【モバマス】カワイイボクらは斃れない【アニデレ】 (44)

「デビューする前にユニットが解散してしまった……フヒ。」

 彼女は消え入りそうな声でそう告げると乾いた笑い声を上げた。



 このSSはテレビアニメ『アイドルマスターシンデレラガールズ』を元にした2次創作です。

アニメ本編と設定やキャラクターが著しく異なる場合がありますので。その辺を留意した上で御清覧下さい。

またこのSSでの『シンデレラガールズ』は、

小日向美穂、佐久間まゆ、輿水幸子、川島瑞樹、高垣楓、白坂小梅、十時愛梨、城ヶ崎美嘉、日野茜

を指します。アプリ『アイドルマスターシンデレラガールズ』の総選挙の結果とは関係ありません。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1503590643

 このまるで世界の終焉を知ってしまったかのような絶望感にうちひしがれている少女、『星輝子』は346プロダクションのアイドル部門所属のタレントであり、彼女と頰がくっつくほど密着しているふたりの少女『輿水幸子』、『白坂小梅』と同期である。

 輝子はこのプロダクションのアイドル部門の設立当初から所属している古参で、一時期は今共に事務机の下に収まっているふたりともユニットを組んで活動していたこともあった。

 しかし、輝子はトークが致命的に苦手であり、同じくトークが苦手な小梅が、演技力の面で開花したのに対して、彼女に回される仕事の数は日に日に減っていった。

 そして、アイドル部門の顔役とも言えるユニット『シンデレラガールズ』に、幸子と小梅が起用されるなかで、自分に声がかからなかったことを輝子はずっと気にしていた。

 それでも輝子は、中学生のものとは思えない力強い歌声で多くの人々を魅了して、メディアの露出は少ないものの、このアイドル部門で確固たる自分の立場を築き上げた。

 もともと一芸特化のアイドルが多いこのアイドル部門だが、バラエティー主体のこの部門で、歌唱力だけでのし上がった輝子を幸子は尊敬し、彼女と友人であることを誇りに思っていた。

 自分の持てる武器ひとつで、テレビ出演こそ正義と言わんばかりのこの世界を渡り歩く輝子の姿が、幸子にはカッコいいと思えた。

 そんな彼女にひとつの転機が訪れた。

 長らく海外出張で不在だった美城常務がアイドル部門の統括役として日本に戻って来たのだ。

 常務は海外での活動の影響からか、バラエティー主体のこの部門をアーティスト寄りに舵切りすると発表した。

 輝子にはこれは好機であった。もともとアーティスト寄りの活動をしていた彼女は、見栄えや会話の面白さ、奇抜さに重きを置くアイドル部門では、機会に恵まれているとは言えなかった。最も、346プロダクションにはアーティスト部門が別にあるため、仕事の内容を被らせない為には仕方がないことではあるのだが。

 年齢的にアーティスト部門には適さないとされた輝子は、自分がいられるアイドル部門の方向転換によって、メディア露出の機会を得られ、さらには常務直轄によるプロジェクトのメンバーに抜擢されたのだ。

 その時の彼女はとても嬉しそうで、みずからのキャラクターを忘れたかのように自信に溢れた力強い口調で幸子と白坂小梅にこのことを報告していた。

 今の輝子は、まるで報告に来たときの様子が見間違いであったのかと思うほど、おどおどして自信なさげな元の輝子に戻っていた。

「いったい、なにがあったんです?」

 幸子がうつむいて不気味な笑い声を上げる彼女に尋ねた。

 幸子は輝子が常務のプロジェクトに選ばれたことをまるで自分のことのように喜んでいた。

 類い稀なる歌唱力を持ち、なにより自分のポジションを脅かしかねない程にカワイイ彼女がようやく評価され、表舞台で立つことを嬉しく思った。

 尊敬する親友が強力なライバルとして立ちはだかるのを楽しみにしていた。

 幸子にとってもプロジェクトの頓挫はとてもショックだった。

「このプロジェクト……常務のワンマンプロジェクトだったんだ……。それに夏樹さんと涼さんが納得できなかったみたいで……。まさか1回も歌わずに音楽性の違いで解散するなんてな……フヒヒヒヒ……。」

 幸子は以前、高垣楓が常務の誘いを断ったという噂を聞いたのを思い出した。

 常務は強引なタイプのようで、すべてを自分の思い通りにしたがる人物であるらしく、彼女に反発するアイドルも少なくないと聞いていた。

 幸子にはそれがよく理解できなかった。タレントのプロデュースに関わる人間なんて、多かれ少なかれ自分の夢を抱えてるものだ。その夢を肩代わりして叶えるのがタレントの仕事であると彼女は考えていた。そんな彼女にとって、美城常務のやり方はむしろスムーズに仕事ができそうだとも思っていた。

 しかも、相手は常務である。ここの社長の代理人、このプロダクションのほぼ全てをそれなりに自由に使える人物だ。

 自分がやりたい事があるなら勝手にやればいい、でもそれは今やらなければいけないことか?どんな夢でも叶える為には人脈が必要になる。それを今確保しておこうとなぜ思わない?

