加蓮「……ねえ、私の眷属になってよ」奈緒「え……」 (135)

なおかれ吸血鬼ものです
ドラクエのような中世ヨーロッパのファンタジーな世界観の物語です
戦闘シーンがときどきあります
もしかしたら登場人物の死亡シーンがあるかもしれません

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1521569778

「……よしっ、掃除終わりっと」

城門前の掃き掃除を終え、箒を持ちながら城の廊下を歩く。
ここはスニエーク王国のお城。大陸の真ん中にある小さな国だ。
にしてもなんであたしがメイドなんかしてるんだよ……絶対似合わないだろ……。

「あっ、ナオ。おつかれさまです」

「おう、アーニャ!これから勉強か?」

「いえ、これからは食事会ですね。」

他愛もない話をしながら2人で廊下を歩く。
アーニャはこの国の王女様。王様の一人娘でそのうち王位を継ぐことになるらしい。
本当は敬語を使うべきなんだろうけど昔から仲よかったからかタメ口のほうがいいらしい。

「しっかし、あたしがメイドなんて似合ってないと思うんだよなぁ。なんてったって元は部隊の隊長だぜ?」

「似合ってますよ?」

「そうか?あたしは戦いの方が性に合ってる気がするよ」

「ンー、でも、去年、魔王が倒されてから魔物、減りましたね?」

「ああ、そうだな」

去年、勇者達によって魔王が倒された。それによって魔物達は力を失い、人間を襲う事もほぼなくなった。無抵抗の魔物を[ピーーー]のは忍びない、ということで人間と魔物は住み分けしてそれぞれ別の場所で暮らしている。それでもところどころで小競り合いは起きているらしいが。

「魔物もいないのに、兵士がたくさんいると、国が大変、ですね?」

「それは……そうだけどよ……」

「まあ、これは建前、です」

「え?」

「魔物が少なくなった今、気をつけないといけないのは人間です」

「ああ……」

「先日、遂に領土の奪い合いがおきてしまいました」

「だったら、戦争に備えて戦力を強化しなきゃならないんじゃないか?ただでさえ小国なのに軍を縮小してる場合じゃ……」

「ダー。その通りです。平和になったので、どの国も軍隊を縮小してますがそれは表向きは、です」

「じゃあ……この国も……?」

「ハイ。ナオ以外の辞めた兵士達は秘密裏に訓練しています」

「じゃあ、なんで私だけ……」

「それは、ナオが私のボディーガードとしてメイドさんをしてもらうからです」

「私がアーニャの?」

「ダー。メイドさんは私の横にいても、敵に警戒されません。それに、ナオは腕が立ちますし、仲良しです。」

「そういうことか……」

「お城にいるときは、兵士もいます。だからできるかぎりで結構です。でも、外に行くときはナオと一緒にいます」

「そういえばここ最近アーニャと一緒にいる時間多かったよな……」

「本当は初めに伝えるべきだったんですが、タイミングがなくて……」

「別にいいよ。ちゃんと話してくれたんだし」

アーニャは歩きながら申し訳なさそうにしていた。
あたしだけ他のメイドさんと比べてメイドの仕事少ないなぁ、と思ってたんだけどこれで合点がいった。いつアーニャが狙われるかわからないし、私も訓練続けておかないとな!

「着きました。これから勉強なので、私はここで、失礼します」

「おっ、そうか。またな」

「ダー」

そういってアーニャは部屋に入っていった。普段はメイドとして仕事してアーニャが外出するときについて行くということか。なるほど。
さて、私も仕事仕事っと。次は夕食の準備だったかな……

ーーーーーーーーーーーー

翌日 書庫

今日は午前中アーニャが勉強してる間は書庫の整理だったな。しっかし本が多いな……。書庫だから当たり前だけども。

ん?机の上に置きっぱなしの本がある。だしたらちゃんとしまえよなー。どれどれ……。

『吸血鬼とその対処法』

吸血鬼、か。本の整理にも飽きてきたしちょっと読んでみるか。
近くにあった椅子に腰掛けて本を読み始める。

『吸血鬼は別名ヴァンパイアと呼ばれ、人と非常によく似た容姿をしているが、吸血のための牙を持っていたり、鏡に映らなかったりするのが特徴。吸血鬼は知性が高く人語を話し、非常に高い魔力を持つ。
そしてなにより吸血鬼を語る上で外せないのが人の血を吸うということだ。吸血鬼に血を吸われるとそのまま血を吸い尽くされて死ぬか、吸血鬼の眷属にさせられると言われているが、詳細は不明。』

ふむふむ……。そういえば吸血鬼は兵士やってた時も出会ったらすぐに逃げろって言われてたな。やっぱ強いんだろうなぁ。眷属になるなんて真っ平御免だし。

『弱点は日光だと言われている。吸血鬼のいるであろう場所は夜中には近づかないのが懸命だ。もし出会ってしまったときは逃げること。桁外れの魔力を持っているため並大抵の人間では勝てないからだ。銀の武器や十字架、流れる水やニンニクが苦手だという報告があるが、証拠はない。』

へー。まあ吸血鬼のいるところに近づくことはないだろうけど一応覚えとくか。
ん?足音……。こんなところに誰だ?

「ナオ!」

「アーニャか。勉強は終わったのか?」

「ダー!お手伝いにきました」

「ありがとな」

読んでいた吸血鬼の本をしまい、2人で書庫整理を始める。しっかしアーニャはなんていい子なんだ……。私がしっかり守らないとな。

ーーーーーーーーーーーー

ある日

晴れとも言えず、曇りとも言えない天気の中、あたしは出かける用意をしていた。
これで準備出来たかな……。おっと、剣もちゃんと持っていかないとな。
今日はアーニャがお隣のヴァルガルズ王国に行く日だ。あたしたちのスニエーク王国と友好国であるミズガルズ王国とはよく食事会を行っている。

「ナオ、準備出来ましたか?」

「ああ、ちょうど終わったところだ」

「それじゃあ、いきましょうか」

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国を出て、馬車に揺られること数時間。あたしたちは現在魔物が出る森を通過している。魔物が出る森だが、街道を通る限り危険は少ないとのこと。
だから今回ヴァルガルズ王国に行くメンバーはあたしとアーニャ、それに城の兵士数人だ。
城の警備を怠るわけにはいかないから少数だ。
のんびりアーニャと話していると外から叫び声が聞こえてきた。

「うわああああ!」

「どうしたんだ!」

「魔物だ!魔物がでたぞ!」

「いっても1、2体だろ?そんなに叫ばなくてもいいだろ」

「そんなもんじゃない!軽く10体は超えている!」

「なんだって!」

急いで馬車から出て剣を鞘から抜き、戦闘態勢をとる。
戦いはまず、状況の整理からだ。敵の数は10数体。こちらの兵士の数だと全員倒すのは厳しいだろう。こちらが絶対にしてはいけないのはアーニャを危険な目に合わせること。そういうことなら……。

「みんな!聞いてくれ!」

「まず馬車を運転してるやつ!あたしと兵士達で道を切り開くからアーニャを無事にヴァルガルズ王国まで送り届けてくれ!」

「わかった!まかせろ!」

「次に他の兵士達!死ぬ気で姫様を守ってくれ!」

「おう!」

「あたしは道を防ぐ魔物を倒す!」

「いくぞ!」

ーーーーーーーーーーーー

「はぁっ!」

あたしの一撃が魔物に直撃し、魔物が地に伏せる。
よしっ、これで道は開けた!

「道は開けた!行ってくれ!」

「でも、これじゃあナオ達が!」

「大丈夫だ。馬も何頭か残ってるし、アーニャが逃げる時間を稼いだら頃合いをみてあたし達も逃げるよ。」

「でも……」

「大丈夫だ。先に行って待っててくれ」

「……わかりました!また後で!」

アーニャを乗せた馬車が駆け抜けていく。よし、後は時間稼ぎだ。足を狙って機動力を奪う!

ーーーーーーーーーーーー

「はあっ!」

勢いよく魔物の足を切り裂く。見渡すと、他の兵士達もうまくやれているようだ。

なんだか違和感がする。魔物達の殺気が少ない。というか何かに怯えているような……?

「ギィヤァァァ!!」

突然聞こえた鳴き声に振り向く。そこには巨大な猿型の魔物がいた。
3メートルを超える巨体に、遠目からでもわかる筋肉は自分の力を余すことなく誇示していた。

魔法が得意ではないあたしでは相手にならないことは一目瞭然だ。他の兵士達の中には魔法が得意なやつもいるが、あの魔物の攻撃を回避しながらだとなかなか難しいだろう。
アーニャが逃げる時間も十分に稼いだし頃合いか……。
あたしは剣を鞘に納めて叫ぶ。

「みんな!撤退だ!馬に乗れ!」

あたしの合図であたし達は各自、戦う前に止めておいた馬に向かって駆け出す。
あの魔物もそれを許そうとはせず、1人、また1人とやられていく。
くっ……。心苦しいが勝てる相手じゃない。

ーーーーーーーーーーーー

決死の思いで走り、なんとか馬までたどり着いた。
後ろからはあの魔物が迫ってくる様子は何故かない。
今がチャンスだと急いで馬にまたがる。

いざ駆け出そうとした瞬間、目の前に木の山が降ってきた。後ろを振り向くと、あの猿型魔物の周りの木が無くなっていた。どうやら周りの木をむしり取って私たちの目の前に投げ、逃げ道を防いだらしい。

まずは逃げ道を防ぐとは……。まったく……賢い野郎だぜ。
こうなったら戦うしかない!

あの魔物は逃げ道を防いだことを確認するとこちらに向かってきている。
あたしは馬から降り、再び剣を抜いて斬りかかる。

「えいや!」

あたしの剣が真っ二つに折れる。

「えっ……」

くそっ!国から支給される剣じゃダメか!武器がなかったらどうにもならねぇ……。得意じゃないけど魔法で……!

「火炎魔法!」

だめだ……。魔物の体毛が少し焦げたぐらいでまともなダメージになっていない。万事休すか……。

魔物の手があたしに向けて振り下ろされる。
なんとか、かわし続けているがこれも時間の問題だろう。なにか、なにか方法はないのか!?

「ガハッ……」

魔物の攻撃をモロに受け、森の中に吹き飛ばされる。
くそっ、打開策を考えるのに夢中になりすぎたか。
魔物はトドメを刺したと思ったのかこれ以上追ってこない。

それにしてもこれは本格的にやべぇ……。体も動かないし、視界もぼやけてきた……。アーニャと約束したのに……。くそ……。

ーーーーーーーーーーーー

「いってて……」

なんとか生きてるか……。
まだ残る痛みを堪えながら目を覚ますと、待っていたのは静寂だった。かすかに聞こえるのは、窓から見える森に住む鳥のさえずりだけ。いつのまにか寝かされていたベッドから体を起こす。

いったいここはどこなんだ?おそらくあたし達が戦ってた森の中なんだろうけど。窓からの景色を見る限りはここは二階か。それにしても豪華な部屋だな。

「あっ、起きた?」

「うわっ!?誰だ!?」

赤みがかった茶髪の、真紅のドレスを着た女の人が突然話しかけてきた。深い赤色が、どこか儚げな雰囲気によく似合っている。

「そんなに驚かなくてもいいじゃん。私は加蓮。この屋敷で1人で暮らしてる」

「そうか……。あたしは奈緒だ。お前が助けてくれたんだよな?礼を言うよ。ありがとう」

「どういたしまして」

加蓮という人はベッドの横にある椅子に腰掛ける。その立ち振る舞いからはどこか気品が感じられる。

さて、これからどうしよう。取り敢えずアーニャのいるであろう〇〇国に行かないとな……。

……待てよ。よく考えるとここはどこだ?それにこの加蓮っていう人は、なんで森で倒れてたあたしを助けてくれたんだ?

「なぁ加蓮……だっけ。いろいろ聞いてもいいか?」

「あ、やっと?すぐに聞かれると思ったんだけど」

「こっちも突然のことでいろいろ考えてたんだよ」

「はいはい」

「んで、聞いてもいいか?」

「うん。なんでもどうぞ」

「まずここはどこなんだ?」

「ここはスニエーク王国の南の森にある、私の屋敷だよ」

「え?でもこの森って魔物が出るよな?そこに住んでるのか?」

「まあね。でも、私の敵じゃないし」

「は……?」

当たり前だというように加蓮は話す。
あんなに強い魔物がいて何言ってるんだこいつ。
そうとう腕が立つ人なのか?

「それであの後どうなったんだ?」

「あの後?私がそこに着いたときにはアンタ以外全員死んでたよ。」

「くっ、そうか……。」

あたしは死んでいった兵士たちに黙祷を捧げる。
あたしも死んでいてもおかしくなかったんだ……。そう思うと突然恐怖が込み上げてくる。

「それで、加蓮はなんでこの森に?魔物ばっかりだし危ないだろ?」

「確かにそうだけど、人間社会では苦手なものが多くてまともに生きづらいし、しょうがないよね」

「え?どういうことだ?」

「だって私、吸血鬼だし」

「吸血鬼!?」

「そうだよ?あ、これ見る?」

加蓮は見せつけるように牙を見せてくる。たしかにあの本に書いてた牙にそっくりだ……。

それにしても吸血鬼ってあの本に書いてあったあの吸血鬼か!?まじかよ……。
に、逃げなきゃ……。

急いでベッドから立ち上がろうとするも、体が痛み上手く動けない。

「まあまあ、体も満足に動かないだろうし、少しお話でもしようよ」

あたしは立ち上がろうとするのを諦め、ベッドの上に座る。
これはやばいことになったな……。幸いにも、今のところあたしに危害を加える気は無いみたいだし、慎重にいかないと。

「きゅ、吸血鬼のってあの吸血鬼か?」

「うん、そうだよ?」

「じゃ、じゃあなんで吸血鬼なのに私を助けてくれたんだ?」

「なんでだと思う?」

加蓮がいたずらっぽく笑顔であたしに聞いてくる。
吸血鬼のくせしてかわいい顔してるなこいつ……。おっと、そんなことはどうでもいい。吸血鬼が人を殺さずにして生かしておく理由ってなんだ……。ハッ!

