P「泣いた赤鬼」 (70)


むかし、むかし。

ある山奥に、赤鬼が住んでいました。


赤鬼「フンフフーン♪……」

赤鬼「そろそろクッキー焼けたかなー?」チラッ

赤鬼「……わっ、ととっ!」ツルッ

ドンガラガッシャーン!

赤鬼「……てへへ、また転んじゃった」

赤鬼「っと、そんなことよりさっそく千早ちゃんに味見してもらおっと♪」


赤鬼はとても明るく、失敗してもめげない性格でした。




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赤鬼には、ささやかな夢がありました。


赤鬼「ねえ千早ちゃん。人間って楽しそうだよね」

青鬼「そう? 私は特に興味は無いけれど」

赤鬼「うーん、私にも人間の友達がいたらいいのになぁ」

青鬼「それは……色々と難しいんじゃないかしら」


大昔から、鬼は人間を脅かす存在として恐れられてきました。

自分にとって脅威の存在である鬼と友達になろうと思う人間などいるはずもありません。

しかし、赤鬼は少しだけ変わり者だったのです。

人間と仲良くしたい。

人間の友達が欲しい。

赤鬼はそんなことを考えながら毎日を暮らしていました。



そんなある日、赤鬼は妙案を思いつきます。


赤鬼「……そうだ! 私は怖くなんかないんだよって人間の人たちにわかってもらえばいいんだよ!」

赤鬼「えーっと……」カキカキ

赤鬼「……でーきたっ。この看板を家の前に立てておこうっと」




看板『心の優しい、とっても可愛い鬼の家です。どなたでもお越しください。おいしいお菓子とお茶でおもてなししちゃいますよっ』




赤鬼は、人間を安心させる言葉を書いた看板を自分の家の前に立てました。


鬼役似合いそうhttp://i.imgur.com/zNVcEdz.jpg


青鬼「こんなもので本当に人間が来るのかしら……」

赤鬼「だーいじょうぶだって! きっとたくさん来てくれるよ!」

青鬼「だといいけど……」


親友の青鬼の心配をよそに、とても楽観的な赤鬼。

その日の夜、赤鬼は楽しみでなかなか眠れませんでした。


赤鬼「何人くらい来てくれるかな? 人間が来たらどんなお話をしようかな?」

赤鬼「クッキーもたくさん焼かなきゃいけないよね」

赤鬼「ああ、わくわくするなぁ!」



次の日、赤鬼は朝早く起きて準備をしました。

自慢の手作りクッキーと友達の白鬼に分けてもらった高級茶葉だけでなく、部屋を可愛らしく飾り付けて準備は万端です。


赤鬼「よし、我ながらカンペキ!」





青鬼(大丈夫かしら……)




そんな赤鬼の楽しそうな様子を、青鬼は物陰からこっそりと見守っていました。



やがて、昼になり……。






赤鬼「もうそろそろ誰か来るかな?」




夕方になり……。






赤鬼「フフフ、なかなか焦らしますね! でもそんなことでめげる春香さんじゃありませんよ?」



日が沈んで夜になっても、人間は一人も訪ねて来ませんでした。


赤鬼「うーん……さすがに昨日の今日じゃ急すぎたかも」

赤鬼「大丈夫、明日になったらきっと来てくれるはず!」





青鬼(…………)




張り切って準備したものも無駄になってしまいましたが、これくらいのことでへこたれる赤鬼ではありません。



次の日も、赤鬼はせっせとクッキーを焼いて人間を待ちます。





赤鬼「今日のクッキーは自信作ですよ、自信作!」



しかし昨日と同じく、時間が過ぎるばかりでいっこうに人間が訪ねて来る気配はありません。


赤鬼「ズズ……」

赤鬼「……ん、ホントにおいしいこのお茶! さっすが雪歩だね」

赤鬼「って、私が飲んじゃダメだよね、お客さんのお茶なのに」

赤鬼「…………」チラッ

赤鬼「…………まだかなぁ」





青鬼(…………)




そして結局二日目も、人間は赤鬼の家にはやって来ませんでした。



それから赤鬼は何日も人間を待ち続けました。



赤鬼「きーらいーなーもーのーでもーすきーになーりーたーい♪」

赤鬼「フフンフーン♪」

赤鬼「…………」

赤鬼「…………」

赤鬼「…………」

赤鬼「………………誰も来ないよぅ」グスン






青鬼(…………)



ザァァァ


赤鬼(今日は雨かぁ……)

赤鬼(雨ならまぁ……仕方ないよね、うん)


赤鬼「そんなとーきは♪ なやまなーいでジェットーがあーる♪ フライト♪」






青鬼(Fu!)


