【デレマス】サンタクロースの消失 (8)

・アイドルマスターシンデレラガールズ及びスターライトステージの二次創作です
・ト書き形式ではないです
・実験的な語り口なのでちょっと読みにくいかも
・メインは浅利七海ちゃん!
・S(すこし)F(ふしぎ)な話かもしれません
・約5000字、数レスで終わります

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 ――サンタさん、いなくなっちゃったんだって。



 十二月二十六日。
 そんな噂を耳にしたのは、誰からだったろうか。
 たぶん七海と同じくらいの歳の子だと思うけど、もしかしたら大人のひとたちかもしれない。
 事務所に所属してるアイドルは本当に多くて、みんなの顔や名前や声は覚えていても、他愛ない雑談の内容までははっきり覚えてないものだし。
 もともと不思議な人だったから、捜索願とかは出さなかったらしい。
 相棒のトナカイと一緒にそのうちふらっと戻ってくるかもしれないなんていう人もいて、物置に残されてた生活の跡とか、そういうのはそのままにしてあった。はっきり行方不明になったとは、誰もが信じていなかった。
 事務所全体がそんな調子だからか、単に年明けが近いからか。
 どこかふわふわした空気の中で七海がその話を聞いた時も、何となく「あの人れすかね~」なんてぼんやり頭に浮かべてみたけれど、実のところそこまではっきりイメージできたわけじゃなかった。
 自分でサンタクロースです~、と名乗るアイドルの人を、この事務所内で七海は一人しか知らない。
 でも、イヴ・サンタクロースという名前とか、きらきらした白くて長い髪とか、日本人離れした面立ちとか、夜空の星みたいに綺麗な瞳とか、そういうことはわかっても、どんな人だったのかは全然わからない。本物のサンタだったのかも。
 もしかしたら七海たちはずっと幻を見てて、実はこの事務所にサンタクロースなんて初めからいなかったんじゃないかなって。
 クリスマスが終わって、夢から覚めたみたいに、ようやく気づいちゃっただけなのかなって。
 今になって、そう思う。

 良いお年をー、って手を振って、みんなと別れて。
 青森の実家には一人で帰った。これでも十四歳だし、中学生だし。新幹線だって七海だけで乗れる。
 駅からは父さまに車で迎えに来てもらった。この時期はマグロが旬だから、年末年始でも漁に出てることが多いけど、今年は上手く時間を合わせてくれたらしい。
 七海がアイドルになって上京して以来だからか、しかめっ面で運転する横顔はどこかほっとしたみたいだった。
 父さまも寂しく感じることがあったのかな、と思う。
 マグロの遠泳漁は一回一回の期間がすごく長い。場合によっては一年くらい帰ってこないこともある。
 だから船に乗るひとたちはみんな明るくて、ちょっと荒っぽいけど素揚げしたカレイみたいにカラッとした性格の、豪快な海の男だ。
 その中では父さまは口数少ない方だけど、怒る時はすごい剣幕で怒る。荒くれたちをまとめる船長らしい、怖くてかっこいい七海の父さま。
 久々のおうちは全然変わってなくて、七海が着いたころには大宴会の真っ最中だった。
 マグロ船のお仲間さんたちと親戚一同と近所の見知った家族が揃ってわいわい酒盛りしてて、日本酒とか焼酎とかをそこかしこでラッパ飲みする惨状が見える。
 山積みの料理はこんなに人数いるのにまだまだ減る気配がないし、むしろ今も台所で作ってるのか追加されてってるし。
 広い客間の端っこには飲み過ぎで倒れた敗残者が雑に転がってる。ひどい。でもこれが毎年の浅利家の風景だ。
 七海を見つけたみんながわーっと騒ぎ出して、おかえりーひさしぶりーってあったかい言葉に混ざって、よっ、アイドル七海ちゃん! なんか芸やってくれーとか指笛吹き始めるおじさまたちが大量にいる。
 アイドルは芸人じゃないんれすけろね~、って返しながらおさかなあるあるモノマネをしてみせて、会場大爆笑。もしかしたら本当に芸人でもやってけるのかもしれない。