「もしかしてあたしのち、血が目当てか!?」

「うーん、半分正解で半分間違いかな」

「どういうことだ?」

「うーん、順を追って説明しようか」

「私は確かに血が好き。でも、普段は人間を襲わずに魔物の血で我慢してるんだけど、やっぱ人の血のが美味しいんだよね」

「…………」

「そしたらちょうど魔物に襲われた後を見つけてさ。」

「それでギリギリ生きてたあたしの血を吸おうとしたわけだ」

「そういうこと。でも、酷い怪我でね。これ以上血を吸ったら死んじゃうなって状態。ここで死なせるぐらいなら私専用の血液パックになってもらおうかなって」

「ん?つまりどういうことだ?」

加蓮は淡々と話しているがあたしの頭の中は大パニックだ。
吸血鬼が人を助ける?聞いたことがない!
それに血液パックって……


「……ねぇ、私の眷属になってよ」

「え……」

まだまだ導入ですが眠いので今回はここまで
sagaし忘れて一箇所やられてしまいましたね……
書き溜めは完結はしてるので安心してください。
質問や見にくいなどの意見があればなんでもどうぞ

>>3訂正

「しっかし、あたしがメイドなんて似合ってないと思うんだよなぁ。なんてったって元は部隊の隊長だぜ?」

「似合ってますよ?」

「そうか?あたしは戦いの方が性に合ってる気がするよ」

「ンー、でも、去年、魔王が倒されてから魔物、減りましたね?」

「ああ、そうだな」

去年、勇者達によって魔王が倒された。それによって魔物達は力を失い、人間を襲う事もほぼなくなった。無抵抗の魔物を[ピーーー]のは忍びない、ということで人間と魔物は住み分けしてそれぞれ別の場所で暮らしている。それでもところどころで小競り合いは起きているらしいが。

「魔物もいないのに、兵士がたくさんいると、国が大変、ですね?」

「それは……そうだけどよ……」

「まあ、これは建前、です」

「え?」

「魔物が少なくなった今、気をつけないといけないのは人間です」

「ああ……」

「先日、遂に領土の奪い合いがおきてしまいました」

「だったら、戦争に備えて戦力を強化しなきゃならないんじゃないか?ただでさえ小国なのに軍を縮小してる場合じゃ……」

「ダー。その通りです。平和になったので、どの国も軍隊を縮小してますがそれは表向きは、です」

「じゃあ……この国も……?」

「ハイ。ナオ以外の辞めた兵士達は秘密裏に訓練しています」

>>3
>>16
なにやってんだ……
訂正の訂正

「しっかし、あたしがメイドなんて似合ってないと思うんだよなぁ。なんてったって元は部隊の隊長だぜ?」

「似合ってますよ?」

「そうか?あたしは戦いの方が性に合ってる気がするよ」

「ンー、でも、去年、魔王が倒されてから魔物、減りましたね?」

「ああ、そうだな」

去年、勇者達によって魔王が倒された。それによって魔物達は力を失い、人間を襲う事もほぼなくなった。無抵抗の魔物を殺すのは忍びない、ということで人間と魔物は住み分けしてそれぞれ別の場所で暮らしている。それでもところどころで小競り合いは起きているらしいが。

「魔物もいないのに、兵士がたくさんいると、国が大変、ですね?」

「それは……そうだけどよ……」

「まあ、これは建前、です」

「え?」

「魔物が少なくなった今、気をつけないといけないのは人間です」

「ああ……」

「先日、遂に領土の奪い合いがおきてしまいました」

「だったら、戦争に備えて戦力を強化しなきゃならないんじゃないか?ただでさえ小国なのに軍を縮小してる場合じゃ……」

「ダー。その通りです。平和になったので、どの国も軍隊を縮小してますがそれは表向きは、です」

「じゃあ……この国も……?」

「ハイ。ナオ以外の辞めた兵士達は秘密裏に訓練しています」

ーーーーーーーーーーーー


「どう?」

加蓮は足を組みながらあたしに尋ねる。
なんてことを聞いてくるんだこいつは……。無理やり断っても殺されるかもしれないし、取り敢えず情報を引き出してみるか。

「そもそも眷属ってなんだ?」

「あっ、知らないんだ。眷属っていうのは人間の体内に吸血鬼の血液を入れて僕にする……みたいな?」

「なんでお前が覚えてないんだよ……」

「だって覚えたの数百年前だし」

「そういえば吸血鬼は長寿だったな……。あたしの眷属になるメリットデメリットは?」

「細かいところまで確認するね。そういうところ私は好きだよ」

そう言って吸血鬼の加蓮は考え始める。しっかしどうしたものか……。眷属になる気はさらさらない。でも無理やり断ると死ぬまで血を吸われる可能性があるからな……。

「まずはデメリットからね。そっちのデメリットとしてはまず人間社会で暮らしにくくなる。苦手なものも多くなるし、半分とはいえ吸血鬼だからね。牙も生えるし、見られたら1発でバレちゃう」

加蓮は続けて言う。

「あとは吸血鬼まではいかないけど血が飲みたくなるのもデメリットかな。本物の吸血鬼と違って眷属は飲まなくても生きていけるみたいだけど」

「へぇ……」

「次にメリット。1番のメリットとしては吸血鬼のような力を得られる。魔力だったり、長寿だったり、再生能力だったりね。さすがに本物の吸血鬼には敵わないけど」

「あとは普通の魔物が恐れて近づかなくなるのもメリットになるのかな?私はこれのせいでなかなか獲物が見つからなくて困るんだけど」

本には書いてなかったこともいっぱいあるな……。しっかり覚えとかないと。
デメリットを先に言って印象を薄くするあたり、こいつ頭も冴えるな。

「それじゃあお前にメリットがないんじゃないか?」

「まあそうだね。アンタが眷属になったときのメリットは2つ。」

「1つは私が好きな時に血が吸えること。眷属の血はおいしいらしいんだよね」

「あっ、もちろん死なない程度には抑えるからね」

慌てて訂正する加蓮。
血を吸われるってどんな感覚なのかな……。いや!吸われる気はないけどな!

「もう1つはこの屋敷で一緒に暮らせること。やっぱり1人だと退屈なんだよね」

加蓮は窓の外を眺めながら言う。
そりゃあ、数百年も1人じゃ暇だよなぁ。ちょっと同情するぜ。

「これぐらいかな。どう?」

「ちょっと考えさせてくれ……」

あからさまに考え始めるフリをする。どうしたらこの状況を打開できるか。こういうときは、まず1番してはいけないことをしないことが大事だ、っていうのが兵士やってた時からのあたしの考えだ。この場合は眷属になること。眷属になると人間をやめることになる。これだけは絶対に回避しないとな……。

「……決まったよ」

「答えを聞かせて?」

「助けてくれたのはありがたいけど、それはできない」

「……なんで?」

「私はアーニャのところに行かなくちゃならないんだ。人間社会で生きていけないのは困る」

「そんなに王女様のことが大事なんだ……」

「ああ……」

「そっか……残念だよ」

私が目線を落とすと加蓮は心底がっかりしたようにそう呟いた。

「じゃあ……」

「ここで干からびるまで血を吸わせてもらうよ!」

突然屋敷が揺れだす。加蓮の目の色が紅くなり、加蓮から溢れる魔力がひしひしと伝わってくる。やっぱこうなるよな……。それにしても吸血鬼の魔力やべーな。近くにいるだけで気圧されるぜ……。こうなったらしょうがない。最後の手段だ。

「まあ待て。話は最後まで聞け」

「……なに?」

加蓮は睨むようにあたしに目線を向ける。
怖ぇ……。ここからは1つでも間違えたらゲームオーバーだ。

「私は眷属にはなれない。でも加蓮の条件は飲むことができる」

「は?」

「死なない程度なら血だって吸っていい。屋敷にだって一緒に住んでやる」

「ふーん……。それならまあいっか」

加蓮の魔力が収まっていき、目の色も元に戻る。
ふぅ……。怖かったぜ。怒らせないようにしないとな。

「それじゃあよろしくね。奈緒」

「ああ、よろしく。加蓮」

加蓮が差し出してきた手を握り握手する。なんだかひんやりしてて緊張して火照った体にはちょうどよかった。

私は隙を見てここを抜け出す!そのために不本意だけどコイツと仲良くなって、ある程度あたしに隙をみせるようになる必要がある。

「じゃあ今日はここで寝てていいよ。ご飯とかは時間を見て持ってくるし」

「吸血鬼用の飯とかじゃないだろうな?」

「当たり前じゃん。私だって普段は人間と同じもの食べてるんだよ」

へぇ……また新しいこと知ったな。あとあと役にたつかもしれないから吸血鬼のことはしっかり覚えとかないと。
あたしは1つ気になったことを加蓮に問いかける。

「なぁ……」

「なに?」

「そもそも私を無理やり眷属にさせることも出来たんじゃないか?」

「まあねー。でも無理やり眷属にしてこの屋敷に住まわせてもギスギスするじゃん。そういうの嫌なんだよね」

「確かにそうだな……」

「だから奈緒はギスギスしないで仲良くしようねー♪それじゃ」

そう言って加蓮は部屋から出て行った。
やっぱ数百年も1人っていうのは寂しいんだろうな……。ちょっとくらいなら優しくしてやるか。

ーーーーーーーーーーーー

森の小鳥のさえずりで目を覚ます。寝起きのまだ開かない目を擦りながら、ぼーっと考える。

あの後、加蓮が持ってきたご飯を食べてから、やっぱり疲れていたのかすぐに眠りについてしまった。吸血鬼の食べ物だからゲテモノなんじゃないかと不安に思ってたけど、普通のシチューで美味しかった。

体の痛みは随分とマシになったな。加蓮が回復魔法かけてくれたおかげか?

「おっはよー!起きた?」

「いきなりビックリさせんなよ……加蓮」

「ごめんごめん」

「それでどうした?」

「奈緒にはこの屋敷の家事をしてもらうから。一緒に暮らすんだから、当たり前でしょ?」

「まあな……。んで、何をすればいいんだ?」

「んー、掃除とか、食事とかいろいろあるけど、取り敢えず屋敷の案内するよ」

そう言って部屋から出て行く加蓮の後ろをついて行く。
相変わらず真紅のドレスは似合っているけど、昨日の儚げな雰囲気が薄くなって、快活で元気な少女のような印象を受けた。

「まずは二階の1番奥の部屋。奈緒の寝てた部屋ね。この部屋を奈緒の部屋にするからよろしく」

「あぁ」

加蓮の言葉に返事をしながら廊下を見渡す。いったいいくつ部屋があるのやら……。

「次はここ。私の部屋ね。何か私に用があるときはここに来るのがいいのかな?」

「なんでお前が疑問形なんだよ……」

「だって私結構うろうろしてるし」

加蓮は口角を上げて言った。
加蓮の部屋は二階に上がってすぐの部屋っと。もし脱出するとしたら加蓮の部屋の前を通らないといけないのは厄介だな……。

「二階はこれだけ。空いてる部屋はいっぱいあるけど、大体使ってないから気にしなくていいよ」

「りょーかい」

ーーーーーーーーーーーー

あたしたちは階段を降りると広間にでる。
左右に廊下があり、正面には入り口があった。
なんか高そうな彫刻や絵がたくさんあるけど、こういうのはよくわからん。

「ここは玄関……というかロビーみたいなところ?とにかく屋敷に入ってすぐのところだよ」

やけに広いな……。ダンスパーティでも出来そうだぜ。

「次はこっちだよ」という加蓮の声についていく。なんかウキウキしてるなあいつ……。

「入って左の廊下にはホールっていうのかな?とにかく大きい部屋で、ご飯食べたりするところ!」

「でけぇ……」

広すぎるだろ……。うちの国の兵舎の食堂よりでかいぞ……。なんだこの屋敷。

……加蓮はこんなに広いところで1人ご飯を食べてたのか……。そりゃあ寂しくもなるよな。

「隣の部屋にはキッチンがあるよ。食料庫もすぐ隣にあるから、もし料理するときは自由に使ってね」

「りょーかい」

「反対側の廊下にはお風呂とか、来客用の部屋とかあるけど行けば大体わかるだろうし、説明しなくてもいいかな」

「来客用の部屋?誰か来たりするのか?」

「ううん。誰も来ないよ」

「じゃあなんでそんな部屋があるんだ?」

「私はもともとあった屋敷に住んでるだけで、この屋敷を建てたわけじゃないの」

「え?それじゃ加蓮がその……乗っ取ったのか?」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。テキトーにフラフラしてたら屋敷を見つけて、中を見てみたら誰もいなかったから住んじゃえ!って思っただけだよ」

加蓮はそう答えた。
結局一緒じゃね……?そう思ったけど黙っておく。
じゃあ誰がこんな魔物が出る森に屋敷なんか建てたんだ……?

