【モバマス】「さよなら、ウサミンロボ」 (23)
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バイトから帰ってくると、アパートの俺の部屋の前には小さな女の子が立っていた。
俺は一人暮らしのフリーター。彼女なし。いわゆるオタ。多分キモオタ。
なのに、家の前には小さな女の子。
俺の人生大ピンチ。警察事案待ったなし。女の子の泣き顔も待ったなし。
「とりあえず、入ろうか」
ドアを開けるとこっくり頷いて入ってくる女の子。
というか、俺の姉貴の娘。つまりは姪。
「お兄ちゃん、これ」
差し出してくる手紙の中身は大体想像がつく。
【ダーリンと夢の国行ってくるからよろしく】
そして出てくる一万円札。
ふざけんなボケ、何が夢の国だ。娘ほっぽらかして夢の国じゃねえだろ。
ハッピーネズミに耳齧られろ。そして青くなれ。
「お兄ちゃん?」
オーケーわかった諦めた。糞姉貴を持った弟は諦めが良くなるんだ。
一万円があるだけマシだ。
不安そうな姪っ子にはこれだ。
甘くて暖かいもの……
ほんのちょっとのコーヒーに牛乳練乳マシマシで、激甘ホットミルクコーヒーでどうだ。
ココアでもあれば一番良かったんだろうけど、そんなものはない。
一口飲んでにぱっと笑ったので、多分ちょうどよかったんだろう。
「ご飯は?」
小さなお腹がグーッと鳴った。
そうですか食べてませんか。お腹すいてますか。
レトルトのシチューがあったよな。
パスタぶち込んでシチューパスタやるか。
鍋で二人分一気に作って、一緒に食うか?
「おかわり!」
よしよし、一杯食えよ。おかわりあるぞ。
で、食ったら風呂入って暖かくして寝ろよ。
寝た。
寝つき良すぎだろ。
さて。
明日の土曜日どうしよう。
糞姉貴は二泊三日とかほざいてる。
確かに俺もバイトは休みなんだが。
なんだが……
明日はウサミンの野外ライブじゃねえか!
そのためにバイト休み入れてんだぞ!
チケットだってファンクラブ会員特別通販でゲット済みだぞ。
今回は特別ゲストがはぁと様だぞ?
ウサミン星人としては絶対外せないイベントだろ?
だからって一日こいつを家の中に閉じ込めておくのも……
かと言って、連れていくのもなぁ……
当日券、あるかなぁ……
うさ!
現地ではウサミンロボが温かく迎えてくれました。
うん。ウサミンのライブでは会場整理や警備、場内販売にこいつらが一部投入されている。
それは聞いていたけど、むしろこいつらしかいない。
ロボまみれ。
人間どこ行った。すげえな、ウサミン科学。
いや、信じてないよ?
だってお前、ウサミン星てなんだよ。どこの星だよ。
一時間で行ける星ってどこだよ。月にもいけねえよ?
ウサミン星人は、ウサミンファンの総称。
王国民とか悪魔教信者とかもののふとか、そういうノリだよ。
……ロボの原理は謎だが。
しかも子供に優しいのな。姪がなんか美味そうな出来たてのダンゴ貰ってる。
なんだよ、銘菓ウサミンダンゴって。どこの銘菓だよ。
ウサミン星か。そうですか。
ま、とにかくダンゴありがとうな。
うさうさ
え、なに。一台ついてくるんだけど。
「今日は余裕があるから、特別にお子様エスコートだ。特別だぞ」
お、人間もいた。
小柄なお姉さんが説明……って、池袋晶葉!?
何してんの!
「ウサミンのヘルプだ。うちじゃ珍しいことじゃない」
「さ、サインください」
「私の?」
「勿論」
「いいぞ」
池袋晶葉のサインゲット。
ライブは最高だった。
ゲストのはぁと様とのデュエットも素晴らしかった。
しかし、ライブ中ずっとはぁと様がウサミンのことを先輩と呼んでいたのは何故だろうか。
そして、飛び入り晶葉との掛け合い、ウサミンロボバックダンサーズを従えたダンス。
退屈しないかと心配していた姪も、ライブ中はウサミンロボがずっと相手をしてくれていた。
俺は、姪の手を引いて帰り路を歩いていた。
「楽しかったか?」
「うん!」
うさ!
なんで一緒にいるんだ、ウサミンロボ。
というか、姪がウサミンロボの手を離さない。
うさ
うさ、じゃない。いいのか、お前。
うさ
こいつ、うさしか言わねえ。
……うっさー?