青鬼(…………)



赤鬼「ううむ……」

赤鬼「今日で二週間来客なし……」

赤鬼「まさかこのままずっと……」

赤鬼「いやいや、そんなことないよね。大丈夫、大丈夫……。まだあわてるような時間じゃない……」

赤鬼「ブツブツ……」




青鬼(…………)



赤鬼「今日こそは人間が私の家にやって来る……」ブチッ

赤鬼「来ない……」ブチッ

赤鬼「来る……」ブチッ

赤鬼「来ない……」ブチッ

赤鬼「来る……」ブチッ

赤鬼「…………」



赤鬼「………………来ない……」ズーン




青鬼(…………)



赤鬼「…………はぁ」

赤鬼「なんで誰も来てくれないんだろう……」

赤鬼「私はただお友達になりたいだけなのに……」






青鬼(このままじゃ春香が……)



そして、人間を待ちはじめて一ヶ月が過ぎだある日。


赤鬼(どうせ今日も誰も来ないよ……)

赤鬼(私って嫌われ者だったんだなぁ……)

赤鬼(それなのに、ひとりでバカみたい……)


いつも元気な赤鬼の心も流石に折れかかっていました。

そこへ、ノックの音が響きます。




コンコンッ




赤鬼「!!」



赤鬼「はっ…………入ってます! じゃなかった、い、今開けますねっ!」タタタ

赤鬼「はうあっ!?」ズルッ

ドンガラガッシャーン!

