■二秒で理解(分か)る注意書
唐辺葉介という私が好きな作家の作品とガルパンをごちゃ混ぜしたSSです。
ネタバレは自己責任でGO!
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《序章》
こう、抱き枕にしているボコのぬいぐるみを見ると、左腕の色がくすんでいるような気がするのだよね。
思うにこれはボコの、特に左腕を枕に寝ているのが悪いのだ。お気に入りなのに染みを作ってしまった。朝から嫌な気分になってしまったぞ。
ああ、そうだ、そうだ。朝なのだ。
時計を見ればもう7時が近い。
大洗に来た当初は、実家の癖が抜けきっていなかったのか、朝はそれは機敏な動きで起床していたんだ。
なのに、ここにきて私の生来の怠惰な部分が出てしまった。
近頃は毎日のように遅刻してしまっているのに、「西住さんは転校生だから」という理由で叱られずに済んでいる。
よくない事だ。世の中にある人の優しさは有限なのだ。
こんな事で私が優しくされる訳にはいかない。
意を決して私はのろりのろりと布団から抜け出したんです。
今日は珍しく昼食に誘われた。
こんな私の何処が気に入ったのかしら世の中には変わった人達がいるものだなあ。
五十鈴華さんと武部沙織というらしい。
二人は選択科目が気になるらしく、しきりにそのことばかり話し込んでいた。
沙織さんは明るくて話しやすいので私は彼女が気に入った。
五十鈴さんは真面目そうなのに、そのくせ食欲は旺盛だった。
こんな真面目なそうな顔をしながらも、料理を口にしたときは、これはおいしい、これはマズイとか感じているのだろうか。
それとも、意識は話に集中していて、何も考えずに機械のように無意識に食べ続けているだけなのだろうか。
私は話の内容よりも、それが気になってしかたなかった。
《一》
校内放送で生徒会室に呼び出され、なんのことかと思いきや、生徒会長に戦車道の選択科目を取れとのことでした。
私は戦車なんて、ほとほと嫌気がさしてたので断りたかったし、実際にそう言って断った。
生徒会長はそれでも強気で勧誘するものだから、華さんと沙織さんも反発した。
だけど、戦車道を履修しなければ退学にすると会長に言われ、大人しく口を詰むぐしかなかったようだ。
私としては、戦車道の熱意なんてものは、ハナから持ち合わせていない上に、最近じゃあ向学意欲だって怪しい所だったので、退学であっても構わなかった。
いやでもしかしだ。退学になれば、実家に戻るくらいしか選択肢は無い。
どうにもあの家は私にとって居心地がよろしくなくて、母と姉とは反りが合わないとは常々感じていたんだ。
悲しいことだ。本当は家族とも仲良くしたいのに、上手くいった試しがない。
だから、みんなが私のことはほっといてくれたらそれが一番いいんだ。
気にかけてなんて貰わなくたって、私は一人で充分楽しいのに。
結局、実家と向学意欲を天秤にかけた末に、私は戦車道の履修をすることにしました。
呆れたことに、生徒会長は戦車道大会に出場して、そのうえ優勝までしたいらしい。
にもかかわらず肝心の戦車が無いから探せときたもんだ。これでやる気を出せと言う方がどうかしている。
《二》
秋山優花里というのが一緒に探してくれたのだけれど、彼女は私の前の高校、黒森峰の事を知っていた。
そこでも私は戦車道をやって、投げ出して来たのだけれど、しきりに彼女は黒森峰時代の私の話題ばかり降ってきて参ってしまった。
貶されるのは嫌いだけれど、褒められるのも嫌いです。
まさか私を困らせるために、嫌がらせで言ってるのではないかと勘ぐったが、あまりに楽しそうに戦車について語るので、おそらく私の考えすぎだろうか。
それに、秋山さんはあまり常識的な人間には思えないが、人を笑いものにしてからかうタイプのようでもない。
そのタイプは私である。
「鉄と油の匂いがします」
そう言うやいなや、五十鈴さんは見事に戦車を探し出しました。匂いで見つけるなんて「うわぁ、気持ち悪いなあ」正直に私が言うと、戦車の状態と勘違いしたのか、秋山さんは「でも整備すれば乗れそうですよ」なんて嬉しそうだった。
見つけた戦車は、四人でも乗れない事はないけれど、やはり五人目も居た方がいいぞと思い、冷泉さんを誘った。
冷泉さんは遅刻の常習者で、大体は私よりも遅く登校している。
頭のいい冷泉さんよりも早く登校できる事は、少なからず私の自尊心を満たしてくれていたので、誘ったのは、その恩返しの意味合いが強い。
戦車道大会に優勝すれば、遅刻のデータを消して貰えるのだ。これはとても平和なことだ。問題は、優勝出来ればって部分だけれど。
冷泉さんは操縦席に座ると、説明書を読んだだけで完璧に運転してみせた。
やはり頭のいい人は何をやらせても優秀なのだろうか。
そこで冷泉は顔をしかめて、戦車の中を見回す。
「しかしこの戦車は気持ち悪いな。西住さんの内臓のなかにいるみたいだ」
《三》
こうして遂に、戦車道大会の第一戦を迎えることとなった。
私としては、初戦敗退して戦車道履修も有耶無耶にしてしまうのが良かったのに、いざ始まってしまうと熱くなってしまっていけない。
私にも人並みの闘争心が存在していたのだなぁと、妙に感慨深くもなる。
相手は強豪校のサンダース。
ただでさえ戦車の質も数も向こうが優っているのに、更には規定ギリギリの無線傍聴までしてくる始末だ。
大洗なんて弱小校なのだから、手心を加えてくれてもよさそうものなのに、どうして中々容赦がない。
私はどんどん心臓が冷たくなってきて、先程の闘争心も、ああ、これは無理だぞ、諦めよう、とみるみる弱気になっていた。
出来るだけ惨めに見えないように負けるにはどうしよう、と考えていたら、武部さんがメールを見てくれといったジェスチャーをしてきた。
はてな、と首を傾げてメールに書かれていた作戦を見たものだから、私は驚いた。
なんと武部さんが考えたのは、無線で嘘の作戦を言ってメールで本作戦を指示する。といった内容だった。これは凄いぞ。革新的だぞ!