 ボクたちは出演者のプロフェッショナルだ、演出家でも脚本家でもない。

「輝子さんは常務のやり方をどう思いますか?」

 幸子は輝子に尋ねる。彼女もまた常務のやり方に反発する側なら、幸子にできることは何もない。だがそうでないのなら……。

「……常務のやり方は強引だと思う……。でも……、私は一人じゃ何もできないからな……。自分で何でもできる人なら……自分のやりたいようにすればいい……。」

 輝子は声をふるわせて言葉を絞り出す。

「私はこのチャンスを手放したくない……。私はアイドルなんだ……。トークもダンスもして……大きな舞台に立って……。私には歌しかないなんて言って逃げちゃ駄目なんだ……。」

 抱えた膝に涙をこぼしながら、しかし、しっかりと言葉を紡ぐ。

「……私はアイドルになりたい。幸子ちゃんや小梅ちゃんと横に並んで『私はアイドルだ』って言いたい。もうぼっちはいやだ。」

 それを聴いた幸子はポケットから携帯電話を取り出し、電話帳から自分のプロデューサーの名前を呼び出して電話をかけた。

「……もしもし?はい、……ええ、先ほど輝子さんからよい情報を聞きまして、今度立ち上がるプロジェクトの欠員がふたり出たそうです。……はい、常務が進めていたやつです。……大丈夫ですよ、ボクが直接掛け合ってきます。心配いりませんよ。あと小梅さんのプロデューサーさんにも連絡しておいて下さい。……黒ぴにゃの人は前のプロデューサーさんでしょ?今は喪●福造みたいな人です。……はい、よろしくお願いしますね。」

 そう言って幸子は通話を切り、机の下から抜け出すと輝子に手を伸ばした。

「何をしてるんですか?ほら早く行きますよ。」

「え……?どこに……?」

 状況がつかめない輝子は小梅に背中を押されて机の下から追い出された。

「えへへ……また一緒に……歌えるね……。」

 どうやら理解できていないのは私だけみたいだな。

 そう思いながら輝子は幸子と小梅にされるがままに部屋から運び出された。

「つまり、木村夏樹と松永涼の変わりに自分たちを起用して欲しいと?」

 机の脇に寄せて置いてあるノートパソコンのキーボードを叩きながら、美城常務は机を挟んで立っている幸子を見る。パソコンのモニターには社内ネットワークの輿水幸子と白坂小梅のプロフィールのページが呼び出された。

「はい、突然のメンバー不足でお困りだと思ったのでボクたちがお力になれればと。」

 対する幸子は、笑顔でそう告げた。

「松永涼が離脱を告げたのは30分前のことだ。君達のプロデューサーはこのことを知っているのかね?」

「先ほど電話で確認を取りました。全てボクに任せてもらえるとのことです。プロデューサーさんは今営業で外に出ているもので。」

「後から時間を取ろうとは思わなかったのか?」

 常務がキーボードから手を放し、幸子に向き直る。言葉は自分たちの非常識さをとがめるような内容だったが、声色や表情に不機嫌な様子はない。

 しめた、そう幸子は思った。

「今日は新プロジェクトの為に2時間ほど用意していらしたそうなので、今ならお話するお時間があるかと。それに時間を開けて他の人に取られてしまっては元も子もありませんからね。」

 輿水幸子は自分たちが新プロジェクトの仕事を欲しがってることをアピールしながらさらにつづける。

「ボク、輿水幸子と白坂小梅はこのアイドル部門の顔でもある『シンデレラガールズ』の一員です。常務が考える新しいアイドル部門の構想から見ても、ネームバリューとしては十分だとおもいますよ?高垣楓と比べましてもね。」

 常務の右の眉が少し動いたが、幸子は気にしない。

「急な革新で常務に不信感を持つアイドルも多いです。デビューを白紙に戻された方もいますしね。そんな中からか新しいメンバーを探すのは時間がかかるんじゃありませんか?運良く見つかっても仕事の内容を聞けばまた夏樹さんや涼さんのように離れてしまうかもしれない。」

 幸子は机に両手をつき常務に迫る。

「スケジュールの遅れは会社の不利益に直結します。如何でしょう?新しくお眼鏡にかなうアイドルを探すよりも、仕事内容を理解した上で積極的に売り込みに来る実力も経験も十分なアイドルを今起用してしまった方が、スケジュールの遅れも最小限で済むんじゃありませんか?」

