小日向美穂(27歳)「ねぇ聞いて、素敵な人生を歩んできたの」 (39)

モバマスSSです。10年ご妄想的なあれです。

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『こ、来ないでくれ……俺はただ! 脅されていて……』

『そんな言い訳、聞き飽きた』

 左手に持つナイフに力が入る。私は息を殺してただ目の前の男にそれを突き刺す。何度も何度もくり返し突き刺して。ナイフが刺さった胸からは赤い液体が流れ男は静かに倒れる。私は動かなくなったそれを足で蹴って、冷たい雨の中パトカーのサイレンをBGMにしてその場から去っていく――。

「ハイ、カーット!! いやー、良かったよ美穂ちゃん!」

「ふぅ、ありがとうございます」

 監督の甲高い声が響くと、これまでの緊張が一気に溶けて私は大きく一息をつきました。

「本当に殺されるかと思いましたよ……」

「あのっ、すみません! その、蹴っちゃって……」

 台本に書かれていたこととは言え、相手は私よりも芸歴の長いベテランの俳優さん。そんな人を小道具のナイフで刺した挙句蹴ってしまうなんて、ドラマじゃなければ許されないことだ。いや、ドラマだとしても無礼を働いた申し訳なさがある。

「気にしてないって! 寧ろ鬼気迫るものがあって良い絵が撮れたんじゃないかな? ねえ監督」

「それはもう、バッチリと。復讐に身を焦がす殺人鬼役だなんて普段の美穂ちゃんのイメージを覆すようなものなのに、見事演じてくれてるからボクも言うことはないよ」

「そうですか? なら良かったです」

 びしょ濡れになった体をタオルで拭きながら考える。アイドル時代の私がこのシーンを見たらどう思うだろうか。もしかしたら、怖くて目を背けちゃうかも。それは役者冥利につきるな、と嬉しく感じたりします。

 あの頃の私は漠然と女優や声優のお仕事をしたい、と考えていた。プロデューサーさんも私の気持ちを汲み取ってくれたのか舞台や映画のお仕事を沢山とってきてくれて。

『日本アカデミー賞最優秀新人賞は……ドリーム・ステアウェイより、小日向美穂さん!』

『え、ええええ!?』

 初めて主演した映画で権威ある新人賞を受賞できたことも大きな転機だったと思います。アイドル活動と並行して大学生になって、演劇の勉強を始めて。22歳になった時、私はアイドルを引退して女優として活動していくことを決めました。

『ワガママなのは分かっています。だけどお仕事をしていく中で、新しい目標が生まれたんです。アイドル小日向美穂は、女優小日向美穂になります』

 大勢のファンの前での引退宣言は、今でもバラエティ番組で流れることがある。いつかはアイドルという肩書きを外れる時が来る、とは思ってたけど5年間は長いようで短いようで。そこからまた5年が経って、私は女優としてそれなりの地位を得ることができた。といっても、まだまだなのは自覚しているけど。

「ただいまー……」

 遅くまでの撮影が終わり、私はそのまま自宅へと帰る。大学に進学するに際してプロダクションの寮を出てマンションの一室を借りたまま、今もそこに住んでいる。1人暮らしには少し広いけど日当たりも良くて日向ぼっこが好きな私にとっては最高の場所だ。それに、この子がいるから私は寂しくない。

「プロデューサーくん、今日も疲れたよ」

 お気に入りのシロクマのぬいぐるみを抱いてそのままベッドに倒れこむ。17歳の頃にファンの方からプレゼントに貰ったこの子は10年来の私の相棒だ。お仕事がうまく行った時も失敗して落ち込んだ時も、モフモフとしたこの子は私の帰りを待っていてくれる。言葉をかけても返してくれないけど、そこにいるだけで、ギューっと抱きしめた時の柔らかな感触だけで私は元気になれるんだ。

