俺は愚かな男だった (15)
林田さんは文芸部の部長だった。
うちの高校では何かしらの部活に入ることが義務付けられている。楽そうだからというりゆうで選んだ文芸部に、彼女はいた。
文芸部には林田さんの他に二年の西口さんという先輩もいた。先輩は他にも何人かいたのだけど、籍を入れているだけで部室になっている空き教室に来ることは稀だった。
林田さんは小説を書いたり読んだり。西口さんは読み専で、俺はというと林田さんの真似事でキーボードを叩いたり、西口さんお勧めの難解な小説を読んで頭痛をおこしたりしていた。
「今年は尾関くんだけみたいだね、歓迎するよ」
そう言って微笑んだ彼女の笑顔を、俺は今も覚えている。
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林田さんは綺麗な人だった。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、という言葉を最初に聞いた時に、真っ先に彼女のことを思い浮かべてしまうほどには。
腰の辺りまで伸ばしたサラサラロングの黒髪、ぱっちりおめめに華奢な体つき。儚げな雰囲気も合わせて持てば、そりゃモテる。
部活が終わる合図は、大体男が林田さんを迎えに来ることだった。
しかも何がすごいって、その男は大抵は二週間。長くても一ヶ月は持たずに変わってしまう。
魔性の女、林田さん。
西口さんと並んで帰りながら、林田さんと今の男がいつまで続くかをよく賭けていたものだ。
おかげで、俺の財布はいつも寂しくなっていた。
林田さんは小説家志望だった。
文芸部の活動中に書いた作品は、文芸誌を作るのではなく新人賞などに投稿していた。西口さんが読み専だったし俺も素人だったから、作りたくても作れなかったというのが正しいのかもしれないが。
文芸部に一緒にいたのは半年くらいの期間だったが、掌編短編含めて数えきれない数の作品を彼女は書いていた。
うちの学校は部活動は盛んでも強豪と言えるような部は特になく、プロ志望といえるのは林田さんくらいだったと思う。
キーボードを叩きながらディスプレイに向き合うそんな彼女の姿は美しかった。見とれてしまうほどだった。
彼女が元々美しいから、ではなく、何かに真剣な姿を綺麗だと思うのは初めてだった。
キーボードを叩く姿の彼女に憧れて、俺も彼女の真似事を始めてしまったのかもしれない。
期待
林田さんは小悪魔だった。
一学期定期テスト前、西口さんは勉強のために部活を休んでいた。林田さんも西口さんも、学年でトップ10に入っているらしい。
西口さん曰く、「私は勉強しないとだけど、林田さんは本物の天才」とのこと。確かに、テスト期間になってもこうやって毎日部室に来て、それでもトップ10に入るのならよっぽどだろう。
「尾関くんはテスト勉強しなくていいの?」
「あー、まあ、はい」
赤点は取らない程度にしておけば良いだろうと。定期テストっていうには、授業のノートを暗記する作業にすぎない。入試や模試で活きる学力とは似て非なるものだと思う。
ということを、林田さんに伝えてみた。
「面白いこと言うのね、でも同感かな」
そう言って、林田さんは椅子に座ったまま伸びをした。
「にしちゃんとも、そういう話をいつもしてるの?」
「にしちゃん?」
「西口友梨ちゃんね」
「あ、いや、西口さんとはもっと馬鹿っぽい話というか……」
さすがに、林田さんの男事情で賭けてるとは話せない。ドラマや学校での出来事について話していると、お茶を濁した。
よく考えると、西口さんとは帰り道でよく二人きりになるが、林田さんと二人きりになるのはそうないことだ。意識すると、緊張し始めてしまう。
「ふーん、いいなぁ。私も尾関くんの話、聞いてみたいなぁ」
そんなこと、彼氏持ちだと知っていても林田さんに言われるとドキッとしてしまう。美人はずるい。
「ね、何か話してよ」
「何ですかその無茶振りは」
「にしちゃんばっかり尾関くんに詳しくなってずるい」
三年生で大人っぽく思ってた林田さんが駄々をこねる姿は、ギャップで可愛く思えてしまう。
