【悪魔のリドル】兎角「一線を越える、ということ」 (56)

 某所でリクを受けた『悪魔のリドル』のSSです。
 内容はとかはる、ちたひつ前提のとかちた、からのお仕置きとなってます。
 ここに投稿するのは初めてなので色々と見辛いかもしれませんがご容赦ください。

「あー、楽しみだなー」

 ある日の休日の朝。一ノ瀬晴は寮のエントランスの椅子に腰かけていた。
 格好は普段よりも少しおしゃれな私服で楽しげに鼻唄を歌っている。そのすぐ横にはやはり珍しく私服を着た東兎角が立っていた。

「映画とか久しぶりだなー。兎角さんも楽しみでしょー?」

 しかしこの問いかけに兎角は答えなかった。
 兎角はただ微かにほほを染めて静かに晴を見ていた。

「あれー?兎角さん、楽しみじゃなかった?」
 そう言いながら晴はポケットからピンク色の箱形の物を兎角に見えるように取り出した。
 瞬間兎角は目を見開き口を開こうとするが、それよりも早く晴はそのスイッチを最大にいれた。

「っつ、く……ん……!」

 ぐっと歯を喰い縛り体を強張らせる兎角。
 そしてそんな兎角を晴は満足そうに見つめる。

「楽しみだよねー、兎角さん」

「……ああ、……そ、そうだな……」

 兎角がそう答えたとき、ちょうど同時にエレベーターの到着を知らせるベルがなった。

「遅れてすいませんでした。ちょっと『準備』に手間取っちゃって」

 そう言って降りてきたのは私服の桐ヶ谷柩と、そしてほほを赤く染めた生田目千足であった。

 ミョウジョウ学園から映画館のあるショッピングモールに行くにはバスを使う必要がある。
 幸いにも目的のバスのバス停は学園のすぐ前にあり、晴達四人は同じくショッピングモールに行くのであろうミョウジョウ学園生複数名と共に目的のバスに乗った。
 バスに先客はほとんどおらず晴達四人は首尾よく最後列の五人席に並んで座れた。席順は右端窓側に千足、その隣に柩。真ん中に四人のバッグを置いて晴、そして左端窓側に兎角という並びであった。

『それでは発車します』

 アナウンスと共に乗車口が閉まりエンジンが回転し停止していたバスが発進する。
 ぐんとバスが前進するまさにその瞬間、晴と柩は同時に持っていたスイッチを入れた。

「……っ!?」「ふっ!?……んくっ……」

 そしてそれと同時に兎角と千足が体を強張らせる。

「桐ヶ谷……人が……」

 赤い顔をした千足がか細い声を出すも対する柩の方は涼しい顔をしていた。

「大丈夫ですよ。座席で影になってますしエンジンの音で多少の物音なら聴こえませんよ。もっとも……」

 柩は右手を千足の太ももの上においた。今日千足は柩のリクエストで膝丈程度のスカートをはいていた。つまり柩が手を置いた先は千足の生足であった。

「千足さんが大声を出したら気付かれちゃうかもしれないですけどね」

「ふふっ。早速楽しんでるね、向こう」

 すぐ右隣の光景を楽しげに見つめる晴。
 そんな晴もまた左手では兎角の太ももを撫で、右手では箱形のスイッチを小刻みににオンオフしていた。

 兎角は一見無反応で窓の外を見ているように見えたが、よく見れば耳が赤くなっており、またスイッチがオンになったときに微かに肩が震えるのも見てとれた。
 晴が口角を高くあげる。兎角の意地らしい反応は晴の情欲を大きく焚き付けた。

「それじゃあ兎角さん、晴達も楽しみましょうか?」

 ピクリと肩を震わせる兎角。兎角は何か言おうと口を開けたが、その言葉が出る前に晴が兎角の胸をわし掴んだ。代わりに兎角の口から出たのは艶やかな吐息であった。

「ん、っ、く……!?」

 兎角は羞恥に耐えようと歯を喰い縛る。顔を赤くし険しい表情を作る兎角であったがそれすらも晴にとっては可愛らしいものであった。

「我慢しなくてもいいんだよ、兎角さん?見つかったとしても、エッチなことしてるってばれちゃうだけだし」

 小悪魔的な笑みを浮かべる晴から顔をそらす兎角。しかし晴の手に抵抗する真似は見せなかった。晴もそれをわかっているのか容赦なく攻め立てる。
 太ももをフェザータッチで撫でる。ブラウスの上から乳首をつねる。首筋に手を這わす。思い出したかのようなタイミングでローターのスイッチをいれる。
 兎角はそれらに対して羞恥の表情を浮かべながらも無抵抗に受け入れていた。

 兎角にはこれを受け入れるだけの理由があった。

 話は四ヶ月ほど前までさかのぼる。

 当時兎角と千足は互いに共通の悩みを持っていた。それは端的に言えば欲求不満。性欲が満たされないという悩みであった。
 もちろん両者共に恋人はおり夜の営みもそれなりはしていた。しかし二人は性交渉においてはもっぱら攻める役になることが多かった。そのため必然触れられるよりも触れることの方が多くなり、結果腹の底の辺りに満たされないものが残る夜も多かった。
 これは兎角や千足が普段どちらかと言えば男側の役割を演じていることも関係していたが、それ以上に二人が相手に自分をさらけ出すことに恥ずかしさを感じていたためでもあった。
 むしろ晴にしても柩にしてもたまには気持ちよくしてあげようか?と気を使ったことは一度や二度ではない。しかしその度に恥ずかしさから断ってきたのは兎角と千足自身であった。
相手に恥ずかしい姿は見せられない。相手にとって自分は凛々しく格好いいままでいたい。
 そしてそんな経験がいくつも重なったせいで今さら気持ちよくしてほしいなどと言い出せなくなっていたのが当時の兎角と千足であった。

 悩みを共有した最初の頃のことは二人とも覚えていない。
おそらくは朝のランニングかストレッチの最中にどちらかがうっかりと不満を口にした、それが始まりだったのだろう。気付けばそれほど多くない二人の会話の大半が互いの不甲斐なさの罵り合いと慰め合いになっていた。

 一方で二人が一線を越えた日のことは二人ともはっきりと覚えている。それはある土曜の白昼のことであった。

 その日、というよりもその前日から千足は機嫌が悪かった。もちろん千足はそんなことなどおくびにも出さないように振る舞っていたが見る人が見ればどこかしらぎこちないところが見てとれた。しかしその理由までわかる人はいなかったであろう。普段から話を聞いていた兎角を除いては。

 土曜日の朝は雨であったがそれが千足の機嫌をさらに悪くさせた。こんな天気ではランニングもできない。千足は悶々としたものを抱えたままだった。

「それじゃあ千足さん、明日の夜までには戻りますので」

「ああ、気を付けてな」

 正午過ぎ、柩が私用で外出すると千足はますますすることがなくなった。腹の底に欲求不満は溜まっていたが千足は元よりあまり自慰で満足できる方ではなかった。
 ではどうしようかとふと外を見ると雨がやんでいたので千足は朝の分のランニングをすることにした。もちろん体を動かすことで多少なり性欲を発散させる目的があったのは言うまでもない。

 トレーニングウェアに着替えて寮から出るとちょうど兎角も走り出そうとしているところだった。

「奇遇だな、東。一緒に走ってもいいかい?」

「……好きにしろ」

 二人は昼食後ということもありゆっくりとしたスピードで走り出した。

「さっき桐ヶ谷が門から出るところを見たが……」

「ああ、私用だそうだ。今日は帰らないらしい」

 何気なく会話をする二人。しかし兎角は千足の無理を感じ取り小さくため息をついた。

「?どうかしたか?」

「いや、なにも」

 そう答えた兎角であったが実際はひどく気になっていた。なぜなら欲求不満を黙って溜め込むその姿は兎角もまた身に覚えがあったからだ。

 二人は一時間ほど走ったのち汗を流すために寮の共用のシャワールームに入った。
 シャワールームは一人用のシャワー室が八個あり、個々の個室の扉は上下に隙間はあるものの基本中の様子は見えないようになっていた。また兎角らが入ってきた時ここは無人であった。

 千足は何気無しに一番奥の部屋に入り扉を閉めようとした。しかしその扉を兎角が掴み中に押し入ってきた。
 当然慌てる千足。服は既に脱いであり体を隠すのは小さなタオル一枚しかなく、そしてそれは兎角も同じであった。

「な、何をしてるんだ、東!?」

 しかし兎角はそんな千足の様子など気にも止めずに、まさに単刀直入に言葉で千足を刺した。

「お前、また溜めてるんだろ」

「なっ……!?」

 千足が硬直する。隠せていると思っていた図星を突かれたからだ。
 その隙を突くかのように兎角はまた一歩千足に近づく。
 動揺していた千足が正気に戻ったのは内ももに兎角の手を感じたからだ。

「なっ、何をしている、東っ!?」

 思わず身をよじる千足。
 しかし兎角の方が早かった。

「うるさい。黙ってろ」

 兎角の手が千足の陰核に触れたとき、千足は体に伝う快感によって膝から崩れ落ちた。

 脳の奥がしびれるような快感。全身の力が抜けるような快感。そして自分が密かに求めていた快感。
 千足は情けなくもその一撫でで一回目の絶頂を迎えた。
 そして兎角の指は今も優しく愛撫を続けている。
 頭が真っ白になり、幸福感に包まれる。
 しかし一方で微かに残っている理性がこの状況の異常さに警告をする。

「ま、て……あずま……」

 千足は絞り出すように声を出す。
 しかし兎角は手を止めない。

「強がるな。私は道具か何かとでも思え」

「そん……むちゃな……」

 千足は口では抗議こそするものの体は正直であった。
 羞恥こそあれどこの状況、他人に優しく蹂躙される快感は千足が密かに望んでいたものであった。その証拠に、千足自身は気付いていないが、抵抗の力は明らかに弱くなっていた。ずれたももの隙間からは充血した秘部が見える。
 その姿を見た兎角は改めて道具役に徹することを決めた。

 兎角はシャワーの栓を捻り、倒れ込む千足の上に重なった。

「上映時間までまだ少しありますね。どうしましょうか、一ノ瀬さん」

「そうだねー……町まで出るの久しぶりだから色々見て回ろっか」

 今の自分達は回りの人達からどのように見られているのだろうか。兎角は楽しそうにはしゃぐ晴と柩をぼんやりと見ながらそう考えていた。

 少なくとも大罪を犯した罪人とその罪に対して罰を与える執行官には見えていないであろう。そもそも普通に仲良し女子高生四人組と見られているはずだ。

「ほら、兎角さん。行こっ?」

 そう言って笑顔でこちらに手を伸ばす晴は間違いなく普通の女子高生に見える。

 恐らく誰も気付かないであろう。彼女がこのように手を伸ばすと同時にもう片方の手でポケットの中のスイッチを最大にしたことに。
 それに気付いているのは兎角とそんな兎角に笑顔を向ける晴だけであった。

