蜂はお花のなかに(オリジナル百合) (53)
過去作:魔王♀「食べちゃうぞー」、女子大生と女子小学生の一夏の想いで☆ など。
義理の姉妹百合です。
書き溜めないので亀更新です。
蜂は お花の なかに
お花は お庭の なかに
お庭は 土塀の なかに
土塀は 町の なかに
町は 日本の なかに
日本は 世界の なかに
世界は 神さまの なかに
そうして そうして
神さまは 小っちゃな 蜂のなかに
(金子みすず「蜂と神さま」より)
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お母さんが、まだ学生服を着ていた時から、その本は家にあったらしい。
本なんてあまり読まないお母さんは、好きだった男の子が借りていたという理由で、その詩の本を借りた。
たった1ページだけ朗読し、満足し、そしてそのまま本を返し忘れて、私の代まで家に置いてある。
「この本、私の家にも、ありました」
「そうですか」
言って、懐かしむように彼女は手に取った。
彼女は、中学1年生くらいで――というのも、学校には通っていない――、どうも今日から一緒に暮すみたい。
お母さんが言うには、お父さん違いの姉妹だって。
どうして、学校に行ってないのか聞いてみたら、出生届を出してなかったから、って答えてくれた。
出さなかったら、就学通知も来ないらしい。
よく分からなかったので、私は、へー、とだけ返した。
「勉強は、でも、好きです」
と、彼女は賢そうな表情をした。
そうして、その日、私は、その昔、母が恋した男との子どもの、義姉になったのだった。
眠すぎるのここまで
そろそろ起きるべき
もうすぐ起きますお待ちください
待ってる
次の日の朝、不思議な光景があった。
朝ごはんを食べ、歯を磨き、中学校の制服に着替えて、いざ学校へ向かうおうと玄関の扉を開けた瞬間、
「いってらっしゃい」
と声をかけられた。
「あ……うん。いって、きます」
この家にそんな習慣はなかった。
扉がしまった後、私はなんとなく気づいた。
彼女は、元の家で、あれが普通だったんだと。
我が家を振り返る。
同じくして、母が出てきた。
玄関先で、何か小声で話している。
恐らく、昨日と同じ事を言っているんだと思う。
家から出ないでね。ベランダには出ないでね。
カーテンは開けないでね。
人が来ても、電話が鳴っても出ないでね。
彼女はそれがいつもの事のように、ううん、実際彼女にとっては普通の事だったんだと思う。
はい、はい、と頷いているだけだった。
義妹の名前は、みすずと言った。
みすずが、朝のドラマに出ているヒロインに似ているなと発見したのは教室に入ってからだった。
「かほ、暗い顔」
名前を呼ばれて、振り返る。
「え、そう?」
「妹、できるって言ってたよね。どう?」
「どうって」
「合わない感じ? 年上?」
「たぶん……同い年位。合うかって言うのは、優しそうな子だったし、大丈夫、たぶん」
「たぶんて、昨日はそんなに話さなかったの? って、そんなすぐに話せないか」
「そうだよ」
「顔、可愛い?」
「まさみが好きな、朝のドラマのヒロインに似てる」
「ええ、見たーい!」
説明すると、まさみは嬉々として私の後ろの席に腰掛けた。
優しそうな子。
私と同じ部屋のベッドで寝るって話になった時も、そう言えば怒らなかったな。
それもそのはずで、前は押し入れで寝ていたそうだ。
例え同じベッドで狭かろうと、嬉しいのだと話していた。
昨日の夜、彼女と何度か話して価値観っていうのかな、そういうものが全然自分と違う事が分かった。
私って幸せだったんだ、そう思った。
「まさみ、私さ、幸せ者みたい」
後ろを振り向かずに言った。
「はあ?」
彼女は意味が分からなかったようで、当たり前だけど、話は続きはしなかった。
授業が始まっても、彼女のことがなんとなく気がかりで。
今頃、家で家事をしているであろうみすず。