「説明はこれで終わりでいいかな。何か聞きたいこととかある?」

「何個か聞いていいか?」

「うん、いいよ」

2人で近くにあった椅子に座る。
情報収集は大事だ。いくつか疑問に思ったことを聞いてみよう。

「この森は魔物が出る森だけど、この屋敷が襲われたりすることはないのか?」

「大丈夫だよ。魔物達は私を恐れて近づこうとしないしね。それに、この屋敷の周りには結界を張ってあるから、魔物が入ろうとしても入れないんだ」

加蓮はあたしにそう説明する。
それに結界って言ったか?それじゃもしかして……

「奈緒の考えてること、当ててあげよっか?」

「へ?」

加蓮が悪そうな顔をしながら言ってくる。
本当にわかるのか……?

「結界張ってあるんじゃ逃げられないんじゃないか、って思ってるでしょ」

「なんでそれを……!あっ……」

「やっぱり。」

「くそっ!心を読む魔法でも使ったな!?」

「そんな魔法ないから。奈緒がわかりやすいのがいけないんだよ」

加蓮は悪戯っぽく笑う。昨日は大人っぽいイメージだったけど、今日は少女のように見える。

「結界に触れるとはじき返されるから気をつけてね。まあ、逃げようとしなければ関係ないけど」

加蓮は悪戯っぽく笑う。
うーん。どうしたものか。いきなり計画が頓挫したような……。
……考えてもしょうがないか。そのうち必ずチャンスはあるはずだ。

「もう一つ聞くな?加蓮はいつから1人なんだ?」

「うーん、正確には覚えてないんだけどね。生まれてから10年ちょっとは親もいたし、仲のいい人……というか吸血鬼もいたんだけどね。いろいろあって、みーんないなくなっちゃった」

「そっか……。すまん、嫌なことを聞いた」

「別にいいよ。数百年も前だし」

「それに、吸血鬼って数も少ないし、普段は人間のフリしてるからなかなか同族には会わないんだ」

「そっか……」

「そんな暗い顔しないで!私はもう何も気にしてないから!」

加蓮はそうは言ったが表情は暗い。
数百年もひとりぼっちで暮らすなんて辛すぎるだろ……。

「それで、聞きたいことはこれだけ?」

「いやもう一個あるんだけどよ……」

「何?」

「着替え、ないか?昨日からずっとこの服だし、そろそろ着替えたいんだよ。あと出来れば風呂にも入りたい」

「あっ、そっか。そうだよね」

加蓮は顎に手をあてながら考えている。
怪我してたせいか、寝てる時に汗をかいたみたいだから、さっぱりしたい。

「サイズはだいたい同じっぽいし、着替えは私と同じ服でいい?」

「同じ服って……その真紅のドレスか?」

「そうだよ?これなら何着もあるんだよね」

どこか嬉しそうに言う加蓮。
そんなにあたしにこの真紅のドレスを着せたいのか?

「む、無理だって!そんな肩丸出しの服なんて恥ずかしいって!」

「そう?残念……」

加蓮は肩を落とす。
そんなに残念そうにするなよ加蓮……。あたしは小さい頃から戦いにしか目がなかったんだ。そんなは、肌を晒すようなことなんて……。

「普通の!普通の服でいいから!寝巻きみたいなやつ!」

「うーん、それだと私の分がなくなっちゃうし……」

少し考えた後あたしを見ながら加蓮が続けて言う。

「ねぇ、奈緒。服買いに行こっか」

「は……」

ーーーーーーーーーーーー

ところ変わってここは、ピニャコラーダ王国のというう国街中。ぴにゃこら太という動物?がたくさんいるからこんな名前になったらしい。
あたしのいた××国や〇〇国だと、あたしの知り合いに会って面倒なことになるから、という理由でこの国へ買い物に来た。

途中で逃げ出そうとしたけど、逃げたらあの国滅ぼすよ?と言われてしまった。冗談っぽく言っていたが、加蓮なら出来そうなところが恐ろしい。

あの屋敷からはだいぶ離れてるけど、あの屋敷とこのピニャコラーダ王国の近くの森の中にある遺跡が転移の魔法陣で繋がっているらしく、さほど時間を労せずにこの国までたどり着くことができた。

「ねぇ奈緒。どこの店から行く?あっち?そっち?」

「この国には来たことないからわかんねぇや。とりあえず、適当にブラブラしようぜ」

外出用に動きやすい服装に着替えた加蓮は目に見えてウキウキしている。仮にもここは人間だらけのところだぞ?普段これないから嬉しいのか?

ちなみに加蓮は着替えただけでなく、吸血鬼だとバレないように軽く変装している。帽子を深めに被って、牙を見られないように口元までマフラーをしている。万が一の時のリスクを減らすためらしい。

「なぁ加蓮。加蓮はよくこういう町にくるのか?」

「ううん。たまーにだね。食料庫の食べ物がなくなったときとか……あっ!」

「どうかしたか?」

「ポテト!」

そう言い残すと加蓮は一目散に駆けて行く。急にどうしたんだよ……。


ーーーーーーーーーーーー

たまたまあった出店のポテトを買ったあたしたちは、近くの公園のベンチに座ってそれを食べる。

「いやーさっきはごめんね」

「ああ、びっくりしたよ」

「大好きなんだよねー、ポテト。もう血より好き」

「あたしも嫌いじゃないけどさぁ……」

加蓮は満足そうにポテトを頬張っている。
血より好きってそれでいいのか吸血鬼……。

「あ~、屋敷でもポテトが食べられたらなぁ……」

「確か家でも作れたはすだぞ」

「ホントに!?」

今までで1番の反応の速さだ……。こういうところを見ると私たちと変わらないなぁと思う。

「ああ、あたしは作ったことないけど友達が作ってるの見たことあるし」

「いや~これからは毎日ポテトが食べれるなんて……夢のようだよ」

お前の夢は毎日ポテトを食べるでいいのかと心の中でつっこむ。見よう見まねでやってみるか……。

「しょうがない、初めてだけど、帰ったら作ってやるよ」

「やったー!奈緒大好き!」

「大好きってお前なぁ……」

加蓮があたしに抱きついてくる。さすがに大げさすぎるだろ……。好かれて悪い気はしないけど。

「なぁ加蓮さっきから思ってたんだけどよ……」

「うん、言いたいことはわかるよ」

「このブサイク緑、多くないか?」

公園の中にはたくさんの緑のブサイクこと、ぴにゃこら太がいた。
なんとも言えない目つきでこっちを見てくるから変な気持ちになる。人間に害はないらしいが……。

「あっ、ポテトなくなっちゃった……」

「ちょうどいい、そろそろ行くか」

2人でベンチから立って歩き出す。

「ポテトと言えば、まずは芋だよね!」

「おいおい目的を忘れたのか?芋買うのはそのあとにしようぜ」

「目的?ポテトでしょ?」

「服だよ!服!」

「そんなに大きな声出さなくてもわかってるって」

まったく……。こいつ、ポテト大好きすぎるだろ。吸血鬼じゃなくて吸芋鬼とかじゃないのか?……語呂悪いな。

2人でとりとめもない話をしながら街中を歩く。

「というか日光大丈夫なのか?ガンガン日が照ってるけど」

「大丈夫だよ?確かに日光で少しは弱るけど、誤差の範囲だし。もっと言うと日光で弱体化するんじゃなくて、闇で強化される感じ」

加蓮は帽子を被りなおしながら言う。
へぇ……。これはまた新しいことを知った。もし加蓮と戦うなら暗いところは禁物だってことか。

そうこう話しているうちに服屋らしき店に着いた。
2人で店の中に入る。

「うっわ~いろいろあるね」

「そうだな」

2人で妙に緑色が多い店中を見て回る。
国から推されている動物とはいえ、こんなにぴにゃこら太が書いてある服いらないだろ……。

「お店の中も広いみたいだし、2人で別れて探そっか」

「ああ、そうだな」

「じゃあ、私が普段着見て来るから、奈緒は寝る時の服見ててね!」

「わかった」

そう言って別れて服を探し始めた。

ーーーーーーーーーーーー

うーん、とりあえず寝る時の服はこれでいいか……。それにしても、ぴにゃグッズばっかりだな。緑色が目に痛いぜ。
あとは普段着だけど……。

「な~お!」

「うわっ!びっくりした!」

「これなんてどう?」

「バッカ!お前こんな服着れるわけないだろ!」

加蓮は、え~!とか言ってるけど、こんな服着れるか!め、メイド服だぞ!しかもみ、ミニスカ!
お城でメイドの真似事やってたときは、普段通りの格好だったから良かったけどこれは恥ずかしい……。

「私が屋敷の主人で奈緒はそのメイド。ぴったりじゃない?」

「関係的にはそれでいいかもしれないけどよ……。やっぱり恥ずかしいよ」

「じゃあ奈緒に服買ってあげない!」

「それはずるいぞ!」

加蓮がそう言ってそっぽを向いた
私が今一文無しだからって……。

「もう……奈緒ったらしょうがないなぁ。こっちで勘弁しといてあげる」

そう言って加蓮が見せてきたのは、ロングスカートのメイド服。これならまぁいいか……。露出も少ないし。

「わかったよ」

「イェーイ!」

結局私はそのロングスカートのメイド服とあたしが自分で決めた寝る時の服を買った。
流されちまった気もするが、まあしょうがない。

「よし、それじゃあポテト買いに行こう!」

「ポテトじゃなくて材料の芋だろ」

「いいや?ポテトだけど?」

「え?」

結局帰り道にもポテトを買って食べた。
あいつの体、ポテトでてきてるんじゃないか?

それから市場によって芋を山ほど買って帰った。こんなに買っちゃうと当分の食事はポテトだらけだな……。

「それじゃ芋も買えたし、帰ろっか」

「ああ。というか加蓮もちょっとは芋持てよな」

「私は奈緒の服持ってるし。雑に扱って買ったばかりの服がしわしわになるのは嫌でしょ?」

「ぐぬぬ……」

2人で町を出て森の中の転移の魔法陣へと歩く。
行きはなんとも思わなかったが、芋を大量に持った帰りの森の道は想像以上に辛かった。加蓮め……。後で覚えとけよ……。

とりあえずここまで
また後で来ます

ーーーーーーーーーーーー

この前買い物に行ってから1週間が過ぎた。
なんだかんだ、加蓮との共同生活は上手くいっている。食事担当はあたしで、洗濯が加蓮。掃除は分担して行い、空いた時間には訓練をしている。もともと持ってた剣は折れてたから、この屋敷にあった剣を使ってる。なんか強そうな剣だけど、誰も使ってないし勝手に使ってもいいだろう。

しっかしこう考えるとなんだか加蓮よりもあたしの方が負担が大きいような……。まあいいか。でもこのメイド服に慣れてきたのはなんか嫌だな……。

今日の昼食のポテトを作り終える。栄養バランスを完全に無視しているが、加蓮たっての希望だからしょうがない。
というかここ最近芋しか食ってねぇな……。大量に買った芋を消費するにはしょうがないんだけど、1週間連続で芋は辛い。

「おーい!加蓮ー!ポテト出来たぞー!」

「ポテト!?」

どこからともなく加蓮があらわれる。なんて反応速度だ……。もうお前吸芋鬼でいいだろ。

2人で食卓につき、他愛もない話をしながらポテトを食べる。
そろそろこの1週間考えてきたあの作戦を実行するか。

「なぁ加蓮、この後暇か?」

「うん。別にこの後することないから暇だけど」

「だったら決闘……というか試合してみないか?」

「奈緒と私が戦うってこと?」

「ああ、あたしの力がどれくらい通用するのかと思ってな」

「ふーん。別にいいよ。まあ私に勝てるとは思わないけど」

加蓮は余裕そうな顔で言う。
自信たっぷりだなこいつ……。

この作戦にはあたしにメリットしかない。
加蓮を倒すことができたら御の字だが、まあ無理だろう。
もし倒せなくても、どれぐらいの力量差か把握することができる。
さすがに加蓮があたしを殺しにくることはないだろう。

「それじゃあ先に外で待ってるね」

そう言っていつのまにかポテトを食べ終わっていた加蓮が外へ向かう。
あたしもしっかり準備していかないとな。

ーーーーーーーーーーーー

「あ、やっときた。遅かったじゃん」

「ごめんな。いろいろ準備があったんだよ」

あたしはここにきた時に着ていた、動きやすい服に着替えてきた。加蓮は相変わらず真紅のドレスのままだ。相変わらず余裕だな……。
先日の戦いで明らかになった魔法の不得手さも、少しずつ訓練してきたし多少はマシになったはずだ。

「それじゃあいくぞ……!」

「待って。ただ戦うだけじゃあれだし罰ゲームつけない?」

「罰ゲーム?」

「そう。負けた人は勝った人の言うことをなんでも聞くってこと♪」

「あたし絶対勝てねぇじゃねえか!」

「だから奈緒は私に一つでも傷つけられたら勝ちでいいよ」

「それだったらいいか……?」

「決まりだね」

「なんでも言うこと聞くっていったからな?あとで後悔するなよ?」

「それはこっちのセリフ」

「それじゃあいくぞ!」

あたしは剣を握りしめ、加蓮に斬りかかる。あたしだって部隊の隊長をやってたくらいなんだ。傷一つつけるぐらい出来るはずだ!

「お~。やる気だね」

加蓮は魔法で宙を舞う刃を作り出す。それであたしの剣はいなされた。加蓮の周りを漂っていてすごく厄介だ。

何度も斬りかかるも、いなされたり、かわされたりして攻撃が当たらない。

何回も攻撃して、少しわかったことがある。おそらくあの魔法の刃はコントロールが難しいのだろう。左側からの攻撃しかガードしていないのがその証拠だ。現に、右側からの攻撃は全てかわされている。

「そろそろこっちもいくよ!」

加蓮が唱えた魔法の衝撃波によってあたしは吹き飛ばされる。
くそっ……。やっぱり剣撃だけじゃ無理か……。

「まだまだ!」

再びあたしは斬りかかる。

「また?何度やっても当たらないよ」

あたしの剣は前と同じようにかわされたり、いなされたりしている。
まぁそうだろうな……。

あたしの剣を加蓮が魔法の刃でガードする。ここだ!

