【わたモテ】モテないし酔っぱらう (33)
「へー! おいしそうなチョコだな!」
「でしょ? 叔父さんが海外旅行のお土産で買ってきてくれたんだ。だからみんなにもおすそ分けしようと思って」
マm……加藤さんが満面の笑みで机に広げたのは、いかにも高級そうなチョコレートだった。
だいたい十二粒ほどの精鋭チョコたちが箱の中には入っているのだが、その小さな一粒だけでガ〇ナの板チョコ一枚よりも高額そうに思える。
私がこんな高級チョコ貰ったら家族にすら分けずに自分一人で全部食うわ。さすがにNo.1は人間が出来すぎるほどに出来ている。
先陣を切るように、凸……岡田さんが一粒を摘まみ上げて口に運んだ。
「じゃ、もらうね。……んー、美味しっ! これ、タダでもらっちゃうの申し訳ないな……」
「んーん、気にしなくていいよ。皆も遠慮せず食べてね。さすがに全員分はないけど……」
「明日香、オレにも一粒ちょーだい!」
「よっちゃんの分は無しだよー! 女子限定!」
「陽菜、ひっでぇ!!」
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リア充どもが加藤さんの席の周りで騒ぐので、後ろの席にいる私にとっては居心地が悪いことこの上ない。
(私の分は……絶対くれない、と悲観するほど最近の私の生活は悲惨ではないが……しかしここでもらえるのを待つのも気まずいしな……)
どうしたものか、と喧騒に白けた目を向けながら待っていると、肩にずしり、と重いものがのしかかってきた。
ふわり、と漂う香りから、その重みの正体はすぐに見当がついた。
「……重いぞ、ネモ」
「あ、ひっどーい。そういうデリカシーのない発言してたらまたぼっちになっちゃうよ?」
「うっぜぇ……」
相変わらずのダル絡みを展開してくるネモは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら頬をツンツンと指でつっついてくる。うざい。
しかし加藤さんの前であからさまにネモを邪険に扱うわけにもいかないので、内心青筋を立てながらも私は何もやり返さないでおいた。
けして頭上から漂ってくるネモの香りに欲情したからではない。こりゃホンマ勃〇モンやで……ごほんごほん。
「しかし、本当美味しいなぁ、このチョコ。有名ブランドのやつなだけあるね」
「お前、人の頭上でチョコ頬張るなよ……」
「クロも貰ったら? 早い者勝ちみたいになってるけど」
ネモは私の言葉を無視して私の頭の上でもしょもしょとチョコを頬張っている。
(そりゃあ私もチョコは欲しいが……)
しかし、ここでやたらがっついてチョコを貰いに行っては、まるで食い意地の張った女のように思われないだろうか。
そんな私の心境を見通したようにネモが耳元で囁いてくる。
「出た、元ぼっちの自意識過剰。女の子同士のお菓子の渡し合いなんていつものことなんだから、誰も意地汚いなんて思ったりしないよ?」
「……うるせぇな」
ネモの言葉は経験則に基づいたものでとても参考にはなるのだが、いちいち言い方がトゲトゲしいのが珠に瑕である。
リア充生活で貯まったストレスを私で発散してるんじゃないだろうな。
貰いに行くべきか、我慢すべきか。
割とどうでもいいことで悩んでいる私の眼前に、綺麗にネイルのなされた手が伸びて来た。
「はい! これ、黒木さんの分だよー」
「はへ!? あ、あ」
顔を前に向けると満面の笑みで私の方を見ている加藤さんの顔があった。
箱の方を見ると既に中身は空になってしまっている。どうやら最後の一つをわざわざ私に残しておいてくれたらしい。
(なんなの!? この人ママなの!? それとも私の事好きなの!?)
