※鬱注意
放課後の教室。
だいだい色の夕陽はちなつの物憂げな顔を照らし出す。
照明の消えた教室に居るのは、あかりとちなつだけだ。
「何か困ってるの?」
そもそも、話を聞いてほしいとあかりに言ってきたのはちなつだった。
ちなつは、窓の方を向いて逡巡しているようだったが、意を決したように言った。
「…最近、京子先輩の抱きつき方がおかしいの…」
予想外の話に、あかりは目を見開いた。
「そ、そうかな…」
あかりは答えながら、思い当たる節が無いか必死に考えていた。
しかし、あかりには何も思い当たる節が無かった。あかりには、最近の京子もいつもの京子も変わらないように思えた。
「…目が」
ちなつが目を逸らしたまま言った。
「目…が?」
あかりがキョトンとした顔で返す。
「目が…なんだろう…怖いの」
ちなつが怯えたような声で言う。
「目…」
あかりには、依然何も分からなかった。
「取り敢えず…部活行こ?結衣ちゃんや京子ちゃんも心配するよ」
重い空気を振り払うように、あかりは敢えて明るい口調で言った。
「うん…」
憂鬱そうな表情のまま、ちなつが椅子から立ち上がる。
「行こう」
あかりとちなつは鞄を持ち、廊下へと出る。
あ
↑最後の「あ」はミスです
いつになく辛そうなちなつに、あかりは胸がモヤモヤするような感覚を覚えた。
そしてそのモヤモヤは、一生あかりの胸から取れることがないということを、その時のあかりは知る由もなかったのだった。
「来たよ~」
部室に入ると、やはりと言うべきか結衣と京子が"部活動"を楽しんでいた。
「おう、遅かったな」
「ちなちゅ~!」
結衣がクールに返し、京子がちなつに抱きつく。ごらく部の日常。
何も普段と違うことはなかった。
…が、
「京子、そろそろ離してやれよ」
結衣がいつも通り、京子に言うと、
「ぐはっ…!」
京子は無言でちなつを押し倒した。ちなつの表情が恐怖に歪む。
「京子…?」
「京子ちゃん…?」
ちなつが全身をバタつかせて逃げようとするが、京子はしっかりとちなつを押さえつけている。
「やっ…!」
「京子、ちなつちゃんが怖がってるじゃないか」
結衣が注意するが、京子は一向にやめる気配がない。
「京子ちゃん…」
あかりは、京子の顔を覗きこんだ。
そこには、京子はいなかった。
いたのは、『京子の顔をした獣』だった。
そう信じたいくらい、京子の顔は狂気に満ちていた。目の焦点がずれている。
あかりはあまりの恐怖にそこから一歩も動くことができなかった。ちなつにキスされた時もこれほどではなかっただろう。
「きょ、京子!?」
ごらく部部室に、不協和音が流れ出す。張り詰めた空気に、京子の獣のような荒い息遣いが聞こえる。
「ぎゃぁぁぁ!!」
「ちなつちゃん!?」
突然、ちなつが悲鳴をあげた。
結衣がちなつから京子を離そうとするが、なかなか離れない。
「京子!いい加減やめろ!」
結衣が怒鳴るが、
「ゆい…せんp…たす…ゲゴッ」
遂に京子はちなつの首を絞め始めた。
「駄目だ京子!おい!聞け!」
恐怖に立ち竦んでいたあかりも、ようやく京子を取り押さえに向かう。
「京子ちゃん!ちなつちゃん!」
しかし、ちなつの顔は既に蒼くなり始め、表情が虚ろになってきた。
「ころ…され……る……」
「ちなつちゃん!!」
あかりが思わず叫ぶ。
「京子ぉ!」
パァン!と乾いた音がし、結衣が京子の頬を思いっきりぶった。
「うぐっ…」
「お前、何てことしてんだ!!」
