鷺沢文香「茜さんの空想探査計画」 (25)


「今度、本に乗って宇宙まで旅をする歌を歌うんです!」

そのように茜さんから話しかけられた時、多分に失礼であるという自覚はありながらも、私の頭は固まってしまいました。
ただでさえ眩しい笑顔が、なんだか今日はよりいっそうの光を放っているようにすら思えます。



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「ええと……」

相槌にもなっていない言葉を口から搾り出しながら、思考をなんとか回します。
『本』という単語は、この耳にはっきりと届きました。だからこそ、茜さんは此度の話題を誰かに話すにあたって、その相手に私を選んでくださったのでしょう。
いえ、もしかすれば、話そうと思ったタイミングで偶然、私がそこにいただけの可能性だってあるのですが。
……ダメですね。そうとしか思えなくなってしまいました。
ひとまず、今の茜さんの台詞の中で、最も不可解といいますか……理解の及ばなかった部分について、聞くことにしましょう。

「”本に乗って”とは……?」

「本は、宇宙船なんです!」

なんということでしょう。私が普段から好み、もはや生活の一部とも呼べよう”本”というものは、この広大な宇宙を旅できる宇宙船だというのです。これには驚きました。茜さんと過ごす日々は本当に驚くような発見ばかりで……
いえ、茶化すのはやめましょう。それに、なるほど、理解ができました。
確かに、物語を通してならば、私たちはどこへでも行くことができます。私も小さな頃は、世界中の景色の載った本や図鑑を通して、様々な場所への旅行を楽しんだものです。
茜さんは、本を通して宇宙旅行を追体験することを『本に乗る』と表現したのです。どのような類の本を指しているのかはわかりません。図鑑かもしれません、物語かもしれません、ともすれば宇宙についての堅苦しい論文だって、噛み砕けばたちまちに我々を宇宙旅行へ誘ってくれることでしょう。


しかしながら恥ずべきは、茜さんが最初に言い放った言葉からその真意を読み取れなかったことです。
正直に言いましょう。その台詞の主が、書に通ずるような、例えば……頼子さんなどが挙げられるのですが、そのような人物であったならきっと、私はその意に辿り着いていました。
茜さんを、見くびっていたのです。これはあまりにも失礼なことだと言わざるを得ません。

「茜さん」

「はい!」

「私たちをどこへでも連れて行く”本”というものを、実際に人類を大気圏の外まで連れ出してくれた宇宙船に重ねたその表現力と想像力、……素晴らしいです」

「なるほど! これ、夏樹ちゃんが言っていたんです! “そう言われると、本ってのは宇宙船みたいなもんだな” って! 私にはあんまりわからなかったですけど、さすが文香ちゃんです!」

「……」

「……?」

「……なるほど」

「どうかしましたかっ?」

「……いえ、茜さんはそのままで素晴らしいのです。と」

「あっ、ありがとうございます……!?」


突然の肯定に驚いた茜さんが、その顔に軽い照れを表出させつつ、ブンと頭を下げています。些細なことにも感謝を忘れない、実に茜さんらしい反応と呼べるでしょう。あるいは照れ隠しの意味もあるのでしょうか。
少しウェーブのかかったオレンジの髪は、大きな揺れとなってこちらの鼻腔を刺激しました。自分も髪の長い方ではありますが、勢いよく頭を下げることはほとんどありません。ああ、以前にありすちゃんのタブレットにうっかり触ってしまい、画面が突然黒色に覆われてしまった際には思わず全霊を込めての謝罪をした記憶もあるのですが……。関係のないことですね。すりーぷもーどとやらにに入っただけらしく、事なきを得ていますし。
などと回想をしている間に、再びこちらへ顔を向けながら首を軽く振り、茜さんとその髪は元の様相に戻っていきました。

ですが茜さんとて、これだけのために話しかけてくれたのではないはずです。
まあ、もしかしたら、あくまでも偶然、私がそこにいただけの可能性も……もうその流れはいりませんか。
それに私としても、その曲に興味が湧いていました。何と言っても題材が”本”なのですから。
そういえば、話しかけてくれた時から茜さんは、その手に封筒らしきものを持っています。
もしかすると。

