梨子「カードキャプター」善子「さくらうち?」 (223)



梨子(私、桜内梨子、16歳。好きな食べ物、サンドイッチ。今日内浦に引っ越してきたんだ)


梨子「……」クイックイッ


梨子(え、何をしているのかって? 一日一万回、感謝の壁クイが私の日課なんです)


梨子「……」クイックイッ


梨子(無心、無心。明鏡止水、ううん、明壁止水の心構えが大切なの。そう、たとえ――)






梨子「……」


梨子「……」チラッ






梨子(たとえ、セイウチの化け物が目の前にいたとしても)




うちっちー(原寸大)「ねえ聞いてる? さくらうち! ねえったら!」


梨子「……」クイックイッ




梨子(ああ、どうしてこうなったんだっけ――――)







  ☆   ☆   ☆



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CCさくらクロス
設定改変注意



第1話

「はじまりの風はイチゴの香り」



 

梨子ママ「梨子ー! 早く荷物あけちゃいなさいよー!」

梨子「あ、はーい!」


梨子(いけないいけない、もうすぐ夜ごはんだもんね)


梨子(引っ越してきて、部屋は段ボールだらけ。こっちには本がたくさん。そしてこっちには――)


梨子「楽譜……。コンクール、結局ダメだったな」

梨子「ううん、ダメダメ。せっかく引っ越したんだもん。切り替えなくちゃね」


梨子(ついため息がでちゃうけど、大丈夫。私にはこのお守りがある。ただの拾い物だけど、何だか不思議と落ち着く、カードのお守り――)



コツン


梨子「痛っ! 何か、上から……?」

梨子「これ何だろう……。何かの鍵、みたいな……」


梨子(ピンクの持ち手に白い羽根の飾り。なんだかくちばしみたいな形……)


梨子「子どものおもちゃかな? ふふっ、かわい――」チョンチョン




―――キイイイイイイィィィィィィン




梨子「きゃあっ!」

梨子「なにこれっ! 急に、光が……っ!」




梨子(ど、どこから!? もしかして、あの鍵から……?)


梨子「ひっ、な、何か床から出てくる……っ!」


梨子(茶色い何か……。まあるい頭に、真っ黒な目に、白い……牙?)


梨子(ひっ! ば、化け物!)



梨子「あっ、や、やだ、助け――っ」ガタガタ




ゴゴゴゴゴ


うちっちー(原寸大)「こにゃにゃちわーーっ!」クワッ



梨子「いやあああああっ!!」




  ☆   ☆   ☆



梨子(というわけなんだけれど、いつまでも放っておくわけにもいかないよね……)

梨子「そ、それで? あなたは……?」

うちっちー「うん、君が壁から目を離してくれて嬉しいよ」


うちっちー「ボクはカードの妖精、うちっちー」

梨子「よ、妖精……」

うちっちー「そう。君みたいな女子高生をどすけべ魔法少女にするためにボクはいるのさ」

梨子「どすけ……え?」

うちっちー「どすけべ魔法少女さ。ちゃんと聞いてた?」

梨子「あなた、変態なの?」

うちっちー「まさか。人聞きが悪いね。ボクはただ少し――そう、不純なだけさ」

梨子「不純」

うちっちー「うん、不純。さて、と……」シュルルル

梨子「わわっ、ちっちゃくなってる!」

うちっちー(ミニ)「妖精だからね、大きさも自由自在だよ」

梨子(最初から小さくなって出てきたらよかったのに)


うちっちー「いやあ、こんな濃密なフェロモ――いや、魔力は初めてだからさ、テンション上がっちゃって」

梨子「……」

うちっちー「オスの性さ」



うちっちー「それで、さくらうち」

うちっちー「君には今日から、カードキャプターになってもらう」


梨子「カードキャプター……?」

うちっちー「そう。魔力の宿りしカードを集める少女。それがカードキャプター」

梨子「カード……」

うちっちー「君はもうその1枚を持っているんだ」

梨子「それって、このカードのお守り?」


梨子(去年拾って以来、私がいつも持ち歩いている不思議なカード。黒い煤だらけで、文字も読めなくて、どれだけ拭いても汚れがとれなかったんだよね……)


うちっちー「でも、不思議と手放せない。そうでしょ?」

梨子「……!」

うちっちー「それはカードが君を持ち主だと認めているからさ。君、カードに名前を書いたでしょ」

梨子「か、書いた……! 拾った時に、なんだか書かなきゃって思って、カードの下の方にローマ字で……」

うちっちー「そう、君が書いた『SAKURAUCHI』の文字。これがそのカードの所有者の証なんだ」

うちっちー「カードに好かれていなければ、そもそも名前なんて書けないからね」

梨子「カードの、所有者……」


うちっちー「そう、君は魔法のカード―――『クロウカード』の所有者になったんだ」


梨子「『クロウカード』……それがこのお守りの名前……。で、でも魔法だなんて、そんな……!」

うちっちー「ボクを見てまだ信用できない?」

梨子「……」

うちっちー「本来なら別の世界で、1冊の本にまとまって存在するはずのものなんだ。でも、この世界に……9枚だけ、紛れ込んでしまった」

梨子「9枚も……」

うちっちー「それでボクが生まれたのさ。この世界でカードキャプターを探して、カードをもとの世界に帰すために」

梨子「それが私なの?」

うちっちー「そうだよ。君は強い魔力を持っているんだ」



梨子「私、魔力なんて持ってないよ」

うちっちー「いいや、あるさ。君はどすけべ魔法少女になれる」

梨子「そのどすけ……っていうの、何とかならない? それに魔法少女って、私もう16歳なんだけ――」

うちっちー「そこがいいんじゃないかっ!!」クワッ

梨子「」ビクッ


うちっちー「ああ、失敬」ゴホン

うちっちー「それで、どうかな、手伝ってもらえないかな」

梨子「どうして今までの会話でOKしてもらえると思ったの?」

うちっちー「そ、そんなっ! ボクの『マスコットキャラポジションを確保して女子高生の谷間に入れて持ち運んでもらう作戦』はどうなるのさ!?」

梨子「もっと嫌だよ!」


うちっちー「あー、真面目な話、君しかあてがないんだ。なんとか考えてもらえないかな。この通り!」

梨子「そんなこと言われても……」

うちっちー「お願い! さくらうち!」


梨子「……」


梨子「……」


梨子「ち、ちょっと壁と相談してみるね」

うちっちー「あのね、君も相当だと思うんだけどね」







  ☆   ☆   ☆



梨子「……」クイックイッ

うちっちー「……」



うちっちー「さあ、決心はついたかい?」


梨子「……やっぱり、無理だよ」


うちっちー「どうしてさ? 君ほどのエロ――ゴホン、失敬――魔力を持っているなら、きっとできるよ」

梨子「私なんてダメダメだよ。得意なこと、壁クイくらいで」

うちっちー「そんなの誰だって同じじゃないか! ……いや、同じじゃないか」

梨子「それに私、すっごく怖がりなの。去年はピアノのコンクールだって失敗しちゃったし」

うちっちー「ピアノとカードキャプターは関係ないさ」

梨子「関係あるよ……。とにかく私には無理だよ。ほら、日課がまだ残ってるの。だから他の人を――」



うちっちー「願いが叶うとしても?」


梨子「え……?」



うちっちー「9枚全部集めたら、願いが叶う」

梨子「……何でも?」

うちっちー「そう、何でもさ」

うちっちー「超絶イケメン彼氏でも、一生使いきれないほどのお金でも、君の名前と同じさくら色のナース服でもいい。ああ、最後のはボクのおすすめね」



うちっちー「それに、ピアノを弾けるようにだって、なれる」


梨子「……」

梨子「本当に、何でもなの……?」

うちっちー「うん」

梨子「どんなものでも……?」

うちっちー「どんなものでも、さ」


梨子「私……、私……っ!」








梨子「灰色がかった濃い赤茶色で凹凸少なめのレンガの壁が欲しい……! 落書きされてないやつ!」キラキラ


うちっちー「ああ、うん、ボクたちいいコンビになれるって、そう思うよ」




うちっちー「何はともあれ――」

うちっちー「君は今日から、カードキャプターだ!」






  ☆   ☆   ☆



うちっちー「さて、今から君には契約をしてもらう」

梨子「契約?」

うちっちー「そうさ。君はすでに魔力を持っているわけだけど、それだけじゃあ魔法は使えない」

うちっちー「『鍵』と契約して、魔力を解放してあげないといけないんだ」


梨子「ど、どうやるの?」

うちっちー「契約の呪文を唱えるのさ。さあ、そこに立って――」




うちっちー『封印の『鍵』よ――』スウウッ


鍵「」フワリ

梨子(あ、あのおもちゃが『鍵』だったんだ……!)



うちっちー『汝との契約を望む者がここにいる……。少女、名をさくらうち。「鍵」よ、少女に力を与えよ!』




うちっちー『レリーーーーーズ!!!!』



パアアアアアアッ

鍵「」ググッグググッ


梨子「鍵が伸びて、杖になった……!?」

うちっちー「さくらうち! 杖を取るんだ!」



梨子「う、うん!」パシッ



―――フワアア


梨子「なんだか身体の奥が温かい……。これが……契約……!」



うちっちー「その通り! よし、さくらうち、君衣装とか持ってない? できれば露出度高めの魔女っ娘っぽいやつ」

梨子「も、もってないけど――って、ほんとに不純……」

うちっちー「いやあ、それほどでも」

梨子「褒めてません」



梨子「それで、カードキャプターになったはいいけど、どうすれば――」


ヒュオオオオオオッッ


梨子「きゃ!? すごい風! ま、まだ何かあるの?」

うちっちー「いや、契約はもう終わったはず……」ハッ


うちっちー「さくらうち! 窓の外に!」

梨子「へ?」



グオオオオオッ、バサッバササッ



梨子(なんか鳥の化け物が飛んでるんですけど―――っ!)



梨子「な、な、ななな、なにあれ!? 何あの大きな鳥……!?」ガクガク

うちっちー「クロウカードさ。あれは『FLY』のカードだね」

梨子「カードぉ!? どう見たって鳥だよ! 知ってる? カードってね、こうやってぺらっとして……!」


うちっちー「クロウカードは、大昔にクロウ・リードっていうすごい魔術師が作ったんだ」

うちっちー「その一枚一枚が生きていて、自分の意志で動き回ることができる……」

うちっちー「カードキャプターは、それをカードに封印しなおす人のことなんだ」

梨子「ちょ、そういうことは先に言ってよぉ!」

うちっちー「聞かれなかったからね」


うちっちー「どうするさくらうち? 壁は諦めるかい?」




梨子「ううう、ううううぅぅーーーっ!」


梨子「や、やる! 灰色がかった濃い赤茶色で凹凸少なめの落書きされてないレンガの壁のためなら、やる!」


うちっちー「本当に壁が好きだね……」

梨子「それほどでもっ!」フンッ

うちっちー「褒めてないよ」




うちっちー「ま、とにかく初仕事だ!」





  ☆   ☆   ☆



梨子(うう……、こんな時間に出歩いてるところ見られたら怒られちゃうよ……)

うちっちー「うん、いいね。いい服装のチョイスだ。やっぱり女子高生には制服だよ」

梨子「ちょっと黙ってて! 急いでるんだから!」タッタッタッ

うちっちー「じゃあ学生鞄なんか置いて、ボクを谷間に入れてくれたっていいじゃないか。走りやすいよ?」

梨子「それも嫌!」


うちっちー「……おっと、こっちだ。『FLY』はあの学校の方に向かっているみたいだね」

梨子「うっ」

うちっちー「どうかしたかい?」

梨子「学校の前には急な坂が……」

うちっちー「急な坂……?」ハッ

うちっちー「よしわかった。ボクは少し後ろからゆっくりついていくよ。放っておいてくれていい」

梨子「スカート覗かないならいいよ」

うちっちー「そんな! それじゃあ意味ないじゃないか!」ガクッ

梨子「ほんっと不純なんだね……」




うちっちー「とか何とか言ってる間に坂の前だ。ん? あれは――」

梨子「学校の近くに人がいる! あ、危ないよ!」

うちっちー「同じ制服みたいだ! 女子高生が2人……いい……」

梨子「言ってる場合!? 助けに行かなきゃ!」ダッ



梨子「はあっはあっ……! やっと、学校前……! ちょっと、そこのあなた……!」

善子「へ……?」

梨子(うわっ、美人さん……!)


梨子「もう遅いのに、こんなところで何してるの?」

善子「あなたも同じじゃない。私はね、アレを追いかけてきたのよ」

梨子「アレって……」

善子「あのでっかい鳥よ! あなたも追いかけてきたんでしょ? クク…ッ、このヨハネのしもべにふさわしいわ……!」

梨子(ヨハネ?)


善子「クククッ…! 私は堕天使ヨハネ……。いずれ世界中を虜にするモノ、よ……」

梨子「……」

うちっちー「……」


うちっちー「……内浦は変な子ばっかり?」

善子「やめて! 恥ずかしいでしょっ!」

梨子(恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……)


善子「もう、失礼な人形ね……」


善子「……」

善子「……ん゛!?」

梨子「あっ」

うちっちー「あっ」

善子「なな、なにそれ! せ、セイウチのぬいぐるみがしゃべってる……!」


うちっちー「うーん、これには海よりも深いわけがあってね、セイウチだけに」

梨子「そう、そうなの。あー、えーっと、ヨハネちゃん、それじゃあ後でね」



善子「ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ! 気になるじゃない!」

梨子「でも、危ないし……私は魔法使えるから大丈夫だけど」

善子「え……」ヒキ

梨子「あ、ちょっと待って引かないで!!」


うちっちー「……さくらうち。カードキャプターになっても身体能力は上がらないよ?」

梨子「えっ」

うちっちー「君の身体能力はこれまでのままさ」

梨子「えっ、嘘、じゃあ私なんのアドバンテージもないままあの鳥と戦うの?」

うちっちー「うん」


梨子「そっかぁ、ふーん、そうなんだ……」

梨子「はあああ!?」

善子「」ビクッ

うちっちー「ど、どうしたんだいさくらうち……!」

梨子「どうしたもこうしたもないよ! 生身でアレと戦えって? 無理無理、絶対死んじゃう! 空を飛べるとかそういうのあると思ったのに!」

うちっちー「あー、空かあ。空は、うん、そのうち飛べるようになるっていうか、今はそれが目標っていうか……」

梨子「魔法は!? 何かできることないの?」

うちっちー「とは言っても君の『カードのお守り』は汚れで名前がわからないしなぁ。うん、無理」

梨子「え、えええ……」


善子「……」

梨子「あっ、ヨハネちゃん、これはね、えっとね」

善子「空……」

うちっちー「ん、なんだい?」

善子「空を飛ぶなんて、すっごく堕天使っぽいわね! 私も――」

うちっちー「あ、まずい」




善子『私も空を飛びたいっ!!』


グオオオオオオオオオオオオッッッッ



梨子「きゃあああっ! 鳥が急にこっちに来た!?」


うちっちー「ヨハネ! 危ないっ!」

善子「ぇ――」


―――バクン


梨子「へ―――」

うちっちー「しまった……!」


梨子「よ、ヨハネちゃん……?」



グオワアアアアアアア


梨子「う、嘘、だよね……? た、食べ――」

うちっちー「……さくらうち」

梨子「や、やだ……嫌、いやあああああっ!!」

うちっちー「お、落ち着くんださくらうち!」


梨子「だって、だって! さっきまでお話してて! さっきまで――」

うちっちー「ヨハネは死んでない!」

梨子「へ……?」

うちっちー「よく見るんだ」



善子『あははっ、これすっごいっ!』バサッバサッ


梨子「え……ヨハネちゃん、羽が生えてる……」


善子『ねえ、私飛んでるわ! これで本物の堕天使ヨハネよっ! あはっあははははははっ!!』ビュンッ


うちっちー「『同化』したんだ……!」


梨子「ど、同化?」

うちっちー「カードがヨハネの中に入って願いを叶えたんだ! たぶん、あの娘も少しだけ魔力を持ってて、それで……」

梨子「そ、そんな…っ!」

うちっちー「カードの魔力が大きすぎて自制が効いていない! 最悪の事態だよ……」



善子『あははははっ! さくらうちーっ! 堕天使ヨハネを捕まえてみなさい!』

うちっちー「ああ、砂浜で追いかけ合う美少女2人が見える……っ」

梨子「現実逃避しないで! ど、どうすればいいの?」

うちっちー「どうにかしてヨハネから『FLY』を引き剥がさなきゃいけないんだ」

梨子「どうやって……!」

うちっちー「ヨハネに『空を飛びたくない』って思わせるんだ。願いが消えれば『FLY』は『同化』を維持できなくなる」

梨子「そ、そんなの……!」


うちっちー「さくらうちっ! 来るよ!」


善子『あははははははっ!!』ブンッ


梨子「きゃあああっ!!」ズザザ


善子『あーっ、惜っしい!』


梨子「あ、あぶ、危なっ……!」

うちっちー「冷静になるんださくらうち!」

梨子「む、無理だよぉ!」ガクガク


うちっちー「どうにか方法を考えないと……」

梨子「い、一旦逃げて……」

うちっちー「このままだと被害が広がる一方だ! ヨハネが内浦中の壁を壊して回るかもしれないよ!」

梨子「な、なんですって!」クワッ

うちっちー(単純だなあ)


うちっちー「そうだ! 壁を守るんださくらうちっ!!」



梨子「壁を……守る……っ!」



梨子(そう、私にとって壁は大切な友達だった……!)



梨子(つらい時、悲しい時、傷ついた時、いつもそばには壁がいてくれた……!)



梨子(友達と喧嘩した時、物を失くした時、コンクールで失敗した時……私が頼ったのは、いつも壁だった……!)



梨子(今度は私の番だ……。私が壁を守って、恩返しするんだ……!)





梨子「私、やるっ! 守って見せるっ!」グッ


うちっちー「気高い判断だよ、さくらうち……」ツー



梨子(でもどうすれば……、考えなくちゃ……!)





校門の白い壁『さくらうち……聞こえますか………』


梨子「!!」



梨子「こ、声が聞こえる……!」



校門の白い壁『私は浦の星女学院校門の白い壁……。さくらうち……貴方の想い、確かに受け取りました……』


梨子「私の、想い……」


校門の白い壁『彼女の言葉を、性格を思い出すのです……。そして、貴方の大切なパートナーの言葉も……』


梨子「ヨハネちゃんの言葉……。パートナーって、もしかして……」


校門の白い壁『信じていますよ、さくらうち……貴方の未来に、幸多からんことを……』スウウウッ


梨子「浦の星女学院校門の白い壁さん……っ!!」ウルッ



梨子「善子ちゃんの、性格……! うちっちーの言葉……!」


―――『やめてよ! 恥ずかしいでしょっ』


―――『急な坂? 後ろからついていくよ』




梨子「思い、出した!」



善子『あははっ! もう終わり、もう終わりっ?』ビュンビュン


梨子「ヨハネちゃんっ!」


善子『私は止められないわ! だって、こんなにっ! 楽しいんだものっ!!』ビュンッ


梨子(今よ! ヨハネちゃんの下に潜り込んで――)ザザッ




梨子「見えたっ!」キッ


善子『これで、おしま―――』




梨子「……」スウウッ


梨子「ヨハネちゃんのいちごパンツ丸見えーーーーーっ!!」




善子『……』



善子「きゃ、やだ、恥ずかしい//////」ボンッ



パアアアアアッ



うちっちー「やった! 『FLY』が剥がれたっ!!」



善子「///」ヒュー


梨子「ヨハネちゃんが落ちちゃうっ!」


うちっちー「ボクがっ!」ボンッ

善子「きゃっ!」ボヨヨン


梨子「クッションになった……! すごい、うちっちー!」


うちっちー「後は……」

梨子「『FLY』……!」



グ、グオオ……


梨子「な、何だか苦しそうだよ……?」

うちっちー「無理矢理剥がされて弱ってるんだ! さくらうち、今のうちに封印を!」

うちっちー「家を出る前に教えたとおりにやるんだ!」


梨子「う、うんっ」



梨子『闇の力を秘めし「鍵」よ! 真の姿を我の前に示せ――』


梨子『契約のもとさくらうちが命じる―――』



梨子『レリーーーーーズ!!』


鍵「」ググググッ


梨子「よしっ」ギュ



グ、ググオオ……




梨子『汝の在るべき姿に戻れ――』クルクル




梨子『クロウカーーーーード!!』パアアアア



―――シュルシュルシュル



梨子「『FLY』が、カードに吸い込まれていく……!」

うちっちー「ふぅ、なんとかなったか……!」




――――シュウウン


カード「」フワッ


梨子「わわっと…!」パシッ

梨子「これが、クロウカード……」


うちっちー「おめでとう、さくらうち。初仕事は見事完遂だよ」

梨子「うちっちー……」



善子「あ、あの……」

梨子「あっ、ヨハネちゃん! 大丈夫!?」

善子「ごめんなさい!!」

梨子「え……?」

善子「迷惑かけちゃったみたいで」

うちっちー「ヨハネのせいじゃないさ。クロウカードの多くはいたずら好きなんだ」

善子「でも……」


梨子「……」


梨子「ね、うちっちー、クロウカードって、名前を書いたら使えるんだよね」

うちっちー「そうさ、君が所有者になるんだ」

梨子「じゃあ……『SAKURAUCHI』っと……」

善子「……?」


梨子「ヨハネちゃん」

善子「う、うん」

梨子「空、飛びたかったんだよね」

善子「え……?」

うちっちー「なるほどね、夜空のドライブと洒落こもうか。ボクは下で―――」

梨子「はいはい不純なうちっちーは私の鞄ね」

うちっちー「そ、そんなっ!」


善子「え、え……?」

梨子「ふふっ、ヨハネちゃん、しっかりつかまっててね」




梨子『――― FLY!』キイイイン



ヒュオオオオ、バサッバサッ



善子「うわあ……っ! すっごいっ! この杖、羽が生えてる!」キラキラ



梨子(内浦の景色が、遥か下に……。月明かりでぼんやり光って――)


梨子「とっても、綺麗……」


うちっちー「ボクは鞄の底しか見えないよ……ぐすん」

梨子「もう、出してあげるって、ほら」

うちっちー「さくらうち……! それでこそカードキャプター……!」

梨子「はいはい」



善子「ねえっ」

梨子「なあに?」


善子「私ね、津島善子っ! 貴方の名前は?」


梨子「桜内、梨子っ!」

善子「りこ、りこ……。それじゃあ『リリー』ねっ!」

梨子「え、何だか恥ずかしいよ善子ちゃん」

うちっちー「善子、チェリーじゃなくていいのかい、ああ、これは男性で言うところの――」

梨子「あなたは黙ってて」


善子「私のことはヨハネって呼んでよね!」

梨子「それも恥ずかしいかな」

善子「もうっ、さっきまでそう呼んでくれてたのに……」

梨子「名前、知らなかったから。うーん、じゃあ『よっちゃん』で、どうかな?」

善子「よっちゃん……」

善子「……わ、悪くないわね!」プイッ

梨子「よかった」フフッ



善子「ねえ、リリー!」

梨子「なあに、よっちゃん」

善子「私、忘れないからっ! 助けてくれたことも、この景色も――」


善子「パンツ見られたことも……///」

梨子「ご、ごめんね……」



善子「だ、だからっ!」

善子「これからもこういうことするなら、呼びなさいよね! 責任、とってもらうんだからっ!」ギュウッ



梨子「わわっ、そんなくっついたらバランスが……!」

善子「え、わっ、きゃあああ!」



梨子(あ……)フワッ


梨子(ふふっ、よっちゃん、イチゴみたいに甘ーい香り……)




梨子「何だかカードキャプターも悪くないかも、なんてね」







第1話「はじまりの風はイチゴの香り」終







  ♪   ♪   ♪



ザザア…… ザザア……



果南「……」ボー


千歌「……」ボー


果南「釣れないねえ……」

千歌「そうだねえ……」


千歌「あ、千歌そろそろ帰るね。今日は手伝いがあるって志満姉が」

果南「そっかー、頑張ってね」フリフリ

千歌「果南ちゃんはどうするの?」

果南「んー、私はもう少し粘ってくよ」

千歌「果南ちゃんも頑張って! じゃあねー!」

果南「うん、またね千歌!」


タッタッタ……


果南「……」ボー


果南「……かからないなあ……」


果南「……お腹すいた」グゥ


果南(大きい魚が釣れたら今晩食べよう)


果南「あ、ダメだ、ますますお腹空いてきた」グウウウウ


果南「都合よく魚を捕まえられないかな……」


果南「なんかこう、ほら、魔法みたいに――」







果南『好きなだけ魚を獲って食べたいなぁ……』


???「……キャハ」





  ☆   ☆   ☆



第2話

「飛び散るしぶきは欲の味」






梨子(私、桜内梨子。地味で普通な高校生の女の子)


梨子「……だったはずなのになぁ」

うちっちー「さくらうち! 晩御飯のにぼしはまだかい!」


梨子(私がカードキャプターになったあの日以来、うちっちーったら引き出しを占拠しちゃうんだから)


梨子「なんかペットを飼ってるみたい」ハア

うちっちー「ほうっ……! 興味深いプレイっ……!」ズイッ

梨子「あ、ごめんやっぱり今のなしで」


梨子(相変わらず、不純だけど)




梨子(あ、そうそう、変わったことと言えばもう1つ)



梨子の部屋の壁『さくらうち……聞こえますか……今日の分はまだでしょうか……』


梨子(壁の声が聞こえるようになりました。これはもう究道者と言っても過言ではないのかも……)


梨子の部屋の壁『さくらうち……?』

梨子「あ、ごめんね。今日はイチゴの香りのスプレーにしてあげるね」クイッ

梨子の部屋の壁『や、優しくお願いしますね……』

梨子「う、うん///」ドキドキ


うちっちー「なーんかボクと対応違うんだよなあ……」



千歌「梨子ちゃーん! 今日もお話しようよー!」ガララ

梨子「あ、千歌ちゃん」


梨子(高海千歌ちゃん。隣のお家に住んでいて、同じクラスなの)


千歌「ねー、聞いてよ! この前ね、果南ちゃんと釣りに行ったんだけどさー!」

梨子「果南さんって、幼馴染だったんだよね」

千歌「そうなの! 曜ちゃんと果南ちゃんとはしょっちゅう遊んでたんだ!」


千歌「それでね、それでね!」

梨子「はいはい、聞いてます」



梨子(これが私の日常。浦の星女学院のみんなと、うちっちーと、壁と)


梨子「そういえば千歌ちゃん、明日の小テストの勉強は?」


千歌「……えへ」


千歌「梨子ちゃん助けて!」

梨子「もうっ」



梨子(なんだか世話が焼ける子が多いんだけどね)





  ☆   ☆   ☆



千歌「うぅ~、ダメだったよぉ……」グデー

梨子「だからちゃんとやった方がいいって言ったのに」

曜「お、千歌ちゃんぐったりだね」

千歌「曜ちゃああん……!」

曜「安心して千歌ちゃん! 私も全然ダメだったであります!」

梨子「全然安心できないんだけど……」

千歌「ほら、今日は切り替えてさ、梨子ちゃん一緒に――」


ピンポンパンポン


理事長『1年生の津島善子さん、2年生の桜内梨子さん、至急理事長室まで来てクダサイ☆ 繰り返しまーす――…』


ピンポンパンポン


梨子「……え?」

千歌「うわっ、梨子ちゃん呼び出しくらってるぅー!」ケラケラ


梨子「や、やめてよ人聞きの悪い……」

曜「でも、どうしてだろうね。理事長ってあの小原家のお嬢様だよね」

梨子「え、そうなの?」

千歌「そうだよ! あそこのでっかーいホテルの子! うちの商売敵なのだ……!」ムムム


梨子「はあ……何言われるんだろう……。とりあえず先帰っててね」

千歌「敵情視察は任せたぞ、梨子隊員!」

曜「無事に帰還することを祈っているでありますぞ、梨子隊員!」


梨子「はいはい、了解しました」


梨子(よっちゃんも一緒、か……)



テクテクテク


善子「あっ、リリー!」パアア

梨子「よっちゃん、理事長室に行くところ?」

善子「そうよ。この堕天使ヨハネを呼び出しだなんて、よほど力に自身があるみたいね!」ギラン

梨子「小原家のお嬢様なんだって」

善子「え゛っ、マジモンじゃない……」

梨子「私たち、何かしたかなあ……」






梨子「ここみたい」

善子「ちょ、ちょっとリリー! 先開けなさいよ」コソコソ

梨子「え、ええ!? 放送で先に名前呼ばれてたのはよっちゃんでしょ!?」

善子「ただの学年順よっ!」


――ガチャ


鞠莉「Hmm……なかなか元気がいいみたいね! シャイニー☆」

梨子「……」

善子「……コンニチハ」



鞠莉「不思議少女2名様、理事長室へご招待……なんてね」



梨子「……えっと」

鞠莉「ほら、座って座って」

善子「シ、シツレイシマス」

鞠莉「もう、緊張してる? 別に怒ろうって呼び出したわけじゃないわ。あ、かき氷あるけど食べる?」シャクシャク

善子「なんで理事長室にかき氷器が……。まだ春なのに」

鞠莉「好きなものを好きなときにが私のモットーなのよ! 何の味が好き?」

善子「……堕天使の血の涙は雲の海を流れる」

鞠莉「んー、マリーちゃんちょっと意味わかんない」

梨子「……いちごみるくです。あ、私もそれで」

鞠莉「OK! 今作るわね!」ゴリゴリ

梨子(あ、つくってくれるんだ)






鞠莉「Here you are! たくさん食べてね!」

よしりこ「「あ、ありがとうございます……」」


梨子「それで、その、さっきの不思議少女って……」サクッ

鞠莉「んー、見てもらった方が早いわね。ほら、これ」モグモグ


梨子(何かの動画? あ、ちょっとキーンと来た)シャクシャク


鞠莉「小原家が開発中のドローンがとらえた映像よ。よーく見てね!」シャクシャク



梨子(なんだろう、綺麗な月だけど……。何か飛んでる……?)


善子「あ、こ、これ……!!」

梨子「あ、ああああ!!」ブフッ


鞠莉「んふふ、小さかったから解析に時間がかかったけど、何かに跨って空を飛んでるこの人影……」サクサクッ



梨子(杖で飛んでる私たちだーーーっ!)