それ、いいな。
勉強しなくていいなんて。
学校に行かなくてもいいって、羨ましい。
長時間椅子に縛られることもない。
逆に、家から出られない彼女は私のことどう思ってるんだろう。
同じように思ってるのかな。
「では、問3ちょっとやってみよっか」
先生の声がしたので、ペンだけ動かすフリをする。
すっごい長い夏休みみたいな感じかな。
でも、夏休みが嬉しいのは、学校があるからだし。
うん、わかんないや。
私はクラスメイトから少し遅れて教科書の問題に取り掛かった。
放課後、まさみが家に来たいと言っていたけど、妹の事は誰にも見られないようにしてと母に忠告されていたので断った。
存在自体誰にも言うなと言われていたけど、まさみにうっかり言ってしまったのは、あの子が朝ドラのヒロインに似ていたせいだ。
うん、まあ、私の口が軽いだけだ。
「同じ家って事はさ、この学校に通うの?」
「あ、ううん」
別れ際、まさみが聞いてきた。
私は首を振った。
「え、じゃあどこ?」
辺り前の質問に、間が開いた。
「……えっと」
「あら、まさみちゃん」
買い物袋を両手に下げて、
「お母さん」
にこりと大人らしくない顔で笑っていた。
「言ってた時間より早かったね」
「ええ」
荷物がいつもより多い。
みすずの歓迎会の食糧だ。
だいたい、仕事場の人と飲んで帰るから、夜は私が支度をしておくんだけど。
「ああ、パーティーですね」
と、まさみが言った。
お母さんが息を呑んだ。
笑ったまま、
「なんでそう思ったの?」
「え、だって家族増えたんですよね」
私は心臓が止まりそうになった。
まさみの口をすぐに塞いだ。
何が起こっているのか分かっていないまさみが私の腕を払った。
「な、なにすんの」
「ご、ごめん。それより、暗くなるから、早く帰りな。ね」
「そのつもりだけど、わ、ちょ、押さないで」
「うん、また、明日」
「ちょ、ま、かほっ?」
ぐいぐいと押して、曲がり角まで送る。
今日はここまで
また明日以降
乙
ワケあり姉妹いいよね
いくつかの忠告をまさみにして、ひやひやしながら家に戻った。
母の姿は無く、すでに家の中に入ったようだ。
自業自得なのだけれど、入りにくい。
『パーティー』の準備をしないわけにもいかないし。
怒られるのを覚悟で、玄関に向かった。
「おかえりなさい」
小さく笑いながら、みすずが出迎えてくれた。
私は小声で、あ、うん、と返す。
初対面の時はそうでもなかったのに、同じ家で暮らすという実感が沸いてきた今、なんだか話しずらい。
他人じゃないんだ。
自分のテリトリーにいる。
居心地が良いものじゃないのは、当たり前なのかな。
救いなのは、私も朝ドラのヒロインの顔は嫌いじゃなかったので、それだけは良かったかも。
みすずが手を伸ばしていたので、私は首を傾げた。
「かばん、持つよ」
まるでサラリーマンのお父さんにする仕草。
「え、いいよ」
私は足早に二階の自室へ向かう。
背後に視線を感じたのが、ちょっと気まずかったので立ち止まった。
「あの、同い年だしさ、気とか遣うとしんどいと思うし……」
と振り返り、苦笑い気味にみすずに言った。
「ごめんね、気をつけるね」
彼女は素直に頷いていた。
部屋に戻って、カバンをベッドに放り投げた。
そして、一人の空間にほっとした。
と、そう言えば昨日の夜から二人用になったことに気が付き、カバンを拾い上げて自分の机の上に置く。
気を遣わないって言った矢先、こうやって遣わないといけないことが増えてくるのかと思うとなんだかしんどい。
キッチンにいるであろう二人の間に入って行くのも、上手にできる気はしない。
だって、あの二人も母親と娘なのに。
彼女の持ってきた手荷物を見やる。
わずかな着替えの入った紙袋。
人の物をジロジロ見るのはよくない。
よくないけど、あまりにも少ない荷物に、昨日から逆に何が入ってるんだと気になっていた。
「……かほ」
