【ワートリ】香取葉子の決意 (10)

ワートリの短編SSです。
地の文ありです。

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 ……思えば何時からだろう。
 あの男が、どうしようもなく気になり始めたのは。
 きっかけは分かる。
 アイツの部隊に完敗した事……そして、短いながらもアイツと言葉を交わした事だ。
 でも、最初の感情はこんなものではなかった筈だ。
 ムカつく。
 弱っちい雑魚が、仲間と周囲の環境に恵まれて勝ち続けている。
 自分はせっせと罠を張って、遠くからヒョロヒョロ弾を撃っているだけのくせして。
 お前が強いんじゃない。
 A級でエースを張るレベルのチビと、ブラックトリガー級のトリオンを持つ小娘が強いだけだ。
 それにおんぶに抱っこをしている雑魚眼鏡。
 ムカつく。ムカつく。ムカつく―――!
 と、こんな印象だった筈だ。

 そんなアイツへの印象が変わり始めたのは、玉狛第二のログを見直した辺りからだった。
 特に印象深かったは、私達との試合の、一つ前のログを観た時。
 それは、今シーズンで玉狛第二が唯一敗北した試合。
 ボロ負けしたのは知っていたが、改めて見直すと酷い内容だった。
 隊長であるアイツは何の仕事もできずに序盤で撃破され、チビスケも影浦さんと二宮さんに封じ込まれた。
 完敗。
 私であれば当分は立ち直れない程に散々な内容だった。
 だが、アイツは立ち上がった。
 たった数日でスパイダーという新トリガーを引っ提げて、私達に勝利した。
 思えば、私はこの時初めて感じた。
 この眼鏡はただの雑魚ではないんじゃないか―――と。

 ただ、この時はまだ悪印象が先行していた。
 言ってもただ図太いだけの眼鏡だと。
 そんな気に掛けるような奴じゃないと、言い聞かせるように考えながら、でも気付けばアイツの試合を追っていた。
 B級上位常連の、生駒隊と王子隊とのランク戦。
 実力以上の相手に、見事アイツ等は勝利した。
 前回敗北を喫した東隊、影浦隊、アタッカー4位の村上鋼を有する鈴鳴第一との試合。
 アイツは再び度肝を抜く作戦を立てて来た。
 ここに来て新メンバーを加入させてきたのだ。
 これまたエース級の新人の活躍もあってか、見事勝利を収めた。
 順位はB級3位まで上がり、アイツが目指す遠征選抜の条件『B級2位以上』が、現実味を帯びてきた。

 アイツは、言った。
 ただ自分がそうするべきだと思っているから。だから、遠征部隊入りを目指すのだと。
 初めて言葉を交わしたあの時、迷いもせず、躊躇いもせずに、そう言った。
 そして、言葉の通りアイツはあらゆる手を使って部隊を勝利へと導いた。
 スパイダーを取り入れ、シーズンの半ばに大型新人を加入させ、その目標に手の届く位置まで這い上がった。
 ……アイツの活躍を見る中で、私はふと思った事がある。
 私に同じ事ができるだろうか?
 例えばあのチビスケとトリオンモンスターが仲間だったとして、それでアイツ同様に勝ち続けることができるのだろうか?
 自分がアイツと同じ立場にいて、同じ事ができるのだろうか? という、疑問。
 ……出来る、と思いたかった。
 アイツに出来て、私に出来ないなど―――その事実を認めることなど―――プライドが許さなかった。
 だから、自らを言い聞かせるように思い込む。
 私にだって同じ事はできる。
 ただアイツは環境に恵まれていて、私は恵まれていないだけ。
 それだけがアイツと私の差なんだと、自分を守るように私は考え続けた。
 だけど―――それから少しして、私は知った。
 三雲修の、強さを。
 その一端を表すエピソードを、知った。