 四人は上映時間が来るまでアパレルショップ巡りをすることとなった。
 ただし目的は服を買うことではなく、晴と柩が兎角と千足に色々な服を着せて楽しむためであった。

 兎角にしても千足にしてもあまり服に頓着しない性格なため普段のデートでは薦められた服を一着二着試着する程度で、後はそれぞれの相方のファッションショーの観客役になっていた。
 しかし口には出していなかったが不満だったのだろう、晴も柩も好機とばかりに兎角と千足を着せ替え人形にして楽しんだ。
 それは大分楽しかったらしくローターのスイッチも思い出したかのように一、二度入れられるくらいであった。
 ボーイッシュ。ガーリー。シック。兎角らは普段なら手にすら取らないようなセクシーな服やゴシックロリータな服も着させられた。
 試着室のカーテンがまくられるたび晴と柩は可愛いだの似合うだのきゃいきゃいと盛り上がるが、兎角と千足からしてみればさっきまでとは別ベクトルで最上級の羞恥であった。
 ただしやはり二人とも抵抗はしなかった。

 地獄のファッションショーが終わったのはそれから数十分後、今店を出ればちょうどいい時間に映画館に着くという理由のためであった。
 兎角と千足はほうほうの体で、晴と柩は名残惜しそうに店をあとにした。

 ショッピングモールのメインストリートをのんびりと進む四人。晴は兎角と、柩は千足と腕を組んでいた。
 この時晴はローターのスイッチを入れていなかったが、それでも映画館に近付くにつれて兎角の興奮は高まっていく。
 いや、兎角だけではなかった。
 千足、そして晴と柩までもがこれから起こることを期待して密かな興奮が押さえられずにいた。

 映画館自体には十分程度で着いた。
 大きく横に長いショーウィンドウには上映中の映画のポスターが並んでいる。
 今人気なのはCMもバンバン流れているハリウッドのアクションものと少女マンガを原作とした青春恋愛ものだ。
 しかし四人が選んだのは公開から既に大分日の経った、あまりぱっとしない国内のアクションものの映画であった。

「高校生四枚ください」

「はい。間もなく始まりますのでお急ぎになってください」

 千足がまとめてチケットを買い、上映されるフロアへと向かう。
 映画館特有の重たいドアを開けると上映直前だというのに客はまばらであった。

 兎角達はごく自然に場内を見渡し最も人のいないエリア、最後列の一角に座った。
 席順は今回は晴が一番右端。その横に兎角が座り、一つ席を開けて千足。そして左端が柩であった。

 席についてすぐに場内は暗くなった。
 スクリーンに他の映画の予告や注意事項が写し出される。この間兎角らは誰も一言も喋らず、身じろぎひとつしなかった。

 やがて本編が始まる。
 画面にまず写ったのはどこかのビルのダクト内を進む主人公の姿。しばらく進んだ主人公はやがて大きな部屋に出てパソコンを操作し始める。
 内容はスパイアクションもの。ただし兎角達は映画には初めから興味はなかった。兎角達が待ち望んでいたのはタイミング。日常空間から抜け出してもいいというタイミングであった。

 スクリーン内で警報装置が作動した。
 けたたましく鳴るベルに赤いランプ。
 そして近付く足音。
 主人公は冷静に爆弾をセットしてダクトから戻っていく。
 カウントダウンをするデジタルタイマー。やがてそれがゼロになり大爆発が起こる。
 スクリーン上に赤い爆炎が眩しいくらいに写し出されスピーカーからは骨に響くほどの轟音が鳴り響く。

 それを合図としたのだろう。晴の手が兎角の太ももの上に置かれた。
 兎角は早鐘のように鳴り響く自分の心臓の音を聴いていた。

 二回目は『あの日』から四日後の朝で場所は同じくシャワー室であった。
 ただし二回目は千足が兎角の個室に押し入る形であった。

 その日明らかに兎角は不満げであった。
 兎角の機嫌が悪いのは珍しいことではないがその理由まで明らかなことはあまりない。
 それでも千足が兎角の不機嫌の原因に気付いたのは、ランニングの最中千足の姿を見つけた兎角が一瞬ながら明らかに動揺したからだ。

 確かに『あの日』から顔を会わせれば気まずい空気になっていた二人だがそれとは明らかに違う動揺、まるでなにかを期待するかのような、目の奥に燃える何かを隠そうとした動揺だった。

 二人はランニングの最中一言も口を利かなかった。
 無言のまま一時間ほど汗を流し、シャワー室まで来てもそれは変わらず、兎角は一見普段通りに服を脱ぎ個室に向かった。
 千足は少し悩んだがシャワー室に他に人がいないことを確認するとこの前の兎角と同じ行動を、つまり閉められようとしている扉を押し留め個室の中に入った。

 一糸纏わぬ兎角は一瞬体を強張らせる、が抵抗はしなかった。
 千足は個室の扉を閉めた。

 その日から兎角と千足の秘密の逢瀬が始まった。

 場所は朝のシャワー室。条件はどちらかが欲求不満で且つ他に人がいないときのみ。
 初めの数回こそ互いに遠慮して週に一回もない逢瀬であったが、回数を重ねる内に慣れてきて週に三回四回を越えることも珍しくなくなった。

 もちろん晴や柩との関係も続いている。そこに罪悪感を感じないわけではなかったが、ではこの快楽を手放せるかと訊かれれば首を縦には振れなかった。
 二人は未だに晴や柩の前で淫らな姿を見せるのに抵抗があった。理由は都合のいい免罪符となった。

 また罪悪感に潰されずに行為を続けられているもう一つの理由に、互いに相手の性欲処理に徹していたからという点もあった。

 二人は下手に言葉を紡がない。シャワー室に入る前にちらと相手を見ればそれでよかった。
 それだけで相手は察し、黙ってシャワー室についてきて、まるで道具のように振る舞ってくれる。
 ムードを高めるようなキスもしない。ただシンプルに体の敏感なところを刺激して溜まっていたものを我慢できるレベルまで発散させてやるだけであった。

 この外科処置じみた行為は毎回十分もかからずに終わっていた。
 まさに『処理』と言える行為である。

 だから二人は心の奥で「これは浮気ではない」と勝手に言い訳ができた。
 シャワー室を出れば二人はまた『ただのクラスメイト』に戻る。
 互いに晴のそば、柩のそばに行き、それぞれ学校生活を過ごす。
 あくまでシャワー室だけが歪んだイレギュラーな空間。二人はそう言い訳を重ねながら逢瀬を重ねた。

 しかし二人は侮っていた。性欲の恐ろしさを。そしてその前では少女の理性など何の役にもたたないということを。

 初めての日から二ヶ月ほど経った頃、兎角と千足の二人は互いの異変に気付いていた。
 ほとんど毎日のように処理をしているにも関わらず、高まる性欲が一向に静まってくれないということに。

 皮肉な話であるが行為を重ねることで二人の未成熟だった性感が開発され一回十分程度の処理では、もしくは晴や柩との穏やかなセックスでは満足できない体になってしまったのだ。

 二人は自分の体の変化に戸惑った。その処理についても頭を悩ませた。そしてたぎった頭はその解決方法として最も安直なものを選ばせた。
 それは単純にシャワー室以外でも体を重ねるというものであった。

 その日は多少の物音ならかき消してくれそうな雨の日で、場所は寮の空き部屋、10号室であった。
 二人は薄暗い部屋で、シャワー室でもないのに服を脱ぎ捨て、たっぷり一時間ほど互いを刺激しあった。
 恐らく二人にとって今までで一番大きな快楽であった。
 そして二人がその快楽に溺れるのに時間はかからなかった。

 あえて二人の言い分を尊重するなら、それは決して愛情からの行動ではなく、友情の延長線上の行為であった。

 互いに性生活に悩みを抱えており、しかしだからといってそれを理由に今の恋人と別れるつもりも傷つけるつもりもない。
 そんな行き場のない悩みを友人として解決してやり、そしてそのお返しとしてこちらの悩みも解決してもらっているのだ。
 だから二人はキスはしない。
 愛の言葉を囁きあったりもしない。
 いつでも心の大事な場所にはそれぞれの恋人がいる。

 それが二人の言い分で、その言い訳を胸に時には獣のように相手に快楽を与え、そして獣のように快楽の波に身を任せた。

 運命の日は10号室を使うようになってから一月ほどした頃に訪れた。

 その日も兎角と千足の二人は互いに快楽をむさぼりあっていた。
 開始から既に二十分ほど経過しており体は流れる汗で満遍なく濡れていた。小さなもしくは中ほどの絶頂回数は二人合わせて十は越えていたが大きな絶頂は今日はまだなかった。

 二人はベッドの上で膝立ちで向かい合い抱き合っていた。左手で互いの体を支えながら右手で互いの性器を刺激しあう。何度か経験を重ねた結果、これが二人にとって一番興奮する体位であった。
 頭のすぐ横には相手の頭があり、荒い息遣いが聞こえてくる。胸は互いに押し付けられ変形しそれは刺激に変わる。汗は天然のローションで背中に回る相手の左手すら極上の愛撫に変わる。右手は計算などなく本能のままに相手を蹂躙する。まるで自分の指が相手を気持ちよくしないことなど想像もしていないほどに。
 そして今まさにすべての刺激が一本となり一つの大きな絶頂になろうとしているところであった。

「あ、東っ……!」

「……生田、目っ!」

 確認するかのように一度だけ相手の名を呼ぶ。
 もう指をあと一掻きでもすれば絶頂になろうかというまさにその時、10号室の扉が開かれた。

「千足、さん……」

「兎角、さん……何を、しているの……?」

 それはここでは絶対に聞こえてはいけない声だった。

 兎角と千足は全身が麻痺してしまったかのように動けなくなり、首だけで壊れた人形のように声のした方を向いた。
 部屋に照明はなく光源は窓から差し込む外の夜間灯の光しかない。
 それでも薄暗がりの中立っているのは見間違いようもなく晴と柩であった。

 二人は呆然と立ち尽くしていた。表情に力はなく、瞳に街灯の光が写っているのは涙を湛えているからだろうか。

 兎角はさっと体から熱が抜けるのを感じた。
 上気していた肌はまるで大理石のように冷え、心臓の音が異様なほど大きく聞こえた。か細い呼吸しかできなくなり、脳が酸欠になったかのように頭がくらくらした。

