美穂「6月30日の青春系ガールズバンドMasque:Rade」 (19)

多田李衣菜誕生日&Masque:Rade一周年おめでとうSSです

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「えっと……本当に私が仕切るんですか?」

「恨みっこなしのジャンケンで決まったんだから。ほらほら、進めちゃお緒方議長」

 戸惑いを隠しきれない智絵里ちゃんに対して、全ての言い出しっぺである加蓮ちゃんは気楽そうでポテトをリズミカルに口に運んでいます。

「加蓮ちゃん、あんまりポテトばかり食べてると体に悪いですよ?」

「大丈夫大丈夫。ポテトを食べるとビタミン増えるから。むしろ身体に良いんだよ、多分、きっと、メイビー」

「あはは……」

 学校が終わった後、某ファストフード店に私たちは集まっていました。全員バラバラの制服を着ているので、側から見ると中学時代の友達が集まってお喋りしているように見えるのでしょうか。それとも、まさかテレビに出ているアイドルがこんな近くにいると思っていないのかも。

「こほんっ! 覚悟、決めなくちゃ」

 そこまで深刻にならなくて良いような気がするけど、議長さんは真剣な表情を見せました。

「そ、それじゃあ。今から李衣菜ちゃんの誕生日に何をするか決めるの会を始めますっ」

「うふふっ、頑張ってくださいね、智絵里ちゃん」

「どんどんぱふぱふー」

 議長こと智絵里ちゃんは仕切るという立場にイマイチ慣れていないのか、やっぱり少し緊張しているように見えます。多分私が同じ立場でも緊張はしちゃうと思うな。

 手帳のカレンダーをパラパラ捲って6月30日のページを見ると青い文字で『李衣菜ちゃん誕生日!』と大きく書かれています。Masque:Radeの李衣菜ちゃん以外が集まる、となると会議のテーマは1つ。

「サプライズ、楽しみですねぇ」

 李衣菜ちゃんへのサプライズプレゼントをどうするか、ということ。それも1ヶ月も前から会議を始めるあたり気合の入れようも違います。

「フンフンフーン♪」

 特に言い出しっぺの加蓮ちゃんは随分と楽しそうにしていて上機嫌で鼻歌混じりでポテトを口に運んでいます。

「楽しそうだね、加蓮ちゃん」

「そう?」

 きっと口には出さないでしょうが、私たち4人の中で一番李衣菜ちゃんに感謝しているのは加蓮ちゃんなんでしょう。

「では皆さん、アイデアを出してください」

「やっぱ李衣菜ちゃんが喜ぶものが良いですよね」

「となるとロックなもの、かな?」

 自分で言ってなんですが、ロックなものとは中々定義し難いもの。李衣菜ちゃんの言葉を借りるならば、ロックと思えばそれがロックなのだから私たちがロックだと感じるものを胸を張ってプレゼントしてあげるのが一番でしょう。

「ロックなものねぇ。ロック、ロック……人間悟性論……だっけ?」

「加蓮ちゃん、そのロックは違うと思うよ?」

 確かにロックですけど、紛うことなくロックですが。ジョンはジョンでもレノンの方が喜ばれると思います。

「人間ゴセイ……論って曲があるんですか?」

「それはもう革命的な曲だよ」

「知りませんでした……」

「太鼓の達人にも入ってるからやってみたら?」

「挑戦してみますっ」

 智絵里ちゃんは疑うことを知らないようです。なるほど、天使と呼ばれる理由もわかった気がするな。

「あのー、まゆもアイデアがあるんですけど」

「はい、まゆちゃん。なんでしょうか?」

「李衣菜ちゃん、ヘッドホンを集めるのが趣味みたいですし私たちでヘッドホンを買ってあげたら」

 まゆちゃんの言うように、李衣菜ちゃんと言えばロックと並んでヘッドホンが出てくるでしょう。どこに行くにもどんな服を来てもヘッドホンは影のようについて来ていますし、実際に見たわけじゃないですけど李衣菜ちゃんの部屋にはそれはもう沢山のヘッドホンがあるみたいです。正直なところ、私もヘッドホンをプレゼントしたらと言おうとしていたくらいです。