「わあっ」
母が扉を開けて、こちらを覗いていた。
眠すぎるので寝ます
また明日以降
乙
おつ
私を叱りに来たのかと思ったけれど、そうではなかった。
「玉ねぎ……切ってよ~」
目にティッシュを当てて、情けない声を出す母。
「ええ? また? 自分で切りなよそれくらい」
「涙出るんだもん……うっ」
手で目元をこする。
「ああ、ちょっとそうやって擦ったらダメだって」
「いいから、早く手伝いに来て」
半べその母に急かされて、私は素早く部屋着を引っ掴んだ。
「みすずは料理得意だからね、かほ教えてもらいなね」
私だって、以前に比べたら少しは上手くなった方だ。
味付けは薄い方が好きだから、薄味になるだけで。
「いーよ、別に」
適当に返事して、母と一緒にキッチンへ向かった。
お母さん、とみすずがボールに入ったみじん切りの玉ねぎを差し出した。
「これくらいでいいですか?」
「みすずぅ! 上手上手!」
手は使わず、母がみすずの頭を肘でごりごりと撫でた。痛そう。
照れくさそうに、みすずは小さく笑っていたけれど。
「えー、で、ハンバーグはそっちで作ってるんだね。スープはじゃあ、私が作るのね」
私は、冷蔵庫を開ける。
「はい、カボチャ」
と、背後から母。
おつとめ品と書かれたシールの張られた栗カボチャ。
形がとても不細工だった。
「50円? やっす。食べれるの?」
「何言ってるの。味は変わらないから」
「ふーん」
と、私たちがそんなやり取りをしている間に、みすずはせっせとハンバーグのタネをこねていた。
カボチャを軽く洗って包丁の刃を入れる。
とりあえず、軽く4等分。
「頑張れ頑張れー」
応援する母。
「お母さん、何してるの?」
「応援」
カボチャを投げつけてやった。
1時間くらいして、料理が出来上がった。
食器とか生ゴミとかも細目に片づけながらハンバーグを作っていたみすずによって、
普段では考えられない位、綺麗な状態で夕飯を迎えた。
「はーい、じゃあ今日からこの家の一員になるみすずにカンパーイ」
母はビールの缶を、私とみすずは麦茶の入ったコップを掲げた。
こうやって、母と食事するのも久しぶりだし、母以外の人と家で食事するのも久しぶりだった。
私は相変わらず余所余所しい態度で、二人の会話に加わった。
「ねえ、ハンバーグ最高じゃない?」
お母さんがべた褒めしながら箸を動かす。
「かほさん、美味しい?」
みすずに丁寧な口調で聞かれた。
「あ、うん。美味しい……です」
お母さんが箸を止めて、
「なーんで、そんなに堅いのよー。同い年なんだから、もっと砕けて喋ればいいじゃない。かほは数か月お姉さんなだけなんだから」
そうは言っても。
「みすずも、さんなんていらないから。妹なら、かほお姉ちゃんでいいじゃない」
そんなにすぐに割り切れるわけないじゃん。
「あ、えっと、かほお姉ちゃん」
みすずが言った。
私を見て、にこりと笑う。
背筋がぞわりとした。
「よーし、2人とも打ち解けた所で、大事な話するから」
ぜんっぜん打ち解けてないんですけど。
「みすずは大丈夫だと思うけど、この先も平和に暮らすためのお約束ね。特に、かほ」
ややきつい口調で呼ばれて、背筋が伸びた。
「な、なに」
「みすずのこと、まさみちゃんに言ったでしょ」
「……う」
「隠しても無駄なんだから」
「ごめんなさい」
「もお、まさみちゃんには誰にも言わないように念押ししておくこと」
「うん」
母がビールを一缶潰し、次の缶を子気味良い音を立てて開けた。
「それでから、まずはみすずは前の親戚のお家の時と同じように、外に出ない、ベランダに出ない、電話に出ない。SBD三原則。オーケー?」
「なにそれ」
「いいの」
お母さんがきっぱりと言った。
みすずは、小さく頷いていた。
「かほは、みすずの事を話さない。聞かれても答えない。それから、みすずの欲しいものは買ってあげること。貯金の範囲で。分かった?」