 始まりは、とある噂だった。
 噂自体は大したものじゃない。
 尾ひれがつきまくった滑稽とすら言えるもの。
 曰く、アタッカー3位の風間さんと引き分けたB級がいるらしい。
 曰く、そのB級は前回の大規模侵攻に於いて凄まじい大活躍をしたらしい。
 曰く、そのB級は新型ネイバーを多数撃破し、二人のブラックトリガー持ちに狙われて尚も逃げ果せたらしい。
 曰く、そのB級はトリオン体を解除してまで、激闘を続けたらしい。
 曰く、そのB級は激闘の末に命に係わる怪我をしたらしい。
 そのB級の名は―――、


 ……馬鹿げた話だと思った。
 確かにアイツガ風間さんと引き分けたのは事実らしい。
 だが、それも頭に24敗というどうしようもないスコアが付いての話。 
 部隊単位で語るならまだしも、アイツ個人にそれ程の実力はない。
 あまつさえ新型ネイバーとブラックトリガー持ち二人から逃げ切るなど、天地がひっくり返っても有り得ない事だ。
 ただ、噂の中で一つだけ気を退く内容があった。
 『トリオン体を解除してまで、戦いを続けたらしい』。
 この行動が、私が調べて来た三雲修という人間と、どこか合致するような気がしたのだ。
 あらゆる手段を使って目的を達成する男。
 もしアイツにどうしても譲れない目的があったとして、「そうする」ことで目的が達成できるのだとすれば、
 アイツは、多分……「そうする」のだろう。
 己に降りかかる危険を度外視してでも、己の命を天秤に掛けても―――三雲修という人間ならば。
 だけど、私の中の常識は、それを否定したがっていた。
 そんな人間有り得ない。
 例え成し遂げなければならない目的があったとしても、本当に命を投げ打てる人間などいやしない。
 
 ……私は確かめずにはいられなかった。
 ただの風の噂でしかないそれが、バカらしいの一言で忘れてしまえば良い筈のそれが、どうしても気になって仕方がなかった。
 気付けば、私はある場所へと向かっていた。
 ボーダー本部から離れて建つ、玉狛支部。
 私はまるで隠れるように、出入口近くの物陰に潜み、アイツを待っていた。
 少しして、気の抜けた間抜け面を張り付かせたアイツが出て来た。
 幸いな事に、アイツは一人だった。……何が幸いなのかはよく分からないが。
 ともかく、アイツは私の前に姿を現した。

 声を掛ける。
 私を見たアイツは、驚いた表情を浮かべていた。
 それもそうだろう。
 ランク戦で少し言葉を交わしただけの奴が、出待ちのような事をしていたのだ。
 私だって同じ事をされれば驚くし、ヒクだろう。
 今になって考えれば馬鹿げた行動だが、そんな事に気付く事もできない程に私の心は『噂の真否』に囚われていた。




「……アンタ、この前の大規模侵攻で死に掛けたって本当?」


 挨拶もそこそこに、問い掛けた。
 デリカシーのない、不躾そのものな問い。
 既に驚きを張り付かせていたアイツは、更に目を見開き、冷や汗を垂らし始めた。

「……本当、ですけど」

 突然の出現からの突然の問いに大分混乱しているようだったが、無視。
 私はお構いなしに続けていく。


「……何で死に掛けるのよ。キューブにされたならまだしも、ペイルアウト機能が付いてて怪我なんてする訳ないじゃない」
「それは……」


 アイツは、言葉を詰まらせた。
 私が何の意図をもってこんな質問をしているのか、考えているようだった。
 一秒、二秒……沈黙が過ぎていく。


「……相手に、トリオンだけに作用する能力を持ったトリガー使いがいたんです。だから、」
「だから、トリガー解除したって言うの? 相手はブラックトリガーだったんでしょう? トリガー解除すれば、私達は生身よ。
 本当の命懸けになる。それを分かってて、そんな馬鹿みたいな選択したっていうの?」


 遮るように、言葉を投げる。
 目の前の男が、まるで理解できなかった。
 自分達はペイルアウトという最終的なセーフティがあるから、ネイバーと戦えるのだ。
 本当の意味で命を懸けるなど、一介の学生にできる筈がない。
 だが、この男はその一線を踏み越える選択をした。
 分からない。
 何でこの男はそんな選択ができるのか。