「あー、それは考えたんだけどねー」

「加蓮ちゃん? まゆのアイデア、ダメでした?」

 素敵なアイデアだとは思いますが加蓮ちゃんはいまいち歯切れの悪そうな表情を見せます。

「いや、まゆの案が悪いとは言わないし私も最初はそれで行こうって考えてたんだけどさ。あっ、これ絶対李衣菜に言っちゃダメだよ?」

 ここに李衣菜ちゃんがいるわけでもないですが、秘密を教えるみたいに小声で言います。

「みくが李衣菜の為に特注のヘッドホンを作ってるみたいで、そこと被るのはどうかなと思って」

「まぁ……それは勝ち目がないですね」

 誕生日プレゼントで一番大事なのはおめでとうの気持ちで、そこには勝ち負けなんてないと思うけど、確かにみくちゃんがヘッドホンを用意するというのなら私たちは別のものを選んだほうがいい気がしてきました。

「それじゃあ今年はヘッドホンはなし、ですね。他に何かアイデアはありますか……?」

 会議は振り出しへと戻ります。ロックで李衣菜ちゃんが喜びそうなもの……。

「いっそ、私たちで演奏したり……」

 ふと頭に浮かんだアイデアが自然と口に出ていました。もし私たちが李衣菜ちゃんの前でロックな演奏をしてみたのなら、どんな顔をするのか。なんとなく思っただけで現実的なビジョンなんて私も持っていなかったのに。

「……それ、良くない?」

「えっ?」

 気が付くと、全員の視線が私に注がれていました。

「というわけで、李衣菜ちゃんへのプレゼントは私たち四人によるサプライズ演奏に決まりましたっ」

「ほ、本当にバンドをするの……? 私たち、楽器弾けないんじゃ」

 言いだしたのは私ですけど、本当にやろうと言う流れになるなんて思ってもいませんでした。そもそも私たち四人とも楽器の経験がない――。

「まゆ、一応ピアノ弾けますよ?」

「えっ? そう、なの?」

 初耳です。イメージは出来ますけど……。

「わ、私も……太鼓なら。和太鼓の方、ですけど。だからドラムも頑張れば……」

 まゆちゃんはともかくとして、智絵里ちゃんの場合ゲームセンターにある太鼓じゃ……。

「なんとかなりそうじゃない? ほら、李衣菜だってギター弾けないんだし。それにダメだったらダメだったでロックでしょって言えば」

「ロックってそんな便利なワードじゃない気がするけど……」

 一ヶ月も前から会議をするなんて早すぎると思ったけど、今から楽器を始めるとなるとむしろ時間が無さ過ぎます。とは言ったものの。楽器なんて今までリコーダーとかピアニカとかカスタネットくらいしか触ってこなかったから、正直な所楽しみな気持ちもありました。多分それはここにいる全員が共有しているはず。何となくですけど、加蓮ちゃんの言うようになんとかなりそうな気もしていました。

「キーボードとドラムは決まったし、後はギターとベースかぁ」

 オーソドックスなバンド、となるとそうなるでしょう。流石にここにバイオリンとかトロンボーンとかは入ってこないはずだ。

「美穂はどっちやりたい?」

「私? 急に言われても困るかも」

「ならさ、ベースやってみない?」

「ベース?」

 加蓮ちゃんの提案に思わず鸚鵡返ししてしまう。

「美穂の性格的にベースの方が合ってるんじゃないかなって。それで私がギター弾けば上手く揃うんじゃない?」

「そうかな?」

 ベースというと飽くまで個人的にだけど、バンドの縁の下の力持ちというイメージだ。決して目立つわけじゃないけど、ベースがちゃんとしていないとバンドは崩壊する……なんてことも聞いたことがあります。確かに、恥ずかしがり屋な私にとっては目立たない方が緊張しなくていいかもしれないけど……。