ぶたれてぼうっとしている京子に、結衣が物凄い剣幕で怒鳴る。
「ちなつちゃん、ちなつちゃん!」
あかりはちなつに呼び掛けてみるも、
「…」
「泡…噴いてるぞ…」
既に白目を剥き、泡を噴いていた。
「脈もほとんどとれないし、顔色も蒼い…」
結衣が一見冷静に振る舞うが、手が震えている。
「どうしよう…どうしよう…」
ようやく普通に戻った京子が、パニックになっている。
↑トリ付けました
「駄目だ…反応が無い」
結衣がちなつの冷たくなってきた頬をペチペチと叩くが、ちなつはひと言も発しない。
「ちなつちゃん…」
「お前、これは…殺人だぞ…」
結衣が京子に言った。
「うぅ…どうしよう…」
京子は頭を抱えている。
その時、外からつかつかと足音が聞こえた。
「誰か来た!取り敢えず隠そう」
「う…うん!」
結衣とあかりでちなつの体を押し入れに押し込む。
足音が止まり、表の扉が景気のいい音をたてて開く。
「としのーきょーこー!!」
「お邪魔しま~す」
入ってきたのはいつもの二人、綾乃と千歳。
「ごめん、ちょっと今日は京子、体調が悪いみたいでさ…また別の日でもいいかな?」
結衣がにこやかに返す。後ろではあかりが不安そうな顔をしている。
「そう…保健室行かなくていいの?歳納京子」
京子は俯いたままだ。
「いや、もう一緒に帰るよ」
結衣がちらっと京子の方を見て言った。
「お大事に。そういえば吉川さんは?」
ちなみに横では千歳が鼻血を噴いている。どうやら『お大事に』に反応したらしい。
結衣は一瞬ぎくりとしたが、すぐに焦りを押さえつけ、
「今日は先に帰っちゃったんだ」
と言った。
綾乃は特に疑問に思わなかったらしく、
「あ、そうなの」
と言っただけだった。たったこれだけの会話でも、結衣は冷や汗が噴き出てくるのだった。
あかりは千歳にティッシュを渡している。
「じゃあ、しっかり休みなさいよ、歳納京子」
「う、うん…」
京子が何とか答える。
今の会話で倒れた千歳を引き摺って、綾乃は帰っていった。
「で、ここからどうするか」
結衣が座り直して言った。
「自首…?」
京子がぽつりと言った。
「それでもいいけど…自首するとみんなバラバラになってしまうよ。二度と会えないかもしれない」
結衣が手を机の上で揉みながら言った。
「それは…いや…」
「京子ちゃん…」
なんだか昔の京子みたいだな、と京子の戸惑った顔を見ながら結衣は思った。あかりも同じことを考えているのかもしれない。
「でも…自首はすべきだと思うよ。」
あかりが言った。
「考えてみるんだ、あかり。ここで自首したら、ちなつちゃんも含めて、全員がバラバラになるんだぞ。」
結衣が必死にあかりを説得する。
「でも…」
さっきの京子とはまた違った狂気に、結衣も取り憑かれていると、あかりは思った。
しかし、あかりの心が揺れていることもまた事実であった。
(どうしよう…)
自首するか、しないか。あかりの心の天秤は、揺れ動く。
その時、京子が決心したように頷き、
「やっぱり、自首…するよ。全部悪いのは私だから」
そう言った。すぐに結衣が反論する。
「まて京子!自首して何の得になるんだよ!」
「でも…」
「もっと一緒に居たいとは思わないのか!?」
結衣はなおも説得する。
「私は、もっとみんなで一緒に居たい」
意外と寂しがり屋の結衣らしいと言えばそうかもしれない。
しかし、この狂気に自分自身呑み込まれていくのがあかりには分かった。
いきなりしゅじんこうがいなくなった!
