【アイマス】ミキがミキであるために (20)

・誕生日祝い
・地の文、長編予定

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都内の小さな雑居ビルの、小さな芸能プロダクション。
2名のプロデューサーにより何名かのアイドルがデビューしたが、まだまだ弱小である。
そんな事務所には、圧倒的なビジュアルの才能を持ちながらも、底辺でくすぶっているアイドルがいた。
アイドルの特徴。練習嫌い。睡眠過多。金髪。巨乳。
社長室という名の会議室で、そのアイドルは苛立たしげな表情で男と向かい合っていた。

「美希!お前またダンスレッスンサボっただろ!」

「サボってないよ、お休みしただけなの」

「んなもん一緒だろうが」

「一緒じゃないよ~」

「本当に困った奴だな。先方には謝ってたみたいだからそこは安心したけどさ、一体どうしたらまともにレッスンしてくれるんだよ」

あふう。星井美希は、狭い事務所の応接スペースであくびをした。
目の前の男に冷たい目線を送る。美希にとにかくレッスンをさせたがるこの男はプロデューサーというらしい。

美希はこの男が好きになれなかった。男が話す仕事の話は、つまらない。
そのうえ、なんとかして美希に思い通りに動いてもらおうという下心を感じるのだ。

ミキはあの人の道具じゃない、ミキはミキなの、と事あるごとに同僚に話すのであった。
そのため、彼女は男のことを「そこの人」と呼ぶ。できるだけ他人でいるために。

「ねえ、そこの人」

「プロデューサー、な」

「そこの人」

「......なんだよ」

「ミキ、今日は眠いから帰るね」

「だめだ」

プロデューサーが険しい声で答えた。
ほら、また思い通りにいかなくてイライラするんだ、と美希は思った。
でも、イライラしているのはミキもなの。そう気づいて、美希はやり場のない怒りで毛が逆立つのを感じた。

