行った女性バンドを中心にガールズバンドパーティーへのゲスト参加の交渉を始めるが……突然、しかも大規模なライブのゲスト出演のオファーを受けるバンドなどそういるはずもなく、話を聞いた関係者のことごとくから出演を断られていた。
電話による呼び込みの他にも、駅前で路上ライブを行っているバンドへの聞き込み、近隣のライブハウスやスタジオに直接出向いての交渉、SNSを駆使してライブ参加の依頼をしたりと、可能な限りの手を尽くす。
……しかし、それでも、ガールズバンドパーティーに出演してくれるバンドを見つけることは叶わなかった。
【CiRCLE 事務所】
まりな「だーーめだぁぁぁ……どこも引き受けてくれないよ~~……」
スタッフ「まりなさんお疲れ様です、出演依頼の話、難航してるみたいですね……」
まりな「お疲れ様……うーん……やっぱり、難しいよね……」
疲労困憊の様相で事務所のデスクに突っ伏すまりなにスタッフが声をかける。
数件のライブハウスに直接出向き、ゲスト出演を依頼するも断られ、そして何の収穫も得られぬまま、時は既に夕刻を迎えようとしていた。
スタッフ「やっぱり、いきなりゲストで来てくれって言われても難しいですよね……」
まりな「覚悟はしてたよ、私も同じこと言われたらやっぱり考えちゃうもん……」
スタッフの淹れてくれたコーヒーを飲みつつ、今日の事を振り返る。
今日だけで何件ものライブハウスに足を運び、口が渇くまで担当者に現状の説明を繰り返したが、それでもその苦労が報われる事はなかったのだ。
半ば予想していた事だとは言え、今の状況を焦るまりなにとってこの事実は、肉体と精神の両面を疲弊させるには十分過ぎていた……。
まりな「あ~~~……どーしよう……」
スタッフ「……また明日、考えてみましょう……あれ、そういえば今日じゃありませんでしたっけ? まりなさんの高校の同窓会……」
まりな「え? あ……そっか……今日だったんだ、すっかり忘れてた……」
スタッフの声にまりなははっと顔を上げ、スマートフォンを取り出し、カレンダーを表示させる。
そこには『〇〇時、同窓会』という予定が確かに書き加えられていた。
まりな「もうじき時間だし、準備しないとね……」
スタッフ「大丈夫ですか? 今日はもう帰って休まれたほうが……」
まりな「ううん、それはできないよ。仕事は仕事で大事だけど、これは前から約束してた事だもの」
スタッフ「すみません、それもそうですよね……」
確かに現状を考えれば今は仕事が何より大事ではある……明日からのことを考えるなら、ここは少しでも多く休息を取っておくべきだろう。
だが、数ヶ月以上前から決まっていた約束をここで破るわけには行かず、まりなは重い腰を上げる。
まりな「だからごめん、今日はもう上がるね……後のことはお願いできるかな」
スタッフ「はい、気をつけて行ってきて下さい、お疲れ様でした」
まりな「お疲れ様、また明日ね」
軽く身支度を済ませ、スマートフォンを操作し、メールアプリを立ち上げる。
開かれた画面には、『桜が丘高校同窓会のお知らせ』と言う、まりながかつて青春を謳歌した母校の、同窓会の招待状が表示されていた――。
#2-1.放課後の邂逅~田井中律~
――特に目的があるわけではなかった。その会社を希望した理由も、「アイドルをプロデュースしたい」とか、そんな小さな理由からだった。
それから程なく、私は大学を卒業して、とある芸能事務所のマネジメント部に就職した。
最初は大変だったけど、仕事をこなしてく内にだんだんと楽しさを覚えて来るようになった私は、それなりに充実した日々を過ごしていた。
そして、『バンド経験者』という経歴を持つ私は、ある一組のアイドルユニットのマネージャーに抜擢された。
それが、私と“彼女達”の出会いであり……全ての始まりだった――。
――そこは、とある芸能事務所の会議室。
長机が等間隔で配置され、均等に並べられたパイプ椅子には口髭を生やした男性にメガネを掛けたスーツ姿の女性など、十数人に及ぶ人が相次いで座り込み、予め配布されていた書類に目を通していた。
様々な人で長机が埋まり、それから程なくして社長の号令の元、定例会議が開かれる。
その内容は、現在所属しているタレントの今後の活動内容や、テレビ出演の確認……関係各所への営業の成果等々。
およそ十数点の項目について社長をはじめ、各部署の役職にマネージャー、担当などが一同に集い、次々と報告を済ませていく。
会議に集まった人の中には、今や人気絶頂中のアイドルバンド、『Pastel*Palettes』のマネージャーである、田井中律の姿もあった――。
【アイドル事務所 会議室】
社長「では次に、パスパレの活動について報告を」
律「はい」
社長に振られ、書類を手に律は現状報告を行う。
愛用のカチューシャを頭に付け、凛々しく着こなされたスーツ姿の律に会議室中から注目が集まり、その視線を全身で受けつつ、律は報告を行う。
律「丸山については現在バラエティ番組の出演が5件、クイズ番組の収録が4件と……レコード会社で演出の打ち合わせが3件。白鷺は音楽番組の収録が6件と……氷川、若宮と共にラジオ番組へのゲスト出演が決まってます」
律「氷川は今月末にテレビ局で打ち合わせがあり、若宮は再来週にファッション誌の撮影と……大和は本日午後3時より、出版社にて打ち合わせがあります」
律「あと、パスパレ5人でやる飲料水のCM撮影も再来月より控えています。その他、空いた時間を使ってバンド活動の練習入れてます、報告は以上です」
スケジュール帳と書類を見やりつつ、律は報告を済ませる。
社長「そうか……」
律の報告を聞いた社長は両隣の重役に耳打ちし、若干不服そうな声で問いかける。
社長「う~ん……スケジュールを見たところ、バンドの練習時間、少し多すぎじゃないの? ちゃんと営業かけてる?」
律「……最近は色んな所でコンサートの出演依頼も増えてきてますし、彼女達には今まで以上にバンド活動にも力を入れてほしいと思ってまして」
律「あまり仕事を入れすぎてたら却って彼女達の負担になるんじゃないかと……そうでなくてもみんな学校もありますし」
社長「そこはホラ、田井中くんが上手く調整してやってよ、パスパレは今、ウチの事務所の看板アイドルなんだからさ」
社長「バンドの練習だ何だであまり遊ばせてないでさ、これからはガンガン営業かけてもっとメディア露出させないと、ね?」
律「はぁ……」
正直、今現在でも十分過ぎる程に彼女達は仕事をこなしていると律は思っていた。
昨今のアイドルブームの影響もあり、今や日本中で多くのアイドルが活動の場を広げている……それは律達の務める事務所も例外ではなく、そこには多くのアイドルとその研修生が所属しており、そして彼女達は日夜を問わず自身の活動に励み、今も夢を追い続けている。
当然中には陽の目を浴びられず、未だにチャンスに恵まれていない子達も大勢いるのだ。
そんな中、こうして関係各所からの出演依頼が多く来ていているのは、間違いなくパスパレの皆の頑張りの賜物である。……今の結果は確かに完璧とは言えないまでも、十分に評価してくれても良いだろうと律は思っていた。
……そうした彼女達の頑張りと苦労を知ってか知らずか、社長は更に彼女達に仕事をさせようとする……。そんな上層部の考えに律は、彼女達のマネージャーとして疑問を抱かずにはいられなかった。
律(結成当初に比べりゃ十分すぎるほど仕事のオファー来てんだろ……なのにまだ仕事増やす気かよ……)
社長「田井中くん、聞いてる?」
律「……はい、分かりました、私からも関係各所にもっと売り込んでくようにして行きます」
社長「うん、よろしく頼むよ。じゃあ次は……」
律「…………」
仕事があるのは有り難いことだが、かと言って仕事のしすぎではストレスが発散されず、いずれ爆発してしまう。
厳しい芸能界で仕事をこなす社会人の先輩としてはもちろん、マネージャーとして常日頃から彼女達を見ている律だからこそ、その心身のケアには常に細心の注意を払い、彼女達のサポートを行っていた。
そんな彼女達の心の癒やしとなる数少ない楽しみの一つが、パスパレ全員で集まって行うバンドの練習だったのだ。
どんなに忙しい日が続いたとしても、5人全員でバンドの練習をしている彼女達の姿は、傍から見てもとても楽しそうにしているのがよく伝わってくる。
……これ以上仕事が増えれば、自然と彼女達の揃った練習時間は削られてしまう。
……それは確実に彼女達の消耗にも繋がる……律としても、それは到底気の進む話ではなかった。
―――
――
―
社長「ではこれで会議を終了とする、みんなよろしくね」
そして、3時間ほどに及ぶ会議が終わり、次々と会議室から人が出ていく。
その人混みに混じり、律は会議室を後にした。
【アイドル事務所】
律「あ~~~~~~……あんの社長……言いたい放題言いやがって……一体だーれが遊ばせてるってんだよ……」
誰にも聞こえない程度の声量で苦言を漏らしながら事務所のデスクに項垂れ、今日の会議のことを思い返す。
特別称賛されるような期待はしていなかったが、かといってああもダメ出しをされるとも思っていなかっただけに、その不平不満は強烈に律の脳内を埋め尽くしていた。
そしてしばらく、日頃の鬱憤を呪詛のように呟き、軽い憂さ晴らしをする。
数分後、少し気が収まった所でスマートフォンを操作し、今日のスケジュールを確認する……次の予定まで、残り僅かな時間となっていた。
律「愚痴っててもしょうがないし、みんなのところ行ってくるか……」
重い腰を上げ、事務所を後にする。
今日は彼女達の通う学校が創立記念と試験休みで両校共に休日となっており、久々に5人全員が集まっている。
途中のコンビニで差し入れにと人数分のジュースを買い込み、歩いて少しのスタジオへと律は足を急がせていた――。
【レッスンスタジオ】
レッスンスタジオの一室には、コーチの指導の元、演技の練習に励む彼女達の姿があった。
今後の活動を見越してだろう、いつドラマや映画の仕事が来ても対応できるようにと、役者経験のある千聖を中心とした演技指導のレッスンが今日から追加されていたのだ。
コーチ「ではもう一度! みなさん、さっきの感じでやってみて!」
全員「はいっっ!!」
律(おーおー、みんな頑張ってんじゃん)
彼女達に気付かれぬよう、遠目から練習を眺めていたが、程なくして終了の時間が来たのか、コーチの号令の元、レッスンの終了が告げられる。
スタジオから出ていくコーチに一礼し、律はスタジオへと入っていった。
律「やー、みんなぁやっとるかね~」
彩「あ、律さん! お疲れ様です!」
一同「お疲れ様です!」
彩の声に合わせ、Pastel*Palettesの全員が律に向け、挨拶をする。
厳しいレッスンの後でも元気に挨拶をこなす姿に感服しながら、律は笑顔で彼女達に返していた。
律「はい、差し入れ持ってきたよ、いつもお疲れ様」
彩「わぁ……ありがとうございます!」
千聖「わざわざすみません律さん……いただきます」
麻弥「律さんいただきます! 今日のレッスン、結構ハードでしたからね、ジブン……もう喉カラカラで……」
日菜「うんうん、今日のは特にキツかったよねぇ……あ、あたしコーラいただくね、律さんいただきま~す♪」
イヴ「リツさん、いつもありがとうございますっ!」
各々が律に一礼し、ジュースを手に椅子に座り込む。
相当に厳しいレッスンだったのだろう、彼女達の首にかけられたタオルには、かなりの量の汗が染み込んでいるのが伺える。
にも関わらず彼女達は微塵も疲れた様子を感じさせず、むしろ活き活きとした顔をしていた。
律(みんな凄いな、あんなにキツそうなレッスンしてたってのに全然疲れた様子がない……やっぱ、5人全員で一緒にレッスンさせて正解だったかもな)
千聖「あ、あの律さん、今日は、事務所で会議だったんですよね?」
律「……ん? あ……うん、まぁねー……社長褒めてたよ、みんなよく頑張ってるって」
あえてダメ出しされていた事は伏せ、律は言う。
彩「えへへへ……私もちょっとはアイドルらしくなれた……のかな?」
麻弥「ちょっとどころじゃなく、彩さんはもう立派なアイドルだとジブンは思いますよ?」
イヴ「私も、マヤさんと同じ気持ちです! 以心伝心ですっ!」
千聖「イヴちゃん……それはちょっと意味が違ってるんじゃないかしら……?」
日菜「あはははっ、でも、彩ちゃん浮かれるとすぐ失敗するから、あんま油断しないようにねしなきゃねー」
彩「ひ、日菜ちゃ~ん……!」
律「はははっ、まぁ、日菜ちゃんの言う通りかもなぁ~」
彩「もー、律さんまで勘弁してくださいよ~」
一同「――あははははっ!」
和やかな時間は気付けばあっという間に過ぎていく。
時刻は既に11時をまわり、そろそろお腹の空く時間になっていた。
千聖「それで律さん、今日の予定はどうしますか?」
律「んー、今日は3時から麻弥ちゃんと一緒に出版社で打ち合わせに行くつもりだけど……」
麻弥「はい、把握してます……しかし3時ですか、少し時間空いてますよね?」
律「そうなんだよ、今からお昼食べに行っても中途半端な時間になっちゃうだろうし、どうしよっかなって思ってた所でさ」
千聖「……だったら、お昼ご飯の後、麻弥ちゃんの時間が来るまでみんなで音合せしておかない?」
日菜「あっ、いいね、それ!」
千聖「パスパレも次のコンサートが近いし、ガールズバンドパーティーも来週に迫ってきているし……少しでもみんなが揃っている時に演奏しておきたいと思ってるんだけど、イヴちゃんと彩ちゃんはどうかしら?」
彩「うん、私もMCの練習してしておきたかったから、千聖ちゃんに賛成するよ」
イヴ「私も、今日は夕方からアルバイトなので、それまでで良ければご一緒しますっ♪」
千聖達の話を聞きながら、律は唸る。
律「ん~、ガールズバンドパーティー……かぁ」
麻弥「律さん、やっぱり難しいですか? ジブン達のライブ……その……」
歯切れ悪く、麻弥は問いかける。
ガールズバンドパーティーは普段の仕事でやるライブとは違い、アイドルとしてのパスパレではなく、バンドとしてのパスパレの演奏が見れる数少ないライブでもある。
律自身、前々からその話は聞いていたが、生憎とガールズバンドパーティーの当日は、芸能関係の打ち合わせで関西へ出張となっていたのだった。
律「そりゃー私だって行きたいのは山々なんだけど、その日は別件で仕事があるからな……」
麻弥「そう……ですよね、すみません」
律「別に、麻弥ちゃんが謝ることじゃないよ……行けないのは残念だけど、みんなならきっと上手くやれるって信じてるからさ」
麻弥「律さん……ありがとうございます」
律「いえいえ、んじゃ、着替えたらご飯食べてみんなで音合せしよっか、ライブに行けない分、今日は私も付き合うよ」
千聖「律さん、いいんですか?」
律「うん、私も3時まで予定ないし、せっかくだからみんなの演奏も見ておきたいと思ってたしさ」
彩「やった~! 律さんに練習見てもらえるなんて嬉しいなぁーっ」
千聖「ええ、折角の機会なんだし、良い練習にしましょうねっ」
自分達の練習を律に見てもらえることを素直に喜ぶ彩達だった。
――それもその筈、バンド経験者である律のアドバイスは、今日のパスパレの成長に大きく貢献していた。
MCの回し方のコツや“魅せる”演奏のポイントなど、律自身が過去にバンド活動をしていた時に身に付けたスキルやノウハウは今も律の中に生き続けており、バンド活動を控えた今でもそれは忘れられてはいなかった。
事実、律のアドバイスを受けて成功したライブはこれまでにも数多くあり、その成功の一つ一つが更にパスパレを成長させている。
パスパレの皆が律を慕っているのは単にマネージャーとしてだけではなく、一人のバンドマンとしての実力があればこそでもあった――。
律「よーし、それじゃ、はやいとこお昼食べに行こっか♪」
一同「はいっ!」
律の号令に合わせ、5人は一際元気な返事をし、移動を開始する。
―――
――
―
【ファミレス】
彩「ここのパスタ、美味しいねーっ」
麻弥「そうですね……あっさり系で結構好きな味ですっ、あー、彩さん、このショコラ、期間限定みたいですよ?」
彩「わ~、すっごく美味しそう……あーでも、これ以上食べたらまた体重が……」
千聖「うふふふっ、彩ちゃん、残念だったわねー」
日菜「ん~~、このハンバーガーも美味しい~♪……あ、そうだ律さん、今度また、あのお店連れてってよ♪」
律「ん? あー、あそこか」
イヴ「ヒナさん、どんなお店なんですか?」
日菜「うん、前に律さんと一緒に行ったところなんだけど、桜が丘に美味しいパンの喫茶店があったんだぁ」
イヴ「桜が丘……ですか?」
千聖「確か、律さんの住んでる所も桜が丘だったわね?」
日菜「うん、お仕事の打ち合わせで寄ったときにそこで食べたんだけど、なんていうか……るるるんっ♪ って感じの味だったんだぁ」
千聖「一体、どんな味なのかしら……」
律「あはははっ、日菜ちゃんに食レポの仕事が来たら大変そうだなぁ」
麻弥「なんと言いますか、日菜さんの場合、出された全部の料理の味を擬音で表現しそうですね……」
日菜「ねーねー律さん、また連れてってー」
律「はははっ、うん、今度近くに寄ったら、今度は日菜ちゃんだけじゃなく、みんなにも紹介するよ」
彩「はい、楽しみにしてますっ」
麻弥「フヘヘ、日菜さんが絶賛するぐらいですから、興味ありますねっ」
このように、穏やかな時間は過ぎていく。
そして、昼食を終えた6人は店を後にし、麻弥の仕事の時間が来るまでの間、懸命にバンドの練習へと打ち込むのであった。
―――
――
―
【営業車内】
麻弥「いやぁ~、今日の練習は本当に楽しかったですよー」
バンドの練習を終えてからしばらく。
律の運転する車の中で、麻弥は今日の練習を振り返っていた。
律「ふふっ、みんな腕上がったよなぁ、麻弥ちゃんも千聖ちゃんも、リズム隊としてはもう一人前かもな」
麻弥「いえいえいえそんな! ジブンなんてまだまだですよっ」
律「うんうん、そうだそうだ、慢心するのはまだ早いっ! なーんてね」
麻弥「あはははっ、律さん今日はご機嫌ですねー」
律「……でも、本当に嬉しいよ、みんなが頑張ってくれたおかげで、パスパレがどんどん有名になっていってる」
反対車線に、パスパレの新曲告知が大きくプリントされたトラックが通り過ぎていくのを片目で追いつつ、律は微笑みながら言った。
麻弥「フヘヘ……でも、それも全部、律さん達事務所の方々のおかげですよ」
一瞬の照れ笑いの後、真剣な眼差しで麻弥は続けた。
麻弥「パスパレの皆さん、ジブンもですけど、特に律さんには凄く感謝してます」
律「麻弥ちゃん……」
麻弥「マネージャーとしてお仕事を取ってきてくれるのはもちろん、練習に付き合ってくれたり、こうして車で現場まで送ってくれたり、凄く助けて頂いてます」
部活でも裏方を専門とする一方、彩や日菜程目立つことはないが、それでもドラマーとしてパスパレを支える麻弥にとって、自分と同じように裏方仕事を担当とする律には、強い憧れがあった。
律自身もまた、かつての自分と同じくバンドでドラムを担当する麻弥に対しては、他のメンバーよりも親近感に似た感覚があった。
麻弥「律さんが練習曲に用意してくれた歌、あれのおかげで皆さん、アイドルとしても、バンドとしても大きく成長できたと思ってますよ」
律「まー、練習曲としちゃあれが一番だと思ったからねぇ」
アクセルを踏み込みながら、律は少し昔の事を思い出していた。
―――
――
―
――それはPastel*Palettesが結成されてしばらく、律が彼女達のマネージャーに任命されたばかりの頃である。
専門のコーチによるレッスンと彼女達自身の自主練の成果もあり、バンド初心者だった彼女達は着実に実力を身に付け、いくつかのライブも成功させる事ができた。
既に個々の技術面に関しては問題なしと判断した事務所は、今後は更に彼女達を売り込んでいくべきだと判断し、それと同時に、バンドとして活躍する彼女達のサポートが出来る人間が必要だと結論づけた。
今のパスパレに必要なもの、それは彼女達を監督しつつ各方面に売り込み、またバンドとしての適切なアドバイスができる、バンド経験のあるマネージャーだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、芸能事務所内で唯一、バンド経験のある律の存在だった――。
【回想】
律「…………うーーん……」
パスパレのメンバーとの初顔合わせを済ませ、自宅で彼女達の演奏動画を観ていた時、律が抱いたのは期待感よりも、むしろ危機感の方であった。
律(演奏技術とやる気はあるんだけど……やっぱり、バンドとしての経験がまだまだ足りてないよな……)
アイドルとしての彼女達の意気込みは十分だとしても、肝心のバンドとしてはまだまだ実力不足……むしろ、彼女達よりも腕の良いバンドは数え切れない程いる、それが律の正直な感想だった。
バンドとして、プロとして大勢のお客さんからお金を頂いている以上、今のままではまずい。
プロとして活躍する以上、彼女達の歌と演奏には当然、それ相応の金銭が発生する。そして観客は彼女達のライブに価値を見出し、決して少なくない料金と時間を消費してパスパレの歌を聴きに来てくれているのだ。
今はまだデビュー間もない新人アイドルグループだからこそ、観客も事務所のスタッフも甘い目で見てくれてはいるが、それも長くは続かないだろう。
今後も彼女達が生演奏を行うアイドルバンドとして活動をしていくのであれば、バンドとしてのレベルアップは必要不可欠である。
また、アイドルとバンド、この二足の草鞋を完璧に履きこなす事ができれば、彼女達は更に前へと進むことが出来ると……そんな期待も律の中に僅かながらあった。
焦りを感じた律は考えた。今の自分がマネージャーとしてパスパレの皆に何が出来るか、今のパスパレの実力を引き伸ばすために、何をすべきかを考えた。
そして考えた末の結論として、ある曲を練習曲として演奏してもらうことを思いついたのだった――。
―――
――
―
――それはPastel*Palettesが結成されてしばらく、律が彼女達のマネージャーに任命されたばかりの頃である。
専門のコーチによるレッスンと彼女達自身の自主練の成果もあり、バンド初心者だった彼女達は着実に実力を身に付け、いくつかのライブも成功させる事ができた。
既に個々の技術面に関しては問題なしと判断した事務所は、今後は更に彼女達を売り込んでいくべきだと判断し、それと同時に、バンドとして活躍する彼女達のサポートが出来る人間が必要だと結論づけた。
今のパスパレに必要なもの、それは彼女達を監督しつつ各方面に売り込み、またバンドとしての適切なアドバイスができる、バンド経験のあるマネージャーだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、芸能事務所内で唯一、バンド経験のある律の存在だった――。
【回想】
律「…………うーーん……」
パスパレのメンバーとの初顔合わせを済ませ、自宅で彼女達の演奏動画を観ていた時、律が抱いたのは期待感よりも、むしろ危機感の方であった。
律(演奏技術とやる気はあるんだけど……やっぱり、バンドとしての経験がまだまだ足りてないよな……)
アイドルとしての彼女達の意気込みは十分だとしても、肝心のバンドとしてはまだまだ実力不足……むしろ、彼女達よりも腕の良いバンドは数え切れない程いる、それが律の正直な感想だった。
バンドとして、プロとして大勢のお客さんからお金を頂いている以上、今のままではまずい。
プロとして活躍する以上、彼女達の歌と演奏には当然、それ相応の金銭が発生する。そして観客は彼女達のライブに価値を見出し、決して少なくない料金と時間を消費してパスパレの歌を聴きに来てくれているのだ。
今はまだデビュー間もない新人アイドルグループだからこそ、観客も事務所のスタッフも甘い目で見てくれてはいるが、それも長くは続かないだろう。
今後も彼女達が生演奏を行うアイドルバンドとして活動をしていくのであれば、バンドとしてのレベルアップは必要不可欠である。
また、アイドルとバンド、この二足の草鞋を完璧に履きこなす事ができれば、彼女達は更に前へと進むことが出来ると……そんな期待も律の中に僅かながらあった。
焦りを感じた律は考えた。今の自分がマネージャーとしてパスパレの皆に何が出来るか、今のパスパレの実力を引き伸ばすために、何をすべきかを考えた。
そして考えた末の結論として、ある曲を練習曲として演奏してもらうことを思いついたのだった――。
―――
――
―
【会議室】
彩「急にミーティングだなんて、田井中さんどうしたんだろうね?」
日菜「あ、もしかして、次のライブの話だったりして」
イヴ「前回のライブも好評だったみたいですし、そうかも知れませんねっ」
千聖「……どうかしら、田井中マネージャーのメールの感じからして、そんなに甘い話ではなさそうだけど……」
麻弥「あ、皆さん、田井中さんが来ましたよ」
会議室へと入って来た律に向け、5人は起立し、一礼と共に元気良く挨拶をする。
一同「田井中さん、お疲れ様ですっ!」
律「うん、お疲れ様ー……みんな揃ってるよね?」
千聖「はい、時間通り、全員揃ってます」
日菜「それでそれで、マネージャーさん、今日は何の話なの?」
彩「もしかして、次のライブのお話ですか?」
律「まぁまぁみんな落ち着きなって。えー、まずはみんな、先日のライブイベントお疲れ様でした、お客さんの受けも良かったし、十分パスパレのアピールにもなったと思います」
彩「よかったぁ……」
イヴ「はい、皆さん、ライブのためにすごく頑張ってました!」
日菜「うんうん、お客さん、結構盛り上がってたもんねー」
千聖「………………」
麻弥「………………」
律の言葉に千聖と麻弥以外の3名は安堵の表情を浮かべている。が、続く律の言葉が、その安堵の空気を打ち消していた。
律「けど……みんな自身は前回のライブ、正直どう思った?」
メンバー一人ひとりの顔を真顔で見ながら、律は問いかける。
日菜「確かに、完璧とは言えなかったかも知れないねー、彩ちゃんまた音外してたし」
彩「うぅっ……確かに、そうだったね……」
日菜「まぁ、それも彩ちゃんの持ち味みたいなところでもあるし、お客さんも笑ってくれてたから大丈夫だったと思うけど」
イヴ「皆さん、とてもよく頑張っていたと思います! 私は、皆さんの練習の成果がよく出てたライブだったと思います!」
彩「イヴちゃん……」
千聖「ごめんなさい、イヴちゃんには悪いんだけど……私としては正直、『何とかなった』という印象の方が強かったですね……」
麻弥「ジブンも千聖さんに同意です……実際、ジブンが走りすぎたせいで、音の乱れた所がいくつかありましたし……」
日菜「あれ、そうだったっけ? あたし全然気付かなかったよ?」
千聖「ああ、あの時ね……日菜ちゃんは瞬時に対応できていたけど、私は少し危なかったわ……」
律「みんなの言う通り、前回のライブは確かに問題はなかった……でも、満点だったかと言われれば、決してそうじゃなかったと思うんだ」
律の言葉に全員が息を呑む。皆……少なからず思い当たる節があるようだった。
千聖「いつまでも及第点のままでは、来てくれたお客さんに申し訳ないわね……」
彩「そうだね……私も次のライブまでに、もっと練習しておかなきゃ……」
イヴ「日々精進!……ですね」
律「確かにみんな……日菜ちゃんなんかは特にそうだけど、難しいコードもどんどん覚えていってるし、リハではやらなかったアレンジを入れられるだけの余裕を持って演奏してる」
律「麻弥ちゃんも元々スタジオミュージシャンをやってただけあって、演奏の技術は安心できるし、彩ちゃんもよく声が通ってるから難しい高音だってしっかり歌えてるし、正直歌唱力は前に比べたら桁違いに向上してると思う」
律「千聖ちゃんのベースはブレる事なく終始安定してるし、イヴちゃんのキーボードも外れずにこなせていて、二人ともソロパートだって問題なくこなしてる」
律「正直、みんな技術に関しては問題ないと思う……でもそれだけで、“バンド”としてはまだまだじゃないかと私は思うんだ」
個々の演奏を分析し、良い点についてはきちんと評価した上で、それでもバンドとしてはまだ足りないと、律は結論づける。
その分析に異論は無いのか、特に5人から不満の声が上がることはなかった。
イヴ「タイナカさん、私達のこと、ちゃんと見てくれてたんですね……私、すごく嬉しいですっ♪」
千聖「そうね……そんな人にマネージャーになって貰えて、私達はとても幸せだと思うわ」
日菜「んんん……でもさー、それじゃ私達がバンドとして成長するためには、一体どうすればいいんだろうね?」
彩「やっぱり、もっと自主練をやるしかないのかな……?」
律「もちろんそれは大事……だけど、それは今まで十分やってきたでしょ」
麻弥「個々の演奏技術に問題がないのなら、あとはどんどん音合わせを重ねていくしかないと思いますが……」
律「なーのーでー、今日はそんなみんなに、練習にうってつけの曲を持ってきましたっ!」
ふふふと含み笑いを浮かべつつ律は、1枚のカセットテープを高々に取り出した。
日菜「えっと……何それ?」
彩「何かで見たことはあるけど……何だったっけ?」
律「なっ……まさか……みんなコレを知らない世代か??」
初めて見るカセットテープの存在に疑問符を浮かべるメンバーに対し、麻弥だけが違うリアクションを取っていた。
麻弥「それ、カセットテープじゃないですか! ジブン久々に見ましたよ!」
律「お、さすが麻弥ちゃん、詳しいねー」
麻弥「フヘヘ……昔はよく、ジブンの声とか録音して遊んでましたよ、懐かしいなぁ」
日菜「ってことは、それには何か曲が入ってるの?」
律「うん、まぁみんな、一度聴いてみてよ」
言いながら律はカセットデッキをカバンから取り出し、セットし、再生ボタンを押す。
程なく、サーっとした僅かなノイズの後に聴こえてくる、懐かしい前奏……。
律自身、この曲を聴くのは何年ぶりだろうかと思い返していると、聴き馴染みのある歌声がスピーカーから流れて来た。
~~♪ ~~♪
歌声「――キミを見てると、いつもハートDOKI☆DOKI……」
律(懐かしいな……)
真剣に曲を聴く皆に気付かれぬよう、小刻みにリズムを取りつつ、律は学生時代を共に過ごした仲間達の事を思い出していた。
―――
――
―
そして曲が終わりを告げ、停止ボタンを押してカセットを取り出し、皆の反応を見る。
律「とまぁ、こんな感じなんだけど、どうだった?」
彩「可愛い曲だね……歌ってる人の声もすごく綺麗で、ふふふっ……私は好きです! この曲!」
日菜「へぇ~~………あ、うんうん! なんていうか……ルンッ♪って来たっ!」
千聖「凄く可愛らしい歌詞だけど、それとは逆に曲調は……ロック風っていうのかしら? 聴いてるだけで気分が上がってくる曲ですね」
イヴ「はい、聴けば聴くほど、元気になれる曲だと思います!」
皆が皆、曲に対する好評を口にする……その中でも、麻弥の眼は他のメンバーの誰よりも輝いており、流れていた曲への関心を露わにしていた。
麻弥「それだけじゃないですよ皆さん……この曲、凄く作り込まれてますよ!」
麻弥「まず、ギター、ドラム、ベース、キーボード……各パートがそこまで複雑な作りでなく、シンプルに仕上がってます! それに音がきっちり別れてますから耳コピもしやすい作りになってますし……」
麻弥「それでいてマイナーコードもありませんので演奏しやすく……というかこの曲、完全にバンド演奏の基本テクニックだけで構成されてますっ!」
彩「凄い、麻弥ちゃんが燃えてる……」
律「初めて見たな……麻弥ちゃん、テンション上がるとこんなに喋るのか……」
麻弥の熱意に呆気にとられる5人だった。が、それからも麻弥の解説は止まることなく続けられた。
麻弥「曲調はシンプルですけど、でも、いやだからこそと言いますか、シンプルだからこそテクニックのある人なら遊びやすい、つまり、アレンジがしやすくなってるんですよね」
麻弥「曲の出だしも各パートが順々に入る構成になってますからリズムが狂うことなく入れますし、演奏してる人達の腕が良い事もあり、曲そのものの安定感が違います!」
千聖「ええと……麻弥ちゃん、つまり、どういう事なの?」
麻弥「はっ……! フヘヘ……すみません、つい熱くなっちゃいました……」
麻弥「こほんっ……ええと、一言で言えばこの曲、プロアマ問わずバンドの練習曲に相応しい一曲って事ですね!」
日菜「うんうん、麻弥ちゃんの言うこと、なんとなく分かるなー。ギターもそんなに難しくないし、演奏しやすそうだなって思ってたんだ~」
麻弥「でもこの曲、一体どこのバンドの曲なんですか? ジブン、こんなバンド演奏のお手本みたいな曲、今まで聴いたことありませんでしたけど」
律「あー……まぁ、それは今はいいじゃん!」
なまじ音楽に対する知識がある麻弥に自分の曲が絶賛されたということもあり、照れ隠しに徹する律だった。
律「とにかく、今日から2週間、みんなはこの曲だけを演奏して自主練してみて」
千聖「この曲だけを……ですか?」
律「うん、みんな演奏技術は問題ないし……ならあとは、バンドとしての一体感が強まればいいんじゃないかって思ったんだよ」
彩「譜面や歌詞カードはあるんですか?」
律「無い。っても、今のみんなの腕なら譜面は無くても問題ないと思うよ」
麻弥「そうですね……何度か聴けば、自然と感覚で覚えてしまうと思います。耳コピもしやすいので、譜面に起こすとしてもそんなに時間はかからないと思いますよ」
律「この曲を、今日からパスパレのみんなで、パスパレの曲にしてみてちょうだい、私も可能な限り付き合うからさ」
一同「はいっ!」
この曲を彼女達なりのやり方で演奏出来れば、恐らくは今までの及第点を満点にすることが出来るだろうと律は考えていた。
そして、翌日より行われたパスパレの自主練には律も可能な限り参加し、バンド経験者として各メンバーに的確なアドバイスを行っていた。
律「日菜ちゃんはもう少し周りを置いてかないように合わせてみて……彩ちゃんはどうかな?」
彩「ん~、この歌詞、書いた人はどういう気持ちで書いたんでしょう……それが分かれば、もっと上手に歌えると思うんですけど……」
律「あーーー、それは考えなくていいよ、アイツの感性はきっと誰にもわからないし」
彩「…………?」
律「まぁ、彩ちゃんなりに歌ってみればいいよ、作った奴の事は深く考えずにさ」
彩「はい……??」
彩(この曲作った人、田井中さんの知り合いなのかな?)
麻弥「田井中さんの指導、凄く的確で理にかなってますね……さすが元バンドマンの人って感じがします」
千聖「ええ……丁寧だけど決して固くないように教えて下さって……何ていうか、歳の近い先輩に教えてもらってるって感じがするわね」
イヴ「はい! リツさんのおかげで私、バンドの何たるかがより分かったような気がしますっ♪」
観客として、また元演奏者としての律の助言を彼女達は聞き入れ、自分達の演奏に活かしていった。
そしてメンバー全員が律の親身な指導を受け、バンドとしての成長を徐々に実感していき、律の存在を認めていく。
それから数日、気付いた時にはもう誰も律のことを苗字や役職で呼ぶことはせず、親しみを込め、名前で呼んでいた――。
彩「あーあーかーみさーまおねーがい……うーん、もっと柔らかい感じで行った方がいいのかな?」
日菜「う~ん、私的に今のはムムっ? て感じだったなぁ」
麻弥「彩さん! ジブンは今の感じでいいと思います!」
彩「う~ん、どっちで行こう……」
千聖「イヴちゃん、ラス前のパート部分だけど少しだけ音が浮いてたわ、もっと入ってきても良いと思うわよ」
イヴ「はい! チサトさん、ありがとうございますっ」
律(あー……すっげー懐かしいな……この感じ)
――音楽に、バンドにひたむきに、真剣に向き合うボーカルの彩。
――独特な雰囲気でバンド内の空気を和ませるギターの日菜に、キーボードのイヴ。
――彼女達を後ろで見守り、絶えず支え続けるドラムの麻弥。
――そんな彼女達を優しく、しっかりと取りまとめるベースの千聖。
それぞれがそれぞれの夢を目指し、輝いていた。
そんな彼女達の姿が、かつてと自分達の姿と重なって映る。
夢に向かい、ひたすらに練習に打ち込む5人の姿に、今はもう戻れない遠い日の情景を瞼の裏に描きながら、律は彼女達と向き合う。
最初は仕事だけの関係だと思っていたが、今は違う……。
一人の元バンド経験者として、かつての自分達に似た輝きを持つ彼女達を応援したいと……心の底から律は思っていた。
――そして2週間後、律の前で彼女達は見事やりきった。
その結果、バンドとしての一体感は律の想像以上に向上し、それは他の曲でも確実に発揮され、律が抱えていた危機感は、既に期待感へと移り変わっていた。
……それは決して公の場で歌われることのない、パスパレの練習でのみ歌われる曲。
律とPastel*Palettesを繋ぐ、世界で一つだけの歌――。
―――
――
―
【営業車内】
律の顔を見つつ、麻弥は口を開く。
麻弥「あの曲を律さんが教えてくれなかったら、きっと、今のパスパレは全然違うパスパレになってたんじゃないかって思うんです」
律「褒め過ぎだって……あれは私の思い付きみたいなもんだから、そんなに大それた事じゃないよ」
麻弥「……もしかしてあの曲、実は律さんが昔組んでたバンドの曲だったり……」
律「ははは、そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないなぁ」
照れくささを堪えつつ、律は麻弥の問いかけを受け流す。
麻弥「フヘヘ……そうだ、律さん……律さんは今、バンドはやられてないんですか?」
律「ああ……昔のメンバーもみんな仕事が忙しいみたいだし、みんなで集まるってコト自体があんまり無いからねぇ」
律「……でも、今日は夕方から同窓会でさ、久々にみんなと会うことになってるんだ」
麻弥「わぁ、それは良かったじゃないですか!」
律「だからこの後、凄く楽しみなんだ、あははっ」
麻弥「……ジブン、いつか律さんの演奏も聴いてみたいです」
律「うん、まぁ……いつか機会があれば……ね」
麻弥の言う通り、いつかそんな日が来ればいいなと思いながら、律は車を飛ばす。
そして出版社での打ち合わせを終えた後、事務所に戻り、麻弥と解散してから、今日の報告を済ませる。
律「じゃあ、私はこれで……」
スタッフ「あれ、田井中さん今日は上がり早いんですね?」
律「うん、今日はこれから予定があってね」
スタッフ「そうだったんですね、お疲れ様です」
律「うん、お疲れ様~」
事務所を後にし、夕暮れに染まる街を歩く。
その時、律の携帯が着信を告げる。電話の主は、律のよく知る幼馴染からだった。
律「ああ……うん、わかってる、もう向かってるよ……はーい、それじゃまた後でな~」
律(……あいつも、待ちきれないのかな?)
携帯を仕舞い、微笑みながら軽い足取りで律は向かう。
かつて高校時代を共に過ごした、仲間達の集う場所へ――。
#2-2.放課後の邂逅~秋山澪~
――思えば、もう何年も昔を振り返ることなんかしていなかったと思う。
それ程に、今の私の日常は忙しく、とても充実していた。
それでも、私は決して忘れてなんかいなかった。
みんなで過ごしたあの日々、みんなで奏でたあの音……みんなで食べたお菓子の味……。
それは、今も確かに私の中にある。
だからかな、あの子達の輝きが……凄く、懐かしいと思えたのは。
あの輝きはきっと、遠い昔、私にだってあったものだろうから。
あの子達の輝きは、すっかり歳を積んでしまった私を、もう子供じゃなくなってしまった私を、あの頃に戻してくれた……そんな気がしたから―――。
【花咲川駅前商店街】
澪「やっと着いた……ここが花咲川か……」
初めて降りる駅を出てしばらく。秋山澪の眼前には、多くの人で賑わう商店街が広がっていた。
平日の午前中にもかかわらず、商店街には子供の手を引く買い物客や、学生と思われる若者が行き交っている。
澪「ええっと……場所は……」
名刺に書かれている住所をスマホの地図アプリに打ち込み、ルート検索を開始する。
程なくしてからスマホには、目的地へのルートが表示された。
澪「そんなに遠くないな……よし、行こう」
澪(しかし、新商品のプレゼンなんて私に出来るかなぁ……でも、会社の命令なら仕方ないか……)
――学生向けのファンシー雑貨のデザインや制作をする会社に就職すること数年、澪の元に舞い降りた一つの指令。
それは、風邪で休む事になった営業担当に代わり、制作担当である澪が新商品の商品説明をするため、花咲川の商店街にある雑貨店に向かってくれという内容だった。
営業の仕事なんて人見知りの澪には難しいと思われる内容だったが、会社の命令では従わない訳には行かず、澪はその命令を渋々承諾するのだった。
澪「うん、良い街だな……ここ」
商店街で作ったオリジナルの歌なのか、スピーカーからは明るく、可愛らしいBGMが澪の耳に入ってくる。
街並みを歩く人の顔も明るく、それは澪の地元、桜が丘とはまた違った賑やかさで溢れていた。
そんな街の雑踏を眺めながら、澪の足は目的地へと向かっていた。
―――
――
―
【商店街 外れ】
澪「え……? ええええええ???????」
人通りの少ない商店街の外れに、澪の素っ頓狂な声が響き渡る。
それもその筈、目的地についた澪を待っていたのは、無情にもシャッターで閉じられた古い店舗だった。
すぐさま名刺に書かれている住所を確認するがここに間違いはなく、電話を掛けてみるも、不通のアナウンスが聴こえてくるだけだった。
無駄を覚悟し、古びたチャイムを鳴らすも反応はなく、シャッターを叩いてみても、中から人が来る様子はない……。
というか、そもそもこの店からは、営業している気配そのものが感じられない。完全に閉店した店のようだった……。
澪「そんな……どうして??」
まさか、閉店……? とは考えられないだろう。昨日、担当から言われた店はこの名刺の店だったのだから。
澪「ど……どうしよう……」
一度会社に連絡を入れて指示を仰ごうかと、通りに出てカバンからスマホを取り出したその時だった。
――どんっ
澪「うわっ!」
声「きゃっ!」
突然、澪の身体に強い衝撃が走る。何が起こったのかと思った刹那、誰かが自分にぶつかったのだと言うことを理解し、澪はぶつかってしまった女の子に声をかけていた。
澪「ご、ごめんなさい! 怪我はない?」
女の子「痛たたた……っ」
年の頃は自分よりもずっと下だろう、高校生ぐらいだろうか、桃色の髪に流行り物の服が似合う女の子が尻もちをつき、涙目で座り込んでしまっている。
それに続くように、女の子の友達だろう、眼前の女の子と同世代と見られる3人の少女達がこちらに向かってくるのが見えた。
女の子A「ひまり、大丈夫?」
女の子B「も~。ひーちゃんトロすぎー」
女の子C「まったく、前をよく見て歩かないからだぞ」
女の子D「あいたたた……す、すみません!」
澪「ううん、良かった、怪我はなさそうだね」
女の子に怪我がなかったことにほっとし、安堵する澪。……その時だった。
――びゅううぅぅっ
先程ぶつかった際の衝撃で肩から落ちたのだろう、運悪く開かれたカバンからは資料や書類が道に散乱し、それらが風に乗って四散していた。
澪「あ……あああああ!! 書類が!! 大事な資料が!!!」
女の子A「大変、急いで拾わないと!」
女の子B「もー、ひーちゃんのせいだからねー」
女の子C「いいからモカも拾うの手伝え! ひまり、そっち行ったぞ!」
女の子D「はーい!」
それから、女の子たちの協力もあり、澪が落とした書類は、奇跡的に1枚の汚れも紛失もなく、澪の手に収められた。
澪「……うん、抜けはないな……あ~~、良かったぁ……」
書類の枚数を確認し、カバンに仕舞い、同じ轍を踏まぬよう、しっかりと封を閉じる。
女の子D「本当に、すみませんでした!」
澪「ううん、こちらこそありがとう、本当に助かったよ。……ごめんね、私の不注意でぶつかっちゃって」
女の子D「そんな、私の方こそ前をよく見てなかったから……」
などという会話が続くことしばらく、ふと澪は思い立ったことを口にする
澪(この子達、もしかしてこの辺りの子かな……)
澪「えっと、君たちって、この辺の子?」
女の子A「はい、まぁ……子供の頃からこの街で暮らしてますけど」
女の子C「アタシ達に、何かご用ですか?」
澪「……うん、あの……このお店なんだけど、知ってるかな?」
これから伺う筈だった雑貨店の名刺を差し出し、澪は自分の状況を説明する。
すると……。
女の子D「あー、私、このお店知ってます! 一昨日お引越ししてました!」
澪「え、それ本当?」
女の子D「はい! よかったらご案内しますけど……」
澪「うん、助かるよ、ありがとう」
会社の営業担当がここに来たのは確か先週だ、その間に店舗が変わり、住所も電話番号も変更されたのだろう。
今時にしては珍しく、ホームページもSNSのアカウントも無い会社なので、移転の情報が澪に入らなかったのも頷ける。
渡りに船とはこの事で、すぐさま澪は女の子達に店への案内をお願いしていた。
――その雑貨店へ向かう道中、ひまりと呼ばれていた女の子が澪に問いかける。
ひまり「あの、お仕事って、何をされてるんですか?」
澪「うん、女の子向けにファンシー雑貨を作ってお店に紹介したり……そんな感じの仕事だよ、こういう会社なんだけど、知ってるかな?」
澪は自分の名刺を取り出し、ひまりに手渡す。
ひまり「あー、私、この会社知ってます! 『スッポンモドキのおトンちゃん』シリーズ、私も持ってます!」
澪「ありがとう、あのシリーズ、私が考案したんだ」
ひまり「えっ、そうだったんですか?」
澪「うん、買って貰えて嬉しいよ、ありがとうね」
ひまり「ふふふっ……なんだか感激しちゃうなぁ……ねえ、巴もそう思わない?」
ひまりに振られ、今度は巴と呼ばれた女の子が返す。
巴「うん、なんていうか……働く女の人って憧れるよなぁ」
ひまり「うんうん、私も、働いてる女性って、ステキだと思います!」
澪「……そんな大袈裟な、別に大したことじゃないよ」
人は生活の為、家族の為、自分の為、嫌でも社会に出れば働きに出なければならない。それは古今東西問わず、今も変わらない。
かく言う澪も、この子達と同じぐらいの歳の頃には、その意味を漠然としか理解していなかったのだが……。
澪(なんていうか……若いよなぁ……)
人で賑わう商店街を楽しそうに歩くひまりと巴を見ながら、澪はそんな事を考えていた。
女の子A「この人……」
女の子B「らーん、どうかした?」
女の子A「ううん……別に」
女の子A(……似てる)
―――
――
―
【花咲川商店街 ファンシー雑貨店前】
ひまり達の案内により、ようやく澪は真の目的地へと辿り着く。
店内には多くの若者が入り乱れ、小洒落た店内ポップには先程の話にもあった『スッポンモドキのおトンちゃん』シリーズの告知もされ、賑わいを見せていた。
ひまり「着きました、ここですよ」
澪「みんなありがとう……今度会ったら必ずお礼するよ」
ひまり「いえいえっ♪ それでは、お仕事頑張ってください!」
巴「もし良かったら今度は仕事じゃなく、是非遊びに来てください、おいしいお店紹介しますよ」
澪「うん、本当に助かったよ……それじゃあね」
4人にお礼を言い、澪は真新しい空気の漂う店内へと入っていく。
店内に入る澪の後姿を見送り、4人の少女達は口々に声を交わしていた。
蘭「やっぱり、似てた」
モカ「似てたって、なにが?」
蘭「うん……あの人の声、巴にそっくりだった」
巴「え、アタシに?」
ひまり「あー、私も思ってたんだ、あのお姉さんの声、巴によく似てたよね」
巴「アタシの声って、あんなに綺麗だったか?」
ひまり「……あのお姉さん、かっこいい人だったね」
巴「ああ、また、会えるといいな」
モカ「うんうん、お礼もしてくれるって言ってたしね~」
蘭「ふふっ……モカったら……」
ひまり「みんなー、そろそろ行こうよ、ショッピングモールで買い物してから、つぐのお店に行くんでしょ?」
モカ「あー、ひーちゃん待ってー」
巴「ったく、ひまりー! 走るとまたぶつかるぞー!」
そして少女達……Afterglowの4人は歩き出す。
彼女達はまだ知らない。
澪と彼女達の間にある繋がりを……まだ、知らない――。
―――
――
―
【ファンシー雑貨店 事務所】
店内に入った澪は店主の案内のもと、店の奥、事務所の一室へと入っていった。
店主「いやぁーすみません、店を移転したこと、お伝えしてなくて……」
澪「いいえ、地元の子に教えていただいたので着くことが出来ましたし、大丈夫ですよ」
店主「ああ、あの子達ですか……いい子達でしょう、商店街の人気者なんですよ」
澪「ええ……みんな優しくて、元気があって……ここは、本当に良い街ですね……」
店主「はははっ……そうでしょうそうでしょう、いやね、商店街で流れてる音楽も、あの子達とは違う子が作ってくれまして……」
澪「え、そうなんですか?」
店主「ええ……ああいう若い子たちに支えられて、私達はこうして今日も営業が続けられているんですよ……」
優しい目で店主は言う。
そして会話も程なく、仕事の話が進められる。
澪「……早速ですが、新商品のご説明をさせていただきます」
店主「ええ、よろしくお願いします」
澪「今回の弊社の新商品のアピールポイントですが……」
澪の説明を、頷きながら店主は聞く。
資料と自身の知識を元に商品説明をし、時折振られる質問にも適切丁寧に答え、澪は新商品のプレゼンを行っていく。
営業担当とは違う、制作担当ならではの着眼点によるプレゼンに店主は興味を示し、次々と話は進んでいった。
澪「この辺りには女子校が2校ありますし、両校の長期休暇に合わせて告知していけば、この商店街でも大きくアピールできると思います」
店主「うんうん……いやいや、よくリサーチされてる、さすがだと思いますよ」
澪「はい、どうもありがとうございます」
店主「いやー、秋山さん、今日はありがとうございました。あとはお店の皆と相談して、後日改めてお話に伺いますね」
澪「はい、ご検討のほど、どうぞよろしくお願い致します」
話は纏まり、澪のプレゼンが終わる。
店主から前向きな返答を頂けたことに確かな手応えを感じ、澪は安堵の息をつく。
店主「では、社長と営業さんにもによろしくお伝えください、秋山さん、本日はありがとうございました」
澪「はい、こちらこそありがとうございました。 ……失礼します」
――ばたんっ
澪「ふぅ……」
澪(終わった……緊張したけど、どうにかプレゼンできた……良かったぁ)
1時間程度のプレゼンは終わり、澪は雑貨店を後にする。
そして会社の共有グループに報告のメッセージを入れ、時計を見る。
澪(もうお昼か……この辺りで何か食べてこうかな)
時刻は昼過ぎ、時間もあるし、昼食がてらにどこかで休憩しようと思い、澪は商店街を歩く。
そして商店街を探索することしばらく、焼き立てのパンの香り漂うベーカリーショップや揚げたてのコロッケが並ぶ精肉店のある通りで、澪は立ち止まっていた。
澪「喫茶店か……うん、ここにしよう」
“羽沢珈琲店”という店名の書かれた喫茶店の戸を開ける。
空調が効き、隅々まで掃除の行き届いた店内からはコーヒーの良い香りが漂ってくる。微かに聞こえるお客さんの声も良い感じのBGMとなり、店の雰囲気に溶け込んでいた。
そして店に入った直後、店員と見られる少女の元気な声が店内に響いて来る。
【羽沢珈琲店】
店員「いらっしゃいませ! お客様、一名様でよろしいですか?」
澪「はい」
店員「かしこまりました、こちらへどうぞ♪」
店員の案内に誘われ、澪はテーブルへ向かう、その時だった。
声「あれ……?」
澪「ん……? あっ……さっきの……」
店員の案内で澪が座った席のその隣のテーブル。
そこには、先程澪を雑貨店に案内してくれた、4人の少女達の姿があった。
澪の来店に驚きを露わにし、少女達は澪に話しかける。
ひまり「え? ええええ???」
蘭「……どうも」
モカ「おー、さっきのお姉さんだ、こんにちわー」
巴「びっくりした、こんなにすぐ会えるなんて思いませんでしたよ」
店員「え? なに、みんな知り合いなの?」
モカ「ふっふっふー、実は今朝、このお姉さんの絶体絶命の危機を、みんなで救ってたのだよー」
蘭「絶体絶命って……モカ、話盛りすぎ」
澪(……世の中って、案外狭いんだなぁ)
―――
――
―
澪「コーヒーと、サンドイッチと……あと、隣のテーブルの子達に……このケーキセットをお願いします」
店員「はい、コーヒーに、サンドイッチに……蘭ちゃん達にケーキセットですね、ありがとうございますっ」
メニューを手に澪は次々と注文を済ませ、店員の少女がそれを伝票に書き加えていく。
ひまり「そんな、いいんですか?」
巴「なんか、悪い気がするなぁ」
蘭「そうですよ、別に……そこまでしてもらう程のこと、してないと思います……」
澪「ううん、今度会ったら必ずお礼するって言ったでしょ、だから約束は守らせてくれないかな」
遠慮がちな少女達に向け、優しく澪は返していた。
蘭「あ、ありがとうございます……」
モカ「ありがとうございまーす」
巴「すみません、いただきますっ!」
ひまり「かっこいい……あ、ありがとうございますっ」
そして、彼女達にちゃんとした自己紹介もしていなかったことを思い出し、澪は名刺を手に、彼女達の方を向く。
澪「そういえばまだ自己紹介もしてなかったね、秋山澪です。桜が丘で、ファンシー雑貨の制作をやってます」
二度自身の名刺を一人ひとりに手渡しつつ、自己紹介をしていた。
澪の名刺を受け取り、ひまり達も澪に向け、自己紹介をする。
蘭「……美竹蘭です」
モカ「青葉モカでーす、みんなからはモカって呼ばれてまーす」
巴「宇田川巴です、秋山さん、よろしく」
ひまり「上原ひまりです! えっと……あ、秋山さん! よろしくお願いします!」
生まれて始めて名刺を手渡されたことで緊張してしまったのか、若干表情が固くなる4人だった。
そんな彼女達の様子を察し、緊張を解す為、澪は言葉を重ねる。
澪「あー……その、もし良かったらみんな、私のことは気軽に名前で呼んでくれてもいいよ? もう知り合いだしさ。私もみんなのこと、名前で呼んでもいいかな?」
自身の周囲に漂うぎこちない空気を取り払うように、優しく言葉を発する澪。
その気遣いに応えるように、ひまり達もまた、親しみを込めて澪に接するのだった。
巴「はい、もちろんです! 改めてよろしくお願いします、澪さん」
ひまり「澪さん、よろしくお願いします!」
蘭「そっか、澪さん、桜が丘から来てるんですね」
蘭達の暮らす花咲川と、澪の暮らす桜が丘は、およそ電車で1時間程度の距離がある。
そう遠い距離ではないが、理由もなく立ち寄れるほど近いというわけでもなかった。
モカ「桜が丘かぁ……」
蘭「モカ、知ってるの?」
モカ「うん、桜が丘にあるスタジオの近くにはね、それはそれは美味しいパンを焼いてくれる喫茶店があるって話なんだー」
モカ「だから、いつかは行ってみたいと思ってたんだぁ~、えへへへへ~」
じゅるりと涎を垂らしながらモカは言う。
澪「あのお店、私もよく行くんだ。もし良かったら今度買ってくるよ」
モカ「わぁぁ……あ、ありがとうございますー」
ひまり「それに、桜が丘といえば高校の制服、すっごく可愛いって評判なんだよね」
澪「……そうなの?」
ひまり「はい、制服目当てで桜高を受験する子も結構多いんですよ」
澪(……あの制服、そんなに人気だったのか)
巴「それで今日は、仕事で桜が丘から来てくれたんですよね」
澪「うん、そうなんだ……あ、みんなさっきは本当にありがとう。おかげですごく助かったよ」
ひまり「えへへっ、よかったです」
巴「ああ、案内した甲斐があったな」
モカ「ふっふっふー、モカちゃんたちのお手柄~」
澪と蘭達の間に和やかな雰囲気が流れてくる。
それから数分後。トレイに注文した品を乗せ、店員の少女がテーブルにやってきた。
店員「お待たせしました、コーヒーと、サンドイッチのセットになります、あと、こちらがケーキセットになりますっ」
澪「ありがとうございます」
モカ「おー、きたきたー」
店員「それと、私もお邪魔していいですか?」
巴「つぐ、今から休憩?」
店員「うん、お母さんに言って休憩もらったんだ」
そして、つぐと呼ばれた少女は澪に向き合い、自己紹介をする。
つぐみ「はじめまして、羽沢つぐみです。お姉さん、蘭ちゃん達とお知り合いだったんですね」
澪「はじめまして……もし良かったら、つぐみちゃんも好きなのどうぞ」
メニューを手に、澪はつぐみに差し出す。
つぐみ「え、私もいいんですか?」
澪「うん、みんなにもご馳走したし、これも何かの縁ってことで、ね」
つぐみ「あ、ありがとうございますっ」
澪の言葉をありがたく頂戴し、つぐみは厨房にいる母親にケーキの追加注文を済ませ、再び席に着く。
澪「今朝はみんなのおかげで助かったよ、本当にありがとうね」
モカ「お仕事、どうでしたー?」
澪「うん、バッチリ、上手く行ったと思うよ」
巴「それは良かったです、澪さんの仕事が上手く行って、アタシ達も案内した甲斐がありましたよ」
モカ「やっぱり、大人になってからやる仕事って、大変なのかなー?」
ひまり「う~ん、どうなんだろう……澪さんはお仕事、楽しいですか?」
自分達より歳上の女性と話す機会がそう無いのか、次第にひまり達の興味は澪の仕事へと移っていく。
澪「仕事は……そうだなぁ……大変なこともあるけどやっぱり楽しいよ、好きで選んだ仕事だから、やりがいだってあるしさ」
蘭「やりがい……ですか」
澪「うん、自分達で何日も話し合って、苦労して作ったものがお店に並べられて、それをひまりちゃん達ぐらいの子が喜んで買ってくれるのを見た時は、この仕事やってて良かったって思う」
澪「こんな私でも、世の中の役に立ててるのかなって……そう思うんだ」
つぐみ「お母さんも言ってました、私のケーキをみんなが美味しそうに食べてくれることが、この仕事の一番の楽しみだって」
巴「アタシも、バイトしててお客さんにお礼言われた時、すっげー嬉しかったな」
澪「ああ、ごめんね、なんだか自分の話ばかりで……みんな、今日は学校お休みなの?」
ひまり「はい! 今日は、創立記念でみんなお休みなんですよ」
巴「澪さんを送ったあと、みんなで買い物して、ちょうどここでお茶してたところなんです」
モカ「それでこのあと、5人でバンドの練習もするんですよー」
澪「……バンド?」
バンドという単語に、澪の眉が僅かに動く。
ひまり「私達、バンドを組んで音楽をやってるんです♪」
澪「……そう、なんだ」
つぐみ「はい! 実は来週、近くのライブハウスで大きなイベントがあるんですよ!」
次第に、話題は彼女達のバンドの話へと移っていく。
自分達が幼馴染同士で、Afterglowというバンドを結成し、来週、大きなライブを控えているということ。
今日はその打ち合わせと、この後スタジオで練習を控えているということ。
そんな彼女達の話を聞きながら、澪は昔を思い返していた。
澪(バンドか……懐かしいな)
澪の脳裏に蘇る、昔の記憶。
一人の幼馴染に誘われるがままにベースを買い、日夜練習に励んだこと。
高校に入って間もなく、その幼馴染と共に軽音楽部を立ち上げ、メンバーを募集し、合宿に行ったり、学園祭でライブをしたこと。
他にも新歓ライブ、遥か海を渡ったロンドンでの演奏、卒業ライブ……そして、毎日のように行われた、放課後のティータイム。
お茶にケーキを囲って過ごした高校時代の情景が瞼の裏に浮かび、自然と口元が僅かに緩んでいく。
隣のテーブルで広げられる光景にかつての自分の姿を重ね、澪は彼女達の話に静かに耳を傾けていた。
蘭「そういえばまりなさん、大丈夫かな……ゲスト、呼んできてくれるかな」
モカ「まー、なんとかなるんじゃないの?」
巴「スペシャルゲストか……一体どんな人が来るんだろうな」
ひまり「かっこいい人達だといいなぁ~」
つぐみ「楽しみだよね……今からワクワクしちゃうなぁ」
ひまり「あの、澪さんはバンドとか、興味ないですか?」
澪「ううん……実は私も高校の頃、幼馴染に誘われて……軽音部でバンドを組んでたことがあったんだ」
蘭「えっ……? そうだったんですか?」
巴「ち、ちなみに、パートは何やってたんですか?」
澪「ベースだよ、昔は結構弾いてたんだ」
ひまり「わぁ、わ、私と一緒だー! 嬉しいなーっ♪」
眼前の女性がバンドを組んでいたこともさる事ながら、その女性が自分と同じ楽器を担当していたことに対し、ひまりは喜びを露わにする。
それは他の4人も変わらず、澪がバンドを組んでいたことにある者は驚き、またある者は興味を惹かれていた。
澪「ふふっ、懐かしいなぁ……みんなの話を聞いてたら昔を思い出したよ」
ひまり「澪さん、綺麗だから演奏も凄くかっこいいんだろうなぁー」
澪「そんな……むしろ私なんて上がり症で、全然だったよ……」
実際の評判はさておき、澪は話を続ける。
澪「でも、そんな私を受け入れてくれて、みんなで毎日部活やって……楽しかったな」
蘭「…………」
懐かしむように澪は昔を振り返る……。
そんな風に話す澪を見ながら、ふと、蘭の中にある疑問が浮かび上がる。
その心に抱いた疑問を言葉に変え、蘭は澪に投げかけた。
蘭「あの……澪さん」
澪「……ん?」
蘭「その……澪さん、今はバンドやってないんですか?」
澪「うん……みんな生活や仕事が忙しくて、なかなか会う機会も取れなくなってね」
少し寂しそうな眼をしながら、澪は続ける。
そんな澪の顔を見つつ、僅かに蘭の表情が曇っていく。
蘭「そうなんだ……やっぱり大人になると、いつまでも変わらず……『いつも通り』って訳には行かないものなのかな」
つぐみ「蘭ちゃん……」
いつまでも子供のままではいられない。時が来れば、嫌でも人は成長し、大人になっていく。
そして、大人になれば今の自分と周囲の環境も自然と変わっていく……。それは、蘭が高校に入学した時に体験したことでもあった。
いつの日か、自分達が学校を卒業し、大人になった時、やはり自分達の関係も変わってしまうのか……?
