大阪焼肉の歴史
https://www.youtube.com/watch?v=bDyskO015MY
日本の肉食歴史(その1)
平安時代の古語拾遺には古代のこととして「大地主神、田を営るの日、牛の宍を田人に食はせ」とあり、
御歳神に対する神事として農民に牛肉を食わせたことが書かれている。
たぬき汁が登場する「かちかち山」が成立したのは室町時代後期といわれるが、
その時代の料理書「大草家料理書」にはタヌキを蒸し焼きにした後に鍋で煮る
「むじな汁」のレシピが記されている。
当時の評価では同じく肉食対象だったアナグマと比較して、タヌキ料理は不味かったという。
ジャン・クラッセの『日本西教史』には「日本人は、西洋人が馬肉を忌むのと同じく、
牛、豚、羊の肉を忌む。牛乳も飲まない。猟で得た野獣肉を食べるが、
食用の家畜はいない」と書かれている。
宣教師ルイス・フロイスの『日欧文化比較』には「ヨーロッパ人は牝鶏や鶉・パイ・
プラモンジュなどを好む。日本人は野犬や鶴・大猿・猫・生の海藻などをよろこぶ」
「ヨーロッパ人は犬は食べないで、牛を食べる。
日本人は牛を食べず、家庭薬として見事に犬を食べる」と書かれている。
日本の肉食歴史(その2)
18世紀の書『和漢三才図会』第37「畜類」の冒頭豕(ぶた)の条では育てやすい豚が
長崎や江戸で飼育されていることが述べられているが、
大坂在住の著者は「本朝肉食を好ま」ないため近年は稀だとする。
牛の条の注には、日用としては駄目だが禁止する必要はないとも書かれている。
1733年(享保18年)に伊達家の橘川房常が書いた『料理集』には牛肉を粕漬けあるいは
本汁として使うことができるが、食後150日は穢れる旨が書かれている。
19世紀の小山田与清の著『松屋筆記』には猪肉を山鯨、鹿肉を紅葉と、
そのほか熊、狼、狸、イタチ、キネズミ(リス)、サルなどの肉が売られたことが記されている。
1829年(文政12年)完成の地理書『御府内備考』には
麹町平河町や神田松下町に「けだ物店」があった旨が書かれている。
19世紀の寺門静軒の著『江戸繁昌記』にも、
大名行列が麹町平河町にあったももんじ屋(獣肉店)の前を通るのを嫌がったことが記されている。
ここでは猪、鹿、狐、兎、カワウソ、オオカミ、クマ、カモシカなどが供されていた。
また内臓も被差別部落民に分配され食べつくされている
遅くとも1877年(明治10年)までには宮中の正式料理は西洋料理となった。
この頃には東京の牛肉屋は558軒にまでなっている。
江戸時代から続くももんじやの写真
http://i.imgur.com/du0X8op.jpg
日本では幕末になるまで、牛肉を食べることは一般には行われていなかったが、
別に「すきやき」と称された料理は存在していた。
古くは寛永20年(1643年)刊行の料理書『料理物語』に「杉やき」が登場しており、
これは鯛などの魚介類と野菜を杉材の箱に入れて味噌煮にする料理である。
さらに享和元年(1801年)の料理書『料理早指南』では、「鋤やき」は
「鋤のうへに右の鳥類をやく也、いろかはるほどにてしょくしてよし」と記述されている。
また、文化元年(1804年)の『料理談合集』や文政12年(1829年)の『鯨肉調味方』にも具体的な記述が見られ、
使い古した鋤を火にかざして鴨などの鶏肉や鯨肉、魚類などを加熱する一種の焼き料理であった。
他にも、すき身の肉を使うことから「すき焼き」と呼ばれるようになったという説もある。
この魚介類の味噌煮の「杉やき」と、鳥類・魚類の焼肉という「鋤やき」という2種類の料理が、
「すき焼き」の起源として挙げられている。
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!aku48
★アク禁:>>48
ネトウヨ「出汁は日本独自の調理技術だ」
俺様「似たようなのは世界中にある、いい加減にしろ」
ハムやソーセージもホルモン使った焼肉って言えば焼肉だよな
毒味役「うわあ!これだけは食えんわちみくってケツに挟んでおこう」
徳川家重「う~う~う~」
御三卿「元からかな?毒殺かな?」
今、思うと戦国時代には牛肉の粕漬やみそ漬けがあったし
食う時は焼いてたんだから途絶えることなく焼肉ってあったんだな
>>115
毒味役「楽しみにしてたのに毒味させてくれない」
近江牛を楽しみにしていた水戸藩士が江戸幕府への近江牛の献上を断った
近江彦根藩藩主・井伊直弼を恨んで桜田門外の変で討った
ビビンパとか置いてる店の所謂焼肉と
焼いた肉全般をあえて同一視して焼肉はコリアンと無関係とするいつもの流れ?