赤鬼「うぅ、いたたた……」




ガチャ




青鬼「…………こんばんは、春香」



赤鬼「あ…………なぁんだ、千早ちゃんかぁ」

青鬼「ごめんなさい、期待させてしまって」

赤鬼「う、ううん、そんなことないよ! なんか久しぶりだね?」

青鬼「ええ」




一ヶ月ぶりの来客は人間ではありませんでしたが、親友の訪問は荒みかけていた赤鬼の気持ちを少しだけ解してくれました。



青鬼「春香、その……大丈夫?」

赤鬼「大丈夫って何が?」

青鬼「まだ誰も訪ねて来てないんでしょう?」

赤鬼「う……ま、まあ、これからだよこれから! 私、全然気にしてないし!」

青鬼「それは嘘ね」

赤鬼「っ……」

赤鬼「千早ちゃん……」


明るく振る舞う赤鬼は一見いつも通りのように見えましたが、赤鬼の様子をずっと見守っていた青鬼には、それが空元気だというのが分かっていました。



赤鬼「……千早ちゃんには敵わないなぁ」

赤鬼「あのね……正直言うと、ちょっぴり辛いかも。人間が来てくれたら笑顔で迎えなきゃって思ってるんだけど、ずっと待ってるのも疲れちゃって」

青鬼「……そう」


気づけば赤鬼は、青鬼に愚痴をこぼしていました。

青鬼は励ますでもなく、ただじっと赤鬼の話を聞いています。



赤鬼「あっ……ご、ごめんね? こんなこと聞かされてもどうしていいかわかんないよね!」

赤鬼「せっかく千早ちゃんが来てくれたんだし、何か楽しいお話しよう、うん!」

赤鬼「えーっと、最近何か楽しいことあったかなぁ……」

赤鬼「えーっと、うーんと……」

青鬼「…………」

赤鬼「あ、そうだ。そういえば雪歩にお茶っ葉のお礼しなきゃだね」

赤鬼「今度雪歩のところに遊びに行こう。ねえ、千早ちゃんも一緒に」

青鬼「春香。それより私、あなたに話があるの」

赤鬼「……え?」


青鬼が神妙な面持ちで切り出した話は、赤鬼を驚かせる内容でした。



赤鬼「……ええっ!? 千早ちゃんが人間に意地悪して、私がそこに止めに入る!?」

青鬼「ええ。そうすれば多分、春香は人間の信頼を得ることが出来る」

青鬼「人間と友達になることも出来ると思うわ」


青鬼は、最初に赤鬼が人間と友達になりたいと言い出した時に『おそらく難しいだろう』と思っていました。

しかし同時に、なんとかして赤鬼と人間の仲を取り持つようなことは出来ないか、とも考えていたのです。

青鬼の提案はかなり強引な手段でしたが、今までのようにただ待っているよりは可能性が高いように思えます。

でも、友達思いの赤鬼はすぐに首を横に振りました。


赤鬼「ダメだよ! そんなことしたら千早ちゃんが人間から嫌われちゃう!」

青鬼「聞いて、春香。元々私たち鬼は人間に良く思われていないのよ。だから、春香の方法では人間と友達になるのはきっと無理だと思う」

赤鬼「で、でも……! 私、大切な友達を嫌われ者になんかしたくないよ」



泣きそうな顔で反論する赤鬼に、青鬼は笑顔になって言いました。


青鬼「ありがとう、春香。でも、私にとっても春香は大切な友達」

青鬼「だから春香にはいつも笑っていてほしい」

青鬼「あなたの『人間と友達になりたい』という夢を叶えてあげたいの」

赤鬼「千早ちゃん……」


人間と友達になりたい。でも、青鬼を嫌われ者にしたくない。

かと言って、せっかくの親友の想いを無駄にしたくもない。

赤鬼は、たくさん悩みました。



しばらく考えて、赤鬼は決断しました。


赤鬼「わかった。せっかく千早ちゃんが私のために考えてくれたんだもん、私、千早ちゃんの言うとおりにしてみるよ」

青鬼「春香……ありがとう」

赤鬼「でもお願い。絶対に無茶はしないでね?」

青鬼「ええ、約束するわ」


人間の村へ行くのは明日に決め、その日の夜は久しぶりに会った親友同士、ひとつの布団で寝ることにしました。




赤鬼「わぁ、二人だとちょっと狭いねぇ」モゾモゾ

青鬼「でも、ひとりよりも温かいわ」ニコッ

赤鬼「うん、そうだねっ♪」ニコッ


布団の中で二人は色々な話をしました。

赤鬼の作るお菓子のこと。

青鬼の歌う歌のこと。

友達の白鬼がとても深い穴を掘った時のこと。

その穴にうっかり浅葱鬼が落ちてしまい、助けるのにとても苦労したこと。

どの話の時も、赤鬼は笑顔でした。

青鬼が自分の側にいてくれる。

それがとても嬉しかったのです。



赤鬼「……そろそろ寝よっか」

青鬼「ええ、そうね」

青鬼「おやすみ、春香」

赤鬼「おやすみなさい、千早ちゃん」


久しぶりに青鬼とたくさん話をした赤鬼は、とても幸せな気持ちで眠りにつきました。



翌朝。


赤鬼「…………ふわぁぁ。んん……」

赤鬼「……あれ? 千早ちゃん……?」キョロキョロ


赤鬼が目を覚ますと青鬼の姿はすでにありませんでしたが、代わりに枕元に書き置きを見つけました。


赤鬼「『先に山を下りてます。後から来てください』……」

赤鬼「そっか。千早ちゃんが先に行かないと意味がないんだね」

