スタンガン娘「観念しなさい!」テロリスト「ま、待て! 私は君を助けに……!」 (20)

2050年代、某国。
少子高齢化が進み深刻な労働者不足に陥り、経済は低迷したその国で人間の栽培が行われた。

精子バンク並びに卵子バンクからランダムで選ばれ体外受精した受精卵をIPS細胞にて作り出された人工子宮内に着床させ胎児の苗を育てた。
そして10ヶ月程育成して、新生児を収穫する。

無論、収穫前にエコーや染色体検査を実施して、労働力足り得ない苗は間引いてある。

そうして手間暇かけて五体満足で障害を持たずに生まれた新生児であるが、その全てが社会において使い物になるかと言えばそうではなく、ある程度教育を施した後に試験を行い、適正のある優秀な労働者のみが出荷される運びだ。

では、その過程において職種への適正やめぼしい才覚がないと判断された苗木はどうなるかと言えば、やはり間引かれて処分される運命だ。

とはいえ、種から人間と呼べる程度まで育てた時間と労力は捨てるに惜しく、牛や豚と同じように無駄なく難病大病に苦しむ国民のドナー献体として、皮膚から臓器に至るまで取り出してから、その役目を終える決まりであった。

「献身は尊い。君たちの命に価値を与える」

生産者は苗木にそのように諭すものの、当人にとってはたまったものではないので必死に勉学に励み、技術を身につけ、素質を磨いていく。
栽培された労働者は死ぬまで政府の所有物であり、月々の賃金から育成にかかった費用を徴収される為、少しでも高い給料が貰える職にありつくことで彼らは自分の取り分が増えるのだ。

「働かざる者、息を吸うべからず」

働くことで、彼らは生きることを許された。

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「期末テストの結果を発表する」

労働者栽培センター。
そこは有り体に言えば学校のようなものだ。
保育園から幼稚園、小学、中学、高校、大学。
全て一貫したエスカレーター式の教育機関。
毎年数十万の苗がここで育てられ間引かれる。
中学や高校まで育てて出荷される者も多い。
大学まで進める優秀な苗木はほんのひと握り。
年に3回期末テストがあり赤点は許されない。
万が一、赤点を取るとどうなるかと言うと。

「おめでとう。1名を除いて皆、進級だ」

生産者の賞賛が苗木を喜ばせることはない。
残酷なハウスの中で、誰もが口をつぐんだ。
静まり返るハウスの片隅に生産者が告げた。

「献身に感謝する。皆、拍手で送り出そう」

パラパラとまばらな拍手が起こる。
生産者は深々と頭を下げたままだ。
席を立ち、ハウスを後にする間際。

「残念だよ」

生産者は頭を下げたまま、嘲笑していた。

「今日からこの部屋の中で自由に過ごしてください。外出は出来ませんが、三食きちんと食事を食べ、睡眠をしっかりとって健康体でいる限り、私共が干渉することはございません。それではどうぞごゆるりと、お寛ぎくださいませ」

栽培センターから直送で運ばれたその施設は、病院とホテルが合体したような建物だった。
あてがわれた部屋はそれなりに広く、テレビやゲーム、漫画などの娯楽が充実していて飲み物や食べ物にも困ることはなく、これが噂に聞くところの漫画喫茶みたいな空間だと思われた。
しかし、そんな居心地の良い部屋から一歩出れば、そこは紛れもなく病院であり、白い壁と冷たいリノリウムの床がどこまでも続いていた。

「順番にお呼びします。ご心配なさらずに」

順番に呼ばれて、臓物を引きずり出される。
まるで狼の巣に迷い込んだ赤ずきんである。
そんな状態でのんびり出来るのか、自分でも自信はなかったが、案外、すぐに順応出来た。
なにせ、今さっきここへ連れてこられたのだ。
順番待ちの最後尾なのだからまだ平気だろう。

そんな気楽な気持ちで、1週間ほど経過して。

ズズンッ……!

「ん?」

夜中に揺れを感じて目が覚めた。
なんだろう、今のは。地震だろうか。
いや、違う。廊下の奥から銃声が聞こえる。

室内に非常灯が点き、警報音が鳴り響いた。

《施設内に武装集団が侵入しました。各自警戒の上、自衛してください。繰り返します……》

はて、武装集団とは。テロリストだろうか。
まあ、こんなご時世なのでそうした輩も多い。
明日中にはクリア出来そうなゲームがあったのに、なんともタイミングが悪いと思った。

「自衛と言われても……お?」

引き出しのロックが外れて自動小銃とスタンガンが出てきた。でも、小銃の扱いは不得手だ。
スタンガンの扱いと近接戦闘は授業で習った。

「よーし、来るなら来なさい」

バァンッ!

