石上「どうもです、会長。ずいぶんはやいですね」
白銀「そうか?今来たところだぞ」
石上「いえ、僕は祭りの待ち合わせの時間より早く来ちゃったなって思ってたところなんで」
白銀「なるほど。それにしても、石上は甚平を着てくるとは意外だったな」
石上「家にあったんで、パッと着てきました。会長はもしかしたら制服かもって思ってたんすけど、普通に私服ですね」
白銀「俺は制服でいこうとしてたんだがな、妹がうるさくてな……」
石上「そうですか。そういえば四宮先輩達はまだですよね?」
白銀「ああ。まだ来ていないが」
石上「いや、生徒会で遊ぶの初めてなんで、どういう格好でくるのかなと」
白銀「祭だしな、藤原書記は浴衣できそうだな。四宮も、浴衣じゃないか?」
石上「なんか四宮先輩は浴衣似合いそうっすよね」
白銀「そうか?浴衣なんで誰が着てもあまり変わらんだろう。日本人ならそれなりに似合うものだ」
石上「そんなもんですか……って、会長!体ブルブル震えてますけど大丈夫ですか!?」
白銀「だ、だ、大丈夫だ。風邪でも引いたかな」
石上「風邪とかいうレベルじゃなくて、バイブレーションみたいになってますよ!!残像見えてますよ!」
石上の一言。それは道中、白銀が必死に押さえつけてきた妄想という名のパンドラの箱を開けてしまった!
和風美人である四宮と浴衣という組み合わせは考えるまでもなくベストマッチ!白銀にとっては、それは戦車級の攻撃力を誇る武器となるのだ。
石上「具合悪いなら今日はやめにしますか?」
白銀「問題ない!ほら、震えは止まっただろう」
石上「止まりましたけど……。無理はしないほうがいいっすよ」
白銀「ああ。そうだな」
拳を握りこみ、爪を食い込ませることで震えを力づくで止めた白銀!
呼吸を整えようとした白銀だが、落ち着くことは許されなかった……。
藤原「あっいましたよ、かぐやさん!もう会長と石上くんは着いてたみたいです」
かぐや「ちょっとまって。藤原さんもっとゆっくり……」
石上「あっ。来ましたよ会長」
白銀「なにっ!?もうか!?」
藤原「こんばんは、はやいですねー二人とも」
石上「丁度、そろそろ藤原先輩と四宮先輩きますかねーって話してたところですよ。じゃあ、そろそろいきますかって、どうしました、会長。固まってますよ」
白銀「……ん。大丈夫だ。よし、いこう」
石上「はい……ってそっち反対ですよ!どこいくんですか!」
白銀「ああ。すまない。こっちだったか」
白銀(平常心、平常心だ!!いくらちょっと四宮の浴衣がかわいいくたってそれで心を乱されてはならない……)
かぐや(ふふふ。会長。そんなにわざとらしく私から目を逸らして。少し裾が短いかなと思いましたけど、早坂に言われた通りこれにして正解でした。明らかに動揺していますね。今夜こそ、私に告白してもらいましょうか)
藤原「わあー。楽しみですね。たくさん出店がありますよー。綿あめに、金魚掬いに、射的に、かき氷!!どれにいきましょうかー??」
高校2年生のとある夏の夜。
狭い生徒会室からこの夏祭りに戦場を移し、恋愛頭脳戦の火蓋が今にも切られんとしていた!
~~射的~~
射的。それは祭に置いて花形と言っていいほどの存在感を誇る出店である。というのは、祭に来た男は女にアピールするために、避けては通れない関門だからである。
かっこよく獲物を撃ち抜き、それをさり気なく女にプレゼントする。男ならば誰でも一度は考えるシチュエーション。
その射的の重要性を白銀はもちろん理解していた。
白銀「おっ。射的があるじゃないか。ちょっとやってくか」
藤原「いいですね、会長。やりましょうー」
銃をとったのは白銀と藤原。残りの二人は後ろから眺めていた。
かぐや「なるほど。あの銃で倒した商品を持ち帰れるのですか」
石上「そうです……って四宮先輩射的初めてですか?」
かぐや「はい、あまりこういう場に来る機会がなかったものですから」
石上「……へー。お金持ちも大変ですね……」
白銀「じゃあ、藤原書記、先にどうぞ」
藤原「いいんですかーー?私が全部取っちゃいますよーー。どれにしようかなー」
棚にはゲームソフトや菓子の箱や、ぬいぐるみが所狭しと並んでいた。
白銀「ああ。俺はあまりやったことがないからな。藤原書記のを見て勉強するよ」
藤原「えへへー。じゃあいきますよ。とりゃ!とりゃ!」
小気味好いテンポで引き金を引く藤原。そして、その結果は……。
藤原「全然あたりません!当たっても倒れません!」
石上「藤原先輩。狙うなら一つに絞ったほうがいいですよ。それにあまり大きいのは……」
白銀(やはり。一発一発が軽いことに加え、商品自体が倒れにくくなっているのか。なら!)
