実録 我がUNKO伝記(17)

ここに、私が経験した全てを話そう。

まず、私は昨日の夜から腹を下していた。そんな中久しぶりの登校。しかし、寝坊。せっかくなので朝一に出し切り、気持ちよく電車に乗ったのだ。しかし、それは全ての終わりではなく、始まりだっのだ。
そう、腹を下しているとついつい、その時の便意が解消されたらそれでだしきったと思いがちだが、案外残っているものである。

そう、再び便意が、私に襲いかかる。幸い目的の駅まであと二駅。辛うじてどうにかなるだろうという淡い期待に縋り、ただただ肛門活躍筋を締め続けた。そこに、天からのお告げがあった。

「間もなく、高田馬場、高田馬場です。お出口は~……」

あと少し、あと少しだ。高田馬場を超えて、西武新宿にたどり着けばそこで用を足せる。私は希望に胸を弾ませ、より一層のの力で肛門活躍筋を締め続けた。しかし、後に続く言葉に私の心はいとも容易く砕け散った。
「高田馬場駅で、ドアの点検をした車両があったため、しばらく停車します。」

しばらく?いつまでなのだ??私の腹は既に一分一秒を争っている。私は無心となり、悟りプログラムの立ち上げに入った。あらゆる煩悩を捨て、脳内全てのリソースを肛門活躍筋に割くためである。全身の力を抜き、しかし肛門活躍筋のみはフル稼働させるどれ程の時間が経ったのだろう。
気がづくと、高田馬場駅だった。



そう、『だった』のである。

肛門活躍筋に力を入れるのに必死で、電車が動いた事も、高田馬場駅に到着したアナウンスすらも気付かなかった。全てが遅かった。目の前で閉まるドア、これ以上締まらない肛門。しかし西武新宿駅まであと数分。この数分に死力を尽くして『尊厳』を守らねばならない。

だが、ふと思う。
(このまま西武新宿駅に着いたとして、直ぐにトイレに入れるのだろうか)
と。西武新宿駅は常にトイレに人が並んでいる。そんな印象がある。ましてや通勤通学のこの時間はまず間違いなく並んでいる。西武新宿駅に着いたとて私の腹の中のハイドロゲドンはまだ特殊召喚出来ない。

他の、空いているトイレはないか。一つは改札を出てすぐにUターンして階段をおりた先にある小さいトイレ。しかしあまり衛生面は良くない。選り好みしている場合ではないが、最終手段としたい。ぺぺのトイレはどうだろうか。いくつかの階に複数のトイレがあるから総当りすればどうにかなるだろう。しかし、冷静になってみればこの時間はぺぺはそもそも開店していない。ならばぺぺの下にあるホテルのトイレはどうだ。ある程度の清潔さは保証されているし、その雰囲気からたかがうんこに入ってくる不届き者などほぼ居ないだろう。ライバルは居ない。私は最短距離のシュミレーションに入った……………


「まもなく、西武新宿、西武新宿です。」
ふと我に返るとあと少しで西武新宿のアナウンス。シュミレーションは完璧。しかし、もう時間が僅かしか残されていない。
駅に止まるためブレーキがかかったその時、さらなる試練が私を襲った。いや、試練というには余りにも大き過ぎる壁が、いや衝撃が、私を阻む

バランスを崩した夫人の手が、私の腹を支えにしたのだ。

私は人生でこの時ほど表情筋を歪ませ、また腹筋にも力を入れたことは無いだろう。今後もこうなりたくない。そんな私の顔を見た夫人はマスク越しでもその顔を見て、少し距離を取っていた。今にして思えば、不快そうな顔に見えたのかもしれない。
だが私の頭の中はそんなことを考える余裕すらなかった。なんとなく視界に【EMERGENCY】の文字を幻視した気がする。もう私の胆力は底を尽き始めていた。

しかし、ホームを挟んで反対側。まさに奇跡のような巡り会わせ。天啓を受けたような歓喜を覚えた。神は言っている。ここで死ぬ運命でないと……!!

反対側のホームには、拝島ライナーが止まっていたのだ。しかも、朝の時間は特急ではなく急行として、追加料金無しで乗れる。これしかない。徐々にブレーキも弱くなり、いよいよ停車。私は人垣を掻き分け、ドアの前に立つ。今か今かと止まるのを待ち、ついに、天へと続く扉が開いた。私は走り、疾り、トイレのある車両へと駆ける。そしていよいよ次の車両というところで、かつてない緊張が走る。




見た。見てしまった。見ざるを得なかった。

前に、同じくトイレへと歩を進める男の姿を。私はその男の手が伸びる瞬間を凄くゆっくりに感じた。しかしその男の手の伸びた先。それはトイレではなかった。次の車両への扉だった。
肩の力がどっと抜けた。釣られて肛門活躍筋も少し緩んでしまい、いよいよの所まで降りてきてしまった。私は走り、指先に希望、安堵、喜び……全ての感情を乗せて開くボタンを押した。

特急車両ゆえに磨かれた便器。清掃したてであることを示す3角に折られたトイレットペーパー。閉めるボタンを押し、私は遂に、遂に、地獄から解放された。

おわり

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