赤鬼「私も用意しなきゃ。えーっと、ハミガキ、メイク……」ゴソゴソ


赤鬼は急いで支度を整え、急がばまっすぐ山の麓にある人間の村へ向かいました。



一方、人間の暮らす村では……。


青鬼「こんなもの」ポイッ

人間1「うわぁあ! お前、俺の大切なフィギュアになんてことしやがる!」

人間2「どうしたんだい、エンジェルちゃん? 君みたいなお淑やかそうな子がこんなことをするなんて」

青鬼「近寄らないで、鬱陶しい」

人間2「フフフ、照れているんだね☆」パチッ

人間3「まあまあ落ち着いてよお姉さん。いくら鬼だからっていきなり過ぎるんじゃないかな? 人間を襲うにしたってもっとこう、手順を踏んでさ」

青鬼「………………トイレ」ボソッ

人間3「ちょっと!? ヒドくない!?」


予定通り、青鬼が大暴れして人間たちを困らせていました。

あまりにも酷い仕打ちに人間は腹をたてます。



人間1「おいあんた、どういうつもりだ!」

人間2「辛辣なエンジェルちゃんっていうのもまた趣があっていいなぁ」

人間3「トイレじゃない……ボクはトイレじゃない……」ブツブツ

青鬼「あなたたちなんて、ええと…………タンスの角に小指をぶつけて滅んでしまえばいいのよ」

人間1「そんなことで滅びねえよ!」


そこへ、赤鬼が遅れてやって来ました。


赤鬼「あ、あのっ!」



人間1「げっ、また鬼が来やがった!」

人間2「チャオ☆ こっちのエンジェルちゃんも可愛いなぁ!」

人間3「トイレじゃない……ボクはトイレなんかじゃないんだ……」ブツブツ



赤鬼「えっと……」



青鬼「…………」チラッ



赤鬼「に、人間にヒドいことするのはやめてくださいっ!」


赤鬼は打ち合わせ通りに、人間たちと青鬼との間に割って入り……


青鬼「……邪魔が入ったみたいね。私はこれで失礼するわ」スタスタ


赤鬼の言葉を受け、青鬼は踵を返して行ってしまいました。

赤鬼はその後ろ姿を少し緊張しながら見送ります。



赤鬼「…………ふぅ」

人間1「おい、あんた」

赤鬼「は、はいっ!」

人間1「ひょっとして、オレたちを助けてくれたのか?」

赤鬼「あ、あの、私……」


人間たちを騙していることに抵抗を感じる赤鬼ですが、せっかくの青鬼の計らいを無碍にするわけにもいきません。



赤鬼「は、はい。えっと……意地悪な鬼はいなくなりました。だから安心してくださいね?」

人間1「……へぇ、鬼にもあんたみたいなヤツがいるんだな。ちょっと見直したぜ」

人間2「是非君のことを知りたいな!」

人間3「ねえお姉さん、ボクたちと友達になってよ!」

赤鬼「い、いいんですか!?」パァァ


赤鬼のことをすっかり信用した人間たち。

赤鬼は新しくできた友達に喜び、さっそく自分の家に招待することにしました。

そして同時に青鬼に心の底から感謝をするのでした。



その日から、赤鬼の家には毎日のように人間たちが遊びに来るようになりました。


人間1「モグモグ……。ふーん、変わった味のクッキーだな。甘さが全くなくて、さっぱりしてて……ん、少し辛いか?」

人間1「てか辛っ!? めちゃくちゃ辛いぞコレ!?」

赤鬼「ああっ! 私、砂糖と間違えて大根おろし入れちゃいました!」

人間1「どんな間違えしてんだよ!?」

人間2「ははは、リボンちゃんは愉快だなぁ」

人間3「っていうか普通に考えて大根おろしでクッキーできるのがおかしいような……」



赤鬼「お待たせしましたー♪ お口直しのパイをどうぞ!」

赤鬼「ってわぁ!」ツルッ

ドンガラガッシャーン! ベチャ

人間1「…………」ベットリ

人間3「ああ……パイが冬馬くんの顔に……」

人間2「真っ先にエンジェルちゃんの手作りパイを食べられるなんて、冬馬は幸せ者だな」

人間1「……お前、オレに恨みでもあんのか?」

赤鬼「ご、ごめんなさいごめんなさい! すぐ拭きます!」



人間1「よう、天海」

赤鬼「わぁ、今日も来てくれたんですね!」

人間1「オレもヒマじゃねーんだけど、こいつらがどうしてもっていうからな」

人間2「チャオ☆リボンちゃん。君ともっと深い仲になりたくてまた来たよ☆」

人間3「ねえ春香さん。今日のお菓子は何かな?」

赤鬼「今日はチーズケーキですよ、チーズケーキ!」

人間1「お前らノリノリだなホント」

人間3「そんなこと言って、実は冬馬くんが一番楽しみにしてたんじゃないの?」

人間1「そ、そんなわけねーだろ!」

人間2「冬馬ももっと素直になればいいのに」

人間1「余計なお世話!」

赤鬼「さあさあ、みなさん上がってください!」


ちょっとドジなところもありますが、基本的には明るくて人当たりの良い赤鬼。

人間たちと打ち解けるのに時間はかかりませんでした。

赤鬼は人間たちと賑やかでとても楽しい日々を過ごしました。



そんなある日。


赤鬼(あれからすごく楽しい毎日が続いてる)

赤鬼(それはとても嬉しいことなんだけど……)