白銀は灰色の脳細胞を活性化させる!白銀は藤原の射的をただぼおっと眺めていたわけではない!
白銀(初速、重力加速度、空気抵抗、対象までの距離、対象物の重心を考えれば……!)
白銀は学園で天才の四宮をも凌ぐ成績の持ち主である。その頭脳を駆使すればこの程度の物理演算は容易!白銀の脳裏では無数のペンが無数の数式を組み立てる!
白銀(そして、狙うのはあのぬいぐるみ)
白銀の目に写っているのはピンク色のクマのぬいぐるみだった。
白銀(間違えて当ててしまったといって、四宮に渡せばいいだろう。そうすれば、浴衣に動揺したことを上回るほどの一手となる)
白銀「よし、いくぞ」
解は既にでていた。ぬいぐるみを倒すためのルートが白銀には見えていた。
引き金を引いた白銀。白銀の計算は完璧。弾はまっすぐ飛び、ぬいぐるみの重心が最も揺らぐ点に直撃する……はずだった。
白銀は重要なことを忘れていたのだ。
それは己の圧倒的センスのなさ。それは、スポーツだけではなく、歌やら裁縫やらにまで及ぶ。
そして、残念ながらこの射的も例外ではなかった。
狙いを大きく外れた弾丸は、ぬいぐるみと全く別の方向に進み、その直線上の商品を倒したのだった。予想とは全く違う商品を。
おっさん「はい、おめでとう。これが商品ね」
白銀「……なんだこれ?」
白銀に手渡されたのはCD。おもて面には『イケメンが励ますCD』と書いてあり、にこやかに笑みを浮かべるイケメンが二人、此方に手を伸ばしている。
藤原「えー、それを狙ってたんですか……。会長にはそういう趣味が……。同性なのに……」
石上「趣味は人それぞれですから、僕は何も言いませんが……。明日からは後ろに気を付けます」
瞬時に身を引く二人。
白銀「おい!勘違いするな!これは別に俺が欲しかったものではなくてな……って四宮!そんな目でみるな!俺のじゃないって!こんなCD誰得だよ!」
白銀が手に持つCDは、とある業界では大人気となっているということを白銀は知る由もなかった……。
~~露店~~
かぐや(藤原さんはベビーカステラに夢中で、石上くんも金魚掬いを眺めている。今がチャンスですね)
かぐら「会長、向こうの方になにやらおもしろそうなお店があるのでいってみましょう」
白銀「ん?ああ、いくか」
おっちゃん「いらっしゃい!色んなのがあるから好きにみてってくれ」
白銀(へぇー。アクセサリーやら小物類の店か。四宮もこういうのに興味あるんだな。着飾る必要なんてありませんとか考えてるとおもってたんだがな)
おっちゃん「おっ!お熱いカップルさんだね!安くしとくよ!」
白銀「カッ、カップルじゃないですよ。な、なぁ、四宮」
かぐや「ええ、そうですね」
おっちゃん「そうかい。いやー、随分お似合いだったからよ。勘違いしちまった」
白銀「……あはは…」
かぐや(顔が赤くなってますよ会長。私の手の上で踊っているとも知らずに……。私の指示通りに事は進んでいるようですね)
そう!この店に誘導したのは四宮の罠であった!
四宮はこの夏祭りに行くことが決まった時点で、即座に四宮家の人間を潜り込ませていた。何か役立つことがあるだろうと。
そして露店を開かせて、その店主を装わせ会長を焚きつけることにしたのだ。焚きつけられた会長は四宮のことを意識せざるを得ない。加えて、アクセサリーの店にすることで会長がプレゼントしてくれるかもという可能性もある。
どうころんでも四宮に益のある用意周到な計画だった。
かぐや(四宮家の者にはあと一歩踏み込んでもらいましょうか。そうすれば、チェックメイトです)
かぐや「どうやら恋人のように見えてしまっているみたいですね。学校でも噂している生徒もいるようですし」
白銀「そ、そんなことは捨て置け。人は噂が好きなものだ」
かぐや「そうですか……」
かぐや(今よ!会長の動揺の隙を狙ってあと一歩踏み込むのよ!)