 料理に舌鼓を打ち、そのうち新年あけましておめでとうございますのあいさつをして、量産された酔っぱらいを部屋の隅に追いやって、まとめて布団を被せてから。
 急な父さまの誘いで、初日の出を見に行くのを兼ねて、近場の夜釣りスポットに向かった。
 背丈より長い釣竿と釣ったおさかなを入れるクーラーボックス、あとは餌やらあったかい飲み物やらをひとしきり抱えてしばらく歩くと、真っ暗な海が見えてくる。
 天気よし、波もそこまで強くない。強い潮の匂いがなんだかとても懐かしくて、ああ、帰ってきたんだなって気持ちになった。
 糸が絡まないよう父さまとは少し離れた場所で釣り糸を放る。ひゅるるる、と風を切った餌付きの針が遠くに飛んでいって、音もなく水面に沈んでいく。
 持参してきた折り畳みの椅子に座り、手元の竿を少しずつ揺らして、おさかなが食いつくのをじっと待つ。
 陽が昇るより早い時間に帰ってくる父さまを待ったり、こうして夜釣りに付き合ったりは何度もしてきたから、夜更かしはへっちゃらだ。
 夜釣りの最中、父さまはぽつぽつ七海に質問を投げかけた。
 東京はどんなところか。
 アイドルの仕事はどうか。
 向こうで友達はできたか。
 こっちに戻りたくはなってないか。
 ぶっきらぼうな言葉は、心配の裏返しなのかもしれない。
 だから七海はひとつひとつ、なるべく丁寧に答えた。
 東京の暮らしは初めてだらけだけど、そこまで困ってないこと。
 アイドルの仕事は本当に楽しいこと。
 同年代の友達、頼れる先輩、かわいい後輩がいっぱいできたこと。
 ときどき帰りたくなるけど、それでも今は向こうで頑張りたいこと。
 あれこれ話してる間はちっともおさかなが引っかかってこなくて、でもこうやって待つ時間は全く苦じゃなかった。
 釣りは待つ時間も醍醐味だし、久しぶりに父さまとお話しできたのが嬉しくもあった。

 気づいた時には、七海は空を飛んでいた。
 あまりにも強い力で引っ張られて、身体ごと宙に投げ出されたんだとようやく理解した。
 父さまの声が聞こえる。聞こえる声が遠ざかる。
 ああ、七海、釣られちゃったんれすか。まさにおさかなの気分れすねぇ。
 冗談めかして呟いたような気がする。そんな余裕なかったはずだけど、現実離れした状況の中で、寒空を風切って飛んで、落ちていく感覚が長過ぎたからかもしれない。
 夜の海は凍えるほど寒いから、七海も今は過剰なくらいに着込んでる。けれどそれらは全部、冷たい風や湿気をシャットダウンするためのものだ。真冬の海に沈むことなんて、最初から想定されてない。
 そして何より、七海は泳げない。
 ぼちゃんと大きな音が響いて、暗い海に放り込まれる。
 わずかに空いた襟や袖、ズボンの隙間から海水が滑り込んで、あっという間に全身をかちこちに冷やしてしまう。
 海水は目を開けるにも慣れが必要で、なんとかもがこうとしてみても、一瞬で凍るように固まった指先は全然動かなかった。
 周りには光もなく、月明かりを頼るにはあまりにもか細くて、永遠に引き戸が開かない真っ暗な押入れに閉じ込められたみたいだった。
『新人アイドル、夜釣りの最中に海難事故』とか、そんな見出しで新聞に載ったりするんれしょうか。
 冷たさに痺れる頭で強がってみるけど、どんどん全身が底に沈んでいって、そのたび闇が深くなって、どうしようもないってどこかでわかってしまっているのがこの上ない恐怖だった。
 ……今になって、思い出す。
 プロデューサーにスカウトされてアイドルになって、初めて自分の衣装を渡された日。
 七海を人魚姫みたいだって言ってくれて、じゃあ消えないようにしてくらさい~、なんて笑って返したけど――ここで七海がいなくなったら、それでもプロデューサーは消えないように、沈んだ七海をまた釣り上げようとしてくれるのかな。
 必死に止めてた息も、もう保ちそうになかった。
 溺れるのは辛いと聞く。呼吸ができなくて、塩辛い海水が肺まで入って苦しいとか、そういう風に亡くなった人が、海ではたくさんいるのを知っている。
 こわい。こわい。
 生きたまま〆られるおさかなもこんな気持ちなんれすかね~……。
 さむくて、さみしくて……ああ、死にたくないなあ……。
 泡になってく人魚姫みたいに、口からこぼれた息がぶくぶく昇っていく。
 それも途切れたら、本当に終わるんだろう。なんにも見えない海で目を開け続けるのも辛くて、だからきゅっと瞼を閉じて。
 やがて流れ込む海水が喉を満たして、苦しくて苦しくて怖くて嫌で叫びたくて生きたくて――

