周防桃子「Brand New Start Line!」 (15)

地の文ssです。
歌詞考察的な要素を含んでいるため、桃子のソロ楽曲を聴いておくとよりお楽しみいただけるかと。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1500974852

 歓声と熱量に包まれて、桃子は呆然と立ち尽くしていた。

 アイドルとしての初めてのステージ。色とりどりのステージライトに飾られて、観客席もペンライトできらきらしていて、桃子が知っている舞台とは全くの別物だった。

 桃子の知る観客は静かに椅子にもたれて、見定めるような遠慮のない視線を常に投げかけてくる存在だ。スタンディングオベーションだってもはや空想の産物にすぎなかったというのに、出てきただけで観客総立ちなんて、信じられない。

 頭が真っ白になる。ダンスも歌も桃子のぜんぶに染み込むまで練習した。だからちょっとくらい頭が回らなくたって完璧にこなしてやろうって意志は消えてない。だけど、だけど。

 ああ、この期に及んでようやく実感したんだ。

 アイドルとしての振る舞いを、目の前にいる人たちに好かれてその熱量を引き出すやり方を、桃子は何一つ知らない。女優としての桃子の経験は、ここじゃ通用しないんだ、って。

 その深刻さをちゃんと理解できるだけの余裕は残ってなくて、わずかなプライドがどうにか桃子を鼓舞している。幸いなことだったと思う。

 そう、後戻りなんてもうできないんだから、今はただ全力で――

「おつかれ、桃子。いいステージだったな!」

 なんて能天気なお兄ちゃん。のほほんと嬉しそうにしちゃって、本当に分かってないと思う。

 舞台裏へと戻ってきた桃子に声をかけてきたお兄ちゃんは、そんな皮肉を言いたくなるくらいには上機嫌だった。間違いなく、桃子以上に。

 まあ、ステージそのものは盛況だったと言っていいはずだ。お兄ちゃんだって桃子にウソとかごまかしで褒めたりなんてしないことはわかってる。でも、そうじゃないんだ。

「桃子、こんなのじゃまだ満足してないよ。ダンスだって危ないところがあったし、お兄ちゃんは見る目が甘すぎ」

「うーん、始めから完璧を求めすぎても良くないだろ? 桃子の進む道はこれからなんだからさ」

「もう、この業界じゃ第一印象がいっちばん大事なんだから! 最初見たときダメだったら、それだけでずっとダメな子だって思われちゃうんだからね!」

「何より、桃子が納得いってないの!」

 そう、そうだ。

 こんなの納得できなかった。本番に臨む心構えが足りなかったから、変に取り乱してミスが出てしまった。

 許されていいはずがない。許していいはずがない。桃子はプロなんだから。プロのアイドルになるんだから。

 いざステージに立ってその空気に飲まれてるようじゃ、ぜんぜん駄目なんだ。

 だというのに、生意気にも屈みこんで桃子に視線を合わせてきたお兄ちゃんは、ちっとも深刻そうなそぶりを見せずに笑っている。気に食わないから睨んでみたってそのままだ。

「いや、桃子は凄いな! 初ステージからあんなに堂々とパフォーマンスをして、それでもまだ満足してないなんて、プロデューサーとして鼻が高いよ」

「……ふん、桃子、別にすごくなんて」

「凄いさ。誰が何と言っても、桃子はそう思わなくても、俺は凄いと思う! 立派な初ステージだった!!」

「っ……」

 ああもう、なんなんだろう。お兄ちゃんがこんなにも自信たっぷりに言い切るから、ほだされてしまいそうだ。お兄ちゃんがそう言うなら悪くなかったのかな、なんて思ってしまう。

「そ、そこまで言うならご褒美くらい用意してくれるよね? ふわっふわのホットケーキ、食べさせて!」

「わかった! それじゃあいいレシピを探しておくから、楽しみにしていてくれ」

「え、お兄ちゃんが作る気なの!? それはちょっと不安かも……」

 本当に、能天気なお兄ちゃん。プロデューサーとしての仕事はホットケーキを作る事じゃないでしょ。まあ、アイドルのモチベーションを保つことは、立派な仕事かもしれないけど。

 ともかく、こうなったら桃子が色んなところから引っ張りだこになって、お仕事でいっぱいにしてひいひい言わせてやるんだから。それこそ、ホットケーキを自分で作るなんて発想が浮かばないほどに。

 山積みの書類と格闘するお兄ちゃんを想像するとなんだか滑稽で、くすりと笑ってしまう。何を勘違いしたのか目の前のお兄ちゃんはそんな桃子を見てさらに上機嫌になるものだから、おかしくてたまらない。

 でも、そうやって笑いながら、頭は別のことを考えていた。あの時の感覚を、桃子はきっと忘れられない。初めてのステージに感じたほろ苦さを、見なかったことにして先に進めるわけがないんだから。



 アイドルってなんだろう?