「……茜さん」

「はいっ!」

ひとつ、その名前を呼ぶだけで、茜さんの背筋はピンと伸びます。そのキラキラと光る両目は確かに私を捉えて、次の言葉を今か今かと待ちわびているようです。
そんな、なんとも言えない可愛さに溢れる反応のおかげで、何度も呼びかけたくなってしまうのですが。
ここは話を進めることにしましょう。

「その……そちらの書類が……?」

「へ? ……あ! そうですそうです! これがその歌の資料なんです!」

言うや否や、茜さんはその封筒を両手に持ち、こちら側へいっぱいに伸ばしました。まるで盾を構えるかのような姿勢です。その動作があまりに勢いづいていたために、またもや私は風を浴びることになっているのですが。
本来ならばすぐさま、返答の言葉を投げかける必要があります。しかしながら、私の顔のすぐ近くに差し出されたその封筒のせいで肝心の茜さんの顔が見えません。
ひとまず、封筒の横から覗き込むように、話しかけることにしましょうか。

「もしよろしければ、その歌の歌詞など……」

「ああっ! す、すみません!」

こちらが言い終わるのを待たず、茜さんは封筒を下げてくれました。そのままの勢いで頭も下げたため、またしてもオレンジの波が鮮やかに跳ねています。
本当に、見ていて楽しいですね。

