三船美優「貴方と、手遅れに」 (19)
「ごめんなさい。……ごめんなさい、プロデューサーさん」
「本当は駄目なんだって、わかってます。まだ駄目。今の私とプロデューサーさんじゃ、まだここまで進んじゃ駄目なんだって……それは、わかってるんです」
「わかってます。……わかってますけど……でももう、我慢していられないんです……」
静かな、静かな、部屋の中。
普段は外から響いてくる誰かの足音も、綺麗だったり可愛かったり色とりどりな誰かの歌声も何も。普段満ちている音の何もかもが無い今。甘い香りだけを漂わせ、ただぐちゅ、ぐちゅ、と普段聞きなれない粘り気を帯びた水音が小さく鳴り渡る二人きりの仮眠室。
それまで閉じていた目を少しだけ開いてぼーっとまだ虚ろに呆けた様子のプロデューサーさんの横、そこへそっと寄り添って。静かにゆっくりと上下させる手の動きはそのまま、その呆けた顔を覗き込むようにして見つめながら、ぽつぽつ言葉を口に出す。
「わかってます。私は、プロデューサーさんのことならなんだってわかってるんです」
「プロデューサーさんが私のことを好きでいてくれてること。アイドルとしても、異性としても、誰より大好きでいてくれてること」
「誰より。……他の、どんな誰よりも」
「いっぱいのアイドル達。たくさんのスタッフさん達。プロデューサーさんの周りには数えきれないくらい大勢の人がいて……でも、その中の誰よりも私を好きでいてくれている。大切に思って、愛おしく想ってくれている」
「それはわかってるんです。だからまだちゃんと男の人としては私に応えてくれないことも、だからまだ私とこうするのを我慢してくれてることも」
「わかってます。……でも、わかってて……わかってるのに、でも、もう、駄目なんです……」
眠りから覚めて、目の前の瞳がだんだんと光を取り戻していく。
滔々と送られる私の言葉、熱く火照ってきっとすっかり赤く濡れてしまっている私の顔、静かな中で唯一敏感に伝わっているはずの私の手の感触。それを受けて少しずつ瞳の中の光と共に意識が目覚め醒めていく。
やがてハッとしたように表情を変え、ぶるりと身体を震わせて、そして声を出そうと口を開いて、
「ん……ん、ちゅ……」
でもさせない。
開かれた口を自分の口で塞いで閉じる。
キス。プロデューサーさんと私とのキス。初めての……眠っている間にしてしまった分を除けば生まれて初めての、大好きな人とのファーストキス。
「……ん……だめ。……だめ、ですよ」
「喋ったらだめ。今は私が話す番。……私の、告白の番なんですから」
「だから、だめ」
駄目、と言われながら、それでもまた開こうとする口をもう一度塞ぐ。
目が覚めたら突然よくわからない言葉を送られて、しかも大切で敏感な部分を握られ擦られていて。そんなの駄目と言われたって口を開いてしまうのはわかる。わかるけれど、でもさせない。言わせない。伝え終えるまでは私の番。
「私はこうするのをやめません。プロデューサーさんに言いたいこと、もう我慢していられないくらいずっとずうっと思ってたこと、全部伝え終えるまでは絶対に」
「止めたいなら突き飛ばしてください。……喋ろうとするならキスして塞ぎます。逃げようともがいても縋り付いて放しません。押し退けられたくらいじゃやめたりしません。私のことを止めたいなら……怪我、させるくらい思いきり突き飛ばしてください」
泳ぐ瞳。空を掻く両手。乱れた呼吸。もご、と声を出すことも叶わずただ上下するだけの口をまた塞ぐ。
塞ぎながら、まっすぐ。濡れて泳ぐ目の前の瞳をまっすぐ見つめる。じっと。じいっと。私の本気はいつだって受け止めてくれた大好きな人へ、これ以上ない本気を伝えるために。
「ん……」
わずかに開いたところを私に塞がれた唇。押し付けて塞ぐだけだったそこへちろちろ、と舌を這わせ唾液に濡らす。
突然触れてきた熱くて柔らかい濡れた舌の感触に、一瞬また身体が跳ねる。泳いでいた瞳が私へ向く。熱っぽく潤みながら、まっすぐ私を見つめ返してくれる。
「……ぁ、ふ」
「……」
「……突き飛ばさないん、ですね」
そんなの無理だって最初からわかってる。プロデューサーさんが私を突き飛ばすなんて……怪我させるようなことをするなんて、そんなの絶対しないってわかってる。プロデューサーさんは優しい人で、そのプロデューサーさんにとって誰より一番に優しくしたいと願う相手は私なのだから。