環境が変わってしまう事への不安が、蘭の胸をちくりと刺す。
だが、次に澪が言った言葉に、蘭はその考えを改める事になる。
澪「うーん、どうだろう」
澪「確かに会う機会は減ったけど、それで関係が消えたってわけじゃないからなぁ」
蘭「…………」
澪「そりゃあ、学生の時みたいに毎日会ってって事はなくなっちゃったけど……それでも、たまに会うと、みんな学生の時とそんなに変わってないんだ……特に私の幼馴染なんてまさにそうでさ」
澪「だから、大人になったからと言って、何もかも変わるってわけじゃないと思うよ」
蘭「…………」
澪「……それに、あいつらと私は、数年会わないだけで消えちゃうような、そんな寂しい仲じゃないって、少なくとも私は思ってる」
そう、自信を込めて澪は言ってのける。
その言葉には一切の迷いがなく、澪の仲間への確かな信頼と自信が込められていた。
澪の話を聞き、蘭は優しく微笑み、一礼する。
蘭「うん……澪さん、ありがとうございます」
たとえ卒業して離れたとしても、それで関係が消えてなくなるわけじゃない。
その言葉が、蘭の中に芽生えかけた不安を優しく解いていた。
巴「もー、蘭、気にしすぎだって……大人になったからって、アタシ達が蘭の前から消えるわけないだろー?」
モカ「そうそう、大人になっても、モカちゃんはずーっと蘭と一緒だよ~」
ひまり「卒業して大人になっても、私達は私達……『いつも通り』の、みんなだよっ」
つぐみ「うふふっ……でも私、蘭ちゃんがそう思ってくれてて、すごく嬉しいよ」
蘭「みんな……うん……そう、だよね」
澪(いい子達だな……みんな)
――隣のテーブルに映る少女達の瞳は、眩しいほどに輝いているように澪には見えていた。
彼女達が掲げた誓いは、彼女達が思う以上に儚く、難しい誓いでもある。
でも、この子達ならきっと出来るだろう。
私のように、時の流れに翻弄される事もなく、今ある瞳の輝きを守って行けるだろうと……澪は確信していた。
―――
――
―
そして、澪がAfterglowの5人とお茶を交わすことしばらく。
次の仕事の時間が来た事もあり、伝票を持ち、澪は席を立つ。
澪「それじゃ、みんな今日は本当にありがとう、バンド活動、がんばってね」
ひまり「あ……あの澪さん! もし良かったら、今度のライブ、澪さんも来てくれませんか?」
澪「私も、いいの?」
蘭「はい……澪さんにも、私達の歌、聴いて貰いたいと思います」
巴「アタシのドラム、結構評判いいんですよ」
モカ「ふっふっふー。あたしのギターテクを見たら、きっと澪さんもモカちゃんの虜に~」
つぐみ「みんな、頑張って練習したんですよ」
ひまり「なので、もし良かったら、澪さんにも聴いてもらいたいと思いますっ」
言いながらひまりは一枚のフライヤーを澪に手渡す。
そのフライヤーを受け取り、澪もまたひまりに言葉を返していた。
澪「……ありがとう、うん。なんとか時間作って行けるようにするよ」
ひまり「はい! よろしくお願いします!」
つぐみ「では、お会計お預かりします、ありがとうございました! ごちそうさまでした!」
一同「ごちそうさまでした!」
皆がケーキをご馳走してくれたお礼を言い、澪を見送っていた。
彼女達の礼に片手を上げ、澪は別れを告げる。
――その帰り道。
澪「いい子たちだったな……あの子達のライブ、律も誘って行ってみようかな……」
やや傾きつつある陽光を浴びながら、澪は駅方面へと歩き出す。
ほどなくして会社に戻り、報告を済ませ、残りの仕事に取り掛かる。
そして、時刻は定時を迎え、街に西日が差し掛かる頃――。
澪「お疲れ様でした、お先に失礼します」
一足先にタイムカードを切り、澪は会社を後にする。
その道すがら、携帯を手に電話を掛ける……相手は、先程話に上がった幼馴染だった。
澪「……ああ、律か? 今日、忘れてないよな…………うん、私も今から向かうよ、それじゃ、また後でな」
澪「ふふっ……みんな、元気にしてるかな」
足取り軽く、澪は夕暮れに染まる街を歩く。
かつての仲間達の集う所へ向けて、その足は自然と速まりつつあった――。
#2-3.放課後の邂逅~琴吹紬~
――子供の頃から、両親には凄く感謝していた。
生まれた時から私をずっと守り、ずっと私の我がままを聞いてくれたから。
だから私には、父や母の期待を裏切ることはできなかった。
そして、子供をやめた時に私は誓った。両親のために、父の積み上げてきた物を守っていこうと決めた……。
立場、権威、家、財産……。
これまで幾度も私を支え、守って来てくれた大切な物にある、唯一の“枷”。
……私にも、来るのかな。
この枷を外し、誰の前でも、ありのままの自分でいられる、そんな時が。
私の中にある小さなわだかまりは、“彼女”に再会した時、ようやく解けようとしていた―――。
―――
――
―
……凄く、懐かしい場所に私はいた。
そこは、放課後の音楽室……私達が毎日のように過ごした部室。
眼の前には、懐かしい制服に身を包んだ仲間たちの姿が見える。(さま)
私の用意するお茶を楽しみにする二人と、そんな二人を呆れ顔で見ながら、それでも私のお茶を美味しそうに飲んでくれる同級生と、一人の後輩。
やがて、顧問の先生も合流し、私達の部活が始まる。(ぅさま)
みんなの笑い声が部室中に響き、暖かな時間が過ぎていく。(ょう様)
それは、私が3年間、毎日のように見てきた光景……。
その中で私は……。(じょう様)
(お嬢様)
もう……さっきから何だろう、この声は……。
もう少し、みんなの声を聴いていたいのに……誰の声だろう。
(お嬢様)
違うわ……ここでの私はお嬢様なんて固い呼び名じゃない……私は……。
(起きて下さい、お嬢様)
わたし……は…………。
声「起きて下さいお嬢様…………お姉ちゃん……起きて」
紬「っ……!」
突如、紬は弾けたように瞼を開く。
ぼやけた目線の先には、跪いて声をかけ続ける、蒼い瞳に金髪のスーツ姿の女性が映って見える。
その女性が、自分のよく知る秘書であり、また身の周りの世話をしてくれる使用人の斉藤菫だと認識するのに、そう時間はかからなかった。
【琴吹邸】
声「お嬢様……お目覚めですか」
紬「菫……ちゃん」
菫「すみません、お休みのところを無理に起こしてしまって」
紬「いいえ、私の方こそごめんなさい、まさか眠ってしまうだなんて……」
おそらく、連日の仕事疲れが溜まっていたのだろう……少しの間、熟睡してしまっていたようだ。
準備の何もかもを使用人達に任せてしまっていたことを謝罪し、紬は菫に向き合う。
菫「いいえ、それが私達の務めですから、お嬢様はお気になさらないで下さい」
申し訳なさそうな表情の紬に向け、菫は優しく微笑みながら続ける。
菫「車の準備が整いました、時間も迫っています、そろそろ向かいましょう」
紬「ええ、そうね」
豪華な装飾の散りばめられた真紅のドレスを身に纏い、紬は玄関へと歩き出す。
使用人「行ってらっしゃいませ、紬お嬢様」
紬「ええ、留守をお願いね」
出迎えの使用人に一礼し、自宅の屋敷の玄関の先、開かれた高級車の助手席に乗り込む。
そして程なくし、運転席には菫が乗り込み、多くの使用人に見送られながら、車は発進する。
紬の古い友人の令嬢、弦巻こころの屋敷へ向かって――。
―――
――
―
――大学を卒業してすぐの事。琴吹紬は、自身の父が経営する会社……琴吹グループに就職し、懸命に働いていた。
周囲から親の七光りだと思われたくない一心で紬は昼夜を問わず働き続け、着実に業績を上げ、己の実力で周囲を認めさせ……会社の役員へと登り詰めていった。
そんな過酷な生活と並行し、紬は淑女としても社交界で華々しい活躍を見せており、数ある資産家や富豪の間でも、紬の存在は一際有名になっていた。
今日は、数多ある資産家の一つ……琴吹家と古くから親交のある、弦巻家のホームパーティーに招待されたのだ。
こころより直々に招待を受けた紬は大喜びで出席の旨を伝え、使用人の斉藤菫を伴い、弦巻家の屋敷へと向かっていた。
【琴吹家専用車内】
菫「弦巻家へは約20分程で到着となります、お嬢様、お疲れのようですし、しばらくお休みになられては如何ですか?」
紬「ううん、菫ちゃんが運転してくれるんだもの、いつまでも寝てばかりいられないわ」
紬「……それに、今日は久々にこころちゃんに会えるんですもの、その後は高校時代のみんなにも会えるんだし、もう楽しみで楽しみでっ」
菫「ふふ、お嬢様、本当に楽しみにされていましたよね」
期待感溢れる笑顔を顔全体に浮かべながら、ハンドルを握る菫に紬は言う。
それはまるで遠足前の子供のようで、そんな紬の笑顔に釣られたのか、自然と菫の声も柔らかくなっていた。
しかし、一瞬和らいだその声も、次の言葉を発する頃には真面目なトーンに戻っていた。
菫「ですがお嬢様……浮かれるのもよろしいですが、今日は多くの資産家の方々もお見えになられます、その点、くれぐれもお忘れなきようお願い致します」
紬「はーい、分かってるわ」
どこか寂しげな返事をする紬に対し、菫は運転を止める事もせず、頭の中に詰め込んだ数百に及ぶ来賓のリストを読み上げていく。
菫「本日ご出席される来賓には、ドイツ外交官のダミアン氏にイギリスの不動産王アーサー氏……ロシア政財界のトップ、アレクサンドル氏もいらっしゃいます」
菫「……それと、中国財団の王氏は先日ご子息がご誕生なされたので、ご祝言をお忘れなくお願いします」
紬「ええ、分かったわ」
菫「いずれも琴吹グループとは古い付き合いであり、仕事の上でもビジネスパートナーとして重要な方々ですから……申し訳ありませんが、今回は仕事の一環として参加しているという事も覚えておいて下さい」
紬「ええ……仕方ないけど……一応理解はしてるつもりよ。ありがとうね、菫ちゃん」
社交界の集まり、そこには当然多くの資産家が来賓として招待される。
今や紬の存在は社交界や政財界でも注目されており、そこには当然、紬に一目会おうとする者や、今後の事を踏まえ、琴吹家との友好関係を築こうとする者もいる。
紬としても、旧友との一時を過ごそうという場で仕事や家の事を考えるのは不本意ではあった。が、それが琴吹家の家紋を背負って立つ、『琴吹紬』の立場なのだという事を理解していた。
紬「分かってはいるけど、あーあ、なんかやる気出ないなぁ」
紬がむくれる仕草をする、その評定にやれやれと観念し、菫はそっと一言、紬に囁いた。
菫「……私も頑張るから、少しだけ頑張ろう……ね? お姉ちゃん」
紬「……うんっ」
静かな車内に紬の笑顔が戻り、車は進む。
そして数分後、菫の運転する黒塗りの高級車は、弦巻家の屋敷へと到着していた――。
―――
――
―
【弦巻家 庭園】
紬「んんん……やっと着いたわねー」
軽く背伸びをし、紬は周囲を見る。
屋敷の外には既に多くの高級車と共に本日の来賓として招待された資産家の姿も見え、その姿の一つ一つが場の華やかさを一層引き立てていた。
菫「もう既に多くの方が見えられてますね」
紬「ええ、では、早速行きましょうか」
菫を従え、会場となる屋敷のホールへと向かう途中の事だった。
男性「Oh, Tsumugi!」
紬「……? あれは……」
突然、タキシード姿の白人男性が紬に英語で声をかけてきた。
彼が以前、父の付き添いでアメリカに行った際に知り合った男性だという事を思い出し、紬は頭の中を仕事モードに切り替え、応対する。
男性「I am glad to see you after a long time, how is your father doing?」
(久しぶりに会えて嬉しいよ、お父上はお元気ですか?)
本場さながらの流暢な英語だが、決して何を言っているのかが分からない紬ではない。
後ろに控えている菫が通訳に入ろうと男性の前に割って出たが、紬はそれを制止し、英語で返す。
紬「I am happy to see you after a long time, my father is fine」
(久しぶりにお会いできて嬉しいです、父は元気ですよ)
男性「Please tell me that it was good and please come to our company again in the future」
(それは良かった、ぜひまた今後、我が社に来てくださいとお伝え下さい)
紬「Yes, let me know, so let's see you again......」
(はい、お伝えしておきますわ、それではまた……)
男性「Yes see you again」
(ええ、またお会いしましょう)
紬に軽く一礼し、男性は庭園の端、多くの資産家の集まりの中へと入っていく。
男性の姿を見送り、紬は軽くため息をついていた。
紬「びっくりした……彼も招待されていたのね」
菫「そのようですね……先程はすみません、出過ぎた真似をしようとしてしまって」
紬「ううん、通訳を通すよりも、直接お話したほうが向こうも嬉しいと思ったからね」
菫「お嬢様……」
菫(こういうのは私に任せてくれればいいのに……)
紬のこうした人と向き合う姿勢が、昔から公私両面に置いて良い関係を築いているのだろうと菫は思う。
ただ、菫の中に紬への唯一の不満があるとするなれば、お嬢様のサポートにと必死で覚えた外国語を話す機会が、当の紬の前では、ほとんど発揮されない事ぐらいだった。
女性「Hallo Tsumugi」
弦巻家の使用人と挨拶を交わしながら屋敷へと向かうその途中、二度紬に話しかける声が聞こえてくる。
今度はやや年配と見られる女性が、ドイツ語で話をかけていた。
先程同様に思考を仕事に切り替え、紬はドイツ語で言葉を交わす。
紬「Na ja Es ist lange her, ich freue mich, Sie kennenzulernen!」
(まあ! お久しぶりです、お会いできて嬉しいです!)
女性「Gutes Deutsch wie immer, ich bin beeindruckt」
(相変わらず上手なドイツ語ね、感心しちゃうわぁ)
紬「Danke fur das Kompliment」
(お褒めいただき光栄です)
女性「ch lass ihn warten, lass uns wieder Tee trinken, also auf Wiedersehen」
(彼を待たせてるの、またお茶でもしましょう、それじゃあね)
紬「Wir sehen uns wieder」
(またお会いしましょう)
そう言い、手を振る女性に向け、紬もまた同じように手を振り、女性を見送る。
それから屋敷へ向かう道中、様々な国の様々な資産家が紬の元に集い、挨拶を続けていた。
それらに対し、紬はフランス語、中国語、ロシア語と、その人の国籍に合わせた言葉で挨拶を交わし、笑顔で言葉を交わす。
……それから、庭園を抜けて屋敷に辿り着くまでに、既に30分余りの時間が経過していた。
ようやく屋敷に辿り着き、紬はぼやく。
紬「まさか、お友達のお屋敷に着くまでの間に5ヶ国語も話す事になるとはね……」
菫「お嬢様……」
紬(はぁ……早くこころちゃんに会いたいわ……)
恐らく、今日は一日中こんな感じになるのだろうかと……考えれば考えるほど、気が重くなる。
……でも、こころに会う事ができれば、きっとこの憂鬱とした気持ちも晴れるだろう……と。そう信じ、広い屋敷を歩き続ける……。
紬と菫の2人は、ただひたすらに本日の主催の姿を探し求めていた。
―――
――
―
【弦巻家 パーティー会場】
所変わってパーティー会場の別フロア。
そこには、本日の主催である弦巻こころの友人……『ハロー、ハッピーワールド!』のメンバーが集っていた。
美咲「せっかくのテスト休みだから家でのんびりしてたのに……こころってば急にみんなを呼び出して……どうしたんだろ」
花音「おうちの前に大きな車が止まってて……私、びっくりしちゃったよ」
美咲「ウチもです、黒服さんに言われるがままに大きな高級車に乗り込んでたのを母に見られた時、『あんた、一体何やったの?』って心配されましたよ……まぁその誤解は黒服の人達が解いてくれたみたいでしたけど」
花音「大変……だったね、それにしても……ふえぇ……ここにいる人達みんな、すっごいお金持ちみたいだね……」
美咲「ええ、いかにもお金持ちのやるパーティーって感じですね……ほんと、つくづくこころって凄いんだなって思います」
自分達の周囲にいる来賓を見ながら、美咲と花音は口を揃える。
それは一般庶民である美咲や花音から見ても分かるほど、周りにいる来賓の一人ひとりが自分達とは違い、華やかな人生を歩んできているのだと言うことが伝わっていた。
薫「ああ……なんて美しい……これが、本場のパーティー……フフフ、今宵の私のダンスのお相手は、どこにいるんだろうね……」
はぐみ「みーくんみーくん! あっちに大きなケーキがあったよ! あとで食べに行こっ!」
美咲「この2人は相変わらずだし……」
花音「うふふっ、薫さんも、今日は大人っぽくてかっこいいね……」
美咲「まぁ、薫さんの場合、普段からあんな感じですからね……様になってると言うか、舞台慣れしてると言うか……」
花音「うんうん、美咲ちゃんのそのドレスだって、すごく綺麗で似合ってるよ?」
美咲「ありがとうございます、花音さんのそのワンピースも、よく似合ってて、可愛らしいと思いますよ」
薫「ふふふ、はぐみ……かわいいドレスだね、汚さないように気をつけるんだよ」
はぐみ「うん! 薫くんのお洋服も、すごくかっこいいと思うよ!」
黒服に言われるがままに屋敷に来た美咲達は、黒服の用意したパーティー衣装に着替えていた。
皆が皆、普段はまず目にかかれないようなパーティー衣装を着こなし、年相応の女の子らしい反応をしている。
そして、会場の様子が更なる賑わいを見せてきた時だった……。
美咲「しかし、こころってば、一体どこにいるんだろ……」
声「あっ! みんな、来てくれたのね♪」
美咲達の耳に飛び込む、一際明るい声。
振り向くとそこには、美咲達と同様に優雅なドレスを身に纏った、弦巻こころの姿があった。
こころ「ようこそ! 今日はホームパーティーを開いたのよ、みんな楽しんでってちょうだい♪」
はぐみ「こころん、今日ははぐみ達を呼んでくれてありがとうね!」
薫「ふふふっ、こころの素敵な招待に感謝するよ、ありがとう……こころ」
花音「ありがとうこころちゃん、こころちゃんも今日は一段とキレイだねっ」
美咲「それでこころ、一体今日はどうしたってのさ?」
こころ「今日は、ハロー、ハッピーワールド!の事を、私のお友達に紹介しようと思ったのよ♪」
花音「……お友達?」
美咲「まさか、それだけのためにこんな大きなパーティーを開いたっていうの……?」
こころ「そうよ、みんながハロハピの事を知ってくれたら、世界はもっと笑顔になると思うの♪ どう、ステキでしょ?」
美咲「……………ははは、もう、なんでもいいや」
こころのこういう突拍子もない所についていちいち突っ込むのも今更かと、乾いた笑顔でこころの発言を受け入れる美咲だった。
――それから、4人も次第にパーティー会場の高貴な雰囲気にも慣れていった時のこと。
はぐみ「うんうん、このお肉、すっごくおいしいっ!」
薫「ほら、はぐみ、口元にソースが付いてるよ」
はぐみ「本当だぁ、薫くん、ありがとっ」
美咲「しかし、本当にすごいなぁ……有名政治家に資産家……どこも有名人だらけですね」
花音「ねえ、美咲ちゃん、あそこ見て……」
美咲「あれって……えええ?? う、嘘でしょ?」
花音「あの2人、私、朝のテレビで見たよ……確か、すっごく仲の悪い事で有名な政治家だよね?」
美咲と花音が目を向けた先、そこには、連日のようにテレビを賑わせている有名な2人の政治家がいた。
一人は恰幅の良い初老の白人男性と、もう一人は威圧感のある軍服を身に纏ったアジア系の男性で、互いに啀み合うような表情で双方を睨んでいる。
その後ろに佇む部下と思われる男達も例外ではなく、2人の政治家の間には、見えない火花が散っているように感じられていた。
こころ「私、ちょっと2人とお話してくるわっ♪」
美咲「ちょっ……話してくるって……こころ、待ちなって!……ああもう、こころってば……」
超大物政治家2人を相手に怖気づく様子もなく、こころは2人の元へ向かっていく。その度胸……というよりも空気の読まなさ加減に、美咲の口からは呆れ声が出る。
そして何より、ここで下手に2人を刺激すれば、両国の関係が崩れてしまうのではないかと美咲が危惧した矢先の事だった。
2人の元にこころが駆け寄り、何やら話をしているのが伺える。
美咲「ちょっとこころ、あのバカ何やってんの……?」
花音「なんだか、2人の間に入ってお話してるしてるみたいだけど……」
美咲「ここからじゃ、何を言ってるのか聞こえないですね……」
こころ「~~~~? ~~~! ~~♪」
白人男性「…………」
軍服男性「…………」
こころ「~~~! ~~~♪ ~~~~☆」
白人男性「…………」
軍服男性「…………」
2人の間にこころは立ち、笑顔で話を続けている。
次第に強張っていた顔の2人は、その表情を緩め、互いが互いの顔を優しく見つめていた。
そして……。
白人男性「I was bad...... Would you like to get along well now?」
(私が悪かった……これからも仲良くしてはくれないだろうか?)
軍服男性「I was bad, let's go together and build a good country!」
(私こそ悪かった、共に2人で、良い国を築いて行こう!!)
2人の政治家は言葉を交わし、握手をする……かと思いきや、次に2人は、涙を流しながら熱く肩を抱き合っていた。
美咲「嘘でしょ……あの2人、泣きながら抱き合ってるよ!」
花音「ふえぇぇ……こ、こころちゃん、何を言ったんだろう」
こころ「ドナルドとジョン、ケンカでもしてたのかしら? 会った時からずっと笑顔じゃなかったのよ」
こころ「だから、私が2人を仲直りさせてあげたの♪ これでみんな笑顔になれたわよっ♪」
美咲「こころ、あんたって本当に……」
こころの行動は国際問題どころか、一触即発状態にあった国を和平へと導くことになった。
これをきっかけに後日、犬猿状態にあった両国間に友好条約が締結される事になるのだが、それはまた別の話である――。
―――
――
―
こころ「うふふっ♪ みんな笑顔で楽しそうね、私も嬉しいわっ」
こころ「……あっ!」
美咲「ん……?」
ふと、こころが一組の来賓を見かける。
こころのいる所から数メートル先、そこには赤いドレスを身に纏った金髪の女性と、その横には、スーツ服姿の金髪女性の姿が映って見える。
2人の女性に向け、こころは駆け出し……後ろから抱き着いていた。
こころ「つむぎーーー♪ 会いたかったわ、つむぎーーっっ♪」
紬「きゃっ……こ、こころちゃん??」
突然背後から抱きつかれ、思わずよろける紬だったが、抱きついてきた主が自分の探し求めていた人物だと知ると、その驚きは安堵に変わっていた。
紬「こころちゃん! 会いたかったわぁ……」
菫「こころお嬢様……どうも、ご無沙汰しております」
こころ「紬、菫♪ 久しぶりね、来てくれてありがとう♪ 2人とも元気だったかしら♪」
紬「ええ……うふふっ、こころちゃんもお元気そうね……」
こころと紬、菫の3名が久々の再会を喜び合っていたその時、こころの後方より、美咲達が追いついてきた。
美咲「ちょっとこころ……急に走り出さないでよー」
花音「はぁ、はぁ……きゅ、急に走り出すからびっくりしちゃった」
薫「ふふっ、こころ、急に走り出したりして、一体どうしたんだい?」
はぐみ「わぁぁ、綺麗なお姉さん達だねー、こころんのお友達?」
こころ「そうよ♪ この二人は私のお友達の、紬と菫よ♪」
こころ「紬、菫、こちらは私のお友達なの♪ みんな、ステキな人達なのよ♪」
紬「まぁ……そうなのね」
こころの目線の先にいる4名の少女達に向け、紬と菫は自己紹介をする。
紬「はじめまして、琴吹紬です、こころちゃんとは昔からお付合いをさせていただいてるの、どうぞよろしくね」
菫「斉藤菫と申します、皆様、どうぞ宜しくお願い致します」
花音「ま、松原花音です、よろしくお願いします」
薫「薫……瀬田薫と申します……ああ、なんて美しい女性達なんだろう……」
はぐみ「北沢はぐみですっ! つむぎさん、すみれさん、よろしくねっ」
美咲「どうも、奥沢美咲です……ん、『琴吹』って……もしかして、あの琴吹??」
紬の名前を聞いた美咲の表情に、僅かな緊張が走る。
はぐみ「みーくん、知ってるの?」
美咲「知ってるも何も、超大手のグループ会社じゃん……はぐみだってテレビのCMぐらいは見たことあるでしょ?」
美咲「しかも、名前が紬って……もしかして、あの琴吹家の紬お嬢様……?」
花音「こころちゃん……すごい人とお友達だったんだね……」
美咲「ええ、とても凄い人だって聞いてます、……ああ、私、なんだか緊張してきた……」
眼の前の女性が、過去に何度かテレビや新聞でも見たこともある女性だという事を思い出し、思わず息を呑む2人だった。
そんな緊張気味な2人に向け、こころが話しかける。
こころ「2人とも何を固くなってるの? 紬は紬よ、私の大事なお友達よ? つまり、みんなのお友達よっ♪」
こころ「さあ、怖い顔してないで、美咲も花音も紬と握手しましょっ♪ これで2人も、紬のお友達よっ」
美咲「こころ……」
花音「こころちゃん……」
こころに促されるまま、美咲と花音は紬と手を交わす。
紬の手に2人の手が重ねられ、優しく握られた。
美咲「紬……さん、さっきは失礼しました。改めて、よろしくお願いします」
花音「わ、私も……よろしくお願いしますっ」
紬「ええ……ありがとう、美咲ちゃん、花音ちゃん……これからもよろしくね」
はぐみ「あー、みーくんもかのちゃん先輩もずるーい! 今度ははぐみと薫くんとも握手しよっ!」
薫「ふふっ……紬さん、どうぞ宜しく……」
紬「ええ、私からもよろしくね」
次いで差し出されたはぐみと薫の手を優しく握り、紬は微笑む。
その光景を満足そうにこころは眺め、笑顔を絶やさず続けた。
こころ「ふふふっ、みんなが紬と仲良くなれて、私も嬉しいわっ♪」
紬「うふふふっ……こころちゃん、ありがとうね」
こころ「……? 変な紬、私は何もしてないわよ?」
眩しい程に輝くこころの笑顔を見て、紬はふと思う。
こころは決して立場や状況を弁えず、空気を読まない。どこにいようが、常に等身大のこころでいる。
そして、こころが持つ笑顔の輝きの前では、誰もが立場や権威を捨て、ありのままの自分に戻れる。
それは、周囲の評価や立場に縛られた大人になってしまった紬には決して出来ない事で……それを容易くやってのけてしまうのが、弦巻こころの魅力であり、皆がこころを慕う理由でもあった。
紬自身も、先程までの資産家らを相手にした立ち回りとは違う、等身大の自分でいられる事に喜びを抑えきれずにいた。
そこにはもう、琴吹家令嬢としての『琴吹紬』はなく、ただ一人の女性としての『琴吹紬』がいるのみだった――。
こころ「うふふふっ、なんだか楽しくなってきたわね、そうだ♪ せっかくだし、みんなで今から踊りましょうっ♪」
美咲「えええ、いきなり? しかもここで?」
花音「ふえぇぇ、わ、私……こういう所で踊るダンスなんて知らないよぉー」
薫「大丈夫だよ、花音、さあ、私の手を取ってごらん……」
はぐみ「みーくんみーくん! みーくんも踊ろっ!」
美咲「あーもう……みんな、少しは落ち着きなってばー」
それから程なく、こころの思い付きで、舞踏会が開かれる。
自由に踊るこころ達の姿を見て、周囲では互いに手を取り、社交ダンスを行う者が相次ぐ。
気付けばフロアの一角は優雅なダンス会場となり、互いが互いの手を取り合う場へと成り代わっていた。
紬「素敵なお友達ができたのね……こころちゃん」
菫「はい、あんなにも笑っていられるこころ様のお姿……私も久しぶりに見た気がします」
こころ「二人とも、何をしてるの? みんなで踊りましょっ♪」
紬「うん、行こう、菫ちゃん!」
菫「はい、お嬢様……」
紬「ううん、違うわ、今の私は……」
『お嬢様』という堅苦しい呼び名ではない、今の私は、あなたと長い時を過ごした、たった一人のお姉ちゃんよ。
言外でそう紬は言っている……言葉にしなくとも、菫にはそれが十分伝わっていた。
菫「そう……だね……うん、お姉ちゃんっ!」
菫は叫ぶ。紬の妹として、親しみと敬愛を込め、紬の家族としての呼び名で叫ぶ。
そこにいるのは既に紬の秘書でも使用人でもない。
血の繋がりこそ無いが、それでも紬のことを長く『お姉ちゃん』と呼び親しんで来た、琴吹紬の唯一の妹としての、『斉藤菫』だった。
―――
――
―
そして、こころの思い付きで開かれたダンス大会もほどなく終わりの気配が近付いた頃。
はぐみ「あーっ、楽しかったね~」
薫「ああ、とても儚い一時だったね……心が洗われるような時間だったよ」
美咲「あははは、慣れないことやったから脚がガクガクだよ……」
花音「私も……でも、楽しかったよね」
美咲「まぁ……悪くはなかったですよね」
はぐみ「ねえねえこころんー、そういえば、ミッシェルはどうしたの?」
薫「そういえば、今日はまだミッシェルを見ていなかったね……かくれんぼでもしてるのかな?」
こころ「それが、ミッシェルってば、今日はどうしても外せない用事があるっていうのよ」
紬「……ミッシェル?」
はぐみ「うん、ミッシェルっていうのはねー」
美咲「あー、まぁ、その話は今はいいでしょ? 今日は来れないって言ってたんだしさ」
はぐみの言葉に美咲が被せる、ここで下手にミッシェルの話を膨らませて、どうしてもこころがミッシェルに会いたいと言い出しでもしたら、きっと黒服が動いて自分がミッシェルにならざるを得なくなるだろう。
それはあまりにも面倒なので、こころとはぐみの気をどうにか紛らわせる事にする。
こころ「今度、紬にもミッシェルを紹介するわね♪」
紬「ええ、楽しみにしてるわっ」
美咲「……それにしても紬さん、本当にこころと仲良しですよね」
花音「うん、そうだね~」
美咲「あの、紬さんとこころは、どれくらい前からの知り合いなんですか?」
紬「私が高校生ぐらいの頃からだから……もう10年ぐらいになるのかしら」
こころ「紬のお家で、紬のお誕生日の日に私達はお友達になったのよ、懐かしいわねっ♪」
紬「あの頃はまだ背も小さかったのに……今じゃこんなに立派になって……うふふっ、こころちゃんも大きくなったのね……」
こころの頭を紬が優しく撫でる。
既にこころの気は、ミッシェルから紬へと移っていたようだった。
……その時。
はぐみ「つむぎさん……」
美咲「ん、はぐみ、どうかした?」
はぐみ「つむぎ……つむぎ………う~ん……」
はぐみが一人、ぶつくさと独り言を繰り返していた。
はぐみ「つむぎ……つむぎ……むぎ…………ムギちゃん先輩!」
紬「えっ……?」
はぐみの言葉を聞いた紬の眼が一瞬、大きく開かれる。
美咲「ちょっとはぐみっ、年上の人に失礼でしょ」
はぐみ「ごめーん、う~ん……でもなんか、そう呼んだらすごくしっくり来たんだ」
紬「ううん、い、いいの! はぐみちゃん、もう一度呼んでくれる?」
はぐみ「……? うん! ムギちゃん先輩っ!」
紬「……っ」
『ムギちゃん先輩』と、はぐみが紬を呼ぶその声に、懐かしい日々が紬の脳裏に蘇る。
かつて、制服を着て高校に通っていた頃。その高校で、素敵な仲間に出会えたこと。その仲間とともに、軽音部で青春を謳歌したこと。
様々な思い出が紬の中を駆け巡り、懐かしい声が紬の記憶の中でこだまする。
『――ムギちゃーんっ! 一緒に部活行こっ』
『――おーいムギー! 今日のお茶も、楽しみにしてるからなー』
『――二人とも、ムギに甘えすぎだぞー! ……ムギ、いつもありがとうな』
『――ムギ先輩! 次のライブ、楽しみですね!』
紬(…………)
紬「……っ……っ」
皆に気付かれぬよう、紬はそっと目元を拭う。
菫「お嬢……お姉ちゃん……大丈夫??」
紬「うん……ごめんなさい、ちょっと昔を思い出しちゃって……」
紬(懐かしいな……)
紬の事をそのあだ名を呼ぶ人は、もう紬の周りには一人としていなかった。
それが、ここで再びそのあだ名で呼ばれることになろうとは。
突如訪れた不思議な偶然に、紬の口から感謝の言葉が囁かれる。
紬「……ありがとう、はぐみちゃん」
はぐみ「……? ムギちゃん先輩、どうしたのかな?」
―――
――
―
それから、7人の話題は、こころ達の今の話に移っていった。
はぐみ「そうだ、ねえこころん、ムギちゃん先輩達にもハロハピの事、教えてあげようよっ」
紬「ハロハピ?」
こころ「そういえば紬はまだ知らなかったわね、私達は、『ハロー、ハッピーワールド!』っていうバンドを組んでるのよっ♪」
はぐみ「うん! みんなすごいんだよ!」
薫「ふふふ、音楽を通して世界中を笑顔に……なんて素晴らしく、儚い目標なんだろうね」
花音「私達、こころちゃんに誘われて、バンドをやってるんです」
美咲「まぁ誘われたというか……巻き込まれたって言っても良いですけどね」
そして紬達はこの時初めて知った。
こころ達が今、『ハロー、ハッピーワールド!』というバンドを結成し、音楽を通して世界を笑顔にするための活動を行っていることを。
こころ「みんな行くわよ♪ ハッピー! ラッキー! スマイル!」
はぐみ・薫・こころ「イェーイっ!」
花音・美咲「い、イェーイ」
こころ達が声を合わせ、お決まりのフレーズを口にする。
紬と菫も、その様子を見て優しく微笑んでいた。
紬「うふふっ、こころちゃんの作ったバンドかぁ……なんだか楽しそうね……」
菫「バンド……懐かしいですね、私も昔を思い出します」
こころ「そういえば、紬たちも昔、バンドを組んでたのよね?」
紬「ええ、そうよ、うふふっ、懐かしいわね……」
薫「それはそれは……不思議な縁だね、お二方とも、バンドをやってただなんて」
こころ「私、小さい頃に紬と菫の演奏を見たことがあるのよ! あの時の2人、すっごくかっこよかったわ! バンド名は……なんだったかしら?」
紬「放課後ティータイムと……」
菫「わかばガールズ……ですね、本当に懐かしいです」
美咲(ん……放課後ティータイム……? どこかで聞いたことあるような……)
花音「あ、あの! お二人のパートは何だったんですか?」
紬「私はキーボードで、菫ちゃんはドラムだったわよね?」
菫「はい」
はぐみ「じゃあ、かのちゃん先輩と、ミッシェルと同じだね!」
美咲「まぁ、厳密に言えばミッシェルはキーボードじゃなく、DJだけどね」
こころ「……そうだわ♪」
突如、こころがパチンと手を叩き、弾けたように何かを思いつく。
美咲(うわぁ、すごく嫌な予感……)
美咲「い、一応聞くけど……こころ、一体何を思いついたの?」
こころ「ライブよ! 今からライブをやりましょう♪」
花音「え……ふえええええ!?」
美咲(やっぱり……)
薫「ふふふっ……ああ、私も今、こころと同じことを思っていた所だよ」
はぐみ「うんうん! どうせなら、ムギちゃん先輩とスミーレ先輩にも、はぐみたちの演奏を見てもらおうよ!」
菫「す、スミーレって……また懐かしいあだ名を……」
紬「こころちゃん達のライブかぁ……楽しそうね♪」
美咲「で、でもほら、ミッシェルはどーするの? 今いないんだよ?」
言いながら美咲が目線をホールの端に寄せてみる……すると。
黒服(美咲様、ミッシェルの準備、いつでもOKです!)