四宮の視線を受け店主が口を開く。
おっちゃん「そんなこと言ってもうえっちなことしちゃってるんだろ」
かぐや(ッッ!踏み込みすぎ!どんだけがっつり行くの!?)
白銀「な、な、な、なにいってんですか。そんなわけないじゃないですか」
かぐや(そうよ!そんなことを言えという指示は出してないわ!)
四宮は店主を睨みつけようとする。
かぐや(独断行動が目に余るようですから、私にも考えが……って、誰よこのおっさん!!)
四宮、痛恨のミス!
四宮が忍び込ませた者による店は三軒隣!
場所を勘違いしていたのだ!
つまり、二人が立ち寄ったのはただのセクハラ好きのおっちゃんの店だったのだ!
おっちゃん「最近の若い子は、清純そうな顔でもえっちしてたりするからなー。おっちゃんの時はな……」
マシンガンのように繰り出されるおっちゃんのセクハラ!
それは明らかに二人の許容範囲を大きくオーバーしていた!
ごりごり削られる二人のメンタル!
かぐや「会長。向こうの店にいきましょうか」
白銀「そうだな。今すぐに行こう」
おっちゃん「お、なにも買わないのか?帰りにも寄っていってくれよー」
白銀「はぁはぁはぁ。なんか疲れたな」
かぐや「はぁはぁ。ええ。本当に」
四宮達は今度こそ仕込んでいた店に辿り着いた。
この店では、先ほどの店より上等なアクセサリー類が売っていた。ちょっとしたイヤリングやネックレス、ブレスレットなど、そして指輪。
もちろん。本物の宝石が嵌っているわけではなく、綺麗な石が台座の上に載っているだけの安物である。
おじさん「お似合いのお二人さんですね。仲睦まじさがよくわかりますよ。お安くしておくので、お土産におひとついかがですか」
白銀「ああ、どうも。……四宮、この人は普通の人でよかったな」
かぐや「はい」
かぐや(そうそう、こういうのでいいのよ!)
おじさん「こちらの指輪なんて如何でしょう。値段の割に結構丁寧にデザインされているでしょう。お連れの方にプレゼントされては?」
にこやかに商品を勧める店主。勿論、かぐやの仕込みである。
白銀「指輪なんてそんな」
おじさん「思い出ですよ、とびっきりの。それがこの値段で買えるなんてお値打ちですよ。それに最近は多いですよ、祭りに行って連れている女の子に指輪をプレゼントする男性の方が」
白銀「そうなんですか」
おじさん「ええ、ええ。ほんとうに」
かぐや(やっと計画通りに進んだわ。この流れを作ったことで会長のプレゼントの敷居を下げて、指輪をプレゼントしてもらいま……ってあれ?)
四宮、己の行動を振り返る。
かぐや(自分の知り合いを忍び込ませて、その店に誘って、会長が贈り物をするように誘導して、指輪を貰うって……!!)
四宮!刹那の気づき!
かぐや(それじゃあ、私が会長からのプレゼントが欲しくて欲しくてたまらないみたいじゃない!!しかも、よく考えたら指輪なんて!!)
策士策に溺れる!四宮は自らの策略を張り巡らせるばかりで、己の行動の客観性を失っていたのだ!そして、この瞬間に自らの策略が意味することを理解した!
かぐや(もし、このことが知られたら……会長は……)
白銀「そんなに俺からプレゼントして貰いたかったのか、言えば恵んでやったのにな。それに、顔を真っ赤にして。お可愛い奴め」
かぐや(って言うでしょう!それは避けないと!でも、指輪をもらって平静でいられるかしら)
おじさん「ほら、安くしときますから」
白銀「えーーっと」
かぐや(あーー。どうしましょう!?指輪貰ったら……。うれしい!じゃなくて!えーーっと、一生大切にします!でもなくて!!)
白銀「いえ、今日はやめておきます」
かぐや(ッ!)