優しくて、大切にしてくれる。だからこそ私のために少し無理矢理な形になってでもこんなことやめさせないと、とそういう気持ちも持ってくれているはず。持ってくれていて、でもやっぱり突き飛ばしたりなんてできない。私の本気は無下にできないプロデューサーさんが、ましてや今のその頭で……ズルい私に溶かされた、蕩けた思考で。
「ありがとうございます、受け入れてくれて」
「ごめんなさい、受け入れてくれるのに甘えてしまって」
「ズルい私を好きでいてくれて」
プロデューサーさんが眠りへ落ちる前に飲んだコーヒー。そこへ注ぎ入れていた少し素直になるお薬。そして今この部屋の中へ甘く香る理性を溶かすアロマ。理性を完全に失わせるほどじゃない、その人はその人のまま、けれど普段よりも素直にしてしまうためのお薬とアロマ。そのおかげで今は他のどんな何よりも愛おしい気持ちが優っている。
こんなことしてはいけない。やめさせないと。そんな愛ゆえの建前を、けれど今は愛ゆえの本音が塗り潰す。受け入れたい。愛おしい目の前の人以外他の何もかも関係ない、ただ受け止めてしまいたい。そんな本音が、プロデューサーさんの思考を今きっと染め上げてしまっている。
私のように。
同じようにお薬を飲んでアロマに浸かった私のように。
勇気が出せなかった。今のこの先へ進めないだけの停滞した幸せを失いたくない。そんな建前を壊して、誰より愛おしい何より大切なプロデューサーさんと進みたい。繋がりたい。結ばれたい。今より先の幸せを掴みたい。そんな本音が今、私の思考を支配している。
お薬の力、アロマの力を借りて素直になって。もう抱いて秘め続けたままではいられなくなってしまったほどの本音に溶かされながら、けれど欠片ほど残った理性で自分の意思は失わず、私はそれを口にする。
「好きです。……大好きです」
「他のどんな誰よりも好きで、他のどんな何よりも好きで……どうしようもないくらい大好きで、どうにもならないくらい恋しくて」
「愛しています。貴方のことを、心から」
くちゅ、くちゅ、と音を鳴らす手の動きは止めず言う。
私の言葉を受け止めようとまっすぐ向けられる瞳、けれどそれが下から昇ってくる快感にまっすぐなだけではいられないのを見つめながら。
ゆっくり。ゆったり。手の動きと同じよう、大事に大事に心を込めながら言葉を贈る。
「プロデューサーさんもそう、ですよね」
「私のことを好きでいてくれている。大好きだって思って、恋しく感じて……そうしてきっと、愛して、くれている」
「わかっているんです。それはちゃんと。だから私は満たされていました。安心していたし幸せだったんです」
「……でも、ごめんなさい。満たされて安心で幸せだったのに……満たされないと、安心して、幸せでいないといけなかったのに……」
「駄目なんです。もう駄目。駄目。……満たされないんです。不安なんです。幸せを感じられないんです」
薄く開いた唇。もう言葉を出そうとする様子なんてなく、ただ昇り来る快感と私への想いとに荒くなってしまう呼吸を繰り返すためだけに開かれたそこ。そこへまた口付ける。
塞ぐため、なんて建前も投げ捨てたキス。手段じゃなく目的の、ただしたいからする愛欲に塗れたキス。
「ん……ぁ……」
「あ……お、ぁー……」
唾液に塗れた唇の表面へぴちゃぴちゃ、と音を立てて鳴らしながら舌を這わせる。もう抵抗なんて欠片もない。だからもっと先へ。もっと奥へ。開かれた唇のその中へと差し伸ばす。
精一杯伸ばして入れる。口の中へまで入られてまた呼吸が荒くなる、小刻みに高鳴っていた鼓動が早くなる、けれどそれだけ。受け入れてくれる。差し込まれた私の舌を追い出さず、むしろ優しく抱き締めるようにして絡め返してくれる。
ディープキス。互いに絡み合う、貪り合うようなキス。これまで何度も夢に見てきた、けれど初めての見よう見まねのキス。
きっと上手くはないんだろう。私も、プロデューサーさんも。気持ちが先走って絡んだ舌がほどけてしまう。息が苦しくなって視界もうっすら霞がかってしまう。初めて同士の拙くぎこちない、けれどこれ以上なく心地のいいキス。
「あ、……ふっ、……」
「……ふ、ふふ。……ふふ」
やがて離れ、ぼやけた視界と思考の中、意図せず笑みが漏れていく。瞳が蕩けて頬が緩む。