と、美咲に向け、親指を立てる黒服達の姿が見えた。
美咲「はぁ……やっぱ、やんなきゃダメか」
観念した美咲が目線で黒服に了承し、その了解を受け取った黒服はこころに耳打ちをする。
黒服「こころ様、ミッシェル様ですが、たった今こちらに向かってるとの事です」
こころ「そう! ならよかったわ! 黒服さん、ありがとう♪」
こころ「みんなー! ミッシェルも今ここに向かってるわ! これからライブをやるわよー♪」
こころは会場中に聞こえる声量で声を上げる。
その声を聞き、会場中の来賓の間で、こころの催事への期待を寄せる声が聞こえてくる。
男性「おお、どうやら、これからこころお嬢様がご学友の方々と演奏会をするようですね……」
女性「まぁ……楽しみですわ、きっと、優雅な演奏会になるのでしょうね……」
美咲「演奏会って……みんな何か勘違いしてない……?」
花音「あははは……いいんじゃないかな……ガールズバンドパーティーも近いし、リハーサルも兼ねてってことでさ」
薫「こんな大勢の前でライブだなんて……胸が踊りだすよ、みんなが私の演奏の虜に……ああ、なんて儚いんだ……!」
はぐみ「えへへへ、はぐみも頑張るよ!」
美咲「まぁ、このメンツで集まってライブをやらないことの方が珍しいか……わかった、分かりましたよ」
紬「菫ちゃん、最前列で見ましょう! 私もこころちゃん達のライブ、見てみたいわ!」
菫「あの、お嬢様、言い難いのですがその……そろそろお時間が……」
紬「えっ? 嘘、もうそんな時間なの?」
菫に言われ、紬が時計を見る。すると次の約束……紬と菫の高校の同窓会まで、既に1時間を切っていた。
紬「もっと早く、こころちゃん達に会えていれば良かったのに……残念だわ」
菫「私もです、楽しい時間が経つのはあっという間なんですよね……」
こころ「紬ー、紬達も見てってくれるわよね! 私達のライブ!」
紬「ごめんなさいこころちゃん……せっかくなんだけど、もう次の約束の時間が来ちゃったのよ……」
時間が迫っていることを説明し、落胆した様子で紬はこころに打ち明ける。
こころ「あら、そうなの……? それは残念だわ」
紬「また誘ってくれる? 次は時間を作って、必ず行くから……」
花音「そっかぁ……残念ですけど次の予定があるなら、仕方ないね……」
美咲「ええ、紬さんもお忙しいようですし……次の機会に……ですね」
はぐみ「ムギちゃん先輩っ! だったら、今度はぐみ達がやるライブに来て欲しいなっ」
薫「そうだね……今日のライブは一旦お預けになってしまうけど……でも、次のライブは、今日以上に儚いライブになると、お約束しますよ」
こころ「そうね、紬、菫。来週やるガールズバンドパーティーには是非いらしてちょうだい! みんなで待ってるわね♪」
黒服「紬様、菫様、詳細につきましてはこちらを御覧ください」
こころの声に合わせ、黒服より、ガールズバンドパーティーの告知フライヤーが紬に手渡される。
数多の出演バンドの名前が連ねられたそのフライヤーには、ハロハピの名前も確かに書き留められていた。
紬「ええ、必ず行けるようにするわ、もちろん、菫ちゃんも一緒に……ね」
菫「はい、私も、皆様のご活躍を楽しみにしております」
紬「それと……美咲ちゃんっ!」
そして会場を後にする間際、紬は美咲を呼び止める。
美咲「……はい? なんでしょう?」
紬「こころちゃんと、これからも仲良くしてあげて……ね」
美咲「……ええ、もちろんです」
美咲「今日は会えて良かったです……また、お二人にお会いできる日を楽しみにしてます」
紬の眼差しに、美咲は笑顔で応え……改めて、固い握手を交わすのであった。
―――
――
―
それから程なく、移動の準備を終えた二人は弦巻家の屋敷を後にする。
しばらくしてから微かに聞こえてくるライブの賑わいに、僅かにうしろ髪が引かれる気持ちの二人だったが、迷いを振り切り、車は走り出す。
【琴吹家専用車内】
紬「こころちゃん達、本当に楽しそうだったわね……」
菫「ええ、私も、昔を思い出しました……」
紬「うん、早くみんなに会いたくなったわ、まだ着かないのかしら?」
菫「お嬢様、もう少々お待ちください……会場まで、後少しですよ」
紬「も~、違うでしょ、菫ちゃん……」
むくれた子供のような顔で紬は言う。
その言葉の意図を理解し、菫は僅かに溜息を漏らし、言い直す。
菫「……うん、もうじき着くから、少しだけ待ってて……お姉ちゃん」
紬「うんっ!」
夕日に照らされる道路を、黒塗りの車はひた走る。
二人の目的地は、すぐそこまで迫っていた――。
#2-4.放課後の邂逅~中野梓~
――いつからだろう、自分の音楽が分からなくなってしまったのは。
――いつからだろう、私の音に、迷いが籠もるようになってしまったのは。
――いつからだろう、自分の音が、かつての熱を失ってしまったと感じたのは。
そんな風に停滞を感じていた時だった、父と母が、私に一つの話を持ちかけて来たのは。
「――ある人を近々ゲストに招きたい。彼と会い、話を通しておいてくれないか」
父と母はそう言い、私に彼を紹介してくれた。
それが、私と“彼女達”を繋ぐ、一つの……大きなきっかけだった――。
―――
――
―
その日、Roseliaの5人は、ライブ前の練習の為、とあるスタジオにて音合わせを行っていた。
普段は馴染みのあるCiRCLEを使っているRoseliaだが、生憎とその日は既に予約で埋まっており、また近隣のスタジオも同様に埋まっていた為、5人は朝から花咲川から離れた場所……桜が丘にあるスタジオで練習に勤しんでいた。
その日の練習は順調に進み、充実した時間は瞬く間に経過していく。
昼を過ぎ、5人がスタジオを出てからの事……。
【桜が丘市内】
友希那「さっきのスタジオ……なかなか良かったわね」
紗夜「そうですね、設備も整っていましたし、料金も手頃だったので、次も利用したいと思います」
あこ「まさに、隠れた名店って感じでしたよねっ」
リサ「花咲川からはちょっと遠かったけど、また来たいよね」
燐子「はい……そう……ですね」
などと言った会話をしながら道を歩く5人。
それぞれが今日の練習の出来具合に満足だったのか、その表情は明るく見えていた。
あこ「う~~ん……たくさん練習したから、あこお腹へっちゃったぁ~」
紗夜「そうですね……湊さん、どうでしょうか? まだ時間もありますし、ミーティングも兼ねてこの辺りで食事にしませんか?」
友希那「そうね……じゃあ、お店を探しましょうか」
リサ「賛成ー♪ じゃあさ、せっかくだしここ行ってみない?」
リサが器用にスマートフォンを操作する。……しばらくして表示された画面には、とある喫茶店の名前が表示されていた。
友希那「リサ……ここは?」
リサ「うん、前にモカがね、桜が丘のスタジオの近くに、おいしいパンを焼いてくれる喫茶店があるって言ってたのを思い出したんだ」
紗夜「そういえば……前に日菜も似たような事を言ってましたね、最近できたマネージャーさんの紹介で、桜が丘の喫茶店に行ったことがあって、そこのパンが凄く美味しかったと……それ、このお店のことだったんですね」
あこ「へぇ~、あの友希那さんっ。せっかくだしそのお店、今から行きませんか?」
友希那「そうね……この街のことはよく知らないのだし、宛があるのなら行ってみましょうか」
燐子「はい……楽しみ……ですねっ」
そして、5人は目当ての店に向け、歩き出す。
その日、その店で一つの出逢いが待っている事を知らず、友希那達の足は進んでいた――。
【桜が丘 喫茶店前】
紗夜「あのお店じゃないですか?」
リサ「うん、そうだね」
歩くこと数分、紗夜の指差す先に、目当ての店と思われる喫茶店はあった。
どことなく高級感のある店構えで、遠目に見ても店内の賑わいが見て取れる。
通りに面したテラス席にもまた多くの客の姿があり、なかなか繁盛している様子が伺えていた。
燐子「綺麗なお店……ですね」
あこ「うんっ! 早く行きましょうっ」
リサ「ん……あれは?」
何かに気付いたのか、唐突にリサが歩みを止める。
友希那「リサ、どうかしたの?」
リサ「ねえ、あの男の人……もしかして、友希那のお父さんじゃない?」
友希那「えっ……?」
リサが指差す先、そこには、テラス席に座る友希那の父親の姿があった。
その対面には……友希那達の方向からでは顔は見えないが、恐らくは自分達よりも年上なのだろう、髪を腰まで降ろした、長髪にスーツ姿の女性らしき人の姿も見える。
友希那の父が時折、笑顔を見せて話をしている様子が伺えた事もあり、その女性と友希那の父が、親しい間柄であろうことが傍からも見て取れた。
友希那「お父……さん? どうしてここに……?」
紗夜「お知り合い……でしょうか、随分と楽しそうにお話をしてるように見えますが」
あこ「ん~~……なんか……怪しい感じがしますねぇ」
リサ「ちょっと、あこ! あんた何言ってんの!」
あこ「わっ……ち、違うんです友希那さん! あのその、決して変な意味じゃなくて……っ!」
友希那「…………っ」
リサ「あっ! ちょっと友希那! 待ちなよ!」
あこの不用意な失言を叱責するリサだったが、そんなリサには目もくれず、友希那はテラスにいる父の元へと歩み寄る。
そんな友希那の後を追うようにして、4人も歩くスピードを速めていった――。
【喫茶店 テラス席】
友希那父「そうですか……あのお二人が……」
女性「ええ……父も母も、湊さんの事をよく話してくれまして……」
友希那「あの……少しよろしいですか?」
女性「えっ……は、はい?」
和やかに談笑する二人の間に突如として割って入る声。
女性が顔を見上げると、そこには怒気を孕んだ表情で女性を見下ろす友希那の姿があった。
そんな友希那の姿に友希那の父も驚きを隠さず、言葉を詰まらせる。
無論、急に知らない人から怒りの形相を向けられた女性もまた、思考が一瞬止まっていた。
友希那父「……友希那? どうしてここに?」
友希那「あの、父に何かご用ですか?」
女性「えっ……? あ、その……」
友希那父「ゆ、友希那……ちょっと落ち着きなさい」
友希那「お父さんは黙ってて……あなたは一体……父とはどういったご関係なんですか?」
友希那父「おい……友希那……」
女性「父って…………ああ……そういう事……」
友希那の言葉に、女性が何かを納得する。
その直後、友希那に遅れてリサ達もテラス席に集まってくる。
リサ「もーー、ちょっと友希那ってば、速いって!」
紗夜「湊さん、周りに人もいる事ですし、少し落ち着きましょう」
あこ「そ、そうですよ友希那さんっ! と、とりあえず座りましょっ! ねっ!」
燐子「ここで騒いでると……その……店員さんも……来てしまうんじゃ……」
紗夜達の言う通り、急にテラスに集まった人影に、周囲からは何事かと注目が向けられる。
だが、そんな様子も意に介さず、尚も友希那は女性に詰め寄っていた。
友希那父「今井さん……これは一体……?」
リサ「あぁどうも、おじ様こんにちは……あ~~……まぁ、詳しいことは後でお話します」
友希那「答えて、あなたは一体……」
女性「……わ、分かりました、分かりましたから、落ち着いて下さいっ」
下手なことを言うよりも、自分の身分を明かしたほうが手っ取り早いと思い、女性は懐から名刺を取り出し、友希那に差し出した。
女性「はじめまして、中野梓といいます……湊さんとは、父と母の紹介で、仕事の話のためにお時間を頂いてたんです」
友希那「……? どういう……事?」
女性の告白に友希那は目を丸くする。そして、梓と名乗った女性に補足するように、父の言葉が被せられる。
友希那父「彼女の両親は、私が音楽をやってた頃の恩人なんだよ……まったく、一体何を勘違いしているんだ……友希那」
友希那「なっ……!!」
父から発せられる、意外過ぎる言葉。
決して嘘を言っているようには見えない梓と父の顔を見て、2人のその言葉が真実だと言うことを確信する。
そして、自分が今の今まで何をしでかしていたのかを振り返り、友希那は大慌てで梓に頭を下げていた。
友希那「ご、ごめんなさいっ……まさか、お父さんの知り合いの娘さんだなんて……知らなくて……」
梓「ううん……いいんですよ、顔を上げて下さい」
燐子「友希那さんのお父様のお知り合いの娘さん……そう……だったんですね」
リサ「いやぁー、まさか、そういう事だったとはねぇー」
あこ「ご、ごめんなさいっ! あこが変なこと言っちゃったから、友希那さん、本気でそう思っちゃったみたいで……」
リサ「いやいや、あこ、さっきはつい怒っちゃったけど、私的にはグッジョブだよ♪」
紗夜「宇田川さん、これに懲りたら、まずは発言の前に自分の言おうとしてることを一度考え直したほうがいいわ……そうでなくても、あなたは不用意な言葉が多いんですから」
あこ「はーい、反省します……」
リサ「ふふふっ、しっかしさー、中野さんとお父さんが仲良く話してるのを見てそう考えちゃうって事は……友希那ってば、本っっっ当にお父さんのこと、大切に想ってるんだね~」
友希那「…………っっっっっっ!!」
茶化すリサの言葉に友希那は涙目になり、耳まで顔を赤くする。
事もあろうか自分は、父の恩人の娘のことを、まるで父の不倫相手か何かだと勘違いし、詰め寄ってしまうとは……。
穴があったら奥深くまで入ってそのまま一生を終えてしまいたいと、そう思うぐらい恥ずかしい事をしてしまったと後悔する友希那だった。
紗夜「こんなに狼狽えている湊さん、初めて見ましたね……」
リサ「そうだねー、でも、これはこれで得だったね、こんなに可愛い友希那の姿、なかなか見られないもの」
友希那「リサ……はぁ、もう、勘弁してくれないかしら……っ」
リサ「うんうん、コーヒーでも飲んで落ち着こう、ね♪」
友希那父(友希那……良い仲間を持ったな)
梓(この人が……湊さんの娘さん……)
こうして騒動は終息し、気を取り直した面々は席に座り、人数分の注文を済ませてから双方に自己紹介をしていた。
梓「改めまして……みなさんはじめまして、中野梓と申します。……今、両親と共にジャズバンドを組み、各地で音楽活動をしています。どうぞよろしくお願いします」
リサ「今井リサです、中野さん、はじめまして」
紗夜「氷川紗夜です、中野さん、以後お見知りおきを」
あこ「宇田川あこですっ! 中野さん、よろしくお願いしますっ」
燐子「白金燐子です……どうぞよろしくお願いします」
友希那「湊友希那です、先程は、大変失礼しました……」
自己紹介と共に再度、友希那は深々と頭を下げる。
梓「ううん、もう大丈夫ですよ」
友希那父「さっきも軽く話したが、彼女は私の恩人の娘さんでね……それで今日は、彼女の方から仕事の話を持ちかけてくれてた所だったんだ」
友希那「……仕事?」
梓「はい、実は湊さんに、今度私達の開催するジャズライブにゲストとして出てもらえないかと思いまして」
友希那「ライブってことは……もしかしてお父さん、もう一度歌を?」
梓「あ、その……まだそこまで具体的なことは決まってないんですけど……」
梓「湊さんのお話は以前より父と母から伺ってまして、その時に、ちょうどゲストのお話が上がったんですよ」
梓「でも、今日は両親も別件で打ち合わせがあったので、それで、私に直接会って来るように言われてたんです」
友希那父「私も今日はたまたま桜が丘に用事があってね……それで、彼女に都合をつけて貰ってたんだ」
友希那「そう……だったのね」
友希那父「ああ、私も久しく人前で演奏してなかったからね、せっかくの機会なので、この話を受けようかと思ってるんだよ」
友希那父「それに、彼女のご両親には私も若い頃、よくお世話になっていたからね……この機会に、少しでも昔の恩返しができればと思っていたんだ」
友希那「そう……そんな事が……」
ジャズ……昔の父とは別ジャンルの音楽だが、それでも、また父の演奏が見られるのかも知れない……。
そう思い、自然と友希那の顔には笑顔が戻っていた。
あこ「十数年来の恩返しかぁ……なんていうか……運命に導かれし大いなる出会い……って感じですねっ!」
リサ「あははっ、そういうのはちょっと分からないけど……でも、ドラマみたいでステキだよね」
紗夜「ええ……本当に、人の縁とは分からないものですね」
燐子「はい……人と人の巡り合わせって……とても素晴らしい事だと思います……」
友希那「中野さん……その……」
梓「あっ……ううん、せっかくだし、皆さん、気軽に名前で呼んでくれてもいいですよ? あまり固いのも落ち着かないと思いますし……」
友希那「……はい、ありがとうございます。では……梓さん、父のこと、どうぞよろしくお願いします」
梓「こちらこそ……友希那さん、ありがとうございます」
先程とは違い、笑顔で頭を下げる友希那に対し……梓もまた、笑顔で返していた――。
―――
――
―
あこ「……う~ん、このパン本当に美味しい~~っ♪ さあやちゃんの所のパンも美味しいけど、ここのはそれとは違っておいしい~♪ お姉ちゃんにお土産でいくつか買ってこうかな?」
リサ「うんうん、私も、モカへのお土産に何個か買ってってあげよっと」
紗夜「私も後程買って行こうと思います……日菜、喜んでくれるかしら……?」
燐子「私も、お父さんとお母さんに……少し、買っていってあげよっかな」
焼き立てパンの評判通りの味に感銘を受けるあこ達だった。そしてその隣のテーブルでは、友希那、友希那の父、そして梓の3名による話が展開されていた。
誤解が解けた今となっては、友希那達の存在は仕事の話の邪魔になるのではないかと懸念もされていたが、既に仕事の話もほとんど纏まっていたので、もし時間があるのなら少しだけお話をしたいと他ならぬ梓からお願いをされ、友希那達は快くその話を受け入れていた。
――梓の根底、そこには、両親の知り合いの娘……湊友希那の話を聞きたいと思う純粋な気持ちと……。
今現在、停滞している梓自身の音楽……その停滞を打破するヒントになるのではという、藁にもすがる思いもあった。
そしてその提案は、友希那達からしても願っても無い事だった。
梓と友希那達の音楽は、確かに畑は違うが、それでも梓は、長く音楽を生業にしているプロの演奏者である。
客前で演奏を披露し、それで生計を立てているプロの言葉は、間違いなく今後のRoseliaの為になると、友希那の中に強い確信があった。
梓「友希那さんは今……バンドを結成し、音楽活動をされているんですよね」
友希那「はい……リサ、紗夜、あこ、燐子達と共に、Roseliaというバンドを組み、音楽活動を行っています」
梓「友希那さんがバンドを組み、音楽活動を行ってる理由、聞いてもいいですか?」
友希那「私が音楽を……やる理由……ですか」
友希那父「…………」
リサ・紗夜・あこ・燐子「…………」
一瞬、隣にいる父の顔と、こちらの話に耳を傾けるリサ達の顔が視界に入ったが、友希那は迷うことも無く、強く言葉を発する。
友希那「私達、Roseliaの目的は……いつかステージの上から、最高の音楽を届ける事……」
梓「最高の……音楽……」
何よりも、誰よりも強い眼差しで、友希那は言葉を続ける。
友希那「それが、どんな物なのか……その『最高』まで、どれ程の距離があるのか……Roseliaが今、どの地点に立っているのか……それはまだ、分かりません」
友希那「だけど、私は……いいえ、“私達”は、確実に私達の目指すべき頂に近付いていると、それだけは確信を持って言えます」
一切の迷いなく、友希那は言い切る。
その言葉は仲間への揺るがぬ信頼と、自身の音楽への強い自信に満ちており。情熱の宿るその瞳は、まるで輝いているようにすら梓には感じられた。
友希那父(友希那……)
リサ「……っ……うんっ……えへへ、友希那……ああもう、急に泣かさないで欲しいなぁ……っ」
紗夜「湊さん……あなたと共にRoseliaで演奏ができて……本当に私、光栄に思います……」
あこ「っ……りんりん……あこね、今すっごく思うんだ……本当に、ほんとぅに……Roseliaに入って良かったっ…て……っ」
燐子「うん……あこちゃん……私も……だよ」
梓「最高の、音楽……」
友希那の言葉を反芻し、自分自身の中に取り入れていく。
そして……。
梓「うん、決して楽な道じゃないと思うけど……頑張って……私も応援してます」
と、彼女達の決意を受け入れるように、梓は返す。
梓(凄いな……友希那さんの真っ直ぐな眼……こんなにも輝けるなんて……)
友希那の眼に宿る、強い意志の輝き。
それは仲間を信じ、目標に向かい、己が道を突き進む至高の輝き。
自分達の奏でる音楽に対する、絶対的な自信に満ち溢れた、プロにすら匹敵する程の……情熱の輝きだった。
――高校生という若さで、Roseliaの様に崇高な決意を掲げているバンドは決して多くはない。
音楽に対しては梓自身もかつて、友希那達に近い決意を掲げていた。が、その決意とは真逆に等しい音楽性を、梓は高校生の頃、2組のバンドに所属していた時に体験していた。
その時に感じた、“仲間”という存在の大きさを、誰よりも梓は知っていた。
一瞬、その崇高な自分の信念に盲信する余り、友希那が一人きりの道を進んではいないかとも心配したが、友希那の後ろで席を交える4人の表情を見て、その心配も杞憂だったと梓は思い直す。
この子達は同じ志を持つ仲間と共に、自分達の音楽を信じ、今も立ち止まらず、ひたむきに突き進んでいる。
友希那のその強い意志に梓は、素直に尊敬の念を抱いていた――。
梓(ああ……そっか、そうだったんだ)
今の自分に抜けていたのは、もしかしたら、こういう意志の強さなのかも知れない。
今までも、客前で演奏するプロとしての意識は確かにあった、が。
それでも、長い生活の中で安寧の日々を過ごす内に、自分はどこかで慢心していたのではないかと、そんな事を考えてしまう。
その慢心が……ここ最近の停滞を呼び、音に迷いが生まれるようになったのではないかと、自分自身を振り返り、分析する。
もしかしたら、私に湊さんの事を紹介してくれた両親も、今の私の異変に気付いていたのではないだろうか。
だからこそ、私に湊さんの事を紹介してくれた……彼に会い、自分自身の音楽を見つめ直すきっかけになれればという期待を込めて――。
決して確信は持てないが、恐らくそうなのではないかと梓は悟っていた。
梓「友希那さん、話して下さって、ありがとうございます」
友希那「いいえ……そうだ、梓さんは今、プロとして演奏をなされているんですよね?」
梓「ええ、プロっていうと少し照れますけど……でも、聴きに来てくれるお客さん達には、友希那さんと同じく、最高の演奏をお届けしたいっていう気持ちはあります」
梓「とはいっても、私なんかまだまだ全然で……あははっ、さっきの友希那さんの話を聞いてたら、私よりも友希那さんの方がよっぽど凄いって思っちゃいましたし……」
友希那「あ、ありがとうございます……」
リサ「あ、あの! アタシ……梓さんの話、もっと聞きたいなぁ。こんな機会、あまり無いしさ」
紗夜「そうですね……演奏でお金を稼ぐプロのお言葉ですから、日菜達とはまた違った意見があると思いますし、私も是非お聞きしたいですね」
あこ「はいっ! 大変な事とか、楽しい事とか……あこも聞きたいです」
燐子「私も……あこちゃんと同じ気持ち……です」
梓「なんか、照れちゃうな……こういうの」
そして、Roseliaの5人は梓の話に耳を傾けていた。
自分が両親と共にジャズをやる事になったきっかけや、演者としてステージに上がることの大切さ、演奏をする時に何を一番に考えているかといった、演者としての梓のこと。
……そして、梓もまた友希那達と同じように、高校時代、先輩や後輩達と共に、2組のバンドを組んでいた事を話すのであった。
友希那「……梓さんも、昔は私達の様に、バンドをやってた事があったんですね」
リサ「じゃあやっぱり、パートはギターをやってたんですか?」
梓「はい、リズムギターをやってました」
あこ「リズムギター? 紗夜さん、それって普通のギターとは違うんですか?」
紗夜「Roseliaのギターは私だけですからイメージは沸かないと思いますが……私達の知り合いでいえば……そうね、Poppin'Partyの戸山さんのパートがリズムギターですね」
あこ「へ~、そうなんですね」
燐子「梓さんも……きっと……私達よりも厳しい練習を……していらしたんでしょうね……」
梓「あはは……どうでしょう……部活の時はいつもお菓子ばかり食べてたから……ちゃんとした練習をした事なんて、数えるぐらいしかなくて……」
友希那「そうなんですか……意外だわ……てっきり、私達ぐらいストイックに打ち込んでいたものとばかり思ってましたけど……」
梓の言葉に、驚いた声で友希那は返す。
梓「最初は私も部活じゃなく、友希那さん達の様に外バンでやろうとも思ってたんです……でも、軽音部の先輩達の楽しそうな演奏がすごく魅力的に見えて……それで、軽音部でやるって決めたんですよ」
梓「当時の私が本当の意味でバンドに求めていたのは、バンドとしてのレベルの高さではなく、共に音楽を楽しめる仲間だったんですよね」
梓「ふふっ……あの頃は楽しかったなぁ……」
過去を思い返す梓の脳裏に、二組のバンドと過ごした青春が蘇る。
4人と先輩達と、2人の同級生と、2人の後輩に……1人の顧問の先生。
みんなで奏でた音が、お茶を交わした日々が蘇る。
それはもう、遠い日の記憶。いくら願っても巻き戻せない、懐かしい日々の思い出――。
リサ「一度でいいから聴いてみたいね……梓さんたちのバンドの演奏……」
友希那「ええ……そうね……」
―――
――
―
そして陽も傾きかけてきた頃。
梓は次の約束があるという事で、話はそこでお開きになった。
梓「湊さん、Roseliaの皆さん、本日はありがとうございました」
友希那父「こちらこそ、ご両親に宜しくお伝え下さい、ありがとうございました」
友希那「いつか、梓さんのステージも観に行きます。本当に、ありがとうございました」
梓「はい、皆さんもバンド活動、頑張って下さいね」
皆に向け、梓は一礼し、喫茶店を後にする。
その梓の背を見送り、友希那はつぶやく。
友希那「中野梓さん……あの人は、一体どんな音楽を奏でるのかしら」
友希那父「ああ、彼女のご両親の音楽は、まさに純粋そのものだったよ。あの人達は私とは違い、決して周りに流されることもなく、本当の意味で自分達の音を楽しんでいた……」
遠い眼で、友希那の父は続ける。
友希那父「それは、彼等の娘である彼女にも受け継がれているだろう……友希那と話していた時の中野さんの瞳は、若い頃の彼女の両親と同じ輝きをしていたからね」
友希那父「彼女の音楽……友希那も是非聴いてみるといい、たまには畑の違う音楽を聴くのも悪くないだろう」
友希那「……ええ、そうね……近いうちに必ず聴いてみるわ」
微笑みながら言う父の声に、友希那は梓の存在を強く認識していた。
そして……。
友希那父「まぁ、そうでなくとも、友希那と梓さんは気が合うのかも知れないな、彼女も友希那と同じく、猫が凄く好きなようだったから……」
友希那「そう……なのね……ふふっ、次に会える日が、尚の事楽しみになってきたわ」
猫好きという自分との共通点もまた、友希那と梓の間に一つの繋がりを築いたのであった。
友希那父「じゃあ、私もそろそろ帰るとしよう、友希那も、あまり遅くならないようにな」
友希那「お父さん、今日は本当にごめんなさい……」
友希那父「はははっ、気にするな……あそこまで娘に敬愛されていることが分かったんだ……むしろ、私の方こそお礼を言うべきだよ。ありがとう、友希那」
友希那「もうっ……あまり茶化さないでよ……ふふっ」
友希那父「ははは……じゃあ、私はもう行くよ」
友希那「うん……お父さんもお仕事頑張って……お父さんがライブに出るのなら……必ず、みんなで聴きに行くわ」
友希那父「ああ、娘達の前で恥をかかないよう、私も頑張ってみるさ」
そして、友希那の父も喫茶店を後にする。
友希那「梓……さん……また、お会いしたいわね」
あこ「友希那さーん、日も暮れてきましたし、あこ達もそろそろ行きませんか?」
リサ「そういえば、結局ミーティングできなかったね」
友希那「いいんじゃないかしら……今日は、今までのミーティング以上に大きなものを得られた気がするわ」
燐子「はい……梓さんのお話……凄く、為になったと……思います」
紗夜「そうですね……それでは皆さん、今日はもう帰りましょう」
程なくしてから友希那達も店を後にし、歩き出していた。
―――
――
―
梓「今日は来てよかった……オファーの話も上手く行ったし、自分の事も見つめ直すことができたし……」
友希那の言葉、Roseliaの持つ信念に触発されたこともあり、梓の中に再び、音楽に対する熱意が湧いてきていた。
……だが、意気込みだけで全てが変わるかと言えば、決してそうではない。さすがにそこまで甘くはできていないのが世の中だ。
……そう、今のままではまだ不十分……私が停滞を完全に克服するには、更にもう一つ、何かが必要だ。
そのもう一つが何なのか、今はまだ分からないけど……それでも、今日の彼女達との出会いは、間違いなく自分の前進に繋がったに違いないと、梓は信じていた。
梓(……でも、みんなの話してたら思い出しちゃったな……また、みんなと演奏したいな……)
それが叶わぬ事だとは知りつつも、ふと思ってしまう。
『放課後ティータイム』と『わかばガールズ』、昔梓が組んでいた2組のバンド……そこで奏でた音楽が、梓の頭の中で鳴り響く。
――その時、梓の携帯がメッセージの着信を告げる。
梓「んん……? あ、唯先輩からだ」
梓の携帯に通知される一つのメッセージ。
そこには、今でもたまに連絡をくれる先輩からの一言が表示されていた。
『久しぶり、今お仕事終わったんだぁ、私はもう向かってるけど、そっちはどう?』という一言に対し。
『私も、今から向かいますよ……楽しみですね、同窓会』と返信を入れ、梓は向かう。
自分に、音楽の素晴らしさを教えてくれた仲間と、先輩達の待つ場所へ――。
#2-5.放課後の邂逅~平沢唯~
――高校生の頃から、私の毎日には音楽があった。
それは、今も変わる事なく続いていた……。
私が今でも私のままでいられるのは、きっと、音楽があったからだと思うんだ。
あの日、何かをしなきゃって思っていた私に応えてくれた音楽が。
何をしたらいいのか分からず、迷っていた私を導いてくれた音楽が。
あの頃の私を、みんなに会わせてくれた音楽が。
今の私を、あの子達に会わせてくれた音楽が。
私を、みんなと繋いでくれた音楽が私は……大好き―――!!
―――
――
―
その日、Poppin'Partyのメンバーもとい、花咲川女子学園高校2年の5名は、朝早くから電車に揺られ、花咲川から遠くの桜が丘へとやって来ていた。
今日の集合は、バンドの練習でもなければ、決して遊びに来た為でもない……学校の授業の一環として……である。
【桜が丘 駅前】
有咲「ふあぁぁ………眠……」
慌ただしく駅前を往来する人々を見ながら、欠伸混じりに有咲はぼやいていた。
有咲「しっかしなー……せっかくのテスト休みだってのに、なーんで職場体験なんてやんなきゃいけねーんだ?」
たえ「仕方ないよ、日数調整の結果、そうなっちゃったみたいだしさ」
りみ「でも、私は嬉しいなぁ、ポピパのみんなで職場体験、楽しみだったんだっ」
沙綾「しかも、幼稚園の職場体験なんてね……ふふっ、私も楽しみにしてたんだ」
たえ「有咲は、楽しみじゃなかったの?」
有咲「べ、別にそんな事言ってねーだろ……つか……香澄のやつ、遅っせえな……」
照れ隠しにそっぽを向く有咲だった、その時である。
声「ごめーーん! みんな、お待たせー!」
人波を掻き分け、一際元気な声が有咲達の耳に届く。
確認するまでもなく、それが戸山香澄の声だと言うことを、その場の4人は理解していた。
有咲「遅いぞ香澄……って、なんでお前ギターなんか持って来てんだよっ!?」
叫ぶ有咲の目線の先……そこには、肩で息を切らす香澄と、そんな香澄に背負われた、香澄愛用のギターが目に留まっていた。
香澄「いやー、持って来るのに時間かかっちゃって……」
有咲「だからって……そんなもん普通は持って来ねえだろ……邪魔になるとか考えなかったのかよ」
沙綾「まぁまぁ……確かに、案内にも、具体的に何を持ってくるかまでは明記されてなかったもんね」
沙綾が先日配られたプリントを見ながら言う。
そこには『幼稚園に職場見学に行く生徒は、エプロンを一着と、園児と一緒に遊べるものを一つ持って来て下さい』という一文が添えられていた。
香澄「幼稚園の子たちと一緒に遊べそうなものって言えばこれしか思い浮かばなくて……みんなは何持ってきたの?」
りみ「私は……小さい頃に、よくお姉ちゃんと一緒に遊んだお絵かきセットを持ってきたんだー」
沙綾「私は弟達が小さい頃に遊んでたオモチャをいくつかね、だいぶ古いけど、まだ遊べると思うよ」
たえ「私は、ウサギのお人形さんセットを持ってきたの、『ゴルドニアファミリー』……すっごく可愛いんだよ」
有咲「昔、婆ちゃんによく読んでもらってた絵本があったから、私はそれを持ってきた」
香澄「みんな偉いね……ちゃんと準備してたんだ……」
各自、きちんと準備をしていたことに感心する香澄だった。
有咲「へっ、香澄のことだからどうせ、準備のことなんかすっかり忘れて……んで、今朝になって慌てて用意したってトコなんだろうけどな」
香澄「有咲すっごーい! ねえねえ、なんで分かったの?」
有咲「お前のことだからなんとなく分かるんだよっ!」
たえ「ふふっ、有咲は香澄のこと、何でもお見通しだね」
有咲「だーーー! うっせー! いいから早く行くぞ!」
赤面し、照れ隠しに叫ぶ有咲。
そんな有咲に続き、歩を進める4人だった。
【桜が丘幼稚園】
駅から歩いて数分、プリントに記載された地図を頼りに、香澄達5人は目的地の幼稚園へと到着していた。
まだ開園の時間には早いのか、園内には教員の姿しかおらず、建物の中はがらんと静まり返っている。
静かな園内を通り、職員室へと案内された香澄達は、幼稚園の先生達に向け、挨拶をしていた。
香澄「花咲川女子学園高校から来ました、今日は職場体験でお世話になります、よろしくお願いしますっ」
一同「よろしくお願いしまーす!」
園長「はい、お話は伺っておりますよ、こちらこそよろしくお願いしますね」
園長と見られる教諭に挨拶を交わし、香澄達は自己紹介をする。
――そして。
園長「それでは、今日一日、皆さんの担当をさせていただく先生です、平沢先生、どうぞよろしくお願いします」
声「はーいっ」
園長の声に合わせ、一人の女性がデスクから立ち上がり――。
唯「平沢唯です、今日一日、よろしくお願いしまーすっ」
茶髪をボブカットに切り揃えたエプロン姿の女性……平沢唯は香澄達の元へと向かい、自己紹介をする。
香澄「戸山香澄ですっ、平沢先生、今日はよろしくお願いしますっ」
たえ「花園たえです、今日一日、お世話になります」
りみ「牛込りみです、よろしくお願いしますっ」
沙綾「山吹沙綾です、平沢先生、こちらこそよろしくお願いします」
有咲「市ヶ谷有咲です、こちらこそよろしくお願いします」
園長「では平沢先生、彼女達のことをよろしくね」
唯「はいっ! かしこまりましたっ」
園長の声に元気な返事をし、唯は準備に取り掛かる。
そんな唯の様子を見て、香澄達は口々に言葉を投げ合っていた。
香澄「平沢先生、すっごく優しそうな先生だねー」
沙綾「うんうん、子供に好かれそうな感じがするね」
りみ「ほんわかしてて、暖かそうな先生だね……」
たえ「うん……今日一日、すっごく楽しくなりそう」
有咲「あの人、私達より年上だよな……なんか、全然そんな雰囲気しないんだけど」
園長「では平沢先生、園児が来るまでに、このプリントをあの子達に配っておいてね」
唯「あ、はーい……ん?」
唯がプリントを園長から受け取ろうとした時……ふと、香澄達の視線に気付く。
その目線がプリントの束から香澄達に向けられた時だった。
――ばさささっ
余所見をしたせいもあり、手渡されたプリントが床に落ちていた。
唯「ああー、すみませんっ!」
有咲(テンポ悪っ……)
園長「あらあら……大丈夫?」
唯「はい……えっと、あと1枚……」
デスクの下に滑り込んだプリントを拾い、唯が立ち上がろうとした時。
――ごちんっ
唯「あいたっ!」
小気味の良い音と共に、デスクに頭をぶつけていた。
有咲「しかもドジっ子……あんなんで本当に大丈夫なのか……職場体験」
唯(何か……前にもこんな事あったような気が……)
頭を擦っては目元に涙を浮かべつつ、ふと昔の事を思い返す唯だった――。
―――
――
―
【空教室】
唯「えっと、それじゃあ園児たちが来るまでの間に、色々と説明しとこうと思うんだけど……」
プリントを手に説明を始めようとしたその時、ふと、唯の目線が香澄のギターに止まる。
唯「その大きな荷物は……もしかして、ギター?」
香澄「はいっ! 子供たちと遊べそうな物を持ってくるようにって言われたので、持ってきたんです」
唯「ふふっ、そうなんだ……」
ふと、ギターを見つめながら唯は言葉を止める。
そんな刹那の静寂の中、有咲が香澄に向けて言葉を放っていた。
有咲「それ見ろ、あんなでっかい荷物、やっぱり邪魔だったんじゃねーか?」
香澄「ううぅぅ……だ、ダメだったのかなぁ」
唯「あ、ううん! そんなんじゃないよ、戸山さん、ギターやるんだね」
香澄「はい……」
やや落ち込んだような顔で唯を見る香澄だった。
そんな香澄に向け、唯は微笑みながら言葉を返す。
唯「もし良かったら、あとでみんなの前で弾いてみてくれないかな? 楽しみにしてるね♪」
香澄「あ……は、はいっ!」
たえ「なんか、大丈夫みたいだね」
有咲「…………」
それから唯により、プリントを元に幼稚園の一日の流れや、施設の案内を進められること数分。
程なくして、通園する園児達の出迎えの時間が迫っていた。
唯「じゃあ、荷物はここに置いて……まずは、幼稚園に来る子供たちのお出迎え、行ってみよっか?」
香澄「はーいっ!」
唯に連れられ、持参したエプロンを身に着けた香澄達は正面玄関へと向かう。
広い玄関先には、バスの送迎で来園した園児の他、保護者に手を引かれて来る園児など、既に多くの園児と教諭達とで溢れかえっていた。
園児A「せんせー、おあよーございます」
唯「はーい、陸くんおはようーっ」
園児B「ひらさわせんせー、おはよー!」
唯「うん、海くんおはよー! 今日も元気だねー♪」
園児C「ゆいせんせー! きょうもおうたのじかん、ある?」
唯「うんっ! 空くんの大好きなお歌、今日もやるよー! 楽しみに待っててねっ♪」
沙綾「……………………」
りみ「……? 沙綾ちゃん、どうかしたの?」
沙綾「えっ……? あ、ううん……別になんでもないよ」
多くの園児がまず最初に唯に駆け寄り、元気な挨拶をしていた。
その光景から、唯が多くの園児から慕われているということが香澄達にも伝わって来る。
香澄「平沢先生、子供たちの人気者なんだねー」
沙綾「うんうん、みんな、先生の事が大好きなんだってのがよく分かるよね」
唯「ほら、よかったらみんなも挨拶してあげて?」
香澄「はいっ! みんなー! おっはよーっ!」
沙綾「おはよー! みんな、今日はよろしくねー!」
りみ「おはよー、みんな元気だねー」
たえ「おはよー、ふふっ……みんな可愛いなぁ」
有咲「なんか……こういうの照れるな……」
園児D「ねえねえ、おねえちゃんたち、だーれー?」
唯「お姉さんたちはねー、今日、みんなと遊びに来てくれたんだー」
園児D「ふーん、そーなんだ、おねえちゃんっ! おはよーっ」
園児の一人が有咲に向け、元気な挨拶をする。
有咲「お、おはよー」
無邪気な笑顔の園児に対し、有咲もまた、笑顔を作って挨拶を交わす。
その時だった……。
園児D「ていっ」
――むにっ
突如、無防備な有咲の胸目掛け、園児の手が伸ばされる。
有咲「ひゃっ…………! な、ななななななな何を!?」
反射的に触られた胸を両手で抑え、赤面する有咲。
そして、その小さな手に残った感触を確かめるようにして、園児は一言呟く。
園児D「ママよりもおっきい……」
唯「こーらー、だめでしょそんな事したらっ」
園児D「へへーん、ゆいにはやってやんないよーだ」
唯「も~、また先生を呼び捨てにしてー、まちなさーーい、お姉さんにあやまりなさーいっ」
園児D「やーだよーっ」
そして逃げるように園児は走り出し、教室へと駆けていく。
後には、まだ硬直して動けない有咲と、やれやれと言った風な顔で園児を見る唯が残されていた。
有咲「ま、まったく……とんでもねーエロガキだな……」
唯「市ヶ谷さんごめんね……あの子、すっごいいたずらっ子で……気を悪くしないであげて?」
有咲「い、いや……別に平沢さんのせいじゃないですし……」
有咲(はぁ、子供……苦手になってきた……)
そして、有咲の状況を近くで見ていた香澄達が有咲に駆け寄り……。
りみ「有咲ちゃん、大丈夫?」
沙綾「いやー、有咲、一本取られたね」
たえ「有咲、元気出して」
香澄「あはははっ、やんちゃな子だったね」
有咲「香澄……笑ってるけどお前もいっぺんやられて見ろ、すっげえ恥ずかしいんだぞっ!」
香澄「ふっふっふ……じゃあ、私が触って上書きしてあげよっか? なんてねっ♪」
有咲「マジで殴るぞ香澄いいいいいい!!!」
香澄達にからかわれた事で緊張も解けたのか、いつも通りの感じに戻る有咲だった。
有咲「大体な、近くにいたんなら助けろってえの!」
りみ「あ、あの、ごめんね有咲ちゃん、すぐに行けなくて……」
沙綾「いや、別にりみりんは悪くないでしょ?」
たえ「有咲……いくら有咲のお願いでも、小さい子相手にそんなひどい事できないよ?」
有咲「おたえは一体何を想像してんだよ!」
香澄「もー、有咲もそんな怒っちゃやだよー」
――そんな5人を見て、ふと唯は思う。
唯(ふふふっ……この子達……凄く懐かしい感じがするなぁ)
お揃いの制服を着てふざけあい、また笑いあう5人の姿に、かつての自分達の姿が映って見える。
きっと、私もあの子達と同じぐらいの頃、あんな感じで笑い合っていたのだろう……と。
そんな事を考える唯だった。
園児「ゆいせんせー、あのおねーちゃんたち、すっごくおもしろいねー♪」
唯「……うん、そうだねぇ」
香澄達の姿を微笑みながら見つめる唯、そして……。
唯「さあ、みんな、そろそろ教室に行こっか!」
一同「はーいっ!」
唯の声が玄関内に響く。
彼女達の職場体験はまだ、始まったばかりであった。
―――
――
―
【教室】
唯「はーい、みなさーんちゅうもーく! 今日は、遠くの花咲川から、お姉さんたちが遊びに来てくれましたっ」
およそ20名ほどの園児達が集まる教室に、唯の元気な声が響き渡る。
そして、改めて園児に向け、香澄達の紹介がされていた。
香澄「みなさんこんにちわー! 今日一日、よろしくお願いしまーす!」
園児達「よろしくおねがいしますっ!」
香澄の明るい声に負けないぐらいの元気な声が響き、教室内に活気が宿る。
そして……。
たえ「これからの時間は何をすればいいんですか?」
唯「今からの時間は、みんなのお昼ごはんの時間まではお遊戯の時間なんだ」
沙綾「今からだと……だいたい2時間ぐらい……ですか、この予定表だと」
唯「うん、それで、お昼ご飯が終わったらお昼寝の時間があって、そこで職員の休憩の時間になるんだ」
有咲「じゃあ、昼食はその時に取るって感じになるんですか?」
唯「うん、そうだね。もちろん、その間に連絡ノートを書いたり、午後のお遊戯の準備をしたりもするんだけど」
りみ「大変なんですね……休憩っていっても、あんまりのんびりできなさそう……」
唯「まぁねー、でも、慣れちゃえば割と早く終わるんだけどね」
沙綾「次の仕事に備えて空き時間を使って効率的に……か、ウチのお店もよくやるから、やっぱどこも一緒なんですね」
香澄「それを一人でやるって、やっぱり、幼稚園の先生って大変なお仕事なんですね」
唯の働きっぷりに関心の声を上げる香澄達だった。
それから程なくし、唯の号令に合わせて園児達と香澄達は動き出す。
唯「じゃあ、牛込さんと花園さんはペアであっちの子たちと遊んであげて……山吹さんと市ヶ谷さんは向こうの子たちをお願いね」
たえ・りみ・沙綾・有咲「はいっ!」
香澄「平沢先生、わ、私はどうすればいいですか?」
唯「うん、戸山さんは、私と一緒にお歌のお手伝い、してもらってもいいかな?」
歌の手伝いという言葉に香澄の眼が一瞬煌めく。
香澄「わぁ……じゃ、じゃあ、私、ギター持ってきてもいいですか?」
唯「うん、お願い。……あ、もし良かったら、アンプもあるんだ、私の私物だけど、使ってみる?」
香澄「えっ!? いいんですか??」
有咲「つーか、なんで幼稚園にアンプがあるんですか……?」
唯「いやー、実は、私もたまーに演奏するんだよねぇ」
一同「……え? ええええ???」
ギターを弾く素振りをしつつ、照れながらも唯は答える。
その返答に5人の目が点になり、相次いで言葉が投げかけられていた。
香澄「もしかして、平沢先生もギターやるんですか?」
唯「うん、まぁね~」
沙綾「そういえば……SNSに……あああった、桜が丘幼稚園のアカウント、ほらこれ見て」
沙綾「このギター演奏してる動画……これ、平沢先生じゃない?」
沙綾がスマートフォンの動画を再生させる。
そこには、軽快にギターを弾き鳴らす唯に合わせ、元気に歌を歌う園児達の様子が撮影されていた。
たえ「すごい……上手な演奏……」
りみ「うんうん、園児のみんなも、楽しそうに歌ってるねー」
香澄「そっかぁ、平沢先生、ギターやるんだ……」
唯「うん、だからさっき戸山さんがギター持ってきたの見て、つい嬉しくなっちゃってさ」
香澄「あ、ありがとうございますっ! 平沢先生!」
唯「うふふっ……じゃあみんな、お願いね」
一同「はーい!」
唯の言葉に従い、それぞれがペアを組み、園児達の元に駆け寄る。
こうして、香澄達の職場体験実習は始められるのであった。
―――
――
―
りみ「みんな、おえかきセット持ってきたんだぁ、私と一緒にあそぼっ」
園児「うんっ! おねーさんとあそぶー♪」
りみ「わぁーっ……この子達、めっちゃ可愛い……」
園児「おえかきよりもにんじゃごっこやろーよ! おねーちゃんもやろー!」
りみ「ええぇぇ、あ、あの、おねーさん、忍者ごっこなんてやったことないよ~」
たえ「みんな、ウサギさんは好きかなー?」
園児「うんっ! うさぎさん、だーいしゅきっ♪」
たえ「今日は、みんなの好きなウサギさんをいっぱい持ってきたんだぁ」
園児「わぁ~~、かーわいいーっ」
たえ「ふふっ……持ってきて良かった」
園児達「…………」
沙綾「あ、ええと……陸くん、海くん、空くん……だっけ? 良かったらおねーちゃんと一緒に遊ばない?」
陸・海・空「うんっ♪」
沙綾(……何だろう、この子達、初めて見るのに他の子達とは違う……凄く、すごく不思議な感じがする……)
陸・海・空「おねーちゃん! なにしてあそぶのー?」
沙綾「うん……そうだね、えっと……」
有咲「さすが沙綾だな……すげえ手慣れてる……」
園児「ねーねーおねーちゃん、がいこくのひと?」
有咲「えっ……?」
園児「だって、かみのけきんいろだし、おっぱいおおきいし……」
有咲「……っど、どこ見てんだよっ!」
園児「あははっこのおねーちゃん、おもしろーい!」
園児「あったかくていいにおーい! おねえちゃん、いっしょにあそぼー!」
有咲「ひゃっ! ちょ、ちょっと! うぅ、急に引っ張るなって……」
沙綾「あははっ! 良かったねー有咲、大人気じゃん♪」
有咲「さーあーやー! 笑ってないで助けてくれえええ!!」
唯「うん、みんなも大丈夫そうだね……じゃあ、みんなー! お歌を始めるよー!」
園児達「わーーいっ!」
唯「戸山さん、準備はどう?」
すっかり子供たちと打ち解けている他の4人の姿に安心し、唯は音を確認している香澄に問いかける。
そしてしばらく、演奏の準備を終えた香澄が唯に向けて告げた。
香澄「お待たせしました、いつでも行けます!」
唯「じゃあ、戸山さんは私のオルガンに合わせて、演奏お願いね」
香澄「はいっ!」
唯「はーい、じゃあみんなー、カスタネットの人はいつものとおり、『うんたん♪』のリズムで叩いてねー」
園児達「はーいっ!」
園児「……うん、たんっ♪ うん、たんっ♪」
唯「あははははっ、そうそう、そんな感じでねー」
唯「お歌を歌う人は、大きな声で歌おうねーっ」
園児達「はーいっ!」
準備が整ったのを確認し、唯は香澄に問いかける。
唯「戸山さん、子供向けの曲で何か弾ける曲……あるかな?」
香澄「えっと……あ、じゃあ、きらきら星……弾いてみてもいいですか?」
唯「うんっ、いいよ♪ じゃあ、行くよ……」
そして、香澄のギターと唯の奏でるオルガンの音に合わせ、園児達の合唱が始まった。
唯「……いち、に、さん」
――じゃららんっ♪
香澄「……きーらーきーらー ひーかーるー♪」
唯「おーそーらーの ほーしーよー♪」
香澄「まーばーたーきー しーてーはー……」
唯「みーんなーをー みーてーるー」
園児「うん、たんっ♪ うん、たんっ♪」
園児「きーらーきーらー ひーかーるー♪」
全員「おーそーらーの ほーしーよー……」
香澄と唯の歌声に合わせ、カスタネットの音と、園児達の歌声が幼稚園中に響き渡り……。
園児「あー、ゆいせんせーのおうただー、みんな、いこー!」
園児「うんっ♪」
りみ「あれ? みんなー、どこいくのー?」
りみ、たえ、沙綾、有咲達4人の元を離れ、唯と香澄の側へと園児達が集まっていく。
りみ「みんな、行っちゃったね」
たえ「あははっ……うん、そうだね」
沙綾「平沢先生も香澄もすごいなぁ、見てよほら、子供たち、みんな楽しそうに歌ってる……」
有咲「香澄のおかげで助かったけど……なんか客を取られたって感じがするな……」
沙綾「こうなったら仕方ないか、私達も行こうよ」
有咲「ああ、そうだな……」
程なくして、手持ち無沙汰になった4人も唯達の元に集まり、合唱に交じることとなった。
先生「ちょっと、みんな……」
園児「あー、ゆいせんせーだ! ゆいせんせーがオルガンやってるー!」
園児「あのおねーちゃんたち、だーれー?」
園児「わたしたちもうたうー! ゆいせんせーといっしょにおうた、うたうのー!」
他の教室からも園児が駆けつけ、いつの間にか香澄達の周りには多くの園児が集まり、揃って歌を歌い始める。
――さながらそれは、小さなライブ会場の様相を呈していた。
そして、きらきら星の合唱が終わりを告げ……。
唯「あははっ、すごい人数になっちゃったね……すみません、他のクラスも巻き込んじゃって……」
先生「まぁ、平沢先生が歌うとこうなるのはよくあることだし……ね」
先生「いいわ、今日の予定は変更して、お歌のお時間にしましょう」
唯「はい……ありがとうございます」
園児「ねーねーゆいせんせー、きょうはぎたー、ひかないのー?」
唯「あ~、ごめんねえ、今日は先生、ギター持ってきてなくって……」
園児「ちぇー、そーなんだぁ……」
唯「ごめんねぇー」
唯の声に何人かの園児の残念そうな声が漏れる。
その声を聞いた香澄が、ある事を思い付き、唯に提案していた。
香澄「……あの平沢先生、もし良ければ、私のギター使って下さい!」
唯「え? で、でも……」
香澄「平沢先生ならきっと優しく扱ってくれると思いますし、何より私、平沢先生の生演奏、聴いてみたいんですっ」
唯「…………いい、の?」
香澄「はいっ♪」
唯「……うん、ありがとう、じゃあ、少しだけ借りるね」
唯の手に、香澄のランダムスターが手渡される。
その独特の形状故に唯が普段愛用しているレスポールとは感じが違うが、それでも唯はすぐに対応し、その指からギターの音色が紡がれた。
――じゃらららんっ♪
唯「ふふっ……可愛いギターだね、戸山さんに出会って、すっごく嬉しそうにしてる……」
有咲「分かるんですか? ギターの気持ち」
唯「うん、なんとなく、だけどね」
香澄「えへへ……平沢先生……私のギター、可愛がってあげて下さいっ」
唯「うんっ! よろしくね!」
――じゃららんっ
再び、ランダムスターから音色が溢れる。
それはまるで、唯の問いかけに対する返事のようだった。
―――
――
―
唯「じゃあみんな、何か歌いたい曲、あるかな?」
園児「わたし、プィキュアのうたがいいー!」
園児「えー、ライダーのうたがいいよー!」
唯「あははっ、あまり新しいのは先生わからないんだぁ、ごめーん」
最近のアニメの歌など、子供らしいリクエストが飛ぶ中、一人の園児の要望に唯の耳が止まる。
園児「うーん、じゃあ、あめふりっ!」
唯「あめふり……うん、じゃあそれにしよっか」
園児「わーいっ♪」
唯「もし良かったら、戸山さん達も一緒に歌ってあげて?」
香澄「はいっ」
唯「じゃあ行くよ……いち、にー、さんっ」
~~♪
唯「あーめあーめ ふーれふーれ かーあさんが……♪」
園児「じゃのめで おむかえ うれしいな♪」
香澄達「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン……♪」
全員「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン――♪」
――その曲は、昔、唯が妹とよく一緒に歌った歌。
唯にとって、最も思い入れのある歌だった。
唯の指から溢れるギターの旋律が、その場の全員の耳に、心に響き渡る。
とても穏やかな、ゆりかごのように優しい音色が、場の空気を一層和やかにしていく。
その光景を目にした香澄達もまた、唯の演奏に聴き入っていた。
りみ「ふふふっ……本当にみんな、かわいい……」
沙綾「うん、みんな、とっても楽しそうに歌ってるね」
たえ「そうだね、香澄のギターも楽しく歌ってるよ」
有咲「おたえにも、分かるのか?」
たえ「うん、ギターの気持ち、私もなんとなくだけど……ね」
香澄「おたえの言ってること、私も分かるよ、平沢先生と一緒に歌えて……私のギターも嬉しそうにしてる……」
有咲「ま、こればっかは、ギタリストにしか分かんねー感覚なのかも知んねーな……」
―――
――
―
そして、ささやかな演奏会は終わり、園児達は昼食を済ませ、昼寝の時間となる。
それと時を同じくして、ようやく香澄達も休憩の時間となった。
沙綾「みんな、寝静まったみたいだね」
すやすやと寝息を立てる園児達を見ながら、沙綾が言う。
有咲「ああ……変なことして起こすなよ? 香澄」
香澄「もー、いくら私でもそんな事しないよぉ」
たえ「でも……んんん……やっとご飯が食べれるね~」
有咲「ああ、午前中はなんだかんだあっという間だったな……」
沙綾「うん、楽しかったよね」
たえ「ふふふっ、いっぱい動いたから、ご飯がおいしいっ」
りみ「みんな、午後も頑張ろうねっ」
唯「あ、いたいたっ」
教室の隅で弁当を空ける香澄たちの元に、唯も弁当箱と水筒を片手にやって来ていた。
香澄「平沢先生、さっきはありがとうございましたっ♪」
唯「ううん、こちらこそ、戸山さん、ギター貸してくれてありがとうね♪」
唯「もし良かったらお昼、私もご一緒していいかな?」
香澄「はいっ、もちろんですっ」
唯を快く受け入れ、香澄は席を詰める。
そして、ポピパの5人に唯を合わせた6人により、席が囲まれていた。
沙綾「しかし、さっきの演奏は本当に楽しかったね、平沢先生の演奏、すごく上手で……」
唯「あ、それなんだけど、もし良かったら、私のことは気軽に唯って呼んでくれてもいいよ? なんかずーっと名字で呼ばれるのってくすぐったくてさ」
香澄「はーいっ、じゃあ、唯さんも私達のこと、ぜひ名前で呼んで下さいっ」
唯の案を、香澄達もまた快く引き受ける。
それにより、今まで互いに引いていた一線が失われ、一層親しみのある空気が教室内に流れていった。
唯「うん、私もみんなの事は名前で呼ばせてもらうね、よろしく、香澄ちゃんっ♪」
香澄「よろしくお願いします、唯さんっ♪」
沙綾「あははっ、香澄ったら、すっかり唯さんと仲良くなったみたいだね」
有咲「ま、唯さんと香澄、お互いに波長が合うんだろ……雰囲気とか似てるしなぁ」
二人を見ながら、やや素っ気なさそうに有咲は言う。
たえ「あれ? 有咲、もしかして焼きもち?」
有咲「……っ! だ、だーれが妬いてるってんだよっ」
りみ「あははっ……有咲ちゃん、顔真っ赤~」
有咲「り、りーみーっ……」
そんな感じで昼食会は始まり、話は次々と膨らんでいく。
今日の職場体験の感想、触れ合った子供たちの話……。
そして、香澄達の今と、唯の過去についても……話は広がっていった。
唯「香澄ちゃんがギターを持ってきたのを見た時は本当にびっくりしたんだぁ、もしかして、香澄ちゃん達もバンドをやってたりするの?」
りみ「はいっ、私達、Poppin'Partyっていうバンドを組んでるんですっ」
香澄「私がギターとボーカルで、おたえもギターで、さーやがドラムで、りみりんがベースで、有咲がキーボードなんです」
唯が自分達に興味を抱いてくれたことに対し、嬉しそうに全員を紹介する香澄だった。
有咲「香澄ちゃん達“も”って事は、ひょっとして、唯さんもバンドをやってるんですか?」
唯「うん、今はもうやってないけど、私も高校生の頃、軽音部でバンドやってたんだぁ」
沙綾「軽音部……部活でバンドを組んでたんですね」
唯「うん、放課後部室に集まって……みんなでお茶飲んだり、ライブで演奏したり……楽しかったなぁ」
上を見上げ、唯は過去を思い返す。かつての日々が記憶の中に蘇り、自然と唯の顔に笑みがこぼれていく。
たえ「じゃあ、唯さんはその頃からずっと、ギターを続けていたんですね」
唯「うん、大人になってからはなかなかみんなには会えないんだけど、それでもギターだけはずっと続けてるんだ」
唯「……今の私がこうして昔と変わらず私でい続けられるのは、きっと、軽音部のみんなと、ギー太のおかげだと思うから……さ」
有咲(……ギー太?)