鞠莉「That's funny, おかしいわ」

鞠莉「あんな形状で2人も支えているだなんて、公開されたら世界中の物理学者は全員クビね」

梨子「そ、それは……何かの見間違いかも」

鞠莉「小原家秘蔵のドローンが? NonNon、ありえないわ」

鞠莉「それに1回だけじゃないのよ。全部で3回、同じような映像が撮れたわ」


梨子(あぁ、たまに夜中に家を抜け出して一緒に飛んでたから……)ダラダラ


善子「ね、ねえリリー、もう話しちゃっても……」コソ

梨子「で、でも、よっちゃんまで変なことに巻き込まれたら……」コソ

善子「リリー……私のこと……」


鞠莉「んー、ごほん」

梨子「あ、何でもないんです、何でも!」

鞠莉「とにかくね、あなたたちには事情を説明してほしいのよ。真面目な話、危なくてヘリだって飛ばせないわ」

梨子「あ、そ、そうですよね。でも――」

鞠莉「津島善子さん、よね」

善子「へっ? は、はい」

鞠莉「あなた、学校を休みがちね」

善子「それは……」

梨子「そうだったの?」

善子「ち、ちょっとお腹が痛かっただけよ! 自己紹介でやらかしてなんかないわ!」

梨子(よっちゃん……)ハア



鞠莉「あんまり休みが多いと、進級できないかも」

善子「えっ、まだそんなには……」

鞠莉「いいえ、進級、できないかもしれないわね」

善子「なっ、まさか!」

梨子「脅しですか?」キッ

鞠莉「可能性の話よ。私だって人間だもの。数え間違いくらいするわ」

鞠莉「それで、『リリー』さんはどうするのかしら?」

梨子「うっ……!」

善子「ううっ、ごめんなさいリリー……」

梨子「気にしないでよっちゃん。私が不注意だったから……」


梨子「小原理事長」

鞠莉「マリーって呼んでね☆」

梨子「……ま、マリーさん」

梨子「私だけでは、お話しするのが少し難しいので……この後、うちに来てくださいませんか?」

鞠莉「おうちデートってやつね! OK!」

善子「え、ちょっ、わ、私も行くっ!」


鞠莉「That's great! じゃあリリーちゃんのお家に出発シャイニー☆」

梨子「梨子でお願いします……」ハア



  ☆   ☆   ☆



うちっちー「お、大きい……っ!」

鞠莉「んー、どこを見て言ってるのかしら」タユン

梨子「ごめんなさい、この子ちょっとおかしくて」

うちっちー「少し不純なだけさ。それに君には言われたくないんだけど」

梨子「今晩にぼし抜きね」

うちっちー「理不尽だよ……」グスン


梨子「えーっと、何から話せばいいのかな……」






鞠莉「あー、だいたいはわかったわ。梨子は魔法のカードを集めてるセクシー魔法少女、そういうことよね?」

うちっちー「いいや、違うね。正しくはどすけ――」

梨子「にぼし」

うちっちー「わかった、うん、今黙るさ」


善子「あ、あのね、リリーは悪くないの。私が迷惑かけちゃって、それで……」シュン

鞠莉「あー、いいのよ、別に何もしないわよ」

善子「え……?」

鞠莉「何も2人のロマンチックな空中デートを邪魔しようだなんて、そんな無粋なことしないわ」

善子「デっ……! いや、ちがっ///」

梨子「デートじゃありませんよ、マリーさん」

善子「……そうよ」プイッ

鞠莉「ふーん?」



鞠莉「まあいいわ。さっきはちょっぴり驚かせたけれど、悪いようにはしないわよ」

梨子「じゃあなんでわざわざ……」

鞠莉「1つは純粋な興味ね。だって、だれが見ても変よ、これ」

善子「もう1つは?」

鞠莉「もう1つは……頼みたいことがあるのよ」

梨子「頼みたいこと?」

鞠莉「ええ。果南のことよ」


梨子「果南さんって……」

うちっちー「たしか千歌の幼馴染だったね」

鞠莉「私とも小さい頃から一緒なのよ!」フンス

梨子「そうなんですか……。それで、果南さんが何か?」

鞠莉「最近学校を休んでいるのよ」

梨子「はぁ」

鞠莉「……」

梨子「……」


善子「それだけ?」

鞠莉「だって果南よ!? いっつもバカみたいに元気なのに!」クワッ

梨子「体調を崩すことくらいあるんじゃ……」

鞠莉「それだけじゃないわ。そもそも音信不通なのよ」

善子「高熱で寝込んでるとか」

鞠莉「それも考えたんだけどね。果南の家の様子がおかしいのよ」

梨子「様子がおかしい?」



鞠莉「そう。たまに学校を抜け出して様子を見に行くの。でも、いつも誰も出てこないから、私、中に入ろうとしたのね」

善子「……つっこまないわよ」

鞠莉「何かおかしなこと言った? ……それでね、入れなかったの」

梨子「と、言うと?」

鞠莉「なぜだか、奥に進めないのよ。前には何もないはずなのに、見えない壁があるみたいに……」

梨子「壁……」ピクッ

うちっちー「さくらうち、抑えて抑えて」


鞠莉「ね、不思議でしょ? 今の技術じゃありえない。そしてこの映像もありえない。こんなに近くでありえないことが2つも起こるなんて、何か関係があると思わない?」


梨子「……」

善子「……」


鞠莉「あなたたちの話を聞いて確信したわ。これはその『クロウカード』の仕業なんじゃないかってね!」ビシッ



うちっちー「さくらうち。君の学校の理事長はすこぶる優秀みたいだね」

梨子「う、うちっちー! じゃあ、ほんとにこの話……!」

うちっちー「ああ、おそらく『クロウカード』が絡んでいる」ウム



鞠莉「やっぱり、そうなのね。それじゃあ梨子、善子、調査に協力してくれないかしら」


鞠莉「……」

鞠莉「この通りよ」


善子「ちょっ!? そ、そんな土下座までしなくても……! あとヨハネよ!」


鞠莉「大事な人のためなの。脅しだって土下座だって、なんだってするわ」

鞠莉「果南が、何か危ないことに巻き込まれているかもしれない。家で苦しんでいるかもしれない、だから、だから――」ジワ


梨子「わかった、わかりました! もともと断るつもりなんてありませんって!」

鞠莉「本当?」ウル


うちっちー「もちろんさ。それにボクたちの目的はカードの回収。利害だって一致してる」

鞠莉「あ、ありがとう! 本当に……!」


梨子「今から果南さんの家に?」

鞠莉「ええ、小原家の車と船を回してあるわ! さっそく行くわよ!」


梨子「よっちゃんは、危ないかもしれないけど……」

善子「わ、私も一緒に行く! リリーの助けになりたいの!」

梨子「よっちゃん……」


梨子「ありがとう、それじゃあ、出発しよっか」

うちっちー「カードキャプターのお仕事開始だ!」





  ☆   ☆   ☆



梨子(E:衣装)「やけに大きい車だと思ったけど、マリーさん、これ……」

鞠莉「え? どうかした?」


梨子「どうかした、じゃありませんよ! 何ですかこの衣装!!」

鞠莉「だって、梨子はセクシー魔法少女なんでしょ? だったら衣装が必要じゃない。似合ってるわよ」

うちっちー「さくらうち、君の学校の理事長はすこぶる優秀だね……っ!! あ、ちなみにセクシーじゃなくてどすけ」

梨子「うちっちーは黙ってて」


梨子「うう、なんか足がスースーするし……。それにこれ、いつの間に」

鞠莉「ふふん、このマリーは常に2手3手先を見据えているのよ!」ドヤ

梨子(もう1回土下座させてやろうか……)グヌヌ


鞠莉「青を基調とした衣装にしてみたわ! これから行く果南の家にぴったりね!」

梨子「何ですかその無駄なこだわり!」

梨子(うぅ、ツインテールみたいな帽子とか、星形のスカートとか、黄色いポンポンとか……動きにくそうだし恥ずかしいよ……)


梨子「ね、よっちゃんも変だと思うよね」

善子「……」ポー

梨子「よっちゃん?」

善子「……えっろ」ボソ

梨子「よっちゃん!?」


鞠莉「ほら、梨子! この辺りからは小原家の権力を使って人払いを済ませてあるわ! 果南の家に突入するわよ!」

うちっちー「これもレンガの壁のためさ、諦めるんださくらうち!」キラキラ


梨子「ううっ、無駄遣い反対ぃ!」ダッ



梨子「ここがマリーさんが言ってた玄関だね……。特に変わった様子はないけど」

善子「見えない壁があるのよね」

鞠莉「もう少し前よ。進めばわかるわ」ジー

梨子「はい、やってみま――ってカメラ構えてるし。もう、何でもいいですけれど……」ハア


テクテク


グニュン


梨子「!?」

善子「ぎゃあああ! 何かぐにゅってした! ぐにゅってした!」

鞠莉「それが見えない壁よ。妙に弾力があって、変な感じね」

梨子「あ、でもゆっくりなら通れるかも……」

鞠莉「嘘っ!?」

うちっちー「さくらうちは『クロウカード』の保有者だからね。きっとカードの方から招かれているのさ。今のうちについていこう」

うちっちー「しかし、この壁……。おそらく作り出しているのは……」フーム


善子「す、すごい湿気ね」

梨子「進めば進むほどベタベタだよ……」

鞠莉「服は防水性だから大丈夫よ!」

善子「私も欲しい……」

鞠莉「今度から善子の分も作ってくるわ!」

善子「ほんと!? あ、ヨハネよ!」



うちっちー「『水』―――『WATERY(ウォーティ)』のカードだ。これは手ごわいぞ」



鞠莉「玄関についたわね」

カチャリ

梨子「あれ、何で鍵を持って――」

鞠莉「果南と私の仲だもの。果南は合い鍵のこと知らないみたいだけど」

善子「つっこまない、つっこまないわよ」

鞠莉「それじゃあ、1、2の3でOpen the Door、ね!」

梨子「わ、わかりました。じゃあ――」

善子「1、2の……」


「「「3!」」」バンッ




「「「……」」」



梨子「……とりあえず、何もないみたい」

善子「待って、何か音が聞こえない?」


……シャ…シャ


鞠莉「ほんとね。この音、キッチンからだわ」


うちっちー「慎重に行くんだよさくらうち。相手はあの『WATERY』だ」

梨子「強いの?」

うちっちー「『クロウカード』の中でも上位の攻撃カードなんだ。こっちに風の『WINDY』や火の『FIREY』がいればまだ違ったんだろうけど……」

うちっちー「『FLY』だけで捕まえるのは難しいかもしれない」


梨子「そんな……」

うちっちー「でも思い出して。はじめての時はカードなしで『FLY』を捕まえたんだ。今度だってできるさ」


梨子「……うん、頑張らなきゃ、ね」



梨子「とにかく、ゆっくりゆっくり……」

善子「音がどんどん大きくなってくる……」


シャ……ムシャムシャ……


鞠莉「何かを食べる音かしら」


梨子「な、なんだか怖いね」

善子「だだだ大丈夫よ、ヨハネがついてるわ!」


鞠莉「果南、いるの?」



果南『……ムシャ……ムシャ……』


鞠莉「開けるわよ」ガチャ


梨子(うっ、魚臭い……!)


鞠莉「果南、いるのよね? 返事して、果南!」


梨子(キッチンの奥に人影が……。その脇には、骨の山?)





果南『オイシイ……モット……サカナ……』ムシャムシャ


果南『ア、鞠莉来たんだ。ねえ鞠莉も食べようよ。たくさん獲れたんだ、美味しいよ?』デップリ


善子「ち、ちょっと、この魚の骨の山……。全部1人で……?」

鞠莉「か、果南っ、どうしたの!? そ、そのお腹の贅肉……っ!」


果南『鞠莉、ほら早く』タプタプ


鞠莉「ああっ、食べ過ぎで果南がお腹でかなんに……っ」クラリ

梨子「ま、マリーさんしっかり!」



うちっちー「あー、言いにくいんだけどね、ボクは女子高生は大好きだけど、あの子は、そのー、うん、ボクは理事長がデブ専でも何も言わないよ」

鞠莉「失礼なこと言わないで! 果南はいつもはただのグラマラスな女の子なのよ!」クワッ

うちっちー「ほうっ!」ズイッ

梨子(不純が漏れてる)

うちっちー「ということは、今の状態はカードの仕業か。理由はわからないけれど、魚をたくさん獲って食べたいと言う欲求を過剰に満たしているみたいだ」


梨子「ってことは、また……」

うちっちー「ああ、『同化』している」

善子「私の時と同じ……」

鞠莉「どうすれば助けられるの!?」


梨子「えっと、確か――」


果南『ねえ鞠莉、来ないの? ねえ、魚なくなっちゃったよ? 鞠莉?』ハイライトオフ

鞠莉「か、果南、あのね、ちょっと待って――」

果南『ア! 獲りに行けばいいのか! 私賢い!』

鞠莉「果南?」


果南『ちょっと待ってて鞠莉、イマ獲ってきてアゲル!』


うちっちー「まずい! 外に出ようとしている!」

梨子「と、止めなきゃ!」



果南『ね、あなたたち誰? ジャマするの?』


果南『だったら――』スッ


ズガンッッッッ!!


梨子「きゃあああああ!」

善子「な、何、今の!? 床に穴が……!」

うちっちー「水鉄砲だ! な、なんて威力なんだ……。当たればひとたまりもない!」


果南『ドイテ』ダダッ


うちっちー「しまった、外に! さくらうち!」

梨子「うん!」バッ



梨子『闇の力を秘めし「鍵」よ! 真の姿を我の前に示せ――』


梨子『契約のもとさくらうちが命じる―――』



梨子『レリーーーーーズ!!』



鍵「」グググッ

梨子「よしっ」パシッ


鞠莉「Oh! これが梨子の魔法なのね!」


梨子「み、見られてると恥ずかしいけど……!」クルクル

梨子『―――― FLY!』キイイイイン



梨子「私が先に追いかけます!」ビュンッ


善子「あ、ちょっと! って、飛んでいっちゃった……」



うちっちー「ボクのことも置いていったね……」

善子「あ、うちっちー」

うちっちー「それにしてもさくらうち、大丈夫だろうか……」


鞠莉「あなたさっき、果南にとり憑いているカードは強いって言ってたわよね」

うちっちー「うん、そうなんだ。あのカードは攻撃カード。気性が荒いんだ」

うちっちー「『FLY』は『同化』を解いた衝撃で動けなくなったけど、『WATERY』はそうはいかない」

善子「それって、傷ついても攻撃を続けるかもしれないってこと?」

うちっちー「そうなるね」

善子「リリーが危ないわっ!」ダッ

うちっちー「待つんだ! 今君が行っても状況は変わらない!」

善子「……っ」ギリ


うちっちー「『WATERY』の強さは気性の荒さだけじゃない。水を捕まえるのは本当に難しいんだ。そのままだと形を変えてすぐに逃げてしまう」

鞠莉「水を捕まえる……」

善子「その方法を考えないとリリーを助けられない……」

鞠莉「でも、どうしたら……」

善子「と、とにかく向かいながら考えないと―――うっ!」

うちっちー「よ、善子? どうしたんだい?」

善子(き、急にお腹が……! どうして……?)イタタ


善子「ハッ!? わ、わかったわ!」

鞠莉「善子?」

善子「クク、ククク…ッ! 私はヨハネだと何度言ったらわかるのかしら?」ギラン


善子「まあいいわ……。ヨハネが古の謎を解いたのよ! ぜーんぶ、堕天使に任せておきなさい!! アーッハッ―――あいたたたた」





  ☆   ☆   ☆



果南『ジャマ、するな!』


ズガアアアンッッッ!!


梨子「ひいいいいいいっっ!!」ガクガク

梨子「無理無理無理! 死んじゃう死んじゃう! 飛んで逃げるのも限界だよ!」ヒュンヒュン


梨子「でも、やらなきゃ! だってマリーさん、ううん、鞠莉さんが泣いてたから……!」

梨子「魔法少女は、きっと希望を与える存在だから!」グッ




果南『うるさい! 海はすぐそこなのに! イイから魚を食わせろ!』スウッ


ズガガガガガガッ


梨子「くっ……! 避けるしか……!」


梨子(右、左、上、また左……! 躱しきれない……!)





ダイビングショップの木目調の壁『さくらうち、右に旋回です!!』


梨子「み、右っ!」ギュインッ



グシャアアアッ





梨子「え……?」




ダイビングショップの木目調の壁『』


梨子「ダイビングショップの木目調の壁さんんんんんんっっ!!!」



梨子「そんなっ、どうして私なんか、助けて……!」

ダイビングショップの木目調の壁『……いいの、です……。私は、所詮は無生物……あなたの、命には……代えられません……ゴホッ!!』

梨子「無生物はむせたりなんかしない!!」

ダイビングショップの木目調の壁『……ふふっ……そう、なのでしょうか……』


ダイビングショップの木目調の壁『さくら、うち………自分を、信じて…………助け、て……あげて………』

梨子「ダイビングショップの木目調の壁さん、ダメっ! 逝かないで!!」ポロポロ


ダイビングショップの木目調の壁『……………べと……ともに…………んことを……』


梨子「き、聞こえないよ!」








ダイビングショップの木目調の壁『………May walls be with you―――』スウ


梨子「う、ううっ、うわああああああっ!!」ポロポロ



果南『茶番は終わっタ?』スッ


梨子「ぁ……」

梨子(こんな、近くに……。私、殺されるのかな……)


果南『今楽にしてあげるよ』


梨子「あ、やだ、やだあっ! 来ないで!!」ブンッ


ポヨン


梨子(なっ、お肉に弾かれた!?)



果南『フフ……無駄だよ』


果南『コノ身体に攻撃したって意味なんかない。壁に攻撃しているようなものだよ』



梨子「か、壁……」チラッ


ダイビングショップの木目調の壁『』グシャア


梨子(違う……っ! 壁は、そんなものじゃない……!)


梨子(私にとって壁は、壁は――っ!!)




  ☆   ☆   ☆



梨子(10)『ねえ壁さん、今日もね、先生におこられちゃったの。りこにがっかりしたんだって』

梨子(10)『おかあさんもね、悲しそうなの。なにも言わないけど……がっかりしてるのかな』

梨子(10)『壁さんは、わたしにがっかりしない?』


幼い頃の梨子の家の壁『……』


梨子(10)『えへへ、ありがとう。わたし、壁さんのこえは聞こえないけど、なに言ってるかなんとなくわかるなあ』


梨子(10)『……ずっといっしょだよ』



  ☆   ☆   ☆



梨子(壁は、全部受け止めてくれた! ただ弾くんじゃない! ただ跳ね返すんじゃない!)


梨子「壁は、あなたの余分なお肉とは違うっ!!」キッ

果南『お、お肉……随分はっきり言うね……』グラリ


梨子(き、効いてる!? そ、そうか、よっちゃんの時と同じ―――。願いがなくなると、『同化』が解ける!)


梨子「お腹でかなんさん!」

果南『……ッ!!』

果南『ソノ名で……呼ぶなッッ!!』ドゴォッ


梨子「ぐっ……! でも、負けない!」フラフラ


梨子「あなたの大切な鞠莉さんがそう言ったの! そう言って涙を流したの! あなたはそれでもいいの!?」

果南『……ま、鞠莉……っ! チガう……! 私は、ただ……』


梨子「あなたのお肉は壁なんかじゃない! あなたの堕落の象徴! あなたの大事な人を傷つけているだけ!」


果南『う、ぐ、うううううう!』



梨子「……お腹でかなんさん」





梨子「『ただの肉壁』と『壁』を、はき違えないで」キッ


果南『ぐっふうううううううううっ!!!』


パアアアアア


梨子「やったっ! 『同化』が解けたっ!」



WATERY『………グ、ググ……マダ……』スッ


ズガンッ


梨子「ま、まだこんな力が……! 剥がすだけじゃダメなの!?」


梨子「どうにか動きを止めないと、どうにか……!」






善子「リリーーーーーー!!」ブンブン

梨子「よっちゃん!? そんな大きな船どこから……!」

鞠莉「私もいるわよーーー! 果南は無事ーーー!?」

梨子「鞠莉さんまで! 小原家って漁船まで持ってたの?」


うちっちー「さくらうち、『WATERY』を船まで誘導するんだ!」

梨子「うちっちー! 何か策があるの?」

うちっちー「ああ! ちょっぴり調子の悪い堕天使さんのね!」

善子「ちょっとお腹痛かっただけじゃない!」



梨子「わ、わかった! やってみるっ!」



梨子「WATERY!」


WATERY『………?』


梨子「悔しかったら私を倒してみなさいっ!」

梨子「ほら、こっちよ!」タタッ


WATERY『……ッ!』ギュンッ


梨子(よし、ついてきた!)

梨子「行くよ、FLY!」ビュンッ



WATERY『……ッ! ……ッ!』スッ


ズガガガ……ッ


梨子「また攻撃……! でもっ!」クルンッ

梨子(攻撃も弱まってきてる……! あとちょっと!)




善子「リリー……杖に跨ってくるくる回って、まるで踊っているみたい……」

鞠莉「マリーのつくった衣装は大正解ね! セクシー☆」

うちっちー「あ、パンツ見えた」

善子「リリーに言いつけるわよ」



梨子「よっちゃん! そろそろ……!」

善子「ええ! 今扉を開けるわ! この中にっ!」バッ


プシュウウウ――



梨子「漁船の冷凍機……! そっか、凍らせれば!」

梨子「WATERY! こっち!」

WATERY『……ッ!!』

梨子(ギリギリまで引き付けて………回避っ!)ギュン!!


シュポンッ!!


うちっちー「入った! 扉を閉めるんだ!」

善子「せーのっ」

鞠莉「えいっ!」

バタンッ


よしまり「「やったあっ!!」」ハイタッチ


梨子「ふぅ、なんとかなった……」シュタッ


善子「リリー! 怪我はない?」

梨子「うん、大丈夫。よっちゃん、助けてくれてありがとう」ニコ

善子「え、えへ、えっと、その///」

善子「たまたま! たまたまだからね!!」プイッ

梨子「もう、よっちゃんったら……」フフ


梨子「鞠莉さんも、ありがとうございます。こんな漁船まで」

鞠莉「NonNon! お礼を言うのは私の方よ。果南を助けてくれて、ありがとう。それで果南は――」

梨子「浜辺で倒れています。今運んできますね………『FLY』!」ビュン



果南「」スゥ…スゥ…

うちっちー「善子と違って数日間『同化』しっぱなしだったみたいだから、しばらく寝かせておいた方がいいだろうね」

鞠莉「OK! そうと決まればうちのホテルに運び込むわ!」


うちっちー「さくらうち、そろそろ『WATERY』も凍り付いているはずだよ」

梨子「大丈夫かな……」オソルオソル


WATERY『』カチコチ


梨子「よかったあ……」ホッ

梨子「じゃあ……」



梨子『汝の在るべき姿に戻れ――』クルクル




梨子『クロウカーーーーード!!』パアアアア



―――シュルシュルシュル



――――シュウウン


カード「」フワッ


梨子「これでよしっと」パシ

うちっちー「お疲れ様、さくらうち」


梨子「うん、うちっちーもありがとう」

梨子「じゃあ帰って――ぁ、れ……?」クラリ

善子「リリー!?」ダキッ

梨子「あはは……、安心して力が抜けちゃったみたい……」ヘナヘナ


鞠莉「お疲れ様、梨子……。あのね、皆よかったらなんだけど――」




  ☆   ☆   ☆



「「「いただきまーすっ!」」」


鞠莉「獲れたての魚を小原家の板前さんに捌かせたわ! 好きなだけ食べてね!」

うちっちー「ああ……! ボクのために個室で……! 君は何てできる女性なんだ……!」ツー

梨子「ええ、泣くほど……? あ、この魚美味しい!」

善子「本当ね! それにしても、私まで頂いちゃってよかったのかしら」

鞠莉「何言ってるのよ。善子の閃きがなくちゃどうにもならなかったでしょ?」

善子「ヨハネよ。あれは、かき氷でおなか壊したのかなって思って、それで……」テレ



果南「……」

鞠莉「あら果南、顔色悪いわよ?」

果南「私、皆に迷惑かけて、なのにこんな……」

鞠莉「さっきから皆いいって言ってるのに!」


梨子「そうですよ。木目調の壁さんだってちゃんと直せましたし、果南さんの体型だって元通りじゃないですか」

果南「もくめ……何て?」

梨子「あ、なんでもないです」

果南「……とにかく、助けてくれてありがとう。今度必ずお礼するよ」

梨子「はい、ダイビングショップにも遊びに行きますね。せっかくですし、千歌ちゃんも誘って」

果南「あ、そういえば同じクラスって言ってたっけ。美人さんが来たって、千歌がやけに興奮してたなあ」

梨子「そ、そんなこと……」テレテレ

善子「リリー……」ムー



鞠莉「ね、果南、大丈夫でしょ? ほら、食べて食べて!」


果南「でも、こんなに……」

鞠莉「もうっ、うじうじうじうじ、果南らしくないわよ! ほらさっさと口開けて!」

果南「いや、ちょっと、とにかくダメ……!」


鞠莉「どうしたのよ。味が気に入らなかった?」


果南「ごめっ、鞠莉、その、怒らないで聞いてほしいんだけど……」







果南「しばらく魚、無理。見たくない……」ウップ


鞠莉「え、えぇ……」ガク





梨子「ふふっ、欲をかいたら損をする、ってね」ウインク






第2話「飛び散るしぶきは欲の味」終






  ♪   ♪   ♪



ホーッ……ホーッ……




梨子「じゃあおやすみ千歌ちゃん」フリフリ

千歌「おやすみ! 家族旅行のお土産ありがとう! 大事にするね!」

梨子「すぐ壊さないでよ?」

千歌「もちろん!」

梨子「ちゃんと勉強もすること」

千歌「も……もちろん! おやすみ!」

梨子「あっ、ちょっと千歌ちゃんっ!」


ガラララ


千歌「……」

千歌「うへえ……明日も小テストかあ……」グデー


千歌(勉強嫌だなあ。でもやらないと梨子ちゃんが怒るんだもん)

千歌(今日だって、せっかく窓開けてお話してるのに、前の結果がどうのって……)

千歌「勉強勉強って、お母さんかっ!」ビシッ


千歌「……」チラッ

千歌「聞こえてないね、よかった」

千歌「この万華鏡、綺麗だなあ……梨子ちゃん、やっぱりおしゃれだなあ」

千歌(そういうところは、優しいんだけどな……)


千歌「……」

千歌「うーーーー」ゴロゴロゴロ

千歌「勉強したくないいいいい!」


千歌「はあ……。気づいたら小テストが終わってたとか、ないかな……」

千歌「なんかさ、こう―――」



千歌『誰か代わりに受けてくれるとかさー……』


???『……フフッ』




  ☆   ☆   ☆



第3話

「うすだいだいの万華鏡」





梨子「ね、ねえ曜ちゃん……」ガタガタガタ

曜「な、何でありますか梨子ちゃん……」ガタガタガタ


千歌「……」カリカリカリ


梨子「おかしくない、ねえ!?」

曜「そんなこと言われても、私にもなにがなんだか!」


千歌「……」ペラッペラッ



ザワ……ザワザワ……チカチャンドウシタンダロ……



曜「ね、ねえ千歌ちゃん……」オソルオソル

千歌「何、曜ちゃん、私勉強してるんだけど」


曜「うーん」バタリ

梨子「曜ちゃんんんん!!」


千歌「私、次の授業の予習するから」プイッ

梨子「え、あ、うん。頑張って……」



梨子(千歌ちゃんがおかしくなっちゃったーーー!)





  ☆   ☆   ☆



うちっちー「千歌がおかしい?」

梨子「そうなの。今日は学校で勉強ばっかりしていて」

梨子の部屋の壁『それはいいことなのではありませんか?』

梨子「それは、そうなんだけど……」


うちっちー「さくらうちは『クロウカード』が関わっているんじゃないかって思ってるわけだ」

梨子「うん。さすがに変かなって」

うちっちー(失礼なこと言ってるって気づいてるのかな、この娘)

梨子「うちっちーは何か感じたりしない?」

うちっちー「お、下ネタ?」

梨子「……」ジト

うちっちー「わかった、わかったって。その目もそそるけど今はやめとくよ」


うちっちー「この前『WATERY』を封印して、ボクの力も少し戻ったけど……」

梨子の部屋の壁『確か泳げるようになったんですよね』

梨子「セイウチなのに泳げなかったことの方が驚きだよ……」

うちっちー「聞いて驚き、妖精なのに飛べもしないのさ!」

梨子「いいところないね」

うちっちー「」グサッ


うちっちー「ま、まあそれは置いておいて、まだ『カード』の気配を感じ取れるまでにはなっていないんだ」

梨子「そっかぁ……」

うちっちー「しばらくは観察しかないね」

梨子「うん、何かわかったら報告するね」




梨子(その日から私は、千歌ちゃん観察日記をつけはじめました)



千歌ちゃん観察日記♪ さくらうちりこ


「1日目

 今日も小テストがありました。千歌ちゃんは朝からずうっと単語帳を眺めていました。

 私や曜ちゃんが話しかけても、単語帳から全然目を離しません。

 授業中の態度がいいと先生に褒められていました。

 ちょっと嬉しそうでした。

 なんだか複雑な気分」



梨子「……」ジーッ

千歌「……」ペラッペラッ

曜「……」ソワソワ


ザワザワ……アレドウシタノ……ケンカカナア……


曜「ちょっと! 梨子ちゃんまで何やってるの!」

梨子「ひゃあ! ご、ごめんね曜ちゃん!」

曜「なにこれ……『千歌ちゃん観察日記♪』?」

曜「……」


曜「うわあ……」

梨子「ちょっと引かないで! これはアレだよ! 千歌ちゃんが調子悪くないかって……!」

曜「確かに様子が変だよね……」

梨子「でしょ!?」

曜「……」

曜「うん、決めた! それ私もやる!」

梨子「へ……? いいの?」

曜「千歌ちゃんの様子、気になるし。私でよければ力になるよ」

梨子「ありがとう!」



「2日目

 ヨーソロー! 今日は私、渡辺曜が担当します! 
 
 今日はね、マラソンがあったんだ。千歌ちゃんは単語帳は置いてきたみたい。


 そのかわり、朝からずうっとストレッチしてた。マラソンのためなんだって。

 そんなにやったら逆に痛めると思うんだけどなあ……。

 梨子ちゃんが止めてもどこ吹く風。

 いつもやりたいことに一直線なところが素敵な千歌ちゃんだけど、やっぱり変じゃないかなあ」



曜「」カリカリカリカリッ!!