「うん?」

 シャワーを浴びようと立ち上がったタイミングで携帯の着メロが流れる。マネージャーから連絡かなと思って画面を見ると。

「卯月ちゃん!」

 10年来の大切な友達の名前がそこにありました。

『美穂ちゃん夜遅くにごめんね!』

「ううん、気にしてないよ」

 シャワーを浴びるのは一時間後くらいかな? と心の中でコッソリと笑ってみる。

「卯月ちゃんから電話がかかってくるの、久しぶりかも」

『うん。最近は2人とも忙しかったもんね』

「喜ばしいことなんだけどね」

 私がアイドルから女優へと転向したのに対して、卯月ちゃんは今でもアイドルの最前線を走り続けている。誰よりも素敵な笑顔で、アイドルであることを喜び楽しんでいた彼女にかかったシンデレラの魔法は今でも解けていません。アイドルに憧れた卯月ちゃんは、誰もが憧れるアイドルになったんです。

「今日はどうしたの?」

『近況とか色々話したいことはあるけど……ちょっと、美穂ちゃんにお願いがあって』

「お願い?」

 電話越しで卯月ちゃんは深く呼吸をして一息ついて続けました。

『もう一度、私たちとステージに立ちませんか?』

「えっ……?」

 卯月ちゃんからの思いがけない提案に、私は思わず携帯を落としてしまいました。

『もしもし? 美穂ちゃん? もしもーし?』

 ベッドの上に落ちた携帯から卯月ちゃんの心配そうな声が聞こえます。

「ゴメン、携帯落としちゃって。ステージにって……アイドルとして、ってこと?」

『急な話でビックリしたよね?』

「う、うん。予想してなかった。でもどうしたの?」

 アイドルとして活動していたのはそれこそ5年も前の話。ミュージカルに出演することもあるから歌も踊りも今でも出来るけど、アイドルとは特別な存在だ。一度アイドルであることを捨てた私がもう一度ステージに立つなんて、許されるのかな。

『プロデューサーさんが企画しているんだけど、ピンクチェックスクール結成10周年メモリアルライブを開こう、って話が出てるんだ』

「そう、なんだ」

 10年前、私と卯月ちゃんともう1人旧姓・五十嵐響子ちゃんの3人でピンクチェックスクールというユニットを組んでいました。『ラブレター』という曲でデビューしてから3人で活動を続けていたけど、私の女優転向と響子ちゃんの結婚が重なった事もあって、大きなステージの上で解散したんです。また3人で歌える日が来ることを願って、なんてことをファンの前で言った記憶があるけど、それは今なのかな。

「響子ちゃんは……知っているよね」

『プロデューサーさんの奥さんだからね』

 お嫁さんにしたいアイドルNo.1の座を5年間キープし続けた響子ちゃんだったけど、誰もが憧れた彼女の夫という肩書きは見事私たちのプロデューサーが勝ち取ったんです。5年経った今も新婚時代と以前変わることなく仲睦まじく、理想の夫婦って響子ちゃんたちのことを言うんでしょうね。2人の間に生まれた赤ちゃんは響子ちゃんに似て可愛らしく、将来アイドルになるのかなと3人で笑いあった事を思い出しました。思えば、響子ちゃんともそれ以降会えていません。私が昔住んでいた寮に行けば、アイドル達のお姉さん役として寮母さんをしている響子ちゃんに会えるのだけど、中々そんな時間も取れずにいたから。

『響子ちゃん、寮のアイドルの皆にも期待されてるみたいで張り切ってるみたい』

 アイドルを続けている卯月ちゃんや歌や踊りのスキルを活かせる役者になった私たちと違って、響子ちゃんは芸能界を引退した一児の母でです。5年間のブランクを埋める、となるとそれ相当の覚悟と努力が必要不可欠でしょう。それでも、また眩しいステージに立とうと頑張っているんだ。

『だから美穂ちゃんにも立って欲しいな。もう一回、とってもキュートなピンクチェックスクール、やってみない?』

「私は……少し、考えさせてほしいな。やっぱりすぐには答えられないかも。あっ、そもそもの企画だダメだ! とかそういうのじゃなくてね、私の気持ちの問題というか……」

『急な話だもん。無理はないよ。でも、ファンのみんなが待っている気持ちと同じくらい、私たちも美穂ちゃんと同じステージに立てることを待っているからね! と、この話はここまでにして最近ね――』