 それから。
 かすかにだけど、覚えてることがある。
 何か大きなものが、背中を押したこと。
 七海の唇から息を送り込まれたこと。
 水の中なのに、誰かの声が聞こえたこと。
 次に目覚めた時には、父さまの背中が目の前にあった。きっとすぐに飛び込んで追ったんだろう。同じくらいびしょびしょだった。
 長く海に浸かって溺れかけて、冷たくなった七海の身体は、指の一本さえ動かなかった。
 眠くてしかたなかったけど、なんとか声だけは出せたから、父さまの名前を呼ぶ。
 ごめんなさい、釣り竿、なくしちゃいました。
 そんなことを気にするな、馬鹿娘。
 七海、助かったんれすか。
 そうだ。浮き上がってきたお前を抱えて、岸まで泳いだ。
 やっぱり……七海、人魚姫に……助けてもらった、れすよ……。
 ……今は寝てろ。病院まで連れてく。
 あとはずいぶん時間が飛んだ。
 真っ白い病院のベッドで、点滴を付けられてた七海が起きたのは、もう三が日がすっかり過ぎたころ。
 母さまがそばにいて、こっちの様子に気づいてすぐナースコールを押した。
 しばらく検査とか診察とかでばたばたしたけど、結局後遺症もなくて、明日には退院って話になって。
 夕方、入院したことを七海の家族から連絡受けたプロデューサーが、お見舞いに来てくれた。
 すぐ食べられるからって持ってきてくれたプリンを有り難く頂きながら、簡単な経緯を説明する。
 もちろん怒られた。別に夜釣りをしたからじゃなくて、一人で頑張ろうとしちゃったことを。
 ごめんなさいって謝って、苦笑するプロデューサーの顔を見てから、あの、と言葉を続けた。

 もしかしたら。七海、イヴさんに会ったかもしれないれす。

 唐突な話だから、プロデューサーが首を傾げるのはわかる。
 あの時の記憶はおぼろげで、上手く説明するのも難しい。
 でも、これだけは、自分が伝えなきゃいけなかった。
 だって、暗い海の中で七海を助けてくれた人魚姫は、言っていたんだ。

 ――さんに、謝っておいてください~。
 帰れなくて、ごめんなさいって。

 短いその伝言を聞いたプロデューサーは、しばし呆然として、そっか、と呟いた。
 あいつ、事務所に衣装置きっぱなしなんだよなって、ちょっとだけ泣きそうな顔で溜め息をついてから、何事もなかったみたいに退院してからの予定を話して帰っていった。

 ひとりになった病室で、七海は布団にくるまって考える。
 こどものころに読んだ人魚姫の絵本だと、最後に人魚姫は泡になって消えてしまう。
 初めて読み終えた時、なんだかすごく悲しくて、母さまにどうしてって飽きるほど質問を繰り返した。
 消えちゃうくらいなら、どうして人間の足を手に入れようなんて思ったのかな。
 母さまは曖昧に笑いながら、答えはいつか七海が見つけなさい、って諭すように言い聞かせてくれた。
 いつか。
 それが今なんだとしたら、七海は思う。
 もし、消えちゃうことが最初からわかってたんだとしても、一度釣られた気持ちは、どこにもいなくならない。
 たとえ夢が覚めたって。
 夢見たことまで、消えたりはしないんだと、そう思う。
 事務所に住んでいた彼女は、本当にサンタだったのか。
 実は人魚姫で、ひとときサンタクロースの夢を見て、アイドルの夢を見て、それが覚めただけなのか。
 七海にも、プロデューサーにも、わからない。
 けれど確かに、あそこには彼女がいた。イヴ・サンタクロースというひとがいた。
 溺れる七海を救ったひと。サンタクロースから、人魚姫になった女の子。

 クリスマスが終わって、年が明けて、その先もずっと続いていく。
 夢から覚めて、サンタなんていないと気づいてからも、七海はまだ、アイドルのまま。

 どこかでまた、泡になったかもしれない人魚姫に会えることを、信じている。

 以上です。
 スターライトステージにおける七海のウワサ(昔、海で溺れたときに、大きな魚のような何かに助けられたらしい)、
 そしてイヴ・サンタクロースの『渚のサンタクロース』が発想元です。
 ハンス・クリスチャン・アンデルセン作『人魚姫』は悲恋の物語として有名ですが、本来泡になった後、人魚姫は風の精に生まれ変わるのだそうです。
 その辺りを踏まえて読んでいただけると、物語の未来について考える何かがあるかもしれません。
 できるだけ悩まず、感性だけで書くような作り方をしたので、読みにくかったり詰めが甘かったりするかもですが、ご愛嬌ということでひとつ。
 クリスマス終わっちゃっててタイミング外した感すごいですが、ともあれここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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