 それでもこの状況を何とかしなければいけないと思ったのだろう。兎角は思わず「違う!」と叫んだ。
 何に対して「違う」と言ったのかは兎角自身わかっていない。それでも行動したお陰か少しばかり頭がスッキリした。
 もっとも頭がスッキリとしたところで見えてくる状況は絶望的なものに変わりはないのだが。

 それは言い訳のしようのない状況だった。
 使われていない空き部屋で、互いに一糸纏わぬ姿で、肌を上気させ、抱き合い、互いの秘部をもてあそびあう。

 それでも何か行動をと思った兎角は慌てて晴に手を伸ばした。

「晴……!」

「っ……!」

 しかし伸ばされた手を見た晴は跳び跳ねるように兎角に背を向け部屋を飛び出した。
 晴が部屋を出て廊下を駆ける音が聞こえた。それほどまでに部屋は静かだった。

「は、る……」

 兎角は手を伸ばしたまま固まっていった。
 晴が背を向けた瞬間に自分がどれだけ思慮の足りない行為をしていたのかを思い知らされた。追う気力も残されていなかった。
 兎角はそのままベッドの上で力なくうなだれた。

 一方の千足と柩も兎角達の行動を見て少しは我に返ったようであった。
 柩は晴のように立ち去ろうとはしなかった。
 ただ立ち尽くしたまま、いつもの熊のぬいぐるみを抱き締めて声を圧し殺すようにして泣いていた。

「ん、……グッ、ウウ……、ウウッ…………」

 絨毯に落ちた涙の音が聞こえるくらいの大粒の涙であった。
 柩は歯を喰い縛りながら涙を拭うことも忘れて、ただひたすら苦しそうに泣いていた。

 千足はそんな柩を見ながら手を所在なさげに上下させていた。
 声をかけたい。慰めてあげたい。しかし自分にそんな資格はないとわかっている悲しい行動であった。

 千足もまた滝のように涙を流していた。
 兎角も気付いたときには目から涙が溢れていた。
 晴も恐らく今ごろ泣いているだろう。

 兎角のこの日の記憶はここで途切れていた。

 短慮な行動の代償は大きかった。

 翌日晴と柩は学校を休んだ。そもそも二人は昨晩自室にすら帰っていなかった。

 気付けば1号室に帰ってきていた兎角は一晩晴を待ったが帰ってこず、そのまま夜が明けた。やがて登校時間になったがそれでも晴は帰ってこなかった。
 どうしても晴に会わねばならなかった兎角は気は進まなかったが教室へと足を運んだ。しかし教室にも晴は、そして柩はいなかった。
 しばらくして目の下に深い隈を作った千足が教室に入ってきた。千足は誰かを探すかのように教室を見渡して、そして肩を落とした。

 やがて担任がやって来てホームルームが始まると開口一番今日晴と柩が体調不良で休む旨が伝えられた。
 兎角は驚き、失望もしたが安心もした。担任に欠席を伝えるくらいの落ち着きは取り戻しているということだ。近い内に晴とは会えるであろう。もしかしたら今ごろ部屋に戻ってベッドで寝ているのかもしれない。
 ならば後は裁判の時を待つだけだ。兎角は一種の悟りの心地でその時を待つことにした。

 しかしその時はなかなか訪れなかった。

 授業終了後、兎角は真っ先に自室に帰った。晴が帰ってきているかもしれなかったからだ。
 しかしその希望はすぐに砕かれる。部屋には誰もおらず、一度戻った形跡すら見られなかった。
 それでも兎角は今晩帰ってくるかもしれないと待った。
 しかしその期待もやはり砕かれ、そして翌日もまた晴と柩は授業を休んだ。

 二日目三日目と晴は帰ってこず、四日目は土曜日だったので朝から思い付く限り探してみたがやはり晴には会えなかった。
 五日目に至っては兎角はとうとう4号室、千足達の部屋にまで足を伸ばした。
 あの日以降、当たり前ではあるが千足とは気まずさ故に口を利いていなかったがここまで来ればそんなことは気にしていられない。柩なら、もしくは千足なら何か話が聞けるかもしれない。
 兎角はできるだけ普通に4号室の扉をノックした。すると室内から慌てたような足音が響きすぐに扉は開かれた。出てきたのは千足で何か期待をするような目をしていたが、扉の前に立っているのが兎角だとわかると目に見えて落胆した。それだけで兎角は千足の現状を把握した。

 ようやく兎角が晴と会えたのはさらにその翌日の六日目、月曜日の教室でのことであった。

 この日も兎角は朝から晴を探してから教室に来たがその時はまだ晴も柩も来ていなかった。
 今日もまた会えないのかと半ば諦めながら席についていた兎角であったが、授業が始まろうかという頃急に扉が開いて二つの人影が入ってきた。
 兎角は思わず立ち上がった。その人影こそが晴と柩だったからだ。

 うつむきながら入ってくる二人に声をかけようとした兎角であったがその声はもっと大きな声によって遮られた。

「やあ皆。おはよう!今日は久しぶりに全員が揃ったな!」

 朗らかな声と共に入ってきたのは担任の溝呂木で、そして彼が入ってくると同時に授業開始のチャイムがなった。

「じゃあ皆、席につけー!」

 完全にタイミングを逃した兎角は座るしかなく、そして座ると同時に晴達の意図が読めた。
 恐らく晴達は授業開始とほぼ同時に教室に入れるように廊下で入るタイミングを狙っていたのだろう。もしかしたら溝呂木と会話して調節などもしていたかもしれない。
 理由は?それは一つしかないだろう。恐らく晴達は兎角や千足とまだ話したくないのだ。しかし休日を挟んで四日以上授業を休むのはさすがに無理だった。授業に出つつ会話の機会を与えない。そこから生まれたのが今回の一手だったのだろう。

 兎角は一つ大きなため息をついた。安堵と痛みと気を引き締めるためのため息である。
 安堵とは晴が無事だったことに対するものだ。ここ数日、無いとはわかりつつもつい最悪の想像をしてしまうことは一度や二度ではなかった。しかし実際には人前に出れる程度には晴は無事であった、その事に対する安堵。
 痛みとはまだ自分が許されてはいないということを自覚した痛み。もちろん簡単に許されるなどとは思っていない。しかしながら改めて拒絶の意を示されると覚悟はしていても胸が締め付けられるように痛んだ。
 だからこそ兎角は気を引き締めようと思った。ここ数日兎角は反省し、そして改めて晴への思いを確認した。
 晴と別れたくない。手放したくない。そのためにはここが正念場である。
 どんな責め苦が待っていたとしても絶対に耐えて見せると兎角は改めて決心した。

 結局この日は兎角も千足も晴と柩に声をかけることはできなかった。授業中のメールはもちろん休み時間や授業が終わると二人はすぐに教室を出て会話の隙を与えてくれなかった。
 さらに二人共どこかに宿を調達したのか1号室にも4号室にも帰っては来なかった。
 冷たい態度は苦しかったが兎角も千足も今は仕方がないと思っていた。自分達も苦しいがそれ以上に苦しいのが彼女達だからと静かに待つことにした。

 次の日も、また次の日も晴達の態度は変わらなかった。

 事態が動いたのは翌週の水曜日のことであった。

 その日も晴達は授業開始ギリギリに来て兎角達と会話することなく過ごしていた。
 今日も変化なしかと兎角らも受け入れていたが、間もなく今日の授業が終わろうかという頃兎角のタブレットに一通のメールが届く。
 一目見て兎角は叫びたくなるくらいに衝撃を受けた。
 差出人は晴。内容は一言、話があるから部屋で待っていてとのことだった。

 兎角は感動と不安で震えた。
 まず晴とコミュニケーションがとれたことが感動であった。思えば半月ほどぶりの晴との交流であった。そのことに自分でも驚くくらいに感動していた。
 しかしだからこそ不安にもなった。話とはいったいなんなのだろうか。楽観的な予想と悲劇的な予想とが頭の中で目まぐるしく飛び交う。強いて言えば予想の天秤は悲劇の方にやや傾いている。
 兎角は胃液が喉に上がってくるのを感じた。しかしながら覚悟を決めるしか道はなかった。
 兎角は無理矢理に唾をのみ込む。

 授業終了のチャイムと共に晴と柩は出ていった。兎角はその背中を黙って見送った。

 兎角はゆっくりと自室に戻ることにした。
 理由は特にない。何となくそうしようと思っただけだ。
 メールの「待ってて」という文面から晴が来るのはしばらくしてからだろうから問題はないだろう。

 兎角がのんびりと教室内を見渡すと千足が慌てて出ていく姿が見えた。もしかしたら千足にも同じようなメールが来たのかもしれない。
 今回の件で晴と柩はほとんど同じ立ち位置にいるのだから情報を共有していてもおかしくない。何か行動を起こすタイミングにしてもしかりだ。

 兎角は自分が教室に残っている最後の一人になるまで座っていた。やがて涼と香子が帰って残っているのが自分一人になると兎角はようやく帰寮の準備を始めた。
 そのままゆっくりと時間を使いながら帰ろうと考えていた兎角であったが元より教室と寮は近く、途中に寄り道ができるような施設もないため想定よりも大分早く帰りついてしまった。
 1号室の扉を開ける兎角。室内には誰もいなかったがその事については特に何も思わなかった。
 晴が来るとすればもう少しあとだ。兎角は鞄を机に放り投げ窓に寄りそこから見える景色に目をやった。
 普段は景色などに興味を持たない兎角であったが今日はなんとなくこうしていたかった。日はまだ高かった。

 それから大分時間が経った。空はもう赤く染まっている。

 何気無しに外を見ていた兎角であったがふと廊下に気配を感じて意識を高めた。
 扉の前に誰かがいる。しかし兎角は振り返らず窓の外を眺め続け、時が来るのを待った。
 二分ほど経って控えめに二度ノックがされ、そしてドアノブの回る音が聞こえた。兎角はまだ振り返らない。
 やがて一人が部屋に入り一歩二歩と近づいてくる。
 その足音が兎角の背後およそ6メートルほどで止まったとき、兎角は初めて振り返った。

「お帰り、晴」

 兎角はそう言ってから深々と頭を下げた。

「兎角、さん……」

 半月ほどぶりに聞いた晴の声は緊張と困惑が混じっていた。当然と言えば当然だと兎角は思ったが同時にこのタイミングを逃すつもりもなかった。

「私の軽率な判断のせいでお前を傷つけた。謝罪で許してもらえるとは思っていない。それでも謝らせてくれ。晴、本当にすまなかった」

 何よりも先んじて謝罪の言葉を並べる兎角。
 晴は何も返さない。
 不意打ち気味の謝罪に戸惑っているのだろうか。しかし兎角としてもこれしか方法がなかったのだ。
 十秒ほどそうして固まっていたところに晴がおずおずと声をかける。