「分かったけど、みすずはしんどくないの」
「うん、大丈夫」
なんでこんなに素直に聞くのかな。
「かほ、余計な事考えないの。以前ね、みすずが前の前の家にいた時にね、バレちゃったことがあって、それはすごく大変だった。だから、そのお家は引っ越ししなくちゃいけなくなったの。で、みすずの親戚のお家に預かってもらってたのよ。でも、そこでもいざこざがあってね、みすずも凄く苦労してるの」
「あのさ……なんで、そうなったの?」
一番の疑問を、今聞く所、私は結構空気が読めないと思う。
「知らなくていいの」
駄々をこねて聞き出そうかと思ったけど、
本人の前でこれ以上聞くのも可哀相だったので口をつぐんだ。
「とにかくね」
母が両手をパンと叩く。
「二人はこれから姉妹になるんだから、ちゃーんと手を取り合って助け合って生きていくんだよ?」
母が私の手とみすずの手を引っ張り、重ね合わせる。
日に焼けていない白く細い指。
私の手と比べるとオセロみたいだった。
「じゃあ、お母さん夜の仕事に出かけないといけないから、二人でお家を守ってね」
ウインクして、慌ただしく食器を重ねて流しに運ぶ。
私はさっと手を引っ込めた。
「朝ごはんいるの?」
「朝ごはん? あー、うんいる」
「ご飯? パン?」
「パン!」
「やった、ご飯炊かなくていい……あ、みすずもパンでいい?」
「うん、いいよ。私、朝ごはん準備しとくね」
あ、そっか。
みすずがいるんだった。
私は遠慮がちに、
「じゃあ、えっと、お願い。冷蔵庫のもの適当に使っていいよ」
「分かった」
ご飯を食べ終えて、二人きりになった気まずい空間にテレビの音が流れていた。
ぼんやりとソファで眺めていたらいつの間にか眠ってしまっていて。
起きたら、お風呂上がりのみすずが目の前にいた。
「お風呂、先に入ったよ」
「ん……」
リビングの蛍光灯の眩しさに目を細めた。
「いま、なんじ……」
頭の中がはっきりしない。
「22時だよ」
もう、そんな時間なんだ。
口もとのよだれを拭いて、ソファからずり落ちながら起きる。
「ねむ……」
「大丈夫?」
お水が小脇にそっと差し出された。
長い睫。濡れた髪が肩からはらりと広がった。
髪は誰が切っているのか、自分で切っているのか。
どうでもいいか。
水を受け取って、ぐびぐび飲んだ。
「ここで寝る?」
とみすずが聞く。
「……」
それってつまり、私のベッドをみすずが占領するということだ。
まるで私が居候しているみたいじゃない。
なんか悔しい。
その悔しさは隠しながら、私は首を振った。
大人にならなくちゃ。
「部屋で寝る」
「じゃあ、立てる?」
片腕を支えられた。
背中が震えた。
「一人で、大丈夫だし」
思ったより低い声で拒否してしまう。
「そっか」
なんで、そんなに距離を縮められるのだろう。
出会ってからまだ数日しか経ってないのに。
分からない。
私はきっと人見知りなんだ。
今日はここまで
また明日
乙
8レス目が妹なのに年上って聞いてるので、訂正しておきます
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/20(日) 23:38:00.45 ID:jGcK+NKNO
義妹の名前は、みすずと言った。
みすずが、朝のドラマに出ているヒロインに似ているなと発見したのは教室に入ってからだった。
「かほ、暗い顔」
名前を呼ばれて、振り返る。
「え、そう?」
「妹、できるって言ってたよね。どう?」
「どうって」
「合わない感じ?」
「合うかって言うのは、優しそうな子だったし、大丈夫、たぶん」
「たぶんて、昨日はそんなに話さなかったの? って、そんなすぐに話せないか」
「そうだよ」
「顔、可愛い?」
「まさみが好きな、朝のドラマのヒロインに似てる」
「ええ、見たーい!」
説明すると、まさみは嬉々として私の後ろの席に腰掛けた。
次スレから続き