 常務はアゴに手を当て突然自分に飛び込み営業を仕掛けてきた3人をしばらく眺めたあと、椅子から立ち上がった。

「いいだろう。しかし起用するかは実力をみてからだ。」

 常務は立ち上がり、執務室の扉を開けてこちらに振り返る。

「付いて来たまえ、スケジュールの空きはもう1時間ほどしかない。」

 幸子は確信した。この仕事は捕ったと。

「この楽曲を明日までに覚えてもらいたい。」

 常務はレッスンルームで幸子達に仮歌の入ったMPプレーヤーと歌詞カード、簡単な手書きの振り付け表を手渡した。

 もちろん常務もこれだけの資料で完璧な演技を期待してなどいない。ただ、仕上がりぐあいで幸子と小梅の実力を図るつもりだった。
 スケジュールに余裕はない、短期間で演技を修得できる実力がなければすぐに他のアイドルを探さなければならないのだ。

 だが、ふたりの言葉に、常務は耳を疑う。

「ボクはもう大丈夫ですよ。だいたいわかりました。」

 仮歌を聞き、振り付け表を眺めてた幸子が唐突に口を開いた。

「私も……1回通したらできるかな。」

 続けて口にした小梅の言葉を聞いて、常務は少し困惑した。

 アーティストの中には振り付け師が踊るのを一度見ただけでダンスを完成させ、楽譜と歌詞を見ただけでほぼ完璧に用意された楽曲を歌い上げる者は少なくない。

 厳しいスケジュールをこなす世界的なアーティストであれば必須の技能ともいえる。

 しかし、10台前半の彼女たちにそんな芸当ができるというのか?

「フヒヒヒ……やっぱりすごいな、私はまだダンスには自信ない。」

「この曲は輝子さんの声量が要となりますからね。ダンスよりも歌に集中した方がいいかもしれません。」

「1回みんなでやってみよ?……とりあえずわかんないとこ探らなきゃ……。」

「そういうわけで、1度みて貰えませんか?常務の中には完成型がすでにあるんですよね?」

 少しわざとらしい3人の会話を聞いて常務は気がついた。私が彼女たちがダメだった場合の段取りを考えているのに、彼女たち、いや、この輿水幸子はすでにこの仕事を手にした気でいる。

 常務は先ほどのやりとりの時点であふれ出していた幸子の自信を面白いと思い始めていた。

「いいだろう。そこまで言うのなら、君たちの有能さを思う存分アピールするといい。」

 常務がレッスンルームのオーディオにプレーヤーをつなぐと、すかさず幸子達が初期位置に移動する。

 打ち合わせもなしに大したものだ、そう思いながら常務はプレーヤーに入っていたオケを再生した。

 MIDI打ち込みの味気ないデジタル音がレッスンルームに響き出す。

 彼女達の演技は、ほんの数分前に初めてこの曲を聴いたとは思えないほどの、音源さえ完成すれば十分ステージで披露できると思えるレベルの完成度だった。

 強いて苦言を呈するとすれば、幸子→小梅→輝子の準に若干の遅れがあったものの、それも曲が2番に入る頃には完全に揃っていた。

Lunatic Show(仮題)
輿水幸子、白坂小梅、星輝子

「…………有能過ぎるのも困りものだな、スケジュールを大幅に変更する必要がありそうだ。」

 常務はそう言ってレッスンルームを後にする。

「君たちには期待している。これからもよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 幸子は深く頭を下げて常務を見送った。

「幸子ちゃん…………まるでプロデューサーさんみたいだった。」

「普段から営業まわりについて行って勉強してますからね!それよりも、常務に対してボク達の実力をアピールできたことの方が決め手だったとおもいますよ。」

 手を腰に当て胸を張りながら答えた幸子の表情はひどく疲弊しているように見えた。
 そんな会話をするふたりに輝子が抱きつく。

「ありがとう…………私だけじゃきっとなにもできなかった…………本当にありがとう。」

「なかないでくださいよ、もともとあなたが実力で手にした仕事じゃないですか。それにボク達としても常務に名前を覚えてもらえたのは大きいですからね。」

「これから…………3人で頑張ろ?」

 こうして美城常務による輿水幸子、白坂小梅、星輝子の3人のプロジェクトが始まった…………はずだった。

今日はここまで

黒井「私の方が君たちをさらに輝かせるのだがなぁ、七光りには断頭台の方がお似合いだ」

黒白「ジャッジメントですのロリコン社長は刑務所生きですの」

ブルーコスモス「青き清浄なる世界のために!!」拳銃発砲、

アズラエル「我社には最小限の損害で、競合他社には多額の損害を与える。これビジネスの常識ですよ!」
アズラエル「これを理解できないものは青き清浄なる世界(地球)に存在する価値がありませんよ」