聖人加藤さんの対応に思わず最近は鳴りを潜めていた勘違いが復活しそうになった。
「あ、あ、ありがとうございましゅ……」
「そんなに畏まらなくてもいいのに、ふふ」
どもりながらお礼を言うと加藤さんは楽しそうに笑い声を漏らした。女神かよ。
おずおずと差しだした手に、小さなチョコが手渡される。
チョコの種類とかはよくわからんが、とりあえずすごくおいしそうなのはわかる。
せっかくの高級チョコなのでまじまじと観察していると、隣から声が聞こえて来た。
「黒木さん、あんまり手で持ってるとチョコ溶けちゃうよ」
「あ、うん……」
そうチョコを頬張りながら忠告してくる田村さん。
……まだ呼び名が安定しないな、こいつに関しては。向こうも「黒木さん」って変わらず呼んでくるし、あの一件は無かったことになってるんだろうか……?
まあ陰キャだからそう簡単に呼び名は変えられないよな。すごいわかる。
なにはともあれ、少しずつ手元のチョコが溶けてきている気がするので、少し名残惜しくはあるがいい加減食べることにした。
〇ースとかア〇フォートばっかり食べてる私が遂に高級チョコデビューか……。これを機にスイーツに詳しい黒木さんになっちまったらどうしようかな。
くだらない想像をしながら口元にチョコを運ぶと、ネモが耳元でぼそりと呟いた。
「あ、そーいやそれウイスキーボンボンだから、ちょっとだけお酒入ってるよ。まぁ大丈夫だとは思うけど……」
その声が耳に入ったのは、すでにチョコを咀嚼した後のことだった。
いや、もう少し早く言えよ。まぁさすがにお酒入りチョコで酔っぱらうなんてしょんなまんがみたいにゃことは…………
あれ? なんかふらふらする?
チョコを黙々と食べてたクロが急に何もしゃべらなくなった。
確かにこのチョコ美味しいけど、そんな黙って感動に打ち震えるほどのものだったっけ?
先ほどから黒木さんの方を見ていた加藤さんや田村さんも不思議そうに首を傾げている。
私はとりあえずクロの肩を掴んで揺らしてみた。
「おーい、クロ? どしたの?」
私の声で気が付いたのか、先ほどから固まっていたクロがようやく反応を返して、こちらに振り返ってきた。
「……おお」
「……んんん!?」
振り返ったクロの顔はなんだか普段と違った。目がとろんとしていて、頬が紅潮していて、なんというか……色っぽい、じゃなくて!
いやいやまさか、もしかして……。
「……え、クロ、酔っぱらってる?」
「そんにゃわけ……」
思いっきり酔っぱらってた。
「ええー……」
うちのお父さんも、お酒に強い方ではないけど。
ウイスキーボンボンを食べて酔っぱらう人は、さすがに初めて見た。
新歓コンパとか、気を付けるように言っとかないと。……クロはそういうの行かないか。
「えーっと……どうしたらいいんだろう……」
学校の中で酔っぱらってるわけだから、本当は良くないんだろうけど。
お菓子を食べてのことだし、先生に言っても許してもらえるのかな?