唯「ふふふっ……バンドって、音楽って、楽しいよね♪」
香澄「はいっ! 有咲の蔵でこのギターに出会って……それで私、音楽をやるようになって……有咲やりみりん、さーや、おたえ……色んな人に出会えたから……」
香澄「――私、バンドも音楽も大好きですっ!」
唯「香澄ちゃん……」
まるで咲き誇るように輝いた笑顔で香澄は言う。
純粋に音楽を愛し、仲間と共に音を紡ぐ喜びを、感動を、楽しさを……香澄達は知っている。
だからこそ、あんなにも輝いた笑顔で言えるのだろう。
その笑顔に、かつての自分の姿を重ねながら、唯は優しく頷いていた。
有咲「香澄のやつ……へっ……照れるじゃねーか」
たえ「私もだよ、香澄……香澄に、みんなに会えて、バンドが組めて、本当に良かったって思ってる」
りみ「私も……香澄ちゃんに出会えなかったら、きっとこんなに楽しい生活、送れてなかったと思うな……」
沙綾「香澄がいなかったら、私、きっと今もあの時のこと、後悔してばかりいただろうからね……」
沙綾「香澄には……ううん、香澄だけじゃない、みんなにはいくらお礼を言っても言い足りないぐらい、感謝してるよ」
香澄「みんな……!」
唯「……ふふっ、みんな、いい子達だね……」
唯(私も、みんなに会いたくなっちゃったな……)
楽しく笑いあう香澄達の姿を見ながら、この後開かれる同窓会の事を心待ちにする唯だった。
唯「そうだ、みんなは一体、どんな演奏をするの?」
香澄「あ、そうだ! その事なんですけど、実は今度……」
声「せんせー……」
香澄が言い始めるのを遮るように、突如として園児の声が唯達に投げかけられる。。
その声の先には、陸と呼ばれていた一人の園児が、泣きそうな顔で唯達を見つめていた。
唯「あれ、陸くん、どうかしたの?」
陸「ぅぅ……先生……っおしっこ~」
唯「え……? あ、時間っ!! 今何時!?」
驚いた様子で唯が時計を見る。
既に休憩の時間はとっくに終わり、園児を起こしてトイレに連れて行かなければならない時間となっていた。
陸「ふぇ~ん、もれちゃうよぉーー」
唯「ちょ、ちょっと待って……! い、いま行くから! みんなごめん! 話に夢中ですっかり忘れちゃってた!」
慌てて弁当箱を片付ける唯達、そして……。
園児「うぇ~んっ! せんせーはやくー!」
園児「えぐっ……えぐっ……せんせぇ、おトイレ、もれちゃうよぉー!」
園児「えぐっ……ぐずっ………うわぁぁぁぁぁん!!!」
先程まで寝息を立てていた園児達は気付けばいつの間にか目覚めており……。
そして、一人が泣き出せば、あとはもう止まらない。
一斉に、教室中で泣き声の大合唱が始まっていた。
唯「あ、あわわわわわ……え、えっと……!」
沙綾「唯さん、とりあえず行きましょう! 私もトイレのお手伝いしますから!」
唯「へ? あ、うん、沙綾ちゃんごめんねっ!」
りみ「あ、あの、私達は……?」
唯「ごめーん! みんなは泣いてる子をおねがいっ」
有咲「ちょっ! んな無茶苦茶なっ」
園長「ちょっと、平沢さん! 一体何事なの?」
唯「す、すみませーーーーーんっっっ!!」
教室内の騒動に他の先生達も巻き込まれながらの、慌ただしい午後が始まる。
園児の対応にあくせく目を回してる唯を見ながら、香澄達は仕事の大変さと、それに見合う楽しさを垣間見ていた――。
―――
――
―
そして、騒動は一段落つき、午後のお遊戯会も問題なく進み、気付けば、園児の帰宅の時間となり……。
園児「せんせー! さよーならー!」
唯「はーい! また来週ねー、ばいば~い!」
最後の園児を見送り、仕事にも一区切りがついた頃。
香澄「終わっちゃったねー」
りみ「うん……少し寂しい気もするけど、楽しかったね」
有咲「ああ、後半ドタバタしてたけど、結構楽しかったよなぁ」
沙綾「有咲、すっかり子供たちの人気者だったもんね」
たえ「うんうん、有咲、すっごく楽しそうだった」
有咲「……いいから行こうぜ、職員室で今日のレポート書くんだろ?」
照れくささを隠しながら、足早に向かう有咲に続き、香澄達も職員室へ向かっていた。
【職員室】
先生「園長先生、今度の保護者会の資料です」
園長「はい……ええ、こちらで確認します、どうもね」
先生「平沢さーん、今度の遠足のプリントなんですけど、用意できてますかー?」
唯「はーい、今転送しますっ!」
りみ「わわ、子供たちが帰ってからも、お仕事って続くんだね……」
香澄「なんか、こっちの方がずっと大変そうだね……」
有咲「ああ、あんまし邪魔にならないようにしとこうぜ」
沙綾「私達が幼稚園だった頃も、きっとこんな感じで先生達、頑張ってたんだろうね……」
たえ「うん、大人って……すごいんだね」
園児が帰ってからの事務仕事に追われている先生達の邪魔にならぬよう、香澄達は今日のレポートを作成していた。
園長「みなさん、今日はどうもご苦労様でした……どうでしたか? 職場体験は」
仕事が一区切り着いたのか、園長が香澄たちに声をかける。
香澄達も既にレポートの作成を終えていた所だったので、園長に向け、笑顔で返していた。
香澄「はいっ! 先生のお仕事って……大変かもって思ってましたけど、唯さ……ううん、平沢先生を見てたら、すっごく楽しそうだと思いました!」
園長「うふふっ……それは良かったわ……また、いつでも遊びにいらして下さい……」
香澄「はいっ、今日は、本当にありがとうございました!」
園長「平沢先生、平沢先生も、よろしければどうかしら?」
園長が唯に向けて声をかける。
唯もまた、仕事を一区切りつけていたようだった。
唯「はい、みんな今日はお疲れ様、ありがとう、おかげですっごく助かったよ」
香澄「そんな、私達も楽しかったです、ありがとうございました!」
一同「ありがとうございましたっ」
唯「みんな、もし良かったらまた遊びに来てね、園児たちも待ってるからさ」
一同「――はいっ」
唯の言葉に、元気に返す香澄達。
そしてレポートをまとめた香澄達は、唯から今日の証明の判子を貰い、それぞれが帰宅の準備を始める。
香澄「先生方、今日はありがとうございました! お先に失礼します!」
唯「うん、みんな、今日は本当にありがとう!」
時刻は既に陽も傾く頃合いになり、帰りの挨拶を済ませた5人は幼稚園を後にする。
――その帰り道。
【帰り道】
香澄「あ~~~!!」
突然、弾けたように香澄は大声を上げる。
有咲「わっ、香澄……いきなりでっかい声出すなよっ! びっくりしただろ?」
香澄「私、忘れ物しちゃった……! ごめんみんな、先行ってて!」
沙綾「香澄? うん、気をつけてねー!」
りみ「香澄ちゃん……忘れ物って一体……なんだろう……?」
香澄は慌てて幼稚園に駆けていく。
そして程なく、幼稚園の門が見えた時、偶然にも門前でホウキを手に掃き掃除をしていた唯と鉢合わせする。
息を切らせ、唯の元に駆け寄っていく香澄に、唯は声をかけていた。
香澄「はぁ……はぁ……ゆ、唯さーーんっ!」
唯「か、香澄ちゃん? どうかしたの? ……あ、何か忘れ物?」
香澄「はい……はぁっ……ゆ、唯さん……お昼の時、私達がどんな演奏してるかって……聞いてくれましたよね……?」
息も絶え絶えに、香澄は言葉を続ける。
唯「えっ? ああ、うん……実は興味あったんだ」
香澄「あの、もし良かったら……来週、ここに来てくれませんか?」
唯「……これは?」
香澄から1枚の紙を手渡され、唯はその文面をまじまじと見つめる。
香澄から手渡されたそれは、来週に開かれるライブのフライヤー……ガールズバンドパーティーの告知フライヤーだった。
唯「……ガールズバンド……パーティー?」
香澄「はい、今度……花咲川のライブハウスで大きなライブがあるんです……それで、そのライブ、私達も、ポピパも参加するんですっ」
香澄「なので……もし、もし良かったら……ぜひ、唯さんも……来て下さい、私達の歌、聴きに来て下さいっ」
唯「……いい、の? 私なんかが行っても……」
香澄「はいっ! ぜひ唯さんに、私達の歌……聴いてもらいたいんですっ」
唯「……そっか……うん、ありがとう」
唯「日程は……うん、この日はお仕事もお休みだから、行ってみるよ……ありがとう、香澄ちゃんっ」
香澄「唯さん……あ、ありがとうございますっ!」
唯「このために精一杯走ってきてくれたんだね……香澄ちゃん、本当にありがとう……」
香澄「こちらこそ、フライヤー……受け取ってくれて、ありがとうございます」
そして、唯と香澄は硬い握手を交わし、来週の再会を誓い合うのだった。
唯「香澄ちゃん……ライブ、がんばってねっ♪」
香澄「はいっ! 唯さんもお仕事、頑張ってくださいっ! 失礼しました!」
唯「うん、またねー!」
再び駆け出す香澄の背を、唯は満面の笑顔で見送る。
何事にも全力で向き合う少女を後姿を、唯は静かに見つめていた――。
―――
――
―
唯「すみません、お先に失礼しまーす」
園長「はい、平沢先生、今日はご苦労様でした」
唯「はい、園長先生、今日はあの子達の担当、任せていただいてありがとうございました!」
園長「あの子達、平沢先生に担当になって貰えてとても喜んでいたわ……園児達もみんな平沢さんの事を慕っているし、これからもよろしくお願いしますね」
唯「はいっ! それでは、失礼します!」
そして職員室を抜け、差し掛かる夕日を背に、唯は駆け出す。
その途中、スマートフォンからメッセージアプリを立ち上げ、メッセージを送る。
相手は、かつて青春時代を共に歩んだ一人の後輩……。
彼女に一通のメッセージを送った直後、すぐさま返信が届く。
――『私も、今から向かいますよ……楽しみですね、同窓会』
唯「うん、私も楽しみ……早くみんなに会いたいな……」
画面を優しく見つめ、唯は駆け出す。
その足取りは更に軽く、唯は向かう。
放課後の集う時は、刻一刻と近付いていた――。
――こうして、5つの放課後は、それぞれが異なる輝きを持つ少女達との、運命的な出会いを果たしていた。
この出会いが後に、放課後の復活……そして再来へと繋がる奇跡になっていたという事を、この時の彼女達はまだ、知らない――。
#3.放課後の再会
――最初は、離れ離れになったみんなと再会できる、それだけだと思っていた。
でも、それはほんの小さなきっかけに過ぎず、そのきっかけがあったからこそ、あの奇跡は生まれたんじゃないのかな。
今でも思う、これは本当に偶然なのかって。
私があの日、あの時、高校でみんなに出会えたのは偶然じゃなく、もしかしたら、運命だったんじゃないかって。
年甲斐もなく、そんな事を思ってしまう。
それ程に、そのきっかけが生んだ奇跡は、私にとっても、皆にとっても、衝撃的だったんだ――。
―――
――
―
そこは、桜が丘からすぐ近くにあるホテルのホール。
宴会用に設けられたそのホールの入り口には【桜が丘女子高等学校 同窓会会場】という案内板が立てかけられ、その看板のすぐ側には、凛々しくスーツを着込んだ一人の女性が立っていた。
彼女こそが今日の同窓会の企画であり、また幹事でもある、桜が丘高校の元生徒会長、真鍋和であった――。
【同窓会 会場ホール入口】
和「もうすぐ時間ね……みんな、大丈夫かしら?」
声「よー、和、久しぶりー!」
和の姿を見かけるなり、元気な声がホール内に聞こえてくる。
和「あ……来たわね……律、こっちよ!」
最初に会場に到着したのは、律だった。
仕事を終えたばかりということもあり、その顔からはやや疲れの色が伺えるが、それでも今日を楽しみにしていたのだろう、その顔には笑みが溢れていた。
律「せっかくの同窓会だし、早めに仕事切り上げてきたんだけど……間に合ってよかったぁ」
和「ふふっ、澪から聞いてるわよ、凄いじゃない、有名アイドルのマネージャーだなんて」
律「いやー、まぁ、実際すげーのはあの子達であって私じゃないよ……ってか、他のみんなはまだなの?」
和「えっと、みんなもそろそろ来ると思うけど……」
声「のどかー! ひさしぶり!」
声「和先輩! お久しぶりです! お元気でしたか?」
次いで聞こえる声が2つ……律と和が見る先には、澪と梓の姿が見えていた。
駆け寄ってくる2人に向かい、大きく手を降りながら律が声を返す。
律「よーっ、澪~!」
澪「ああ、律、もう来てたんだ」
律「まぁねー、澪とは一ヶ月ぶりぐらいか?」
澪「そうだな、前に一緒に飲んだ時以来だな」
律「んで……こっちのロングの髪は……えっと、誰だっけ?」
梓を見つつ、にやりとした顔で律は問いかける。
梓「それ……本気で言ってますか?」
律「いやー、似た声の後輩なら心当たりあるんだけどなぁー」
梓「梓ですよ! あーずーさ! これでもまだ思い出しませんかっ?」
言いながら梓は己の髪を両手で握り、即席のツインテールを作りながら叫んでいた。
律「おーおー! そのツインテール、覚えてる覚えてる! あははっ! なっつかしいなー!」
澪「律、そのぐらいにしときなって」
律「へへっ、悪い悪い」
梓「まったく、律先輩も全然変わってませんよね」
澪「でも、これでも有名アイドルのマネージャーやってるんだから、ほんと、信じられないよな」
梓「え……? 律先輩、アイドルのマネージャーなんてやってるんですか?」
律「『なんて』とはなんだ中野~、こう見えてもあたしゃ今をときめく天下のPastel*Palettesのマネージャーだぞ?」
梓「ええええ??? Pastel*Palettesって……あのパスパレの??」
律「これが証拠だ! へへん、どーだ、まいったか」
律は大きく胸を張りながら自分のスマートフォンの画面を差し出す。
そこには、ライブの打ち上げでパスパレのメンバーと共に撮った律の写真が映されていた。
梓「こ、これ、本物ですか……? し、信じられないです……」
和「まさか律がアイドルのマネージャーをやるだなんて、高校の頃は想像もできなかったわね」
澪「ああ、私も最初聞いた時はびっくりしたよ」
和「澪はどう? 生活は順調かしら?」
澪「そうだなぁ、忙しいけど、毎日充実してるよ」
和「そう、それなら良かったわ」
澪「うん、和は?」
和「私も、少し前までは忙しかったけど、最近になってようやく落ち着いてきたって感じかな」
澪「そっか……和も梓も、元気そうで何よりだよ」
昔のままじゃれ合う律と梓を見つつ、久々の再会を喜び合う和と澪だった。
――そして、会場には続々とかつての仲間が集い始めていく。
声「みんな久しぶりー! 元気にしてたかしら?」
声「梓せんぱーい! 皆さん、お久しぶりでーす!」
律「おーー! ムギだ! おーい!」
梓「ムギ先輩っ! それに菫も、久しぶりーっ!」
澪と梓に続き、紬が菫を伴い、会場に合流する。
澪「ムギー! 久しぶり、会いたかったよ」
紬「澪ちゃん、りっちゃん……懐かしいわ……元気にしてた?」
律「まーな、見ての通り、元気でやってるよ」
和「ムギ、ありがとう、忙しいところを来てくれて本当に嬉しいわよ」
紬「ううん、私も、もうずっと前から楽しみにしてたんだもの……こうしてみんなにまた会うことができて、本当に良かったわ」
梓「菫も元気そうだね」
菫「はいっ、梓先輩、その説はどうも……」
紬「梓ちゃん、あの時は来てくれて本当にありがとうね」
梓「いえ、ムギ先輩、菫……私の方こそご招待していただき、ありがとうございました」
律「ん? 梓、ムギ達と何かあったの?」
梓「ええ、実は、今年の初めに琴吹家主催のジャズライブに出演しまして……」
律「琴吹家主催のジャズライブか……なんかもう、聞いただけですげえライブって感じがするな……」
梓「もう緊張どころじゃなかったですよ……海外でも有名な超一流のジャズ演奏者の中に混ざれるだなんて思っても見ませんでしたし……」
紬「あの時の梓ちゃん、凄く格好良かったわぁ♪」
菫「ええ、梓先輩、一際輝いてたと思いますよ」
梓「みんなやめて下さいよ~……恥ずかしいなぁ」
紬と菫の賛美に頭を掻きながら照れる梓。
それからも、相次いで見知った顔が会場に集って行くのを、嬉々とした表情で和達は見つめていた……。
声「梓ちゃん! 澪さんに律さん、紬さん! スミーレちゃん! 皆さんお久しぶりです!」
声「やっほー、梓、先輩方、お久しぶりでーすっ」
声「先輩方、菫も、お久しぶりです」
梓「わぁ……憂! 純に直も! 久しぶりー、みんな元気だった?」
純「うんうん、へへっ、どうにか元気でやってるよー」
直「梓先輩、お久しぶりです」
憂「梓ちゃん、活躍聞いてるよ、本当にプロになったんだね」
梓「あははっ、うん、お陰様でね。憂も元気そうで良かったよ」
菫「直ちゃんも久しぶりだね、元気にしてた?」
直「菫……うん、菫も元気そうだね」
梓「えへへ……わかばガールズ、これで全員集合だね」
憂「うん、スミーレちゃんも直ちゃんも、みんな元気そうで良かったぁ」
純「私もだよ、梓と憂にも全然会えなかったから……凄く嬉しいよ」
梓「うん、私もだよ……」
互いに微笑みつつ、数年ぶりの再会を喜び合う5人だった。
和「憂、ご無沙汰ね、今日は来てくれてありがとう」
憂「和ちゃんも久しぶりー、私の方こそ、今日は招待してくれてありがとうっ」
澪「ふふっ……みんな変わってなさそうだなぁ」
紬「ええ、本当に……みんな、元気そうね……」
律「ああ、エリにいちごに姫子達も来てたみたいだし、あとは…………あいつか」
和「そうね……ねえ憂、唯は?」
憂「うん、今確認するね」
和の声に合わせ、携帯を手にする憂だったが、それを遮るように梓がスマートフォンの画面を見ながら答える。
梓「あ、それなんですけど今唯先輩から連絡来ました、もう間もなく到着するそうですよ」
和「そう、なら良かったわ」
澪「それにしても、梓や憂ちゃんはともかく、まさか菫ちゃんに直ちゃん達まで来てくれるとは思わなかったな」
律「ああ……っかし、改めて見るとすげえ顔ぶれだな……同窓会って聞いてたから、てっきり私達の学年だけでやるもんだと思ってたけど」
和「それは……さわ子先生の希望でね……学年毎に何度も分けてやるぐらいなら、一度に纏めてやって欲しいって事でね」
和「そもそも、同窓会って、何も同じ学年だけで開かなきゃいけないってわけでも無いからね」
律「へー、そうなんだ……そういう所もさわちゃんらしいな、あははっ」
澪「そういえば、さわ子先生は?」
和「先にホールで待ってるって」
紬「それじゃあ、あとは唯ちゃんが来るのを待つだけね」
などと言った会話が広げられることしばらく……。
声「――ごめーーん! みんな、お待たせーーーっっ!!!」
和「この声は……」
着実に揃いつつある懐かしの顔ぶれで賑わう会場内に、一際明るい声が響き渡る。
声のする方に皆が振り向くと、そこには、息も絶え絶えに会場へと駆けつける唯の姿が見えた。
律「へへっ、やっと来たな……」
澪「おーい唯! こっちこっち!」
紬「唯ちゃん、お元気そうね」
梓「唯先輩、お久しぶりです!」
唯「みんなごめんね、来る途中で園児のお母さんとばったり会っちゃってさ……」
和「そっか、唯、今幼稚園の先生をやってるのよね」
唯「うん、私も急いでたんだけど、でも無視するわけにも行かなくって……それで少しお話してたんだ、本当にごめんねぇ」
和「ううん、そんなに遅れたわけじゃないんだから、そこまで謝らなくてもいいわよ」
申し訳無さそうな顔で謝る唯を優しくフォローする和だった。
そんな唯を囲む様にして、次々と旧友達から声が投げかけられる。
律「へへ、これで放課後ティータイムも全員集合だな」
澪「ああ、唯、相変わらず元気そうだな」
紬「唯ちゃん、お久しぶりっ」
唯「うんっ! ありがと。へへ、りっちゃんも、澪ちゃんも、ムギちゃんも元気そうだね」
梓「……唯先輩、どうもお久しぶりです」
唯「あずにゃ……ううん、梓ちゃんも久しぶりだね」
梓「……いいですよ、そんなにかしこまらなくても、また昔みたいにあだ名で呼んで下さい」
唯「……うん、ありがと……あずにゃん……へへっ」
梓「ふふっ……少し恥ずかしいですけど……でも、凄く懐かしいです……」
懐かしい呼び名に多少恥じらいつつ、それでも照れ笑いを隠さずにいる唯と梓だった。
紬「ふふっ、やっぱり、いつ見てもいいわねぇ~」
菫「お姉ちゃん、見すぎです」
律「変わってないな……ムギのやつ」
澪「みたいだな……」
和「さてと……全員集まったわね、じゃあみんな、ホールに入って、それぞれ名札のあるテーブルに着いてくれるかしら」
出欠表を見つつ、今日招待した全員が集まったことを確認した和が声を上げる。
そして、数多の元生徒達は移動を開始する。
その中に――。
女性A「あはははっ、ちょっとやだ、みんな変わってなさすぎでしょ!」
女性B「そういうあんただって、昔のまんまだよね」
女性C「ふふっ、そうだ、まりなちゃんは今何してるの?」
まりな「私? うん、今は花咲川のライブハウスで働いてるんだー」
女性A「あー、私知ってる! 花咲川って、最近ガールズバンドで盛り上がってるよね?」
まりな「うん! 実は来週大きなライブやるんだ、もし良かったら遊びに来てよ」
女性A「うんうん! 絶対行くよ~」
まりな「ふふっ、ありがとうね」
まりな(あははっ、みんな懐かしい……今日は来てよかったなぁ)
――唯達と同じように、かつての仲間との再会を喜び合う月島まりなの姿もあった。
―――
――
―
【同窓会 会場】
会場ホールに入るや否や、全員の目が一つのテーブルに釘付けになる。
彼女達の目線の先には茶髪に染められた髪を腰まで降ろした女性が一人、テーブルに着いて暇を持て余していた。
彼女の名は山中さわ子、唯や梓達の所属していた部の顧問であり、唯達の学年の担任教師でもあった。
さわ子「やっと来たわね……ふふっ、みんな、待ってたわよ~♪」
唯「さわちゃんっ! 久しぶりーーー!」
澪「さわ子先生、随分ご機嫌みたいだな」
紬「あははは……そうね……なんだか顔も赤くなってるみたい」
律「さわちゃんのやつ、まさか……」
梓「ええ、どうやら先に一人で始めてたみたいですね」
純「あははは……先生らしい」
さわ子「も~、待ちくたびれたから先に飲んじゃったじゃないのよ~」
律「あんたはアル中か! みんなが来るまで我慢してろっての!」
さわ子「いいじゃない、カタいこと言いっこなしよ~♪」
彼女自身もこの日を待ち切れなかったのだろう。最年長の威厳は何処へやら、なんとも締まりのない顔で笑い続けている。
そして、各々が着席を済ませ、和の司会の元、同窓会が開かれようとしていた。
―――
――
―
和「では最後に……皆さん、今日はくれぐれも飲みすぎないように気をつけて、楽しい同窓会にしましょう。……先生、乾杯の音頭をお願いします」
ステージにいる和の手からさわ子にマイクが手渡され、僅かに顔を赤くした担任により、宴の幕が開かれる。
さわ子「はーい、えー……皆さん、今日はよく集まってくれたわね、私も久々にみんなの顔が見れて凄く嬉しいわ」
さわ子「……とまぁ、長ったらしい挨拶はこの辺にして、今日はたっくさん飲んで、大いに盛り上がっちゃいましょう!! じゃあみんなグラスを持って――――乾杯っっ!!」
――カンパーイ!!
会場中の人々がその手に持ったグラスを交わし、乾杯をする。
注がれる酒を美味そうに呷る者や、並べられた高級料理に舌鼓を打つ者、早くも再会の記念撮影をするグループがいたりと、同窓会特有の賑わいが会場中に立ち込める。
旧友との再会に歓喜する者がいる一方で、中には感極まって泣き出してしまう者もいた。
こうして、かつて少女だった彼女達の、およそ10年ぶりの再会を祝う宴が開かれたのだった――。
律「んっ……んっっ……くはぁぁぁ…………一仕事終わった後の一杯……うんめぇ~~っ!! よし、おっちゃんもう一杯!」
澪「ここは居酒屋か……ったく、律、あまり飲みすぎるなよ?」
紬「うふふっ……私、またこうしてみんなで集まってお酒を飲むの、夢だったの♪」
律「あははっ、ムギのそのフレーズも久々に聞いたなぁー」
唯「ん~、お酒もごはんもおいしい~……ほんと、来て良かったぁ~」
和「ふふっ、そう言ってもらえると、私も企画した甲斐があったわ、みんな、来てくれて本当にありがとうね」
梓「はいっ、こちらこそ、和先輩、今日はありがとうございますっ♪」
さわ子「みんな変わってなさそうで安心したわぁ、せっかくだし、後で記念に写真でも撮りましょうか」
憂「はい、そう思って、私カメラ持ってきたんですよ♪」
純「憂、梓、あとでスミーレと直も一緒に撮ろうよ、わかばガールズ再集結って事でさ」
梓「うんっ」
――会場にいる誰もが昔を懐かしみつつ、再会を喜び合っていた。
凛々しいスーツ姿に化粧を施した彼女達のその外見は、立派な女性と呼ぶに相応しい、大人の様相を呈していたが……。
その内面は10年前と変わらない、学生服を身に纏っていた頃の少女と何一つ変わっていなかった。
唯「えへへっ、あのねー。私、今日は卒アル持ってきたんだぁ~♪」
大きめの紙袋の中から卒業アルバムを取り出し、テーブルの上に広げる唯。
その光景に、次第に周囲から人が集まりだしていく。
律「うはっ! なっつかしー! なあみんな、見てみようぜ!」
紬「わぁぁぁ……みんな若いわねぇ」
澪「10年前の写真……今見るとその……は……恥ずかしいな……」
律「ぷっ! 唯、この髪型……っっ!」
唯「あはははっ、そういえばこの時、前髪切りすぎちゃって変な感じになっちゃってたんだよねー」
梓「憂も純も……みんな若いね……って……唯先輩、なんですかこの写真!」
唯「えへへへ、ネコ耳姿のあずにゃんの写真、記念に貼っておいたんだ~♪」
梓「は、恥ずかしいから取って下さい!!」
憂「うふふ……お姉ちゃん、全然変わってないね」
和「幼稚園の先生って、歳を取らないのかしらね……」
純「やだなぁ、私もこの頃は全然イケてたのに、もうすっかりオバサンになっちゃってさ」
さわ子「あーら? それは私に対するあてつけかしら……?」
純「べ、べべべ別にそんな意味で言ったんじゃ……!」
さわ子「問答無用~~! 純ちゃん! 罰としてこのジョッキを飲み干しなさ~い!」
純「先生ぇー! それ、アルハラですよぉー!」
菫「あ~あ、私達も、1年早く生まれていたらなぁ、そしたらお姉ちゃんや先輩達と同じ高校生活送れたのなぁ」
直「ふふ、でもこればっかりは仕方ないよ」
直「確かに、唯先輩や紬先輩達と一緒の高校生活もきっと楽しかったと思うけど……でも、梓先輩達と過ごした生活の方が、私は楽しかったと思うよ」
菫「……うん、それもそっか……ごめん、そうだよね」
律「しっかし、澪も昔と大して変わってないよな、まぁ澪の場合、元々大人っぽい雰囲気があったってのもあるんだろうけどさ」
澪「そういう律だって、落ち着きのないところは10年前どころか、子供の頃と本っ当に変わってないよな……むしろ加速してるんじゃないか?」
律「おーおー言ってくれるじゃん。澪だって昔に比べりゃ随分オトナの色気出しちゃってさ~……さては彼氏でも出来たか?」
澪「……っ、そ、そういうところを言ってるんだっ!」
紬「……いいわねぇ」
菫「ですからお姉ちゃん、見すぎですって」
――皆が皆、卒業アルバムを開いては高校時代の思い出話に花を咲かせていた。
それらの他にも彼女達の話題は尽きる事はなく、現在の近況報告に仕事の話……既に何人かは済ませている結婚生活のことなど多岐に及び、少女へと戻りつつある彼女達の話は、更に膨らんでいくのであった。
純「スミーレに直も昔と変わらず元気そうだね、今は何してるの?」
菫「はい、私、現在は紬お嬢様の使用人と、秘書をやってます」
直「私は……今フリーで作曲の仕事を……最近になって、ようやく仕事の依頼も来るようになって来たんですよ」
純「へ~、みんな凄いなぁ……私なんて小さな会社の営業だよ……」
そうした純の話を皮切りに、話題はそれぞれの仕事の話へと移っていく。
それぞれが今どんな仕事に就いているのかを知り、ある者は驚愕し、またある者は他業種の話を興味津々に聞いていた。
さわ子「……えっと、澪ちゃんがファンシー雑貨の制作、りっちゃんがアイドルのマネージャー、ムギちゃんは一流企業の役員に……唯ちゃんは幼稚園の先生、梓ちゃんはプロのジャズメンか、ほんと、10年前じゃ信じられない話よねぇ」
律「まー、10年前は10年後のことなんて想像もできなかったもんなぁ」
唯「あ、そうだりっちゃん……実はりっちゃんに折り入ってお願いがあるんだけど……」
もじもじとした素振りで唯が律に問いかける。
唯のその仕草に僅かながら違和感を感じつつも、律は言葉を返していた。
律「ん? 唯、改まってどーしたん?」
唯「あの、今度パスパレの丸山彩ちゃんのサインってもらえないかなぁ、私、ずっと前から彩ちゃんのファンなんだー」
律「ほ~、唯は彩ちゃん推しか~」
唯「うんっ! 研修生の頃から応援してるんだ、すっごくがんばり屋さんだよね」
律「……ありがとな、唯にそう言ってもらえて、あの子もきっと喜ぶと思うよ」
身近な所に自身の監督するアイドルのファンがいると知り、嬉しさが込み上げる律。
だが……。
律「でもだーめ、サインが欲しかったらちゃんとCD買ってサイン会に来てくれなきゃな、いくら友達だからって贔屓はしないぞー」
ばっさりと、律は唯の願いを断った。
唯「ちぇー、やっぱりダメかぁ」
律「そこはちゃんと公平にしなきゃな」
プロを監督する者として、先輩として。決して彼女達の安売りだけはしない。
それが律のマネージャーとしての矜持だった。
さわ子「ふふっ、唯ちゃん、残念だったわね~」
唯「う~……あそうだ、ねえさわちゃん」
さわ子「ん?」
唯「さわちゃんは、今も先生やってるの?」
さわ子「ええ、変わらずね……っても、最近はあなた達ほど手のかかる生徒も減っちゃったけどね」
グラスの中身を飲み干しつつ、何処か寂しそうな眼でさわ子は答える。
律「え~、あたしらってそんな手のかかる生徒だったっけ?」
さわ子「そりゃーもう、凄くかかったわよ~、りっちゃんと唯ちゃんは特にね」
唯「あはははっ、そういえば、私よくりっちゃんと二人で職員室でお説教されてたもんね」
律「そういえばそんな事もあったっけな……あー、懐かしいなぁ」
過去を振り返りながら、グラスに注がれる琥珀色の液体を飲み干す律。
その声に反応し、その場の各々が過去を振り返っていた。
紬「ええ……本当に……懐かしいわ……」
律「ああ、毎日飽きもせず、律儀に学校行って……勉強して、みんなで喋って……」
澪「そして放課後は決まって部室に集まって部活して……」
梓「でも結局、練習やらない日のほうが多かったですよね……」
唯「えへへ、ムギちゃんの淹れてくれるお茶とお菓子、美味かったよね~」
梓「はいっ……でもまさか、唯先輩達が卒業してからもそれが続くとは思わなかったけどね」
純「うんうん、スミーレのお茶と憂のお菓子、本当に美味しかったよね」
菫「結局、私達が卒業するまでティーセットは部室に残ったままでしたね」
憂「放課後にみんなでお茶した後に練習するの、私、一番の楽しみだったんだぁ」
直「……ええ、どれも良い思い出です」
いつしか話題は高校時代の話で持ちきりになり……その場にいる全員が、ある一つの想いを胸中に抱き始めていた。
律(……あ~あ、昔の話してたら思い出しちまったよ、この感じ)
澪(もし、出来ることなら……)
紬(またもう一度……)
唯(……みんなで演奏)
梓(できたら……な)
――あの頃に戻って、このメンバーで演奏がしたい。
それはその場の9人が共通して抱く、淡い希望だった。
言うのは簡単だが、実際問題、日々の生活に追われる中でその時間を作り出すのがどれほど大変か……その現実の無情さが、彼女達の希望に影を宿す。
大人になってしまい、時間を自由には使えなくなってしまったからこそ分かる、“時間”というものの儚さ。
若かりし頃、湯水の如く消費した時間の有り難みを、今この時になって彼女達は実感していたのだった――。
さわ子「ふふふ、みんな、今になってやっと時間の有難みに気付いたってところかしらね」
そんな彼女達の憂鬱を察してか、優しい顔でさわ子は声を投げかける。
律「まぁ、こればっかは後悔してもしょうがないって思うけど……なぁ」
唯「うん、大人になった時、こんな気持ちになるって知ってたら、もっとみんなと色んな事、したかったって思っちゃうよね」
さわ子「それが大人になるってことよ……実際私も、今のあなた達ぐらいの歳の頃、あなた達と同じ気持ちだったからね」
律「さわちゃん……」
さわ子「……でも、人生ってほんと、何があるか分からないからね~」
片手で別のグラスを呷りつつ、さわ子は続ける。
さわ子「みんな覚えてる? 私のお友達の結婚式の打ち上げのこと」
梓「そういえば、ありましたね……」
澪「ああ、あったあった」
律「みんなでやたらとトゲトゲしたメイクして……今思えば、ホント似合ってなかったよなぁ~」
さわ子「あの時唯ちゃん達、紀美にそそのかされて、慣れない衣装着て、慣れない曲でライブやったでしょ」
唯「うん、確か……それを見かねた先生がステージに上がって……私達の先輩の、デスデビルのライブが始まったんだよね」
紬「私達、あの時、初めて先生の生歌を聴いたんですよね」
澪「あの時のさわ子先生、少し怖かったけど、でも……とても格好良かったです」
皆の中にかつての記憶が蘇る。
それは、高校3年生の夏の日のこと。
さわ子の旧友に誘われ、サプライズとして出演した結婚式の打ち上げライブ。
そこで行われた唯達の演奏の拙さにさわ子……否、キャサリンは再びマイクを握り……。
――『今、ホンモノってのを見せてやる!!!』
キャサリンの咆哮を皮切りに、彼女がかつて所属していたヘヴィメタバンド、“DEATH DEVIL”によるライブは盛大な盛り上がりを見せた。
DEATH DEVILのライブの影響は、当時の唯達にも確かな影響を与え……それは彼女達の中に『いつかは自分達も大人になる』という意識を強く芽生えさせたのだった――。
さわ子「あの時はまさか、昔のメンバーと歌うことになるなんて思いもしなかったわ……ほんと、人生、何がきっかけになるか分からないものよね」
紬「さわ子先生……」
さわ子「ふふふっ、だからまぁ……無理だなんて思わなくても良いんじゃないの? きっかけなんて、案外すぐ近くにあると思うし……ね」
紬「はい……きっとそうだと……思います」
優しく諭すさわ子の声にそれぞれが頷いていた。
さわ子「さ、堅苦しい話はこのぐらいにして、今日はまだまだ飲むわよ~~♪ 唯ちゃん、りっちゃん! ほら澪ちゃんも、お酒が進んでないんじゃない?」
唯「え~~、それ、アルハラですよぉ先生~」
さわ子「甘えたこと言わないの~」
律「へへっ……おうよ! 厳しい芸能界の縦社会で鍛えた肝臓、見せてやんぜっ」
澪「ぅぅ……わ、私、頭痛くなってきた……」
梓「ふふっ、先生、本当に楽しそうですね……」
紬「ええ……さわ子先生も、私達とこうしてお酒を飲み合うの、凄く楽しみにしてくれてたのよね……」
真面目な顔から一変し、飲みの空気に気持ちを切り替える先輩。
そんな先輩の意を汲むように、顔をしかめつつも相次いで酒を呷る後輩達だった。
また、昔のように皆で演奏が出来る日が来るかも知れない。
それがいつになるのかは分からないが、そう遠くないといいなと。
そんな想いが、彼女達の心に宿る。
……そして、その想いは、意外な形で実現することを、この時の彼女達はまだ、知る由もなかった――。
―――
――
―
宴の開始から既に長い時間が経過し、残り時間も短くなってきた頃だった。
既にホール内には二次会に向け、次の飲み場の手配をする者や、明日も予定があると、早めに会場を後にする者が現れたりと、若干の慌ただしさが見えて来た時。
唯達の姿を見かけ、“彼女”は声をかけていた。
まりな「やっほー、お久しぶり、みんな元気にしてた?」
様々な話で花を咲かせる唯達の元に突如、声が投げかけられる。
声の主……月島まりなの姿を見て、唯達は懐かしさのあまり、歓喜の声を上げていた。
唯「わぁ~、まりなちゃん! まりなちゃんも来てたんだねっ」
澪「どうも月島さん、久しぶり」
梓「えっと、すみません、こちらの方は……?」
紬「月島まりなちゃん、私達の隣のクラスで、よく移動教室とかで一緒だったのよ」
梓「あぁ、先輩たちの同級生の方なんですね」
まりな「みんな懐かしいねー、お変わりなさそうで良かったよ」
澪「うんっ、月島さんも変わりなさそうだね」
まりな「えへへ、まぁね~」
律「よー、まりな、久しぶり~」
まりな「やぁ、りっちゃんも、先月ぶりだねぇ」
律「ああ、まりなんとこ、いつもあの子達が世話になってるな、本当にありがと」
まりな「ううん、とんでもない、パスパレのみんなにはいつも助けてもらってるよ、こちらこそありがとうね」
唯「……え、まりなちゃん、パスパレのみんなと知り合いなの?」
澪「っていうか、先月ぶりって、律、月島さんとよく会ってるんだ?」
律「あ~、いや、あの子達のホーム、まりなんトコの、花咲川のライブハウスなんだよ」
意外と言った表情でまりなを見る唯達だった。
それもその筈、まりなが務めるライブハウス、CiRCLEには、今や花咲川や羽丘を中心に多くのガールズバンドが集ってライブを行っている。
それは律の監督しているPastel*Palettesも例外ではなく、アイドル活動も含め、バンドとしてのパスパレのライブもCiRCLEでは頻繁に行われていた。
その伝手もあった事で律も何度かCiRCLEに顔を出し、まりなとは仕事の上でも交流を深めていたのだ。
律「いやぁ、最初CiRCLEに行った時はびっくりしたよ、まさかまりなが仕事してるとは思わなくってさ」
まりな「うんうん、私もだよ。りっちゃんがパスパレのマネージャーさんだって聞いた時はびっくりしちゃってさ」
律「ほんと、世間って狭いもんだよなぁ」
まりな「あははは、うん、そうだねぇ~」
互いに思うところは同じなのか、不思議な縁に笑い合う律とまりなだった。
唯「知らなかったなぁ……パスパレのみんな、花咲川でライブやってたんだね」
唯「……ん? あれ、でも花咲川って……」
澪「花咲川か……私も今日仕事で行ってたんだ、道に迷って困ってた私を、助けてくれた女の子達がいて……」
澪「そういえば……その子達、バンドやってるって言ってたっけ」
唯「私も、今日、花咲川の高校の子たちが職場見学に来てくれてさ」
唯「その子達も、バンドやってるんだって言ってたよ」
紬(そういえば……こころちゃん、花咲川の高校に通ってるのよね)
梓(湊さん、確かお住まいは花咲川の近くだって言ってたっけ……)
それぞれが今日あったことを振り返る。
それと同時に皆、この宴の前に偶然巡り合えた、眩いばかりの輝きを持つ少女達のことを思い出していた――。
律「まりなも高校の頃、バンドやってたんだよな」
梓「え、そうだったんですか?」
まりな「うん、1年生の頃に一度、軽音部に見学に行ったこともあったんだけどね」
澪「月島さんが入ってくれたら、きっと軽音部ももっと盛り上がったんだけどなぁ……結局、入部が叶わなかったのは残念だったよ」
まりな「まぁ……ほら、あの頃はりっちゃん達4人、凄く息ぴったりでバンドやってたからさ」
純「そういえば、先輩達の中に入れる自信がないって理由で入部を断ってた子、何人かいたっけ……」
憂「あ、私も聞いたことあるよ、その話」
まりな「うん、それに丁度その頃、私も外バンでバンド組むようになったからね」
まりな「きっと、軽音部に入ってみんなとバンドやるのも楽しかったと思うけど……でも私は、外バンでバンド組めたのも良かったって思うんだ」
唯「まりなちゃん……」
まりな「その時の経験がきっかけで、今のお仕事にする事もできた訳だしさ」
まりな「優秀なスタッフにも囲まれてお仕事ができて、私、今すごく幸せだよ♪」
はにかみつつ、真っ直ぐな瞳で言い切るまりなだった。
澪「月島さん……」
律「ははは、さわちゃんの言う通り、人生何がきっかけになるか分からないもんだなぁ」
まりな「ウチでライブをやってくれるみんなのおかげで、花咲川も今すごく盛り上がっててね……」
昔組んでいたバンドのことを振り返りつつ、まりなは今を見つめ直す。
――その時。
まりな(……あれ、そういえば)
皆と楽しく談笑をするまりなの頭の片隅に、今日あったことが思い起こされる。
来週開かれる大型ライブ、『ガールズバンドパーティー』の事や、怪我で出場を辞退せざるを得なくなったスペシャルゲストの事と……。
――ガールズバンドパーティーに参加できる、スペシャルゲストに見合うバンド探しの事……。
Poppin'PartyやRoselia達と同等……いや、彼女達以上の実力を持ち、高校時代、既に幾つものライブを成功させてきたガールズバンド。
それはまさに、眼前にいるこの5人がそうだった。
まりな(もしかして……ううん、きっと、りっちゃん達以上に条件に当てはめられるバンドなんて、いないよね……)
まりな「あのさ、放課後ティータイムのみんなに、その……」
一同「ん?」
突然、こんなことを言い出して迷惑じゃないだろうか、そんな心配がまりなの頭を過る……が、藁にもすがらなければならないこの状況だ。四の五のなんて言っていられる余裕なんて無い。
刹那の間の後、意を決し……真顔でまりなは5人に話しかける。
まりな「―――折り入って、お願いしたいことがあるんだけど……、聞いてくれないかな」
まりなの言葉をきっかけに、運命は大きく動き出す。
それはまさに、放課後の復活……その兆しとも呼べる内容だった―――。
#4.放課後の復活
――みんなが私達に期待をして、私達の復活を祝福してくれていた。
確かに、照れくささはあったけど、不思議と悪い気は全然しなかった。
多くの人が、私達の歌を楽しみにしてくれる事が誇らしかった。
もう一度、みんなと音楽を奏でられるという事が、凄く嬉しかった。
10年前、卒業してからもう二度と過ごすことは出来ないと思っていた、私達の放課後。
もう一度、その放課後を過ごすことができる……それが、私達が今ここに集まっている理由だった――。
【翌日 桜が丘ライブスタジオ】
街に夜の帳が落ちようとしていた頃、桜が丘のライブスタジオ内に、彼女達の姿はあった。
唯「おいっす、みんな、昨日ぶりだね」
愛用のレスポールを携え、唯がスタジオの扉を開ける。
中には、既に楽器の調律を終え、唯を待つ律達4人の姿も見られていた。
紬「ええ、唯ちゃん、こんばんわ」
律「よー唯、やっと来たかぁ」
唯「えへへ、まさか、またみんなで演奏できるなんてね~」
紬「うんっ、私、昨日から凄く楽しみだったわ♪」
和やかに話す唯と律、紬の3人だった。
和気藹々とした彼女達に対し、澪と梓は急かすように声を投げかける。
澪「みんな、ライブまで時間がないんだ、唯も来たことだし……」
梓「ええ、そうですね。早速ですけど、練習……」
律「ああ、お茶だな、ムギっ! お茶の準備だ!」
紬「は~い、ちょっと待っててね~♪」
唯「ムギちゃん、私も手伝うねっ♪」
『練習しましょう』と言いかけた梓の言葉を遮り、律は紬にお茶の用意を提案する。
その言葉に合わせ、揚々とティーセットの準備をする3人に向け、澪と梓は呆れと怒りの声を上げていた。
澪「って!! おい律!!」
梓「皆さん、ライブまで時間がないって分かってますよね? もう今週なんですよ??」
律「言われなくてもわーかってるよ、でもさ、これが私達のいつもだったろ?」
唯「昔はいつもこうしてお茶飲んで……それから練習してたもんね~」
紬「ふふっ、うん、これでこそ放課後ティータイム……よね」
澪「ったく……3人とも……事の重大さが分かってるのか……」
梓「仕方ありませんね……唯先輩達、ああなったら止まりそうにないですし……ここは気持ちを切り替えるために、私達も一度お茶にした方が良いかも知れません……」
澪「ああもう……ただし、15分だけだからな! スタジオの時間もあるんだし、一息入れたらすぐに練習するからなっ!」
唯・律・紬「は~~い」
焦る澪の声に向け、3人は生返事で返す。
そして、紬の手により次々とティーセットが並べられ、かつて幾度となく過ごした放課後のお茶会が開かれるのであった。
律「あ~~~~……この感じ……すっっっっげえ久々……またこうしてムギのお茶を飲めるなんてなぁ……」
唯「うんうん、私もだよ……ほんと、懐かしいなぁ……」
唯「……あれ? ねえムギちゃん、もしかしてこの黒いのって……」
紬「ええ、最近流行りのタピオカを入れてみたのよ♪ なかなか美味しいでしょ」
律「へー、彩ちゃん達もよく飲んでるけど、意外と悪くない味だな……」
唯「うんうん、このマカロンもすっごく美味しいよ~~♪ ね、あずにゃんもそう思うでしょ?」
梓「はい……でもこの味、凄く懐かしい感じが……」
紬「あ、分かった? それ、憂ちゃんからの差し入れなのよ」
梓「やっぱり……」
唯「そだ、憂と純ちゃんからメール来てたよ、皆さん、頑張って下さいって」
のんびりとした空気で唯達は談笑をする……。その中でただ一人、澪の表情だけが他の皆とは対象的に暗く、陰鬱に満ちていた。
紬「澪ちゃん、お茶のお代わりはいる?」
澪「ああ……ムギ、ありがとう……」
その表情は僅かに焦りの色が伺えており、紬に返す声も、何処か余裕がない様に感じられる。
澪(ほんと、とんでもない事になっちゃったな……)
差し出されたカップを口に運びつつ、澪は昨日の事を思い返していた……。
―――
――
―
【回想】
――昨日、まりなが皆に告げた頼み事は、ほろ酔い状態にあった唯達の酒を飛ばすには十分過ぎる程の衝撃があった。
来週開かれるCiRCLE主催の大型ライブイベント、ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストの枠に穴が空いてしまったこと。
そして、まりなが今まさにそのゲストを探していたということ。
困惑の表情を浮かべながら現状を話すまりなの言葉を、その場の全員が親身になって聞いていた。
まりな「……っていう事なんだけど……みんな、お願いできないかな」
梓「ガールズバンドパーティー……そんな大きなライブに私達が……ですか……」
律「……………………」
まりなの言葉に、唯、澪、紬の3名は何かを思い出し、また梓と律の両名は戸惑いの表情で俯いていた。
そして、僅かな沈黙の後、唯が声を上げ……。
唯「ねえもしかして、それって……これの事?」
紬「私、その話、知り合いの子達から聞いたんだけど……」
澪「私も、今日花咲川に立ち寄った時に偶然そのライブに参加する子たちと知り合って……お客さんとして招待されたんだけど……」
相次いでカバンの中から1枚の紙を取り出す3人。
その手には、それぞれが今日知り合った少女達から手渡された、ガールズバンドパーティーの告知フライヤーが添えられていた。
まりな「え? みんな知ってたんだ?」
唯「すごい偶然だね……もちろんりっちゃんもこのライブの事、知ってたんでしょ?」
律「ああ……まぁ、な」
梓「すみません、そのフライヤー、少し見せてもらってもいいですか?」
唯「うん、いいよ」
唯からフライヤーを手渡され、告知内容を見る梓。
そこには、数時間ほど前に梓が知り合った少女達……Roseliaの名前も確かに記されていた。
梓「Roselia……友希那さん達も出るんだ……このライブ」
梓の中に、昼間会った少女達の顔が思い出される。
自分の音楽を、仲間を極限まで信じ、その仲間と共に最高の音楽を追求する少女達……そんな彼女達と同じ舞台で共演ができる……それは、この上なく喜ばしい事だ。
だけど……。
――自分はこのライブに参加することができない。
強い悔恨の念が、梓の心を支配していた。
まりな「お願い、みんなにしか頼めないの。もし良かったら、ガールズバンドパーティーに……ゲストとして、出演してくれないかな……」
頭を下げ、再度懇願するまりな。
そんなまりなの声に対し、唯と紬だけが嬉々として参加に乗り気でいた。
唯「うんっ! ねえやろうよ、みんなっ!」
紬「そうねっ、ねえりっちゃん、澪ちゃん、梓ちゃんも……もう一度、みんなでライブをやりましょうっ! 私、またみんなで演奏がしたいわっ」
律「あ~~~~……いや、実はさ……」
言い出し辛そうに、歯切れ悪く律は返す。
律「その日、私……仕事の関係で出張入っててさ……」
唯「えええええ…………そ、そうなの?」
紬「そんな……残念だわ……」
まりな「あちゃーー……そっかぁ……」
律「ああ……だから、本当に悪いんだけど、私は参加できな……ん?」
参加できない旨を伝えようとしたその時、律の携帯が着信を告げる。
画面に表示されたのは、昼間に律の報告を酷評した社長からだった……。
律「悪い、ちょっと仕事先から電話……」
言いながら席を立ち、会場を離れつつ律は電話を取る。
律「はい、もしもし、お疲れさまです」
律「はい……はい……え? 本当ですか??」
律「はい、あ、ありがとうございます……はい、じゃあ引き継ぎは明日メールで……はい、どうも、失礼します」
電話を切り、驚きの表情で席に戻る律に向け、唯が声をかける。
唯「りっちゃん、大丈夫だった?」
律「ああ…………なんつーか、はははっ……運命ってこういうのを言うのかな……はははっ」
澪「律……何かあったの?」
澪の問いかけに対し、手が震える感覚を覚えつつ、律は言葉を返す。
律「……ああ、さっき言ってた話だけど、出張……別の奴が行くことになった」
紬「えっ!? じゃあ……」
律の声に、紬と唯が喜びの声を上げる。
律「うん、少なくとも私は出られるよ」
まりな「りっちゃん……! あ、ありがとう!」
律「ああ、私はいいんだけど……あとは……梓次第だな」
梓の方を見つつ、律は言う。
梓「…………」
唯「あずにゃん……」
憂「梓ちゃん……」
菫「梓先輩……」
全員の眼が梓に向けられる。
プロのジャズマンとして音楽で生計を立てている梓の演奏……それは、根本的に唯達とは違う質を持つ演奏だった。
プロとしてのその演奏は本来、相応の演奏料を支払ってこそ鑑賞できる価値があり、いくら知人に頼まれたからと言って、おいそれと気軽に聴ける程安いものではない。
ソロでの活動をしているのならともかく、両親と共に音楽活動をしているのなら尚更だ。こればかりは梓だけの一存で答えが出るものではなかった。
ならば当然、同じメンバーでもある両親への確認と了承が必要になるだろう。と、同じプロの道に関わる者として、律は梓の沈黙の意味を察していた。
梓「…………」
また、全員でステージに立てるかも知れない……こんな機会、おそらく二度と訪れはしないだろう。
出来ることなら、私も皆で……先輩達と、もう一度演奏がしたい……。
あの人達に、私達の音楽を……聴かせたい。
しばしの間、梓は思い悩み……そして決意する。
梓「すみません、少し待っててもらえますか、今から両親に……話してみます」
立ち上がり、梓は携帯を手にテーブルを離れる。
そんな梓の背を、その場の全員が心配の様子で見つめていた。
唯「あずにゃん……大丈夫かなぁ」
律「プロの世界のルールってのは唯が思う以上に小難しいんだよ、妙なしがらみばかりで、自分のやりたいことだって全部やれるってわけじゃないからなぁ」
直「はい……特に音楽の世界は尚更……ですよね」
澪(梓……)
梓「ああ、お父さん? うん、楽しんでるよ……それで、折り入ってお願いがあるんだけど……うん、実はね……」
梓「……って事なんだ……その……」
梓「うん、わかってます…………はい……もちろん、みんなに迷惑はかけないようにします、ジャズにも支障が出ないように気をつけます」
梓「お願いします、やらせてください……」
梓「………………はい……ありがとう……お父さん……ありがとう!」
数分の電話の後、明るい顔で梓が戻ってくる。
その顔を見た唯達の間に、安堵の溜息がこぼれていた。
律「あの感じだと、上手く行ったみたいだな」
紬「ええ、そうみたいね……」
梓「皆さんお待たせしました…………ふふっ、両親の許可、取れましたよっ♪」
唯「あずにゃん……っ!」
梓「父も言ってました、『若い連中に、お前の本気の演奏を見せつけてやれ』って……」
梓「ですからまりなさん……私も、ガールズバンドパーティーに参加させて下さい!」
まりな「梓……ちゃん、うんっ! ありがとうっっ!!」
右手を差し出し、梓はまりなに向けて微笑む。
差し出された梓の手を両手で掴み、歓喜の声を上げるまりなだった。
……そんな様子を、やや遠目に見つめる瞳が一つ……。
澪「………………」
澪は、戸惑いの眼でその光景を見つめていた。
律「みーお、澪ももちろんやるよな?」
唯「澪ちゃんっ! 澪ちゃんもやろうよ! またみんなでライブしようよ!」
澪「……唯……律……私は……その……」
確かに澪自身も、皆とまた演奏したいとも思っていた……でも、こんな大舞台に出るだなんて思ってもみなかった。
まりなの口から直接参加して欲しいと頼まれた事自体は嫌ではなく、むしろ嬉しいとすら思えたのだが……。
それと同時に、酷く巨大なプレッシャーが澪に襲い掛かっていた。
澪(……もうベースだって何年も弾いていないのに……こんな大きな舞台で演奏だなんて……)
澪(……それだけでも緊張するのに……それに、あの子達の前で失敗なんかしたら……)
今日会った子達……Afterglowの5人の顔が澪の頭をよぎる。
あんなにライブを楽しみにしていた子達の前で演奏だなんて……。
昔の5人で演奏できるという楽しさ以上に、絶対に失敗できないという重圧が、人一倍責任感が強く、繊細な澪の心を埋め尽くしていた。
まりな「秋山さん……」
澪「あの……さ、みんな、ちょっと冷静に考えてみないか?」
戸惑いながら、澪は言葉を続ける。
澪「律はさ、パスパレのみんなの前で演奏するの……怖くないのか? もし失敗したらって考えたり……」
言いながら、酷く滑稽な事を自分は言っているということに澪は気付く。
私の幼馴染は、その程度のことで怖気付くような奴じゃなく……むしろ、全力でその重圧に立ち向かおうとする強さを持っている……それが澪の知る、田井中律という人間だ。
律「あのな……私がそんな事でビビるとでも本気で思ってるのか?」
澪「わ、私は違うんだ……仕事や生活が忙しくて……ベースだってもう何年も弾いてないし……」
澪「そりゃあ、仕事で演奏してる梓や律はいいさ……勘だって鈍ってないだろうし、むしろ昔以上に腕も上がってるだろうしさ……」
澪「唯やムギだって……プライベートでよく演奏してるって言ってた……し……」
言いながら、まるで子供の言い訳のようだと、澪は自身の言葉の薄さを感じていた。
……出来ない理由を正当化して、必死で逃げようとしている子供のような言い訳をする自分に、心底嫌気が差す。
無言で澪の主張を聞く律達だったが、澪の軽薄なその言葉に……特に律は納得していなかった……。
澪「でも私は……違うんだ……きっと……いや、絶対にみんなの足を引っ張るに決まってる……」
律「あのなぁ……お前……いいかげんに」
澪の言い訳に痺れを切らし、一喝しようと律が息を吸い込んだその時――。
女性A「え? なになに? 軽音部のみんな、ライブやるの?」
女性B「え~~、マジで?? いつ? 私絶対に行くよ!」
女性C「ああ……また澪ちゃんの演奏が見れるのね……私、絶対に行くからね!!」
女性D「ねえねえ、わかばガールズは? 憂ちゃん達はやらないの~?」
どこからその話を聞きつけたのか、澪の周囲には人だかりができていた。
殆どの声が放課後ティータイムの復活を望む声であり、中でも澪に対する期待の高さが一際目立っている。
集まった人の数に先程までの怒りも吹き飛び、律は水を一口飲みつつ、座り直していた。
憂「凄いね、澪さんの周り、一気に人が……」
純「澪さんの演奏、凄く格好良かったもんね……私も憧れてたし、また演奏見たいなぁ」
和「澪、軽音部で唯一、ファンクラブもあったぐらいだからね……」
さわ子「ふふっ……ねーえ澪ちゃん、これだけ多くの人が澪ちゃんの演奏を聴きたいって言ってるのよ? ベーシストとして、これ程嬉しいことってないんじゃないの?」
澪「みんな……」
唯やまりな達だけじゃなく、こんなにも多くの人達が、私の演奏を楽しみにしてくれる……。
その気持ちは凄く誇らしく……嬉しい事だと思う。
だが、いや、だからこそ尚更に怖くなる……みんなの期待に……重圧に、押し潰されそうになる……。
勇気が出ない……あと一歩、前へ踏み出す勇気が出ない……っ!
律「ったく……澪のやつ……」
唯「待って、りっちゃん」
まりな「あのさ……秋山さ……ううん、澪ちゃん」
尚も怖気付く澪に喝を入れようと律が立ち上がろうとしたその時、まりなが再び澪に声をかけていた。
まりな「この曲、聴いてみてくれないかな……今度のライブに出る子達の歌なんだ」
言いながらまりなは自身のスマートフォンから音楽アプリを起動させ、澪に手渡す。
『Scarlet Sky』と書かれた曲名の隣には、偶然にも澪が昼間に知り合った、Afterglowの名前が表示されていた。
澪「…………この歌は、あの子達の……」
無言でイヤホンを耳に入れ、澪は再生ボタンを押す……。
~~♪ ~~~♪
軽やかに奏でられるギターとベースから始まるイントロに合わせ、凛とした歌声が澪の耳に流れ込んでくる。
その歌声を、ただ静かに澪は聴いていた。
歌声『――当たり前のようにこんなにも近くでつながってて 欠けるなんて思わないよ』
歌声『――決めつけられた狭い箱 ジタバタぶつかっても どうにもなんないことは わかり始めたし……』
https://www.youtube.com/watch?v=kXL1MF-49V0
澪(この歌声は……蘭ちゃんかな……凄く前向きで、明るい声……)
イヤホンから聞こえる蘭の歌声が……Afterglowの演奏が……重圧に押し潰されそうな澪の心に響き渡る。
『――戦うための制服を着て 勇み足で教室へ進む 開け放つドアを信じ、進め!』
『――あの日見た黄昏の空 照らす光は燃えるスカーレット 繋がるからこの空で 離れてもいつでも……』
唯「澪ちゃん……」
澪「…………」
唯達が心配そうに澪を見つめる中……澪は眼を閉じ、無心で曲に聴き入っていた。
…………。
……その歌は、あの子達の、純粋な想いを誓う歌だった。
時の流れに負けず、仲間と共に今という日々を生きようとする誓いの歌。
精一杯、彼女達の『今』を生きる輝き。
それは、遠い昔、自分自身にもあった輝きで……。
私が、みんなが持っていた、音楽に、仲間に対する純粋な想い。
いいのだろうか……こんな私が、あの子達と同じ舞台に上がっても……。
いや……きっとあの子達なら、私を受け入れてくれる……。
こんなにも優しく……力強く、勇気づけてくれる歌が歌えるあの子達なら……きっと……。
イヤホンから流れる歌声が、澪の心を支配していた恐怖心を振り払っていく。
振り払われた恐怖心は次第に前へ歩む勇気へと変わり、彼女達の歌声に呼応するように、とくんと心臓が高鳴る。
――そして。
『――あたしたちだけの居場所で どんなときも共に集まろう 叫ぶ想いは 赤い夕焼けに……』
最後のフレーズが終わった時、余韻に浸る澪の眼が静かに開かれる。
既にその眼は、恐怖に怯える者の眼ではなく……恐怖とは真逆の、ライブに対する強い決意と期待が込められた眼だった――。
まりな「澪ちゃん……」
澪「…………月島さん、ありがとう……良い歌だったよ」
一言礼を言い、澪はまりなにスマートフォンを返す。
澪「すごいな、あの子達……こんなに素晴らしい歌を歌ってるんだ……」
唯「澪ちゃん……」
梓「澪先輩……」
心配の声を上げる皆に向け、澪は一言、口を開く。
澪「なあ律、この後時間あるか? セットリストを考えようと思うんだけど」
律「……澪……っ!」
澪のその言葉は、参加表明と同義の意を示していた。
まりな「澪ちゃん……ありがとう……本当にありがとう……っ!」
澪「……正直、まだ不安はあるよ……できるかどうかは分からない……ブランクもあるから、みんなの足を引っ張るかも知れない」
澪「でも……それでも、やってみたいんだ……みんなで…………あの子達に見せたいんだ……私達の音楽を……私達の輝きを……!!」
律「へへへっ、ああ……ライブに来る人全員に見せつけてやろうぜ……私達の青春を……放課後をさ!」
唯「うん……私も頑張るよ!」
紬「ええ……決まりね……!」
梓「はいっ! 放課後ティータイム、再始動ですね!」
さわ子「放課後の復活かぁ……いい響きじゃない、頑張りなさいよ、みんな」
――『放課後の復活』……さわ子のその言葉に、周囲からも次々と期待と歓喜の声が上がる。
女性A「やったーー! 私、最前列で応援するからねっ!」
女性B「で、どこでやるの? 唯ちゃん達のライブ」
女性C「花咲川だって! 私も有給使って行くから! みんな、頑張ってね!」
女性D「あ~もう、来週が待ちきれないよ~♪」
まりな「うん……うんっ、みんなっ……本当に……本当に、ありがとう……っ」
ライブの開催が決定し、先程とは違った賑わいが唯達の周りで繰り広げられる。
ある者は酔いの勢いで再びジョッキを開け、またある者は唯達にあらん限りのエールを送る。
そんな周囲の反応に、目頭が熱くなる感覚を抱きながら、まりなは感謝の言葉を言い続けていた。
ここだけでどれほどの人がライブに来てくれるのか……即座に数えるのが難しい程多くの人がライブに来てくれるのは、既に明白だった。
まりな「えへへっ……嬉しいよ……私、すごく嬉しい……」
律「まーりな、やったじゃん、集客効果バッチリだな」
まりな「あはははっ、ううん……それもだけど、私自身も……来週が楽しみになってきたよ」
まりな「高3の時の学園祭のライブ……みんなの演奏、私、今も覚えてるよ…………」
律「あははっ、懐かしい事覚えてるなぁ」
まりな「うん、だから……私も期待してるから……みんな、ライブの件、どうぞよろしくお願いします」
律「ああ、ま、私達に任せときなって」
律「出演するどの演者よりも、最高にカッコいいライブにしてやっからさ!」
喜びと感謝、期待と興奮……様々な感情に涙ぐむまりなに向け、親指を立てて律は宣言する。
憂「えへへへっ……お姉ちゃん……良かったね……ん……っ ああもうっ……何だろ、この感じ……」
和「ふふっ……憂ったら……泣くのはまだ早いわよ?」
さわ子「さてさて……来週か……私も、久々に頑張るとしましょうかね……♪」
純「その日なら仕事休みだし、私も行くよ。もちろん直とスミーレも行くっしょ?」
菫「はいっ! もちろんです!」
直「ええ、私も……必ず行きますね……!」
そして……。
律「よーーし!! みんな! グラス持ったなー! 放課後ティータイム……やっるぞーーー!!!」
一同「おーーーっっっ!!」
律の掛け声に合わせ、彼女達は、掲げられたグラスを一気に呷る。
その味わいは、今まで飲んだどの酒よりも美味く、深い味……。
放課後の復活を祝う、奇跡の祝杯だった。
―――
――
―
それから程なく、幹事の和の一声により同窓会は幕を閉じ……律と澪を除いたそれぞれの放課後が家路についた翌日。
ライブの打ち合わせと音合わせの為にと急遽予約を取ったライブスタジオに5人は集結し、今に至るのだった。
澪「いきなりこんな感じで、本当に大丈夫かな……」
律「みーお、そんな顔すんなって、大丈夫だよ、私らならできるって」
澪「律……」
唯「……りっちゃんの言うとおりだよ澪ちゃん。私達、今までどんなに大変なことがあっても乗り越えて来たんだもん……だから、今度もきっと大丈夫だよっ!」
一切の迷いなく放たれる唯の声に、澪は頭を振り、再度芽生えつつあった戸惑いを振り切る。
澪「唯……ああ、いつまでもウジウジしていられないよな……うん、私もやってみるよ」
紬「ふふふっ、じゃあ早速だけど、音合わせ、やってみよっか?」
梓「そうですね、まずはふわふわ時間からやってみましょう、先輩方、スタンバイお願いします」
律「よし、じゃあやるか!」
律の声に合わせ、それぞれが所定の位置に立ち、楽器を構える。
……彼女達の、実に数年ぶりの演奏が始まるのであった。
律「……ワン、ツー、スリー!」
~~♪ ~~~♪
唯のギターから始まり、それに合わせるように各パートが入り、イントロが始まる。
律(入りは完璧……あとは……歌の出だしだけど)
唯「…………」
律(おい唯! 歌!)
唯「あっ! キミを見てると、いつもハートDOKI☆DOKI……」
律(やれやれ……まぁ、久々だしな……)
~~♪ ~~♪
澪(律! ちょっと待って! 走りすぎだ!)
律(やべ! あれ……澪、なんか音違ってないか?)
唯(次、澪ちゃんのパートだよね?)
澪(っっ……ごめん…………歌詞飛んだ……唯、頼む!)
唯(ううん、大丈夫だよっ!)