気のきいた感想の一つでも書ければいいんだろうけど、こういう時に自分の語彙力の無さが怨めしいね
とにかく面白そうだから期待してます

うむ

可愛い幸子は有能…将来アイドルから幹部になってそう
幸子、小梅、輝子、涼+αでルナショ歌っても違和感ないとか

 常務は悩んでいた。ノートのモニターには輿水幸子のプロフィール、入社からの経歴、さまざまなサイトの輿水幸子の記事が表示されていた。

 常務は以前から輿水幸子をチェックしていた、ただし排除すべき悪害としてだ。幸子に纏わり付くイメージは346プロダクション全体にダメージを与えかねないと常務は考えていた。

 齢14で346プロダクションのバラエティの女王とまで呼ばれる輿水幸子の経歴は、ジュニアタレントの経歴とは思えないほど過激なものだった。

 児童に仕事をさせる場合、厳重な安全体制が整えられていなければならない。

 体調に大きく影響するような劇物を食べさせることは出来ないし、スリルに対するリアクションを求める場合も遊園地の絶叫マシンか完全な安全管理が成された観光地のバンジージャンプが限界だろう。

 そして、危険を伴う仕事はプロデューサーがきちんと弾かなければならない。保護者から大切な子供を預かってるのだから当然だ。

 ところが、この幸子が今までこなしてきた仕事は本当に安全管理がなされていたのかが疑わしい程危険なものが多々含まれてた。

 彼女の代名詞にもなったライブ会場への単独スカイダイビングなど、もはやプロのスタントマンにやれせるよな仕事だ。

 とてもじゃないが、スカイダイビング自体未経験の児童に、タンデムマンも付けずにやらせることではない。

 これは殺人未遂だ。

 そんな仕事を幸子は幾度となくこなしてきた。

『不死身のアイドル』

 それが世間から幸子に与えられた称号だった。

 こんな危険行為を繰り返すアイドルに肯定的な意見ばかり付くわけがない。

『まるでサーカスのライオンだ』『346はタレントにこんなに危ないことをさせるのか?』『いずれ346は死亡事故を起こす』

 本来、タレントを守るべき芸能プロダクションが、タレントに危険を強要する。本来あってはならないことだ。

 輿水幸子の根底を形作る数々の経歴が、346プロダクションの評価を貶めかねない。

 常務はそれを危惧し、今後輿水幸子への仕事を絞り、いずれ自然とプロダクションから去るように仕向けるつもりだった。

 ところが、今日始めて会って、それは不可能だと常務は悟った。

 堂々とした立ち振る舞いと、積極的な売り込み、高いレベルの実力、そしてもはや魔術とも思えるような魅力。

 常務が幸子に抱いた印象は『魔法使い』だった。幸子と共に仕事をすれば必ず成功する。私はガラスの靴を得た。そう錯覚させるほど幸子は魅力的だった。

 こんなアイドルを干すことなんてできない、きっとどんなに仕事を絞ろうと彼女を必要とする者がいくらでも現れる。そもそも私が彼女を手放したくないのだ。

 幸子を排除しようと考えたはずの常務は思わず幸子を自分のプロジェクトに引き込んでしまった。

 346プロダクションのイメージを守る為には早急に幸子やその周囲を排除すべきだ。しかし、向こうから来てくれた最強の手駒、幸子が居れば私のプロジェクトは確実に成功する。

「…………どうするべきか。」

 日が沈み、暗くなり始めた空に一つだけやけに目立つ星が光っていた。

今日はここまで

てるこ~

かわいい幸子がかわいいだけじゃなくて草

でもなんだかんだで、いつも生きてアイドルやっている幸子はすごいんだけどね(まぁ、あの二人との付き合いもあるし)

「昨日の今日ですまないが、君にこのプロジェクトを外れてもらいたい。」

 翌日、出社早々に呼び出された幸子は、常務にそう告げられた。

「そうですか、やはりボクではイメージが合わなかったんですね。」

 それに対して幸子は食い下がることも無く、まるで予想通りといった態度で返事をした。

 そもそも幸子は今回のプロジェクトに自分が参加できるとは思っていなかった。

 常務が声をかけた高垣楓、このプロジェクトに最初に起用された木村夏樹、松永涼と自分のイメージが大きくかけ離れていたことを幸子は理解していた。

 そして、彼女達から反感を買うほどこだわりの強い彼女が、起用するアイドルで妥協するとは思っていなかった。

 もちろん、輝子のチャンスをなんとかしたいという想いはあった。そのために一緒にいた小梅を巻き込んだのだ。彼女であれば常務の求めるアイドル像と大きな差異はないと踏んでいた。

