【俺ガイル】二人の一日 (57)
八色。地の文あり。特にストーリー性はなし。
今日中に終わる予定です。
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寂れたアパートの一室。シックなガラステーブルと、積み上がった本と、それから湯気を吐き出すマグカップ。耳に届くのはぱたぱたと窓を叩く雨の演奏と、一定のリズムを刻む文庫本のページを捲る音だけ。
厳密に言えば頭上のほうから聴こえる静かな息遣いとか、他の部屋の生活音もだけど、それを気にするのは流石に神経質過ぎる。
日常的に触れる音はさして気にならないものだ。息遣いは別枠かもしれないけど、こちらはこちらで心地がいいから問題ない。
前頭部から首と背中をまるっと含めて腰の辺りまでの範囲に感じる温もりで、なんだかうつらうつらとしてくる。
この部屋にはテレビがないから、小説かなにか、暇つぶしになるアイテムを持参しないとこうしてじっとしているくらいしかやることがないのが困りもの。先輩の本なら目の前に沢山あるし、これ読もうかなぁ……。
「ふぁあ……」
あまりに時間を持て余し過ぎてあくびが出てしまった。別に嫌なわけじゃなくて、さっき思った通り心地よさがあるから、その影響も大きい。黙ってこうしてるだけで幸せなんだから、わたしも安い女になったもんだ。
このくらいか……あ、書き忘れたけど、いろは一人称です
そんなわたしを見てなにか思うところがあったのか、先輩はわたしの頭に乗せていた顎をずらし、左手だけ文庫本から離して、ぽすぽすと頭を撫でる。
「……悪いな。暇か?」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。でも、だいじょーぶですよ」
口と耳にあまり距離がなかったせいか、なんだかこそばゆい気持ちになりながら、のんびり言葉を返す。
しかし、どうも愛しの彼氏サマにはご納得いただけなかったご様子。栞を挟んで本を閉じると、そっと手を重ねられた。先輩の胸を背もたれにしているから顔は見えないけど、今どんな表情をしているのかはなんとなく分かる。
「もぅ、ほんとに大丈夫なのに……信用ないですね?」
「……そういうつもりじゃ、なかったんだが」
なにを言えばいいか迷っているのか、先輩は黙ってしまう。こういうところはまだまだだなぁって感じだけど、そんなまだまだがわたしにはとっても愛おしい。
手のひらを重ねるのがやっとなところ、どこかわたしの機嫌を伺ってしまうところ、言葉を探して動きが止まってしまうところ。変えて欲しいと思ったことがないとは言わない、でも、変わって欲しくないと思ったことがないとも言えない。これから先どう変わっていっても、先輩はわたしのだいすきな先輩だ。それは、変えたくないこと。
焦りか、緊張か。手の甲に触れていた少し汗ばんだ手のひらを、手を返して優しく握る。
「あはっ、冗談ですよー。……わたしを気遣ってくれたこと、わたしはちゃーんと喜んでます。ありがとうございます」
「……そう、か? それなら、まあ、いいんだが」
「あー、まーた信じてくれないんですかー?」
「……誰かを信じるってのは、勇気のいることだ」
「あ、はぐらかした」
むぅ。先輩のこういうところも、嫌いで好きです。……どっちかにするのは、ちょっと難しい。乙女心は複雑なんです。
「はぁーあ……それで? 読書を中断した先輩はわたしとなにをしてくれるんですかー?」
「それは……だな」
あー、これは考えてませんでしたね。まあ知ってましたけどね。わたし、現代文の筆者の気持ちは分かりませんけど、先輩のことならお見通しなんですよ?