「黒木さん、どうかしたの?」
加藤さんと田村さんがそう質問してきたので、私は正直に答えることにした。
加藤さんは驚いた、田村さんは呆れた表情でクロを見ている。
「うぅん……ごめんね黒木さん。まさか酔っぱらうと思ってなかったから……」
「……ひっく」
「まぁでも黒木さんらしいよ。二年生の頃から思ってたけどなんか黒木さんってお酒に弱いイメージだし」
(すっごい喋る……)
なにはともあれ、クロをこのまま置いておくわけにもいかない。ひとまずクロを保健室に連れて行くことにした。
「ほらクロ、立って。保健室で寝させてもらお?」
クロの手を引いて立たせようとするけど、クロはぼーっとしていてなかなか立ち上がってくれない。
「クーロー? ……歩けないの? 仕方ないからだっこしたげよっか?」
わざとイライラさせるために、あえて私は挑発するような声色と台詞を選んだ。
普段のクロなら、こういう言い方をすれば大抵挑発に乗ってくれるんだけど。
酔っ払いクロは、相変わらずとろんとした瞳でこちらを見上げると、ぼそりと呟いて手を広げた。
「ん」
「へ?」
「ん」
両手を広げたクロは、催促するように手を揺らしている。
えーっと……そのジェスチャーはどういう意味……って、もしかして。
「え……抱っこしてほしいの?」
「ん」
クロはこくりと頷いた。
「抱っこって……」
まさかクロが素直に頷いてくるとは思わなかったので、流石に私も対応に困ってしまった。
普段のクロなら絶対反発して、「なめんな!」って言って一人で歩いていっちゃうところだ。
……なんだか、よっぱらったクロは普段と全然様子が違っている。普段はどちらかというと毅然としてるというか、男の子っぽい所があるんだけど。
酔っぱらったクロは、なんだか小動物っぽいっていうか……かわいらしいっていうか……。
いやいや、普段が可愛くないわけじゃないんだけどね。でもなんだか、こんなクロは見たことがないから、とても新鮮だ。
それにしても、さすがに抱っこはちょっと恥ずかしいかなぁ……。
「えっと……手貸してあげるから、歩いていこ? 抱っこは……私も恥ずかしいっていうか……」
「やだ。抱っこがいい」
クロ……。なんだか駄々っ子みたいだよ。
「やだって……。別に、ケガしてるわけじゃないんだから、歩けるでしょ?」
「じゃ、いい。加藤しゃんに抱っこしてもらう」
私がどうにか説得しようとすると、クロはふいと加藤さんのほうに振り向いてしまった。
……あのさぁ……。
移り気なクロにイラっとしながら、加藤さんの方を見る。こういう時目が怖い感じになってしまうのが悪いクセだ。
なんだか我儘な娘の代わりに謝ってる気分になりながら、加藤さんに頭を下げた。
「ごめんね? クロが変なこと言いだして。私が連れてくから……」
「ん? 別に私は抱っこして連れて行ってもいいよ?」
「へ?」
加藤さんはぽーっと自分を見ているクロを微笑ましそうに眺めながら言った。
「元はと言えば私が悪いし……それに黒木さん、可愛いんだもん。抱っこくらいしてあげるよ」
……なんというか。
加藤さんはクロのことを、娘でも見るような目で見ているんじゃないだろうか。
ここで加藤さんに任せておけば、万事問題なく進むんだろうけど、なんだかそれは癪に障る。
私はえへへと笑っているクロを引っ張って、無理やりに抱っこした。
「か、加藤さんの手を煩わせなくても大丈夫だよ! 私が連れてくから!」
……なんで私、こんなに意地張ってるんだろ。自分でもよくわからないまま、私はクロをお姫様抱っこして教室を出た。
クロを抱っこしたまま廊下を歩いていると、好奇の目が無遠慮に向けられる。
南さんみたいに明け透けに悪口を言ってくる人はそうそういないけど、だいだい陰口の内容は予想が付く。
クロと仲良くなる前の私だったら人の目を気にしてこんなことできなかっただろうな。
恥ずかしさを堪えながらも、私は腕の中でぼーっとしてるクロを見て微笑んだ。