 実際に呼び出されたのが自分だけであることから、小梅はこのまま起用されるのだろう。とりあえずはプロジェクトの存続は決まったようだ。

 だが、これは幸子の主目的ではない。幸子の今回の一番の目的は、常務に自分の存在を印象付けることだった。

 うまく、常務に自分をアピールできれば、今後の大きな仕事につながるかもしれないと考えて幸子は動いていた。

 結果として、幸子は自分の積極性や向上心だけで無くアイドルとしての実力までアピールでき、常務に今回のプロジェクトへの採用まで検討させられた。これは勝利と言えるだろう。

 また、幸子は自分が輝子のチャンスに便乗したという構図を望んでいた。幸子にとって、輝子は大事な友人であるが、同時に対等なライバルでありたいとも考えていた。

 輝子のおかげで自分がチャンスを掴めたとなれば、自己評価が過小気味な彼女の自信になると思っていた。

 輝子や小梅と共にステージに立つ機会が失われたのは残念だったが、幸子の目的はほぼ達成できたと言える。

 これ以上を望むのは常務の印象を損ないかねない。

 幸子は次に与えられるであろう機会の為に今回は引き下がることにした。

 幸子は常務にとって、自分が無視できない存在になったと確信を得た。それだけで十分だった。

「……君のイメージは我が社に重大なダメージを与えかねない。」

「……は?」

 そのため、次に常務の口から放たれた言葉に、幸子は動揺を隠せなかった。

「君は世間から自分がなんと呼ばれているかしっているかね?」

「そ、そりゃもう、世界一カワイイアイドルとか超絶カワイイ幸子ちゃんとか……」

「不死身のアイドル、346のおもちゃ、スタント売女、私が見たところ、そういったあだ名が多かった。」

 もちろんこれがすべてではない事を常務は知っている。しかし、悪評は好評より声が大きいのも事実なのだ。

「世間は我々が君を見世物小屋の獣として扱ってる。もしくは、君が自分の生命を売り物にして仕事を稼いでると思っているようだ。」

「ボ、ボクはそんな事!」

「解っている。君の実力は本物だ。私が胸を張って保障しよう。」

 これは常務の本心だ。アイドルとしての実力はもちろん、人を巻き込む力や相手の利益を基準に会話のできるビジネス力は、プロデューサーとしても大成できるだろう。

「……常務にはボクがそう見えたのですね。」

「だが、タレントにとって世間のイメージは絶対だ。根も葉もない噂なら耳を傾ける価値などない。しかし、危険なスタントや体を張ったバラエティーの仕事は君の人気に少なからず影響している。」

「それはボクがカンペキに仕事をこなしているからです。」

 幸子の言葉はいつしか動揺は薄れ、とても落ち着いた、しかしひどく冷たいものになっていた。

「仕事そのものの質を話してる。君のスタンスは仕事を選ばないことのようだが、仕事を選ばなければ自分の経歴に大きな傷をつけることになる。もっとも、これは君ではなく君のプロデューサーにいうべき

 常務の台詞は幸子が机を叩いた大きな音でさえぎられた。

「ボクは人前に出して恥ずかしい仕事をした覚えなどありません!どんな仕事も胸を張って自慢が出来るようにカンペキにこなしています!」

「き、君の仕事にケチをつけるつもりは、」

「では、あなたはネットに転がってるくだらない嫉妬や僻みからでた戯言を鵜呑みにしたんですね?楓さんや夏樹さんがあなたの仕事を蹴った理由がよく分かりましたよ!」

 幸子の怒りの前にもはや常務の発言は許されない。

「ボクはてっきりちょっと人気が出たアイドルが勘違いして、わがままが通らなかったから逃げ出したのだと思ってました。プロならば多少自分を押し殺してでも与えられた仕事をカンペキ以上にこなすべきだとおもってましたよ。」