 この後久しぶりの長電話は日付が替わっても続きました。

「へー、ピンクチェックスクール再結成かー。面白そうじゃん? 何が不満なの?」

 翌日、私はテレビ局の近くのカフェで城ヶ崎美嘉ちゃんとお茶を飲んでいました。10年前、カリスマギャルとして活躍していた美嘉ちゃんでしたが、今は活躍の場を海の向こうまで伸ばして、世界中のティーンエイジャー達が憧れるモデルになっています。

「不満なわけはないよ? 寧ろ誘ってくれて嬉しいんだけど……」

「けど?」

「やっぱり、一度ファンの皆を裏切る形で女優になったから」

「どんな顔して戻って来たんだ? って言われそうで怖いんだ」

 私は何も答えず無言で肯定の意を示します。

「女優になるって決めた時、ファンのみんな応援してくれてたわけじゃん? そりゃ、アイドルでいて欲しかったって思ってる人もいただろうけど……だからこそ、一度だけだとしてもアイドル小日向美穂としてステージに立つ日が来ることを喜んでくれるんじゃない? まぁ、怖がる気持ちはアタシも一緒なんだけどね」

「美嘉ちゃんも、怖いの?」

「怖くないわけがないって! だから美穂が悩むのもよく分かるよ」

 美嘉ちゃんも私と似た境遇でアイドルから別の世界に飛び立ちました。美嘉ちゃんの場合はもともとモデルでしたから少し違う気もしますが、ファンに後押しされて新たな道を選んだ者同士分かりあえる部分があったんだと思います。

「ホント言うと、アタシもまた美穂と一緒のステージで歌いたい。世界を股にかけるカリスマモデルと飛ぶ鳥を落とす勢いの女優のユニットとかヤバみしかないって!」

「私も同じ気持ち、かも」

 卯月ちゃん響子ちゃん美嘉ちゃんだけじゃない。一度だけでも、またみんなと歌える日が来るのなら。それはきっと、素敵なことだから。ファンのみんなに対する、恩返しになるのかな。

「ほら。答えは出てんじゃん。だから胸張ってまた、アイドルやりなよ」

 そう言って美嘉ちゃんは私の額に軽くデコピンをかまします。

「ありがとう、美嘉ちゃん」

「ちゃんはいらないって」

「あはは……10年間そう呼んで来たから今更呼び捨てで呼ぶのもなぁって思って」

 いつの間にか美嘉ちゃんは私のことを美穂と呼び捨てで呼ぶようになっていたけど、私は今でもちゃんをつけてしまう。卯月ちゃんにしろ響子ちゃんにしろ同じことだ。

「10年、かぁ……アタシらもアラサーなんだよね」

「なんだか、変な感じだね」

「シャボン玉みたいな恋、だなんて言ってられないね」

 2人してため息をつく。

「いっそ、永遠の17歳名乗っておくべきだったかな?」

 美嘉ちゃんはそう言うと今でも17歳で有り続ける彼女のようにピースをしておどけて笑う。

「あはは……」

 30を超えてからアイドルに転向する人がいるくらいだし、アラサーなんて言ってもまだまだやれるってことくらいみんな分かっている。私も美容には気を使っているし、気持ちだけでも若々しくあろうとしているつもりだ。酸いも甘いも知って、キュートなだけで通用した時間はとうに過ぎ去ってしまったけど、多分私はあの頃から大きく変わったわけじゃない。