私がお風呂から上がった頃、みすずは部屋で勉強をしていたようで、カーペットにぺたんと座る彼女が伸びをしていた。
「なんで下? 机、使いなよ」
「いいの? ありがとう」
多少遠慮するかとも思ったけど、すんなりと受け入れるみすず。
もちろん、気を遣われた方が面倒くさい。
「私、家で宿題とかしないから」
「宿題?」
まさかとは思うけど、
「宿題って、学校で出される問題とかのこと」
「ああ、うん」
説明すると、思い出したような顔をして、
「いいなあ」
と小さく笑った。
冗談でしょ、と返そうとして、この人は私とは違う人間だった事に思い当たり、
「そう?」
とだけ呟いた。
私の部屋にはベッドと勉強机と小さい本棚と、それからガラクタの詰め込まれた段ボールが一つ置いてある。
本棚には詩集が収まっていて、小さい頃に読んだ位で、内容は断片的にしか覚えてない。
母はいつも台所の方で寝ていて、元々はこの部屋で一緒のベッドで寝ていたのだけど、
私が大きくなって二人で寝るのがきつくなってきてからは、向こうで寝るようになった。
仕事も不規則で、夜の勤務が多いから、私も帰ってきて起きる羽目にならなくて済むので嬉しかった。
ちょっと、寂しかったけど。
「寝る?」
「うん」
今、同じサイズの人間が隣にいる。
「あ、目玉焼きとスクランブルエッグどっちがいいかな?」
明日の朝ごはんのことだ。
「どっちでもいいよ」
「好きな方は?」
どっちでもいいって言ってるのに。
会話が終わらないのも嫌だったので、ぶっきらぼうに、
「目玉焼き」
と答えて、壁の方に顔を向けた。
「わかった」
相手に背中を向けて寝るのは失礼なのかなとも思ったけど、
顔を突き合わせて寝るのも気まずいし、
どっちにしろ私はこの子がどう思おうが関係ないと思いたいのに、
どう接すればいいのかしばらく悶々とすることになるのだった。
翌朝、目の上が痛かった。
たぶん、うつ伏せか、変な姿勢で寝たんだろう。
寝返りとか打てなかったはずだし。
机の上に湯気の立つ目玉焼きが置かれていた。
「そう言えば、みすずはどっちが好きなの?」
エプロンを外して、席に着くみすずが笑う。
「どちらも好き」
「えー」
と、玄関のカギが開く音。
「ただいまー」
お母さんだ。
「おかえりー」
「いい匂い~」
よたよたと駆けよって、私の肩に両腕を置いた。
「今からだから、手洗って顔も洗って、一緒に食べようよ」
「ほんとー? 待って、待って」
ストッキングを脱ぎながら洗面所へ駆けていく。
お酒とタバコの匂い。
いつもと違う香水の匂い。
どこで誰と会って来たかは分からない。
でも、どうして会うのかは分かる。
「お母さん、イケメンいたー?」
奥から、
「いた、いた~!」
と、はしゃぐ母。
「しかもね、すっごく優しいの。顔が良くて、真面目そうだった」
「顔が良かったら誰でもいいよ」
「かほは、またそんなこと言う」
「毎日見るなら、そっちの方がいいじゃん」
「ほんと、私の娘だなー、かほは」
「でも、タバコ吸う人は嫌」
と言うと、
「お母さんも嫌よ。だから、もし、ちゃんとお付き合いするってなったら、タバコやめてくれますかって、聞いてみるつもり」
そんなので止めるのか疑問。
「頑張ってね」
「うんっ」
でも、お母さんは単純で優しいから、きっと頼んだら考えてくれるって思っちゃうんだろう。
そうやって、お母さんは色々な勘違いをして、真実を知って、何度か泣いて、でも、懲りずに繰り返す。
真実は、いつも残酷だものばかりだ。
スッピンになっても可愛いらしい母も席に着き、私たちは食卓を囲む。
「いただきまーす」
その頃には目の上の痛みも無くなっていた。
なんとなく気になって触っていたら、
「大丈夫ですか?」
とみすずが聞いてきた。
「うん」
2人で寝てるせい、とも言えず、私は乾いた笑いでごまかした。
「あ、そうそう、かほ。みすずにちょっと勉強教えてあげてよ」