「あの時は、それしか選択肢が……」
「嘘。逃げるって選択肢はあった筈よ。それこそペイルアウトでもすれば良い話でしょ」
「確かに逃げようと思えば逃げれたかもしれません。でも―――」


 一瞬。
 その一瞬だけ、それまで冷や汗をかき、たじたじとなっていたアイツが強い眼差しを見せた。


「―――守らなくちゃいけない奴がいたんです」


 そして、短く告げた。
 やはりそれは、私には到底理解のできない回答で。
 どうしようもなく、心をかき乱す回答だった。



「……訳わかんないわ……。その誰かを守る為に、アンタは命を懸けたっていうの?」
「……結果的には、まあ」
「それで傷を負って、死に掛けて……本当に死んじゃうとは思わなかったの?」
「その時はもうそれしか選択肢がないと思ってましたから……」


 冷や汗を垂らしながら、アイツは淡々と答えていく。
 普通の人では取れない選択肢を、さも当然のように。
 ここに来て、ようやく私は目の前の男を理解できた。
 こいつは、普通の人達とは根底の考え方が違う。
 目的の達成の為ならば、自分の命すら懸けるのだ。
 ランク戦に勝利するために、新たなトリガーを取り入れるのも、新たなメンバーを参入させるのも当然だ。
 勝利に続くのならば、コイツはどんな選択でもするのだろう。


「……アンタ、どっかおかしいわ」
「うっ……!」


 思わず飛び出た本音に、三雲は存外ショックを受けた様子だった。
 その反応がどこか可笑しかった。
 いざとなれば命を懸けられる男が、暴言の一つに心を揺さぶられている。
 こうしてみると弱々しい、どこにでもいる学生だ。
 ふと周りを見ると、既に日が傾きかけている。
 思いの外、話し込んでしまったらしい。


「時間取らせたわね。もう行くわ」
「はぁ……」


 気の抜けたアイツの返事を聞き流しながら、背中を向け、



「―――次は、負けないから」



 ―――小さく、決意を呟いた。
 認めたからこそ、私は強く想った。
 どうしようもなく弱く、訳の分からないくらいに強いコイツに、負けたくない―――勝ちたい。
 それは、これまで何となくで戦って来た私に出来た、初めての目標だったのかもしれない。
 え? と間抜けな言葉を零す三雲。
 もう振り返りはしなかった。
 個人の力量としてではない、指揮官の器量としてではない、また別種の強さを持った男。
 私は、未だその土俵にすら辿り着けてはいない。
 でも、それでも必ず、コイツに―――三雲修に勝って見せると、決意した。

 






 そして、数日後―――私達のランク戦が終わった。
 結果はB級中位。目指していた上位には届かず、最終戦も結果を見れば私達の負けだ。
 何がいけなかったのかは分からない。
 新しく試したものがあり、その中で至らなかったものがあり、これが私達―――『香取隊』の現在地だった。
 口惜しさはある。苛立ちだってある。
 私達は全力でやったのに、この戦いに向けて今までしてこなかった努力というものだってしたのに、でも勝てなかった。
 結果に満足なんて出来る筈がなかった。
 でも、その一方で……納得もあった。
 私は、まるで見えていなかった。
 勝利へのヴィジョン。
 勝つためには、どれだけの努力が必要で、どれだけの熟慮が必要なのか。
 今回その第一歩を踏み出した事で、勝利という遥かな頂きへ到る道程の、ほんの片鱗を垣間見る事ができた。
 B級上位をキープするには、部隊でも、個人でも、今はまだ遠く及ばないのだろう。