唇を口の周りごと塗り尽くす熱くて粘ついた互いの唾液、残って薄まらないその感触に想いが胸から込み上げてくる。
「……ねえ、プロデューサーさん」
「私は貴方を愛しています。愛しているからこそ信じてもいます。貴方のことを、貴方の愛を」
「でも、だけど、愛しているけれど……愛しているからこそ怖いんです。信じていて、信じないといけないのに、それでもやっぱり怖くなってしまうんです」
ちゅ、ちゅう、と啄むようなキス。
何度も何度も降らせていく。唇へ、その周りへ。時折その表面を濡らす混ざり合った二人のものを舐め、吸い上げるようにしながら何度もキスを。
「ごめんなさい。だからこれは、ただの私のわがままなんです。どうしようもない私のどうしようもないわがまま」
「私は貴方のためなら強くなれます。前までは考えさえできなかったような舞台で輝けるようになりました。たくさんの幸せを見付けられるようになった、そしてそれを掴めるようにまでなれました。貴方のおかげ。貴方さえ居てくれるなら、私はどうにでもなれるんです」
「私は貴方のためなら弱くなってしまうんです。貴方が居なければ失ってしまう。強くなって得た私のすべて。……貴方が居ないと、私は、もうどうにもならないんです」
「私には……プロデューサーさん、貴方こそ世界なんです」
手を汚す溢れ出してきて止まらない半透明な精液混じりの先走り。それを拭い払うのではなくむしろ中へと迎え入れる。握ったプロデューサーさんのそれと自分の手のひらとの間へ迎え入れて、それを潤滑油に手の上下を早めていく。
時折少し解いて離し、私に支えられなくても自ら上へと硬く強く屹立するそれとの間へ濁り粘った糸の橋を架けたりしながら、優しく柔らかにゆっくりと、けれど決して休めることはなく擦り上げる。
「わかってます。貴方が私を好きなこと。私にとってのそれが貴方であるように、私が貴方にとっての最愛であること。そして貴方が、そんな私のことを裏切ったりなんてしない人だということも」
「わかってる。……わかってるのに、でも、それでも怖いんです」
「貴方の周りにはたくさんの素敵な異性がいる。私なんかよりずっと可愛い女の子が、私なんかよりもっと綺麗な女の人が、それこそ星の数ほどいるんです」
「そんな異性の中には貴方を好いている人がいる。今はまだそうでなくても、いずれ好きになるだろう種を秘めた人がいる。そしてそれはきっと片手で数えられる程度の数でもないんです」
「嘘なんかじゃありません。勘違いでもありません。同じ相手へ向ける好意くらい私だってわかります。誰より貴方を好きでいる私なんです、同じ好意には気付きます」
「何より貴方は、そうして好意を寄せられるのにふさわしい人ですから。恋慕われるに値う、愛を向けられるのに見合う、そんな人。……私が、こんなにも愛した人なんですから」
ぽた、ぽた、と。胸の内の興奮と共にますます溢れてきて止まらない唾液が唇の端から漏れだして、一瞬糸を引きながら下へ何度も落ちていく。
もう既に互いのもので汚されて塗られきったプロデューサーさんの顔。そこへ落ちた自分の糸引く唾液が更にそれを染めていくのが、もう、何故だかどうにもたまらない。
息を切らしながら時々ごくり、と喉を動かすその姿。注がれた私のそれを飲み込み身体の中へと受け入れてくれるその姿を見て、どうにも昂ってしまう。
嬉しい。恋しい。愛おしい。感動したような、救われたような……。なんて言ったらいいのかわからない。わからないけれど、でもとにかく昂る。形容さえできないようなそのどうしようもなく大きな震えと想いに心が、身体が。
「失ってしまうかもしれない。貴方に裏切られるようなことはなくても貴方を奪われるようなことはあるかもしれない。貴方の最愛は私でも、貴方の隣に居られるのは私じゃなくなってしまうかもしれない」
「そんなふうに思ってしまう。そんな未来を夢に見る。そんな光景が瞼の裏へ焼き付いて離れないんです」
「嫌なんです。そんなの嫌。絶対に嫌。他の何を譲っても、他のどんな何もかもを諦めても、それでも貴方だけは失えない。失いたくないんです」
「貴方を手放したくなんてない」
「貴方のものになりたいんです、どうしようもなく。私のものにしたいんです、どうしようもなく。……周りのどんな誰が何をしても、私たちでさえどうにもならないくらい……貴方と、手遅れになりたいんです」