ふと気づくと、願いが叶って幸せなはずの赤鬼の心は、どこか穴が空いたようでした。


赤鬼(あの日から、私の家に千早ちゃんが訪ねて来ることはなくなった)

赤鬼(わかってる。人間に意地悪した千早ちゃんと私が仲良くしているところをみんなに見られたら、きっともう誰も遊びに来てくれなくなっちゃう)

赤鬼(でも……)

赤鬼(千早ちゃん……私、千早ちゃんに会いたいよ)

赤鬼(会って、ちゃんとお礼を言いたいよ)


赤鬼は、人間たちとの仲を取り持ってくれた大切な親友に想いを馳せます。



人間1「……どうした、天海?」

赤鬼「……ふぇっ?」

人間1「なにボーッとしてんだよ。ほら、大型モンスターが来るぞ」

人間3「春香さん危ないっ!」

赤鬼「わわっ!」カチャカチャ

人間1「す、すげえ……! 間一髪で避けやがった!」

人間2「リボンちゃんは緊急回避が上手なんだね」

人間3「てか、今のフレーム回避なんじゃ……」

赤鬼「え、えへへ」




赤鬼「…………」




赤鬼は決めました。

こっそり青鬼に会いに行こうと。



次の日、赤鬼は少し離れた青鬼の家までやって来ました。

人間ならまず誰も踏み入れないような、赤鬼の家よりももっと山奥、そこに青鬼の家はありました。


赤鬼(なんだろう、緊張するなぁ)

赤鬼(会うの久しぶりだからかな?)

赤鬼「すぅーー」

赤鬼「はぁーー」


深呼吸をして気持ちを落ち着けます。




コンコンッ


赤鬼「……千早ちゃん、いる?」





しばらく耳をすませますが、聞こえるのは小鳥のさえずりと風が木々を揺らす音だけ。



赤鬼「千早ちゃーん、いないのー?」





二度目の呼びかけにも応える者はありません。

赤鬼の声だけが静かな山の中に寂しげに響きます。



赤鬼「千早ちゃーん! 春香です! 遊びに来たよー!」





三度目。今度はさっきよりも大きな声で呼びかけますが、やはり誰の返事もなく、相変わらず水を打ったような静けさです。



赤鬼「……いないみたいだね」

赤鬼「出かけてるなら仕方ないか。また出直そう」




諦めて帰ろうとしたその時。

赤鬼は玄関脇の郵便受けの上に二つに折りたたまれた紙が置いてあるのに気がつきました。



なんとなくそれを手に取って開いてみると、その紙には青鬼の丁寧な字でこう書かれていました。



大切な春香へ


私と会っているのを人間たちに見られては

あなたの信用がなくなってしまいます

だから私は旅に出ることにしました

突然でごめんなさい

体に気をつけて

あなたが心から笑って日々を過ごせるよう

遠くから祈っています


千早



青鬼からの手紙を読んで、赤鬼は頭を殴られたようにめまいがしました。

何回も読み直しましたが、どう読んでもお別れの手紙にしか読めませんでした。


赤鬼「どういう……こと……?」


人間たちに見つからないようにこっそり会えば、たぶん大丈夫。

そう考えていた赤鬼に無情な言葉が刺さります。

自分のことをいつも見守ってくれていた青鬼はもういない。

しばらくしてその意味が理解できると、赤鬼の目から大粒の涙が溢れてきました。


赤鬼「そん、な……! 私、まだお礼言ってないよ……!」

赤鬼「ありがとう……って……!」

赤鬼「これでさよならなんて……いやだよ……!」



そのまま赤鬼は、地面に崩れ落ちました。

もう親友に会えなくなってしまったことを嘆きました。

本当に大切だったものに気づけなかった自分の愚かさを悔やみました。

そして、青鬼の優しさを想って、ずっとずっと泣き続けました。




赤鬼「うわあぁぁぁああんっ……!」




静かな山の中に、赤鬼の悲しい泣き声だけがいつまでも響くのでした。


ーーーーーー
ーーー


P「……めでたしめでたし」




春香「いや、全然めでたくないですよ!」

P「そうか?」

春香「これじゃ赤鬼も青鬼もかわいそうじゃないですか!」

P「こういう終わり方もアリだと思うんだけどなぁ」

千早「あの、プロデューサーはこの物語は何を伝えたかったんだと思いますか?」

P「んー、そうだな……」

春香「それは赤鬼の可愛さじゃないかな?」

P「はいはいそうですね」



P「人によって感じ方はそれぞれだと思うけど……」

P「鬼という、人間に恐れられる立場でありながら人間と友達になろうとした赤鬼。親友の願いを叶えるために自ら悪役を演じた青鬼」

P「思うに、この話のテーマは優しさなんじゃないかな?」

千早「優しさ、ですか」

小鳥(違います。テーマははるちはですよ!)