「それ相応の大人に、なれたのかな」

「うーん、どうだろうね?」

 ただただ、自分のペースで歩いていくしかないんだ。そうやって今までやってきたんだから。

「懐かしいなぁ……」

「私は今でもここを使っているけど、みんなと一緒にレッスンした思い出は鮮明に残っているよ」

 久しぶりに来たレッスン場は5年前に比べて手狭になった気がしました。多分設備が整って来たからでしょう。私が横に大きくなった、なんてことはないはずです。……たぶん。

「美穂さん!!」

 レッスン場をキョロキョロと見ていると私の名前を呼ぶ声が聞こえました。振り返るとそこには懐かしい顔が。

「響子ちゃん!」

「お久しぶりです! また美穂さん卯月さんと一緒にステージに立てるなんて、夢みたいです」

 あの頃と同じ笑顔の、大人になった響子ちゃんがいました。

「久しぶり、美穂」

「プロデューサーさんも!」

 響子ちゃんがいる、ということは今回の仕掛け人であり旦那様のプロデューサーさんもいて当然なわけでして。まだ何も始まってないのに、懐かしい気持ちでいっぱいです。

「まるで同窓会だね」

 ふと熊本にいた時のクラスの同窓会の案内が来ていたことを思い出す。今までは忙しさから欠席に丸をつけていたけど、そろそろ一度くらいは顔を見せたいな。

「コホン。積もる話もあると思いますけど、レッスンは厳しくいきますからね! 姉よりは優しいだろうと思わないでくださいよ?」

 4人でワイワイと盛り上がっていると、青木トレーナーがピシャリと場を締めました。10年前は私たちと同じルーキーだったのに、顔の幼さなんてものともしないくらい、すっかりベテランの風格が出て来ています。

「まずは基礎からおさらいしていきましょうか。現役バリバリの島村さんはともなくとして、お二方はブランクがあるわけですし」

 彼女の言うように、5年間の間私はアイドルとしてではなく女優としてのトレーニングを積んで来ました。重なる部分はたぶんにありますが、やっぱりアイドルとして動くとなると話は別で。

「はぁ、はぁ……体力、落ちたかも……」

「はい、そこまで! なるほど、2人とも流石は元トップアイドル。思っていた以上に感覚は取り戻せていましたが……まだまだですね。これは鍛え甲斐がありそうだ」

「あ、あはは……お手柔らかにお願いします」

 青木さんは心底楽しそうに笑いますが、その瞳にはメラメラと炎が燃えているように見えます。私と響子ちゃんはこれからまた受けるであろう地獄の特訓に恐怖と少しの期待を抱いていました。

「「「かんぱーい!!」」」

 どんなお仕事よりもハードだった気がした地獄のレッスンを終えた後、疲れを全部吹き飛ばすように私たち3人はグラスをぶつけました。思えば。3人でお酒を飲むなんて初めてかも。前に集まった時は響子ちゃんが出産して間もない頃だったし。

「んん??!」

 不思議なことに、私は17歳の頃から酒豪になりそうなアイドルランキングで上位にいました。お酒好きな父親の影響でおつまみ系が好きだったこともあったと思いますが、実際成人してからの私はお仕事終わりに飲むお酒が何よりの楽しみになっていたのは、血は争えないと言うことなのかも。それでも未だに辛子蓮根を食べると涙が出て来ちゃう。ドラマで涙を流すシーンを撮影する時はあの味を思い出すくらいだし。病み付きになる味なんだけどね。

「えへへ?」

「もう、響子ちゃん。もう酔っちゃったの?」

「酔ってないですよーだ?」

 チビチビと芋焼酎を飲んでいると不意に響子ちゃんが肩にもたれかかって来た。すでに出来上がっているのか顔をさくらんぼみたいに赤くして気持ち良さそうにしている。だからだろう。普段の響子ちゃんなら言わないであろうワードが飛んできたのは。

「ところで。2人はぁ、最近恋してますかぁ?」

「!?ゲホッゲホッ」

 思わず噎せそうになってしまうもお酒を吹き出さないように何とか堪えて飲み干す。

「き、響子ちゃん?」

 卯月ちゃんも思わぬ展開に戸惑いを隠せないようで、皿から溢れるくらいにだし巻き卵に醤油をかけ続けています。

「卯月ちゃんも美穂ちゃんもー! 浮いた話なさ過ぎです! そのまま30歳超えちゃうんでふかー?」

 な、中々痛いところを……。

「私はアイドルだから恋愛はご法度、かなーって……」

 卯月ちゃんは見事なまでの模範解答を答えます。

「私も仕事が恋人みたいなものだからっ」

 私もそれに倣ってドラマの台本のような言い訳をしてみますが、響子ちゃんは満足するどころか不満げです。

「むぅー、それ私に対する当てつけですかぁ?」

 つまらなーい、と言いたげにほっぺたを膨らます。まるで有名人のゴシップを期待していたみたいだ。

 思えば。私たちと同時期に活躍していた子達はガードが固いのか浮いた話はほとんど聞かない。美嘉ちゃんだってそうだ。世界で活躍するモデルときたら誰もが羨む大恋愛をしてそうなものなのに、今でも意外とウブなところがあるし。人のことはあまり言えないのだけど。