気分をよくした私は、すぐさま武部さんにメールで本作戦内容をチームに伝えてもらった。
私達の思惑がいい方向に進んで、敵のフラッグ車を追い詰めた。いかにサンダースが大量の戦車を有していようと、コイツ一台倒せば私達の勝ちだ。
《四》
敵フラッグ車の護衛に、三台の戦車が来たのだけれど、たったの三台なのは、手心を加えて欲しいと言う私の祈りが通じたのかしら?
とかく、そのお陰でなんとか私たちは初戦を勝利で迎えることが出来たのです。
圧倒数の戦車で来られていたら勝てなかったですと正直に言うと、サンダースのリーダーは、
「ザッツ戦車道!これは戦争じゃなくて戦車道なのよ」
とか言っていて、よく分からなかった。
私は体育会系が持つ特有の雰囲気はあまり得意ではない。
先輩後輩の上下関係とか、すごく距離の近い仲間意識だとか、少年マンガみたいでいいなあと思うときもあるけど、他人事だからそう思えるのであって自分がそこに混ざるとなると話は別だ。
だから挨拶もそこそこに、私はどこか、くさくさした気持ちで大洗チームに戻ったのです。
「みぽりんどうしたの?気分でも悪い?」
武部さんが心配してくれるのは有難いけれど、今はそっとして置いて欲しかった。
だから私はなんでもないよとだけ言って、帰り仕度をしていた所に、今度は五十鈴さんが話しかけてきた。
ああもう!武部さんといい、うるさいなあ!と文句を言ったら、
「みほさん。今度私達と一緒に病院に行きましょう」
《五》
はて、これはどういう事だ?
ははあ、さては冷泉さんのお祖母さんが高齢で倒れでもしてしまったんだな。
だからみんなでお見舞いに行こうって事なんだな。
冷泉さんを見れば気まずそうに目を逸らされた。
気持ちは分かる。私だって家族が倒れて友人達がお見舞いに行くって言われても微妙な気持ちになってしまうだろう。
でも、いざほんとうに姉さんか母さんが倒れたとして、私はあんまり悲しめない気がするなあ。それはなんというか、悲しいなあと思う。
「驚かないで聞いてね」と前置きしたものの、五十鈴さんはそこで一旦口をつぐんでしまう。
どうせお見舞いだろうと私が続きを促してから、やっと話し始めた。
「みほさんと出会った時からよく言っている、その、武部沙織さんという方は、うちの学園には居ないのです。多分、その子は実在しない。みほさんにしか見えない人だと思います」
そこから先はよく覚えていない。
気付いたら、私は自分の部屋で数週間前にみんなで食べた晩食の後片付けをしていた。
普段サンクスのコンビニ弁当ばかり食べていたせいで、ついつい皿洗いを疎かにしてしまっていたのだ。
だけど、いくら数えても茶碗が四つしかない。
不安になってケータイを見た。試合中チームの皆に送信した本作戦メールがびっしりだった。
めまいがした。
《六》
「では、あれ以来さおりさんは出てこないのでありますね!」
「自覚して治った。ということでしょうか?」
「西住さんが大丈夫と言うなら、もう大丈夫なんだろうが……」
翌日、私は皆を安心させようと、もう武部沙織なんて見えない。大丈夫だと説明して、なんとか信用してもらえた。
この時、となりには武部さんがいてニコニコ「やだもー」なんて笑っていた。
そこで私は目が覚めた。
私は戦車に乗っていて、二戦目のアンツィオ高校と試合していた。
「ドゥーチェ!大洗の西住みほですよ!だけど何だか浮かない顔をしているなぁ」
「きっと武部沙織が想像の人物って知ってガッカリしてるんだろう!」
「さっすがドゥーチェ!マカロニ作戦開始しまっす!」
「おい待て!それはちょっとかけ過ぎじゃないか?」
「オリーブオイルはケチケチしなーい」
「それよりペパロニ!うちのカルパッチョ車は何処にいるんだ!?」
「知りませんよ。きっと武部沙織が幻と知って悲しいんでしょう。あっ、ドゥーチェ!それはオリーブオイルが少ないのでは?」
「いいんだよ。あんまり掛けたら鉄板ナポリタンが可哀想だ」
ナポリタンナポリタンナポリタン。
心の中で呟きながら私は榴弾の指示をする。
そこで私は目が覚めた。
《七》
プラウダ高戦。
私達は敵の術中に嵌り、教会の建物で籠城していた。
建物の外は敵に囲まれていて、逃げ場はない。
士気の低下はよくない。私は思い切ってアンコウ踊りを踊ることにした。大洗に伝わる恥ずかしい振り付けの踊りだ。
五十鈴さんも秋山さんも冷泉さんも一緒になって踊ってくれた。
しまいには、大洗チーム総出のアンコウ踊りだ。
負けたら廃校。危機的状況なのに、それがなんだかおかしくて、私達は笑いながら踊った。
「楽しいね」
と武部さんが言った。
「そうだね」
「ねえ、私たち本当にしあわせね」
私も無言で頷いた。
「現実もこんなだったらよかったのにね」
それはどうだろう?