結衣が口を閉じると、部室に沈黙が訪れた。
卓袱台の上で、どす黒い狂気と保身欲がゆっくりと渦巻く。
突然、押し入れからガタっと音がした。
「何!?」
三人は一瞬ぎくりとし、押し入れを見たが、その中を見ようとしない。
またしばらくの沈黙。
お互いの心の中を推し測るような目線が飛び交う。
「あ…開けてくる」
その沈黙を破り、結衣が押し入れに近づく。
おそるおそる、押し入れの襖を開けると、ほぼ押し込まれた時のままのちなつが姿を現した。
その顔は蒼白く、足には死斑が浮き始めていた。ちなつが死んでいるのは確実だった。
「冷たい…」
結衣が、ちなつの手を触って言った。
京子はただ頭を抱えて震えていた。
あかりは涙を流していた。
ちなつの遺体を見ることに堪えられなくなり、結衣は押し入れの襖を閉めた。
「もうこんな時間…綾乃に帰るって言っちゃったし取り敢えず帰らないとヤバいな…」
結衣が独り言のようにぽつりと言う。
「今日は私の家に来る?」
再び結衣が言うと、京子とあかりはそれぞれ頷いた。
帰り道。いつもなら笑いが絶えない、楽しい時間だ。
しかし今日は3人とも能面のように無表情で押し黙っていた。その姿はさながら囚人の行列のようだった。
とうとう誰もひと言も発さず、結衣の部屋に着いた。
「お邪魔します」
ごらく部のもうひとつの拠点とも言える結衣の部屋。
今日は蛍光灯の音が、妙にはっきりと聞こえる。
結衣は、パソコンで調べものを始めた。あかりが画面を覗き込む。
京子は黙って椅子に座って項垂れている。ちなつの遺体に余程ショックを受けたようだ。
「傷害致死罪…」
画面を見ていたあかりがぽつりと呟く。
「京子はまだ13歳だから、刑事責任は問われないけど…」
結衣が付け足した。
「何かしらはあるんじゃないのか?少年院送致とか…」
「それじゃ、本当にバラバラに…」
あかりが不安そうな顔で言った。
「そういうこと」
結衣が頷き、京子の方をちらりと見た。
「改めて、京子はどうしたい?」
結衣が問うた。あかりが固唾を飲んで見守っている。
「…」
京子は考え込んでいる。
「みんなバラバラになるか、今まで通りの生活を送るか…」
先程とはまた違った沈黙が3人を包む。
尤も、ちなつがいない時点で今まで通りの生活など実現し得ないのだが、結衣もそこまでは気付いていないようだ。
「…みんなで、ごらく部…したい」
京子が声を振り絞るように言った。
「よし、決まりだな…じゃあ、」
メモ帳を取り出し、何か言いかけた結衣だったが、
「ちょっと待って、それでいいの?」
あかりが京子に訊く。しかし、
「あかりは、ごらく部の活動をしたくないのか?」
結衣に詰るような口調で言い返された。
「そういう訳じゃないけど…」
「一人だけ助かればいいとか、そんなものじゃないんだよ」
あかりがここで何も言い返さなかったあたり、既にあかりも狂気に染まっていたのだろう。
朝、起きたら昨日にワープ…誰もが憧れることだが、残念ながらそんなことは起きなかった。
いつも通り目覚まし時計が鳴り、いつも通りの朝を迎えた。
朝ご飯を作ろうと布団を出た結衣を、追いかけてくる足音。
「京子か。もう少し寝ててもいいよ」
「いや…起きちゃったし」
昨日に比べると落着きを取り戻しているようだ。
「そうか…あかりはまだだな」
いつも同じ時間に起きるあかりは、まだ出てこない。
「起こしてこよう」
「余計なことはしなくていいから」
あかりが起きてきた。
「おはよう!」
「あ、おはよう」
「おはよー」
いつも通りの朝。
「あ、そういえば夜中にちなつちゃん家から電話があってね…」
結衣が話し始めると、京子とあかりはビクッとした。
「行方がわからないけどどこへ行ったのか?…って訊かれてね」
「私達は何も知らない、先に帰ったってことになってるから」
「…分かった」
京子が頷く。あかりは複雑な表情をしている。
「―――吉川さんは欠席です」
朝のHR、あかりは担任の言葉に飛び上がりそうになった。
さすがにあかりを不審がっている人は居なかったが。
あかりは平常心平常心、と心の中で唱え、前を向いた。しかし、次第に平常心が何か分からなくなってくる。
まさか『いつも通り』がこんなに難しいとは思っていなかった。