おじさん「……どうしてです?」
白銀「こういうのはちゃんとしたものを贈りたいんです。安物のじゃなくて、しっかりと想いの籠もった」
かぐや(会長……)
白銀「それでいて一生の思い出、宝物になるような。自分の想いに値するものの方がいいでしょう」
おじさん「なるほど、そうですか…」
かぐや(そんな堂々と……)
白銀「あっ!これは一般論的な話で…、個別的なことではなくて…」
おじさん「分かりましたよ。では、頑張って下さい。想いのこもった指輪をプレゼントできるように」
白銀「いや、その……」
藤原「あっ!やっと見つけましたよ、会長とかぐやさん!ほら見て下さい!かき氷です!」
白銀「ああ、藤原書記……ってでか!かき氷でか!」
藤原「大盛りにしてもらいましたーー。ほら、二人とも行きましょう。石上くんを探しに」
白銀「そんな沢山食べたら腹壊すだろうってあいつ、迷子か?四宮、いくぞ。じゃあ、ありがとうございました」
おじさん「ああ。またきてくださいね」
かぐや「っ……ええ。いま行きます」
おじさん(かぐや様。いい人を見つけなさいましたね……お幸せになってください)
~~マスメディア部~~
秀知院学園マスメディア部の巨瀬エリカと紀かれんの二人もこの夏祭りに来ていた。
エリカ「あー。どうしてわざわざこんな暑い日に祭りなんて来なきゃいけないのかしら」
かれん「しょうがないでしょう。これも学園マスメディア部の勤めなのですから。この夏祭りには秀知院学園も関わっていますから、取材して新聞にしなければいけませんわ」
エリカ「それは分かってるけど嫌なものは嫌なの」
かれん「まああなたの言いたいことも分かりますわ、だって……」
かれんは周りを見渡した。周りには所構わずいちゃいちゃするカップルばかりだった。
かれん「流石にこうも目の前でやられるとキツイですわね」
エリカ「そうでしょう。あー。どこかに、かぐや様はいらっしゃらないかしら。かぐや様のお姿を一目見られれば元気になれるのに」
巨瀬エリカは四宮かぐやの信者だった。
エリカ「もしかしたら、夏祭りだから浴衣をお召しになっているかも!」
かれん「こういう場所にかぐや様がいらっしゃるわけないでしょう。……いえ、もしや会長がお誘いしていれば、一緒にいらしてるかもしれませんわね……」
紀かれんはかぐや×白銀派だった。
かれん「その神々しい光景を一目!一目見たいですわね!」
直ぐに周囲に目をやる二人。しかし、白銀と四宮の影も形もない。
エリカ「……でも、やっぱりいるわけないか」
かれん「ええ、神様でもいない限りそんな幸運には出会えませんわ。はい、じゃあ仕事を始めましょう」
エリカ「はいはい。そろそろ始めますよ……って、見て!かれん!あれ藤原さんじゃない!?生徒会書記の」
かれん「本当だわ!なぜ……。何か持ってらっしゃる……ってでかいですわ!かき氷でかいですわ!」
エリカ「あんなに大きなかき氷食べられるのかな……」
かれん「生徒会の方々が夏祭りに来てるのかもしれません!エリカ!マスメディア部としてやることは一つですわね!」
エリカ「ええ!かぐや様の浴衣姿をパパラッチする!」
かれん「会長とかぐや様の夏祭りデートを写真に収める!ですわ!では、手分けしてさがしましょう」
すぐさま二手に分かれ、カメラを握りしめたエリカとかれん。
先に白銀と四宮を見つけたのは紀かれんだった。
かれん「どこにいらっしゃるのかしら。早く写真を撮りたいですわ。……ッッ!もしかして、あの後ろ姿は!」
かれんが遭遇したのは白銀と四宮がアクセサリーを眺めている場面。
かれん「ああ。なんと神々しい……。仲睦まじくお店で何かを選んでいらっしゃるわ!。一体何を見てらっしゃるのかしら」
遠巻きに見つめていたかれんは場所を移して、店の商品を覗き見た。
そこには綺麗な宝石が嵌った指輪が並んでいた。
それを見て口に手を当てるかれん。