「氷結魔法!」

「えっ!!足が!」

「魔法が得意じゃなくても一時的に足を止めることぐらいならできるんだよ!」

そう言いながらあたしは魔法の刃のない右側から、加蓮の後ろに回り込む。
魔法の刃はコントロールが難しく、足が凍って動けない今、背後からの攻撃はかわせないはず!

「くらえ!」

あたしが思いっきり剣を振り下ろしたところには誰もいなかった。
なぜだ……。加蓮は動けないはずだ。どうしてかわされたんだ……。

「いや~危なかったよ。」

加蓮はいつのまにかあたしの背後に立っていた。あたしは急いで振り向く。

「なんで動けたんだ!?足は凍ってたはず……」

「確かに凍ってたね。でもほら」

加蓮が霧になっていって視界から消える。

「後ろだよー」

「え!?」

急いで振り向くと加蓮がいた。

「驚いた?私、いろいろと変身できるんだ。」

「そんなの聞いたことない……」

「だろうね。吸血鬼の特権ってやつ?他にもコウモリとかヘビになれるよ」

はぁ……とあたしはため息をつく。
こんなやつにどうやって攻撃を当てればいいのか。霧全てに魔法を撃つぐらいか……。
今のあたしにはどうにもできそうもない。
あとは不意打ちだが……加蓮も警戒するだろうしこれもできそうにない。

「今のはちょっとずるいかな?」

「……ああ、攻撃が当たりそうにないよ」

「それじゃあ、次からは霧になるのは使わないようにするよ」


マジか。これはラッキーだぜ。これならなんとかなるかも……。

「今度はこっちからいくよ!」

加蓮の周囲を漂う短剣が3つに増える。
それ増やせるのかよ!

「もう一つ!」

さらに加蓮は魔法で大剣を作り出し、手に持つ。
おいおい短剣3つをかわしながら大剣の相手しろってか?冗談きついぜ……。

「魔法で焼き払っちゃってもいいんだけど、それじゃ味気ないよね!」

加蓮があたしに向かってくる。
ずりぃよ……。吸血鬼って魔法の選択肢多すぎるだろマジで……。

「えいっ!」

「くっ……」

魔法の刃をかわしながらの大剣の相手はやっぱりきつい。なんとか隙を見つけないと……。ここだ!

「氷結魔法!」

「同じ手には二度も引っかからないよ!」

加蓮は足が完全に凍りつく前に抜け出す。くっ、魔力が低いとこうなるんだよなぁ。

「まだまだ!水流魔法!」

あたしは加蓮の顔めがけて水の魔法を唱える。
あたしの魔翌力じゃバケツの水をかけるぐらいの威力しかないけど、隙を作るには十分だ!

「ここだ!」

大きな音を立てて、あたしの剣は加蓮の大剣でガードされる。

「なんで見えて……」

「目が見えなくても魔法で見えてるっていうか、なんとなくわかるんだよね」

「今度はこっちからいくよ!」

もはやなんでもありだな吸血鬼……。そんなことを考えてると3つの短剣があたしに襲いかかる。

「うわっ!」

なんとかかわしたものの体制が崩れた。
そこに加蓮が大剣を振り下ろす。

「くっ……ここまでか」

加蓮の大剣があたしの目の前で止まる。

「私の勝ち……だね」

「あぁ。負けたよ。」

加蓮が魔法で作った大剣や短剣が消えていく。
やっぱり加蓮は強いな……。今は昼間だしこれでフルパワーじゃないっていう……。
まったく……恐ろしいやつだぜ。

「奈緒には何してもらおっかな~♪」

「ほどほどにしといとくれよ」

加蓮は顎に手を当てて考える。
あたしにできることならいいんだけど……。

「うーん、すぐには思いつかないや」

「じゃあ保留ってことでいいか?」

「うん」

保留か……。このまま忘れてくれたらいいんだけど。

「あ、そうだ。そろそろ血を吸わせてよ」

「……それがお願いか?」

「違うって。もともと血を吸わせてくれる約束だったでしょ?」

「それはそうだけどよ……」

ついにこの時が来ちまったか……。血を吸われるってどんな感覚なんだろう?

「それじゃあ早速……」

そう言って、加蓮はあたしの首筋に顔を近づける。

「まてまてまて!」

「なに?」

「今はダメだ。せめて風呂入ってからにしてくれ」

「なんで?」

「だって汗かいてるし……。変な匂いとかしたらいやだろ?」

「私は別に気にしないのに」

「あたしは気にするの!」

加蓮はえーとかいってるけど、そりゃ気にするだろ。特に戦いが終わった後なんて汗だくだし。

「と、とにかく!準備できたら加蓮の部屋に行くから待っててくれ!」

「もー、奈緒はしょうがないなぁ。忘れずに来てよ」

「あぁ」

加蓮がなんだかニヤニヤしたような顔であたしを見てくる。
それを見てあたしはフンッと言って屋敷に戻る。
あたしか?あたしがおかしいのか?とにかく心の準備をしておかないとな。

ーーーーーーーーーーーー

現在あたしは加蓮の部屋の前にいる。
諸々の準備を終わらせてついに来てしまった。なんか緊張するな……。
あたしは加蓮の部屋にノックする。

「入ってー」

「よう」

「やっほー」

中に入って加蓮と挨拶をする。
加蓮の部屋には初めてきたな……。どうやらあたしの部屋と作りは同じみたいだ。

「ささ、ここに座って」

「あぁ

言われるがままに加蓮のベッドに腰掛ける。そして、加蓮があたしのすぐ後ろに座る。

「それじゃいくね……」

「まてまて待て!なんか準備とかないのか?」

「ないよ?」

「いや……ほら……いろいろあるだろ?」

「もしかして奈緒、怖い?」

後ろにいるから顔は見えないがニヤニヤしてる加蓮が思い浮かぶ。そうだ!その通りだよ!

「無理やり眷属にさせられたり、死んじゃったりしないだろうな!?」

「当たり前じゃん。それじゃあ、約束しようか」

「え?」

加蓮が小指を出してくる。
それにつられてあたしも小指をだす。
そうすると加蓮は指切りを始めた。

「子供かよ……」

「いいの、しっかり約束をしておくことって大事だよ」

「そういうもんか?」

「そういうもの。それじゃあ、いくよー」

「ちょ、まっ……」

加蓮の鋭い牙があたしの首筋に刺さる。
一瞬の針を刺すような痛みのあとは何の痛みも感じなかった。文字通り、血の気が引いていく感覚がする。

「なぁ加蓮。どうだ?」

あたしは加蓮の方を見る。
しかし、首筋に噛み付いているので、頭しか見えなくて表情がわからない。
何も言わないってことは、悪くないってことなんだろう。

なんだかフラフラしてきた。貧血かな……。血が吸われてるんだからそりゃそうか。

「なぁ、そろそろ……」

なおも加蓮は血を吸い続ける。

「クラクラしてきた。そろそろ勘弁してくれ……」

加蓮の吸血鬼は止まらない。

「やめてくれ!」

あたしは力を振り絞って、加蓮を無理矢理振り払う。
振り払われた加蓮はベッドに倒れこむ。
あっ!やっちまった……。

「すまん加蓮。だいじょ……」

加蓮の方を見て声をかけようとした瞬間、加蓮に押し倒される。

「おい!どうしたんだ!」

「はぁ……はぁ……」

加蓮の様子が明らかにおかしい。
目も血走ってるし、呼吸も荒い。
このままじゃ殺され……。

「おい加蓮!正気に戻れ!加蓮!」

「はぁ……はぁ……」

加蓮の牙が再びあたしの首筋に近づく。このままじゃ、血を吸い尽くされちまう!

「悪く思うなよ!」

そういってあたしは加蓮の腹を思いっきり蹴り上げる。
加蓮が怯んでるあいだにとりあえずこの部屋から脱出する!

あたしが立ち上がると視界が闇に包まれる。
魔法か!?いや、これは貧血からくる立ちくらみだな……。

あたしは立っていられずベッドに座り込む。
ここまでか……。

「……ハッ!」

加蓮の目が元に戻る。
なんとかなったか……。マジで命の危険を感じたぞ。

「ごめん奈緒!大丈夫だった!?」

「大丈夫かどうかで言うと大丈夫じゃないな」

「ホントごめん!約束を破るなんて私……」

「わかってるよ。明らかに正気を失ってた状態だった」

「うん……。奈緒の血があまりにも美味しくて……いつのまにか我を忘れて……」

加蓮が泣きそうにながらそう話す。
おいおい、泣くことはないだろ。確かに死ぬかとは思ったけどさ。

「いいよ。こうして生きてるんだし」

「ごめんね……約束を破るなんて……ごめんね……」

加蓮はついに泣き出してしまった。
あたしは背中をさすってやる。
全く、しょうがない奴だ。というか約束を強調するな。昔何かあったのか?

あっ、やべ。安心したからか貧血が……。倒れる……。

「奈緒?奈緒!?ねぇしっかりしてよ!奈緒!」

加蓮の叫び声が聞こえる。
思ったより貧血は深刻だったみたいだ。体が動かないし、目も開かない。なんか前もこんなことあったな……。まあ、死ぬことはないだろ。

「回復魔法!」

「奈緒!ねえ奈緒ってば!」

「あぁ……。すまん、心配かけたな」

「奈緒っ!」

加蓮の回復魔法でなんとか回復したあたしが体を起こそうとすると、涙目の加蓮に抱きつかれた。

「もう大丈夫だ。安心しろ」

「でもっ……でも……」

「大丈夫だ」

泣きじゃくっている加蓮の背中をさすってやる。
こう見るとまるで子供だな。

「……怒らないの?」

少し泣きやんできた加蓮が聞いてくる。

「あぁ、怒ってもしょうがないだろ?加蓮もわざとじゃないんだし、あたしも無事、それでいいじゃないか」

「うぅぅ……わーん!」

加蓮がまた泣き出す。
これじゃあ子供どころか、赤ちゃんじゃないか。

「すぅ……すぅ……」

背中をさすり続けていると、泣き疲れた加蓮はあたしの胸の中で眠ってしまった。
起こさないように、そっとベッドに横にしてやる。

詳しい話はまた明日聞けばいいか……。
回復魔法で少しは回復したといえ、あたしも疲れた。部屋に戻る元気もないしここで少し寝させてもらうか……。
あたしは加蓮の隣に寝転がる。

「おやすみ。加蓮」

ーーーーーーーーーーーー

窓から差し込む光で目を覚ます。
柔らかいベッドから体を起こし、止まっていた頭が少しずつ動き出す。
そういえばここは加蓮の部屋だっけ……。部屋を見渡すも加蓮は見当たらない。そもそも今何時だ?

寝起きの頭でぼーっと考えていると突然ドアが開く。

「あ、奈緒起きた?もうお昼だよ?」

「もうそんな時間か……。昨日は夕食前に寝ちゃったのに、随分寝たなぁ……」

「貧血だったんだし、しょうがないんじゃない?」

加蓮が少し申し訳なさそうに言う。
まったく……まだ気にしてんのか。

「あぁ、そうだな。お腹も空いたし、何か精のつくものでも食べたいな」

「そうだろうと思ってお肉とかいろいろ用意してあるよ。ちょうど出来たから、起こそうときたところなんだ」

「本当か?それは嬉しいなぁ」

「下にあるから。いこ?」

「あぁ」

下の部屋にいくとたくさんの料理が並べられたいた。
肉や魚、野菜などさまざまなメニューだ。

「これ全部加蓮が作ったのか?」

「うん。ほかに作る人いないし」

素直に自分が作ったって言えばいいのに。加蓮も申し訳なさみたいなのを感じてるんだな。

「冷めたらいけないし食べるか」

「そうだね」

あたしは目の前にあった肉に齧り付く。
ん~、なかなか美味いじゃないか。

「なぁ、加蓮。いろいろ聞いていいか?」

「うん。いいよ」

「昨日の吸血はほどほどのところでやめるつもりだったけど、いつのまにか我を忘れてしまっていた。そういうことか?」

「うん。ホントごめんね」

「こういうことってよくあることなのか?」

「ううん。いままでいろんな人の血を吸ってきたけど、こんなことになったのは初めて」

「へぇ……」

「奈緒との相性がいいのかも」

2人で食事をしながら話す。
昨日の出来事は加蓮にとっても思ってもなかったことなのか。

「ごめんね……。こんなことじゃ奈緒にあれこれ言う資格ないよ……」

「ん?」

「結界は解除しとく。国に帰ってもいいよ」

「え?それは……」

「もう奈緒には近づかないようにする。国に帰るまでの道中が不安だったら、国まで送っていくよ」

「このご飯はせめてもの罪滅ぼし。いっぱい食べてくれると嬉しいな」

加蓮が突然いろんなことを言い出すので、頭が混乱する。
帰ってもいいっていったか?つまりあたしは解放されたのか。

加蓮は約束という言葉に何か思い入れがあるようだし、それを破ってしまったことでものすごく罪悪感を感じているのだろう。

これまで加蓮と一緒にいて、こいつがただの悪い魔物じゃないっていうことがわかった。
魔力が高くて、ポテトが大好きな普通の少女。
そこにあたし達人間との違いはあるのか?