 ベッドに身体を沈めながら考えてみる。視界の端には開きっぱなしのカーテンの隙間から夜の星が覗いていた。部屋を照らす真っ白な蛍光灯の光と比べると、あまりにも儚くて弱々しい光。でも、暗い夜空の中に散りばめられた星々は、どこか客席に見たあの光を彷彿とさせる。

 アイドルはその歌と踊りでファンを夢中にさせる仕事。だけど、それだけじゃない。パフォーマンス、紡ぐ言葉、一挙一動ぜんぶが作り上げる桃子のアイドルとしての人物像を愛してもらえるようにならなきゃいけないんだ。それも、何の物差しもない中で。

 演じるべき役柄がはっきりしてた今までと同じやり方はできない。桃子は、桃子自身を……ううん、違う。みんなに愛されるアイドル周防桃子を完璧に作り上げないと。

 色とりどりに飾りつけて、どんな桃子になればみんなが観に来てくれるだろう?

 部屋に置いてある姿見の前まで緩慢な所作で歩いていく。鏡に映った桃子はよく言えば真剣な、悪く言えば辛気くさい表情をしていた。こんな顔はステージで晒せないな、とぼんやり思う。

 すぅ、はあ。一呼吸でスイッチを入れる。

「会場のお兄ちゃんも、お姉ちゃんも、桃子のステージに来てくれてありがとうございますっ! みんなを夢の舞台にご招待しちゃいますからねっ…………ちょっと作りすぎ。演技っぽいのはサイアクだし、もうちょっとイメージしやすい方がいいかな……」

 きゃぴっ、とギラついた擬音が響きそうな声音に、貼りつけたことが丸わかりなやり過ぎの笑顔……そんな自分自身に顔をしかめた。何やってんだろ。素人でももう少しまともな演技ができるよ。

 どうにか気を取り直して少しずつイメージを変えながら同じ口上を繰り返してみる。その度にこうでもない、これも違うと切り捨てていくから、テンションが乱高下して疲れてしまった。

「はぁ……ほんと、こんなんじゃ…………」

 これじゃあ、あのステージの二の舞になってしまう。ステージの上で笑顔一つ満足に浮かべられないようなアイドルがどこにいるだろう。

 アイドルとして桃子はどう振る舞えばいいのか、全然わかる気がしない。桃子をどう売り出していくの?ねぇ――

「あ…………」

 ――お兄ちゃん、教えてよ。

 そうだよ、アイドルには脚本も監督もいないけど、プロデューサー……お兄ちゃんがいる。

 お兄ちゃんに頼るなんてシャクだし、そもそも本当に頼っていいのかまだちょっとわからない部分もある。でも、間違いなく桃子に指針を示せる人だ。指針を示せなくちゃ困る人なんだ。

 思い立ったらすぐに行動。机の上で充電中のスマホをたぐり寄せて、お兄ちゃんへ向けてメールを打ちこむ。話したいことがあるから明日時間を作ってと、そんなような内容でメールを送り、画面の上の方に表示されている時計に視線を向けた。

 いつもの寝る時間より少し早いくらいの時刻だけど、今はやりたいことも浮かばない。ついさっきまでと同じように、ふかふかのベッドに体重を預けた。

 ベッドは舞台になって、パジャマは衣装になって……あ、カーテンは閉めなきゃ。お星さまにライティングされてしまっている部屋を見て、はたと気づく。

 まあ、いいや。もしかしたらアイドルになった夢でも見れるかもしれない。

 明日の朝にちょっと困るかもしれないけど、イメージを掴むお代替わりには丁度いいだろう。カーテンを開け放したまま、やってくる睡魔に身を任せて……。

 そうして、桃子は夢を見た。

 ステージの上できれいにデコレーションされた桃子が笑っていた。みんなも笑っていた。幸せそうだった。

 でも、歌って踊っているうちに、桃子に貼られた夢のシールがはがれていく。一枚はがれるごとに客席の光が消えていく。後ろの席から、どんどん、どんどんと!

 笑顔が消える。最初に失われた笑顔のシールがはらりはらりと宙を舞い、可愛げのない素顔の桃子を俯瞰する桃子がいる。消えていく。みんなの笑顔も一緒になって消える。桃子は必死にみんなを繋ぎとめようとして歌い踊る。でもステージを照らす光は消えて、消えて、消えて。笑顔なんてどこにも残ってなくて。

 最後の最後、一番前の席の、ああ、待って、待ってよ。桃子を、桃子は、あ、ああ、あああああああああああああ!?


「…………っ!!!」

 悪夢を見た。幸せが奪われていく、とびっきりに最悪な悪夢。

 目覚ましが鳴るより一時間早く目が覚めた。悪夢のせいか、それとも部屋に差し込む朝日のせいかはちょっとわからないけど、どちらにしても気分は酷いものだった。

 パジャマは汗を吸ってじっとりと肌に張り付くし、ベッドだって心なしかじめじめして感じる。何よりも、ばくばくうるさい心臓がいつまでたっても止まってくれないのが不快だった。

