安部菜々「煙草と元カレ」 (22)
常になにかしらの隠し事を抱えているのが美貌の秘訣だなんて、私と同じ17歳のアイドルは言っていた。
ならば私は絶世の美女だ。
SS速報から転送されてきたのでそのまま書かせていただきます。
人は誰しも隠し事を抱えているものだし、嘘をつく。私は人よりそれが多いだけ。一人煙草を吸いながら思う。
こんな姿は流石にファンには見せられないな。同僚のみんなにも。今の私はウサミン星人のナナではなく、ただの安部菜々なのだから。
ため息と共に吐かれた煙は空へと昇っていく。
煙草を吸っていると下らないこと思考ばかりしてしまう。意味などはもちろんないし、明日には忘れていることだろう。
大丈夫、確認した。もう事務所には誰も残っていなかったし、ちひろさんは今日は帰った。プロデューサーさんもいない。大丈夫、完璧だ。
誰にもこの姿を見られることはないだろう。
「Pさん……ではなく、菜々さんでしたか……」
知っていた。なんというフラグ回収の早さ、流石安部菜々はオフでもファンサービスはばっちしだ。
「Pさんと同じ匂いがしたので……、来てみたら菜々さんがいました……」
ぼーっとしていた為やってくる足音に気が付かなかった。迂闊だった。
私が慌てて火を消そうしたら手で制された。
「大丈夫ですよ……」
同じ事務所で同じ17歳のアイドル、古澤頼子は聖母のような目をしていた。私はそれに見覚えがあった。同じ事務所の晶葉ちゃんがロボを暴走させたとき、それを優しく見守る目だった。
やめて、そんな目で私を見ないで。後ろめたい気持ちから逃れたい、無言に耐えきれない。そんな気持ちを落ち着けるように煙を吸って吐き出す。
「どうして頼子ちゃんはこの時間に事務所に?」
「学校の課題を忘れてしまって……」
「そっかぁ、頼子ちゃんは高校生ですからね」
「それは菜々さんもでは……」
「……はっ!ナナは17歳で高校生ですよ!」
自分で言っといてなんだが、煙草片手にこれほど説得力のない台詞があっただろうか。
「そうですね……、菜々さんは17歳ですね……」
私を見る目はやはり、優しく暖かかった。
「煙草……、美味しいですか……?」
「美味しい……、うーん、まあ美味しいです。煙草に興味あるんですか?」
「普段は思わないのですが……、煙草を吸う菜々さんを見ていたらつい……」
少し頬を赤らめて、恥ずかしそうに答える頼子ちゃん。大人びていてもやはり高校生なんですよね。憧れちゃう気持ちもわかります。
「こんなもの吸わない方がいいですよ。健康に悪いですし、イメージも悪いですし。値段も高いし、最近また値上がりしたし」
「煙草吸っている人はみんなそう言いますよね……。前にPさんも同じ事を言っていました……」
口を尖らせて拗ねたように言う様子がかわいい。にやけている私を見て頼子ちゃんはますますご立腹なよう。
フィルターギリギリまで吸って短くなった煙草を灰皿に叩き込む。ジュッと音が鳴るのが実は好き。
箱から二本目を取り出す。煙草はやめるべきなんてつい先程言った口でそれを咥える。こういうのは悪い見本なのだろう。
頼子ちゃん、ひいては全国の若者が私のようにならないようにと心の中で願う。
ライターの蓋を指で弾くとキンッと甲高い音が響く。返す刀の要領でホイールを回す。慣れた手つきで火をつけて、蓋を閉めると同時に煙を吐き出す。
なんてことはない、いつも通りの動作だ。
そんな私を頼子ちゃんは呆けた様子で見ていた。なんだか恥ずかしい。
「菜々さんが煙草を吸うの……、凄く絵になりますね……!」
頼子ちゃんにしては強い語気で褒められる。悪い来はしない。
「写真……、撮りたいくらいです……」
「それはスキャンダルになるのでやめてください!」
危ない危ない。私は隠し事はしているが同時に、それを隠す努力もこれでもしているつもりだ。頼子ちゃんにはバレてしまったが。
「菜々さんは……どうして煙草を吸い始めたのですか……?」
あー、この質問が来てしまったか。とても答えづらい。安部菜々としてもウサミンとしても。
誤魔化すことも考えたが私の今までのことを思い返すと多分無理だろう。
煙草のこともバレてるし、頼子ちゃんなら言いふらしたりしないだろうし、いいだろう。それは諦めにも似た思いだった。