「なぁ加蓮。あたしといるのは嫌か?」

「ううん!そんなことない!すごく……すごく楽しかった!」

加蓮の心がこもった言葉が胸に響く。
ふざけあったり……どうでもいい話をしたり……。あたしもなんだかんだ楽しかったよ。気の置けない話し相手って、いるだけで楽しいもんな。


「でも……奈緒に迷惑かけちゃったから……私には一緒にいる資格なんかないよ……」

「それはあたしが決めることだ」

「え……?」

「これからも一緒に暮らしてやるよ。いつまでもっていうわけじゃないけどな」

「いいの……?」

加蓮が涙目になりながら聞いてくる。

「あぁ。ただし条件がある」

「条件?」

最初の時とは立場が逆になっている。こんなこともあるもんなんだな。

「まずは一回帰らせてくれ。アーニャ達はあたしがまだ生きてるのも知らないだろうし、いろいろ報告なきゃいけないこともある」

「わかった。報告って吸血鬼のことでしょ?」

「あぁ」

「それだったら、後でいろいろ特徴をまとめて紙に書いておくね」

「おお、それはありがたい」

「罪滅ぼしをこめてね。私にできることだったらするよ」

「おお、それはありがたい。それで、2つ目にも繋がるんだが、あたしがここで暮らしている間、戦い方とか魔法の使い方とかを教えてくれないか?」

「それはいいけど……なんで?」

「昨日加蓮と戦って気づいたんだけどさ、あたしはまだまだ力不足だなって。これじゃあアーニャを守れねぇ」

「そっか……。うん、できる限り協力するよ」

「助かるよ」

アーニャが城にいるときは城の兵士たちもいるし、大丈夫だろう。でも、この前みたいに外に出るときには何が起こるかわからない。アーニャを守るためにはもっと力をつけないと……。

「こんなところかな……」

「あっ、そうだ。ちょっとくらいなら血も吸ってもいいぞ」

「え、それは嬉しいけどなんで……」

「その方が加蓮もやる気出るだろ?」

「そりゃあそうだけど……」

「でも、昨日みたいなのはやめてくれよな。やめてって言ったらすぐやめること」

「うん、もちろんそうするよ」

これぐらいかな……。
ここが森のどこにあるのかわからないけど、歩いて国に帰るとなると、半日はかかるだろう。今から出発すると夜になっちゃうな……。出発は明日にするか。まだちょっと体もだるいし。

あんなにあった料理も全て食べ終えてしまった。昨日の夜も食べてないし、お腹空いてたんだろうな。

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

「まだ昼だけどお腹が膨れて眠くなってきたし、あたしはもう一眠りするよ。出発は明日にする」

「りょーかい。私も吸血鬼の特徴をまとめた紙書いとくね」

「あぁ、よろしく頼む」

あたしは自分の部屋に向かって歩き出す。
加蓮はまだどこかぎこちなかったな。別にもう気にしてないんだけど……。
しっかし美味かったなぁ。食事も交代制にするようにまた今度言ってみよう。

ーーーーーーーーーーーー

翌日、早朝の心地よい風を感じながら、私はアーニャのいる××国に戻るため早朝から準備をしていた。

「こんなもんかな……」

「奈緒、もういくの?」

「ああ、向こうで一泊して明日帰ってくるよ」

「りょーかい。私もついていこうか?」

「いいよ別に。恐れられちゃうかもしれないだろ?」

「それもそうだね」

加蓮は納得したようにうなづいている。
加蓮も連れていくことは考えたんだけど、やっぱり危ない。
加蓮が悪い魔物じゃないってあたしは知ってるけど、城の人たちはそうじゃないからな。戦闘になる可能性もあるだろう。

「あっ、そうそう。」

加蓮が手に握っていた紙を差し出す。

「はいこれ。昨日言ってた特徴をまとめた紙。なくさないでね」

「おう、ありがとな」

貰った紙をなくさないように大事に懐にしまう。読むのは向こうについてからでいいかな……。

「それじゃ、行ってくるよ!」

「うん。気をつけてね!」

あたしはアーニャのいるスニエーク王国に向かって歩き出す。
馬がいると楽なんだけどな……。

「やっぱり途中まで送っていこうか?」

「いいって!べつに……」

あたしはついて来ようとする加蓮を制止する。
……待てよ?この森にはあたし達を全滅にしたあの猿の魔物がいるじゃないか。
あたし1人だとどうにもならないしついて来てもらうのもありか。

「ごめん、やっぱり森を出るまで頼むよ」

「はーい♪」

加蓮が機嫌よく返事する。
そんなに嬉しいことか?

あたし達2人は再び歩き出す。

ーーーーーーーーーーーー

屋敷を出て数分、あたし達は以前森を歩いていた。

「なあ、加蓮。この道であってるよな?」

「うん。あってるよ。もう少ししたら大通りに出ると思う」

あたし達が歩いている道はいわゆる獣道。決して歩きやすいとはいえない。

またしばらく歩くと少し大きな広場に出た。
でもおかしいな……。木々はなぎ倒され、荒らされている。自然にできたものとは考えにくい。それに新しい……?なんだか大きな魔物が暴れた後のような……。

「ギィヤァァァァ!!!」

「やっぱり出たか!」

木々をなぎ倒した後から出た来たのは、あたしが以前やられた猿の魔物だ。
あたしは剣を抜き、戦闘態勢に入る。

「加蓮!こいつが以前あたしがやられた魔物だ!気をつけろ!」

「ふーん……。この森にはこんな魔物がいたんだ。私に対抗するためにこっそり強くなろうとしてたのかな?」

「そんなこと言ってる場合か!来るぞ!」

魔物が大きな声で叫びながらあたしに近づいてくる。
あたしだってお前に負けてからちょっとは強くなったんだ!剣も支給された安物じゃないし、なんとかなるはずだ!

「奈緒、私の後ろにきて」

「え……。」

言われるがままに加蓮の後ろへ移動する。

「おい!こっちにきてるぞ!大丈夫なのか!?」

「まあ見ててよ」

「獄炎魔法!!」

加蓮が前にかざした手から飛び出した炎が魔物を包む。

「グォォオ!!」

猿の魔物はもがき苦しみ、灰になって消えてった。

「すげぇな……。あたしがあんなに苦戦した魔物を一撃で……」

「まあね。吸血鬼特権ってやつ?」

「あっ、森の中で炎の魔法なんか使ったら火事になるんじゃ……」

「大丈夫だって。そこはちゃんと計算してるよ」

加蓮はこちらを見てえへへと笑う。
やっぱこいつすごいな……。

そんなことを再確認して、あたし達は再び歩き出す。

ーーーーーーーーーーーー

再び歩き続けてしばらくすると大通りにでた。

「ここからは1人でも大丈夫だ。さっきはありがとな」

「うん。お芋いっぱい買って待ってるね!」

「やめろ!また三食芋になるじゃねぇか!」

「じゃーねー♪」

「ったく……」

別れの挨拶をしてからあたしは××国へ、加蓮は屋敷へそれぞれ歩き出す。
まったく、加蓮のポテト好きはなんなんだよ……。

ーーーーーーーーーーーー

加蓮と別れてから歩き続けて数時間、やっとスニエーク王国にたどり着いた。
朝に出発したのにもう昼だ。ちょっと腹が減ってきたな……。

城までの道にあった出店のポテトを買い、食べながら歩く。加蓮といっしょにポテトを食べてると、なんだかんだあたしもポテト好きになってきている気がする。

ーーーーーーーーーーーー

ちょうど食べ終えた頃、やっと城にたどり着く。
門番に話をすると、王様は今国におらず明日帰ってくるとのこと。アーニャは自室で昼食を食べているらしい。王様がいないんだったら、まずはそこに行ってみるか。

城の中の見慣れた風景を歩く。1週間とちょっとしか経ってない気がするのに随分と久しぶりな気がするな……。

道中歩いていると、見知った兵士達に話しかけられる。
大体はよく生きてたなとかどこ言ってたんだ?とか聞いてきたけど、どこから話していいかもわからないから、当たり障りもない返事をしておく。
その兵士達も何か事情があることを察すると去っていった。まったく……いい兵士だぜ。

ーーーーーーーーーーーー

遂にアーニャの部屋に着いた。
あたしはノックをする。

「どうぞ」

知らない女の声が答えた。あたしは言われるがままに茶色い扉を開け、中に入る。

「失礼します」

中に入って見えたテーブルには食事をしていたアーニャと茶髪の長い髪の女性がいた。

「ナオ!!」

アーニャはあたしを見るとすぐに駆け寄ってきてあたしに抱きついてきた。

「心配かけてごめんな、アーニャ」

アーニャはあたしに抱きつきながら嗚咽を漏らしている。あたしも抱き返しながらアーニャの背中をさすってやる。

「あの……そろそろどなたかお聞きしてもよろしいですか?」

テーブルにいた茶髪の女性がそう聞いてくる。それにしても何処かで見たことがあるような……?

「あたしは奈緒。ちょっと前までアーニャのボディーガードみたいなことをしてたけど、いろいろあって行方不明になってた。アンタは?」

「私は美波です。ヴァルガルズ王国で防衛部隊アインフェリアの隊長をしています」

「アインフェリア……あの守ることに関しては世界で1番だというあの……」

美波の方をしっかりと見る。道理でどこかで見たことあると思ったんだ。アインフェリアなんて世界でも有名じゃないか。

「それでなんでアインフェリアの隊長がここに?」

「アーニャちゃんのボディーガードの代わりに来たの。次の人が見つかるまでの代理ってことでアインフェリアの代表としてきたの」

「へぇ……迷惑かけたな。すまなかった」

「ううん、いいの。ちょっとくらい私1人が抜けても問題ないから」

「ミナミはとてもよくしてくれました」

アーニャは泣き止んで美波の方を見ながらそう言った。

「私がナオが帰ってこなくて泣いてたときに、いっぱい慰めてくれました」

「そうか……。ありがとな、美波」

「いいの。私もあの時のアーニャちゃんは放っておけなかったから」

初めて話したけど、なんていい人なんだ……。戦いも出来て性格もいいとか完璧すぎるだろ。

「えっと……奈緒ちゃんもご飯食べる?調理場にいけばまだ残ってたはずだけど」

「ダー!いっしょにご飯食べましょう!」

「いいのか?だったら頂くよ。ちょうどお腹が空いてたんだ」

「じゃあ早速持ってくるね!」

美波は綺麗な髪を靡かせながら小走りで部屋を出ていった。そんなに急がなくてもいいのに……。

ーーーーーー

「ナオ、聞いてもいいですか?」

「ああ」

「ナオはあれからこれまで何をしていたんですか?」

3人で食事中、アーニャがじっとあたしの方を見て言った。
やっぱり気になるよな。まぁ、頃合いを見て話そうとしてたからいいんだけど。

「私も気になります。魔物に襲われてから、どうなったんですか?」

「ちょっと長くなるけど勘弁してくれよな」

「ダー」

「はい」

「えっと、あの後、巨大な猿の魔物に襲われたんだ。時間も十分に稼げたし、あたしたちも逃げようとしたんだけど道を塞がれちゃってな……。戦うことになったんだ」

2人は黙ってあたしの話に耳を傾けている。
あたしは続けて言う。

「それで戦ったんだけど、全く敵わなくてな。そこで魔物にやられて気を失ったんだ」

「…………」

「あたしももう死んだかと思ったんだけど、目を覚ましたら森の中の豪華な屋敷の部屋の中。誰かに助けられたんだ」

「アー、その人には感謝しないと、いけないですね」

「うん、そうだね。でも、なんであの森に住んでるんだろう……?」

「それなんだけど、その助けてくれたやつが吸血鬼でさ。人目を避けて暮らしてるみたいなんだ」

「吸血鬼!?」

「シトー?吸血鬼ってなんですか?」

「アーニャちゃん知らないの!?強い魔力を持った、人の血を吸う魔物だよ!」

「魔物……!」

2人は軽くパニックになっている。
そりゃそうか。あたしもそうだったしな。

「でも、魔物が人を助けるなんておかしくないですか?」

「ああ、もちろんその吸血鬼──加蓮って言うんだけど──善意だけじゃなかった」

「初めは眷属になってくれって言われたんだ。わかりやすくいうと吸血鬼になれみたいな感じか?」

「えっ……じゃあ今の奈緒ちゃんは眷属……」

「違う違う!あたしは普通の人間だ!なんでも長年1人で暮らすのが寂しかったみたいでな。一緒に暮らしてほしいから助けたらしい」

「じゃあ奈緒ちゃんはその吸血鬼と一緒に暮らすの?」

「うーんと、一回あいつと戦ってみたんだけどやっぱり強くてさ。加蓮に戦い方いろいろ教わろうと思うんだ。今回みたいにアーニャを危険な目に合わせるわけにはいかないからな」

「?よくわかりません……」

「えーと……とりあえずアーニャを守るために力を付けないといけないから、また出て行くことになる。ごめんな」

「ダー。わかりました。ちょっと寂しいけど、美波もいるので大丈夫です!」

アーニャは納得してくれたようだ。
このまま王様にも言ってくれたらいいんだけど……。まあ無理か。美波の方は……。

「人間が吸血鬼に……?そんなこと聞いたことない!」

「あたしもだ。でも絶対あたしの力になる」

「…………」

美波は黙り込んでいる。
普段、戦いに身を置いているものとしたら反対したくなるのは当然だろう。

「この何日か過ごしてきてわかった。加蓮はあたしたちが思っているような悪い魔物じゃない」

「でも!相手は魔物よ!今は良くても、いつ襲いかかってくるかわからないじゃない!」


あたしは懐から加蓮が書いた吸血鬼の特徴についてまとめてある手紙をテーブルの上に置いた。

「これは加蓮が直接書いた吸血鬼の特徴について書いたものだ。敵対する意思があるならこうやって弱点も書いてあるような手紙を渡すわけないだろう?」

「それは……そうだけど……。でも!ここに書いてあることだって嘘かもしれないし……」

「それは完全に否定はできないな。でも、あたしが一緒に生活した感じにはここに書いてあることと一致してた」

「…………」

「ミナミ、ナオがここまで言う人なら悪い人じゃないと思います」

「……個人的には反対だけど、奈緒ちゃんとアーニャちゃんがそこまで言うならわかりました。」

「ありがとな。悪いけど、もうしばらくアーニャのことをよろしく頼むよ」

「……はい!」

それからあたしたちはまた食事を再開した。
ちょっと美波とギクシャクしたけど、アーニャを挟んで会話するうちに次第に仲良くなれたみたいだ。

ーーーーーーーーーーーー

あたしは兵舎の自分の部屋のベッドに倒れこむ。

いろいろあって疲れたし、寝るか……。明日は王様が帰ってくるらしいから、しっかり報告しないとな。

おっと、危ない。加蓮に渡された吸血鬼の特徴を書いた紙を王様に渡す前に読んどかないと……。

ーーーーーーーーーーーー

翌日、王様は昼頃に帰ってくるということであたしはアーニャが勉強中で暇な美波と手合せしていた。

「奈緒ちゃん……なかなかやるわね!」

「美波こそ!アインフェリアの名は伊達じゃないな!」

美波の武器は2メートルほどある槍。ここまで戦ってきてわかったが、なかなか厄介だ。リーチの差があってなかなか近づくことができない。こういう武器はリーチが長い分、隙も大きいはずなんだが美波の華麗な槍さばきがそれを許さない。

お互い何回か攻撃はヒットしているが、決定打という一撃は決められるずにいた。

こういうときは……。

「ふっ!」

わざと大げさに剣を振り、隙を見せるフリをする。美波ほどの手練れなら乗って来るはずだ!