「ぅ、はっ……っ、はぁ、はぁ…………」

 喘ぐように不規則なペースで空気を吐き出す。まるで全力で走った直後みたい。

 理不尽なもので、普通の夢はすぐに忘れてしまうのに悪い夢となるとそうはいかない。ぞっとするような恐怖が記憶にこびりついて、桃子を蝕んでくるのだ。

 半分だけ身体を起こして大きくため息をつく。

 ほんと、酷い夢だった。絶対にああなりたくないって景色を詰め込んだみたい。大丈夫、桃子はあの夢をなぞったりなんてしない。言い聞かせる。

 ようやく呼吸も整ってきた。でも、まだ心臓の音は桃子の胸の奥で声高に主張を続ける。恐怖すべきことがあったのだとその鼓動で全身に伝えてくる。

 いつも起きる時刻までたっぷりの時間をかけて、どうにか気持ちを落ち着けたら、いつもより少し眠りの浅い桃子の一日が始まった。



「それで桃子、急に話だなんてどうしたんだ? 悩みでもあるのか?」

 メールで約束したとおりに時間を作って、お兄ちゃんはそう言った。

 当然の問いかけと一緒についてきた予想に小さく憤る。悩んでるって思われるような桃子に腹が立つし、それ以上に言い当てられたような気持ちになるのが気に食わなかった。

「別に……そうじゃなくて、確認だよ」

「確認?」

「そ。お兄ちゃんはさ、桃子をどんな風にプロデュースするつもりなの?」

「どんな、って。そこはもちろん、トップアイドルを目指す! じゃないのか?」

 概ね予想通りの答えにため息をつく。間違ってはいないだろう。目標を見据えていることは悪い事じゃないし、その目標が高いのもプラスだ。でも、聞きたい事とはズレがある。

「それは結果でしょ。そうじゃなくて、桃子をどんなアイドルとして売り出すのか、って聞いてるの。劇場にだって50人以上のアイドルがいるのに、前ならえでトップアイドルを目指しますだなんて言わないよね?」

 うっ、とお兄ちゃんが言葉に詰まるのを見て、再度ため息をついた。やっぱりちゃんと話しておいて正解だったかもしれない。最初の目的とは違うけど、この辺りをあいまいにされる訳にはいかないのだ。

「まさか、本当に何も考えてないの?」

「い、いや、そんなことはない。一人ひとりの個性……桃子の強みだって理解してるつもりだ」

「なら、早く答えて」

「うーん……桃子はさ、どんなアイドルになりたいんだ?」

「もう! お兄ちゃん、質問してるのはこっちだし、桃子がどんなアイドルになるかを決めるのだって、お兄ちゃんの仕事でしょ?」

 苛立ちまじりにお兄ちゃんを軽くにらむ。お兄ちゃんは桃子の視線を受け止めて、でも真剣な表情を崩さなかった。

「なあ、桃子には子役時代に培った演技の経験があるだろ? それを押し出して売っていけば、芽が出るのは早いと思う。……でも、それでいいのか、って思うんだ」

「どうして? 売れるのは、いいことだよ」

「桃子には、まだ桃子も、俺だって気づいてないような可能性があると思うんだ。今から方向性を決めてしまうのは、勿体ないと思わないか?」

 お兄ちゃんの言葉は現実を見ていない理想論のようにも思える。できるとわかっていることがあるなら、それは活かすべきだとも。でも、今はまだ否定しちゃいけないと思った。だって桃子にはまだ足りないものが絶対にある。

 初めてのステージがちらつく。今の桃子にできることだけじゃ、あのステージを超えられない。だったらアイドルとして必要なもの全部、これからのお仕事で身につければいいんでしょ。

「それに、アイドルは自己表現だと俺は思う。桃子が何をしたいか、それだって大事な事なんだ」

「桃子が……? 桃子のやりたいこと…………」

「まだ、桃子自身でもやりたい事が見つかってないから、俺にこうして話をしにきたんだろ? だから、それが見つかるまでは勉強だと思って、さ」

 お仕事は与えられるものだったから、自分の希望なんて考えたこともなかった。演技のお仕事をしたいって気持ちは確かにあるけど、アイドルとしてやりたい事かと問われるとわからない。

 また見透かされてるな、と思う。どうしてか、今度は不快じゃなかった。

「……わかった。今は色んなお仕事を経験してアイドルのこと、勉強するね。でも、桃子は仕事を選り好みする気も手を抜くつもりもないから、お兄ちゃんもそのつもりでいてよ」

「ああ。いい仕事を持ってくるから、期待しててくれ!」

 お兄ちゃんは自信たっぷりににかりと笑う。そんな姿に引っ張られて期待に応えてあげるのも、悪くないんじゃないか、と。そんなようなことをつい思ってしまった。



 しばらくの時間が過ぎた。お芝居に始まり歌番組にバックダンサー、列挙するだけでも少し大変なくらいのお仕事を経験した。そのどれもが求められるものは全然違っていて、対応するために沢山のことを考えさせられた。それがどうにか実を結んで、及第点くらいは貰える出来になったと思う。

 今日もまた、そのうちの一つ。対戦型のバラエティ番組に出演することになったのだけど、桃子にはこのお仕事に腹を立てている部分がある。何故って、そんなのは凄く単純なことで。