「……お疲れ、葉子」

 自販機の横の休憩スペースに一人腰掛けていると、幼馴染の染井華が現れた。
 負けたばかりだというのに、その表情は何時も通りに冷静そのものだ。

「お疲れ。麓郎達は?」
「若村君は最終戦のログを見直すって。三浦君もそれに付き添ってるわ」
「そう……ま、あの体たらくじゃ当然よね」


 隊は、もう次に向けて動き出していた。
 それは、今までの私達には決して無かったものだ。
 前を振り返り、次に活かす。
 勿論今までだって私以外の二人は同様の行為をしていたのだろうが、本当の意味で取り組み始めたのはここ最近の筈だ。
 ……私だって、そうだ。
 見たくなんてない自分が落ちるシーンを何度も見直して、相手の動きを頭に叩き込んだ。
 結果には結びつかなかったが、それも当たり前だ。
 今まで何もしてこなかったのに、ほんの数週間の研究で勝てると思う方が烏滸がましい。

「どうだったの、スパイダー?」

 それは、麓郎に指示されて組み込んだトリガー。
 少し前のランク戦で、私達がものの見事に『してやられた』トリガーだった。
 ……頭に浮かぶある人物をかき消して、私は口を開く。

「……思ったよりは使いやすかったわ」

 あの眼鏡に使えて私に使えない筈ないじゃない、と言いかけて口を紡ぐ。
 余り意識してると、華に勘付かれたくはなかった。

「次はもっと上手く使えるよ。葉子にあってるもの」
「そう? まぁ、華がそう言うならそうなんだろうけど」

 確かにしっくり来るものはあった。
 あの感じならもっと使い込んでも良いだろう。
 言いながら、壁に設置されたモニターを見る。
 そこには今シーズンのランク戦の結果が流れている。
 不意に、ドキリと心臓が鳴った。
 私達の順位に、ではない。
 アイツの、あの部隊の順位が、気になったからだ。
 下位から順に、部隊名が表示されていく。下位……中位……そして、上位。
 アイツの部隊は、上から二番目に名を連ねていた。

「……すごいね、彼。本当に遠征選抜の条件クリアしちゃった」

 幼馴染の声が、どこか遠くに聞こえる。
 上から二番目にあるアイツの部隊と、その遥か下に表示されている私達の部隊。
 これが、今の私とアイツとの差だった。
 分かっている。分かっていた筈だった。
 たった数日前の決意一つで、塗り替えられるような差ではないことは。
 分かっている。それでも―――悔しくて、たまらない。


「……私、先に戻るわ」

 出来るだけ感情を表に出さないよう努めながら、立ち上がった。
 華も、何となく私の心中を察したのだろう。
 何も言わず、見送ってくれる。


「ねぇ、葉子」


 ただ最後に、どうしても知っておかねばいけない事を、幼馴染は知らせてくれた。 
 

「最終戦で二宮さんを撃墜したの、三雲君らしいよ」


 それは、驚愕の―――だが、私にとってはどこか納得のできる―――事実。
 アイツと私の差を明確に知るには、避けては通れぬ事実であった。
 私と三雲との間に何かがあったのを察して、華は教えてくれたのだろう。
 辛い事実と分かっていながら、それでも今一番心に響くタイミングで伝えてくれた。
 アイツはB級1位を率いるシューターNo1を撃破し、私は試合の最終盤に立っている事すらできなかった。
 これが今の現実だ。
 それでも、


「華……。華がボーダーに入るって教えてくれたあの日、どんな話したか覚えてる?」


 華は、うんと小さく答えた。


「……私も、覚えてるから」


 また、華はうんと答えた。


「私は天才じゃなかったし、私達が組んでも楽勝じゃなかったけど、それでも―――」


 振り返り、華の両目を真っ直ぐに見詰めて、想いを吐きだす。



「―――私は、一番を目指してるから」



 あの日と同じ決意を、告げる。
 幼馴染は、小さく微笑みながら、力強く頷いた。
 もう、負けない。
 次は絶対に勝って見せる。
 留まっていた私達の時間が、今再び流れ出した―――。 


以上です。
ワートリ最新話みて妄想しました。
HTML化依頼出してきます。

乙!

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