「私に合ってるのかな?」

 頭の中でベースを構えて演奏している自分を描いてみる。イマイチピンと来ません。ほかの楽器についても同じことが言えますが。

「合ってると思いますよ。美穂ちゃんのキャラクターにも」

 まゆちゃんが補足してくれたけど、そんなにベースに向いているのかな……?
「そ、そこまで言うならやってみよう、かな?」

「じゃあ、これで決まりですねっ。李衣菜ちゃんの誕生日に演奏をプレゼント、賛成の人は手を挙げてください」

 智絵里ちゃんの言葉に私たち4人は手を挙げます。反対意見なし、可決です。

「でもバンドって、上手くいくかなぁ」

「大丈夫だって智絵里。奈緒が見てたアニメじゃ練習しないでお菓子食べて紅茶飲んでるだけで上達してたから。そういやあのアニメのベースの子もレフティだったよ」

 アニメじゃありません、現実のことです。




「えーと、ここを押さえるとドの音が出て……」

 バンドをすると決めてから、まず私は初心者向けの教本を買いました。いきなり楽器を持って曲を弾くのは到底無理ですし、そもそもどこを抑えるとドレミの音が出るのか? という所からのスタートです。しかも、今手元にはベースがありません。と言うのも。

『水差すようで悪いけどさ、左利き用の、しかも初心者向けのベースってなると簡単には見つからないんだよ。一時期アニメの影響で品薄になったって聞いたくらいだし』

 とは誰もが認めるロックアイドル木村夏樹ちゃんの談。楽器のことについて話を聞くには彼女が一番だと思って相談したのですが、私の利き腕に適したベースは中々置いていないとのことでした。

『ツテを頼って貸してくれそうな人探しといてやるから、それまで教本でも読んでイメージ掴んどいたほうがいいぜ』

 なので今私はエアギターならぬエアベース状態です。学校の休み時間やレッスン中の休憩を使って運指を覚えようとしていますが、傍から見ると珍しい光景のようで。

「どうしたの美穂ちゃん? 難しい顔して」

「わはぁ!!!」

 いきなり李衣菜ちゃんが声を掛けてきたものだから思わず大声を出してしまいました。幸い教本はいま手元にないからバレていないはず……。

「ナ、ナンデモナイヨーアハハ」

「そ、そう? ならいいんだけど……最近智絵里ちゃんもなんかよそよそしいし何か私に隠れて企んでたり」

「か、考えすぎじゃないかな?」

 李衣菜ちゃんは周囲をよく見てくれる子ですから異変があったんじゃないかと気にしてくれたのでしょう。私、表情に出やすいタイプですし。そういう所が李衣菜ちゃんの良いところだし尊敬しているんだけど、今回ばかりはちょっと厄介に思えました。

「かなぁ。でも楽しいこと考えてるなら私も誘って欲しいなぁ。ロックなことなら尚歓迎!」

 と爽やかな笑顔で楽しいことにもロックなことにも変わりはないですが、こればっかりは李衣菜ちゃんに知られちゃまずいんです。ごめんなさい、その代わり位いい演奏をしますねと心の中で謝りました。

「へー、結構様になってるじゃん。左利き用のベースってなんだか特別感あるよね」

「そうかな? えへへ……」

 レフティベースを借りて漸く楽器を持った私はその足で事務所から少し距離のある公民館に行きました。私は知らなかったんですけど、申請したらバンドの練習にも貸してくれるみたいですね。4人がそれぞれの楽器を持ち、演奏練習を始める前に――。

「はい、チーズ」

 パシャリと記念撮影。

「次はここに李衣菜ちゃんもいたらいいですね」

「まゆの言うとおりだよ。だから笑って撮れる様にちゃんと弾けるようにならなきゃね」

 私たちの願いはひとつ、李衣菜ちゃんのお誕生日を素敵なものにしたい。それは大きなステージに立つ時と同じ気持ちです。

「それじゃあ、始めましょう。わん、つー、すりー、ふぉー」

 智絵里ちゃんがリズムをスティックで叩くとそれぞれが音を出します。

「あっははは……」

「グチャグチャ、ですね……」

 初めての練習は、とてもロックという言葉で誤魔化せられない程のグチャグチャで音楽と呼べるものではありませんでした。もしこれをライブハウスでやろうものなら、ペットボトルが飛んでくるはずです。だけど。

「なんか、楽しい、かな?」

「はい。李衣菜ちゃんの気持ちが、少し分かった気がします」

 智絵里ちゃんとまゆちゃんが言うように、楽しかったのもまた事実でした。

 学業、アイドルの仕事と並んで空いている時間を見つけて楽器の練習。忙しい中でやらないといけないことは多くて私の体が分身したらなあなんて思うこともありますけど、充実した時間を過ごしていました。恥ずかしい事を言うと、こういうのが多分青春なんだろうな。