「そこの人って、女の子の話が聞けない男の人なんだね。一生モテないと思うな」

「何だと!?モテないなんて、そんなことが......くっ、わかった。帰りたい理由を教えてくれ」

「やなの」

「頼む。話し合おう」

「そこの人はミキの話、聞けないでしょ」

「俺が悪かった。どうして練習せずに帰ろうと思ったのか、聞かせてほしい」

相手に謝罪の言葉を吐かせたことに少しだけ満足し、美希は答えた。

「疲れるから」

「疲れるから?」

「うん」

「あとは?」

「つまんないから」

みるみるうちにプロデューサーの顔が引きつっていくのを美希は見逃さなかった。
しかし、男はすぐに表情を取り繕った。

「まあ、そうかもしれないな。美希にやってもらっているのは筋トレだったり、ダンスとは言えないような基本的なことばかりだと思うから」

「ミキ、もっと難しいレッスンできるよ」

「そうかもしれない。だけどな、今はまだその段階じゃないと思うんだ。基礎体力をつけてもらわないと、仕事が大変になった時についていけなくなる」

「ミキのお仕事の量を調整するのは、そこの人でしょ?ミキが疲れないようにするギムを果たしてほしいの」

「そうは言ってられないんだよ。売れるにつれて仕事はどうしても多くなってくる。本当の大御所にならないと無理なんだ。業界の」

「コーゾーがそうなってるんでしょ?聞き飽きたよ」

何度目になるかという説明を聞き流す。
プロデューサーはそれでもしつこく、もとい辛抱強く話しかけた。

「頼む美希。揺るぎない基礎があってこそトップアイドルになれると俺は考えているんだ。お前には素質がある」

「もうわかったの」

男の話を遮る。
やっぱり、ミキのこと何もわかってないんだね。ミキは楽したいだけなのに。
そう思い、美希はいつものように言った。

「ミキはテキトーにアイドルやるから大丈夫だよ」

「おい!」

プロデューサーは突然声を荒らげたので、美希は思わずびくりとした。

「悪かった。けど、それをいう時のお前の表情、見てられないんだよ......今日はもう帰っていい。すまない」

「う、うん」

こめかみを押さえる男を置いて、美希は社長室を出た。
社長室を出ると、事務員の音無小鳥が話しかけてきた。

「美希ちゃん、またお説教されてたの?」

「あんなのお説教じゃないの。ただの押し付けなの」

「そうかもしれないわね。プロデューサーさん、美希ちゃんのことで必死だからそうなっちゃうのかも」

「おじさんなのに、そんな風になっちゃダメだと思うな」

「おじさん......」

『おじさん』という言葉を聞いて、小鳥の表情が曇ったように見えた。
プロデューサーの年齢を思い出すと同時に、自分の年齢を思い出したのかもしれない。

「そうね、少し不安だわ。このままじゃだめかもしれないわね」

「小鳥、いいこと言ったの!心の友なの!」

「ふふっ、ありがとう美希ちゃん。お礼にココア入れてあげる」

「ありがとうなの!あと、小鳥のお弁当のおにぎりがあれば完璧なの」

「残念、もう食べちゃったわ」

小鳥の入れたココアを待つために応接スペースに向かうと、先輩アイドルの天海春香が手製のクッキーを食べているところだった。

「美希、お疲れ様」

「春香、久しぶりなの!」

「美希もクッキー食べる?」

「いただくの!」

美希が答えると、春香は小さな声で笑った。
彼女は、いつも同じように笑う。美希は、そんな春香の笑顔が好きだった。
しかし同時に、彼女の笑顔はなぜ美希を惹きつけてやまないのか、疑問だった。
美希の笑顔は写真で非常に映えるが、春香の場合は必ずしもそうではない、と美希は思う。
それなのに、春香が笑っているところを実際に見ると、どこか安心するのだ。
見た目以外にも、声や顔の細かな動きに魅力があるからだろうと、のちに美希はプロデューサーから教えてもらった。