「えっと、兎角さん……とりあえず頭上げて、ね?」

「晴……」

 素直に顔をあげる兎角。晴の声と表情を見るに少なくとも怒りが前に出ているようではなかった。それだけでも大分兎角の心は軽くなった。

「とりあえず座ろっか……」

 晴はそう言ってソファーに腰かけ兎角も勧められるまま腰を下ろした。

 二人が腰かけてから少しばかりは沈黙が続いた。
 きっかけが掴めないのか踏ん切りがつかないのか、あるいはその両方か。
 しかしこのままではらちがあかない。だからこそ兎角の方が先に口を開いた。

「晴……」

「はいっ……!」

 晴はびくんと肩を震わす。
 晴の様子に申し訳なさを覚えつつも兎角は言葉を続けた。

「訊きたいことや、言いたいことがあるなら何でも言ってくれ……何でも答えるし、何でも聞く……全部言ってくれ。全部聞きたいんだ」

 兎角は静かに唾を飲んだ。変な言い回しじゃなかっただろうか。傲慢な言い方だったろうか。
 緊張が高まる中、晴も決心をしたように口を開いた。

「兎角さんは……」

「ああ」

「生田目さんの方が、好きなの……?」

「それは違う!」

 兎角はすぐに否定した。それは違うと。それはしてほしくない勘違いだと。そのせいか思わず大きな声が出てしまい晴も兎角自身も少しばかり驚いた。
 兎角は座り直して改めて否定する。

「それは違うんだ、晴。私が一番大切なのはお前だ。そこは一度たりとも変わったことはない」

 力強く思いを伝える兎角であったが晴の顔にはさらに困惑が広がった。

「……じゃあ、どうして……」

 晴が息を飲む。

「どうして生田目さんとあんなことしてたの……?」

「っつ……!」

 兎角が言葉に詰まる。
 そう、普通ただの友人同士は『あんなこと』はしない。それは恋人同士がするものだ。そしてさらに言えば兎角と千足のそれは、本来の恋人である晴とするそれよりも遥かに激しいものだった。
 兎角は頭を抱えた。

「……違う。違うんだ……ちゃんと話す。ちゃんと話すから……聞いてほしい……」

 そこに至るまでの兎角と千足の心理状態は複雑で他人に理解できるように説明するのはとても難しそうに思えた。
 しかし説明しないわけにはいかない。兎角は自分を落ち着かせようと深呼吸した。喉もひどく渇いていたが飲み物を要求する余裕はなかった。

「まずは、そうだな……色々と、その、満足できてなかったんだ……」

 兎角は時系列順に丁寧に話すことにした。
 晴とのセックスで満足できていなかったこと。
 それを言い出せなかったこと。
 同じ悩みを千足も持っていたと知ったこと。
 さすがにシャワー室のくだりに入る際には一瞬躊躇したが、それでも話さないわけにはいかない。兎角は恥を承知で話を続けた。

「何となく、自分を見てるような感じになったんだ……満たされない辛さは、よく知っているから……」

 それから互いに慰めあうようになったこと。
 それがエスカレートしてしまったこと。
 そして半月前に晴と柩にばれたこと。
 話し終えたとき兎角の喉は完全に渇ききっていた。
 晴は一言も喋らずに兎角の話を聞いていて、話が終わった後も沈黙を続けていた。

兎角は晴の表情を見ることができなかった。

 沈黙はどれほど続いただろうか。
 十分か二十分か。しかしもしかしたらまだ一、二分かもしれない。兎角にとってはそれほどまでに長く感じる時間だった。

 やがて晴がぽつりとつぶやいた。

「どうして……」

 その声はとてもか細く弱々しかった。

「どうして言ってくれなかったの……?」

 兎角は後悔するようにきつく目をつぶった。要は始まりはそこだった。

「ごめん……言い出せなかったんだ……その、恥ずかしくて……」

 言い出せていれば今こんなことにはなっていなかったはずだ。

「それに、怖かったんだ。情けない姿を見せたら、嫌われるんじゃないかって思って……」

「兎角さん……」

 さらに少しずつ語っていく兎角。
 晴の前ではかっこいいままでいたかったこと。
 一方で時に強く乱暴にされたいと思ってもいたこと。
 なんでもない時に急にむらむらときて、自分が性欲が強すぎるのではないかと悩んだこと。
 その性欲に任せて晴に迫ったら嫌われるのではないかと恐れたこと。
 改めて口に出すと逆に何でこんなことを相談できなかったのかと思うようなことも多々あった。

 やがて兎角が語り終える。
 晴はやはりこの間兎角の話を黙って聞いていて、兎角がしゃべり終わった後もしばらく黙ったままだった。
 しばらくしてから晴はおもむろに立ち上がり兎角の方を向いた。その表情は、悲しみは大分薄れているようであったが、代わりに困惑が広がっていた。

「兎角さん……話はわかりました。でも、その、少しだけ時間をください。ゆっくり、色々、考えたいんで……」

 言葉を選びながら話す晴に兎角は静かにうなずいた。

「ああ、わかった……」

 こうしてこの日の会合は終わった。

 晴が1号室から出ると兎角は急に全身の疲れを感じた。
 どうやら心身は思っていたよりもはるかに限界だったらしい。
 兎角は頼りない足取りでベッドへと向かいそのまま倒れる。ぎしりとスプリングが軋み、それに連動するかのように眠気が下りてきた。

 兎角はぼんやりとした頭で今日のことを考える。
 変な言い方になっていなかっただろうか。勘違いされるような表現はなかっただろうか。晴はどう思ったのだろうか。特に最後の晴の表情はどう解釈すればいいのだろうか。
 少なくとも今日最悪の決断はされていない。それだけは確かな救いであった。

 兎角の頭が限界に近付いた。どうやら今日できることはもうなさそうで、後はもう成り行きに任せるしかないようだ。
 兎角は目をつぶり体の力を抜いた。そしてそのまま深い眠りについた。

 木曜の朝、晴はここ数日通り授業開始ギリギリに教室に入ってきた。
 ただいつもと異なり授業が始まるとすぐに兎角にメールを送ってきた。文面は一言、今日も部屋に行きます。兎角も一言だけ、「わかった」とだけ返した。休み時間、晴は教室に残っていたが兎角は無理には話しかけなかった。
 そして放課後。兎角は昨日と同じくゆっくりと1号室に戻った。
 今日は兎角が帰ってから五分としない内に扉がノックされた。

 今日は兎角が喋るよりも先に晴が口を開いた。

「兎角さん」

 何かしらの決心を固めた晴の表情に兎角が息をのむ。

「晴は……兎角さんを許してあげたい、って思ってます……」

 兎角がピクリと反応する。
 一見すると思わず喜びたくなるような言葉であったが、許してあげたいと思っている、その言葉の微妙なニュアンスがわからない兎角ではない。兎角は静かに続きを待った。

「ただし……一つ条件があります。いえ、『条件』と言うよりも『誠意を見せてほしい』とでも言った方がいいかもしれませんね」

 再度息をのみ兎角が口を開く。

「何でも言ってくれ」

 それを聞いて晴は少しばかり表情の緊張を解きわずかばかりの笑顔を見せた。

「今度の土曜日、一日デートに付き合ってください。そしてそのとき、晴の言うことは何でも聞いてください」

 土曜日、つまりは本日の朝。兎角はいつもより遅い時刻に目覚めた。
 遅いと言ってもまだ七時にもなっていないのだがそれでも普段の兎角からしてみれば遅い起床であった。
 兎角は洗面所の鏡で自分の顔を見る。体調は悪くはなさそうで、むしろここ数週と比べれば大分生気があった。晴との関係の修復の目処が立ったことでストレスが軽減されたのかもしれない。自分の体の単純さに思わず苦笑する。だが確かに自分でわかるくらいに心も体も軽かった。

『晴の言うことは何でも聞いてください』

 兎角は一昨日の晴との約束を思い起こした。厳密には兎角はまだ許されてはいない。今日はその正念場である。しかしそこに気負いはない。むしろ全力でわがままを言ってほしいとすら思っていた。

 部屋の扉がノックされた。兎角はどうぞと返事をした。

「おはよう、兎角さん。今日の約束、大丈夫?」

「問題ない。仮にあったとしても無視するさ」

「ふふっ、ありがと」

 入ってきた晴はまだ部屋着であった。実際予定の時間までは二時間近くある。では何をしに来たのかと兎角が尋ねると今日の予定の確認に来たそうだ。
 予定事態は前日にメールで知らされていたので簡単な確認作業だったがただ一つ、兎角が知らされておらず且つ重大な問題があった。
 それはこのデートは千足・柩との合同、つまりダブルデートであるということであった。

 当然兎角は驚いた。

「本気か……?その…………、……桐ヶ谷達と一緒に行くというのは」

 言うまでもなく晴から見れば千足は自分の恋人と関係をもった人物で、また柩にしても兎角は憎むべき相手であるはずだ。
 しかし当の晴は笑顔を崩すことなく頷いた。

「そうだよ。……イヤだった?」

 兎角は晴の思惑がわからず呆然とするが、それでも晴がそれを望んでいるのなら兎角に拒否する選択肢はない。

「いや……お前が望むのならそれでいい」

 兎角がそう言うと晴は「よかった~」とまた笑顔を見せた。
 この時兎角は今日初めてわずかばかりの緊張をした。晴の意図が読めなかったからだ。いや、晴だけではない。おそらく柩もこの思惑に関わっているはずだ。しかし柩にしたってメリットがあるとは思えない。
 兎角は色々な可能性を考えてみようとするが、その思考は晴の言葉によって中断させられた。

「それでね、兎角さん。もう一つお願いがあるんだけれど……」

「あ、ああ……何でも言ってくれ」

「あのね、今日一日『コレ』を付けててほしいんだけど……」

 そう言って晴はポケットから取り出した『ソレ』を兎角に見せた。
 それを見た瞬間改めて兎角の思考は停止した。
 晴の手の中にあったのは親指大のピンクの卵形のもの、いわゆるピンクローターであった。

 スクリーンでは主人公のスパイが夜のビルに侵入しているところであった。そんなシーンのためかBGMは無音で緊張感を高める演出をしている。
 それを意識してか、晴の左手はゆっくりと静かに兎角の性器をクロッチの上から撫でていた。