「まーた、意識飛んでってる……」
「わ、悪い」
「怒ってませんから、謝らなくていいんです。ちゃんと考えようとしてくれてるところは高ポイントですよ。わたしは悪いところよりいいところを探して褒める良き上司なのです」
わたしが頭の悪いことを言うと、先輩は微笑みを漏らす。
「ホワイトだな」
「お給料は出ませんけどね」
「ホワイト詐欺……」
なんですかそれ。なんかソフト◯ンクが関わってそうですね。ホワイトプランっつって。あれ、なにがホワイトなのかぶっちゃけよく知らないけど。
「まあでもブラックって給料は少ない、残業代は出ない、朝早くて夜遅いけど、断れない人間が溜まってくから人間関係は悪くないみたいな話は聞くな」
「……唐突にリアルな話するのやめてもらっていいですか」
すみません このスレは知的障害者の弟が立てました。今度から勝手に立てないように縛り付けておきますね
知的障害者の弟です、こんにちは
自分無言スレ建ていいっすか
なんだそれ、怖いよ。怖いし怖い。あと怖い。……断れない人間か。確かに、仲がいい人がいると辞めたいと言い出しづらかったり、仕事を抱えているときになにか頼まれても押されてしまうのかもしれない。やだなぁ……働きたくないなぁ。
「俺は専業主夫志望だから関係ないけどな」
「なっ、わたしが専業主婦になります! 先輩は働いてください!」
「えー……」
すっごく嫌そうな声だった。このダメ男め。まあ、こんなことを言いつつも、なんだかんだで働いている先輩を想像するのは難しくない。ていうか、めっちゃイメージ出来る。
しかし、ここで主婦を譲るのも癪だ。先輩がわたしを働かせようなんて百年早いです。繋いだ手にきゅっと力を込めて、
「……わたしは、わたしのために頑張ってくれた先輩に毎日、『おかえりなさい』って言ってあげたいなーとか、思うんですけど」
「……そういう言い方は、卑怯だろ」
ふふん、ちょろい。今回はわたしの勝ちですね。
「ほんとお前……かわいいを作るのはうまいよな」
悔しげに零した台詞は意趣返しだろうか。前のわたしならちょっとムキになっていたかもしれないけど、こんなのはもう慣れてしまった。なんなら、ちょっと楽しいって思っちゃうくらい。ふっ、またかわいくなってしまったか。
「先輩の彼女としてちゃんとかわいく出来てるようでなによりです、えへへ」
「……あざとい」
降参らしい。それっきり先輩は黙りこくってしまう。拗ねてるくんを横目に勝利に浸るのも悪くないんだけど、結局最初の『なにをするか』についてが一切決まってないんですよね……。っべー、話題逸れまくリングだわー。や、戸部先輩はどうでもいいんですけど。
「このままぼーっとしてますか?」
体重を預けつつ問いを投げると、あーとかんーとか曖昧な返事。……やることないしなぁ。外は雨だし、付き合ってる男女が休日に家ですることってなんだろ。
んー、セッ……は昼前からなにやってんだよって感じだし、うん。そもそもそんな気分でもない。ていうか、昼前からなに考えてんだこの頭、軽く死ねますね!
「……お昼」
そうか、お昼か。お昼ご飯か。お昼がないから、お昼ご飯を作ればいいじゃない!
「お昼ご飯を作りましょうっ!」
ばっと立ち上がって先輩に視線を向けると、先輩はしばらくぽかんとした後に無性に腹立つ顔になる。なんですかそのバカを見るみたいな顔は。なんかイラっとします。
「はぁ?」
「だーかーらー、お昼ごはんですよー。お、ひ、る。どゅーゆーあんだーすたん?」
「なんだそれ、無性に腹立つな……」
「先輩の真似です」
「納得した……そりゃ、腹立つわけだわ」
納得しちゃうのかよ。自覚があるなら直せばいいのに……おっと、そんなことより、お昼ごはんだ。冷蔵庫、なに入ってたっけ。
「先輩、冷蔵庫に出発です」
「……へいへい、了解です」
のそのそと重そうな腰を上げた先輩とキッチンへ向かう。一人暮らしにしては大きめの冷蔵庫を開けると、すっからかんな中身が目に飛び込んできた。
「「うわぁ……」」
ハモった上に顔を見合わせてしまった。それから二人揃って窓に目を向けるが、何度見ても雨は止んでいない。わー、面倒くさーい。
「……どうします?」
「……どうすっか。つっても、買いに行くしかねぇよなぁ……」
「ですねぇ……はぁ」
まさに意気消沈。わたしは今すぐなにか作るっていう気分だったのに! 休み前になにも買っておかないとか、この腐った目の人は一体なにを考えてるんですかね。
「すまん……なんも考えてなかった」
「いいですよ、別に。いつまでもうじうじしてても仕方ありませんし、ぱっと支度してぱぱっと行きましょう! なに、車でちょっと走るだけです。無問題!」
「悪い……」
もー、この人暗いんですけどー! せっかくわたしが明るく振舞ってるってのに。わたしのことなんかそんな気にしなくていいのに!