「お母さん、私が勉強嫌いなの知ってるでしょ」
「知ってるけど、お母さんはもっと教えれないし」
「勉強って言っても、色々あるじゃん」
「あ、あの私、英語が苦手で」
そんなの私だって母国語ですら苦手なのに。
英語なんてもっと無理なんですが。
「無理、一人でやった方がいいって」
「そう言わないでよ、かほ~」
お得意の猫なで声の母に飽きれながら、
「そこまで面倒見れないし」
と自分でも切れのある言葉を放った。
しまった、傷つけたかな、と横目でみすずを見やる。
にこにこと笑っていた。
良かった。
「そうだ、参考書みたいなの買って来る。そっちの方がいいって」
と私は提案した。
母は小言を言っていたけど、みすずは頷いていた。
学校に行って、まさみに念押しして、買い物行って、と脳内のメモに記す。
「みすず、何か他に欲しい物ある? おやつとか」
「お菓子は、あまり食べないの」
「他は?」
みすずは首をひねる。
いちいち反応が遅い。
会話のテンポというか、普段、人と話してないせいかな。
「みすずは自分で買い物行かないから、何があるかとかは分からないのよ。かほが選んできてあげて」
なるほど。
「はーい」
同情しないといけないんだろう。
でも、私は面倒だなという気持ちと、
悪事の共犯者の気持ちとに苛まれて、
どうしても、みすずのために何かしてあげなきゃとは思えなかった。
母とみすずに見送られ、学校に向かった。
変なの。
あの家がどんどん知らないものになっていく錯覚。
学校に着いた時、私の顔を見て、まさみが言った。
「何、怒ってるの」
「怒ってない。でも、昨日の帰りの事には怒ってる」
「やっぱり怒ってるんじゃん」
まさみの腕を引っ張って、耳元で母から言われた通りに説明する。
「あの」
「あのもでもも、聞かない。首を縦に振ってくれたらいいの」
と言って、私はまさみの頭部を両手で掴んで無理やり頷かせた。
「でもさ、かほ、たぶん……それ」
「言わないで」
「分かってるなら、なおさらやばいじゃん。大きな過失とかってレベルじゃないじゃん」
まさみが刑事ドラマでかじった様な知識で言った。
「いやだよ、新聞の一面にかほが写るのとかさ」
「私だって、嫌だよ」
嫌だけど、私に何ができるの。
私にできるのは、みすずの参考書を買ってくるくらいだよ。
「まさみも、知らなかった方が身のためだよ」
まさみの瞳が開かれる。
「悪役っぽい」
冗談じゃない。
どうして、私が悪役なの。
まさみが笑う。
「何かあったら、相談できる範囲で言ってよ」
でも、悪役には気の良い友だちがいたりするんだよね。
「うん、ありがとう」
それでから、悪役にもお母さんがいて、妹がいて、ちっさくてボロい家がある。
みんな、そのボロい家での生活を守るために頑張ってたりするんだ。
私のことじゃない。何かのドラマの話しだ。
私のことじゃないから。
放課後、まさみと別れて花屋に向かった。
一人で過ごすなら、小さい植物でもあったら違うと思う。
蝶々でも寄ってきそうな黄色の葉っぱの観葉植物を発見。
ほわほわしてるし、ぴったりだった。
持ち上げると葉っぱが動いて、なんだか可愛かった。
「これ、ください」
喜ぶかな。
って、またそうやって反応を気にする。
気にするな。気にするな。
鉢が倒れないように、ショップのお姉さんが囲いを入れて袋に入れてくれた。
「これ、今の時期はお花が咲きますからね」
「え?」
葉っぱしかない。
「ここ」
指を差されて、目をこらす。
アリくらいの蕾がある。
「これが、桃色の花を咲かせるんです」
「へえ」
可愛い奴だ。
外にも出ずに、植物と戯れるなんて、貴族みたい。いや、お姫様か。
友だちに心配されることもないし、
あれを買おうこれを買おうって悩むこともない。
ガサっと袋が揺れた。
「げ」
袋を揺らさないように両手で持った。
焦った、倒れるかと思った。
薄い雲が空に広がっていた。
夕焼けが家々を橙色に染めている。
