【ガルパン】お姉ちゃんスイッチ (26)
*最終章準拠です
*小説スタイルです
*短いです
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100メートルほど前方に隊長の背中を見つけた。ヨダレが垂れる。垂らしたままで、即座に駆けだした。かまわない。どうせ声をかける頃までにはシラフに戻ってる。
「たいちょう」
頬がぽうっと暖まり、ついでに日差しも暖かい。今日は風が冷たいけれども天気は良い。こういう日のお昼休みはこの季節であっても学園の中庭は賑やかになる。黒森峰の生徒はやわじゃない。あちらこちらで生徒達がご飯とおしゃべりをしてる。その大勢の生徒達の向こうに、隊長の背中はある。でも全然問題ない。運動神経には自信があった。
「ハッ、ヨッ、ハッ」
右へ左へとヨダレをまき散らしつつ皆の間を走り縫う。生徒たちはめいめいおしゃべりに夢中なので別段こちらを気にしない。お互い様だ。自分の視線の先も隊長の背中にだけ照準を向けている。あれは隊長の背中だ。間違いない。髪型とか歩き方とかそういうがやっぱり隊長だ。
隊長は一人でいる。邪魔者はいない。おしゃべりをする絶好のチャンス。心のままにかけていく。
「ハッ、ハッ、ハッ、……ふ」
距離20メートルにまで接近、そのくらいで走るのをやめる。そこからは足音を消して、気配も殺す。ヨダレな気持もぬぐう。そうして、静かに少しづつ残りの距離を詰めていく。改めて、落ち着いて舐め見る。ハイソックス越しのふくらはぎの隆起とか、そういうところまで意識できる。やっぱり隊長で間違いない。ふくらはぎの筋肉がその歩行に合わせてゆったりと隆起を繰り返してる。見ていて飽きなかった。観察に満足をするということがなかった。隊長はつま先の踏み込みを激しくして歩く。そうすると隊長らしい堂々とした歩き方になるらしい。いつだったか小梅がそう教えてくれた。どうしてそんな事をしっているのかと問うと「みほさん」から教えてもらったのだと答えた。
少し、忌々しい気持になる。
「……」
意識が隊長のふくらはぎからそれていた。どこへそれた? ああやっぱり、忌々しい。
とうとうふくらはぎに不満足のまま声の届く距離にまで近づいた。やっぱりもったいなかった。
「隊長、どうも」
大人の上司と部下っぽい、抑揚の小さな声色。
「あぁ。エリカ」
振り向きながらの隊長の返事も似たような響き。
お互いにいつの間にかそれが当たり前になっていた。当たり前ではなかったころもあったはず。互いに挨拶が緊張しすぎていたり厳めしすぎていた頃もあったろう。けれど今となっては、その頃をを懐かしいとも思わない。それくらいに、いつの間にか当たり前になっていた。
並んで歩きながら、またお互いに淡々とした調子でお話しをする。
「いよいよ留学ですね」
「うん」
「応援しています」
「ありがとう」
「私も日本でもっともっと頑張ります」
「私もドイツから貴方を応援してる」
「ありがとうございます」
努めて平静に、淡々と。でもこれが良い。信頼によって紡がれた糸電話を張るために適切な距離を保つ。羨望や興奮や唾液やはすべてスピリチュアルの中に押し込んだ。隊長が望む距離感をいつの間に会得していた。それを維持することが心から地よい。
そう感じられる今が、とっても誇らしかった。
「準備のほうは順調ですか? 手が必要ならいつでも声をかけてください」
「ありがとう、大丈夫だよ。……あぁ、ところで、エリカ」
「はい?」
「準備といえばねエリカ、実は、向こうの文化を理解しておこうと思って」
隊長は、少しテンションが上がっているようだった。
「勉強熱心ですね。さすがです」
「本で読んだところによると、向こうの人達は『公の場』と『私の場』とで人間関係をきちんと使い分けるそうだ」
「? というと?」
「例えばね、エリカは学校の外でも私を『隊長』と無条件に呼んでくれる。だが、ドイツの人たちではそうではないそうだ」