かれん「あっ!あれは、指輪!もしかして、エンゲージリングでしょうか!?そ、そんな……。あのお二人そこまで……!ああ
神よ」
エリカ「ああ、かれん。かぐや様見つからないー。ってどうしたのその顔!目がやばい!」
かれん「神はいます。いつも私達に微笑みかけてくれていますわ」
エリカ「どうしたの急に!?大丈夫!?」
かれん「ほら、御覧なさい」
エリカ「ん?っ!あれはかぐや様!それも浴衣を着てらっしゃる!ああ、なんとお美しゅい。まるで天女!天女だわ。……もう思い残すことはなにもにゃい……」
かれん「はい。神が使わせた天使って……エリカ?大丈夫ですか?」
ぐらりと倒れそうになるエリカの体。
かれん「エリカ!き、気絶してますわ……。聞こえてらっしゃるー?エリカーー」
モブ男「ん?あっ!女の子が気を失っているぞ!大丈夫か?だれか救急車を!」
モブ女「えっ、熱中症かしら。いまかけるわ!」
かれん「え!いや、その、いつもの発作ですから心配なさらず……」
モブ男「すぐに来るからね。安心してていいよ」
モブ女「どこか涼しいところで休ませましょう」
ぐいぐいと引き摺られる二人。
かれん「あの、いや、ちょっと……、お待ち下さ~い……!大丈夫ですからーー!」
~~盆踊り~~
白銀「盆踊りやってるじゃないか。よしいく……」
藤原「……待ってください。会長」
白銀「どうした藤原書記。そう強く肩を掴まれると痛いんだが」
藤原「……こんなに楽しそうに踊ってる人たちを地獄に突き落とすつもりですか?」
白銀「え?いや、たしかに踊りは苦手だけど、そこまで……って痛い痛い痛い!肩が!肩が壊れる!」
藤原「やめましょう。会長」
藤原の冷たい視線に背筋がぶるりと震えた。
白銀「お、おう。そうだな。やめておこう」
白銀(これ、どんな手段を使っても止めようとする顔だわ。踊りはやめておくか)
~~花火~~
白銀「そろそろ、花火の時間だな。みんな移動し始めた。俺たちもいくか」
かぐや「はい。ですが、大丈夫ですか?こうも人数が多いと、花火が見られないのでは」
白銀「大丈夫だ。いい場所はもう確保してあるからな」
石上「じゃあ、行きましょう。……あの…藤原先輩?どうしました?顔が真っ青でお腹を手で押さえてますけど……」
藤原「んーー?大丈夫ですよー。ほらいきましょうー」
石上「全然大丈夫じゃなさそうですよ!歩くのめっちゃ遅いし!」
白銀「藤原…お前絶対腹壊したろ。さっきのかき氷で」
藤原「な、なんのことですかーー?」
白銀「かき氷のことだよ!いや、絶対腹壊すと思ったわー。やるとおもったわーー」
藤原「し、失礼ですよ、会長!女の子にそんな言い方!」
かぐや「でも、今のうちに御手洗いに行っておかないと、花火の途中で抜けるの大変じゃないかしら」
藤原「かぐやさんまで……。うーーん。じゃあ、いってきますよ……、今のうちに。場所はあとでラインで送ってください……」
とぼとぼと手洗いに向かう藤原。
石上「えーっと、俺もトイレいきたいんで、先輩たちは先に行ってください。場所はなんとなくわかるんで」
白銀「そうか。わかった。迷ったら連絡してくれよ」
石上「はい」
白銀「じゃあ、いくか」
かぐや「はい、いきましょう」
祭りの喧騒に取り残された二人。じとりと絡みつくような暑さが彼らを包み込んでおり、シャツや浴衣が肌に張り付くよう。周囲ではカップル達が楽しそうに花火の会場に向かっている。
白銀(てか、この状況で二人っきりって…)
かぐら(…ほとんどデートじゃない!?)
突如二人きりなったことにより、それぞれがそれぞれを意識してしまう!
先程までは生徒会という枠組みの中で楽しんでいた。だがしかし!藤原と石上がいないことにより、その枠組みは消失!
白銀と四宮は夏祭りに遊びにきた男女二人に早変わり!
それは客観的にみれば紛れもなくデートである!
白銀「ば、場所はこっちの方だからな。ついてこいよ」
かぐや「は、はい」
否が応でも意識してしまう四宮と白銀!