「ふふ……大丈夫ですよ。ですが、立ち話も疲れてしまいます。一度、ソファへ移動するというのはどうでしょうか?」


~~~~~~~~~~

「……さて」

茜さんがソファに腰掛けるのを確認して、私もその隣に陣取ります。
一瞬、体がピクッと動いたような気もします。気のせいでしょうか。
向かい側のソファも空いてはいますが、資料を共に確認するなら同じ向きの方が都合のいいはずです。

「ええと……これは企画書で……レッスン表で……」

小さく呟きながら、茜さんは封筒の中身をガサゴソと調べています。1度、全て机の上に出してしまっても問題はないとは思うのですが。
いいえ、茜さんは大雑把に見えて、こういう時にはしっかりしている人でしたね。
まだ企画段階のお仕事ですから、むやみに資料を広げるという行為は褒められたものではありません。そもそも、軽い気持ちで歌詞を見せて欲しいと言ってしまった自分の浅慮に気がついてしまうくらいです。
しかしながら茜さんは、その私の申し出を快諾してくださいました。もともとそのつもりだったのか、今の私に知るすべはありませんが。

「お待たせしましたっ!」

そのようなことを考えているうちに、1枚の紙を封筒から取り出しつつ、茜さんが声をあげています。
その紙が机に置かれるのを見届けたのち、そこに書かれている文字を視界に捉えようと、身を乗り出します。

「私もまだ、しっかりと読んではいないんですが……」

「空想探査計画……」


なるほど。空想。

言い得て妙と、そう感じました。
つまりは、『世に存在する、あらゆる文書というものは、”空想”である』と。
そう極論的に言い切ってしまった場合に、例えばノンフィクション作品などは空想ではないだろうというお叱りを受けてしまうことは十分、考慮の上です。
それは確かに、書き手からしてみれば全てが実際に起きた出来事なのでしょう。しかしながら、読んでいる立場から考えればどうでしょうか。
そこに、実在・非実在や、現実・非現実は関係がありません。どんな物語だろうと、それは自分自身とは全く違う場所で紡がれたお話。距離が、時間が、ともすれば次元が異なるだけの。
そう考えれば納得がいくのではと思います。

さて、ここで浮かんでくるのは、『では、書き手本人にとってのノンフィクション作品は空想なのか』という疑問ですが、それに対しても肯定をすることができると考えます。
確かにその出来事の存在は揺るぎません。それは間違いなく。しかし、それを文書に起こすという作業の過程には間違いなく、その瞬間の書き手の解釈が入り込む余地があります。その解釈はまさに流動的。例えば今朝の食事について記述してみてください。何を食べたか、何から食べたか、味はどうだったか、やっと食べきったのか、すぐに終えたのか、誰が作ったのか、誰が片付けたのか。
同じ出来事に関して記述しているにも関わらず、試行するたびにその内容や順序は変化します。
『書き起こした瞬間の自分は、どのような点に着目していたのか』という、過去の自身への認知という観点でみればしっかりと。
これも空想の類と振り分けることに問題はないでしょう。


「あの……文香ちゃん?」

視界の端から、茜さんの頭がぴょこぴょこと見え隠れしています。

「あ……すみません……」

慌てて紙から目を切り、茜さんの方を向きます。
少し、不安そうな顔が目に飛び込んできました。無理もないでしょう、笑顔で考え事をしていたなんて考えられないわけですし、もしかすれば歌詞を、いえ、まだタイトルしか見ていませんが、睨みながら黙り込んでいたのかも。

「えっと……」

「大丈夫ですよ。素敵なタイトルだと、そう思っていました」

そう言うなり、茜さんの顔にぱあっと、笑顔が戻っていきました。どうやら、同じ感想を抱いていたようです。

「はい! 私もそう思います! なんだか、上手く言えないんですけど……その……ロマンを感じるといいますか! 知らないものを知るとか! 調べて! 計画するとか! 冒険みたいでワクワクします!」

乱雑だと、そう思いますか? この茜さんの感想は。
いえ、それは違います。そもそもこのようなタイトルなどは、一瞬の印象が勝負ですから。
私のように、単語一つをやたらに拾い上げ、その意を熟慮するような人間の方が稀有なのです。

私は、本を読むことが好きです。なんて、今さら言うまでもないことではありますが。
多々あるのです、読む前から良い書だと確信する時が。その時には決まって、題名を読むだけで、心に何かが響くのです。
その正体を確かめたいと、表紙を捲った瞬間から、私の心はその世界に引き込まれていくのです。
茜さんは今、その入り口に立っているのだ、と考えて差し支えないでしょう。
ああ、きっと、今の私に与えられた使命は、役割は。茜さんがこの『空想探査計画』というお話を読み解く案内をすることなのかもしれません。


歌詞に一通り目を通して、茜さんに声をかけます。

「”読書の秋”という言葉がありますね」

「はい!」

以前、事務所全体としての企画について耳にしたことがあります。
なんでも、四季それぞれをイメージした楽曲を、季節ごとにリリースするのだと。
恐らくこの楽曲もその一部なのでしょう。この時期に動き始めたということは、秋の曲ではないでしょうか。
……もし見当違いだったのなら、菓子折りと謝罪の言葉を用意すればいいのです。

「茜さんは、読書は好きですか?」

「ど、読書ですか。ええと……」

茜さんが言葉を詰まらせます。本好きが目の前にいるこの状況において、恐らく気を遣ってくれているのでしょう。

「私に配慮する必要はありませんよ……?」

「す、すみません、あまり得意ではなく……」

申し訳なさそうに、茜さんが目を伏せます。

「いえ、決して責めている訳ではありません。しかし茜さん、”読書”という言葉の意味を、少しばかり狭めてしまっているのではないですか?」

「へ?」

茜さんの顔からは困惑の色が見て取れます。困っている表情も大変に可愛らしいのですが、今はその表情をさせることが本意ではありません。少し、申し訳なくなってしまいます。


「小説や新書のような、本にされた硬い文章しか読書に数えてはならないと、そう感じてしまっているのではありませんか?」

「それは……その……」

「読書という漢字を思い浮かべてください。『”書”を”読む”』と考えることができるかと思います」

「は、はい」

「実際のところ、何でも良いのです。漫画だろうと、絵本だろうと、詩だろうと。それが製本されておらず、紙に書かれただけの代物だとしても……」

