浅利七海「貴女の温もり」 (18)

七海(おさかなにとって人の体温は高すぎて火傷してしまうから、素手で触れてはいけない)

七海(そう言うと貴女は驚いて、ガッカリして、そしておさかなが入ったバケツから離れて七海の手を握った)

七海(七海ちゃんがおさかなじゃなくてよかった、そう言って笑う貴女は眩しくて)

七海(貴女の温もりで火傷しそうだとは言えなかった)


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愛海「ねえ、七海ちゃん」

七海「なんれすか?」

愛海「さっきから全然釣れてないけど、退屈じゃないの?」

七海「待つことも釣りの楽しみれすから」

愛海「うーん。お山の道に通ずるところもある、のかな」

七海「それは知らないれすけど」

七海(今日はオフなので、七海は海へ釣りをしにやってきた)

七海(隣にいるのは愛海ちゃん。同じくオフで暇そうだったので、誘ってみたら来た)

七海(でも愛海ちゃんにはまだ釣りの楽しみはわからないみたいで)

愛海「はぁ、君だけが癒しだよ。サバオリくん」

七海(釣り竿を置きっぱなしにして、ずっとぬいぐるみのサバオリくんと戯れている)

七海(七海は釣りをする。愛海ちゃんはサバオリくんで遊ぶ)

七海(一緒にいる必要がないけど、一緒に過ごす静かな時間が七海は嫌いじゃない)