「女の子の幸せは仕事だけじゃありませんよーだ」

 そう言って響子ちゃんはビールを追加注文する。私がアイドルを卒業したのと同時期に結婚による引退発表をした響子ちゃんだったけど、芸能界に引き続きいる私と違って、考え直して欲しいという声は大きかったみたい。

 それでも彼女が結婚できたのは、元々お嫁さんにしたいアイドルとして売っていたからファンのみんなも覚悟していて祝福してくれた事と、今尚芸能界に強い影響を持つある人物の声が周囲を抑え込んでくれたからだ。

『アイドルだって女の子なんだから恋愛だって自由にすべきよねー! いがきょんの邪魔をするっていうなら戦車に乗って突撃するけど?』

 そんな事を生放送中のニュースに乱入して言うものだから大人たちも折れざるを得なかったんです。伝説のアイドル、と呼ばれただけあってやることなすことのスケールが段違いですね。

「恋愛、かぁ……」

 恋の歌も愛の歌も歌って、恋愛ドラマにも出た私なんだけど、30歳まで1000日を切った今でもピンと来ないでいた。分かりそうで、分からなくなって。17歳の頃から私は子供なままだ。叶わなかった初恋から、一歩たりとも進めていない。

「すぅ、すぅ……」

「ごめんな卯月、美穂。響子が迷惑かけたみたいで」

「そんな! 迷惑だなんて。楽しい女子会ができましたよ! ね、美穂ちゃん」

 騒ぎ疲れて眠ってしまった響子ちゃんを迎えにきたプロデューサーの車に揺られながら私たちは帰路についていました。こうやって彼が運転する車に乗るのもずいぶん久しぶりな気がします。

「いつも寮母としてアイドルのみんなの手本にならなきゃって張り切ってるんですから、たまには羽目を外させてあげないと」

「ははは。響子にとって2人は甘えられる存在だからな。ありがとうな」

 私たちにとっての響子ちゃんは可愛い妹ですが、親元を離れて寮生活をしている10代のアイドルたちにとって毎日優しく見送ってくれるお姉ちゃんのような存在で、何よりもプロデューサーさんとお子さんにとっては良き母なのでしょう。未知なる世界に期待と不安を抱いている女の子たちとまだ幼い子供を見守ることが、どれほど大変なのか。今の私にはきっと、想像もつかないと思います。

「そういえば、娘さんは?」

「あの子なら心配いらないよ。アイドルのお姉さんたちがいつも遊び相手になってくれているし。ファンも多いんだぞ? 流石は俺と響子の子だな! うん」

「ふふっ、子煩悩ですね」

 心から誇らしげにプロデューサーさんは笑います。きっと2人はずっとずっと仲睦まじく過ごしていくんでしょう。そんな幸せな2人を嬉しく思うと共に、チクチクとサボテンに指先が触れたような痛みが私の中に生まれます。もう5年も前に終わった事なのに、今更思い出したところで全部後の祭りなのに。ラブレターは結局、渡せなかったのに。