「うひゃあっ!?」

スタンガンを握り締めて身構えたその瞬間、扉が蹴破られ、黒いヘルメットとボディスーツを身につけたテロリストが現れてびっくりした。

「君は献体だな? もう平気だ。私は……」
「えいっ!」
「えっ?」

出来損ないでも一応、訓練は受けている。
驚きはしたが、すぐさま間合いを詰めて。
腹部に押し当てたスタンガンを放電した。

バチバチバチバチバチバチッ!

「があっ!?」
「よし、効いてる!」

敵の戦闘服が絶縁素材の可能性を危惧していたが杞憂だったらしく痛みに喘いで膝をついた。

「観念しなさい!」
「ま、待て! 私は君を助けに……!」
「問答無用!」

バチバチバチバチバチバチバチバチッ!

「ぐあああああああああああああっ!?!!」

何やら言いたいことがあるらしいが、聞いてやる義理はなかったので執拗にスタンガンを押し当てて、黙らせた。ついでに馬乗りになる。

「降参する?」
「わ、私は、君を……!」
「まだ言うか! このっ! こいつめっ!」
「あぎぃっ!? あひっ! あっ……」

トドメとばかりに敵のふとももの内側にスタンガンを放つと、呆気なく失禁して失神した。

「ふっ……正義は勝つ」
「どうした!? 何を手間取っている! あと残すはこの部屋だけだぞ! 何があった!?」
「あっ」

勝ち誇っていたら新手が現れて、呆気なく私は捕縛されてどこかへと連れ去られてしまった。

「いいか、目隠しを外すぞ。噛みつくなよ?」
「ひとを犬扱いしないで」

そんな心外な前置きをされて拘束された私は目隠しを外されて、部屋の明るさに目を顰めた。

「うう、眩しい……」
「ああ、すまない。照明が強すぎたな」

正面に立つ黒ずくめのテロリストがジェスチャーをすると、部屋の明かりが少し暗くなる。
どうやら別室でモニタリングされてるらしい。

「それで、なんなのよアンタ達は」
「我々は人権団体の組織の一員だ」
「はあ?」

人権団体。その言葉に思わず笑ってしまう。

「ふふふっ」
「何がおかしい」
「お門違いってことよ」
「どういう意味だ?」
「私たちには生まれつき人権なんてない」

にも関わらず出しゃばってきた人権団体とやらが滑稽すぎて、私は笑いが止まらなかった。

「君たちにだって人権はある」
「見当違いも甚だしいわ。見誤らないでよ」
「私は見誤ってなどいない」
「じゃあ、答えて。私はなに?」

質問すると、人権団体は即答を返した。

「君は人間だ」
「違うわ。私は労働者の出来損ないよ」
「労働者にだって人権はある」
「それは働いているからこそ生じるの」

働かざる者、息を吸うべからず。
働くことで、生きることを許される。
それが出来ない私に、人権なんてない。

「いい? 私はね、秀でた才覚に恵まれなくて、何かしらの職種の適正すらなかったの」

これは紛れもない事実である。
だからこそ、期末テストで落ちた。
同時に生きる資格を失ったのだ。

「そんな私が最後に価値を見出せる場所が、あの施設だったのよ。この身を捧げることでね」

使えない労働者に生きる資格はない。
それでも生まれたからには役に立ちたい。
健康な臓器を提供することで価値を得たい。

「それなのに、アンタ達は自分勝手な独善で私の価値を奪った。どう責任取ってくれんの?」

自分の言葉が伝わっているとは到底思えない。
この人権団体とやらに理解出来るわけがない。
しかし意外にも返してきた答えは的確だった。

「私が責任をもって、君を保護する」

一瞬、言っている意味が分からず言葉を失う。
すると、人権団体は黒いヘルメットを脱いで。
長い黒髪を振り払い、黒い瞳で私を見据えた。

「私が君に価値を与えてやる。だから、来い」

何も言えず、ただ肯くことしか出来なかった。

「いま帰ったよ」
「……おかえり」