「お兄ちゃん、ちょっとこのお仕事、どういうこと! どうして台本にどのチームが勝つかが書かれてるの? こんなの、ヤラセだよ!」

 そう、収録を行う前から優勝チームが決まっていたのだ。こんな予定調和、どう演じればいいのかわからないし、そもそも納得がいかない。

 控室で声を荒げる桃子を、お兄ちゃんは周りを気にした様子でたしなめてきた。ぱっと見た感じだと桃子以外に人はいないし、誰かに聞かれる心配なんてないと思うけど。

「すまない、俺の方でも確認してみたんだけど……どうやらこの番組自体が優勝チームのドラマの番宣のためのものみたいでさ。向こうも取り合ってくれなかったんだ」

「じゃあ、桃子にわざと負けろって言うの!? そんなつまらない仕事して、面白い番組なんて作れないよ!」

「桃子が納得いかないのはわかってるんだ。でもな、面白い番組を作ることだけがテレビの目的でもないことはわかるだろ?」

「…………わかるけど、でも納得は絶対できない」

 桃子の言葉に、お兄ちゃんは頭を掻く。悩むそぶりを見せているだけでも、お兄ちゃんに桃子を蔑ろにしようという意志があるわけではないことはわかった。

「……だよなあ。よしわかった、桃子の思うとおりにやってみよう」

「……ほんとに? 勝っちゃってもいいの?」

「俺だって担当アイドルに手抜きなんてさせたくないからな。それじゃ、行ってこい!」

 最終的には桃子の主張を聞きいれたお兄ちゃんに、少し驚く。いくら納得がいかない内容でも向こうの決定には従わないと、って言ってくるものだとばかり思っていたから。

 背を押された気分になる。八百長に加担なんてしてやらない。その方が面白くなるに決まってるって、見せつけてやるんだ。

 結果からいうと、最後のゲームを残して一位は台本通りのチームに、桃子たちのチームはそれに食いつく形で二位につけていた。残りのチームは優勝できないほどではないけど、現実的じゃないくらいの位置だ。

 やる前から優勝チームを決めているだけあって、ゲームのルール自体がそのチームに有利なものになっていたし、不正すれすれに思える場面もあった。例えば、クイズゲームは出演者の一人の得意分野だったし、ランダムで的が出てくるはずの的当てゲームは得点の高い的が当てやすい場所に多く出てきたりしていた。

 ゲーム間のトークでMCが運が良かったですね、なんて言ってるのを見ると、全部知ってる桃子からすれば白々しいとしか思えなかった。桃子はプロだから、顔に出したりしないけど。

 それでも、まだ勝ちに手が届く場所に食らいついた。台本に書かれた目安の得点より、数倍競った優勝争い。勝敗のほぼ決した最終ゲームなんて見たがる視聴者はいないだろうし、それと比べればテレビ的にだって面白い展開になっているはずだ。

 最終ゲームは不安定な足場でバランスを取りながら各所に置かれたポイントを回収していくものだ。もちろん、足場から落ちたらその場でアウト。全員で挑むけど一人でもどうにかできるルールなのはラッキーだった。チームで一丸となって、っていうゲームだったら他のメンバーに足を引っ張られるのが目に見えている。

 順位が下のチームから挑んでいく様子を見て、対策を考えていく。後に挑んだ方がゲームを理解できるって意味でも最後に挑む一位のチームが有利だと気付いて、すこし気に入らなかったけど。

 とにかく、出番だ。思ったよりぐらぐらと揺れる足場に立って、思ったより高い場所から地面に敷き詰められた立方体の緩衝材を眺める。危なくはないとわかっていても、少しだけ恐怖を呼び起こされる光景だった。

 ぱちん、と頬を叩いて気合を入れる。ゲーム開始を告げる甲高い電子音とともに、桃子は大きく一歩目を踏み出した。

 点々と配置されたポイントのうち、高得点のものは当然バランスの悪い足場に集中している。まずは安全なところから回収して、地道にポイントを稼いた方がいいはず。

「っ、とと……!?」

 少しだけふらついてしまう。大人がやることを想定されたステージは大股で歩かなきゃ飛び越えられない隙間も多くて、バランスをとる難易度を上げている。ゲストの層をちゃんと考えないゲームへの文句も、今は口にする余裕はなかった。

 慎重に、でも大胆に。飛び跳ねるような動きでバランスをとるのは簡単なことじゃないけど、どうせ後半はもっとハードになるだろう。今のうちに体に覚えさせておかないと。

 観客席から届く声でメンバーが一人脱落したことがわかる。予想通り、高得点狙いで失敗したみたいだ。これがわざとだとしても、そう見えないのはうまくできてると思う。

 どうにか低得点のポイントを殆ど回収したところで、残りは桃子一人になった。安全策は見栄えが悪いから、他のメンバーが注目を集めている間にここまでやれたのは幸いだ。

「すぅ……やれる。桃子なら、やれる」

 どれだけポイントを稼げるか。ここまで来たなら意地だ。勝って、鼻を明かして見せる。

 意を決して今まで以上に不安定な足場へ飛び込んだ。体重が軽いおかげか、傾きが若干緩やかだ。いける、と踏んで最初のポイントまで一気に走る。

 止まったら足を取られるだろうから、一輪車をこぐみたいな危ういバランスで走り続けてポイントを回収。そのまま身体の向きを変えて次の足場へ踏み出そうとした瞬間のことだった。