>>121
店が調理するもの(バーベキューまたはステーキ)=焼肉
ビビンパとか置いてる店の所謂焼肉=朝鮮焼肉
ビビンバやキムチとかおいてない中華系の焼肉屋もあるな
>>124
ステーキはステーキ屋
バーベキュー食わす店とかあるか?
中華系の焼肉屋とは?
>>125
バーベキューは自分で焼くのではなくて店の場合は調理したのが来る
朝鮮焼肉と似てるがヒツジやうさぎ肉もある
たれもあるが香辛料を着けて食う
もちろんキムチはない
http://dalaba.jp/kanamecho/pdf/yakiniku.pdf
http://rocketnews24.com/2015/01/24/536938/
>>125
バーベキュー
https://www.youtube.com/watch?v=II_fsUDY_5s
https://www.youtube.com/watch?v=e9zKHmky3dA
https://www.youtube.com/watch?v=hzj8GFnS6a8
肉を焼いて食う→江戸時代以前から既に日本にあり、祭りなどで鶏肉や猪肉などを焼き広く食べられていた。
「焼肉」という単語→戦前から既に日本で使われていた。単にバーベキューという言葉を和訳したもの。
テーブルで肉を焼いて食う料理→日本人の発明。
七輪や網で肉を焼いて食う→日本人の発明。
刺身のように薄く切って皿に盛り付け提供し客自身が肉を焼いて食う→日本人の発明。
動物の内臓の肉を焼いて食う→日本人の発明で戦前から既にあり、内臓を焼いた料理を「ホルモン」と呼んで食べていたのも戦前からの日本人。「コテッチャン」や「テッチャン」などが有名。
現在使われている煙の出ないタイプの七輪→日本人企業が発明し瞬く間に全国の焼肉店に広がった。
醤油ベースのタレを刺身のように客自身がつけて食べる→そもそもすき焼きの時点で醤油ベースの味付けを行なっていた。
『焼肉の文化史』(明石書店)によれば、
1920年代に精力を増強する料理のことをホルモン料理ということが流行したという。
佐々木は、当時のホルモン料理は動物の内臓料理にとどまらず、
卵、納豆、山芋も含まれていたことを
多田鉄之助『続たべもの日本史』(新人物往来社、1973年)を引きながら指摘した。
そしてまさに内臓料理としてのホルモン料理の初出として魚谷常吉『長寿料理』(1936年)をあげ、
昭和になると料亭「山水楼」や洋食屋「北極星」が内臓料理をホルモン料理として提供していたことを記している。
その影響のなかで戦前において大衆食堂などで出されたモツ焼きがホルモン焼きと称されるようになったようだと、
植原路郎『食通入門』を根拠に推測している。これらのホルモンはまさに内分泌のホルモンのことである。
このようにもともとは日本系のモツ(内臓)焼きを意味していたホルモン焼きは
戦後、時期は不明だが朝鮮系の内臓焼肉をホルモン料理と言うようになった。
さらに、1970年代にはホルモンを医学・生物学用語由来ではなくダジャレとして「放(ほお)るもん」から
採られたという俗説が流布された。
味が全然和風じゃないから韓国の影響は無視できない
>>142
そうか?
ひよっとして朝鮮焼肉しか食った事ないじゃないか?
味噌につけたホルモンを焼いたり洋食屋のホルモンもかなり美味いよ
焼肉買ってくる
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