唯「ふとした仕草に今日もハートZUKI★ZUKI……♪」
律(はははは……いやー、こりゃ相当練習しなきゃな……)
紬(ふふっ……でも、この感じ……)
梓(はい、凄く懐かしくて……)
唯(楽しいな……♪)
澪(…………っ……)
彼女達の演奏は、途中何度か危うい場面を迎えてはいたものの、それでもどうにか最後まで続けられた。
それは正直なところ、完璧とは程遠い出来栄えだったが……それでも止まることなく、最後までやり切ることが出来た。
その確かな事実に、5人の中には危機感以上の安心感が生まれる。
まだ……指は、手は、感覚は覚えている……昔、幾度となく演奏した自分達の代表曲は、完全に失われたわけではなかったのだ。
律「ふぅ……危なかったけどどうにか演奏しきれたな」
額に流れる汗を拭いつつ、律は言う。
澪「ごめん、唯、あんなに歌ったのに……私、歌詞、飛んで……」
唯「ううん、大丈夫だよ、澪ちゃん」
律「私もかなり走ってたからなぁ……ま、何回かやってきゃ勘も戻ってくるよ」
紬「ええ、梓ちゃんもさすがね……ソロパート、凄く綺麗だったわ」
梓「あ、ありがとうございます」
律「でも、一番簡単なふわふわでコレか……やっぱセトリ考え直したほうがいいかな?」
唯「う~ん……でも、私はこのセトリが一番だと思うんだけどなぁ」
律「あ~~、他の曲の音源が無いのは痛いよなぁ……」
昨日、全員が解散したその日の内に律は澪と共にライブで演奏する曲のセットリストを考え、メッセージアプリにあった放課後ティータイムのグループチャットに転送していた。
全員がそのセットリストを見て律に賛同していたのだが……ふわふわ時間以外の音源が行方不明となっていたのは予想外のトラブルだった。
澪「音源か……たぶん私の実家にあると思うんだけど、やっぱり今からでも探して来た方がいいんじゃないか?」
律「今から行っても探してる時間ないだろ……ライブまで時間もないんだしさ……」
律の言う通り、ライブまでの時間は刻一刻と迫ってきている。
当然、ライブ当日までの間にも各々仕事があり、そして少しでも集まれる時間を作るため、今週いっぱいは全員の仕事も忙しくなることは既に決まりきっていた。
本来、5人が2日も続けてこうして集まれる事自体が既に珍しいことなのだが……それでも、ライブまでに可能な限り時間を作り、仕上げに費やさなければならない。
今現在も多忙を極める自分達が、どれ程過酷な道を歩もうとしているのか、今更になって律は実感していた。
紬「だ、大丈夫よ! みんなで力を合わせれば、きっとなんとかなるわ!」
唯「そ、そうだよ! あ、そうだ! もう一度演奏してみようよ!」
気落ちしかけた皆の気を持ち直そうと、唯と紬が声を上げる。
だが、その声も虚しく、全員の顔に僅かながら焦りの色が浮かんでいた。
曲のマスターが無いということは、原曲を聴くことが出来ないということ。
それは、手探りで曲そのものを構築しなければならないということ。
譜面すらも無いこの状況でその時間を作り出すのがどれ程大変な事か……音楽に関わる仕事をしている者は特にだが、想像するだけで気が遠くなっていた。
律「あー、どうしよ」
どうしようかと考えあぐねいていた時、がちゃりとした音を立て、スタジオの扉が開かれる。
直「お疲れさまです……あ、やっぱりやってましたね」
菫「お姉ちゃん、皆さん、どうも」
梓「直、それに菫も、どうしたの?」
そこには、ノートパソコンなどの各種機材を手にした直と菫の姿があった。
菫「はい、私はお姉ちゃんに仕事のお話と……あと、先程お姉ちゃんから皆さんの事情を聞いて、私から直ちゃんに相談したんですよ、そしたら……」
直「ええ、既にお話は菫から伺ってます、放課後ティータイムの歌の音源なら、私全部持ってますよ」
律「……え、マジで?」
直の言葉に驚愕の声を上げる5人。
直「はい……昨日もお話したと思うんですけど、私、今フリーの作曲家をやってまして……」
直「作曲家を志した時に私、練習と特訓を兼ねて、放課後ティータイムの歌と私達、わかばガールズの歌を全部パソコンに打ち込んでみたんですよ」
澪「全部って、あの何曲もある歌を全部?」
直「はい……菫や梓先輩に音源貰って……最初は大変でしたけど、でもやってくうちに楽しくなってきちゃいまして……」
菫「もし良かったら聴いてみて下さい、直ちゃんの作った曲、凄く丁寧に打ち込まれてるんですよ」
そして、直はノートパソコンを起動させる。
恐らく仕事用のパソコンなのだろう、作曲に関わる様々なアプリケーションのアイコンが雑多に並ぶ画面の中に『HTT』というフォルダを見つけ、クリックする。
開かれたフォルダには、放課後ティータイムの全ての歌が一覧に表示されていた。
直「ふわふわ時間……あった、これです」
直の指が、『ふわふわ時間』と書かれたMP3ファイルを起動させる。
音楽再生アプリが立ち上がり、懐かしいイントロとともに機械的な歌声がスピーカーから聞こえ始め……。
『~~♪ ~~~♪』
律「うはっ、イントロは完璧だな……まるで昔の私達の音そのものだ……」
歌声「――キミを見てると いつもハートDOKI☆DOKI……」
澪「凄い、歌声まで再現されてる……!」
唯「ねえ、これってもしかして……」
直「あ、わかります? ボーカロイドで打ち込んでみたんですよ」
菫「ふふふ、直ちゃん、たまに動画サイトにボカロの曲も投稿してるんですよね」
梓「驚いたよ……直にこんな才能があったなんて……」
直の作ったふわふわ時間は、律達の想像以上の完成度を秘めていた。
他にも、U&Iやふでペン、カレーのちライス等。過去に唯達が演奏した全ての曲が完璧な再現度で打ち込まれており、誰もがその出来栄えを絶賛するのだった。
更に……。
紬「あの、この、OFF.RGtっていうのは?」
直「はい、リズムギターの音源のみをオフにしたバージョンです」
澪「えっ、そんなバージョンもあるの?」
直「はい……勿論他にも、ドラムやベース、リードギターやキーボードをオフにしたバージョンもありますよ」
直「それらとは逆に、各パートのみの音源もあります」
律「すげえ、これなら演奏のイメージも掴みやすいな」
直「あと、譜面も全曲分、全パートを揃えてありますので、必要なら仰って下さい」
紬「わぁ……直ちゃん、凄いわ……」
澪「なんかもう、感心で言葉が出ないな……ここまでやってくれてたなんて……」
直のその手際の良さに感服し、溜息すらこぼれる5人だった。
5人全員が今後の練習のために望んでいたもの、自分達が演奏する曲の音源……それは、律達の予想以上の形で眼前に並べられていた……。
律「これがありゃ、自主練もかなり捗るな……」
梓「あ、あの! 直、もし良かったらこの音源、貸してくれないかな?」
直「はいっ、そう思って、セットリストの曲は既にクラウドサーバーに保存してあります。後ほど梓先輩にURLをお送りしますので、皆さんで是非使って下さい」
直「スマートフォンやパソコンがあれば、すぐにでもダウンロードして聴けると思います」
唯「直ちゃん、ありがとう!」
梓「直、ありがとう! 直だって本当は凄く忙しい筈なのに、それでも私達のために、ここまでしてくれて……本当にありがとう……!」
直「いいえ……私も、皆さんのライブを楽しみにしてるんです……私にはこのぐらいしか出来ないですけれど……それでも、皆さんのお役に立てればと思いまして」
笑顔を絶やさず、直は続ける。
フリーの作曲家という、時間を自由に使える仕事を選んだとはいえ、それでも彼女はまだ駆け出しの身である。
今日、これだけの準備をするのにどれ程直が自分の時間を割いてくれたのか……そこには梓の想像以上の手間があったことは、言うまでもないことだった。
澪「律……これなら……」
律「ああ、仕事の空き時間や家に帰ってからでも、十分各自で自主練できるな」
紬「あ、そうだ、菫ちゃん、私にお話があるって言ってたけど、何のお話?」
菫「はい、お姉ちゃ……いえ、『紬お嬢様』」
紬「……?」
あえて『お姉ちゃん』ではなく、『お嬢様』という固有名詞を使い、菫は紬に向き合う。
それは、これから発せられる言葉は、姉としてではなく、琴吹グループ役員であり、琴吹家令嬢としての琴吹紬に向けて投げ掛けられることを意味していた。
菫「お嬢様の今週の予定ですが、既に私の方で各方面の調整を済ませておきました」
菫「ですので、来週からは非常に忙しくなると思いますが、その分、今週は思う存分ライブに費やして下さい」
紬「菫……ちゃん……!」
菫「私も直ちゃんと同じです……皆さんのライブ、とても楽しみにしてますっ」
明るい笑顔で菫は言う。
その顔は直と同じ様に、ライブへの期待感で満ち溢れているように5人には感じられていた。
紬「すみれ……ちゃん……っ、うん、ありがとう。ありがとう……!」
律「ははっ……凄ぇ応援されてんなぁ、私達」
澪「ああ……皆の期待に応えるためにも、絶対に成功させなきゃ……」
梓「はい……そう、ですね」
唯「よーし、ねえみんな、もっかいやろうよ!」
紬「ええっ! もう一度、演奏しましょう!」
梓「直、菫、よかったら聴いてってくれる?」
直「はい、もちろんですっ」
菫「ええ、ありがとうございますっ」
律「よし、じゃあやるかっ!」
律達はステージに上がり、楽器を構える。
そして、再び彼女達の演奏が始まる。
その演奏は先程までの演奏とは違う、不安から開放された、本来の彼女達の演奏だった。
こうして5人で演奏するきっかけをくれたまりなに、昨日再会できた全ての人に、あの頃の懐かしさを思い出させてくれた5組の少女達に感謝の念を抱きながら、一心不乱に唯達は音を紡ぐ。
どれ程の時間が過ぎようが変わらない、5人が集まれば、どこであろうが私達は放課後に戻り、あの頃と同じ音を奏でることができる。
菫と直、憂に純、……また、和にさわ子達……自分達に関わる人全てがライブを楽しみにしてくれている。
重圧以上の楽しみが、興奮が5人の中に宿る。
その興奮が、彼女達の音を更に盛り上げる――!
菫「すごいな……お姉ちゃんも皆さんも、あんなに楽しそうに演奏してる……」
直「うん……ライブの当日、凄く楽しみだね」
彼女達が紡ぐその音は、演奏を聴いていた菫と直の心にも確かに響いていた。
かつての興奮が、懐かしさが二人の胸を打つ。
自分達の中の時計が、まるで学生の頃まで戻される感覚を覚えながら、菫と直の二人はステージ上で奏でられる歌に聴き惚れていた。
そしてその日、放課後ティータイムの数年ぶりの演奏は、日付を跨ぐギリギリまで続けられたのだった――。
#5.放課後と五色の輝き
――お祭りの準備は、日を追う毎にその賑やかさを盛り上げていきました。
それと並行して、私達はみんなで学校に通って、放課後にライブの練習をして……。
毎日が慌ただしくて、すっごく楽しくて、ドキドキの毎日でした。
もちろん、それは私だけじゃなく、お祭りに参加するみんなの顔もそう、とてもキラキラして……ドキドキしていました。
その頃の私達はまだ、知りませんでした。
もうすぐ始まるそのお祭りで、一番のキラキラとドキドキに会えるなんて……きっと、誰にも想像できなかったと思います――。
―――
――
―
花咲川、羽丘近郊で活動するガールズバンドにとっての一大イベント、“ガールズバンドパーティー”
そのライブに遠く、桜が丘より放課後ティータイムのゲスト出演が決まり、翌日から彼女達は後輩達の力を借りつつも仕事の合間を縫い、自主練を重ねては揃って音合わせをし、各々が練習を行っていた。
無論、ライブに向けて奮闘しているのは彼女達だけではない。主役の少女達を含め、出演する全バンドがガールズバンドパーティーに向け、その準備に取り掛かっていた。
自分達の歌や演奏の確認に楽器の調整、MCの段取り、演出の仕上げ、衣装の最終チェックなど、大小様々な確認を済ませつつ。皆が皆、その日を待ち望んでおり……。
各バンド共に、ライブの準備は、既に大詰めの段階へと差し掛かっていた――。
-ライブ5日前 Pastel*Palettes-
【某スタジオ】
アイドル事務所から歩いて少しの所にあるスタジオ。
そこではガールズバンドパーティーのリハーサルと並行して近日行われるアイドルコンサート、その両イベントに向けて、Pastel*Palettesの本格的な最終調整が行われていた。
音合わせを終え、各々がしばしの休憩を取っていた時の事――。
彩「ライブの衣装、すっごく可愛い感じになってたね」
千聖「ええ、彩ちゃんのMCもあとは自主練で十分行けそうだし、みんな本当に頑張ったと思うわ」
麻弥「はい、ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストの件もなんとかなったってまりなさんから連絡ありましたから、いよいよですねっ」
イヴ「ライブのゲスト……一体どんな人達が来てくれるのか、楽しみですっ♪」
日菜「うんうん、ルンっ♪って来る感じの人達だといいよね~♪」
千聖「ええ、そのゲストの人達に負けないためにも、私達ももっと練習をしておかなきゃね」
イヴ「はいっ! あの、みなさんっ、休憩が終わったら最後にもう一度演奏しませんか?」
麻弥「ええ、ジブンも少し確認したいところがあったので、是非お願いしたいと思ってたところです」
日菜「私は大丈夫だよー、やっぱみんなと練習するのって、こう、るるるんっ♪ って感じがするよね♪」
千聖「ふふふっ、毎回思うのだけれど……日菜ちゃんの『るるるんっ♪』には、一体何通りの意味があるのかしら?」
麻弥「あはははは……ええと、ジブンの知る限りでは、既に100通り以上の意味があったと思いますが……」
リハもどうにか無事に終えられ、緊張から開放された5人が和やかに談笑をしていたその時。
律「よーっす、みんなやってっかー?」
スタジオの扉が開かれ、律が姿を見せていた。
彩「律さん、お疲れ様です!」
一同「お疲れ様です!」
律「今休憩中か……じゃあちょうどいいや。ほい、さっきそこでスタッフさんにジュースとお菓子貰ってきたから、みんなで好きに食べていいよ」
彩「あ、ありがとうございますっ!」
麻弥「律さん、ありがとうございますっ!」
各々が律に一礼し、好みのジュースと菓子類を開けては食べあっていた。
そんな彼女達に向け、スケジュール帳を手に律は優しい声で続ける。
律「それと、食べながらでいいから聞いて欲しいんだけど。イヴちゃん、日菜ちゃん。再来月、FMラジオでリクエスト番組のゲスト出演決まったからよろしくね~」
イヴ「はい! ありがとうございます!」
日菜「はーい、律さん、いつもありがとうございまーす♪」
律「あと彩ちゃんと千聖ちゃん、麻弥ちゃん……おめでとう、来年やるドラマのオーディションの枠、3人分だけだけど、やっと取れたよ」
にこやかに親指を立てながら、律は言い放つ。
突然のその言葉に一瞬、思考が止まっていた3人だったが、すぐにその言葉の意味を理解する。
彼女達の顔が驚きの表情から一変し、歓喜の色に染め上げられていた。
彩「……あ……あ……ありがとうございます! 私……精一杯頑張ります!!」
麻弥「ありがとうございます! オーディションに受かるよう、ジブンも全力で頑張ってみます!」
千聖「律さん、ありがとうございます! 必ず受かるように頑張りますねっ」
イヴ「アヤさん! マヤさん! チサトさん、おめでとうございますっ!」
日菜「みんなおめでとうー! オーディション、頑張ってね♪」
律「詳しいことはまた後日伝えるから、みんな根詰めすぎないように頑張ってね」
一同「はい!!」
互いにハイタッチを決め、感激を顕にして喜び合う5人だった。
そんな彼女達の表情を見て、律は以前社長に言った言葉を思い返し、改めて確信する。
律(……やっぱりパスパレは5人でいなきゃな……個人の仕事も大事だけど、それでも……なるべく全員一緒になれるよう上手く調整してやらないとな……)
それは律の営業の功績か、パスパレの日頃の努力の賜物か、あるいはその両方か……着実にパスパレの全員が己の夢に、目標に向かい、その一歩を踏み締めていた。
その一歩は、決して彼女達一人だけでは踏み出せなかった一歩……パスパレの5人と律が共に支え合う事で踏み出せた、大きな一歩だった。
日菜「それで律さん、何のドラマのオーディションなの?」
律「うん、来年の春頃にやる学園ドラマのオーディションだよ、ほら、あの有名少女漫画の実写化のさ」
彩「えっ? あの人気の俳優さん達が大勢出てるドラマですか?」
律「そそ、それの続編でさ……これでうまいこと主演掴み取れたら、パスパレも一気に有名になってくよなぁ」
彩「あのシリーズ、私も毎週見てました……そっか……あのドラマに……私達が……」
彩はごくりと唾を飲み込み、自分がとても大きな舞台に立とうとしていると言うことを再認識する。
そんな彩と同じように、オーディションへの参加が決まった麻弥と千聖もまた、緊張に顔を強張らせていた。
彩「オーディション……が、がんばらないと……もちろん、ライブも成功させなきゃ……!」
麻弥「ジブンがあの人気ドラマに……ですか……オーディション、今から緊張しますね……」
千聖「ええ、だけど……これも夢を掴む為ですもの……頑張って受かりたいわね……」
律(あちゃー、朗報だと思って話しては見たものの、これじゃ却って緊張させちゃったかな……)
自分の言葉がライブ前の彼女達……特に彩に対して不要な緊張を与えてしまったことを律は反省する。
この緊張をどうにか和まそうと思った矢先、一つの方法が律の頭の中に浮かび上がり……。
その思い付きににやりと口角を上げつつ、悪戯をする子供のような顔で律は彩達にそっと呟くのであった。
律「……ひょっとしたら、キスシーンとかもあったりなんかして……」
彩「えええ?? き、キキキキキキス……ですか!?!?!?」
麻弥「そ、そそそそそそんな!!!! ジブンなんかがその……あわわわわわわわわわ……!!!」
イヴ「そ、そんなっ! フシダラですっ! ハレンチですよっ!」
日菜「うわぁ~、私、すっごく楽しみになってきた♪」
千聖「………………」
律の言葉に顔を紅潮させ、動揺の声を上げる2人だったが、女優歴の長い千聖だけは律の嘘を即座に見破っていた。
千聖「律さん、あまり二人をからかわないで下さい……大丈夫よ彩ちゃん、麻弥ちゃん……未成年の私たちにそんな過激なシーン、やらせる筈がないでしょ?」
律「ちぇ、バレたか」
彩「えっ!? ……あ、あははははははっっっ……そ、それもそうだよね……あ~~……びっくりしたぁ」
麻弥「も~~~~! 律さんも人が悪いですよぉ! ジブン……本気で信じる所でしたよぉー!!」
律「わーるかったって! 謝るから、そんなに怒らないでよ~」
膨れる麻弥と涙目で座り込む彩に向け、律は両手を合わせて許しを乞いていた。
イヴ「ドッキリだったんですね……よかったです……」
日菜「な~んだ。キス、しないんだ」
千聖「……日菜ちゃんは何をそんなに残念がってるのかしらね…………」
―――
――
―
彩「うぅぅ……でも、ドラマの出演かぁ……嬉しいけど、やっぱり緊張するよ~」
律「まだ決まったわけじゃないけどなー、そのためにも、しっかりオーディションに合格しなきゃね」
日菜「うんうん。それにさ、映画の撮影なら前にみんなでやったし、もうお芝居なら大丈夫なんじゃない?」
千聖「あれはお芝居と言っても、ほとんど本人役だったからね……ドラマでやる演技は、映画の時の演技とは全然勝手が違うわよ」
麻弥「あ、ジブンにもそれはなんとなく分かります」
千聖「ドラマの演技は、それこそ脚本家さんや監督のイメージ通りの役をカメラの前で演じなければいけないから、かなり大変よ」
千聖「もちろん共演する役者さんや、プロの先輩方も大勢いらっしゃってるし、当然、スタッフ全員の予定だってあるから……結構大変なのよ」
律「さすが千聖ちゃん、長く女優やってただけのことはあるな……」
千聖の言葉に感心しつつも、律は再度緊張している彩を励ますために言葉を投げ掛けていた。
律「ふふっ……大丈夫だよ彩ちゃん。こういう日のために、今まで頑張って演技のレッスン受けてきたんだろ? もっと自分に自信持ちなって」
彩「律さん…………」
彩(……うん……律さんの言う通りだよね、この時のために今まで頑張ってきたんだもん……こんな事で負けてなんかいられないよね……)
彩「……はいっ! 律さん、ありがとうございますっ♪」
先程とは違う、律の素直な励ましに彩は緊張も解けたのか、彩は笑顔で返していた。
律「……あーそうだ。ドラマと言えばもう一つ話を聞いてさ、千聖ちゃん」
千聖「……はい?」
律「『はぐれ剣客人情伝』って昔あったでしょ、今度あれのリメイクもやるって話があるんだけど……千聖ちゃん、今度は子役じゃなくて主役でやってみない? 良かったら私、上に話してみるけど」
千聖「ま、また懐かしい作品ですね……ええ、ありがとうございます、喜んで受けさせていただきます!」
律の声に照れ臭いような顔で千聖は俯く。
それもその筈、律が口にしたそのドラマは千聖にとって縁の深い作品であり、デビュー間もない子役時代に一度だけ出演した事のある時代劇だった。
イヴ「リツさんっ! 私も時代劇、出てみたいです♪ 私のブシドーを、日本中の皆さんにお披露目したいです♪」
律「あははは……ま~、モノが時代劇だからな……うん、今度、制作会社に行った時にでも話してみるよ」
イヴ「はい♪ よろしくお願いします♪」
内心難しいだろうとは思いつつ、それでもネガティブな事は言わぬよう、律はイヴに返していた。
イヴの売り込みをどうしようかと頭の中で組み立てていた時、ふと壁にかけてある時計が目に止まる。
時刻は既に、律がここに来てから1時間近くの時が過ぎようとしていた。
律「さてと……やべ、話し込んでたら結構時間経っちゃってたな……みんな、練習はもう良いの?」
麻弥「そうでした、あの律さん……もし宜しければ、少しドラムの事で教えて頂きたいところがありまして……」
律「うん、いいよー、まだ時間もあるし、私もちょうどドラム叩きたいなって思ってたところだから、せっかくだしみんなに手本を見せてやろっか」
麻弥「いいんですか!? あ、ありがとうございます!」
日菜「律さんのドラムって、本場のドラマーって感じがしてかっこいいよね、私好きだなー♪」
彩「うんっ♪ 私も……律さんのドラムって、本当にプロの人の演奏って感じがするよね」
律「ははははっ、みんなありがとねー。さてと……んじゃ、田井中大先輩によるドラムテクニック、とくとご覧あれっ! なんてな♪」
麻弥「はい! よろしくお願いします!」
にこやかな笑顔でスティックを握り、律は意気揚々とドラムを叩く。
複雑なリズム、ビートも容易くこなすその姿を、パスパレの全員が尊敬の眼差しで見ていた。
そしてしばらくの間、律のライブの自主練も兼ねたドラムパフォーマンスは、その夢を追う輝きを持つ少女達の視線を一身に受けつつ、続けられるのだった――。
―――
――
―
-ライブ4日前 Afterglow-
【羽沢珈琲店】
学校が終わってからの事、課題の片付けや各自委員会に部活など、高校生としての本分にその日の少女達は追われていた。
瞬く間に時間は過ぎ、夕日が街を染め上げる頃……同じく夕日の名を冠する彼女達……Afterglowの5人は、貸切状態となった馴染みの喫茶店で課題の消化に奮闘していたのだった――。
巴「今日も疲れたな~、進級してから、勉強の量明らかに増えたよなぁ」
蘭「そうだね……課題も増えてきたし、今日は練習は一旦休んで、課題の片付けに回そっか」
つぐみ「うん、今日はお店も早く閉めるみたいだから、みんなでゆっくり勉強できるね」
ひまり「ほら、モカも座って課題やろうよ~」
モカ「ん~~、モカちゃんはもう終わってるよ~」
ここに来る途中で購入した文庫本のページを捲りながら、モカは言葉を返す。
巴「だったらちょっと教えてくれないか? マンガはそれからでも大丈夫だろ?」
モカ「トモちんは分かってないなぁ~、これはマンガだけどマンガじゃないんだよ~」
蘭「え……でもその表紙のキャラクター、モカがたまに見てるアニメのキャラでしょ?」
モカ「ふっふっふー、原作は一緒だけど、これはちょっと違うんだよねぇー」
モカが赤いギターを手にした少女のイラストが描かれた文庫本の表紙を見せながら蘭に返す。
モカが今から読もうとしていた本、それは、モカが毎週見ているアニメ作品の原作小説だった。
つぐみ「そういえば、最近多いよね、マンガとかアニメの小説ってさ」
巴「あこもそういう小説……ライトノベルっていうんだっけ? 結構好きなんだけど……アタシはダメだぁ、文字が多いと頭ん中爆発しそうになるんだよなぁ……やっぱ、絵でスカッと見たいタイプだからな~」
蘭「漫画の小説か……それなら私も読めるかも……」
ひまり「まぁまぁ……その話は一旦置いといて、まずは課題の片付けやっちゃおうよ」
巴「ああ、そうだな……ほら、モカもここ座って、課題の片付け手伝ってくれ」
モカ「は~い」
巴の言葉に従い、モカはテーブルに着く。
それからしばらく、5人は互いに助け合いつつも、課題の処理に奮闘するのであった。
-数時間後-
巴「ん~~~~……なんとかキリの良いとこまで片付けられたな……みんなはどうだ?」
背伸びをしながら巴は皆に問いかける
その言葉に合わせ、各々が声を返していた。
皆、巴と同じように丁度終わりの目処が着いていたようだ。
つぐみ「うん、私も、あとは自分でできそうだよ」
ひまり「蘭、モカ、ありがとね、あとは自分でやってみるよ♪」
蘭「ううん、私もひまりのお陰で助かったよ、ありがと」
モカ「いいえー、このお礼はひーちゃんの手作りお菓子でねー」
ひまり「うんっ、まっかせて♪」
モカ「さてさて……それじゃーモカちゃんはさっきの続きを~♪」
筆記具を片付けるや否や、すぐさま読書の続きに取り掛かるモカだった。
モカ「お~、そっか~、この子、あの時はそーゆー気持ちだったんだ~、へ~~」
巴「ふふっ、モカのやつ、楽しそうに読んでるな……」
蘭「私も、後で借りて読んでみようかな」
ひまり「でも、元は同じ作品なんでしょ? アニメと小説ってそんなに違うものなの?」
モカ「ぜ~んぜん違うよ~、小説だとマンガやアニメとは違って各キャラクターの心理描写も細かく丁寧に描かれてるしー、なんといっても情景が自分でイメージできるのがいいんだよね~」
モカ「それに、これはアニメとは設定が全然違ってるから、これはこれで別のお話って感じがしておもしろいよ~♪」
巴「へ~、そう言うものなのか」
モカの言葉に感心したような素振りで巴は返す。
巴と同じように、蘭もまた、モカの言葉に同意の意を示していた。
蘭「情景が自分で想像できる……か、うん、モカの言ってること分かるかも。私も小説読む時、結構イメージとか頭の中に浮かびながら入ってくるんだ」
ひまり「あ、だからなのかな? 蘭の書く歌詞って、割とイメージしやすいんだよね」
巴「ああ……きっと、読んだり書いたりしてるのに慣れてるから、アタシにも蘭の歌詞が伝わりやすいのかも知れないな」
ひまり「蘭って、実は小説家になれる才能があったりして……♪」
蘭「やめてよ……そんな訳ないでしょ」
照れるようにそっぽを向きながら、蘭は返していた。
巴「はははっ、前にモカとつぐもマンガ描いてたし、今度は蘭が小説を書くってのも面白いかもな」
ひまり「うんっ♪ ねえねえ蘭、今度小説の新人賞狙ってみようよ、結構良いセン行くかもよ?」
蘭「やらないよ……小説書いてる暇があったら、一つでも多く歌詞書きたいしさ」
つぐみ「みんな課題お疲れ様ー、はい、どうぞ、紅茶淹れてみたよ」
蘭「うん。つぐ、ありがと」
モカ「おー、ありがと~……う~ん、今日もツグってる味がする~♪」
つぐみ「ふふっ、ありがとね」
つぐみの淹れてくれた紅茶を口に含み、満足そうな顔で返すモカ。
そんなモカの顔を見て、つぐみもまた笑顔で返していた。
巴「そういや、今モカの読んでるマンガ……いや、小説か、どんな話なんだっけ?」
ひまり「ええっと確か……女子高生ガールズバンドが主役の青春物語だと思ったけど」
つぐみ「笑いがあって感動もあって……私もこの子達みたいに頑張りたいなって思う所、結構あったんだぁ」
巴「へ~、なんだかアタシ達みたいな話だな……ちょっと興味湧いてきたよ、一体どんな話なんだ?」
巴に振られ、その物語のあらすじを、皆にも伝わるようにモカは簡単に説明する。
モカ「うん、小さい頃、歌がとても好きだった、一人の女の子がいたんだ~」
――しかしその少女は幼い頃、その大好きな歌を馬鹿にされて以来、自分や歌に対して臆病になってしまい、一人寂しい高校生活を送っていた。
そんな主人公の少女がある日、星の導きにより、一つの赤いギターを見つけた事をきっかけに物語は動き出す。
音楽への情熱を取り戻し、大好きな歌を歌うため、バンドを結成するために邁進する少女。
様々な困難を乗り越え、音楽にひたむきに、一生懸命に向き合う主人公の姿に感化され、次々とバンドメンバーが集まり、遂にそのバンドは結成され、少女達は更なる夢を追い続ける……という内容だった。
モカ「蘭も読んでみるー? ライブのシーン、結構面白いよ~」
蘭「……うん、ちょっと見てみるよ」
モカから文庫本を手渡され、蘭は栞の挟んであるページを開く。
そのページは、その物語の見せ場の一つ、ライブのシーンだった。
少女達の音楽に対するひたむきな姿勢にどこか感情移入しつつ、蘭は一心に物語を読み進めていた。
蘭「…………」
そしてしばらく、蘭はページを閉じ、文庫本をモカに手渡しながら口を開く。
蘭「…………うん、良かったと思う。モカ、ありがと」
モカ「いいえ~、どう、面白かったでしょ?」
蘭「そうだね……ライブの描写もそうだけど、演奏する登場人物の気持ちもしっかり書かれてて、結構本気で読めたよ」
モカ「うんうん~、この主人公の子、なんとなーく蘭に似てるよね~♪」
蘭「ふふっ……どうかな……あたしはここまで不器用じゃないと思うけど」
蘭「……なんだか演奏したくなってきた……っても、今からじゃ演奏できないし、帰ったら曲造り進めてみようかな」
つぐみ「私も、もう一度演奏の確認しとかなきゃ」
巴「そういえば、あこの自主練に付き合う約束してたっけな」
ひまり「ふふっ……結局、みんなバンドの練習はお休みでも、音楽そのものはお休みにはならなさそうだね」
そしてしばらく、話題は読書の話から、音楽の話へと移行する。
ひまりの言う通り、練習は休みでも、皆が皆、好きな音楽を休むことだけはしなさそうだった。
―――
――
―
蘭「そういえば、昨日の練習、なかなか良かったね」
巴「ん~、アタシはまだ少し不安かもな……もう少し自主練しとかないとな」
ひまり「あまり無理はしないでね? 巴、一人だと頑張りすぎる時あるから」
巴「大丈夫だよ、あこもいるし、そんな無茶しないって」
モカ「そういえばつぐ、なんだか昨日はいつもよりツグってたよね~」
つぐみ「うん、ライブも近いし、私も頑張らなきゃって思って♪」
蘭「そうだね、ライブまであと4日……もうすぐだね」
巴「ああ、アタシもだ、今からすっげー楽しみになってきた!」
モカ「お~、あついあつーい、蘭とトモちんが燃えてるー」
ライブへの期待を顕にする蘭と巴。そんな二人の様子を見るモカ、ひまり、つぐみの3名また、ガールズバンドパーティーへの期待を確かに高めていた。
ひまり「ライブ……澪さんにがっかりされないように、私も頑張らなきゃっ……う~! やっるぞーーっ!」
拳を上に突き出し、威勢良くひまりは叫ぶ。
モカ「あのねーひーちゃん、気持ちはわかるけど、ひーちゃんは頑張りすぎず、いつも通りでいいとモカちゃんは思うよー?」
巴「はははっ、モカの言う通り、ひまりはいつも通りが一番かもな」
蘭「うん、ひまりが頑張りすぎて空回りするの、よくある事だもんね」
ひまり「も~、みんなひどーい! せっかくやる気出したのに~!」
つぐみ「あはははっ。でも、ひまりちゃんの気持ち、分かるよ……あのお姉さん、私達の演奏楽しみにしてくれてたもんね」
ひまり「うん……だから、澪さんにも精一杯楽しんでもらえるように、私ももっと練習しとかないと……蘭もそう思うでしょ?」
蘭「…………」
ひまりの問いかけに蘭はしばし口を閉ざし、自身の考えを巡らせる。
蘭「…………別に、誰が来てもあたし達のやる事は変わらないよ」
蘭「いつだって……どこでだって、あたし達はあたし達、『いつも通り』のあたし達で……ライブでも『いつも通り』、全力で歌う……そうでしょ」
言葉を紡ぐ蘭の眼に、確かな決意が宿る。
巴「ああ……蘭の言う通り、だな」
モカ「あたし達はあたし達の、『いつも通り』の歌を……だね」
つぐみ「うん! ライブ、みんなで頑張ろうね!」
ひまり「えへへへ……うんっ! そうだね!」
蘭の意思に呼応するように、4人の胸中に決意が宿る。
それは、少女達が抱く純粋な想い。
いつだろうと、何処だろうと、誰の前であろうとも変わらない、彼女達が今を生きる輝きだった――。
ひまり「よーし! みんなやるよ! えい! えい!……」
蘭「………………」
巴「いや……それは何か違わないか?」
つぐみ「あまり大声で騒ぐと、お母さんに怒られちゃう……」
モカ「ひーちゃん空気読めてな~い」
ひまり「も~~~~!!! みんなのばか~~~~!!」
顔を膨らませ、ひまりは叫ぶ。
そんな彼女を、4人の優しい笑い声が包み込む。
静かな店内は、今日もいつも通り変わらない、5人の笑い声で賑わっていた――。
―――
――
―
-ライブ3日前 ハロー、ハッピーワールド!-
それぞれの学校が終わってからすぐの事、こころ達ハロー、ハッピーワールド!もまた、CiRCLEでライブに向けての調整に勤しんでいた。
こころの思いつきにはぐみと薫が便乗し、それを美咲(ミッシェル)と花音が宥めることの繰り返し。それが、普段のハロハピの練習光景であった。
……だが、その日の練習は普段以上に慌ただしく、和やかな練習となっていた。
【CiRCLE カフェテリア】
美咲「うぅ……今日は本気で疲れた……」
着ぐるみを脱ぎ、私服に戻った美咲はカフェのテーブルで一息つく。
花音「美咲ちゃん、お疲れ様。アイスティー買ってきたんだ、良かったらどうぞ」
美咲「ああ、花音さん。……ありがとうございます」
差し出されたアイスティーを有り難く受け取り、一口流し込む。
程よく冷やされた紅茶が火照った身体をクールダウンさせ、練習で疲れた美咲の身体を内側から癒やしてくれていた。
美咲(そういえば……ここって何故か足湯があったっけ……あとで浸かってみよっかな)
花音「今日のこころちゃん達、すごく楽しそうだったね」
美咲「ええ……こころのやつ、いきなり予定にないことやるんですもん……抑えるの大変でしたよ……」
花音「あははは……本当にお疲れ様だったね……」
美咲「花音さんもありがとうございました、私一人じゃあの子達を抑えるのキツくて……」
花音「ううん、私は大丈夫だよ。でも、ライブまであと3日かぁ……なんだか、あっという間だね」
美咲「……緊張、してます?」
花音「うん……少しだけだけどね」
美咲「まぁ、私も全然緊張してないって言えば嘘になりますけど……あの3人を見てると緊張も吹き飛ぶと言いますか……そんな余裕もないって感じです」
乾いた笑いを浮かべながら、美咲は隣のテーブルで話し込んでいる3人を見る。
こころ「演奏の最後には花火でドーン!ってやって、5人でお客さんの所に飛び込んでいくっていうのはどうかしら?」
はぐみ「うんうんっ! こころん、それ、すっごく面白いと思う!」
薫「ああ、なんて儚く、粋な演出だろうね……」
美咲達の苦労を他所に、こころ達はライブの演出の話で盛り上がっていた。
美咲「こころってば……またとんでもない事言いだしてるし……」
花音「あはははは…………」
こころ「ねえ美咲! 私達の演奏が終わったら、最後にみんなで……」
美咲「却下だよ、花火やった上に客席にダイブだなんて危ないこと、できるわけないでしょ。誰かケガでもしたらどうすんの?」
こころ「……それもそうね、美咲、ありがとっ!」
はぐみ「みーくんすごいねー、こころんが言おうとしてた事、全部分かってたみたいだよ」
薫「フフッ……美咲には、人の心が読めるのかも知れないね」
はぐみ「えーー! すっごーい! みーくんってそんな能力があったの!?」
美咲「いやいや、私にそんな能力ないから。ていうか、あんだけ大きい声で話してりゃ誰だって聞こえるって」
そんなやり取りも交えつつ、こころは再びはぐみと薫と共に演出の案を出し合っていた。
こころ「それじゃあこういうのはどうかしら? 演奏の途中で私とミッシェルが……」
花音「ふふふっ……みんな、本当に楽しみにしてるんだね」
美咲「多分ですけど……ほら、前にパーティーで会ったあの人達……」
花音「うん……紬さんと菫さん、だったよね」
美咲「あのお二人が来てくれるって言ってたからだと思います、こころ達がライブに向けてあんなにはしゃいでるのって」
花音「うん、きっとそうだね……あの人たちだけじゃなく、来てくれる人たち全員の期待に応えられるように、私達も頑張らないとね」
美咲「ええ……そうですね」
互いに美咲と花音は頷き合い、ライブへの決意を固めていく。
そして――。
女の子「ふぇぇぇん……おかーさん、おとーさん、どこにいっちゃったのー?」
カフェからやや離れた街道、そこを、一人の女の子が泣きながら歩いていた。
はぐみ「ねえねえこころん見て! あそこに泣いてる子がいるよ!」
こころ「あら……迷子かしら? みんなで笑顔にしてあげましょ!」
薫「ああ……笑顔パトロール隊、久々の出動だね♪」
こころ「ええ、そうね♪ 美咲! 花音! 行きましょ、笑顔パトロール隊、出動よっ♪」
花音「ふえぇぇ……みんな、ちょっと待ってよ~」
美咲「ちょっとみんなー、いきなり飛び出したらあの子もびっくりするでしょー! おーい、待ちなってばー!」
こころ達は走り出す、一つでも多くの笑顔を咲かせるために。
場所を、人を問わず、こころ達は、今日もありのままでいる。
その笑顔が放つ輝きは、今日もまた、世界を笑顔に変えていくのであった―――。
―――
――
―
-ライブ2日前 Roselia-
ライブに向け、個々のバンドの準備は着実に進んでいく。
それは、青き薔薇の紋章を掲げた彼女達……Roseliaも同じである。
彼女達の練習は連日のように行われており、他のバンドのそれとは比較にならない程の熱が込められていた――。
【某スタジオ】
――♪ ――――♪ ――……♪
あこ「……っ! あっ……」
友希那「ストップ。あこ、また外したわよ」
あこ「すみません! もう一度お願いします!!」
友希那「……これで3回目よ……もっと集中して貰わないと困るわ」
あこ「ごめんなさい……」
あこの謝罪をやれやれと言った様子で受け入れ、友希那は再度マイクの前に立ち、息を整える。
そんな友希那に向け、リサが声を上げていた。
リサ「待って友希那っ、あのさ……一度休憩にしない?」
紗夜「今井さんに賛成です、明らかにパフォーマンスが下がってきているようですし、一旦休憩を挟むべきだと思います」
友希那「リサ、紗夜も……でも、まだ始めてからそんなに時間は……」
リサ「初めたばかりって……もう2時間以上もぶっ通しで練習してんだよ? アタシもそろそろ限界だよー」
燐子「私も……できれば少し……休憩を……」
皆の声に友希那は壁にかけられた時計を見る。
確かにリサの言う通り、既に練習を始めてから2時間半もの時間が経っていた。
友希那「……そう、もうそんなに経っていたのね……全然気付かなかったわ」
友希那が背後のメンバーを見る。すると、確かにメンバー全員の顔に、疲労の色が伺えていた。
このまま無理に練習を続行するのは、却って演奏の質を落としてしまう事に繋がるだろう。
練習を続行したい気持ちを抑え、友希那は3人の提案を快く受け入れていた。
友希那「……分かったわ、このまま続けても悪い流れになりそうだし……少し休憩にしましょう……あこも、さっきは悪かったわね」
あこ「そんな……あこの方こそすみませんでした」
リサ「はいはい、二人ともそのぐらいにしときなって。そうだ、アタシ、クッキー焼いてきたからさ、みんなで食べよ、ね?」
あこ「うんっ、リサ姉のクッキー、楽しみだなぁ♪」
リサの言葉に先程の様子とは一変し、嬉々とした様子で準備に取り掛かるあこだった。
その様子を見た燐子と紗夜もまた、テーブルを並べては休憩の準備に取り掛かっていた。
友希那「…………私もまだまだね……少し、外の空気を吸ってくるわ」
リサ「うん、お茶の用意しておくから、気をつけてね」
スタジオの扉を開け、友希那は席を外す。
普段とは違う、やや疲れを感じさせるその足取りを、静かにリサ達は見守っていた。
リサ「友希那……大丈夫かな……」
紗夜「湊さんに限って身体を壊す程の無理はしないと思いますが……それでも、少し心配ですね」
あこ「最近の友希那さん、特に集中してますよね」
リサ「あ~、それは、たぶん前にあの人に会ったからじゃないかな」
あこ「あの人って、前に桜が丘で会った……」
燐子「中野梓さん……の事だね」
リサ「うん、あの人と話してから友希那、前以上に音楽にのめり込むようになったみたいでさ……今度、ちゃんと身体休ませるように言っておかなきゃ」
紗夜「集中する事は悪いことではないですが……身体を壊してしまっては元も子もないですからね」
あこ「今度、みんなでどこか遊びに行きたいですね」
リサ「そうだねー、気分転換に旅行なんてのもいいよね♪」
などと言った会話をしつつ、休憩の準備は進められる。
それから程なくして友希那が戻ってきた頃、テーブルの上にはリサのクッキーと燐子の淹れてくれたお茶が並び、疲弊した身体と心を癒やす為の、ささやかなお茶会が開かれるのであった。
あこ「ん~~~~~……リサ姉のクッキーにりんりんのハーブティー、すっごく美味しい~~♪」
リサ「あはは♪ ありがと、たくさんあるからどんどん食べてね。ほーら、友希那も、可愛いネコさんクッキーだよ♪」
友希那「ふふっ……ええ、美味しいわ……ありがとう、リサ」
紗夜「今井さん、今度また、お菓子の作り方を教えてもらってもいいかしら?」
リサ「うん、いつでもいいよ♪ そだ、友希那も今度一緒にお菓子作り、やってみない?」
友希那「私は遠慮しておくわ、リサ程上手にできなさそうだもの」
リサ「こういうのは上手い下手とかじゃないよ、みんなで楽しくやるのが大事なんだって♪」
友希那「ふふふっ……そうね、機会があったら……是非見学させてもらうわ」
リサ「うん、それじゃあ近い内にね♪ 楽しみになってきたなぁ」
―――
――
―
燐子「そうだ……あこちゃん……今度のNFOのイベント……楽しみだね」
あこ「うんっ! ライブが終わった次の日に配信だったよね、確かタイトルは……」
紗夜「『黄昏の剣と蒼き荊棘の共闘』……ですね、私も少し興味があります」
リサ「それって、どんなイベントなの?」
あこ「うん、NFOの世界に黄昏騎士団っていうグループと、荊棘戦士団っていうグループが現れて。陣営を決めてその人達と対決したり、共闘したりして進めていくイベントなんだー」
あこ「……でも、『けいきょく』って、一体どういう意味なんだろう?」
紗夜「荊棘……いばらと読んで、中国語ではバラを差す言葉の事ね。『蒼き荊棘』とはつまり、青い薔薇っていう意味よ」
リサ「へ~、黄昏……つまり夕日と、青いバラの共演かぁ……はははっ、なんだか私達みたいだね」
紗夜「ええ、私達も以前、夕日を表す人達と共演したことがありましたね」
友希那「そうね、懐かしいわ……」
友希那達の脳裏に蘇る、以前繰り広げられた2マンライブ。それは、AfterglowとRoseliaの初めての共闘ライブの事だった。
燐子「あの時の皆さん……凄く……盛り上がってましたね……」
リサ「またやりたいよね、対バンライブ」
あこ「うんっ! お姉ちゃんとライブで演奏、すっごく楽しかったな~」
紗夜「ガールズバンドパーティーが終わったら、また美竹さんに提案してみるのもいいかも知れませんね」
友希那「……もちろん、『FUTURE WORLD FES.』に向けての練習も欠かさずにね」
一同「………………」
友希那のその言葉に、全員の表情が引き締まる。
『FUTURE WORLD FES.』……それは先日、Roseliaが苦労の果てにようやく掴んだ夢への挑戦権であり、Roseliaの目標の一つ。
そのイベントに出場することこそが友希那の以前からの夢であり、今の湊友希那が舞台に立ち、歌い続ける理由だった。
リサ「うん、みんなでようやく掴んだ夢だからね……!」
紗夜「はい、そのためにも、今以上に腕を磨かないと……」
あこ「はい! あこも、もっと、もっと練習します……いつか、お姉ちゃんにだって負けないぐらい……上手に……!」
燐子「私も……更に上を目指さないと……」
友希那「ええ……でもまずは、ガールズバンドパーティーを成功させることが先決よ、ライブまであと2日、みんな、最後まで気を抜かずに頑張りましょう」
友希那の言葉に頷き、Roseliaの5人は決意を込めて立ち上がる。
リサ「うん、さーってと……練習頑張ろっか」
あこ「へへへ、リサ姉のクッキーとりんりんのお茶のおかげであこ、HP満タンだよ♪」
燐子「ふふっ……あこちゃん……ありがとう……」
紗夜「湊さん、曲の出だしはどうしますか?」
友希那「そうね、もう一度、さっきの所から始めましょう」
再び彼女達は楽器を手に、音を紡ぐ。
少女達の魂が、輝きが……楽器を、喉を通してスタジオ中に響き渡る。
頂点を目指す少女達が放つその情熱の輝きは、今日も強く、また鋭く……研ぎ澄まされていく――。
―――
――
―
-ライブ前日 Poppin'Party-
放課後になり、彼女達はすぐさま一つの場所を目指し、歩み始める。それが彼女達の、ここ最近の日常だった。
――Poppin'Partyの5人は、今日も市ヶ谷有咲の蔵に集まり、練習に明け暮れていた。
【市ヶ谷家 蔵】
――♪ ―――♪
香澄「やったぁー! 今の演奏、完璧だったね!」
沙綾「うんっ♪ みんな、歌も演奏も大丈夫だったと思うよ」
りみ「通しで演奏、緊張したぁ~……」
有咲「ああ、もう衣装も仕上がったし、あとは明日に備えてみんな、身体を休めておいた方がいいんじゃねーか?」
たえ「有咲の言う通りだね……どう香澄、大丈夫? 疲れてない?」
香澄「だいじょーぶ! 平気だよ、おたえ、ありがとうっ♪」
たえの言葉に香澄は元気良く返す。
ここ数日、学校生活と並行して練習しているにも関わらず、香澄は微塵も疲れた様子もなく、練習に向き合っていた。
りみ「ふふっ、香澄ちゃん、すごく気合入ってるね♪」
香澄「うんっ! 唯さんも見に来てくれるって言ってたし、もう明日が楽しみで楽しみで……♪」
沙綾「あははっ、香澄、ホント唯さんのことになると元気だよね」
有咲「元バンドのギタリストでしかもメインボーカル……まさに香澄からすりゃ大先輩ってとこだもんなぁ」
たえ「うん。そのおかげで、前以上に香澄の演奏、上手になったよね」
沙綾「そうだね、難しいリフもどんどん弾けるようになってたし……香澄、この1週間で凄く成長したと思うよ」
有咲「香澄ー、分かってると思うけど、お客さんは唯さんだけじゃないんだからなー、そこんとこ、ちゃんと覚えとけよー?」
香澄「だいじょーぶだよっ、唯さんだけじゃなくって、聴きに来てくれるお客さん全員のためにも頑張るからさっ!」
有咲「ならいいんだけどな……」
元気に返す香澄を見やりつつ、やや寂しそうに有咲はぼやいていた。
たえ「やっぱり有咲、少し妬いてる?」
有咲「だから誰も妬いてねえっての! ……ったく、なんか一気に疲れて来た……なあみんな、明日に備えて、今日はもう早めに練習切り上げようぜ」
香澄「うん、そうだねっ」
沙綾「私、今日もいっぱいパン焼いてきたから、みんなで食べよっか」
りみ「わぁ……沙綾ちゃん、いつもありがとう♪」
有咲「私、お茶でも淹れてくるよ。おたえ、手伝ってくんねーか?」
たえ「うん、いいよ♪」
有咲の提案に乗り、全員で休憩の準備に取り掛かる。
和やかな空気が蔵全体に流れ込み、安らぎに満ちた一時が訪れる。
それから程なく、香澄と沙綾は仲良く談笑をし、その傍らではりみとたえが課題の続きをやったりと、各々が自由に過ごしていた時の事だった。
香澄「それでね、その時あっちゃんがね~」
沙綾「あはははっ、そんな事があったんだ」
りみ「ねえ有咲ちゃん、数学のこの部分なんだけど……教えてくれないかな?」
有咲「どれ、ちょっと見せてみ……ああ、ここか、これはこのxの所をyでくくってだな……」
りみ「あ~、そっか、うん! 分かったよ、ありがとう有咲ちゃん♪」
たえ「有咲、この漢文なんだけど……」
有咲「あ~~、ちょっと待て、一旦ゲーム中断する」
たえとりみの声に有咲はスタートフォンの画面を閉じ、二人の宿題に向き合うことにする。
こうして各メンバーの勉強を見ることも、優等生としての有咲にはよくある光景の一つだった。
そして、ひとしきり宿題も終えた頃――。
有咲「あーくそ、またフルコンミスった……」
たえ「ねえ有咲、さっきから何のゲームやってるの?」
有咲「ああ、音感の鍛錬になると思って音ゲーをな」
有咲が画面を見せながらたえに返す。
有咲がプレイしているゲーム……それは今、学生世代を中心に流行っているスマートフォン専用の音楽ゲームだった。
たえ「これ、今テレビでCMやってるやつだね」
有咲「ああ……最初は簡単だと思ってやってたんだけど、やってみたらなかなか本格的でな、ストーリーも結構面白いし、結構楽しくってさ」
香澄「それ、クラスの子もやってたよ、私も前から興味あったんだ~」
りみ「そのゲーム、前にテレビで特集してたけど、結構難しそうなんだよね」
沙綾「へ~、今はこういうゲームが流行ってるんだね」
有咲のゲームに興味津々と、全員がスマートフォンの画面を覗き込んでいた。
たえ「あ、この曲知ってるよ、昔流行ったアニメの歌だよね?」
香澄「懐かしいなー、よくあっちゃんと一緒に見てたよ、このアニメ」
有咲「結構有名どころの歌もカバーされてるからなぁ。だからなのか、プレイヤー層も小学生から大人まで、結構幅広いんだと」
たえ「ふ~ん、ねえ有咲、ちょっとやらせてもらってもいいかな?」
有咲「別にいいけど……」
たえは有咲からスマートフォンを受け取り、有咲の指示に従いながら画面を操作する。
有咲「演奏だけど、青いシンボルはタップで、緑はラインに沿ってスライド、赤はタイミングに合わせてフリックさせて、黄色は必殺技の発動で……」
たえ「……? うん、よくわからないけど、とりあえずやってみるよ」
ゲームの簡単なレクチャーを受けたたえは『フリーライブ』と表示された部分をタップする。
その画面には、ゲーム内に収録されている、様々な曲が並べられていた。
たえ「あ、この曲懐かしい、これにしよっと」
たえの指が一つの曲で止まる。
有咲「っておいおたえ、そのレベル、私もまだフルコンできないぐらい難しいレベルなんだけど……」
たえ「え、そうなの?」
そして、EX26と表示されたレベルの曲が始まり……。
たえ「えっと、こう……かな、あ、できた♪」
有咲の心配をよそにリズムに合わせ、たえは的確にゲームを攻略していく。
流れるように上から降ってくるシンボルをはじめ、慣れていても躓くような変則的な難所も容易くクリアし、着実にたえはコンボを繋げていく。
有咲「うわ……あの難所もあっさり攻略しやがった」
たえ「始めてやってみたけど、結構楽しいね♪」
そのまましばらく、たえはコンボを途切れさせることなくゲームをクリアした。
曲を完走させたゲーム画面には『FULL COMBO!』という表示と共にハイスコアが表示されており、有咲は眼を丸くしてその画面を見ていた。
有咲「初見でフルコンとかマジかよ……おたえ、本当にこのゲーム初めてなのか?」
たえ「うん、似たようなゲームならゲームセンターでたまにやるぐらいだけど」
香澄「おたえすっごーい! ねえねえ有咲、今度は私にもやらせてみて♪」
有咲「別にいいけど……ちょっ! 香澄、近いっての!」
まるで抱き着かんかと言わんばかりに距離を詰める香澄に向け、有咲は顔を赤面させながら声を上げていた。
有咲「あ、そういや……イベガチャ今日が最終日だったな……おたえのおかげでスターも溜まったし……一応回しとくか」
香澄「可愛いキャラクターがいっぱいいるねー、ねえねえ、今度は何の画面なの?」
有咲「ああ、イベントガチャだよ、今日が最終日だから、回しとこうと思ってな」
香澄「……ガチャ?」
有咲「簡単に言えばこのゲームでできるクジみたいなもんだよ、欲しいキャラがいるんだけど、これがなかなか引けなくてな~……」
香澄「へぇ~、そうなんだぁ」
ぼやきながら、有咲はイベントガチャの部分をタップする。
香澄「…………♪」
有咲「わかった! わかったからそんなに見るなって! 香澄、やってみたいんだろ?」
眼をキラつかせながら自分を見つめる香澄の視線に赤面し、有咲は香澄にスマートフォンを手渡していた。
香澄「えへへっ♪ うんっ! 私にまっかせて! こう見えて、クジ運は結構良いんだよっ♪」
有咲「初めて聞いたぞ……まぁいっか、んじゃ頼むわ」
香澄「ここを押せばいいの?」
有咲の言葉に従いつつ、香澄の指が10回ガチャの部分をタップする。
有咲「ああ、ま、そうそう当たんねえけどな~」
香澄「わ~、虹色だー、キレイだね~♪」
有咲「ってマジかよ!?」
香澄の言葉に有咲は食い付くように画面を覗き込む。
見れば、画面上には虹色のサイリウムが揺らめいており……レアキャラゲットの確定演出が表示されていた。
有咲「いやいやいや……いくら確定してるからってそうそう当たったりは……」
どうせ被りだろうと思う反面、でも香澄ならもしかして……とも期待しつつ、有咲はガチャの結果を見守る。
すると……。
有咲「おおおおお!! ☆4来た! しかも私が一番欲しかったキャラ!!」
香澄「あはははっ、有咲、すっごく嬉しそうな顔してる♪」
沙綾「なんていうか……この子、香澄みたいなキャラクターだね」
りみ「うんうん、声の感じとか、このポーズも、香澄ちゃんにそっくりだね~」
たえ「有咲が一番欲しかったキャラって、香澄の事だったんだね」
香澄「えへへへ♪ いいよ、有咲にならいつ貰われても平気だよ♪」
有咲「…………っっ! ご、ごご誤解を招くような言い方すんじゃねえ!! ……ああでも……香澄……あ、ありがとな……」
香澄「ううん、どういたしまして♪」
顔を紅潮させつつ、有咲は香澄に感謝の言葉を告げる。
香澄「えっと……んじゃあ、私この曲やってみよっと♪」
りみ「あ、有咲ちゃん、その……わ、私もやってみてもいい……かな?」
たえ「私も、もう一度やってみたいな♪」
有咲「ああ、つーか、いちいち許可取らなくてもいいんだけど……沙綾はどうだ?」
沙綾「ううん、私は平気、みんなのやってるのを見てるだけで楽しいよ」
そして、各々がスマートフォンを回しながら、ゲームに興じていた。
それはライブの前日とは思えない程にリラックスした空気であり、ライブ前の心境としては、この上なく理想のコンディションでもあった。
有咲「ったく……おたえはあっさりフルコンするわ、香澄は余裕で☆4引くわ……このゲームを長くやってる私は一体……」
有咲「でもま、こういうのも悪くないのかもな……」
香澄「ねー有咲ー、このスターショップってなーにー?」
有咲「ちょっ……! それは課金の画面だ!! やめろーーー!!」
みんなで仲良くゲームで遊ぶ、そんな日があってもいいと思いつつ、有咲は4人と共に笑い合う。
誰よりも、何よりも音楽を愛する少女達の純粋な輝きは、今日もまた、5人の心を照らし続けていた――。
―――
――
―
香澄「そうだ! あのさ、帰る前に、みんなでCiRCLEに寄ってかない?」
有咲「いいけど……何か忘れ物か?」
香澄「そうじゃないんだけど……みんなで見ておきたいんだ、明日、私達が歌う場所を……」
沙綾「うん、いいと思うよ。ライブ前だし、気持ちが引き締まりそうだもんね」
たえ「じゃあ、もう遅くなってきたから、早めに出よっか」
りみ「うんっ♪」
自分達の明日の舞台に向かい、少女達は歩き出す……。
その先で思いがけない再会を果たせる事になるとも思わず、少女達の足はCiRCLEへと進んでいた。
―――
――
―
-ライブ前日 放課後ティータイム-
香澄達が練習に励んでいたその時を同じくして、桜が丘のライブスタジオでは、放課後ティータイムの最後の練習が行われていた。
社会人として仕事をこなしながらの練習は彼女達に想像以上の負担を強いていたが、それでも彼女達はめげずに集まり、ライブに向け、日々奮闘していたのだった。
――♪ ~~~♪
最後のイントロを終え、唯が大きくフィニッシュを決める。
そして音が鳴り終わったと同時、ステージ上の全員が大きな達成感を感じていた。
律「よっしゃああ!!! どうにか最後まで演奏しきったぞ!!」
澪「危ない所も多かったけど……なんとか当日までに完成できたな……あああ……良かったぁぁぁぁ……」
唯「わ……私、もうヘトヘト……」
梓「私も……ここまで大変だとは思いませんでした……」
紬「ええ……でも、これで終わりじゃないわ……」
梓「はい、いよいよ明日……ですもんね」
流れる汗を拭いながら、明日への期待に胸を膨らませる5人だった。
そんなステージの上の5人に向け、その練習風景を見ていた憂達からも労いの声が飛ぶ。
憂「皆さん、お疲れ様でしたっ!!」
純「梓も澪先輩もすっごい演奏だったなぁ……本当に久々なのかって思うぐらい凄かったですよ!」
菫「皆様お疲れ様です、すぐにお茶をご用意いたしますので、こちらへどうぞ」
直「先程の演奏、録画しておいたので見てみますね」
そして、ステージを降りた唯達の眼前には美味しそうなお菓子とお茶が並び、かつて、幾度となく過ごした放課後が始まる。
憂の手作りお菓子に菫の淹れるお茶……それは過去に、梓達わかばガールズが過ごしていた日の光景でもあった。
唯「ん~~~……憂のお菓子……お、おいしひ……」
憂「うんっ♪ たくさんあるからいっぱい食べてね、お姉ちゃん♪」
律「はははは……唯のやつ、泣きながら食べてる……」
梓「唯先輩と憂のこのやり取りも……凄く懐かしいですね……」
純「スミーレの淹れてくれたお茶も久々だなぁ……前よりもずっと美味しくなってるね」
紬「菫ちゃん、確かティーコンシェルジュの資格を持ってるのよね」
菫「はい、お陰様で、琴吹家にいらっしゃる来賓の方々にもご好評頂いております」
澪「さすが、琴吹家のメイド……」
直「すみません梓先輩、律先輩……動画のこの部分なんですけど……」
梓「あ……私も気になってたんだ、入りが少し甘かったよね」
直「ええ……私もそう思いまして」
律「ん~、だったら……唯のギターに合わせて、そこから梓が繋げてみるってのはどう?」
梓「そうですね、その方が良いかも知れませんね」
律「じゃあ、私もちょっとアレンジ変えてみっか……」
直のノートパソコンを見ながら、音楽を生業としたプロによる、細かいチェックが行われていた。
そんな3人を、純は尊敬の眼差しで見ながら呟く。
純「凄い……プロの会話って感じがする」
唯「りっちゃんも凄いよね、普段はあんななのに、音楽の事になると顔つきが変わるんだもん」
律「おーい、聞こえてるぞー」
澪「私もここ数日律と一緒に練習してきたけど、仕事の事になると急に真面目になるんだから驚いたよ」
紬「ええ……みんなで集まって練習してた時もよく携帯持ってお外でお話してたみたいだし、凄いと思うわ」
憂「芸能界のお仕事って、大変なんですね……」
律(だーから、聞こえてるっての……照れっからあんま褒めんなよな……)
照れるような表情で律は頭をかく。
尚も続けられる周囲の称賛の声を聞こえない振りをしながら、律は演奏のチェックを進めていた。
そして、その作業も一区切りついた頃。
澪「いよいよ明日か……なんていうか、あっという間だったな……」
唯「うん……大変だったけど、でも、凄く楽しかったよね」
紬「……お祭りの前の楽しさ、そんな感じのする毎日だったわね」
律「個人的には、もうしばらく忙しいのは勘弁だなぁ……疲れすぎてお腹いっぱいだよあたしゃ」
梓「私もです……でも、唯先輩の言う通り、とても充実した1週間だったと思います」
菫「私、学生の頃の学園祭を思い出しました」
律「あ、それ私もだよ、クラスの準備に部活の準備……両方こなしながらもちゃんとできてたもんな、昔は」
唯「意外と、身体って動くもんだよね~」
律「べっつに、私達だってまだおばさんって呼ぶような歳でもないだろ……そりゃあ、明日の演者に比べたらかなり歳食ってる方だとは思うけどさ」
澪「はははは……確かにそうかも」
律の声に笑いながら、澪は明日のことを考える。
澪「うん、確かに忙しかったけど楽しかった……でも、それも明日で終わりだと思うと、なんだか少し寂しい気もするな……」
律「みーお、それは違う、明日で終わりなんかじゃないよ」
唯「……うん、明日が終わったらまたそれぞれの生活に戻っちゃうけど、でも、それで終わりじゃないよね」
紬「ええ……またみんなで集まって、こうして演奏ができる日もきっと来るわよ」
梓「いつになるかは分かりませんけど、またやりたいですね……」
澪「みんな……」
澪(そうだ、明日で終わりじゃない……終わりにさせるのは、まだ早いよな)
皆の言葉に、落ち気味だった気分をどうにか澪は食い止めていた。
律「でもまさか、最初はビビってライブに出るの渋ってた澪からそんな言葉が聞けるとはねぇ~」
澪「しょ、しょうがないだろ……? あの時はまだ決心がついてなかったんだし……」
律「ふふっ、けど、そんな澪をそこまで本気にさせたAfterglowの歌かぁ、パスパレのみんなとも仲良いみたいだし、確かに気になるよなぁ」
澪「私もライブを見たわけじゃないからまだはっきりとは言えないけど、あの子達の歌はきっと……ううん、絶対にみんなも盛り上がれる歌だと思うんだ」
律「Pastel*Palettesだって負けないぞー、澪もあの子達のライブを見れば絶対に盛り上がれるさ」
梓「……ふふっ、Roseliaの人達がどんな演奏をするのか、私、楽しみです」
紬「私も、こころちゃん達の……ハロー、ハッピーワールド!のライブ、今から楽しみだわ……♪」
唯「私、明日みんなでやる演奏もだけど、香澄ちゃん達の歌も楽しみなんだ~、Poppin'Partyのみんなにまた会えるの、楽しみだなぁ」
皆が皆、明日のライブと、そのライブに出演する少女達の事を思い浮かべていた。
憂「ふふっ、お姉ちゃんたち、凄く良い顔してるね」
純「うん、私も、明日が楽しみになってきたよ」
菫「お姉ちゃん……皆さん、頑張ってくださいっ♪」
直「私達も、応援してます!」
唯達と同じように、憂達4人もまた、明日への期待に心を踊らせていた。
―――
――
―
澪「それじゃあ、今日は早めに帰って、身体を休めとくか」
律「そうだなぁ……あ、待って、その前に私から一言いい?」
一同「……?」
帰りの支度を始める澪を制し、律は立ち上がり、優しい眼差しを全員に向けつつ声を上げる。
律「みんな聞いてくれ。……もう私達にやれることは全部やりきったし、あとは明日、全部ぶつけるだけだ」
律「唯、澪、ムギ、梓……今日までお疲れさん、仕事も忙しい中、本当に頑張ってくれたと思うよ」
唯・紬「りっちゃん……」
澪「律……」
梓「律先輩……」
律「菫ちゃんや直ちゃん、憂ちゃんに純ちゃん達も本当にありがとう、こうして練習に付き合ってくれたり、色々と手伝ってくれたりして、凄く助かったよ」
律「みんな……明日は、盛り上がってこーぜえっっ!!!」
一同「――うんっ!」
その声に合わせ、皆が立ち上がり、大きく頷く。
律の言葉……それはまさに、まさに宣誓と呼ぶに相応しい鬨の声だった。
放課後ティータイムのリーダーとして、桜が丘高校軽音楽部の部長としての宣誓……。
その言葉に込められた力は、疲労困憊にあった全員の気力を最大限まで引き上げ、明日への期待に大きく拍車をかけていた。
そして、各々が帰り支度を済ませ、車で帰宅する為に駐車場へ向かい、歩いていた時。
澪「……まさか、律があんな事を言うだなんて思わなかったな」
律「ふふっ、あーゆー鼓舞はよくやるんだよ、私……まぁ、ライブ前の儀式みたいなもんだよな」
梓「パスパレの皆さん、幸せですね……こんな良い先輩にマネージャーやって貰えてるんですね」
紬「ええ、りっちゃんのおかげで私も、元気が出たわ……明日は頑張りましょうね」
律「へへへっ……ああ、楽しみだなぁ、明日の打ち上げのビールはきっと最っ高に美味いぞ~♪」
澪「……ふふっ、ああ、そうだな♪」
唯「あ、ごめんねみんな。私、ちょっと寄りたい所があるんだ」
澪「ああ……分かった。唯、明日は朝イチで花咲川に行くんだから、遅れるなよ?」
唯「うんっ! 大丈夫! 絶対に遅れずに行くから! じゃあ、また明日ね~!」
別れの挨拶と共に唯は駅方面へ向かい、駆けていく。
その背中を見送りながら、律達はそれぞれの車に乗り込んでいた。
澪「唯のやつ、一体どこに行くんだろう?」
憂「さぁ……お仕事の事で何か思い出したのかなぁ」
梓「……そういえば、本当に良かったんでしょうか、ライブへの参加のこと……演者の人達に言わなくても……」
律「ああ……いいんだよ、みんなライブの演者の子達とは知り合いなんだし、ならサプライズで驚かせるってのも面白そうだろ?」
澪「律のこういう子供みたいなところ、昔から変わってないよな」
憂「ふふっ、さっきの鼓舞もそうでしたけど、そういう所も律さんの魅力なんだと思います♪」
律「はははっ……今日はみんなよく褒めてくれるな~」
そして、車は走り出す。
そのハンドルを握る律の気分と同じように、軽快に夜道をひた走るのであった。
―――
――
―
【ライブハウス CiRCLE前】
放課後が解散してからしばらく。
明日のライブ会場、CiRCLEの前には唯の姿があった。
唯「なんとなくだけど来ちゃった……明日ここで、みんなとやるんだよね……」
ライブハウスを前に、唯は一人、その決意を固めていた。
唯「あ……まりなちゃん」
その時、フロントにいるまりなの姿を見かける。
まりなに声をかけようと唯がドアの前に立ったその時、明日のライブの告知看板が目に入った。
チョークで手書きされたそれにはRoselia、Afterglow、Pastel*Palettes、ハロー、ハッピーワールド!らの名前の他、明日出演する多数のバンドの名前が綴られており……。
その中には、Poppin'Partyの名前と共に『スペシャルゲスト緊急参戦決定!』という煽り文句もはっきりと記されていた。
唯「ふふっ……スペシャルゲスト……かぁ♪」
声「あれ……? 唯……さん??」
微笑みながらその看板を見ていた唯に向け、背後から声が投げ掛けられる。
唯「……? あ、香澄ちゃん♪」
声に振り向くと、そこにはPoppin'Partyの全員が驚いた表情で唯の姿を見ていた。
香澄「びっくりしたぁー……唯さん、こんばんわっ♪」
有咲「どうも、唯さん、お久しぶりです」
沙綾「唯さんこんばんわ、先日はどうもありがとうございました♪」
りみ「でも、一体どうして花咲川に?」
たえ「何かお仕事の関係……ですか?」
唯「あ~いや……うん、ちょっと用事でね……それで明日、香澄ちゃん達、ここでライブやるんだなって思って、寄り道してたとこなんだー」
出演について律に口止めされていた事を思い出し、咄嗟に話を誤魔化す唯だった。
唯「香澄ちゃん達は? もしかして……こんな遅くから練習?」
有咲「いやいや、さすがにそんな事は……、まぁ、香澄の思い付きで立ち寄っただけですよ」
香澄「明日になる前に一度……私達が歌う舞台をみんなで見ておきたいと思ったんです」
沙綾「ここに来たら、気が引き締まるって思って来たんですけど……でもまさか今日、ここで唯さんに会えるとは思いませんでしたよ」
唯「ふふっ、そうなんだ……」
唯(香澄ちゃんたちも、私と同じ事考えてたんだね……♪)
そして、次第に談笑の雰囲気も夜風に流れたかのように静まり返った頃……。
香澄(――明日……ここで、唯さんに見てもらうんだ……私達の歌を……!)