「ですが、あなたをみて解かりましたよ、あなたの言うとおりプロならば仕事を選ぶべきですね。」

「楓さんも夏樹さんも涼さんも正しかった。」

「あなたの仕事を受ければそれこそ経歴に傷がつきますよ!」

 幸子は常務を睨みつけると踵を返して、執務室の出口に向かった。

「…………私はこのプロダクションを任された立場だ、このプロダクションを守る義務がある。」

 常務が呟いた言葉にドアノブに手をかけた幸子が返事をする。

「哀れなものですね、あなたはなぜ常務になったんです?」

 幸子の問いかけに常務は答えられない。

「このプロダクションのほぼすべてを自由に出来る立場に居るのに、その立場にがんじがらめに縛り付けられてあなたは自分の意見も通せない。」

「手段の為に目的を捨てるつもりですか?今のあなたはとても間抜けに見えます。」

 ドアの締まる音がして、執務室に静寂が訪れた。

「………幸子ちゃん…………外しちゃったんですか?」

 新メンバーになって初めてのミーティングで小梅が常務に問いかけた。

「彼女はこのプロジェクトにそぐわない。だから外れてもらった。」

「でも…………私は幸子ちゃんよりすごいアイドル………知りませんよ…………。」

 小梅は常務の考えが理解できなかった。常務はうまくアイドルが集められずに困っていたはずだ。そこに幸子が飛び込んできたのは、常務には天の恵のように思えたはずだと小梅は思っていた。

「構わない、このプロジェクトは君たちふたりで進める。」

 小梅はその言葉を聞いてテーブルから立ち上がった。

「私も…………このプロジェクトから離れます。」

「…………結局は仲良しこよしのオトモダチグループか。」

 常務の暴言に小梅は一切動じない。

「……私は幸子ちゃんのプロデュースで……このプロジェクトに起用されました。…………プロデューサーだけ首を切って、アイドルだけ取り込むなんて虫のいい話…………ないでしょ?」

「ごめんね、輝子ちゃん……。」

 そう言って、小梅は会議室をあとにした。それまで輝子は一切口を開かなかった。

 小梅が去って5分ほど経ったころ、輝子は座っていたパイプ椅子を思い切り蹴り飛ばして立ち上がった。

「君も去るつもりか?」

 小梅が部屋を出てからずっと頭を抱えていた常務がようやく口を開いた。

「……あたりまえだろ?……デビューする前に4人もメンバーに逃げられてる奴と、……どうして仕事が出来るんだ。」

 輝子の声は必死に怒りを押さえているためか、か細く震えていた。

「……君はチャンスを不意にすることになるんだぞ?」

「…………他人と…………仲良しこよしすらできないお前に…………どんなチャンスが用意出来るんだ?」

 輝子はそのまま会議室のドアを蹴り飛ばして出て行った。

 会議室には常務が1人残された。

「…………言うに事欠いて、仲良しこよしのオトモダチグループか…………。そんな台詞が口から出る者に誰が付き従うものか。」

 常務はポケットから内線用のPHSを取り出し、輿水幸子が所属する部署に連絡を取った。

「……常務の美城だ、輿水幸子の担当プロデューサーにつないでほしい。」


 翌日、プロジェクトは担当を幸子の所属する部署に移され、予定通り、星輝子、白坂小梅、そして、輿水幸子の3名をメンバーとして予定通り進められることとなった。

 ただし2回目以降のミーティングの議事録に美城常務の名前が載ることは無かった。

今日はここまで

さちこっょぃ

 プロジェクトの進行は、既に美城常務の手によって、スケジュールからスタッフ、会場の手配まで一切の穴も無く構成されていたため、新たな担当者がやらねばならないことはほとんど無かった。

 変更点といえば、楽曲の提供側が幸子たちを気に入った為に、彼女たちにあわせて歌詞や曲の一部を改変したことぐらいだろうか。それも幸子たちの能力によって、余りに余ったレッスンスケジュールを30分も埋めることはできなかった。

 もはや成功が確約されたプロジェクトである。ユニットのお披露目と新曲の発表を行った最初のイベントは大盛況となった。

 しかし、イベントを終えて撤収の準備をしていた輝子は浮かない顔をしていた。

「どうしましたか?今回のライブは目立ったミスも無く、ボクたちの魅力を最大限表現できたとおもいますよ?」

 幸子が輝子に声をかける。幸子にとっても今回のイベントは満足のいくものだった。これほどトラブルも無くすべてが予定通りに動く仕事は彼女にとって初めてであった。

 イベントというものは大勢の人が数日から数カ月の間、同時に動くことになる。どんなに綿密に組まれた計画でも必ずどこかにほころびが出るものだ。

 ところが、常務の用意したスケジュールは、ある程度の余裕が持たせてあり、いくつかのサブプランも用意されていた。

 そのためスタッフのミスや業者の不備が発生しても、スケジュールに大きな影響を与えることは無かった。

 もったいない。幸子はそう思っていた。

「…………このイベント……ほとんど常務が用意したんだよな…………。」

「ええ、ボクらやプロデューサーが干渉する余地もないほどカンペキに計画が組まれていました。」

「…………それだけ常務はこのプロジェクトを成功させたかったんだよな…………」

「そうでしょうね、でなきゃ自分を外してでもプロジェクトを残そうなんて思わないでしょう。」

 輝子は常務のことが心残りだった。喧嘩別れのようになってしまったが、輝子にとって常務は自分を評価してくれた人である。これが彼女が見たかった結果なら、彼女にこの場に居てほしかった。