数分ごねらたところで、今の彼氏が迎えに来た。なぜだか無性に寂しくなった。
「じゃあね、尾関くん」
隣にいつもいる西口さんは今日はいない。
林田さんはいじめられていた。
美人でモテるから、同性の嫉妬をかっていたらしい。
「尾関くん、ペンかしてくれない?」
「いいですよ。筆箱忘れたんですか?」
「ううん、昼休みになくなってた」
このやり取りを三度繰り返したあたりで、どうやら隠されているらしいということに気がついた。
人の男を奪ったことはない、というのは本人の談だが、勝手に人の彼氏が林田さんを好きになっていることはままあることだそうだ。
「二年にもいるもん、林田さんファンと、林田さんを妬んでる女子」
そう話す西口さんは何だか楽しそうで、この人はこの人で掴めない人だな。
「美人も大変なんですね」
「そうそう、大変なんだよ」
別にあんたのことを言ってない、とは指摘できなかった。林田さんといるから薄れてしまうが、この人はこの人で美人なのである。
茶色に染めたミディアムボブで、快活な雰囲気を醸し出している。端的に言えば、ギャルっぽい。
「あれ? 否定しないの?」
「否定できないのが悔しいっす」
「素直な後輩は嫌いじゃないよ」
ニヤニヤしながら俺の顔を覗く西口さん。くっそ、否定してやればよかった。
林田さんはめんどくさい人だった。
いつも通り部室で三人でいると、林田さんに問いかけられた。
「ね、尾関くんはにしちゃんと私のどっち派なの」
「何ですかそれ、派閥とかあるんですか?」
「私とにしちゃん、どっちが好き??あ、二人ともっていうのは無しね」
「聞いてねぇこの人」
林田さんも西口さんも嫌いじゃない。でも、それを問われてどちらを好きと返すのも照れ臭かった。
西口さんも読んでた本を机におき、ニヤニヤしながらこちらを見ている。どちらと答えてもめんどくさい未来が見えている。
「西口さんのがいつも一緒に帰ってるから話しやすいっすね」
緊張しないし。
「えー、尾関くん、私のこと好きなの? 困るなぁ」
ここぞとばかりにニヤニヤしていじってくる西口さん。やっぱりめんどくせぇ。
「そっか……所詮私はその程度なのね……」
そう言って落ち込む不利をする西口さん。いやあんた男いるじゃん! 男いるか未確定な西口さんを答えた方がまだましそうだからって理由で西口さんを選んだんだけど。
やっぱりこの人たちはめんどくさい。でも、それも含めてここは居心地が良いのだと思う。
そう言って落ち込むふりをする林田さん
ですね
林田さんは唐突に物事を提案する人だった。
一学期の終業式が終わり、文芸部も夏休み期間は休みになる。何が楽しくて、冷房もついてないくそ熱い教室に三人そろわないといけないのかという話だ。
じゃあまた二学期に。
そう言って帰り支度をしようとしたところだった。そういえば、昨日まで迎えに来ていた林田さんの男がまだ来ていないことに違和感を覚えた瞬間のことだ。
「よし、今年の夏祭りは文芸部で遊びに行こう」
「いやいや、林田さん彼氏いるじゃないっすか」
「別れたから大丈夫」
大丈夫とは。あの男、迎えに来るようになってまだ一週間だぞ。
西口さんは呆れ顔で俺に向かっていった。
「去年も毎学期、終業式にはしっかり別れて来てたからたぶん本当だよ。諦めなさい」
「諦めなさいって……」
「え、尾関くんは私たちの浴衣姿見たくないの?」
林田さんが言うところの『私たちの』には、美女二人のというニュアンスが多分に含まれているような気がした。見たくないと言えば、それが嘘になってしまうのが男の悲しい性だ。
「了解です」
「あー、今想像したでしょ。むっつりさんめ」
やっぱり断ってやればよかったかな。できないのも自分でわかってるんだけど。ちくしょうめ。
林田さんは寂しがりやな人だった。
夏休みに入ってから、メッセージアプリに通知のなかった日はない。そして内容も特にない。
夏祭りは何を食べよう、自宅で小説は書いているのか、にしちゃんは彼氏いないのかな。エトセトラエトセトラ。そんな連絡に律義に返してしまうのは、俺が後輩だからという以上に林田さんとやり取りをするのが楽しかったからだ。