唯(―――明日……ここで、香澄ちゃん達にも見てもらうんだね……私達の歌を……)
胸に抱いた決意を確かめるように……唯と香澄達は、ただ無言でCiRCLEの建物を眺めていた。
唯「香澄ちゃん、明日のライブ……期待してるね♪」
香澄「……っ! はい! 私達、精一杯歌いますから、唯さんも応援、よろしくおねがいしますっ!」
唯「うんっ! 有咲ちゃんも、おたえちゃんも、りみちゃんも沙綾ちゃんも、みんな、がんばってねっ!」
一同「はーいっ♪」
唯の声に明るい返事で応える香澄達だった。
香澄「それじゃ唯さん、お先に失礼します。明日、楽しみにしてて下さいね! あー、早く明日にならないかなぁ~、ねー有咲っ♪」
有咲「分かったからいちいち抱きつくな! ったく、浮かれるとすぐコレなんだから……」
唯「ふふっ……ほんと、みんな仲良しさんだねぇ」
香澄達は足取り軽く帰路につく。
その姿を静かに見送る唯に向け、今度は店内からまりなが声を掛けていた。
まりな「……あれ、唯ちゃん??」
唯「あ、まりなちゃん、お疲れ様~」
まりな「あれは香澄ちゃん達……そっか、そういえば唯ちゃん、香澄ちゃん達とは知り合いだったんだよね」
唯「うん、前に職場体験で私の務めてる幼稚園にあの子達、来てくれた事があって、それでね」
まりな「そうなんだ……あははは、世の中って案外狭いんだね~」
唯「そうだねー、もうびっくりしちゃってさ」
まりな「あ、よかったら入ってく? 立ち話もなんだし、良かったらお茶ぐらい飲んでってよ」
唯「ううん、私ももう帰るところだったから大丈夫だよ、ありがとね♪」
まりな「そっか……ねえ唯ちゃん、ガールズバンドパーティーに出演を決めてくれて……私達に力を貸してくれて、本当にありがとうね」
唯に向け、まりなは深く感謝の言葉を述べていた。
唯「そんな……私の方こそお礼を言わせて! またみんなで……放課後ティータイムで演奏できるきっかけを作ってくれて、こらちこそありがとうっ!」
まりな「うん……明日……あの子達だけじゃなく、放課後ティータイムにも期待してるからね」
唯「……任せて、あの子達にも負けないぐらいの演奏をしてみせるよ」
唯「りっちゃんも、澪ちゃんも、ムギちゃんも、あずにゃんも、凄く頑張ってたんだ……だから、明日はきっと最高のライブになるよ」
まりな「うん……楽しみにしてる、頑張って……ね」
唯「……へへへっ、うんっ♪」
笑顔で言葉を発する唯のその瞳には、確かな決意と意思があった。
明日への期待に胸を躍らせながら、唯は足取り軽く、家路を進む。
そして……皆が待ち望んだこの日が遂にやってくる。
彼女達の……少女達の様々な思い、希望、期待に満ち溢れたライブ。
放課後と五色の輝きが交差するライブ……ガールズバンドパーティーは、いよいよ開催の日を迎えるのであった――。
#6.放課後と輝きの交錯
まさか、あの時の再会がこんなにも素晴らしい事になろうだなんて、あの時は誰にも想像できなかっただろうな……もちろん、私にだって想像できなかった。
些細な偶然が折り重なり、そしてその偶然は、やがて運命と呼べる程に膨らんでいき、私達を巻き込んでいった。
もうすぐ、始まる。
私達の放課後が、始まる――!
【花咲川駅前】
ガールズバンドパーティー当日の早朝、花咲川の駅前には。始発電車で移動を済ませた唯達5人の姿があった。
唯「ん~~……ねむい……」
律「おい唯、しっかりしろー」
澪「これからリハなのに、大丈夫か?」
梓「ほら、唯先輩、起きて下さい」
紬「唯ちゃん、おきて~」
唯「ん~~~…………」
眠い目を擦りながら歩く唯を引っ張りつつ、律達は人通りの少ない道を歩き、CiRCLEへと向かう。
彼女達が早朝から集まった理由、それは、主役の少女達が集まる前に、ライブに向けたリハーサルを行うためであった。
【CiRCLE ステージ】
まりな「や、みんなおはようー♪」
律「よ、まりな、今日は宜しくな」
まりな「うんっ♪ こちらこそよろしくね」
唯「んんん…………うわぁ~、広いステージだね~」
紬「唯ちゃん、やっと目が覚めたのね」
唯「うんっ♪ えへへへ、ステージ見たら一気に目が覚めちゃった」
律「唯も起きたことだし、それじゃー早速準備に取り掛かるか」
律の声に合わせ、各々が楽器の調整に取り掛かる。
そして数分後、演奏の準備が完了し、ステージ上にて放課後ティータイムのリハーサルが開始された。
まりな「それじゃあみんな、早速だけどお願いね」
律「ああ……みんな行くぞ。ワン、ツー、スリー!」
――♪ ―――♪
楽器の具合、音の反響や照明のチェック、各メンバーの立ち位置など、細かい点を確認するようにリハは続けられる。
途中、梓と律の確認により、中断を挟む場面も見られたが、それでも順調にリハーサルは行われていった。
そして1時間程の時が流れ、5人の最後の曲も問題なく終えられた頃……。
――♪ ~~♪
唯「ふぅ……どうにか演奏できたね」
澪「ああ、でも安心するのはまだ早いぞ、本番はあと数時間後なんだから」
律「ん~……4曲目の照明、もうちょっと落としても良かったかな?」
梓「はい……でも、あまり暗すぎると手元が見えづらくなりそうですよね」
紬「私は平気だけど……澪ちゃんや唯ちゃんは大丈夫かしら?」
入念にチェックを重ねる5人に向け、曲を聴き終えたまりなから、称賛の声が上がる。
まりな「みんなお疲れさまー。凄いね……本当にここまでやってくれるなんて」
律「ふふ……感動すんのはまだ早いぞ~、なんたって本番はこんなもんじゃないからな~」
唯「うんうん、本番はもっと凄くなるよ♪」
まりな「うんっ、楽しみにしてるね」
律「じゃあ、私はもう少し残ってまりなと話詰めとくから、みんなは先に上がっててくれ。あんまりここに長居して、あの子達と鉢合わせたらマズいだろうしさ」
澪「そうだなぁ……RoseliaやAfterglowのみんなももう来るかも知れないし、私達は先に上がってようか」
唯「うん、それじゃありっちゃん、まりなちゃん、また後でね~♪」
紬・梓「お疲れさまでしたー」
そして律を残し、唯達4人は退出する。
律とまりなが話を進めていたその10分後、澪の予想通り、早速一組のグループが楽器を手にスタジオの扉を開いていた。
友希那「おはようございます。Roseliaです、今日は宜しくお願いします」
律「っと、もう来たか……えらく早いな……」
まりな「あ、友希那ちゃん、おはよー。今日も一番乗りだね」
友希那「別に……ライブ当日の準備に念を入れるのは演者として当然の事ですから」
まりな「うんうん、感心感心。今日はよろしくねー♪」
律(ははは……すげぇやる気……)
まだ開場まで3時間以上も時間があるというのに、彼女達は既に準備万端と行った様子でスタジオに入っていた。
そんな友希那達……Roseliaの意識の高さに感心しつつ、律も退席を決めようと入口に向かう。
律「それじゃあまりな、後はよろしくね」
まりな「うん、それじゃあね」
律「っと、ちょっと失礼……」
リサ「あっ、すみません……」
友希那達の横を通り、律はスタジオを後にする。
そんな律の姿を片目で追いつつ、友希那達は本番前の最終チェックに臨んでいた。
リサ「……? あの人は……」
友希那「リサ、集中して」
リサ「あ、うん……ごめん」
律(さすがRoselia……貫禄もすげえな……)
単に隣を通り過ぎただけでも伝わる、Roseliaの気迫……彼女達が纏うその気迫には、大人の律ですら威圧されかねない程の雰囲気が滲み出ていた。
そんな彼女達に漂う空気に一瞬だけ身が竦むを感じつつ、律は唯達との合流のため、CiRCLEの建物を後にする。
―――
――
―
【ファミリーレストラン】
朝食がてらに最後の打ち合わせをしようと集まったファミレス、そこに放課後ティータイムの姿はあった。
まだ注文は済ませていないのだろう、各々の前には、未だに開かれたままのメニューが置かれていた。
律「よ、みんなお待たせ」
唯「りっちゃん、お疲れ様ー」
律「いやー、さっきスタジオでRoseliaと擦れ違ったけど……すげー迫力だったよ……ライブ前なのにあの気迫……もうプロ顔負けって感じでさ」
梓「……そんなに凄かったんですか、友希那さん達……」
律「ああ……ありゃー相当やべえぞ……私達も気合い入れて行かなきゃな」
澪「……律が珍しくやる気になってる」
律「あたしゃいつでもやる気十分だってのっ……てゆーか、腹減ったから早く何か頼もうぜ~」
紬「あ……私達はもう注文決めたのよ、りっちゃんは何にする?」
律「ああ、あたしカツ丼にする」
朝食メニューとは別にあるメニューを開き、律は即答していた。
澪「朝からよくそんな重いもの食べれるな……」
律「早朝から深夜まで食い続けられる胃袋がなきゃ人気アイドルのマネージャーは務まらないんだよ」
唯「芸能関係のお仕事って大変なんだねぇ……」
そして、呼び出しボタンを推し、店員にオーダーを済ませてからしばらく。
朝食を済ませた彼女達は、最後の打ち合わせを始めていた。
唯「それにしても……本当に凄いライブだね、朝から夕方までずっと続くなんてさ」
まりなから受け取ったライブのパンフレットを手に、唯は率直な感想を述べていた。
梓「はい……大人ならともかく、高校生が主体のライブでここまで長丁場なのも珍しいですね」
律「代表の5バンドなんかは特に凄いよな……朝の部に昼の部と出演数も多く割り振られてるし……一体1日に何曲歌うんだ?」
紬「それだけ……代表のバンド演奏には期待が持たれてるって事なのね」
律「ああ……出演するバンドの数も凄いよなー、この辺のガールズバンド、ほとんど全員集合してんじゃないかってぐらいの数だ」
澪「こ、これだけ大勢のバンドがいる中で、スペシャルゲストとして出るんだよな、私達……」
澪の声色が僅かに震える。
今更緊張で怖気付いたという訳ではないが、それでも……今日のライブに出演するバンドと、そのバンドを応援をするために駆けつけた人の数を想像するだけで、僅かに身が縮むような感覚がしていた。
そんな澪の様子をよそに、他の4人はライブへの期待をより強めていた。
唯「ふふっ♪」
紬「うふふふっ♪」
律「へへっ……唯もムギもやる気だなぁ」
唯「うん♪ これだけ多くの人の前で演奏できるって考えると、なんだか楽しくなっちゃってさ」
紬「私もよ……私達の演奏を、私達が一番輝いてた頃の音をみんなに聴かせてあげられるのが、凄く嬉しくって」
律「はははっ、まー、ここで怖気づいてちゃ私ららしくないしなー、この日の為に散々練習もして来たんだし、今更緊張も何もないよなぁ」
梓「はい……精一杯、やってやるですっ」
澪「私も……もう怖くないぞ……ライブ会場の全員に見せてやるんだ、私達の演奏を……!」
拳を握り込み、澪は決意を固める。
そんな澪の姿に感化されたのか、唯と律は再びメニューを手に叫んでいた。
律「よーし! ライブの途中でバテない為にもまだまだ食うぞ~! トンカツ定食追加だぁ!」
唯「私もっ! チョコレートパフェもういっちょ!」
梓「……あの、お二人共……気合の入れ方、何か間違ってませんか……?」
そうして、勢いのままにオーダーを済ませ、唯と律の2人は並べられた定食とデザートを瞬く間に平らげる。
開場まで残り3時間……刻一刻と、着実にその時は近づいて来ていた。
―――
――
―
【CiRCLE】
一方、所変わってCiRCLEには、既に数多くの演者達が揃い、相次いで開演前の準備とリハーサルに勤しんでいた。
特に大きなトラブルもなく開演準備は進められ……それからしばらく、各バンド共にリハーサルも一通り済んだ頃……。
まりな「はーい! それじゃあみんな、一度フロアに集まって!」
一同「はーーい!!」
まりなの声に、今回の主役であるバンド全員がステージのあるフロアに結集していた。
まりな「遂にこの日が来たね……みんな、本当にありがとう!」
香澄「はい!! 私達も、この日を凄く楽しみにしてました!」
こころ「私もよ♪ まりな、今日は笑顔の溢れるライブにしてみせるわ♪」
彩「香澄ちゃんやこころちゃんには負けないよーっ、私達、パスパレも頑張ります!」
蘭「うん、この日の為に練習だって欠かさず積んできたんだし……私達、Afterglowも、最高の歌を届けますよ」
友希那「ええ……Roseliaだけじゃない……ここにいる全員の力で、最高のライブにしましょう……!」
皆が皆、ライブに向けての期待を最高潮に高めていく。
そして――。
まりな「それじゃあみんな!! 今日はよろしく! これより、ガールズバンドパーティーを開催しますっ!!!」
全員「はいっっっ!! 宜しくお願いします!!」
まりなの声に合わせ、ガールズバンドパーティーの開催が告げられる。
そして、各メンバーの何人かが呼び込みや誘導、受付等に移り、次第にライブハウス内にも次々に人が入り乱れ、ますます賑わいを見せていく。
そんな中、何人かの少女達は、今日来る筈のゲストの話をしていた。
美咲「そういえば、ゲストの方々はどうしたんでしょう、少なくとも、朝の打ち合わせには来てなかったですよね?」
麻弥「そうですね……一体、どんな人達が来てくれるんでしょう?」
有咲「まりなさんも教えてくれなかったし、まぁ気になるっちゃ気になるよなぁ」
ひまり「もしかしたら朝の内に会えるかもって思ったんだけど、残念だなぁ」
まりな「まぁ、せっかくのゲストだし、みんなにもギリギリまで秘密ってことでね。大丈夫だよ、心配しなくても、みんな来るからさ♪」
リサ(今日のゲストってもしかして……今朝すれ違った人じゃ……)
顔に疑問符を浮かべる面々に向け、優しくまりなは答えていた。
蘭「……みんな、気になるのは分かるけど、いつまでも喋ってないで早く準備しようよ」
友希那「ええ、美竹さんの言う通り、今はゲストの方達の事よりも、自分達のライブに集中しましょう」
有咲「……友希那先輩の言う通りですね、それじゃ、私達も誘導行ってきます」
友希那の声に同調するように各々は散会し、準備を進めていくのであった。
【CiRCLE カフェテリア】
CiRCLEの外に隣接されるカフェテリアもまた、既に多くの人の姿で溢れ返っていた。
声「今日のライブ、ずっと待ってたんだ~、ポピパの演奏、楽しみだな~♪」
声「AfterglowとRoselia、またカッコよく決めてくれないかな~、前にやってた2マンライブ、超盛り上がってたしさ」
声「パスパレにハロハピも見逃せないよねー♪ あー、待ち切れないよ~!」
声「そういえば……スペシャルゲストって誰が来るんだろ? 私、そっちも気になってるんだ!」
声「私も! レベル高いバンドだといいねっ♪」
ドリンクを手に、推しのバンドの演奏まで時間を潰す者や、ライブへも興奮を抑えきれずにいる者など、様々な人で賑わうカフェを眺めながら、放課後ティータイムの面々は静かにその時を待っていた。
唯「うわぁ……凄い数の人だねぇ」
澪「ああ……本当に始まったんだな……」
紬「ふふふっ、ええ……楽しみになってきたわね……」
梓「緊張……じゃないですけど、なんだか体が震える感覚がします……武者震いって言うんでしょうか」
唯「ん~……りっちゃん、早く来ないかなぁ?」
唯達が用事で離れた律を待つことしばらく……ようやく律はその姿を現す。
律「よ、お待たせ」
唯「あ、りっちゃ……って、なーに? その格好」
梓「律先輩……随分雰囲気変わりましたね」
律「しゃーねーだろ、パスパレのみんなには今日出張でいないことにしてるんだし、変装ぐらいしないとすぐにバレちゃうからな」
唯の指摘に律はワックスで整えた前髪をいじりながら言う。
前髪を下ろし、服装も化粧も普段とは違う今の律の姿は、とても普段の彼女からは想像できない雰囲気を醸し出していた。
紬「うん、落ち着いた大人の女性って感じがして、私は良いと思うわ」
澪「ほんと、こういう格好してる時は律も別人だよな…………」
律「あの子達には普段スーツ姿で髪上げた格好しか見せてないからなぁ、これでグラサンでもかけりゃー……ほれ、ぱっと見で私とは分かんないっしょ」
言いながら持参したサングラスをかけ、律は笑みを浮かべる。
唯「お~、りっちゃんかっこいい!」
律「へへんっ、だろ?」
まるで有名モデルを前にしたような顔で唯は驚きの声を上げていた。
唯「そうだ! やっぱりあずにゃんもこうしようよ♪」
梓「ちょっ……唯先輩っ、何するんですか、やめてください!」
おもむろにカバンからヘアゴムを取り出し、唯は器用に梓の髪を2本に纏めはじめる。
唯「ふふふっ、練習の時もずっと思ってたんだけど、やっぱりあずにゃんの髪はこうでなきゃね」
澪「はははっ、梓のその髪型も懐かしいなぁ」
紬「うんうん♪ まだまだツインテールも行けるわよ、梓ちゃん♪」
梓「まったく……皆さん、歳を考えて下さい……さすがにこの歳でツインテールなんて恥ずかしいですよー」
律「あーずさ、諦めろ、私だって恥を忍んで髪下ろしてんだからな」
梓「律先輩と違って変装するわけじゃ……ああもう、分かりました、分かりましたよ!」
渋々ながら梓はヘアゴムで髪をきちんと2本に纏め、昔の髪型を再現していた。
その姿を感無量といった表情で唯は見つめ、和やかな空気が5人の間に流れていくのであった。
そして……。
憂「お姉ちゃん、皆さん、どうも♪」
唯「あ、憂! みんな~♪」
純「やっほー、梓、元気だったー?って……うわ~、懐かしい髪型だね」
梓「純……髪のことは放っといてよ……」
菫「お姉ちゃん、皆様、いよいよですね」
直「みなさん、頑張って下さいっ」
紬「菫ちゃん、直ちゃんも、来てくれてありがと♪」
憂達わかばガールズの面々も揃い、唯達サイドの面子も相次いで集合してきていた。
和「みんな、先日はどうも」
唯・憂「あ、和ちゃん♪」
澪「和、和も来てくれたんだ」
和「ええ、秋山澪ファンクラブの会長として応援に来たわよ」
澪「ああ……ありがとう、和も楽しんでいってくれ」
和「そうだ、澪、あとで曽我部先輩も来るって言ってたから、来たら顔、見せてあげてね」
澪「曽我部先輩、懐かしいな……うん、必ず会いに行くって伝えといて」
和の言葉に懐かしい顔を思い浮かべつつ、笑顔で返す澪だった。
梓「そういえば……純、頼んでおいた衣装は?」
律「そだそだ、私と澪がお願いしといた物も持ってきてくれたよね?」
純「はい、律先輩、澪先輩、こちらをどうぞ……梓も大丈夫、衣装はバッチリ仕上がってるよ♪」
手に持った袋を澪と律に手渡しながら純は指で合図を送る。
その指の先に視線を送ると、そこには、疲労困憊の様相でこちらに歩いてくる元顧問の姿があった。
さわ子「はぁ……はぁっ……みんなお待たせ……い、衣装なら……ここにあるわよ……」
律「うわっ、さわちゃん……どうしたのそのクマ……」
唯「髪もボサボサだし……一体何があったの?」
さわ子「これよこれ……今日までに仕上げるの大変だったわよ……」
さわ子の手には大きめの紙袋が握られており、その中にはさわ子が今日の為に徹夜で仕上げた人数分の衣装が収められていた。
さわ子「せっかくの元教え子達の再結成の晴れ舞台だもの……憂ちゃんと純ちゃんにも協力してもらって、徹夜して作ったのよ……」
唯「さわちゃん、こんなになるまで頑張って作ってくれたんだね……」
律「気持ちは嬉しいけど……また、とんでもない衣装じゃないよな……」
澪「と、とりあえず開けてみよう……」
高校の頃の記憶が全員の頭を過る。
さわ子が作った軽音部時代のライブ衣装……それらのほとんどが人前では着られないような衣装であり、当時の唯達ですら着るのを躊躇うような代物が多かった。
そんな心配が脳裏を過るのを自覚しつつ、澪は恐る恐る衣装を広げていた。
澪「これは……Tシャツ?」
律「な~んだ、何の変哲もない普通のTシャツじゃん、別にそこまで苦労するようなもんじゃないでしょ?」
肩透かし感を喰らいつつ、澪と律は口々に感想を述べる。
2人の言う通り、それは一見すると何の変哲もない、無地の白いTシャツに見えた。
しかし……。
唯「あれ、でも裏になにかスイッチみたいなのがあるね?」
梓「これは電池……ですか? 裾の辺りに何か入ってますね」
さわ子「いいから、一回着てみてご覧なさいな」
さわ子に誘われるがまま、唯はTシャツを着込み、裾にあるスイッチを押す。
……すると。
律「うわっ! ひ、光った!」
唯「えー? 私からじゃうまく見れないよぉ~」
澪「凄い……一見すると無地のTシャツなのにこんなに明るくなって……これ、LEDで光るTシャツだったんですね」
紬「このデザインは……懐かしいわ……学園祭ライブのTシャツですね」
梓「わぁぁ……凄く、凄く良い衣装ですよ、これ!」
さわ子「ふふっ、みんなのその顔が見たかったわぁ……」
さわ子が用意した衣装、それは無地の白いTシャツに紫色の星が黄色く縁取られたデザインが施され、その前面には大きく『HTT』という文字が描かれた、唯達にとって思い出のTシャツだった。
まさしくそれは10年前、放課後ティータイムが高校最後の学園祭で演奏した際に着ていた衣装を再現したものであったが……。
しかし、それは単なる再現ではなく、Tシャツの各所にLEDが埋め込まれ、スイッチ一つで発光するという、10年前よりも遥かに進化した衣装となっていた。
さわ子「苦労したのよー、1週間しか時間なかったんだし、今日なんてもう寝ずに仕上げてそのまま来たってわけ」
律「さわちゃん……」
澪「先生……あ、ありがとう、ございます!」
紬「ステキな衣装ですね……ありがたく着させてもらいますっ!」
さわ子「ええ、私にここまでさせたんだから頑張りなさいよー? みんなの演奏、あなた達の元顧問として……軽音部の先輩として、しっかりと観させてもらうからね」
唯「さわちゃん先生……」
さわ子「唯ちゃん、あなたの歌も、楽しみにしてるわね」
疲労の中にも確かな期待が宿るさわ子の眼に、全員の顔が強く引き締まる。
それと同時に、さわ子と過ごしたかつての記憶が律達の中で思い起こされていた……。
律(……そういや、さわちゃんって昔っからこうだったよな……)
澪(ああ……3年間、いつも私達のことを見守ってくれていて……)
唯(ギターが下手だった私にいっぱいギターを教えてくれたり……ライブの衣装を人数分作ってくれたり、ロンドンにも応援に来てくれたよね)
紬(ええ……合宿に来てくれたり、夏フェスにも連れて行ってくれて……私の淹れるお茶をいつも美味しそうに飲んでくれてたのも、さわ子先生だったわ)
梓(どこか抜けてて、それでもかっこ良くて……先生っていうよりも、まるで歳の近い先輩みたいな感じで、気付いたらいつも私達と一緒にいてくれましたよね……)
さわ子「……? みんな、どうかしたの?」
律「ううん、いや、ちょっと昔を思い出して……」
律「……さわちゃん、ありがと……さわちゃんの想い、確かに受け取ったよ」
さわ子「……? ええ……私がいて、みんながいた頃の軽音部……桜高の軽音部魂を、会場中に集まってる若い子達に見せつけてあげなさいっ」
唯「うんっ! 私達に任せて!」
律「よーっし! みんな、準備は整ったし、行くか!」
一同「うんっ!!」
眼前の恩師の言葉に、5人は力強く返す。
その言葉に合わせ、憂達からもエールが送られる。
憂「お姉ちゃん、私達も応援してるからねっ」
唯「うんっ! 憂、純ちゃん、和ちゃん……ありがとう!!」
紬「菫ちゃん、直ちゃん、私達の演奏、最前列で見ててねっ♪」
直「はい! お気をつけて!」
菫「うん! それじゃあお姉ちゃん、先輩方、また後で!」
一同「皆さん、頑張ってくださーい!」
唯「はーい! みんな、行ってくるねー!」
そして、さわ子から託されたTシャツを着たその上に上着を羽織り、放課後は歩き出す。
揚々とした素振りでライブハウスへ進む放課後に向け、あらん限りの声援が投げ掛けられる。
1人の先輩と親友、そして4人の後輩……多くの人々の期待を背に彼女達は、その舞台へと大きく足を進ませていた――。
―――
――
―
【CiRCLE 受付】
CiRCLEの受付前、そこは既に多くの人で賑わっていた。
引っ切り無しに人が往来する中、受付と誘導の手伝いに来ていたPoppin'PartyとPastel*Palettesの面々もまた、来る客の誘導と応対に追われているのが伺える。
多くの人が入口付近で沙綾と有咲の誘導に従って列を作り、その先の受付では、彩と日菜の2人が笑顔を絶やさず接客を行っていた。
沙綾「はーい、皆さん列を乱さないようにお願いしまーす! って、あ、唯さん!」
唯「や、沙綾ちゃん、やっほー♪」
有咲「どうも唯さん、今日は遠くから来て下さってありがとうございます……そちらの方々は?」
唯「うん、私のお友達も呼んできたんだ、有咲ちゃんもお疲れ様、頑張ってるね」
自分の後ろに並ぶ律達を軽く紹介し、誘導に従って唯も並び始める。
沙綾「皆さん、今日は早くから来ていただいてありがとうございます。唯さん、香澄ならもう下にいると思いますよ」
唯「うん、あとで顔見に行くよ、ありがとね♪」
次第に列は進み、そして程なく、彩の前へと唯達は進んでいった。
女性「彩ちゃん、今日も応援してるよ、頑張ってね!」
彩「はいっ♪ ありがとうございますっ! では、奥へどうぞ♪」
唯「…………あ、あの! 丸山彩ちゃん……ですよね?」
彩「はいっ? あ、えっと……」
唯「あ、あのその……サ、ササササインをを……」
彩「え? あっ、はい」
律「うおっほんっっ! あの、詰まってるんだけど……」
どこに隠し持っていたのか、唯が懐から色紙を取り出し、流れで彩がペンを持とうとしたうとしたその刹那、背後から物凄い剣幕で咳をする律の声が響いていた。
唯「あっ! す、すすすすみましぇんっっ!」
彩「……え? あ、特別客の方ですね、そのまま奥へどうぞ♪」
その威圧感に押し出されるようにして、唯は予めまりなから手渡された特別チケットを彩に手渡し、背後の律に背中を押されながら受付を済ませていた。
律「ったく……あ、どうも」
彩「……??」
日菜「………あれは…………ふふふっ♪ ……おねーさん♪」
律「ん……?」
律の姿を見かけた日菜が含み笑いを絶やさず、優しく声をかける。
日菜「ライブ、楽しんでってくださいね♪」
律「あ、ああ……ありがと……」
律(受付、日菜ちゃんもいたのか……バレてない……よな)
努めて冷静に、クールを装いながら律は日菜に言葉を返す。
そんな律に送られる日菜の視線を受け流しつつも、5人はライブハウスの奥へと歩を進めていった。
彩「……あの人達、なんだか不思議な人だったね」
日菜「あれ? 彩ちゃん、気付かなかったの?」
彩「えっ、な、何のこと?」
日菜「ふふふっ……♪ ライブ、頑張ろうね~♪ るんるんっ♪」
彩「…………???」
【CiRCLE ラウンジ】
律「ゆーーーいーーーーーっっ」
――ぎゅうううう………
唯「いひゃいいひゃい……! りっひゃん……ご、ごごごごごめんなひゃいいいいぃぃぃ!!」
紬「ほらほら……りっちゃんもそのぐらいにして……」
律「ったく……後で彩ちゃんにもキツく言っとかなきゃな……あんま安売りすんなっていつも言ってんのに……」
先程の唯の問題行動に対し、怒り心頭の様相で律は唯の頬をつね上げていたが、紬の声により、その手は開放される。
そして当の唯は、涙目で赤くなった頬を擦っていた。
唯「あーずにゃーん、みおちゃあぁぁん……痛かったよぉぉ」
澪「まったく……さっきのは唯が悪いと思うぞ」
梓「同感です」
まりな「あ、みんなー♪ 今朝はどうもね」
唯「あ、まりなちゃん♪」
まりなの声に涙目から一変し、唯の顔に笑顔が戻っていた。
律「よ、まりな、どうかしたの?」
まりな「うん、もうすぐ最初のバンドの演奏が始まるんだけど、ポピパやパスパレの演奏まではまだ少し時間あるからさ」
まりな「今のうちにみんな、知り合いの演者の子達に挨拶とか激励とか、行ってきてあげたらどうかなって思って」
唯「え、いいの?」
まりな「うん、本当は関係者じゃなきゃダメなんだけど、放課後ティータイムのみんなは特別ってことでね」
律「そうだなぁ……って言っても私は行けないからな……あ、そうだ」
思いついたように律は手に持った袋をまりなに手渡す。
律「まりな、これ、あの子達に差し入れ持って来たんだ、あとでパスパレのみんなに届けてくれないかな?」
まりな「うん、いいよー」
澪「私も、Afterglowのみんなに差し入れ持ってきたんだ、喜んでくれるといいけど」
紬「ハロハピの演奏までまだ時間あるし、私、こころちゃん達に挨拶してくるわね」
唯「私も、ポピパのみんなに挨拶してこよっと♪」
梓「じゃあ、私と律先輩はここで待ってますね」
唯「あれ、あずにゃんは行かないの? Roseliaのみんなと知り合いだったんでしょ?」
梓「あの人達には激励とか、そういうの不要だと思います、友希那さん達の演奏、1回目は最初の方ですし……今行ったら邪魔になると思いますので」
唯「あ、そうなんだね」
梓「はい、ですから私にお構いなく、唯先輩達は皆さんの挨拶に行ってきて下さい」
唯「うん、わかったよ、じゃあまたあとでねー!」
そして、律と梓の2人を残し、唯、澪、紬の3人は、それぞれがそれぞれの縁ある少女達の元へと向かって行くのだった。
―――
――
―
-ライブ開始前 Pastel*Palettes-
【控室】
受付をCiRCLEのスタッフと代わり、彩達Pastel*Palettesの面々は控室でメイクのチェックに勤しんでいた。
まりな「みんな、いるかな?」
彩「あ、まりなさん。どうかしたんですか?」
まりな「うん、さっきそこでファンの人から差し入れ届けてもらうように頼まれたから、ここに置いとくね♪」
まりな「あ、もちろん中はちゃんとチェックしてあるから、そこは安心してもらっていいからね」
千聖「わざわざすみません、ありがとうございます」
まりなに礼を言い、日菜と麻弥は差し入れの袋を開ける。
袋の中には、以前日菜の話にも出た、桜が丘の喫茶店のパンが詰め込まれていた。
日菜「あ~~、これ、前に律さんと食べた喫茶店のパンだ~~♪」
麻弥「へぇー、それが日菜さんが前に言ってた、桜が丘の喫茶店のパンですか」
日菜「うんうん♪ 前にお姉ちゃんもおみやげに買ってきてくれたし、本当にここのパンって、ルンっ♪って味がするんだよね~♪」
イヴ「どんな味がするのか、楽しみですっ」
千聖「そうね、あとで休憩の時にでも頂きましょうね」
日菜「ふふふっ♪ あーー、そっか……そうだったんだね♪」
彩「……日菜ちゃん、さっきからすごくご機嫌だね……ほんと、どうしたんだろ?」
日菜「ねえ、みんなー♪」
千聖「日菜ちゃん、どうしたの?」
日菜「ライブ、がんばろうねっ!」
彩「日菜ちゃん……うんっ! もちろんだよ!」
イヴ「はいっ! 緊褌一番、私も頑張ります!」
千聖「ふふっ……日菜ちゃん、なんだか今日はいつも以上に燃えてるわね」
麻弥「ハイ……何か、良いことでもあったんでしょうか?」
日菜「……♪ 今日は楽しいライブになりそうだなぁ~♪」
日菜の眼が一段と輝く。
普段以上にやる気に満ちた日菜のその意図は4人には読めないが、それでも日菜の言う通り、今日は楽しいライブになるだろうと彩達は予感していた。
―――
――
―
-ライブ開始前 Afterglow-
【控室前】
澪「……差し入れ持ってきたはいいけど、ライブ前でみんな集中してるだろうし、私なんかが入ってみんなの邪魔にならないかな……」
ひまり「……あれ? み、澪さん!?」
澪「……? あ、ひまりちゃん、どうも」
声に振り向くと、今まで髪のセットをしていたのだろう、ヘアスプレーを片手に衣装を着込んだひまりが澪の前に立っていた。
ひまり「やっぱり澪さんだ! お久しぶりです、今日は来て下さってありがとうございますっ♪」
澪「うん、久しぶり……ひまりちゃん、元気そうだね」
ひまり「はい、そりゃあもう……あ! そうだ、もし良かったら中へどうぞ、みんなもきっと喜んでくれると思います!」
澪「いいの?」
ひまり「はい、大丈夫ですよ♪」
澪「……ありがとう、それじゃ、失礼します」
ひまり「みんなー! 澪さんが応援に来てくれたよっ!」
モカ「も~、ひーちゃん騒ぎすぎー……って、お~~、澪さんだ~」
勢いよく扉を開け、ひまりは澪を中に招く。
既に準備は終えられたのだろう、控室には、衣装をバッチリと決めたAfterglowの姿があった。
澪「みんな久しぶり、ふふっ、準備万端って感じだね」
モカ「澪さん、どうも~♪」
蘭「……こんにちわ」
巴「どうも、ご無沙汰してます、今日は来てくれてありがとうございます!」
つぐみ「澪さんお久しぶりですっ♪ 今日は楽しんでって下さいね」
澪「うん。みんな、誘ってくれて本当にありがとう……はいこれ、差し入れ持ってきたんだ、良かったらどうぞ」
律がまりなに手渡したのと同じ袋を澪はひまりに手渡す。
その中は言うまでもなく、以前Afterglowとの話に上がった、桜が丘の喫茶店のパンが入っていた。
ひまり「わあぁ! ありがとうございますっ! みんなー! 澪さんが差し入れ持ってきてくれたよ!」
モカ「おぉぉぉ、これは……まさしく桜が丘の喫茶店のパン……あ、ありがとうございますーー♪」
巴「これ、前にあこが買ってきてくれて、それからまた食べたいと思ってたんだ……澪さん、ありがとうございます!」
つぐみ「これがモカちゃんの言ってたパンなんだね、私も気になってたんです……澪さん、ありがとうございますっ♪」
蘭「モカ、今食べちゃダメだからね……澪さん、本当にありがとうございます」
巴「今日はみんな精一杯やりますから、ぜひ最後まで聴いてって下さい!」
澪「うん、楽しみにしてるよ。みんな、頑張ってね!」
一同「はいっ!!」
これ以上邪魔をするのも悪いと思い、早々に澪は控室を後にする。
その姿を見送り、5人は口々に言葉を交わしていた。
ひまり「澪さん……本当に来てくれた……良かったぁ~」
つぐみ「ふふっ……ひまりちゃん、本当に嬉しそうだね」
ひまり「ぅぅ……だってぇ~」
巴「はははっ、ひまりがここまで誰かのことを気に入るなんて珍しいよな」
モカ「ねーねーひーちゃん、さっきから澪さんの事ばかり推してるけど、薫先輩はいいのー?」
ひまり「違うの! 薫先輩は薫先輩でカッコいいけど、澪さんはまた違う意味でカッコいいんだよー!」
つぐみ「うんうん、ひまりちゃんの言いたいこと、私も分かるよっ」
そして……。
ひまり「今度はちゃんと決めるからね、みんな、いい?」
今日に関しては拒否権は無いと、ひまりの眼がそう語っている。
その様子に根負けし、やれやれといった様子でこれからやることを蘭達は承諾していた。
蘭「まぁ、今日ぐらいはいいか」
モカ「よかったねーひーちゃん、今日は蘭も乗ってくれるみたいだよ~」
蘭「モカもやるんだからね」
モカ「はーい♪」
巴「よっし、それじゃあやるか! ひまり、景気よく頼むぞ」
つぐみ「ふふっ、こうして揃えるのもなんだか新鮮だね」
ひまり「よーーし! みんな、行くよ! えい! えい……おーー!!」
一同「おーーっっ!!」
ひまりの声にハモるように、活気の良い掛け声が控室に響き渡る。
彼女達の出番は、すぐ近くまで迫っていた。
―――
――
―
-ライブ開始前 ハロー、ハッピーワールド!-
【控室】
紬「失礼しまーす、こころちゃん達、いるかしら?」
紬はそっと控室の扉を開ける。
扉の前に映る彼女の姿を見て、控室の中からは歓喜の声が上がっていた。
こころ「あら、紬……? やっぱりそうよ、紬だわ♪ みんなー! 紬が来てくれたわよ♪」
紬「こころちゃん、それにみんなもお久しぶり、お元気そうね♪」
花音「わぁ……紬さん、今日は来てくれてありがとうございますっ」
はぐみ「ムギちゃん先輩! こんにちわ!」
薫「これはこれは、紬さん、どうもご無沙汰してます……ああ、今日もお美しい……」
ミッシェル「薫さん、そういうのいいから……あ、ええと……」
紬の姿を見ては若干言葉を詰まらせるミッシェル(美咲)だった。
一応設定上は初対面だということもあり、どう反応すればいいのか迷っていたが、咄嗟にこころが双方のことを紹介していた。
こころ「そういえば、ミッシェルは初めてだったわね、紹介するわ、こちらは琴吹紬、私の小さい頃からのお友達なのよっ♪」
こころ「紬、この子はミッシェルっていうの♪ ハロー、ハッピーワールド!のメンバーなのよ、すっごく可愛いでしょ♪」
紬「ミッシェル……? あ、そういう事ね……」
こころに紹介され、紬はまじまじとミッシェルを見る。
そして、何かを察したのか、ミッシェルに近づき……。
紬「ええと……美咲ちゃん……よね? 今日は頑張ってね♪」
ミッシェル「あははは、紬さんには分かりますか? はい、どうもありがとうございます、紬さん」
即座に気ぐるみの中に誰が入っているのかを当て、紬はミッシェルの中にいる美咲にそっと耳打ちしていた。
こころ「紬、今日は最高のライブにするから、ぜひ楽しんでいってね♪」
紬「ええ、私も菫ちゃんと一緒に応援するから、ハロハピのみんなも頑張ってね!」
一同「はいっ!」
こころ「ふふふっ♪ 出番が待ちきれないわ~♪ 早く来ないかしら♪」
花音「ふふっ、こころちゃん、凄く楽しそうだね」
薫「私も心と身体が震えるようだよ……ああああ……儚い……こんなにも儚いだなんて……最高の気分だ……!」
はぐみ「うんっ♪ はぐみもがんばるよ! ムギちゃん先輩とスミーレ先輩に、かっこいいとこ見せてあげなきゃ♪」
ミッシェル「はははは、みんな気合十分だね……かくいう私もちょっとだけ燃えてきた……かな」
紬の激励により、いつも以上に活気に満ち溢れる様子の5人だった。
そして……。
こころ「みんな、行くわよ~♪ ハッピー♪」
はぐみ「ラッキー!」
薫「スマイル!」
全員「イェーイ♪」
手を取り合い、お決まりのフレーズを口にする5人。
その表情は、会場にいる誰よりも眩しい笑顔で埋め尽くされていた。
―――
――
―
-ライブ開始前 Poppin'Party-
【CIRCLE ラウンジ】
客の誘導を終え、ラウンジの一角に香澄達は集まっていた。
唯「あー、いたいた……香澄ちゃん、こんにちわ♪」
香澄「唯さん! 今日は来てくれて本当にありがとうございます!」
唯の突然の声に笑顔で香澄達は声を返す。
その表情には先程の誘導の疲れは微塵も感じられず、むしろ活き活きとした表情に包まれていた。
たえ「唯さん、今日は精一杯演奏するので、ぜひ最後まで聴いていって下さい」
りみ「あの、みんなこの日のために一生懸命頑張ったんです、よかったら感想とかも聞かせてくださいっ」
有咲「わ、私達も頑張ってやりますんで、その……期待してて下さい……」
紗綾「あははは、有咲ったら顔硬すぎ、もしかして緊張してる?」
有咲「う、うっせー! ここまででっかいライブって初めてだし、なんか緊張すんだよ……」
香澄「あーりさ、えいっ!」
有咲「ひゃっ!」
緊張で硬くなっていた有咲に向かい、背後から香澄が抱きついていた。
有咲「か、香澄!! 予告なく急に抱きつくな!」
香澄「そっか、じゃあ次からは予告してから抱きつくね?」
有咲「そ、そういう問題じゃねーっ!!」
紗綾「あはははは! 香澄のおかげで有咲の緊張も解けたみたいだね♪」
唯「ふふふっ……みんな楽しそう、私も前はそうだったなぁ~♪」
唯「私があずにゃんに抱き着いて、それで困った顔してて、澪ちゃんやりっちゃん、ムギちゃんがそれ見て笑ってくれてて……懐かしいなぁ」
有咲「ほら見ろ、唯さんに笑われてんじゃねーかっ」
唯「あ、ううん、違う違う……みんな凄く良い顔してるよ、うん♪」
香澄「唯さん……」
唯「私も客席でたくさん応援するから、みんな頑張ってね!」
一同「はい、ありがとうございます!」
唯「それじゃあ、またあとでねー♪」
そう言い残し、唯はフロアへと戻っていく。
その姿を見送った香澄達の中に、確かな熱が込み上げていた。
香澄「唯さん……ありがとうございますっ!」
たえ「ふふふっ……ねえみんな、少し早いけど、久々にあれ、みんなでやらない?」
沙綾「お、いいね♪ あれ、結構気合入るよね」
りみ「うん♪ じゃあ、円陣組んでやろう♪」
有咲「別にいいけど、何もここでやらなくても……」
香澄「ううん、私も今やりたいって思ってたんだ♪ じゃあ行くよ、せーのっ」
一同「ポピパ! ピポパ! ポピパパ! ピポパ!! いぇーい!!」
5人の声が綺麗に重なり、それぞれの笑顔が咲き乱れる。
香澄達の想いは一つになり、ステージでは、一組のバンドの演奏が始められる。
少女達の待ちに待った宴が、いよいよ始まった瞬間であった――。
―――
――
―
-ライブ開始前 Roselia-
【Roselia 控室】
ステージの演奏が微かに聴こえる控室に、Roseliaの姿はあった。
言葉を介する事もなく、静かに来るべき時を待つ彼女達の熱意と集中力は、既に極限まで研ぎ澄まされていた。
歌声「~~♪ ――――っっ♪」
紗夜「始まりましたね……皆さん、次で出番ですけど、調子はどうですか?」
燐子「はい……いつでも行けます……」
あこ「あこも準備オッケーです! こう……闇の波動があこの体中を駆け巡るっていうか、そんな感じです!」
リサ「あはははっ、あこは相変わらずだなぁ……うん、アタシもいつでも行けるよ」
友希那「私も、問題ないわ」
リサ「ああ、そういえばさっき、梓さんに似た人見かけたんだ」
あこ「え? ほんとに?」
リサ「うん、前に会った時みたいにスーツ姿じゃなくて私服姿だったけど……あの人、今日来てくれたのかなって思ってさ」
燐子「梓さん……確か……ご両親とジャズバンドをやってるって言ってましたね……」
リサ「うん、もしそうだったら、今日、本当の音楽のプロの人に私達の演奏を見て貰うってことだよねぇ……いやー、なんか緊張しちゃうよね」
紗夜「今井さん、それは違うと思うわ」
友希那「ええ、紗夜の言う通りよ、たとえ今日誰が来ようが、私達は私達の最高の演奏をするだけ……そうでしょう?」
リサ「そうだね……ごめん。友希那や紗夜の言う通りだね」
今更何を言っているのかと、自身の言葉を反省するリサだった。
友希那「みんな、お喋りはそのぐらいにしましょう……そろそろだわ」
スタッフ「お待たせしました、Roseliaの皆さん、スタンバイをお願いします!」
友希那「みんな、行くわよ…………!!」
一同「はい!!」
友希那の声に合わせ、リサ達は相次いで立ち上がり、ステージへと移動を開始する。
そして、彼女達のライブの幕が今、大きく開かれる――!