 晴にピンクローターを渡されたとき、兎角の思考は停止したが代わりに本能が今日のデートがどのようなものになるのかを理解させた。
 つまりはこういう一日になるのだ、と兎角は甘い快楽の中思った。
 恥ずかしさはもちろんあったがそれでも喜びの方が上回っている。今与えられている快楽はいわば兎角達が望んだものでもあったからだ。普段なら恥ずかしさから断っていただろうが今日は罰ということで素直に受け入れている。
 もしかしたら晴達はそれを見越して今日のことを提案してきたのかもしれない。もしそうならこれほど嬉しいことはない。兎角は胸の中が甘い感情で満たされるのを感じた。

 ここでふと兎角は右肩に重さを感じた。晴が寄りかかってきたからだ。
 一見すると恋人が甘えているように見えるが実際にはそうではなく右手を自然に使えるような体勢にするためであった。
 晴は左手を股間に伸ばしたまま右手で胸を責め始めた。今日何度もしているプレイなだけあって晴は一発で兎角の乳首の位置を特定した。

「ん……っく」

 思わず吐息を漏らす兎角。晴はブラウスの上から乳首を爪で掻いているだけである。刺激は微弱であったがそれでも兎角の性的神経を刺激するには十分であった。
 晴はしばらくそんなプレイを堪能したのち、今度は兎角のブラウスのボタンを一つずつ外していく。
 もちろん兎角は抵抗しない。
 やがてボタンがすべて外れると晴はその身頃を丁寧に左右に開き兎角の胸元を露にした。
 今日の兎角は珍しく装飾の多い白のブラをしていた。晴のコーディネートである。
 晴は先程と同じように兎角の胸に指を這わすがこれが兎角にとっては想像もしていなかった刺激となった。

「んんっ……!?」

 晴はブラの上から乳輪の淵をなぞるかのように指を這わせているのだが、その際ブラの装飾の凹凸に指先が引っ掛かりそれが不規則な振動を生んだ。
 晴もそれに気付いたのか左手を止めることで兎角に胸の刺激だけに集中できるようにした。
 その効果は抜群で晴がゆっくりと三周円を描いたのちおもむろに乳首を摘まむと、それだけで兎角は今日何度目かもわからない軽い絶頂を迎えた。
 場所が場所だけに声だけはどうにか我慢して、その代わりに背骨が折れるのではないかと思うほどに大きく背を反らせて絶頂する兎角。
 そんな兎角を晴は満足そうに見つめていた。

 度重なる絶頂により兎角の頭はもうほとんど働いていなかった。
 しかし兎角の頭にはそれでも一つの確信があった。
 それはまだ終わりではないということ。もっと大きな絶頂が待っているということ。
 今日はもう既に数えきれないほどの性的絶頂をした兎角であったがそれらはすべて小規模ないし中規模の絶頂で、理性が飛ぶくらいの最大級の絶頂はまだであった。そもそもそんな絶頂は今まで経験したこともない。
 しかしながら今日は確信があった。
 そんな絶頂が迎えられる、晴が導いてくれる、一線を越えられるという確信が。

 先程の絶頂の波が一段落した頃、それを裏付けるかのように晴が兎角の耳元でささやいた。

「足、開いて……?」

「……!」

 兎角は一、二もなく足を広げた。

 どれだけ広げろという指示はなかったが兎角は自主的に広げられるだけ股を開いた。
 スカートがたくしあげられ、これも晴指定のブラと同じ白いショーツがあらわになる。晴は満足そうに微笑んでから改めて兎角の秘部に手を伸ばした。

 ショーツは細かいレースやフリルのついた清楚なものであったが、今のそれは何時間分の愛液をひたすらに吸って濡れきった淫猥な下着にすぎなかった。
 晴はそこに入っていたローターを取り出す。ローターはまるで水飴にでも浸けていたかのようにぬるぬるに濡れ光っていた。
 晴はそれを兎角に見えるように持ち上げわざとらしく匂いを嗅いでみた。激しい羞恥が兎角を襲うがそれすらも今の兎角の中では快楽に変わった。
 羞恥に震える兎角に満足した晴は今度は兎角の胸元に手を伸ばした。
 兎角は自分に伸びる指先を羞恥と、それ以上の期待を込めた目で見つめていた。

 今兎角がつけているブラは晴のセレクトであるとは言ったが晴がこれを選んだ一番の理由はこれがフロントホック式のブラであったからだ。
 晴は左右のカップを繋ぐブリッジ部分に手を伸ばし両手でそのホックをはずす。ブラウスの時と同じようにそれをゆっくりと左右に開くととうとう兎角の胸元は完全に露出された。
 熱を帯びた乳首に場内の冷たい風が触れる。普段空気が当たらないところに空気が触れている感覚に兎角はまたも背すじを震わせた。

 兎角は首を曲げて自分の今の格好を見てみたが、それはなかなか非日常的な姿であった。
 暗い映画館の中でスクリーンの光を浴びた兎角の胴体は浮かんでいるようにあらわになっている。
 兎角自身は意識していないが、健康的な生活を行っている兎角の肌はとてもきめ細かい。そんな肌がスクリーンの青白い光を浴びるとまるで彫刻作品のようにすら見える。
 だが少しばかり視線をそらすと緩やかな双丘の先にあるのは恥知らずなまでに固く立った両の乳首で、それが改めて自分が今恥ずべき格好をしているということを思い出させた。

 思考もままならぬほど呆けていた兎角であったが、ふと思い立ちその視線を横に向けてみた。
 ここには自分達だけではなく千足たちもいたのだ。
 彼女達はどうしているのだろうかと隣を見ると、千足もまた今の兎角と同じような格好にされていた。

 千足は今椅子に浅く腰掛け、股を大きく広げ、胸元は完全に露出されている。
 たわわに実った果実と言うにはあまりに大きすぎる乳房はスクリーンの光を浴びて美しい曲線美を絵描いている。履いていたスカートは腰辺りにまでたくしあげられもはや何も隠していない。また千足の場合は紐パンだったのだろうか、下着すら払い取られ下半身は完全にあらわになっていた。
 そんな千足を柩はねっとりと責めていた。舌でゆっくりと胸を舐め手は太ももや脇腹といった敏感なところを撫でていた。その様は蛇かあるいはナメクジを想起させた。
 柩はメリハリをつけるかのように時折手をあらわになっている千足の性器に伸ばしクンッと指を曲げた。それに反応して千足は大きく体を反らすが、兎角にはそれが実に気持ち良さそうに見えた。
 単に肉体的刺激的な話ではない。精神的な話である。
 千足は今心の底から快楽に身を任せているのであろう。それはとても羨ましいことで、そして間もなく自分にもそんな快楽がやって来るのだろうと兎角は思った。
 ふと晴の手が近付く気配を感じた。
 兎角は体の力を抜き、やって来るであろう快楽にその身を任せた。

 晴はまず兎角の右の乳房に軽くキスをした。
 晴はそのまま舌で柔らかい乳房を舐め上げ、伸ばした右手で兎角の左乳首を責め出した。責める速度はゆっくりであったがそれでも最上級の刺激であった。
 一方の左手は股間へと伸び、濡れたショーツの上から隆起したクリトリスを執拗に掻いていた。晴はこの服の上から責めるのが好きなのだろうか。もしくは兎角がいい反応をするからそれに合わせたのかもしれない。どちらにしてもこれもまた最上級の快楽であったことは言うまでもない。

 兎角は予感した。
 『来る』と。
 今まで経験したことのない最大級の快楽の波が来ると。
 今こそその一線を越える時だと。

 兎角の高まりを感じ取ってか晴も責めのギアを一段上げる。
 首筋に唇を落とし、手を入れ換えて左手で乳房を撫でる。右手で濡れたショーツをずらし、あらわになった膣穴に二本の指を突っ込む。これ以上なく濡れていた兎角の膣穴はそれを抵抗も何もせずに受け入れた。晴が指を曲げると刺激が兎角の目の奥の方で火花となった。
 兎角の予想が確信に変わる。
 敏感の極みとなった神経は体を巡る電気信号一つ一つですら感じ取れた。すべての刺激が一本の本流となり背すじを駆け上がる。その激流は今まさに脳を撃ち抜こうとしている。脳もまたその絶頂を期待している。
 兎角はまさにその最後の一線を越えようとしていた。

 しかしここで思いもよらぬことが起こった。
 晴が手を止め、刺激を与えることをやめたのだ。

「……え?」

 兎角は呆然とした。
 快楽の激流はまさに最後の門を抜けようとしていたところだった。
 しかし抜けはしなかった。その手前にて完全に失速をした。

「は、晴……?」

 兎角は呆然としたまま隣の晴を見た。晴が自分を快楽の限界まで引き上げてくれると確信していたからだ。
 しかし当の晴は「ん?」と笑顔で微笑み返しただけであった。青白いスクリーンの光の下ではその表情に込められた細かい意図までは読めなかった。

 さらに理解できなかったのは兎角の快楽の波が一段落した頃、晴がその責めを再開したことであった。
 晴は先程と同じように舌で舐め、指でつねり、そして挿入した。
 一度冷えた体はやや鈍感になっていたがそれでも繰り返し刺激されると再度絶頂への高まりを覚えた。先程と同じように快楽が一本の本流となり、体という器がそれに耐えきれなくなり震えだす。
 やがて脳が絶頂へのGOサインを出し、快楽の本流が体を駆け巡ろうとする。

 そしてそのタイミングで晴はまた責めの手を止めるのであった。

「っつ……ぅっ!?……晴っ!」

 思わず兎角は小声ながらも叫んだ。二度も極大の絶頂の直前で待ったを食らったのだ。もはや兎角の体は限界に達していた。膝は震え歯もガチガチとならしている。

「頼む……晴……」

「んー?」

「……イかせてくれ」

 とうとう兎角は哀願した。晴の袖をつかみ、普段なら絶対言わないような台詞で晴に頼み込んだ。
 しかし晴は「ふふっ」と笑うばかりであった。

 やがて晴は三度目の責めを始めるがそれも兎角の絶頂直前で中断された。
 三度目のお預けを食らった兎角は理解をした。晴はおそらく自分をイかすつもりがないということに。
 しかしその理由はわからなかった。わからないまま兎角はひたすらに混乱した。
 晴の責めは四回目に入った。これも最後までいかせてもらえないのだろうなと思いつつも兎角の体は反応し、そして絶頂を期待してしまう。

「はる……たのむ……」

 乱れる呼吸の合間に懇願するも晴はただ笑顔のままである。
 やがて兎角は苦しさに涙を流すも結局晴はやはり最後の最後でその手を止めた。

「はる……どうして……」

 震える声で尋ねる兎角。
 しかし晴は答えない。そして答えぬまま晴は再度兎角に手を伸ばす。
 ただ今度のそれは今までとは少し違っていた。
 晴は左右に分けてあったブラを取り中央のフックで留め、兎角の乳房をそこに丁寧に納めた。次に晴はブラウスの身頃も合わせボタンを順に閉めていく。
 兎角はわけがわからず思わず何をしているのかと晴に尋ねた。晴はさらっと答えた。