梨子「す、すごい書いてるけど……そんなに?」

曜「……」ブツブツ

梨子「……?」

曜「えーっと、今日の千歌ちゃんは、汗で少し制服が透けて素敵でし――」

梨子「そういうのは書かなくていいの!」

曜「え、そう? 大事だと思うけどなあ」







梨子の部屋の壁『汗、ですか……。少々変わった嗜好をお持ちなのですね』

うちっちー「よくわかってるじゃないか、その娘。今度うちに呼んできなさい」


梨子「もうやだ内浦……」グスン




「3日目

 梨子担当です。
 
 今日は調理実習がありました。私は千歌ちゃんとは違う班だったので、こっそり校舎のかb――じゃなくて、友達に観察をお願いしました。

 いわく、特に変なところはなかったそうです。

 皆とも楽しそうに会話をして、ちょっぴりドジもして。

 曜ちゃんが泣きそうになりながら喜んでいました。

 このまま元に戻るといいんだけどな。ちょっと厳しくしすぎたのかも。

 でも、私が『最近どうしたの』って聞いたら、なんだか焦ったみたいに笑っていたのが気になります」



梨子「本当に大丈夫?」

千歌「あ、あはは! 大丈夫、大丈夫だよ!」アセアセ

梨子「それにしては様子が変だったけど……」

千歌「うんうん、よく言っておくから」

梨子「え?」

千歌「あ、違う! ほら、しいたけにね?」アセ

千歌「じゃ、じゃあね!」タタタッ



梨子「……」

梨子「今日は普通だったんだよね?」

浦の星女学院調理室の壁『いつもさくらうちが見ていた彼女と変わりませんでしたよ』

梨子「うーん……」


曜(梨子ちゃんが独り言を……)ガタガタガタ





「4日目

 曜ちゃんは書けそうにないので今日も梨子が書きます。

 また千歌ちゃんがおかしくなっちゃった。

 今日は千歌ちゃんが苦手な数学の先生の授業でした。

 それなのに、千歌ちゃんは朝からずうっと教科書を読んで、問題を解いていました。

 今日はとうとう曜ちゃんが泣いてしまいました。

 話しかけても反応が薄いことが堪えたそうです。

 なんとかしなきゃ。

 でも、うちっちーに話しても難しい顔しかしないんだよね……」



曜「……」

梨子「よ、曜ちゃん」

曜「梨子ちゃんごめんね。今日は帰るね」

梨子「でも……!」


曜「私は……っ!」

梨子「曜ちゃん……」


曜「私はっ!!」




曜「今日まだ千歌ちゃんの匂い嗅いでないんだよっ!!」ウルッ

梨子「え、うん。……え?」

曜「どれだけつらいか梨子ちゃんにわかるの!?」ポロポロ

梨子「わからないけど。え? いつもは嗅いでたの?」

曜「あっ」

梨子「……」

曜「……」


曜「ほら、こうさ、あるじゃん、ふわっと来る時がさ。梨子ちゃんもあるでしょ? 仲良くしてる、善子ちゃんだったっけ」

梨子(何となくわかってしまう自分が嫌だ……)


曜「……とにかくさ、限界なんだ、私」トオイメ

曜「ねえ梨子ちゃん、この地獄、いつまで続くのかな……」ツー


梨子(曜ちゃん……)

梨子(早くなんとかしないと……。色んな意味で)



梨子「……はぁ」グデン

善子「最近よくため息ついてるわよね。何か悩み事?」

梨子「悩み事といえば、そうなのかなあ」

鞠莉「ほらほら、せっかく優雅なお茶会なんだから、何でも話してみなさい!」

果南「そうそう、多少のことなら解決してくれるよ、鞠莉が」

鞠莉「That's right ! 小原家の力を舐めちゃいけませーん!」

果南「冗談のつもりだったんだけどな」アハハ


梨子(果南さんの事件以来、放課後に理事長室でのんびりお茶を頂く日課ができました)


ダイヤ「梨子さん、うるさい方々は放っておいて、話してみては?」フフッ

梨子「ダイヤさん……」

ダイヤ「詳しくは知りませんが、先日何か不可思議なことに巻き込まれたのでしょう? 生徒の苦労を慮るのも、会長の義務ですので」


梨子(やっぱりダイヤさんは優しいなあ。おまけに綺麗。鞠莉さん経由で知り合ったばかりだけど、憧れの会長さんです)


梨子「見てもらいたいものがあるんですけど……」



ダイヤ「観察日記、ですか」

鞠莉「Oh……いくらその千歌って子が好きだからって、梨子、これは……」

善子「え、そ、そうだったの……?」

梨子「違いますぅ! そういうのじゃありませんっ!」アセアセ

梨子「えっとね――」





☆   ☆   ☆



善子「そういえばその曜って人、昨日バスで凹んでたみたいだった……」

果南「千歌の様子が変、かあ。私のこともあったし、心配だな……」

ダイヤ「果南さんは何も気づきませんでしたか?」

果南「ごめん……最近は一緒に出掛けてないし、わかんないや」

果南「でもさ、ちゃんと会話ができる日もあるんだよね?」

梨子「はい、調理実習の日はいつもの千歌ちゃんでした」


果南「うーん……」

果南「『カード』に憑かれている時ってさ、もっとこう、ぼんやりするんだ」

善子「あ、それわかるかも。自分が自分じゃなくなって、夢を見ているみたいな……」

果南「うんうん、1つのことしか考えられなくなるんだ」

梨子「1つのことしか……」


梨子(勉強している千歌ちゃんも、ストレッチしている千歌ちゃんもそうだった……)


果南「でも調理実習の時に普通なんだったら違うかもね」

鞠莉「その時だけカードの『同化』が解けてたっていうのは?」

善子「そんなことあるの?」


「「……」」



ダイヤ「わたくしは何がなにやら……」

梨子「ごめんなさい、いずれ……」

ダイヤ「いえ、事情があるのなら構いません。しかし、もったいないような気もしますね」

梨子「もったいない?」


ダイヤ「その『カード』とやらに憑かれると、1つのことしか考えられなくなってしまうのでしょう?」

ダイヤ「喜び、悲しみ、つらさ、幸せ……勉学に恋に、様々な想いを抱いてこそ一人の人間というものですのに」


ダイヤ「わたくしたちはそうした葛藤の渦の中で過ごしているというのに」

梨子「ダイヤさん……」

鞠莉「romanticなこと言うのね、ダイヤ!」

ダイヤ「う、うるさいですわね!」



梨子(もったいない、か……そうなのかな)


梨子「帰ったら、うちっちーに話を聞いてみないと」ボソ

善子「私も行くわ。いいでしょ、リリー?」

梨子「え、うん。でもいいの? 今日は飛ばないし、楽しくないかも」

善子「構わないわ! リトルデーモンにあれだけため息つかれたら、堕天使ヨハネの名が廃るもの」

梨子「リトルデーモンじゃないけど、ありがとう」フフッ






  ☆   ☆   ☆



梨子「……と、いうことなんだけど」

うちっちー「確かに妙な話だね。1日だけ『同化』が解けるなんてありえない」

善子「やっぱり? 私も果南さんもそこが気になって」

うちっちー「それに『カード』が持つ力は1つだけ。勉強とマラソンと調理実習、三股なんてかけられないさ」

梨子「言い方」

善子「1人にたくさんの『カード』が入ってるとか」

うちっちー「いや、『同化』できるのは1枚までだよ」

梨子「そうなんだ……。じゃあ、千歌ちゃんどうしちゃったんだろう」

うちっちー「考えられるのは……」

梨子の部屋の壁『複数の力を使っているように「見せる」カード、ですね』

梨子「そんなカードがあるの?」

うちっちー「ああ、いくつかある。クロウカードには『WATERY』とは違う変則タイプも多いんだ」

梨子の部屋の壁『たとえば『ILLUSION』であれば、可能かもしれませんね』

梨子「イリュージョン、幻かあ……そんな感じはしなかったけどなあ」


善子「ね、ねえ、誰と話してるの……?」ビクビク

梨子「壁さんだけど」クルッ

善子(大丈夫……リリーだったら大丈夫……受け入れられる……たぶん)


梨子「それで、どうやって見分けたらいいの?」

うちっちー「こればっかりは直接見るしかないだろうね」

梨子「ってことは、また……」

善子「家に突入、ね」


うちっちー「いいじゃないか、すぐ隣さ」





  ☆   ☆   ☆



梨子「よし、じゃあ千歌ちゃんの家に……」


ブッブー


梨子「ん? クラクション……」

鞠莉「はあい、梨子!」

梨子「鞠莉さん! どうしてここに!」

鞠莉「善子が呼んでくれたのよ。聞いてない?」

梨子「え、そうなの?」

善子「だってマリー、次は私の分も衣装作ってくれるって……」モジモジ

うちっちー「そうこなくっちゃ!」

鞠莉「ほら、乗って乗って! お着替えTimeよ!」

梨子「ええ、ちょっと、やっぱり恥ずかしいよ!」








善子(E:衣装)「堕天使ヨハネ、降臨っ!!」ギラン

梨子(E:衣装)「どう考えても変だよこんなの……」

うちっちー「すけべだ……」

鞠莉「Great! 小原家の仕立て屋はいい仕事するわね! 赤と青のコントラストがとっても素敵よ!」

鞠莉「善子のは特別に袖をなくしてあるの! 動きやすいでしょ?」ドヤ

善子「ええ、何だか着慣れた感じがするわ」

梨子「なんでなの……」



ピンポーン



梨子「……」

善子「出ないわね」

鞠莉「どうする?」

うちっちー「前みたいに合い鍵を――あれ? 鍵が開いてる」

梨子「ぶ、不用心だね。うぅ……大丈夫かな……」

うちっちー「こっちは衣装で万全の体制を整えているんだ、問題ないさ」

梨子「露出度は増えてるんだけど」

うちっちー「お、自覚が出てきたじゃないか、さくらうち」

梨子「防御力は下がってるって言いたいの!」

うちっちー「まあまあ。今回の相手は攻撃カードじゃなさそうだし、前みたいに危ないことにはならないさ」


梨子「それならいいけど……」ガチャリ





千歌4『あはははは! たのしー!!』クルクル


千歌6『ちょっと、勉強の邪魔なんだけど』


千歌3『早く走りに行きたーい!』


千歌2『私なんて……私なんて……』


千歌5『ああああイライラするうううぅぅっ!!』


『『『あ、梨子ちゃんだ』』』


梨子「お邪魔しました」バタン



梨子「……」

善子「……」

鞠莉「……」


梨子「で、うちっちー?」

うちっちー「危ないことにはならないさ……たぶん」



梨子「千歌ちゃんがたくさんいた……どういうこと?」

うちっちー「あれだけじゃ何とも……」フーム

善子「人を増やせるカードに心当たりはないの?」

うちっちー「あるにはある。『TWIN』ならできるだろうね」

鞠莉「ツイン、双子って意味ね!」

うちっちー「そうさ、でもそれはあくまで『双子』なんだ。増やせても2人になるところまでだ」

善子「4、5人はいたわね……」

鞠莉「んー、マリー頭痛くなってきちゃった」

うちっちー「何とかして原因を探らないと。相手が5人ならまだ大丈夫だ」


梨子「よしっ、もう1回突入だね!」ガチャ



ワラワラワラ


千歌8『羨ましい羨ましい羨ましいいい!』


千歌9『えへへ、ケーキ、曜ちゃん喜んでくれるかなあ///』


千歌15『漢字なら私に任せて!』


千歌23『これだからぶんけーは! 私は物理!』


千歌35『はあ……不幸だなあ………』


『『『『あ、梨子ちゃん!』』』』


梨子「お邪魔しました」バタン



梨子「……」

善子「……」

鞠莉「……」


うちっちー「あー、さくらうち」


梨子「はい、行きます……」グスン



うちっちー「さて、突入したはいいものの……」



千歌3『梨子ちゃーん、走りに行こうよっ!!』グググ

梨子「ちょっと待ってね千歌ちゃん、私やることが……」グググク


千歌6『そうだよ。梨子ちゃんは勉強しなきゃ。ほら、√3が無理数であることを――』クイクイ

梨子「ごめんね、千歌ちゃんがやる気なのうれしいんだけど、私……」


千歌2『私なんてダメダメだよ、私なんて、私なんて、鬱だ死のう』シャッ

梨子「ダメダメダメっ!! 早まらないでっ!」


善子「何ていうか……」

鞠莉「大変ね、梨子」

梨子「見てないで手伝って!!」クワッ

善子「こっちもきついのよ!」



千歌26『わああああっ! ガイジンさんだ! どこから来たの? 英語しゃべって?』グイグイ

鞠莉「あ、あのね、千歌っち?」タジタジ


千歌8『ひっ……変質者……っ、腋なんか露出してるし……っ、頭に変なの付けてるしぃ………っ!』ガタガタ

善子「これはただのお団子よっ!」



梨子「だ、誰も身動きが取れない……! どうすれば……!」

うちっちー「さくらうちっ! 新しい千歌が――いや自分でも何を言ってるのかわかんないけど――階段から下りてくる!」

梨子「え、どういうこと!?」

うちっちー「階段の上だ! 上の階に何かがあるんだ!」

梨子「上の階ってことは……」

うちっちー「そうさ、さくらうちがいつも見ている……千歌の部屋だ!」


梨子「でも……!」


『『梨子ちゃん梨子ちゃん!』』


梨子(何とかして千歌ちゃんたちの注意を逸らさなきゃ……!)


梨子「……」


梨子「あ、曜ちゃん!」ユビサシ


『『曜ちゃんっ!?』』パッ


梨子「よしっ、離れた!」

うちっちー「ナイスだ、さくらうち!」

梨子「今のうちに千歌ちゃんの部屋に!」ダダッ



ガチャリ


梨子「千歌ちゃんっ」


千歌『あ、梨子ちゃん』ゴロゴロ

千歌1『来ちゃったんだ』


梨子(漫画を読んでる千歌ちゃんと、もう1人は、立ってるだけ……?)


梨子「こ、これは……?」

千歌1『梨子ちゃん、見てくれた? 千歌がいーっぱい!』ニコー

千歌『びっくりしたでしょ』ペラ

梨子「ここには2人だけなの?」


千歌『そうだよー。皆は下に行っちゃった。ねえねえ、梨子ちゃんも一緒に漫画読もうよー。あれ、変な格好』

梨子「うぐっ」グサッ

千歌1『ほらほら、オリジナルの私がこう言ってるんだよ! ね、梨子ちゃん! 一緒にゴロゴロしてあげて?』

梨子「オリジナル……! グータラしてる方の千歌ちゃんが……!?」


うちっちー「さくらうち! オリジナル千歌の隣に!」


万華鏡「」ポウ……


梨子「あれ、私があげた万華鏡……?」

うちっちー「万華鏡、万華鏡、そうか! 鏡かっ!」



梨子「鏡?」

うちっちー「そうだ! 千歌は鏡を使って、自分にそっくりな像を生み続けているんだ!」


千歌『だって、小テスト嫌だし、マラソンも嫌だったんだもん。調理実習は楽しみだったけど』


うちっちー「その願いに反応したんだな……『MIRROR』は」

梨子「ミラー……。それが、今回のカード。千歌ちゃんが嫌なことを代わりにやってあげていた……」


千歌1『それにね、嬉しい時は嬉しい千歌が喜ぶの! 悲しい時は悲しい千歌が悲しむんだ!』

千歌1『全部全部、代わりにやってあげるんだよ!』


梨子「か、感情まで……!?」

うちっちー「やっぱり暴走してるみたいだ。千歌の『代わりになってほしい』という願いを過剰に叶えている」

梨子「ど、どうして……」

うちっちー「そもそも『MIRROR』は鏡のカード。誰かにそっくりな姿に化けることができる」

うちっちー「ほんとは1体だけのはずなんだけど……千歌の近くに万華鏡があったのが不運だった」

うちっちー「鏡によって無数に模様を変える万華鏡……生み出される千歌も、無制限だ」

梨子「そんなっ! 私のせいで!」



梨子「どうすれば封印できるの!?」

うちっちー「『MIRROR』は特殊カード。千歌から引き剥がしさえすれば、名前を呼ぶだけで封印できる」

梨子「引き剥がしさえすれば……」

うちっちー「でもそのためには……」

梨子「千歌ちゃんの『願い』を消さないと!」

うちっちー「そうだ! 千歌に1人に戻りたいと思わせるんだ!」

梨子(1人に戻りたいと思わせる……!)


千歌『あははっ、この漫画おもしろーい!』ケラケラ


梨子「千歌ちゃん! お願い、1人に戻って!」

千歌『どーして? 勉強も運動もぜんぶ代わりにやってくれるんだよ?』

梨子「そんなのダメだよ!」

千歌『なんでダメなの? ねえなんで?』

梨子「そ、それは……っ」

梨子(うぅ、上手い言葉が見つからないよ……!)



梨子(誰か、誰か助けて――――――)





千歌の部屋の壁『聞こえますか、さくらうち――――』



梨子「!!」



千歌の部屋の壁『さくらうち、貴女の友を想う気持ち、しっかりと伝わっています……』

梨子「千歌ちゃんの部屋の壁さん……!」

千歌の部屋の壁『あとは、言葉にするだけですよ』


梨子「でも、どんな言葉をかけたらいいか……」

千歌の部屋の壁『貴女が今考える必要はないのです。今まで見て、聞いた言葉を思い返して……』

梨子「今までの、言葉……」



―――ダイヤ『もったいない』


―――ダイヤ『喜び、悲しみ、つらさ、幸せ……勉学に恋に、様々な想いを抱いてこそ、一人の人間というものですのに』



千歌の部屋の壁『そう。そして貴女の力を、今までやってきたことを、信じて――』

梨子「私の、力……」




  ☆   ☆   ☆



梨子(11)『ねえ壁さん、また期待外れだって言われちゃった』


梨子(11)『私がダメなのかな。私が足りないのかな……』


幼い頃の梨子の部屋の壁『……』


梨子(11)『ごめんね、いつも愚痴ばっかり。でも、壁さんは何でも聞いてくれるもんね』


梨子(11)『わたし、強くなるね。壁さんのおかげで、毎日ちゃんと進めてる、そんな気がするんだ』クイックイッ




  ☆   ☆   ☆



梨子「そうだ! 私は続けてきたんだ……! 感謝の壁クイ……! 何年も、毎日毎日―――」


梨子「それが私の力……! 私は、雨の日も風の日もへこたれることはなかった……!」

うちっちー「そりゃ屋内だからね」

梨子「今は黙って」

うちっちー「……」


梨子(これを、千歌ちゃんにぶつける……。千歌ちゃんの部屋の壁さんはそう言うんだ……!!)



梨子「千歌ちゃん」

千歌『なあに、梨子ちゃん』

梨子「ね、私も漫画読んでいいかな」


千歌『うん、もちろん! 何読むー?』

梨子「千歌ちゃんのおすすめを取ってもらってもいい?」

千歌『いいよ! えーっと、それじゃあこれを……ううん、こっちかな』ガサガサ




梨子「……」

梨子「ねえ千歌ちゃん、ちょっとこっちむいて?」


千歌『え、なに――』クルッ




梨子「千歌ちゃん」ドンッッッ


千歌『ぇ―――』


うちっちー(いったあああああ!!)




千歌『り、梨子ちゃん……?』





梨子「ねえ、千歌ちゃんのおすすめ、どこ……?」ササヤキ



梨子「おでこ? ほっぺ? それとも――」ツー


千歌『ひゃっ……』






梨子「こっち―――?」クイッ…


千歌『あ、ぁぁ……///』



梨子「千歌ちゃん」


千歌『う、うぅ……』

千歌『うっ、うぐっ、ううっ』ポロポロ


梨子「どうして泣いてるの、千歌ちゃん」

 
千歌『だって、だってぇっ! びっくりしたのに! ドキドキするのに! もっとときめいていたいのにっ!』

千歌『そう思うとすぐに、すぅって気持ちが薄れて、別の千歌のところに行っちゃうんだもん!』

千歌『そんなの、そんなの、悔しいじゃん!』ギュッ


梨子「そうだね、壁ドンは、ドキドキして嬉しくて、怖くて、でも幸せで―――とっても複雑なものだもの」


千歌『そ、そうだ梨子ちゃん、他の千歌にもやってよ、そうすれば――』


梨子「でもね」

梨子「壁ドンは、おひとり様向けなの」



梨子「色んな感情を一度に抱ける……1人の人間じゃないと、真の壁ドンはできないのよ」


千歌『ぅ……』


梨子「だからね千歌ちゃん」






梨子「1つになった後で、もっとしましょう……?」ササヤキ







千歌『………ハイ///』




パアアアアアア



千歌1『あア……もう……おわ……り……かア……』シュウウウ……


うちっちー「し、信じられないっ! 『同化』が解けたっ!!」




千歌「……」クラリ

梨子「わわっ、千歌ちゃん!?」ダキッ

うちっちー「果南の時と同じさ。寝かせておこう」


うちっちー「さて、と」

MIRROR『……』ニコ

梨子「封印……されてくれるよね、MIRROR」

MIRROR『……』コクン


うちっちー「さくらうち、あれを」

梨子「……うん」


梨子『闇の力を秘めし「鍵」よ! 真の姿を我の前に示せ――』


梨子『契約のもとさくらうちが命じる―――』


梨子『レリーーーーーズ!!』パシッ


うちっちー「よしっ、封印だ!」



梨子『汝の在るべき姿に戻れ―――』クルクル


梨子『クロウカーーーード!!』パアア


MIRROR『……』スゥ


シュルシュルシュル


シュウウウウン……


カード「」フワッ

梨子「な、なんとかなったぁ……」パシッ



ドタドタドタ


善子「り、リリー、やったのね!」バンッ

鞠莉「あの娘たちが急にシュンって消えたから……!」

梨子「2人とも! 無事だったんだね!」


善子「って、なんか千歌さん顔赤いんだけど……大丈夫?」

梨子「う、うう、思い出したら――」


梨子「は、恥ずかしいよぉっ!」アタマカカエ

善子「え、ちょっとリリー!?」


うちっちー「……今さらなんだよなあ」ヤレヤレ




  ☆   ☆   ☆



善子「リリー……あなたねえ……」ジトー

梨子「ちょっと! どうして言っちゃうのうちっちー!」ガクガク

うちっちー「ゆ、揺らすのは胸だけにしてよさくらうち」

梨子「この不純妖精!」

うちっちー「今回ばかりは君に言われたくないよ」


鞠莉「はー……、あのdiaryはやっぱり……」

善子「リリー、千歌さんのこと好きなの?」ウルッ

梨子「違います違います! そんなんじゃありません!」

うちっちー「ほんとにー? あの時の君ったら、ほんとにどすけ――」

梨子「うちっちーは黙っててっ!」


鞠莉「とにかく、皆無事でなによりね! またご飯でもいきましょ! 千歌っちも一緒に!」

梨子「そうですね……。はあ、千歌ちゃんにも説明しなきゃ……」

善子「私あんまり活躍できなかった……」シュン

うちっちー「何を言ってるんだい。善子と鞠莉が下で抑えてくれていたからこそじゃないか」

善子「うちっちー……!」

鞠莉「Thank you! うちっちーは紳士なのね!」

うちっちー「だろう? ほら、お礼にボクを挟んでくれたまえよ。その豊満ボディでね」

善子「台無しよ!」



千歌「ん……んぅ……?」パチクリ

梨子「あ、千歌ちゃん、目が覚めたんだね! ごめんね、私のあげた万華鏡が――」

千歌「あ……」


千歌「……」



千歌「梨子ちゃん///」テレッ


鞠莉「……」

うちっちー「……」

梨子「」ダラダラ


善子「リリー」ジト


梨子「他意はなかったのぉぉーーー!!」ダダッ


千歌「あっ、梨子ちゃん待って! 梨子ちゃーーん!!」ダダッ






鞠莉「これは波乱の予感……なんてねシャイニー☆」キラッ








第3話「うすだいだいの万華鏡」終




  ♪   ♪   ♪



スゥ……スゥ……ゴロン……


ルビィ(今日も失敗しちゃったなあ……)

ルビィ(どうしていつもこうなんだろう……)


ルビィ(明日は……きっと……もっとちゃんと……)


ルビィ「……」スゥ…スゥ……





ルビィ『……』

ルビィ『……あれ? ルビィ布団に入ったはずなのに……なんだろう、この黒い場所……』



『……ガ………シイカ……』


ルビィ『ぴぎっ!? な、なにかいるよぉ……!』


『チカラガ……ホシイカ……』


ルビィ『ち、力……?』


『アネニ……カテルヨウナ……スベテヲ……テニデキルヨウナ……』


ルビィ『すべてを、手に……?』


『ソウダ……チカラガ……ホシイカ……』


ルビィ『うゅ……う、うん! もう弱いルビィは嫌だもん! 強くなりたいんだもん! だから――』


ルビィ『力がほちい!!』



『……ククッ』




  ☆   ☆   ☆



第4話

「仁義なきエンドレス・ラグナロク」





梨子「ふんふんふーん♪」

うちっちー「なんだかご機嫌じゃないか、さくらうち」

梨子「そう見える?」ニコニコ

うちっちー「……気持ち悪いくらいそう見えるよ」ヒキ

梨子の部屋の壁『今日はご友人とお出掛けでしたね』

梨子「そうなの! よっちゃんでしょ、鞠莉さんと果南さんでしょ、そしてなんと――」

梨子「ダイヤさんも来るんだって!」キャー


梨子(今日は土曜日。前々からお茶会メンバーで出掛ける予定だったんです)


梨子「あ、お土産買ってきてあげるね!」ニコニコ

うちっちー「うへえ、ほんとにご機嫌だね。……ダイヤって、いつも話に出てくる生徒会長か」

梨子の部屋の壁『随分と熱を上げているようですね』

梨子「うん、知り合ってからしばらく経つし、仲良くなりたいな」

うちっちー「お得意のフェロモン攻撃を仕掛けてやればいいじゃないか」

梨子「そういう意味じゃありません! それにフェロモンって何?」キッ

うちっちー「千歌の件は?」

梨子「うっ……」


梨子の部屋の壁『最近は毎晩のように千歌さんとお話していますね』

うちっちー「善子に刺されないようにね」

梨子「よっちゃんが? どうして?」ポカン

うちっちー「あー、可哀想に。さくらうちの色気にあてられたばかりに……」オヨヨ

梨子「ちょっと、変なこと言わないで」ジト


梨子「とにかく、ダイヤさんは常識人枠なの! ほんとに貴重なんだから……」

うちっちー「おや、まるで自分が常識人側にいるかのような口ぶり」

梨子「……もう、やっぱりお土産なし!」フン


うちっちー「わかった、悪かった、悪かったからそこは頼むよさくらうち!」





  ☆   ☆   ☆



ザワザワ……ザワザワ……




梨子「えっ……ダイヤさん途中で帰っちゃうんですか?」

鞠莉「そうなのよ、このお馬鹿さん、せっかくのお出掛けなのにSweetsがどうたらって……」

ダイヤ「今日発売の限定プリンですのよ!! 買わずにいられますでしょうか、いやいられますまい! 反語ですわ!」クワッ

鞠莉「ちょ、ダイヤ近い近い……」

梨子(ダイヤさん、こんなにテンション高かったっけ……)

果南「ダイヤはプリンに目がないんだよ。あとシスコン」

梨子「姉妹がいるんですか?」


ダイヤ「ええ! ルビィというのですが、それはそれは珠のよう――いえ、不肖の妹ですわ」キリッ

善子「今さら真面目な顔しても遅いわよ」

ダイヤ「う、うるさいですわね!」

鞠莉「ルビィと言えばね、ダイヤったら、すっごい量の写真を手帳に入れて持ち歩いてるのよ」

梨子「へえ……! せっかくなので妹さん、見たいです!」

ダイヤ「なんだかお恥ずかしいので……少し見たらすぐ返してくださいね」ハイ


ペラッ

梨子(うわあ、可愛い! すごく大人しそうだし、なんだか小動物みたい)


善子「ちょっと、ルビィの写真、私にも見せてよ!」グイッ

梨子「あ、そんな引っ張ったら……!」グラッ


手帳「」ポトッ


写真「」バサササササアアアアア


ダイヤ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」



善子「ご、ごめんなさいダイヤさん! って、これ……」

果南「うわっ、ルビィの写真ばっかり」

梨子「でも、何だかアングルが変な気が……」

鞠莉「これ盗撮ね。いつもドローンで果南の写真を撮ってるからわかるわ」

果南「えっ」

ダイヤ「と、盗撮ですって!? ちちちちが、ちが、違いますわ!」アセアセ

梨子(誤魔化すの下手すぎるよ……)ホロリ

ダイヤ「わた、わたくしはこの辺で! 限定抹茶プリンが店頭で待っておりますので!」タタッ



善子「……行っちゃったけど」

梨子「ああ、ダイヤさんのイメージが……」

鞠莉「うふふ、ダイヤも可愛いところあるわよね!」


鞠莉「じゃあ、気を取り直して私たちも――」

果南「鞠莉はこの後大事な話があるから」ガシッ

鞠莉「」


梨子「ご愁傷さまです、鞠莉さん」

善子「ドローンとお金の無駄遣いね」





  ☆   ☆   ☆



うちっちー「それで、結局善子と2人でカフェに行ってきたってわけだ」

梨子「そうなの。はあ……ダイヤさんも変な人だった……」ガックリ

うちっちー「妹相手とはまた業が深いね。ところでさくらうち、そのルビィって娘の写真、取ってきてくれただろうね」

梨子「え、全部返したけど」

うちっちー「君がそんなに無能だとは思わなかった」

梨子「ほんっと不純」

うちっちー「褒め言葉さ」


梨子の部屋の壁『しかし残念でしたね。せっかくの土曜日でしたのに』

梨子「あはは……でも、よっちゃんとのお話も楽しかったし、大丈夫」


梨子「あ、そうだ。お土産があるの。前から欲しがってた柑橘系のスプレーだよ」

梨子の部屋の壁『ありがとうございます、さくらうち……! さっそくかけて頂けますか?』

梨子「うん!」


シュッシュッ


梨子の部屋の壁『ああ……いいですよ……もう少し下に……ええ、最高です……』

梨子「そ、そう? よかった///」ドキドキ


うちっちー「……何回見てもさっぱりわからないよ」ハア


うちっちー「さくらうち、ボクにはお土産はないのかい?」

梨子「うちっちーにはあげないって言ったでしょ?」

うちっちー「なっ!? あれ本気だったのかい!? なんてむごい……」

梨子「うそうそ、買ってきたよ。ほら、これ」ガサッ

うちっちー「プリン?」

梨子「帰りに寄ったの。限定のは売り切れてて、普通のプリンなんだけどね」

うちっちー「ああ、信じてたよさくらうち!」ジーン

梨子「もう、いちいち大袈裟なんだから」クス


梨子「冷蔵庫に入れておくから、食べたいときは言ってね」





  ☆   ☆   ☆



チュンチュン……チュンチュン……





梨子「あれ、ない、ない!」ガサゴソ

梨子ママ「どうしたの梨子? 何か探し物?」

梨子「お母さん、冷蔵庫に入れてあったプリン知らない?」

梨子ママ「プリン……? そんなの入ってたかしら」

梨子「え、食べないでねって昨日の夜に言ったよ!」

梨子ママ「そ、そうだったかしら……」

梨子(どういうことなの……?)