そういう意味じゃない。
まさか、盗んだとか言われないよな。
うさ
ウサミンロボが、スマホのようなものを差し出してきた。
「なんだ、それ」
なんか書いてある。
【ウサートフォン】
スマホだ、これ。
着信が入った。なるほどそういうことか。
「もしもし」
「どうもはじめまして、モバPと申します」
「え、モバPさんって、あのモバPさんですか」
「あのかどうかはわかりませんが、ウサミンの事務所のプロデューサーのモバPです」
おいおい、たった一人で日本のアイドル勢力図を書き換えた伝説のアイドル日高舞。
その彼女に唯一対抗できると言われた765アイドルと、彼女らを率いるプロデューサー。
そのプロデューサーに唯一対抗できるかもしれないって噂がたまに流れる人じゃないか。
「ウサミンロボがお世話になっているみたいで」
「いえ、うちの姪こそすっかり懐いてしまって」
「あ、やっぱり」
やっぱり?
「担当の者とかわります」
担当?
「もしもしお電話かわりました。安部菜々と申します」
ひぃぃぃいいいいいっ!!!
ナナサン、ウサミン? なんでウサミン? どーしてウサミン?
待て、ウサミンだぞ。あのウサミンだぞ。さっきまでライブ見てたウサミンだぞ。
お、落ちつけ、俺。こんな時は落ち着いて……
いくぞ。
「ミミミンミミミン!」
「ウーサミン!」
うわ、本物だ、間違いないよ。
念のため、もう一回。
「合言葉は?」
「BEE!」
あんたいくつだよ、でも本物だ。
「いいかげんにしろよお前」
……今の、はぁと様の声だ。
「あ、ハンズフリーで心ちゃんと晶葉ちゃんも聞いてますから」
「あのですね、ロボちゃんはアイドルが大好きです」
「もしかして、あなたの姪御さんはアイドルの卵だったりしますか?」
そんなのは初耳だ。
スマホの向こうが静かになった。
「信じられないかもしれないが聞いてほしい」
この声は、サインをくれた池袋晶葉だ。
「ウサミン星は実在するし、ウサミン星人も実在する」
やべえ、なんか言い始めた。
「まあ、そこはジョークだと思ってくれていいが」
いいのかよ。
「私がウサミンのデザインを基に作ったのがウサちゃんロボ」
「そこにウサミン星の超科学を投入して改良されたのがウサミンロボ」
マジか。
「という設定にしておこう」
おい。
「冗談はおいて、危険はないから安心してほしい」
また、モバPの声になった。
「すぐ引き取りに行きますので、念のため、現在地を教えていただけませんか?」
個人情報、と言いたいが、どっちみちファンクラブ会員だから住所は知られてるんだよな。
住所と、ついでに会員番号も告げる。
直ちに迎えに行きます。との返事で通話が終わる。
「ウサミンロボ、帰っちゃうの?」
うさ
いや、聞かれたの俺だし、お前が答えるなよ。
「ウサミンロボもおうちに帰らないとな」
「そっか」
姪がポケットからリボンを取り出す。
「それ、姉貴……お母さんにもらったリボンだろ?」
「二本あるから、一本ウサミンロボにあげるの」
姪はリボンをロボの耳に結んで飾った。
うさうさ
ウサミンロボはその場でくるくる回り始めた。
もしかして、嬉しいんだろうか。
思い出した。姪が姉貴にリボンをもらった時も同じようにしてた。
同じように髪に飾って、同じようにくるくる回っていたんだ。
ああ、そっか。そうだよな。
姪はお母さんのことが、俺の姉貴のことが大好きなんだ。
糞姉……姉貴は、娘のことが嫌いなんじゃない。
ただちょっと、間違えるだけなんだ。
俺たちは、いわゆる帰国子女だった。
日本で俺たちは最初の一歩を間違えて、辛い学校生活を送った。
それから俺たちは、ずっと間違え続けている。
あの時に間違えなければ、帰国していなければ、もっと違う世界だったのか。時々そう思う。
その世界では姪も、アイドルだったのかもしれない。
迎えと一緒に帰っていくウサミンロボを見送りながら、俺は柄にもなくそんな馬鹿なことを考えていた。
「ばいばーい」
姪はいつまでも手を振っている。
さよなら、ウサミンロボ。
「さ、そろそろ部屋に戻るぞ、詩花」
ある日からウサミンロボの一台が耳にリボンをつけるようになった、そんなお話。
以上お粗末様でした
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