モバP「凛と夜食と」 (15)
モバPの一人称語り、ということでお願いします。
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「……げっ、まだこんなにあるのか」
書類仕事……やってくる書類をひたすら確認し、処理していく、単調な仕事だ。
アイドルのみんなや事務所が有名になり、勝手に仕事が舞い込むようになった今日この頃。
それに関係してなのかは分からないが、俺に回ってくる書類の数も増したような……そんな気がする。
気付けば、時刻は午後十時を回ろうととしていた。
「こりゃ徹夜コースかな……」
某黄緑色のアシスタントは、定時で上がってしまっていてもうここにはいない。
事務所で一人寂しく、パソコンとにらめっこをしながら、俺は書類との格闘を続けていた。
「ーー腹、減ったな」
そういえば昼頃にゼリー飲料を口にしてから、飲み物以外は何も口にしていなかった。
忙しかったために何かを食べる時間が取れなかったのである。
そろそろ何か食べないとまずい。でも、そんな時間はあるのか。
ただでさえ徹夜コースになりそうな書類の山、少しの時間でも惜しい。
「でも、食べないとまともに働けないよなぁ……でもせっかく調子が乗って来てるのに、ここで止めてしまうのも……」
『でも』の連鎖。頭が回っていないのか、俺の思考は堂々巡りを続けるばかり。
ーーそんな中、葛藤を続ける俺の耳に聞こえて来たのは、ドアを開ける音だった。
音の主は綺麗な長い黒髪をなびかせながら歩いてくる、一人の少女。
「ただいま。お疲れ様、プロデューサー」
「おかえり、凛。直帰するはずじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけどね。事務所、まだ電気付いてたから」
そう言って少女……渋谷 凛は微笑んだ。
「そっか……今日の仕事、問題なかったか?」
「特に問題はないよ。長引きはしたけど、特に滞りもなかったし」
「それは何よりだ。何なら、家まで送って行こうか?」
「うん。ちょっと時間潰したら、お願いしようかな」
少し嬉しそうな顔を見せる凛。
しかし、その顔はすぐに怪訝な表情に変わることとなった。
彼女の視線は、俺のデスクの横に設置されているゴミ箱の中身に向けられている。
今日はゴミの日だったのもあり、ゴミ箱の中身は意外と少ない。
紙くずが少しと、昼間のゼリー飲料の空容器だけである。
彼女の口から、大きめのため息がこぼれる。
「またこんなものに頼って……ちゃんとご飯食べてるの?」
「……」
ゼリー飲料の容器を指でつまみ上げ、彼女はじとっとした視線を俺にやる。
何も返す言葉がございません。
「この調子だとずっと書類にかかりっきりで、まだ晩御飯も食べてないんでしょ」
「ーーなぜ分かった?」
「はぁ、全く……長い付き合いだもん、何となくだけど、分かるよ」
そう言うと彼女はポケットを探り、何かを取り出す。
何か食べ物でも分けてくれるのか、と思ったが、出て来たのは青いヘアゴムであった。
「何に使うんだ、それ? 帰る時の変装か?」
「何言ってるの、プロデューサー。私が変装なんてしないの、知ってるくせに」
器用に長い髪を束ね、ポニーテールを作りながら、凛はこう言った。
「晩御飯、私が作ってあげる」
……
ただでさえ二百人近くのアイドルを抱える大手事務所だ、部屋の数はかなりのものだ。
その中にはキッチンも存在している。軽食を作ったりするためだろうか。
電子レンジや冷蔵庫などの機器と、それなりに立派なコンロがあったような……もっとも、俺は給湯室を使うくらいで入ったことはあまりない。
お菓子づくりを嗜むアイドルなどがよく利用するという話は聞いたことがあるが……まさか、凛が使うとはな。
『私がご飯作るから、プロデューサーは書類を片付けちゃって』
そんなありがたいお言葉に従ってしばらく書類をまとめていると、凛が皿を持ってやって来た。
「あまり大したものは作れないけど……冷めないうちに食べて」
「お、チャーハンか」
「まあね。すぐできるし、簡単だし」
ニンニクを焦がしたような、香ばしい香りが漂ってくる。加えてほのかに香る香りは、胡麻油だろうか?
こんがりと焼き色の付いたベーコン。ふわふわな卵。色鮮やかなネギ。レタスも入っている。
大したものじゃないと前置きされていたが、短時間で作ったと言う割にはとても魅力的に見えた。
「これ、レタスが入ってるのか」
「冷蔵庫にあったからね。野菜もちゃんと摂らないとダメだよ」
「耳が痛いな……」
言っているうちに、俺の腹の虫が粗相をした。
食べ物を見ただけでこの有様、相当俺の腹は限界に近かったと見える。
「……食べていいか?」
「冷めないうちに食べてって言ったでしょ。早く食べなよ」
そう言えばそうだった、と思い返しつつ、俺はレンゲ……中華風のスプーンを手に取った。
いただきます。
パラリとした米の山を崩しながら、一口。
「……うまいな」
胡椒がよく効いている。チャーハンといえば中華だし、というイメージがあった俺には新鮮な風味だ。
かと言って、全然嫌な味ではない。むしろピリッとした味が、さらに食欲を刺激してくるようだ。
胡麻油の香ばしい香りが感じられ、ますます食欲はそそられる一方である。
レタスはシャキシャキとした食感が残されており、カリッとしたベーコンといい具合の相性。卵の食感もいいアクセントになっている。
そして何より、『空腹』と言う名の最大の調味料が俺にはある。
ものの数分もしないうちに、大皿は空になっていた。
「参った。予想以上だよ、凛」
「これからは、ちゃんとご飯食べること。わかった、プロデューサー?」
「善処する」
「だーめ。約束して」
「忙しいと、どうしても食べられない時だってあるんだよ。こんな夜食なら、毎日でも食べたいんだがなぁ」
「ふーん」
そう言って、そっぽを向く凛。心なしか、少し顔が赤い気がする。
「もしかして、照れてるのか?」
「……うるさい」
後ろを向き歩き去ろうとする彼女に、俺はもう一言追加してやることにした。
「あっ、そうだ。ポニーテール、似合ってたぞ!」
「っ! ば、バカ!」
バタン、と閉められた事務室の扉が約十分後、彼女の手によって再び開かれる事になったのは、また別の話。
速報復活おめでとうございます。せっかくなのでサクッと書いてみました……いや、やたらお腹減ってたので。
こんな駄文を読んでいただけた全ての方に、最大級の感謝を。
乙乙。おなかすいたーん
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