梨子「と、いうことなんだけど――」

うちっちー「プリンがないって!? それは一大事だ!」

梨子「うん、お母さんも食べてないって言うし、絶対なくなるはずないんだけど……」

うちっちー「不可解な事件……むむ、これはひょっとして……」

梨子「え、嘘、『クロウカード』の仕業ってこと?」

うちっちー「可能性の話さ」

梨子の部屋の壁『プリンだけじゃありません。昨日いただいたスプレーもなくなっているようです……』

梨子「あれはこの部屋から動かしてもいないはずなのに……」

うちっちー「これはいよいよ怪しくなってきたね」

梨子「でも、気づかれずに物を盗るクロウカードなんてあるの?」

うちっちー「『SHADOW』あたりの悪戯かな?」

梨子「その『SHADOW』っていうのは―――」


ピコンッ


梨子の部屋の壁『さくらうち、何やら携帯電話が光っているようですが』

梨子「え、あ、うん……よっちゃんからだ」スッスッ


  堕天使†ヨハネ『ちょっとリリー、もう待ち合わせの時間よ。どうしたの?』

  りじちょー☆『寝坊かしらー?』


梨子「え、待ち合わせ……?」

うちっちー「今日も約束をしていたのかい?」

梨子「ううん、してない……」



ピコンッ


  堕天使†ヨハネ『体調悪かったりしないでしょうね。大丈夫?』

  果南『もししんどかったら無理しちゃだめだよ』


梨子「ど、どういうこと?」スッスッ


  さくらりこ『ごめんなさい、今日も出掛けるんでしたっけ?』

  堕天使†ヨハネ『何言ってるのよ。今日は初めて生徒会長と一緒に出掛けるんだってはしゃいでたじゃない』

  りじちょー☆『まあまあ、忘れることくらいあるわよ、ね?』

  果南『うん、特に予定があるわけでもないし、ゆっくり待ってるよー』


梨子「……」

梨子「初めてダイヤさんと出掛ける……? だって昨日も……」

うちっちー「……もしかして」

梨子「うちっちー?」


うちっちー「さくらうち、携帯で日付を確認してみてくれるかい?」

梨子「え、うん……今日は……ど、土曜日!? いやいや、土曜日は昨日だったよね?」


うちっちー「やっぱりだ」


うちっちー「今回のカードは『TIME』」

梨子の部屋の壁『時間を司るカードですね』

梨子「それって……っ! じゃあ、ひょっとして……!」



うちっちー「ああ。時間が、巻き戻っている!!」





  ☆   ☆   ☆



梨子「お、お待たせしました……!」ゼエゼエ

善子「遅いわよリリー!」

梨子「ごめんなさい!」

果南「お店にいたし、大丈夫だよ。でも、予定忘れるなんて梨子も案外おっちょこちょいだね」アハハ

梨子「いやあ、その……あはは」


梨子(うちっちーは「昨日と違う行動をとる人を探せ」って言ってたけど……)


――うちっちー『時間が巻き戻ったことを、普通の人は覚えていないんだ』

――うちっちー『魔力の多いさくらうちと、『TIME』を使った人を除いて、ね』


――うちっちー『だから何もなければ、普通の人は全く同じ行動をとり続けるはずなんだ』


――うちっちー『「昨日」と違う行動をする人間……そいつが犯人さ』



梨子(そんなこと言われても、遅刻した時点で状況も全部変わっちゃってるよ……)


鞠莉「ほらほら、せっかく揃ったんだから行きましょ」

梨子「あれ、ダイヤさんは?」

善子「先に帰っちゃったわよ。プリンを買いたいって」ハア

果南「ごめんね梨子。ダイヤったら、プリンのことになると見境ないんだ」

梨子「そ、そうなんですね……」


梨子(ここは変わってない……ダイヤさんじゃなかったってことかな)



鞠莉「準備はOK? じゃあ皆で果南の家にGO GO!」

梨子「果南さんの家?」





  ☆   ☆   ☆



果南「皆ー、ウェットスーツはちゃんと着られた? 手伝うよー」


梨子「う、うぅ……恥ずかしい……」ピチピチ

善子「そう? 衣装の方がよっぽどじゃない?」

梨子「あれも恥ずかしいんだってば!」


果南「おー、梨子似合ってるね」ピチピチボイン

鞠莉「やっぱり梨子はエロスを持ってるわよね!」ピチピチボイン


梨子「……よっちゃん」

善子「ええ、言いたいことはわかるわ、それじゃあ、せーのっ」


よしりこ「「えっろ」」






ザザア……ザザア……



果南「ボンベがこれで、使い方は――」


梨子(ダイビング、か……。何もかも昨日と違う……)

梨子(私が遅れちゃったから、ダイヤさんは盗撮がばれないし、鞠莉さんも口を滑らさないし)


果南「梨子、聞いてる? 安全に関わるから、ちゃんと聞くんだよ」

梨子「あ、ご、ごめんなさい!」アセ

果南「今が3時だから、だいたい30分くらい潜って、3時半には戻ってこようね」

鞠莉「OK! 果南についていけばいいんでしょ?」

果南「そういうこと! 善子と梨子は初めてだから、ゆっくりいくね」

善子「ヨハネよ。そうしてもらえると助かるわ」



果南「よーしっ! じゃあ海へ飛び込むぞーっ!」バシャン

善子「え、えいっ」バシャ


梨子「わわっ、2人とも勇気あるなぁ……」ビクビク

梨子(色々考えないといけないんだけど、ここまで来たら行くしかないよね)


鞠莉「なーに怖がってるの、梨子!」ドンッ


梨子「え、わっ、きゃあああああ――――」


梨子(もう、鞠莉さんってば乱暴なんだから! せめて痛くないといいなあ―――)


梨子「ああああああ―――――」


梨子(――あれ、海面が、全然近づいてこない……え、私浮いてる?)


梨子(むしろ、だんだん遠ざかって―――)




キイイイィィィィィィン……











梨子「―――――ああああああああ!」ガバッ


うちっちー「さくらうちっ!」

梨子「えっ、うちっちー!? ど、どうなったの!? 私、さっきまでウェットスーツで――」

うちっちー「まずは落ち着いて、周りを見るんだ。あとそのウェットスーツについて詳しく」



梨子(周り、周り……って!)

梨子「私の部屋? しかも夜だし……」


うちっちー「そうさ。今は夜の0時。しかも『土曜日の0時』さ。あとそのウェットスーツについて詳しく」

梨子「土曜日の……って、それって!」ハッ

梨子の部屋の壁『また、時間が……』


梨子「巻き戻った……!」


梨子「で、でも昨日は、いや『前回』は何も気づかなかったよね?」

うちっちー「ああ、たぶん寝ている間に時間が巻き戻ったんだ。……ねえ、ウェットス――」

梨子「黙って」

うちっちー「はい」



梨子「前回は夜だった。それなのに、今回はこんな昼間に……」

うちっちー「さくらうち、巻き戻った時間は覚えているかい?」

梨子「確か、3時ごろだったよ」

うちっちー「3時ごろ……その時間に何かがあったんだ」

梨子「何か……」

梨子の部屋の壁『カードを使った人物が、時を巻き戻したくなるような「何か」ですね』

うちっちー「ああ、さくらうちは3時までにおかしな行動をする人を見つけるんだ!」



梨子「ってことは、また待ち合わせ……?」ハア




  ☆   ☆   ☆



果南「よし、全員集まったね」

梨子(3回目……。最初はあんなに楽しみだったのに、なんだか気が滅入っちゃうな)

善子「あれ、生徒会長は?」


梨子「……え?」

梨子(本当だ! ダイヤさんがいない!)


鞠莉「なんだか今朝すごい剣幕で電話が来たのよ」

果南「何でもプリンがどうとか……」

梨子(今日は私は遅刻していない。でも、ダイヤさんの行動だけが変わってるんだよね)

梨子「じゃあ、犯人はダイヤさん……?」ボソッ


善子「……犯人?」ピク

梨子「え、あっ、えっと、そのー……」

果南「何だか物騒だね。何かあったの?」

梨子「そういうわけじゃないんですけど」

鞠莉「梨子、あなたひょっとしてまた……」

善子「クロウカード! そうなのね!」


梨子「えっと、いやあ、まあ」

善子「やっぱり! 何かあったらちゃんと言ってって言ってるでしょ!」プンプン

果南「そうそう。私たちに隠したって、いいことないよ」

梨子「でも、迷惑が……」

鞠莉「Oh、まだそんなこと言ってるのね! 迷惑なんて思ったことないわ!」ビシッ

善子「そうよ。マリーなんて、勝手に衣装作って来てるだけじゃない」

鞠莉「あら、そんなこというなら、今回は善子の衣装はなしね」

善子「ごめんなさい。……あ、それとヨハネよ!」

梨子「皆……!」ウルッ


果南「それで、今度はダイヤなの?」

梨子「まだわからないんですけど―――」





  ☆   ☆   ☆



善子「時が巻き戻ってる?」キラキラ

梨子「本当に大変なんだからね! 興奮しない!」

果南「記憶がないからわかんないなあ……。それで、その『TIME』ってカードが、ダイヤに憑いてるかもしれないってこと?」

梨子「それはまだわかりません。でも、ダイヤさんの行動が変わってて……」

鞠莉「なるほど。記憶がないなら行動は変わらない、そういうことね!」

梨子「はい、ダイヤさんが3時ごろ何をしているかわかればいいんですけど」


鞠莉「OK! 電話してみるわね!」


プルルルル


鞠莉『シャイニー☆ プリティボン――』


ブツッ、ツー…ツー…


梨子「真面目にやってください」

鞠莉「Oh, sorry」


プルルルル


鞠莉「小原と申します」


善子「んふっ」






鞠莉「―――ええ、えっ? ……ええ、わかったわ」


ピッ


梨子「何かわかりましたか?」

鞠莉「ダイヤ、プリン食べるって。それしか言わなくて少し怖かったんだけど」



梨子「プリンって限定の……?」

鞠莉「ええ、今日発売らしいのよ。だから買いたかったみたい」

果南「ダイヤはプリンに目がないからね」

梨子(限定プリンを買うことは変わらないんだ……)

善子「それでそれを馬鹿正直に3時に……? どこの小学生よ」


梨子「でも、何で時を巻き戻さないといけなかったんだろう」

果南「何度も食べたいとか?」ウーン

鞠莉「欲張りお腹でかなんと一緒にしちゃ Non Non よ!」

果南「それ言うのやめて……」ガク

善子「それか、食べられなかったとか」

梨子「そんなに食べたかったのかな……」


果南「でも、プリンのことしか言わないっていうの、気になるね」

善子「そうね。『カード』に同化されてるとき、そうなるもの」


「「うーん……」」


鞠莉「これ以上は考えても仕方ないわね! いつものよ!」

善子「いつものって、やっぱり……」

梨子「私たち、色んなお家に乗り込みすぎじゃないかなあ」ハア




  ☆   ☆   ☆



ピンポーン……


ダイヤ『はい、どちら様でしょうか』

鞠莉「シャイニー☆」キャハ


ブツッ


ガチャ


ダイヤ「何しに来たんですの?」

鞠莉「私たちよりプリンが大事な薄情ダイヤちゃんに会いに来たの!」


ダイヤ『……』

ダイヤ『プリン……プリン……』ボー

梨子「……!」ゾワ

梨子(プリンの話になった途端、何だか雰囲気が変わった!)


ダイヤ『わたくしは食べねばなりません。プリン愛好家として、いえ、黒澤家長女として!』

善子「そんなに食べたいならすぐに食べればいいじゃない」

ダイヤ『いいえ! 古今東西おやつは3時と相場が決まっておりますの!』クワッ

梨子(そんなことないと思うけど……)

ダイヤ『とにかく! わたくしは3時に限定抹茶プリンを食べねばなりません』

ダイヤ『だと言うのに、何度繰り返しても、何度繰り返してもあの「影」が―――!!!』


梨子「うっ……」ゾワワワワ


梨子(なんだか、怖い……)

果南「梨子、大丈夫?」

梨子「は、はい、なんとか」



ダイヤ『―――ふぅ』


ダイヤ『ああ、ちょうどいいところに。あなたたちは、わたくしを手伝ってくれますのよね?』ニコニコ

梨子「手伝う……?」


ダイヤ『ええ。抹茶プリンを守りし、選ばれし少女たち―――輝きの勇者たちよ!』ビシッ


「「「……」」」


善子「は?」


ダイヤ『ええ、あなたたちが来た理由はわかっています。わたくしのプリンを守ってくれるのでしょう?』

果南「ちょっと、話が見えないんだけど……」

ダイヤ『わたくしのプリンは冷蔵庫にあります。これを3時までに死守してわたくしはプリンを食べるのです』

ダイヤ『それなのに、いつも……いつもあの憎き影に盗られてしまうのですわ!』


鞠莉「よくわからないけど、その『影』からプリンを守ればいいのね!」

ダイヤ『ええ、わたくしは何をしてでもプリンを食べなければなりませんの』


梨子(ダイヤさんはプリンを食べるために時間を巻き戻している……『TIME』を使って)

梨子(じゃあ、プリンを食べることができたら……?)


梨子(きっと「願い」はなくなる。時間を巻き戻す必要はなくなる! カードの『同化』が解ける……?)


善子「リリー、これって……」

梨子「うん、今はダイヤさんに協力した方がいいみたい」


果南「冷蔵庫を見張っていればいいんでしょ? そんなに難しくないんじゃ……」

鞠莉「油断は禁物よ。梨子の話が正しければ、ダイヤは2回も失敗してるんだから」


ダイヤ『とにかく、プリン防衛作戦、開始ですわぁ!』



  ☆   ☆   ☆



カチッコチッ……カチッコチッ……



果南「スゥ……スゥ……」

鞠莉「……」ソワソワ

善子「……」スマホポチポチ

梨子「……」


梨子(暇だなあ……。このお家、壁も和風でお洒落だし、お話したいなあ)

梨子(でも、流石に皆の前では、ね)


梨子「ね、ねえ皆」

果南「何!? なんかあった!?」ガバッ

梨子「い、いえ、まだ……」

果南「なーんだ、びっくりした」グデン


善子「何も起きないわね」

梨子「もうすぐ3時なんだけど……」

鞠莉「まあ、これでダイヤがプリンを食べられるならいいんじゃない?」

果南「っていうかさ、ほんとに3時になるまで待たなきゃダメなの?」

ダイヤ『さっきも言いましたわ! おやつは3時ですの! 3時前に口をつけるなど言語道断っ!』

果南「あ、そうっすか……」ガクリ




ダイヤ『そろそろ時間ですわね……』


善子「ねえ、影がプリンを盗るって言ってたわよね。心当たりある?」

梨子「うちっちーが『SHADOW』ってカードがあるって言ってたから、それかなあ」

果南「とにかく、これが最後の瞬間だね」

鞠莉「ええ! ダイヤがスプーンを口に運んでMission終了ね!」



ダイヤ『ああ……っ、麗しき抹茶プリン様……っ、緊張の一瞬ですわぁ……っ!!』ゴクリ


ダイヤ『それでは、いただきま――――』




ドゴオオオオオオォォォォォォッッッ!!!



梨子「きゃああああああっ!!」

果南「な、なに、爆発!?」

鞠莉「あ、ああ、あれ……!」

善子「壁に、穴が……!」


黒澤家の水墨画が描いてある壁『』グシャア


梨子「あ、あああ、あああああああ……!!」ガクッ

梨子「まだ、まだお話できてなかったのに……っ!」ポロポロ


果南「え、な、何の話!?」

善子「たぶん壁の話」

鞠莉「えぇ……」


ダイヤ『クッ……! 来るなら来なさい! わたくしは、このプリンを――』



 ――瞬間、風が吹いた。

 壁に開いた穴からびゅうと飛び込んだつむじ風が、紅い弧を描く。

 余談であるが、梨子の最近のお気に入りは同級生の曜が作るオムライスである。

 毎日昼休みにおかず交換をしているうちに、すっかりトリコリコになってしまったのだ。

 今、眼前で閃く紅い影は、まさにそのケチャップの如き紅であった。

 知らず知らずのうちに、梨子の舌は記憶の中のケチャップを舐めとっていた。

 トマトのような青臭さと、砂糖のように甘い紅。

 梨子は「影」の正体について、嗚呼、年下の小さな可愛い女の子なんだろうな、と期待せずにはいられなかったのである。



ダイヤ『ぴぎゃあああああああ!!』

梨子「だ、ダイヤさん!」ハッ

ダイヤ『ああ、ああああ……! わたくしの抹茶プリンんんんんんっ!!』

果南「あ、し、しまった!」

ダイヤ『許せません、許せませんわあああ! こうなったら、もう一度――――!』


梨子「だ、ダメえええ!」ダッ


ダイヤ『アアアアアァァァァァッッッ!!!』



キイイイィィィィィィン………







梨子「……」ナミダメ

うちっちー「おかえり、さくらうち。何かわかったかい?」

梨子「うん、一応……」



  ☆   ☆   ☆



うちっちー「色付きの影……? それはたぶん『SHADOW』じゃないな」

梨子「え、そうなの?」

うちっちー「ああ。『SHADOW』は文字通り影なんだ。人の影に潜むことはできても、そんなカラフルにはなれないよ」

梨子「じゃあ、なんだったんだろう……」

うちっちー「うーむ、直接見てみないとね」

梨子「それに、あの場にカードが2枚あったってことなのかな」

うちっちー「そうかもしれない、どちらにしても厄介そうだ。今回はボクもついていくよ」





梨子「行ってきます……」ガチャリ

梨子ママ「気を付けてねー」


梨子「これで待ち合わせ4回目だよ……」

うちっちー「いいじゃないか。今回は最初から作戦会議だ」

梨子「まあ、それはそうだけど。場所も変えたから気分も変わるかな……」


テクテク


千歌「あっ、梨子ちゃん!!」パアア

梨子(え、千歌ちゃん……? あ、そうか、待ち合わせ場所を変えて、通る道が変わったから……)


梨子「千歌ちゃん、どうしたの? って、その犬近づけないで!」

千歌「えー、散歩してただけなのになあ。ひどいよ、ねー、しいたけ?」

しいたけ「バウッ」

梨子「ひいぃっ」ビクッ

うちっちー「あれ、さくらうちは犬が苦手なのかい?」ヒョコ

千歌「あーっ! うちっちーだ!」

うちっちー「やあ千歌。この前の事件以来だね」


千歌「久しぶり、うちっちー! でも梨子ちゃんがうちっちーを連れて出掛けるってことは……」


千歌「事件の香り、なのだ!」ピョコン




  ☆   ☆   ☆



善子「それで、千歌さんを連れてきたってわけね」ムー

千歌「私は梨子ちゃんのお隣さんで友達だもん」ムー

果南「こらこら、喧嘩しないで」

鞠莉「そうよ。梨子の話を聞く限り、私たち4人とダイヤでもどうしようもなかったらしいじゃない」

梨子「壁を壊されて、驚いてたから……」

善子「1回見たから、今度はびびっちゃだめってことね」

うちっちー「そうさ。冷静に相手を見極めれば、きっと勝機が見える。大事なのは信じる心さ」

梨子「うちっちー、たまにはいいこと言うね」


うちっちー「だろう? そういえば鞠莉。今回の衣装は?」

鞠莉「梨子に連絡もらってすぐ手配したわ! 安心して、善子の袖はないわよ!」

うちっちー「ああ、勝ったな」

善子「台無しよ! あとヨハネ!」






ピンポーン……


ダイヤ『はい、どちら様でしょうか』

鞠莉「シャイニー☆」


ブツッ


ガチャッ


ダイヤ『お待ちしておりました、輝きの勇者たちよ!』

善子「それ、私の専売特許だと思うのよね」




  ☆   ☆   ☆



カチッコチッ……


果南「さて、そろそろ3時だね」

鞠莉「じゃあ、作戦通りに!」

千歌「だ、大丈夫かなあ……」

梨子「千歌ちゃんは初めてだから、後ろの方に。私たちに隠れててね」

千歌「梨子ちゃん……///」

善子「むー……私たちも記憶ないんですけど……」

梨子「でも、よっちゃんは一緒に戦ってくれるんでしょ?」ニコ

善子「それは、そうだけど……///」

千歌「むー……」


善子「リリー! 『カード』の準備は?」

梨子「うん、そろそろ―――」



梨子『闇の力を秘めし「鍵」よ! 真の姿を我の前に示せ――』


梨子『契約のもとさくらうちが命じる―――』


梨子『レリーーーーーズ!!』パシッ



うちっちー「よし、これでいつでもカードが使える!」




果南「そろそろだよ……」

鞠莉「ええ。3時まであと3、2―――」


ダイヤ『今度こそプリンを食べますわ! いただきま―――』




ドゴオオオオオオォォォォォォ!!



千歌「ひ、ひゃあああああああ!!」

果南「ほ、ほんとに壁が……!」

梨子「果南さんもこの前壊してましたよね」

果南「うっ、ごめん」

鞠莉「言ってる場合!? 作戦開始よ!」



梨子(まずは……)


梨子『FLY!』キイイイン


梨子「杖の羽ばたきで煙を晴らす!」バサッバサッ



ヒュオオオオオオ……


影『』シュババッ


梨子「見えた! よっちゃん!」

善子「ええ、プリンはこっちよ!!」ヒラヒラ


影『!!』バシュンッ

梨子(飛んでるわけではない、みたい。地面を走ってる……? でも―――)


善子「速っ……!」

鞠莉「善子伏せなさい! 私が相手―――きゃあああ!!」ドゴオッ


梨子「よっちゃん! 鞠莉さん!」


梨子(2人とも跳ね飛ばされた……! でも、時間を稼いでくれたから!)



梨子『WATERY!』キイイイイン

梨子(攻撃カードで動きを止める!)


WATERY『……オオォォォッッッ!!』シュルシュル


影『……ッ』ググッ


うちっちー「少しスピードが落ちた!!」

梨子「で、でも『WATERY』が速さについていけてないよ! どうしよう!」



千歌(あわわわ、身体が動かないよ……! でも、皆はあんなに頑張ってる……!)


千歌「わ、私だって何かできるもん……!」フラフラ


影『ッ!』ヒュオオオオ


梨子「千歌ちゃん! 危ないっ!!」


千歌「いやあああああ」ズササッ




ポロポロコロコロ……




影『……?』


千歌「あ、千歌がいつも持ち歩いている飴が……!」


影『……アメ……アメ……ワタシノ……ルビィノ……』 



 ―――それは、ほんの一秒にも満たない時間だった。

 千歌の落とした飴が、彼女―――黒澤ルビィの琴線に触れた。

 飴。大人が子どもに与える無償の愛の証。

 幸運なことに、ルビィはそれを受け取ることのできる家庭に生まれ落ちた。

 両親と姉妹の幸せな生活。その中で飴を独り占めするのは、先に生まれた姉だろうか。

 否、妹である。

 ルビィは容赦なく姉から飴を収奪し続けてきた。それは下の子だからという倫理観の暴力であった。

 そんな環境下で醸成されるのは、名前の通り、宝石色の愛され体質。そして―――鈍く光る独占欲。

 飴は全て私のもの。傲慢にも似たその感覚が、黒澤ルビィの足を止めた。



ダイヤ『る、ルビィ……?』

ルビィ『あはっ』




果南「なっ……! 影はルビィだった……?」

鞠莉「ちょっとまって! あの足の筋肉! 普通じゃない!」


うちっちー「そうか! 『POWER』だ!」

梨子「『力』……?」

うちっちー「ああ、あのルビィって娘、カードの力で足の筋力が上がっているんだ!」

梨子「『POWER』はどうやって封印したらいいの?」

うちっちー「力比べと勝負事が好きなんだ! きっとルビィの目的を失敗に終わらせれば、『POWER』は諦めて出てくるはずだ!」


梨子(ルビィちゃんの目的……ダイヤさんのプリンを盗ること!)

梨子(ダイヤさんの目的は、プリンを食べること!)


梨子(それじゃあ、ダイヤさんがプリンを食べられれば、2枚とも封印できる!)グッ



ルビィ『うゅ……っ!』ダダッ


梨子『うぉ、WATE………』

梨子(と、止めなきゃ……! でも、間に合わ―――)



ガガガッッッ


ルビィ『え……っ?』

果南「見えてしまったら怖くない。悪いけど、ここからは私が相手だよ」シュウウウ


ルビィ『―――うゅゅっ!!』ドゴオ

果南「くっ……重い蹴りだね!」

果南「プリンくらい、後で買ってあげる、よっと……!」ガシッ

ルビィ『お姉ちゃんのものはルビィのものだもん! 絶対渡さない!』ブンッ


ズガガガ゙ッ、バキィッッ


果南「どうして足技ばっかり……。舐めてるの?」キッ


ルビィ『ううん、ルビィは力をもらったの。全てを手に入れる力なんだよ』



ルビィ『だから、手は空けておかなくちゃ』ニコ


ドゴオオオッッ


果南「ぐうぅっ……!」ザザッ



善子「す、すごい、手が出せない……!」

梨子「ダイヤさん! 今のうちにプリンを……!」

ダイヤ『え、ええ、でも手が震えて、うまくフタが……!』


果南「ダイヤ早く! 抑えておくのも限界がある!」グググ

ルビィ『プリンはルビィが食べるんだもん!』サッ


果南「ルビィ! ごめんね……!」ブンッ


スカッ……


果南「え……?」


ルビィ『あはっ、そっちは残像だよ』フッ


果南「やられたっ!!」




善子「果南さんが抜かれたっ!!」

梨子「ダイヤさん! 早く!」

ダイヤ『もう駄目ですわ。もう1回、もう1回やりなおせば……』

梨子「そんな……っ!」


梨子(ああ……ルビィちゃんが近づいてくる! ダイヤさんも諦めてる! どうしたら、どうしたら―――)


黒澤家の水墨画が描いてある壁『さくら……う……ち……』


梨子「!!」



水墨画の壁『諦めるのは……まだ……はやいですよ……』

梨子「水墨画の壁さん! まだ意識が……!」ヒシッ

水墨画の壁『黒澤ルビィに対抗する手段を、あなたはまだ持っています……』

梨子「そ、それって、何なの!? わかんない、わかんないよ!」


水墨画の壁『古代からの……言い伝えがあります……』


水墨画の壁『古代人は……壁や柱に文を書きますからね……よく知っています……』


水墨画の壁『目には目を……歯には歯を……』


梨子「目には目を、歯には歯を……!」


水墨画の壁『ええ、あなたなら大丈夫……きっと、対抗できる……』



水墨画の壁『未来へ一歩踏み出すことを、信じて……いま………す……』


水墨画の壁『』



梨子「う、うぐ、うううぅぅぅ……! でも、泣いてる暇なんてない……っ!」ポロポロ

うちっちー「……強くなったね、さくらうち」



梨子「まだ、戦える! 目には目を、歯には歯を! そして残像使いのルビィちゃんには―――」



ルビィ『オラァッ!!』ドカアッ


千歌「きゃあああぁぁ!」

善子「ちょっと! キャラ変わっちゃってるじゃない! もう限界よ!」

梨子「あと少しだけ! 私に考えがあるの!」


鞠莉「何でもいいからすぐ試すわよ!」


梨子「わかった、じゃあ―――『WATERY』!」キイイイィィィン


シュウウウウゥゥゥゥ


果南「わっ! 部屋全体に、霧みたいな……!」

善子「これでダイヤさんを隠そうって言うのね!」


ダイヤ『手元が見えませんわぁ! プリンが食べられません!』

鞠莉「くっ、このわがまま撫子……!」


ルビィ『声のする方……こっち!』バシュンッ


千歌「わわっ、また来たよ!」

果南「行かせない!」ガシッ


ルビィ『うゅ……』ムッ


梨子「皆! ダイヤさんを移動させるよ!」



ルビィ『移動……無駄だよ、ルビィすぐ追いつくもん』ググッ


シュバババッ


果南「また行ったっ! だんだん霧も晴れてきてる!」



鞠莉「止めて見せる!」

善子「私だって、リリーの相棒なんだから!」

ルビィ『ふふっ、善子ちゃん、教室で見るのと違うなあ』

善子「こっちだって必死なのよ!」ブンッ


ルビィ『あたらないよ』ヒョイ


ルビィ『それにルビィ、知ってるんだぁ。2人は囮。果南さんも囮。本命は奥の――』



千歌「ダイヤさん! 口開けて! ほら、あーん!」

ダイヤ『はい、あ――――』



ルビィ『あの人だって』シュバッ



ルビィ『プリン貰ったッッ!!』ガッ








スカッ……


ルビィ『え……』





梨子「ごめんね。それ、鏡像なの」バサッバサッ


ルビィ『て、天井近くに3人で……!』



千歌「あーん!」

ダイヤ「あーん……」パクッ



ダイヤ「ンまああああぁぁぁぁ!!!」キラキラ




ルビィ『……』

ルビィ『あ……ルビィ……負けちゃったんだ……』


ルビィ『やっぱり、お姉ちゃんのものは、お姉ちゃんのものだったんだね……』ホロリ



パアアアアアアア


うちっちー「やった! 2人の『同化』が解けるぞ!」



善子「リリー、今のうちに!」

梨子「うんっ!」



梨子『汝の在るべき姿に戻れ―――』クルクル


梨子『クロウカーーーード!!』パアア



TIME『……』

POWER『……』



シュルシュルシュル……




シュゥゥゥウン




カード『』フワッ


梨子「2枚とも、封印完了!」パシッ



果南「あ゛ーーーーーー! 疲れたああああ!」バタン

鞠莉「お疲れ様、果南!」

梨子「本当にありがとうございます……! 果南さんがいてくれなかったら……」

果南「松浦家は代々武闘派でさ。これくらい平気平気」


梨子「よっちゃんたちも、ありがとね」

善子「打ち身ばっかりよ、あいたたた……でも、何とかなってよかったわ」

うちっちー「まったくだ。それにしてもやるじゃないか、さくらうち」

うちっちー「『WATERY』で作り出した霧に、『MIRROR』で偽の像を映し出すなんて」


梨子「壁さんが教えてくれたんだ。残像には、残像で返さないとねって」

うちっちー「『FLY』と合わせて3枚同時展開か、成長してるなあ。このまま胸も――」

梨子「隙あらばそれだよね、ほんと」



ダイヤ「スゥ……スゥ……」


千歌「……」ポケー


梨子「千歌ちゃん、どうしたの?」

千歌「ね、ねえ梨子ちゃん、さっきの見てた?」

梨子「さっきの?」

千歌「私、私……!」




千歌「『あーん』ってしちゃった! ダイヤさんに! きゃー///」


梨子「へ?」

善子「んん?」

千歌「だって『あーん』だよ! 千歌そういうの曜ちゃんにしかしたことなかったのに!」

千歌「それに今だって膝枕だよ! ダイヤさん、生徒会長で網元さんだよ! それを千歌が膝枕!」キラキラ


千歌「この前の壁ドンとはまた違うんだけどさー……。うわあ、ダイヤさんの顔見るの恥ずかしい……っ!」カオマッカ


うちっちー「あー、えーっと、千歌ってそういう感じ?」

鞠莉「もう、恋に恋するって感じ? ウブでcuteね!」

千歌「そんなんじゃないよー! あ、そうだ! 放課後のお茶会、梨子ちゃんもダイヤさんもいるんだよね! 私も行っていいかなあ……」チラッ


鞠莉「Of course! 大歓迎よ! ね、善子!」

善子「ヨハネよ。あー、うん、いいんじゃない?」ポカン


千歌「やったあ! じゃあ月曜日からね!」クルクル

梨子「月曜日……。そっか、月曜日、ちゃんと来るんだ……」


梨子「はあ、なんかどっと疲れたかも……」グッタリ





  ☆   ☆   ☆



ダイヤ「本当に申し訳ございませんでしたああっっ!!」ドゲザ

ルビィ「でしたあああっっ!」ドゲザ


梨子「いや、そこまでしなくても……」

千歌「そうだよ、頭上げて……?」

ダイヤ「しかし! 皆さんに怪我まで負わせて、それもプリンなどのために……」

善子「あ、普段はそこの理性は働くのね。よかった」

果南「まあまあ。私もやっちゃったしさ。お互い様だよ」

鞠莉「果南がそれ言うのおかしくなーい?」

梨子「あはは、私は本当に気にしてないので……」

ルビィ「お姉ちゃんと一緒にお詫びしますっ!」ボロボロ

善子「いいわよ別に」

ルビィ「うう、でも……!」

梨子(この前暴れてたのが嘘みたい)クス


ダイヤ「あ、で、では今度の土曜日に出掛けるなんていかがでしょうか! 何かご馳走させてくださいな」

ダイヤ「ほら、駅前の洋菓子屋で限定スイーツが―――」



「「「遠慮します」」」






善子「こんな週末戦争は、二度とごめんよ、なんてね!」ウインク






第4話「仁義なきエンドレス・ラグナロク」終




  ♪   ♪   ♪



モグモグ……モグモグ……


果南「美味しいっ!」パア

鞠莉「当然ね! このマリーの手作りマフィンだもの!」

果南「でも鞠莉、何で急に手作りのお菓子なんか……」

鞠莉「だ、だって……」

果南「だって?」

鞠莉「果南に食べてほしくて…///」

果南「そっか。ありがと!」ニシシ

鞠莉「うふふ」ニコニコ

果南「じゃあ、帰るね!」

鞠莉「えっ」

果南「え、どうかした?」

鞠莉「いや、帰るって、もう? まだ来たばかりじゃない」

果南「だって、食べ終わったし……。あ、美味しかったよ!」

鞠莉「あ、う、うん」

果南「じゃあ、また今度お返しするね!」フリフリ

鞠莉「OK……」フリフリ



鞠莉「……」


鞠莉「……はあ」ウツムキ


鞠莉「……ぁぁぁああああーーーーーーもうっ!!」

鞠莉「あのバカナン!! バカ! バーカ!」プンプン

鞠莉「せっかく頑張ったのに! 美味しく食べてもらって、いい雰囲気にって思ったのにぃ……っ!」バンバン


鞠莉「……」

鞠莉「はぁ……。全く進展ないんだから」ジワ




鞠莉「もっと、こう―――」




鞠莉『Sweetな世界に浸りたいわよね……』




???『クスッ……』





  ☆   ☆   ☆



第5話

「スイーツ・パラダイスへようこそ」




うちっちー「……」ボー

梨子「うちっちー」

うちっちー「……」ボー

梨子「うちっちーったら!」

うちっちー「え、あ、何だい、さくらうち」ビクッ

梨子「もう、さっきからずっとぼーっとしてるよ。どうしたの?」

うちっちー「あー、『カード』もだいぶ集まって来たなと思ってね」

梨子「『FLY』『WATERY』『MIRROR』『POWER』『TIME』……5枚だもんね」

うちっちー「ああ、それと……」

梨子「私の『カードのお守り』、かあ」

梨子(去年拾ったカードのお守り……相変わらず模様の所が真っ黒なままなんだよね)


梨子「何のカードなんだろう……。ずっと汚れが取れないままなのかなあ」ペラッ

うちっちー「……」

梨子の部屋の壁『……』

梨子「でも、もう名前は書いてあるし、別にいいんだよね?」

うちっちー「……ああ、他の8枚さえ封印できれば大丈夫さ。封印されたカードが9枚になることに変わりはない」

梨子「カードが元の世界に戻ったら、この汚れもちゃんと取れるの?」

うちっちー「そのはずだよ」

梨子「よかった、ずっと汚れたままは、可哀想だもんね」フフ



うちっちー「……ああ、そうだね」




  ☆   ☆   ☆



千歌「美味しーーーい!」キラキラ

善子「もう少し落ち着いて食べなさいよね」

梨子「千歌ちゃん口の周りベタベタだよ……」フキフキ

千歌「ありがと梨子ちゃん! でもずるいよー、毎日放課後にこんな贅沢してたなんて!」

梨子「ごめんね。果南さんたちとは、『カード』がきっかけだったから……」

善子「よく考えたら、ずっとおごってもらってるわけなのよね。いいのかしら」


鞠莉「いいのよ、皆の幸せが私の幸せだもの! ねー、果南♪」

果南「ねー♪」ダキッ


ダイヤ「……」

梨子「……」

善子「……」

千歌「……ほぇー」


曜「あ、あ、あのさ! 私まで呼んでもらっちゃって、よかったの?」

梨子「今日は飛び込みお休みなんでしょ? 大丈夫だよ、曜ちゃん」


鞠莉「そうそう、relaxしていいのよ! ねー、果南♪」

果南「ねー、鞠莉♪」ニコニコ


ダイヤ「……」

梨子「……」

曜「……」

千歌「……ほわぁ」

善子「…………あっま」ボソッ


梨子(梨子です。果南さんがおかしくなりました。……また)



鞠莉「果南! あーん!」キャッキャッ

果南「あーん♪ わ、美味しいケーキ! ね、鞠莉……今すぐお礼、したいな」ササヤキ

鞠莉「きゃっ、もう、果南ったら!」デレデレ



曜「千歌ちゃん、見ちゃダメだよ」メオサエ

千歌「曜ちゃん放してぇ!」ジタバタ


善子「口の中がじゃりじゃりする……甘いぃ……」

梨子「よく食べられるね、よっちゃん。私、甘いのはもういいや……」

ダイヤ「確か鞠莉さんは紅茶はストレート派でした。ポットを取ってきましょうか」

梨子「ありがとうございます……」



鞠莉「はい果南、Sweetsの後にTeaはいかが?」

果南「ありがと鞠莉! わっ、甘い!」

鞠莉「今日はお砂糖たっぷりよ! 甘い気持ちになってほしくて……どうだったかしら?」ウワメヅカイ

果南「そんなの……朝、鞠莉に会ったときから私はずっと甘い気持ちだよ」イケボ

鞠莉「やぁん///」クネクネ



ダイヤ「……」

善子「……フッ、私は絶望の堕天使、ヨハネよ……」

梨子「現実逃避しないで!」

ダイヤ「いいですわね、我慢、我慢ですわよ……!」ボソボソ

善子「つっこんだら負け。それくらい私にだってわかるわよ」ボソボソ

梨子「でも、これはどう考えても―――」



「「「クロウカードのせいだよね……」」」



トントン


梨子(お客さん? こんな時に……!)