「……今日は家でゆっくり過ごしたいとか言ってたろ」
「あー……」
確かに来たときにそんなことを言ったような言っていないような。そういうのいちいち覚えててくれるのポイント高いですけど、その通りにいかなかったからってテンション下げるのはポイント低い。
「わたしはもうお出掛けるんるんの気分です! ほら、支度してください! 次謝ったら怒りますよ!」
「お、おう、わる??あ、あー、なんだ……ありがとな」
「はいっ、どういたしまして!」
そんなわけで支度タイム。と言っても、着替えるくらいだからたいして時間はかかんないんだけど。お化粧はー……マスクすればいいよね。
服はなにを着ていこうか。ちなみに今のわたしの格好はスウェット。こちらは家に来てから着替えたので、一応もともと来ていた服がある。……それでいいや。
ロンティーにショーパン。脚がちょっと寒いけどタイツ履いてるし、車だし、おーけーおーけー。あ、先輩の上着借りよーっと。……よし。
「準備かんりょーですっ」
びしっと敬礼をしながら先輩を見れば、どうやら先輩も支度を終えた様子。っていうか、とっくに終わっていたらしい。さては見てたな……?
「せんぱいのえっち」
「は、はぁ? こんなとこで着替えるお前が悪いだろ……」
「言い訳無用! うおりゃー」
ずどーん。両手を開いて胸に飛び込むと、しっかり受け止められてしまった。くっ、まだまだ威力が足りませんね。これはエネルギーを補給する必要があります。ぎゅぅー。
「あの……いろはさん?」
いろは。そうやって名前を呼ばれるたびに、いつかの真っ赤な先輩の表情が脳裏に浮かぶ。頼めば、呼んでくれる。そういう関係になったんだなぁ、わたしたち。もう一年も経つのに、いまだにそんなことを思う。
「ふぅ。エネルギー充填かんりょー! さてっ??」
背に回していた腕を下ろして、先輩の手を握った。
「??お買い物にレッツゴーです!」
空いた手で拳を作って天井に伸ばすと、隣からふはっと噴き出すような笑みが聴こえてきた。……なんかちょっと恥ずかしいな。
「おう」
「では、手を握っていては靴が履けないので、一旦離しましょう」
「……なんで繋いだんだよ」
呆れ混じりに吐き出された言葉を無視して、ぱっと手を離して靴を履く。玄関は狭いので、扉を開けて外で待っていると、ふと重要なことに気づいてしまった。
……車で行くと、手が繋げないのでは。
「……どうした?」
とんとんとスニーカーのつま先で地面を叩きながら問われ、視線が右往左往。……どうしよっかな。手は繋ぎたいけど、雨には濡れたくない。ブーツサンダルだし。
うーんと悩んでいると、なにを思ったのか先輩は立て掛けてあった傘を持って私の手を握る。
「えっ、あの」
「駐車場まででもなんだかんだ濡れるからな」
「あー……はい」
そうことじゃ、ないんだけどなぁ。なんて、歩きながらちらりと視線だかを向ける。めんどくさい女だなぁ。……これといってなにかをして欲しいわけじゃないっていうのが、一番面倒。
車のドアを開けてくれた先輩にお礼を言って、車内に入る。手は繋いでいられないものの、座り慣れた助手席もこれで中々悪くない。……いつでも繋げるしね。
「……明日、晴れるらしいぞ」
シートベルトを締めながら、そんなことを言う。あんまりにもいきなりだったから独り言かと思ったけど、そういうわけではないらしい。わたしは天気予報を見るタイプだから、明日が晴れなことは知ってるけど……それがなんなんだろう。
不思議に思って、エンジンを掛ける先輩の横顔をぼーっと眺める。車が走り出すと同時、その唇が動いた。
「……どっか、出掛けるか? 散歩でも出来るようなとこ」
「っ……!」
え、え、なに、えぇぇぇ、なになに待って! なにそれ! 反則なんですけど! なーっ、えーっ、無理ぃ……軽く死ねますね。
「……えっと、あの、は、はい。ありがとう、ございます……」
でも、なんで? そんな疑問が顔に出ていたのか、先輩は前を向いたまま口を開く。
「……お前が手を落ち着きなく動かしてるときは、だいたいそういうときだろ」
「そんな前例ありましたっけ……」
「癖なんじゃねぇのか、知らんけど。よくやってる」
「へ、へぇー……よくやってるんですね、わたし」
あぁ、思い返して見れば、手を握りたいなとか思ったときはいつも先輩が手を握ってくれていた気がする。うわぁ……なんか、こう、こそばゆい。
「……ちゃんと、見てるんですね」
「そりゃあ見るだろ……彼女なんだから」
う、うわ、うわぁぁぁあああ! なんっ、なんだこれ、なんだこれ! すごい……すごいなんか、恋人っぽい。あー、もう、うれしいっ!