「女々しいなぁ……」

「美穂ちゃん、何か言った?」

「えあっ!ううん、なんでもないよ」

 なるだけ明るく取り作って。演技が上手くなるにつれて、自分を騙すのも上手になっていった、そんな気がするな。

 ピンクチェックスクール再結成のニュースは瞬く間に広がっていき、日に日に周囲のボルテージが高くなっていくのが目に見えて分かりました。

 ステージに向けての私たちの熱も高まっていき、いつしか私と響子ちゃんはあの頃と全く同じ、とまでは言いませんがアイドルとしての自分を取り戻せました。

「なんだか、若返った気がするな」

 鏡にはあの頃に比べて少し背が伸びた自分が映っているだけ。それでも、気持ちは前よりもずっと若々しい。今なら女子高生役もできそうかも。

「私もまだまだ現役で行けるかもっ。主婦アイドルは……ちょっとニッチすぎるかもだけど」

「うーん、一応前例はある、から大丈夫かな?」

 あはははは!と高笑いするあの人とため息をついている娘さんの姿が頭に浮かんだ。

「はい! それじゃあ今日もレッスンを始めましょう!」

 青木トレーナーの指示に従ってステップを繰り返す。

「あっ、すみません。靴、ダメになっちゃったみたいで。変えてきます」

 途中卯月ちゃんの使い込んでいたレッスンシューズの底が剥がれる、というアクシデントがあったもののレッスンは実に有意義な時間となりました。

「10年もの間、何度も何度も靴を変えてきたけど……その度に、自分は頑張ってるんだって気持ちになるんだ」

「卯月ちゃんらしいね」

「えへへっ」

 真っさらなレッスンシューズに履き替えた卯月ちゃんは感慨深げに話します。彼女は一度、シンデレラガールとなってたった1つのガラスの靴に選ばれました。だけどそこで満足しないで、ただひたすらに前を向いて頑張ってきたことを私たちは知っています。履き古した靴の数だけ、卯月ちゃんは努力してきた。卯月ちゃんだけに許されたトロフィーです。そんな親友の姿が、私はとても誇らしく思えたの。

「頑張ってるあの子を応援したい」


「でも、自分の力で成し遂げないと」


「意味ないかも?」

「それなら!届いて!」

「「「元気はつらつパワー!!!」」」

「カット!! いやー、いい絵が撮れましたよ! これで売り上げアップ間違いなし!」

 3人でのCM撮影や取材も二度とないと思っていたことだったのに。人生、何が起こるかわからないものだね。

「よう、美穂。相席いいか?」

「プロデューサーさん。良いですよ」

 映画の収録までの時間を局内のカフェで過ごしていると目の前の席にプロデューサーさんが座っていました。

「アイドル復帰の手応えはどう?」

「ぼちぼち、でしょうか? 本番までには、ちゃんと出来るよう頑張ります」

「そっか。心強いな」

 プロデューサーさんは昔と変わらない笑顔を見せてくれました。この笑顔が見たいから、頑張れていた所もありました。辛い時は一緒に悩んでくれて、嬉しい時は一緒に喜んでくれて。男の人と殆ど関わることのなかった私の前に、そんな優しくて大人な異性が現れたらどうなったか。

 初恋、と呼ぶにふさわしい感情を自覚するようになるのにそう時間はかかりませんでした。あの歌の歌詞を引用するならば、素敵な恋をしていたんだと思います。だけどそれを言葉にして伝える勇気はまだまだなくて。出したかったラブレターには切手を貼ることが出来ず、気が付けば彼の前には誰よりも愛おしい女の子がいたんです。

「プロデューサーさん」

「ん?」

「昔の話になっちゃいますけど……す、好きでした。それ、だけです」

「……ありがとう」

 口にするのはこんなに簡単だったのにね。

「あーあ、プロデューサーくん。私、振られちゃったなぁ」

 ベッドの上、彼の名前を借りたシロクマくんに愚痴を零す。別に期待していたわけじゃないし、女々しい自分にバイバイ出来ればなんて思っていたけど、結局口にしても私は後悔をしちゃった。

「……これは演技の練習、なんだからね」

 ポロポロと涙が溢れてくる。整理しきれない心の中のグチャグチャとした感情がこぼれ落ちていくようだ。だけどそれは悪いことじゃないと思う。明日泣いてしまわないように、笑いたい時に笑えるように今のうちに泣いておくんだ。

 これもきっと、私の人生の糧になるんだと信じてあげて。

 光陰矢の如しとはよく言ったもので、永遠に続くかと思われた地獄のようなレッスンも終わりを迎え、ついに私たちの一度きりのステージの日が訪れた。

「ど、どうかな? 似合っていますか……?」

「ええ、バッチリです! 皆今でも高校生で通用しそうですね!」

「そうですか? でもちょっと、恥ずかしいかも」

「その恥じらう姿がいいんですよ!!」

 衣装さんはサムズアップをして太鼓判を押してくれたけど、やっぱり恥ずかしさは残ります。学校の制服を着たのは24歳の頃に学園ドラマに出演して以来でしょうか。四捨五入すれば30歳な3人ですが、10年前と全く同じ制服に着替えた途端にあの頃に戻ったように思えました。