「何って、もうすぐ映画が終わるんでもとの格好に戻してるんですよ」

「なっ……!」

 兎角は思わず前を見る。
 スクリーンでは主人公の男が感慨深そうに炎上するビルを見つめていた。そこがストーリー上のどの場面かはわからなかったが晴の言葉通りならもうあと数カットもないところであろう。
 兎角は慌てて晴に詰め寄った。

「晴……!どうして……どうして最後までしてくれなかったんだ……!?」

 しかし晴は相変わらず笑顔のままで兎角の質問には答えなかった。映画はエンドロールに入った。
 やがてボタンを全部閉め、たくしあげたスカートを戻すところで晴は持っていたピンクローターを兎角に見せた。

「これも戻しておきますね」

 そう言って晴はショーツの隙間からローターを入れスカートを元に戻した。
 ちょうどそこで照明が点いた。兎角の格好はまさに映画が始まる前と同じ姿になっていた。
 まるでこの二時間がなかったことになったかのように。

 呆然とする兎角の横で晴がおもむろに立ち上がった。

「映画面白かったですねー。次どこにいきましょうか?」

 しかし今の兎角にそれに返事をする余裕はなかった。
 代わりにそれに返事をしたのは数席離れた柩であった。

「そうですねー……あれ?どうしましたか、千足さん。気分が悪いみたいですけれど」

 兎角は二人の方を見た。
 立ち上がっている柩は満面の笑みを見せている。対する千足は座ったままで、信じられないものを見ているかのような目で柩を見つめていた。
 直感で兎角は悟った。千足もまたイかせてもらえなかったということに。
 しかしなぜ?偶然ではないのは明らかである。晴と柩は互いに意図を持って相手をイかせないようにしていた。しかし理由がわからない。罰のつもりなのだろうか。確かに罰としては効果はあるが、ここまで手の込んだことをするだろうか。それになんの意味があるというのか。
 混乱する兎角を他所に晴と柩は小芝居を続ける。

「あれ?兎角さんも気分が悪いの?ぼうっとしてるけど」

「おや、大変ですね。今日は無理せず帰った方がいいかもしれませんね」

「そうだね。バスだと時間がかかるからタクシーで帰ろうか?」

「それがいいと思います。ほら、千足さん。立てますか?」

 二人は兎角と千足を立ち上がらせて出口へと向かう。
 途中兎角は千足と目があった。言葉こそ交わさなかったが互いの状況は理解できた。しかしその理由とこれから何が起こるかは見当がつかなかった。二人はただふらふらと力なく晴と柩の後を追う。

 映画館を出ると晴はすぐにタクシーを捕まえた。兎角と千足は考える間も与えられずにそれに乗せられた。

「ミョウジョウ学園まで」

 タクシーはすぐに発車した。

 タクシー内での席順は晴が助手席に座り、後部座席では右から順に千足、柩、兎角と座っていた。
 車内では晴は時折ローターのスイッチを入れていた。無論兎角の下着に入れてあるそれである。ただしその刺激は強ではない。弱い振動が小刻みに繰り返されていた。

 その刺激を感じながら兎角はある可能性を思い付いた。それはこれから学園の寮に帰り、そこで今度こそ本番が始まるのではないかという期待であった。
 思えば映画館は確かに興奮はしたが最後までするには適してはいなかった。無関係な人もいたし後始末もしにくい。帰ることも考えればあそこで出きるのは精々前戯までであろう。
 そう考えれば今のローターの刺激も説明がつく。これは絶頂に導くためというよりは火照った体を冷まさせないためのものなのだろう。実際体の奥の高まりは未だ静かに燻っている。
 しかし兎角は警戒もしていた。これはあくまで兎角の推察にすぎない。今日の晴は全く考えが読めない。もしこの推察がかすりもしない結末になったところで兎角は驚きもしないだろう。
 兎角は前に座る晴の後頭部を見た。それほどまでに今日の晴は兎角の想像を越えていた。えも言えない恐怖もまた兎角の中にはあった。

 車は十五分もしないうちに学園に着いた。兎角は震える足で車から降り、それに柩と千足が続いた。晴も料金を払い助手席から降りるとタクシーはすぐに去っていった。
 さて、これからどうなるのであろうか。兎角も千足もここから先のことは聞いていない。火照った頭では想像もできない。それを理解してか晴と柩は二人の前に立ち先導する。

「こっちですよ、千足さん」

「ほら、兎角さんもこっちだよ」

 二人に続いて兎角と千足も歩き出す。向かう方向は兎角達の寮の方であった。

「さ、入るよ」

 しばらく歩いて辿り着いたのは兎角達の寮、金星寮C棟で、晴と柩はごく自然に外出から帰ってきたかのようにエントランスを抜けエレベーターのスイッチを押した。四人はそれに乗って上に向かう。
 エレベーターは兎角達の部屋のあるフロアで停まった。ここまで来ればもう確定だろうと兎角は肩の力を抜いた。
 ここにあるのはもう各々の部屋だけだ。ここでそれぞれの部屋、兎角達は1号室に、千足達は4号室に別れて今度こそ本番が始まるのだ。
 目の前に見えた道に兎角は再度安堵と興奮をした。

 しかし兎角のこんな予想ですら当たることはなかった。
 前を歩く晴が兎角達の部屋、1号室の前を通り過ぎたからだ。
 兎角は驚き晴を見るが、晴はそれが当然という風に歩き続けている。
 これには千足も驚いたのか目を見開き兎角らを見るが、今度はその千足も驚くこととなる。なぜなら柩もまた自分達の4号室の前を通り過ぎたからだ。
 にわかに兎角と千足は不安になる。いったいこれから何が起こるというのか。さっきまでとは違う理由で心臓がばくばくと鳴っていた。

 やがて晴と柩はある部屋の前で立ち止まった。

「ここですよ。入ってください」

 その部屋を見た瞬間、兎角と千足は完全に恐怖で凍りついた。
 晴と柩が指し示した部屋。そこは金星寮C棟10号室、兎角と千足が密会に使っていた部屋であった。

「は、る……」

 ぎこちなく首を動かし晴を見る兎角。しかし晴は、そして柩は相変わらず笑顔のままである。

「どうしたんですか、兎角さん。さあ、入ってください」

 二人は扉を開き招く仕草をするが兎角と千足は凍り付いたかのように動けなくなっていた。

 ある意味当然であろう。ここは自分達が不貞を働いた場所。恋人を裏切った象徴の場所。二度と来たくもないような場所である。
 しかしそれはある意味では相手だってそうではないのか?
 意図がわからない。兎角は苦悶の表情を浮かべながら笑顔の晴を見つめた。どうしてそんな笑顔でいられるんだ。この部屋は言わば自分が裏切られた部屋だというのに。いったい何をしようというのだ。いったい何がしたいのだ。しかし兎角はその質問を口に出すことはできず、また晴もただ見つめ返すだけであった。

 膠着状態を解いたのは千足であった。
 兎角の隣で同じくうちひしがれていた千足であったが、覚悟を決めたのか一歩進み出て10号室の中に入っていった。柩がそのあとに続いて入室する。

「さ、兎角さんも」

 残った晴が兎角を促す。
 ぽっかりと空いた10号室の入り口は兎角からはまるで魔境の入り口のように見えた。しかしもはや逃れるすべはないのであろう。ついに兎角もまた重い足取りで入室した。
 それに晴が続き、そして10号室の扉は閉められた。

 10号室は空き部屋ながら家電類を除く基本的な家具は他の部屋と同等のものが入れられていた。つまりは学習机やテーブル、ソファーやベッドなどである。
 そんな中で兎角達四人はリビングとベッドルームの間の空間に立っていた。晴と柩がリビング側、兎角と千足がベッドルーム側である。

 両者の表情は対称的であった。晴と柩はまさにクライマックス直前と言わんばかりの楽しげな笑顔を浮かべているのに対し、兎角と千足はまるで死刑宣告直前の罪人のような不安げな表情で二人を見ていた。
 二人の困惑が最高潮にある中、おもむろに晴が手を叩いた。

「それじゃあ兎角さん、服を脱いでください」

 柩もそれに続く。

「千足さんもお願いします。もちろん全部ですよ?」

 唐突な要求に驚く兎角と千足。しかし晴達は反論の隙すら与えなかった。

「今さら抵抗なんてしないですよね?兎角さん」

「千足さん。言うことは何でも聞くっていう約束でしたよね?」

 五分後、兎角と千足の全裸で晴と柩の前に立たされていた。
 まとっているものは一つもない。ピンと立ったピンク色の乳首も愛液で濡れそぼった陰毛も完全に衆目にさらされている。
 当然晴と柩は服を着ている。その差がまるで主人と奴隷の関係性をイメージさせた。

 二人は手で体を隠すことを禁止させられたため体育の休めのようなポーズで立たされていた。
 軽く開いた足の隙間には風が通り、それが普段外気に触れない性器を冷たく撫でる。映画館でもそうだったが普段風が当たらないところに風が当たると自分が今非日常なことをしていると改めて思い知らされる。

 兎角は晴を見た。晴は今まで兎角が見たことのないほどの満面の笑みでこちらを見ており、そしてその瞳には確かに情欲の炎がともっていた。もはや晴も柩もそれを隠そうとすらしていない。
 兎角は子宮が疼くのを感じた。どうやらここまでされているにもかかわらず体は快楽を、そして晴を求めているようであった。
 しかしここでもなお兎角の願望は認められなかった。
 やがて視姦に満足したのか晴と柩は互いに目を合わせてうなずいた。そしてあらかじめ決めてあったかのように晴と柩は兎角達に命令をした。

「それじゃあ千足さん、東さんの胸でも揉んでみてください」

「兎角さんも、生田目さんを気持ちよくしてあげてくださいね」

 兎角も千足も一瞬命令の意味が分からなかった。思わず聞き間違いを疑ったくらいだ。
 それもそうだろう。二人の命令はそれぞれの恋人に再度浮気をしろと言っているようなものだ。

「ちょ、ちょっと待て、桐ヶ谷!それはいったいどういう意味だ!」

「?言葉通りですよ?胸を愛撫してあげるんです」

「そうじゃなくて……!その、私が、お前意外とそんなことをしていいのかと……!」

「ああ、そういうことですか。もちろん許可しますよ。気持ちよくさせてあげてください」

「は、はぁっ……!?」

 兎角もまた晴に突っかかる。

「いったい、どういうことだ!?」

「どうもなにも、生田目さんのおっぱいを揉むんですよ。大きいから揉みごたえがあると思いますよ」

「そうじゃなくて……!」

 すれ違う会話。そのさなか兎角は嫌な予感をしてしまう。
 まさか晴は始めから許すつもりなどなかったのではないだろうか。当の昔に愛想を尽かしており、この仕打ちは『それじゃあ後は生田目さんと仲良くしてね』というつもりなのではないだろうか。
 兎角は思わず震える。