「ひっ、ぁ……!?」

 視界に入った客席の、その冷ややかな視線が突き刺さる。

 気のせいかもしれない。視界に入ったのは一瞬だった。でも、どこかで感じたことのある恐怖が呼び起されたことだけは間違いのない事実だった。

 フラッシュバック。ああそうだ、この場所の全てが桃子のそばを離れていく感覚は、いつかみたあの悪夢の光景で。だから、泣きたいくらい必死な感情が溢れはじめる。

 眩暈がした。平衡感覚がなくなった。それは、この状況においては致命的だった。

 足を踏み外して、桃子は落ちる。落ちていく。やけにゆっくりと重力に引っ張られるさなか、目に映るのは先に落ちたチームメンバーの安堵の表情だった。

 そりゃ、そうだよ。だって桃子はこの場所じゃ端役に過ぎないのに、主役を勝手に倒してしまおうだなんて。そんな出しゃばった真似が受け入れられる訳がなかったんだ。

 熱が引いて、気力が失われていくのを感じる。ぼふ、と敷き詰められた立方体の中に埋まって、そのまま、しばらく身体を動かす力も湧かなかった。

 その後の撮影は滞りなく進んだ。最後のチームはピンチを演出しながら予定通りに優勝をかっさらっていって、わいわいとドラマの番宣をしていた。

 ただのゲストの一人である桃子は、ほんの僅かに残った矜持でお行儀よく笑顔を浮かべる。聞き分けの悪い子どもなんて放っておけばいいのに、MCは悔しかったね、なんてあからさまに幼子を相手するみたいな口調で話を振ってくるものだから、余計に惨めだった。

 衣装室でそそくさと衣装を脱ぎ捨てて、控室に戻る。共演者の桃子に聞かせるために発された皮肉を受け流して、早足に歩く。

 だけど、あと一つ曲がったら目当ての場所に辿りつくという曲がり角で、不機嫌さを隠さない男の荒々しい声が聞こえて、つい立ち止まってしまった。

 おどおどと、躊躇いながらその先にある光景を覗き見る。予感があった。そしてそれは、全くもってその通りの光景を桃子に見せてくれた。

 お兄ちゃんがひたすらに頭を下げている。ふんぞり返って苛立った態度を変える素振りもないその相手は、確か番組のディレクターさんだったと思う。どうしてと理由を問うような余地なんてない。お兄ちゃんは桃子の自分勝手のせいで、ああして謝らなきゃいけなくなってるんだ。

 ディレクターさんが発している言葉は、上手く聞き取れないけれどロクでもない中身であることは確かだった。漏れ聞こえる単語もひどいものばかり。お兄ちゃんは頭を下げたままそれを受け止め続けていた。

 はやく、はやく桃子も一緒になって謝りに行かなきゃ。そうすれば矛先は全部桃子に向かってくれるかもしれない。そうなるべきだ。桃子の責任をお兄ちゃんに押し付けるなんて、ああ、なのに、どうして?

 信じられない。足が動かなかった。それどころか後ずさりすらはじめてしまう始末だ。でも、だって、怖い。今も聞こえる怒号にすら近い罵詈雑言なんてどうでもいい。あれを浴びせられたくらいでめげる桃子じゃない。だけど。

 もしお兄ちゃんが庇ってくれたらちょっと嬉しいかもしれない、なんて少しでも考えてしまう桃子の弱さが恐ろしかった。その弱さがどんどんと別の恐怖を呼び寄せてくるから。

 そう、それは真逆に位置するもしもの話。もし、お兄ちゃんからも冷たい視線を向けられたら――桃子は、何を頼りにすればいいの?

 あ、駄目だ。自覚してしまったら、もうどうにもならなかった。思っていたよりもずっと、桃子はほだされてしまっているんだと自覚する。桃子とお兄ちゃんはビジネスライクな関係だなんて思ってたはずなのに、笑っちゃう。

 結局、曲がり角に隔てられたその場所に割って入ることはできなかった。ようやく満足したディレクターさんとのすれ違いざまに深く頭を下げて、ふん、と鼻を鳴らして通り過ぎるのを呆然と眺めて、またタイミングを見失うんだ。