ダイヤ「はい、どなたでしょうか?」


ガチャ


ルビィ「お姉ちゃんいる……?」

ダイヤ「あらルビィ、それと花丸さんも」

梨子(ルビィちゃんのお友達かな? 手に持ってるのは……のっぽパン?)

花丸「えーっと、ルビィちゃんと善子ちゃんと同じクラスの国木田花丸です! よろしくお願いするずら!」ペコリ

梨子「ずら?」

花丸「あっ、お、オラまた……あっ///」

ルビィ「花丸ちゃんはそのままでいいんだよ」ニコニコ

花丸「で、でもぉ……」

ダイヤ「ルビィの言う通りですわ。自分に自信を持ちなさいな」


ダイヤ「……それで、どうしたんですの? 今日は帰りが遅れると伝えてあったはずですが」

ルビィ「これ持ってきたんだぁ!」ガサッ


曜「あ、ブラウニー! 去年私たちも作ったよね!」

千歌「ほんとだ、懐かしー!」

梨子「へえ……そんなお洒落な物つくるんだ」

曜「あ、そっか! 梨子ちゃん知らないもんね。毎年恒例でさー」


ルビィ「ルビィ、お姉ちゃんに食べてほしくて。あ、もちろん皆さんの分もあります!」

花丸「マルのはちょっと焦がしちゃって、苦くなっちゃって……。でもでも、ルビィちゃんのは甘くできたから、食べてあげてほしいずら!」



鞠莉「かなーん!」イチャイチャ

果南「鞠莉♪」イチャイチャ



「「「……」」」



「「「花丸ちゃんので」」」



花丸「えっ」




  ☆   ☆   ☆



ダイヤ「さて、あの2人は放っておいて黒澤家にお越しいただいたわけですが……」

梨子「ほら、うちっちーも。せっかく連れてきたんだから挨拶して」

花丸「わわっ、しゃべるぬいぐるみずら! 未来ずらー!」ツンツン

うちっちー「まったく、さくらうちはすぐにけしからん娘を見つけてくるね……! 最高だよ!」ジー

花丸「え、え、何のこと……?」タユン

梨子「気にしないで」ハア


ルビィ「ごめんなさい梨子さん、うっかり花丸ちゃんに少し話しちゃって……」

梨子「ううん、秘密って言ってなかったから、仕方ないよ」

曜「それにしても魔法少女かあ、梨子ちゃんだいたーん」ニヤニヤ

千歌「だいたーん!」ニヤニヤ

梨子「千歌ちゃんは前から知ってたでしょ!」


ダイヤ「わたくしたちの多くは梨子さんに救われたのです」

ルビィ「善子ちゃんもすごかったんだよ!」

花丸「へえ~、善子ちゃんが」

善子「だからヨハネよ! 私はちょっと手伝うだけよ。リリーみたいに『カード』が使えるわけでもないし」

梨子「でも、いつも助かってるよ、ありがとう」ニコ

善子「……ぅ///」


花丸「善子ちゃんがいつも話してる「リリー」って、梨子さんのことだったずらね」

梨子「え、そんな話してるの……? ちょっとよっちゃん、変なこと言ってないよね?」

ルビィ「大丈夫です! いつもすっごく楽しそうに――」

善子「た、ただ名前出しただけよ、ね、ね!?」アセアセ


うちっちー「君たちも大概だと思うんだけどね」



うちっちー「それで、果南と鞠莉の豹変が『カード』のせいじゃないかって?」

梨子「うん。だって果南さん、あんなことしないと思うし……」

ダイヤ「ええ。間違っても『ねー♪』などと」

うちっちー「今のもう1回」

梨子「変なこと言わないで」

うちっちー「冗談じゃないか、冗談」


善子「……何のカードかとか、わからないの?」

うちっちー「情報が少なすぎる。ただ、『カード』のせいなのは間違いない」

千歌「どうして?」

うちっちー「カードがだいぶ集まって来たからね。ボクにも力が戻ってきているのさ」

花丸「力……」

うちっちー「ああ、ボクの感覚では、今活動しているカードが1枚ある」

曜「1枚なの? 2枚じゃなくて?」

うちっちー「1枚さ。おそらくその1枚が、果南と鞠莉、両方に影響しているんだ」

梨子「じゃあ、もう少し2人を観察してみるしかないってこと?」


うちっちー「ああ、それしかない。だからボクも学校に行―――そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないか、さくらうち」

梨子「ちゃんと静かにしててよ?」



梨子(このとき私たちは知らなかったんです。浦女が、もう私たちの知っている学校ではなくなってしまったことを……)





  ☆   ☆   ☆



テクテクテク……



うちっちー「こちらうちっちー。夢にまで見た女子高に潜入します、どうぞ!」キャッキャッ

梨子「ふんっ!」ゴスッ

うちっちー「い、痛いじゃないか!」

梨子「『どうぞ!』じゃないよ『どうぞ!』じゃ! 静かにしてって言ったよね?」

千歌「でもさー、千歌たちの前なら大丈夫でしょ?」

梨子「それはそうだけど……」


梨子「とにかく、学校に着いたら静かにしててね?」

うちっちー「もちろんさ」




ザワザワ……ザワ……


千歌「……あれ、あんなの浦女にあったっけ? ほら、校門の横に……」

梨子「え、何あのやけに豪華なワゴン車」

梨子(何だか、甘い匂い……。お菓子が焼けるみたいな――)


鞠莉「あ! 2人ともー! Welcome to Mary's Kitchen!」ブンブン


梨子「ま、鞠莉さん!? その、これは……?」

鞠莉「うふふ、クレープ屋さん始めちゃった☆」

梨子「」


鞠莉「ほら買って買って!」

梨子「ど、どうして急に?」

鞠莉「やりたかったんだもの! 果南と2人でお菓子屋さん、私の夢だったのよ!」

梨子「学校は……?」

鞠莉「私は理事長なのよ? ねー、果南!」

果南「ねー♪」

梨子「ええ……」


果南「あ、千歌これ食べる? 焼きたて包みたてのみかんクレープだよ!」

千歌「み、みかんクレープ……!」ジュルリ

梨子「ちょっと千歌ちゃん!」

鞠莉「あら、千歌っち食べてくれるの? だったらマリーの魔法の粉で―――」サラサラ



梨子「―――っ」ゾワゾワ



梨子(え、い、今の悪寒は……?)

うちっちー(さくらうち、クロウカードだ! 気配が一瞬強くなった!)ボソッ

梨子「え……」

梨子(悪寒がしたのは鞠莉さんが粉を振った瞬間……! ってことは!)


千歌「いただきま――」

梨子「千歌ちゃんっ! ダメぇ!」バシッ

千歌「痛っ!」ベチャリ


梨子「はぁ……はぁ……っ!」

千歌「ちょっと梨子ちゃん何するの! せっかくのクレープが!」

梨子「それは食べちゃダメなの!」

果南「梨子、それはひどいんじゃない?」

鞠莉「ど、どうして……? せっかく作ったのに……」ウルウル

梨子「ぁ……」


果南「―――梨子」マガオ

梨子「ひぅ……っ!」



果南「鞠莉を泣かせたね?」ハイライトオフ


梨子「あ、あの、その―――」

果南「」ユラリ


うちっちー「さくらうち! 走れっ!」

梨子「……っ!」ダッ


果南「……」


果南「鞠莉」クルッ

果南「もう大丈夫。私が守ってあげるからね」

鞠莉「かなぁん……」ダキッ

果南「ほらほら、よしよし」


果南「あ、そうだ千歌」


千歌「へ?」




果南「クレープ、作り直すよ。食べていくよね?」




  ☆   ☆   ☆



梨子「はあっ、はあっ……!」

梨子(ど、どうしよう……! 千歌ちゃんおいてきちゃった……!)

うちっちー「あのままだったら果南と争いになっていたさ。さくらうちのせいじゃない」

梨子「で、でも……」


ガラララッ


曜「た、たすけてえええええっ!!」ダダダッ

梨子「曜ちゃん!?」

うちっちー「さくらうち! 危ない! そこをどくんだっ!」


ズドドドドドッ

ヨウチャーーーーーンッ マッテエエエエエエエ

アイヲウケトッテエエエエエエ……


梨子(クラスの子たちが曜ちゃんを追いかけてる!?)


ドドドドドドド……


梨子「……行っちゃった」

うちっちー「あー、さくらうち、君は随分とアグレッシブな学校に通ってるんだね」

梨子「いつもはこんなんじゃないの!」


グチャア……

梨子「うわ、教室がクレープの包み紙だらけ……ちゃんと捨てておかないと」サッサッサ



先生(♀)「あら? 桜内さんじゃない」

梨子(あ、あれは美人で有名な国語の先生! あの人なら真面目だから――)


梨子「せ、先生! 助かりました! 皆どこかに行っちゃって――……先生?」

先生(♀)「恋愛って、人生で最も大事なものだと思わない?」

梨子「へ……?」

先生(♀)「あの子たちはね、そういうものに一所懸命なの。先生として見守ってあげなきゃね」ウフフ

梨子「あ、あの、何を言ってるんですか?」

先生(♀)「ああっ、でも私もいい歳なのに……あっ」

梨子(『あっ』……?)



先生(♀)「ねえ、桜内さん……」スッ

梨子「えっ」ビクッ



先生(♀)「先生と生徒の禁断の恋って、いいと思わない……?」ササヤキ

梨子「」

うちっちー「……ほう」



梨子「し、し、失礼します///」ダッ

先生(♀)「あ、桜内さん!?」




梨子「ちょっと! 今のは逃げろって叫ぶところだったでしょ!!」

うちっちー「いやあ、見てるのも悪くないかなって」

梨子「この不純妖精!」



ロウカ トボトボ


梨子「うう、クラスがめちゃくちゃだよ……授業も始まらないし」

うちっちー「早いところまともな人を探した方がいいね」

梨子「皆どうしちゃったんだろう……」ハア



ルビィ「あ、梨子さん……っ!」

梨子「ルビィちゃん!」


タタタッ

ダキッ


ルビィ「よ、よか、よがっだでずううぅぅぅぅ」ポロポロ

梨子「ちょ、る、ルビィちゃん!? どうしたの!?」

ルビィ「お姉ちゃんがおかじくなっぢゃっでえぇぇ……」ポロポロ

梨子「ダイヤさんが……」

うちっちー「詳しく話してくれるかい?」


ルビィ「は、はいぃ……」グスッ

ルビィ「お姉ちゃんと一緒に登校してたんですけど……」



  ☆   ☆   ☆



ダイヤ「な、なんですの、あの派手なワゴン車は!?」

ルビィ「まりーずきっちん?」

ダイヤ「ま、ま、ま、鞠莉さんんんっ!!」タッタッタッ


鞠莉「Oh! ダイヤじゃない! ほらこれ、食べて?」

果南「美味しいよ!」

ダイヤ「果南さんまで! どういうことですか! こんなところでこんなこと!」

鞠莉「いいじゃない、ほら、甘ーいクレープよ?」

ダイヤ「よくありません! 全部片づけてさっさと教室に―――むぐっ」

鞠莉「ダイヤうるさーい」

果南「うんうん♪」ニコニコ

ルビィ(うゅ……果南さんが変な笑顔……)


ダイヤ「……」モグモグ

ルビィ「お、お姉ちゃん?」

ダイヤ「……」

ダイヤ「」


ダイヤ「……ルビィ」ハアハア

ルビィ「」


ルビィ「お、お姉ちゃん顔怖いよ……?」ビクビク

ダイヤ「ねね、お姉ちゃんと手繋ぎましょ?」

ルビィ「え、やだよ」

ダイヤ「そう言わずに、ほらその可愛らしいお手々を出して?」ハアハア

ルビィ「」ゾワリ

ダイヤ「ルビィ?」ハアハアハア


ダイヤ「ほら……お姉ちゃんに全部任せて……?」フーッ


ルビィ「ぴ、ぴ、ぴぎいいいいいいいいいっ!!!」ダダダッ



  ☆   ☆   ☆



ルビィ「う、うぅ……っ、ほんとに、怖くて……っ」グスグス

うちっちー「さすがに不憫だと言わざるを得ない」

梨子(そういえばダイヤさん、ルビィちゃんを盗撮してる変態さんだった……)


ルビィ「あのクレープ、どういうものなんですか……?」

梨子「たぶん『クロウカード』が絡んでいるんだと思うけど……」

うちっちー「ああ、諸君の尊い犠牲により、たぶん正体はわかった」

梨子「ほんとに!?」

うちっちー「おそらく『SWEET』のカードだ」


梨子「『甘い』カード? そんなのがあるの?」

うちっちー「ある。効果は単純だ。料理を甘くできる」

ルビィ「料理を、甘く」

梨子「あっ、クレープをつくるとき、鞠莉さんが「魔法の粉」って!」

うちっちー「『SWEET』の能力のことだろうね」

うちっちー「あのカードはただ味を甘くするだけじゃないんだ。さくらうち、教室の机の上を見たかい?」

梨子「机の上?」

梨子(確か、机の上には『Mary's kitchen』って書かれた包み紙があって……)


梨子「ということは、あのクレープを食べた人がおかしくなった?」


うちっちー「そうさ、『SWEET』の力でつくったお菓子は、それを食べた人間を甘い雰囲気に誘って、惚れやすくするんだ」

梨子「そ、そんな効果が……」


うちっちー「そして、鞠莉と『同化』して暴走した『SWEET』は、食べた人間を―――」

梨子「食べた人間を……?」ドキドキ



千歌「あ、梨子ちゃんみーつけた!」

梨子「」ビクッ

千歌「ひどいよ梨子ちゃん、置いていっちゃうなんて」

千歌「でもいいの。だって、恋愛に障害はつきものだもんね……///」

梨子「は?」




うちっちー「恋愛至上主義のスイーツ脳にしてしまうんだ!!」

ルビィ「えぇ……」

ほう…



千歌「梨子ちゃん、つかまえた」

梨子「ちょ、千歌ちゃん落ち着いて!」

千歌「ね、ね、運命のちゅー、いいでしょ? 私と梨子ちゃんは相性抜群だって占いで出たもん!」

梨子「ダメダメダメ! だいたい千歌ちゃんには曜ちゃんとかダイヤさんが、ね?」

千歌「よ、曜ちゃん……! ダイヤさん……! ああ、そんなの千歌どうしたら……!」

千歌「これが……愛の試練……」ガクッ


うちっちー「ほらね、見事にピンク色だろう?」

梨子「もともと千歌ちゃんそういうところあったから……」

ルビィ「それよりルビィはお姉ちゃんの恋愛観があんなのだったことに絶望しています」


「「……」」

ルビィ「何か言ってくださいぃ!」グスン



梨子「へたり込んでる千歌ちゃんは置いておいて、曜ちゃんを助けに行かなきゃ」

うちっちー「いや、その前に大元を封印するのが手っ取り早い」

梨子「『SWEET』はどうしたら封印できるの?」

うちっちー「辛いのが極端に苦手なんだ。塩をかければ一発さ」

梨子「そんなナメクジみたいな」

ルビィ「塩なんて学校にあるかなあ……?」

ルビィ「調理実習でも、わざわざ家から調味料まで持ってこないといけなかったし……」

梨子「確かに……」


うちっちー「それに、鞠莉から『SWEET』を引き剥がさなきゃならないって問題もある」

梨子「それはいつもの――」

うちっちー「そうさ。鞠莉の願いを解消してやらなきゃならない」


梨子「願い、か……。全然わからないけど……」

ルビィ「まずは塩の捜索、がんばるびぃ……!」



  ☆   ☆   ☆



ガララッ


梨子「手っ取り早くこの調理室にあるっていうのが一番ありがたいんだけどね」

うちっちー「見たところ何もなさそうだね」

ルビィ「あの大きな棚にあるのかもしれません! ルビィはこっちを見てみます」

梨子「お願いね、ルビィちゃん」


テクテクテク


ガチャ


曜「……あ」

梨子「」


バタン

梨子「……」


ガチャ


梨子「何してるの、曜ちゃん」

曜「あ、あはは……」



ピギィ!

梨子「る、ルビィちゃんどうしたの!?」

ルビィ「こ、こっちの棚から花丸ちゃんが……」


梨子「えぇ……」



梨子「ええっと、2人して逃げてたらこうなった、と」

曜「そうなんだ。何だか皆がすごい勢いで追いかけてきてさ、ひどい目に遭ったよ……」トホホ

花丸「マルは途中で曜さんに会って、巻きこま、いや、被害に、じゃなくて――」

曜「巻き込みましたごめんなさい」

ルビィ「花丸ちゃんも大変だったんだね……」


梨子「あれ、花丸ちゃんその包み紙は……」

花丸「これずらか? 鞠莉さんたちが作ってたクレープずら! 美味しかったあ……」ペラッ

りこるび「「!?」」


梨子「なっ、曜ちゃん離れてっ!」

曜「へ?」

花丸「え、マル何かした……?」ポカン

ルビィ「え? 花丸ちゃん、何ともないの?」

花丸「何ともって、何が?」

うちっちー「驚いたな、『SWEET』が効かない人間がいるとは」

梨子「そういう体質?」

うちっちー「どうだろう、ボクにはわからないな。とにかく、ここには塩はなさそうだし先を―――」


ズドドドドドドトッ!!


曜「ひっ」ガタガタガタ

花丸「ま、また来たずらぁ……!」ガタガタ


ズドドドドッ ピタッ…… 


ガララララッッ


「「「曜ちゃんみーつけた♪」」」


曜「ひいいぃぃぃ!」

ルビィ「り、両側の扉からたくさん……!」


「もう逃げ場はないよ、曜ちゃん。私たちの愛の言葉、受け取ってくれるよね」

曜「あ、愛って……」


「「曜ちゃん」」

「「曜さん」」

「「曜先輩」」


ワラワラワラワラ


梨子(曜ちゃんどれだけ人気なの……)




うちっちー「くっ、逃げる隙がない……!」

ルビィ「塩があれば、塩があれば……!」


梨子(何か探さなきゃ! この場にあるもので、使えそうな何かを……!)


「「曜ちゃん」」グイグイ

曜「嫌、いやあっ、怖いよぉ!」


「「ふふっ、泣いてる曜先輩も素敵……」」ペロ

曜「いやそれは本当に怖いよ!」


梨子(何でもいい、何でも―――あ、あれは花丸ちゃんの鞄……?)


曜「ああ、もう駄目だ、梨子ちゃん、千歌ちゃんに遺言が――」


梨子(私は、諦めないっ!!)


梨子「あ、あったっ! 塩があるよっ!」

うちっちー「何だって!?」


梨子「これっ! のっぽパン! 花丸ちゃんの鞄にたくさん入ってたっ!」

ルビィ「だ、ダメです梨子さん! のっぽパンは甘いんです……!」

うちっちー「そうだ、のっぽパンはクリーム、チョコ、ピーナッツ味が基本なんだ! いくら塩分があるとはいえ、その味じゃあ――」


梨子「違う! 花丸ちゃんが持ってるのは―――――」






梨子「のっぽパン塩キャラメル味(サンシャインコラボ版)っ!!」


花丸(買ってくれましたか?)



うちっちー「そ、そうか! 花丸は自分でそれを食べたから『SWEET』の効果が解除されてるんだ!」

うちっちー「いける! これがあれば乗り越えられる! 早くあの子たちの口にこれをねじ込むんだ!」


梨子「曜ちゃん、花丸ちゃん、ルビィちゃん!」シュババ


曜「うん、梨子ちゃん!」パシッ

ルビィ「ルビィ、闘います!」パシッ

花丸「うぅ、マルのパン、あげちゃうのかぁ……」パシッ


梨子「いくよ! のっぽパンブレード、レリーーーーズ(開封)!!」ガサッ


ようるびまる「「「レリーーーズ(ら)!」」」ガサッ



「「曜ちゃん曜ちゃん曜ちゃん」」ワラワラワラ


梨子「これを!」ブン


「むぐっ!?」


「……」モグモグ

「……」

「あれ、私たち、何でこんなところに……」


梨子「やった!」グッ


うちっちー「さくらうち! 数が多すぎる! 道が開けた今のうちに!」

梨子「うん!」バッ



梨子『闇の力を秘めし「鍵」よ! 真の姿を我の前に示せ――』


梨子『契約のもとさくらうちが命じる―――』


梨子『レリーーーーーズ!!』グググッ



梨子「皆捕まって! ―――『FLY』!」キイイインッ


うちっちー「よしっ! 調理室から脱出だ!」



――――バサッバサッバサッ


曜「た、助かったぁ……」ハア

花丸「これがカードキャプターの力……未来ずらぁ」

梨子「今日は衣装じゃないけどね」

うちっちー「何を言ってるんだい。学校が舞台なんだ。制服以上の衣装なんてないさ」キリッ

梨子「はいはい」


ピコンッ


ルビィ「梨子さん、携帯が……」


梨子「ほんとだ。誰だろう―――っ!?」

曜「ど、どうしたの?」




梨子「―――理事長室に、行かなくちゃ」





  堕天使†ヨハネ『たすけて、いま、りじちょうし』





  ☆   ☆   ☆



鞠莉『よく来たわね』


梨子(うっ、朝よりもカードの気配が強まってる……!)ゾワゾワ


梨子「よっちゃんはどこ?」

果南「……そこだよ。手は縛ったけど、跡は残らないようにしてあるから」


善子「リリー///」

善子「えへへ、来てくれるなんて嬉しい! やっぱり惹かれ合う運命なのね!」テレテレ

梨子「よっちゃん……」

うちっちー「遅かったか……。もうクレープを食べさせられた後だ……」


鞠莉『私たちがクロウカードに操られてるなんて、失礼なことを言うんだもの』

果南「私と鞠莉を引き離そうとするんだよ。そんなことあるわけないのにね」ダキヨセ

鞠莉『きゃっ、もう、果南ったら大胆なんだから』フフ


梨子「鞠莉さん、どうしてこんなこと……」

鞠莉『どうして? 果南と私が甘ーい世界を作るのに理由が必要?』

梨子「果南さんと、甘い世界……。それが『願い』なんですね」

鞠莉『あたりまえのことを聞くのね? 恋は女の子みんなの夢でしょ?』



うちっちー「がっかりだよ、鞠莉」

果南「何だって?」

うちっちー「君は何もわかっちゃいない」

梨子(うちっちーが、怒ってる……?)


鞠莉『面白いじゃない。聞いてあげるわ』

うちっちー「じゃあ、僭越ながら」ゴホン


うちっちー「もっと恥じらうべきだ!」クワッ


うちっちー「手だってさあ! そんながっしり繋いじゃうんじゃなくてさあ! もっと不安そうに! 白百合が絡むように!」

うちっちー「数秒ごとに名前を呼び合うんじゃなくてさあ! ここぞって時に耳元で囁くように!」

うちっちー「理事長室でおおっぴらにいちゃつくんじゃなくてさあ! 夕暮れの教室の片隅で身を寄せ合うように!」

うちっちー「ボクはそういうのを見にこの学校まで来たのにっ!!」


うちっちー「君たちは何もわかっちゃいないっ!!」


鞠莉『……』

果南「……」

うちっちー「どうだい、さくらうち?」ドヤ


梨子「私の方ががっかりだよ、うちっちー……」ハア



鞠莉『くふ、あっはははは! 面白いこと言うわね、このアザラシ!』

うちっちー「セイウチだよ」

鞠莉『幸せで何が悪いの? 甘々で何が悪いの? 私も果南も幸せなんだから、それでいいじゃない!』


梨子「果南さんを操ってまで?」


鞠莉『……』

梨子「鞠莉さんがしていること、そういうことだよ。果南さんに、学校の皆に無理させてる」

鞠莉『……』


鞠莉『果南、私、嫌』


果南「わかったよ、鞠莉」ポンポン



果南「梨子」スッ


果南「ごめんね」ダッ


梨子「……ッ!!」


梨子「ぱ、『POWER』!」キイイイン

梨子(やば、間に合わな―――)


果南「ふっ……!」ドゴオオオ

梨子「がはああっ!!」


うちっちー「な、何て速い……! 今の一瞬で3発も……!」



梨子「がっ……あっ……」ガクガク


梨子(壁に、叩きつけられて……)


梨子(だめ、意識が……)


善子「リリーーーー!!」





果南「松浦は内浦にて最強……」スウゥゥ


梨子「」グラッ


梨子「」バタリ



花丸「くっ、鞠莉さん、のっぽパンブレードを食らうずら!」ブンッ

鞠莉『あら、美味しいわね』モグモグ

ルビィ「ふ、普通に食べてる……」

曜「そんな……っ! 効かないなんて!」

うちっちー「他の生徒たちとは違うんだ! 鞠莉の『願い』を消さない限り『SWEET』に塩は届かない!」

花丸「で、でも……! 梨子さんも……!」


梨子「」グッタリ

善子「リリー! 起きてよ! リリーったら……!」ポロポロ

うちっちー「信じるしかない、カードキャプターを、信じるしかないんだ!」






梨子(身体が、重い……)


梨子(頭もぼんやりする……)


梨子(果南さん、あのままでいいのかな。よくないよね)


梨子(でも、全く敵わなかった。これ以上、どうすることも……)


梨子(ダメだな、私。力もなくて、すぐ諦めて)


梨子(でも、もうダメだよ。どうにもできないよ。もう、もう―――)




理事長室の荘厳な壁(さくらうち―――)



梨子「り、理事長室の……荘厳な壁さん……?」


理事長室の荘厳な壁『さくらうち、あなたはそれでいいのですか……? 松浦果南が、小原鞠莉があのままで……』

梨子「そ、それは……。ダメだよ、だって、前にダイヤさんが言ってたんだもん」

梨子「様々な想いを抱いてこそ一人の人間だって。今の2人は……見てられないよ。でも―――」


理事長室の荘厳な壁『ああ……それが真理なのです、さくらうち』


理事長室の荘厳な壁『人間だけではありません。この世の全てのものには、表と裏がある。2つの面がある。ちょうどこの私のように―――』


梨子「こ、この世の全ては壁だった……? 壁が、世界だった……?」ゴクリ



理事長室の荘厳な壁『ええ、近づいていますよ。そして、あの2人も、壁なのです。表と裏がある、いや、なければならない』


梨子「鞠莉さんは、甘い世界を願ってた……。それじゃあ、私は苦い世界を見せればいいのかな。でも……」


理事長室の荘厳な壁『発想の転換ですよ。そう、壁の中の仕掛け扉を回すのと同じ』

理事長室の荘厳な壁『彼女は今、逃げているのです。冷たい世界から、身を切る風から、肩を縮こまらせて……』


梨子「発想の転換、逆に考える……鞠莉さんは、逃げてる……」ハッ


梨子「そ、そっか! 『北風と太陽』!」


理事長室の荘厳な壁『……』ニッコリ


梨子「わかるっ! 理事長室の荘厳な壁さんが笑っているのが!」



梨子「苦い世界を見せるんじゃない! 太陽を、太陽を見せるんだ!」


理事長室の荘厳な壁『ええ、あなたならできます、さくらうち』



理事長室の荘厳な壁『私は、いつもあなたの傍にいますよ――――』


スウウ……



梨子「」パチリ

善子「お、起きたのね!」グスン


果南「あれ、まだやるの?」

梨子「……」


ズリ……ズリ……

梨子(身体が、痛い……! でも、行かなくちゃ!)