「なるほど……!」

「例えば茜さんは、ラグビー部のマネージャーをしていたんですよね?」

「そうです!」

「そのために、ラグビーの練習方法についての本を読んだりしたのではないですか?」

「あっ! 読みました読みました! 日本代表だった選手が書いた本だったんですけど、すごくわかりやすくて!」

「そこに書かれていたのは、何も練習方法だけではなかったはずです。きっとその方が、それまでの競技人生で得た経験や想いを全て詰め込んでいるはずなのです。それは、偉大なる先人が次の世代の礎となることを願って紡いだ、1つの大切な物語なんですよ」

「物語……」

「私はその本を読んでいませんが、容易に想像することができます。それを読んだ人が、書き手の想いを追体験している場面を。この練習をすれば、あの選手はこういう場面で活躍できるはずだと期待をしている茜さんの姿を」


「……すごいです文香ちゃん!」

「いえ、そんなことは……」

「まるで探偵さんのようです……! そうだったんですね。読書というのは……!」

「わかっていただけたようで何よりです」

「じゃあこの歌は、読書をしよう! という歌なんですか?」

「それも、この歌の大切な部分ではあります。しかし、それだけではまだ半分といったところでしょうか……」

「あ……そうなんですね……」

ああ、目に見えてシュンとさせてしまいました。ごめんなさい。

「す、すみません、言葉がよくなかったですね」

「大丈夫です! では、続きを教えていただければ……」

「お、教えるだなんて、そんな大仰なことは私には……」

「いえいえ! 文香ちゃんは本当にすごいです! 先生みたいです!」

「せ、先生……」

「はい! 文香ちゃんの説明はわかりやすいですし、私にもわかるように説明してくれるから嬉しいです! それに、例え話とかもしてくれるから、優しいんだなーって本当に思います!」

「あ、茜さん……」

お、思わぬところで反撃にあってしまいました。といいますか、そもそも茜さんに何かをしたわけではないのですけれど。
自分でも顔が熱くなっている自覚があります。
は、早めに次の話題に……!

「で、では、ええと」


私は、感情表現が豊かな人間ではありません。それは間違いなく。
これまでの人生では、まあ多少のすれ違いなどはあれども問題なく過ごしてきました。ですが、今の私には、『アイドル』という肩書きが不随しています。
何が違うのか。と、思われるでしょう。いいえ、大きく違うのです。アイドルになってからは、どういうわけか、褒めていただける機会が多くなってしまいました。
私のような者を褒めたところで何になるのかと疑問に思うばかりなのですが、事実として、そうなってしまっているのです。
『褒められる』という状況は、これまでに味わったことのないような気分を私に付与してくれます。特に、書物に関する事柄で褒められた時には、柄ではないとの自覚がありながらも、さらに饒舌になってしまう傾向があるのだと気が付きました。
恐らくは照れ隠しの範疇に入るのだと思いますが。どれだけ自身が冷静な性格であると考えていても、やはり賞賛に対する心理的な高揚は共通なのだと、この齢で知るとは思わず……


さて、今がまさにその状況です。茜さんの歌う予定の『空想探査計画』という曲。その題や歌詞から得られた知見を自分なりに伝えている場面。歌詞の解釈は佳境に入り、さてこの歌の主題とは、と。

「……」

「……? 文香ちゃん?」

ふと、動作を止めてしまいました。
落ち着いて、今日の流れを思い返してみましょう。
まず茜さんが、私に話しかけてくださいました。『本に関する歌を歌う』と。
それを聞いた私は、その歌に興味を抱きます。そして茜さんが持っていた封筒に気が付き、歌詞を見せていただきました。
そのタイトルと歌詞に引き込まれた私は、少しの間、声を発さず思考を巡らせ、そこから意気揚々と解説を始めています。『”読書の秋”という言葉がありますね』などと、無駄に恰好の付けた台詞から。

鷺沢文香、貴女は一度、冷静になるべきです。散々と『どうして私に話しかけてくれたのでしょう』などと懸念を示していたのにも関わらず、いつの間にやら得意になって解説などしているではありませんか。
茜さんは一言も『解説をお願いします』などとは言っていません。ああ、どうして今になって気が付いてしまうのですか。

そうこう考えている間にも、茜さんは期待に満ちた眼差しでこちらを見つめてくれています。軽く首を傾げる姿も、愛嬌に溢れていますが。ともすれば、まさかあの顔の裏では聞いてもいない解説を延々と語る私への不信感などが……?
あ、茜さんに限ってそんなことは。いえ、その印象すら私の一人よがりなものなのでは?


「ちなみに……茜さん……?」

「はいっ! どうかしましたか?」

「この部屋にはどのようなご用事で……」

「へ?」

この心境では、解説を続けることなど適いません。突然の質問に虚を突かれたかのような表情を浮かべる茜さん。ああせめて、拒絶の際は優しい口調でお願いしたいのですが。

「えっと……プロデューサーにこの歌のお話をいただいて、でも全然、私が今まで歌ってきた歌よりも落ち着いた曲で、ビックリしてしまって……」

茜さんの声はなんだか少しずつ、小さくなっているような。

「歌詞を見てもよくわからなくって、どうやって歌えばいいんだろうって。それで……その……」

「……」

「『本の歌』って聞いた時にまず、文香ちゃんの顔が浮かびまして……、文香ちゃんに教えてもらえれば、上手く歌えるかもって思ったんです……」

「茜さん……」

「あの……め、迷惑……だったでしょうか?」

俯く茜さんの顔には、申し訳なさや恥じらいなどが入り混じった表情が。
なるほど、これこそが『あいくるしい』という感情なのですね。
……などとふざけている場合ではありません。
こちらが勝手に不安を感じていただけなのに、今は茜さんを不安がらせてしまっているではないですか。
しっかりと、自分の言葉で伝えなくてはいけませんね。

「そんなことはありませんよ」

「ほ、本当ですか?」

俯いていた顔が少し、上がりました。

「勿論です。むしろ私の方こそ、望んでもいない説明をしているのではないかと、迷惑だったのではないかと、不安になってしまったのです。おかしな質問をしてしまい、申し訳ありません」

「め、迷惑だなんて! そんなわけないです!」

「ふふふ……ありがとうございます。では、続きに移りましょうか」

「はい! よろしくお願いします!」