「せんぱい、ほんと、あざといですよぉ……」
「……ほっとけ」
ああ、なんか今、すごいアレ。すごい抱き着きたい。
「先輩」
「なんだ」
「わたし、帰ったらいっぱいいちゃいちゃしたいです」
ぐわんと車体が揺れた気がした。
「っ……あのな、唐突にそういうこと言うのやめろ」
「だって、ほんとにしたいんですもん……」
「はぁー……分かった分かった。気の済むまでどうぞ……」
「むぅ。なんか他人事みたいでいやですー」
とか言ってみたりして。本気で思ってるわけじゃないのは声でバレバレなんだろーなぁ。喜びが大きくてうまく調整出来ないのが悔しい。
「はいはい」
予想通り、適当にあしらわれてしまった。
良いよ!いいよ!
やっぱりアンチは最高ですね!
八雪とか八結好きな人はもう一度原作を見直すべきですよね
そうこうしているうちに近所のスーパーマーケットに到着。近所にスーパーがあるかどうかは住居選びの重要なポイントだ。毎日毎日買い物に行くのは面倒だし、かと言って纏めて買うと駐車場から家までの距離でも結構しんどい。
それを知ったのは決めた後だったから、進学直後は自炊はサボり気味になっていた。今は先輩がわたしの部屋に来るときとかに買い物を手伝ってくれるのでなんとかなってるけど。
それはともかく買い物である。売り場に出て、まず青果物から見ていく。
「なに作るんだ?」
「うーん、そうですねぇ」
昼食はまあ軽いものでいいとして、夕食や明日の分も考慮して買わないとだ。とりあえず昼食の献立は……チャーハンとかでいいかな。
「チャーハンにしましょう。チャーハンの具材なら余っても他の料理に使いやすいですし。なにチャーハンが食べたいですか?」
「そうだな……海鮮、とか?」
「海鮮……」
そうなると、むきエビとかカニカマとかかな。野菜はパプリカでいいや。余ったらサラダにしよう。それなら、レタスとトマト……は先輩が食べれないからなしにして、レタスはハーフカットのやつで。
じゃあ、夜はお好み焼きでも作ろうか。海鮮と豚玉、二枚焼いて半分こすれば両方食べれるし。明日は……明日は出掛けるとしても、外食にするのかお花見シーズンだしピクニック的な感じでお弁当を持っていくのかで変わってくる。
「明日は何時に出掛けましょうか」
ポンポンととりあえず明日の夕食の分を含めた材料を入れながら訊ねる。
「そうだな……午後でいいんじゃないか? それとも早く行って昼過ぎに帰って来るか?」
「あー……そっちのほうがいいかもですね。帰ってきてすぐさよならはちょっとその、アレですし?」
だったら、昼はお弁当でも持って行けばいいか。お弁当を食べて、それから帰ってくるって感じで。お弁当かー……おにぎりと卵焼きとウインナー、唐揚げにアスパラベーコン? ベーコンは豚バラでいいな。よしよし。
「おーけーです。買うものは概ね決まりました。なにか必要なものはありますか?」
「……酒?」
「酒って……ウェイ系大学生みたいなこと言いますね」
「……たまには二人で飲んでもいいか、って思ったんだが」
「あー……うん、い、いいですね」
二人とも二十歳を超えているというのに、確かにあまり二人でお酒を飲んだ記憶はない。お呼ばれしてみんなでとかならあるけど。お酒は嫌いじゃないけど、わたしも先輩も特別強いわけじゃないし。
二人でのんびり宅飲みかぁ。いいですいいです。なんかいい雰囲気です。勝手に妄想しただけだけど。
「……そんなところですかね」
「だな」
そうと決まればぱっぱと買うものを買ってレジにゴー! 思っていたより多くなったけど、先輩が月曜日以降に使うものも含まれているのでこんなものだろう。
そうして再び戻ってきた車の中。信号待ちでぼーっと外を眺めているときに、書い忘れがあることに気付いた。
「あっ、先輩コンビニ寄ってください」
「は? 構わんけど……なんか買うのか?」
「えっと、はい……あの、コ……アレが切れてるじゃないですか」
わたしが微妙に伏せて伝えると、先輩もなにを忘れているのか思い至ったらしい。あーと納得するような声を発して、頭をぽりぽりと掻く。な、なんかこういうのって、さらっと言えるときと言えないときがあるよね!