「小鳥がココア入れてるから、春香の分もお願いしてくるね!」

「本当?じゃあ、お願いしようかな」

「小鳥、春香の分もお願いするの!」

クッキーをほおばりながら美希が給湯室へ声をかけると、はーい、と小鳥の返事が聞こえた。
それから間もなく、小鳥がココアを持って二人のもとに現れた。

「私も休憩しようかな。春香ちゃん、お疲れさま」

「小鳥さん、お疲れ様です」

「ねえ、聞いて欲しいの!あの人がね、」

美希はプロデューサーへの不満を2人に話した。

「......って言うんだよ。これってひどいよね?」

「うーん、確かにひどいわね」

「ひどいね」

「おい、聞こえてるからな」

プロデューサーの不機嫌そうな声が美希の背後から聞こえた。
社長室から戻り、デスクワークをしていたようだ。

「春香、なんかごめんな」

「いえいえ。プロデューサーさん、空回りしてますね」

「どういうことだ?」

「私がすぐ転ぶのを知った時は、『直さなくていい、個性だからな』なんて言ってたくせに、美希には『そのいい加減な性格を直せ』なんて言ってるんでしょ?」

「それはだな、春香はこけても別に害はなさそうだし」

「プロデューサーさん、春香ちゃんをいじめちゃダメですよ」

「音無さん、今のいじめている要素ありました!?」

「そこの人、聞こえてるなら直してほしいの!ミキはそこの人の思い通りにはならないからね!」

「本当にごめんな。確かにそうかもしれない。見方を変えてみるよ。ダメなところを直すより先に、いいところを引き出さないとな」

「プロデューサーさん、失格ですよ、失格!」

「春香、頼むから心折るのやめて。これから俺は外出するけど、美希も気をつけて帰るんだぞ」

「ふーんだ、なの」

「プロデューサーさん、私は気をつけなくていいんですか?」

「春香ちゃん、きっと拗ねてるのよ。そっとしておいてあげて」

プロデューサーが外出するのを確かめて、美希が口を開いた。

「そういえば、あの人はミキにつく前は春香のプロデューサーさんだったんだよね」

「うん、そうだよ?」

「どうして、春香から離れてミキのところに来たんだろう」

「うーん、何というか、見捨てられちゃった?」

「女の敵なの!」

「美希、冗談だよ冗談!」

美希が憤慨して立ち上がると、春香は口元に手を当てて慌てたような表情を浮かべた。続いて、小鳥がなだめるように言った。

「美希ちゃん、それは社長の考えとか、色々あって。私からも詳しくは言えないんだけど、プロデューサーさんは春香ちゃんを見捨てたわけじゃないから」

「そうだよ美希、何というか、事情があるんだよ。私はプロデューサーさんがいなくても何とかやれてるから」

「そうなの?」

「うん、それに、私はプロデューサーさんを信じてるから」

「どうして信じられるの?どうせ、いきなりいなくなったんでしょ?」

「美希ちゃん、落ち着いて、ね?」

なだめる小鳥を無視して、美希は春香を見つめた。
春香に迷惑をかけてまで自分のプロデュースをしていると聞いて、美希は怒りを収められなかった。
事務所の仲間に迷惑をかけるのは言語道断だと美希は思った。
同時に、プロデューサーを信じるという春香の言葉を理解できなかった。
鼻息の荒い美希の目を見て、春香は迷いなく答えた。

「プロデューサーさんが私の担当だった時、信じてたから。私、何のためにアイドルやってるか分からなくなったことがあるんだ。小さい頃からの憧れだったから始めたんだけど、失敗するとそれも忘れてしまいそうになったの。そんな時、いつもプロデューサーさんが励ましてくれて、私がどうしてアイドルやりたいかを思い出させてくれた。そんな人だから、きっとまた戻ってきてくれると思うんだ」

「そうなんだ。あの人、ちゃんとしてる時もあるんだね」

「私、本当はプロデューサーさんにすぐに戻ってきてほしい。でも美希がそれだけ期待されてるからなんだよね。私も頑張るから」

「春香......」

確かにあの人を敵視し過ぎてたかもしれないの、と美希は思った。春香のためにもミキが頑張らないと、失礼だよね。明日からはちゃんとレッスンするの。
美希が考えていると、傍で春香の話を聞いていた小鳥が口を開いた。

「春香ちゃんは小さい頃からの憧れでアイドルをしてるって言ってたけど、美希ちゃんはどうしてアイドルになろうと思ったのかしら?そのあたり、私もよく知らないから気になるわ」

「ミキ?ミキはね、友達が......」

「どうしたの、美希ちゃん?」

美希は小鳥の質問を反芻した。
何のためにアイドルを目指したのか。答えは簡単、友人に勧められて何となく。しかしそれを言うのはとても恥ずかしいことのような気がして、美希は言葉を濁した。

「やっぱり秘密なの」

「美希、ずるいよ~!私は教えたのに!」

「春香が勝手に言い出したの」

「それは、そうだけどさ。拗ねちゃうなあ」

どうしてアイドルになりたいのか。美希は事務所から帰ってからも考え続けたが、答えを見つけることができなかった。

今日は一旦止めます
またまったり書き溜めます
美希おめ

おつ

「美希、お前の担当になってもうすぐ1ヶ月になる。ちょうどいい機会だから、オーディションを受けるぞ」

「お仕事?」

「勝てば初仕事だ」

数週間後、美希はプロデューサーとの打ち合わせのため事務所のソファーに座っていた。
相変わらず仕事はなく、地味な体幹や持久力などのトレーニングを続けるばかりの日々だ。
美希は、そんな日々を脱却できる期待を抱いた。

「オーディションは1ヶ月後だ。トレーニングを始めてからまだ短いが、かなり体力はついたはずだ。これから本格的に動き出すぞ」

「わかったの。ミキ、どうすればいい?」

「ダンスレッスン中心でいこう」

「えー、まだ疲れるやつやるの?ミキ、や!」

「この時のために今までやらせてたんだよ......」

プロデューサーの話によれば、キー局の実験枠で、新人アイドルを発掘する番組が放送予定だとのことだ。
この番組で一気に名をあげる計画らしい。
事務所から二人まで出せるので、その分オーディションの倍率はかなり上がる。
律子がもう一人を担当するらしい。