 今すぐにお兄ちゃんの前に現れてずっと眺めていることしかできなかった桃子が露呈するのも、時間をおいて何も知らない顔でお兄ちゃんの前に立つのも、どっちも嫌だった。

「あ、桃子! 遅かったじゃないか。大丈夫か?」

 そしてお兄ちゃんはそんな二律背反に縛られた桃子を自分から見つけてしまうような、とびっきりに空気の読めない人なのだ。

 第一声が険しい声音でなかったことに、ひどく安心する自分がいた。そして、そうとわかってしまえば弱い桃子なんて見せたくないって気持ちも湧き上がる。

「だ、大丈夫って、何が? 桃子が心配されるようなことなんて、ないと思うけど」

 とっさにできるのは強がることだけだった。いくらお兄ちゃんが鈍感でも簡単にバレてしまいそうな虚栄。おかしいな、感情のコントロールは得意だと思ってたのに。

「収録中、完全にアウェーな空気だったから疲れてると思ったけど、強がりくらいは言えるみたいで安心したよ」

「む……なに、その言い方。このくらい、桃子にとっては全然へっちゃらだよ。まあ、でも……」

 言いよどむ。余計なことを言ってしまいはしないかと吐き出そうとしている言葉を頭の中で吟味する。……大丈夫、これくらいは言っていいし、言った方がいい。

「今度からは、こういう無理はやめとく。765プロの評判が悪くなったら桃子だけじゃなくてみんなにも迷惑かかるもんね」

「桃子……」

 ほんと、お兄ちゃんはポーカーフェイスが苦手だから考えてることがすぐにわかっちゃう。それがほんのちょっと嬉しいようで、でも今はただひたすらにほろ苦い。

 もう。なんでそこで心配そうな顔をするの。そこは桃子の成長を遠回しにほめるところでしょ。ナマイキで、出過ぎたことをして、そういう桃子はやっぱりこの業界じゃ認められない。お行儀のいいアイドル周防桃子を演じていれば角が立たないんだって、改めて学んだんだよ。

「ほらお兄ちゃん。挨拶回り、行くよ。今日のこと謝りにいかなきゃ」

 これが最後の一仕事だからと、意気込むように営業スマイルを作る。ただニコニコしているだけじゃ反省の色が見えないから、少しだけ申し訳なさそうにすることも忘れない。

 さあ、さんざんに恨み言を言われて、今日のお仕事を清算しよう。

 お兄ちゃんの手を引いて……だけど、その手は動かなかった。催促してもお兄ちゃんはその場に立ち止まったまま。何かしらの拒絶を感じて、怖くなって手を離してしまう。お兄ちゃんが何を考えているのか、今度はまるでわからなかった。

「お兄ちゃん……?」

「桃子、ちょっと大事な話がある」

「な、なに?」

 びく、と身体がこわばるのを感じる。桃子が何かおかしなことを言っただろうか。心当たりはないはず、だけど。

 お兄ちゃんがこんな風に桃子の行動を遮って話を切り出してきたのは、多分初めてだと思う。今までになかったこと……それだけで、不安になる。

「桃子の今までの仕事を見ていて、ずっと気になってたことがあるんだ。それが今日はっきりしたから、プロデューサーとして少し話をさせてくれ」

「うん……わかった。お兄ちゃんから見てダメな所は甘やかさずに言って。そうじゃなきゃ、桃子のためにならないから」

 覚悟を決める。ううん、大嘘。覚悟を決めたふりをする。自分は覚悟を決めているんだと言い聞かせる。内容次第では本気でショックを受けるだろうけど、お兄ちゃんはただ都合のいいだけの人であってほしくないから、受け止める。

「……それじゃ、単刀直入に。桃子、仕事の時キャラ作ってるだろ」

「……? それって、普通のことじゃないの?」

「そうだな、普段とは違う、なりたい自分や理想の自分を演じるっていうのは悪いことじゃない。でも、俺には桃子のそれは違って見える」

 違う。具体性も何もない言葉だけど、ぐさりとくる。だってお兄ちゃんがそう感じた理由を他でもない桃子がはっきりとわかってしまうから。

「違うって、どんな、風に?」

 だけど、敢えて聞いた。お兄ちゃんと桃子が考える理由が同じであってほしいとも、違っていてほしいとも思いながら。

「完璧に作られすぎてるんだ。桃子は、キャラを演じることで自分を覆い隠そうとしているんじゃないのか?」

「…………でも、お兄ちゃんだって十分わかってるでしょ。桃子が桃子の思うままでいても、それが認められることはないって」

 桃子が見つけたものと殆ど同じ理由に対して、桃子が認めざるを得なくなってしまった現実を叩きつける。それは、ひどく苦しい行為だった。

 ああ、わかっているはずだ。そうでなきゃおかしいんだ。だって、さっきまでお兄ちゃんが嫌というほど怒りをぶつけられていた、その原因は紛れもなく桃子にある。なら、きれいで皆から好かれる桃子に飾り付けた方がいいに決まっている。そう、それが当然の考え。

「本当にそう思うんなら、桃子はアイドルとしてはまだまだだな」

 それを一蹴するものだから、反発が真っ先に浮かんでしまった。

「なっ……それどういう意味!? たった今、証拠が出たばっかりなんだよ?」

「俺が桃子を見てきて、仕事にも桃子の素が出ていたと感じたことが一回だけあった。ああ、今日の仕事じゃないぞ。……いつだと思う?」

「え……えっ?」

 驚いた。桃子はずっとお仕事に合わせて最適な自分を演じてきたはずだった。それなのに、自分でも気づかないうちにそのままの桃子でやってしまった仕事があるなんて。そして、それにお兄ちゃんが気づいているだなんて。

 心当たりは見つからない。あれ、まだアイドルになって時間も短いのに、仕事自体は沢山したけど、それを忘れるなんてこと、ありえないのに。学んだこともひとつひとつ、ちゃんと覚えてるのに。