「じゃ、じゃあ、買ってきますね」
コンビニに停めた車から降りようとすると、先輩がそれを止める。
「あー、俺が買ってくるわ」
「え? あ、はい……」
理由を訊く間もなく行ってしまう。……なんで先輩が?
なんでだろーと考えているうちに、先輩は小袋を片手に戻ってくる。袋の中には四角い箱が入っていて、なんだか妙な空気になる。なんか、なんか、あれだ。……生々しい。
「……わたしじゃなんかまずかったですかね」
走り出した車内でそっと訊ねると、先輩は言いにくそうに顔を逸らして、
「……なんつーか、お前がこれを買ってるところを他のやつに見られるのが嫌、みたいな。意識し過ぎなだけだろうけど」
……えぇと、それは、そういうことですよね。わたしがこれを持って行ったレジの店員さんが男の人だったりして、変な目で見られたくない的な。
「……いや、ほんと、過剰ですよ」
今までそんなこと全然考えてなかったっていうか、いやいや、もちろんちょっとは男の人のレジより女の人のレジにと思ったりもするんだけど、そ、それを先輩が考えて、こうして行動に移されると、なんかこう言葉にならないっていうか。
喜んでいいのかどうすればいいのか分かんないよー! 独占欲? 独占欲でしょ、これ!? ああ、なに、もう。今日の先輩ほんとなに! なんなの! ちょっとかわいいんですけど……。
「……先輩いつもわたしが飲み会とか行ってもなんにも言わないから、そういうの、ないんだと思ってました」
「……ないわけねーだろ。そんなことでお前の交友関係に口出しなんて出来ないし、したくないから言わないだけで……なんかもやっとするときはある」
「そ、そう、なんですね……」
あー、もうやめて! 顔が、顔がぁ! はー、無理、頬緩む。しんどい、お家帰りたい、やっぱ一緒にいたい。
「なににやにやしてんだよ、気持ち悪い……」
「ひっど……愛しの彼女になんて言葉吐くんですか! かわいいじゃないですか!」
「自分で言うなよ……」
「ふふん、否定しないところは褒めてあげます」
ふっ、と優しげな微笑みが車内に落ちる。それを見たらなんだかわたしも笑えてきて、家に着くまで二人で笑ってしまった。……やだやだ、ほんと、この人のこと好きだなぁ。
微妙な空気もくすぐったさも心地よさも、この人とならと思えてしまう。この人だからと感じてしまう。ベタ惚れだー、わたし。
「たっだいまー!」
「ただいまっと……」
どさっとレジ袋が玄関に置かれる。先に上がったわたしはそれを持ってキッチンへ。コンビニのレジ袋は、うん、まあ、適当なところに。
遅れてやってきた先輩と今必要なもの以外を冷蔵庫にぶち込んで、お待ちかねのクッキングタイム! 誰が待ってるんだろう。わたしと先輩の胃袋かな。
「では、今から海鮮チャーハンを作っていきたいと思います」
「おう。なにすりゃいいんだ?」
隣の先輩は腕まくりをしてやる気満々のご様子。こんな先輩も珍しい。料理を手伝ってくれる彼氏……ポイント高いですね!