~~~~~~~~~~

「さて、この歌の、主題についてでしたね」

「そうです!」

「端的に言ってしまえば、『あなたの物語を作ろう』という歌であると私は捉えました」

「物語を……? で、ですが私、本なんて書けないですよ?」

「落ち着いてください。『物語を作る』ことと『本を書く』ことは、同義ではありません」

「……?」

「茜さんは既に、物語を描いている最中なんですよ」

「え、ええと……?」

ああ、なんだか解り難い言い回しをしてしまったような気がします。悪い癖なのでしょうか。


「簡単なことです。茜さんが生まれてから、今この瞬間まで。どのように生きてきたかという物語。もちろん、その物語の主役は茜さん、あなた以外にあり得ません」

「私の……?」

「はい。当然ながら、私にも物語はあります。この世界にいる人間の数だけ、物語が描かれ続けているのですよ」

「みんなの物語……」

「ええ。……とても、わくわくしませんか?」

”わくわく”というフレーズは、普段だったら使っていないのかもしれません。しかしながら、話を聞くにつれて明るくなる茜さんの顔を見ているとやはり、それ以外の言葉は出てこないのです。

「ですが、ここで歌われているのは、私たちの過去、既に書かれた物語についてではありません。過去ではないということは……わかりますね?」

「過去じゃない……? 未来……ですか?」

「ご名答です」

更に一段と、茜さんの表情は笑顔に包まれます。


「未来は不確定で、無限大です。明日何が起きるのかも分からないのですからね。その未来の果てしない広さを、どこまでも行ける期待感と高揚感を、この歌の中では宇宙旅行に例えているのです」

「宇宙……」

「私たちが残した声は星になります、私たちの進む道は星座になります。そしていつしか、誰も知らないような発見をするかもしれません。広大な宇宙のことを考えた時の胸が高鳴る感覚を、私たちが未来に抱く感覚と重ねているんですね」

「そうだったんですか……」

「そして最後に」

「?」

「『手をつないで』と、繰り返して使われているフレーズがありますよね? どういうことだと思いますか?」

「ええっと……」

「ゆっくりで、大丈夫ですよ」

「あ、ありがとうございます……!」

茜さんが、一生懸命に考えています。優しい茜さんはきっと、期待を裏切りたくないと思ってくださっているのでしょう。
ですが、私が聞きたいのは、ありのまま、茜さんが感じていることなんですよ。どうか、悩みすぎないで。