梨子「よっちゃん、じっとしててね……」ニコ

善子「何を……」


梨子(簡単だったんだ……。鞠莉さんは甘い世界を欲してる……)


梨子(苦い現実を直視できずに、夢を見てる……)


梨子(願いを消すなら、甘い世界はいらないって思わせるには―――)




―――善子『口の中がじゃりじゃりする……甘いぃ……』

   梨子『よく食べられるね。私は甘いのは、もういいや……』



―――花丸『マルのはちょっと焦げて、苦くなっちゃって』 

  
   「「「花丸ちゃんので」」」



梨子(お腹いっぱいにすればいいって、そういうこと、だよね)


ズリ……ズリ……


善子「ダメよ、リリー……。私のことなんて放っておいて、逃げて……?」


梨子「こんなに泣いて……。ふふ、涙の味で『SWEET』の魔法もすっかり解けちゃってるね」フフ




梨子「鞠莉さん、見ていてください……」

鞠莉『なあに? 現実を見ろとでも言うつもり?』


梨子(ううん、逆……今から見せるのは、甘い夢……)


梨子「よっちゃん」

善子「ひゃっ、私、手が縛られてて……って、何で押し倒されて―――」



梨子「……」スッ

善子「り、りー……? あ、手が、髪に……柔らかい――……」


梨子(白百合が絡むように、そうだよね。うちっちー)



梨子「私のために泣いてくれて、ありがとう」

梨子「いつもいつも、助けてくれて、ありがとう」


梨子「嬉しいよ、よっちゃん」ササヤキ

善子「……ぁ……///」


梨子(名前は耳元で囁くように)



善子「そんな、の、あたりまえよ……だって、だって……」

梨子「ううん、大丈夫。言わなくてもいいんだよ」ギュッ


梨子(身を寄せ合うように)



善子「リリー……」



梨子(よっちゃんの目が、潤んでる。怖くて、不安だったんだ……。でもね、苦さがあるから、甘さが引き立つんだよ)

梨子(色んな気持ちがある方が、甘いだけの世界より、ずっとずっと甘いはずだよ)


梨子(だよね、よっちゃん)


梨子「目、閉じて?」


善子「―――っ」ギュ


梨子(ごめんね、もっと好きな人とが良かったよね。ほっぺだから、許してね)








梨子「よっちゃん……」



梨子「んっ」チュ








鞠莉『ぁ……ぁ……』





鞠莉『甘ーーーーーーーーーーいっ!!』



パアアアアアアア





うちっちー「やった! 『同化』が解けた!」


SWEET『……!』オロオロ


うちっちー「曜、ルビィ、花丸! 今だ!」

ようるびまる「「うん!」」


ようるびまる「「トリプルのっぽパンブレーーーード!!」」


SWEET『』キュゥゥ



梨子「あとは、私が!」



梨子『汝の在るべき姿に戻れ―――』クルクル


梨子『クロウカーーーード!!』パアア


SWEET『』


シュルシュルシュル


シュウウウウン……


カード「」フワッ



梨子「……よかった」パシッ



善子「……リリー? あの……///」

梨子「あ、よっちゃん、その、ごめんね///」

梨子「怪我はない? あ、縄解いてあげるね!」アセアセ

善子「……」


うちっちー「……」

曜「……」

ルビィ「……」

花丸「……」


梨子「え、なんで皆黙ってるの?」


うちっちー「いやあ、まあ結果的に封印できたからいいんだけどさあ」

ルビィ「えっと、少し気になるっていうか、何ていうか……うゅゅ……」

花丸「うんうん、マルでもわかるずら」

曜「梨子ちゃんさあ、あれだよね、あれ」


善子「ねえ、リリー、どうしてほっぺだったの……?」

梨子「え、だって、ファーストキスは好きな人とがいいかなって……」



「「「……」」」


善子「リリーの、バカ」ジワッ


梨子「え、ええ、えええっ!?」



うちっちー「……はあ、幸せそうだなあ」


うちっちー「でも、それでもボクは―――……」トオイメ



  ☆   ☆   ☆



鞠莉「すいませんでした」

果南「重ねてすいませんでした」

ダイヤ「ほんっとうですわ!! 一日学校を崩壊させるなど、理事長の威厳はどうなるのですか!!」


ルビィ「お姉ちゃんの威厳はどうなったんですか……」ボソッ

花丸「ルビィちゃん、抑えて抑えて」


千歌「んー……、何か気づいたら廊下で寝てて、よく覚えてないなあ」

曜「あはは、梨子ちゃんが解決してくれたからね」

千歌「あー! 曜ちゃんは全部知ってるの!? ずるいよー!」

曜「ちょっと! 引っ張らないで千歌ちゃ―――あ、いい匂い……」スン


梨子(クロウカードがなくても大概あれな人たちだよね)


鞠莉「で、よく覚えてないんだけど、善子はどうして不機嫌なの?」

善子「ヨハネよ」プクッ

梨子「あー……、そのー……ね、よっちゃん」


善子「なんですか、桜内さん」

梨子「うっ、ぐっ……」ポロポロ

うちっちー「うわあ、泣いてるよ……」


曜「あー、平たく言うと……」

花丸「梨子さんが少し、その……」


うちっちー「へたれた」

「「それです」」





梨子「ちょっと、へたれたってどういう――あ、よっちゃん待って! 待ってえええ!!」





ルビィ「うゅ……魔法なんてなくても、甘ーいままです。善子ちゃん、がんばるびぃ!」グッ








第5話「スイーツ・パラダイスへようこそ」終わり




  ♪   ♪   ♪



テクテクテク


千歌「でさー、美渡姉すっごく怒ってくるんだよねー」

曜「あはは! 千歌ちゃんらしい話だね!」

千歌「そうかなー?」

千歌「この前、梨子ちゃんにもそう言われたんだ!」


曜「……」ズキ


曜(まただ……また梨子ちゃん……)

曜(家が隣だからって、毎晩おしゃべりして)


曜(いつもいつも、私が千歌ちゃんの話を聞くのは梨子ちゃんの後だ)


千歌「曜ちゃん、聞いてる?」

曜「あ、うん、聞いてるよ」


曜(カードキャプターのことだってそうだよ。千歌ちゃんだけ、前から知ってて)


千歌「あ、もうこんな所かあ。曜ちゃんと話してるとすぐ着いちゃうね!」

曜「ほんとほんと! また明日、たくさんお話しようね!」

千歌「うん! ばいばーい!」フリフリ

曜「ばいばい!」フリフリ

曜「……」

曜(あんなこと、他の人にも言ってるのかな。あんな笑顔を、梨子ちゃんにも見せているのかな)



曜「ダメだよね、こんなこと考えちゃ」


曜(でも、でもね千歌ちゃん、私ほんとは―――)



???『アハッ』




  ☆   ☆   ☆



第6話

「恋の本心 火の用心」




梨子「はあ……大丈夫かなあ。変じゃない?」クルクル

うちっちー「今の君を変だっていうやつは、目が見えてないか、ものを考えられないかのどちらかだね」

梨子の部屋の壁『ええ。お似合いですよ、さくらうち』

梨子「そ、そうかなあ。浴衣なんて久々に着たから……」

うちっちー「破壊力抜群さ、さすがどすけ――」

梨子「褒めてくれるのは嬉しいけど黙って」

うちっちー「はい」


梨子の部屋の壁『その調子で仲直りもできるといいですね』

梨子「……うん」

うちっちー「大丈夫。花火にも誘ってくれたんだろう?」

梨子「そ、そうだよね……」


梨子(私、桜内梨子。地味で普通な高校生の女の子――のはずでした)

梨子(カードキャプターになってからは、たくさん友達もできて、楽しい日々を過ごしてたんだけど……)


うちっちー「しかしあれだね、善子もなかなか強情だね」

梨子「よっちゃん……」ウル


梨子(『SWEET』の事件以来、よっちゃんが機嫌をなおしてくれません)


梨子の部屋の壁『ですが、前回の騒動のすぐ後はそんなに怒っているわけではなかったんですよね?』

梨子「そうなの。すぐに機嫌なおしてくれると思ったんだけど……」


梨子(原因は、つい1週間前、ケーキ屋さんに行ったときのことだと思います)



  ☆   ☆   ☆



梨子「よっちゃん、ごめん!」ペコリ

善子「もう、『SWEET』騒動から何日経ってると思ってるのよ。もう怒ってないわ」

梨子「で、でも、罰としてケーキ食べに行こうだなんて……」

善子「そ、それは! 口実というか、何というか……」プイ

梨子「……?」クビカシゲ

善子「……っ///」

善子「ほ、ほら、さっさと食べなさいよ! 冷めるわよ!」

梨子「冷めるって、これ普通のケーキなんだけど……」モグモグ



鞠莉「あら? 梨子と善子じゃない」

果南「こんなところで会うなんて、奇遇だね」

善子「マリーに果南さん! って、ヨハネだって言ってるでしょ!」

果南「はいはい。それで、2人はどうしてここに?」

鞠莉「Date、かしら?」キラキラ

善子「そ、そんなんじゃ……///」

鞠莉「そんなんじゃ?」

善子「うるさいわね!」

鞠莉「ふふっ」


梨子「よっちゃんにこの前のお詫びをしに来たんです。ほら、ほっぺに、その……」

鞠莉「Kissしたから?」

梨子「そ、そうです。よっちゃんに嫌な思いさせちゃったみたいで」

善子「別に嫌だったってわけじゃ……」

梨子「ううん、わかってる、本当にごめん。でも『仕方なくて』……」


善子「…………は?」


善子「……仕方、ない?」カチャリ


鞠莉「Oh……」アタマカカエ



善子「どういうこと?」ジト

梨子「その、あの場ではそれしか思いつかなくて、よっちゃんが嫌がることはわかってたんだけど! でも、その、近くに――」

善子「近くにいたから?」


鞠莉(か、果南! 帰るわよ、今すぐ!)ヒソヒソ

果南「え? あ、うん、え?」ズルズル


カランコロン……



善子「……」

梨子「えっと」

善子「ねえリリー。近くにいたから私にしたの?」

梨子「え、それは、その……」

善子「はっきりしてよ」

梨子「よっちゃんが、目に入って……」

善子「……そう、だったんだ」

梨子「よっちゃん?」


善子「……バッカみたい」

梨子「そ、そうだよね、ごめんね」アセアセ


善子「私がってことよ……っ!!」ガタッ


梨子「へ……?」

善子「何よそれ! 誰でもよかったんじゃない! 期待してケーキ屋さんなんか誘った私がバカみたいじゃない!」



ザワザワ……ケンカダ……ザワ……


梨子「え、えっと、店内だから落ち着いて、ね?」

善子「……リリーは、誰にでもああいうことするの?」

梨子「そ、そういうわけじゃないよ! よっちゃんに感謝してるのは本当で、だから――」

善子「感謝なんて、一言伝えてくれれば満足だった!」

梨子「え……?」

善子「あんなことしなくても伝わったわ! 休み時間だって、夜一緒に飛ぶ時だっていいじゃない! 一言もらえれば、私わかったわ!」ジワ

梨子「でも、あの時は……!」


善子「わかってるっ!!」ポロ


梨子「よっちゃん、泣いて……」

善子「泣いてない!」グス


善子「……帰る」ゴソゴソ


梨子「待って! ごめんなさい、ごめ――」

善子「もういい」



善子「……わかってる。リリーは悪くない。仕方なかった」ウツムキ



善子「ただちょっと、ほんのちょっとだけ、私は自分が惨めになった………それだけよ」ポロポロ



カランコロン……



梨子「……よっちゃん」



  ☆   ☆   ☆




うちっちー「ああぁぁ……何回聞いてもさくらうちが悪いし胃が痛い」

梨子の部屋の壁『さすがに、言葉選びがまずかったかと』

梨子「……わかってるよ」ムス

うちっちー「それで、一昨日LINEが届いたってわけだったね」

梨子「うん、そうなの」スッスッ


  堕天使†ヨハネ『今週末、9人で夏祭りに行くじゃない?』

  
  堕天使†ヨハネ『そのとき、花火の時だけ、2人で話がしたいの』



  堕天使†ヨハネ『私の大事な話を、聞いてほしい』 



梨子「……」

うちっちー「……さくらうち」

梨子「流石に、わかるよ。そこまで鈍くないもん」

うちっちー「どうするんだい?」


梨子「……」

梨子の部屋の壁『……』


梨子「……私は、よっちゃんのこと―――」

うちっちー「……」



うちっちー(気づいているかい、さくらうち……?)

うちっちー(自分が、今までしたこともないような表情をしていることに)


うちっちー(そしてボクは、どうするつもりなんだい)

うちっちー(もうすぐ終わりだって知っていながら、お節介のつもりかい)


  ―――梨子『いいから黙って』

  ―――梨子『この不純妖精!』

  ―――梨子『うちっちーもありがとう』



うちっちー(ああ、それでもボクは――――)




  ☆   ☆   ☆




梨子「早く来すぎちゃったかなあ……」ボー

梨子(約束の夏祭りだけど、よっちゃんのこと考えてたら寝不足だよ……)ハア


善子「……リリー」カラコロ

梨子「あ、よっちゃん……。まだ余裕あるのに、早いね」

善子「リリーだって早いじゃない」

梨子「今来たところだよ」

善子「そう……」

梨子「……」

梨子(気まずい!)

梨子(それにしても、よっちゃん、すっごい綺麗……。白地に薄紅色の牡丹柄が柔らかく映えてて……)


梨子「よっちゃん、浴衣、すっごい可愛いよ。それに髪型も似合ってる。今日はポニーテールなんだね」

善子「う……。リリーだって、髪あげてるの初めて見るし、簪も素敵だし……」プイ

梨子「……え、えへ」テレ

善子「……///」ウツムキ


鞠莉「あら、私たちはお邪魔だったかしら?」

ダイヤ「もう、茶化すのはやめなさいと言ったばかりですのに」

梨子「あ、皆さんも……」

ルビィ「善子ちゃん、浴衣可愛いー!」

善子「ヨハネよ! ま、まあ堕天使なら当然ね! リトルデーモンも似合ってるわよ」テレテレ

ルビィ「りと……? でも、ありがとう善子ちゃんっ!」ダキ

善子「だからヨハネって言ってるでしょ!」マッタクー

梨子「……」ズキ

梨子(あ、あれ……?)


ダイヤ「ルビィ、喜ぶのは結構ですが、静かに動きませんと、浴衣がはだけてしまいますわよ」

ルビィ「あ、お姉ちゃんはルビィに近づかないでね」

ダイヤ「えっ」ガーン



花丸「あとは千歌さんと曜さんだけずら……」

果南「あ、あれじゃない?」

鞠莉「あらまあ、手なんか繋いじゃって」フフ

善子「あの2人、本当に仲いいのね」



千歌「みんなー!」タタッ

曜「ち、千歌ちゃん! 走らないで!」

千歌「わっ、ごめん曜ちゃん! ……それにしても、梨子ちゃんひどいよ!」

梨子「へ?」

千歌「一緒に行こうと思ったのに! 曜ちゃんが迎えに来てくれなかったら、私1人だったよ!」

梨子「えーっと、ごめん?」

千歌「むー」

曜「……」


千歌「はー……でも梨子ちゃん、浴衣綺麗だなあ。千歌なんて美渡姉に子どもみたいって言われたのに……」

千歌「やっぱ梨子ちゃんはすごいなあ……」


曜「……千歌ちゃん」ボソッ


梨子「」ゾワ


梨子(―――え?)


梨子「ち、ちょっと千歌ちゃん離れて!」

千歌「ほぇ?」


梨子(間違いない! 今、ほんの一瞬だったし、強くはなかったけれど、あの感覚がした!)


梨子「今のは―――」


うちっちー「そう、クロウカードだ!」ヒョコ


梨子「ひゃあっ!」ビクッ



梨子「うちっちー! ど、どうして私の巾着の中に!?」

うちっちー「夏祭りと聞いて、ボクが黙ってると思ったのかい?」

梨子「ああ、浴衣を見たかっただけ……」

うちっちー「浴衣じゃない! ボクが見たいのは浴衣を着た女の子さ! ここは大事なところだよ、さくらうち!」


うちっちー「鮮やかな浴衣! 薄くひいた口紅! 袖をつまむ白い指! ちらりと覗くうなじ!」

うちっちー「劣情がなんだ! うなじがなんだ! ポニーテールを禁止したって、浴衣や夏祭りは禁止するかい? 否!!」

うちっちー「みんなは気づいているはずなんだ! もう決して止められないんだって! それこそが青春の輝きを与えてくれるんだって!」



うちっちー「そう……うなじは文化なんだ」


ダイヤ「話ずれてますわよ」

梨子「聞き流せばいいんですよ、ダイヤさん」ハア


善子「それより、さっきクロウカードがどうとか言ってなかった?」

うちっちー「ああ、さくらうちも気づいただろう?」

梨子「さっき、一瞬クロウカードの気配がした……」

うちっちー「ついてきて正解だったね、うん」

梨子「結果的にね」

うちっちー「手厳しいね。君たちも、警戒しながら歩くんだよ」

鞠莉「OK! いざとなったら小原家の力でなんとかしてやるわ!」

うちっちー「いや、この前まで暴れてたの君だからね?」

鞠莉「I don't know what you mean」



アハハハ

ネードコイクー?

キンギョスクイ!!

ヤキソバガイイズラ!




曜「……」



  ☆   ☆   ☆



果南「千歌、集中して……」ゴクリ

ルビィ「精神統一です……!」ゴクリ

千歌「……」


千歌「……」スッ

千歌「とおおりゃあああ!!」バシッ

梨子「きゃっ! 千歌ちゃん振り回さないで!」

千歌「ふっふーん、金魚すくいには集中力と勢いが大事なのだ!」ニコニコ

曜「もう千歌ちゃん、梨子ちゃんにくっつきすぎだよ」グイ

善子「そうよそうよ」ムー

千歌「えー、そう? じゃあ、えいっ!」ギュ

曜「あっ」

梨子「ちょっと、なんでもっとくっつくの?」

千歌「高海アタック! なんちゃって」エヘヘ

善子「もうっ、仲いいんだから……」ハア



曜「……」ジー


梨子「―――っ」ゾク

梨子(ま、また……!)


うちっちー「気づいたかい、さくらうち?」

梨子「うん……。さっきも、千歌ちゃんが近くに来たら気配が強くなった……」

うちっちー「千歌から目を離さないようにしたほうがいいね」



花丸「焼きそば買ってきたずらぁ!」

鞠莉「んー! たまにはこういう庶民的なのもGoodね!」

果南「もう、嫌みっぽいよ鞠莉」

鞠莉「失礼ね! そんなこと言う口には……えいっ!」

果南「むぐっ! って熱い熱い!!」


うちっちー「いやあ、むぐむぐ、平和、はふっ、だね!」

梨子「食べるか話すかどっちかにして。えっと、千歌ちゃんは……」


千歌「はい、ダイヤさんあーん!」

ダイヤ「は……? いきなりなんですの?」

千歌「だって、この前もプリン食べさせてあげたし……」テレテレ

ダイヤ「あれは不可抗力ですわ!」

千歌「ええ、あんなに情熱的に千歌のスプーンを咥えたのに……?」

ルビィ「お姉ちゃん……」ヒキ

ダイヤ「」

ダイヤ「誤解を招くような言い方をしないでください!」ガシッ

千歌「あはは! ごめ、ごめんなさい、冗談、冗談だから! 痛い!」



曜「千歌ちゃん、やっぱり……」ジー

梨子(曜ちゃん……何だか怖い顔してる……?)


梨子「っ!」ゾワゾワ


梨子(また来たっ!)

うちっちー「さくらうち! 今の!」

梨子「うんっ! うちっちー、あのね……」



  ☆   ☆   ☆



ガヤガヤ……


梨子「ここなら聞かれないかな」

うちっちー「それで、怪しい人を見つけたって?」

梨子「うん、曜ちゃんなの」

うちっちー「曜が? どうして?」

梨子「そこまではわからないけど……千歌ちゃんがダイヤさんと話してるのを、怖い顔で見てて……」

うちっちー「その直後のカードの気配がした、というわけか」

梨子「曜ちゃんは、何を願ったんだろう?」

うちっちー「曜と千歌、か……」フム


千歌「あれー? 2人とも、何してるの?」テクテク

善子「急にいなくなるんだもの、探したわよ」

曜「……」

梨子「あ、ごめんね3人とも……」

善子「いったいどうしたのよ?」

梨子「えっと」チラ

曜「……何、梨子ちゃん?」

梨子「う、ううん! 何でもないの! ほら、みんなのところに戻ろう?」アセアセ


千歌「もう、梨子ちゃんいないからびっくりしたよー」

千歌「逃げないように、こっちの腕捕まえた!」ギュ

梨子「ひゃっ!」

梨子(って、千歌ちゃんがくっついたら、曜ちゃんが……!)


曜「……」


曜『……マシイ』


梨子「―――っ!!」ゾワゾワゾワ

梨子(この気配……! 今までで一番強い……!)



曜『――――シイ、――ヤマしい』ブツブツ


善子「ち、ちょっと曜さん?」

梨子「よっちゃん! 離れてっ!!」



曜『――――ウラヤマシイッ!!』ゴウウウウッッッ



千歌「……え?」


善子「曜さんが……燃え……っ!?」


千歌「曜ちゃんんんんっ!!」


うちっちー「炎……! あ、あれは……!」


曜『千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん―――ッ』シュインシュインシュイン


千歌「は、早く火を消さなきゃっ! 曜ちゃんがぁ! 曜ちゃんが死んじゃう……!」ポロポロ

うちっちー「大丈夫だ! 曜自身に害はない!」

千歌「ほ、ほんと?」


梨子「ど、どういうことなのうちっちー?」

うちっちー「『FIREY(ファイアリー)』だ! 『WATERY』と同じ、攻撃カードだ!」

善子「火の、攻撃カード……!」


曜『……千歌ちゃんから、ハナレロ』スッ


ボウウウッッッッ


バチバチバチッ


梨子「きゃあっ!! 屋台が焼けちゃう……!」



ザワザワ……カジ……?


ダレカ……ショウボウシャ……


うちっちー「まずい、騒ぎになる!」

梨子「とにかく消化しなきゃ!」バッ




梨子『闇の力を秘めし「鍵」よ! 真の姿を我の前に示せ――』


梨子『契約のもとさくらうちが命じる―――』


梨子『レリーーーーーズ!!』


鍵『』グググッ


梨子「よしっ、あとは……」クルクル


梨子「お願い! 『WATERY』!!」キイイイン



シュワアアアアアア……



善子「な、なんとか鎮火できたわね……」


曜『……』シュウシュウ


梨子「曜ちゃんの火の勢いも弱まってる……」

うちっちー「『WATERY』だけのおかげじゃないな。千歌がさくらうちから遠ざかったからだ」

千歌「私が?」

うちっちー「そうさ。さっきの曜の言葉を聞いたかい?」

梨子「うらやましい、って」

うちっちー「ああ。曜の炎は、千歌を愛するが故の妬みの炎……」



うちっちー「いわゆる、嫉妬ファイヤーなんだっ!」ビシッ


千歌「嫉妬、ファイヤー……!」



千歌「じ、じゃあ曜ちゃんは私が梨子ちゃんにぎゅってしたから、羨ましいって……?」

うちっちー「そういうことだね」

千歌「……曜、ちゃん」



曜『……千歌ちゃん』シュウウウ


千歌「……」ギュ

梨子「な、なんでまた私に!?」

曜『―――ッ!』ゴウウウッッ


千歌「……」パッ

曜『……』シュウウウ


千歌「……」ギュ

曜『―――ッ!』ゴウウウッッ


千歌「……」パッ

曜『……』シュウウウ



千歌「ほんとだ!!」

梨子「遊ばないでっ!」



曜『ウ……ぐ……っ!』

梨子「よ、曜ちゃんが苦しんでる?」


曜『ダメ、だ……千歌……ちゃんに、迷惑、かけちゃう……』

曜『梨子ちゃんにも、嫌なこと、しちゃう……』クルッ

曜『ここにいたら、ダメ、ダメだよ……っ!!』ダダッ


千歌「あっ、よ、曜ちゃんっ!」

うちっちー「なんて子だ……。カードの魔力に精神力だけで抗っている……」

梨子「でも、放っておいたら……!」

うちっちー「ああ、『同化』は今も進んでいる。じきにさっきみたいに暴走してしまうだろう」

梨子「じゃあ、すぐに追いかけ――」


善子「わ、私が追いかける!」

梨子「え?」

善子「曜さんの気持ち……少しはわかると思うから。だから、私が行く」

うちっちー「善子……」

梨子「……」ズキ


善子「リリーと千歌さんは、作戦考えてて!」タタッ


梨子「よっちゃん……!」

千歌「……」



うちっちー「作戦を立てよう。善子の犠牲を無駄にしないためにも」

梨子「死んでないよ」


千歌「……曜ちゃん、何を願ったんだろう」

うちっちー「今回は、願いじゃないんだ」

梨子「どういうこと?」

うちっちー「今の『FIREY』は嫉妬ファイヤー。羨ましいっていう気持ちに巣食うんだ。『同化』して、嫉妬心に応じて燃え盛る……」

梨子「じゃあ、曜ちゃんは……」

千歌「嫉妬しちゃった、それだけってこと?」

うちっちー「ああ、だから『願い』を消すって方法は使えない」


梨子「となると『嫉妬』自体をなくすしかない……でも、そんなの」

うちっちー「『FIREY』が気に入るほどの想いの強さだ。そうやすやすとは収まらないだろうね」

梨子「収めることができるのは……」


千歌「私だけ、なんだね」

うちっちー「……ああ、そうさ。千歌、やれるかい?」


千歌「うん、やる。私のせいだから。私が曜ちゃんに、ちゃんと向き合えなかったせいだから」グッ

梨子「……千歌ちゃん」


梨子(千歌ちゃんはすごいな。普段はぼーっとしてるのに、いざとなったらとってもまっすぐ)

梨子(曜ちゃんのことだって、話を聞いたらすぐにわかってあげられて……)


梨子(私はどうなのかな。私はよっちゃんのこと、どれだけ知ってるのかな)


―――善子『曜さんの気持ち……少しはわかると思うから』


梨子(よっちゃんは、曜ちゃんの気持ちがわかるんだ。曜ちゃんもそうなのかな。曜ちゃんだったら、よっちゃんのこと、わかるのかな)


梨子「……」ズキズキ


うちっちー「さくらうち?」

梨子「あ、うん、ごめんね。行こっか」




  ☆   ☆   ☆



梨子「……ごめんなさい! ……すみません!」

千歌「す、すごい人だよ! これじゃあ曜ちゃんがどこに行ったかなんて……!」


果南「あれ、千歌たちどこ行ってたのさ? 探したよ?」ガサガサ

千歌「果南ちゃん! って、何そのすごい荷物」

果南「あはは……。いろいろあってね」

梨子「あ、あの! 曜ちゃん見ませんでしたか?」

果南「曜? それっぽい人は見たけど……」

鞠莉「ちょうどボヤ騒ぎがあって、見失っちゃったわ」

梨子「ボヤ騒ぎ……! 詳しくお願いします!」

鞠莉「えーっと、ついさっきなんだけどね」


  ☆   ☆   ☆



鞠莉「果南! 私あのぬいぐるみほしい!」

果南「無茶言わないでよ鞠莉。射的はそんなに得意じゃないし……」

果南「それにこの屋台のおじさん、毎年、的が倒れにくいように細工してるって噂だよ」

鞠莉「ちょっと! 卑怯じゃない!」

屋台のおじさん「まあまあ小原の嬢ちゃんと松浦の娘さんや。いっちょやって、文句はそれからさ」

鞠莉「OK! 果南、貸しなさい。私がやるわ!」キッ

果南「えー? 鞠莉できるの?」

鞠莉「ほら、そこは手取り足取り教えてちょうだい?」

果南「まったく……」スッ


曜『……』



果南「ほら、こう持つんだよ」ピトッ

鞠莉「かなぁん……!」テレテレ

果南「そこに手を掛けて……よーく狙って……」ギュウ

鞠莉(Oh、ただでさえ浴衣なのに、くっつきすぎよ果南……!)クラリ

果南「せーのっ」カチッ


曜『―――ッ!』ボウッッッ


ドカアアアンッッッッッ



果南「」

鞠莉「」


鞠莉「え、え? 射的ってこんな威力あるの?」

果南「い、いや、ただのゴム弾のはずだけど……」

鞠莉「あー、えーっと、とりあえず、的は全部倒れたみたいだけど?」


屋台のおじさん「ぜ、全部持っていきやがれ、ちくしょう……」


曜『……』クルッ


果南「……曜?」



  ☆   ☆   ☆



果南「……ということなんだけど」

うちっちー「いちゃいちゃしてたら曜に襲われた、と」

千歌「曜ちゃんが向かった方向はわかる?」

鞠莉「奥のほうに行ったわ。ほら、あの『わたあめ』って書いてある方!」


梨子「ありがとうございます!」

うちっちー「よし、追跡だ!」



花丸「あっ! 梨子さんたちこんなところに! 探したずらー!」

ルビィ「心配しました!」

梨子「あのね、わたあめ舐めながら言っても説得力ないよ」

ダイヤ「道すがらお店を見つけたのですわ。祭りと言えばやっぱりこれですわよね」

千歌「ダイヤさん、曜ちゃんがどこにいるのか知りませんか?」

ダイヤ「曜さんですか? わたくしは知りませんが……」

花丸「あ、曜さんならさっき見たずら」

ルビィ「うん、お姉ちゃんがお金払ってる時だったよね?」

梨子「詳しくお願い!」

ルビィ「はい、あれは……」


  ☆   ☆   ☆



花丸「よかったの、ルビィちゃん。マルまでご馳走になっちゃって……」

ルビィ「大丈夫だよ! お姉ちゃんがこの前のお詫びだって!」

花丸「マルは何もされてないんだけどなあ。あ、わたあめ美味しいずら!」ハムハム

ルビィ「ルビィはされたよ」ハイライトオフ

花丸「あ、あー、ほら、ルビィちゃんのわたあめも美味しそうだな、なんて……」アハハ

ルビィ「うんっ、美味しい! ね、花丸ちゃんのも一口ちょうだい?」

花丸「ふふっ、味は一緒ずらよ、ルビィちゃん」


曜『……』ジー



花丸「でも、はい、あーん!」スッ

ルビィ「あーん!」


曜『―――バクハツシロ』ゴウゴウッッッ


ボンッッッッ


花丸「」

ルビィ「」


ルビィ「わたあめが、溶けた……!?」

花丸「あ、ああぁ……マルのわたあめ……」ガックリ


曜『……』クルッ


ルビィ「……曜さん?」



  ☆   ☆   ☆


ルビィ「と、いうことなんです」

花丸「わたあめはダイヤさんがまた買ってくれたずら!」ハムハム

梨子「なんだかんだいいお姉さんですよね、ダイヤさん」

ダイヤ「なんだかんだとは何ですか!」


うちっちー「しかし、またしてもいちゃいちゃしているところへの妨害か……」

うちっちー「嫉妬ファイヤーが完全にリア充僻みファイヤーになってしまっている……!」

千歌「曜ちゃん……」グス

梨子「やっぱり暴走してるんだ……」


花丸「曜さんは浜辺の方に行ったと思います」

ルビィ「ちらっと善子ちゃんっぽい人影も見ました!」


うちっちー「浜辺か! すぐに向かおう!」



  ☆   ☆   ☆



ザザア……ザザア……


曜『……』


ザッザッザッザ


善子「探したわよ、曜さん」

曜『……善子ちゃん』

善子「ね、もうやめましょう?」

曜『やめられないよ。想いは、止まらないよ。善子ちゃんだって、わかってるでしょ?』

善子「……」


善子「……そう、そうね。私だって、千歌さんに妬いてるわ」

善子「だって、あの2人……」

曜『とっても仲良し。仕方ない。そんなの……っ! そんなのわかってるっ!』ボウッッ


善子「曜さんっ!」ダキッ

曜『善子……ちゃん』


善子「カードなんかに負けちゃダメ。せっかく、そんなに強い種火が、胸の中にあるんだから……」

善子「曜さんの種火は、曜さんの手で、顔で、声で、言葉で燃やしてあげなくちゃ」ギュウ

善子「曜さんだったら、きっと千歌さんに伝えられる」

曜『ダメだよ……私には無理だよ。だって、千歌ちゃんだよ? 今まで当たり前みたいに近くにいて、どうして今更……』ポロポロ

善子「諦めちゃダメ……! 曜さん……!」

曜『諦めちゃうよ……あんなの楽しそうな千歌ちゃん見たらさ。もう、無理だよ。もう―――』





千歌「曜ちゃんっ!!」


曜『千歌、ちゃん……?』



  ☆   ☆   ☆



千歌「曜ちゃんっ!!」

曜『千歌、ちゃん……?』



うちっちー「なんとか見つかったみたいだね……」

梨子「……」

梨子(よっちゃん、曜ちゃんのこと、後ろから抱きしめてた……)