「そうですねー……じゃあ先輩にはサラダを担当していただきます。まずパプリカとレタスを洗って、パプリカの四分の一くらいを1cm程度に四角く切ってください。レタスは適当にむしってくださいね」
「それだけでいいのか?」
「はい、まずはそれだけです。チャーハンは簡単なので、それをやってもらっている間に準備終わっちゃうと思いますし。なにかあればその都度お願いします」
「りょーかい」
「あ、パプリカを切るのを先にお願いしますね」
「おう」
というわけで、調理開始。わたしはわたしでむきエビだけでは味気ないと思って買ったイカを処理していく。
えっと、1cm角に切ったイカとむきエビを合わせて塩と酒で下味を……と、淡々とやっていくうちに先輩も終わったらしい。チャーハンに必要な分のパプリカをこちらに寄越す。
「では、パプリカの残りの部分を薄切りに、ああ、あと、そこの引き出しに乾燥わかめが入ってるので、それを適当に水で戻しておいてください。結構大きくなるのでやり過ぎに注意してくださいね」
「分かった」
素直でよろしい。いつもこれだけ素直だったらいいのに。いや、それはそれでつまんないか。こういう性格の先輩がわたしは好きなわけだし――っと、そんな話は今はよくて、わたしも調理を続けないと。
油を熱したフライパンにイカとむきエビを投入。しばらく炒めたら、溶き卵、それからご飯、最後に先輩が切ってくれたパプリカを入れてパラパラになるまで炒める。
そして満を持して登場するのがこちら、日本の台所に欠かせないAJINOMOTO。この味の素の干し貝柱スープも、チャーハンの具材兼味付けにと購入したものだ。これと塩、醤油、胡椒で味を整えれば完成! 海鮮チャーハン!
ちらと先輩に目をやれば、サラダの盛り付けを終えていたらしくこちらを見ていた瞳と視線がぶつかる。
「お疲れさまです」
「お前もな」
うーん、いい! いいですね! 二人でお料理いいですね! なんかこうぐっとくるものがありますよ! なんだかもうお腹いっぱいです!
「では、運びましょうか」
「だな」
二人で作ったお昼ごはんを二人でガラステーブルへ運ぶ。本日の献立はイカとエビとホタテの海鮮チャーハンとパプリカとレタスのワカメサラダです。うん、見栄えいい!
「いただきまーす!」
「いただきます」
いざ、実食! まずはチャーハンから。スプーンで掬って一口目を口に運ぶ。ぱくっと食べてみると、想像より美味しいお味。
「なんかこの前より美味しくないです?」
「だな……ああ、確か前作ってもらったときはイカがなかった」
「あ、それですね。カニカマも普通にそれっぽいですし、具材が増えると豊かさが増しますね」
具材たっぷりとまではいかないものの、チャーハンの素だけですみたいな質素さはない。それなりの手間をかければそれに見合うものが出来るのです。
「豊かさって……まあ変に高級な材料買わない限り、自炊してりゃそこそこのもん作れるしな」
「ですです。このサラダも美味しいです、やりましたね! この前先輩に作ってもらったドレッシングがいい感じにマッチしてます」
「俺は言われた通りやっただけだ」
またー、謙遜しちゃってー。必死に誤魔化しても照れてるのバレバレですよーだ。あー、しあわせー。
しかし、食べれば当たり前だが失くなってしまう。やっぱり今回のこの美味しさは先輩が手伝ってくれた故のものだと思うんですよね。前に手伝ってもらったときも美味しかったし。思い出込みでこの味っていうか。
毎回は流石に申し訳ないというか、わたしがご飯を作るのはいつもちょっぴり迷惑をかけてしまっていたり面倒な女の相手をしてもらっている感謝の気持ちもあるのでアレだけど、またそのうち手伝ってくれたらいいなぁ。
「ごちそーさまです」
「ご馳走さん」
「美味しかったですね」
「だな。……言ってくれれば、なるべく手伝うようにするが」
「だいじょーぶです! わたしがしたくてしてることですし、また暇ですることがないときにでも一緒にお料理しましょ」
「……おう」
気恥ずかしいのか、頬が少し赤らんでいる。まったく、よく出来た彼氏さんです。流石わたしの先輩です。調子乗るから言わないけど。