 慌てて指折り数え直す桃子に、お兄ちゃんはくすりと笑う。ほんの一瞬だけど、不意打ち気味に余裕ありげな大人の表情をするものだから、文句もどこかへ飛んで行ってしまった。

「それはな、桃子。桃子が初めてアイドルとしてステージでパフォーマンスを披露した時だよ」

「…………!!」

 とくん。心臓が跳ねる。高鳴っていく胸のおくのほうに相反して、どんどんと桃子の気持ちが腑に落ちていく。

 あの時は本当に余裕が無くて、ただ目の前で熱気を放つお客さんにどうにかして応えようと必死だった。きっと無様だったと思う。完璧だなんてことはぜんぜんない。でも、お客さんは喜んでくれた。お兄ちゃんも褒めてくれた。それだけで、十分みたいだった。

 それは……ああ、それはなんて。

「桃子は桃子でいい。ずっとしまいこんでた最高にステキな桃子を、俺たちに見せてくれ!」

 なんて、魅力的なステージだろう。わくわくするお仕事だろう! そんな場所に桃子が立っているなんて、そんなのまるで夢みたいだ。

 今まで誰も言ってくれなかった言葉。ずっと、心の底ではみんながお行儀のいい桃子を求めていると信じてきたから、ぜんぜん知らない感情。もっと知りたい。他の誰でもない、桃子自身が桃子のことを好きって言えるこの気持ち。

「っ……! うん!!」

 大きく頷く。これで、答え合せはおしまいだ。お兄ちゃんがくれた言葉が、桃子の勇気になる。悪夢みたいなイメージを吹っ飛ばす力にだって、きっと。



 舞台裏、ステージが始まる直前。ここからでも感じ取れる期待を受け止めながら、桃子は震える手をぎゅっと握った。

「緊張してるか?」

「ぜんぜん。だって桃子、これくらいの舞台なら慣れっこだもん」

 自分を鼓舞するついでに強がってみせる。アイドルとしての仕事だってたくさん経験してきた。初めてのステージの時よりずっと、アイドルのなんたるかを分かってきたはずだ。だから、もうちっとも恐れない。

「……こほん、今日のステージは、アイドル周防桃子の新しいスタートだ! 桃子の魅力、余すことなく全部ぶつけてこい!!」

 お兄ちゃんも桃子を鼓舞する。それに乗っかるように、桃子は力強く一歩を踏み出した。

「会場のお兄ちゃんたちに、お姉ちゃんたちー! 今日は桃子のステージに来てくれてありがとね! 一瞬でも目を離したら後悔する夢の世界にご招待するから、ちゃんと見ててよっ!」

 最初の口上。沢山のお仕事で猫をかぶってきた桃子じゃない、ただの周防桃子の紡ぐ声音と言葉を発した直後、ほんの一瞬だけいやなイメージが頭に浮かぶ。みんなが桃子に興味を失ったりしないだろうか。この熱気が無くなったりしないだろうか。

 それは自分を押し込めることに慣れきってしまったが故の桃子の恐怖だ。だけど、ああ、そうだ。桃子は弱音なんて吐かない。このステージで、みんなも桃子と同じ夢を見てくれる。同じ夢を見せてみせる。

 桃子は桃子でいい。……そうだよね、お兄ちゃん。

「今日の曲は桃子の新曲! ……期待、してなさいっ!」

 怖くない! 信じたい! その気持ちをありのまま――叫べっ!!

「MY STYLE! OUR STYLE!!!!」

 会場いっぱいに届くくらいの、全力で歌い始めた。今まで歌ってきた曲とは違う、パワーのある歌い出し。空気が変わるのを感じた。みんながペンライトを振る、その勢いも強くなる。ところどころ沢山の明るいオレンジの光が見える場所もあった。

 ウルトラオレンジ。最高に力強い、桃子の色だ。用意してくれてたんだ。

 無限に爆発するみたいにどんどんとパワーが溢れてくる。もう、止まらない。キラキラとまばゆいくらいのあの光に負けない……ううん、押し勝つくらいに、桃子だってもっともっと光り輝くんだ!

 歌もダンスも、信じられないくらいに力がこもる。今までのどんなレッスンよりも上手くできてるって自信がある。

 ステージの上で歌い踊るのは桃子ひとりだけ。でも決して独りじゃない。みんながいる。この輝きを、この場所のぜんぶが一体となって作ってる。

 曲の終わりが少しずつ近づいてくる。落ち着いた曲調へと移り変わるCメロに、歌っていながら少しだけ視界がぼやけるのを感じて、すぐに拭った。もっとみんなを見ていたい。一緒に笑っていたい。