「あかりちゃん、浮かない顔をしてるけどどうしたんだろ」
櫻子があかりの方を見て言う。
「何か理由があるのかも知れませんわね」
向日葵もそう言って、あかりの方をちらりと見た。
京子は、いつも通りクラスの輪に入り、お喋りを楽しんでいる。
しかし、すこし無理をして笑顔を作っていることが結衣には分かった。
(平穏な日常がどれだけ有り難いことか…)
放課後、ごらく部部室。
「みんな揃ったところで…」
そう言うと、結衣は徐に押し入れに向かい、襖を開けた。
そこには、死後硬直で手足が変な向きに固まり、死斑も浮いたちなつの姿があった。
「これは…」
考えてみれば、24時間近く経つ訳だから死後硬直や死斑がひどくなるのは当たり前だが、いざ見た時のショックは大きかった。
京子は目を見開いて固まってしまった。あかりは体が震えている。
「とっ、取り敢えず…埋めないと」
「学校裏の森でいいかな?」
「う、うん」
京子がやっとの思いで頷く。
「じゃあ森への抜け道は知っているから、暗くなってから…」
そう言って、結衣は襖を閉めた。
その日のごらく部の活動が全く盛り上がらなかったことは当然の成り行きであった。
その日の夜―――
「よし、揃ったな」
「うん」
3人とも表情は暗い。
再び結衣が押し入れの襖を開ける。
「うぅ…」
3人がかりでちなつの遺体を運び出す。よく見ると失禁の跡もある。
何とか森へ運び込むと、予め用意しておいたスコップで穴を掘る。
1時間ほど経っただろうか、ちょうど良いくらいの穴を掘り終えると、そこにちなつの遺体を入れる。
3人とも、泣いていた。
それぞれ花を投げ込むと、埋め戻し始める。
最後に落ち葉を適度に撒くと、もはやそこには何もない、ただの森の地面だった。
あかりはそこに木の枝を立てた。全員で手を合わせる。
帰り道、誰もひと言も発さず、泣いていた。
次の日、放課後。
ごらく部部室は、まるで通夜のように暗い雰囲気だった。
ちなつは捜索願が出されたらしく、クラスでも話題となった。
京子がミラクるんの本を取り出し、読み始めるが、集中できていないことは明らかだった。
「…そろそろ帰ろうか」
結衣が言うと、やはり無言で帰り支度を始める。
そして帰り道も、誰も全く口を開かなかった。笑いながら楽しく帰っていたのが遠い過去の出来事のように思える。
ごらく部はバラバラにはなっていない。しかし、全員の心がバラバラなのは誰もが分かっていたことであった。
一週間後―――
「おかしいと思わない?」
「何が?」
生徒会室。千歳が綾乃に聞き返す。
「吉川さんが見つかっていないからとはいえ、塞ぎ込み過ぎよ」
綾乃が勢いよく言う。
「確かにそやな…」
千歳が頷く。
「それに、誰も吉川さんを探しに行かずにいるなんて絶対おかしいわ。何かあるはずよ」
綾乃が棚に資料をしまいながら言う。
「そやな…なんかやな予感がしとる…」
千歳は、ごらく部部室のある方を向いて、顔を曇らせた。
ごらく部部室は、静まりかえっていた。
この前は京子がコムケ用の原稿を持ってきたのだが、全く作業が進まなかった。ちなみにその原稿がどうなったのかは聞いていない。
それぞれ本を読んだり、置いてある蜜柑を食べたりしている。
いつまでこんなことをするんだろう、と京子は思った。
これなら自首した方が良かったのでは、とすら思える。
だが結衣にそのことを言う勇気はないし、今の京子は傷害致死(若しくは殺人?)にプラスして死体遺棄の罪もあるのだ。
もはや京子は惰性で毎日を過ごしていた。恐らく結衣やあかりも同じだろう。
次の日、昼休み。
京子は結衣の席をちらりと見たが、そこに結衣は居なかった。
気になって廊下へ出てみると、綾乃と話していた。
「だから違うって!」
「じゃあ何で…」
ただでさえ騒がしい昼休み、2人の会話はよく聞こえなかったが、話しているというよりは言い争っていると言った方が正しそうだ。
しばらく見ていると、
「歳納さん?」
京子は千歳に肩を叩かれた。
また次の日。
「結衣ちゃん、明日家に行っていい?」
あかりが言った。あの事件以後、あかりから何かを切り出されるのは初めてだった。
「別にいいよ」
結衣はそう言ったが、突然のことに内心戸惑っていた。
何だろう?