「そうなのですか?」
「うん。私はこの学園の中にいる間は『戦車道の隊長』だが、学園の外にでれば『西住まほ』だ」
「はぁ」
「そういう意識が日本よりもずっと徹底されているらしい」
「ふぅん、そうなのですね」
事務的に答えつつ、内心では肩をすくめる。たぶんそれって「傾向度合」の問題であって、「ドイツの人たちは皆まったくそうだ」という認識は極端すぎるのでは。
けれど、それを指摘するつもりもなかった。留学を目前に控え少しテンションが上がっているらしい隊長が可愛いかった。
「でも私にとってはやっぱり隊長は隊長です」
「まぁ、日本人だものね。私も貴方も」
「そうですよ」
ほんのわずかにだけれど、互いの距離感が日常のそれから少しだけ逸脱しつつある。糸電話の糸がたわみつつある。だけどそれもまた心地よいのであった。
「ふ」
隊長が、前触れなしに微笑んだ。
「どうしました?」
「いや、みほがね」
「……。」
心のどこかが反射的に力む。我ながらバカバカしい。今だに一体なんなのだろう。けれど、心の奥底でいろんな気持ちがパッケージ化されてしまっている。箱詰めされたそれらの感情を他人事のように遠くから冷ややかに見つめるまでが、パッケージ化。なのでまぁ、いろいろ思うところはあってもとりあえず表面ッツラは何も変化しないのだった。
「みほが、どうかしました?」
「うん。私が学校から熊本の実家に帰るとね、いつもみほが、私のスイッチを回してくれるんだ」
「隊長のスイッチ?」
「そう」
『黒森峰の隊長』は、あの子が絡むと、時々ただの『姉』になってしまう。よくわからない事を言う。
「私のね、『お姉ちゃんスイッチ』だよ」
可笑しそうな隊長。
「『お姉ちゃんスイッチ』、ですか?」
怪訝な声で反復する。
「つまり、家にいる間は、私にお姉ちゃんでいてほしかったそうだよ」
「……」
どうという感想もなかった。
あの子らしい、とは思った。
それだけだ。
青臭いもろもろの感情は、パッケージ化して心の奥に押し込んだ。
ちょっとお客さんが
はやく
「あの子らしいですね」
「うん。だけどみほはもういない。だからもう随分とスイッチはオフのままだよ」
「そうですか」
「スイッチはね、このあたりにある」
隊長が立ち止まり、片手で後ろ髪を持ち上げる。首筋のうなじが露わになった。他所よりも陽に焼けていないクリーム色の素肌に、産毛の生えそろいが柔らかそう。
その様子を、ぼけっと眺めていると、
「ほら、ここだよ」
首筋の背骨の突起を指さしながら、隊長は、少し子供っぽい声で言った。
「え、あ」
少し、遅れて、ようやく気づく。隊長はおどけている。こういう時、後輩は先輩のおふざけに付き合うのが礼儀だ。まして隊長は、誰もかれもにふざけたりはしないのだから。
「この当たりですか。えと、じゃあ、押しますね」
「ん?」
さっと、人差し指で隊長の産毛に触れる。失礼にならないよう「お付き合い」程度の圧力で隊長の首すじを押す。産毛はおもったよりも柔らかくなく、むしろ生えかけの髪の毛の、サギサギとしたような感触が伝わってくる。かすかに暖かい。 スイッチなどはどうでもよかったけれど、隊長の産毛に触れられたことには、多少の喜びがあった。
「エリカ、そうじゃない」
「へ」
間違えただろうか、と心配になる。でもそうではなかった。
「ダイヤル式だ」
「……あぁ、すみません」
もしかして西住家のテレビのチャンネルは今でもダイヤル切り替え式なのでは?と、そう思った。
「では、もう一度」
「うん」
親指と人さし指で、塩少々を一つまみ。そんな感じの要領で、隊長の産毛をつまむ。そのまま、浅く手首をひねる。
「これでいいですか」
「いいえ駄目。私のスイッチはそう簡単には切り替わらないよ」
「え、えぇ?」
さすがに、たじろぐ。もっと激しくしろという事なのだろうか。いいのだおるか。
だけど隊長の声はあくまでも楽しそう。ということは、力を込めても失礼にはあたらない。むしろこのまま何もしないほうが失礼なのかもしれない。