「ではでは、わたしはちゃちゃっと片付けちゃいますので先輩は本でも読みながらくつろいでてください」
「片付けくらい、俺も……」
「ご好意はありがたいですけど、ここは大丈夫です」
「そうか?」
「はい。わたし、待っててもらうの結構好きなので」
待っててくれる人がいる。それだけで頑張れちゃうものだ。バカみたいだけど、バカでいい。そんなバカな毎日が、わたしにはとっても幸せなことだから。
ふんふんと、鼻唄を歌いながら食器や調理器具を洗っていく。一通り終えてリビングに戻ると、先輩はすっとわたしが座る場所を作ってくれる。
わたしは先輩の足と足の間に腰を下ろして、ふぅと息を吐いてから先輩に寄りかかる。至福。
どちらともなく手を繋いで、静かな空間でお互いの息遣いと鼓動だけを感じる。なにも話さなくても、態度が、心臓の音が、今ここでこうしている相手が大切で、同時に大切に想われているのだと教えてくれた。
この時間が好きだ。手を繋いで、背中とお腹をくっつけて、二人が一人になったような気分になる。一体感っていうのかな。
同じ気持ちなんだって想うことは、どこまでいっても確証が得られるわけではないけど。その不確かさこそを尊く思う。
お互いがお互いのすべてを知り得ない。また、伝えきることも難しい。だから、人は人を信じるのだ。その穴を埋めるように、相手を信じるのだ。
身勝手な信頼。それは決していいものではなくて、相手を縛りつける鎖になり得る。ただ、どちらも信頼されることを望み、どちらも信頼することを望むのなら、たとえその望みが知覚できなくとも、幸福を得ることが出来る。
言葉なんていくらでも飾れて、心なんて知りようがない。態度から窺いしれるなにかは微かなもので、当たりもすれば外れもする。疑いだしたらキリなんてなくて、辛くなっていくばかりだから、それなら信じようっていう。
弱さだ。人の弱さで、辛くなりたくないばかりに相手に求める脆さ。拭っても消えることはなくて、隠しても滲み出てくる。人を信じるのは人の弱く脆い特性で??でも。
でも、他の個体を信じるということが出来るのは人間だけで、だからそれはきっと、とても……とても、素敵なことなんだと、わたしはそう思いたい。
背中から伝わるこの熱がきっとこの先もずっとわたしのそばにあるのだと、そう、信じたい。
「ね、先輩」
「……なんだ?」
「今日も、好きですよ」
「なんだよ、急に……」
「言いたくなったんです」
言いたくなった。ずっと言い続けていたいといつも感じている。わたしはこーんなに先輩のことが好きなんだって、全部伝わらなくても、少しだけでもいいから、伝わって欲しい。知って欲しい。わたしのこと。
手を離して、くるりと身体を先輩の正面へと向けた。そのまま跨るように先輩の腰の辺りに座って、背中に手を回す。……温かい。
「……いちゃいちゃする約束です」
「許可はしても、約束した覚えはない……」
なんて言葉を口にしつつも、先輩は優しくわたしをら抱き寄せてくれる。はー……。
「……ちゅーしたいです」
先輩の胸にぐりぐりと頭を押しつけながらそんなことをつぶやいた。あー、これあとでめっちゃ恥ずかしくなるやつだー。でもいーや。今はいっぱい恥ずかしいことがしたい。そういう気分なんだから、仕方ない。
そろーっと上を向くと、いきなり唇を塞がれた。
「んむっ??」
自分から言いだしたとはいえ、不意打ちはキツい。心がもたない。お酒も飲んでいないのに、なんだかくらくらしてくる。
「……もっと、ください」
「……今回に限っては、お前が悪い」
直後、再び唇が触れ合う。
それだけが幸せとは言わない。ただの日常も、内容のない会話もわたしには充分過ぎるくらいに幸せで。
でも。
こういう分かりやすい幸せも、やっぱり欠かせない。
今日のわたしたちの一日は、どうやら長くなりそうだ。
?おわり?
アンチで制裁無いなら需要ないから書かないで下さい。
乙、面白かった
乙乙
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