キス。深く、深く、一つになってしまいそうなほど濃厚な貪るキス。
手の中に感じる硬さが増してくる。溢れる先走りが、脈打つような震えが、込み上げる快楽の予兆が多く大きくなってくる。
潤んで揺れるのを通り越して涙を零す瞳。下へ敷かれた毛布をぎゅっと掴んで震える手。もう限界が近いのだと教えてくれるそんなすべてが愛おしい。たまらなく、たまらない。
「……ぁ、あ……だから……プロデューサーさん……」
「お願いします……。私を、貴方のものにしてください……。貴方を、私のものにさせてください……」
「私に、貴方の証を刻んでください……」
言って、もう一度キス。
最後に一度触れ合うだけの、けれど思いの丈をすべて込めた心からのキス。
「ん……」
そして放す。そうして離れる。
それまでずっと握らせていた手を解き、身体を起こしてプロデューサーさんのもとからゆっくりと。
離れて、そして晒す。それまで布に覆われ隠されていた部分。もうどうしようもなく濡れて熟れた、プロデューサーさんを受け入れるための私のそこ。
下着との間に糸を引いて太ももまでもをすっかり濡らしてしまう姿。その決して他人には見せられないような、けれどプロデューサーさんにだけは見てほしい姿を晒して、そして跨ぐ。
プロデューサーさんの身体を跨ぐ。覆い被さるようにして上へと乗って、そして、そこを触れさせる。
「……触れちゃいましたね。私と、プロデューサーさんの。あとほんの少し私が腰を落とすだけ、プロデューサーさんが腰を突き上げるだけで……私たち、繋がっちゃいます」
「わかりますか? ほら、擦れて音が出ちゃってます。ぐちゅ、ぐちゅ、って。……ふふ、二人とも溢れきってしまって卑猥な音、止まりませんね」
「私のここ、もうたまりません。……ここ。プロデューサーさんのための穴。プロデューサーさんの、おまんこ」
「ふふ。プロデューサーさんもたまらないんですよね。こんなに溢れさせてこんなに震えて、もう爆発してしまいそう」
「可愛いです。逞しいのに可愛らしくて、そしてとっても愛おしい……。……プロデューサーのそこ。……おちんちん。おちんぽ。……私の、私だけのもの……」
何度も擦る。何度も押し付ける。でも入れない。
震える手で上着をはだけて脱ぎ捨てる。下をそうしたように上もすべて晒し出す。肌を伝ってきた二人の唾液、それに濡らされて淫らに光る胸。それをプロデューサーさんへと見せ付けるように。
「プロデューサーさん……。告白は、私の番はおしまいです……。言いたかったこと、贈りたかったこと、全部伝え終えました」
「だから次はプロデューサーさんの番。……私の告白に、プロデューサーさんが答えを返す番、ですよ」
もう膝立ちを保っていられない。今すぐ腰を落としてすべてをプロデューサーさんへ委ねてしまいたい。
繋がりたい。結ばれたい。一つになりたい。
でも耐える。残った理性の一欠片、最後の意思でなんとか耐える。……この一線は、ここだけは、プロデューサーさんの意思で越えてもらわないといけないから。
「ほら……どうぞ……」
「私を貴方のものにしてください……。私を奪って、私に証を刻んでください……」
「私を、愛してください……」
プロデューサーさんの震える手。それがこれまで掴んでいた毛布を放して、そして上へ。
小さく細く、けれど確かに「美優さん……」と私の名前を呼ぶ声。私だけ、他の何も映さない、ただ私だけに満たされた瞳。プロデューサーさんが私に染まる。プロデューサーさんのことしか見えていない私のように、私のことしか見えなくなってくれる。私と同じに、なってくれる。
そしてそっと、ゆっくりと揺れながら上がってきた手が触れる。私の腰へ。触れて、そして掴む。
汗に濡れたその手が私の身体を引き下げる。重なったそこ、そんな手の汗なんか比べ物にならないくらい濡れきって出来上がった二人のそこが近付く。
近付いて、距離が零にまでなっても更にその先まで近付いて……奥へ、奥へ、深く一つに溶け合って……
「……プロデューサーさん……愛して、います……」
以上になります。
お目汚し失礼いたしました。
おつつ
うーん…100点
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