春香「でも、やっぱりこんな終わり方はあんまりだと思います。どうにかして赤鬼と青鬼を会わせてあげられないんですか?」

P「気持ちは分かるけど、これはこういう話なんだよ」

P「…………あ。でも確かこの話には続きがあるんだったっけ」

千早「続きがあるんですか? それは知らなかったです」

春香「プロデューサーさん、是非続きを話してください! 千早ちゃんも聞きたいよね?」

千早「そうね。鬼たちのその後は少し気になるかも。プロデューサー、お願いできますか?」

P「ああ、いいよ」




ーーー
ーーーーーー



どれだけの時間が経ったでしょうか。

太陽が頭の上を通って沈んでも、赤鬼の涙は止まることなく流れ続けていました。




赤鬼「グスッ……ヒック……」




その様子を見かねたのか、鬼の大将が赤鬼の前に姿を現しました。



緑鬼「ちょっと春香、いつまで泣いてるのよ」

赤鬼「……うぇっ? り……律子さん!?」

緑鬼「悲しいのは分かるけど、シャンとしなさい」

赤鬼「律子さぁん、千早ちゃんがぁ!」ヒック

緑鬼「わ、分かってるから」


鬼の大将である緑鬼は、最初から全てを見ていました。

だから知っていたのです。

赤鬼の想いも、青鬼の想いも。



緑鬼「人間と友達になれたはいいけど、親友である千早を失っては本末転倒ってわけね」

赤鬼「はい、そうなんです……」

緑鬼「……まったく、不器用なんだから二人とも」


全てを知っている緑鬼は赤鬼に問いかけます。


緑鬼「ねえ春香。あなたは千早に会いたいのよね?」

赤鬼「は、はい! 会えるなら、会いたいです……グスッ」

緑鬼「ほらほら泣かないで」フキフキ

赤鬼「うぅ……すみません」

緑鬼「あのね、春香。もしあなたがまた千早に会えたとして、それを人間に見られたらどうなるかは分かっているわね?」

赤鬼「…………」


一瞬、人間たちとの楽しかった日々が赤鬼の頭をよぎります。

しかし、赤鬼はそれを振り払って力強く答えました。



赤鬼「それは分かってます。でも私、やっと気づいたんです。本当に大事なものに」

赤鬼「だからもし千早ちゃんがまた私の近くにいてくれるなら…………他のものを失っても、もう後悔することはありません」

緑鬼「……そう。ま、そこを理解してるならいいわ。じゃあ千早に会いに行きましょうか」

赤鬼「…………え? 律子さん、千早ちゃんの居場所知ってるんですか!?」

緑鬼「これでも一応鬼の大将だからね。……ほら、いつまでも座ってないで立ち上がりなさい」

赤鬼「は、はい……」


緑鬼は赤鬼の手を引いて立ち上がらせますが、それからその場を動こうとはしませんでした。



赤鬼「あの、それで千早ちゃんはどこに行ったんですか? 結構遠い場所なんですか?」

律子「いいえ、全然。だって、千早なら最初からずっとあなたの目の前にいるんだもの」

赤鬼「目の、前……?」


何のことだか分からない赤鬼でしたが、少しの間扉を見つめてはっと気がつきます。


赤鬼「ま、まさか……」


ガチャ





青鬼「……グスッ……はるかぁ……!」



青鬼の家の扉は驚くほど簡単に開き、玄関には赤鬼と同じくらい涙でボロボロの青鬼がうずくまっていました。



赤鬼「ち……千早ちゃんっ!!」ダキッ

青鬼「うぅっ……うぁぁ……!」

赤鬼「会いたかった……! 会いたかったよぉ……!」

青鬼「わた……しも、会いたかった……!」



緑鬼「あーあ、二人ともボロ泣きじゃない。しょうがないんだからもう……」グスッ


唯一無二の親友同士の再会に思わずもらい泣きしてしまう緑鬼でしたが、すぐに表情を改めます。

これで問題が解決したわけではないのです。



緑鬼「私はいつでも見守っているから。頑張りなさい、二人とも」



その日の夜、赤鬼は青鬼を自分の家へ招きしました。


青鬼「春香、さっきはその……。みっともないところを見せてごめんなさい」

赤鬼「あ、謝らないでよ~。私だってたくさん泣いちゃったんだし、おあいこだよ、おあいこ!」