そして次の日、土曜日。結衣の家―――
「上がって」
「お邪魔しまーす」
京子とあかりが床に座り、あかりが話し始める。
「今日は結衣ちゃんに話があってね…」
「何?」
結衣は緊張した面持ちだ。
京子が俯き加減で続ける。
「この前、廊下で綾乃と言い争ってたけど…このこと、生徒会の、少なくとも綾乃と千歳にはバレてるみたいなんだ」
結衣の顔に焦りの色が浮かぶ。再びあかりが話し始める。
「だから…お願い、自首しよ?」
「自首したらある程度処罰も軽くなるかもしれないし…」
京子とあかりが、結衣を説得する。
「ねえ、結衣ちゃん?」
結衣は俯いて黙っている。
「そういう…ことか…」
「だいたい、誰のせいでこんなことになったと思ってるんだよ」
京子がギクリとする。
「結衣ちゃん!?」
あかりが戸惑っている。
「生徒会にバレちゃったのか。仕方ないな…」
結衣は立ち上り、ゆっくり歩き始めた。
「何もかも水の泡か…あはははは」
「結衣…ちゃん…?」
あかりは、何だかすごくまずい予感がしてきた。京子はびくびくと震えている。
「ここまできたらね…どうしようもないよね…」
結衣の目には、あの時の京子のような『狂気』が浮かんでいた。
「ごらく部みんなで一緒になる方法、他にもあるんだよ…」
ゆらりと結衣がこちらに歩いて来る。
「京子ちゃん危ない!!!」
あかりは咄嗟に叫んだ。が、
京子が振り返った瞬間、
ブシュアアアアアアアアア!!!!
京子の顔から血が飛び散った。
結衣の手元には、肉片と血の着いた包丁。
「いやああああああああ!!!!」
あかりは、部屋の扉を開け、叫びながら廊下へ飛び出した。
後ろから結衣が追いかけてくる。さすがにクラス一番だけあって、走るのが速い。
「あかり!一緒になろう!」
結衣が返り血を浴びた顔で満面の笑みを浮かべ、振りかぶったその瞬間、
「君!そこまでだ!」
「は、放せ!」
結衣は警察官に取り押さえられた。あかりと京子は予め警察を読んでおいたのだ。
「京子ちゃん…ちなつちゃん…ごめんね…」
あかりは泣き崩れた。
「君、ちょっと一緒に来てくれないか?」
あかりは泣きながら頷いた。
前の方には、腕を固められ、半ば引き摺られるように連れて行かれる結衣の姿があった。
「うああああああああ!!!」
あかりは慟哭した。
周りでは警察官が忙しそうに駆け回っていた。
地を焦がすような太陽の光と、気だるげな蝉時雨が降りかかる。
綾乃は、校内の一角へと向かっていた。
工事用フェンスに囲まれたそれは、茶道室―――実質的なごらく部部室である。
既に重機が待機しており、作業員が準備している。
重機のエンジンがかかる。
アームを振りかざした次の瞬間、玄関が吹き飛んだ。
それを見届け、綾乃は無表情のまま、生徒会へと引き返した。
恐らく明日には更地になっているだろう。
自分でも何をしたかったのか、綾乃は分からなかった。
ただ、自分の中で大きな存在であったごらく部が、たったこれだけのものだったと思うと、少し淋しい気もした。
この事件は、七森中始まって以来の大事件と言われ、校長の首が飛ぶ騒動となった。
当事者達は、2人が死亡している上、結衣が逮捕(既に14歳になっていた)され、あかりが行方をくらませている。
それをいいことにメディアがこの事件を取り上げたために、様々な憶測と反響を呼んだ。
そのため、新たな校長が赴任して1番に行われたことは、ごらく部の痕跡を消すことであった。
茶道室は取り壊され、部員4人のクラス出席番号は欠番にならず、詰められた。
「京子ぉ………」
―――完―――
まだおわるにははやいぞ
もう終わってもええんやで
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