「隙あり!」

美波はあたしの隙を見ると、すかさず槍で突きにくる。
きた!予想通り!

あたしはその槍をひらりとかわし、地を蹴る。
なぎ払いならまだしも、突きなら隙が多い。この攻撃はかわせないはずだ!

あたしはすかさず槍を突き出した美波の後ろに回り込み、首元に斬りかかる。

「くらえっ!」

ペチンッと音がなりあたしの剣が美波にクリーンヒットする。

「……負けたわ」

「なんとか勝てたか~」

あたしはへろへろと地面に座り込む。

今回は魔法なしの勝負だったからなんとか勝てたけど、美波は魔法も得意らしい。魔法ありだと絶対に負けていただろう。あたしももっと頑張らないとな!

ーーーーーー

手合わせを終え。美波と話していると城の兵士がやってきて王様が帰ってきたとの報告があった。

あたしは支度を整え玉座の間に向かう。
美波はそろそろアーニャの勉強が終わるようなのでアーニャのもとに行った。

玉座の間の大きいドアを開けて中に入ると王様や大臣、護衛の兵士達がいた。

「お久しぶりです、王様。今日は報告したいことがあって参りました」

「うむ、久しぶりだな。して、報告とは?」

あたしは巨大な猿型の魔物に襲われて全滅したこと、吸血鬼の加蓮に助けられたこと、そしてアーニャを守るため加蓮のもとで修行したいことを伝えた。

「なるほど……その魔物はどうなった?」

「はい、既に加蓮が倒しています。あの森を通るときに再び襲われることはないでしょう。」

「うむ」

「あと、こちらが吸血鬼の特徴をまとめた手紙です。これは吸血鬼の加蓮本人が書いてくれました」

「ほう……」

あたしは王様に加蓮から預かった手紙を渡す。王様はそれにさっと目を通す。

「もし、加蓮があたし達に敵対する意思があるなら自分の弱点も書いてあるこんな紙を渡すわけがありません」

「しかし、嘘の情報を伝えているかもしれんぞ?」

「いろいろあって加蓮としばらく過ごしていましたがそれはないと思います。あたしが見たり聞いたりした情報とその手紙の情報を一致しています」

「ふむ……」

王様は側にいた大臣達を集めて何か話し出した。おそらくどうするべきか話しているんだろう。

ーーーーーー

……話し合いが終わったみたいだ。随分長かったな。
王様が再びあたしの方を向く。

「あい、わかった!吸血鬼のもとで修行することを許可しよう!」

「ありがとうございます!」

「ただし、月に一度報告しに帰って来ること。いいな?」

「はい!」

ーーーーーーーーーーーー

あたしは玉座の間からでてホッと一息つく。
加蓮に戻って来るっていっちゃったし、許可されなかったらどうしようかと思ったぜ。

今の時刻は昼を過ぎた頃。昼食をとってからこの国を出ればぎりぎり夜になる前には加蓮のいる屋敷に着くか。

帰る前にとアーニャの部屋に挨拶に行ったら、またアーニャと美波が食事中だったので混ぜてもらった。

「ナオ、もう行っちゃうんですか?」

「ああ、悪いな」

「美波も悪いけどアーニャのこと、よろしく頼むよ」

「うん、任せて!」

「それじゃあな!」

2人に手を振りながら歩き出す。
また長い旅の始まりだ。

ーーーーーー

はぁはぁ……。やっと着いた……。夜になる前には着くと思ってたけど、結構遅い時間になったな。アーニャ達と話し過ぎたか?

……途中から思ってたけど絶対馬借りて来た方がよかったな。気づいた時にはもう引き返せないところだったけど。

「ただいま~」

「おかえり、奈緒。ずいぶんお疲れだね」

あたしが家に入ると加蓮が出迎えてくれた。なんでこんな何もない玄関の広間にいたんだ?まあいいか……。

「まあな。歩いて帰って来たから疲れたんだよ……」

「馬でも借りればよかったのに」

「うっせぇ!わかってるよ!」

加蓮があたしを見て笑っている。
くっそぅ……。もう少し早く気づいていれば……。

「今日は疲れたからもう寝るよ」

「そう?おやすみ、またよろしくね」

「ああ、こちらこそよろしく」

ーーーーーーーーーーーー

この前、初めてお城に報告しに行ってから1ヶ月と少しがたった。
あれからあたしは毎日加蓮に訓練をしてもらいながら、週に一度この前みたいに実戦形式で試合をしている。

「ハッ!」

加蓮が魔法で作り出した刃があたしの首元に当てられる。

「クソッ……」

「また私の勝ちだね」

「今回はいけると思ったんだけどなぁ」

加蓮が作り出した刃が消える。
相変わらずまだあたしは勝てていない。でも、初めの頃に比べると随分腕を上げた実感がある。

「じゃあ、勝ったからいつものお願いね」

「ああ、飯の後でな」

こうして週に一度、試合が終わった後に加蓮に血を吸われるのが習慣になっている。

普通に血を吸わせてくれといえばいいのに、こうして勝ったからという条件をつけているあたりこの前のことをまだ悪く思っているんだろう。

まったく……。素直じゃないやつめ。

ーーーーーーーーーーーー

食事を済ませ、風呂にも入ってきたあたしは加蓮の部屋にたどり着く。

「はいるぞー」

「はーい」

あたしはドアを開け加蓮の部屋に入る。
もはや見慣れた光景だ。

「よう」

「ささっ、座って座って」

あたしは加蓮に言われるがままにベッドに腰を下ろす。

「んじゃ、いくよー」

加蓮の牙があたしの首筋に突き刺さる。
初めて血を吸われたときからもう何回目か。初めは怖かった吸血ももう慣れてきた。血がスッーって抜けていく感覚は変な感じだがな。

「ぷはぁっ。ありがとね、奈緒」

「ああ。どうだった?」

「相変わらず最っ高だったよ。もういつまでも吸っていたいくらい」

「死んじゃうじゃねえか」

「冗談だよ」

加蓮がまだあたしの血がついた牙を見せながら笑う。
加蓮が言うと冗談にならないんだよなぁ……。

「そうだ、この前お城に報告に行ってきたんでしょ?どうだったの?」

「ああ、月一の報告のやつか。そういえばなんだかんだ言ってなかったっけ。別になんともなかったよ」

「ホントに?」

「うーん、強いて言うならず加蓮のことを多く聞かれたかな。見た目とか、性格とか」

「ふーん……」

「どうかしたか?」

「別に」

そういって加蓮は窓の外を見る。
そう言われると気になるなぁ……。

「あとはこの屋敷について聞かれたかな。場所はどこだとか、中の作りや周りの地形なんかも。なんだったんだろうな?」

「……さあね」

加蓮はそう返事する。
なーんか知ってそうな顔なんだけどなぁ。

「ねえ、奈緒。聞いてくれる?」

加蓮が急に真面目な顔になってあたしの方を見る。
急にどうしたんだ……?

「あのね、この前まではというか出会った頃は奈緒を眷属にしたいって思ってたんだ。好きな時に血が吸えて、なにより寂しかったから一緒にいて欲しかったの」

「……ああ」

「でも今は違う。私は奈緒のことを眷属なんかにしたくない」

加蓮は真剣な表情で続ける。

「奈緒を眷属にしたいっていうのは私の自己満足。奈緒を眷属にして一緒に暮らすようになってもきっと私のほうが先に寿命がきちゃう」

「そうなったら、きっと奈緒が私みたいな寂しい思いをすることになる。それだけは絶対に嫌」

「加蓮……。お前は優しいやつだな」

こいつは……加蓮はもう魔物なんかじゃない。ちょっと血が好きで、ちょっと魔力が高くて、ちょっと寿命が長い人間だ。そこにあたし達と何の違いがあるのか。

「だから、今更眷属にして欲しいなんて言ったってダメだからね!」

「……ああ。あたしは人間として生まれたんだ。人間として生き抜いて、そして死んでいくよ」

「…………」

「どうした?」

「ああっ、ごめん。それがいいよ」

加蓮は一瞬なにか悩んだそぶりを見せてから慌てて返事をする。
どうしたんだ……?まあいいか。

「もうしばらく世話になると思うけどよろしくな」

「うん、こちらこそ!」

そう元気に返事した加蓮はどこか悲しい顔をしていた。
やっぱりもう一回一人になるのは寂しいのだろう。あたしがしっかりアーニャを守れるほどの力をつけて、ここを出て行った後もたまに遊びにきてやるか。

ーーーーーー

それは翌日、加蓮と昼食を食べていたときだった。

「誰か来る……」

加蓮がポテトを食べる手を止め突然呟く。

「こんなところにか?というかよくわかったな」

こんな森の中に来るなんて、とんだ物好きもいたもんだ。

「念のためにここに近づく人間がいたらわかるように魔法をかけてあるの。ちょっと千里眼の魔法で見てみるね」

加蓮の表情はだんだん険しくなっていく。何かあったのか……?

「なぁ、あたしもそれ見れたりしないのか?」

「見れるよ。私の手を握ってみて?」

「それじゃ、失礼して……」

あたしは加蓮の手を握ると、目の前が森に変わった。びっくりした……。

それで、この人たちは……3人いるのか。1人は美波みたいだな。あとの2人は……見たことない顔だな。1人はごつい鎧とハンマーを持っていてめちゃくちゃでかい。もう1人は軽装に杖を持っていて小さい。対照的だな……。

というかあの装備。明らかに銀でできた槍とハンマーだ。それに、聖水とか十字架とかこれはまるで……。

「なぁ、加蓮。これってもしかして……」

「そうだろうね……」

加蓮は諦めたような表情で言う。
なんで……なんでだよ……。

確かに人間が吸血鬼に戦いを教わるなんかおかしいし、近くに吸血鬼がいるってだけでも普通の人には怖いことなのかもしれない。

でも、加蓮はそんなやつじゃないし、そのことだってあたしから何回も王様に説明した。加蓮だってわざわざ自分の弱点も含んだ特徴を書いた手紙を渡して信用を得ようとした。

なのに……なのに……信じてもらえなかったってことか……。

これからどうなるかわからない。明日には手を出すかもしれない。

そんな……そんな理由で……

「加蓮を……害のない吸血鬼を殺そうとしなくていいじゃないか……!」

ーーーーーーーーーーーー

どうする!?考えろ!美波たちが来る前に、この状況を打開する方法を考えないと!?

「ねえ、奈緒……。聞いて」

「何か思いついたのか!?」

加蓮は妙に落ち着いている。
自分が殺されようとしてるのになんで落ち着いているんだ?

「まあね。とりあえず2つ」

「時間がない!早くしないと美波たちが来る!教えてくれ!」

「まずは1つ目。私が全力で戦って勝つ」

「……それはダメだ。相手はしっかり対策を練ってきてるし、万一勝てたとしても、人間に手を出しちゃったんだから、本格的に狙われ続けるだけだ!」

「だよね。じゃあ2つ目。私が自ら出て行って殺される」

「ダメだ!加蓮は悪くない!ここで死ぬ必要はないんだ!」

あたしが迂闊に話しすぎたっ!冷静に考えれば、近くの森に吸血鬼がいたら退治するのも当たり前のことだ。どうしてそんなことにも気づかなかったんだ!

「とにかくそれはダメだ!」

「じゃあどうすればいいの!?私にはわかんない……わかんないよ……」

加蓮は今にも泣きそうな声で叫ぶように言った。

「奈緒……もういいよ。私はもう十分生きた。最期に奈緒と楽しく過ごせたし、私は満足だよ。このままだと奈緒も危険な目にあっちゃう」

「何があっても加蓮は死なせない!あたしは加蓮に命を助けられたからな。今度はあたしが加蓮を助ける番だ」

「でも、どうしたら……」

そこなんだよなぁ……。あたしだけじゃない。加蓮の力を合わせればなんとかいえるか?
……!そういえばあの手紙に……!