「なあ…………アイドルの仕事ってプロデューサーのやりたいこを叶えることなんだよな…………。」

「私は…………誰の夢を叶えたんだ?」

 だが、輝子は自分で常務を、彼女自身の夢から追い出してしまった。

 幸子や小梅を自分から突き放したのは彼女だ、それでも、輝子は自分が声を出していれば、もう一度彼女達をつなぎ止められたのではないか、もしかしたら夏樹や涼のときも自分が説得していれば一緒にステージに立てたんじゃないかと思った。

 もし、小梅が会議室を出るのを止めていれば、常務に意見して幸子を再び引き込むように言えば、怒りに任せて会議室から出ていなければ、彼女は自分の夢が叶う瞬間を見られただろうか?

「もう一度常務に掛け合ってみましょうか?」

「…………できるのか?」

「確約はできません、ですが交渉の材料は用意してます。」

「…………なんか、幸子ちゃんにおんぶに抱っこだな…………私は……。」

「ボクはあなたがつかんだチャンスに便乗してるだけです。それに、これで終わりじゃボクとしても旨みが少ないとおもっていたんですよ。小梅も構いませんか?」

「……幸子ちゃんがいいなら……私はいいよ。今回……私なにもしてないし…………。」

「それでは、もう一仕事といきましょうか。」

 そう言って幸子は控室を後にした。

今日はここまで

 夕方の執務室、常務は人を待っていた。先ほど電話で彼女は自らが立ち上げたプロジェクトのひとまずの成功を聴いた。そのため、直接プロジェクトの出演者から成否を聞く必要などない。

 それでも、彼女がその電話で出演者の一人が会いたがってるときいて、スケジュールを調整して待っているのは、自分が外れたそのプロジェクトに未だ未練があったからだろうか?

 「失礼します、先ほどお時間をいただいた輿水です。」

 「やはり君か、結果は先ほど聞いた。ご苦労だったな。」

ノックの後に執務室に入ったのは輿水幸子だった。常務は彼女に労いの言葉をかける。

 「えぇ、おかげさまで滑り出しは順調そのものです。」

 「それで、要件はなんだ。電話で済むようなことをわざわざ時間を取って言いに来たわけでもなかろう。」

 常務は知っている。輿水幸子が有能なアイドルであると同時に実戦レベルでプロデュースもこなせることを。

 今ここに彼女が居ると言うことは今回の成功を軸にこのプロジェクトに関するものか、もしくは自分自身の処遇の要求をしにきたのだろう。

 「先日の暴言の事なら謝罪する。君は間違いなくこのプロダクションにとって必要な人材だ。君の我が社での今後の活躍は私が保証しよう。」

 「ありがとうございます。それでは一つボクのわがままを聞いて貰えませんか?」

 「私の力が及ぶ範囲なら答えよう。」

 「それでは、このプロジェクトの責任者に戻って来て貰えませんか?」

 「責任者に?このプロジェクトは既に、実質君が自由にできるはずだ。わざわざ何の為に?」

 「アイドルはプロデューサーの夢を叶えるものです。夢を持つ人がいなければ、ボク達にできることはありません。」

 「あなたは、ボクと同じぐらいカワイイ輝子さんを起用しました。けっこう感謝してるんですよ。ボクは自分がカワイイことを証明するのも大事ですが、ボクがカワイイと思ったものが埋もれてしまうのもガマンならないんです。」

 「今回の一件で、輝子さんが躓いてしまった部分を帳消しにでき、ボク達に仕事を紹介する形で恩を売る事で自身を持つ事が出来ました。」

 「ボクは恩返しとしてあなたの夢を叶えたいと思ってます。」

 「……君はそんな台詞で私を欺せると?」

 いくらなんでも露骨過ぎると常務は思った。人の為という言葉と無償奉仕を信用してはならないなんて、今時小学生だって知っている。

 これが救いようのない愚か者であるなら、干からびるまで利用し尽くせばいい。

 だが、相手は企業のトップですら絡め捕ろうとする魔女だ。干からびるまで利用されるのは私の方だろう。

 「感情で話をするのは宗教家じみた詐欺師か脳が子供のまま成長した愚か者だ。君はビジネスの話ができると思っていたが?」

 「なら素直にビジネスの話をしましょう。ボクはあなたの革新に注目しているんです。」

 「今回の仕事で思い知りましたが、やはりこのプロダクションには革新が必要です。」

 そう言って輿水幸子は先ほどより雄弁に、そして楽しそうに語り出した。

 やはり彼女の性分はこちら側に近いのだろう。

 「ウチのプロダクションは番組内容の変更や、ロケ番組での取材対象の情報の伝達があまりにもお粗末なんですよ。」

 「346プロダクションは企画の立ち上げから出演者の確保、番組の作製まで1社でできるのが強みです。」

 「にも関わらずディレクターの一存やその場の空気での進路変更が横行していて、出演者に大きな負担をかけています。」

 「もちろんボク達もプロですから、そういった急な変更にも対応できるように務めていますが、それにだって限度はありますし、もともと芸能界に入って日の浅い者の多いアイドル部門のタレントではできる事なんてたかがしれてます。」