ある夏の日の回想

まだ小学校に入って最初の夏休み、同い年の少女と出会った。

親戚の家に遊びに来たの、とその少女は言った。

少女の家はまわりに山があるところで、海を初めて見たらしく七海が釣りをするのを物珍しそうにしていた。

逆に七海は海がない生活が考えられなかったので、この少女は釣りもせず普段なにをして過ごしているのだろうと不思議がった覚えがある。

ともかく七海とその少女はすぐに仲良くなり、数日の間だけ一緒に遊んだ。

もっとも、その子は七海と違って釣りにはすぐ飽きてしまい、家から持ってきたぬいぐるみをずっと揉んでいるだけだったから一緒に遊んだかは微妙なところだけど。

でも釣りをする七海とぬいぐるみで遊ぶ少女は、一緒にいる必要はなくても一緒に時間を過ごした。

七海はその時間が嫌いじゃなかった。

回想終了

七海「誘っておいてアレれすけど」

愛海「んー?」

七海「少し意外だったかも」

愛海「何が?」

七海「愛海ちゃんのことだから、釣りしてる七海の邪魔をしてくるかと心配してました」

愛海「あたしの山登りを邪魔の一言で片付けないでくれない?まあ、でもそんなことしないよ」

七海「そうれすか?」

愛海「だって釣りしてる最中にお山に登ったら、七海ちゃんすごく怒りそうだし」

七海「誰だって急にお山に登られたら怒ると思いますけどね」

愛海「でも七海ちゃんは特別怒りそうな気がするんだよね。何故か」

七海「失礼な話れす」

ある夏の日の回想

「いいれすか」

七海は仁王立ちで、少女の前ですごんだ。

「あの、ななみちゃん?夏の地べたに正座はわりとシャレにならないぐらい熱いんだけど……」

「まだ喋っていいとは言ってないのれす」

「はい!ごめんなさい!」

少女を丸焼きにしたいわけじゃないので、七海は伝えるべきことを端的に述べる。

「いいれすか。七海は胸を触られたことを怒っているのではないのれす」

「釣りの邪魔をされたことを叱っているのれす」

「釣りをしてる人の邪魔はしない。これは狩猟が始まった時から決まっている人類の、いや自然のルール。絶対に破ってはならないのれす」

「わかりましたか?」

「はい!わかりました!わかったから正座やめさせて!あっつい!!」

回想終了

愛海「……ふわあ」

七海「眠そうれすね」

愛海「まあね。何匹かお魚釣れたけどさ、釣りっていつもこれぐらい暇なの?」

七海「そうれすね。確かに今日は少ない方れすけど、だいたいこんな感じれす」

愛海「そっか。やっぱりあたしは釣り向いてないかも。じっとしてられないもん」

七海「七海は、愛海ちゃんは釣りに向いてると思いますよ」

愛海「えー、どのへんが?」

七海「七海が釣りをしてる間、飽きもせずサバオリくんを揉み続けてるところれす。なかなかすごい集中力れすよ」

愛海「それはほら、サバオリくんの感触がいいからだよ」

愛海「というか、サバオリくん本当に触り心地いいね。指にしっとりとくるというか、どこか懐かしい感じもして」

七海「えっへん。七海のお気に入りれすから」

愛海「うん、この子なら七海ちゃんが連れ歩くのも納得だよ。いつから持ってるの?」

七海「小学校に入ったばかりの頃かられすね。実はサバオリくんは人から貰ったものなんれす」

愛海「そうなの?ならその人、なかなかの目利きだね」

七海「愛海ちゃんがそう言うなら、きっとそうなんれしょうね」

ある夏の日の回想。

明日帰るからお別れ、と少女は涙を堪えながら言った。

また会おうね、と七海は泣きながら言った。

「それでね、ななみちゃんにこの子を貰ってほしいの」

少女は数日前に出会った時からずっと持っていたそれを七海に渡した。

「え、これは」

「ななみちゃん、おさかなが好きだからきっと気に入ると思って」

それはおさかなのぬいぐるみ。

海に行くから、と数あるぬいぐるみの中から少女が選び、旅のお供に連れてきた一品だ。

「いいんれすか?本当にこの子貰っちゃって」

「うん。あたしには他にも柔らかい子はいるし、それに」

少女は今度こそ泣きながら。

「その子がいれば、ななみちゃん寂しくないでしょ」

回想終了

愛海「今日の午前だけで海を一生分見た気がする。女の子のいない防波堤から見る海は当分いいや」

七海「海を愛する愛海ちゃんにはビーチ以外も好きになって欲しいな」

愛海「あたしが愛するのは山だよ。愛山だよ」

七海「あいやまちゃんは言いづらいかもれすね」

愛海「だよね。あはっ、こうして話してると思い出すなあ。七海ちゃんと初めてあった時のこと」

七海「……!」

愛海「七海ちゃんは覚えてる?」

七海「う、うん……!」

愛海「事務所で初めて会った時さ、七海ちゃんすごく悲しい顔したよね。愛海って名前で山が好きだったのそんなにショックだったの?」

七海「……」

愛海「七海ちゃん?」

七海「そうれすね。同郷なだけじゃなく同い年で、それで名前にも海が入っていて。期待したんれすけどね。名前詐欺れす」

愛海「見た目詐欺は何度も言われたけど、名前詐欺かあ」

ある夏の日の回想

最後の日も、帰るまで時間があるからと少女は海にやってきた。

一緒にいたからといって何をするわけでもないけど、他愛ない話をしながら別れまでの時間を過ごしていた。

たぶん七海も少女も、そんな時間が好きだったから。

しかししばらくして、事件は起きた。

「あ、おさかなだ」

海面を見ていた少女は、身を乗り出して海を覗きこんだ。

もしかしたら、手を伸ばそうとしたのかもしれない。

次の瞬間、ドボンという音と共に、少女の姿が海に消えた。

「…………え?」

慌てて防波堤の下を見ると、少女が必死にもがいている。

七海は……何もできなかった。

助けにいくことも、助けを呼ぶこともできず、ただ焦りとともに溺れる少女を見ているだけ。

おさかなが自由気ままに泳ぐ海で、人が命を奪われかけている光景は、幼い七海には衝撃的すぎた。

「女の子が海に落ちたぞー!!」

運良く、七海以外の目撃した大人がいたおかげで、少女は救出され、そのまま車で病院に運ばれた。

車に乗せられる直前、駆け寄って少女の手に触れた。

「……っ!?」

しかし少女の手はぞっとするくらい冷たくて、七海は反射的に手を離してしまい。

それがその夏最後の少女との触れ合いになった。

回想終了

七海「もう少ししたら、お昼にしましょうか。新鮮なお魚が食べれるれすよ」

愛海「待ってました!」

七海(機嫌がよくなった愛海ちゃんを横目に釣りを続ける)

七海(少ししたら、隣から声が聞こえた)

愛海「あ、おさかなだ」

七海「……!!」

七海(咄嗟に、海を覗きこんだ愛海ちゃんの手を握っていた)

愛海「え?どうしたの、七海ちゃん」

七海(愛海ちゃんは驚いた顔をするけど、驚いているのは七海も一緒だ)

七海(無意識に手を掴んでいたのだから)

七海「……あんまり身を乗り出すと危ないれすよ。落ちちゃうかも」

愛海「あはは。大丈夫だよ、子供じゃないんだから」

七海(笑って、でも七海の言葉に従って海から離れてくれた)

七海(二人の手はまだ繋いだまま)

愛海「……あのさ」

七海「ん?」

愛海「あたし、小さい頃に海で溺れたことあったらしくて。あたしはそのへんの記憶全然ないんだけど」

七海(愛海ちゃんは繋いだままの手を見ている)

七海(愛海ちゃんの温もりを七海が感じているように、愛海ちゃんも七海の熱を感じているのだろうか)

愛海「もしかして、あたしたち会ったことある?」

七海(繋いだ愛海ちゃんの手は温かかった)

七海(愛海ちゃんがここに生きていることが熱として感じられる)

七海「さあ、どうれしょうね?」

七海(火傷しそうだったから、手を離した)

おしまい!


良き哉良き哉


よい

過去に面識有り型の中では秀逸

おつおつ

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