……いや、恥ずかしいものは恥ずかしいんだけどさ。
「もぅ……クロ、今度落とし前は付けてもらうからね」
「……んぁ?」
ひとまず保健室まで急ごう。
学校中で噂が立てられないことを祈りながら私は少し足を早めた。
いいねネモクロ
いくらもこっちでも普通の女子が抱っこ出来るほど軽いか?と野暮な疑問
ネモが力持ちという可能性
クロの身体はとても軽くて、筋トレしているとはいえ女の私でも軽々と運ぶことが出来てしまう。
なんだかちょっと心配になってしまうくらいの軽さだ。
落ち着いて目を瞑っているクロの顔を見つめる。クマがすごくて、髪もぼさぼさ。ちゃんと身だしなみ整えれば、すごく可愛くなると思うんだけどな。
……まぁでも、あんまり可愛くなって、いろんな人が近づいてきたら……ね。
またちょっと目が怖くなってる気がしたので、かぶりを振って打ち消した。
少し息が上がってきたぐらいで、私はようやく保健室に到着した。
「すみませーん」
声をあげて、ちょっとはしたないけど足で保健室のドアを開ける。
だけど、薄暗い保健室の中には、折悪く先生はいなかった。
「あちゃ、タイミングが悪い……」
まあでも、酔っぱらいなんて寝かせる以外に対応なんてないだろうし。
私は、抱っこしているクロを、近くのベッドに寝かせることにした。
「んぁ……」
「あ、起きた?」
先生を呼びに行こうとしたタイミングで、クロが目を覚ましてしまった。
あまり状況が呑み込めていないようで、ぼんやりとあたりを見回している。
「すぐ先生呼んでくるから、待っててね」
私が傍を離れようとすると、クロはパーカーの袖をちょこんと掴んできた。
「やだ。ここにいて」
「やだって……なんで?」
「さみしい」
……クロは酔っぱらうと絡み上戸になるというか、人肌恋しくなるタイプなのかな。
まあでも、先生もそのうち戻ってくるだろうし、このクロとしばらく話してるのも悪くないか。
ちょっと赤くなった頬に気付かれないようにしながら、椅子に座り直した。
「ふらふらする……」
「無理に起き上がらなくてもいいよ。ちゃんと横になってないと」
半身を起こしてふらふらしているクロをきちんと寝かして、私は赤くなっているクロの顔を眺めた。
……このクロは、やたらと素直だ。
普段はどちらかというとひねくれてる分、お酒に酔うと素直になるのかもしれない。
私は冗談交じりに声を発した。
「もう。いっつも私、クロのこと助けてあげてるんだから。感謝してよ?」
「うん。感謝してる」
そう、ノータイムで返事が返って来て、私はうっと言葉に詰まった。
……むしろ、ずっと助けられてるのは私の方なのに。なんだか、無理やり言質を取っているようでちくりと胸が痛む。
それにしても、まっすぐなクロの言葉は、すっと胸に沁み込んできて……なんだか、むず痒いような、くすぐったいような気分になる。
よいぞよいぞ
最近はラノベと純文学にある壁も取り払われてきたし俺ガイルもラノベの枠に囚われた作品でないのは確か
少し潤んだ瞳でこちらを見てくるクロを眺めていると、一つの考えが頭をもたげてきた。
(クロは、私のことをどう思ってるんだろう?)
私は、クロの事を大事な友達だと思っている。
本当の私のことを見つけて、認めてくれた、大事な友達。
だけど、クロが私のことをどう思ってるのかは、よくわからない。
もしかしたら、クロは私のことを……嫌い、だってこともあるかもしれない。
一度ネガティブな考えが頭に浮かぶと、否定することもできなくて、私は、痛む胸を抑えながら下を向いた。
「ネモ、どうしたの?」
クロの細い手がそっと私の頬に伸びた。
そのほのかな温もりを感じてしまったら、もう我慢は出来なくて。
「クロ……クロはさ、私の事……どう思ってる?」
「え?」
「だから……好きとか、嫌いとか……」
こんなの、素面のクロには絶対にできない質問だ。
思わず口をついて出てしまった言葉に、私はクロが酔っているときの記憶を持ってないことを願った。