#7.放課後と輝きの五重奏
――そこは、様々な輝きで満ち溢れていた。
夢が、今が、笑顔が、情熱が……そして、純粋に音楽を愛する輝きがそこにあった。
5つの輝きはやがて1つの大きな星となり……ステージを……そして、“彼女達”を照らしだす。
“彼女達”の歌が会場中に響き、そこから生まれた新たな輝きは全てを照らし、想いが一つになる……。
ステージの上で歌うみんなの姿に、私は何度となく感謝の声を上げる。
みんな……本当にありがとう――!
―――
――
―
ライブが始まってから既に3組のバンドによる演奏が終了した。
演奏が終わってからの僅かな時間、ステージ上にはスタッフの手により、急ピッチで次のバンドの演奏準備が進められる。
そして数分後、本日4組目となるバンドが登場した。
今日の主役の一組であり、数多の観客が注目するバンド。
――青き薔薇を掲げし少女達、Roseliaである。
-4組目 Roselia-
【ステージ】
声「あ……! 見て、Roseliaよ!」
声「きゃああああっっ!! 友希那ぁーーーーっっ!!」
Roseliaの登場にフロアは一気に沸き、飛ぶような歓声が会場中から飛び交う。
その歓声に動じる気配を微塵も見せず、スポットライトを浴びる友希那の声により、Roseliaのライブは幕を開けた。
友希那「皆さん、今日は来てくれてありがとうございます、Roseliaです」
友希那「まずは一曲目、聴いて下さい……『BLACK SHOUT』……!」
https://www.youtube.com/watch?v=ALXxQffcZOk
――ワァァァァァァーーーー!!!!
――Roselia!! Roselia!!!
Roseliaの演奏を皮切りにフロアは大熱狂に包まれる。
そんな様子を後方で見ていた唯達5人もまた、会場の熱気に取り込まれていた。
梓「始まった……これが、友希那さん達の歌……!」
律「うおぉ……! 見ろよこの盛り上がり、さっきのバンドとは比べ物にならねえ熱狂……さすがRoselia、評判以上のバンドだ……!」
澪「ああ……歌だけじゃなく、演奏技術も恐ろしく高い……メンバー全員、この日の為に何度も練習を重ねてるのがよく分かるよ……!」
唯「うんっ! すごく……すごく……か、かっこいい……!!」
紬「梓ちゃん……前で食い入るように見てるわ、私達も行きましょう!」
梓(凄い……! これが本当に高校生の演奏なの……? 昔の私達とは比較にならない程のテクニックと歌唱力……これがRoselia……!! 友希那さん達の、目指す音楽……!!)
友希那の歌だけでなく、その後ろで一心不乱に奏でられるリサ、あこ、紗夜、燐子の音は確実に会場中の心を支配していく。
その歌の力は梓の心すらも強く揺さぶり、梓が心の奥底に抱えていた自身の音楽に対する迷いすら、容易く氷解させる程の力を秘めていた。
梓「…………!! 友希那……さん……!!」
心臓の鼓動が抑えられない……! 鳥肌が止まらない……! 音が、声が、暴力的なまでに耳を通じ、心に入り込んでいく……!
Roseliaの放つ強く、鋭く、眩しい輝きが、梓の音楽家としての魂を燃え上がらせて行く……!
梓「ロゼリア…………私も……負けない……っっ!」
梓「唯先輩!! 私も燃えてきました!! あの人達に……ここにいる全ての人に、私達の素晴らしさを……私達の輝きを、見せつけてやりましょう!!」
ステージ上で熱唱する少女達を見つつ、音楽家としての矜持を掲げ、梓は高らかに言い放つ。
唯「あずにゃん…………っ うん! やるよ、私も……燃えてきたっ!」
梓(早く……この胸に灯った火が冷めない内に……私も……早く……ステージに上がりたい……!)
1曲目が終わり、続いて始められる2曲目の演奏。これもまた、フロアにいる全員のテンションを最高潮に高めていく。
途中でメンバー紹介を挟みつつ続けられる演奏は、観客の中に更なる興奮と感動を呼び――。
その興奮に身を委ねながら出番を待つ梓の心もまた、完全に会場と一つになっていた。
そして……。
友希那「ありがとうございました……! 引き続き、ガールズバンドパーティーをお楽しみ下さい!」
リサ・紗夜・あこ・燐子「皆さん、ありがとうございました!!」
――ワーワーワー!!
――Roseliaありがとうーーー! 昼の部も期待してるからねーーー!!!
声「いやぁ~、来て良かった! やっぱRoselia凄いわ!」
声「うんうん、確か『FUTURE WORLD FES.』にも参加決まったんでしょ、私、絶対に行く!」
声「くううぅぅぅぅっっ! 私、まだ鳥肌が止まらないよ~~!!」
澪「凄いな……お客さん、演奏が終わってからもまだあんなに興奮してる……」
律「ああ……ほんと、ここまでやるなんてすげーよ……いやマジで」
紬「私も燃えてきたわ! ねえ次は! 次は誰の演奏なの?」
唯「ちょっと待ってて……あ、次、パスパレだよ! りっちゃん! 前で見ようっ♪」
律「ああ……分かった……って唯! 引っ張るなーっ!」
―――
――
―
-5組目 Pastel*Palettes-
彩「皆さんどうも! Pastel*Palettesでーす!」
彩「いや~、Roseliaの皆さん、凄い演奏でしたよねー。でも私達も負けないから、みんなよろしくねっ♪」
彩「じゃあ一曲目、行きますっ♪ 聴いて下さい、『しゅわりん☆どり~みん』!」
https://www.youtube.com/watch?v=EF9905QrXQY
先程とは一変し、和やかな演奏がフロアを賑わせる。
色とりどりの照明に照らされ、楽しく歌う彩達に合わせ、会場の至る所で合いの手や掛け声が上がっていた。
それはまさに、夢見る少女達のライブ……。
彼女達のマネージャーである律も初めて見る、バンドとしてのパスパレが紡ぐ、大きな夢の輝きだった。
唯「彩ちゃ~ん♪ こっち向いて~!」
澪「パスパレのライブ、私も初めて見たけど、なかなかやるじゃないか」
紬「ええ……みんな、凄く楽しそう♪」
梓「演奏も凄く上手ですね、律先輩の教えが活きてるって感じがしますっ」
律「ははははっ、だろだろ~♪」
彩「ありがとうございましたー! それではここで、メンバーの紹介をさせていただきます♪」
1曲目も終わり、彩のMCによるメンバー紹介が行われる。
固くなく、それでいて砕けすぎでもない空気で場を和ませながら、彩はメンバー紹介を進めていった。
彩「えー、それでは最後は私、まんまるお山に彩を! 丸山彩でーす♪」
声「あははっ! 彩ちゃんかわいい~♪」
唯「ん~~、彩ちゃん今日もステキ……見れて良かったぁ~♪」
澪「ふふっ……唯も凄く楽しんでるな」
律「ああ……っ……まったく、会場中がこんだけ盛り上がってるのを見ると、ほんと、マネージャー冥利に尽きるよなぁ……っ……」
涙腺が熱を帯びる感覚を覚え、口元を優しく綻ばせながら律は目元のサングラスをかけ直す。
2曲目、3曲目と歌は続けられ、その度に歓声が響き渡る。
会場全体が一つになってPastel*Palettesを応援するその光景は、誰よりも彼女達を近くで見守っていた律の胸に、熱いものを込み上がらせていた。
律(みんな、頑張れ……! 頑張れ……っっ!)
決して声には出さず、それでも律は懸命にエールを送る。
そのエールが届いたのか、Pastel*Palettesの演奏は、大盛り上がりの内に次のバンドへと繋がれていった。
そして朝の部は終了し、より盛大な盛り上がりを見せる昼の部へと差し掛かるのであった……。
―――
――
―
昼の部に入り、幾つかのバンドの演奏が終了したその時、突如として賑やかなマーチがフロア中に鳴り響く。
その音色に合わせるようにして、彼女達はステージ上へと躍り出た。
黄金色の照明に包まれる彼女達の笑顔に向け、会場中から黄色い声が飛び交う。
音楽で世界を笑顔にする少女達の舞台が今、始まる――。
-10組目 ハロー、ハッピーワールド!-
こころ「みんなーーっ! 今日は楽しんでもらえてるかしら?」
声「こころちゃーん! 今日も可愛いよーっ!」
こころ「うふふっ、みんなありがとうー♪ それじゃあさっそく行くわよ♪ 『えがおのオーケストラっ!』ぜひ聴いてねっ♪」
https://www.youtube.com/watch?v=DmCPqYHyLos
律「こりゃまた……パスパレとは違うベクトルの賑やかさだなぁ」
澪「ああ……あの子達の演奏、私は好きだな」
律「なんつーか、昔の澪の歌を思い出すな、あの子達の感じ……」
菫「あっ、お姉ちゃん、良かった、やっと見つかりました」
紬「菫ちゃん! こころちゃん達よ、行きましょっ♪ 最前列で見ましょっ♪」
菫「はいっ♪」
菫の手を引き、紬はステージの前へと移動する。
先週、惜しくも見られなかったこころの歌を漏らさず聴き届けるため、紬と菫の2人は一心不乱にハロハピの奏でる音と歌に酔いしれていた。
そんな時、唯達と離れた場所でライブを見ていた憂達も合流し、律達は一箇所に固まってライブを見届けていた。
憂「お姉ちゃーん♪」
唯「あ、憂! こっちこっち!」
純「やっと合流できた……ほんと、凄い賑わいですね……」
直「ええ……最初から見てましたけど、どの演者の方々も素晴らしい演奏ですっ!」
さわ子「いいわねぇ、これこそライブのノリってやつね……♪ 私もまだまだノるわよぉ~~♪」
和「私、あまりこういうライブには来ないんだけど……でも、楽しくて良い雰囲気ね……私は結構好きよ」
澪「和もさわ子先生達もみんな、楽しんでくれてるみたいだな」
律「ああ、特にトラブルもなく進行してるみたいだし、プログラムにも問題はなさそうだな……」
こころ「――つないだー手を つないでこー! 大きな輪になってー♪」
律「……はははっ、すっげー面白れぇ! 見てて飽きないなぁー、あの子達♪」
!
澪「ははははっ、私も……っ……まさかライブでこんなに大笑いできる日が来るなんて……お、思わなかったよ……っ」
こころ「みんな行くわよー♪ ハッピー! ラッキー! スマイル! いぇ~い♪」
――イェーーーイ!!!
紬「いぇ~~い♪ ふふふふっ、楽しいわぁ……こころちゃん達の歌、こんなに楽しいだなんて……♪」
菫「私、子供の頃を思い出しました……こころ様の前では、誰もが童心に戻れるんですね……本当に素晴らしい方です、こころ様……」
紬「私達の出番ももうすぐね……菫ちゃん、最後まで応援よろしくね♪」
菫「はいっ、もちろんです!」
――はははっ! すごーい! かわいい~♪
――ミッシェルも面白ーい! もっとやってーっ♪
――きゃあああっっ! 薫様!! ステキー!!
ハロハピの演奏に会場中が笑顔で埋め尽くされる。
それは、彼女達の持つ笑顔の輝きがもたらした奇跡に他ならなかった。
まるで遊園地で繰り広げられるパレードのように煌めくステージは、フロアにいる全ての人を魅了して離さず、多くの人の心に幼い頃の気持ちを抱かせる。
その瞬間、ハロハピのライブを見た誰しもが童心に帰り、彼女達の歌に聴き入っていた。
そして程なく、夢の一時は終わりを告げ、次の演者へと引き継がれていくのであった。
―――
――
―
軽快なギターの音色と共に、突如として彼女達は姿を見せた。
その音色を聴いた全ての人の注目がステージへと注がれ、そのタイミングに合わせ、ステージの照明が真っ赤に染め上げられる。
夕日のように紅い照明が彼女達を照らし出し、燃えるような興奮の熱が観客の心に広がり始める。
まさにそれは、いつの日も変わらず人々を照らし続ける太陽の輝き……。
――Afterglow。
不変の黄昏を抱く少女達の絶唱が今、始まる。
-12組目 Afterglow-
蘭「みんな、今日は来てくれてありがとう……Afterglow、行くよ!」
澪「来た……Afterglowだ! 律、前で見よう!」
律「ああ! 私も気になってたんだ、最前列で見ようぜ!」
律の手を引き、澪はステージの前へと移動する。
ステージの上で悠然と佇む少女達を前に、澪の胸は大きく高鳴りだしていた。
蘭「みんなに見て欲しい……私達の本気を、私達の輝きを……!」
蘭「行くよ、『That Is How I Roll!』!!」
https://www.youtube.com/watch?v=kPuZb-o9HPo
――!!! ーーーー♪♪
重厚なサウンドに合わせ、蘭の力強い歌声が会場中に響き渡る。
何者にも縛られず、何時の日も変わらずにいる事を誓うように蘭は歌い続け、その歌に呼応するように、会場中からは大きな歓声が飛んでいた。
――すっげええええ!! Afterglow! いいぞーー!!
――みんなかっこいいよ!! もっと燃えさせてぇぇぇぇ!!!
澪「蘭ちゃん……凄いな、これが、Afterglow……!」
律「ははははっ! すげー! 昔を思い出すなぁ、この感じ……♪」
澪「ああ……!」
律「澪が気に入るのも分かるよ、こんなロックな歌をここまで歌えるなんて、Afterglow、確かに良いバンドだわ」
澪「うん……私も思い出したよ……律と一緒に音楽をやり始めた頃の楽しさを……」
律「へへへっ、やっぱロックはこうでなくっちゃな……! うおおおーーーー!!! Afterglow!! いいぞーーーっっ!!!」
澪「うんっっ!! Afterglow!! さいっっこうだあああああーーー!!!」
2人はあらん限りの声を上げ、会場の熱狂に乗じていた。
自分達の『今』を歌う少女達の演奏は確実に澪と律、双方に心を鷲掴み、その耳を虜にしていく。
『今』を生きるその輝きこそが彼女達の全てであり、その歌は、自分達の存在を世界に突き付ける、まさに決意表明とも言える歌だった。
そのロックに溢れる歌詞は絶えず2人の心を強く揺さぶり続け、歳を取って落ち着いた筈の熱が胸に蘇りつつあるのを、この時、2人は確かに感じていた――。
梓「……凄い……! どのバンドも、昔の私達以上ですね!」
さわ子「うんうん♪ みんなも負けてられないわねー♪ 唯ちゃん、頑張りなさいよー?」
唯「うん♪ ふふふっ……私も、早くステージに上がりたいなぁ♪」
会場中の興奮を一身に受け、Afterglowの演奏は続けられた。
そして最後の曲も見事に演奏しきり、Afterglowのライブは盛況の内に幕を閉じたのであった。
――♪ ――――♪
蘭「みんな、今日はありがとう、ライブはまだまだ続くから、最後まで楽しんでいって!」
モカ・ひまり・つぐみ・巴「ありがとうございました!!!」
――ワアアアアアアアアァァーーー!!
――みんな良かったよー!! 次のライブも楽しみにしてるねーー!!
――Afterglow! Afterglow!! Afterglow!!!
ライブが終わってからもその声援は止む事無く、ステージは次のバンドへと引き継がれていく。
そして、主役である5組のバンド、その最後の主役である少女達の演奏が開始されるのであった……。
―――
――
―
-13組目 Poppin'Party-
声「次は? 次はどのバンド?」
声「えっと……あ! Poppin'Partyだって!」
唯「Poppin'Party……香澄ちゃん達だ……!」
フロアに期待の声が上がり、その声に応じるようにしてPoppin'Partyは姿を現した。
周囲の声を聞いた唯は急いでステージのすぐ側まで向かい、香澄達の姿をその眼に焼き付けるように見つめ続けている。
そして、会場中の注目がステージ上に集まりだし、香澄の大きく、一際元気な声がフロア全体に響き渡った。
香澄「……すうぅぅ……みんなーー!! 盛り上がってますかーー!!」
声「香澄ーー!! 待ってたよーー!!」
唯「香澄ちゃーーん!!!」
香澄「今日は来てくれてありがとう! 私達……」
香澄・有咲・りみ・たえ・沙綾「Poppin'Partyです!!」
全員が揃った声に合わせ、会場中から再度声援が飛び交う。
そして、香澄のMCにより、ライブは進行する。
香澄「今日は、どのバンドもすっごくかっこ良くて、楽しくって……キラキラドキドキしてて……もう、聴いてる私達もずっとノリノリでした!」
香澄「私達も負けないように歌うから、みんなも着いてきて!」
香澄「それでは早速ですが聴いて下さい、『ときめきエクスペリエンス!』!」
https://www.youtube.com/watch?v=hDzSjp8Q9XQ
~~♪ ――――♪
香澄「――祈る空に 弧を描く流星が ハピネスとミラクルを乗せて “はじまり”を告げている……!」
香澄達の歌声は、瞬く間に会場中の心を取り込んでいった。
純粋に音楽を愛する少女達のその輝きが、ときめきが聴く者全ての胸を打ち、心を解き放っていく。
それは、最前列で歌を聴いている唯も同じであり、フロアにいる誰よりも唯は、香澄の歌声に聴き入っていた。
唯「香澄ちゃん……あんなに楽しそうに歌ってる……」
梓「あの子、唯先輩に似てますね……」
唯「あずにゃん……」
梓「ボーカルのあの子、本当に歌が大好きなんだっていうのがよく分かります……楽しそうに、迷いなく一生懸命に歌うあの姿……私が大好きな唯先輩の歌い方にそっくりです♪」
唯「ふふふっ……うんっ♪ あずにゃん、ありがとう……♪」
時に楽しく、時に切なく、様々な感情を込め、一心に香澄達は歌い続ける。
途中でメンバー紹介を挟み、2曲、3曲と歌が続く中、香澄達のライブは更なる盛り上がりを見せていく。
香澄「次でこの時間最後の演奏です、精一杯歌うのでぜひ聴いて下さい……『キラキラだとか夢だとか ~Sing Girls~』!!」
https://www.youtube.com/watch?v=c0sW-K3rhus
会場が大いに熱を帯びる中、香澄達の歌が始まる。
歌に乗り、コールや声援が相次ぎ、会場全体が活気づいていくのを、香澄達の歌を聴く全員が感じ取っていた。
香澄「――キラキラだとか 夢だとか 希望だとかドキドキだとかで この世界は まわり続けている――!」
声「ポピパーーー!! いいよーー!! もっとやってえええええ!!!」
声「感動だよぉー、もう私……っっ涙出てきた……っ!!」
憂「すごいな……あんなに泣いてる人もいて……ステージのみんな……本当に凄い……!」
純「私達も昔はあのぐらい元気だったのになー。あーー、高校生の頃に戻りたいーー!!」
直「あはははっ、でも純先輩、さっきのバンドの時、全力で前行って叫んでましたよね?」
菫「ふふっ、ええ、最前列でノリノリだったの、私も見てましたよ」
純「もーいいじゃん! 今日ぐらいはさー! みんなも盛り上がってこーよー!」
和「ふふっ……本当にみんな、凄く楽しそう……」
さわ子「私達の頃に比べたらまだまだだけど、あははっ……今の子達もなかなかやるじゃない♪」
さわ子「……さてさて……唯ちゃん達もそろそろかしらね?」
そんな話がされる一方、さわ子はフロアの片隅へと視線を飛ばす。
その目線の先では、まりなと放課後ティータイムによる最後の打ち合わせが行われていた。
律「いやー、あぶねーあぶねー。唯に合わせてノってたらまりなとの打ち合わせすっかり忘れてたわ」
唯「あははは、ごめんごめん、香澄ちゃん達の演奏、本当に楽しくってさ♪」
澪「二人とも、気持ちはわかるけど、次が私達の出番なんだからしっかりやらないと……」
律「ああ、悪かった悪かった……あ、もう変装解いてもいいよな?……これでよしっと」
言いながら律はサングラスを外し、髪を掻き上げて普段の髪型に戻す。
それから間もなく、まりなの元で演奏前の最終確認が始められるのであった。
まりな「みんな揃ったね……じゃあ、最後に確認するね」
律「ああ、頼む」
まりな「今歌ってる香澄ちゃんたちの演奏が終わって、フロアが暗転したらみんなは客席からステージに上がってくれる?」
まりな「みんなの楽器ももうセッティングしてあるから、香澄ちゃん達がステージを降りたらすぐに準備するね」
唯「うん、分かったよ」
まりな「みんなの演奏、私も楽しみにしてるから、精一杯やっちゃって♪」
律「ああ、任せとけ。よっし、じゃあライブ前に、最後にみんなで円陣でも組むか!」
紬「わぁ、いいわね! みんな、やりましょう!」
澪「ああ……あまり大きな声だと周りに気づかれるかも知れないから、こっそりとな」
梓「ええ……ほら唯先輩、行きますよ」
唯「うんっ!」
律の言葉に5人は小さく円陣を組み、その右手を合わせ、声を上げる。
律「放課後ティータイム……いくぞ!」
一同「おーっ!」
周囲の熱狂を掻き消さない程度の声が5人の間で響くその時……Poppin'Partyの歌が終わり、遂にその時が訪れる。
香澄「――ありがとうございました!! この次もよろしくお願いします!!」
唯「みんな……いよいよだね……!」
律「ああ、ここにいる誰にも負けない、最高の演奏を見せてやるぜ!!」
澪「私達でやるんだ……私達の手で……!」
紬「私もこの時をずっと待ってたわ……みんな、楽しんで行こうね♪」
梓「はい……行きましょう!」
唯の声に全員の声が重なり、香澄達の撤収が始まる。
放課後の再来は、もう目前にまで迫っていた――。
―――
――
―
――フッ
香澄「あれ……照明消えちゃったよ? どうしたんだろ?」
突如会場が暗転し、微かなざわめきが観客席に広がり始める。
その沈黙を縫うように、まりなの声がスピーカーから響き渡り……。
まりな「皆さんお待たせしました! ここで本日のスペシャルゲストの登場です!! どうぞ!!!」
まりなの声を合図に、唯達5人は暗闇の中で上着を脱ぎ捨て、颯爽とステージ上に踊り出た。
そして、暗転から一変。眩いばかりのライトがステージを照らし出す。
そこには、光り輝くTシャツを身に纏い、楽器を構える唯達の姿があった。
――放課後が始まる。
10年という長い月日を経て、彼女達の、一日限りの放課後が今、始まる――。
―――
――
―
-ゲストライブ 放課後ティータイム-
HTT一同「………………」
静かにステージ上に佇む唯達の姿に、香澄達は思わず息を呑み込んでいた。
香澄「……………えっっ?」
蘭「う、嘘……………今日のゲストって……」
彩「……律……さん………??」
友希那「…………梓……さん………」
唯達の姿を見た香澄達の間に沈黙が走る。
予想外の人物のいきなりの登場に頭の整理が追いつかず、香澄達の間に動揺が駆け巡り、彼女達を知る全員が言葉を失っていたのだが……。
そんな香澄達の沈黙をよそに、こころだけはステージに向け、嬉々とした表情で声を上げていた。
こころ「…………!!! すごいわ!! つむぎーー!! 紬が演奏するのねっ!!」
こころ「がんばって!!!! つむぎーーー!! 応援してるわね~~~~っっ!!」
あらん限りの声量でこころはステージに向かい、声援を送り続ける。
その声に応えるように、律がスティックを掲げ、放課後の演奏が開始された――。
律「ワンツスリーフォーワンツースリーフォー!」
-HTT1曲目 GO! GO! MANIAC-
https://www.youtube.com/watch?v=EV-bDK_aipw
特に自己紹介もないまま、突如としてその曲は奏でられた。
それは言葉による自己紹介ではなく、演奏による自己紹介と言っても過言ではない。
あえて最初の挨拶はせず、一気にハイテンションの演奏を見せつける事で急激に観衆の心に飛び込んでいく。
そんな律の目論見は見事にハマり、息もつかぬ程に奏でられる音は無条件にフロア全体の注目を浴び、放課後の存在を瞬く間に知らしめていくのだった。
声「うわ、いきなり凄い演奏……! 誰? あの人達?」
声「私達よりも年上っぽいけど、ねえ知ってる?」
声「ううん……でも、かっこいいなぁ~! リフも正確だし、あの人達、とってもライブ慣れしてるって感じがするね!」
声「ベース弾いてるあの女の人……かっこいいなぁ~」
声「でも、この人たち、どっかで見たことあるような気が……」
声「あー! 私あのギターの人知ってる! 前にジャズのライブやってた人だよ!」
声「えっ!? じゃあ、もしかしてプロの人なの?」
声「えー! 誰々?? 有名人???」
まりな(唯ちゃん達、凄いよ……初めて見る人も多いはずなのに、お客さん達みんなが放課後ティータイムに注目してる……!)
ステージの上で奏でられる歌と音は着実に観衆の心を昂らせ、既に全身で演奏に乗る人も現れだす程だった。
そして、放課後の演奏に聴き入る観客のその姿を見たこころ達もまた、相次いで紬達への感想を口にしていた。
はぐみ「ねえねえみーくん! 凄いよ! ムギちゃん先輩が演奏してるよっ!」
美咲「お客さん達もあんなに乗ってる……まさか……今日のゲストが紬さん達だったなんて……!」
花音「うん……私もびっくりして腰抜かしちゃうところだった……」
薫「フフフ……さすが紬さんだ……! あああ、私も心の高鳴りが抑えられない……儚い……なんて儚い演奏なんだろう……!!」
こころ「すごいわぁ……さすが紬ね♪ 放課後ティータイムーーー! さいこーよーー!!」
美咲「放課後ティータイム……ああああっ、思い出した……!!」
花音「み、美咲ちゃん?」
美咲「花音さん、前にこころの家にあったCDをアレンジしてみんなで歌った事あったの覚えてます?」
花音「そういえば……あったね、覚えてるよ」
はぐみ「あー! それって、今ムギちゃん先輩が演奏してるこの歌だったよね?」
美咲「うん、そのCDにはっきりと書かれてましたよ、『放課後ティータイム』ってタイトルが……でも、まさかそれが紬さん達の歌だったなんて……いくら何でも世間狭すぎでしょ……!」
はぐみ「すごい偶然だね……でもはぐみ、とっても嬉しいよ! はぐみ達、ムギちゃん先輩達と一緒だったんだね♪」
こころ「そうね♪ 凄いわ、凄いわ♪ 私達、音楽で紬達と繋がっていたのね♪」
薫「これこそまさに運命だね……ああっ、なんて儚いんだろう……!」
美咲「運命……ね。薫さんの言ってることも、さすがに今回ばかりは的を得てるって感じがするよ」
美咲「紬さん、頑張って下さい……! 私達、最後まで聴いてますから……!」
柄にもなく、美咲は声を上げる。
その声に応じるように、ステージ上の演奏はより一層の熱を増していき、フロアは更に盛り上がりを見せていくのであった。
憂「おねーちゃーん! かっこいいよーー!!」
純「懐かしいな……すっごく懐かしいよ、この感じ!!」
直「ええ……みんな、凄く生き生きしてる……!」
菫「お姉ちゃん! みんな! がんばれーー!!!」
和「唯……みんな、凄いじゃない……!」
さわ子「さっすがー、やるじゃないのあの子達♪ ……ほんと、よくやったわね……凄いわよ、みんな!!」
香澄「唯さんだ……唯さんが、歌ってる……!」
有咲「驚いたな……まさか、スペシャルゲストが唯さんたちだったなんて……」
香澄「有咲!! 前に行こう!! 前で、唯さん達の演奏、聴きに行こう!!」
有咲「ああ……! 香澄、行くぞ!!」
有咲の手を引き、香澄達は強引にステージの前へと繰り出す。
そこには既に蘭に彩、こころや友希那達の姿もあり、多くの演者が観客に混じって放課後の演奏を聴いているのが見えていた。
そしてしばらく、絶好調で始められた放課後の1曲目の演奏が終わりを迎え、唯のMCが始まる。
唯「みなさんこんにちわ!! 私達が、放課後ティータイムでーす!!!」
―――ワアアアアアアアアアア!!!!
唯の声に会場全体からは割れんばかりの喝采が巻き起こる。
開始からハイテンポな曲を最高潮のテンションで歌いきった事もそうだが、それ以上に、唯達のその高い演奏力と歌唱力がスペシャルゲストとして観客の期待に応えていたのが何よりも大きい要因だった。
フロア全体から期待と歓喜に溢れた称賛が唯達に送られる。それは突如姿を見せた唯達を、放課後ティータイムの存在を初見の観衆全員が受け入れた事実に他ならなかった。
唯「いきなりの演奏でみんなびっくりしたと思うけど、でも、こうした方がいいと思ったので、思いっきり演奏してみました。みんな、どうだったかな?」
香澄「唯さーん!! 素晴らしい歌でしたーー!!」
声「うんうん! サイコー! もっと聴かせてー!!」
唯「あははっ、みんなありがとー♪ でもせっかくだし、ここでメンバー紹介するね♪ まずはベースの、秋山澪ちゃん!」
――♪ ~~~~♪ ~~♪
唯に振られ、自己紹介とともに澪の指がクールなベース音を奏でる。
澪「皆さんどうも! ここにいるみんなに負けないよう、私達も頑張るので……よかったら是非聴いてってくださーい!」
唯「澪ちゃんは私達のお姉さん的な感じで、練習の時はしっかりみんなを纏めてくれてました♪」
澪「ボーカルがもっと真面目に練習にしてくれてたら、私ももっと楽できたんだけどなぁ~」
――あはははっ!
唯「えへへへ……じゃあ次は、我らがリーダー、田井中律ちゃん!」
――タカタンッ! タタタタッ! ドコドコドコドコ――ジャンッ!!
次いで律が器用にドラム捌きを披露し、最大音量の声で会場に向けて叫ぶ。
律「みんなーーー!! 今日はよろしくなーーーーっっ!!」
唯「りっちゃんは私達のリーダーで、みんなが困ってる時、すぐに助けてくれたり、支えてくれたりしてました♪」
唯「すっごく頼りがいのある子なんだけど、結構女の子っぽい所もありまして、なんと……!」
律「おーい! 知り合いがいんだからそれ以上言うなっ! 次行け次ー!」
唯「ふふふっ……はーい! そしてキーボード担当の、琴吹紬ちゃん!!」
~~~♪ ――――♪
紬「みんな~、盛り上がってるかしらー?」
唯「ムギちゃんはいつも練習の時にお茶とお菓子を持ってきてくれて、後輩の菫ちゃんも練習のお手伝いにも来てくれてました、ムギちゃん、菫ちゃん、本当にありがとうーっ!」
紬「こちらこそ、どういたしましてー♪」
菫「ふふふっ……唯先輩ったら……♪」
唯「お次は、ギターの、中野梓ちゃんです!」
――♪ ―――――♪
梓「皆さんはじめまして! 今日は楽しんでって下さーい!」
唯「あずにゃんは、なんとご両親と一緒にプロのジャズバンドを組んでるんです。もし良かったら、みんなも是非聴きに行ってくださーい♪」
梓「もー、ここで無理に宣伝してくれなくてもいいんですよー!」
声「梓さーん! 今度ライブ行くから、よろしくねー!」
梓「あ、ありがとうございまふっ! あっ……!」
――あはははっ おもしろーい!
――可愛いよー! 梓さーん!
観客の声援に思わず噛んだ梓に笑い声が飛び、そして最後に、唯の自己紹介が始められる。
唯「最後に私、ギター&ボーカルの平沢唯です!」
――♪ ――♪ ――♪
唯「私達は、高校生の頃、軽音部で『放課後ティータイム』っていうバンドを組んでました!」
唯「大学を卒業してからみんな一度は離れ離れになっちゃったんだけど、でも先週あった同窓会でみんなで再会して……それで、ガールズバンドパーティーで演奏する事をきっかけに再結成したんです!」
唯「再結成のきっかけを作ってくれたまりなちゃん! 本当にありがとうーー!!」
突如、フロアの隅でステージを眺めるまりなに向けてスポットライトが当てられる。
いきなりの振りに照れながらもまりなは手を降り、その声に返していた。
まりな「私の方こそありがとう!! 放課後ティータイム! 最高だよーー!!」
唯「えへへっ♪ いやーしかし、みんな若いよねぇー、なんていうか……女子高生パワー恐るべし! だよねえ~」
律「あんまそーいうこと言うな! ただでさえこっちはここにいる全員と歳の差感じてんだぞ!!」
唯「でも、10年前は私達もみんなと同じだったんだよねぇ~♪」
律「だーかーら!! 歳がバレるような事言うなーーーっっ!!」
――あははははっっ!
蘭「凄い……ちゃんと会場の笑いも取れて、MCもしっかりこなしてる……これが、澪さんのバンド……!」
香澄「ふふっ……唯さん達、私達の10個も上だったんだね……全然見えなかったなぁ」
彩「……律さん……みんな、かっこいい……! 私も、あんな大人になれるといいな……」
友希那「さっきの演奏……梓さん達が全身全霊を賭けて自分達の音楽に向き合っているのがよく伝わって来たわ……」
こころ「うふふっ♪ 次の曲も楽しみよっ♪ 紬達、次はどんな歌を歌ってくれるのかしら♪」
唯「じゃあ、次は澪ちゃんのボーカルで行くね! 曲名は……『Don't say "lazy"』!!」
-2曲目 Don't say“lazy”-
https://www.nicovideo.jp/watch/sm8143460
澪「Please don't say "You are lazy" だって本当はcrazy――!」
澪の歌声に乗せ、二度放課後の旋律が奏でられる。
先程の唯とは対象的に鈴のように凛とした美声が会場中に響き、多くの観客の心を魅了していく――。
そのクールな歌声はAfterglow全員の心を撃ち、初めて聴く澪の歌声に、誰もが酔いしれて行くのであった。
巴「やっば、澪さんすげえ歌上手い……!」
ひまり「うん……! 歌いながらあんなにベース弾きこなすなんて……か、かっこいい……! 凄くかっこいい……!!」
蘭「あれ、この曲って確か……」
モカ「うん、あたし達も一回演奏した事あったよねー」
つぐみ「確か、ひまりちゃんのお母さんに借りたCDに入ってたんだよね、この歌」
モカ「そうそう、ってことは、ひーちゃんのお母さん、澪さん達のこと知ってたのかな?」
蘭「それは分からないけど………そっか……あたし達、ちゃんと澪さんと通じてたんだ……」
ひまり「私、もう抑えきれないよ!! 澪さあああん!! ステキーーー!!!」
巴「放課後ティータイムーー! いいぞーーーー!!!!」
蘭「ふふっ……みんな、凄く盛り上がってるね」
モカ「蘭も、ちゃんと耳に残しておこーね、あたし達の先輩……になるのかな? あの人達の歌と音を……さ」
蘭「うん、そうだね……!」
蘭(澪さん……私達も、負けませんから……!)
微笑みながら、蘭の瞳は一心に歌い続ける澪の姿を見つめていた。
対抗心とも、競争意識とも違う感情が蘭の胸中で渦を巻く。
それは、音楽を奏でるバンドマンとしての尊敬とも言える感情であり……人一倍高いプライドを持つ蘭が澪に対し、憧れの念を抱いた瞬間でもあった。
澪「皆さん、ありがとうございました!!!」
――ワアアアァァアァァァァ!!!
2曲目の演奏が終わったと同時、二度歓声が沸き起こる。
その称賛の声を唯達は一身に受け、続く3曲目の演奏が始められた。
唯「次は私と澪ちゃんの2人で歌います、『ふわふわ時間』、聴いて下さい!」
-3曲目 ふわふわ時間-
https://www.youtube.com/watch?v=ckv4PVgYRNk
続いて奏でられる3曲目の歌。
その聴き覚えのあるイントロに誰よりも強い反応を示したのは、他ならぬPastel*Palettesの5人であった。
彩「この歌は……!」
イヴ「はい……! リツさんが私達に教えてくれた歌ですっ!」
千聖「そっか……律さん……私達の事を信じてくれて、自分達の歌を……私達に託してくれていたのね……!」
日菜「私さ、この曲を初めて聴いた時、なんとなくだけどそんな気がしてたんだ……これ、律さんが叩いてるんだって、そんな気が……ね」
麻弥「やっぱりこの曲、律さん達の曲だったんですね……ジブン……っ……ぃ、今になって感動してます……っ…ッ!」
彩「ぅぅ……私、な、泣きそう……っっ」
麻弥「彩さん…じ………ジブンもです……うぅっ……!」
日菜「ふふふふっ♪ 私、今すごい、ルルルルルン♪ってなってる! 私この曲、ふわふわ時間が大好きっ!!!」
イヴ「はい、私もですっ♪ リツさんの歌だって知って私、この歌のこと、もっと……もっと好きになりました!」
日菜「ねえ、彩ちゃん! 麻弥ちゃん! 泣いてる場合じゃないよ! 私達も歌おう! 律さん達の歌を……律さん達の輝きを!」
千聖「ええ! 日菜ちゃんの言う通りね……今は泣くのを我慢して……私達も見届けましょう!」
彩「えへへへ……っ……日菜ちゃん、千聖ちゃん……うん、そう……だね!」
麻弥「……はいっ! 律さーーん!! かっこいいです!!! ステキです!! 最高ですよぉーー!!!!」
パスパレの5人は互いに手を取り合い、重ねるように絶賛の声を送り、その歌を口ずさむ。
目元から溢れそうになる涙を懸命に抑えつつ……彼女達は、ステージ上でドラムを打ち鳴らす律の勇姿をその眼に焼き付けていた。
律(彩ちゃん……麻弥ちゃん……みんな見ててくれ!!! これが、私達の……! 私達の輝きだ……!!)
そんな彩達の姿が視界に入り、律のドラムは自身のテンションに合わせ、更に加速していく。
額から滝のように流れる汗すら拭わず、眼前の2人の歌声に合わせ、一心不乱に律はドラムを叩き続けていた。
澪(ちょっと待て律、いくらなんでも走りすぎだ!)
律(悪い!! でも、このままやらせて! ……私今、すっげえ楽しいんだ!!!)
唯(私は平気だよ、りっちゃんの好きにやっちゃって!!)
梓(律先輩! とてもイイ感じです! このままお願いします!)
紬(私達も全力で付いていくわ! りっちゃん、行っちゃえ!)
律(みんな悪いな……それじゃあ、次のサビから遠慮なく行かせてもらうぜっっ!!)
唯の合図を皮切りに、律の音は尚も加速する。
それでも決して外すことなく正確に打たれるそのビートに観衆の注目は集まり、一層の熱を帯びていく。
その迫力のあるパフォーマンスには、同じパートを担当するドラマー達も目を離せずにいた。
あこ「すごい……あの人のドラム、めちゃくちゃ凄いよ! お姉ちゃん!!」
巴「ああ……あんなに速くてムチャクチャに見えるのに全然音がズレてない……むしろ周りもしっかりドラムに合わせてる……! いや、なんってテクニックだ! あんなの、アタシだって見惚れちまうよ!」
沙綾「まるで、本当にプロのドラマーのみたいな打ち方だね……ははははっ! 唯さん達のリーダー、凄すぎだよ!」
花音「ふえぇぇ……わ、私には絶対にマネできないテクニック……でも、あんなに楽しそうに叩いてて……か……かっこいいです!」
麻弥「……律さああああん! いっけええええええ!!!!!」
律の演奏はボーカル以上に注目を浴び続け、更にその勢いを増して行く。
唯・澪「――ふわふわタイム(ふわふわタイム)――ふわふわタイム(ふわふわタイム)――」
――♪ ―――♪
演奏の最後、最も激しく、荒々しく豪快に叩かれた律のドラムは、最早アレンジにアレンジを重ねたふわふわ時間本来の演奏とは別の物となっていた。
だが、決して乱れることなく、正確にビートを刻み続けるその音は、既にプロのドラマーの音とも呼べる程に魅力的に見え、多くの観客を虜にして行く。
そして3曲目の演奏が終わったその時……。
立て続けに曲を歌いきった唯と澪にだけでなく、終始行われた律の圧巻のドラムパフォーマンスに対しても、割れんばかりの拍手が巻き起こっていた――。
律「……っ……みんな……ありがとーーーーっっ!!」
――パチパチパチパチパチ!!!
――うおおおおおおおおおおお!!!!
――凄いドラムパフォーマンス!! 私、思わず震えちゃったよ!!
――やべええええ!! 放課後ティータイム、歌だけでなく演奏も凄ぇえええ!!
律「はぁ……はぁ……! き、気持ちよかった……!!」
息も絶え絶えになる程の疲労感が律を襲う。
水を被ったような大汗が顔中を流れ、腕は腫れ上がった様にむくみ、脚が鉛のように重く感じる……。
だが、それでも構わないと言わんばかりに、律のその顔は笑顔で満ち溢れていた。
唯「みんなありがとう!! りっちゃんも凄かったね~♪ でも、まだまだいっくよーーー!!! 次は『ごはんはおかず』!!」
-4曲目 ごはんはおかず-
https://www.youtube.com/watch?v=qHaacTMlaqY
唯「――ごーはんはすーごいーよ なんでもあーうよ ホカホカ♪」
軽快なサウンドに乗せられ、放課後の4曲目が始まる。
それは実に放課後らしい、楽しさに溢れた一曲だった。
唯の口から発せられる和やかな歌声は、先程の演奏で昂ぶっていた観客の激情を程よく落ち着かせ、気持ちを穏やかにしていく。
そしてその音と歌は、梓の眼下で佇むRoseliaの少女達の心にも、確かに届いていた――。
あこ「あははははっ♪ りんりん! 梓さん達の歌……すっごく楽しいね!」
燐子「あこちゃん……ふふふっ……うん、そう……だね!」
紗夜「先程までとは違う、まるでコミックソングのような曲調なのに……何故でしょう、私も、心が跳ね上がるような感覚がしてきました……日菜達の歌を聴いてもこうはならないのに……っ」
友希那「私もよ……さっきまでの震えるような興奮は無い筈なのに……まるで別の感覚が押し寄せて来るようなこの感じは……」
友希那「一体、何なの……? さっきまでの興奮とは違う……この胸の高鳴りは……!」
リサ「友希那、紗夜……きっとそれが、『楽しい』って事なんだよ」
友希那「リサ……」
紗夜「今井さん……」
リサ「アタシ、思い出したんだ……小さい頃、友希那や友希那のお父さんと一緒にベースを弾いていた頃をさ……」
リサ「あの頃は上手いとか下手とか……そんな難しいことなんか考えず、純粋に音楽を楽しんでた……きっと友希那だって覚えてるはずだよ! あの頃の音を……あの頃の楽しさを!」
あこ「うんうん! リサ姉の言ってること、あこも分かるよ!」
あこ「ほら、音楽って、『音を楽しむ』って書くでしょ、梓さん達の歌って、まさにその通りですよ!」
リサ「あはははっ! そうだね、あこ、よく言った!」
友希那「音を……楽しむ……」
紗夜「ふふふっ……宇田川さんらしい考えですね……」
厳密に言えば、あこのその理論は、友希那と紗夜の知る音楽の本来の意味とは違う考えではあった。が……。
それでも、あことリサの言う『楽しむ』という感覚は、2人が久しく味わっていない感情でもあった。
『音を楽しむ』という、音楽に対するアプローチ。
それは『Roseliaに全てを賭け、目標に向かい突き進んでいく』という、彼女達が結成当時に掲げた誓いとはかけ離れた感覚であり。数多の音楽家が胸に抱く、音楽に対する向き合い方の一つでもあった。
情熱や信念だけではない、『楽しむ』という感情。それこそが、何よりも夢や理想に向かう為の原動力となる。
そしてその感情は、共有する人の数に比例し、何倍にも膨らんでいく。
物事に対し、『楽しむ』という事の素晴らしさと大切さを、今この時2人は、梓達の演奏を通して思い出していた――。
紗夜「……私が音楽を始めた理由は……そもそもが妹の日菜に対する強い対抗意識からでした……だから、音楽に対する楽しさを感じたことなんて、Roseliaに加わるまではほとんどありませんでした……」
友希那「……私もよ……お父さんの夢が破れた時から、私が音楽をやる理由は、お父さんが成し遂げられなかった夢を叶えることに変わったから……それ以来、音楽を楽しんでやるなんて事、あまり考えなくなっていた……」
紗夜「思い出しました…………この胸の高鳴り……これが、『音を楽しむ』という事なのね……」
友希那「『音を楽しむ』……演者だけでなく、観客と演者が一つになる事で生まれる感情……これを私達の演奏に活かすことができれば、私達はまた一歩、前へ進めるかも知れない……」
友希那「梓さん、ありがとうございます……貴女達のおかげで……私達はまた一歩、目標へ近付く事が出来たと思います……!」
リサ「ほーら二人とも! 今は難しい事は考えずに梓さん達の音楽を楽しもうよ!! ほら、腕上げて! ねっ♪」
友希那「ふふっ……ええ……紗夜も、今はこの感覚に身を委ねてみるのも良いと思うわ」
紗夜「はい……少し照れますが……やってみますっ」
ぎこちなく、辿々しく……2人は腕を上げ、身体を揺らし、自身の感情そのままに身を委ねていた……。
今はまだ完全じゃない……それでも、普段はクールに徹しているあの2人が音楽に乗っている……。その姿が、リサの心を打つ。
リサ「も~、二人とも照れちゃってしょうがないなぁ……でもアタシ、嬉しいよ……。 梓さんありがとう!!! 私達、今すっごく楽しいよーーーー!!!」
あこ「いぇ~~~~い♪ 放課後ティータイム!! いっけ~~~♪」
燐子「ふふふっ……♪ 私も楽しいよ……あこちゃん……♪」
唯「――関西人ならやっぱり お好み焼き&ごはんっ♪ 私前世は 関西人っ♪」
律・澪・紬・梓「――どないやねん!」
律(あー、やべ……ヘトヘトなのに……超楽しい……!)
澪(ああ………ライブって、みんなで演奏するのって……こんなに楽しいものだったんだよな……!)
紬(懐かしい……熱くて、胸がドキドキして……今にも叫びだしそう……!!)
梓(終わって欲しくない……いつまでも、いつまでも、こうしてみんなで演奏がしていたい……!)
唯(私、今すっごく楽しいよ……またこうして、みんなで演奏できて良かった……本当に良かった……!)
唯「――1・2・3・4・GO・HA・N! みんなも一緒に!!」
あこ「1・2・3・4・ご・は・ん! あははははっっ!! すっごいおもしろ~い♪」
リサ「うんうん! 1・2・3・4・ご・は・ん!! ほら、友希那と紗夜も!」
友希那「……い、1・2・3・4・ご・は……ぅ、さすがにそれはちょっと……」
紗夜「わ、私もです……っ」
燐子「うふふっ……照れてる友希那さんと氷川さん……可愛いな……♪」
和やかな場の空気に乗るという気恥ずかしさから、二人の顔が赤く染められる。……しかし、不思議と悪い気はなしかった。
今はまだ、完全に理解できたわけでは無かったが……それでも、絶えず脈打つ心臓の音だけはそれを理解していた。
――その胸を打つ鼓動は、2人が確かに、放課後の歌を心から楽しんでいるということの証でもあったのだから。
唯「いぇええええええい!! みんな、あっりがと~~~~♪」
――ワアアアアァァァァーーーー!!!!
HTT! HTT! HTT!!!!!
放課後ティータイム!! さいっこーーだぜえええ!!!
そして、笑いに包まれた4曲目の演奏が終わり、放課後の、最後の曲が奏でられようとしていた。
唯「みんなが楽しんでっ……くれて私達もすっごく嬉しいよ!! でも……んっ……ごめんね、次で最後の歌になっちゃいました!」
――ええええええ!!!
――そんな~~~~!!
――いやだっ! もっと聴かせてよ!! 放課後ー!
唯「ごめんっね……でも、私たちも最後まで全力で歌いきるから……げほっ、みんな゙、よろしくね゙ーーっっ!」
――ワアアアアァァァーーーッッッ!!!!
律(……唯も、そろそろ限界か……!)
澪(唯……!)
紬(唯ちゃん……)
梓(唯先輩……)
唯(ごめんねみんな……でも、最後までやらせて……! この歌だけは……!)
ここまでMCを含め、長時間声を張り上げ続けて来た唯の声に微かな変化が生じていた。
しかし、それでも声を上げることをやめることなく、唯は声を上げ、ギターを掻き鳴らす。
唯「――っそれじゃあみんな、聴いて下さい……大切なものは、いつもみんなのすぐ側に……『U&I』!!」
-5曲目 U&I-
https://www.youtube.com/watch?v=AhfZEDa7zMo
僅かに声を枯らしながら、唯の最後の歌声が響き渡る。
酸欠で目元がふらつき、気を抜くと倒れてしまいそうになるのを懸命に堪えつつ、唯は心のままに歌を歌い続ける。
その姿を見る香澄達の眼には、それぞれ光るものが込み上げてきていた――。
香澄「……っっ……唯さん……っっ……ゆいさん……!!」
有咲「……っ……すげえな……唯さん……」
たえ「うん……あんなに歌って……もう疲れてヘトヘトな筈なのに……それでも、凄く楽しそうに歌ってる……」
りみ「……っ…うん……っ……みんな、すごくて……かっこよくて……うち、泣けてきちゃったよぉ……っ」
沙綾「明るくて、前向きで、暖かくて優しい歌……唯さんの想いが伝わってくる歌だね……」
香澄「…………唯さんっ…………がんばれ……がんばれ……っ…!」
優しく紡がれる唯の歌……。
それは、自分の大切な物全てに送られる愛の歌。
自分の大事なもの。いつも傍にいてくれる大切な存在。……けど、それが当たり前になっていると気付かない。
そんな大切な事に気付かせてくれる歌だった。
唯「――まずはキミに つたえなくちゃ―――「ありがとう」を!」
――♪ ~~~♪
声「すごい……いい歌だね」
声「うん……あはははっ……なんだか私、泣けてきちゃった……!」
声「楽しくって、切なくて……ああもう、よくわかんないけどいい! この感じ、すっごくいい!!」
純「っっ……っっ……わ、私、もう涙が止まらないよぉぉ……!」
直「純先輩……」
菫「っ……っっ……ああもう、私も……泣けてきちゃいました……っ」
憂「……お姉ちゃん……っっ……うぅ………ぉ……おねえちゃぁん……っっ!……っ」
和「憂……」
憂「和ちゃん……私……今凄く嬉しい………お姉ちゃん、あんなに輝いてる……!」
憂「お姉ちゃんの歌声が、色んな人の心に届いてるのが分かる……! お姉ちゃん! ……私、あなたの妹で良かった……! ほんとうに良かった……っ!」
唯の歌声に、会場中の思いが一つになる。
ある者はサイリウムを、またある者は携帯の画面を付け、横に振り続けている。
その光景は、ライブを見る何人かの人の眼に、ある情景を思い描かせていた――。
香澄(……えっ?)
ふと、香澄の視界が一瞬暗転し、別の景色が浮かび上がる。
それは涙で目の前が滲んだせいか、唯達の演奏が魅せる幻なのか分からないが……香澄の眼は、自分が今までいたライブハウスとは違う風景を描き出していた。
香澄(ここは……?)
そこは見知らぬ音楽室。
目の前には、紺色のブレザーを着た、香澄と同年代ぐらいの5人の女の子達がそれぞれ楽器を手に、楽しく歌っている様子が見える。
先頭で、学生服姿の女の子が赤いギターを弾き鳴らしつつ、陽気に歌い続けている。
女の子の襟元で青いタイが僅かに揺れ、その女の子は香澄に微笑み、優しく手を差し伸ばしながら言う。
女の子「――私達のライブに来てくれてありがとう♪ 今日はたくさん楽しんでってね♪」
香澄「………うんっ……!」
女の子の声に大きく頷き、涙で濡れた目元を拭う香澄。
やがて視界が戻り、上を見ると、懸命に歌い続ける放課後の姿がしっかりと見えていた。
香澄「唯……さん……そっか…っっ……そうだったんだ……!」
香澄(さっきのはきっと、唯さん達だったんだね……私達と変わらない……音楽が、歌が大好きな……キラキラ、ドキドキしてる……唯さん達だったんだね……!)
香澄「……!! 唯さん……がんばれーーーーー!」
会場の声援に負けじと香澄は声を張り上げる。
その頬を伝う涙はもう止まっており、輝きに満ちた笑顔で香澄は声援を送り続ける。
香澄(泣いてなんかいられない……! 今は、この人達の輝きを見ていたい……! 誰よりも、何よりも近い場所で、唯さん達の放課後を見ていたい……!)
香澄だけでなく、多くの人が歓声を上げ、放課後の演奏に心を沸かせ続けていた。
そして……。
唯「――思いよ―――届け――――」
~~~♪ ―――♪ ―――…………♪
最後のフレーズを歌い切り、放課後の演奏が今、終わりを告げた……。
程なくして照明が暗転し、暗闇が会場を包み込んでいく。
演奏の余韻が、会場から送られる歓声が全員の耳の中に響き、感傷が5人の胸中で渦を巻いていた。
律(終わっちまったな…………)
澪(ああ…………)
紬(楽しかった……でも、もうおしまい……なのね)
終わってしまったという寂しさが胸を打ち、涙が溢れそうになる。
――その時だった。
――ル! ――ール!
梓(……え?)
――コール!! ンコール!!
唯(まさか…………)
――アンコール!! ――アンコール!!
唯「みん……な……!」
――まだ終わらないでーーっっ! 放課後ーーー!!
――最後に一曲! お願いーーーっっ!!
暗闇の中、止むことなく続くアンコール。
その想いは声となり、意思となり、願いとなり、絶えず唯達に投げ掛けられる。
会場中の誰もが願う『終わってほしくない』、『もっと放課後の歌を聴いていたい』という希望。
まさにそれは、放課後の最後の復活を望む、期待の声だった――!
―――アンコール!! ――アンコール!!!!