梨子「思い出しちゃうな」ズキズキ

梨子(一緒に空を飛ぶときのこと。はじめて飛んだときのこと。よっちゃんが後ろにいると、ふわっと甘い香りがして……)


うちっちー「さくらうち!」

梨子「え、えっ?」

うちっちー「集中するんだ! 千歌が曜と話してる! 『FIREY』が剥がれる瞬間を逃さないようにしないと」

梨子「あ、うん……!」




善子「ほら、千歌さんが来てくれた! 曜さん、素直になって!」

千歌「曜ちゃん、もうやめよう?」

曜『ううん、やめない』ボウッッ

善子「曜さん、どうして……!」


曜『……』

千歌「強情だね曜ちゃん。だったら――……」











千歌「はいっ! 汗だく千歌ちゃんの匂い嗅ぎ放題 欲張り浴衣セット!!」ドンッ


曜「わーい!」キャッキャ




善子「は?」


善子「…………は?」



善子「え……? どういうこと?」

千歌「いやー、曜ちゃん、昔っから機嫌損ねてもこれで一発なんだよね。ねー、曜ちゃん?」ダキツキ

曜「すぅ……はぁ……」スンスン

善子「うわあ」


FIREY『ググ……ギギ……』


うちっちー「『FIREY』が苦しんでる! もう少しで『同化』が解けるぞ!」

梨子「えぇ……」



千歌「曜ちゃん、ごめんね」ギュ

曜『……みかんちゃん』スンスン

千歌「うん、人を香りで呼ぶのやめようね。嬉しいけど」

曜『千歌ちゃん、私……』スン

千歌「分かってる。寂しくさせちゃってごめん。私もね、寂しかった」

曜『千歌ちゃんも?』スンスン


千歌「うん。だって曜ちゃん、卒業したら県外の飛び込みが強い大学に行くんでしょ?」

千歌「だったら千歌は『曜ちゃん離れ』しないといけないのかなって思ったんだ」

曜『……』スンスン

千歌「だから、今まで曜ちゃんとしてきたことを、梨子ちゃんとしてみたり、ダイヤさんにしてみたり……」


千歌「もちろんね! 梨子ちゃんのことも、ダイヤさんのことも大好きだよ! でもね」

千歌「やっぱりダメだね。曜ちゃんのこと、寂しいままで……私、バカ千歌だ……」

曜『千歌ちゃんは、私のこと、好きなまんま? これからも、仲良くしてくれる?』スンスン

千歌「うんっ! もちろんだよ曜ちゃん! 私たち、一番大事な幼馴染だもん!」

曜『千歌ちゃん……!』ポロポロスンスン


善子「せめて鼻離してから泣きなさいよ」



FIREY『グ……オアアア……』


パアアアアアア


うちっちー「『同化』が解けた!」


千歌「曜ちゃん、よかった……」

曜「うん、ありがとう千歌ちゃん……!」


曜「それに、善子ちゃんもありがとう!」クルッ

善子「ああ、うん。なんだか複雑だけど」


千歌「えへへ、サンドイッチ! ほら、曜ちゃんも!」ギュウッ

曜「うんっ! 善子ちゃん覚悟ー!」ギュウッ


善子「ちょっ! 暑苦しいっ! 離れなさいってば!」グイグイ

曜「善子ちゃんの想いは届いたぞー!」

千歌「たぞー!」


曜「あ、そうだ千歌ちゃ――」クラリ


善子「わっ、よ、曜さん!」ダキッ


曜「」スースー

千歌「寝ちゃった……?」

善子「ずっと『同化』していたもの、仕方ないわ」フフ



アハハ……

ヨウチャンホッペプニプニー



うちっちー「さくらうち! 『FIREY』が剥がれた! 封印するんだ!」

梨子「……」

うちっちー「さくらうち?」


梨子(よっちゃん、あんな優しい顔してるところ、初めて見た……)ズキズキ

梨子(何だろう、この気持ち)


梨子(千歌ちゃんに抱き着かれて、曜ちゃんを抱きしめて笑ってるよっちゃんを見ると、胸がざわざわする……)


梨子(違うよ、よっちゃん、そこじゃないよ)ズキ

梨子(ダメだってわかってる。よっちゃんは、曜ちゃんを助けただけ。私はよっちゃんを傷つけてばっかり。でも……)


梨子(よっちゃんが抱きしめるのは、曜ちゃんじゃないっ!)

梨子(だって、だってっ!)ズキズキ



―――善子「ねえ、リリー!」

―――梨子「なあに、よっちゃん」

―――善子「私、忘れないからっ! 助けてくれたことも、この景色も――」



―――善子「だ、だからっ!」

―――善子「これからもこういうことするなら、呼びなさいよね! 責任、とってもらうんだからっ!」ギュウッ



梨子(はじめて会ったときから、そこは、そこは私の―――)




梨子「あぁ……羨ましいな……」ボソッ


FIREY『……』ニヤ


ゴウウウッッッッ


うちっちー「ダメだ! さくらうち! 危ないっ!!」

梨子「ぇ……」


梨子「き、きゃあああああっ!!」



善子「リリー!?」ハッ



ゴオオオ――――ッッッ


梨子「あああぁぁぁぁ、ぐあぁぁっ……! 熱い熱い熱い……っ!」

善子「な、なにが起きたの? 『FIREY』は剥がれたはずじゃ……!」

うちっちー「さくらうちの中に嫉妬の炎を見つけてしまったんだ! 今は『同化』しかけている……!」


梨子「いやぁぁぁっ! 熱い! 焼け……っ、うぐっ……!」ジュウジュウ

善子「どう、して……!? 曜さんの炎は熱くなかったのに!」


うちっちー「さくらうちの魔力が強すぎるんだ……! 『FIREY』の魔力とぶつかって、身体の中で爆発を繰り返してる……!」

善子「リリーはどうなるの!?」

うちっちー「魔力は、さくらうちの命の一部だ。それが爆発を繰り返してる今、放っておけば……」ガク

善子「そ、そんな……!」ポロポロ


千歌「な、何か助ける方法はないの……?」

うちっちー「彼女が自力で『FIREY』を引き剥がすしかない……! 自分の嫉妬の心に打ち勝つしか……!」

善子「嫉妬の、心……。リリーが……嫉妬した?」






梨子「ぁ……が……っ!」ボウボウッ


梨子(全身が……熱い……! 焼けてるみたいに、溶けるみたいに……!)


梨子(声が出せない……。私、ここで死んじゃうのかな……)


梨子(私、やっぱりこの程度なのかな。カードも集められなくて、よっちゃんも悲しませて)


梨子(ああ、よっちゃんと花火、見たかったな……)


梨子(さよなら……よっちゃん、うちっちー、みんな――……)




炎の壁『さくらうち……!』

梨子(!!)



炎の壁『諦めてはいけません……!』メラメラ

梨子(私を取り囲む、炎の壁、さん……?)


炎の壁『そうです。私たち壁は、いつも貴女の傍にいる……』

炎の壁『さくらうち、あなたは、生きたいですか……?』


梨子(……)


梨子(私は……生きたい……! 生きて、まだみんなと笑っていたい!)

梨子(でも、もうどうにも……。炎の壁さんは、助けてくれますか……?)


炎の壁『……』


炎の壁『いいえ。これは、あなたが乗り越えなければなりません。あなたが向き合わなければなりません』

炎の壁『さくらうち、あなたは知っているはずです。壁とは何か。壁とは、どういう存在か』


梨子(壁とは何か……)


炎の壁『壁は、あなたを助けてはくれない。壁は、あなたの想いを受けとめることしかできない』


炎の壁『立ち上がって歩き出すのは、いつだって、さくらうち、あなた自身でしかありえないのです』


梨子(でも! 私、もう何にもできないよ! 熱くて、痛くて、身体も動かなくて……)


炎の壁『……大丈夫。なぜなら、貴女は―――』



善子「リリーーーーーーッ!!」ダッ


炎の壁『―――1人ではないのだから』



梨子(炎の壁の向こうから、よっちゃんが……!)

善子「リリー! 無事……じゃ、ないわよね」


梨子「ょ……ち…ゃん……やけど、しちゃう……」

善子「海水と熱いお茶を被ってきたから大丈夫よ!」

梨子「そ……っか……うっ、ぐうううっ!!」ゴウゴウッ

善子「リリー、負けないで! 死なないで!」ポロポロ

梨子「……ぁ……ぅ」


善子「リリー! お願い!」ギュウ

善子「一緒に花火を見たいの! 喧嘩中だとか、大事な話だとか関係ない! ただ、一緒に……!」

梨子「……よ……ちゃん……わ、たし、も……見たい……」

善子「本当? 嬉し―――熱っ!」バチッ


梨子「よ……ちゃん……もう、ダメ……もう、戻って……っ」

善子「嫌よ!」

梨子「どう、して」


善子「そんなの、決まってるじゃない! 私は、津島善子は―――」









善子「あなたが、好きだから」ポロポロ


梨子「……!!」




梨子(ふふ……よっちゃん、頬も顔も真っ赤だよ……。炎のせい? ううん、違うよね)


梨子(幸せだな……。ああ……私は、この言葉が聞きたくて……)



パアアアアアア



うちっちー「『同化』が、解けていく……」

千歌「梨子ちゃん……よかった……」ツー



FIREY『……』フラフラ



梨子「ふういん、しなきゃ……」ヨロッ

善子「が、頑張れる?」


梨子「汝のあるべ――ごほっ、がはっ!」

善子「リリー! ほら、堕天使の翼につかまって……!」ガシッ

梨子「それ、た、だの……肩、だよ、よっちゃん……」クスクス


梨子「はあっ……はあっ……!」


梨子『汝の在るべき……姿に戻れ……っ!!』


梨子『クロウカーーーーード!!』



FIREY『ッ!』ジタバタ


シュルルルルル


シュウウウウン


カード『』フワッ


善子「ほら、これ……」パシッ

梨子「ありがとう、よっちゃ……ん……」グラリ

善子「リリーっ!!」


梨子「……」スゥスゥ

善子「寝てるだけ……。よかったぁ……」ホッ



うちっちー「封印完了、助かったよ、善子」

善子「ふっ……この堕天使ヨハネにかかればこんなものね!」ギラン

うちっちー「涙で顔がぐちゃぐちゃだよ、堕天使さん」

善子「あ、えっと、これはぁ……!」

うちっちー「……あはは」


うちっちー「ねえ、善子……。少しの間、さくらうちを任せていいかい?」

善子「うちっちー……?」

うちっちー「……」

善子「……わかったわ。返事もまだ聞いてないし」


うちっちー「ありがとう。ボクは先に帰ると伝えてくれると助かるよ」

善子「うちっちー、あなた……何を……」



うちっちー「……じゃあ、またね、善子」




  ☆   ☆   ☆



ヒュルルルルル


ドーーンッ


パラパラパラ……


善子「花火始まっちゃったわよ、リリー」

梨子「……」スヤスヤ

善子「まったく、せっかく見たいって言ってくれたのに」ムスッ

梨子「……」

善子「綺麗な顔で寝ちゃって、まあ」ナデナデ

梨子「……」

善子「……」


善子「この前のお返し……しちゃうわよ」

梨子「……」

善子「いいのね? いくわよ? 起きないリリーが悪いんだからね!」

梨子「……」ドキドキ


善子「リリー……」



ヒュルルルルル


ドーーーーンッ……



善子「んっ」チュ


梨子「……っ///」



善子「ぷはっ……」


善子「はーっ、やっちゃった……///」


梨子「よっちゃんって、やっぱりイチゴの香りがする……」


善子「どひゃあっ!!」ビクッ



善子「お、起き、起きてたの!?」

梨子「えへ、実は?」

善子「はああ!? なら何か言いなさいよ! なんでずっと黙ってるのよ!」

梨子「だって、タイミング逃しちゃって……」

善子「もうっ、リリーのバカ……」


善子「って、ちょっと待って。起きてたのに、何も言わなかったって……」


善子「そ、それって……///」


梨子「ねえよっちゃん、お返事、してもいいかな」ニコ

善子「ひゃい!」





梨子「私ね、私も、よっちゃんのことが―――」




ヒュルルルルル


ドーーーンッ……





  ☆   ☆   ☆




梨子「た、ただいま……うわ、真っ暗」

うちっちー「……」

梨子「あ、うちっちー! 先に帰ったんだって? どうして?」

うちっちー「……」

梨子の部屋の壁『……』


梨子「どうしたの? ボーっとして」

うちっちー「……善子とはどうなったんだい?」

梨子「あ、えっと、それは///」


うちっちー「……」

梨子「うちっちー?」


うちっちー「さくらうち、残りのカードの数を覚えているかい?」

梨子「え? えっと、今『お守り』を入れて8枚だから……あと1枚?」

うちっちー「ああ、そうだね」

梨子「それがどうかしたの? 私今まで通り頑張る、つもりだけど……」

うちっちー「レンガの壁のためかい?」

梨子「え、あー、最初はそうだったけど……」


梨子「でもね、今はうちっちーとも仲良くなったし、よっちゃんたちも大切だし、みんなのためかな」ニコ

梨子の部屋の壁『さくらうち……』

うちっちー「ああ、君はそうだから、そんなだから、ボクは……」ポロ

梨子「うちっちー? 泣いてるの? どうして?」



うちっちー「さくらうち。君に言わなければならないことがある。謝らなければならないことがある」

梨子「うちっちー……?」

うちっちー「このことを話すボクを君は卑怯だって言うだろうね。でも、話さなければならないんだ」

梨子「何だか、話が見えないよ」

うちっちー「……」


うちっちー「最後のクロウカードが揃ったら、カードは別の世界の帰ることになる」

梨子「え、うん……」

うちっちー「いいかい、さくらうち。カードはその『存在』ごと別の世界に消えていくんだ」

梨子「『存在』ごと……?」

うちっちー「そう。君にカードについての記憶は……残らない」


梨子「え……?」


うちっちー「カードだけじゃない。カードを通じて知り合った人やもの、町、ボクや壁……」

うちっちー「全部の記憶が、さくらうちも含めたすべての人から、消えてしまう」


梨子「そ、それって……!」


うちっちー「ああ、さくらうち。ボクだけならまだよかった。でも、君は、カードを通じて出会った君と善子は―――」







うちっちー「カードが揃ったら、お互いのことを、忘れてしまう」


梨子「ぇ……」







第6話「恋の本心 火の用心」終わり




  ♪   ♪   ♪



~~♪ ~~~~♪


ハイ、キョウハココデオシマイデス


アリガトウゴザイマシター


オツカレサマデシタ



花丸「……ふぅ」

花丸「やっぱり聖歌隊で歌うのは気持ちがいいずら」

花丸「あ、またずらって言っちゃったずら」


花丸「はぁ……この癖、何とかならないのかな」

花丸「ダイヤさんやルビィちゃんはそのままでいいって言ってくれるけど、やっぱり気になるず――気になるなぁ」


花丸「……」


花丸「歌だって、マルより上手い人、いっぱいだなぁ。みんな声が綺麗だし」


花丸「気にしすぎなのかな。きっとそうずら。でも……」



花丸「皆みたいに話せたらいいのにな……」



???『……』ニヤ




  ☆   ☆   ☆



最終話

「魔法の言葉は内浦の空に」






梨子「どういう、こと?」

うちっちー「言葉の通りさ。君たちはカードのこと、お互いのこと、全てを忘れてしまう」

梨子「そ、そんなっ、どうして……」


うちっちー「クロウカードや、ボクは……『不純』なのさ。最初に言っただろう?」

梨子「……うちっちーが不純なのは知ってるけど」

うちっちー「君が思い浮かべている『不純』じゃないさ。言葉通りの意味だよ」

うちっちー「ボクはこの世界にいてはいけない存在。純ならざる存在なんだ」

梨子「いてはいけない……?」


うちっちー「さくらうち、君は、どうして内浦に引っ越してきたんだい?」

梨子「え、急だね。親戚のお家があるからだけど……」

うちっちー「その親戚はどうして内浦に住んでいるんだい?」

梨子「それは……わからないよ。偶然じゃないかな」


うちっちー「この世に偶然なんかないんだ。あるのは、必然だけ」

梨子「どういう……」


うちっちー「木之本桜」


梨子「人の名前、だよね。誰?」

うちっちー「本物の――いや、純粋なカードキャプターさ」

梨子「それって、別の世界にいるっていう……?」

うちっちー「ああ。カードの持ち主になるはずの女の子さ」


うちっちー「でもある時、カードの一部が事故でこっちの世界に飛ばされてしまった」

うちっちー「『さくら』が持つはずのカードを、『さくらうち』が見つけた。君が持っているその『お守り』さ」


梨子「『さくら』と『さくらうち』……」

うちっちー「……」コクリ


うちっちー「その瞬間、『さくら』の世界にあったカードに『うち』が混ざってしまった。その不純物が形を成したのが『うちっちー』」


うちっちー「つまり、ボクさ。ボクは文字通り『不純妖精』なんだ」



うちっちー「その後は知っての通り。君は内浦に移り住み、『鍵』を見つけた。カードのお守りを持つことで手に入れた魔力を注ぎ込み、ボクが目覚めた」

梨子「ち、ちょっと待ってよ! 私の親戚はずっと前から内浦に住んでるんだよ。でも、私がお守りを拾ったのは去年のことで……」

うちっちー「それも必然だよ」

梨子「意味がわからないよ……」



うちっちー「『さくらうち』の使命は、カードをもとの世界に、木之本『さくら』を取り巻く運命の螺旋に戻すこと」

うちっちー「そのために、君は9枚のカードを集めるんだ」

梨子「でも、集めたら……」


うちっちー「ああ。9枚集まって溜まった魔力は、純粋なクロウカードを『さくら』の世界に帰すことになる」

うちっちー「不純な『うち』―――ボクは消えるし、君たちの記憶も消える」


梨子「……」

梨子「……そんなの」ポツリ


うちっちー「……」

梨子「……うちっちーは、最初から知ってたんだよね」

うちっちー「……ああ、知っていた」

梨子「騙したの?」

うちっちー「……っ」

うちっちー「……ああ」


梨子「どうして?」

うちっちー「使命のためさ。ボクはそのために生まれ――」

梨子「違うっ!」

うちっちー「え?」


梨子「どうして、今ごろ話したの!? どうせ忘れるなら、知らないままの方がよかったのに……っ! なんでっ!!」


うちっちー「……」


うちっちー「ボクはね、さくらうち」

うちっちー「君のことが、好きになりすぎてしまったんだ」

梨子「え……?」



うちっちー「最初は騙してやろうと思っていたさ。願い事で釣ったって、どうせ忘れる。目的さえ果たせばそれでいいって」

うちっちー「狙い通り、君はレンガの壁にまんまと釣られて、カードキャプターになった」

梨子「……」


うちっちー「君ときたら最初は文句ばっかりだった。レンガの壁のためだと言って、ようやく動いてくれた」

梨子「……うん」

うちっちー「でも、すぐに君は壁のことを口にしなくなった。出会ったばかりの鞠莉のために、命を懸けて果南と闘った」

うちっちー「他のカードだってそうだ。嫌々封印したものなんて1つもなかった。君はいつも誰かのため」

うちっちー「ああ、そうさ。さくらうちが言った通り。君はみんなのためにカードキャプターをやっていた。それが、堪らなく眩しくて、愛おしかった」


梨子「……うちっちー」


うちっちー「君は真実を知らなければならない」

うちっちー「あんなに一所懸命だった君には、きちんと向き合わなければならない。忘れてしまうかどうかは関係ない」

うちっちー「ボクは不純でどうせ消えてしまう存在だけど、君に対してだけは誠実でなければならないと、そう思ったんだ」

梨子「……」


うちっちー「いや、違うな。こんな綺麗なものじゃない。もっと弱くて、汚いエゴだよ」



うちっちー「ねえ、さくらうち。ボクはつまるところ―――」



うちっちー「君に嘘をついたままでいるのが、どうしようもなくつらくなってしまったんだ」





梨子「……そんなの、勝手すぎる」


梨子「私は……私は、そんな話、聞きたくなかった」クル


カードのお守り『』ポウッ……





  ☆   ☆   ☆



善子「ねえ、リリー」

梨子「……」


梨子(うちっちーと話してから数週間。私は、だらだらと日々を過ごしてる)

梨子(放課後のお茶会に、よっちゃんとのお出掛けに、楽しい生活)

梨子(でも、どこか私の心には陰が落ちていて、もうカードが現れませんようにって、毎日祈っていて……)

梨子(今も、よっちゃんのお家にお邪魔してるのに、そのことばかり考えちゃってる)


善子「ねえったら!」グイ

梨子「わっ、ご、ごめんよっちゃん、ぼーっとしてて……」

善子「もう、最近多いわよ。何かあった? この堕天使ヨハネに懺悔してみなさい!」

梨子「何で私が悪いことした前提なの……」フフ


善子「本当に、何にもないの?」ジッ

善子「遠慮せずに言いなさいよ。その、こ、こい、恋人、なんだから……///」

梨子「……うん、大丈夫だよ」ニコ


梨子(こんなこと、よっちゃんには言えないよね。ううん、言いたくない)

梨子(今の生活が、とっても幸せだから)


梨子「それで、どうしたの?」

善子「夏休み、どこかに出掛けない? 東京とか。リリーの故郷なんでしょ? 案内してよ」

梨子「東京……あんまり、いい思い出ないかな」

善子「そうなの?」

梨子「うん、言ってなかったっけ。去年、ピアノのコンクールで大失敗しちゃって」


梨子「それまでも、東京ではつらかった記憶が多いかな。だから毎日壁に話しかけてたの」

善子「罪業の深い人生を送っていたのね……」ゴクリ


善子「でも大丈夫よ! 今はもうリリーもヨハネのリトルデーモンだもの!」ビシッ

梨子「はいはい、ありがと」



梨子(……うん、やっぱり今を壊すなんて、できないよ。うちっちーには、悪いけど)

梨子「ねえよっちゃん」

善子「ん?」


梨子「私がカードキャプターを辞めるって言ったら、どうする?」

善子「……え」


善子「ど、どうしたのよ! やっぱり何かあった?」

梨子「も、もしもの話だよ、もしもの!」

善子「なんだ……驚かせないでよね」ムー


善子「うーん、リリーがカードキャプターを辞めるって言ったら、私は止めるかも」

梨子「……」

梨子「どうして?」


善子「だって、カードが暴走するってことは、誰かが天界からの裁きに苦しんでいるってことよね」

善子「堕天使として、そんなリトルデーモンは見過ごせないわ。リリーも、そうなんでしょ?」

梨子「……」ズキズキ


梨子「……うん、そうだよね」


梨子(でもね、その人を助けてしまったら、私とよっちゃんは―――)

善子「……?」




  ☆   ☆   ☆



梨子「はぁ……」

鞠莉「まーた梨子はため息ばかりね」コポコポ

鞠莉「はい、ストレートティー」カチャリ

梨子「ありがとうございます……」スッ


ルビィ「善子ちゃんと何かあったんですか? 今日、善子ちゃん休みだったし……」

梨子「ううん、そういうわけじゃないの。よっちゃんは風邪だって」

ダイヤ「花丸さんも体調不良でしたわよね。まったく、夏休み直前だからと言って、気が緩みすぎですわ」

千歌「まあまあ……。あ、うちっちーは元気?」

曜「私、この前のお礼も言えてないし、会いたいなあ」

梨子「うっ」

果南「あれ、うちっちーと何かあったの?」

梨子「あー、ちょっと喧嘩中というか、気まずいというか……」


梨子(険悪ではないけれど、うちっちーとは、あんまり話さなくなっちゃった)

梨子(最近の私は、寝る時以外は自分の部屋には帰らずに、リビングでばかり過ごしています)


千歌「大丈夫!」

梨子「え?」

千歌「梨子ちゃんならすぐ仲直りできるよ、ね、曜ちゃん?」

曜「そうそう! 私たちが保証する!」

梨子「保証って……」


梨子(みんなが優しい目で笑ってくれる……。でも、最後のカードを封印したら、みんなとの、記憶も……)


鞠莉「梨ー子」ピトッ

梨子「ひゃっ!」



「「「大丈夫だよ」」」


梨子「そう、なのかな……」ポツリ




  ☆   ☆   ☆



テクテクテク


梨子(みんなはああ言ってくれたけど……。どうして、簡単にそんなことが言えるんだろう)



ピンポーン……


梨子「……」

梨子「あれ、出ない」


ピコンッ


  堕天使†ヨハネ『ごめん、出られないの。鍵は開いてるから入って』


梨子「そんなに風邪ひどいのかな……」

梨子「お邪魔しまーす」ガチャ


善子「……!」フリフリ

梨子「よっちゃん! 寝てなくて大丈夫なの? 今日お母さんいないんだよね?」

善子「……」コクコク

梨子「喉、痛むの? ゼリーなら買ってきたけど……」

善子「……」フルフル

梨子「え、違うの?」

善子「……」

善子「……」ジワ

梨子「え、よっちゃん!?」


ピコンッ


  堕天使†ヨハネ『ごめんなさい』


  堕天使†ヨハネ『声が出なくなっちゃった』


  堕天使†ヨハネ『風邪じゃないの。元気なのに、話せなくなっちゃった』



善子「……っ」パクパク


梨子「……っ!!」ゾッ

梨子(クロウ、カード……!?)



梨子「うちっちー、呼んでくるっ!」ダッ





  ☆   ☆   ☆



うちっちー「……間違いない、『VOICE』だ」

善子「……っ!」

梨子(やっぱり……!)

うちっちー「『VOICE』は声のカード。他人の声を奪うことができるんだ」


梨子「ほんとに? 風邪とかじゃなくて?」

うちっちー「……ああ」

善子「……?」


梨子「そんな……」ヘナヘナ


善子「……」スッスッ


ピコンッ


  堕天使†ヨハネ『さっきは泣いてごめん』


  堕天使†ヨハネ『でも、大丈夫よ。リリーと私でカードだって封印できるわ!』


梨子(違うんだよ、よっちゃん。封印したら……!)ウルッ

うちっちー「……さくらうち」


梨子「嘘だよ、こんなの、ひどいよ……!」ジワ

梨子「なんで、よりによって……! よっちゃんじゃなくたって、いいじゃん! どうしてっ!!」

うちっちー「……」ウツムキ


善子「……!」ギュ


ピコンッ


  堕天使†ヨハネ『どうしたのよ、いつも通り封印したら終わりでしょ?』


  堕天使†ヨハネ『ねえ、何かあったの?』



梨子「……何でも、ないっ」

善子「…っ!」グイッ


  堕天使†ヨハネ『何でもないはずないじゃない』


梨子「何でもないの! よっちゃんには関係ないっ!」ドンッ

善子「――っ」ドサッ

善子「……」ボウゼン

梨子「ぁ……」


善子「……」

梨子「……ごめん、ごめんなさい……っ」


善子「……」ポチポチ

 
  堕天使†ヨハネ『私、心配よ』


梨子「……っ!」

梨子(本当なら、私が言うべき言葉なのに……)


梨子「ううん、大丈夫、何とかする」

善子「……」


善子「……」コクン


ピコンッ


  堕天使†ヨハネ『信じてる』




  ☆   ☆   ☆




善子「……」ポチポチ


『と、いうことなのよ』スッ

『しばらく、このお茶会でも迷惑かけちゃうけど、ごめんなさい』


鞠莉「善子が謝ることじゃないわよ。ここのものだって、何でも使っていいわ。理事長権限よ」

『私はヨハネよ』スッ

果南「わざわざ打つんだ……」アハハ

千歌「それにしても、声が出せなくなるなんて……」

曜「大丈夫だよ、『SWEET』のときみたいに力を合わせれば、さ」


曜「ね、梨子ちゃ――」


梨子「……」ウツムキ


梨子(私、どうしたらいいのかな。よっちゃんを助けて、記憶をなくす? それとも、声が出ないままのよっちゃんと過ごす?)

梨子(ううん、どうすべきかなんて、もうわかってる。よっちゃんを助けなきゃ)

梨子(でも、それができない私がいる。離れたくないって思っている私がいる)

梨子(どれだけ考えても同じだよ。同じところを、ぐるぐるぐるぐる……)


曜「梨子ちゃん?」

梨子「え、あ、うん……」

善子「……」


ダイヤ「ちょっと、どうかしましたの? そこのセイウチも、カードに関係するからと連れてこられたにしては、だんまりではありませんか」

うちっちー「……」



ダダダダダダダッッ


ガラララッッ


ダイヤ「何ですか、騒々しい」

ルビィ「はあっ……! はあっ……! お姉、ちゃん……っ! 梨子さんっ!」ゼエゼエ


千歌「ルビィちゃん!」

果南「どうしたの、そんなに急いで」


ルビィ「助けてください……! 花丸ちゃんを、助けてください!!」

鞠莉「マルを……?」


善子「……」ポチポチ

『今日は風邪で休みじゃなかった?』


ルビィ「うん、そのはずだったんだけど、さっき……」



  ☆   ☆   ☆



「黒澤さーん、日直の仕事終わったー?」

ルビィ「は、はい先生っ! 今終わりましたぁ!」

「ならよし、ご苦労さま」

ルビィ「失礼しますっ」ペコリ


テクテクテク


ルビィ(花丸ちゃんはお休みだし、善子ちゃんはカードに声を盗られちゃってて……)

ルビィ「うゅ……2人とも、心配だなぁ……」ハア


ルビィ(あれ、校門に誰か―――って、花丸ちゃんだ!?)


ルビィ「風邪って言ってたのに、どうしたんだろう……」


タッタッタ……



ルビィ「花丸ちゃん!」

花丸『あら、ルビィ』

ルビィ「へ……」ゾワ


ルビィ「花丸……ちゃん?」

花丸『そうよ。私は花丸』

ルビィ「なんで……?」

花丸『え?』


ルビィ「どうして、善子ちゃんの声真似をしてるの?」


花丸『もう、ルビィったら、これは私の声に決まってるでしょ』ニコ


ルビィ「え……」ゾワゾワ


ルビィ「ち、がうよ……。それ、花丸ちゃんの声じゃないよ。話し方も全然違う……!」

花丸『ひどい、ルビィならわかってくれると思ったのに』

ルビィ「善子ちゃんの声を盗ったの、花丸ちゃんなの……?」

花丸『おかげでもう方言を話さなくても済むの』

ルビィ「方言は花丸ちゃんの可愛いところだよ……!」


花丸『勝手なこと言わないでっ!』キッ


ルビィ「どう、して……」


花丸『ねえルビィ。綺麗な声でしょ? 今から音楽室に行って歌をうたうの』


花丸『きっと、素敵な歌がうたえるわ』


ルビィ「花丸、ちゃん……」ガタガタ


ルビィ(絶対、あれは善子ちゃんの声だ……。だったら、だったら……!)