青鬼「でも、旅に出ると言っておきながら私は結局どこへも行けなくて……」

赤鬼「ううん、千早ちゃんがまだお家にいてくれて良かったよ」

青鬼「春香の家、なんだか久しぶりだわ。少し人間の匂いがするのね」

赤鬼「…………うん」



青鬼「春香、あのね……」

赤鬼「言わないで、千早ちゃん」


真面目な顔になった青鬼の言葉を、赤鬼は遮りました。

赤鬼にも何の話かは分かっていたからです。

そして、そのことに対しての考えもすでに赤鬼の中で固まっていました。


赤鬼「私、人間のみんなに本当のことを話すよ」

青鬼「春香、でも」

赤鬼「うん……。せっかく出来たお友達だけど、仕方ないよね。やっぱりずっと嘘をついてるのはイヤだから」

青鬼「……そう」

赤鬼「あっ……。ごめんね、千早ちゃんが私のためを思ってしてくれたことなのに、こんな結果になっちゃって……」

赤鬼「それに私、あの時のお礼もまだ言ってなかったし……」

青鬼「いいの。私は春香が笑っていてくれれば、それだけで満足だから」

赤鬼「千早ちゃん……」



赤鬼「千早ちゃん、ありがとう」

青鬼「えっ?」

赤鬼「今のありがとうは、人間と友達になるきっかけを作ってくれたことと、私の側にまた戻って来てくれたこと。二つの意味でありがとう、だよ?」ニコッ

青鬼「それなら、私もありがとう。私に会いに来てくれて。おかげでまた春香の近くにいることができる」

赤鬼「……えへへっ♪」

青鬼「ふふっ」



それから二人は、またひとつの布団に入りました。


赤鬼「……あったかいね、千早ちゃん」ギュッ

青鬼「ええ、そうね」ギュッ


人間と仲良くなる方法を青鬼が提案した日。

その日と同じように二人は寄り添います。

二人であの夜と同じようにたくさんの話をしました。

橙鬼がせっせと育てていたもやしを双子の黄鬼たちがつまみ食いした時のこと。

それを知った桃鬼に黄鬼たちがしばかれたこと。

なんやかんやあって気づいたら紫鬼が行方不明になっていたこと。

そして紫鬼を探して世界中を大冒険するはめになったこと。

どの話の時も、赤鬼だけでなく青鬼も心から笑っていました。

それはもしかしたら、二人の心の距離があの夜よりも近くなっていたからなのかもしれません。

それから赤鬼と青鬼は、とても幸せな気持ちで眠りにつきました。



次の日、赤鬼はいつかのように早起きして外に出ました。

青鬼も一緒に起きて、赤鬼の行動を見守っています。


赤鬼「よいしょっ……と」ザクッ

青鬼「……本当にいいのね?」

赤鬼「うん。いいんだよ、これで」


赤鬼は以前家の前に立てた看板を壊し、新しく看板を立てます。

新しい看板にはこう書かれていました。





看板『心の醜い、嘘つきで可愛い鬼の家』







しばらくすると、いつものように人間たちが訪ねて来ました。


人間2「リボンちゃん、遊びに来たよ!」

人間3「今日のお菓子はなんだろうな~」

人間1「あれ、この看板……?」


人間たちは家の前の新しい看板を読み、不審に思いました。


人間3「心の醜い……」

人間2「嘘つきの鬼……?」

人間1「どういうことだよ、天海……?」



人間が集まったのを見計らって、赤鬼は青鬼を伴って人間たちの前に現れます。



人間1「! お前は……!」

人間2「これは……」

人間3「春香さん、どういうこと?」

赤鬼「見ての通りです。私、本当は千早ちゃん……青鬼と仲良しだったんです」

赤鬼「今までみんなを騙してました。本当にごめんなさい!」

人間3「うわぁ、そうだったんだ……」

人間2「…………」

人間1「お前……」

人間1「そうかよ。結局お前もそいつと変わらない悪い鬼だったってことかよ」

青鬼「待って。春香は悪くないわ。全て私が考えて無理やり春香に演技をさせたの。だから……」

赤鬼「ううん、騙したのは私の意思だよ。悪いのは私」

人間1「うるせえ! どっちも変わらねえよ!」