クロは私の言葉を聞いて、ぽけーっと呆けたように口を開けている。
……酔ってるクロでも、答えにくい質問なのかな。
やっぱりクロは、私の事……。
気のせいか、じわりと目に何かが滲んできたような気がしたところで、クロの声が聞こえた。
「好きだよ?」
その、至極当然のような返答の声に、私はゆっくりと顔を上げてクロを見た。
「ぼっちの頃に、ネモが毎日話しかけてくれたこと、すごい嬉しかったよ」
「ずっと、遠い存在だと思ってたけど……三年生になってから仲良くなれて、遠慮しなくてもいい仲になって……それも嬉しい」
「でも……私、いろいろ酷いことも言っちゃったりしてるし……」
「まぁ、それはうざい」
「うぐっ」
外連味のないストレートな言葉に、返す言葉もない。
「すぐぼっちが云々って言って、マウント取ろうとしてくるのはよくイラってくる。性格悪い」
「ご……ごめん……」
性格云々はクロには言われたくないけどね。
クロは言いたいことを言ってスッキリしたのか、一つ息を吐くと、普段は見せないような自然な笑顔を浮かべて言った。
「そういうとこも含めて……ネモと関わるのは楽しいし、ネモのことは好きだよ」
クロの言葉に、なんだか胸の中が温かな気持ちに満たされて、私は顔を背けた。
真っ赤になった顔と、頬を流れる雫を、クロに見られたくなかったからだ。
そんな私を眺めながら、クロは優しい笑顔で佇んでいて……
「まぁあといい匂いするしね。ゆうちゃんといい加藤さんといい美人からはいい匂いが発生するんだよな」
……ん?
出そうになった涙が引っ込んだ。
「ネモとは割とラッキースケベ的イベントが多かったからなぁ。リップクリームとか温泉とか透けブラとか……あ、また背中痒くなったら言ってね。いつでも掻いてあげるから。へへ」
「……クロのえっち、すけべ」
クロの言葉で感動した私がバカだった。
さっきまで浮かべていた綺麗な笑顔はどこへやら、いつの間にかクロの顔はスケベ親父みたいないやらしい笑顔に変わっていた。
……なんだか、クロにそういう目で見られてるのに、むしろちょっと嬉しい自分がヤダ。
というか。
「……その論法で言ったら、田村さんとか加藤さんのことも好きなんじゃないの?」
「もちろんそうだよ。ゆりちゃんにセクハラするのも楽しいし、加藤さんはなんというか美人すぎて結婚したぐえっ」
自分が怖い目になってるのを自覚しながらクロに枕を投げつけた。
……なんというか、これで男だったら夜道に気を付けなきゃいけないレベルだよ、クロ。
ふてくされて頬を膨らませていると、枕を食らってベッドに倒れ込んだクロが、ぼそりと呟いた。
「……まぁでも、一緒に居て一番安心するのは、ネモかな」
その言葉は、言い訳じみてない、本心からの言葉に聞こえた。
……そーいうとこ、ズルいんだよ。私は、ぽす、と軽くベッドを拳で叩いた。
それからしばらくして、保健の先生が戻って来て。
事情を説明したら、慌ててクロの家の人に電話をかけていた。
クロが何か処分とかを受けないか心配だったけど、今回みたいな事例の場合は、特にお咎めなく許してもらえるらしい。
私はほっ、と胸を撫でおろして、すやすやと呑気に眠っているクロをちらりと見てから、保健室を後にした。
教室に戻ると、ちょうど昼休みが終わったところのようで、あーちゃんや田村さん、真子ちゃんや加藤さんがこちらに歩いてきた。
「黒木は大丈夫だったのか、陽菜?」
「あ、うん。家の人が迎えに来てくれるみたい。お咎めもないみたいだよ」
「そっか、よかった……」
加藤さんと真子ちゃんがほっと胸を撫でおろしている。……やっぱりいい人たちだな。
私はこんなふうにはなれない。
だけど、私は私なりのやり方で、クロと関わってくからね。
「結構長く保健室に居たみたいだけど、何か話してたの?」
田村さんが問いかけてくる。
私は少し逡巡して、少し口元を緩めて答えた。
「んーん、ひみつ」