唯「みんな………っ!」
律「マジかよ……はははっ! こんな事って!」
演奏に集中していたこともあり、アンコールが振られるなんて全員が予想すらしていなかった。
驚きとともに興奮が再度全員の胸に蘇り、身体中を締め付ける疲労を払拭していく。
その時、大慌てでまりながステージの脇から唯達に向け、声を上げていた。
まりな「はぁ……! はぁ……! お、お願い! みんな……! みんなの期待に、応えてあげて!」
唯「まりな……ちゃん」
まりな「私も見たいんだ……最後にもう一度……私達の思い出を……放課後を……! 会場中に届けてあげて!」
唯「でも、時間が……」
まりな「大丈夫! この後一度休憩を挟むから! だからお願い! みんなキツいのは分かってる……でも……お願いっ!」
頭を下げ、まりなは懇請する。
観客、スタッフ、演者、会場にいる全ての想いを一身に受け、まりなはひたすらに頼み込んでいた。
澪「でも……今日やる5曲で手一杯で、アンコール用の歌なんて考えてる余裕は……」
梓「唯先輩の声も限界ですし……どうすれば……!」
紬「急いで何か、別の歌を考えないと!」
律「くそ、どうする……! どうする……!」
唯「……あの、さ……みんな!!」
唯「それなんだけど、……で……みんなでやるってのは……どうかな?」
唯は立ち上がり、皆にそっと提案を耳打ちする。
その声を聞いた4人全員の顔に笑顔がこぼれ、皆が皆、唯の案を受け入れていた。
律「はははっ……唯、それ、ナイスアイデアじゃん!」
澪「それなら唯の負担も減らせるし、会場のみんなも乗れるな!」
梓「ええ、教科書にも載るぐらい有名な曲ですから、皆さんもきっと知ってると思います!」
紬「さすがね唯ちゃん……私ももう一度、この曲を演奏したかったの……!」
唯「じゃあ、お客さんが待ってるから……最後にやろう! みんなっ!」
一同「――うんっ!!」
唯の言葉に頷き、再度楽器を構える5人。
割れんばかりの観客の声に応え、照明がステージを照らし出す。
そして、正真正銘、彼女達の、最後の放課後が幕を開けた――!
唯「みんな……本当にありがとう……! アンコールまでもらえて、私達……すっごく、すっごく嬉しいです!!」
唯「……最後の歌は、きっと知ってる人も多いと思います」
唯「よかったらみなさんも一緒に歌って下さい……私達のはじまりの歌、『翼をください』!!」
-アンコール 翼をください-
https://www.youtube.com/watch?v=DA9UnKFxm9U
律「……ワンツースリーフォー!」
~~♪ ―――♪ ―――♪
紬「――いま 私の願い事が かなうならば――翼がほしい――」
唯「――この背中に 鳥のように 白い翼つけてくださーいー」
律「――この大空に 翼を広げ 飛んでゆきたいよ――♪」
紬「――悲しみのない 自由な空へ♪」
梓「――翼はためかせ ゆきたい――」
唯だけに負担をかけぬよう、1フレーズ毎にパートを変え、その歌はバトンの様に5人の間を駆け巡っていく。
ある時は観客の方へとマイクが向けられ、その歌はステージの上だけでなく、会場全てを巻き込んだ合唱となり、一層の熱を帯びていった。
――その歌は言わば、放課後の原点とも呼べる歌だった。
13年前、高校に入学し、律が軽音部を立ち上げ、澪と紬が入部をし、3人で奏でたこの曲を聴いたことで唯は入部を決め、そこから全てが始まった。
春にギターを買い、夏に合宿をし、やがて顧問が来て、初めての学園祭を迎え、クリスマスを幼馴染とみんなで過ごした。
2年の春には後輩ができ、その年の2度目の学園祭で桜高軽音部は、放課後ティータイムへと名前が変わった。
3年になり、マスコットが増え、修学旅行に行き、結婚式にも参加した。
夏フェス、夏期講習、マラソン大会と、色んな行事に参加した。……そして最後の文化祭、ステージで歌を歌い、夕日に照らされた部室でたくさん泣いた。
そして受験を迎え、大学に合格し、みんなでロンドンに行った。
卒業式、後輩にみんなで作った歌を届けた。その時に見た後輩の涙は、今まで見たどの涙より輝いていた……。
その年の春、大学へ入学し、沢山の素晴らしい人達に出会うことが出来た。
それと同じ頃、妹とその友達が軽音部に入部をしてくれた。それから新しく二人の後輩も入部をしてくれて、わかばガールズが結成された――。
それは、僅か4年に満たない、人生でほんの僅かな期間だったけど、これだけの思い出が軽音部にはあった。
その全ての思い出を歌に乗せ、放課後の少女達は声を合わせて歌い続ける。
過去から今へ、そして未来へと羽ばたく翼のように、いつまでもいつまでも、ここにいるみんなと歩いていけるように。
そんな誓いを立てた少女達の歌声が一斉に響き渡る。
世代を、時を、時空すらも超え、想いが一つになり、全てが眩く輝いていく――!
――この大空に 翼をひろげ 飛んで行きたいよ―――
――悲しみのない 自由な空へ 翼はためかせ―――
――行ーきーたーい―――――――――。
HTT一同「みんな……………あ………ありがとう…………っっ! ありがとうーーーーーー!!!」
――ワアァァァァアアアァァ!!!
――HTT! HTT! HTT!
――みんな最高だったよ! ありがとう!! ステキな歌をありがとうーーーー!!!!
何度目か分からないほどの歓声と拍手が会場中にこだまする。
喝采を浴び、少女達は笑顔を浮かべつつ、肩を支え合い、会場を後にする。
その表情は、10年前のあの頃と同じように、大きな輝きで満ち溢れていた――。
最終章.放課後と輝きの絆
――高校生になってから、私の毎日には音楽があった。
それは、これから先も変わる事なく続いていく……。
私が今、私のままでいられるのは、きっと、音楽があるからだと思うんだ。
あの日、何かがしたいと思っていた私に応えてくれた音楽が。
キラキラ、ドキドキしたいと思っていた私を導いてくれた音楽が。
あの頃の私を、みんなに会わせてくれた音楽が。
今の私を、あの人達に会わせてくれた音楽が。
私を、みんなと繋いでくれた音楽が私は……大好き―――!!
―――
――
―
【控室】
静まり返った控室に、5人の姿はあった。
疲労で全身は気だるく、腕が重い。酸欠で息は上がり、指先の皮は捲れ、僅かに血が滲んでいた。
皆、まさに満身創痍の様相だったが……それでも、かつてのあの日の様に、並んで座り込む5人の顔は、充実感と満足感で満ち溢れていた。
唯「……やりきったね……私達」
律「……ああ……みんな、よくやったよ……澪もそう思うだろ……?」
澪「ああ…………本当に……」
紬「澪ちゃん……」
澪「うん、良かったよな……本当に……良かったよな……」
紬「うんっ……とっても良かった……」
梓「やっぱり私、皆さんと演奏できて……幸せです」
律「そのセリフ、前にも言ってたな……ははは、懐かしいや……」
唯「うん……そうだねー……」
互いに手をつなぎ、過去の記憶が頭の中に蘇るのを自覚しつつ、唯達はしばしの安らぎに身を委ねていた。
そしてしばらく、その静寂を破るように、控室の扉が大きく開かれる。
――ガチャッ!
声「皆さん! お疲れさまでした!!」
律「あははは……こりゃまた元気なお客さんの登場だ」
香澄「唯さんっっ! 唯さん……! 私、すっごく感動しました……皆さんのライブ……最高でした!!」
ひまり「っっ! 澪さん……すっごくかっこ良くて!! もう私、涙が止まらなくって……! っぅうぅ!」
麻弥「もーーー!! 律さん! ジブン、こんなドッキリ聞いてませんよぉ! でも……本当に凄いライブでした! ジブン、もう感動しっぱなしでした……!!」
美咲「あははは、みんな泣きすぎ……。……紬さん、お疲れ様です。本当に、素晴らしい演奏だったと思います」
友希那「梓さん……お疲れさまでした、私も心の底から楽しめた……素晴らしいライブでした」
香澄達はなだれ込むように控室へ入り、相次いで放課後のライブに対する称賛と労いの言葉が紡がれる。
皆の言葉を、満更でもないといった様子で唯達は聞き入れ、言葉を返していた。
唯「香澄ちゃん……みんな……えへへへ♪」
澪「みんなの演奏も素晴らしかったよ……蘭ちゃん、ひまりちゃん……招待してくれて本当にありがとう……」
律「みんな、あたしが見てるって知らなくても、あんだけすげー演奏できてたんだもんな……もうみんな、十分立派なアイドルだよ……」
紬「こころちゃん、美咲ちゃん……私の方こそお礼を言わせて……みんなのステージ、本当に楽しかったわ」
梓「友希那さん……こちらこそありがとうございました。Roseliaの演奏のおかげで、私、迷ってた気持ちも綺麗に吹き飛びました」
その言葉を聞く香澄達もまた笑顔で返し、和気藹々とした空気が控室に流れていく。
そして……。
まりな「ほらみんなー、ライブはまだまだ終わってないよ! 次の演奏もあるから、ステージに行こう、ね♪」
香澄「……はい! 唯さん……私達のライブ、もっと盛り上げていきますから……最後まで、楽しんでいって下さい!」
蘭「あたし達の歌はまだまだ続きます、澪さんも、最後まで見ていて下さい……!」
彩「ふふふっ……私達も、さっき以上にステキなステージにしてみせますね♪」
友希那「ええ、皆さんのライブにも負けない……最高の演奏をお届けします」
こころ「ふふふっ♪ それじゃあみんな~、いっくわよ~♪」
そして、観客の待つステージへと少女達は歩き出す。
その背を追うようにして、唯達もまた、ゆっくりと足を進ませていた。
―――
――
―
【ステージ】
彩「皆さん聴いて下さい! 夢の輝きはここに……!『もういちど、ルミナス』!」
蘭「みんな、私達の今を見て欲しい……!『ツナグ、ソラモヨウ』!」
こころ「みんなー! 笑顔で盛り上がりましょ♪『キミがいなくちゃっ!』ミュージック……スタート♪」
友希那「響け、私達の情熱よ……『Neo-Aspect』!!」
香澄「みんなの思い……純粋な気持ちを心に込めて歌います……聴いて下さい、『二重の虹(ダブル レインボウ)』!!」
少女達のライブは続く。
休憩で一度は途切れそうになった観客のテンションも充分な程高まり、会場の至る所で歓声や掛け声が相次ぐ。
その声に合わせ、少女達の輝きは、絶えず紡がれていく――。
唯「みんな……がんばれーーっ!」
律「全身ヘトヘトなのに不思議と身体は動くんだよな……やっぱみんな、すげえわ……!」
澪「ふふふっ……でも、悪くないな……この感じ!」
紬「うんっ! やっぱり、ライブって……音楽って……!」
梓「最高……ですねっ!」
その輝きはフロアにいる全ての人の心を照らし、興奮の一時はその熱を落とさぬまま続いていく……そして、少女達の宴は、遂に最終章へと向かうのであった――。
―――
――
―
長く続いたライブのエンディング、その最後の歌は、香澄達主役の5人によって始められようとしていた。
香澄、蘭、彩、友希那、こころの5人はそれぞれ同じ衣装を纏い、ステージに佇み、ただその時を待つ。
そして、最後の歌が始まる――。
まりな「それでは、本日最後の演奏になります! GBPスペシャルバンドによる演奏、どうぞ!!」
――ワアアアアアアアア!!!!
彩「みなさん……! 今日は私達のライブに来て頂き、本当にありがとうございます!!」
蘭「最後は、私達の歌で締めようと思います!」
こころ「どのバンドの演奏も素晴らしくって……とっても楽しい一日だったわ♪」
友希那「様々な思いや希望、感動で満ち溢れた、最高のライブでした……」
香澄「ぅん……でも、本当は私……まだ、終わりになんてしたくないです……っっ」
香澄「……今日は、本当に……キラキラやドキドキの連続でした……っ…かっこいい人達がいて……ステキな人達がいて……っ」
声が上ずり、香澄の眼から大粒の涙が溢れだしていた。
香澄のその姿を見て、会場からは次々とエールが送られる。
唯「香澄ちゃーーん!! がんばれーー!!」
律「しっかりやれー! 最後まで! やりきれーーー!!」
澪「みんなすごかった!! 私も感動したよ! 本当にありがとうーー!!」
――がんばれ! 香澄ーーー!!!
――私達、ずっと応援してるからねーーー!!
その歓声は応援となり、香澄だけではなく、ステージにいる全員の気持ちを一つに纏め上げていく……。
香澄「みんな………っっ」
蘭「香澄……!」
彩「香澄ちゃん……!」
こころ「香澄っ♪」
友希那「戸山さん……!」
香澄「……うん、もう……大丈夫っ!」
込み上げる涙を拭い、香澄は声を張り上げ、最後の曲が始まった。
香澄「最後にみんなで心を込めて歌います……聴いてください!――『クインティプル☆すまいる』!!!!」
https://www.youtube.com/watch?v=KTRoRay2ULs
香澄達の歌は、まさに宴の最後を締め括るに相応しい歌だった。
夢、今、笑顔、情熱、純粋……全ての輝きが一つの星となり、聴く人全ての心を照らし出す。
その輝きは、かつて少女だった全ての人々を、一番眩しかった頃へと巻き戻す光。
どれ程の時が流れようが決して変わることのないそれは、『絆』と言う、一つの新しい輝きだった――。
――♪ ――――♪ ――……♪
全員「……皆さん………ありがとうございました!!!!!」
会場が大歓声に包まれる。
そして、運命によって紡がれし共演の舞台は、喝采の中でその幕を降ろしたのであった。
―――
――
―
【CiRCLE 入口前】
憂「お姉ちゃん……本当に、本当に今日は良かったよ、ステキな一日をありがとう」
和「私も、心の底から楽しめたライブだったわ」
さわ子「みんなお疲れ様、私も軽音部のOGとして鼻が高いわよ……ほんと、ステキなライブだったわね」
純「じゃあ先輩方、梓も、また近い内に会おうね♪」
菫「私も一足先に帰ってます。お姉ちゃん、打ち上げ、楽しんできてね」
直「皆さん、お疲れさまでした!」
唯「うん! みんな、またねー♪」
澪「行っちゃったな……」
紬「ええ……でも、また近い内に会えるわよ……」
律「さってと……んじゃ、早く行こうぜー。打ち上げ打ち上げ♪ ビール♪ おーいしいビールが待ってるぞ~♪」
梓「ふふふっ、律先輩ったら……」
最後までライブを見ていてくれた憂達を見送り、唯達は再びライブハウスへ戻っていく。
ライブの演者全員参加の打ち上げが、まもなく始められようとしていた。
―――
――
―
【CiRCLE 打ち上げ会場】
ライブ会場は打ち上げ会場へと様変わりし、並べられたテーブルには様々な料理にジュース類、大人向けにアルコール類が並べられていた。
各々がカップを手にし、大人組のカップにはアルコールが注がれ、まりなの掛け声により、音頭が始まる。
まりな「みんな、今日はお疲れ様!! 最高のライブをありがとう!!」
全員「――お疲れ様です!」
まりな「CiRCLEとしても、今日のライブはめでたく大成功を収めることが出来ました♪」
まりな「なので、ささやかですが、打ち上げとして今日の日を盛大にお祝いしたいと思います!」
まりな「じゃあ、早速ですが乾杯の音頭を……今日、スペシャルゲストとして来てくれた放課後ティータイムの代表と……そうだね、香澄ちゃんの2人で、乾杯の音頭を取ってもらおっかな♪」
香澄「はーい♪」
律「じゃー、ここは部長の私が……と思ったけど……唯、行ってきなよ」
唯「え、いいの?」
律「あの子と一番仲良いの唯だろ? ほら、待ってるぞ」
香澄「唯さん! 一緒にやりましょう♪」
唯「うんっ! じゃあ、行ってくるね♪」
そして、唯と香澄が並び、乾杯の音頭が始められる。
香澄「皆さん今日はお疲れさまでした! たくさん笑って、感動で泣いちゃったりもしたけど……でも、とっても楽しい、最高のライブでした! 皆さん本当に、ありがとうございましたっ!」
唯「私も! 今日、ここに集まった誰か一人でも欠けてたら、こんなに素敵なライブにはならなかったと思います! 招待してくれた皆さん、手伝ってくれたまりなちゃん、一緒に歌ってくれたみんな、本当にありがとうっ!」
香澄・唯「じゃあみんな、飲み物持って……せーの……かんぱ~~い♪」
全員「――カンパーーイ!!」
各々がカップを交え、慰労会を兼ねた打ち上げが初められた。
巴「今日は目一杯ドラム叩いたからアタシ腹ペコだよー、ん~~~っ♪ このピザ、美味そうだなぁ~♪」
モカ「……このパン、おいしひ~~……ん~、すっごくおいしいよ~♪」
ひまり「きょ、今日は食べるぞーー! 私も、今日はたくさん頑張ったから! だ、だいじょーぶ! なはず……!」
友希那「今日の演奏、まだまだ改善の余地があったわね……」
紗夜「ええ、そうですね……観客と一緒に『音を楽しむ』という事を踏まえて、今一度私達も自分の音を聴き直してみるのも良いかも知れません」
リサ「も~2人とも……今日ぐらいは反省会やめて打ち上げ楽しもうよ~」
日菜「いやー、麻弥ちゃんのドラム、本当に上手になったよね~」
麻弥「はい! でも、今日の律さんのパフォーマンスに比べたらまだまだです……ジブンももっと、腕を磨かないと……!」
イヴ「ハイ♪ 切磋琢磨……ですね♪」
空腹を満たすように料理を食べはじめる者や、早速今日の反省会を行う者、あるいは互いの演奏を称え合う者など、様々な少女達の声で打ち上げは賑わっていく。
それは、放課後ティータイムもまた同じであった。
律「んっ……んっっ……くはぁぁぁ…………一仕事終わった後の一杯……うんめぇ~~っ!! よし、おっちゃんもう一杯!」
澪「だからここは居酒屋か……!って、前にも聞いたぞそのセリフ!」
唯「ん~~~~……ごはんが美味しい……お酒も美味しいいいいいいい」
梓「ちょっ、唯先輩、こぼしてますよ!」
紬「うふふ……♪ いいわねえ、やっぱり♪」
―――
――
―
巴「っかし……ほんっと楽しいライブだったよな~」
モカ「うんうん、みんな盛り上がってたし、サイコーだったよね~」
巴「やっぱ、ライブって楽しいよなぁ」
あこ「うんっ♪ お姉ちゃんのドラム、今日も輝いてたよ!」
律(あれ、この声……)
巴の声を聞いた律の頭にある事が浮かぶ。
早速それを試してみようと、律は巴に声をかける。
律「ねえねえそこのおじょーさん、ちょっといいかしらん♪」
巴「はい? あ、アタシですか?」
澪「おーい律……あ、そんな所にいた……」
律「あー澪、ちょうどよかった。ちょっと2人とも並んで、『あめんぼ あかいな あいうえお』って言って声合わせてみてよ」
巴・澪「……?」
律の声に顔に疑問符を浮かべながらも、巴と澪は並んでそのセリフを発する。
澪・巴「「……? 『あめんぼ あかいな あいうえお』これでいいの(ですか)?」」
律「うはっ! やっぱ似てる! お前ら2人声似すぎだろ!」
あこ「本当だ……おねーさん、お姉ちゃんに声そっくり!」
澪「え、そ、そう?」
巴「前に蘭にも言われたけど……そんなに澪さんとアタシって声似てるか?」
蘭「うん……初めて聞いた時はあたしもびっくりしたよ……」
巴「ん~、自分の聞く自分の声って分からないからなぁ」
律「それじゃあ……そうだな……」
スラスラとメモに何かを書き、律は巴に見せながら続ける。
律「あの、巴ちゃん……だっけ、何も言わずにこの紙に書いてあるセリフ、ちょーっと感情込めて読んでみてくれない?」
巴「……? はい、えっと、なになに、『萌え萌え~……キュンっ♪』…………へっ!?」
モカ「お~~、トモちんの萌え萌え声だ~、ねえねえトモちん、録音するからもう一回~♪ アンコールー♪」
あこ「わぁぁぁ! お姉ちゃん、今すっごく可愛かったよ! あこももう一回聴きたいっ♪」
澪「りーつー、お前女子高生に何言わせてるんだーっ!」
――ごちんっ!
律「あいてっ! いきなり殴んなよなーもー!」
澪「黙れこの酔っぱらい! ほら、いいから行くぞ!」
律「だ~~! 分かったから引っ張んなって!!」
澪に引きずられ、あえなく退場となる律だった。
蘭「……意外、まさか澪さんにあんな一面があるなんて……」
ひまり「澪さん……や、やっぱりか……かっこいい……!」
モカ「ひーちゃんひーちゃん、ちょっと何言ってるかモカちゃんわからないよー」
つぐみ「あははは……ひまりちゃん……」
巴「あれが澪さんの幼馴染……なんか、色々と凄い人だったな……」
―――
――
―
律「ったく……おー痛っ……澪のやつあんなに怒らなくたっていいだろ……」
彩「あ、律さん、お疲れ様ですっ!」
麻弥・千聖・イヴ・日菜「――お疲れ様です!」
頭を擦りながら歩く律のその背に向け、パスパレのメンバーから声が投げ掛けられる。
律「ああ、みんなもお疲れ様~……ってか、今は仕事じゃないんだからそんな硬くならなくてもいいよー」
イヴ「リツさん、素晴らしいドラムでした♪ 私、本当に尊敬しますっ♪」
千聖「でもまさか、変装して会場に来ていただなんて……ステージで見た時は本当に驚きましたよ」
日菜「あれー、やっぱみんな気付いてなかったんだ?」
彩「え、日菜ちゃん気付いてたの??」
日菜「うん、受付で見た時から律さんだって気付いてたよ♪」
麻弥「あー、だから日菜さん、ライブ前からあんなにご機嫌だったんですね♪」
律「……ははは、やっぱりバレてたか……私もまだまだだな……」
律「あ、っていうか、受付っていや……彩ちゃんーーーっ」
彩「ひっ! は、はいっ!」
律「今朝流れでサイン書こうとしたの見てたぞー。自分を安売りすんなっていつも言ってるだろー! だいたいそーゆー所でアイドルってのはだな~!」
麻弥「ま、まぁまぁ律さん! 今は仕事じゃないって言ってましたし、今日は堪えてくださいっ、ね!」
律「それとこれとは話が違ーう!……たく。いいか彩ちゃん、ファンサービスってのはだなー!」
千聖「律さん、後で私からも彩ちゃんには言っておきますから……!」
律「次に私が見かけたら、もっと言うからな~!」
そして意味深な事を強調しつつ、千聖と麻弥に宥められながら、律は渋々その場を後にしていた。
唯「うぅぅ……彩ちゃん、なんかごめんね、私のせいで……」
彩「え? あ、そんな、とんでもないですっ!」
彩「あれ……律さんさっき……あぁ……そっか……」
彩「……あ……あの、もし良かったら、サインじゃなくて申し訳ないですけど……握手でしたら♪」
律に気付かれぬよう、彩はそっと唯の手を握る。
唯「え、彩ちゃん……い、いいの??」
彩「ええ……放課後ティータイムの演奏……すっごく感動しました……唯さん、いつも応援……ありがとうございます♪」
唯の手を優しく包み込む彩の柔らかい手。
その指の感触を忘れぬよう、唯は何度もその手を握り返していた。
唯「彩ちゃん……あ、ありがとう……! ありがとう……!!」
律「……ま、あれぐらいなら今日ぐらいは見逃してやるか」
麻弥「……? 律さん? どうかしました?」
律「……ふふふっ、いーや、なんでもないよ♪」
律(ったく……2人とも、やんならもうちょっとバレないようにやれってえの……)
―――
――
―
【ステージ前】
こころ「紬達、本当に凄い演奏だったわね~♪」
紬「うふふっ、こころちゃんもステキなステージだったわよ♪」
美咲「でも、ほんと……びっくりしましたよ……」
はぐみ「うんうん、ムギちゃん先輩、すっごくかっこよかったね♪」
薫「あああ……私も、まだ心が踊っているよ……この興奮はしばらく収まりそうもないね…………そうだ、紬さん、宜しければ、今からダンスでもいかがですか……?」
紬「ええ……いいわよ♪」
花音「あははは……薫さん、相変わらずだね……」
美咲「ほんと、薫さん紬さんも相当疲れてるハズなのに、一体どこにそんな体力があるんでしょうね……」
そして程なくしてから、ステージ上で紬と薫による社交ダンスが繰り広げられる。
見る者全てを魅了するかのようなそのダンスは瞬く間に会場中の注目を浴び、相次いで拍手が巻き起こっていた。
紬「~~♪ まぁ……お上手なステップね♪」
薫「はははは……いや、紬さんには及びませんよ……ああ、なんて儚い……最高の一時です……」
花音「薫さん、凄く楽しそうだね」
ひまり「わぁぁ……い、いいなぁ」
そして、ステップを踏むことに調子を良くしたのか、紬の腕が薫の脇に伸び……そして。
紬「ふふふっ……そーれっっ♪」
薫「ふふふふふふふっっ……ふわっ……えっっ……!?!?!?」
はぐみ「うわぁ~♪ すごいすご~い♪」
こころ「まぁ……すごいわ♪ 薫が空を飛んでいるわ♪」
美咲「う、嘘でしょ!? 薫さんがあんなに軽々と! 紬さんって実は、かなり力持ち?」
澪「ムギ……やりすぎ……」
律「おーおー、飛んでる飛んでる……いや~、さっすがムギだなぁ」
紬「うふふふっ……もう一声~~っ♪」
薫「………………………」
梓「……あれ? あの人、白目向いてませんか?」
千聖「薫……完全に気絶してるわね」
美咲「ちょっ! 紬さんストップ! 薫さん身体だけじゃなくて意識まで飛んでますよ!」
はぐみ「ねーねームギちゃん先輩! 今度ははぐみにもやって欲しいな♪」
こころ「じゃあ、その次は私ね♪」
紬「ええ、いいわよ~♪」
律「ここは遊園地か!」
美咲「知らなかった……まさか紬さんが、こころレベルの天然キャラだったなんて……」
花音「つむぎさんがこころちゃんと仲良しな理由、なんとなく分かった気がするね……」
―――
――
―
【ラウンジ】
所変わって打ち上げ会場を離れたラウンジ、そこにはRoseliaの5名が集まって話をしていた。
そこに梓も合流し、静かなラウンジ内に、少女達の笑い声が飛び交い始める。
梓「あ、Roseliaの皆さんどうも、今日はお疲れ様でした!」
友希那「梓さん……お疲れ様です」
梓「皆さん、本当に素敵な演奏でした……私もまだまだですね、もっと頑張らないと……」
あこ「そんな……放課後ティータイムの演奏も、ものすっごくかっこよかったと思いますっ!」
リサ「あはは、あこの言うとおりですよ、でも、プロの人にそこまで言われちゃうとなんだか照れちゃいますね」
紗夜「私達の方こそ、梓さん達のおかげで、大切な事を思い出せました……梓さん、ありがとうございます」
燐子「ありがとう……ございます」
梓「いいえ……私の方こそ、友希那さん達の演奏を聴いてたら、悩んでいた気持ちが吹っ飛んだ感じがします」
友希那「悩み……ですか?」
梓「はい……お恥ずかしい話なんですけど……私、少し前まで自分の音楽が分からなくなっていたんです……」
友希那「梓さんにも、そんな事があったんですね……」
梓「ええ……私もまだまだです、でも、これからはもう大丈夫……今日、先輩達と演奏して……皆さんのライブを見させてもらって……とても大切なことを学びました」
梓「今日、ここでRoseliaの……皆さんの歌を聴けて、本当に良かったです」
リサ「梓……さん……」
梓「……聞きましたよ、『FUTURE WORLD FES.』に参加するってお話……凄いと思います、頑張って下さいね♪」
友希那「はい……ありがとうございます。私達も、梓さんと父のステージ、楽しみに待ってます」
梓「――はいっ♪」
友希那の言葉に、笑顔で梓は返す。
そして、梓と友希那達は握手を交わし、互いが互いの未来を誓い合う。
プロとして更なる飛躍を志す梓と、自身の夢に向かい、歩き続けるRoselia。
互いの出会いに感謝をしながら、その手はしばらくの間、固く握られ続けるのであった――。
―――
――
―
【CiRCLE 店外】
打ち上げの賑わいが僅かに聞こえる店外。
上空に広がる夜空には星が煌めき、至る所で輝きを放っていた。
夜空を照らす星々を見つめながら、香澄は静かに佇んでいた。
香澄「…………綺麗な星…………」
唯「香澄ちゃん、ここにいたんだね」
満天の星を見上げる香澄に向け、唯が声をかけていた。
香澄「唯さん……今日は、お疲れさまでした」
唯「ううん、香澄ちゃんの方こそお疲れ様……すっごく頑張ってたね」
香澄「唯さん達もです……」
唯「ふふふっ……お星さま……綺麗だね~」
香澄「……はいっ」
………………。
そうしてしばらくの間、2人は静寂に身を任せていた。
互いの健闘を称え合うように、夜空の星は眼下の2人を優しく照らす。
――そして、香澄の口が静かに開かれた。
香澄「……あの、唯さんは、どうして、幼稚園の先生になろうって思ったんですか?」
唯「うん……私ね……高校生の頃、すっごく好きだった先生がいたんだ……今日、お客さんで来てた人なんだけどね」
香澄「…………その人、唯さんの憧れの先生だったんですね」
唯「まぁねー……私も、その先生みたいになりたくて……それで、大学も教育学部に入ってさ」
唯「結局、色々あって高校の先生にはなれなくってさ……それでも、どうにか先生になることはできたんだ」
香澄「………………」
唯「おかげで今、すっごく楽しい毎日を送らせてもらってるよ♪」
香澄「……唯さん、お話を聞かせてくれてありがとうございます」
香澄(憧れの人……かぁ、それじゃ、私にとっての憧れは…………)
唯の笑顔に釣られるように、香澄の顔にも笑顔がこぼれる。
そして……。
唯「あ、そうだ、香澄ちゃんが音楽をやってる理由、私も聞いてもいいかな?」
香澄「はい……私……小さい頃……『星の鼓動』を聴いたことがあったんです」
唯「星の……鼓動……?」
香澄「はい……その時、すっごくキラキラ、ドキドキして……それで私、高校生になったら、あの時みたいにキラキラ、ドキドキしたいって思って、色んな事に挑戦してみたんです」
香澄「そうしてく内に、私はあのギターに巡り合うことが出来て……有咲やりみりん、おたえ、さーやに会うことができて、バンドを組んで……おかげで、毎日キラキラドキドキできて……! 私今、すっごく楽しいですっ!」
唯「青春……だねぇ」
どこまでも自分の今を明るく語る香澄のその姿は、唯には一際眩しく見えていた。
高校に入学した当時の自分とは正反対な眩しさ……その輝きは、昔の自分にはなかったものだった。
だがあの時、迷っていたからこそ自分は大切なものに出会うことが出来た、それもまた、確かな事実である。
唯「香澄ちゃんは凄いなぁ……私なんか、高校生になった時は、毎日何かしなきゃ何かしなきゃって、まるで何かに追われるように過ごしてたからさ……」
唯「香澄ちゃんみたいに、何かがしたいって前向きな気持ちで過ごしてなかったっけ……」
香澄「唯さん……」
唯「でも、そうやって過ごす内に、私も香澄ちゃんも、大切なものや仲間に巡り合うことが出来たんだよね♪」
香澄「……はいっ♪」
唯「やっぱり、バンドって……音楽って……楽しいよねっ♪」
香澄「はいっ! 私、バンドも音楽も、大好きです!」
自分の誇れるもの、大切だと胸を張って言えるものに出会えた喜び。
それは、世代を問わず皆が胸に抱く、掛け替えのない絆。
出会いが紡ぐ、奇跡とも呼べるものだった。
―――
――
―
有咲「あ、いたいた! おーい!」
沙綾「香澄ー! 唯さん! 下で記念撮影するってまりなさんが!」
りみ「もう準備できてるって! い、急いでくださーい」
たえ「みんな、待ってますよー」
CiRCLEから香澄と唯を呼ぶ声がする。
香澄「みんな……」
唯「記念撮影だって、行こっか♪」
香澄「……はいっ♪」
遠くから聞こえるその声に2人は立ち上がり、打ち上げ会場へと戻るのであった。
【CiRCLE 打ち上げ会場】
まりな「じゃあみんなー、記念撮影、はっじめるよー」
有咲「さすがに、30人以上ともなるとちょっと狭いな……ちょっ! 誰だ今触ったの!」
たえ「あ、有咲、ごめん、私」
有咲「おたえかっ!!」
彩「記念撮影かぁ……何か、掛け声とかないかなぁ?」
まりな「ん~、そうだね、せっかくだし何か掛け声揃えたいよねー、どうしよっか?」
ひまり「あ! じゃ、じゃあ! えい!えい!おーで!」
モカ「いいけど、それ、ひーちゃんだけしかやらないと思うよー」
蘭「ふふっ……確かにそうかも」
ひまり「え~~~~、そんなぁ」
こころ「うふふっ、掛け声といえばやっぱり、ハッピー! ラッキー! スマイル! イェーイ! に決まりよっ♪」
美咲「こころ、それも却下だよ、それだとハロハピだけしか乗れないでしょ」
こころ「そうなのね、残念だわぁ」
律「いきなり掛け声っつっても、急には出てこないよな……」
唯「香澄ちゃん、何か良い掛け声ってないかな?」
香澄「う~ん……そうですね…………あ、あれなんかどうかな?」
唯に振られ、香澄はカメラに向け、あるポーズを決める。
右手の人差し指と親指を立て、人差し指をカメラに向けたその仕草は、まるで指で作った銃を撃つ動作にも見えた。
香澄「こうして、『夢を撃ち抜け! BanG Dream!!』っての思いついたんですけど、どうですか?」
沙綾「うんうん、香澄、それすっごく良いと思うよ♪」
友希那「『夢を撃ち抜け』……前向きで、いいんじゃないかしら」
千聖「ええ、今の私達にぴったりのフレーズね、悪くないと思うわ」
まりな「じゃあ決まりだね、みんなー、行くよー!」
まりなの掛け声に合わせ、全員が指で銃を作り、香澄の言葉を口にする。
全員「――夢を撃ち抜け!――BanG Dream!!」
――カシャッ!
――――そして、それぞれの日々が始まった――!
#9.エピローグ~放課後とそれぞれの輝き~
夢のようなお祭りが終わってから数日、私達はそれぞれの生活に戻り、日常を過ごしていました。
でも、なにもかも元に戻ったわけではなくて、そこには確かに、輝きがあった。
あの時、あのライブでみんなが見た輝き。
それはきっと、これからも続いていく――。
―――
――
―
-エピローグ Pastel*Palettes-
【アイドル事務所】
ライブから数日が経ったある日、久々にPastel*Palettes全員が集まったということで、その日は事務所にて律とパスパレによるミーティングが行われていた。
律「おはよー、みんな先週はお疲れ様~」
彩「律さん、お疲れ様です!」
一同「お疲れ様です!」
律「ガールズバンドパーティーも終わってようやく一息と行きたいとこだけど、まだアイドルコンサートも控えてるから、みんな、これからも気を抜かず頑張ろうなー」
一同「はいっ!」
律「それじゃー、来週からのスケジュールを確認するけど……」
麻弥「律さん、前のライブから雰囲気変わった感じがしますね」
千聖「ええ……忙しい合間を縫って私達と一緒にいて下さることも増えてきたし……本当に心強いわ」
イヴ「マネージャーさんというよりも、お姉さんって感じがします♪」
彩「お姉さん……かぁ、確かにそうかも♪」
日菜「あ、あのねっ! 律さん、私達からいっこ、律さんにルンッ♪ ってなる発表があるんだ♪」
律「発表……? 一体どんな?」
日菜の言葉に顔に疑問符を浮かべ、律は言葉を返す。
彩「はい、律さん達のライブを見て、私達、話し合って決めた事があるんです」
千聖「これからのパスパレの夢……その具体的な目標を立ててみました」
イヴ「私達の目標……目指すべきターゲットは……!」
麻弥「これですっ!」
ばさっと、イヴと麻弥がカバンから一つの幕を取り出し、大きく広げる。
そこには――。
一同「――武道館!!」
とても力強い、『武道館』という一文字が書かれていた。
律「………………っっ……」
その文字を見た律の眼が一瞬大きく見開かれ……様々な記憶と共に目頭が急速に熱を帯びて行くのを感じていた。
律「………ふっっ……ふふふっっっ………」
麻弥「……律、さん?」
律「っっっ! ……ぶ、武道館って……っっ! ……っっ!!………っっ!!」
目元から込み上がってくる涙を誤魔化すように、律は顔を覆い、声を押し殺して笑い続ける。
彩「やっぱり……今の私達には無謀だったのかな……?」
千聖「ううん……きっと、そうじゃないと思うわ……」
イヴ「はい……リツさん、すっごく嬉しそうにしてくれてます」
日菜「あれー、もしかして律さん、泣いてない?」
律「な、泣いてなんかいねーっ! ……いやいや……ちょっとびっくりしたけど……けどお前らな~、今のまんまじゃ武道館なんて夢のまた夢だってーの!」
千聖「でも、私達なら、きっとどんな夢でも叶えられると思いますよ」
麻弥「そうですね、ジブンも、この5人ならきっと何だって乗り越えられるんじゃないかって思いますっ♪」
イヴ「一心精進、精一杯がんばります♪」
日菜「武道館かぁ……ふふふっ♪ 今からルルルンッ♪ ってしてきたなぁ~♪」
彩「私ももっともっと……もーーーっっと頑張らないと!」
律「みんな…………っ……」
律(なあ、みんな……私達の夢……いいかな、この子達になら、託してもいいかな……!)
ここにいない“4人”に向けて、律は言う。
仮に4人がここにいたら、きっと構わず良いって言ってくれるんだろうと思いながら、律は顔を上げ、少女達を見つめていた。
律「よーっし! それじゃあ時間まで音合わせやるか! 今日はあたしもとことん付き合うよ!」
彩「はいっ♪ よろしくお願いします♪」
律「目指せ武道館……! Pastel*Palettes、いっくぞーーっ!!」
全員「おーーっっ!」
スタジオ内に、一際賑やかな音が鳴り響く。
それは、自らが打ち立てた夢に向かい、邁進する輝き。
少女達は今日も夢に向かい、歩いて行く――。
―――
――
―
-エピローグ Afterglow-
【羽丘女子学園 2-A教室】
授業も一区切りつき、昼休みとなったある日のこと。
ひまり「う~~ん……やっぱ、私も黒髪ロングにしよっかなぁ……」
ファッション誌を眺めながら、ひまりは一人、云々とぼやいている。
そんなひまりの様子を見ながら、蘭達は机を並べ、各々が昼食を取っていた。
蘭「ひまり、今朝から何を唸ってるんだろ」
モカ「あ~、なんか、ひーちゃん黒髪にしようか悩んでるらしいね~」
巴「黒髪ロングって……やっぱり、澪さんに憧れて……か?」
蘭「ああ、なるほど……」
つぐみ「ふふっ、黒髪にしたひまりちゃんも、きっと可愛いんだろうね」
ひまり「やっぱりつぐもそう思う? いやー、私もそうだと思ってたんだよね♪」
モカ「でも、もしそうなったらひーちゃん、おたえちんや燐子さん、美咲ちん達と被っちゃわないかな~?」
ひまり「い、いいのっ! 私、澪さんみたいにクールでかっこいい大人になるって決めたんだもんっ!」
勢いよく立ち上がり、ひまりは宣誓する。
巴「はははっ、ひまりがクールでかっこいい大人……ねぇ」
蘭「ふふっ……それじゃあ、まずはその性格も変えなきゃね」
モカ「あのねーひーちゃん、澪さんは間違っても『えい、えい、おー』をやる人じゃないと思うよー?」
つぐみ「あはははは……」
ひまり「も~~~、みんなバカにして~~! いいもん! ぜったい、ぜーったいに澪さんみたいなステキでかっこいい女性になってやるんだから~~っ! はむっ!」
ひまり「ん~~♪ 今日のご飯もおいしいっ♪」
二度ひまりは叫び、昼食を口に運び続けていた。
そして……。
ひまり「ごちそうさまっ♪ 今日もおいしかったな~♪」
モカ「やっぱり、ひーちゃんはいつになっても、『いつも通り』のひーちゃんだと思うよー」
ひまり「もー、モカったらまたバカにして~」
巴「ふふっ……ああ……でもさ、あの人達と知り合って、アタシ、ひとつ思ったことがあるんだ」
つぐみ「巴ちゃん?」
巴「……10年後……アタシ達は、どんな大人になってるんだろうなってさ」
モカ「10年後かぁ……あたしたちは27歳……ずいぶん先の話だね~」
蘭「……大人になったあたし達……か」
ひまり「想像もできないよね……ほんと、どんな大人になってるんだろ……」
巴「きっとその頃にはみんな、仕事したり、結婚したり、ひょっとしたら、子供が出来てたりしてるのかも知れないよな」
つぐみ「うん……そう、だね」
そして、優しい顔で巴の言葉は続けられる。
巴「時には、前みたいに擦れ違ったり、環境が変わって、離れ離れになる日だって来るかも知れない」
巴「いつかそんな来ても、アタシ達はずっと同じ、『いつも通り』のアタシ達でさ、これだけは変わらないよな」
蘭「うん、もちろん……あの日、みんなで見た夕日のように変わらない、あたし達はいつまでも『いつも通り』のあたし達だよ」
モカ「ふっふっふ~、それじゃーあたしは、もし大人になった時に離れ離れになっても、蘭が寂しくならないように、お嫁さんにもらってあげよー♪ なーんてねー」
蘭「モカったら……今は茶化す所じゃないでしょ……」
モカ「えへへ~」
つぐみ「私達もなれるかな……あの人達みたいに……いつまでも輝いていられる、そんな大人にさ」
モカ「あの人達みたいに……かぁ~」
蘭「…………」
つぐみの言葉に蘭はしばし考え込んでいた。
蘭「……違う、それじゃダメだと思う」
ひまり「そうだね、あの人達のようにじゃなくって……あの人達以上にならなくっちゃ……ね」
巴「ああ……誰にも負けない、『いつも通り』のアタシ達で……だよな」
つぐみ「うん……えへへっ、そう、だよね♪」
ひまり「ていうか……あ~、もうこんな時間! そろそろ次の授業の準備しなきゃ! 遅れちゃう!」
巴「え? あ、もう?」
つぐみ「私、次の授業の準備お願いされてるんだった、私ももう行かなくっちゃ!」
蘭「だってさ、巴、急がないと置いてくよ」
モカ「トモちん、はやく~♪」
巴「も~、待ってくれよー! みんな、アタシを置いてくな~~っ!」
少女達の笑い声は休まず続き、教室は一層賑わっていった。
既に幾度も立てた誓いを再度掲げ、少女達は未来へと向かい、今日という日を歩きだす。
『今』を生きる少女達の輝き、その光はいつまでも色褪せることなく、広がっていく――。
―――
――
―
-エピローグ ハロー、ハッピーワールド!-
【琴吹グループ 役員室】
ガールズバンドパーティーが終わった翌週のこと、紬と菫の2人はまた以前のように、相次ぐ仕事にその身を追われていた。
菫「お嬢様、午後からまた会議がありますので、お急ぎ下さい」
紬「ええ、いつもありがとうね、菫ちゃん」
車に乗り込むと同時に菫の足がアクセルを踏み、車は発進していく。
その車内では、携帯電話で通話をしながら得意先へのメールを打ち続ける紬の姿があった。
紬「はい……ええ、こちらこそありがとうございます。 はい、でしたら再来週、ええ、お待ちしてますね……」
――ピッ
紬「ふぅ……メールも打ち込んだし……あとは、今日の会議の資料の確認ね……」
菫「はい、ダッシュボードの中にタブレット端末がございますので、そちらをご覧ください」
紬「うん……ありがとう……」
菫「すみません、私の力が至らないばかりに、お嬢様に無理を強いてしまってます……」
紬「そんな事ないわ、菫ちゃんが頑張ってくれたから、私もライブに専念できたんだもの」
紬「菫ちゃんの苦労に比べたら、これぐらいなんてことないわ♪」
菫「お嬢様……」
苦労を微塵も感じさせないほどの明るい顔で紬は返す。
その顔に若干の罪悪感を感じながらも、菫の足はアクセルを再度踏み込んでいた。
そして、長時間に及ぶ会議がようやく終わり、遠くに沈む夕日を見ながら、紬達がしばしの休息を取っていた時の事。
紬「んんん……なんとかまとまったわねぇ」
菫「ええ……お疲れ様です、お嬢様」
紬「でも、まだ終わりじゃないわ……帰ったら今日の会議のことで何点か確認しなきゃいけなくなっちゃったからね」
菫「はい……今日も、長くなりそうですね……」
紬「さて、そろそろ行きま…………あら?」
菫「……お嬢様、如何なさいましたか?」
――そろそろ移動を決めようとしたその時、ある光景が紬の視界に入り込んでいた。
紬「ねえ、菫ちゃん……もうちょっとだけ、寄り道してかない?」
菫「寄り道って言われても……あまり時間は……」
紬「いいじゃない、ちょっとだけ……ね」
紬の指がある広場の一点を指し示し、その指の先を見た菫の顔に、優しい笑みが灯る。
菫「……ちょっとだけだよ、お姉ちゃん」
紬「うんっ♪」
広場の方から遠く、賑やかな歌声が聴こえる。
その歌声は、聴く者全てを子供の頃に返す、笑顔の歌……。
音楽で世界を笑顔にする、輝きの音色だった――。
声「みんな、いくわよ~♪ ――ハッピー! ラッキー! スマイル! イェーイ♪」
――いぇーーーーーい♪
―――
――
―
-エピローグ Roselia-
【某ライブハウス】
ガールズバンドパーティーの開催から既に数ヶ月の月日が流れた頃。
夜の帳が降りる時刻、とあるライブハウスに、友希那達Roseliaの姿があった。
リサ「いよいよ来たね♪ 梓さんとおじ様のジャズライブ♪」
あこ「うんうん♪ 凄いな……お客さん、どの人も大人って感じがして、ワクワクしてきちゃった♪」
燐子「うん……あこちゃん……楽しみ……だね♪」
紗夜「皆さん、あまり騒がないように、いつものライブとは違うんですから、こういう所では慎みを持って行動しましょう」
あこ・リサ「はーい!」
友希那「時間はそろそろね……来たわ……梓さんとお父さんよ」
友希那の言葉通り、ギターを手に梓がステージに姿を表す。
その様子を見守るように、梓の両親と友希那の父もまた、ステージの脇で梓の様子を見つめているのが伺えた。
そして、梓の司会により、ジャズライブの始まりが宣言される。
梓「皆さん、今日は集まってくれてありがとうございます! 最高の一時をお届けするので、最後まで楽しんでってくださいっ」
梓「そして、今日はなんとゲストの方にも来てもらってます、そちらの演奏も楽しみにしてて下さいね!」
――ぱちぱちぱちぱちっ
決して歓声は上がらず、静かな拍手だけが梓の声に答えていた。
梓「それじゃあ、まずは一曲目、聴いて下さい♪」
――♪ ~~~♪ ―――♪
静かに、ゆったりとしたジャズ特有のギターの旋律が紡がれる。
梓「~~♪」
リサ「凄いね、梓さん、楽しそうにギター弾いてる♪」
紗夜「ええ……ライブに来てくれた全てのお客さんに楽しんで行ってもらおうっていう気持ちが伝わってきますね」
あこ「いいなぁ……大人な感じがして、かっこいいなぁ」
友希那「梓さん……」
軽快に奏でられる梓のギターの音は、以前のライブで聴いた音とは全く違う音色だった。
だが、全身で楽しさを表現しようとするその音は、『音を楽しむ』という梓の気持ちが十二分に感じられる音でもあった。
聴くだけで自然と身体が動くような感覚がし、それは、観客として聴く友希那達にもにも楽しさが伝わってくる程だった。
そして程なく、一曲目の演奏が終わり、二度目の拍手が沸き起こっていた。
梓「―――――……♪」
――♪ ―――♪ ――……♪
――ぱちぱちぱちぱちぱちっ!!
そして、拍手が静まった頃合いを見て、梓の後ろでメンバーが楽器を構える。
今度はドラムにサックス、友希那の父のギターも交えた演奏となり。その音は、会場中に更なる興奮と、楽しさを響かせていくのであった。
梓「~~♪」
梓(ふふふっ……楽しいな……♪ 音を奏でるのが、こんなに楽しいだなんて……っ♪)
そして、梓達の奏でる音は、観客の耳を絶えず虜にしていくのであった。
【帰り道】
リサ「いやー、ジャズもなかなか良かったね~♪」
あこ「うんっ♪ あこも今度お姉ちゃんと一緒に聴いてみよっと♪」
燐子「ですけど……やっぱり……途中で帰る事になってしまったのは……残念です……」
紗夜「仕方ないわ、未成年が入れる時間はこの時間までなんですもの」
紗夜「……でも、私も久々に、心が洗われましたね」
友希那「ええ……みんな、明日からまた猛練習よ」
言葉を紡ぐ友希那の眼に、静かな闘志が宿る。
友希那「『FUTURE WORLD FES.』までもうすぐ……みんな、最後まで、気を抜かずに頑張りましょう」
一同「――はいっ!」
そして友希那達は歩き出す。
その眼が映す情熱の輝きは、その夢の舞台に立つその日まで、決して消えることはないだろう。
Roseliaの夢への進撃は、これからも続いていく――。
―――
――
―
-エピローグ Poppin'Party-
【市ヶ谷家 蔵】
放課後ティータイムとの共演から数カ月後のある日、市ヶ谷有咲の蔵では、久々にPoppin'Partyによるライブが行われようとしていた。
香澄「ん~~~♪ 蔵イブ、久々だね♪」
有咲「まさか、またここでやることになるなんて思わなかったけどな」
りみ「香澄ちゃん、今日の新曲はどうしても限定ライブで聴かせたい人がいるんだって言ってたもんね」
たえ「うん、私も楽しみだったんだ♪」
沙綾「さてと、そろそろ来る頃じゃないかな?」
声「すみませ~ん」
声「お、お邪魔しまーす」
香澄「あ……来た来た……♪」
声のする方へ目線を送る。
そこには、唯が妹の憂を連れているのが見えていた。
唯「香澄ちゃん、お久しぶりだね~」
憂「み、皆さんはじめまして、平沢唯の妹の、憂です」
香澄「唯さ~ん♪ 会いたかったです♪」
唯「あははっ、私もだよ、香澄ちゃん♪」
香澄「妹さんも来て下さってありがとうございます! 今日は、精一杯演奏するので聴いてってください♪」
憂「はい、こちらこそ、よろしくお願いします♪」
唯「いやー、しっかし、スタジオを自分で持ってるなんて、香澄ちゃん、すごいねぇ~」
有咲「まぁ、スタジオって呼べる程立派じゃないですけど、良かったらゆっくりしてって下さい」
憂「私、パウンドケーキを焼いてきたんです、良かったら皆さんでどうぞ♪」
りみ「わぁぁ、あ、ありがとうございますっ」
唯と憂の来訪により、蔵はいつも以上の賑わいを見せていた。
それから程なく、ライブの準備は進み、いよいよ唯と憂、2人の為の蔵イブが開かれる。
香澄「お二人とも、今日は来て下さって、ありがとうございま~す♪」
唯「いぇーい♪ 香澄ちゃん、こちらこそありがとー♪」
憂「ありがと~♪」
香澄「早速ですが聴いて下さいっ♪ 『キズナミュージック♪』」
――♪ ~~~♪ ―――♪
香澄『――教室の窓の外 はしゃぐ声――』
優しい旋律に乗せられ、香澄の元気な歌声が響き渡る。
少女達の音楽を愛する純粋な気持ちは歌となり、音となり、唯と憂の心を動かしていく。
その心のままに、唯と憂の二人は、香澄達の奏でる歌に聴き入っていた。
――♪ ―――♪
香澄「ありがとうございましたっ!」
――パチパチパチパチっ
唯「香澄ちゃん! いいよー! 良かったよー♪」
憂「うんうん♪ 私も、すっごく楽しいです♪」
香澄「へへへっ……ありがとうございます! それでは続いて、新曲、行きたいと思います!」
唯「わぁ……新曲だって!」
憂「楽しみだね、お姉ちゃんっ♪」
香澄「この歌は、私の原点……あの時のキラキラ、ドキドキした気持ちを思い出して作ってみました……それでは、聴いて下さい」
香澄「――『トゥインクル・スターダスト』!!」
――♪ ―――♪ ―――♪
どこか聞き覚えのある音色とともに、その歌は始められた。
それは、誰もがよく知る童謡『きらきら星』をベースにアレンジされた歌。
――唯と香澄があの日、職場体験実習で初めて共に奏でた歌だった。
唯(香澄ちゃん……)
香澄(楽しい……歌が……演奏が、こんなに楽しいだなんて……♪)
有咲(へへへっ……香澄のやつ、結構乗ってるな)
沙綾(私達も、負けてらんないね)
たえ(うんっ、そうだね♪)
りみ(みんな……♪)
香澄達の意思は一つとなり、一心に音を紡いでいく。
その光景は、唯と憂の心をより一層昂らせ、歌の虜にしていった。
唯「いぇ~い! 香澄ちゃん! いっけ~~♪」
憂(ふふふっ……お姉ちゃんもあんなに楽しそうにしてる……)
唯(香澄ちゃんの言ってた、キラキラ、ドキドキっていう感じ、私にもなんとなく分かるよ……!)
香澄(もっと……もっともっと……キラキラドキドキしたい! この感じを唯さんにも、もっと伝わってほしい……!)
唯(香澄ちゃん、音楽って……)
香澄(唯さん、バンドって………!)
唯・香澄((――最高……だね!))
少女達の歌声が蔵に響き、幸福に満ちた一時が訪れる。
誰もが笑いあい、奇跡の出会いに喜び、その歌を口ずさむ。
音楽を愛するその純粋な輝きは、いつまでも、どこまでも……紡がれていく――。
―――
――
―
-エピローグ 放課後ティータイム-
数多の客で賑わうとあるホールの前に、放課後の5人は集まっていた。
律「まさか、こうしてまたライブをやるだなんてな……」
澪「ああ、ほんと、人生って何があるか分からないよなぁ……」
唯「うん……まさか私達が『FUTURE WORLD FES.』のオープニングライブをやるだなんてね~」
梓「ガールズバンドパーティーで私達の演奏を見てくれた関係者の方から連絡があった時は驚きました……思わず腰抜かすかと思いましたよ……」
紬「ふふふっ……お客さんも凄い数ね……」
開場までまだ時間があるというのにも関わらず、既に会場となるホールには多数の客で賑わっている。
テレビの中継だろうか、辺りにはカメラを構えたクルーの姿も見え、まさに一大イベントと言った様相を呈していた。
紬「あ、ねえ……見て、ほら、ここの名前」
律「ああ……『桜が丘グレープホール』……ははは、何の因果だろうな」
梓「ふふっ……ええ、まさかの『葡萄館』……ですからね……もう、見た時は笑っちゃって……」
澪「形は違うけど、なんだかんだで私達の夢、叶ったな……」
唯「うん、確かに本当の武道館じゃないけど、でも……ここが今は私達の武道館だよ」
紬「あの時、まりなちゃんに出会えてなかったら……きっとこうはならなかったわね……」
梓「ええ……奇跡とか運命って……本当にあるんですね……」
それからしばらく、それぞれの気持ちを胸に、5人は感傷に浸っていくのであった。
律「それじゃーみんな、今日も楽しく盛り上がっていこーぜ!」
澪「ああ! そうだな!」
紬「私達の演奏を……!」
唯「私達の想いを……!」
梓「会場のみんなに、届けてやりましょう!!」
律「放課後ティータイム………行くぞ!!」
一同「――おおーーっっ!」
ホールの前で、少女達は勢いよく叫び出す。
何よりも眩しく、輝きに満ちたライブが再び始まる。
それは5つの輝きを受けた少女達により紡がれる、もう一つの輝き……。
『絆』という輝きは、今日もステージの少女達を照らし出していた――。
唯「皆さんどうもーーーー!!! 私達が…………!」
――放課後ティータイムです!!!
Fin...
あとがき
元々「けいおん!」と「バンドリ」をクロスさせたいという願望はありました
ゲーム内でカバーされてるけいおんの曲も3曲ありますし、これらを物語の中でカバーするに至る経緯とかが語られたら面白いなというのもありました。
ちょうどメインのバンドも5組いますし、それぞれのバンドに対し、HTTをどうアプローチして行くかを考えた時に浮かんだのが『もし大人になった唯達と香澄達が出会ったらどうなるのか?』でした。
あとはその妄想を繋ぎ、こねくり回して出来たのがこの長文SSです。
拙く、長い文章だったと思いますが、もし読んでくれたのであれば幸いです。
読んで下さり、ありがとうございました。
乙
期待
乙、これだけ書いてくれたことに敬服
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