 「それが原因で致命的なトラウマを抱えて道を閉ざしてしまう方も多いですし、拘束時間の延長は使える学生アイドルの勉強する時間を確実に奪います。親御さんはいい顔しませんよね?」

 「ボクはもっとタレントの仕事内容をプロダクションが管理すべきだと思っているんです。」

 「ボクがカワイイと思うものが埋もれてしまうのは納得できませんからね。」

 「それで、私にどうして欲しい?」

 「今回のプロジェクトの功績を大々的に利用してもらいたいんです。」

 「おそらく常務が一番ご存じでしょうが、多くのアイドルがあなたに対して反感を持っています。それはあなたの肩書きだけでは足りないからなのだと思います。」

 「ボク達の成功をあなたの功績と宣伝すれば着いてくるアイドルも増えるでしょう。常務の革新も円滑に進むんじゃないでしょうか?」

 「……それで、私の革新の成功で君に何のメリットがある?他のアイドルの言うように君も自由に仕事を選べなくなるとは思わないのか?」

 「強いて言えば今こうして常務とお話してる事がボクにとってのメリットです。」

 「アイドルなんて下積みですよ、今後ボクが活動できる基盤をしっかり用意しておくことが今のボクには最優先事項なんです。」

 「それに、ボクはプロフェッショナルですからね、最初から仕事を選ぶつもりはありませんよ。」

 常務は確信出来た。既に私は彼女に利用され始めてる。
 ならば干からびる前にこの魔女の恩恵を最大限享受しよう。

 「…………わかった。それなら君たちを利用させてもらおう。」

 「ありがとうございます。常務にはこのプロジェクトの成功を約束しますよ。」

 「頼もしいことだ。ところで君たちの、いや、私たちのユニットの名前は決まっているのか?」

 「いえ、とりあえずはドリームLIVEフェスティバルで使った『カワイイボクと142’s』でいこうかと。」

 「よければ私から君たちにユニット名を送りたい。」

 常務には輿水幸子の前評判を聞いた時点で考えていたユニット名があった。

 「構いませんよ、あなたのユニットなんですから。」

 「……『ダーク・アンデッド』はどうだろうか?」

 「え…………え、えぇ、いいんじゃないですか?輝子さんや小梅さんが喜びそうです。」

 あからさまに苦い顔をする幸子に対して常務は続ける。

 「アンデッドの名は君に送ったつもりなんだがな。」

 「え゛?」

 「君がこなした仕事は本来ならスタントマンすら断る危険な仕事だ。とても14歳の子供にやらせる仕事ではない。」

 「それが君に回ってくるのは君が信用されてるということだ。」

 「不死身のアイドル、君への信用を表す言葉にこれほどふさわしい言葉はないだろう。」

 「そういうことでしたら『ダーク・アンデッド』の名、ありがたくいただきます。」

 「それで、早速だが君に頼みたい仕事がある。」

 「いきなりですね、構いませんよ、ボクはどんな仕事でもこなしてみせます。」

 「仕事といってもアイドルの仕事ではない、君の人脈でこのリストのアイドルを集めて欲しい。」

 そう言って常務は机上のノートパソコンから1枚の書類を印刷した。

 「…………これ、シンデレラプロジェクトのまメンバーまで含まれてるじゃないですか。」

 「君のプロデューサーとしての能力を遺憾なく発揮してほしい。出演者の売り込みからプロモーションの立案までできる君なら、他プロジェクトからの引き抜きなどたやすいことだろう。」

 「これが会社の為に必要なんですか?」

 「私の夢の為に必要なのだ。」

 「でしたらおまかせください。あなたの夢を叶えるのがボクの仕事ですから。」

 彼女が手渡されたのはガラスの靴か、毒リンゴか、それは彼女には解らない。

 ただ一つ、自分が魔女の手のひらに乗せられたことだけは常務に理解出来た。

遅ればせながらこれにて完結です。

御清覧ありがとうございました。

俺達の戦いはこれからだENDやん

>>42
そもそも別のSSの前日譚として用意した物の供養のつもりでしたので
実は本編ではないんです

面白かったで

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