「晴っ!私はっ!」

 しかし兎角の言葉は我慢ができずに前へと出てきた晴によって遮られた。

「あー、もうっ。素直にしちゃえばいいんですよ!」

 そう言って晴は兎角の手首をつかみ、その手を千足の胸に押し付けた。

「っつ……!」

 思わず反応する千足に兎角は慌てて手を引っ込めようとするが、それは晴が許さなかった。

「だめですよ、兎角さん。そのまま揉んであげてください」

 晴が兎角の手首を握る手に力を込める。単純な筋力で言えば兎角の方があるにもかかわらず兎角は晴の雰囲気に抵抗できずにいた。

「ほら、指全部を使って揉んでください。……おっきいですね。しかも柔らかい。あ、ほら、人差し指で乳首も刺激しなきゃだめですよ。こっちも大きいですね。しかも固くなって、エッチですね」

「くっ……!」

 兎角はそれがまるで魔法の呪文であるかのように晴の言葉に従い千足の胸を責める。千足はそれに反応しないように努めていたが体の興奮には抗えきれず、押し殺した喘ぎ声を幾度も漏らした。
 それを見て柩も面白そうに声をかける。

「ほら、千足さん。されてばかりじゃ申し訳ないですよ。千足さんも揉んであげてください」

「ふっ、ううっ……」

 おずおずと伸ばされた千足の手が兎角の胸に触れる。

「くぅっ……!」

 兎角も思わず快楽の声を漏らす。瞬間晴の機嫌を悪くさせたのではないかと兎角は隣の晴を見たが、晴はむしろ嬉しそうですらあった。

「ふふっ、それじゃあ二人とも、気持ちよくなってくださいね」

 そう言って晴は元いたソファーの所に帰っていく。
 晴が離れた以上兎角はその手を千足の胸から離すことができた。しかし晴の、そして柩の言葉は今の兎角達にとっては呪文であった。

「ほら、もっと強く揉みしだいてください」

「乳首をつまんでください。……そう。あ、引っ張ってみてもいいかもですね」

 兎角と千足は言われるがまま、向き合い立ったまま互いの胸を愛撫しあった。
 恋人に見られながらこのような痴態を行うのはとても羞恥であり、そしてそれ以上に恥ずかしいことはこんな異常なプレイにもかかわらず自分が反応してしまっているということであった。

「ん……!」

「くぅ……!」

 散々じらされた体は正直に反応する。
 それでも兎角と千足は恋人に気を使ってかできる限りその反応を抑えようとしていた。
 しかしそれを妨げたのも恋人たちの呪文であった。

「大丈夫ですよ、千足さん。ぼくはちゃんとわかってますから。だからちゃんと気持ちよくなってください」

「兎角さんもだよ。晴、兎角さんのかわいい声が聞きたいな」

 繰り返される刺激と魅力的な呪文は兎角と千足の理性を侵食する。
 二人のあえぎ声は徐々に大きくなり、ついには最初の絶頂時、兎角が大胆な嬌声を上げた。

「んん、ぁんっ……!」

 上半身にピリピリとした快楽が駆け巡り、太もも辺りから力が抜ける。
 兎角は倒れないように慌てて踏ん張り、シュールな体勢になる。
 晴と柩はそんな兎角の格好ですら楽しげに見つめていた。

「兎角さんの声、かわいかったよ。晴、もっと、もっと聞きたいな」

「千足さんも遠慮しなくていいんですよ。そっちの方が絶対気持ちいいでしょうし。東さん、もっと千足さんを気持ちよくさせてあげてください」

 これをきっかけに二人の嬌声は遠慮のないものに変わる。
 異常な状態はわかっていたが、火照った頭では抗いきれるものではなかった。
 精神的な箍が外れると快楽は増大し、そのまま二人は胸だけで軽く三回は絶頂した。

 二人は、あるいは四人は完全に色欲の狂気の中に落ちていた。

 晴たちの要求はエスカレートしていった。

「それじゃあ千足さん、そろそろ下を責めてあげましょうか」

「兎角さんは立ったままで足を開いてね」

 次の要求では千足が指で兎角の性器を責めた。
 立ったままという要求だったので千足が兎角の前にひざまずきそのまま指を入れる。兎角は二度絶頂する。愛液はくるぶしにまで垂れた。
 次は兎角が逆に千足を責めるが、千足は一度豪快に潮を拭いて絶頂し腰を抜かし倒れた。
 荒い呼吸が室内に響くも要求はまだまだ止まらない。

「次は69でもいきますか。一ノ瀬さん、千足さんを運ぶのを手伝ってください」

 腰を抜かした千足がベッドに寝かされ、兎角はその上に乗った。晴と柩はそれぞれ兎角と千足の股間側に立ち淫猥な指示を送る。

「あ、ほら、生田目さん。もっと強く吸いつかないと兎角さんのエッチな汁が垂れてきちゃいますよ」

「東さん。千足さんはここが弱いんです。舐めてあげてください」

 兎角も千足も狂ったかのように指示に従っていた。頭の片隅ではまだ異常さを感じられてはいたが、それでも快楽の波に飲まれるとその違和感は霧のように消えていった。
 快楽を与え、与えられ、そしてイかし、イかされた。
 晴と柩は自分の恋人が絶頂するたびに楽しそうにキャッキャと笑っていた。

 やがて淫猥な宴はクライマックスに達する。

「それじゃあ二人とも、貝合わせをするような格好になってください。あ、でもまだくっつけちゃだめですよ。十センチくらい離していてください」

 兎角と千足はフラフラの体で指示に従う。抵抗するという考えすらないようだった。
 互いに下半身を前に出す形で向かい合って座り、互いに右足を相手の左足に乗せて近付きやすくする。二人の、汁をドロドロと垂れ流す発情しきった性器が向かい合う。
 二人の用意ができるのを見るや、柩がベッド脇から何かを取り出した。
 それは男性器を模した張り型を繋げて棒状にしたもの、いわゆる双頭バイブであった。
 それを見たときは快楽に茹で上がっていた兎角達もさすがに息をのんだ。
 指の一本二本程度なら入れたことはあったが、あれほどはっきりしたものを入れたことはなかったからだ。
 二人の気後れに気付いたのか柩が優しく微笑んだ。

「大丈夫ですよ。これは比較的太くないものですから」

 加えて晴も安心させるかのように後ろから兎角の両肩に手を置く。
 兎角は振り返って晴を見た。

「晴は……」

「はい?」

「晴は、あれを入れている私を見たいのか?」

 晴はこの質問に驚いたように目を見開き、そして笑顔になった。

「はい、みたいです。あれで兎角さんが気持ちよくなっているところ。晴の見たことのない兎角さんが」

「そうか……」

 兎角は浅い呼吸をしながらそれ以上は喋らなかった。

 柩はまず千足にバイブを入れようとした。

「大丈夫ですよ、千足さん。すぐに気持ちよくなりますから」

 そう言いながら柩はやはり脇から取り出したローションをバイブの両端に塗っていく。塗り終わると二度ほどスイッチを入れて動くことを確認してから千足の股間に近づいた。
 柩、千足だけではなく向かい合う兎角、晴も必然千足のそこに目がいった。千足のそこは誰が見ても明らかなくらい発情していた。
 まず目が行くのは赤く充血した小陰唇。白い端整な肌に対し赤く熟れているそれはひどく淫靡に見えた。その隙間からはピンク色の肉に囲まれた膣穴が見える。そこはうっすらと開き愛液を垂れ流している。濡れそぼった陰毛や膨らんだ恥丘もまた千足の発情を示していた。
 柩はそんな千足の恥丘をやさしく撫でた。

「それじゃあ行きますよ、千足さん」

 柩がそう言ってバイブの先端を千足の膣穴に添えた。全員が緊張で息をのむ。

「それじゃあ行きます……!」

 柩は改めて宣言してからバイブを差し込んだ。バイブはローションなど必要なかったのではないかと思うくらいに一気に根元まで入っていった。

「あっ、があっ……!」

 千足が快楽に腰を浮かす。170センチほどある千足の体が大きく弓なりになった。
 柩は千足の下腹部を撫でながらとても満足そうな笑顔をしていた。

「次は兎角さんだね」

 すぐ後ろから聞こえた声に兎角はピクリと反応をする。しかしすぐに大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

「ああ、そうだな……」

 晴はさっと兎角の後ろから離れ千足の股に手を伸ばし、そこから生えるバイブの一端を手に取った。晴がそれを持った時、千足がわずかに吐息を漏らす。

「兎角さん、少し腰上げて」

 バイブはあまり柔らかくないのか、このままでは入れられそうにない。
 兎角は言われた通り腰を上げ、それで生まれた余裕を使い、晴がバイブの先端を兎角の膣穴に添えた。ローションにまみれたそれは少しひんやりとした。

「じゃあ、ゆっくり腰降ろして、兎角さん……」

 兎角が言われた通り腰を下ろすとスペースが消え、バイブの先端が兎角の膣穴を押し広げた。

「ん、くぅ……ううっ……!」

 腰を下ろすごとにバイブは兎角の膣深くに入り込み、完全に腰を下ろす頃にはこちらもまた根元まで入っていた。

「はあっ、はあっ、はあっ……」

荒い息をする兎角。そんな兎角を、いつの間に回り込んだのだろうか、再度両肩に手を置いた晴が称賛する。

「すごい……すごいよ、兎角さん……!」

 しかしまだ終わりではない。
 晴と柩は互いに目配せをし、そしてそれぞれの恋人に優しく声をかけた。

「それじゃあ、いくよ?兎角さん」

「いきますよ、千足さん」

 そう言って柩はバイブ中央のスイッチを入れた。

「あっ、があああああっ……!」

「っ、く、あ、あああああああっ……!」

 次の瞬間兎角と千足の体に感じたこともないほどの刺激が流れた。
 二人は今までに出したこともないような嬌声を上げ、体を大きくしならせる。腰を浮かせ、足を伸ばし、背を反り、頭を振る。
 晴と柩はそんな二人の様子を狂気にも似た笑みを浮かべながら見つめていた。