「ふーん、律子は誰を出すつもりなの?」

「秘密だ。お前には教えない」

「ケチ」

「律子に口止めされてるんだよ」

「ミキは平気だよ?」

「少しは俺のことを考えてくれ!それに律子が怒ったら美希もタダじゃ済まないぞ」

「やめておくの」

「よろしい。いいか、あいつはいつも綿密な戦略を立てる。今回に関しては俺のことも敵だと思ってるはずだ。もちろん美希も」

「関係ないの!ミキ、頑張るからね」

「お、珍しくやる気だな。どうしたんだ?」

「ミキ、まだアイドルの事よくわかんないけど、春香のためにも頑張るの!」

「ああ、春香から聞いたのか。あいつは本当に逞しくなったよ」

「ミキが頑張ったら、春香のところに行ってくれるんだよね?」

「まるで俺から離れたいみたいな言い方だな」

「もちろんなの!」

「泣いていいか?」

美希は今回のオーディションで合格し、プロデューサーに担当を外れてもらうことを計画していた。
とはいえ、プロデューサーが嫌いだったからではない。彼を必要としている春香のために、頑張らなければならないと思ったのだ。
そんな美希を見て、プロデューサーはため息混じりに言った。

「まあ、実際そのつもりではあったんだ。今回の仕事がうまくいったら、俺は美希の担当を外れる予定だ」

「うん、それがいいと思うな」

「俺はそうは言い切れないんだけどな。美希、一人で大丈夫か?」

「大丈夫なの!」

「よし、それじゃあ証明してもらおう。レッスンに行くぞ。今回は俺も見よう」

ダンスレッスンを始めて間もなく、美希は困っていた。
練習についていけないわけではない。むしろ、練習は至って順調だ。
問題は、トレーナーが美希に課したレッスンが、いつの間にか明らかに高度な内容に差し変わっていた事だ。
体に疲れが蓄積し始めたので、美希は不快だった。
休憩時間にプロデューサーから差し出された水を手にとりながら、美希は文句を言った。

「そこの人、こんな難しいレッスンしてたらミキ疲れちゃうよ。先生に言ってほしいな」

「プロデューサーだ。まあ、確かに難しいレッスンだな」

「だよね、おかしいよ!だから、ね?」

「だけどな、まだまだやれるはずだ。美希、尻の筋肉使ってないだろ?」

「セクハラなの!」

「落ち着け!ふくらはぎばかり使ってたらすぐ疲れる。もっと大きな筋肉も使うことを意識するんだ」

「そうすれば疲れない?」

「ああ、疲れないように動くと変に負担がかかって逆に疲れることもある。覚えておくといい」

「ホントに?騙してないよね」

「信じてくれ」

美希がむくれていると、トレーナーが現れてプロデューサーを連れてどこかへ行った。
3分ほど経って戻ってきたプロデューサーが美希に言った。

「休憩は終わりみたいだな。美希、頑張るんだぞ」

「どういうことなの!?そこの人、先生に何を吹き込んだの!」

「人聞きの悪いことを言うな!ただの雑談だよ。美希、さっき俺が言ったようにやってみるんだぞ」

レッスンを再開して間もなく、美希にはある変化が起きていた。
体のバネを使うようにして足をさばいてみたところ、あまり疲れないことに気づいたのだ。
足だけでなく、手や腰、全ての動きに同じことがあてはまった。
プロデューサーを時折確認すると、嬉しそうに美希を見ていたが、くすぐったい気持ちになるのでその度美希はそっぽを向いた。

「レッスン、楽しかったか?」

「内緒なの」

「そうか」

レッスンを終えて、美希とプロデューサーは椅子に座って水を飲んでいた。
美希の体には疲れが蓄積していたが、それは不快ではなく心地よいものに変わっていた。
プロデューサーをじろりと見て、美希は言った。

「ミキのこと、ずっと見てたでしょ」

「プロデューサーだからな」

「落ち着かないからやめてほしいの」

「あ、ああ。すまない。でもさ、美希が楽しそうで、キラキラしてて。目をそらせなかったよ。」

「キラキラ?」

「そう。これからはじろじろ見ないように気をつける。ごめんな」

「意味わかんないの」

美希は頬が熱くなるのを感じて、椅子から立ち上がり、男に背を向けた。
キラキラ、と言う言葉が美希の心に深く刺さった。
曖昧な表現だったが、それゆえに却って美希は気に入った。

「楽しかったの」

「え?」

「帰る準備するの」

「ああ、わかった。待ってるよ」

男に言葉を投げつけて、美希は更衣室に向かった。

その日を境に、美希はレッスンを休むことはなくなった。
しかし、オーディションが近づくにつれて、練習の種類、負担共に増えていった。
それでも、美希はそれ以上に知らなかったことを覚えるのが楽しかった。

短いですが今日はこれで止めます

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