人権団体に引き取られてひと月が経った。
私の暮らしは施設の頃とあまり変わらず。
三食きちんと食べて、しっかり寝ていた。

「たまには外に出てみたらどうだ?」
「出て、何をするのよ……」

施設に居た頃とは違って、外出は自由だ。
さりとて、用事が見当たらないから困る。
せめて仕事があれば、出勤が出来るのに。

「好きに遊んでくればいい」
「……やだ」

この人は私に仕事を与えようとはしない。
その理由は明白だ。私に適正がないから。
秀でた才覚がない人間に仕事はないのだ。

「じゃあ今度、映画でも観に行こうか?」
「……部屋で観たい」
「映画館のほうが楽しいよ」
「部屋がいいのっ」
「はいはい。わかったわかった」

ことあるごとに私を外に出そうとしてくる。
けれど私は外に出たくなかった。自分が嫌。
街には労働者が沢山居て劣等感に苛まれる。
だからつい、こうして駄々を捏ねてしまう。

「何が観たい?」
「なんでもいい」
「君はそればっかりだな……」

夜寝る前に、一緒に映画を観る。
同じものを何度繰り返し観ても平気だった。
どうせ、最後まで観ることなく眠るのだ。

「ひとつ、聞いてもいい?」
「むにゃ……なによ?」
「君はいま、生きてて良かったと思うかい?」

微睡みながら、私は曖昧な答えを返す。

「どうだろ……よくわかんない」

お決まりの返答で茶を濁してから、私がいつも通り寝たふりをすると、額にキスをされた。

「私は君を救い出せて、良かったよ」

これもまたお決まりの言葉。毎晩のお約束。
毎晩こうして、この人は私を愛してくれる。
この瞬間だけ、生きてて良かったと思える。

「今日は何を観る?」
「今日はいいわ」
「映画、観ないのかい?」

しばらくそんな生活を続けて、ふと思った。
このままではいけないと。堕落していると。
この人は甘い。甘すぎて、蕩けそうになる。
しかし、甘えてばかりいるのは気が引けた。

「話があるの」
「なんだい?」
「まず先に謝るわ。ごめんなさい」

ベッドの上で正座して端に腰掛ける人権団体の保護者に頭を下げて謝罪した。すると慌てて。

「わっ! ど、どうしたのさ、いきなり……?」
「私はあなたと初めて会った時、スタンガンで酷いことをしてしまったわ。まずはそのことをきちんと謝るべきだと、そう思ったのよ」

まずはそこから。そこから全て始めたかった。
きちんと精算するべく、罪を償おうと考えた。
よって、この人に与えた痛みを自分に与える。

「これで私を痛めつけて」

懐からスタンガンを取り出して、握らせた。

「は?」
「このスタンガンで私に仕返しをして」
「そ、そんなこと出来るわけないだろう!?」

覚悟を決めたのに、この人はチキンだった。

「お願い。やって」
「い、嫌だよ! 危ないじゃないか!?」
「大丈夫。あくまで護身用だから平気よ」

デモンストレーションとばかりにバチバチと紫電を迸らせると、青ざめてガタガタと震えた。

「ぜ、絶対痛いからやめたほうがいいよっ!」
「そんなに痛かった? 本当にごめんなさい」
「いや、痛かったけど! 終わった話だから!」
「私の中では終わってないのよ。なにもかも」

どうにか気持ちを伝えようとじっと見つめる。
黒い瞳が揺れて、戸惑いが伝わってくる。
なんだか可哀想になってきた。気の毒だ。
この人を追い詰めるつもりはない。仕方ない。

「もういい。わかった。自分でやる」
「ふぇっ!? どうしてそうなるのさっ!?」
「こうでもしないと気が済まないの!」
「わあっ! 待って! ちょっと待って!?」
「離してっ!」
「ちょっと! 危ないから暴れないで! あっ」

ペロンと腹部を露出して電極を押し当てると人権団体の保護者が止めに入り、押し合いへし合いの末に、カチリとスイッチが入ってしまい。

バチバチバチバチバチバチバチバチッ!