「なぁ、加蓮。お前って身代わりを作る魔法とか使えたりするか?」

「できないこともないけど……」

「じゃあ加蓮がその身代わりを作って、加蓮が殺されたことにしよう」

そうしたら王国側は加蓮が殺されたと思ってこちらに手を出さなくなるし、こっちが怪しい行動をしなければいつも通りに過ごせるはずだ。

「でも、あの人たちを騙すレベルにするにはかなり時間がかかりそう。ここに来るまでに間に合わないよ……」

「大丈夫だ。あたしが時間を稼ぐ。その間に加蓮は身代わりを作ってから隠れてくれ」

「でも3対1なんて……」

「大丈夫だ。とりあえず説得してなんとかならないか聞いてみる。それが無理でもなんとか話を引き伸ばすよ。戦うのは最終手段だ」

「……わかった!じゃあ今から急いで身代わりを作るね!」

「一応聞いておくがどれくらいかかりそうだ?」

「相手も相当な手練れだろうし、生半可なものじゃ騙せない。せめて20分……いや15分ってところ」

「オーケー、まかせろ」

あたしは立ち上がる。

「奈緒!危なくなったらすぐ逃げてね!」

「ああ、またこうやって一緒にしょうもない話しようぜ!じゃあな!」

剣の置いてある自分の部屋に駆け出す。
3人がかりでも、15分くらい持たせてやらぁ!

ーーーーーー

取ってきた剣をすぐ近くの壁に立てかけ、屋敷の前を掃除するふりして美波たちを待つ。

するとすぐにこちらに近づく足音が聞こえてきた。

「奈緒ちゃん……」

「おっ、美波か。こんなところまでよく来たな。後ろの2人は?」

あたしは全く警戒していない風に話す。時間稼ぎが目的なんだ。無理に戦いに持っていく必要はない。

「にょわー☆きらりだよ☆」

「杏でーす。めんどくさいなぁ」

「きらりと杏か。よろしくな」

「本当はアインフェリアのメンバーで来る予定だったんだけど、いろいろあって旅の傭兵さんの2人についてきてもらうことになったの」

「2人ともアインフェリアに負けないくらい凄い強いんだよ!」

「へぇ……この森は魔物も出るから危ないもんなぁ。でもこれくらいの森だったら、美波なら護衛とかいなくても大丈夫じゃないか?」

あたしはすっとぼけた返事をする。
背が高くてゴツい鎧とハンマーの方がきらりで、小さくて杖を持ってるのが杏か。見たことはないけど強そうなオーラを感じる。

「……まあいろいろあるのよ」

「それでこんなところまで何しに来たんだ?」

「それは……」

ーーーーーーーーーーーー

「王様」

「どうした、大臣よ」

「先程報告にきた吸血鬼の元で修行するという話ですが」

「ああ、珍しい吸血鬼もいたものじゃな」

「それについてですが、このまま放置は危険だと判断します」

「どうしてじゃ?この吸血鬼は人間に友好的なんじゃろう?」

「まず、国の近くに吸血鬼がいる時点で危険です。いつ裏切ってこちらに攻撃してくるかわかりませんし、いるだけで不安に思う国民もいます」

「ふむ……」

「さらに、先程報告にきた兵士である奈緒自体が吸血鬼に操られているもしくは吸血鬼の僕になっている可能性があります」

「ほう……」

「なので1ヶ月後の報告で情報を集め、その後に吸血鬼退治を行う。これがいいかと思います」

「あい、わかった!大臣が言うならその通りなのだろう」

「ありがとうございます。諸々のことについては私がやっておきますので」

「うむ、頼んだぞ」

ーーーーーー

「お呼びですか、大臣」

「うむ、いきなりだが本題に入らせてもらう。君には吸血鬼討伐を行ってもらう」

「吸血鬼って……あの奈緒ちゃんのですか?」

「そうだ。王様との話し合いでこのまま放置したら危険だという結論に至った」

「でも奈緒ちゃんは……」

「でももクソもない。君は兵士で私は大臣なんだ。あとはわかるな?」

「はい……」

「それでメンバーは……」

「単刀直入に言うわね。スニエーク王国の命令で、吸血鬼を殺しに来ました」

……っ!やっぱりか。
ここからどれくらい時間が稼げるかだな。

「え?でも加蓮は人間に手を出さないし、そんなことする必要ないじゃないか!」

「奈緒ちゃんにとってはそうかもしれない。でも他の人は?」

「くっ……」

「民間の人たちは近くの森に吸血鬼がいるってだけでも恐怖を覚えます。商人たちがこの森を通る時も怖くて仕方ないでしょう」

美波の言い分はもっともだ。あたしが気づかなかったのがおかしいくらい。

「う、後ろの2人はどうなんだ!?別に殺す必要なんてないよな!?」

「杏たちは傭兵だからね。雇い主の言うことを聞くだけだよ。それがいいことでも……悪いことでもね」

「うんっ☆」

「くそっ……!」

さすがは手練れの傭兵といったところか。仕事には忠実だな……。
こうなったら説得は無理だ!時間稼ぎに切り替える!

「というわけで奈緒ちゃん。吸血鬼を殺させてもらいます」

「そうか……。でもあいにく加蓮は外出中でな。帰ってくるのはだいぶ遅くなると思う」

「……杏ちゃん」

「はいはい、魔力探知っと。うん、屋敷の中に膨大な魔力をもってるのがいるね」

「ありがとう杏ちゃん。それで奈緒ちゃん。なんで嘘をついたのかしら?」

「それは……その……」

美波の問いにうまく答えることができない。
あたし、話すの下手すぎる……。

「もしかして、奈緒ちゃんはもう眷属にされたんじゃない?それか、操られてるとか」

「え……?」

「だって、魔物を庇うなんておかしいもの。そうじゃないと納得できない!」

「違うって!あたしはそうじゃない!」

あたしは眷属ではない。でも、一緒に暮らして、ポテトを食べたり、中身のない会話をするのはなんだかんだ楽しかった。加蓮はあたしの友達だ!

「口だけならなんとでも言えるわ。私は奈緒ちゃんを信じたいの。だから道を開けて?」

「……それは出来ない」

「そう……つまり、そういうことなのね……」

「私たちにはむかうなら容赦はしないわ!」

「くそっ!やっぱりこうなるのかよ!」

あたしたちはお互いに武器を構える。
まだ時間稼ぎが足りない……。なんとか頑張らないと!

まず、初めに近づいてきたのはきらりだった。

その大きな体からハンマーが振り下ろされる。あたしはすんでのところでかわすが、その隙を見逃さずに美波の銀の槍の突きがくる。

なんとか直撃は免れたものの、脇腹にかすり傷を負ってしまった。

「えいっ☆」

すかさず飛んでくるきらりの攻撃。
絶え間ない攻撃の連続で防戦一方だ。
かすり傷がだいぶ増えて辛くなってきたところで攻撃の手が止まった。

「どう!?道を開けてくれるならこれ以上手は出さないわ」

「悪いがそれはできない。加蓮を殺されるわけにはいかないからな!」
攻撃が止まった今攻撃するしかない!
あたしは美波に斬りかかる。

きらりでなく美波を狙った理由はたくさんある。
まず、きらりのゴツい鎧を見る限りすぐに致命傷を与えることはできないだろう。しかもあの一撃をくらえばひとたまりもないことは簡単に予想できる。近づくのは危険だ。
あと、司令塔の美波を戦闘不能にできれば大きいだろう。美波の槍は近づいたらこっちが有利なのはこの前確認済みだ!

「きゃああ!!」

あたしの剣が美波の身体を切り裂く。
致命傷にはならなかったがなかなかのダメージを与えられたようだ。

美波はすかさずあたしと距離を取る。

「美波ちゃん!大丈夫かにぃ?」

「ううん、平気よ」

「そいじゃ回復魔法っと」

「ありがとう、杏ちゃん!」

杏の回復魔法であたしが必死に与えたダメージが回復していく。
きっついなぁ……。
まだ時間を稼ぎきれてない!

「ねぇ、奈緒……ちゃんだっけ?」

「……なんだ?」

「戦うのやめにしない?こっちはこのあと吸血鬼が控えてるんだから消耗したくないし、そっちも死にたくないでしょ?」

「たしかに死にたくないが、それとこれとは別問題だ」

「これが最後の忠告だよ?」

あたしは黙って剣を構える。
おそらく必要な時間はあと7分程度。それだけなんとか持ちこたえてみせる!

「沈黙はそうだってことだよね……」

「あんまり消耗はしたくなかったんだけど……ここからは本気で行きます!」

美波はそう叫ぶと魔法を唱える。

「肉体強化魔法!」

続けて杏のが魔法を唱える。

「武装強化魔法!」

っ!使い手は少ないみたいだからあんまり見ないけど、この2つの魔法はシンプルながらとても強力な魔法だ!

「にょわー☆」

「恨まないでくださいね!」

きらりと美波が桁外れの速さで迫ってくる。
くそっ!間に合うか!?

「ぐわぁっ!」

きらりのハンマーを大きく身体をそらして間一髪かわしたものの、美波の槍を右腕にモロに受けてしまう。

利き腕じゃないからまだマシだが、これは相当マズイ!

「いっくにぃー☆」

続けてきらりのハンマーを大きく振る。
魔法で強化された、そのスピードとパワーは今までの比ではない。

「くそっ!」

回避は間に合わないと判断したあたしはすかさず剣でガードするも、きらりはもろともせずハンマーを振り切る。

あたしは剣もろとも屋敷の入り口まで吹き飛ばされる。

「ガハァ!」

大きく叩きつけられたあたしは血を吐く。
まじでやべーぞこれ……。なんとかしないと……。

「幻惑魔法!」

あたしは魔法を唱え、周囲一帯に魔法の霧を出す。
手練れである美波たちには気休め程度にしかならないと思うが、少しでも時間を稼ぐんだ!

「霧!?」

「突風魔法っと」

杏が唱えた魔法であたしの作り出した霧が吹き飛ばされる。

「ごめんねー。杏、だいたいの魔法使えるんだー。なんだって賢者だから!」

杏はドヤ顔でそう言い放つ。
賢者といえば最高位の魔法使いじゃないか。なんでそんなやつが傭兵なんかやってるんだよ!
考えても仕方ねぇ。なんとかしないと……。
吹っ飛ばされたから、幸いにも美波たちとは距離がある。体は傷だらけだし、あんまり得意じゃないけど、魔法で遠距離戦だ!

美波ときらりがあたしに距離を詰める。

「獄炎魔法!」

大きな火の玉があたしの手の平から美波たちを目掛けて放たれる。

「激流魔法!」

しかし、美波が唱えた水の魔法によって綺麗にかき消されてしまう。

「私、水の魔法も得意なの!」

くそっ!次は加蓮の時にもやった……

「氷結魔法!」

足元を凍らせて動きを止める!

「にょわー☆」

が、ダメ!肉体強化された2人の脚力にあたしの魔力程度じゃ敵わなかった。

もう距離も近い!

美波が突いてきた槍をなんとか剣で弾き返す。
クソっ!体勢が崩れた!

「隙ありぃ!」

きらりは隙を見逃さず、あたしに攻撃しようとする。

くそっ!ここまでか……。時間もあと3分ぐらい必要だっていうのに!


ーーーーーー

きらりの攻撃は奈緒の腹部にクリーンヒットし奈緒は吹き飛ばされる。

吹き飛ばされ倒れた奈緒は一向に動かない。

「終わりね……。行きましょうか」

「はーい☆」

「これからキツいだろうなぁ」

話しながらも警戒は怠らず、3人は屋敷の中に入る。

「ごめんね……奈緒ちゃん」

屋敷に入るときに小さく呟かれたその言葉は風に吹かれ消えていった。

そういや昔トラプリのヴァンパイアSSだったかあったな
凛加蓮は望んでなったけど奈緒だけはならなかった感じの
もしかしたらならなかったのは加蓮だったかも…うろ覚えだ

ーーーーーーーーーーーー

部屋に戻って人形を作り、私に見えるように魔法をかけ続けてから約12分がたった。
よしっ、あともうちょっと……。

すると、聞こえたのは複数人の足音と話し声。
奈緒は!?大丈夫なの!?
すごく心配だけど私は奈緒を信じる。きっといい感じに時間を稼いでから撤退したんだろう。

まだ身代わりは不完全だけどこれ以上は無理!そろそろ隠れないと……。

足音が近づいてきた。
私は椅子に身代わり人形をセットし、ヘビに化けベッドの下に隠れる。

慎重にドアが開けられ、3人組が覗き込む。

「まだ、こっちに気づいてなさそうだにぃ……」

「…………」

「どうしたの?杏ちゃん」

「……いやちょっとね」

マズい!不完全だったしもしかしてバレた!?
ついこのことを言った小さい杖を持った人を見つめていると、目があった。
やばい!?戦っても負けるつもりはないけど戦うわけにはいかないもんね。