「うん、いい感じなんじゃない?」

 最初は運指を押さえるので精一杯だったベースも、少しずつ慣れていくと何となく体の一部のようにも思えてきました。それは皆も同じだったようで、グチャグチャで音を出しているだけだった初期に比べると音楽としての形ができてきました。

「殆ど初心者だった頃に比べたら、すっごく良くなった気がします」

「うふふ。皆、頑張っていましたからね」

「もしかしたら、李衣菜が嫉妬しちゃったりして」

 忙しいのは皆同じ。だけどそれを言い訳にはしないで頑張ってきたからこそ、今の私たちがいるんだ。

「ふぅ、もう少し頑張らなきゃ」

 気の抜けたアップルサイダーを飲み干してあとひと踏ん張りと気合を入れました。




「「お誕生日おめでとー!!」」

「わっ! ありがとー! みんなー!!」

 音楽漬けの日々は過ぎていって、気が付けば6月30日。李衣菜ちゃんのお誕生日です。猫耳のようなヘッドホンを首に掛けて事務所に入ってきた彼女にみんなが集まっていきます。

「ヘッドホン、やめて正解だったね」

 遠くからそれを見ていた加蓮ちゃんはジュースを飲みながら呟きます。誰がプレゼントしたのか一目瞭然なそれを李衣菜ちゃんはここに来た時から付けていました。きっと、一番に渡したんでしょう。普段は喧嘩ばかりしているのにね。

「ねえ、李衣菜。私たちからもプレゼントあるんだけど」

「へー、なになに?」

「ついてきてのお楽しみ。ほら、おいでよ」

「?」

 キョトンとしている李衣菜ちゃんをつれて私たちは事務所にあるスタジオまで向かいます。

「スタジオ? この中に何かあるの?」

「開けたらわかるって。ほらほらっ」

 状況が良くわかっていない李衣菜ちゃんでしたが促されるように扉を開けると――。

「えっ? ええっ!?」

 スタジオにはギターとベースとドラムとキーボード。驚く李衣菜ちゃんを椅子に座らせると私たちは楽器を構えます。

「李衣菜、誕生日おめでとう。今日の日が忘れられないような、ロックなプレゼントをあげる」

「わん、つー、さん、しー!」 

 ドラムスティックと一緒に始まりのリズムを刻んでキーボードが軽快に音を弾ませて、私と加蓮ちゃんは互いにアイコンタクトをして楽器をかき鳴らします。

「Sparkling Girl!」

 李衣菜ちゃんも私たちが何をしているのか分かったようで驚きを笑顔に変えて椅子から勢いよく立ち上がると私たちの中に入って歌い始めました。

「~~♪」

 私たちはこの時を、期待していたのかもしれません。李衣菜ちゃんはギターを持っていません。だけどそれは大事なことじゃなくて、今この5人で音楽をする喜びを共有できていること、それこそがロックなんだろうから。

「もー!! こういうのは前もって教えて欲しいなー!」

「前もって教えたらサプライズにならないしロックでもないでしょ?」

「そ、それはそうだけどー! 皆の思い出の中に私がいないって、寂しいっていうか……嬉しかった、嬉しかったけど……あー、なんか色々混乱してる今!」

 それだけ充実した時間だった、とも言い換えることはできます。そこに李衣菜ちゃんが最初からいたら、もっと楽しかったかもしれません。だけど。

「皆、李衣菜ちゃんのことが好きだから頑張ったんですよ」

「うん。誕生日を楽しんで欲しかったから」

「みんな……ありがと。本当嬉しかったし、羨ましかったな」

 それは嘘なんかない、本当の気持ち。純粋に貴女の笑顔が見たかったから。

「だから! 今度は私も入れてよね! ロックをやるにはこのりーながいてこそでしょ?」

「その前に、ギター弾けるようにならなきゃね」

「え、鋭意努力中だって!!」

 近い未来、本物のギターを持って輝く彼女がここにいる。そんな気がしました。おめでとう、李衣菜ちゃん。

短いですが以上になります、お付き合いいただきありがとうございました

おつおつ!
素晴らしかった

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