「えっとですね……、話すと長くなるのですが。簡単に言いますと元カレの忘れ物を吸い始めたました」
「元カレですか……!」
今まで以上に興味を持って前のめりになっている。こんな頼子ちゃん見たことない。
少し後ろに引いた私を見て頼子ちゃんは恥ずかしそうに微笑んだ。
「私だって……女の子ですから……恋バナに興味あります……!」
恋バナ!これは恋バナに該当するのだろうか。
しかし、ここまで期待されたら話さないわけにはいかないだろう。
「多分面白い話ではないですよ」
「さて、どこから話始めましょうか。私が煙草を吸い始めたのは元カレの影響です。ただ彼に吸わされたわけではありません。
彼との別れ話まで遡ります。ご多分に漏れず、私たちは喧嘩をして別れました。原因は覚えていません。
いえ、本当は思い出したくないというのが正解ですね。たしか私の夢が関わっています。
彼はぶっきらぼうでかっこつけでしたけど優しい人でした。私を支えてくれると言ってくれました。
ただ、彼を巻き込みたくなくてそれを拒みました。当時の私はどうしようとなく荒んでいて、自棄になっていた部分もありますね。
人のせいにするわけではありませんが、オーディションに落とされ続けるのは辛いものがありますよ。
最後の日は私の部屋でしたね。二人で長く話し合って、傷つけあって別れました。私が一方的に追い出しました。
別れましょう、帰ってください、さようなら。これご最後の言葉でしたね」
息継ぎをするように煙を飲み込んだ。これは彼のキスの味。懐かしい。
「今思い返してもひどい話でしたね。あんなにも好きだったのに、終わってしまえば呆気ないものです。
泣いて、泣いて、泣き疲れて。その日はそのままテーブルに突っ伏すようにして眠りました。
次の日、起きると目の前に彼の忘れていった煙草とジッポライターがありまして、なにを思ったか私は吸ってみたんですよね。
多くの人が通る道のように私も盛大にむせました。苦いし美味しくないし、でも匂いが彼のものだったんです。
一人の夜が寂しくなる度に私は煙草を吸いました。初めて自分で煙草を買ったときはなんだか悪いことをしているような気がしました。
そのうち慣れてしまって、煙草を吸うのが自然になりました。これが私が煙草を吸い始めた話です」
頼子ちゃんが不安そうな顔でこちらを見ている。予想していた話と違ったのだろう。たしかに多感な高校生が喜ぶような話ではない。
「そんな顔しないでくださいよ。私まで悲しくなってしまいます」
「菜々さんにとって……、この話は思い出したくなかったのでは……?」
「いいえ、もう懐かしい思い出話です」
そう、今となっては懐かしい、いい思い出とは言い難いけど大切な思い出。
頼子ちゃんはまだ納得していない顔。本当に大丈夫なのに。
「なんだか思い出したら久々に彼にこのことを話したくなりましたね」
「……えっ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってまさにこんな感じなのだろう。目が真ん丸になっている。
「仲直りをされたのですか……?」
「はい、しました」
「今の関係は良好なんですか……?」
「良好といえば良好ですかね……」
「なにがあったんですか……?」
「まあ、色々と……」
ぐいぐい来る。頼子ちゃんすごくぐいぐい来る。恋バナ本当に好きなんだ。JK特有の圧倒的パワーにやられちゃいそう。
明らかにはぐらかそうとしている私に視線が突き刺さる。鋭すぎて怪我しちゃいそう。こういう時は勢いが重要だ。
「さあ、遅くなっちゃいましたね。もういい時間ですし帰りましょう!」
「あ……」
なにか言いたげだけど、言われたら確実によろしくない内容なのでここは逃げる。
「そのあと……どうなったんですか……?」
えーと、えーと。
「内緒です!」
どれくらい涙流せばあなたを忘れられるの?「愛してる」もうあなたには伝えられないなんて、私と同じ17歳のアイドルは歌っていた。
「愛していた」と私は言葉に出来たのだろうか。
昨日あんな話をしてしまったから今日は一日中過去のことを考えていた。もちろん答えは出ていない。
こんなときは煙草を吸うに限る。気がつけば足が喫煙所に向いていた。
あー、こんな時でも煙草は旨い。これだけが私の癒しだ。