「じゃあ……」
ためらう気持ちを飲み込んで、もう一度、指先に力を籠める。二頭筋のあたりにはまだためらいの気持がわだかまっていたから、なおのこと腕に力を込めた。
ぐぐっと、指先を押し当てる。隊長の体温がはっきりと指先に伝わる。
「っ」
錆びたカギ穴を無理やりこじ開けるように、グリッと。押し当てた指の背の下で、隊長の生えかけの毛が身をよじっている。それらを引き抜かんばかりの勢いで、指先をさらにねじる。
「ん……」
と隊長がかすかに喉を慣らす。その艶やかな音に手ごたえを感じた。
「……どうでしょう」
満足してもらえただろうか。押し当てていた指先を離し、隊長の言葉を待つ。
隊長は、
「フゥ」
肩もみをしてもらった後のおばあちゃんみたいな調子で、隊長が息を吐いた。
それからゆっくりと顔をこちらに向け、突然に隊長が、顔をほころばせた。
『ぽ へ』という感じの笑みだった。
『ぽ へ』といのは少し遠いかもしれない。『に へ』というか『ふにゃぁ』というか、とにかく、これまでに見せたことのない類のだらしない笑い方だった。
まるで、そうだ……みほ?
「……っ」
わりと本気でびっくりして、反応に困った。
「ねぇエリカ」
「は、はい……」
「貴方と一緒に戦車道をやれて、楽しかった」
「え……ありがとうございます……」
「ドイツから帰ったら、また一緒に戦車道をしよう」
「あ、はい、もちろん……よろしくお願いします」
ウン、と隊長は満足気に微笑み、じゃあ、と軽やか手を降って、再び歩き始めた。
遠ざかっていくその背中を、たたずんだまま見送る。隊長が『じゃあ』と言ったのだから、会話はここまで。
「……ふー」
と息を吐いた後、チラリチラリと周囲を伺う。今のやり取りを、誰かに見られていただろうか。見られていたとしたら、なんだか嫌だ。が、結局、中庭にいる大勢の生徒たちは、みな、友人達のおしゃべりに夢中で、こちらのことなど気にしていないようだった。
————————。
隊長がドイツに出発する日。
とうとう師範は見送りには間に合わなかった。仕事が忙しいようだ。
平日なので学校も授業も普通にある。隊長代理ということで一人だけ授業を休ませてもらった。
ガヤガヤとやかましい空港のロビー。その片隅に、女子高生がぽつんと二人。
寂しい見送りになったけれど、でもそれで結果オーライだった。
「いけない。エリカ、忘れ物をしてた」
さぁ搭乗ゲートへ向かおうか、という頃になって、隊長が急にそう言いだした。
慌てる。
「え、え、何か大事なものですか」
「うん」
「な、なんですか? 必要なら私があとで郵送を」
「いや、お姉ちゃんスイッチ、offにしてもらわないと」
「へ」
すぐには、隊長の言っている意味が分からなかった。
けれども、何やらほくそ笑んでいる隊長の顔を見るに、なんとなく言いたいことが分かってきた。
『隊長も、やっぱり留学が楽しみなんだね』
というのは、ここ最近学園内で良く噂されていた隊長の話。
たしかに、ここ数日目に見えて隊長は明るかった、ような気はしていた。お昼ご飯を一緒に食べた回数も両手では足りない。
けれど『お姉ちゃんスイッチ』がそれとつながっているとは、思わないようにしていた。なんだか思い上がりなような気がしたからだ。妹でも何でもない自分が、隊長のスイッチを本当に回したなどと。
「ほら、早く、飛行機が出てしまう」
おどけた口調で、隊長が私に背を向けて、後ろ髪を持ち上げる。
「……っ」
その後ろ姿に、一瞬、胸がぎゅっとなる。
がらじゃないのに、ちょっとだけ目頭が熱くなった。
寂しい。
以上です。
ありがとうございました。
お姉ちゃんスイッチを切ったあとは、お互いにまたタンタンとした関係に戻って最終章のタンタンとした会話につながると妄想。
乙乙です
はあーこういう関係ホントいいなまた描いてくれ乙乙
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