「何もかもただの音楽なの。ある日目を覚ましたらレコーダーが止まってみんな居なくなってる。ねえみぽりん、そうであってほしい?」
「あのォ!!!」
痺れを切らしたプラウダ高の使者が、降伏勧告に来たみたいだ。
そこで私は目が覚めた。
《八》
決勝戦。相手は強豪黒森峰。
私の元いた学園、元いたチーム。
普通に戦えば間違いなく勝てないだろうが、なんとか相手フラッグ車と一対一の勝負に持ち込むことが出来た。
「西住流に逃げるという道はない」
タイマンを快諾してくれた相手のリーダー、私の姉、西住まほの態度に私はカチンときた。
「私からしたら、姉さんは勝利や西住流に囚われすぎてるように見えます。
だから次から次へと訓練して余裕が無いんです。
そんな100%の勝利なんか、どこまでいったって見つかる訳ないのに。勝つために西住流に人生台無しにされてる。パラドックスだと思いませんか?」
「そういうお前の主張はただの敗北主義ではないか。聞くだけで、負け犬根性が感染しそうになる。
しかしこれで分かった。お前は私の悪しき分身なんだ。『こうなってはいけない』という影だ。だからお前の言葉は参考になるし、同時に反吐が出る」
戦闘が始まる。武部さんが「ねえみぽりん?」と話しかけてくるんだけど、今いい所なんだから、後にしてもらいたいなあ。
「みぽりんってば!」
「もう!さっきから何ですかさおりさん!?」
私の反論に、車内のメンバーにギョッとした顔を向けられる。私がまだ武部さんを見ているのがバレてしまった。
でもいいんだ。
どうせ私には、自分が見ているものしか見ることが出来ないんだ。
《九》
「ねえみぽりん。これが全部夢だったらどうする?」
「何がですか?」
「水没した戦車を助けようと、みぽりんは川に飛び込んだけれど、みぽりんは暗い戦車に身体を挟まれ、内臓は潰れ、血は流れ、もう助からない。
水の音に混じって女の子がやだもーって泣いてる声がするわ。
そのうち女の子の声は段々小さくなっていくんだけど、みぽりんは女の子が弱ってるのか、自分の意識が消え去ろうとしているのかわからない。その中で夢を見るの。死ぬ前の不思議な夢。これがそうだとしたら、どう思う?」
「もしそうなら、ちょっとショッキングですが構いません。なんにしたって私はみんなが好きな大洗学園の廃校を阻止するだけです」
「残念だわ」
武部さんは、それだけ言うといなくなってしまった。
気付けば眼前に黒森峰の戦車。履帯を犠牲に回り込んでの一瞬の勝機だ。
「今です!」
《終章》
“勝者、大洗女子学園”
戦車道大会に優勝し、姉とも和解できた。
私たちは、やれ意気揚々として学園艦へと帰るのだ。
港までは凱旋パレードとなっていて、大洗の人たちが出迎えてくれた。
人集りの中で戦車たちはゆっくりと走る。
私のアンコウチームも思い思いに知り合いに手を振ったりと忙しい。
嬉しいことに、何故だがみんな、沙織さんのことを認識できるようになっていた。
私はすっかり上機嫌になり、「やっとみんなに見えるようになったんだね」と言うと、とぼけた顔で「なにいってるのみぽりん。やだもー」と返された。
よく分からないけれど、とても幸せだったので、分からない事は考えないままにしておくのが正解なのだ。
だから、彼女の「やだもー」という言葉を聞いて、なんだか胸が苦しくなったのも。
「帰ったらなにするー?」
「えーっと、シャワー浴びて買い物して、あっ、それから…!
『電気サーカス(著:唐辺葉介)』読もっか!」
パンツァーフォー!
完
ありがとうございました。
代表作出せよ
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