大丈夫、確認した。もう事務所には誰も残っていなかったし、ちひろさんは今日は帰った。大丈夫、完璧だ。加えて今日は忘れ物がないかまで確かめた。
誰にもこの姿を見られることはないだろう。ただ一人を除いて……。
「よう、珍しいな。菜々も一服か」
「ここでご一緒するのは初めてですよね」
プロデューサーさんがやってきた。この喫煙所を使うのは私と彼しかいない。
彼は煙草を咥えたが火をつけようとしない。パタパタポケットを叩いている。概ね、ライターを探しているのだろう。
「昨日、頼子ちゃんに煙草を吸っている所を見られちゃいました」
「おいおい、なにやってんだよ」
「頼子ちゃんなら吹聴したりしないだろうから平気だと思います」
「あまりバレると喫煙まで禁止するぞ」
「それは嫌ですね」
暫くパタパタとしていたが諦めたようだ。不思議な踊りみたいで面白かったのに。
「わりぃ、火をくれ」
やっぱりライターを忘れていた。愛用のジッポを渡すと煙草に火をつけ、自分のポケットにそれを仕舞おうとした。
「ちょっと、なに盗ろうとしてるんですか」
「そろそろ返してもらおうかと」
「返すもなにも、私のじゃないですか」
「いいや、俺のだね。あの日、お前の部屋に置いてきたやつだ」
プロデューサーさんと私は付き合っていた。
暫く、沈黙が続いていた。二人の間を揺れる煙だけが時が止まってないことを教えてくれた。
今回のジッポのこともそう。わかりきっていたことだが、なんとなくお互いに明言を避けてきた。この喫煙所で一緒になることを二人とも拒んでいた。
昨日頼子ちゃんと話して、なにか変わろうとしていた。いや、変えようとしていた。
「最近調子どうですか?」
「急になんだよ」
「いや、話しかけようと思いましたが浮かばず……」
「下手すぎるだろ……。不器用かよ」
「ええ、不器用ですとも。器用ならもっと上手く生きてますよ」
「お前は昔から変わらないな……」
「プロデューサーさんこそ……」
……話せた。不器用で遠回りだけど、一歩前に進めた。そうなると欲を出してしまうのが悪いところ。
「プロデューサーさん、二本目吸いたいのでライター返してください」
「はいよ。俺のだけどね」
慣れた手つきで火をつけると、これまた慣れた手つきでポケットに仕舞いこむ。彼に文句言われる前に、電光石火の速さだ。
「おいおい」
呆れて笑っている、完全勝利だ。
「そんな湿気てる顔してると不味くなりますよ」
「煙草は湿度があった方が旨いから大丈夫だ」
「美味しいから大丈夫だよ、ですね」
どこぞの私と同い年の17歳のアイドルが言ってましたね。あのスイーツの量は私は無理です、見てるだけで胸焼けしてきます。
「俺ももう一本吸いたいんですけど」
「ん」
口をキスの形にして彼に向ける。やりたいことはわかっているだろう。
わかっているからこそ彼は拒む。煙草を咥えたままこちらに手を差し出す。
「ん」
「ん」
互いに上手く発音できない。多分横からみたらなんとも間抜けな二人組だろう。
どれだけ睨みあいが続いただろうか。やがて彼は大きくため息をつき、やれやれと首を振る。
「強情なのも昔からだな……」
お互いの顔をゆっくりと近づける。こんなにも近いのに、煙草二本分の距離。これが私の望む距離。
「どうですか?美人につけてもらったら美味しいでしょう」
「そんなんじゃ変わらねえよ」
「そうですか、変わりませんか」
残念ですね。そう言ってクスクスと笑った。変わらなかったか。
「どんな心境の変化だ」
「頼子ちゃんとガールズトークをしたもので」
「嘘だろ……、お前ら二人のガールズトークとか思い浮かばない。井戸端会議の方が似合ってるだろ」
「失礼ですね。二人ともピチピチのJKですよ」
「はいはいそうですね。それでどんなことを話したんだ?」
えーと、えーと。
浮かんでくのは私の美貌の秘訣、困ったときの魔法の言葉。
「内緒です」
以上で終わりです。
元カノ菜々さんは最高だと思うのでぜひはやってください。
大昔に書いた菜々さんが元カノのSSです。
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最高だな
過去作も読んでくる
おつおつ
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