「んきゃあっ!?」
「ああっ! どうやって止めれば……」
「んきゅっ!? あうっ! あっ……」

スタンガンを受けた私は失禁して気絶した。

「う、う……っ」
「あ、気がついたかい? 良かった……」

目を開くと、私は膝枕をされていた。
ほっとしたような保護者の顔が愛しくて。
思わず手を伸ばして、整った顔立ちに触れた。

「ふふっ……くすぐったいよ」
「これで私のこと、許してくれた……?」
「初めから怒ってなんかないさ」

知ってる。そうだろうとは思っていた。
それでも私は自分に罰を与えたかった。
そうしないと、近づく資格がないから。

「これから、もっとあなたに甘えていい?」
「もちろんだとも」
「私、これからも傍に居ていい?」
「当たり前だ」

良かった。本当に良かったと、心から思う。
それならば、痛い思いをした甲斐があった。
私がほっと安堵していると、おずおずと。

「あ、あのさ……」
「なに?」
「君に折り入って頼みがあるんだけど……」

私に頼みなんて珍しい。初めてだ。
これはもしかして仕事の依頼だろうか。
なんにせよ、働く機会を得る好機だと思った。

「なんでも言って。なんでもやるわ」

そんなやる気満々な私に、言いづらそうに。

「私にも、その……スタンガンを……」
「えっ? スタンガンが欲しいの?」
「い、いや、欲しいのは痛みで……」

何言ってるんだろうこの人は。ちょっと怖い。

「実は、あの日から、忘れられなくて……」
「スタンガンの痛みが?」
「……うん」

なるほど。つまり、こういうことだろうか。

「またバチバチってして欲しいの?」
「う、うんっ……だめ、かな……?」

まあ、駄目だろう。十中八九。九分九厘。
しかしながらその上目遣いは反則である。
いつも凛々しい癖にそんな顔するなんて。
これでは首を横には振れないではないか。

「もう、しょうがないわね……1回だけよ?」
「ほ、ほんと!? わあっ! 嬉しい!!」

無邪気な笑顔も可愛すぎて反則だと思った。

「じゃ、いくわよ」
「ま、待って!」
「なによ。今更怖気づいたの?」

さっさと済ませようとスタンガンを構えると、予想だにしないこんな注文が舞い込んできた。

「あのね、キスしながら、やって欲しくて……」
「はあ?」
「お、おかしいよねっ! 変だよね!?」

間違いなくおかしい。絶対に変だ。けれども。

「別に……そのくらいならいいわよ」
「い、いいのっ!?」
「いいから、早く目を瞑りなさい」
「わ、わかった……」

言われるがまま、素直に目を閉じて期待に頬を染める人権団体の保護者。可愛すぎて困る。

「今度こそ、いくわよ」
「うん……きて」

唇を押し当てる。柔らかくて、気持ちいい。
同時にふとももの内側にスタンガンを押し当てて、放電開始。驚いたらしく、唇を噛まれた。
痛い。血が出た。私は生きていると自覚した。

「んぐっ!? いぎっ!?」

バチバチバチバチバチバチバチバチッ!!!!

「ふっ……あむっ……ちゅっ……ふむっ」

バチバチバチバチバチバチバチバチッ!!!!

「んむっ!? ひぅっ!? んあっ!?」

ちょろろろろろろろろろろろろろろろろんっ!

「フハッ!」

失禁した直後、息継ぎがてら愉悦を漏らす。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

高らかに哄笑を響かせて、スイッチOFF。
余韻に浸りながら見下すと、失神していた。
恍惚な表情を浮かべて意識を失った保護者の口の端を伝うよだれを舐める。とても甘かった。

「好き……大好き。私はあなたの為に生きたい」

この日、生まれて初めて命の意味を見つけた。

「昨夜はすまなかった」

翌朝、目覚めた保護者の謝罪は聞こえなかったことにして、私はにっこり笑ってこう言った。

「今日は私の番だから」

仕返しのお返しの仕返し。癖になった。
そうやって、かわりばんこに罪を償う。
我ながら不器用だとは思うけど嬉しかった。
こんな自分でもこの人の役に立てるのだ。
おかしくても、変でも構わない。好きだから。
私はついに、自分の仕事を見つけたのだ。

「君に会えて良かったよ」
「私もあなたに会えて良かった」

天職を見つけた私はようやく、人権を得た。


【スタンガン娘とテロリスト】


FIN

作中内でIPS細胞と記載しておりますが、正しくはiPS細胞であり誤字です。謹んで訂正致します。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

なんだろう。
スタンガンに迸る電流のような恋話、濃い話。
スタンガンに迸る電流が二人の架け橋になるとは。
因みに『アイランド』という映画をご存知で?

良かったです。

>>18
レスに気づくのが遅れ、お返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
ID変わりましたが、>>1です。

『アイランド』という映画を観てみました。
なるほどたしかに私の書いた物語と似通っている部分が多々あって実に興味深い作品でした。
特にクローンを植物状態で育成しても上手くいかず、知識と知性がなければ正常に機能しないという点が、とても印象深かったです。
それがきっと人間の条件なのでしょうね。

今後も何かお気づきの点がありましたら、レスを頂けるとありがたいです。

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