「……まぁいいや。それでどうするの?」

あの子は少しニヤけたような顔をした後、私から視線を外し、会話を続ける。

助かった……。

「……きらり?」

「ちょびっと杏ちゃんが変な気がしたんだけど……気のせいかにぃ……」

「作戦を説明するわね。私がまず不意を突いて心臓を一突きします。そのあと万が一のためきらりちゃんがトドメをさしてください」

「りょーかい☆」

「はーい」

3人は小声で話し合っていた。
こっちには聞こえないと思ってるだろうけど、私って耳がいいんだよね。

合図の後、隊長らしき茶髪の長髪の人が銀の槍で心臓を一突きし、そのあと長身の人がハンマーで身代わりの頭を吹き飛ばした。

うわぁ……えげつな……

身代わり人形はボロボロになって崩れ去る。

「よしっ!これで大丈夫かな。それじゃ帰りましょうか」

「うんっ!杏ちゃんよろしく☆」

「はーい。行きもこうやって楽できたらよかったのになぁ」

「しょうがないでしょ。行ったことがあるところにしかいけないんだから」

「まあねー。それじゃいくよ……」

「移動魔法!」

3人が光に囲まれ消えていった。
私が使えない、移動魔法を使えるなんてすごい魔法使いっぽい……。

ふぅ……なんとかなった……。
あたしはベッドの下からでて元の姿に戻る。

「ねぇ」

っ!?
突然背後から聞こえた声に振り返る。

「誰!?」

「杏だよー」

確かあの3人組で一番小さい魔法使いの人……。

「なんで残って……」

「いやー一気に3人も移動させるのはしんどいからさ」

「……本当は?」

「杏はあれが偽物だって気づいてたんだよね」

「じゃあなんで2人に言うなりして対処しなかったの……?私を殺すために来たんじゃないの?」

「まあそれはそうなんだけどね。まぁ傭兵だし頼まれた仕事はやるけどさ、無闇に殺したいってわけじゃないんだよね。殺したってことになればこっちの人たちも安心するだろうしいいんじゃないかな」

「そっちの対応的にも杏たちが何もしなかったら手を出すつもりはないんでしょ?」

「それはそうだけど……」

杏は私のベッドの上に座ってのんびりしている。
思ったよりいい人なのかもしれない。

「まぁほんとは戦うのめんどくさいだけなんだけどね」

「え……?」

「だって吸血鬼っていうくらいだし結構強いんでしょ?万が一負けて死んじゃったりしたら嫌だし、ボロボロになって勝つのも疲れるよね」

「それはそうだけど……」

杏の言っていることは嘘には聞こえない。本心で言っているのだろう。

「あっそうだ。なんかお金になりそうなの持ってない?見逃してあげたんだからそれぐらいはもらってもいいよね」

「そこの引き出しの中にアクセサリーとか宝石類が入ってるけど……」

「おっ、いいね。それじゃあ何個か貰ってくね」

杏は私の言葉を聞くと引き出しを開き物色し始めた。
アクセサリーなんてまた買えばいいだけだし、これで助かるなら安いもんだ。というか、これがここに残った目的だったのかも……。

「よしっと、それじゃあ杏は帰るね」

「うん。じゃあね……っていうのはおかしいかな」

「かもね。っとそうそう。えっと奈緒ちゃん……だっけ。その人、きらり達にやられて相当やばい状態だよ」

「え!?」

奈緒が!?そんな……

「多分まだ死んでないと思うから気になるんだったら助けにいったら?それじゃあね」

私は杏の言葉を最後まで聞かずに、奈緒のいるはずの外に向かって一目散に走る。後ろから強い光に照らされる。

奈緒……!奈緒……!
無茶しないっていったのに……どうか無事でいて……

ーーーーーーーーーーーー

ここはスニエーク王国の私の部屋。
吸血鬼退治を終わらせてお城に戻ってきた。
おかしい。杏ちゃんだけが帰ってこない。もしかしたら何かあったのかも……
きらりちゃんも不安そうにしている。

私たちが帰ってきてから数分後、目の前が強い光に包まれる。

「ふう……っと」

「杏ちゃーん!」

「うわっと……抱きつくなよきらり」

「遅かったじゃない。心配してたのよ」

「一気に3人分も移動魔法使うのはさすがの杏でもきつかったからね。ちょっと休憩してたんだ」

「もう……。私は王様達に報告してくるから杏ちゃん達は部屋で休んでてね。報酬については後で話するから」

「はーい」

「はーい☆」

2人は部屋に向かって歩いていった。きらりちゃんが杏ちゃんを抱っこしてるみたい……。

さて、私はちゃんと王様に報告に行かなきゃ!
私は玉座の間に向かって歩き出した。

ーーーーー

ふぅ……。なんとか無事に報告を終えることができた。
私は報告を終え、アーニャちゃんの部屋に歩き出す。

その間、王様の隣にいた大臣の歪んだ笑顔が頭から離れない。

何ヶ月かこの国にいてわかったことがある。このスニエーク王国の王様は良くも悪くも自分で決断ができない。だから、実質大臣が政治を行なっている。その大臣は自分の不利益になるようなことが起こりそうになればどんなことでも潰そうとするのだ。

今回の吸血鬼退治の話だって、決めたのは大臣。王様は大臣に提案されたからそれに乗っただけ。だけど、上からの命令には従わないといけないのが兵士。命令にはしたがうしかない。

どうしても納得できないのが討伐隊に任命されたのは私だけだということ。流石に私1人で勝てるわけがないから、人を増やしてとお願いしたものの却下された。人手が欲しいなら街で傭兵でも雇うんだなと言われたのでたまたまいた杏ちゃん達を雇った。報酬はほとんど自腹だ。

私だけの理由は、表向きには国の守りを薄くするためにはいかないからなんて言ってたけどそれは違う。10人ぐらいなら抜けたってなんとかなるはずだ。
おそらく、隣のヴァルガルズ王国から出張で来ている私や傭兵ならやられてもいいと思っているのだろう。

もし討伐できたら万々歳。もし私が死んだとしても、他国の人間だから構わないということだろう。

他国の人間を無理矢理戦わせにいかせ、死なせたなんて知られたらこの国もタダですまないだろうけど口の回る大臣のことだ。どうにかして
かわすのだろう。

ずるい人……。

そんな事を考えながら歩いていると、アーニャちゃんの部屋に辿り着いた。

これから奈緒ちゃんのことをアーニャちゃんに話さないといけないとなると、胃が痛くなるがしょうがない。

私はノックをして、アーニャちゃんの返事を確認してから部屋に入る。

「お邪魔するわね」

「ミナミ!お疲れ様です!それで……どうでしたか?」

「うん!バッチリ!しっかり吸血鬼は倒したよ!」

「それはよかったです!……それでナオは?」

「奈緒ちゃんは……」

私が何も言えないでいる。
事実をそのまま伝えるべき……?
それとも……。

「もしかしてナオは……」

「奈緒ちゃんは吸血鬼に脅されてたの。この前ここに帰ってきたのも吸血鬼の命令でこの国の情報を集めに来たんだって」

「それで、吸血鬼の屋敷に着いたときに無理やりいうことを聞かされてた奈緒ちゃんと一緒に吸血鬼と戦ったんだけど……」

「帰ってきてないということはもしかして……」

「ええ……私たちの一瞬の隙を突いた吸血鬼の一撃で奈緒ちゃんは……」

「ナオ……!」

アーニャちゃんは涙こそ出ていないものの、今にも泣きそうになっている。
それもそうか……。仲の良かった子が生きてたと思ってたら死んじゃったんだもんね……。
そりゃあ悲しいはずだよ……。
私たちが殺したなんてとても言えない。


私がしたことは正しいはず。


あのまま吸血鬼を放っておいたらいつ人間が狙われるかわからない。吸血鬼の味方をした奈緒ちゃんを殺してしまったのは仕方なかった……。上からの命令だし、放置しておくことは出来ないのは事実だ。私のしたことは間違ってないはず……。


なのに……どうしてこんなに胸が苦しいの……?



ーーーーーーーーーーーー

いってて……。なんとか生きてるみたいだけどこれはもうダメみたいだな……。加蓮が無事ならそれで……

「奈緒……!奈緒……!」

この声は……加蓮か……?
無事か……。よかった……

「奈緒!しっかりして!回復魔法!」

「う……加蓮か……」

あたしはうっすらと目を開けると加蓮に抱き抱えられた。

ぼんやり見える空は暗く、今にも雨が降り出しそうだった。

「大丈夫!?」

「見ての通りあたしはもうダメだ……。加蓮が無事みたいでよかった……」

「そんな!しっかりして!今回復魔法かけるから!」

「いいよ……。もう回復魔法で治せるような状態じゃない……。加蓮もさっきまで魔力使ってて疲れただろ……?」

「でも……そんな……こんな時にまで私の心配して……!」

「体は動かないし、視界はぼやけてる。最後に加蓮と話ができてよかった……」

加蓮の目から涙が溢れ出す。

「そんな……そんなこと言わないでよ!またしょうもない話するって言ったじゃん!」

「そうだったな……。わりぃ……」

そんなに悲しい顔するなよ……。加蓮に救われた命なんだ。加蓮のために失うのなら悔いはないさ。

雨が降り出したのか、ちょくちょく水滴が体に落ちるのを感じる。

「奈緒!しっかりして!」

っ!そろそろ意識が飛びそうになってきた……。ここで気を失ったら死……。確証はないけど、なんとなくわかる。

最期ぐらい笑って見送ってくれよ……。そんなことを思ってると急に加蓮の泣き声がやむ。頑張って目を開け、顔を伺うとなにか葛藤しているようだ。

しばらく固まった後、加蓮は振り絞るようにこう言った。




「ねえ奈緒……私の眷属になってよ……!」


え……




「そうすれば吸血鬼特有の再生力を得られるからその大怪我だって治るはず……!それからの生活だって、あたしにできる限りサポートする……!」

「でも……お前……」

「わかってる!この前奈緒を眷属にしたくないっていったことなんて!でも……でもこうしないと私のせいで奈緒が……」

「奈緒が眷属になって、吸血鬼みたいな……いや、私みたいな苦しみは味合わせないって約束する!」

「私の血を一定量吸えば眷属になる。血を吸うのがしんどいんだったら、私から血をあげる。だから……お願い!」

加蓮は泣きながら縋るように言った。

でも、あたしの答えは決まっている。

「ありがとな……加蓮」

「じゃあ……!」

「でも、それはできない」

「なんで!?死んじゃうんだよ!?」

「前にも言ったけど、あたしは人間だ……。人間として生まれて、人間として死ぬ。そういうもんだろ?」

「じゃ、じゃああの時のお願い!初めて試合した時のやつ……!なんでもいうこと聞くって言ってたでしょ……?」

「そんなこともあったな……。でもそれは聞けない。わかってくれ……」

「でも……私のせいで……」

「大丈夫だ、加蓮は悪くない。悪いのはあたしと……そうだな、ちょっとの運がなかったかな」

「……奈緒は死ぬのは怖くないの?」

「そりゃあ怖いさ。でも、生とか……死とか、そういのには逆らったらだめなんだよ……」

あたしがそう言い終わると加蓮の泣く声はいっそう大きくなった。

クソっ!そろそろダメだ……。

「でも……私は逆らっちゃった……!」

ああ……。加蓮が何か言ったけど聞こえねぇ……。

また……またいつか会えたら一緒にバカみたいな話しような……加蓮。


「な…お……?ねえ奈緒ってば!奈緒!」


あたりに広がる泣き叫ぶような声の中、優しく冷たい雨が加蓮を濡らしていった。



ーーーーーーーーーーーー

あれから何年……何十年が経っただろう。

昨日のように雨が降る夜は、あの日のことをつい思い出してしまう。


私の大切な……友達の話。

あの日から私はまた1人で暮らし始めた。

あれから、不慣れながらも奈緒のお墓を建てた。目の前で亡くなったのを見たし、埋葬したのも自分だけど、いつかひょこり出てきて元気な声で「加蓮ー!」ってくれるような気がした。

奈緒のいない生活は元に戻っただけといえばそれまでだけど、その生活は退屈で味気なかった。

寂しくて……退屈で。慣れてたはずなのに久しぶりに感じるそれは思った以上に辛くて。
街に出て、楽しげに笑い合う人たちを見ると今すぐにでも奈緒の元にいこうと思ったこともあった。

だけど、奈緒はそんなこと望んでいないはず。奈緒に救われた命なんだから精一杯生きなきゃ。

屋敷に篭っててもしょうがないと思い、旅を始めた。変装すれば正体をバレないようにすることなんか簡単なことだ。世界各地をブラブラ旅して、せめてもの罪滅ぼしとして悪い魔物をやっつけたり、影から人間をサポートした。その過程で他の吸血鬼を見つけることはなかったけど、きっと上手く隠れているんだろう。



昨日の雨はすっかりやみ、今日は快晴。今日はどこにいこうかな……。そういえばここはあの屋敷の近くだっけ。

のんびり森の街道を歩いていると、遠目に大きな魔物に襲われている集団を見かけたので急いで駆けつける。

「獄炎魔法!」

私の唱えた魔法で魔物は消し炭になる。
辺りを見渡すと血まみれの人たち。私が駆けつけるのがもう少し早かったら……。

一人一人脈を確認するとまだ脈がある人を1人見つけた。気絶してるけど、運良く軽傷みたい。


その子は、かなりボリュームのある髪を後ろにまとめ、切りそろえた前髪の下には太い眉が見えた。



ふふっ、面白いこともあるもんだね。長生きはするものかも。


私がその子に回復魔法をかけると、苦しんでいた顔がどこか楽になった気がした。


また私の生活が彩られるのかな……。


私はその子を両腕で抱き抱えると、あの屋敷へと歩き出した。

以上で完結です。
至らぬ点も多々あったとは思いますが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

未回収の伏線的なものはそのうち書こうと思っている番外編で回収予定です。

おつ
何か三島の卒都婆小町を思い出した
番外編も待ってる

参考までに聞いておきたいんですが、加蓮過去編と本編ifルートだとどっちの方がいいですかね
意見が多い方を書くというわけではありませんが

正直どっちも見たいから >>1の書きたい方で

両方見たいに決まってるじゃないか(錯乱

出来たら両方見たい

ありがとうございます
加蓮過去編から書いて、余力があればifルートにいこうと思います。
今のところスレタイは
加蓮「私が変わった日」か、加蓮「あの日の約束」
にする予定ですが変えるかもしれません。

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