 最後のサビ、出し惜しみなんて絶対にしない。最高に無敵なこの気持ちのままに、声を届けなくっちゃ。

 これからみんなと一緒に駆け出していく……遠く遠く未来へと。こんなにも大きな一歩を踏み出させてくれた人たちに、もう一度伝えるのだ。桃子の笑顔で、桃子の言葉で。

「期待してなさいっ!!」

 だって桃子は、これから今よりもずっとずっと素敵で魅力的なアイドルになっていくんだから。

 曲が終わり、桃子の全身を包むみんなの声に心がどんどんとあたたかいもので満たされていくのを、ただ、じっと立ったまま感じ続けた。

「すぅ……はぁ…………!」

「おつかれ、桃子。今までで一番のステージだったぞ」

 それは当然だ。桃子にも最高のパフォーマンスができたという自負がある。そして、それをこれからも超えていくという気力も。

「お兄ちゃん……やっぱり桃子、満足できない」

 だけど、もやもやする。足りないのだ。貪欲で、子供じみた桃子の欲張りが、このステージはまだ完全じゃないって感じてる。

 どうして、と呆気にとられているお兄ちゃんの目をじっと見て、熱意のままに言葉を投げた。

「お願い、もう一曲、歌わせて。歌いたいの!」

 公演はもう終わった、なんてことはわかってる。だからこれはただのワガママ。幸せだった時間をもっと引き延ばしていたい、ひどく子供じみたワガママだ。

 それでも、桃子は願った気持ちに正直でいたい。そうすることが一番だって教えられたから。せめて口に出すことだけはやめたくなかった。

 お兄ちゃんはきょとんと目を丸くして、数秒遅れに笑みを深めた。心底までに嬉しそうに。

「確認、取ってくる。ちょっと待っててくれ」

 言葉とともに、すぐさまどこかへ連絡を取り始めた。他のスタッフさんか、あるいは美咲さんだろうか。劇場の運営に関しての裁量はお兄ちゃんに任されているから、誰にどういった連絡を取っているのかはすぐには見当がつかない。

 相手には届かないだろうに、大きく頷きながら何事か話している。お兄ちゃんの高揚っぷりは、人のことを言えない立場の桃子もちょっとだけ笑えてしまうほどだった。

「よし、OKだ! 桃子、今すぐステージに上がっていいぞ!」

「い、今すぐ?」

「アンコールも待つのもいいけど、お客さんが一人でも帰っちゃったら勿体ないだろ?」

 ああ、そっか。本来なら公演はもう終わってて、だからみんないつ帰ってもおかしくない。いや、もしかしたらもう帰ってしまった人もいるかもしれないのだ。

 さっきまではなかったはずの空席を見つけてしまうなんて、そんなの寂しすぎる。来てくれた人には一人残らず桃子のパフォーマンスを見届けてほしい。

「それじゃあ、行ってくるね」

 閉じていた幕がもう一度開いて、桃子がステージに駆け上がる。客席を見渡して……空いてる席は、見つからない。

「あ……」

 名残惜しげに誰もいないステージを眺めている人、余韻を味わうように腕を組んでいる人。公演は終わったのに席を離れられなかった、このステージをもっと楽しんでいたい……桃子と同じ願いを抱く人たちがそこにいた。こんなにも、たくさん。

 どうしよう、それがこんなに嬉しいなんて。なんだかすっごく素敵なものを貰ったような気持ちで胸がいっぱいになる。

 それじゃあ、貰ったものをまるごと……ううん、二倍にも三倍にもしてお返ししなきゃ。

「みんな、まだ帰っちゃダメだからね! 桃子がせっかく夢の世界に連れてきてあげたんだから、もっともっと楽しんでもらわないと!」

 叫ぶ。どよめきと、驚きが劇場を包んで、それは少しずつ歓声へと変わっていく。

「桃子からのサプライズ、まさか受け取らない人なんているはずないよね!」

 客席に問いかけてみれば、今度こそステージにびりびりと届いてくるほどの歓声が返ってきた。それだけでワガママを言ってよかったと思えてしまう。
 でも、やっぱりまだ足りないよね。桃子、歌いたい曲があるんだ。

 桃子の始まりの曲、今までと全然違う気持ちで歌える気がするの。ずっと、桃子を隠すための夢と飾りでできていた曲だった。

 だけど、今は違うよ。どんな夢の舞台も着飾る衣装と役柄も、全部桃子のモノにする。どんな桃子だって、ありのままの桃子のままで演じ切ってあげる。そう伝えるためにこの曲を歌いたい!

 大きく息を吸って、もう一度客席を見渡す。みんなが桃子を見てるから、桃子もみんなを見て、高らかに曲名を宣言するんだ。

「もう一度、ご招待してあげる! デコレーション・ドリ~ミンッ♪」

 だからみんな、どんな桃子に出会っても、それに合わせた歓声を響かせてくれるあなたに出会わせてね。

 最高のあなたに出会うための最高の桃子で、いつだって歌い続けるよ。


 そんな宣誓を込めて、この場所が桃子の新しいスタートライン。


おしまい

以上、ここまでお読みいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていれば、あるいは改めて桃子の曲を聴いてみよう、と思っていただけていれば大変冥利に尽きます。

先輩の期待してなさいへの思い好きだわ
乙です

周防桃子(11)Vi/Fa
http://i.imgur.com/TcDHeAk.jpg
http://i.imgur.com/xeQDFZa.jpg

>>11
「MY STYLE! OUR STYLE!!!!」
http://www.youtube.com/watch?v=SuXoN_7ZjpQ

>>12
「デコレーション・ドリ~ミンッ♪」
http://www.youtube.com/watch?v=s6a3vzn_Fnc

おつおつ

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