綺麗。
こういうのも見れないんだよね。
それって、生きてて楽しいのかな。
我慢できるものなのかな。
あの子、やっぱりどっか抜けてるんだ。
夕焼けにみとれて、私はしばらく突っ立っていた。
家に帰ると、カーテンがわずかに開いていた。
はっとなって、急いで帰る。
窓辺にいたのは、お母さんだった。
「もお、焦ったじゃん……」
「ああ、ごめんごめん」
夕焼けが差し込んでいた。
もしかして、お母さんも見てたのかな。
ちょっと嬉しい。
「ねえ、見て見て」
「え?」
台所の方に連れていかれる。
机の上でエプロン姿のみすずが寝こけている。
「みす……」
「しー」
なに。
「急に生活も変わって疲れたのかも。そっとしておきましょう」
「……ねえ、これ」
植物の鉢を渡す。
「可愛い~」
頭を撫でられた。
「みすず、嬉しがるよ、きっと」
お母さんの指に違和感を感じた。
「それ」
「あ、この指輪可愛いでしょー。プレゼントしてもらったの」
「あのイケメン?」
「うん、そのイケメン」
「今度は大丈夫そう?」
「うん!」
太陽のような明るい笑顔。
もしかして、こうやって、私も、みすずも生まれたのかもしれない。
私のお父さんは、どっかの県議会議員だって言ってた。
本当か分からないし、会った事あるらしいけど、覚えてもいない。
でも、イケメンだったらしい。
それは嘘じゃないと思う。
月末になると、いっつもぎりぎり生活できるくらいのお金が通帳には入っていて。
たぶん、お父さんが入れてるんだと思う。
「ねえねえ、かほ。みすずのこと大切にしてあげてね」
「……」
「ね」
「うん」
「お母さん仕事で、明日からちょっと1週間くらい出かけるから、お願いよ」
「無理しないでね」
「こう見えて、体力あるからね!」
力こぶをつくる。
顔に似合わない。
「かほはさ、卒業したら何かしたいことある?」
「なに、急に」
「どうするのかなって。だって、かほはもう大人だもん、働くのも勉強するのも自分で決めれるよ」
大人って、なんだろう。
14歳の私は、大人なんだろうか。
「みすずのことをどうするかも、かほは自分で決めれるの」
私は、みすずはお母さんの娘であって、私には何の関係もないものだと思おうとしていた。
なのに、お母さんはそんな事を言うのだ。
急に、瞼が熱くなって、自分が泣きそうなのだと悟った。
なんで、そんな事言うの。
私は私のことでいっぱいいっぱいなのに、
みすずのことまで考えたくないのに。
でも、突き放せない。突き放しきれない。
みすずのことを認めれば認める程、
お母さんは私だけのお母さんじゃない。
小さい頃から、お父さんがコロコロ変わった。
優しい人もいれば、ささいなことですぐに怒って、怖い人もいた。
良い人よって、お母さんは誰に対しても言った。
でも、みんないない。
お母さんを置いて、みんないなくなった。
どこが良い人だったの。
お母さんも悪いけど、どうして見るからに騙され易そうなお母さんに、そんな酷い事するの。
みすずだって、みすずだってお母さんを利用してるだけなんじゃ。
私は、世界中の悪い奴から、お母さんを守りたいだけなの。
今までもこれからも、やりたいことは変わらないの。
「みすずー、起きてー」
お母さんがみすずを揺り動かす。
ゆっくりと目を開けて、きょろきょろと私たちを見回した。
「あ、お帰りなさい。かほ」
「ただいま。はい、これ」
参考書を目の前に差しだした。
どう使うかはよく知らない。
みすずはじっと見つめて、受け取って、頬を緩ませた。
「ありがとう」
「あと、これ」
手の平サイズの小鉢を、机の上に置いた。
いったんここまで
乙
続きマダー
続きまだー?
もうちょっとおまちください
待ってる
まだ?
妹を頑なに隠す理由はわからずじまいか
ほ
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