前世で評価される話 (10)
自分の前世書を思い出す度に憂鬱になる。
有名大学を卒業して、大手商社に入社。美人の妻を迎え、子宝にも恵まれた。
世間で言う、立派な人生ってやつだ。僕には些か荷が重い。
今生の僕はそんな大層な人間ではない。中高生の頃は周りに馴染めずに学校を休みがちだったし、勉強だって得意じゃなかった。運動神経も容姿も、人並みよりは劣っていると自認していた。
それなのに僕が推薦で一流大学に入れたり、就職活動を始めてすぐに大手商社に内定をもらえたのは、前世書のおかげに他ならない。
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僕の祖父ちゃんが生まれるよりもずっと前から、前世書というものは存在していたという。
科学の発達によって、血中の何ちゃらを解析すると、その人の前世が分かるらしい。赤ちゃんが生まれて、親が最初に気にするのは前世がどんな人物だったかそうだ。
子供は生まれるとすぐに前世検査にかけられ、お母さんが退院する頃に前世書を配布される。それには、前世の詳細が本人の日記であるかのように記入されている。
前世の生涯が、今生の評価になる。
履歴書というのは、その人間の若い一時代を切り取ったものに過ぎない。それならば、前世の生涯を通じて人間性を見た方がより確実に、その魂の純度を測ることができる。
何ともそれっぽい言い方だ。ただし、その前世が確実にその者の前世と証明されているならば、だが。ともかく、前世書は履歴書と対になって扱われている。
入社試験や推薦試験の際には、前世について問われることは、もしかしたら現在の自分を問われることよりも多いかもしれないくらいだった。
恐ろしいことに、世間の人々は前世書が100%の精度のものだと信じ切っていた。盲信と評しても過言ではない。
世の中の流れが前世書は正しいと思っているならば、それを疑うのはやめよう。何とも大衆染みた理由だ。
ともかく、現世の僕とは似ても似つかない前世を与えられたせいで、僕は苦悩している。
今の僕を振り返ると、前世がそんなに優れていた人物だとは思えなかった。
幼い頃は、それを主張したこともあった。けれども、「前世書が嘘を書くはず無い」と、妄信者たちに跳ね返されるだけだった。
立派な前世書というのは、それだけで1首のステータスだ。少なくとも、今生の成功には大きく役に立つ。それが僕でない、前世の誰かのおかげであっても、功績は僕のものとして評価される。
盗っ人猛々しいが、僕だって望んでそうしているわけではない。
僕自身は大した人間じゃ無いのに、僕を過大評価する人は山の数ほどいる。そしてその根拠は、僕じゃなくて僕の前世なのだ。
自分が矮小な人間だと自覚したうえで、前世ではなく僕自身を評価されたかった。
僕を見る彼らは、僕では無い彼を見ていた。
そんな僕の孤独を理解してくれたのは、神南佐和だった。幸運なことに、彼女は隣の家に住む幼馴染みだった。
陳腐な言葉で言えば運命か、彼女の前世は僕の妻だった。そして、前世でもそうだったように、今生でも絶世の美女だった。知り合ってから今に至るまで、彼女に告白してきた男子の数は覚えられないほどだった。
中学生の頃、興味本位でお互いの前世書を見せ合うことになった。感覚的には、他校の友達に卒業アルバムを見せるようなものだ。
「私の前世で誇れるのは、君と結婚できたことくらいだね」
「そうかな。そんなことないと思うけど」
「それ、見たでしょ?」
佐和が指さした前世書に並んでいたのは、殆どが前世の妻の男性遍歴だった。
前世の僕と近づくべく、彼女は多くの男と体を重ねていた。邪魔な女を消すために、僕に良いように紹介させるために。その中には前世の親友や上司の名前もあった。
「幻滅した?」
「そんなことないよ」
本心だった。そこまでの目的意識を持って行動していた前世の彼女に、一種の尊敬の念さえ抱いていた。
「これが今の佐和ってわけでもないでしょう」
それ以降、お互いの前世について触れることは無くなった。
「つまり先輩は、前世のおかげで美味しい思いをしておきながら、それを否定したいわけですね」
前世研究会の後輩である、折原綾子が口を開いた。
彼女は今年の新入生で、僕以外では唯一の会員でもある。三年前に僕が入会した時も、四年生に一人先輩がいただけだった。
履歴書研究会と同じようなニュアンスのものだ。そんな珍妙な会に入る物好きは、いくらマンモス大学であっても四年に一人が関の山らしい。
今年に至っては募集らしい募集もしていなかった。先輩が作るだけ作り、自動投稿の設定をして放置していたSNSを引き継いだところ、彼女という物好きが奇跡的に反応をしてくれたのだ。
二人しかいない研究会に割り振られるサークル室なんてあるはずもなく、空き教室は軽音やらボードゲームやら、真っ当に青春をしている学生に選挙されていた。
彼女が入部して以来、僕たちは学食で語り合うのが常だった。ちなみに先輩が卒業して彼女が入るまでの三年間は、活動は行っていなかった。一人で文献を読み漁るほどの熱意は持っていなかったからだ。
騒々しい学食の中で、折原は言葉を続けた。
「普通、先輩くらい優遇されているなら、前世を好みこそしても憎みはしないでしょう」
折原は、この研究会に入ったことを除けば真っ当な感覚の持ち主だった。綺麗なものを綺麗、醜いものを醜いと言える人間だった。
僕や佐和とは違う感覚を持つ彼女と討論をするのは、中々に有意義だった。世の中のマジョリティな感覚、僕らが持ち合わせていないものを再確認することができるからだ。
「僕は捻くれているんだ」
「知ってます」
折原は事も無げに言葉にした。僕のことを先輩だと思ってはいないだろうなと思うほどの軽さだった。
僕の前世については、彼女が入会した時に告白しておいた。これから語るべきものについて、情報を公開しない意味はない。
しかし一方で、彼女のそれ聞かないでいた。正確に言えば、「言っても良いし言わなくても良い」という選択肢を与えたわけだが。
とどのつまり、僕は僕の苦悩を誰かに告白したかっただけで、誰かのそれに興味があるわけでは無い。
そして彼女は、自らそれを話すことは無かった。
だからまあ、話題は自然と僕の前世についてになる。
「しかしどうして、僕にこんな立派な前世がきたのかと思うんだよ」
殆どの場合、前世書に載っている人物に近づいていく、あるいは何かしらの共通点くらいはあるものだ。
佐和の場合は容姿であったけど、考え方や行動の選択肢など、内的なものもそこには含まれる。
そしてそれらを以て、やはり僕は彼には似つかなかった。
「神様が取り間違えたんでしょうか」
折原はフォローを入れずに、冗談とも本音ともわからないことを口にした。
もし、折原の言葉が真実だとすると、神様はとんでもない間違いをしたものだ。
「というわけで、私は神様の過ち説に一票入れます」
どうだ、と言わんばかりのわざとらしい笑みを浮かべ、折原は購買で買ってきていたシュークリームを口に含んだ。
「あ、あやちゃん」
そんな折原に声をかけたのは、女子大生らしい女子大生だった。ファッション誌のモデルの服装を模倣しましたというのが見てとれる、量産女子大生。
折原は急いでシュークリームを食べ終えると、「それじゃ、また」と言い残して席を立った。
僕と一緒にいたのを見られたのが嫌だったのか、その動きは俊敏だった。
やはり折原は、うちの研究会に似合わない、普通の感覚の持ち主のようだ。
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