  ☆   ☆   ☆



ルビィ「お願いです。花丸ちゃん、話し方、ずっとコンプレックスだったんです」

ルビィ「善子ちゃんの声や話し方が羨ましいって、何回か聞いたことあるんです」

善子「……」

ルビィ「でも、ルビィはいつもの花丸ちゃんが大好きなんです」

ルビィ「助けてあげてください! ルビィも手伝います。だから……っ」グス

梨子「ルビィちゃん……」


果南「マルは、音楽室にいるんだね?」

ダイヤ「一度、お説教ですわね、まったく」

曜「え、えーっと、あんまり手荒なことはしない方がいいんじゃ……」

千歌「とにかく話をしなきゃ! ね?」


梨子(考える時間も、ないんだ……)

うちっちー「さくらうち」

梨子「わかってる……っ!」ガタッ


梨子(よっちゃんが声を奪われた。花丸ちゃんがカードで苦しんでる)

梨子(わかってる。見過ごす理由なんてない。考える必要なんてない。音楽室に行って、カードを封印して、そして――)


「「「行こう? 梨子ちゃん」」」



梨子(私は、みんなのことを……)ポロ


善子「……!」


『リリー、泣いてるの?』


梨子「……」ゴシゴシ

梨子「ううん、大丈夫だよ。私が声を取り戻してあげるからね、よっちゃん」

善子「……」




  ☆   ☆   ☆



ガララッ


花丸『~~♪ ~~♪』


善子「……っ!」

果南「ほ、ほんとに善子の声だ……」

ルビィ「花丸ちゃんっ!」

花丸『ルビィ、また来たの? あ、今の聞いてくれた? 綺麗な歌声だったでしょう?』ニコ

ダイヤ「花丸さん……」


花丸『ふふ、どんな気分? ねえ善子』

善子「……」ポチポチ

『私はあんたの話し方、嫌いじゃなかった』


花丸『……ッ』

花丸「……善子、ちゃん」

ルビィ「!?」

曜「今、一瞬花丸ちゃんの声だったよね?」


うちっちー「花丸はきっと、『同化』する一歩手前で『VOICE』と闘っているんだ。暴走して他人の声に執着する『VOICE』と、必死に」

ルビィ「そ、そうだよっ! 花丸ちゃんは優しいんだもん! ルビィ知ってるもん! 善子ちゃんから声を奪ったりなんかしない!」

花丸「ルビィ……ちゃん……私……っ」ググッ

ルビィ「頑張って! 花丸ちゃん!」ギュッ

花丸「ぁ……ぅ……」


花丸『……』


花丸『うるさいわね、ルビィ』パシィ

ルビィ「うぅっ!」ドサ

ダイヤ「ルビィ!」ダッ


花丸『ぞろぞろと、カードキャプターまで連れてきて。私を封印するつもり?』

梨子「……そうだよ」バッ



梨子『闇の力を秘めし「鍵」よ! 真の姿を我の前に示せ――』


梨子『契約のもとさくらうちが命じる―――』


梨子『レリーーーーーズ!!』



梨子「……」クルクル

梨子「封印してあげる」スッ



花丸『あなたにできるの?』クス


善子「……」ムッ

『リリーならできるわ。あなたなんか、すぐに封印してくれる』


花丸『んふっ、大した信頼ね。でも、本当かしら』


花丸『ねえ、カードキャプター。あなたに、選べるの?』

梨子「……っ!」

鞠莉「選ぶ……?」


花丸『それは、賢い選択なのかしら。あなたはすべてを犠牲にして、この子を助けられるの?』

梨子「……黙って」キッ

花丸『私、知ってるのよ。何ならこの場でみんなに教えてあげましょうか』


梨子「やめてっ!!」


千歌「梨子ちゃん……?」

花丸『ふふ……あなたには無理。捨てられないわよね。だって今までが全部無駄になっちゃうものね』

梨子「やめて、もう言わないで……!」


花丸『聞くのはつらい? そうよね、だって私のこと好きだもんね、リリー?』


梨子「――ッ」プツン

梨子「その声をやめて! 私をリリーって呼ばないでっ!!」グルグル


梨子「『FIRE――」

うちっちー「ダメださくらうち! 花丸に危害が及ぶっ!」ガシッ

梨子「でも……っ!」


花丸『リリー、私のこと忘れちゃうの? みんなのこと、忘れちゃうの?』


花丸『私って、その程度? そんなに簡単に忘れちゃっていいの?』


梨子「やめて! やめてよぉ……!」ガクン

―――カラカラ


うちっちー「さくらうちっ!」

善子「……っ」ダキッ

果南「梨子、どうしたの!? 梨子!」



鞠莉「今の、どういうこと? さっきの『選ぶ』っていうのと、関係があるのね」

花丸『ああ、やっぱり何も教えてもらってないのね。リリー、いけない子』クスクス

梨子「う、うぅぅぅ……」ポロポロ


花丸『私が、最後のクロウカード。私を封印すれば、全部が終わる』

梨子「いやあ、嫌ぁっ!」


花丸『カードはあなたたちの記憶から消える。カードにまつわる全ての記憶が消えるのよ』

梨子「やだっ、もう聞きたくない! やめてよっ!」

カードのお守り『』ポウ……


ダイヤ「カードにまつわる、それは、つまり……!」

善子「!」ハッ

花丸『そうよ。あなたたちとそこのカードキャプターは、お互いのことを何も思い出せなくなる』


花丸『つまり、ただの他人に戻―――』



梨子「もうやめてえええぇぇぇぇっ!!!」


カードのお守り『』フワッ

うちっちー「なっ!? さくらうちのカードのお守りが!」


梨子「う、うぅぅぅぅ……!」

果南「梨子、しっかりして! きっと何か対策がある!」ユサユサ

善子「……っ」ポロポロ

梨子「―――ッ」バチイッ

果南「うわっ! これ、何、バリア……?」



梨子「もう聞きたくないっ! 私には無理だよっ! 何も聞きたくない、知りたくないっ!!」



梨子「もう放っておいてっ! 静かにしてよっ! だから―――」

カードのお守り『』パアアアアア


うちっちー「危ないっ! そんなに魔力を込めたらっ!」



梨子「『SILENT』――――ッ!!」




―――キイイイイイイイン





  ☆   ☆   ☆



梨子「ん……」パチ

梨子「あれ、ここは……」ムクリ

梨子「私の、部屋?」


梨子(どうして急に……。さっきまで、浦女の音楽室にいたはずなのに)


梨子「そうだっ、カードのお守り……!」

梨子「あれ、ない……!?」


梨子(あのお守りの正体は『SILENT』……『静寂』のカード。あの瞬間、黒い汚れが急に取れて、思わず発動してた……)


梨子「どこに行ったんだろう。それに、みんなは……」

梨子「……」

梨子「よっちゃんに、嫌われちゃったかな。忘れようとしてたなんて、知られちゃったら」


梨子「学校に行った方が、いいのかな」

梨子(何だろう、違和感がある。耳の奥が、痛い……)


梨子「……」


梨子(わかった、音が、ないんだ……)


梨子「耳が、痛い」

梨子(ドアを開ける音も、車が通る音も、鳥が鳴く声も)


梨子「自分の声は聞こえるんだけどな……」

梨子(通学路を歩いていても、誰にも会わないし、足音もしない)

梨子(空はなんだか白っぽいし、物はゆらゆら揺れているし……変な気分)


梨子「あれ……千歌ちゃん?」

千歌「……」


梨子「ねえ、千歌ちゃん!」

千歌「……?」クルッ


千歌「……! ……!」パクパク

千歌「……」ニコッ

梨子「何言ってるか、聞こえないよ」

千歌「……!」フリフリ

梨子「千歌ちゃん! 聞こえないってば!」



梨子(あっちにも、みんなが……!)


梨子「はあっ……はあっ……!」


梨子「曜ちゃん!」

曜「……」ケイレイ


梨子「鞠莉さん!」

鞠莉「……」パクパク


梨子「果南さん!」

果南「……!」ニコ


梨子(みんなの声が、全く聞こえない……!)


梨子「嫌だ、嫌だっ……!」


梨子(走っても、自分の息遣いしか聞こえない……)

梨子(話しかけても、誰の声も聞こえない……!)


善子「……」

梨子「よっちゃん、よっちゃんっ! 返事してっ!!」


梨子(誰か助けて、誰か――――!)



梨子「壁さんっ!!」


『さくらうち―――』


梨子「え……?」


梨子「声が、聞こえた……!」


『こっちです、さくらうち―――』


梨子「あ、校門の方に……」



???『来てしまったのですね、さくらうち』



梨子「あなたは、校門の白い壁さん……?」

???『そうとも言えるし、そうでないとも言えます』

梨子「どういう……」


SILENT『ここは、あなたが私で作り出した心の中の世界……』

SILENT『そして、私はクロウカード『SILENT』』


SILENT『お守りとしてあなたとずっと一緒にいました。そして、すべての壁でもあるのです……』

梨子「え……」


SILENT『なぜカードキャプターになった途端に壁の声が聞こえるようになったのか、不思議ではありませんでしたか?』

梨子「そ、それは私の壁クイ道が極まったからで……」

SILENT『そうではありません』

梨子「そんな!」


SILENT『あなたが聞いてきた壁の声は、すべて私のものです。あなたはお守り―――つまり私を常に身に着けていましたからね』

SILENT『加えて、あなたが『鍵』と契約してカードキャプターになったからこそ、カードである私の声が聞こえたのです』

梨子「そう、だったんだ……」


梨子「でも、どうしてこんなことに? 心の中の世界って……?」

SILENT『……』


SILENT『それを解き明かすには、昔話をしなければなりません』

梨子「え……?」


SILENT『一年前、東京のあなたの家で、私たちが出会った日、あなたが、カードのお守りを見つけた日のことです』




  ☆   ☆   ☆



梨子「う、うぅ……」

梨子「コンクール、弾けなかった……どうしてっ!!」ポロポロ


梨子「みんなが、冷たい目で見てた……!」

梨子「お母さんも、先生も、私のこと、怒ってた……」グス


梨子「私だって、頑張ったよ!?」


梨子「言われたことはちゃんとやったし、必死で楽譜も覚えたし、何時間だって練習した……!」


梨子「なのに、なのに……!」


フラフラ……


梨子「あはは、『次はちゃんとして』だって」

梨子「ちゃんとするってなんだろう。どうしてこんなに苦しいんだろう」


梨子「あぁ……うるさい……」


梨子「審査員の笑い声が聞こえてくる……! 耳を塞いでも、お母さんのため息が聞こえてくる……っ!」

梨子「うるさいっ、静かにしてよ、もう、放っておいてよっ!」ブンッ


梨子「……」

梨子「皆が壁みたいに何も言わなかったら、よかったのに」

梨子「期待も、失望も―――」


梨子「何もかも、聞こえてこなければよかったのに」


ポウッ………



梨子「あれ……これ、なんだろう。こんなカード、どこで拾ったかな」

梨子「優しく光って、とっても綺麗……」ツー


梨子「文字が、書いてある……えっと、S、IL、ENT―――?」



パアアアアア




  ☆   ☆   ☆



SILENT『あなたは、誰の声も聞きたくないと願いました』

SILENT『その願いを込め、私の名前を呼びました』


SILENT『あなたの心に入った私は驚きました。なにせ、そこには無数の壁があったのですから』


SILENT『あなたは幼少期から、周りの期待と失望に悲鳴を上げていた』

SILENT『つらいことがあると壁に話しかける癖があったあなたは、心の中にも壁を乱立させていた』

SILENT『そしてあなたは、自分を守る壁に囲まれながら、涙を流して私を呼んだのです』


SILENT『私は他のいたずら好きのカードとは違い、平穏を望みます。『同化』はせずに、あなたの願いを叶え、姿を隠しました』

梨子「……私の、願い」

SILENT『あれから、あなたはピアノに関して誰かに何かを言われたことはなかった。そうですよね』

梨子「……そういえば。ピアノの話にはなっても、前みたいに嫌だって思うことは少なかったような……」


SILENT『私は、あなたの心の壁に力を与えた。あなたの心を外から遮断する、防音室へと変えたのです』

梨子「防音室……」

SILENT『そう。あなたは私を使うことで、ピアノから目を背け、心を壁の中に閉じ込めて、この一年間を過ごしてきました』

梨子「……」


SILENT『ですが、内浦に来てからのあなたは違う』

梨子「え?」



SILENT『あなたはうちっちーと出会い、カードキャプターになった』

SILENT『善子さんや、鞠莉さんや、他の多くの方と出会い、願いの声を聞き、彼女たちを救った』


SILENT『そうです。あなたは確かに、壁の向こうの世界に耳を傾けていた。世界の音を聞いていた』

梨子「世界の、音……」


SILENT『あなたは強くなったはずでした。しかし、今また耳を塞いでしまっています』

梨子「それが、この音のない世界、私の心の中……」


SILENT『あなたはここから出て、戻らなければなりません。どれだけつらくとも、どれだけ耳を塞ぎたくとも』

梨子「無理だよ……。だって戻ったら、全部忘れないといけないんだよ」


梨子「内浦で聞いてきた声も、願いも、大事な人の言葉も、全部全部忘れて、引っ越してきたころの弱い私に、戻らないといけないんだよ」


SILENT『そうではありませんっ!!』

梨子「……っ!」ビリビリ



SILENT『あなたは戻るのではありません! 全部が消えてしまうわけではありません!』

SILENT『あなたが聞いた声は、音はっ! あなたが聞いた世界はっ! あなたの心に刻まれています……!』

梨子「心に……」


SILENT『記憶がなくなっても、あなたの心はなくならない。戻ったりしない。あなたはまた前に進むのです!』

梨子「……前に、進む」


SILENT『……』

SILENT『これから何かを選ぶとき、あなたはほんのちょっぴり、強くなれます。カードを封印するときのように』

SILENT『あなたは自分に、ほんのちょっぴり自信がつきます。多くの人を救った経験が、そうさせるのです』

梨子「覚えてなくても?」

SILENT『覚えてなくても』

梨子「一人ぼっちになっても?」

SILENT『あなたは一人ではありません。……これを言うのは、2度目ですね』


SILENT『思い出して。あなたの大切な人を。大切な仲間たちを』


梨子「……よっちゃんは、炎の壁の向こうから、助けてくれた」

SILENT『そうです。さくらうちの壁なんて、すぐに跳び越えてくれる仲間が8人もいるのです』


SILENT『記憶がなくなったとしても、彼女たちは変わりません。いえ、あなたと同じく前に進むのです』

SILENT『また出会える。また言葉を交わせる。また声を聞ける。また、壁を跳び越えてきてくれる』



SILENT『さくらうち、あなたは、仲間を信じてもよいのですよ』



梨子「壁を越えてくれる、仲間……。ここにも、来てくれるのかな。私、みんな声が聞けないの、怖くて」

SILENT『ええ、あなたは既に受け取っていますよ。音がなくとも、聞こえる声を……』


梨子「え……」バッ



  堕天使†ヨハネ『私たち、リリーのこと信じてる。だから――』

  
  堕天使†ヨハネ『リリーも私のこと、私たちのこと、信じてほしい』





梨子「よっちゃん……みんな……」ポロ

梨子「私、私……っ」


SILENT『……さくらうち。それでは』ポウ……

梨子「……お別れ、なんだね」


SILENT『私たちは、すべてが終わればこの世界を去らねばなりません』

梨子「……」


SILENT『さくらうち、あなたは私なしでも、やっていけます。生きていけます』スウッ……

梨子「……うん、自信、持ってみる」


SILENT『ああ、それと、あなたから頂いたスプレー、気に入っていたのですよ』クスクス

梨子「そっか……ふふっ、よかった」



梨子「ありがとう。私の大事な大事な、壁さんたち……。ううん、『SILENT』」





梨子「私、戻らなきゃ」



パアアアアアアア




  ☆   ☆   ☆



梨子「う、うぅん……?」

千歌「梨子ちゃん! だ、大丈夫なの!?」

梨子「みんな……ごめん」グッ


花丸『まだ立ち上がるの?』


梨子「……花丸ちゃん」


スタスタ


花丸『……!』

花丸『近づいてきて、どうするつも――』

梨子「……」スッ

うちっちー「通りすぎた……?」

花丸『何をするつもり?』クルッ


梨子「歌を、うたおうよ」


花丸『は……?』

梨子「好きなんだよね?」

梨子「大丈夫。伴奏は、私がしてあげる」

うちっちー「……さくらうち、君は、ピアノが」


梨子「……大丈夫」ストン


梨子(こうやって、ピアノの前に座るのはいつぶりだろう)


ドクン……ドクン……


梨子(胸が苦しい……。当たり前だよね。ずっとやってなかったんだもん)


梨子「でも、私にはみんながいる。カードがある」



スッ


ポーーーン………



梨子「音が……」

梨子「私の手から、音が聞こえる」

花丸『……』


梨子「どうしたの、歌わないの? それとも怖い?」

梨子「自分の願いに気づいてしまうのが怖い? 花丸ちゃんの想いに気づくのが怖い?」

花丸『誰が……っ!』


花丸『~~♪』


梨子「ふふっ」


ポン、ポロン……


梨子(指が重い……。音が薄い……! それでも!)



善子「……」

千歌「梨子ちゃんのピアノ、初めて聞いた……」


花丸『~~~♪』


梨子「もっと歌って! 聞かせて!」



―――SILENT『あなたは確かに、壁の向こうの世界に耳を傾けていた。世界の音を聞いていた』



ポロポロ、ポロロン……



梨子「私の世界には、音が溢れてる!」


梨子「この内浦には、素敵な音色が流れてる!」


梨子「もっと聞いていたい! もっと心に刻みこみたい!」



梨子「ねえ花丸ちゃん、歌、好きなんだよね」

梨子「だからね、あなたの歌を聞かせてほしい」


梨子「花丸ちゃんの声で、届けてほしい」


花丸『……!」

善子(一瞬、私の声じゃなくなった! 声が揺れた……!)


梨子「歌は、音楽は、自分の心を届けるものだから」


梨子「周りがどうとかじゃない、自信がないとかじゃない、自分の声で、自分の音で届けないといけないものだからっ!」


花丸『……』



梨子「ううん、花丸ちゃんだけじゃない。『VOICE』……あなたも」


花丸『……!?』

梨子「私は、あなたの声が聞きたい。 あなたのことだって、忘れたくない!」


花丸『――ッ』ガタガタ

ルビィ「『VOICE』が迷ってる……?」


梨子「よっちゃんから奪った声じゃない、あなた自身の声を、あなた自身の歌を……っ」


梨子(期待とか巧さじゃない、私の心で、私の全部で届けるんだ、受け取るんだ……!)






梨子「あなたの音色を、私は、心に焼きつけたいっ!!」



花丸『……』ツー



パアアアアアアア



うちっちー「『VOICE』が剥がれた……。さくらうち、君はどれだけ……」



VOICE『……』ゼエゼエ


梨子「『VOICE』……封印、するね」スッ


VOICE『……ドウシテ』

梨子「やっと聞けた、あなたの声……」ニコ

VOICE『……』


VOICE『……フッ』




梨子『汝の在るべき姿に戻れ!』


梨子『クロウカーーーーード!!』



シュルシュルシュル



シュウウウウン……


カード『』フワッ


梨子「これで終わり、だね……」パシ




善子「……リリーっ!」ダキ

梨子「よっちゃん、声がっ!」


善子「お別れ、なの?」ウル

梨子「……!」ハッ


梨子(みんなが私を見てる……。みんなが私を信じてくれる。きっとまた会える)


梨子「私も、私も信じてる。きっと、思い出せる」

善子「うん……っ……うん……っ」ポロポロ


梨子「……でもね」クル

梨子「……」

うちっちー「さくらうち……?」




梨子「ねえ、みんなにお願いがあるの。私のとびっきりの、一生のお願い」






  ☆   ☆   ☆



サアアアア……



うちっちー「……」


うちっちー「夕焼け、か……。そろそろかな」

うちっちー「内浦は綺麗だなあ。学校の屋上からだって、いい眺めじゃないか」


うちっちー「……」

うちっちー「傷つけるだけ傷つけて、苦しめて、それからお別れか。ボクは何をやってきたんだろうね、まったく」



キイ……


梨子「お待たせ、うちっちー」

うちっちー「さくらうち、屋上で用があるって、何だい? それに、その衣装は……」

梨子「鞠莉さんがね、理事長室にとっておきのがおいてあるから、着なさいって」クスクス

うちっちー「……やっぱり君には衣装が似合うよ」

梨子「そうかな。少し派手すぎると思うけど。モチーフはコンビニ……だとかなんとか」

うちっちー「わけがわからないよ」

梨子「うん、本当に」


うちっちー「さっきまでは何をしていたんだい? みんなに『お願い』とやらをしていたみたいだけど」

梨子「それは秘密」

うちっちー「乙女の秘密か、解き明かしたくてたまらないなあ」

梨子「もう、すぐそういうこと言う……」

うちっちー「不純だからね」

梨子「……」



梨子「夕日、綺麗だね……」

うちっちー「ああ」

梨子「ねえ、最初によっちゃんとうちっちーと一緒に飛んだ日のこと、覚えてる?」

うちっちー「忘れるわけないさ。君と出会った日だからね」

梨子「あの日も、綺麗だった。私は、杖で空を飛びながら、内浦の夜景に見惚れてた」

うちっちー「……ああ、そうだった」


梨子「あのね、うちっちー。私、怒ってるの」

うちっちー「……」

うちっちー「わかっているさ。騙すような真似をした。余計なことを言った。他にも――」

梨子「違うよ」

うちっちー「え?」



梨子「私は、うちっちーが自分のことを不純だって、いてはいけないんだって言ったことに、怒ってるの」

うちっちー「よく、わからないよ」


梨子「私ね、楽しかった……。何もわからないままカードキャプターになったけど、今まで楽しかった」

梨子「みんなと出会って、カードで空を飛んで、誰かを助けて、笑って、泣いて……恋までして」

梨子「うちっちーと話すのだって、ふざけたことを言い合うのだって、楽しかった」


うちっちー「さくらうち……」


梨子「『SILENT』が言ってくれたんだ。今までの世界の音は、私の心に刻まれているんだって」

梨子「うちっちーだってそうだよ。カードだってそうだよ。みんなの声を、私は聞いてきたんだよ」

うちっちー「……」



梨子「不純なんかじゃないよ……。消えていいものじゃないよ……っ!」」


梨子「そんな寂しいこと言わないでよ! どうせ消えるだなんて言わないでよ!!」



梨子「私だって、うちっちーも、『SILENT』も、カードも、大好きだもんっ!!」



うちっちー「ああ、あぁ……っ」ポロ


うちっちー「それだけ聞ければ、十分さ。それだけ、言ってもらえば、未練なんてないさ……」ポロポロ



キイイイ……


ザッザッザ


善子「ちょっとリリー、大好きって言うなんて聞いてないんだけど」

梨子「もう、そういう意味じゃないったら」


うちっちー「善子……?」


鞠莉「んー、やっぱりniceな衣装ね!」

ダイヤ「まったく、あんなものを理事長室に保管していたのですか?」

果南「これだから金持ちは……」ハア

ルビィ「花丸ちゃん、歩ける?」

花丸「う、うん、面目ないずら」ウツムキ

千歌「もう、誰も気にしてないよ」

曜「そうそう、それより、集中しなきゃ」


うちっちー「君たちまで、揃って―――いや、それは……その光は……っ!!」


ポウ……



うちっちー「なぜ、なぜ君たちは、また『同化』しているんだい……!?」



梨子「私は、集中しないといけないから、8枚はみんなに託したんだ」

梨子「カードとみんなが協力してくれるの」

梨子「私を、助けてくれる」

うちっちー「さくらうち、君は何をしようと――」


梨子「私はみんなを信じてる。みんなとなら、また出会える」

梨子「でもね、だからこそ……みんなとなら、もっと飛べる。もっとやれる」

うちっちー「もっと……?」


梨子「ねえ、うちっちー。クロウカードが、9枚帰ればいいんだよね?」

うちっちー「ああ、『さくら』の世界に、9枚とも帰らないといけないんだ」



梨子「だったら、みんな」


「「「うん!」」」


梨子「ありったけの魔力を込めて―――」



「「「想いを束ねて―――」」」



「「「レリーーーーーズ!!」」」



梨子『翼よ! 皆を乗せる勇気となれ!』

善子「ええ、リリー。私が傍にいるわ。手を繋いであげる―――『FLY』!!」ギュ


梨子『鏡よ! カードを映し、像を成せ!』

千歌「梨子ちゃんには、本当に感謝してるんだよ―――『MIRROR』!!」ギュ


梨子『力よ! 偽りの像に実体を与えよ!』

ルビィ「頼りないルビィでも、恩返しがしたいんです―――『POWER』!!」ギュ


うちっちー「クロウカードを、複製しているのか……! 信じられない……!」



梨子『水よ、火よ! 海と太陽の輝きを、魔力に変えて!』

果南「内浦のことなら私たちに任せてよ―――『WATERY』!!」ギュ

曜「そうそう! 梨子ちゃんを連れて行きたいところだって、たくさんあるんだから―――『FIREY』!!」ギュ


梨子『時よ、声よ! 私たちの思い出を、言葉を、カードに込めて!』

ダイヤ「梨子さんの頑張り、わたくしは見てまいりました―――『TIME』!!」ギュ

花丸「マルの、ううん、オラの声でよかったら、いくらでも―――『VOICE』!!」ギュ


鞠莉「Wait Wait! 『SWEET』も使ってあげて!」

梨子「ふふ、忘れてませんよ。鞠莉さんの素敵な呪文を、はいどうぞ」


鞠莉「じゃあ……ハッピーエンドがいいなんて、甘ーい甘ーい願いを込めて―――『SWEET』!!」ギュ



梨子「最後に……」


梨子『静寂よ! 壁よ! 2つのクロウカードのつながりを断ち切れ!―――『SILENT』!!』



キラキラキラキラキラキラ…………



うちっちー「片方のクロウカードが、元の世界に返っていく……」

うちっちー「でも、複製されたカードも、クロウカードである限り、そのうち消えてしまう!」


梨子「ううん、大丈夫」

梨子「もうひと踏ん張り、そこで見ててね」


梨子「残ったカードは、生まれたてのカード」

梨子「私たちの想いが詰まった、私たちだけのカード」


スウッ……


梨子(不純なんかじゃない! 消える運命なんかじゃない!)


梨子(うちっちーだって、カードだって、全部全部、私の心なんだ!)


梨子(消したりなんかしない、だって、これは、私のものだから、私が聞いてきた音だから―――)




梨子『クロウの創りしカードよ、古き姿を捨て生まれ変われ!』



梨子『新たな主は、その名は、私の、名前は―――』



善子「やっちゃえリリーーー!」



「「「叫べ青春!!」」」




梨子『さ く ら う ち !!』



パアアアアアアアア




うちっちー(ああ、そうか……。『さくら』の代わりなんかじゃなかったんだ)

うちっちー(とっくになっていたんだ。最初からそうだったんだ。彼女は、カードキャプターさくらうちだ―――)





  ♪   ♪   ♪



梨子(あれ……? ここは、どこだろう。真っ暗で、でも光もあって……宇宙みたい)


梨子(不思議と、怖くない。誰かいるのかな……)


さくら『こんにちは!』

梨子「え、えっと、あなたは……?」

さくら『わたし、木之本さくら!』

梨子「さくらって……カードキャプターの!」

さくら『実はわたしは、すこーし未来の『さくら』なんだけどね』エヘヘ

梨子「未来の……。なんだか、神様みたい」

さくら『さくら神様じゃないもん』

梨子「ご、ごめんなさい」


さくら『あなたの魔法、見てたよ』

さくら『とっても優しい力……。わたしの魔法は星の力だけど、あなたは音』

さくら『ケロちゃんが見たら何ていうかな?』

梨子「ケロちゃん?」

さくら『何でもない何でもない!』


梨子「ねえ、さくら……ちゃん? 私、よかったのかな、勝手なことして」

さくら『……不安に思わなくても、いいんだよ』


さくら『わたしのとっておき、教えてあげる! どんな時でも助けてくれる、魔法の言葉なの』



さくら『それはね―――』





  ♪   ♪   ♪




ゴソゴソ


シュルシュル


クルッ


梨子「うーん、これで大丈夫かなあ」

うちっちー「大丈夫だって。善子なら何を着ていっても喜ぶさ」

梨子「そうかな……ってもうこんな時間!」

うちっちー「ボクを連れて行ってはくれないのかい?」

梨子「もう、今日は2人で空を飛ぶって約束なの。うちっちーはお留守番」

うちっちー「大好きって言ってくれたのに……」オヨヨ

梨子「だからそういう意味じゃないってば!」


梨子の部屋の壁『気を付けるのですよ、さくらうち』

梨子「ありがとう、『SILENT』」

梨子「あ、またスプレー買ってきてあげるね」クイ

梨子の部屋の壁『て、照れてしまいます……。しかし、またそういうことを言ってしまっては……』


ガタガタ

ボウッ


うちっちー「ああ、また『FIREY』が妬いてるよ」

梨子「別に贔屓してるわけじゃないのに……」


梨子「とにかく、行ってきます!」

うちっちー「行ってらっしゃい、さくらうち」



ヒュオオオオオ


バサッバサッ



善子「やっぱり風が気持ちいいわねー!」

梨子「そうだね! 景色も綺麗だし……」


善子「そういえばリリー。今度のステージだけど」

梨子「ああ、千歌ちゃんが勢いで申し込んだやつ……」

善子「大丈夫かしら。私たち、練習足りてないし。うまく踊れないかも」


梨子「スクールアイドルかあ。うちっちーも急に変な提案するんだから」ハア

善子「『魔力は人を惹きつける』だっけ?」

梨子「うん、そうみたい。『同化』を経験したから、よっちゃんたちも魔力が増えてるし、アイドルとか向いてるんじゃないかって」


梨子「適当なこと言って、絶対みんなの衣装姿を見たいだけだよ、うちっちーは」ムス

善子「仲良さそうで何よりね」フフ


梨子「それで、緊張してるの?」

善子「うっ……! ちょっとだけよ、ちょっとだけ!」

梨子「はいはい」ギュ

善子「……ありがと///」


梨子「ね、よっちゃん。魔法の言葉、教えてあげる」

善子「魔法の言葉?」

梨子「うん。耳貸して」スッ

善子「ちょ、近―――」


梨子(カードのことだって、学校だって、スクールアイドルだって、よっちゃんとのことだって―――)




  『何とかなるよ。絶対、大丈夫だよ』






最終話「魔法の言葉は内浦の空に」終



  ♪   ♪   ♪






梨子「カードキャプター」善子「さくらうち?」 完

雨「壁にでも話してろよ」

終わりです。したらばで連載していたものでした。
お目汚し失礼しました。

したらばの方もこちらでも乙でした!
素晴らしいSSをありがとうございます。

無断転載かな?

こちらも書いた者が投稿しております。紛らわしくてすみません。

面白かった
ほかにもあったら教えて欲しい


面白かった!

そいや記憶が消えるのも元からのネタなんだな

乙ー

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