「わ、わかりませんが……」

「不安に思わず、話してください」

「えっと、さっき文香ちゃんは、私にも物語があるって、言ってくれましたよね?」

「ええ、そうですね」

「それで、思い出してみたんです、今までのことを。アイドルになる前のこととかも全部! そうしたら、家族がいて、友達がいて、先輩後輩が、チームのメンバーがいて……。アイドルになってからは、プロデューサーはもちろん、未央ちゃんとか、藍子ちゃんとかも一緒にいてくれて……」

思い出を語る茜さんは、本当に素敵な表情をしています。良い縁に恵まれているのだと、傍から見て、聞いているだけで伝わってくるのですから。

「う、上手く言えないんですが、嬉しいんです! だから、この嬉しさがずっと続いてくれたら、もっと、もっと嬉しいんじゃないかって思いました! 手をつないで、一緒に私の物語を作ってくれる人を忘れちゃいけなくて、そういうみんながいるからこそ、これからの物語も楽しくなるんじゃないかって!」

こちらの目を真っすぐに見て。

最初はどこか、自信の無いような話し方ではありましたが、それも段々と払拭され、いつものような、元気に溢れた茜さんの言葉を伝えてくれました。

もう、私が何か教える必要もないでしょう。


~~~~~~~~~~

「では、頑張ってくださいね」

「はい! ありがとうございました文香ちゃん!」

最初に話しかけてくださった時も笑顔だったと記憶しているのですが、今の茜さんはそれとは比べ物にならない程に眩しく感じます。
悩みや不安を除去する一助になっていたのなら、嬉しい限りなのですが。

「じゃあ私はこの後、レッスンがありますのでっ!」

立ち上がった茜さんはこちらに向き直りつつも頭を下げます。もちろん、とっても勢いよく。
そのまま早足で扉の前まで進み、扉に手をかけて外に。
……おや、扉の前で、止まってしまいました。

「どうかされましたか……?」

その声を受けて、身体が少し、強張ったようにも見えました。
どこかぎこちない表情と動きで、茜さんがこちらに向き直ります。


「ええと……」

何か、言うべきか迷っているような……?

「その……さっき……」

「さっき?」

「未央ちゃんとか、藍子ちゃんとか、って、言って……」

「そうでしたね」

「ふ、文香ちゃんも!」

「へ?」

どこか開き直ったように、茜さんが大きな声で呼んだのは、私の名前。声はそのまま続きます。

「こ、これまで、文香ちゃんにもいっぱいお世話になりまして! ええと……ほ、本当に、こんな私にも優しくしてくれて凄く嬉しいって、あ、これさっきも言ったかもなんですけどっ」

「もしよかったら、これからも、私の物語を手伝ってほしいといいますか、一緒に……。すみません言い回しが下手だったら……あの、慣れていなくて……」

しどろもどろになりながらも、茜さんは、茜さんなりの言葉で、私に想いを伝えてくれました。
私は、茜さんの勇気を、心から尊敬しています。言葉を口に出すということは、本当に怖いものなのです。
ですがここは、臆してはいけませんね。立ち上がり、一歩、二歩と近づきます。
遠くからでもわかった顔の赤さが、近づくにつれてより顕著になります。

そのまま、茜さんの手を取って。

「私も、同じ気持ちです。私の物語にも、茜さんは必要不可欠だと。そう思います。これからも」


「手をつないで、探しに行きましょう」



おわり





ありがとうございました。

普段はコメディ書いてます。


過去作


藤居朋・本田未央・橘ありすの苦労人シャッフル逆回転

日野茜「よいお年を文香ちゃん!!!」鷺沢文香「もう明けています……」

関裕美「0点の笑顔をあなたに」


などもよろしくお願いします



ふみあかはいいぞ


ふみあかはよいのぅ

ふみあかふみあか


このあふれ出る鷺沢文香感……

普段の突抜けた日野もいいが、ぶつかった壁を「えいっ、えいっ」って通ろうとする茜もいいね

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