その結果、人混みの中、二人の距離はぐんぐんと離れてしまう。
白銀の背中を追っていた四宮だったが、同じく花火を観に来る沢山の人の陰に隠れて見失ってしまった。
かぐや(会長はどこでしょう、たぶんこちらの方だとは思うのですが)
人混みの中を彷徨う四宮。その表情に不安そうな影がよぎる。
その時、誰かが四宮の手をパッと掴んだ。
かぐや(えっ!もう、会長ったら急に乙女の手を握るなんて……。そんなに私とはぐれて心配だったんですか)
四宮が笑みを浮かべ白銀を茶化そうと顔を上げる。すると、そこには知らない男が立っていた。
チャラ男「あれーー?もしかして、人違いだったー?ごめーん。でもさー。暇だったら俺たちと花火見なーい?飲み物おごるし友達とかも連れてきていいからさーー」
四宮から表情が抜け落ちた。
知り合いかと思ったと嘯き、女性を誘う。古典的なナンパの方法である。
合気道の有段者であるかぐやはすぐさまその男の手を振り払うことができた。いや、それだけでなく地面に叩きつけることさえできた。骨の一本や二本は折れるかもしれないが。
それをしなかったのは、ある感情が四宮の思考を邪魔していたからだった。
それは怒り。
不躾に自らの身に触れたこの男への。そして、会長の手と浅はかな勘違いをした己への。
だが、それは一瞬のこと。自らの感情をコントロールし、抑えつける。四宮家の長女として育てられた四宮かぐやにとっては容易。そして、四宮が男を投げとばそうとしたその時のことである。
白銀「???おい、なにやってんだ」
白銀の手が、四宮から男の手を振り払った。
かぐや(会長……!)
白銀「人の連れに何か用か?」
チャラ男「ちっ。なんだよお前?急に出てきてよー。なに?この娘のなに?カレシ?」
白銀「ッッ!彼氏っていうわけじゃないが…」
チャラ男「じゃあ、口出しすんなよ。関係ないだろ」
白銀「いや、関係ある」
チャラ男「へー、なんだよ。いってみろよ。カレシじゃないならなんなんだよ」
白銀は真っ直ぐ男の目を見て言った。
白銀「四宮は俺を支えてくれる女だ。だから好き勝手はさせない」
四宮の顔が上気する。
チャラ男「ちっ、なんだよそれ。あーあ。つまんねー。もう好きにしろよ」
白銀「ふーー。大丈夫だったか?四宮」
かぐや「え、え、ええ。会長のおかげで」
白銀「それはよかった。あっあと、さっきの言葉だけどな……あれは四宮が生徒会副会長だから会長を補佐するって意味で……」
四宮は何も言わずに白銀の前に手を伸ばした。すらりとした真白の手である。
かぐや「……その、またはぐれたら面倒ですので…その……人が多いですし……」
四宮は顔を真っ赤にして俯いている。白銀も差し出された手の意味について理解して、同じように顔を赤くした。
白銀「あっああ!そうだな!はぐれないようにな!面倒だからな!よし、そろそろ花火が始まるから急ごう!」
白銀は差し出された四宮の手を握った。そして、くるりと向きを変え歩き始めた。
二人はお互いの顔が見えない様に、顔を背け合った。
白銀(四宮の手、小さいんだな)
かぐや(会長の手、大きいんですね)
花火の場所に着くまで、白銀とかぐやはしっかりと手を握り合っていた。
石上「あっ、藤原先輩!いましたよ!あそこです」
藤原「ほんとだ。かぐやさーん、会長ー」
白銀「おお、きたか。もうすぐ花火始まるぞ」
藤原「間に合ってよかったですーー。もう人がたくさんいて……,。あれ、なんだか二人とも顔が赤いような?熱中症ですか?」
かぐや「い、いえ、いえ、そんなことはありません」
藤原「えー、ほんとうですかー?かぐやさーん、隠し事はいけま……」
藤原の声をかき消す花火の音。夜空に浮かぶ光の華。
石上「始まりましたよ、花火。結構綺麗ですね」
藤原「おお!キレイですーー!たーーまやーーー!!」
白銀「花火、綺麗だな」
かぐや「ええ、ほんとうに」
花火を眺めている白銀と四宮だが、その耳に花火の音は届いていなかった。
それは、先程から心臓の鼓動が鳴り止まらないから。互いが互いに聞かれてしまうかもと思うほどの脈動。
どくりどくりと脈打つ恋は二人の体中を駆け巡っていたのだった。
この高校2年の夏祭りは彼らにとって忘れられないものとなったのだった……。
本日の勝敗
四宮と白銀の勝利
夏祭りを楽しむかぐや様たちが観たくて書きました!!
前作「かぐや様は着させたい」
前々作「かぐや様は撮ってみたい」も宜しければ是非。
乙
かぐやさん知らないけど面白かった
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