人間1「オレたちを騙して面白かったか? ……へっ、やっぱり鬼なんか信用するんじゃなかったぜ」

人間1「行こうぜ、北斗、翔太」

赤鬼「あっ…………」

青鬼「…………」


人間が帰ろうとしたその時、一迅の風が吹き抜けました。

そしてその風が止むと、そこには緑鬼が立っていました。



赤鬼「り、律子さん!」

青鬼「律子……」


緑鬼はゆっくりと人間の方を向いて言いました。


緑鬼「赤鬼はあなたたち人間と友達になりたいっていう純粋な気持ちを持っていた。青鬼はその赤鬼の願いのために自ら悪役を買って出た」

緑鬼「正直にあなたたちに話したのだってそう。本当のことを隠し通すことだってできたのに、嘘をついたままじゃ本当に仲良くなれないから、だからこの子は正直に話したの」

緑鬼「鬼だから悪い存在? 人間とは違う? この子たちはね、相手を思いやる優しさを持っているわ」

緑鬼「あなたたちにだって大切な人がいるならそれが分かるはずよ」

人間1「…………」

人間2「…………」

人間3「…………」



緑鬼の威圧感に気押された人間たちは、反論することができません。

いえ、もしかしたら反論ではなくて口にするべき答えがあったのかもしれません。

ですが、あまりの迫力に人間たちには押し黙ることしかできなかったのです。



緑鬼「言うべきことは言ったわ。どう考えるかは、あなたたち次第……」



再び風が吹き、緑鬼は姿を消しました。

しかしその後も、人間たちは上手く言葉が出てきませんでした。



それから数日後、赤鬼と青鬼は山から姿を消してしまいました。

いたたまれなくなったのか、それとも人間を憎むようになってしまったのか。

残された人間たちには、もう鬼たちの真意を知る術はありません。

わかっているのは、あの時の緑鬼の言葉だけです。



人間1「…………」チラッ




看板『心の醜い、嘘つきで可愛い鬼の家』ボロッ





人間2「……またここに来てたのか」

人間3「探したよ、冬馬くん」



人間1「北斗、翔太……」



人間2「彼女たちのことを考えてたのか?」

人間1「……いまだによくわかんねぇんだ。あいつらのこと」

人間1「青鬼のやつには確かにひどいことされたし、あの時は許せねぇって思った。けどよ、あの緑鬼の言葉を信じるならそれも全部天海を思ってのことだったんだよな」

人間1「そんで天海は天海で、なんかバカっていうかバカ正直っていうか……」

人間2「……残念だけど、今さら言っても仕方ないさ。あの子たちはもういないんだ」

人間3「そうだよ。……帰ろう? ほら、レッスンだってサボっちゃったしさ」

人間1「…………」

人間2「ちょっと待っててくれねーか。……いや、お前らも手伝ってくれ」

人間2・3「えっ?」



ザクッ ザクッ

人間1「…………よし、こんなもんか」

人間1「サンキュ、助かったぜ二人とも」

人間3「それは別にいいんだけど……これ、見てもらえる日は来るのかな?」

人間2「どうだろうな。でも、今出来る最大限の償いなのかもしれないな」

人間1「……さて、戻るか。また黒井のおっさんにどやされちまう」



赤鬼の家の前に立てられたボロボロの看板は破棄され、その代わりに新しく石碑が立てられました。

そしてその石碑には、もう書き直されることがないように人間たちによってこんな文が刻まれたのです。




石碑『ドジでおっちょこちょいで、可愛いかは知らねぇけどなんか変なやつの家。いつでも帰って来いよ。待ってるからな!』




おしまい


おわり
99%パクリで申し訳ない
ただはるちは鬼を見てみたかったんだ


はるちはわっほい

>>53


>律子「いいえ、全然。だって、千早なら最初からずっとあなたの目の前にいるんだもの」

亜美「律子と書いて鬼と呼ぶ」

乙乙最高だった
鬼ヶ城くんもイイ味出してる

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