今日のクロの言葉は、私の胸の中だけにしまっておこう。
なんとなく、そう思った。
……昨日の記憶が、途中からかなり抜け落ちている。
目が覚めた時には家にいたし、なぜかお母さんにちょっと叱られるし、弟には呆れた目で見られるし、散々だった。
どうやら私は、加藤さんにもらったチョコを食べて酔っぱらってしまったらしい。
どんだけ酒に弱いんだ、私。
「えー黒木さんってそんな細いのにお酒強いんだ! すごーい」みたいな喝采を受けることを密かに想像していたのだが、どうやら私はそういうタイプではなかったらしい。
しかし、自分が何をやったか覚えてないって言うのはかなりの恐怖感がある。
もしなにかやらかしてたら……。例えば教室で吐いて、「ゲロ木」とか「クソ木」とかそういう類のあだ名が密かに囁かれたりしていたらどうしよう。
冷や汗をかきながら普段よりも少し遅めに登校した私だったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
教室に入っても、周りは特に気に留めることなく談笑に耽っている。
うん、いつも通りの空気具合。どうやら、致命的なやらかしは無かったみたいだ。
ひとまず、九死に一生を得たような気分で、自分の席に向かった。
「黒木さん、昨日は大丈夫だった?」
「ぁ、は、はい! おかげさまで!」
「私のチョコのせいで迷惑かけちゃって、ごめんね……」
「いえ! 本当全然! 全然大丈夫なので! へ、へへへ」
加藤さんの申し訳なさそうな表情を見ると、なぜかこちらの方が謝りたくなってしまう。
私はぺこぺこと頭を下げながら、自分の席に座った。
「昨日は、陽菜が黒木を保健室まで運んだんだぞ」
岡田さんがこちらに振り向きながらそう言ってくる。
そうか……昨日の記憶はほとんどないが、なんか保健室のベッドで寝てたような覚えはある。
ここは素直にお礼を言っておこう。相変わらず笑っているネモの方を向いた。
「ネモ、ありがとな」
「んーん、いいよ。……酔っぱらってるクロ、面白かったし」
ネモが思い出し笑いをする。……おい、まさか。
背筋に寒いものが走って、私は恐る恐るネモに問うた。
「……私……なんか変なこと言ってたか?」
「……んーっとねー」
ネモは悪戯っぽい表情を浮かべると、けほけほ、とひとつ咳払いをして。
「好き好き好き好きだーい好き。ネモとずーっと一緒に居たいな♪」
萌え豚に媚びたみたいな仕草と声色でそう言ってきた。
「な、な、な……ぜ、絶対嘘だーっ!!」
「あはははははは! ほんとほんと、ほんとだよー!」
ネモを掴んで黙らせようとしたら、ネモはするりと交わして教室を出て行ってしまった。
「……黒木さん……?」
「ひな……」
田村さんと岡田さんが光の消えた瞳でこっちを見てくる。こえーよ!
私は場の空気にたまらず、ネモを追いかけて教室を飛び出た。
「おいネモ! ちゃんと誤解を解いてから出てけ! 聞いてんのかー!」
「だからほんとだって言ってるでしょ? あっははは!」
ネモは心底楽しそうな笑い声を上げて、走って逃げて行く。
私はいつぞやのマラソンの時のように、ネモの背中を追いかけるために、一つ大きく息を吸った。
「私はなー、絶対そんなこと……」
言わない、と言おうとして、言葉に詰まった。
記憶の片隅で、自分の声が反響したような気がしたから。
……気のせいだ、気のせい。私はネモの事なんぞ……
……嫌いじゃないけどな。
そんなツンデレっぽいセリフを思い浮かべて、なんだかむず痒くて。
そんな気持ちを打ち消すように、私はさらに追う足を早めた。
私とネモの笑い声と足音が廊下に木霊する。初夏のある日のことだった。
終
おつおつ
ネモクロいいよね…
乙
だが最近の凸さんはネモクロに嫉妬しないどころかもこっちに近づこうとする節があるよね
乙
面白かった
乙
おつ
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