西口さんからもたまに内容のないメッセージは来るが、林田さんほどのペースではなく、そしてそれも長続きはしない。男女差も学年差もあるんだから当然だ。
それなのに、林田さんからの連絡は不思議な程に長続きする。こちらが話題を考えるまでもなく、林田さんがどんどん話を振ってくれるからというのもあるだろう。
『尾関くんは彼女作ったりはしないの?』
『作りたい、で作れたら苦労しないです』
この人は自分がいかに恵まれているかを理解するべきだと思う。
『じゃ、好きな人とか』
片思いの相手、というのも正直に言えばいないものだ。普段から林田さん、西口さんという美人二人といるせいか、同級生でこの子可愛いなと思うこともあまりない。いい人だな、話しやすいなって子だったり、仲の良い女友達はいても、好きだと思う子はいなかった。
『うーん、ないですねぇ』
『じゃ、私なんてどう? 優良物件だと思うよ』
『すぐに振られて落ち込みたくないんで遠慮しておきます』
こういうこと、すぐに言ってくるから相変わらず林田さんはつかめない。
林田さんと西口さんはナンパされやすい人だった。
二人とも美人で、浴衣を着て夏祭りなんて行けばそりゃそういうこと目当ての男もいるわけだ。
林田さんは大人しそうで誘っても断られなさそうだし、西口さんはちょっとギャルっぽくて乗ってくれそうな感じがするのだろう。二人にお使いという名前でパシられて、戻った時には男に声をかけられているということが今日だけで二度あった。
チャラそうな帰省中の大学生に声をかけられているのを見て、面倒だし逃げようかなあどうしようかと思案している時だった。
「あ、来た来た。ごめんなさいねー、私たち、彼を奪い合ってるところだったんで」
「どう? 嫉妬してくれた? やっぱり私の方が好き?」
なんて。訳のわからない状況で呆けた顔をしていると、男たちは「男連れかよ」と舌打ちをして、ついでに唾を俺に向かって吐いて去っていった。ナンパ後にその態度はむしろ逆効果なのではなかろうか。
相変わらず呆けた顔でいると、「間抜け顔だねぇ」「これが私たちの後輩ですよ、林田さん」と二人の声が聞こえてきた。
「どういう状況なんすかこれ」
「ナンパがしつこかったから、私もにしちゃんも尾関くんに惚れてて、今日選んでもらうつもりだったっていう設定」
「何すかそれ」
「またまたぁ、美女二人に両腕掴まれて、緊張してるくせにぃ」
「してないっす」
嘘嘘、顔が真っ赤なのは自分でもわかってるけどね。
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林田さんは俺に新たな課題を与えた。
将来の目標とか夢とか、特に考えてこなかった罰のような気がした。考えてなかったというのは間違いで、正しくは現実的に思えなかったというのが正確な気がする。
そもそも俺と同じ高校一年生で、将来の目標が明確なやつってどれくらいいるのだろうか。
子どもの頃は、夢とか目標とかいっぱいあった気がする。スポーツ選手に医者か弁護士か車屋さんか何か、憧れているものっていっぱいあって、それになるんだと信じて疑っていなかった。
でも、だんだん歳をとってしまうと、そういうものって限られてくる。年齢を重ねるほど、人生の可能性って狭まってくる。幼稚園児の俺がノーベル賞を取りたいって言うのと今の俺が言うのでは、大人の反応だって変わってくるだろう。
だから、夢を語ることは難しい。なりたいものを明言するのって、怖い。
それだけ自分の可能性が狭まっていると思い知らされそうで。
でも、だからこそ夏祭りの日の林田さんと西口さんの話は俺に何かを与えた。衝撃か、感銘か、あるいは動揺か。何と表現するのが正しいかわからないけれど、やはり彼女はかっこよかった。綺麗だった。
なりたいものが何とは今挙げることができなくても、二人みたいになりたいなとは思った。
夢を語れる人間になりたいと。夢を追いかけられる人間になりたいと。
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