「今日の私たちはキュートなピンクチェックスクールなんだから胸を張って可愛いアイドルをしないとですよ?」

 卯月ちゃんが言うととても説得力があります。

「うん、そうだね。ふぅ……私は女子高生だ、誰がなんと言おうと女子高生なんだ……熊本の女は強いんです……」

 自己暗示をかけるように、あの頃の自分を演じることができるように言い聞かせてみる。どれだけ場数を踏んで主演のドラマや映画を経験したとしても、緊張してしまうのは今でも変わらない。でもそのプレッシャーすらも楽しめることができたなら。きっと、私の中から不可能という文字が消えてしまうだろう。

「ママー、頑張ってね?」

「うん! ママの可愛いところ、ちゃんと見ててね」

 響子ちゃんがそのまま小さくなったような娘さんは目を輝かしてママと話している。ミニ響子ちゃんは私たちのほうを向くなり、

「おばちゃんたちもがんばれー!」

「お、おばっ……」

「こら! 卯月お姉ちゃんと美穂お姉ちゃんでしょ!?」

 愛らしい笑顔で残酷なことを言い放っちゃいました。表情は変えないように頑張ってはみたけど、結構グサリと来ます。

「私は女子高生なんです……誰がなんと言おうと17歳の島村卯月なんです……ガンバリマス……」

 今のは流石に効いたのか、卯月ちゃんもちょっと涙目です。

「おーっす、そろそろ舞台裏に……ってどうした卯月?」

「あはは……ちょっと色々ありまして」

 アラサー2人の心の中なんて知らずに、ミニ響子ちゃんは無邪気に着せ替え人形で遊んでいました。

「こ、こんなに沢山の人が来てくれたんだ……」

「宣伝活動も頑張ったからな。本当はもっと大きな箱を取りたかったんだけど」

「充分すぎるくらいです!」

 舞台裏からひょっこり覗いてみると、客席は既に満席で今か今かと舞台の幕が上がる瞬間を待ちわびていました。中には親子連れで小さな子供と一緒にいる人もいます。

「3人がそれぞれ別の道を歩んでいったように、あの頃3人のクラスメイトだったファンたちにも、10年間の人生があったんだ。結婚して子供がいる人もいれば、今でも応援してくれている人もいる」

 それぞれの人生があって、その中で私たちは皆の世界を彩ることが出来たのだろうか。それとも、これからなんだろうか。

「3人のこれまでとこれからを……存分に見せてきておいで」

「「「はい!」」」

 やがて会場は暗転して、ピンク色のサイリウムが世界を照らします。

「ふぅ」

 緊張する心はどんどんテンポを上げていって。それでも嫌な気持ちにはならなかった。

「頑張りましょうねっ」

「最高のステージにしましょう!」

 両手から大好きな2人の暖かさが伝わると、逸る心も落ち着いていく。ああ、やっぱり。私はこの瞬間がまた来ることを待ち望んでいたんだ――。

「「「私たち! ピンクチェックスクールです!!」」」

 10年前と同じ気持ちで、私たちは優しいピンクで彩られたステージへと飛び込みました。

 ねえ、聞いて。素敵な人生を歩んできたの――。

以上になります。ピンクチェックスクールは永遠です。読んでくださってありがとうございました

おつおつ
面白かった

乙乙
流石舞さんだなww

明るくて切ない
だがそれがいい

さらりと10年後も17歳な菜々さん

流石は舞ちゃん……
いいSSだった
おつ

おつおつ ほんのり切ないけどいい話だった

唐突なオーガにwwww

多くの感想頂きありがとうございます……。追記になりますが、SSS交流会にこのSSで参加しております。
そちらにも多くのSSが集まると思いますので是非とも覗いてみてください。では失礼いたしました

ちょっと間違ってました。では失礼します

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