 バイブの振動自体は単調であったが、散々じらされた二人の体には充分であった。
 膣奥近くでの振動は全身の神経を目覚めさせる。手の足の指先にまで快楽がいきわたり、目の奥で白い光がちかちかとする。神経網はすべて快楽の電気信号を最優先に通している。体はあますことなくこの快楽を楽しんでいた。
 兎角が快楽に思わず背を反らし腰を浮かせるとそれに連動して千足側のバイブの角度が変わり刺激に変化が生まれた。それに千足が反応すれば今度は兎角の側に刺激が送られる。
 溜まりに溜まった二人の性感は崩壊したダムのように溢れ出て二人を打つ。
 そんな二人を見て晴と柩もまた最上級の興奮の中にいた。

「ああっ、千足さん、いいですよ!もっと気持ちよくなってください!」

 柩がローションを手に取り千足の胸を強く揉む。豊満な乳房がいびつにゆがむがそれも快楽にしかならない。

「んあああああっ!!!」

 獣のような咆哮を上げる千足。しかしそれを気にする者はいない。全員が皆同じくらい興奮していたからだ。
 柩が千足の全身をもてあそぶさなか、晴もまた兎角の胸を責め、舌を絡めていた。

「ん……んぁ、兎角さん……」

「ん、は、はる……」

 全身が性感帯となっていた兎角であったが、それでもキスの快感は別物であった。
 ざらざらとした舌が絡み合うたびに脳の奥がじんじんと痺れる。意識は今にも飛びそうであったが、兎角はそれをどうにか耐え晴の舌を追っていた。

 兎角は再度『来る』と思った。映画館の時も感じた『自分が今まで感じたことのないほど大きな絶頂』が来る感覚である。
 しかも映画館の時よりもはるかに大きい。
 しかしここでふと晴が唇を離した。
 兎角の頭に悪い予感がよぎる。またもじらされるのかと恐怖した兎角であったが、どうやら今回は少し様子が違うようであった。
 気付けば晴は今にも泣きだしそうな顔をしている。

「は……る……?」

 晴はその表情のまま兎角に尋ねた。

「兎角さん、気持ちいい?」

 兎角は回らない舌で答える。

「あ、あ……きもち、いい、ぞ」

 しかしこれは半分は嘘であった。
 確かに先ほどまで最上の快楽の中にいた。しかし晴の悲しげな表情を見るや、急に胸が締め付けられ快楽がもやの中に隠れたように遠くなった。

「は、る……?」

 不安げに晴を見る兎角。すると晴はハッと我に返ったような顔をして兎角の体を撫で始める。

「ほら、兎角さん!もっと、もっと気持ちよくなってね!」

 そう言って手を動かす晴であったがその表情にはなにか悲痛さのようなものが見え隠れしていた。
 いたたまれなくなった兎角が再度「晴っ!」と呼ぶと、晴はもう一度我に返ったような顔をして、そして一言、「ごめんね」とつぶやいた。

 急なつぶやきに困惑する兎角。そんな兎角を見てか見ずにか、ぽつりぽつりと晴がつぶやく。

「ごめんね、兎角さん……晴、ずるいよね……」

「はる?」

「ごめんね、兎角さん。実はこれは罰じゃないの。全部晴がしたかったことなの」

 晴は目に涙をためたまま懺悔を始めた。

「晴はね、ずっと兎角さんにこんなこと、めちゃくちゃにしたかったんだ。ううん、これだけじゃない。エッチな声を出させたり、恥ずかしい格好をさせたり、ローターを入れたエッチな散歩だってしたかったし、映画館でのエッチも前からしたいことだった……。でも、言えなかったんだ。こんなこと言ったら兎角さんに嫌われるんじゃないかって思って……」

 晴が涙を流す。

「そんな時、兎角さんと生田目さんのことがあった。知ったときはとっても悲しくって、苦しくって……でも話を聞いたら思ったの。もしかしたら晴が恥ずかしがらずに言っていればこんなことにはならなかったんじゃないかって。そう考えたら怒ってた気持ちはなくなって、それから、やっぱり兎角さんとエッチなことがしたいって改めて思ったんだ。……でも、それでも怖くて言い出せなかった。嫌われたり、変な娘だと思われたらどうしようって思って……だから罰にかこつけて、晴は……」

「晴……」

 ようやく兎角は今回の件の全てを理解した。不満があったのは自分だけではなかったし、それを言い出したら嫌われるのではないかと恐怖したのも自分だけではなかった。要はそんなすれ違いがさらにねじれたのが今回の話だったのだ。
 不甲斐ない話だが兎角は今初めて晴の本当のところに触れた気がした。そして晴が今までより一層いとおしく見えた。
 兎角は首を伸ばして晴の唇に軽くキスをした。
 もう兎角に恐怖はなかった。

「晴……」

「兎角さん……?」

「晴。私はお前が好きだ。愛してる。お前にめちゃくちゃにされたい。晴。好きだ。私を愛してくれ」

 兎角がほほ笑むと晴は大粒の涙をこぼした。それは悲しみや苦しみから出たものではなく歓喜から流した涙であった。

「兎角さん……!」

「晴っ……!」

 二人は再度口づけを交わしそして舌を絡め合う。今度こそ二人で上り詰めた最上級の快感でった。

「はるっ……!」

「兎角さんっ……!」

 おもむろに晴が上に着ていたものを脱ぎ、そのまま背後から兎角に強く抱きつく。

「んくあああっ……!」

 肌が触れ合うだけで背すじに電流が走る。晴が胸の愛撫を始めると体が溶けるかのような快感が全身を包む。
 自分と晴との境界がなくなり一体になれるような幸福感。兎角は自分の口からはよだれが、目からは涙が流れていることに気付いたがそれを拭う時間すら惜しむように晴の愛撫に身を任せていた。

 兎角が幸福感に包まれる最中、ふと目の前の千足と柩が目に入った。
 彼女達もクライマックスに入っていた。特に千足はもう限界を越えていた。足は大きく開かれ淫靡に腰を細かく浮かせている。豊満な胸は柩に何度も蹂躙されたのだろう、ローションまみれで且つ所々に赤い跡が残っていた。
 顔に至ってはその陶酔っぷりがあからさまに出ていた。口はだらしなく開かれその口角にはよだれの泡ができている。目は繰り返された絶頂のためかほとんど白目を剥いていた。さらに汗や涙やよだれで顔は普段の凛々しい千足からは考えられないくらいに乱れている。
 しかし柩はそんな千足をこの上なくいとおしいという顔で見つめていた。

「ああっ、千足さん!素敵です!本当に素敵です!」

 そう言って千足に口づけを交わす柩。その快楽に反応してか千足はまた一つ絶頂を迎えた。

 兎角はその光景を心底羨ましいと思った。
 もはやあの二人に境界はないのだろう。己の欲望も何もかもさらけ出しぶつけ合える関係。恋人同士の理想とも言える関係。
 自分達もそれができるのだろうか?兎角は一瞬考えるもすぐに一笑に付した。
 大丈夫。なぜなら私と晴なのだから。
 理屈ではない。晴ならきっと私を受け入れてくれるであろう。私も晴ならきっと受け入れられる。
 兎角はわずかに微笑み晴に声をかける。

「はる……」

「兎角さん?」

「もう、イきたい……お前の手で、さいごまで、してほしい……」

「兎角さん……!」

 晴は嬉しそうに口づけをしてから兎角の全身を責め始めた。

「兎角さん!イっていいからね!思いっきりイっていいからね!」

「あっ、あっ……んくぁああっ!」

 晴は全力で最後の愛撫を始めた。
 それは力強くはあったが決して乱暴ではなく、まるで兎角の神経がどこにあるのか把握しているかのように的確に兎角に快感を与えた。
 晴が兎角の下腹部、ちょうど子宮の辺りを優しく撫でた。

「がはぁっ……!」

 兎角は限界まで体を反らせた。
 兎角の女の子の部分の最奥が溶けるのではないかと思うほどに熱を帯びる。
 それに連動するかのようにすべての神経が一本に纏まり脳に直結する。

 来る。それも最上級のものが。

 足はがくがくと震え呼吸も苦しかったが兎角にためらいはなかった。
 なぜなら兎角は一人ではないのだから。

「は、る……」

「うん。兎角さん、大好きだよ……!」

 晴は最後のスイッチを押すかのように兎角のクリトリスに触れた。

「ふっ、くぁ……!」

まさにそれが最後のキーとなり兎角の中に白い大きな、大きすぎる波が押し寄せた。

「ああああああああああああっ!!!!」

 兎角の中からありとあらゆるものが溢れ出た。

 汗。涙。よだれ。愛液。嬌声。羞恥。恐怖。困惑。そして最後に残ったのは純粋な幸福感であった。

 兎角は今まで経験したこともないほどに真っ白く絶頂した。

 金星寮C棟10号室。
 この部屋は本来空き部屋であるのだが、今日はひどく人の気配がした。
 部屋の空気はほのかに火照り、汗と愛液とわずかなアンモニアの臭いがした。ベッドのシーツは乱れ、その脇には衣服が投げ出されている。
 ベッドは二台ありそれぞれ二人ずつが使っている。一方では幸せそうに添い寝をしており、もう一方では片方が相手を膝枕をしている。

 その膝枕をしている方が幸せそうに相手の髪を撫でながら声をかけた。

「兎角さん、眠いんじゃないの?」

 膝枕をされている方、兎角ははっと目を覚ます。
 反射的に「違う」と言おうとしたが、うとうとしていたのは事実なので言葉に詰まって視線を横に反らす。
 そんな兎角の子供っぽい反応に晴は微笑む。

「ちゃんとした枕で寝た方がいいよ」

 そう言った晴であったが兎角が膝枕から離れてしまうのは惜しくもあった。
 晴がそう考えていると、兎角が一瞬晴に視線を戻し、そしてまた恥ずかしそうに反らした。

「もう少し……」

「ん?」

「もう少し、このままでいたい……」

「……そっか」

「ああ……」

 そう言って兎角は目をつぶり、晴はまた幸せそうに兎角の髪を撫で始めた。

 兎角は自分の呼吸が穏やかになっていくのを感じた。このままだともうすぐ本当に寝てしまうだろう。寝るなら晴の言う通りちゃんとした枕で寝た方がいい。
 しかし兎角は、今日はこのまま晴の膝枕で寝たいと思った。
 たぶんそれが一番気持ちよくて、一番よく眠れるはずだ。起きたときに晴になにか小言を言われるかもしれないが、それですら密かに楽しみであった。
 兎角の呼吸がさらにゆっくりになる。もはやまぶたを開けることすら億劫になっている。
 兎角は最後に口を開いた。

「晴……」

「はい?」

「寝る……」

「ふふっ……はい。お休みなさい、兎角さん」

 晴はもう一度兎角の髪を撫でた。
 兎角は幸福感に包まれたまま、ゆっくりと意識を手放した。


 了

くぅ疲
拙作失礼しました

HTML依頼してきます

おつ

乙乙

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